2018年10月21日 (日)

Ⅰテモテ1:18-2:7「すべての人の救いを望む神」

                                      20181021

   福音自由教会の信仰告白には、極めて保守的で排他的に見える部分と、非常に幅の広い自由なところがあります。聖書を誤りのない神のことばと信じることは、この世の価値観と衝突することがありますが、私たちは安易な妥協はしません。

しかし、同時に、イエスを自分の救い主として受け入れている人は、どんな背景を持つ人でも受け入れます。ある意味で枠にはまらない人だからこそ、枠にはまらない人に、主の救いを証しできるからです。改めて、「すべての人の救いを望む神」にある多様性を考えてみましょう。

 

1.「きよい心と健全な良心と偽りのない信仰から生まれる愛」

   この手紙は「牧会書簡」と呼ばれ、人々をどのように導き、教会を形成するかに関しての具体的な教えが記されています。もともとパウロが自分の働きの後継者であるテモテに個人的に書いた手紙です。書かれた時期はパウロがローマ皇帝に上訴して、解放された直後だと思われます。それは紀元62-64年ごろ、二回目に囚われて死刑にされる数年前のことでしょう。まさにパウロの最後の教えです。

テモテに関しては、「あなたは年が若いからといって、だれにも軽く見られないようにしなさい(4:12)と敢えて記されていますから、このとき30代前半だったかと思われます。パウロは彼を第二回目の伝道旅行の初めに見出しました。彼の祖母ロイス、母のユニケから「偽りのない信仰」を受け継ぎましたが(Ⅱテモテ1:5)、父はギリシャ人でした。ただ、その背景は、ギリシャ人に福音を伝えるために豊かに生かされたことでしょう。

 

   テモテはエペソ教会の牧会を任されていましたが、そこには「偽教師」の影響がありました。その「違った教え(1:3)の内容は正確には分かりませんが、「果てしない作り話と系図に心を寄せ」させるもの、また「むなしい議論に迷い込」ませ、モーセの律法をゆがめて教えていたのだと思われます。

それに対し、正しい教えは何よりも「」を目指させるもので、それは「きよい心と健全な良心と偽りのない信仰から生まれる」と記されています1:5。つまり、「違った教え」の特徴は、日々の生活の中に、「愛」を生み出すことがないという生活に根差した基準が記されているのです。

なおそれを生み出す「きよい心」とは透明度の高い心とも言えます。

また「健全な良心」とは、「正しく機能する心の痛みの機能」とも言え、悪事を行ったときに健全に反省できる心の作用を指します。これは自分の罪に居直って、周りの人を非難ばかりする心と対照的です。

また、「偽りのない信仰」とは偽善とか見せかけの信仰と対照的なものと言えましょう。

 

なお、18-10節では、「律法」を「適切に用いる」ことが記されていますが、その目的は、価値観が多様化する中で、すべて「真実の愛」に背く生き方を指摘することにあります。ここに記されていることは当然の普遍的な道徳の規準のように思えますが、現代の話題になっていることもあります。

たとえばここでは、「男色をする者(1:10)が否定されていますが、ホモ・セックスは大昔からどの国にもあったことで、権力者もしばしば行っており、暗黙のうちに認められていた行為とも言えます。それが、どうして「」なのかという疑問に関しては、私たちは単純に、それは創造主の教えに反するからとしか言いようがありません。

ただそのような言い方は、創造主を信じない人には通じないことですので、この世の法律論議とか人権論議においては、創造主の存在を前提とできませんので、議論の仕方には注意が必要です。

 

   パウロは自分がかつてクリスチャンを迫害する者であったことを113節において、「私は以前には、神を冒涜する者、迫害する者、暴力をふるう者でした」と反省しています。

ただ同時にそれを前提に15節では、多くの人々に希望を与え続けた福音として、「『キリスト・イエスは罪人を救うために世に来られた』ということばは真実であり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです」と記しています。

これは罪の自覚と並行する告白であり、これこそ私たちにとっても信仰の核心です。

 

そのように導いてくださった神のみわざをパウロは引き続き、「しかし、私はあわれみを受けました。それは、キリスト・イエスがこの上ない寛容をまず私に示し、私を、ご自分を信じて永遠のいのちを得ることになる人々の先例にするためでした(1:16)と記しています。私たちが信仰に導かれたのも、同じ理由によっています。

なお、「永遠のいのち」とは、現在の不自由ないのちが永遠に続くことではなく、「新しい天と新しい地」において実現する、復活後のいのちを、今このときから味わうことができることを意味します。それは何よりも、日々の祈りの生活の中で「神の子」とされていることの祝福を味わうことです。

それは、獲得したものではなく、一方的に与えられたものですから、その恵みに身を任せるという姿勢が大切です。

 

2.「彼らをサタンに引き渡しました」

それらを前提として使徒パウロは、このとき若いテモテに「私の子テモテよ(1:18)と呼びかけながら、「立派に戦い抜く」ことを命じます。テモテは若いことや、その生い立ちから、断固たる姿勢を取りにくかったからなのかもしれませんが、安易な妥協は信者全体に悪い影響を及ぼすと思われました。

パウロはそのために何よりも、「信仰と健全な良心を保つ」ことを勧めます。1819節の文章は解釈が難しい面がありますが、3-5節を前提とすると意味は明らかです。それは「きよい心と健全な良心と偽りのない信仰」に反する「違った教えを説く」ことに対する霊的な戦いです。そして、その戦いを回避しようとすると「信仰の破船にあう」ことになります(1:19)

 

たとえば最近話題になっているのはLGBTの問題です。残念ながらそれが人権の問題として論じられていますが、それ以前に私たちは聖書が描く家庭(ファミリー)とは何かという観点から論じる必要があります。健全な子供が育つためには父と母が互いに愛し合う関係が何よりも大切です。そのために聖書は、結婚以外のすべての性的な交わりを避けるようにと勧めています。

それは、子孫を残すために一夫多妻を認める家中心の文化にも対抗する教えでもあります。

 

特にここでは「健全な良心」ということばに焦点が合わされます。私たちは唯一の神に創造された者として、ある程度の価値観を共有しています。それに反した行為をしたとき、良心の呵責を感じるというのが健全な良心の作用です。

たとえば、「万引き家族」という映画がありましたが、そこで大人が子供に向かって「俺には万引き以外の何も教えるものがない」という趣旨のことばがありました。それはとても残念なことです。万引きをしても心が痛まなくなるということは、「良心が麻痺すること」だからです。

しかし、そこには別の逆説がありました。「万引き家族」には、互いを本当の意味で大切に思い支え合う「いたわりあい」の「」がありました。それは、少しでも裕福になることを求めて、子供の人格を軽んじる人々への警告の映画でもありました。それは別の意味で、良心が麻痺してしまっている社会の現実を指していました。

 

私たちにはみな、生まれながらどこかある種の社会の基準から外れているところがあります。ですから、性同一性障害を始めとして、生まれながらの生き難さを抱えている人に、優しい目を注ぐ必要があります。神の目には、レズやゲイよりも、はるかに恐ろしい罪があります。それはお金のために人を人とも思わない生き方です。

しかし、だからと言って、「万引き家族こそが真の家族である」などとは言えないのと同じように、男同士の結婚や女同士の結婚を、安易に正当化してはいけないのかと思います。それに対し私たちは、「それは聖書の描く家族の姿とは異なると思います」と、優しく言い続けることが必要でしょう。

ただ、聖書を神のことばと信じない自由も、大切な基本的な人権でもあります。ですから、私たちはLGBTが人権の問題として議論されているとき、その同じ土台で議論をしないように注意する必要があります。

 

ただ、ここで大きな議論になるのが、パウロが「信仰の破船にあった」人の代表として、具体的に「ヒメナイとアレキサンドロ」という名をあげ、「彼らをサタンに引き渡しました」と記していることです(1:19,20)

ただこれは人を「地獄に落とす」ことではありません。同じ表現がⅠコリント5:5に登場します。そこでは、「淫らな行い」を正当化していることが非難され、特に「父の妻を妻にしている」ような者を、「その肉が滅ぼされるようにサタンに引き渡したのです。それによって彼の霊が主の日に救われるためです」と記されます。つまり、それは、その人に罪の重さを自覚させることによって、麻痺した良心を健全に回復させ、反省を促し、それによって救いに導くことを指しています。

それは具体的には、教会戒規を指します。それは聖餐式に預かることを停止させる陪餐停止や、また教会員名簿から「除名する」ことなどとして現わされます。

 

なお、私たち福音派の教会では、「聖書をその原典において誤りのない神のことばと信じる」と告白しています。ですから、聖書は時代遅れの書物で、現代の善悪の基準には用いることができないと公然と主張する人は、聖餐式に預かっていただくこともできませんし、洗礼を授けることも、教会員として受け入れることもできません。

ただそれにしても、主を礼拝することを平然と軽んじる人や、互いに愛し合うことを否定する人などは、戒規の対象にしようもありませんが、神の目には大変な罪人であると言えます。

 

一方で、同性愛行為を止められないけれども、主との交わりを求めて礼拝に来たいと願う人を、教会は決して排除してはなりません。

また、「私は肉体的には男性ですが、心は女性です」と悩みながら、それに対する解決として女装している人をも、私たちは排除してはいけないはずです。

なぜなら、イエスも明らかな売春婦と思われる人が、「イエスの足もとに近寄り、泣きながらイエスの足を涙でぬらし始め、髪の毛でぬぐう」という行為に身を任せたからです(ルカ7:38)。イエスは彼女の行為に関して、「この人は多くの罪を赦されています。彼女は多く愛したのですから(7:47)と、かえってその信仰を称賛されました。

 

ただ、「キリスト教は愛の教えであるから、同性愛を否定するほうがおかしい。同性愛は神に喜ばれている。自分の肉体的な性に違和感を覚えるなら、性転換手術を行うことを神は喜んでくださる」など積極的に主張する人がいたら、そのような人を教会員として受け入れることはできません。

しかし、同時に、そのような方は、「信仰は個人の心の問題だから、みんなが集まる礼拝に来る必要など、まったくない」などという人よりも、罪のレベルが軽いのかもしれません。聖書の教えの第一は、「心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして、あなたの神、主(ヤハウェ)を愛しなさい」(申命記6:5)だからです。

 

多くの教会は、聖書が語る罪を犯しながらも、反省の心をもって神を求める人を決して礼拝から排除はしません。しかし、罪に居直って、自分を正当化し、聖書の教えを自分の都合の良いように解釈し、それを宣伝する人を私たちは受け入れることはできません。

ときに、福音自由教会のことを、「福音不自由教会」などと嘲る人がいますが、私たちは聖書信仰に関しては極めて保守的な流れであることは初代教会の流れに従っているだけです。

 

3.「すべての人が救われることを望む救い主である神」

   212節には、原文の語順では、「そこで、私は勧めます、すべてにまさって。  願い、祈り、とりなし、感謝をささげなさい、すべての人たちのために。  王たちと高い地位にあるすべての人のために。それは、平安で落ち着いた生活を私たちが送るためです。それはいつも、敬虔で品位を保ちながらのことです」と記されています。

私たちの礼拝では、政治指導者に神の知恵が与えられるようにといつも祈っていますが、それはこのみことばに従ってのことです。それは、現政権を、神のみこころに反する横暴な政権だと思っていたとしても、なすべき務めです。

この背景には、エレミヤ294-7節で、エルサレムを滅ぼし、ユダヤ人を捕囚の民としたバビロン帝国に関して、主が、「その町の平安を求め、その町のために主(ヤハウェ)に祈れ、その町の平安によって、あなたがたは平安を得ることになるのだから」と記されていることがあります。

敵の国の平安(シャローム)を求めることが、神の民にとっての平安に結びつくというのです。

 

234節ではさらに、「それは良いことであり、受け入れられることです、御前において、私たちの救い主であり神である方」と記され、「その方は、すべての人のために望んでおられます。 救われること、また、真理を知るようになることを・・」と続きます。

つまり、神は、異教徒や、異教の支配者を含むすべての人の「救い」のために「祈る」ことを求めておられるというのです。

これは、当時のユダヤ人たちがしばしば異教徒に対する「神のさばき」が行われることを願ったのと正反対です。また、イエスの時代のユダヤ人は、ローマ帝国に神のさばきが下され、目に見えるダビデ王国が再建されることを願っていました。

しかし、イエスはローマ帝国の兵士の中に、「一ミリオン1,500m行くように強いる者がいれば、一緒に二ミリオン行きなさい」と命じられました(マタイ5:41)。これは、ローマ軍に奉仕することの勧めに他なりません。

 

256節では、「神は唯一です。神と人との間の仲介者も唯一であり、それは人としてのキリスト・イエスです。キリストはすべての人の贖いの代価として、ご自分を与えてくださいました。これは、定められたときになされた証しです」と記されます。

この背後には、イザヤ1920節があると思われ、その七十人訳では、「それはエジプトの地で、主(ヤハウェ)の時代のためのしるしとなり、証しとなる。彼らが虐げられて主(ヤハウェ)に叫ぶと、主は彼らのために彼らを救う人間を送られる。その方はさばきつつ、彼らを救う」と記されています。

人としてのキリスト(救い主)」という表現はここに由来すると思われます。神ご自身が「救い主」なのですが、その神が「神と人との仲介者」として、御子を人の姿でこの世に送ってくださいました。それは私たちを奴隷状態から「贖う」ためでした。「贖い」の原型は出エジプトです。

イエスは新しい「神の子羊」として、富と権力の連合王国である大バビロンの支配から解放してくださいます。それは初代教会においては、クリスチャンがローマ帝国の支配下で苦しみながら、同時に、ローマ帝国の剣の脅しから自由になっている姿として現わされました。

奴隷は、死の脅しを恐れながら、自分の意思を殺して生きますが、キリストの死によって「死の恐怖」から「解放」された者には「脅し」の力は通用しません(ヘブル2:14,15)

クリスチャンがそれでも人に仕える生き方を何よりも大切にするのは、それがキリストに倣う道だからに他なりません。私たちはキリストにある自由人として、神の平和の実現のために互いに仕え合うのです。

 

イスラエルの神こそがこの世界全体にとっての「救い主」であられました。そして、イエスの弟子たちは、ローマ帝国の平安のために祈りました。どれほど迫害されても、ローマ皇帝の平安のために祈りました。

その結果、イエスから約280年後の紀元312年、コンスタンティヌスは夢でキリストのしるしの二文字を見て、「このしるしにより勝利をおさめよ」とのお告げを受けて、それを軍旗として競争者に打ち勝ち、ローマ帝国の唯一の皇帝になります。

彼はキリスト教徒が、ローマ皇帝を神として拝むことには命がけで逆らいながらも、彼らがローマ皇帝の平安(シャローム)を求めて祈っていることを知り、クリスチャンを改宗させるよりは彼らを味方にした方が、帝国が安定するということに気づいたのです。

彼の信仰はその打算から始まったとも言われます。それは、皇帝ディオクレチアヌスによる大迫害の直後の大転換でした。

 

福音自由教会の教会形成の原則に、「信者のみ、しかし、すべての信者Believers only but all believers)」という原則があります。

それは、教会員となる資格に、イエスを救い主として受け入れたという明確な信仰告白がなければならないという厳しい原則と同時に、イエスを救い主として信じる人であれば、その人が幼児洗礼を肯定する人でも、それを否定する人でも、天皇を敬う人でも、天皇制を否定する人でも、大富豪であってもホームレスであっても、二重の選びを強調するカルバン主義者であっても、自由意思を尊重するアルミニウス主義者であっても、カトリックとの協力を大切にする人でも、それを否定する人でもあっても受け入れることを意味します。

そこからより多くの人々に届く福音の豊かさが発信されます。

 

プロテスタント教会の歴史は、聖書解釈を巡って分裂に次ぐ分裂を重ねてきました。しかし、その一方で、すべての国民を自動的にクリスチャンとみなすというような、個人の信仰の自由を否定するようなことをしてきました。

それに対して、福音自由の父祖は、人は、イエスを救い主として、主体的に、自分の意志で告白する必要があるということを主張し、聖餐式の際には、イエスの復活を文字通りに信じ、イエスを公の場でも救い主として認めていない人は、聖餐式に預からせないということを明確にしました。そのため、すべての国民に幼児洗礼を授け、すべての国民をクリスチャンとみなすという国教会から破門されました。

しかし、それこそが初代教会の原則だったと言えましょう。カトリックの「ミサ」という名は「解散、退出」に由来し、聖餐式が始まる前に、「求道者はこの場から去ってください(イテ・ミサ)」と述べたことから始まったと言われます。

誰が信者で、誰が未信者であるかには極めて明確な違いがありました。たとえば、「主の祈り」は、洗礼を受けて初めて口で唱えることが許されるというものであったとも言い伝えられています。

 

使徒の働き51213節では「皆は心を一つにしてソロモンの回廊にいた。ほかの人たちはだれもあえて彼らの仲間に加わろうとしなかったが、民は彼らを尊敬していた」と記されています。

つまり、「心をひとつにして宮に集まり、家々でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにする(2:46)という信者の交わりを未信者の方々は遠巻きに眺め、しかも信者の交わりに尊敬の思いを抱いていたというのです。「信者どうしが互いに愛し合うこと」こそが、この世の人々を引き寄せる最大の「伝道」になっていました。

 

様々な異なった背景をもった人々が政治信条の違いや聖書解釈に関しての歴史的な論争のどれに属するかを超えて、イエスを主と告白することのみにおいて互いに愛し合うことができるという不思議こそ、まわりの未信者の方々を寄せ付ける魅力になります。

その際、大切なことは、歴史的に見解の相違が認められてきたことに関しては目くじらを立てて論争しないということです。私たちはそれぞれ違いがあるからこそ、社会の異なった立場の人や異なった政治思想、異なった背景の人に届くことができます。

この世から明確に分離しつつ、同時に、信者どうしの多様性を何よりも尊重するというバランスを求めましょう。

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2018年10月14日 (日)

Ⅱ列王記11-13章「主(ヤハウェ)の真実に信頼せよ」

                                            20181014

  今、ディボーション誌Mannaで詩篇の解説を書き続けています。ちょうど115篇まで書いてきてそれに感動しています。

(ヤハウェ)に信頼せよ(115:9)ということばは、「主(ヤハウェ)期待せよ」と訳すこともできます。詩篇全体を通して、神が私たちの歩みを真実に導いていてくださることが歌われています。

 

旧約聖書に描かれた残酷な物語に私たちは眉をひそめます。しかし、それは今から三千年前の民族と民族の殺し合いが当たり前だった時代の物語です。私たちはそこに、神の民として選ばれながら、自分の身勝手な願望に囚われて神に反抗する者に対し、神が忍耐に忍耐を重ねてご自身の真実を守り通される葛藤を見ることができます。

聖書は「神の真実」の物語です。私たちはそれに信頼し、神に期待し続けるか、自分の目先の願望から生まれた計画に身を任せるかの選択が問われています。私たちの人生は、神の真実に信頼するか、自分の願望から生まれた偶像に頼るかの選択の連続です。

 

1. 「主はダビデとその子孫に常にともしびを与えると彼に約束された」

  北王国イスラエルにバアル礼拝を持ち込んだアハブ王とその妻イゼベルの影響力は南王国ユダにも及びます。それはユダの王ヨシャファテが「(ヤハウェ)の目にかなうことを行った(Ⅰ列王22:43)と高く評価される一方で、「アハブと姻戚関係に入り(Ⅱ歴代18:1)、息子ヨラムの妻に彼らの娘アタルヤを迎えたからです。

神は先見者を彼に遣わしその外交政策を責め、「悪者を助け、(ヤハウェ)を憎む者を愛するというのですか。このことのゆえに、あなたの上に、(ヤハウェ)の前から怒りが下ります」と警告しました(同19:2

 

その後ユダのヨラムについての記述が、皮肉にも、「彼はアハブの家の者がしたように、(北王国)イスラエルの王たちの道に歩んだ、アハブの娘が彼の妻だったからである。彼は主(ヤハウェ)の目に悪であることを行った(8:18)と描かれます。

そして、ヨラムの子アハズヤは、北王国を訪問中に将軍エフーに殺されました。エフーはアハブ家を滅ぼすために神に立てられた器でした。それを聞いたアハズヤの母アタルヤは、何と、ユダの王族をことごとく滅ぼします(11:1)それは北で息絶えたアハブ家を南王国ユダに復興するためだったかと思われます。つまり、ユダ王国をイゼベルの娘アタルヤが乗っ取ったのです。

 

このような例は歴史上しばしば起きています。その約二千年後の日本でも、源頼朝の妻、北条政子は鎌倉幕府を乗っ取ったと言われることがあります。歴史上、多くの英雄が女性の影響力を軽んじて後世に問題を残しています。

それゆえ、箴言の結論は、「しっかりした妻をだれが見つけられるだろう。彼女の値うちは真珠よりもはるかに尊い・・・麗しさは偽り、美しさは空しい。しかし、(ヤハウェ)を恐れる女はほめたたえられる」(31:10,30)となっています。女性の信仰こそ、家の霊的基礎となるからです。

 

しかし、悪女アタルヤの圧制の中で、たった一人のアハズヤの息子ヨアシュが、ヨラム王の娘エホシェバによって助け出され、六年間もの間、主(ヤハウェ)の宮の中に匿われます。これは幼子モーセのいのちがエジプトの王パロの娘によって守られたことに似ています。そこに神の御手が働いています。

 

なお歴代誌によるとエホシェバの夫は祭司エホヤダ(Ⅱ歴代22:11)、七年目にユダ全土からレビ人を集め(参照Ⅱ歴代23:1-11)、主の宮での奉仕ばかりか、王の護衛の任務につかせました。そして祭司エホヤダは「王の子を連れ出し、王冠をかぶらせ、さとしの書を渡し・・・彼に油をそそぎ」(11:12)ました。王冠とモーセの律法がセットにされたのです。それは王の第一の使命が、主の御教えに従うことにあるということを示すためです。その際、「人々は・・・手をたたいて『王様万歳』と叫んだ」と描かれ、人々の心は一気にアタルヤからヨアシュに移り、アタルヤは王宮で殺されました。

その後、祭司エホヤダは、「主(ヤハウェ)と、王および民との間で、彼らが(ヤハウェ)の民となるという契約を結ばせ、王と民との間でも契約を結ばせた」(11:17)というのです。これは主の律法をもって国を治めるという神の民の原点に立ち返ることでした。そして、人々はバアルの祭壇と像を徹底的に壊しました。このとき王に立てられたヨアシュは七歳でした。

 

以前、ヨラムがアタルヤを娶ってユダ王国にバアル礼拝を持ち込んだとき、「主(ヤハウェ)は、そのしもべダビデに免じて、ユダを滅ぼすことを望まれなかった。主はダビデとその子孫に常にともしびを与えると彼に約束されたからである」(8:19)と記されていました。ダビデの血筋の者がアタルヤによって皆殺しにされたと思われたとき、人々は主の真実を疑ってしまったことでしょう。しかし、主は、人の手を通して、たった一人のダビデの血筋を保っておられ、ご自身のときに彼を王として立てられました。まさに幼子が横暴な権力者を打ち破ったのです。

イエスの誕生も、ときの権力者ヘロデによる幼児虐殺と結びついています。私たちは、「神がおられるなら、なぜ、このような不条理が起きるのか・・・」と思うことがあるかもしれません。しかし、神のご支配の現実は、悪が完全な勝利を治めることはないということの中にこそ見られます。神はどのようなときにも、小さな「ともしび」を残しておられます。そして、神の大逆転は必ず起きるのです。

 

2.「ヨアシュは、祭司エホヤダが彼を教えた間、いつも主(ヤハウェ)の目にかなうことを行った」

ヨアシュの王位は、ダビデやソロモンと同じ四十年間も続きました。しかし、彼の権力は極めて限られたものでもありました。それは、「ヨアシュは、祭司エホヤダが彼を教えた間、いつも主(ヤハウェ)の目にかなうことを行った」(12:2)という表現の中にあります。

人々の目は祭司エホヤダの方に向けられていたのだと思われます。そのため、王が主の宮の修理を祭司たちに命じても、それはほとんど無視されました。エホヤダもヨアシュを王として厳しく指導しながら、身内に対しては甘くなっていたのかもしれません。

 

それで、ヨアシュは在位23年目の三十歳のとき、王権を発揮して祭司エホヤダに迫り、祭司たちが、民からささげられたお金を自分のためではなく、主の宮の修理のために使うようにさせました。集められたお金の計算を大祭司と並んで「王の書記」が行う仕組みに変え(12:10)、お金も主の宮の工事の監督者に直接に渡るようにしました。

日本で言えば、郵政民営化によって、郵便局を通して集められたお金が財政投融資資金として政治家の裁量に任せられるような仕組みを廃止し、透明化したようなものです。

 

ただし、「祭司たちは・・・神殿の破損の修理に責任を持たない(12:8)というシステムを確立することは、別の問題を生みます。それは郵政の民営化が別の問題を起こしたのと同じです。

本来、彼らは自分の身を削ってでも、主の神殿の修理のために金銀を拠出することが期待されていました。主の宮の破損修理のためのお金が公正に扱われたのはよいことですが(12:15)、主(ヤハウェ)の宮の金や銀の用具が新たにされるということにまではなりませんでした(12:13)

それは本来、祭司たちが自主的になすべきことだったのだと思われますが、祭司たちは、主の宮のささげものからの正当なものを受け取って生活するだけになります。つまり、かつてダビデ家を守るためにいのちをかけた祭司たちが、与えられた責任だけを果たすという官僚化の道をたどることになったのです。

つまり、ヨアシュの改革運動は、真の意味での神殿復興につながりませんでした。それは祭司たちの意識改革を生まず、彼らをかえって保守化しただけになりました。この世での一つの問題解決が、必ず別の問題を引き起こすことの良い例とも言えましょう。

 

ここに政治権力と祭司たちの働きの軋轢を見ることができます。ヨアシュエホヤダの間に緊張関係が生まれたのは当然の流れと言えましょう。ヨアシュの信仰はエホヤダによって育まれましたが、彼が成長するにつれ、王である自分よりも祭司エホヤダが権威を発揮していることに不快感を持ったことでしょう。

ですから、彼が主の宮の工事に熱心だったのはエホヤダへの対抗意識だったかもしれません。なぜなら、エホヤダの死後、あれほど神に熱心だったはずのヨアシュが神に反抗するようになるからです。

 

今も、信仰が、親への対抗意識として現れることがあるかもしれません。そのような場合、非常に信仰に熱心だった人が、状況が変わると驚くほど簡単に、神に背くというようなことになりかねません。

パウロは、コリント教会の人々の高慢な姿勢をたしなめて、「立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい」(Ⅰコリント10:12)と記していますが、ヨアシュはすべてが順調に進む中で、自分が神の一方的なあわれみによって立たせていただいているという原点を忘れてしまったのかもしれません。

私たちの信仰は、神からの賜物です。信仰の熱心さが、隠された劣等感の現われという場合があります。しかし、本来の自分の心の中には神に喜ばれる信仰などないことを心から認めるとき、そこに神のみわざが現されます。

 

祭司エホヤダは百三十歳まで生きましたが、歴代誌によると、彼の死後、悲劇がユダ王国を襲います。何と、「ユダの首長たちが来て」が、王に進言し、彼らは父祖の神、主(ヤハウェ)の宮を捨て、アシュラと偶像に仕えた・・預言者たちは彼らを戒めたが、彼らは耳を貸さなかった」という背教がおきてしまいました(Ⅱ歴代24:17-19)

そればかりか、ヨアシュエホヤダの息子ゼカリヤを主の宮の庭で殺してしまいます(同24:22。彼は、自分を王に立てたのが、人間ではなく、主ご自身であったことを忘れてしまいました。これはサウルが王位から退けられた経緯と基本的に同じです。

ダビデは生涯、自分を立てた方が「主(ヤハウェ)ご自身であることを覚えていましたが、ヨアシュはサウルのように「人」を見てしまいました。

 

「そのとき、アラムの王ハザエルが上って来て・・・エルサレムを目指して攻め上った」(12:17)と描かれていますが、それはこのような背景の中で、主が下したさばきでした。

ところが、このときになってもヨアシュは、主の前にへりくだる前に、人間的な解決に走りました。彼は自身がかつて熱心に集め、整えた「(ヤハウェ)と王宮の宝物蔵にあるすべての金を取って、アラムの王ハザエルに送った(12:18)というのです。

ハザエルも主ご自身がエリシャを通して立てた敵の王でした。ヨアシュは、そのような主のご支配の現実を見ていませんでした。

しかし、人間的な力に頼る者は、同じ人間の力によって裏切られます「ヨアシュの家来たちは立ち上がって謀反を起こし・・・ヨアシュを・・打ち殺した」というのです(12:20)。彼らはヨアシュが王のままでは国が持たないと思ったのでしょう。ヨアシュを殺して、彼の息子を王に立てました。

 

神のあわれみによって奇跡的に立てられた王が、家来の謀反によってあっけなく息絶えました。幼い頃の彼を見た者は神のみわざを心からあがめたことでしょうが、その最後は悲惨です。何ともやりきれない気持ちになります。必死に自分の力で道を開こうとした結果、その無力さが軽蔑されたのです。

残念ながら、王を王とも思わない心アタルヤのクーデター以来、人々の心に蔓延してしまったのでしょう。

 

ダビデは、サウルがどんな理不尽な理由で彼を追い詰めても、また彼にサウルを殺すチャンスが来たときも、「主(ヤハウェ)に油注がれた方に手を下して、だれが罰を免れるだろうか(Ⅰサムエル26:9)と家来を諌めていました。しかし、ヨアシュは自分を立ててくださった主ご自身を忘れることによって「神の国」をこの世の国と同じ支配構造に変えてしまったのです。

この世では、力のない者は軽く見られます。それが人を権力闘争に駆り立てます。しかし、私たちはダビデのように、愛と信頼の種を蒔き続けるべきでしょう。

力に頼る者は、力によって裏切られます。しかし、「私たちの主・・は、幼子たち 乳飲み子たちの口を通して‥御力を打ち立てられました」(詩篇8:1,2)と言われる方です。この方に信頼する者は、この世的な意味での力をどんなに失っても、たとえ幼子のように無力になっても、主ご自身によって守られ続けます。

 

3.「あなたは五回も六回も打つべきだった」

   ヨアシュの在位23年のときに、北王国ではエフーの子エホアハズが王となります。そこで、「彼は主(ヤハウェ)の目の前に悪であることを行い・・・(ヤハウェ)の怒りがイスラエルに向かって燃え上がり、主(ヤハウェ)は彼らをアラムの王アザエル・・と子ベン・ハダトの手に絶えず渡しておられた」と描かれます(13:2,3)

 

ただ、そのような中で、「エホアハズが(ヤハウェ)に願ったので、主(ヤハウェ)はこれを聞き入れられた・・・イスラエルが虐げられているのをご覧になったからである」と記されます(13:4)

なおここでは「(ヤハウェ)がイスラエルに一人の救う者を与えられたので、彼らはアラムの支配を脱した」と描かれます(13:5)。この「救う者」が誰かは諸説ありますが、アラムの北のアッシリアの王が北から迫って来ていたので、アラムに南のイスラエルを攻める余裕がなくなったという解釈が魅力的に思えます。

 

これらの構図は、士師記にあったもので、「主の燃える怒り」は、人を悔い改めと祈りに導くための「主の愛の招き」でもありました。これは親が子を愛するがゆえに厳しく叱ることに似ています。

しかし、一息つかせてくれたアッシリアがイスラエルを滅ぼすことになるのですから、そこに警告も含まれています。

 

それにしても、主のさばきによって容赦なく死ぬ人もいる中で、主はエフーの子に特別に寛大に思えます。それは、主がかつてエフーに、「あなたの子孫は四代目まで、イスラエルの王座に就く」(10:30)と約束されたことの結果でした。ですから、これはエホアアズの悔い改めを主が喜ばれたというより、主ご自身が彼に祈りを起こさせようと熱く迫っているとも解釈できます。

ところが、彼らはそれまでの偶像礼拝から離れようとしませんでした。それで、主はアラムを通してイスラエルを苦しめ続け、「エホアハズには騎兵五十、戦車十、歩兵一万の軍隊しか残されていなかった」という状態にまで落ちぶれました(13:7)

 

エホアハズの王位は17年間でした(13:1)。そしてユダの王ヨアシュの第37年に、エホアハズの子が王になりますが、彼の名もヨアシュでした(13:10)。彼も「(ヤハウェ)の目に悪であることを行い」、主のさばきとしてのアラムの攻撃に悩みましたが、苦しみの中でエリシャの助けを求め、「死の病をわずらっていた」彼のもとを訪ね、「泣き伏して」、「わが父。わが父。イスラエルの戦車と騎兵たち」と叫びました(13:14)

それは、かつて、主の軍隊がエリシャを取り囲んで、アラムの軍隊を盲目にしたことを思い起こさせることばのように思えます。それにしても、彼は苦しみの中で、真心から主に立ち返ったのでしょうか?彼のことばを見る限り、彼は主ご自身よりも、エリシャの不思議な力のほうに気が引かれたように思われます。

 

ヨアシュはエリシャの指示に従い、東側の窓を開けて矢を放ちます。それに対してエリシャは(ヤハウェ)の勝利の矢。アラムに対する勝利の矢。あなたはアフェクでアラムを打ち、これを絶ち滅ぼすと言いました(13:17)。エリシャは、「主(ヤハウェ)の勝利」ということばを強調して、王の心を主に向けさせようとしています。

その上で、彼は王に矢をとらせ、「それで地面を打ちなさい」と命じます。しかし、王が三度しか打たなかったとき、あなたは五回も六回も打つべきだった。そうすれば、あなたはアラムを打って、絶ち滅ぼすことになっただろう。しかし、今は三回だけアラムを打つことになる」と言いました(13:19)

これは、「これを絶ち滅ぼす」と約束されたことばが、ヨアシュの信仰の不徹底によって弱められたことを意味します。

この北王国イスラエルのヨアシュも、エフーの孫であり、主がエフーに約束したことのゆえに主のあわれみを受けているのです。彼はその「主のあわれみ」にもっと徹底してすがるべきだったのです。

 

その後に、「こうして、エリシャは死んで葬られた」という記事とともに、死んで葬られたはずの人が「エリシャの骨に触れるや、その人は生き返り、自分の足で立ち上がった」という不思議が記されます(13:20,21)。これは、滅びに向かっていたイスラエルの民全体が、エリシャの死に臨んで、「生き返り・・立ち上がるべき」だったことを示唆していたというべきでしょう。

これは、イエスが十字架で息絶えたとき、「墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる人々のからだが生き返った。彼らはイエスの復活の後で、墓から出て来て聖なる都に入り、多くの人に現れた(27:52)という不思議に通じます。これは、エリシャがイエスの先駆けとして、その死に至っても、神のいのちで満たされていたというしるしとも言えます。

 

その上で、イスラエルがなおも、主によって立てられたアラムの王ハザエルから苦しめられる様子が描かれます。しかし、そこで、(ヤハウェ)は、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約のゆえに、彼らを恵み、あわれみ、顧みて、彼らを滅ぼし尽くすことは望まず、今日まで、御顔を背けて彼らを捨て去ることはなされなかった」(13:23)と記されます。

そして、その後のことが、エリシャが語ったように、「ヨアシュは三度彼(アラムの王)を打ち破って、イスラエルの町々を取り返した」と描かれます13:25。つまり、主が、滅ぼすに値する民になお忍耐深くあわれまれるのは、ご自身の契約への真実さのゆえということができます。

 

それにしてもヤロブアムがベテルとダンに据えた「金の子牛(Ⅰ列王12:28)を拝み続けたイスラエルの民を、ここで「(ヤハウェ)は恵み(偏愛し)、あわれみ、顧みた」と描かれていることは感動的です。彼らは自分で主(ヤハウェ)の民であることを捨ててしまっていたからです。

そして特別に愛する理由が「アブラハム、イサク、ヤコブとの契約のゆえに」と記されています。それこそが聖書全体を貫く神の真実の物語です。

 

旧約の歴史は、まさに神の真実の現れです。それは、神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます」(Ⅰコリント10:13)と記されている通りです。

ダビデ王家が断ち滅ぼされそうなとき、主はヨアシュを守り抜きました。それは、主(ヤハウェ)がダビデに、「あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ」(Ⅱサムエル7:16)と約束されたからでした。それが後のダビデの子のイエスによる「救い」のみわざにつながります。

 

コリント書では続いて、「ですから、私の愛する者たちよ、偶像礼拝を避けなさい(14)と記されます。「偶像礼拝」とは、誰が責任者なのかを誤って認識することであると言われます。

それは「神の真実」を忘れ、自分の不安や願望から生まれた計画を絶対化することでもあります。そうすることによって、「立っていると思う者が、倒れてしまう」のです。

私たちは自業自得の罪で、様々な試練に会います。しかし、神は救いようのないほどに堕落した北王国イスラエルに真実を尽くすことによって、ご自身の愛を現わし続けられました。それは神の民を最後の瞬間まで真の悔い改めに導こうとする神のあわれみでした。

私たちにも「神の真実」が示され続けており、それに応答して生きるか、無視して生きるかが問われています。

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2018年10月 7日 (日)

ヘブル2:1-9節 「こんなにすばらしい救いーAmazing Grace」

                                          2018107

 「奴隷商人から神の僕に」という物語が「百万人の福音」に連載され、91歳の母がそれを楽しみに読んでいます。「母が読んでいるのに、僕が読まないわけには・・・」と21回目になってから遡って読みだしました。私たちはだれも、自分の信仰心によって神を求めたのではなく、神が私たちを求めてくれた結果、霊の目が開かれて行きます。

それは、このように「何を読むか」、「何に対して心を集中させるか」ということのすべてに及びます。「こんなにすばらしい救いAmazing Grace」こそが、私たちの人生のすべての源です。それを「ないがしろにする」ことこそが滅びを招きますが、そんなサタンの奴隷状態にある人をも、神は見出し、私たちを新たな奴隷解放の働きへと時間をかけて導いてくださいます。

 

1.「こんなに素晴らしい救いをないがしろにした場合」

   21節は、まず、「こういうわけで、私たちは聞いたことを、ますますしっかりと心に留める必要があります」と記されます。それは、1章に記されていたことを指します。そうしないと「押し流されてしまう」ことになるからです。

1章では、神の「御子」がこの世界の真の王として、世界を完成に導くと記されています。様々な詩篇に、キリストの復活、王としての支配、再創造の働きが示唆されていました。

 

世界で最も愛されている讃美歌Amazing Grace」の作者ジョン・ニュートンは、1725年に英国のロンドンで生まれました。彼の母は敬虔な信仰者で、6歳になるまでにあらゆる聖書の話を読み聞かせ、様々な聖句を暗唱させました。彼は3歳で読み書きを覚え、4歳で英語の本を普通に読み、6歳でラテン語の基礎を習得しました。

しかし、彼が7歳を迎える直前に母は病のために死んでしまいます。父親は船乗りで家にいないことがほとんどだったため、病弱な母が自分の命の短さを悟って、必死にジョンに聖書教育を施したのでしょう。

ただ、父親が翌年に再婚すると、ジョンは父を忌み嫌うようになり、性格もどんどん歪んで行きました。彼にとっての信仰は、地獄のさばきを回避するための手段に過ぎなくなります。そのうち彼は自分が学んできた聖書知識を用いて、神を冒涜するようにまで堕落します。父親の庇護のもとに船乗りになりますが、父親を嫌っていたため、自暴自棄な行動で身を落とし、アフリカ人をアメリカに奴隷として売ることで生計を立てるようになります。

彼にとっての神は、「人間をきまぐれに苦しめたり、迷わせたりしたあげくに地獄に投げ込んで面白がるペテン師」のような存在でした。

 

ジョンは十字架で死んだキリストが復活し、「王の王、主の主」として、今も生きて働いておられることが見えないために、刹那的な快楽に「押し流されて」しまい、「信仰の破船(Ⅰテモテ1:19)に会ってしまったのです。

しかし、彼が23歳の時、彼の乗っていた船が激しい嵐の中で難破しそうになる中で、絶望の中で、ふと、昔、母から教わった、「主よ、私たちをあわれんでください」という祈りが口から出てきました。それは自分でも驚くほどでした。

そのとき、不思議な主の臨在を感じ、主ご自身が自分に、「恐れることはない。わたしの手は、すべての災いの中からあなたを助け出し、昼も夜もこれを守るだろう」と、力強く、優しく語りかけてくださっている声が、心の底に響いてきました。それと同時に、波に「押し流されないように」と自分の身体を排水ポンプに縛り付けながら、必死に水を汲みだし続けました。

 

そのとき以前教わった、「一度真理を知った後に、真理に背いてしまった者は、処罰を逃れることができない」という教えが心に浮かび、恐怖に満たされます。

それと同じことがここで、「御使いたちを通して語られたみことばに効力があり、すべての違反と不従順が当然の処罰を受けたのなら、こんなにすばらしい救いをないがしろにした場合、私たちはどうして処罰を逃れることができるでしょう」と記されます(23)

申命記331-4節では、主が御使いたちを伴って、モーセを通して語ったようすが描かれています。また使徒の働き753節では、ステパノがユダヤ人たちに向かって、「あなたがたは御使いたちを通して律法を受けたのに、それを守らなかったのです」と語り、彼らを責めています。

ですからこの箇所は、イスラエルの民がモーセの律法を守らなかったために、国も神殿も失い、バビロン帝国の捕囚とされた悲劇を、戒めとさせる勧めだと考えるべきでしょう。ここでは、モーセ律法自体が神の救いのみわざであったことを前提に、それよりも「さらにすばらしい救いを無視する」(私訳)ことの恐ろしさが警告されているのです。それを「無視する者」には永遠の「滅び」が待っているというのです。

 

ジョンはこの警告を思い出したとき、まるで「わたりカラスが泣くように」祈ったと記しています。それは神への信頼の告白などではありませんでしたが、神がそれを聞いてくださっているように感じました。

彼はそれまで自分が嘲っていたイエスの生涯を思い起こしました。イエスは必死にすがりつく者を退けませんでした。

ジョンはまた、「天の父はご自分に求める者に聖霊を与えてくださいます」(ルカ11:13)というみことばを思い起こしていました。自分の意志とは無関係に、主の助けを呼び求める祈りが自分の口から出て以来、何か不思議な変化が生まれていたからです。

彼はまだ、聖書の啓示が真実かどうかは分かりませんでしたが、同時に、「神のみこころを行おう」とする意思のないものにそれは分からないということも、ヨハネ717節のみことばが思い出される中で示され、聖書を学ぼうと思わされました。

 

この回心の出来事はまさに、「この救いは、初めに主によって語られ、それを聞いた人たちが確かなものとして私たちに示したものです。そのうえ神も、しるしと不思議と様々な力あるわざにより、また、みこころにしたがって聖霊が分け与えてくださる賜物によって、救いを証ししてくださいました」(34)と記されているとおりのことと言えましょう。

ジョンは、イエスの生涯と十字架の苦難をまったく違う角度から見るようになりました。また、自分を心から愛してくれた母がそれをどれだけ「確かなもの」として示してくれたかが思い起こされ、今、不思議な聖霊のみわざをとおして「救い」が証しされていました。

 

ジョンは父親を憎んでいたため、父が彼のためにしてくれた様々な配慮を、意地悪かのようにしか見えていませんでした。しかし、この後、父が自分のことをどれだけ心配していたかということが見えてきました。不思議に、肉の父の愛を知ることと神の愛を知ることが重なって進んで行きました。

彼はこの苦難から救われた後、一艘の船を任される船長に抜擢され、また17歳の時から恋焦がれていたメアリーとの結婚が許されました。ただ、彼が任された働きは、それまでと同じ奴隷売買の仕事でした。

彼は奴隷船の船長として、その後6年間も働きます。妻のメアリーは、ジョンがその仕事から離れることを望みつつ、ただ、航海の間、聖書だけは読み続けるようにと約束させます。

そのようなことを経たあるとき、航海から帰って愛する妻とお茶を飲んでいると、突然、意識が消えて倒れます。彼はそれまで奴隷売買を単なるビジネスとしてとらえ、不法を行っていると感じたことはほとんどなかったとさえ記しています。しかし、この発作を機に、船乗りの仕事を辞め、税関職員の働きに着きます。

そしてその後、ヘブル語やギリシャ語の学びを自分でしながら1758年、回心から10年後に英国国教会の司祭に志願し、六年たって受け入れられます。それは、彼が正規の教育をそれまでほとんど受けて来なかったからです。

 

2.「人とは何ものなのでしょう」

   25節と8bには対比が見られます。まず、「神は・・来たるべき世を、御使いたちに従わせたのではない」と記され、詩篇8篇から、人間に対する神のご計画を語った後、「神は万物を人の下に置かれた・・・それなのに、今なお私たちは、すべてのものが人の下に置かれているのを見てはいませんと記されます。

つまり、この世界のすべてのものである「万物」は、人に従うように、「人の下」に置かれたはずなのに、それが実現してはいない。しかし、それは「来たるべき世」で実現するというのです。

 

創世記126節では、人が「神のかたち」また「神の似姿」に創造されたのは、人が「地のすべてのものを支配する」ことができるためでした。それは、「すべての生き物」を人間の奴隷のように従わせることではなく、それぞれが平和のうちに生きることができるように、守り育むことでした。

それは一人ひとりの人間に、この地上での使命を思い起こさせるみことばですが、この25節では、この世界を最終的に平和のうちに治めさせる使命は、御使いではなく、人間に与えられていると語ったものです。

 

ジョン・ニュートンは、神の驚くべき恵み(Amazing grace)を語る牧師として有名になって行きますが、奴隷貿易廃止法案の成立のための運動に加わるのは、回心から38年後、また牧師の任職を受けて22年もが経過した1786年のことでした。

ジョンを心から尊敬していた若い国会議員のウィリアム・ウィルバーフォースは、ジョンが奴隷貿易に関わっていたことを知って、協力を求めてきました。ジョンはそのとき、自分の忌まわしい過去の所業を明るみにさらけ出すことへの恐れを感じました。

しかしすぐに、「神は、奴隷貿易の廃止という使命に参与させるために、私を今まで多くの危険から守り導いてくださった」と示されます。妻のメアリーも、牧師を首になってもいいから、この運動に加わるようにと励ましました。

この法案が英国議会で可決されるのは20年後の1807年ですが、ジョンは法案可決の9か月後に天の神のもとに召されて行きます。そこに神の驚くべき摂理を見ることができるように思えます。

 

267節で詩篇8篇が引用されます。これはダビデがイスラエルの王とされ、王家が永遠に続くと約束された時、「神、主(ヤハウェ)よ。私は何者でしょうか。私の家はいったい何なのでしょうか。あなたが私をここまで導いてくださったとは。神よ。このことがあなたの御目には小さなことでしたのに・・・あなたは私をすぐれた者として見てくださいます(Ⅰ歴代誌17:16,17)と感謝した祈りから生まれています。

要するに、ここでの、「人とは何ものなのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。人の子とはいったい何ものなのでしょう。あなたがこれを顧みてくださるとは」との問いかけは、神が自分にしかできない固有の使命を与えていることとセットなのです。

ただし、「あなたは、人を御使いよりもわずかの間低い者とし」との箇所は、ヘブル語原文では、「あなたは彼を、神よりわずかに低いものとされて」と記されます。この書では、現在の世界が「御使いの下に置かれ」ているかのように見える一方で、「来たるべき世界が・・・人の下に置かれる」という文脈の中で、このように記されたのでしょう。

そこには、現在の人間の姿があまりにも非力で愚かに見えるという現実の中で、神は既に「救いを受け継ぐ人々(1:14)に、既に「栄光と誉れの冠を」約束しておられるという希望を見させる熱い思いが込められています。

 

ジョン・ニュートンは、自分の回心とパウロの回心とを重ねて証しします。パウロはクリスチャンを迫害するためにダマスコに向かう途上で神に捕らえられました。別にそれまで真剣にイエスのことを求めようとしたわけではありません。同じようにジョンも、自分の意志でイエスを求めていたわけではありませんでした。

信仰はすべて、自分の求道の思い以前に、神の目に留められることから始まるのです。そのことをジョンは、1779年の名作Amazing Graceの歌で「見出された恵み」を次のように描いています。

 

驚くべき恵み この響きは何と甘いことだろう。こんな、ならず者を救ってくださったとは。

 私はかつて失われていた。しかし、今は見出された。私は盲目であったが、今は見える

 

私たちは自分で神を見出したのではなく、神に見出されて見えるようにされたのです。しかも、私がいかに神に逆らった「ならず者」であるかを意識することは、圧倒的な恵みを理解する契機なのです。

しかも、私の命が守られて来たことが、神の一方的な恵みであることを、3番で次のように歌います。

 

何と多くの危険と苦難と罠の中を私はすでに潜り抜けてきたことか。

 この恵みこそが私をここまで安全に導いてくれた。恵みが私を永遠の家へと導いてくれる

 

ジョンは自分が何度もの生命の危険から守られたことを、圧倒的な神の恵みであると深く自覚していました。実は、奴隷貿易の仕事自体が、恐ろしい危険と隣合わせでした。しかも、この働きに関わること自体が、人間性を徹底的に堕落させていました。

ジョンは、自分が「死」と永遠の「のろい」の罠から救い出されたのは神の圧倒的な恵みに他ならないと深く自覚していました。しかし、自分が奴隷貿易の「のろい」から救い出された理由が、奴隷を解放する働き着くためであったことを自覚するのは60歳を超えてからのことでした。しかし、それは英国での世論の転換点でもあり、神の時でもありました。

 

3.「神の恵みによって、すべての人のために死を味わうため」

ヘブル書の著者は、この詩篇8篇をキリスト預言としても引用しています。78節の「」ということばは原文ではすべて「」という代名詞で記されています。

今回の「新改訳2017」で、この箇所の「」の代わりに「」と訳したのは、詩篇8篇をキリスト預言として引用する前に、すべての人間に当てはめて、人間には、御使いにまさる「使命」が与えられているということを自覚できるようにするためでした。

 

どちらにしても、ここでの「」という代名詞は、6節の「人」または「人の子」を指すことばで、そこに大きな意味が込められています。ギリシャ語の「人の子」ということばは、しばしば、イエスを示唆しています。

当時の信者たちは、イエスご自身が、「人の子は多くの苦しみを受け、長老たち、祭司長たち、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日目によみがえられなければならない(マルコ8:31)と言われたことを思い起こしたことでしょう。

また、イエスが最高議会で裁判を受けたとき、「あなたがたは、人の子が力ある方の右の座に着き、そして天の雲とともに来るのを見ることになります(14:62)といわれたことばを思い起こしたことでしょう。

それは、「人の子」の苦難と栄光との、両方を示唆することばです。

 

それをもとに89節は、「それなのに、今なお私たちは、すべてのものが『人の子』の下に置かれているのを観察できてはいません。ただ、御使いよりもわずかの間、低くされた方のことは確かに見ています。すなわちイエスのことです。

その方は死の苦しみを通して、栄光と誉れの冠を受けられました。それは、神の恵みによってすべての人のために死を味わうためでした」と訳すことができます。

 

イエスがすべての人のために「死を味わう」ことは、すべてのものをご自身の支配の下に置くという目的のためでした。不思議にも、それによって万物に対するイエスのご支配がすべての人に明らかにされるというのです。それは、私たちの肉の目には、イエスの支配がまだ確定しているようには見えていなくても、すでにイエスの復活によって明らかにされたと言えるからです。

イエスの死によって、「来たるべき世」は、すでに私たちのもとに引き寄せられました。私たちは「来たるべき世のいのち」を、今から味わうことができています。主は私たちの代表の真の人として、私たちの前を歩んでくださいました。

 

詩篇8篇は私たちの一人ひとりが神の目に高価で尊い存在であり、一人ひとりに「この地を治める」という固有の使命が与えられていることを明らかにする歌です。

私たちはアダムの子孫として、それをなかなか自覚できない現実があります。しかし、イエスを見るときに、私たちはどのように生きるべきかが示されます。私たちはみな、神の不思議なご計画の中で生かされ、使命が与えられています。

 

なお、ヘブル書の著者は、イエスの死の目的を、人を「死の奴隷状態から解放するため」と描きます。それは21415節でイエスが私たちと同じ「血と肉」を持つ人間となられたのは、「死の力を持つ者、すなわち、悪魔をご自分の死によって滅ぼし、死の恐怖によって、一生涯奴隷としてつながれていた人々を解放するためでした」と記されているとおりです。

ここではイエスの十字架が、奴隷解放のためとして描かれています。ジョン・ニュートンは皮肉にも、神の救いにあずかったあとも奴隷売買によって生計を立てていました。それは残念ながら、彼がAmazing Graceを作詞する3年前に記された米国の独立宣言でも明らかでした。

そこで、「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられていると宣言されましたが、そのときの「すべての人間」の中には、黒人奴隷は含まれてはいませんでした。

ジョンの良心が麻痺していたという以前に、当時の多数のクリスチャンの聖書の読み方が、かなり偏っていたのです。彼らは、奴隷を人間として認めていたとしても、「放っておいたら地獄に落ちるしかなかった哀れな黒人に福音を伝え、天国の保証を与えてあげるという恵みを施してあげた・・・」かのように考えていました。

 

幸いにも、ジョン・ニュートンは晩年に奴隷売買禁止運動に加わることができましたが、それは彼を尊敬するウィルバーフォースという若い国会議員に誘われたからに過ぎません。

ジョンは奴隷売買に携わったことを深く後悔してはいましたが、それを禁止する法律を作ろうなどとは思いもよりませんでした。しかも、彼がそれから足を洗えたのは、神が彼を、妻とのお茶の時間に失神させたからです。

彼が神に救いを求めたのは、乗った船が沈みそうになったからです。しかもその時、神に祈ったのは、6歳まで熱い聖書教育を施した母のおかげです。ジョンが何度も道を外しながら船長にまでなったのは、評判の良い父親が自分の様々な友人に便宜を図るように願っていた結果にすぎません。

また彼は自分が牧師を目指すようになったのは、亡き母の意志であったからとさえ記しています。そのように見てくると、彼の人生の歩みはすべて、神の圧倒的な恵みAmazing Graceに包まれていたと言えましょう。

 

しかし、私たちの人生も同じではないでしょうか。確かに様々な困難がありますが、それでも生かされてきました。それはその試練を通して、あなた固有の使命を気づかせるためではないでしょうか。

私たちの「救い」は、神があなたをご自身の働きのために「召し出された」結果です。それはこの地を治めるすべての働きに適用できます。

それは見過ごしてしまうような小さな働きから始まるかもしれません。あなたが使命を捜すのではなく、使命があなたを捜しています。大切なのはそれに心を開くことです。

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2018年9月30日 (日)

ヘブル人への手紙1章 「王なる支配者としての御子」

 2018年9月30日

あなたは、イエスの十字架をどのように描くでしょう?普通に考えるなら、イエスほど哀れな犠牲者はいません。何の罪を犯さなかった愛に満ちた人が、無実の罪で、当時もっとも忌まわしい十字架刑に処せられたというのですから・・・イエスはまさに悲劇の主人公です。

クリスチャンは確かに、イエスは私たちの罪を負って十字架にかかられたと告白しますが、それでも、イエスを人間の罪の犠牲者として見るということでは同じかもしれません。イエスを悲劇の主人公かのように描くことは聖書的なことなのでしょうか? 

 

不思議にもこの1章では、イエスは栄光に満ちた王であるばかりか、神と等しい方として描かれているのです。

そして、ご自身のいのちをかけて愛してくださったイエスが、全世界を支配する「栄光の王」であるという告白は、様々な試練の中にある人々にとって、最大の慰めであるとともに生きる力となります。

 

ヘブル人への手紙は紀元70年のエルサレム神殿の崩壊の前に、離散し迫害されているユダヤ人クリスチャンに向けて記されたと思われます。それは13章3,23,24節から推測されます。ただ、著者が誰であるかは、永遠の謎であると言われています。

この手紙を通して、イエスの十字架の意味が旧約の様々なささげものの血の犠牲との対比で描かれています。ユダヤ人たちにとって、神殿において動物を犠牲のいけにえとすることによって、神との生きた交わりを回復するということは極めて大切なことだったからです。

 

1.「御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れ」

この書では最初に、神の啓示に関して、「多くの部分に分け、多くの方法で、昔、神は、先祖たちに、預言者たちを通して語られましたが、この終わりの時には、御子にあって私たちに語られました」と記されます(私訳)

ここで、「神は・・語られました(言われた)」での、「神は」という主語は、原文の1章ではここにしか記されません。

聖書の最初はモーセによって記され、トーラーと呼ばれ、すべての土台となります。その後、神はダビデの詩篇を通して、その後、多くの預言者たちによってイスラエルの民に語られました。

しかし、「この終わりの時」と呼ばれる現在は、神はご自身の御子であるキリストを通して私たちに語ってくださっているというのです。御子は、「多くの部分に分け、多くの方法で語られた」旧約のすべての記述と矛盾することなく、すべての預言を成就する方として現れたということを私たちは忘れてはなりません。

 

この「御子」という方に関して続けて、「神は彼を万物の相続者と定め、また彼によって世界を造られたのです。彼は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます」と描かれます(一部私訳)

ここで「万物の相続者」であるとは、キリストは全世界の支配者であるという意味で、その最後に改めて、「万物を保っておられます」と述べられます。

しかも、この世界のすべてのものは、神が「御子によって(通して)」創造されたと、御子御父との協同の創造主として紹介されます。これは当時のユダヤ人にとって奇想天外なことに聞こえたことでしょう。

それで改めて、御子は「神の栄光の輝き」として同じ栄光を共有し、「神の本質(ヒュポスタシス)の完全な現れ」であると描かれます。ここに後の三位一体論の核心が描かれているとも言えましょう。

4世紀の終わりに正統信仰の基準としてまとめられたニケア・コンスタンチノープル信条においては、次のように告白されています。

 

私たちは、唯一の主、神のひとり子、イエス・キリストを信じます。 主は、世々に先立って父より生まれた方、 光よりの光、まことの神よりのまことの神、 造られずして生まれ、父と本質(ウーシア)において同じです。 すべてのものは、この方によって造られました。

 

さらにここでは続けて、御子のみわざが、「この方は、罪のきよめを成し遂げられ、大いなる方の右の座に着座されました、いと高き所に。この方は、御使いよりもさらに優れた方となられ、さらにすばらしい名を受け継がれたのです」と描かれています(34節私訳)

ここには「罪のきよめ」というみわざと、神の「右の座(総理大臣の座)に着座」され、この世界の支配者となっておられることが描かれますが、同時に、ここでは御子がそれによって、「御使いよりも」さらに「すぐれた方」としての「さらにすばらしい名を受け継がれた」ということが強調されます。

そのように記されたのは、旧約預言には、「救い主(メシア)が現れたとき、「救い」と同時に「神の敵」に対する「さばき」が同時に実現すると描かれているのに、そのようにはならなかったからです。それで、先の信条では、「救い主」の到来が二回に分けられた告白されています。

 

主は、私たち人間のため、私たちの救いのために、天から下り、 聖霊と処女マリアによって肉体を受けて、人となり、 私たちの身代わりとしてポンティオ・ピラトのもとで十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、 三日目に、聖書に従って よみがえり、 天にのぼり、父の右に座り、生きている者と死んでいる者とをさばくために、栄光をもって再び来られます。 主の御国は終わることがありません。」

 

当時のユダヤ人たちにとって、救い主が来られるとき、「神の国」が完成するということは理解できましたが、その方が二回に分けて来られるということは理解しがたいことだったと思われます。

イエスが処女マリアを通して人となられたのは「罪のきよめ」のためでありますが、それはキリストの初臨と呼ばれ「再臨」とは区別されます。再臨とは、主が三日目に復活し、天に昇り、再び来られて、神に敵対する勢力を完全に従えるという時です。

旧約聖書では、初臨と再臨がまとめて預言されていました。多くの人々は、罪の赦しのための十字架を知っていても、キリストがすでに「神の右の座に着座され」、この世界を治め始めておられ、その支配は再臨によって完成されるという意味を、十分には理解していないのかもしれません。

 

2.「神のすべての御使いよ、彼にひれ伏せ」

そのキリストの支配のすばらしさが、以下に御使いとの比較で描かれます。なぜなら、ダニエル書10章などでは、大天使ミカエルが「ペルシャの君」や「ギリシャの君」と戦い(20)、終わりの日の救いに関しては、「その時、あなたの国の人々を守る大いなる君ミカエルが立ち上がる(12:1)と記されているからです。

ダニエル書に親しんでいたユダヤ人にとって、ミカエルこそが救い主のように思えたことでしょう。

 

その誤解を正すため、ヘブル書の著者はいくつかの旧約聖書の箇所から「救い主」について記されている部分を引用しながら、御子であるキリストと御使い偉大さは全く異なるということを示しました。

 

その第一は、詩篇27節に記された、「あなたはわたしの子、わたしが今日、あなたを生んだ」ということばですが、これは詩篇2篇の文脈では、この世の支配者たちが結束して主(ヤハウェ)油注がれた者(メシア)に逆らっている中で、主ご自身が、「わたしは わたしの王を聖なる山シオンに立てた」という布告を述べるという中で、このことばが記されます。

そこではさらに主はメシアに「国々をあなたに受け継がせ 地の果てまで あなたのものとする あなたは鉄の杖で彼らを打ち 焼き物のように粉々にする それゆえ今 王たちよ 悟れ‥御子に口づけせよ 怒りを招き その道で 滅びないために」と続きます。

 

つまり、引用されたみことばは、キリストの王としての即位を意味することばなのです。そして使徒の働き1333節では、「神はイエスをよみがえらせ…約束を成就してくださいました。詩篇の第二篇に、『あなたはわたしの子。わたしが今日、あなたを生んだ』と書かれているとおりです」と記されています。

そこでは、「わたしが・・あなたを生んだ」とは、神がイエスを復活させ、王とされたことを意味しました。

 

またさらに、「わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる」というみことばは、サムエル記第二714節からの引用です。それは、ダビデに「あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ(7:16)と約束されたことが、ダビデの子ソロモンによってではなく、ダビデ王家から生まれたキリストによって成就されるという文脈で引用されたことばです。

イエスがヨルダン川でバプテスマを受けたとき、天から「あなたはわたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」という声がしましたが(ルカ3:22)、それがこの預言の成就のしるしでした。

 

そのうえ、この長子をこの世界に送られたとき、神はこう言われました。『神のすべての御使いよ、彼にひれ伏せ』」1:6)との引用は、詩篇977節のギリシャ語七十人訳では「彼のすべての御使いたちよ。あなたがたは彼にひれ伏せ」と記されているのとほぼ同じです。そのヘブル語は「すべての神々(エロヒーム)よ 主にひれ伏せ」と記されています。

そこでは「(ヤハウェ)は王である‥諸国の民はその栄光を見る」という文脈の中でそのように記されているので、キリストこそが(ヤハウェ)であり王であるという宣言になります。

 

またはこの箇所は申命記3243節のギリシャ語七十人訳からの引用であるとも考えられ、そこでは「天よ。彼とともに喜び歌え。すべての神の子たちは彼にひれ伏せ。異邦人たちよ、彼の民とともに喜び歌え。すべての神の御使いたちは彼を力づけよ。彼がご自分の子たちの血に報復し、その敵に復讐を遂げ、ご自分を憎む者たちに報いを与え、主はご自分の民の地をきよめるのだから」と記されています。

 

どちらにしてもその中心的な思想は、イスラエルの民が自業自得で、神のさばきを受け、他国の攻撃を受けて国を失った後に、今度は主ご自身が民の「血に報復し」、イスラエルを滅ぼした国に「復讐を遂げ」ることによって「地をきよめ」るということです。

それは「彼」と呼ばれる方が、神の「長子」としての「御子」であられ、その方が自滅したイスラエルを再創造するということです。「御使い」が神の「長子」の前に「ひれ伏す」のは、父なる神に帰せられるべき再創造の働きを「主」である「御子」が実行するからなのです。

 

7節の、「また、御使いについては、『神は御使いたちを風とし、仕える者たちを燃える炎とされる』と言われましたが」という表現ですが、これは詩篇1044節からの引用で、そのヘブル語は「ご自分の使いを風とし ご自分の召使いを燃える火とされる」と訳すこともできます。

先の6節での引用は、主が御使いに呼びかけていることとして解釈できますが、この箇所は、御使いを「」や「燃える炎」と同じ被造物のレベルに扱ったものです。それは、その詩篇1042節で、「あなたは光を衣のようにまとい 天を幕のように張られます」と記されていることの流れで引用されたものです。

つまり、御使いは「」や「」と同じように、創造主にとっての対話の相手というよりも、神にとっての最高の被造物に過ぎない、神の命令をただ忠実に執行する神の代理機関のようなもので、「御子」と同じレベルで語ることはできないというのです。

 

8節の始まりは、「御子に対しては、こう言われました」と訳すことができ、その流れの中で、御父は御子を「神よ」と呼びかけながら、「あなたの王座は世々限りなく、あなたの王国の杖は公正の杖。あなたは義を愛し 悪を憎む。それゆえ 神よ あなたの神は 喜びの油を あなたに注がれた。あなたに並ぶだれにもまして」と語りかけています(8,9節)

このみことばは詩篇45篇6、7節からのそのままの引用です。

 

もともと詩篇45篇は、「王妃はあなたの右に立つ(9節)との記述から、「王の結婚式の歌」とも呼ばれ、その6節の「神よ」という呼びかけは「」に向けてのものと解釈できます。

なぜなら、7節では、「神よ、あなたの神は喜びの油を・・あなたに注がれた」と、王が「神」と呼ばれ、父なる神が、王に油を注いだと記されているからです。

イエスご自身も、聖書が「神のことばを受けた人々を、神々と呼んだ」と言っておられます(ヨハネ10:35)。なお「神」も「神々」もヘブル語にするとエロヒームという全く同じ単語になります。

 

ここでの「あなたの王座は世々限りなく」と歌われるのは、先のサムエル記の引用の箇所にあったように、ダビデ王家が永遠に続くことを語ったものです。また、ダビデの王座の支配が「公平の杖」と呼ばれるのも先に引用された詩篇29節で、「あなたは鉄の杖で彼らを打ち砕き」とあるように王の力ある支配を意味します。

そのことがさらに「あなたは義を愛し、悪を憎む」と記されます。そして「救い主」はこのような理想的な王として登場されたというのです。つまり、御子は「ダビデの子」として、「」と呼ばれながら、父なる神との対話の中で、神のご支配をこの地に実現する「王たちの王」として描かれているのです。

 

3.「あなたははじめに、主よ、地の基を据えられました」

続く10節は原文の語順で、「そして、あなたははじめに、主よ」と記され、「神は言われた」という連続の中で、御子を「あなた」と呼び、その方を詩篇102篇の主語である「(ヤハウェ)」の名で呼び、その25-27節を引用しているのです。当時のユダヤ人にとって、ヤハウェである父が、御子をヤハウェと呼ぶというのは奇想天外なことです。

そして続けて、「地の基を据えられました。 天も、あなたの御手のわざです。これらのものは滅びます。 しかし、あなたはいつまでもながらえられます。すべてのものは、衣のようにすり切れます。あなたがそれらを外套のように巻き上げると、それらは衣のように取り替えられてしまいます。しかし、あなたは変わることがなく、 あなたの年は尽きることがありません」と記されます。

このヘブル書の引用はもともとの詩篇から若干の違いがありますが、意味は基本的に何も変わりません。

 

何よりの不思議は、父なる神が、御子を「」と呼び、御子が天地万物の創造主であり、御子の思いのままに世界を変えることができる一方で、御子は永遠に変わることがないと言われていることです。

 

なお詩篇102篇の標題には「苦しむ者の祈り。彼が気落ちして、自分の嘆きを主(ヤハウェ)の前に注ぎ出したときのもの」と記されています。この詩篇の引用を見たヘブル書の読者もそれが分かったことでしょう。

そしてその2節の原文は、「御顔を隠さないでください」から始まり、「すぐに私に答えてください」で終わります。これはイエスが十字架で詩篇22篇のことばを用いて、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか(マタイ27:46)と祈られたことに通じます。

つまり、この詩篇の文脈では、御子はこの詩篇作者と同じ絶望感を味わってくださった方なのです。その3-7節は次のように訳すこともできます。

 

私の日々は煙のように失せ、骨々は炉のように熱い/

心は青菜のように打たれてしおれ、パンを食べることさえ忘れるほど/

嘆きの声のため、私の骨々は皮にくっついてしまった/

まさに荒野のみみずくにも似て、廃墟のふくろうのようになっている/

私は眠ることもできず、屋根の上のはぐれ鳥のようになった」

 

   ところが、12節からはすべてが逆転される希望が歌われます。そこではまず、「しかし、あなたは 主(ヤハウェ)」ということばから始まり、主の永遠のご支配が賛美されます。

そして13節も「あなたは」という呼びかけから始まり、「あなたは立ち上がり シオンをあわれんでくださいます」と、主がご自身の行動を変えてくださったかのように歌われます。

しかもその理由が、「今やいつくしみの時です。定めの時が来ました」と、著者自身に、神のみこころの変化の時が知らされたかのように歌われます。

 

そして14-22節の全体を通して、旧約の預言書で繰り返されるイスラエルの回復の希望が描かれます。著者は自分の個人的な苦難とイスラエルの苦難を重ね合わせ、同時に、そこに神ある希望を見ているのです。

そのような文脈で、25-27節の主のご支配の永遠性が語られ、それが御子の永遠のご支配に結び付けられているのです。

 

ヘブル書ではこの後、大祭司としてのイエスの姿が、「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯しませんでしたが、すべての点で私たちと同じように試みに合われたのです・・・

キリストは、肉体をもって生きている間、自分を死から救い出すことができる方に向かって、大きな叫び声と涙をもって祈りと願いをささげ、その敬虔のゆえに聞き入られました。

キリストは御子であられるのに、お受けになった様々な苦しみによって従順を学び、完全な者とされ、ご自分に従うすべての人にとっての永遠の救いの源となり(4:15,5:7-9)と描かれています。

このヘブル書の最初に引用された詩篇102篇こそ、キリストが味わってくださった苦難を預言しているものであり、同時に、キリストが神の御子として永遠の創造主、この世界の永遠の支配者であることの両方が記されているものと言えましょう。

 

1314節では引き続き、「神は、かつてどの御使いに向かって、こう言われたでしょう」と記されながら、詩篇110篇1節が、 「あなたは、わたしの右の座に着いていなさい。わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは」と引用され、御使いはみな、奉仕する霊であって、救いを受け継ぐことになる人々に仕えるため遣わされているのではありませんか」と記されています。

これは、「御子」が神の右の座に着いておられる支配者、私たちにとっての「主」である一方で、御使いは私たち「救いを受け継ぐ」者たちに「仕えるために」神から「遣わされている」「奉仕する霊」に過ぎないと言っていることを示します。

 

ます。なお、主イエスはパリサイ人たちに向かって、キリストがダビデの子と呼ばれるなら、「どうしてダビデは御霊によってキリストを主と呼び、『主は、私の主に言われた・・・』と言っているのですか。ダビデがキリストを主と呼んでいるなら、どうしてキリストがダビデの子なのでしょう」と問いかけました(マタイ22:41-45

これには当時、誰も答えられませんでした。それは、キリストが「ダビデの子」としての人間であるとともに、キリストが神の御子として「ダビデの主」であるという不思議を現わします。

 

そしてここには、御子が神の右の座についてこの世界を治めるのは、父なる神がすべての御子の敵を、御子の「足台とするまで」という不思議な表現になっています。

このことに関して、パウロは「すべての敵をその足の下に置くまで、キリストは王として治める」と記しています(Ⅰコリント15:25)。つまり、御子が王として支配することの背後に、父なる神が御子のすべての敵を御子の支配に服させるという働きがあるのです。ここに、御父の支配と御子の支配が同時並行して進んでいる様子が描かれています。

 

ときに、神の御子キリストが、父なる神と同じ本質を持つ「神」であり「ヤハウェ」であるという三位一体論は4世紀のキリスト教会で定められた教理であるなどと解説されることがあります。しかし、このヘブル書の著者が、詩篇などの引用を通して当時のユダヤ人たちに解き明かしたことの中に、すでに基本が記されています。

私たちの罪を担うために人となってくださったイエスは、御父と同じ創造主であり、永遠に変わることのない全世界の王、真の支配者であられるのです。私たちのすべての痛みや悩みに徹底的に寄り添ってくださる方が、同時に、この世界の不条理を正してくださる「王の王」であられます。

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2018年9月23日 (日)

Ⅱ列王記6:24-10:36 「これは、主(ヤハウェ)が語られたことばのとおりだ」

                                      2018923

   旧約で不思議なのは、神がこの世の権力闘争を裏から操り、権力者をさばくために別の権力者を立てるかのように説明されていることです。それら一つひとつに、「(ヤハウェ)が語られたことばのとおり」とまとめることができます。

しかし、より有能な者が無能な王を打ち倒して王になるという「力の原理」は世の常であり、彼らが神の操り人形になっているわけではありません。どんな王家も必ず滅びますが、それは神のさばきという以前に、自滅しているとも言えます。そして、「奢るもの久しからず」とあるように、権力者の滅亡は、自分の力に酔ってしまうことに始まります。これは極めて現代的な課題です。それはときに、教会とお金の問題にもつながることです。

力も富も人を傲慢にし、神との関係では、不幸の原因ともなり得るのです。ただその最も基本には、人の心の不安がそのように駆り立てるとも言えます。しかし、主のご計画は必ず成就するということがわかるなら、私たちは誠実を第一にすることができるようになります。  

 

1.アラムによるサマリヤの包囲と神の救い

 エリシャの働きによってアラム(現在のシリヤ)の「略奪隊」が「侵入する」ことはなくなったのですが(6:23)、それからかなり時間が経った後になって、アラムの王ベン・ハダドは略奪隊の代わりに、「全軍を召集し」イスラエルの首都であるサマリアを包囲することになりました。サマリアでは激しい飢饉に襲われ、母親二人が交互に自分たちの子供を食べ合おうとする悲惨まで起こりました。

これは主がかつてモーセを通して、主を軽蔑した者への「のろい」が申命記28章に生々しく預言されていたことの成就で、その極みが、敵に包囲される窮乏のため、上品な女が、自分の子供にまで物惜しみするばかりか、自分が生んだ子供さえ食料にしてしまうと描かれていました(56,57)

すべての母親が自分の子のために命を捨てることができると思うのは幻想です。国全体がのろいを選び取ってしまうようなとき、狂気が国を支配します。これから300年も経たないうちにエルサレムでも同じことが起こります。預言者エレミヤは、女たちが、自分の胎の実を、養い育てた幼子を食べてよいでしょうかと嘆いています(哀歌2:20)。また、イエスを拒絶したエルサレムの町でも同じ悲劇が起こったことを、ユダヤ人歴史家のヨセフスが記録しています。

 

   女は、「わが主、王よ。お救いください」と訴え、それに対し、王は、「主(ヤハウェ)があなたを救われないなら、どのようにして、私があなたを救うことができようか」と言いますが(6:2728)、ここには主に必死にすがろうとする姿勢は見られません

それどころか王は、この女の訴えの理由が、それぞれの子供を、煮て食べようと相談し、自分は子供を差し出したのに、相手の女が自分の子供を隠してしまったということにあると聞いたとき、人々の怒りの矛先を預言者エリシャに向けさせようとします。

主はかつて、エリシャの祈りに答えて、アラムの軍隊を盲目にされました。彼らはサマリアの真ん中におびき寄せられました。王はそのときエリシャを「わが父よ」と呼びながら、「私が打ち殺しましょうか」と二度も尋ねましたが、エリシャがそれを差し止め、彼らに飲み食いさせ、国に帰しました。その軍隊が今、攻めてきているのです。

 

王はエリシャに向けて使者を刺客として遣わしますが、彼はエリシャに「見よ、これは(ヤハウェ)からのわざわいだ。これ以上、私は何を主(ヤハウェ)に期待しなければならないのか」と言います。

しかし、わざわいの原因が主にあるなら、主にすがりついてみこころを変えていただけるように求めるべきでしょう。

 

それに対しエリシャは、「主(ヤハウェ)のことば」として、「明日の今ごろ、サマリアの門で、上等の小麦粉一セアが一シェケルで売られるようになる・・・」と言いました(7:1)。これは小麦粉7.6ℓが、銀11.4gでということで、現在の銀価格1=58円で計算すると一セア(7.6ℓ)が661円という破格の安値になります。これは直前まで、普通だったら売り物にならない「ろばの頭一つ」80シェケル(53,000)であったことと比較するとただ同然とも言えます(6:26)

ここで使者が、「侍従で、王が頼みとしていた者」と初めて紹介され、彼が「たとえ主(ヤハウェ)が天に窓を作られるにしても、そんなことがあるだろうか」と言ったと記されます。それに対しエリシャは、「確かにあなたは自分の目でそれを見るが、それを食べることはできない」と答えます(7:2)

侍従がエリシャのことばを信じられなかったのは当然でしょうが、「神の人」に向かって、全能の主の御名を持ち出して否定したのは、主の御名をみだりにとなえるという罪と、神の人への暴言となってしまいました。

 

その後の不思議が、「主がアラムの陣営に、戦車の響き、馬のいななき、大軍勢の騒ぎを聞かせられたので」(7:6)、彼らはおびただしい食料を残しながら、「いのちからがら逃げ去った(7:7)と描かれます。これは、1180年の富士川の合戦で平家の軍隊が水鳥の発つ音で背走したことに似ています。

このときそれを最初に気づくのは、サマリアの城外で飢え死にしそうだった四人のツァラアトに冒された人でした。反面、人間的な力を持っていたこの侍従は、食料のもとに殺到した群集によって踏みつけられます。そしてこの結論は、「神の人が告げたことばのとおりであった」(7:17)と記されます。

そして、71819節では、12節での会話が敢えてそのまま再現され、「そのとおりのことが彼に実現した」という侍従へのさばきが記されます(7:20)。私たちが神こそが、すべての力の背後におられる全能の主なのです。

  

2. シュネムの女を守り、同時に、イスラエルを懲らしめる王を立てられる神

 シュネムの女の記事の続編が81節から6節に続きます。彼女は、エリシャから、この国が七年間の飢饉に襲われるということを聞いてペリシテの地に逃れ、七年たって国に戻ってきました。しかし、留守中に自分の土地は王の家に没収されていたのだと思われます。それで、彼女は王に返還を訴え出てきました。

それはちょうど、エリシャのしもべのゲハジが王に、シュネムの女の子供が生き返った話をしている最中でした。何とも不思議な偶然のように思われますが、この地のすべてのできごとは偶然ではなく、神の御手の中で、神の御許しの中で起こっていることです。なお、これがいつのことかはわかりません。これはゲハジがアラムの将軍ナアマンの皮膚病を代わりに受ける前だと思われます。

とにかくイスラエルの王は、このとき神のみわざに心を開くようになっており、この女の訴えを聞き届けて相続地ばかりか、その間の収穫まで返すと約束しました。神はたった一人の女にさえ目を留めておられます。この記事は、先の子供を食べてしまった女の記事と何と対照的でしょうか。主がさばかれるということは、同時に、主が救われるということを意味します。どんなときにもあきらめず、主に訴えることが大切です。

 

   それに続いて、エリシャがアラムの首都ダマスコに行ったときのことが記されます(8:7)。アラムの王ベン・ハダドは重い病気にかかっていましたが、「神の人がここまで来ている」という知らせを聞くと、自分の家来のハザエルに、「神の人を迎え、私のこの病気が治るかどうか、あの人を通して主(ヤハウェ)のみこころを求めてくれ」と命じます(8:8)

かつてアハブの息子のアハズヤは自分の病が治るかどうかを「エクロンの神、バアル・ゼブブに(1:2)尋ねさせて、エリヤから神のさばきの宣告を受け、死んでしまいました。ここでは異教徒の王が、エリシャを「神の人」と呼んで、イスラエルの神「(ヤハウェ)のみこころ」を求めてきたというのです。それはアラムの将軍ナアマンの功績かもしれませんが、エリシャの名声は国境を越えて響き渡っていたのです。本来なら、ここでベン・ハダドへの神のあわれみが示されるべきと思われます。

 

ところが、エリシャはハザエルに、王の病は「必ず直る」と告げながらも「彼が必ず死ぬ」とも付け加えます(8:10)。同時に、「神の人は、彼が恥じるほどじっと彼を見つめ、そして泣き出した」(8:11)というのです。それはハザエルがアラムの王となり、「幼子たちを八つ裂きに」するほどにイスラエルを徹底的に攻撃することを知ったからです(8:12)

ハザエルは「しもべは犬にすぎないのに、どうしてそんな大それたことができるでしょう」と答えますが、エリシャは彼に、「主(ヤハウェ)は私に、あなたがアラムの王になると示されたのだ」(8:13)と言います。これを聞いたハザエルは、翌日、王を殺して自分が王になります。

 

エリシャのことばが彼をクーデターに駆り立てました。しかし、これはかつて主が燃え尽き後のエリヤ「さあ、ダマスコの荒野に帰って行け。そこに行き、ハザエルに油を注いで、アラムと王とせよ」(Ⅰ列19:15)と命じられたことが、エリヤの後継者を通して成就したということだったのです。

エリヤは孤独な預言者として、偶像を拝むイスラエルの王からいのちを狙われながら、「火の戦車」とともに天に引き上げられましたが、すばらしい後継者を残し、その人を通して、神のご計画を成就することができました。

しかも、「エリシャに油を注いで、あなたに代わる預言者とせよ(同19:16と命じられたのは、主ご自身でした。しかも、それは、ハザエルを王とせよと命じられたこととセットでした。後にパウロは、預言者エリヤが、イスラエルが「預言者たちを殺し・・ただ私だけが残りました」と嘆いていたとき、主が「わたしは、わたし自身のために、男子七千人を残している」と答えられたことを引用し、「すべてのものが神から発し、神によって成り、神に至るのです」と記しました(ローマ113,4,36)

ただ同時に、そこで「ああ、神の知恵と知識の富は、なんと深いことでしょう。神のさばきはなんと知り尽くしがたく、神の道はなんと極めがたいことでしょう」と記しています(同33節)。まさに、この神のみこころの神秘は、主がエリシャの前にへりくだったアラムの王ベン・ハダドを廃し、ハザエルをアラムの王に立て、イスラエルをさばくことに現れています。

 

ただし、ハザエルが神に愛されていたというわけではありません。彼は欲に駆られて動いているだけであり、主の民イスラエルを激しく苦しめた神の敵です。これは神が、神の敵さえも支配しておられるという意味です。

日本の総理大臣就任が話題になりますが、聖書は、「神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられている(ローマ13:1)と言います。総理を立てるのは神ご自身ですが、それは、その人の方が神のみこころにかなった人であるという意味では決してありません。それは神がイスラエルを懲らしめるためにアラムの王ハザエルを立てたのと同じです。

ただ、「多く与えられた者はみな、多くを求められ、多く任された者は、さらに多くを要求されます」(ルカ12:48)とあるとおり、神は権力者の心の思いを見て、より厳しい基準でさばかれるのですから、私たちが先走ってさばく必要はないのです。

そして、このことを通して、主はイスラエルばかりかアラムをも支配しておられるということがわかります。つまり、イスラエルにわざわいをもたらすのは、アラムである前に、主ご自身であられるのです。

 

3.エフーによるアハブ王家の滅亡、アハブ家のユダへの影響、

   当時のイスラエルの王はアハブの第二子のヨラムでした。彼が王位にあった第五年目に、南王国ユダではヨシャファテの息子が王となり、その名はイスラエルの王と同じでした(8:16,17)。皮肉にもその意味は、「ヤハウェは高められる」でしたが、彼はヤハウェをさげすみました。

彼の父ヨシャファテは神を恐れる立派な王でしたが、北王国イスラエルの王アハブと同盟関係を結んでしまい、「アハブの娘」がユダ王国の皇后になり(8:16-18)、国が堕落します。それに対し、主はユダの南の国、エサウの子孫のエドムを用いてヨラムを苦しめました。

そして、彼の息子アハズヤが王となりましたが、彼の治世はたった一年であったと描かれ、彼の母の名、つまりヨラムの妻の名がここで「アタルヤ」であったと記されます(8:26)。彼女は、悪女イゼベルの娘であり、その後のユダ王国を転落に導いた張本人でした。

そしてアラムの王となったハザエルが北王国の王ヨラムとユダの王アハズヤとの連合軍を苦しめたことが記されます(8:28,29)

 

   そこで預言者エリシャが、仲間の一人をイスラエルの王の家来エフーーーーーに遣わし、彼を王として立て、任職の油を注ぎます。その際、エフーに主のことばとして、「あなたは主君アハブの家の者を打ち殺さなければならない。こうして、わたしは、わたしのしもべである預言者のたちの血、イゼベルによって流されたすべての主のしもべたちの血の復讐をする・・・犬がイズレエルの地所でイゼベルを食らい、彼女を葬る者はだれもいない」と告げられます(9:7-10)

これもかつて主がエリヤ、「ニムシの子エフーに油を注いで、イスラエルの王とせよ(Ⅰ列王記19:16命じておられたことが、後継者エリシャによって実行に移されたということでした。同時に、これはナボデのぶどう畑を強奪したイゼベルに対して、主が預言者エリヤを通して語られたことでした(同21:23。それが、今、エフーによって成就するというのです。

 

エフーにはその気があったのかは分かりませんが、彼とともにいた将校たちも、預言者のことばを伝え聞いて初めて、自分の上着を脱いで彼の足元に敷き、角笛を吹き鳴らして「エフーは王である」(9:13)と言います。つまり、ここでもクーデターの首謀者は俺様であられたのです。

アメリカの独立宣言には、神によって立てられたはずの地上の権威を、神の御許しの中で打ち破って新しい政治権力を建てる権利が主張されていますが、その根拠はこのような記事にあるのかもしれません。将校たちがすぐにエフーを新しい王として建てたのは、アハブの子ヨラムに対する不満が鬱積していたからでしょう。

 

一方、アハブの子ヨラムはそれに気づかず、エフーの手にかかって死んでしまいます(9:22-24)。そればかりかエフーはたまたま訪問中のユダの王アハズヤまでも殺しますが(9:27)、これは神の命じられたことではありませんでした。これは、どのような革命でも、常に行き過ぎの残虐を生むことの実例と言えましょう。

そしてエフーはその後、神の復讐の最大のターゲットであったイゼベルを攻撃します(9:30)。彼女は威厳を保っているように見せかけ、彼をバシャの王家を滅びして七日間しか権力を保てなかったジムリにたとえて軽蔑します(9:31)。しかし、イゼベルは彼女自身の家臣たちによって突き落とされます(9:33)

そしてエフーが勝利を祝い、彼女へのあわれみの心を持ったとき、すでに彼女のからだは、犬の餌

(ドックフード)なっていました。それを聞いたエフーは、「マジ?これは、(ヤハウェ)そのしもべティシュベ人エリヤによって語られたことばのとおりだヤバイーウケルwwと述べます(9:36)

それはまた、エリシャから遣わされエフーに油を注いだ預言者のことばのとおりでした(9:7)。ここに神の一つひとつのことばが成就したことが強調されます。

 

 エフーはその後、アハブ家に属するすべてのものを皆殺しにしたばかりか、見舞いに来たユダの王アハズヤの身内のもの42人を殺しました。

その上で何と、エフーはバアルの預言者や信者たちを騙し討ちにしようと、「アハブは少ししかバアルに仕えなかったが、エフーは大いに仕えるつもりだ。だから今、バアルの預言者や、その信者、およびその祭司たちをみな、私のもとに呼び寄せよ。一人も欠けてはならない。私は大いなるいけにえをバアルに献げるつもりである(10:18,19)と嘘を言って、彼らを強制的に一同に集め、皆殺しにします。

神はこのような卑怯な手段と残虐を喜んでいるとは思われません。

 

それでも、「このようにして、エフーはバアルをイスラエルから根絶やしにした(10:28)という、主に対する彼の熱心さには満足しておられます。それで、主ご自身も、エフーに対して、「あなたはわたしの目にかなったことをよくやり遂げ、アハブの家に対して、わたしが心に定めたことをことごとく行ったので、あなたの子孫は四代目まで、イスラエルの王座に就く」といわれます(10:30)

ところがそこで、「しかしエフーは・・・ヤロブアムの罪から離れなかった」と記されます(10:31)。それは、エルサレム神殿を否定して、べテルとダンにある金の子牛を民に拝ませ続けたという意味です。それは、人々の心を自分につなぐための政治的配慮を優先したためでした。

彼はアハブ王家を滅ぼすときには主のみこころに従うと言っているのですが、自分の王権を保つためには平気で主のみこころに反します。人を攻撃するときには熱くなって「主のみこころ」ということばを持ち出しながら、自分の事に関してはあらゆる言い訳と正当化ができるというのが人間です。

そのような中で、「主はイスラエルを少しずつ削り始めておられた」(10:32)と記されます。それは神によって立てられたハザエルがアラムの王としてイスラエルを打ち破っていたからでした。神はエフーを王として立てましたが、同時にハザエルを立て、エフーの家を苦しめました。

 

   神によって立てられたエフーもアラムの王ハザエルも、自分の力に酔うようにインスタを始めまます。そして、彼らは自分に力を与えた主を恐れないことによって国を滅ぼす道を開いてゆきます。

詩篇62編では、「暴力に信頼するな。略奪をむなしく誇るな。強さが結果を生んでも(新改訳「富が増えても」)それに心を留めるな・・力は神のもの」(10,11節私訳)と告白されます。

そしてその前に、「民よ。いかなるときにも、この方に信頼せよ。あなたがたの心を御前に注ぎだせ。神は私たちの避けどころ」(8)と歌われます。

 

   ここでは、「じばにゃのことば」の一つひとつが成就して行く様子が描かれます。特に感動的なのは、預言者エリヤがバアルの預言者450人との戦いの後、燃え尽きてしまい、「(ヤハウェ)よ、もう十分です。私のいのちをとってください(Ⅰ列19:4)と泣き言を述べながら、神の山ホレブに導かれ、そこで、主が明確なことばでエリヤに命じられたことが、後継者エリシャによって成就して行く場面です。

私たちは自分の無力さを嘆くことがありますが、主はご自分の計画を必ず成し遂げられます。預言を与え、預言を成就するのは、主ご自身の働きです。

私たちに求められているのは、「ただ公正を行い、誠実を愛し、へりくだって、あなたの神とともに歩むことではないか」と記されているとおりに生きることに他なりません(ミカ6:8)

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2018年9月16日 (日)

Ⅱ列王記4:1-6:23 「神の恵みを無駄に受けないようにしてください」

                                   2018916

   「有難い」ということばには、「この世に有ることが難しい」「得難いものを賜っている」という深い感謝の意味が込められています。

様々な信仰者の歩みを見ると、一度限りの神のめぐみを繰り返し思い起こし、そこで出会った人へ感謝の心を忘れないような人は、その後も幸せな歩みをしているように思えます。ただ、ときに感謝されていると思っても、一つの問題を契機に関係が冷えてしまう場合もあります。

 

イスラエルの民は、神への感謝を忘れる天才でした。今日のエリシャの物語は、奇跡物語の羅列のように思えますが、この約百年後に北王国イスラエルは永遠に歴史から消え去り、そのさらに150年後、残されたユダ族の都エルサレムはバビロンの攻撃によって廃墟とされます。

ここに描かれた神のみわざは、後のイエスの時代まで起きることはありませんでした。エリシャの時代は、まさにイスラエルの歴史上、もっとも有難い時代でした。それを理解する者は、一見期待外れの日々の生活に、様々な神の恵みの有難さを味わうことができます。

そして私たちの心の奥底にある渇きは、来るべき世界でしか満たされないということを悟る者は、現実の孤独と空虚さに耐えながら、一日一日を生きることができることでしょう。

 

1.油壺の奇跡 預言者の未亡人の息子が奴隷に売られないように守る (4:1-7)

   エリヤは孤独な預言者でしたが、エリシャは「預言者集団」を従えていました。あるときその一人が借金を残して死に、二人の息子が借金のかたに奴隷にされると未亡人が訴えて来ました。同胞を奴隷とすることは律法で禁じられていましたが、それは守られていませんでした。

エリシャは彼女に近所から油を入れる器を多数集めさせます。彼女が残されたたった一つの財産である油壺から、それぞれの器に油を注ぎましたが、いくら注いでも器の数だけ油が出てきました。最後の財産をエリシャの命じるとおりに使うとそれが何十倍にも増えたのです。

彼女はそれを売って負債を弁済し、子供を守ることができました(4:1-7)。エリシャは、貸主の権利を侵害することなく、同胞の奴隷売買を止めさせることができたのです。

 

経済が成長しない社会では、誰かの得は必ず誰かの損につながりますが、エリシャは、誰も損をさせることなく、貧しい預言者の家族を守ることができました。

イエスはその宣教の初めに高熱で苦しむペテロのしゅうとめを癒されました(ルカ4:38)。それは三つの福音書に共通して記されていますが、それはイエスがご自分に従おうとした多くの弟子たちの家族にまで気を配っておられたことのしるしでした。

 

2.エリシャがシュネムの裕福な女を助ける (4:8-37)

 シュネムカルメル山から東に約30kmあまりに位置する町です。この町のある「裕福な女」はエリシャが町に立ち寄るたびに、「神の聖なる方」として心からもてなし、屋上に特別な部屋まで用意しました。

あるときエリシャはこの女を呼び、「あなたはこのように、私たちのことで一生懸命骨折ってくれたが、あなたのために何をしたら良いか」(4:13)と尋ねます。

彼女は、「私は私の民の間で、幸せに暮らしております」と何の要望も出しませんでしたが、彼は彼女が表現しなかった心の願いを悟って、「来年の今ごろ、あなたは男の子を抱くようになろう」(4:16)と言います。

彼女は今まで不妊で、夫も既に高齢になっているため、彼女はそれを信じることはできませんでしたが、彼女は約束されたとおり「男の子」を産みます。

 

イエスも、「預言者を預言者だということで受け入れる者は、預言者の受ける報いを受けます・・・

わたしの弟子だからということで、この小さい者たちの一人に一杯の冷たい水でも飲ませる人は、決して報いを失うことがありません」(マタイ10:41,42)と言われました。

神はあなたの善意に報いてくださいます

 

しかし、その子が大きくなったある日、突然の頭痛で息を引き取ります。彼女はその子をエリシャのために用意した寝台に寝かせ、戸を閉めると、夫に息子の死を知らせる間をも惜しむように、「急いで神の人のところに行って、すぐに戻って来ます」とのみ説明し、カルメル山にいるエリシャのところに急ぎます(4:21-25)

エリシャのしもべゲハジが安否を尋ねても、まともに答えようとせずエリシャの「足にすがり」つきます。ゲハジは彼女を追い払おうとしますが、エリシャは、「そのままにしておきなさい。彼女の心に悩みがあるのだから。主(ヤハウェ)はそれを私に隠し・・」と言います(4:27)

彼は、何が起こったのかという情報よりも、彼女の心の悩みをじかに感じ取ろうとしています。それに対し彼女は、失礼にも、「私がご主人様に子供を求めたでしょうか・・」と感情的に訴えますが(4:28)、エリシャは彼女の見当違いな怒りを優しく受け止めます。

その上で、しもべゲハジに自分の杖を持たせて、その子のもとへと急がせます。

 

それに対し、母親は、「主(ヤハウェ)は生きておられます。あなたのたましいも生きています。私は決してあなたを離しません」(4:30)と答えます。これはかつてエリシャがエリヤに対して言ったことばに似ていますが(2:2,4,6)、この際は、「離しません」という必死さが強調されています。

自分がかつて言ったことばを聞いて、深く心を動かされたことでしょう。それでエリシャ自身が、彼女の後について子供を訪ねます。

 

先に着いたゲハジがエリシャの杖を子供の上に置いても何も起きませんでしたが、エリシャは子供の死を見てもあきらめることなく、他の人々を外に出して、「主(ヤハウェ)に祈った」(4:33)のでした。このシュネムの女もエリシャも、「主(ヤハウェ)は生きておられます」と語っていますが、それは口先の告白ではなく、不可能を可能にしてくださる全能の主への信頼が伴っています。

そしてエリシャは、「その子の上に身を伏せ、自分の口を子供の口の上に、自分の目を子供の目の上に、自分の両手を子供の両手の上に重ねて、子供の上に身をかがめます」(4:34)。彼は既に死んで冷たくなっている子供に徹底的に寄り添ったのです。

すると、「その子のからだが暖かくなってきた」と描かれます。これは、最初のアダムが、土地のちりで造られた後、神の「いのちの息」を受けて、「生きものとなった」と記されていることを思い起こさせます(創世記2:7)。彼女は彼の「足もとにひれ伏し、地にひれ伏し」(4:37)ます。何という感動の瞬間でしょう。

 

これはイエスがナインという町やもめの一人息子を生き返らせたことに似ています。そのとき人々は、「偉大な預言者が私たちのうちに現れた」とか、「神がご自分の民を顧みてくださった」と言って「神をあがめ」ましたが(ルカ7:16)、彼らはイエスをエリシャの再来と見たのでしょう。

エリシャの名は「神は救い」、イエス(ヨシュア)は「ヤハウェは救い」という意味があります。私たちのまわりには、ときに余りにも簡単に人生を諦めてしまったような人がいるかもしれません。

私たちはそんな一人ひとりに寄り添いつつ、「主(ヤハウェ)は生きておられる」という福音を、私たちの呼吸を通して伝えてゆくことができるのではないでしょうか。

 

3.エリシャが釜の中の毒を消し、少ないパンで百人の預言者を養った奇跡 (4:38-44)

  エリシャがヨルダン川沿いのギルガルに帰って来たとき、この地に飢饉が起こります。彼は大きな釜を火にかけさせ、煮物を用意させますが、預言者の一人が摘んできた草は毒草でした。

彼らはそれに気づきますが、エリシャは麦粉でこの釜の毒を消し、彼らが食べることができるようになりました(4:38-41)

 

また、ある人がエリシャのもとに「パン二十個と、新穀一袋を」持ってきましたが、彼はそれを百人の預言者の仲間に振舞うように命じます。

召使は「これだけで、どうして百人もの人に・・」と言いますが、エリシャは、「主はこう言われる。彼らは食べて残すだろう』と述べ(4:43)、実際、そのようになりました。

 

飢饉のなかでも主は預言者たちを養ってくださいました。それはまさに、「主(ヤハウェ)を恐れる者には乏しいことがない」とあるとおりでした(詩篇34:9)

そして、イエスに従った男だけで五千人にのぼる群集が、人里離れた場所で飢えて動けなくなりそうなときにも、主は奇跡的に増やしたパンで養われました。

 

4.アラムの将軍ナアマンのいやしと信仰 5章)

   イスラエルの北の国アラム(現在のシリヤ)の将軍ナアマンはツァラアトに冒されていました。これは当時、隔離の対象となる皮膚病でしたが、彼は尊敬されていました。「それは、(ヤハウェ)が以前に彼によってアラムに勝利を得させられたからである」(5:1)と記されます。彼は敵となり得る将軍でありながらイスラエルの神、主の選びの器でした。

そして、彼の妻にイスラエルの娘が仕えていましたが、この娘も彼を心配し、「サマリヤにいる預言者」にいやしを求めるように進言します。

ナアマンはアラムの王の紹介状を受けて大量の贈り物をもってイスラエルの王を訪ねます。しかし、王は自分が言いがかりをつけられたと思い、自分の衣を引き裂き、「私は殺したり、生かしたりすることができる神であろうか」(5:7)と言います。

 

そのことを聞いたエリシャは、ナアマンを自分のところに送るように願います。ナアマンは馬と戦車でやってきてエリシャの家の入り口に立ちますが、彼は直接会う代わりに使者を遣わし、「ヨルダン川に行って七回あなたの身を洗いなさい。そうすれば・・・きよくなります」(5:10)と言います。エリシャはナアマンの目を、自分ではなくイスラエルの神に向けさせようとしました。

ナアマンはこの非礼に怒りを発しますが、部下はエリシャのことばに従うように、必死に進言します。ここに彼と部下の間の信頼関係が垣間見られます。そして、「そこで、ナアマンは下って行き、神の人が言ったとおりに、ヨルダン川に七回身を浸した。すると彼のからだは・・・幼子のからだのようになり、きよくなった」(5:14)と記されます。

私たちも同じように、心が付いて行かなくても行動において主に従うなら、その従順に主は報いてくださいます。

 

その後、ナアマンはすぐに引き返してエリシャに贈り物を受け取るように懇願します。エリシャはこのときは自らナアマンに対面し、「私が仕えている主(ヤハウェ)は生きておられます。私は決して受け取りません」(5:16)と言います。エリシャにとって、これは自分の働きではなく主ご自身のみわざであったからです。

するとナアマンはイスラエルの土を運んで自分の家に祭壇を築き、「これからはもう、主(ヤハウェ)以外のほかの神々に・・いけにえをささげません」(5:17)と約束します。敵になり得る隣国の将軍が、イスラエルの土を大切に運び、その地を守る神のみを礼拝するというのは、当時としてはあり得ない不思議でした。

 

ただそこにひとつ例外として、「私の主君がリンモンの神殿に入って、そこでひれ伏すために私の手を頼みとします。それで私もリンモンの神殿でひれ伏します・・・どうか、主(ヤハウェ)がこのことについてしもべをお赦しくださいますように」(5:18)と願います。これは王の偶像礼拝を補助しながら、自分もそれに加わるということを意味します。

これは基本的に、聖書全体では神の民には許されていないことですが、エリシャは、「安心して行きなさい」(5:19)とのみ答えます。アラムの将軍ナアマンを回心させたのは主のみわざでしたから、エリシャがナアマンの指導者になることは避けたとも解釈できます。

しかも、ナアマンがアラムの王に忠実に仕えることを支持することによってアラムとの平和が果たされることになります。

 

このことは私たちが仕事の上で偶像礼拝の援助をせざるを得ないときの慰めとしてよく用いられます。たとえば建設会社に勤めながら、地鎮祭を手伝わざるをえないような場合です。教会としては一つひとつの事例を細かく検証することはせずに、一人ひとりの良心に任せます

もちろん、私たちは偶像礼拝とまぎらわしい行為から決別することを約束して洗礼を受けましたから、ナアマンのことを全面的に肯定することもできないとも思われます。

エリシャはナアマンの行為を全面的に許したというよりは、彼がそのことに葛藤を覚えていること自体を、(ヤハウェ)への信仰の表現として評価したものとも言えましょう。

 

 ところで、エリシャのしもべゲハジは、主人が贈り物を拒否したことに憤慨し、「主(ヤハウェ)は生きておられる。私は彼のあとを追いかけて、絶対に何かをもらって来よう」(5:20)と言います。彼は、エリシャと同じことば(5:16)を使いながら、私腹を肥やすことしか考えていない偽善者です。

彼はナアマンから贈り物を受け取ることによってその病をも受け取ることになりました。エリシャは彼に、「あの人がおまえを迎えに戦車から降りたとき、私の心はおまえと一緒に歩んでいたではないか」(5:26)と言ったのは印象的です。それは私たちにとって、私たちが罪を犯すとき、イエスのこころも痛んでいることを意味します。

 

   ナアマンのいやしの記事は、イエスが十人のツァラアトに冒された人を癒した記事に通じます。そのとき癒されたユダヤ人たちは立ち去り、一人のサマリヤ人だけが主の「足もとにひれふして感謝しました」

イエスは彼に、「立ち上がって行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです」と言われました(ルカ17:11-19)。イエスが喜ばれた信仰は、ユダヤ人が軽蔑する背教者サマリヤ人の中にあったのです。

 

またイエスは、それ以前に、自分の郷里ナザレの不信仰を責めて、「預言者エリシャのときには、イスラエルにはツァラアトに冒された人が多くいましたが・・・シリア人ナアマンだけがきよめられました」(ルカ4:27)と言っておられます。

ナアマンは妻の女奴隷のことばにしたがってエリシャのもとにやってきました。ナアマンの信仰はまだまだ未熟でしょうが、神ご自身が彼を選び、信仰を導いてくだっていたのです。

 

5.水の中から斧の頭を浮かばせる奇跡  預言者の信用を守るため (6:1-7)

   預言者集団は住む場所が狭くなるほどに成長し、ヨルダン川で木を切り倒して家を建てようとします。そのとき一人が借り物の斧の頭を水の中に落としてしまいます。エリシャは一本の枝を切って投げ込み、斧の頭を浮かばせます。

これはイエスが神殿税を納めるためのステタル銀貨をペテロに命じて湖の魚から取り出させた奇跡に通じます。主はそのとき、「あの人たちをつまずかせないために」(マタイ17:27)と言われました。同じようにエリシャは預言者の仲間が他の人へのつまずきとならないように守ったのです。

 

6.火の馬と戦車がエリシャを取り囲んで守る (6:8-23)

   68節で「アラムの王がイスラエルと戦っていたとき」と記されますが、これは少なくともナアマンが癒された直後ではないことでしょうが、時代がわかりません。とにかく、このときアラムが陣を敷こうとする先々にイスラエルの備えができていました。

それでアラムの王は、内通者が自分の部下にいるのではないかと疑いました。すると、家来の一人が「預言者エリシャが、あなたが寝室の中で語られることばまでもイスラエルの王に告げている」(6:12)という不思議な現実を知らせます。

それでアラムの王は、エリシャのいるドタンに大軍を遣わし、町を包囲します。この町はサマリヤの北14kmぐらいにありました。エリシャの召使は慌てふためきますが、エリシャは、恐れるな。私たちとともにいる者は、彼らとともにいる者よりも多いのだから」と言います。

そして彼が主に願うと、若者の目に、「火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちていた」のが見えました(6:16,17)。それは、詩篇34:7に、「主(ヤハウェ)の使いが陣を張り 主を恐れる者を囲んで助け出してくださる」(私訳)と約束されているとおりでした。

そして彼らが襲ってくると、彼らの目は盲目にされ、北王国の首都サマリヤの真ん中に導かれます。イスラエルの王がエリシャに対応を伺うと、彼はアラムの大軍を傷つけず、盛大なもてなしをすることによって、彼らの戦意をくじくように言います。その結果、「アラムの略奪隊は、二度とイスラエルの地に侵入して来なくなりました(6:23)

 

   イエスもご自分が十字架に向って歩み出されるとき、三人の弟子たちを連れて山に登られました。そのときイエスの「御顔の様子が変わり、御衣は白く光り輝いた」(ルカ9:29)と記されています。

そこにモーセとエリヤまでもが現れたと描かれます。ペテロは三つの幕屋を建てたいと願いましたが、そう言っている間に、「雲が沸き起こって彼らをおおった」、雲の中から、「これはわたしの選んだ子、彼の言うことを聞け」という声が聞こえました(ルカ9:35)

この体験のことをペテロは後に、「私たちは、キリストの威光の目撃者として伝えたのです」と強調しています(Ⅱペテロ1:16)ペテロは復活のイエスに出会った後、このことを振り返り、目に見える悲惨の背後に神のご支配の現実を見られるようになったのでしょう。

つまり、私たちもこの地上での苦しみに立ち向かう際に、私たち自身が主の御使いによって守られ、また目に見ることのできないにとらえられていることを知る必要があります。目に見える現実に失望せずに、信仰によって歩むとは、今、ここで私が主に守られ、とらえられているという現実に、霊の目が開かれることです。

 

  本日の箇所にはイスラエルの王の名前が登場せず、一つひとつの話の関連も明確ではありません。何か意味のない奇跡物語の羅列のようにも見えますが、イエスの記事と結びつけると目が開かれます。

イエスは名もない貧しい人から有力な人まで、一人ひとりの必要に答えるとともに、ローマ帝国への武力衝突を避けさせるような発言を繰り返しました。主ご自身が人々の目をエルサレム神殿から生ける父なる神へと向けさせていました。

預言者エリシャはその働きにおいて、最もイエスに結びつく預言者です。

 

預言者エリシャの時代、北王国イスラエルには神殿がなく、人々は目に見える偶像に心が奪われていました。しかし、エリシャは人々の心をイスラエルの神に向けさせました

ここに見られる奇跡の数々は、イスラエルの滅びを惜しみ、最後に彼らに立ち返りの機会を与えようとする神の、「懇願する」かのような、あわれみのみわざです。

イエスの様々な奇跡も同じ意味がありました。しかし、ユダヤ人たちはそれを見ながら、イエスを退けました。そしてやがてイスラエルはローマ帝国によって滅ぼされました。

 

同じようにエリシャを通して示された神のあわれみにイスラエルが応答しなかったことによって、この国はアッシリヤ帝国によって、またエルサレムもバビロン帝国によって滅ぼされます。

パウロは、「神が私たちを通して懇願しておられるかのようです・・・神の和解を受け入れなさい・・神の恵みを無駄に受けないようにしてください・・・確かに、今は恵みのとき、救いのときです」(Ⅱコリント5:20-6:2第三版)と記しています。

そこには神の和解を拒絶する者へのさばきの宣告も含まれています。ナアマンシュネムの女も神のあわれみのみわざを無駄にしませんでした。その姿勢に倣うことが、一人ひとりに求められています。

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2018年9月 9日 (日)

詩篇100篇「全地の民よ 主の大庭へ」

                                       201899

       感謝の賛歌

(ヤハウェ)に喜び叫べ  全地よ。   (1)

(ヤハウェ)に仕えよ 喜びをもって。            (2)

御前に来たれ  喜び歌いながら。

知れ 主(ヤハウェ)こそ 神であられることを。    (3)

この方が私たちを造られた。私たちは主のもの

私たちは主の民、主の牧場の羊である。

  来たれ 主の門に  感謝をしながら、  (4)

    主の大庭へと 賛美しながら。

     主に感謝し 御名をほめたたえよ。

  それは (ヤハウェ)が いつくしみ深く   (5)

    主の恵み(慈愛:ヘセド)は とこしえで

     主の真実は 代々に至るから。

 

 

  詩篇100篇は、主日礼拝の招詞として最も頻繁に用いられる詩篇の一つです。上記の交読文は、日本語として意味が通じる範囲で、原文のリズムを生かした訳です。これは四組の三行詩に分けて読むことができます。まず全体を味わってみると、どのようなことに気づくことができるでしょう?

一組目と三組目はみな、主のご臨在への招きという方向が強調されています。またそこでは、「喜び」「賛美」「感謝」ということばが繰り返されますが、それぞれ異なったヘブル語が用いられていますが、基本的な意味はほとんど同じです。

そこに、主日礼拝において私たちに求められる姿勢が描かれています。私たちはみな、一つの礼拝の場所に喜びながら集い、主に仕え、主に感謝の賛美をささげることが求められているのです。

 

二組目では、地の民族ごとに神々と言われる存在は多くありますが、「(ヤハウェ)こそが神」であられ、その方との関係で私たちのアイデンティティーが決まると告白されます。

そして四組目では、主のご性質が翻訳困難な三つの代表的なヘブル語で描かれ、それをもとに主への永遠の賛美がささげられます。

 

私たちはモーセ五書から列王記まで旧約を読んできています。そこに描かれた主の救いのみわざとイスラエルの忘恩の姿勢、主の幕屋からエルサレム神殿の建設へのプロセスとその意味、北王国での主のみこころに反した礼拝儀式の問題を見て初めて、この詩篇の画期的な意味が理解できることでしょう。

 

ここには同時に、旧約から新約を貫く、礼拝の中心的な意味が描かれています。先のエリヤの記事ではバアルの預言者450人に対し、一人のエリヤが、「主(ヤハウェ)こそが神であり、バアルは神ではない」ということをイスラエルの民すべてに明らかにしたと描かれていました(Ⅰ列王18:21,37-39)

私たちの歴史は、「全地」のすべての住民が、「(ヤハウェ)こそが神である」と賛美する礼拝の完成へと向かっています。

 

1.「来たれ 主の門に 主の大庭へと」

 詩篇93篇以降では、主(ヤハウェ)の王としてのご支配の現実が歌われていました。たとえば詩篇96篇では「ささげ物を携え、主の大庭に入れ。主(ヤハウェ)にひれ伏せ、御前でおののけ、地のすべてのものよ。国々の中で語れ、『主(ヤハウェ)は王である』」と歌われていました910節私訳)。

93篇から99篇まで、「主(ヤハウェ)が全地の王である」と繰り返されます。この100篇はそれを締めくくるような、主の民への呼びかけの歌です。標題には「感謝の賛歌」と記されますが、これは「感謝のために交わりのいけにえ」また「ささげ物」との関係を示すと思われます(レビ7:11-15)

イスラエルの民は自分たちの収穫物を、主の幕屋または神殿の「大庭」に携えてきて、家族や奴隷とともに「(ヤハウェ)の前で食事をし、あなたの神、主(ヤハウェ)が祝福してくださった、あなたがたのすべての手のわざを喜び楽しみなさい」(申命記12:7)と命じられていました。

 

イスラエルの民が荒野の旅をしていたとき、主の幕屋の「大庭」は十二部族の真ん中にありましたが、主が彼らに約束の地を与えてくださった後は、幕屋は何度か移動しながら、最終的にはエルサレム神殿となりました。

彼らはこの祭りを自分たちの住んでいる町ではなく、たとえ遠隔地にあっても、エルサレムに神殿ができてからは、「主の門」をくぐって入った「主の大庭」にまで来ることが命じられていました。

 

  ダビデ、ソロモンの後にヤロブアムが北王国を分離独立させたときに、北王国の民が南王国の首都エルサレムに礼拝に行くことで国の正当性が疑われると脅威を覚えました。それで彼は、金の子牛をベテルとダンに据え、「もうエルサレムに上る必要はない。イスラエルよ、ここに、あなたをエジプトから連れ上った、あなたの神々がおられる」(Ⅰ列王記12:28)と呼びかけました。それが「主の怒り」を買って、北王国は滅亡に向かって行きました。

そのような中で、詩篇96篇でも100篇でもエルサレム神殿の門をくぐって、「大庭」に入り、そこで「感謝のための交わりのいけにえ」をささげることが命じられていたのです。

 

イスラエルの民は、特にバビロン捕囚からの帰還後は、自分たちの町々の会堂(シナゴーグ)で礼拝をしながら、年の三度の大きな祭りの際にはエルサレム神殿の大庭にまで巡礼してきて、そこで家族とともに主の御前で食事をし、主のみわざを喜び歌いました。

イエスの父ヨセフが過越の祭りに少年イエスを伴って毎年、北のガリラヤ地方から一週間近くもかけてエルサレム神殿に上ってきたのはそのためでした(ルカ2:41,42)。そして、主を恐れる者は、それを最も大切な家族の在り方、生き方として受け止めていました。

 

私たちの感覚からしたら、家族で主を喜び歌うなら、自分の身近な会堂で十分と思いますが、イエスを育てたヨセフは貧しい生活をしながらも年に最低一度はエルサレム神殿の「大庭」に来ることを最高の喜びとしていたのです。

イエスの十字架と復活で、エルサレム神殿は不要となりましたから、来たれ 主の門に 主の大庭へとという訴えは意味が変わって来ました。しかし、お金と時間をかけて、家族そろって礼拝の場に集い、そこでともに主のみわざを喜び歌い、ともに食事をするというのは、主の民にとっての最高の喜びであるべきという基本は同じです。

北王国は自分たちの都合に合わせた礼拝の形を造り出して滅亡に向かいました。現代のクリスチャンも自分の生活の都合に合わせた礼拝を考え、主を礼拝することを生活の基本に置かないなら、主の民としての独自性を失うことになりかねません。

ときに「ユダヤ人が安息日を守ったというよりは、安息日がユダヤ人を守ってくれたのである」と言われますが、同じように、「クリスチャンが主日礼拝を守ったというよりは、主日礼拝がクリスチャンを守ってくれる」とも言えましょう。家族がともに「主の大庭」に集って、主を礼拝することから、家族が守られるということを覚えたいものです。

 

2.いけにえを廃止した仏陀ではなく、いけにえをご自身で完成されたイエス

  私たちは無意識のうちに仏教やギリシャ哲学の影響を受けて、信仰を自分の欲望から自由になるための修行のように考えがちかもしれません。そうすると、わざわざ遠い教会にまで通って礼拝をささげることの意味が分からなくなります。

仏教は、紀元前5世紀のインドにおいて、バラモン教に対する改革運動として始まったと言われています。バラモン教では神聖な火を崇拝し、火の中に牛や山羊、羊をいけにえとしてささげることが礼拝の中心行為でした。それに対し、仏陀はそれらをこの世の生存を貪る行為として戒め、自分自身の心の情欲から自由になるための修行の道を説いたと言われます。

そのように聞くと、仏陀から約500年後のイエスも、旧約聖書にある動物をいけにえ廃し、隣人愛を説いた改革者としてとして見られるかもしれません。しかし、決定的な違いは、仏陀は約80年の地上の生涯を究極の安らぎの境地(ニルヴァーナ)のうちに終えたのに対し、イエスは極悪人のシンボルの十字架にかけられ、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか(マタイ27:46)と叫びながら、死んでしまったということです。

この世の知恵ある人にとっては、仏教の方がはるかに合理的に見えるのも無理がありません。

 

しかし、イエスは、旧約聖書のいけにえを否定したのではなく、「ただ一度だけ、世々の終わりに、ご自分をいけにえとして罪を取り除くために現わして」くださったのです(ヘブル9:26。しかも、イエスの十字架上の叫びは、私たちのすべての罪を負われた罪人の代表者となられた王としての祈りだったのです。

しかも、「わが神、わが神・・」という祈りは、詩篇22篇の冒頭に登場するダビデの祈りとまったく同じでした。そしてその意味を、イエスは説明するために、私たち一人ひとりを、この詩篇100篇の「主の牧場の羊」として認めながら、「わたしは羊たちのために自分のいのちを捨てます」、また、「その羊たちはわたしの声に聞き従います。そして、一つの群れ、一人の牧者となるのです」と言われました(ヨハネ10:15,16

 

基本的に原始仏教は自力救済の修行の道でした。そこにイエスから数百年後のキリスト教の教えが混じって、大乗仏教が生まれ、その経典が6世紀の日本に伝わってきました。また、ヨーロッパではローマ帝国の知識人の間に広まっていたギリシャのストア哲学の教え、自分の心の平安を精神修養で生み出す教えが、キリスト教を変容させたとも言われます。

私たちの福音理解のうちには、日本人の血肉となった仏教の無常観、欧米の個人主義的な精神修養の道徳観が混じっています。しかし、聖書に描かれた信仰生活は個人的な精神修養ではなく、主を礼拝するために、家族にとって貴重な時間とお金を費やす、具体的な行動を伴った生き方でした。

私たちは近代合理主義的に信仰を見直しているようでも、実は、二千数百年前からある仏教やギリシャ哲学の感覚から抜け入れていないだけとも言えましょう。

 

世界の歴史を見て明らかなことは、仏教もストア哲学も、この世界の経済活動や政治制度に積極的な貢献をすることに失敗しています。あまりにも浮世的な教えになっているからです。

しかし、聖書にはお金の積極的な生かし方や、階級社会や女性蔑視への具体的な警告が満ちています。それは聖書が描く礼拝が、具体的なお金と時間の使い方に関わるものだからです。

江戸時代末期に疲弊した農村改革に指導力を発揮した二宮尊徳の教えを、後代の人が、「経済なき道徳は戯言であり、道徳なき経済は犯罪である」とまとめたとのことです。それこそ、出家を勧める原始仏教とお金の話に満ちた聖書信仰の違いを明らかにしているとも言えましょう。聖書の教えは、精神修養をはるかに超えた現実的なものです。

 

3.「主(ヤハウェ)に喜び叫べ 全地よ・・・この方が私たちを造られた」

冒頭の「(ヤハウェ)に喜び叫べ 全地よ」という呼びかけは、原文では984節と全く同じ表現です。その直前には、「主は イスラエルの家への 恵みと真実を覚えておられる。地の果てのすべての者が 私たちの神の救いを見ている(詩篇98:3と記されています。

それは、主がイスラエルに対してご自身の契約を変わることなく守ってくださるという「恵み(ヘセド)と、ご自身の約束に対する「真実」を、「地の果てのすべての者が」、イスラエルに対する「神の救い」のみわざとして認め、イスラエルの神を礼拝しに来るということを現わしています。

なおこの詩篇100篇の終わりでは、「主の恵み(慈愛:ヘセド)は とこしえで 主の真実は 代々に至るから」と繰り返されます。「恵み(慈愛、変わらない愛:ヘセド)と「真実(エメット:アーメンと同じ語源)」こそ神のご性質を現わす最高のことばです。

なおその直前には「主(ヤハウェ)が いつくしみ深く」と記されますが、「いつくしみ深い」とは、ヘブル語で最も一般的な善を現わすトーブで、「良い」とも訳されます。神がご自身の六日間の創造のわざをご覧になって「良かった」と認められたということに通じます。

 

不思議にもイザヤ書の最後は、「すべての肉なる者がわたしの前に来て礼拝する(66:23)と、全世界の人々が「聖なる山エルサレム」の「(ヤハウェ)の宮」に、主への贈り物を携えてくる様子が描かれています(66:20,21)

一方、この礼拝への招きを拒絶する者たちへの永遠のさばきが、「わたしに背いた者たちの屍・・のうじ虫は死なず、その火も消えず、それはすべての肉なる者の嫌悪の的となる(66:24)と描かれています。

それは、この世の人々が思い浮かべる道徳的な行いの違いによる天国と地獄と区別ではなく、主を礼拝することへの招きに応じるか、それに「背く」かの違いとして描かれているのです。

 

イザヤ4522節には、地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神だ、ほかにはいない」と記されています。

そしてこの詩篇100篇でも、「(ヤハウェ)に喜び叫べ 全地よ。 主(ヤハウェ)に仕えよ 喜びをもって。 御前に来たれ  喜び歌いながら。 知れ 主(ヤハウェ)こそ 神であられることを。 この方が私たちを造られた。私たちは主のもの 私たちは主の民、主の牧場の羊である」と歌われています。

それは民族的イスラエルを超えた全世界の民への招きとして理解すべきです。

 

私たちは一人ひとりがすべて、主によって創造された「主のもの」であり、「高価で尊い」存在です。ただ同時に「主の民」として、共同体の一員として生かされています。また同時に、主に養われている「主の牧場の羊」と呼ばれます。

」は100匹では生きることができない極めて臆病で、見通しがきかない近視眼的な愚かな動物です。「羊飼い」がいなければ、悪い水を見分けることもできず、崖から落ちたり、凶暴な狼が近づいているのにも気づかずに、立川に向かってしまうような存在です。それが人類の歴史が戦争の繰り返しであることを見るだけで明らかになっていることでもあります。

しかし、私たちは「ok牧場」に属する「主の羊」です。すでに私たちは信頼できる羊飼いのもとで養われています。そして私たちの主イエスは先のヨハネの福音書でも、「わたしが来たのは、ぼくちんたちがいのちを得るため、それを豊かに得るためです。わたしは良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます」(10:10,11)と言われました。

 

また私たちが日々、額に汗を流して働いて収入を得たとしても、それは自分の力で獲得したという以前に、すべては主の恵みの中で起きていることです。働くことができること自体が何よりの恵みです。

私たちの心も体も能力も、すべて主の賜物であり、私たちは同じように主によって創造された方々との交わりの中で働きを進めているに過ぎません。この世界のすべての環境が、主からの恵みの賜物です。私たちはそのすべてを主に感謝するのです。

使徒パウロは自分の知恵や力を誇っているコリントの信徒に向けて、「いったいだれが、あなたをほかのひとよりもすぐれていると認めるのですか。あなたには、何か、人からもらわなかったものがあるのですか。もしもらったのなら、なぜ、もらっていないかのように誇るのですか」と戒めました(Ⅰコリント4:7)

親からもらった身体も能力も、もとを正せば、すべて神からの賜物です。

 

 

40000000.主への礼拝で私たちが表現すべきこと

 なお、4節に記される「主の大庭」への招きですが、旧約の時代には、収穫物の「十分の一」を神殿に携えてきて、また、家族とともに「牛や羊の初子を食べなさい」と命じられていました(申命記14:22,23)

しかも、ここに記された「十分の一」は、民数記1821節で命じられている「レビ人のためにささげる十分の一」とは別のものです。

また、その際にささげられるいけにえは、罪の贖いのためではなく、神と隣人との「交わり」を喜ぶためのもので、それは大きな家族の交わりの中で人を食べられるものでした。

 

新約においては、「私たちはイエスを通して、賛美のいけにえ、御名をたたえる唇の果実を、絶えず神にささげようではありませんか。善を行うことと、分かち合うことを忘れてはいけません。そのようないけにえを、神は喜ばれるのです」と命じられています(ヘブル13:15,16)

具体的には、主への心からの賛美と、食事を分かち合うことが、私たちが教会に集ってなすべきことです。ともに食事をすることは、古代教会の時代は礼拝の一部でした。それが現在は、聖餐式として象徴的に守られています。

 

なお、「賛美のいけにえ、御名をたたえる唇の果実」というと「讃美歌を歌うこと」と考える人もいますが、たしかにそれはその一部ではありますが、礼拝説教や信者の生きた証しこそがその中心です。

ルターは主の御言葉を教える手段として多くの讃美歌を作りました。またアメイジング・グレイスの作者ジョン・ニュートンはその日の説教に合わせた讃美歌を作ることに心血を注ぎました。アメイジング・グレイスは彼自身の回心の証しであるとともに、彼自身のみことばの解き明かしの要約として作られたものです。

 

また全体を通して、「」を表現することが訴えられていますが、1節の「喜び叫ぶ」とは勝利の雄叫びのようなものです。英語ではmake a joyful noiseと訳されるように、美しい歌というよりも「叫び」です。

2節の「喜びをもって」とは、日本語の「メンチカツ」にもっとも近い「歓喜」とも訳されることばです。

また「喜び歌う」とは、喜びを歌で表現するというニュアンスがあり英語ではringing cry と訳されることもあります。

4節の「感謝しつつつつつつ」とは先に述べたように「感謝のいけにえ」とも訳されることばで、感謝をささげもののような形に現わして主の宮に携えてくるという意味があります。

賛美しながら」と訳された言葉は、詩篇全体をまとめたような意味があり、これこそ私たちが「主を賛美する」ということの核心を表す言葉です。

また、「御名をほめたたえよ」と訳された言葉は、英語では一般的にBless his nameと訳され、主の名にふさわしい栄光を帰することを意味します。まさに、これこそ主を礼拝することの「こころ」を現わすことばです。

 

私たちは毎週、「主の大庭」である礼拝の場に集い、主の救いのみわざの全体像を思い起こし、主の勝利への雄叫びを上げ、喜びながら主に仕え、主のみわざを歌いながら主に御前に集います。

その際、私たちは、主の被造物であり、同時に、最高傑作でありながら、謙遜に自分を「主の牧場の羊」であり、主の恵みなしには一瞬たりとも生きられないことを認めます。そして私たちは、感謝のいけにえを目に見える形でささげるために、主の御前に来ます。

そして、礼拝の場で、主の救いのみわざの全体像を賛美します。そして主に感謝しつつ、主の聖なる御名をたたえます。そして、主の御名のご性質は、「(トーブ)」「恵み(ヘセド)」「真実(エメット)」として、それが「とこしえ」に続き、世代を超えて明らかにされると歌います。

そして、主のみわざの目的とは、この主への真心を伴った礼拝と賛美が、全世界に広げられることに他なりません。そして、全世界で主の御名があがめられるとき、そこには神の平和(シャローム)が満たされます。

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2018年8月26日 (日)

Ⅱ列王記1章~3章 「主(ヤハウェ)は生きておられる」

                                             2018826

   マザー・テレサは、36歳のとき過労で休暇を命じられ、その途上の1946910日の列車の中で、イエスが、「最も貧しい人々の中に、わたしを運びなさい。来て、わたしの光となりなさい」と語りかける声を聴きます。

彼女はその後も、イエスが「あなたが無能で、弱く、罪深いからこそ、あなたを私の栄光のために用いたいのだ」と語りかけるのを聞き、「神の愛の宣教会」の設立を教皇に願い、1950107日に修道会が始まります。

ところが、働きが軌道に乗り出すその頃から、イエスの語りかけが聞けなくなりました。

 

後に公開されたマザーの手紙によれば、彼女は神の沈黙に深く悩み、自分の思いを次のように霊的指導者に書いています。

「私の神よ、なぜ私をお見捨てになるのですか・・私が求めても、あなたは答えてくださらない・・私の信仰は何処に行ったのでしょう・・ここにあるのは暗闇と空虚さだけ。神は私を愛しておられる・・と教えられた。それなのに、この暗闇と冷たさと空虚さの現実があまりにも大きくて、何も私のたましいを震わせることができない。私は、間違って、聖なるみこころに盲目に従おうとしたのだろうか?」 

 「私が主を求めれば求めるほど、主は私を求めてくださらない。」 

「私は何のために労苦しているのか・・神がおられないとしたら・・私は祈祷書のことばを深く味わおうとした・・・しかし、私はもはや祈っていない・・」

 

この手紙に無神論者たちは喜んだそうです。しかし、それはダビデの祈りであり、預言者エリヤが燃え尽きの中で体験したことでした。そんな彼を神は最後に火の戦車とともに天に引き上げてくださいました。

 

1.占いに頼って自滅した王アハズヤ

 アハブは、22年間イスラエルを治め、政治的にはアラムへの勝利や近隣諸国との友好関係を保って安定と繁栄をもたらしました。それにも関わらず、彼は聖書によると史上最悪の王と呼ばれます。

イスラエルの真の「王」は、(ヤハウェ)ご自身であられ(詩篇96:10)、王の使命は何よりも神に従うことだからです。

 

アハブは、神のさばきを受けて戦いの際の流れ矢を受けて死にましたが、彼が妻のイゼベルに従ってバアルを礼拝したことの悪影響は子供に如実に現れました。

彼の子のアハズヤは二年間しか王位に留まることができませんでしたが(22:51)、それは彼自身が親に習って偶像の神により頼んだからです。

 

「アハブの死後、モアブがイスラエルに背いた(1:1)とは王国の衰退を示します。そのような中で、「アハズヤは・・・屋上の部屋の欄干から落ちて重体に陥った」のですが、驚いたことに、ペリシテの地のエクロンの神に、「病気が治るかどうか伺いを立て」(1:2)させようとします。

本来なら、国が危険にさらされ、自分が病気になったのですから、謙遜にイスラエルの神ヤハウェに立ち返るべきですが、彼は占いを求めました。それは、世の多くの人々も陥り易い過ちです。

聖書の神ヤハウェは、私たちの回心(心の方向転換)を求めておられ、ときに敢えて私たちの期待に反することを行われます。しかし、そこには神の熱い招きがあります。

 

マザー・テレサしばしば神の沈黙に耐えかねて、自分の疑いや心の闇の問題を、信頼する司祭に手紙で打ち明けていました。ところが、世の占いは、すぐに何らかの答えを出してくれるものです。しかし、それは人間を愚か者にします。

マザーの偉大さは、神が沈黙しておられるにも関わらず、自分が最初に受けたと信じる神のみこころにとどまり、疑いを感じたにも関わらず目の前の責任を果たし続けたことにあります。

考えて見るなら当然のことですが、不安と孤独の渇きに苦しむことがない人が、どうして人の痛みに共感できるでしょう。また彼女が神のお告げを頻繁に聞くなら、人は彼女の指示に従うだけにならざるを得ません。神の沈黙に耐えながら人格が成長し、交わりが築かれる様子は、詩篇の祈りの中に明らかです。

 

(ヤハウェ)はアハズヤの過ちを、エリヤを通して指摘します。彼はエクロンに向かう使者たちに会いに行き、主のことばを、「あなたがたがエクロンの神、バアル・ゼブブに伺いを立てに行くのは、イスラエルに神がいないためか。それゆえ、主(ヤハウェ)はこう言われる。あなたは上ったその寝台から降りることはない。あなたは必ず死ぬ」と伝えます(1:3,4,616)

不思議にも、このほぼ同じことばが1章に三度も繰り返されます。

 

アハズヤは、アハブが主の預言者の声に聞き従ってアラムに二度も大勝し、最後は預言者ミカヤのことばどおりにアラムに負けて死んだことを聞いていたはずです。アハズヤは、主(ヤハウェ)の預言者に国の危機と自分の病に関して尋ねることをできたはずです。

ところが、彼は自分の病気が治るという占いを求めてエクロンに使者を遣わし、その途上で、自分の死を告げる預言者エリヤからの明確なことばを聞きます。つまり、アハズヤが知りたかった未来は明らかにされたのです。

ただ、彼はそれを聞いても、父アハブがナボテのぶどう畑のことでエリヤから断罪されて主に必死に赦しを求めたようには、へりくだりませんでした。

 

アハズヤはエリヤに対し、二回に渡って50人の兵隊を送りますが、二度とも天から火が下って彼らを焼き尽くすという結果になりました。この二度とも、遣わされた五十人隊の長は、同じようにエリヤを、「神の人」と呼びながら、神を恐れる前に王を恐れて、エリヤを殺そうとする王命に従っています。

ですから、エリヤは、「私が神の人であるなら・・・」(1:10,12)という表現で、王と神のどちらを恐れるべきかを示したのです。

 

三回目に王から遣わされた五十人隊の長は、王の命令を伝えることもなく、ただエリヤにすがって命乞いをします。彼にとってエリヤは真の意味で「神の人」と思われたからです。

すると主の使いがエリヤに現れ、王を恐れる必要がないとを告げ、彼は自分から王に会いに行き、改めて王に主のさばきを伝えます。

ここにアハズヤの反応は記されませんが、もし彼が徹底的にへりくだったなら、違った展開があったかもしれません。しかしここでは、単に、「王は・・主(ヤハウェ)のことばのとおりに死んだ」(1:17)とのみ記されます。

 

 アハズヤも初代イスラエルの王サウルの場合同様、自分の罪を認める代わりに未来のことを霊媒や占いに頼って知ろうとして神のさばきを受けました。人は先祖たちの失敗から学習ができないものです。

私たちも神の沈黙に耐えながら、今なすべき責任を果たし続けるべきでしょう。私たちは迷いや疑いを通して成長します。すぐに答えを出してくれる占いに頼ることは、神に背き、自分の身に破滅を招く行為です。

 

2.火の戦車とともに天に引き上げられたエリヤ

「主(ヤハウェ)がエリヤを竜巻に載せて天に上げようとされたときのこと」(2:1)という不思議な書き出しがあります。エリヤがエリシャを後継者に任じたのは、彼が燃え尽きて神の山ホレブ(シナイ山)にたどり着いた所で主の声を聞いたからでした。

そのとき、エリシャは十二くびきの牛を使って農作業をする裕福な育ちの人でしたが、エリヤの外套をかけられ、父と母に別れを告げて、すぐに従いました(Ⅰ列王19:16,2021)

 

   エリヤはまずヨルダン川西側の町ギルガルからエリシャを伴って出ますが、それから北王国の南端にある山の上の町ベテル、その後は再び戻って低地の町エリコへと行き、またヨルダン川を渡って向こうの地に行こうとしますが、そのたびごとに、エリシャに「ここにとどまっていなさい」と言います。

しかし、エリシャは、三度とも、(ヤハウェ)は生きておられます。あなたのたましいも生きています。私は決してあなたから離れませんと答えます(2:2,4,6)。それはエリシャが、主がエリヤを取り上げられることを知っていたからです。

 

最後にエリヤは自分の外套をとってヨルダン川を打ち、それを二つに分けて川の東側に渡ります(2:8)。これはエリヤがモーセを継ぐような偉大な預言者であるしるしです。

そこで、エリヤの促しによって、エリシャは「あなたの霊のうちから、二倍の分を私のものにしてください」(2:9)と願います。それは長男が弟たちの二倍の相続を受けるのと同じように、彼がエリヤの後継者となることを意味します。

エリヤモーセに相当するのであれば、エリシャヨシュアに相当します。それに対してエリヤは「私が・・取り去られるとき、あなたが私を見ることができれば、そのことはあなたにかなえられるだろう」(2:10)と言います。

つまり、エリシャは、エリヤが天に引き上げられる際の目撃者となることができるかどうかが、後継者としての最終的な試験だというのです。そして、それまでのエリヤの表面的な拒絶も、彼を試験するためだったと思われます。

 

そしてそこで、「火の戦車と火の馬が現われ、この二人の間を分け隔て、エリヤは竜巻に乗って天へ上って行った」(2:11)と描かれます。エリヤは火の戦車ではなく、竜巻に乗って天に上ったのです。

エリヤと似ているのが神秘の人エノクです。創世記では、「エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった」(5:24)と記され、その意味は、「信仰によって、エノクは死を見ることがないように移されました・・移される前に、彼は神に喜ばれていることが、あかしされていました」(ヘブル11:5)と記されます。

 

エリヤの場合はカルメル山でバアルの預言者450人と戦った後、うつ状態に陥り、「主(ヤハウェ)よ。もう十分です。私のいのちを取ってください。私は父祖たちにまさっていませんから」と願いました(Ⅰ列19:4

彼はやっとの思いでシナイ山にたどり着きましたが、天に引き上げられるときには、「火の戦車」の迎えがありました。しかし、「火の戦車と火の馬」は、目に見えない形でエリヤを守り通していたのだと思われます。

 

私たちもこの地上では、「主よ。もう十分です・・」と言いたくなることがあったとしても、主の御使いは私たちを守っていてくださいます。私たちもこの地上では、よちよち歩きしかできませんが、エリヤを天に引き上げた主は、「号令と、御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに・・天から下って来られ、そのとき「私たちは・・雲に包まれて引き上げられ、空中で主と会うのです」(Ⅰテサロニケ4:17)と記されています。

ただしそれは、「主イエスがご自分の聖徒とともに来られるとき(パルーシア:現われ)」(3:13)という枠の中で考えるべきことです。私たちはこの世界をキリストとともに治めるために、一度、空中に引き上げられ、主を先頭にして「新しい地」に降りてくるのです。

そのとき主は私たちをご自身の栄光の姿に造り変えてくださるとともに、「新しい地」をご自身の平和(シャローム)で満たしてくださいます。そこで私たちは結果が出なかった働きの実を見て、「自分たちの労苦が主にあって無駄ではないことを(Ⅰコリント15:58)を確認して喜ぶのです。

 

エリヤはかつて、バアルを礼拝する王アハブとイゼベルに立ち向かい、イスラエルの背教に対する神のさばきを伝える最も古い預言者となりました。そして、エリヤが、「火の戦車」とともに天に引き上げられたことは、エリヤを通して示された「神の怒り」がイスラエルに実現することのしるしともなりました。

そして、50人の兵士たちが二回に渡って火のさばきを受けたことは、これからイスラエルに訪れる厳しいさばきの予兆でした。

神は、預言者たちの預言者としてのエリヤを火の戦車で引き上げることによって、ご自身のさばきをも知らされたのです。この後のイスラエル王国はまさに坂道を転がり落ちるように破滅に向ってゆきます。

 

エリヤが天に引き上げられたことは、彼が再び現れることを示唆します。旧約最後のマラキ書では、主ご自身が、「見よ。わたしは、主(ヤハウェ)の大いなる恐ろしい日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす(マラキ4:5)と語っておられます。

エリヤの名は「ヤハウェは神」ですが、エリシャには「神は救い」という意味があり、これは「ヤハウェは救い」というヨシュア(ギリシャ名でイエス)と基本は同じです。その後を見ると、エリシャの働きにはエリヤにまさるものがあります。

エリヤは救い主の到来の前に人々を悔い改めに導くために再び現れるはずでしたが、それはバプテスマのヨハネにおいて成就しました。

そして、エリヤがエリシャに油注いだと同じように、バプテスマのヨハネはイエスに洗礼を授けました。またイエスは、ご自身の火によるさばきを遅らせて、一人でも多くの罪人を悔い改めに導き、神のみもとに引き上げようとしておられます。

 

シャガールはチューリッヒの教会のステンドグラスにおいて、エリヤがこの火の戦車とともに引き上げられる姿を真っ赤に描き、エルサレム崩壊に至るイスラエルの悲劇の幕開けとして表現しています。

しかし、その対面にはモーセが律法を受け取ってからイザヤの「新しい天と新しい地」の預言の平和の完成に至る全体像が青く描かれています。それは神のビジョンを表わす色です。

2001911日のニューヨーク貿易センタービルの悲劇の同じ月に、私はそのステンドクラスの下に座りました。その正面を見ると、赤い窓にこの青い窓が映っているのが見えました。それを通して、地上の悲劇を、聖書全体に記された神の救いのご計画の全体像の一コマとして見るという視点が迫ってきました。それこそ、悲劇を通ったユダヤ人シャガールの視点でした。

エリヤのテーマは、「主は生きておられる」です。私たちが直面する様々な赤い悲劇も、神の救いを表わす青いビジョンの中で見直すことができるのです。エリヤは自分しか見えないとき死を願いましたが、今、生きたまま天に引き上げられ、神の視点からイスラエルの歴史を見るように招かれました。

私たちも今、聖書を通して、天に引き上げられたエリヤの視点からこの地の歴史を見ることができます。

 

3.予想に反することが起こる時代の幕開け

エリシャはエリヤが天に上ってゆく様を見て、「わが父、わが父、イスラエルの戦車と騎兵たち」と叫び続けます(2:12)。後に同じことばがイスラエルの王ヨアシュから病床のエリシャに呼びかけられます(13:14)。ですから、これはエリヤが神の軍勢とともに、目の前から消えてしまうことを嘆いたことばと理解できます。

その後エリシャは自分の衣を二つに引き裂き、エリヤの身から落ちた外套を拾い上げます。そこには悲嘆とともにエリヤの後継者となるとの使命感が見られます。

そればかりか、「彼は・・ヨルダン川の岸辺に立った・・エリヤの・・外套をとって水を打ち、『エリヤの神、主(ヤハウェ)はどこにおられるのですか』と言った。エリシャが水を打つと、水が両側に分かれ、彼はそこを渡った」と描かれます(2:1314)。これはヨシュアがヨルダン川を渡って約束の地に入ったことを思い起こさせます。

エリコの預言者たちは、「(ヤハウェ)の霊がエリヤを運んでどこかの山か谷に投げたかもしれません(2:16)と言って、三日間も彼を捜しますが見つけられませんでした。ただこれによって、主がエリヤを天に引き上げ、エリシャを代わりに立てたことが明らかになりました。

 

その後、かつてヨシュアエリコを滅ぼしたこととの対比を示すように、エリシャがのろわれた町エリコの水を良くするという奇跡が描かれます。

そこで主のことばが、「わたしはこの水を癒した。ここからは、もう、死も流産も起こらない」と告げられます(2:21)エリコを滅ぼした主が、エリコに新しい時代を開いてくださいました。これは新しいヨシュアであるイエスによって異邦人への救いが開かれることを指し示します。

 

一方で、ヤコブが神から、「わたしはあなたとともにいる」という保証を受け、その場所をベテル(神の家)と呼んだ(創世記28:15,19)その町で、恐ろしい悲劇が起こりました。

エリシャをからかって、「上って来い、はげ頭」と言った子供たちを、彼が「にらみつけ、主(ヤハウェ)の名によって‥のろった」ところ、42人の子供が二頭の雌熊に襲われたというのです(2:23,24)

これは理不尽とも感じられますが、このベテルでは金の子牛が拝まれており、子供の声はこの町の代表としての声でもありました。それはやがて神の都エルサレムの滅亡のとき、子供が何よりも悲惨な目にあったことの前触れとも言えましょう。このポイントは本来の祝福の町の祝福のシンボルである子供たちに対するさばきを通して、神のさばきを予告することにあったのです。

 

   3章ではアハブの子のヨラムがイスラエルの王として就任し、12年間治めることが記されます。彼はアハブやイゼベルほどに悪い王ではありませんでしたが(3:2)、アハブと同盟を結んでいたユダの王ヨシャファテを誘ってモアブとの戦いに挑みます。

その際、ユダに従うエドムの王をも誘い込み、三王国連合でモアブを攻撃しようとします。ただ、死海の南を迂回する遠回りのルートのため、水の不足に悩まされます。

 

このときヨラムは二回もほぼ同じ表現で泣き言を、「主(ヤハウェ)がこの三人の王を呼び集めたのは、モアブの手に渡すためだったのだ」(3:10,12)と述べます。

それに対しヨシャファテは、「ここには主(ヤハウェ)のみこころを求める・・・預言者はいないのですか」と尋ねます(3:11)。ヨラムはわざわいの原因を主に求める一方で、ヨシャファテはすべての状況を転換できる生ける主を求めました

そのときエリシャが召されて、「私が仕えている万軍の主(ヤハウェ)は生きておられます。もし私がユダの王ヨシャファテの顔を立てるのでなければ、私は決してあなたに目を留めず、あなたに会うこともしなかったでしょう」(3:14)とヨラムに告げます。

 

エリシャは竪琴に合わせて預言し、「この涸れた谷にはたくさんの水がたまる(3:16)と言います。これによって水の問題が解決したばかりか、モアブの王は、水に太陽が赤く反射するのを見て、これは三王国の同士打ちの血だと誤解し、イスラエルに攻めかかり敗北します。

そのような中で、モアブの王は自分の長男を全焼のささげ物としたというのです(3:27)。モアブの神はケモシュですから、「自分の子どもを・・火の中を通らせてモレクに渡す」(レビ18:21、Ⅱ列王16:3)というモレク礼拝とは異なるはずですが、「ケモシュの前で子供を全焼のささげ物とした」という碑文が存在するように、子供をいけにえとする風習はカナンに広がっていました。

このことのゆえに、イスラエル人に対する激しい怒りが起こった(3:27)とあるのは、主の怒りではなく、モアブ人の怒りだと思われます。それがモアブの兵士たちの士気を上げ、イスラエルの連合軍は撤退を余儀なくされたということです。三王国連合の勝利は主の奇跡でしたが、それに対しモアブの王は最も忌まわしい劇的な偶像礼拝で対抗しました。それはここに霊的な戦いの恐ろしさが描かれます。

 

神の敵は今、最後の悪あがきをしています。神の救いのみわざが明らかになるとき、同時にサタンもそれに対抗するように偶像礼拝者たちの怒りを引き起こします。神のみわざを喜ぶ直後に闇がこの世を覆うという現実が起こります。地上に様々な問題がはびこっているのはそのためです。

黙示録も世の終わりが近づくに従って敵の攻撃が激しくなる様子を描きます。しかしパウロは、「夜は深まり、昼が近づいてきました」(ローマ13:12)と言いつつ、暗闇が深くなることを、救いのときが近づいているしるしだと説明しました。

 

   マザー・テレサは「神の沈黙」に耐えながら、神を慕い求め続けました。彼女はやがて、神ご自身が自分の中にそのような渇きを起こしておられると分りました。そして彼女は、貧しい人々たちの笑顔に、感謝のことばに、神の応答を見るようになります。

神の沈黙は、彼女を貧しい人々に向わせる神の招きでした。

 

あなたの心に渇きを起こしておられるのは神ご自身です。そして、どんなに世が暗く見えたとしても、それは昼が近づいているしるしと見ることができます。暗闇は神の不在のしるしではなく、神の招きです。それは地上を離れて太陽に近づけば近づくほど、反射するものがなくて暗くなるのと同じです。

暗闇の中にある神のみわざを認めて、今ここで喜ぶことができます。エリヤでさえ主の救いを遠く感じて嘆きました。しかしその生涯の終わりには、「主(ヤハウェ)の使いは 主を恐れる者の周りに陣を張り 彼らを助け出される(詩篇34:7)という約束が実現していたのが明らかになりました。

それはあなたにも起きている現実です。

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2018年8月19日 (日)

Ⅰ列王記20章~22章 「主(ヤハウェ)の怒りを引き起こす生き方」

                                   2018819

   聖書に記される悪王の代表はアハブですが、彼が今の日本にいたら尊敬を集めたかもしれません。明らかな罪に関しても、「奥さんのせいで・・・」と言われ同情を集めたことでしょう。彼は北王国七代目の王で、王家が頻繁に代わり混乱していた王国に安定と繁栄をもたらしました。

彼の生涯をまとめた2239節の「彼が建てた象牙の家、彼が建てたすべての町」という表現は他の王たちには記録の仕方です。

そればかりか、アッシリア王国の記録にも彼の名が登場し、紀元前853年には、アラムの北のハマテのさらに北にあるカルカルの戦いでのアッシリア帝国の南下を阻止する中心勢力として活躍しています。ただ、それは神が特別にアハブをあわれみ、北のアラムとの二度の戦いに勝利させてくださったおかげでした。

 

彼はシドンの王女イゼベルを娶って地中海沿いの都市国家と同盟関係を強め、また南のユダ王国の模範的な王ヨシャパテの家とも縁を結びました。彼は周辺の国々との宗教的融和をはかり、その場の状況に柔軟に対応し続けていました。

しかし、彼の記録の最初の1633節では、「こうしてアハブは、彼以前の、イスラエルのすべての王たちにもまして、ますます、イスラエルの神、主(ヤハウェ)の怒りを引き起こすようなことを行った」と描かれています。

実は、彼こそが南王国滅亡の道を開いた張本人とも言えます。アハブとイゼベルの娘アタルヤが南王国ユダの王家に嫁いでそこに偶像礼拝を持ち込むことになるからです。

 

1.「わたしが聖絶しようとした者をあなたが逃がしたから・・・」

   アハブは王都サマリアにバアルの宮と祭壇を築き、女神アシュラの像も造りました。それが「イスラエルの神、主(ヤハウェ)の怒りを引き起こ」します(16:31-33)。その結果、イスラエルの地に三年間の飢饉が訪れました。

その飢饉を終わらせたきっかけは、エリヤがカルメル山でバアルの預言者450人に劇的な勝利を修めたことにありましたが、エリヤのことばに従って彼らを集め、その舞台を設定したのはアハブ王自身でもありました。アハブはこのとき誰よりも、(ヤハウェ)の御力に圧倒されたことでしょう。

しかし、彼がバアルの敗北を妻イゼベルに伝え、彼女がエリヤの命を狙ったとき、アハブは黙って妻に従ったように思われます。

 

その頃、彼は北のアラムからの攻撃に悩んでいました(15:20)。アラムはその北のアッシリアの圧力に対抗するために、イスラエルを完全な属国にしようとしていました。そしてついに王ベン・ハダテはサマリアを包囲するまでに迫りました。

このときアハブは自分の劣勢を素直に認め、無益な戦いを避けようと、「この私、および、私に属するものはすべてあなたのものです」(20:4)服従を誓います。何と柔軟なことでしょう。

しかしアラムの王は、家来を遣わして好き放題に略奪すると通告します(20:6)。これでは国が立ち行きません。アハブは切羽詰り、国の長老たちを集め、アラムとの戦いを決意します(20:78)。アラムの王はサマリアを跡形もなくすると警告します(20:10)

それに対しアハブは、「武装しようとする者は、武装を解く者のように誇ってはならない」と、戦いは終わってみないと分らないという趣旨の賢い言葉で応じます(20:11)。アハブは愚かではありませんでした。一方、アラムの王は酒を飲みながら戦いの開始を告げるほど傲慢でした。

 

   そこに「一人の預言者」がアハブに遣わされます(20:13)。エリヤはかつて、「イスラエルの子らは・・預言者たちを剣で殺し・・ただ私だけが残りました」と大げさに主に訴えていましたが(19:10,14)、主は別の預言者を確かに残しておられました。

そして主は彼を通してアハブに、「あなたは、この大いなる軍勢を見たか。見よ。わたしは今日、これをあなたの手に引き渡す。こうしてあなたは、わたしこそ主(ヤハウェ)であることを知ると言われ、彼が、「それはだれによってでしょうか」と尋ねると、「諸州の首長に属する若い者たちによって」という答えがありました(20:1314)

「若い者」とは「未熟な者」というニュアンスがあります。彼らの総数は232人で、その他の民の総数も七千人しかいませんでした。一方、アラムの軍は32人の王」による大軍勢でしたが、王は酔っ払いながら、イスラエル人をみな「生け捕りにせよ」という無理な要求を部下たちにするほど、彼らの戦力を侮っていました(20:16,18)

一方、イスラエルの若い者たちは「それぞれその相手に打ち勝った」とあるように勇敢に戦い、その結果、「アラム人は逃げ・・・ベン・ハダドは馬に乗り、騎兵たちと一緒に逃れた」という大勝利になりました(20:1920)。これはもちろん、主がもたらした勝利でしたが、アハブが素直に預言者のことばに従った結果とも言えましょう。彼の柔軟さは、何とも感心するほどです。

 

   その後、「あの預言者」がアハブに、「来年の今ごろ、アラムの王が・・攻めに上って来る」と告げます(20:22)。一方、「アラムの王の家来たち」は、サマリアの町が山の上にあったことから、「彼らの神々は山の神です」と言いつつ、平地で戦うなら勝利できると言います。そしてアラムの王は、王たちの代わりに総督を立てるという指導体制を敷いて、ガリラヤ湖の東側のアフェクにまで陣を進めてきました(20:22-26)

これに対抗してイスラエルも陣を敷きますが、そこに「一人の神の人が近づいてきて」、アハブに「アラム人が、主(ヤハウェ)は山の神であって低地の神ではない、と言っているので、わたしはこの大いなる軍勢をすべてあなたの手に渡す。そうしてあなたがたは、わたしこそ主(ヤハウェ)であることを知る(20:28)と告げます。

この最後の文は13節とほぼ同じで、ここに主(ヤハウェ)が、アハブとイスラエルを助けることの目的が記されています。

 

両軍が向かい合って七日目になって、戦いが始まり、イスラエルは「一日のうちにアラムの歩兵十万人を打ち殺した」ばかりか、生き残った27,000人の上にアフェクの「城壁が崩れ落ち」ました(20:29,30)。これはかつてのエリコの戦いの再現のような大勝利でした。

そこで、アラムの王の家来たちは、「イスラエルの家の王たちは恵み深い王である、と聞いています」とベン・ハダドに告げ、自分たちの首に縄をかけるという姿で、アハブに命乞いをします(20:31)。このときアハブはこれが主(ヤハウェ)の戦い、主の勝利であったことを忘れ、相手の低姿勢に気をよくし、主のみこころを伺うことなく、勝手に和議を結びます(20:34)

それは奪われていた町々が帰ってくることと、ダマスコでイスラエルが市場を設けることができるという条件が魅力的に思えたからです。しかも、王を殺してしまってはアラムの国に混乱が起き、市場で利益を得るということの障害になります。アハブは戦いの本来の意味などよりは、目の前の経済的な利益を優先して考えました。

 

   そこに「預言者の仲間の一人が、主(ヤハウェ)のことばにしたがって」登場し、自分の仲間に「私を打ってくれ」と願いますが、彼がそれを拒絶すると「あなたは主(ヤハウェ)の御声に聞き従わなかったので・・すぐ獅子があなたを殺す」と警告し、その通りになります20:3536

その後、この預言者は別の仲間に、敢えて傷を負わせてもらい、目の上に包帯をし、通りかかった王に向って、戦争捕虜を逃がした罪がどのように裁かれるべきかを問います。アハブは問いの意味を理解しないまま、それが死刑に価すると断言します。

 

するとこの預言者は、主(ヤハウェ)のことばとして、「わたしが聖絶しようとした者をあなたが逃がしたので、あなたのいのちは彼のいのちの代わりとなり、あなたの民は彼の民の代わりとなる」と伝えます(20:42)

すると「王は不機嫌になり、激しく怒って、自分の宮殿に戻って行き」(20:43)と描かれます。彼の反応は極めて幼児的です。これだけ明確に過ちが指摘され、また彼自身もそれを認めざるを得ないはずなのに、主の御前に遜ろうとはしません。ダビデが預言者ナタンから罪を指摘されたときとは正反対です。

アハブは、かつてカルメル山で、恐るべき主からの火を見ても、またこれほど圧倒的な主の救いを見ても、イスラエルの真の王が主(ヤハウェ)であることを認めようとはしませんでした。

彼は自分の損得勘定ばかりを見ています。彼は身の危険が迫ると驚くほど柔軟に現実に対処します。しかし、主から与えられたものは、自分で獲得したと思ってしまいます。脅しには敏感に反応し、受けた恵みはすぐに忘れる。それこそがアハブでした。

 

2.「アハブのように、裏切って主(ヤハウェ)の目の前に悪を行なった者はだれもいなかった。」

 「これらのことがあった後のことである」(21:1)とは、アハブがアラムに対する二度の大勝利によって権力の絶頂期にあったときです。これらの戦いはそれぞれ紀元前855年、854年で、その翌年の853年に冒頭に記した、アッシリアの王をカルカルでアハブが12の王国の連合軍として迎え撃った、という戦いがあったと思われます。

そのときアハブは連合軍の戦車隊の半分の2,000の戦車を率いていたとアッシリアの記録に残されています。それが記録されないのは、聖書の物語が神と人との関係に焦点を合わせるからです。

 

ところでこのとき、アハブイズレエルにある冬の宮殿のそばにあるナボテぶどう畑が欲しくなり、取引を申し出ます。これは当時のカナンの王国の常識では聞き届けられるはずのことですが、ナボテは、「私の先祖のゆずりの地をあなたに譲るなど、主(ヤハウェ)にかけてありえないことです」(21:3)と拒絶しました。イスラエルの真の土地の所有者は主(ヤハウェ)であり、管理を任されているに過ぎない土地を商品のように扱うことは律法に反したからです。

アハブは民衆の手前、何も言えなくなり、先と同じ幼児的な反応を示し、「不機嫌になり、激しく怒って、自分の宮殿に入った」ばかりか「寝台に横になり、顔を背けて食事もしようとしなかった」ほどになります(21:4)

それを見た妻のイゼベルは、母親のように振る舞い、「今、あなたはイスラエルの王権を得ています・・・この私が・・・手に入れてあげましょう」(21:7)と即座に答えます。シドンの王女の感覚では、王が家臣の拒絶に黙って引き下がるなど、あってはならないことと思えたのでしょう。

 

それにしても彼女は、ナボテを死刑にするためには、イスラエルの律法を巧妙に利用します。アハブの名でその町の長老たちに手紙を書き、ナボテを民の前に引き出し、偽証者をふたり立てさせ、彼に向かって「おまえは神と王を呪った」と証言させ、彼を石打にして殺すように謀ります(21:8-14)

これが実行された後、「アハブはナボテが死んだと聞いてすぐ、立って・・ナボデのぶどう畑を取り上げようと下って行った」と記されます(21:16)。そこに彼の狡さが見られます。彼が最初、ナボデに反論しなかったのは、自分の評判を気にしたからです。イゼベルはその気持ちを忖度して、悪役を買って出たのでしょう。

この構造は、ダビデがウリヤを死に至らしめたときのことに似ています。彼はバテ・シェバが欲しくなり、彼女を自分のものにしました。しかし民衆の手前、律法に公然と違反するわけにいきません。それで偽装工作を謀りますが、失敗すると汚い計略を思い付き、それを将軍ヨアブ実行させ、その実だけは自分で受け取りました。

 

罪の構造はすべて似ています。「隣人のものを欲しがってはならない」という教えに逆らい、「盗んではならない」という教えを軽蔑し、策略を謀ります。しかし、十の教えの趣旨は、権力者が社会的弱者の権利を平気で侵すことを戒めるものでした

しかも彼らはイスラエルの長老たちをこの罪に招き込み、「偽りの証言をしてはならない」という教えを破らせてナボテを罪に定め、「殺してはならない」という教えを破りました。王が自分の権力を使って人に罪を犯させるなどというのは主(ヤハウェ)が最も忌み嫌われることです。

 

そのとき主のことばがエリヤにくだり、アハブに、「あなたは人殺しをしたうえに、奪い取ったのか・・犬たちがナボテの血をなめた、その場所で、その犬たちがあなたの血をなめる」(21:19)と告げるように命じられます。

このときアハブはエリヤに会うと、「おまえは私を見つけたのか。わが敵よ」(21:20)と言います。彼は自分を見つけ出される側に置いています。それはエリヤの力を恐れていたしるしです。アハブの心はいつも恐れにとらわれていましたが、最も恐れるべき方、主(ヤハウェ)を忘れていました。

エリヤはそれに対し、「私はあなたを見つけた。それはあなたが主(ヤハウェ)の目に悪を行なうことに身を任せた(自分を売った)から」(21:20私訳)と答えます。

2121節以降は、主ご自身がエリヤの口を通して語ったことです。そこにはアハブの家の滅亡と、妻イゼベルの肉がイズレエルで犬の餌となると預言されます(Ⅱ列9:36で成就)

 

   そして「アハブのようなものは誰もいなかった、主(ヤハウェ)の目に悪を行うことに自分を売ったものは。彼の妻イゼベルが彼をそそのかしたからである」(21:25私訳)と記されます。この夫婦はイスラエルでは悪人の代名詞のようになっていますが、罪の主導権は妻の方にあったというのが示唆に富んでいます。

しかも、2025節で、悪を行うことに自分の身を任せたことを、サタンに自分を売ったかのように描かれています。 

   

それに対し、「アハブはこれらのことばを聞くとすぐ、自分の外套を裂き、身に粗布をまとって断食した。彼は粗布をまとって伏し、打ちひしがれて歩いた」(21:27)というのです。彼は無節操な人間の典型でしょうが、目の前の危機を敏感に嗅ぎ分け、それに柔軟に反応する能力が際立っています。

しかし、自分が何のために生かされているかという使命感に関してはまったく無頓着です。日本人に極めて多いパターンかも知れません。

ところが、それを見た主はエリヤに、「彼がわたしの前にへりくだっているので、彼の生きている間はわざわいを下さない(21:29)と、アハブ家の滅亡を遅らせると告げます。それは「実に、私たちは滅び失せなかった。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい」(哀歌3:22,23)とある通りです。

しかし、アハブはこの恵みを理解できたのでしょうか。ダビデの悔い改めとは対照的に、彼の基本的な態度はその後も変わりません。彼は驚くほど主の恵みをたくさん受けますが、いつもそれを無駄にします。

 

3.「彼のすべての預言者の口で偽りを言う霊となります」

   イスラエルがアラムと契約を結んで三年間、両国の戦いはありませんでしたが、アラムは二度の敗北にも関わらずヨルダン川東側にある国境の町ラモテ・ギルアデを返還してはいませんでした。それでアハブはユダの王ヨシャファテの助けを受けてアラムに戦いを挑もうとします

なおヨシャファテは敬虔な王アサの息子で、父の「道に歩み・・(ヤハウェ)の目にかなうことを行った」(22:43)と記される王でした。ただし、彼はアハブの第四年に王となり、同時代を生きながら、安全保障上の理由から北王国との友好関係を保つことに気を配りすぎ、アハブの娘を自分の息子のために娶るなどということをしてしまいます(Ⅱ歴代18:1)

 

オネエはイスラエルを訪問しアハブの提案を聞きますが、その際、「まず(ヤハウェ)のことばを伺ってください」(22:5)と頼みます。するとアハブは、約四百人の預言者を召し集めますが、これはカルメル山の戦いに出なかったアシェラの預言者である可能性もあります(18:19参照)

それに気づいたヨシャファテは「ここには・・(ヤハウェ)の預言者が、ほかにいないのですか」と尋ねます(22:7)。するとアハブは、「ほかにもう一人、主(ヤハウェ)に伺うことができる者がいます」と言いながら、「私は彼を憎んでいます。彼は私について良いことは預言せず、悪いことばかりを預言するからです」とも言います。

ヨシャファテがその言い方を窘めると、アハブはイムラの子ミカヤを召し出します(22:7-9)。まさにエリヤのような預言者が残っていたのです。

 

そのとき「ケナアナの子ゼデキヤは、王のために鉄の角を作って」、「主(ヤハウェ)はこう言われます」「これらの角で・・アラムを突いて、絶ち滅ぼさなければならない」と告げます(22:11)。そして他の預言者も同じように預言し、「(ヤハウェ)は王の手にこれを渡されます」と告げました(22:12)

しかも、ミカヤを呼びに行った使いの者でさえ、「あなたも・・良いことを述べてください」と依頼するほどでした(22:13)。彼らは預言のことば自体に将来を開く力があると思っているかのようです。

これは日本人にも馴染みのある「言霊(ことだま)思想」に似ているのかも知れません。語られたことばに力が宿って、その言葉通りのことが実現するという考え方です。

しかし、それは預言者の使命は未来を拓くことよりも、神のことばを伝えることにあります。預言は人間的な発想を正すためにこそ必要なのです。ところがアハブはそれを聞く耳がありませんでした。

 

  ミカヤは王の前に出るとまず、他の預言者を真似た調子で、「攻め上って勝利を得なさい。主(ヤハウェ)は王の手にこれを渡されます」と言います(22:14,15)。アハブはそこに彼の皮肉があるのをすぐに理解し、「私が何度おまえに誓わせたら・・主(ヤハウェ)の名によって真実だけを私に告げるようになるのか」と言います。

それでミカヤが、「全イスラエルが・・羊飼いのいない羊の群れのよう・・」と言うと、アハブはヨシャファテに向って、「彼は私について・・悪いことばかりを預言する」と不満を分かちます(22:16-18)。まさに、「私は真実を聴きたい・・」などと迫る人に限って、真実を聞く耳を持っていないということの見本です。

 

  それにしてもミカヤは続けて、天の御座で起きたことを述べます。それは、主(ヤハウェ)ご自身が、「アハブを惑わして攻め上らせ、ラモテ・ギルアデで倒れさせるのはだれか」と問いかけ、それにしたがって、「ひとりの霊」が、「彼のすべての預言者の口で偽りを言う霊となります」と答えたというのです(22:20-22)。つまり、ミカヤの先の行動は、偽りを言う預言者として振舞って見せたということだったのです。

これを聞いたゼデキヤはミカヤの頬を殴りつけます。彼が怒ったのも当然のことでしょう。神は偽りを敢えて言わせるというのでしょうか?

ただ、かつてサウルに関して、「主(ヤハウェ)の霊はサウルを離れ、(ヤハウェ)からの、わざわいの霊が彼をおびえさせた」(Ⅰサムエル16:14)という不思議な記述がありました。それと同じことがここで起こっています。しかし、彼らは何よりも、自分の方から主の語りかけに耳を塞いだということを忘れてはなりません。

 

   その後、アハブはヨシャファテに、「私は変装して戦いに行きます。しかし、あなたは、自分の王服を着ていてください」(22:30)という卑怯な提案をします。ヨシャファテはそれに従い、一度はイスラエルの王と間違われて攻撃を受けてしまいますが、主にあって逃げ切ることができました。

一方、アハブには何気なく放たれた矢が鎧の隙間を突き抜け、致命傷となります。しかも彼の血は戦車の中に流れ、それをサマリアの池で洗うことで、彼の血を犬がなめることになるというエリヤの預言が成就します(22:34,38)

アハブはミカヤの預言を偽物と断じながらも、それを恐れていたのではないでしょうか。それなら、主にきちんと向き合ってみこころを求めるべきなのに、中途半端な偽装工作で主のことばから逃げようとしただけでした。

 

   アハブはこの世的には成功者に見えましたが、いつもその場かぎりの危機対応に柔軟であったばかりで、長期的なヴィジョンを持ってはいませんでした。アハブの心は私たちの中にも生きています。

この世との融和ばかりを計って、「(ヤハウェ)の怒りを引き起こす」生き方では、「のろい」の源となってしまいます。

 

私たちの主イエスは、その公生涯の初めに四十日間の悪魔の誘惑を受けられました。それは創造主である神を忘れてパンを求めること、悪魔を拝むことと引き換えにこの世の権力と栄光を手にすること、また奇跡によって人々の称賛を得ようと、主人であるはずの神を、思い通りに動かそうとすることでした。

そして、アハブの行動の根本が「悪を行うことに自分を売った(身を任せた、自らを裏切った)(21:20,25)と描かれていますが、それは経済的繁栄、この世の権力、人々の称賛の三つのためにサタンに身を売った生き方でした。

 

一方、私たちの主イエスは、自らすべてを失う十字架の苦しみを忍びました。しかし、神はイエスを三日目に死人の中からよみがえらせ、すべての名にまさる名を与え、彼を「王の王」、「主の主」として立ててくださいました。

私たちの内側には、アハブの心とキリストの心との戦いがないでしょうか?私たちの真の敵は、この心の内側に住んでいますが、アハブの歩みを見ると、敵の実体が良く見えてきます。私たちの勝利は、「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さない」(ヘブル12:2)ことから生まれるのです。

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2018年8月12日 (日)

エペソ3章8節~6章24節「奥義の実現のための霊の戦い」

                                  2018812

私たちはみな、自分にとっての「常識」の枠で他人を「さばく」ものです。そして、「これはできて当然で、できないのはやる気がないから・・」などということがあります。

使徒パウロがユダヤ人から命を狙われたのは、「神の民」となるための基準を下げたからとも言えます。ところが後のキリスト教会は、ユダヤ人が自分たちの生活習慣に固執し、キリストにある自由を受け入れようとしないことを非難し、彼らを迫害しました。キリストの十字架を「敵意を生み出す隔ての壁を打ち壊す」ものとして理解できているかが問われます(2:14)

 

福音自由教会での会員受け入れの条件に「believers only but all believers(信者のみ、しかし、すべての信者)」という原則があります。ただ、「信者」の枠が人によって違います。

プロテスタント教会は洗礼や聖餐式、神の選びに関しての議論で分裂を繰り返してきました。最近は政治やLGBTも争いの種になり得ます。違いを許し合えなくさせるのはサタンの働きです。イエスを愛することにおいて一致できるなら幸いです。

 

1.神はただひとりで、すべてのものの父です」

   この書の鍵は1章9,10節の、「神は・・・みこころの奥義を知らせてくださいました・・・それは、一切のものが、キリストにあって(をかしらとして)、一つに集められることです。天(複数)にあるものも地にあるものも、この方にあってです」にあります

それは、「キリストにある再統合(recapitulation)とも言われます。

 

さらにパウロは3章8,9節で、「キリストの奥義」と自分の「務め」の関係を、キリストの測りがたい富を異邦人に宣べ伝え、また、奥義の実現(計画の全体像、エコノミー)が何であるかをすべての人に明らかにするため」と記しますそれは「万物を創造した神のうちに世々隠されていた奥義」とあるように、異邦人も含めたすべての人間の創造のときという原点に立ち返らせます。

神は私たちの父祖のアダムとエバをその罪のゆえにエデンの園から追い出しましたが、今、「キリストをかしらとして一つに集められる」のです。

 

そして彼は、「この方にあって、私たちは確信をもって大胆に神に近づくことができます。それはこの方の真実によるのです。ですから、落胆することのないようお願いします、私があなたがたのために苦難に会っていることに関して。それはあなたがたの光栄だからです」(3:12、13私訳)と述べます。

私たちは、自分の信仰によってではなく、「キリストの真実によって」、「大胆に神に近づく」ことができます。私たちの信仰は、「キリストの真実」の反映にすぎません。しかも彼は、自分の苦しみの背後に、異邦人に「光栄」に満ちた救いをもたらそうと願うキリストご自身の熱い思いがあることに気づくようにと諭しているのです。

 

3章14節からパウロの祈りが記されますが、その始まりは、このことのゆえに、御父の前に私のひざをかがめますと記されます。私たちは「御怒りを受けるべき子(2:3)と呼ばれた状態から、「神の子」とされました。

そして15節では、「その方によって、諸々の天と地上のすべての家族が名をつけられる」と描きます。ここにはギリシャ語での言葉遊びが見られます。御父」はパテラ、「家族」はパトリアと呼ばれますから、「家族(パトリア)という呼び名は「御父(パテラ)」に由来すると記されているのです。

なお「家族」とは「民族」とも訳すことができますから、ユダヤ人も異邦人も、同じ父なる神のもとにあるということが意図されています。

 

祈りの内容は、「どうか御父が・・その聖霊を通して、内なる人を強くしてくださいますように(3:16)というもので、それが「キリストをあなたがたの心のうちに・・住まわせてくださいますように」と言い換えられ、それによって「すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解して、人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように」と描かれます。

つまり、「内なる人が強くされる」とは、キリストの愛の全体像を理解できるようになることなのです(3:17-19)。最初のアダムは神の競争者になろうとして世界を混乱させましたが、私たちはキリストの愛を心の底から知る結果として「神の満ち溢れる豊かさにまで」「満たされ」るというのです。

ただし、それは個々人の内的な霊的成熟というより共同体の中に現わされるので、「この方に栄光がありますように、教会のうちにあって」(3:21)との頌栄でまとめられます。

 

4章1-3節の中心的な命令は、「御霊の一致を保つことに熱心でありなさい」です。これは、「一致を作りましょう!」という勧めではありません。日本ではそれが互いを委縮させ、各人の主体性を抑圧する雰囲気の原因となりますが、ここでの勧めの中心は、既に与えられた恵みを「保つことに熱心」であることです。

しかも、「御霊の一致」とは、「御霊」のみわざとしての「一致」です。私たちは目の前の問題の解決に忙しくなり、「謙遜と柔和の限りを尽くし」という大原則を忘れがちです。これはキリストと聖霊のみわざを忘れることがないように、主の恵みを覚え続けることに「熱心」であるようにという「勧め」と理解すべきでしょう。

 

パウロは続けて「御霊による一致」を、七回の「ひとつ(ひとり)という表現で描きます(4:4-6)。「からだは一つ」とは、人間的な組織を超えたキリストのからだなる教会の存在を認めることですが、それは「一つの御霊」の働きです。

そこにはすべてのキリスト者の「望みが一つ」であるという希望の共有があります。たとえば、ユダヤ人と異邦人、韓国人と日本人との間には、悲しい過去がありますが、神の民として「召された」という点では、共通の「望みのうちに生かされています。

また私たちにとっての「主はひとり」のイエスのみであり、基本的な「信仰」告白も「一つ」として共有され、生涯「一つのバプテスマ」しか受けません。

そして、教会組織が違っても互いの存在や違いを尊重することができるのは、「神はただひとり」であり、その方は「すべてのものの父」であり、「すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのもののうちにおられ」るという原点があるからです。

私たちが「天のお父様!」とお呼びする方は、まさにこの世のすべてを支配しておられる方なのです。普遍的な教会を信じる原点は、まさに「すべてのものの父」から始まります。

 

2.「キリストのからだとしての成長」

411節では、普遍的な教会の専任の働き人のことが描かれますが、それは8節の「彼は・・人々に贈り物を与えられた」ということばを前提として、「使徒、預言者、伝道者、牧師または教師」がキリストご自身からの最高の「贈り物」として描かれます。

具体的には現代の「牧師」の責任は、一人ひとりが喜んで「キリストのからだを建て上げる」という目的のために「奉仕」に励むことができるように「整える」ことです。

 

ここではその目的が、「神の御子に対する信仰と知識において一つになることに達すること」と同時に、「一人の成熟した大人となって、キリストの満ち満ちた身丈にまで達すること」(4:13)と記されます。

先には、既に与えられている「御霊による一致を保つことが求められましたが、ここでは、「一致に達する」という目標が描かれます。残念ながら、今も昔も、様々な信仰のスタイルや聖書解釈があります。

そのような中で、牧師または教師に求められているのは、何かの目新しいことを教えるのではなく、すべてのキリスト者に共通して適用できる教え、また時代を超えて守られてきた信仰と教えに聖徒たちの目を向けることです。

 

それは同時に、「どんな教えの風にも、吹き回されたり、もてあそばれたりすることがなく4:14と描かれますが、誤った「教え」の背後には「人の悪巧みや、人を欺く悪賢い策略」があります。

それで15節では、「愛において真実となり、あらゆる点において、かしらであるキリストに向かって成長する」と記されますが、これは愛において」福音の真実を明らかにし、誤った教えを正すと理解できます。何よりも強調されているのは、「愛」によって、キリストの教えが彼らにとって真実なものとされてゆくというプロセスです。

 

しかも、ここでの「成長」は16節では、「キリストによって、からだ全体はあらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされると言い換えられます。「成長を生み出すのはキリストご自身であり、それはキリストのからだとして「成長して、愛のうちに建てられることが目標です。

ある人が、キリストの似姿に向かって成長しているなら、そこには、愛の交わりの成長も伴っているはずです。個人の成長と、教会としての成長は並行して進むからです。

また、「あらゆる節々を支えとして」という表現は、以前は「備えられたあらゆる結び目によって」と訳されていたように、一人ひとりにすでに「結び目」が備えられており、愛の交わりは、外から指導や強制によってではなく、一人ひとりのユニークさが生かされる形で、それぞれの主体性をもとに喜びのうちに生み出されるという意味です。

そのことがさらに、「それぞれの部分」である各人の、「その分に応じた働き(エネルゲイヤ)がなされることよって、「成長して愛のうちに建てられる」と描かれます。

 

組織的には極めて未熟に見えながら、不思議に一人ひとりの目が群れの欠けた所に向かい、満たされるという共同体こそ、キリストのうちにある神秘体です。

その際、幼い子供が不完全な人間とは呼ばれないように、問題を抱えたひ弱な教会もキリストのからだとして、聖霊の宮としての美しさに満ちているということを忘れてはなりません。欠点を見る前に主のみわざを見上げましょう!そこに聖霊のみわざがあります。

 

3.古い人を脱ぎ捨て・・神にかたどり造られた新しい人を着る」

   4章22-24節でパウロは、キリストのうちにある生活の変化を、「古い人を脱ぎ捨て・・・新しい人を着た」という、既に起こった立場の変化として描きます。それは古いアダムの生き方を捨て、キリストをその身に着ることで、バプテスマはそれを象徴する儀式でした。

その際、水から上がった直後に、新しい衣服を着させてもらうという習慣もあったようです。それは、奴隷の衣服を脱ぎ捨て、王家の衣服を身に着けるようなことです。

ただし、心の底では奴隷根性から自由になることがなかなかできません。その変化のきっかけは、「心(思い)霊において新しくされ続ける」(4:23)ということです。これは、先に、「むなしい心(思い)(4:17)と言われた状態から変えられたことによります。もともと人は、自分の肉の意思で、「新しい人」であるキリストを「着る」のではありません。創造主である御霊が、その変化を起こしてくださいました。

ところが私たちは、神が起こしてくださった変化を忘れ、古い生き方に逆戻りしそうになります。「(思い)」がその変化について行かないからです。そこで必要なのは、私たちが既にバプテスマを受け、キリストをその身に着け、死の中からよみがえって、新しい歩みに入っているという霊的な変化の事実を繰り返し思い起こすことです。

 

   私の心を長らく支配していた感情は、アルコール依存やギャンブル依存と同じような自己嫌悪と全能感の繰り返しでした。何かあるたびに、「馬鹿にされてたまるか・・・」という意地が自分を駆り立て、うまく行くと、「そら、見たことか!」と自分を誇ります。

私たちは自分の行動を動かす感情の力を謙虚に認める必要がありますが、それは困難なことです。実は、自分を弁護する必要を感じているということ自体が、その人の心が人の評価に左右されていることの最大のしるしです。そこで、大切なのは、自分のうちに沸きあがってくる昔ながらのアダムの感情を正直に認め、それが生まれることを神に告白しながら、神が私たちのうちに起こしてくださった変化に、感情がついて来るように待つことです。

それには時間がかかります。ただ、感情は、時と共に、意思と行動によって変えられてくるものです。心が神の救いのみわざに向けられ、神と隣人を愛するという具体的な行動に自分の意思を向けて行くときに、必然的に、神の平安がついてきます

 

4章26節は、「怒りなさい。しかし、罪を犯してはなりません。あなたがたが憤っている状態の上に、日を沈ませてはならない」と訳すことができます。私たちには怒るべき時があります

ただそれが人間関係を破壊する激しい憤りに向かってはなりません。それで、ここでは「悪魔に機会を与えないようにしなさい」と警告されます。人の怒りの感情の中に悪魔は巧妙に入り込み、他者の人格否定を生み出すからです。

 

4.「神に倣う者となりなさい。御霊に満たされなさい」

   5章1節では、「神に倣う者となりなさい」と、不可能と思えることが命じられます。それはキリストに倣う生き方でもあります。それと対極にある生き方が、淫らな行い、あらゆる汚れ貪りで、原文の語順ではそれが最初に来て、「あなたがたの間では、それらを口にすることさえしてはいけません。聖徒にふさわしく」と記されています(5:3)

そしてさらに、「あなたがたは、以前は闇でしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもとして歩みなさい」(5:8)と勧められます。そこでは、「光になりなさい」ではなく、すでに「光となっている」のだから、「光の子ども」としての誇りを持って「歩みなさい」と言われているのです。

 

その上で、「何が主に喜ばれるかを吟味しなさい」(5:10)と命じられますが、これは一人ひとりが誰かに命じられて行動するのではなく、主体的に、何が主に喜ばれることかを、主のみことばに照らして見分けるようにという勧めです。

そして、「それで、こう言われています(5:14)と引用された詩は、初代教会で洗礼を授けるときに使われていた讃美歌ではないかと思われます。

そこで、「眠っている人よ。起きよ。死者の中から起き上がれ。

そうすれば、キリストがあなたを照らされる」と歌われています。

これは、自分が死に向かっているアダムの子孫であることに認め、目を覚まして、救いを求め始めるとき、神の救いのが自分を照らすという意味です。キリストがあなたを照らすとき、あなたはキリストにあって「光」となっています

 

   さらに5章18節では、「ぶどう酒に酔いしれてはいけません。そこには放蕩があるからです。むしろ、御霊に満たされなさい」と記されます。「酩酊」は、しばしばこの世の秩序を越えさせますが、聖霊に満たされる時にも、私たちはこの世の人の評価や、様々な無意味なしきたりから自由に生きることができます。

両方とも人の心を自由にしますが、酩酊は放蕩を生み、聖霊は聖い生き方を生み出します。ところで、「御霊に満たされる」ことの意味には様々な側面がありますが、ここでは四つの側面が記されています。

 

その第一は、「詩と賛美と霊の歌とをもって互いに語り合う」(5:19)こと、第二は「主に向かって、心から歌い、楽器を奏でなさい」、第三は、「いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって、父である神に感謝しなさい」(5:20)です。御霊に満たされるとは、賛美と感謝に現わされます。

 

そして最後の第四は、「キリストを恐れて、互いに従い合いなさい」(5:21)という勧めです。御霊に満たされることは、互いを尊敬する、互いに従うという人間関係の中に現されるというのです。

それが具体的には、続けて、夫婦関係、親子関係、奴隷と主人との関係として表されます。そして、その日々の生活の人と人との関係に、「キリストをかしらとして一つとされる」という「再統合」を産む御霊の働きが現わされます。

 

5.「主にあって、その大能の力によって強められなさい」

6章10節では「主にあって、その大能の力によって強められなさい」と記されますが、これは1章19節にもあった「キリストを死者の中からよみがえらせた力」が私たちのうちに「働く」ことです。ここではその力の目的は、「悪魔の策略に対して堅く立つ」ためと描かれます。人の力では悪魔に勝てないからです。

不思議なのは、6章14節からの描写は、イザヤ59章15節後半から描かれている神ご自身の救いのみわざそのもので、その神のみわざを私たち信仰者がキリストの代理としてこの世で行うと描かれているのです。

 

イザヤ59章16、17節では、「主は・・ご自分の義を支えとされた。主は義をよろいのように着て、救いのかぶとを頭にかぶり」と描かれますが、これは「主の御腕」としての「救い主」の姿であると解釈できます。ところが、これをもとにエペソ6章14-17節では、私たちがイエスの代理としてサタンが活動する世に遣わされるときのあるべき姿が描かれています。

何と、神は、ご自身のみわざを「救い主」を通して行うというより、この欠けだらけの私たちを用いてキリストのからだ」である教会として行うようにと計画されたのです。

 

真理の帯を締め(6:14)とは、「ご自分の義を支えとされた」という神の「真実」を思い起こすことです。それが「神の正義の胸当て」をつけることにつながります。

足には「戦いの備え」の代わりに「平和の福音の備え」を履きます(6:15)。それは神の平和をこの世界に広げるためです。

信仰の盾」(6:16)とは、自分の信仰の力ではなく、神の真実を思い起こすことです。サタンは、様々な不安を掻き立て、私たちがすでに「キリストのうちに守られている」ということを忘れさせ、私たちをキリストの愛の御手から引き離そうとします。

 

救いのかぶとをかぶる」(6:17)とは、キリストの救いが既に始まっていることを思い起こし、そのみわざが完成することを待ち望むことです。

なお、イザヤでは「復讐の衣を身にまとい」と続きますが、これはもちろん私たちの責任ではありません。神が最終的にサタンの働きを完全に打ち砕くという希望の約束です。

 

  神は、キリストの愛のうちにこの世界のすべてを再統合しようとされています。そのために神は、キリストの弟子の共同体としての「教会」を用いてくださいます。私たちは全世界的な「キリストのからだ」である教会の一部としてこの世に神の愛を証しするのです。

なおその際、ここに描かれている武具はすべて、防衛のためのものです。「御霊の剣」としての「神のことば」が唯一の攻撃の道具ですが、これはこの世の人々の無知を指摘するためというよりは、イエスの荒野の誘惑で用いられたように、サタンに対する勝利の手段です。

大切なのは、神とキリストのみわざがこの世の歴史を動かし続けているという神の真実を証しし、その真実の中に人々を招き入れ、世界中の人々が神の国の民とされ、創造主を礼拝することなのです。

 

キリスト者はサタンの支配から解放されはしましたが、サタンは今もキリストの弟子のうちに影響力を発揮しています。残念ながら、ルターが最晩年にユダヤ人迫害を正当化するような文書を書いたことにも、サタンの働きが現わされています。彼はユダヤ人に歩み寄った善意が仇となって帰ってきたことに激しく怒り悪魔に機会を与え」ました(4:27)

サタンは人と人との間に「敵意」をまき散らしますが、十字架は「敵意を打ち壊す」ものでした(2:14)。私たちは繰り返し、このキリストのみわざの原点に立ち返る必要があります。

 

ローマ帝国の時代に、クリスチャンが迫害を受けるたびに、キリスト教信者は爆発的に増えたと言われます。サタンの働きが激しいそのただ中に、キリストのみわざが露わにされます。

サタンは教会を分裂させようと画策しますが、私たちは十字架の前に遜ることによって、愛の交わりを築き続けることができます。

 

使徒パウロが囚われの身となったのは、ユダヤ人とギリシャ人が、「キリストをかしらとして一つにされる」という「奥義」の実現のためでした。それは現代的には、キリストの教会に様々な異なった背景の人が集められ、神の家族として組わされ、キリストのからだとして成長することを意味します。

またそれは、家族の平和、職場の平和として現わされます。ただ、奥義の実現のためにはサタンとの戦いが避けられません。

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