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2006年12月20日 (水)

Ⅱサムエル記5-7章(朗読7:1-19)「ダビデからキリストへ」

                                                         2006年12月17日

  私たちはクリスマスのたびに、「やみの中を歩んでいた民」(イザヤ9:2)が、「救い主」の到来を待ち続けていたと語ります。当時の人々は、救い主を「ダビデの子」と呼んでいたことを忘れられがちです。ですから、私たちはダビデの生涯を知ることなしに、自分たちに与えられた救いの意味を理解することはできないのではないでしょうか。

1.「ダビデは、主(ヤハウェ)が彼をイスラエルの王として堅く建て・・・彼の王国を盛んにされたのを知った」

イスラエルの全部族は、ヘブロンのダビデのもとに来て、彼をイスラエルの王としました。その後、彼は、「エルサレムで三十三年、全イスラエルとユダを治め」5:5)ますが、王として最初の働きは、天然の要害エルサレムを攻め取り、エブス人を追い出すことでした。ヨシュアのとき、「ユダ族は、エルサレムの住民エブス人を追い払うことができなかった。それでエブス人はユダ族とともにエルサレムに住んでいた」(ヨシュア15:63)という状態でしたが、このとき初めて、主の命令を完全に実行できました。「目の見えない者、足のなえた者」の宮からの排除は(5:8)、不完全さとの妥協という過去との決別を意味したのかもしれません。そして、この町は「ダビデの町」と呼ばれ(5:9)、城壁が建てられ、ツロの王ヒラムの助けを得て王宮を建てることができました。そして、その後、ダビデの家族もますます増えてゆきました。そこに、「ダビデは、(ヤハウェ)が彼をイスラエルの王として堅く建て・・・彼の王国を盛んにされたのを知った」(5:12)と記されますが、彼はすべてが自分の力ではなく、主のみわざだと「知った」のです。

ところが、ダビデの支配が確立すると、地中海岸を支配していたペリシテ人が慌てて攻め上ってきました。彼らはサウルが健在のときには、イスラエルを分断するためにダビデを保護していましたが、彼がイスラエルを統一すると敵となりました。ダビデは、昨日の味方と戦う羽目になり、恐れを抱き、「主(ヤウェ)に伺い」(5:19)ながら、エルサレム南西部のレファイムの谷間で迎え撃ち、二度に渡って大勝します。それをまとめるように、「ダビデは、(ヤハウェ)が彼に命じたとおりにし、ゲバからゲゼルに至るまでのペリシテ人を打った」(5:25)と記されます。ゲバとはギブオンのことで(Ⅰ歴代14:16)、かつてアブネルとヨアブが対峙したエルサレム北西約10キロぐらいにある町です。このときペリシテ軍は、二度目の戦いでは背後から攻められ、もと来た道を退却することができず、北に迂回しながら、かろうじて自分の領地に帰ることができたのです。これはイスラエルにとっての決定的な勝利となりました。

あなたは、人の力ばかりを見て、自分を生かし用いてくださる方がどなたかを忘れてはいないでしょうか。すべてのことを主との交わりの中で、主に祈りつつ成し遂げようとすることこそ、信仰生活の基礎です。それは、「あなたのしようとすることを主(ヤハウェ)にゆだねよ。そうすればあなたの計画はゆるがない」(箴言16:3)とある通りです。

2.「私は主(ヤハウェ)の前で喜び踊る」

ダビデはその後、長い年月にわたり放置されていた「神の箱」をエルサレムに運ぼうとします。「アビナダブの家から」(6:3)とあるように、「ユダのバアラ」は、エルサレムから西に約12km下った「キルヤテ・エアリム」(Ⅰサムエル7:2)のことです。主は、預言者サムエルが少年だった頃、祭司エリとその家族をさばくばかりか、「神の箱」をペリシテ人の手に引き渡し、幕屋礼拝を停止させました。主は、その後「神の箱」をイスラエルに戻されましたが、サムエルにさえも幕屋での礼拝を復興させようと命じはしませんでした。それはイスラエルに、何よりも「主に聴く」という信仰の原点に立ち返らせるためでした。そして、ダビデは、様々な試練を通して、主との交わりを築くことを学びました。それはモーセの場合と同じようなプロセスでした。そして今、晴れて幕屋礼拝を復興できるようになったのです。

そのことのゆえに、「ダビデとイスラエル全家は・・・主(ヤハウェ)の前で力の限り喜び踊った」(6:5)のです。ところが、「ナコンの打ち場」まで来たとき、牛が荷車をひっくり返しそうになったので、「ウザは神の箱に手を伸ばして、それを押さえた・・・すると主の怒りがウザに向って燃え上がり・・彼をその場で打たれた・・彼は死んだ」(6:6,7)という悲劇が起きました。ここで何よりも問題なのは、「神の箱」をまるで荷物かのように車に載せたこと自体でした。神はかつて「神の箱」をペリシテの地から戻すために牛に車を引かせましたが、それを神の民が真似てはなりません。それは、「聖なるもの」と呼ばれ、アロンの子たちがじゅごんの皮で覆いをかけ、かつぎ棒を通し、レビ人のケハテ族が、その箱に触れることも見ることもないまま担う」ように命じられていました(民数記4:16)。ですから、ウザに対する「主(ヤハウェ)の怒り」は、ダビデを含めこれに携わったすべての者に向い得るものでもありました。それでダビデはこれを、(ヤハウェ)の箱」と恐れを込めて呼びかえ、「私のところにお迎えすることはできない」と言いました(6:9)

しかし、「主(ヤハウェ)の箱」がとどまった家が祝福されたことを聞いたとき、ダビデは再びこれをエルサレムに運び入れることにしました。今回は、モーセの教えに忠実にそれを人に担がせ、その上、最初の六歩を進んだ段階で、既に、肥えた牛をいけにえとして献げました(6:13)。そして、ダビデも主(ヤハウェ)の前で、祭司の服を着て、「力の限り踊った」のでした(6:14)。そしてイスラエルの全家も歓声をあげ、角笛を吹き鳴らす中(6:15)「主(ヤハウェ)の箱」は、ダビデの町に仮に設置された「天幕」の中に安置されます。そして、「ダビデは主の前に、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげ」ます(6:17)。これによって申命記12章にあった「主が御名を置くために選ぶ場所」、イスラエルにおける唯一の礼拝場所がエルサレムとなったのです。これは、主の契約の箱が、シナイ山を離れて長い年月を経てついに目的地に達したこと、主ご自身が約束の地の真ん中に住まわれるようになったことを意味します。

しかし、サウルの娘のミカルには、その重大性が分らず、ダビデがはねたり踊ったりしているのを見て、「心の中で彼をさげすんだ」(6:16)ばかりか、「イスラエルの王は、きょう、ほんとうに威厳がございましたね・・・」(6:20)と皮肉を言いました。彼女は、ダビデが王の威厳を忘れている姿が、まるで裸になっているのと同じだと言ったのです。

それに対しダビデは、自分の踊りは人々に見せるものではなく、私を選んで(ヤハウェ)の民イスラエルの君主(王の代理)任じられた(ヤハウェ)の前」(6:21)にささげられたものだと言います。かつてサウルは人々の前で自分の面目を保つことばかりに夢中になって、主の前にへりくだることができずに自滅しました。しかし、ダビデは、「私は主(ヤハウェ)の前で喜び踊る」と言い、それは自分の目にさえ卑しく見えても、結果的に、はしためたちから「敬われることになる」(6:22別訳)と言いました。ここにはイスラエルの真の王は、自分ではなくて主(ヤハウェ)であるという思いが込められています。後にダビデは、詩篇96篇で「主(ヤハウェ)に歌え・・栄光と力を主(ヤハウェ)に帰せよ・・国々の中で言え。『主(ヤハウェ)は王である』・・主は・・真実をもって国々の民をさばかれる」と歌いました。ダビデの踊りは、それを身体全体で表現しようとしたものでした。あなたにも同じことが問われています。それは、「あなたは誰を恐れ、誰に向って生きようとしているのか?」また、「あなたは誰の目を意識して生きているのか?」という問いです。

3. 「わたしが、あなたのために家を建てる」

そして、「王が自分の家に住み、主(ヤーウェ)が周囲の敵から守って、彼に安息を与えられたとき」(7:1)、ダビデは、「この私が杉材の家に住んでいるのに、神の箱は天幕の中にとどまっています」と、この状況をあまりに畏れ多いと感じ、神の箱をお入れする恒久的な神殿を建設したいと思います。それに対して主は、「あなたはわたしのためにわたしの住む家を建てようとしているのか・・・」(7:5)と問いかけ、被造物の分際で創造主のために家を建ててあげようという発想の滑稽さをたしなめます。これは大邸宅に住んでいる子供が、家の中に自分だけの小屋を建てて喜び、親にも作ってあげたいと願うようなものかも知れません。それは愚かしくも微笑ましい情景でもあります。

それで、主はダビデに、わたしはあなたを、羊の群れを追う牧場からとり、わたしの民イスラエルの君主とした・・・わたしはあなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる・・・あなたの家とあなたの王国とは、わたしの前にとこしえまでも続き、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ」(7:8,12,16)と言われました。5節から16節の主のおことばには、23もの一人称の動詞形がくりかえされ、「おまえの働きではなく、わたしが・・、わたしは・・・、わたしが・・・」と強調されます。それをダビデはひとことで、「イスラエルの神、万軍の主(ヤハウェ)は・・このしもべに・・『わたしが、あなたのために家を建てる』と言われました」とまとめました(7:27)

なおここでは、これからは、士師記の時代のような混乱は起きないこと(7:11)、また、ダビデの世継こそが、「わたしの名のために一つの家を建て」(7:13)る、つまり神殿を建てるということ、また、「わたしは彼にとって父となり、彼はわたしにとって子となる・・・わたしは・・・わたしの恵みをサウルから取り去ったが、わたしの恵みをそのように彼から取り去ることはない」(7:15)という親密な交わりを保証されました。この全体がダビデ契約と呼ばれます。

これを聞いたダビデは、「主(ヤーウェ)、主よ。私がいったい何者であり、私の家が何であるからというので、あなたはここまで私を導いてくださったのですか。主(ヤーウェ)、主よ。この私はあなたの御目には取るに足りない者でしたのに・・・」(7:18、19)と答えます。これは詩篇8篇の原型ですが、「これが人の定めでしょうか」と言われるのは、「これが人のトーラー(律法、教え)でしょうか」と記され、私たちすべてに適用される原則であると言われます。

私たちはどこか心の底で、「もっと信仰深くなり、もっと良い働きができたら、神は私を喜び、ご褒美をくださる・・・」と考えてはいないでしょうか。そして、自分の不信仰や罪深さに直面させられると失望し、「私は愛されるにふさわしくない・・・」と落ち込んでしまいます。しかし、神の救いは、常に、主が私たちを「心に留め・・顧みられる」(詩篇8:4)という神の眼差しから始まっているのです。神は、愛されるに値しない者を選んで、愛するに値する者へと造り変えてくださいます。何よりも大切なのは、あなたが神に向かって何かをするということではなく、神があなたのために、またあなたを通して何かをしてくださるという「神の主権」を、また決して裏切ることのない神の真実な愛を覚えることです。パウロは、「罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました」(ローマ5:20)と語りました。

ダビデの四百数十年後に、イスラエル王国もエルサレム神殿もこの地上から消えます。それは、イスラエルの民が、偶像礼拝に走り、神の民として生きることをやめたことへのさばきでした。では、神の約束は、人々の罪によって無に帰してしまうのでしょうか。それについて、エルサレムと崩壊を預言した預言者エレミヤは、「主(ヤハウェ)はこう仰せられる。もし、あなたが昼と結んだわたしの契約と、夜と結んだわたしの契約とを破ることができ、昼と夜とが定まったときに来ないようにすることができるなら、わたしのしもべダビデと結んだわたしの契約も破られ、彼には、その王座に着く子がいなくなり・・」(33:19-21)と、希望に満ちた主のことばを取り次ぎました。決まった時間に日が昇り、季節が巡ってくるのは、主が大洪水の後にノアと結んだ契約のゆえであり、いわゆる「自然」ではなく、神のみわざです。それと同じように、ダビデに対する契約は守られ、ダビデの子イエスによって成就するのです。

ダビデの後継者のソロモンは、主の神殿を建て、主は父が子を教えるようにソロモンに知恵を与えました。しかし、そのソロモン自身が、主に背き始め、彼の後継者たちも主に背きます。ですから、ソロモンは真の意味でのダビデの「世継ぎの子」とはなり得ませんでした。ですから、これから千年後に、イエスが「ダビデの子」として立てられ、私たちすべての罪を贖うための十字架にかかって永遠の神殿を完成し、死人の中からよみがえることによってサタンの力に勝利してくださったのです。そして主は、今、王の王、主の主として全世界を支配しておられます。

地上的な意味でのダビデ王国は間もなく滅びました。しかし、彼が、主に向って人目をはばからず踊り、高らかに歌い、主への正直な祈りを残したという主への礼拝の姿勢は今も教会に受け継がれているのではないでしょうか。モーセは、主(ヤハウェ)がどのような方かを教え、ダビデは私たちに、主に向って心を注ぎだして祈り、賛美することを教えてくれました。そして、神の御子イエスは敢えてダビデが記した祈りのことばを用いられたのです。

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2006年12月11日 (月)

Ⅱサムエル1章~5章5節 「神の時が満ちるのを待つ」

                                      20061210

  あなたの前に、「目の上のたんこぶ」のような人がいないでしょうか。ダビデは、サムエルから王としての任職の油注ぎを受けたとき、「紅顔の美少年」でした。そして、彼が強くなるにつれ、サウルからの迫害が激しくなり、彼はその状況に十数年間は耐えたと思われます。サウルが死んだときダビデは30歳でしたが、その後、彼は将軍ヨアブの乱暴に心を痛めながら生涯を全うします。しかし、サウルもヨアブもかけがえのない存在でした。彼らがいなければダビデが最高の王として尊敬され、イエスが「ダビデの子」と呼ばれるようにもならなかったでしょう。つまり、「目の上のたんこぶ」を置いておられるのは神であり、解決を与えるのも神なのです。私たちのために、神の「時が満ちて」救い主が誕生しましたが、この世界は問題が絶えることはありません。それはダビデの場合と同じです。

1.「イスラエルの娘らよ。サウルのために泣け」

サウルがガリラヤ湖南西約30kmにあるギルボア山でペリシテ軍と戦って重傷を負い、自害したとき、ダビデはそこから南に三日もかかるペリシテの地ツィケラグにいました。彼はサウルの追撃から逃れて、ペリシテ王の保護下にあったからです。彼は危うくペリシテ軍に従ってイスラエルと戦わなければならないところでしたが、神のあわれみによって、この間に南のアマレク人に大勝利を納め、帰って来たところでした。そのようなとき、ひとりのアマレク人がサウルの死を知らせに来ました。彼は恩賞目当てに、自分がサウルのとどめを刺したと嘘をつきました。しかも、彼はサウルの死体から、王冠と腕輪を奪い取ってきて、ダビデを王と仰ぐかのようにそれを差し出しました。ダビデはそれを喜ぶどころか、自分の衣を裂いて、サウルのため、その子ヨナタンのため、また主(ヤハウェ)の民のため、イスラエルの家のためにいたみ悲しんで泣き、夕方まで断食し」(1:12)ました。彼がこのアマレク人に死刑を下したのは、「主(ヤハウェ)に油注がれた方」を殺すことは主(ヤハウェ)ご自身に逆らうことと理解していたからです。

その上で、ダビデはサウルとヨナタンのための哀歌を作り、それをユダの子らに教えるようにさえ命じました。彼がヨナタンの死を悼み、「あなたの私への愛は、女の愛にもまさって、すばらしかった」(1:26)と告白しているのは心から納得できます。しかし、ダビデが、ねたみと猜疑心で自分の命を狙い続けたサウルをも「イスラエルの誉れ」(1:19)と呼び、「サウルもヨナタンも、愛される、りっぱな人だった」(1:23)と二人を同列にたたえたのは驚きです。私たちは自分の都合から人を評価しますが、ダビデは、「主(ヤハウェ)の民」の視点から、サウルがイスラエルに統一と繁栄をもたらしたということを評価し、彼のために泣くように命じ、その名誉を守ったのでした(1:24)

 ダビデはかつて、アビシャイがサウルを一刺しにしようとしたとき、「主(ヤハウェ)は生きておられる。主(ヤハウェ)は、必ず彼(サウル)を打たれる」(Ⅰサムエル26:10)と断言しました。また、詩篇18篇などで、ダビデは自分がサウルの手から救われたことを喜び、「主の怒り」がサウルに向けられていることを歌っています。つまり、ダビデは、サウルに対する主のさばきを喜ぶとともに、サウルがペリシテ人の手にかかったことを悼み悲しんでいるのです。ダビデは多くの詩を記していますが、そこには彼の揺れる気持ち、矛盾とも思える感情が描かれています。私たちも身近な人に、また身近な権威者にそのような相矛盾する気持ちを抱くことがあるのではないでしょうか。私たちはそれを自分で整理しようとしますが、ダビデは両面の気持ちを神に訴えて、神にさばきを任せているのです。

2.「そこへユダの人々がやって来て、ダビデに油をそそいでユダの家の王とした」

  この後、ダビデは主(ヤハウェ)に、同族ユダの一つの町に上って行くべきかを尋ねます。それは彼がまだペリシテの地への亡命者の立場のままだったからです。多くのユダ族は少し前までサウルを恐れてダビデを支持していませんでしたが、主は、生まれ故郷のベツレヘムではなく、イスラエルの族長アブラハムの墓がある中心都市、ヘブロンに上るように命じます。それはダビデを名実共にイスラエルの王とするという神の意思の現れでした。それで、ダビデは家族と共にヘブロンへ移住します。すると、「そこへユダの人々がやって来て、ダビデに油をそそいでユダの家の王とした」(2:4)というのです。多くのユダの人々はサウルがいなくなった今、態度をガラリと変えてダビデを王として立てました。人の心は自分の身の安全を第一に動くことのしるしです。ダビデもそれをあっさりと受け入れます。しかし、彼が王として公に認められたのは、既に預言者サムエルを通して神ご自身からの油注ぎをひそかに受けていた(Ⅰサムエル16:13)ことの結果です。主はダビデを王として選んでおられたからこそ、ダビデに厳しい試練を与え、彼がイスラエルの王にふさわしい器へと成長できるように導かれたのです。私たちも、「なぜ自分ばかりこんな苦しみに会うのか?」と思うことがあるかもしれませんが、それは神の期待の現われかも知れません。

  ただ、この時点ではイスラエルの他の十一部族はダビデを王として受け入れていません。それでダビデはまず、サウロを心から慕っていたヨルダン川東部のヤベシュ・ギルアデの人々に使いを送り、彼らがサウルの遺体を敵から奪い丁重に葬ったことを称賛しつつ、自分を後継者として認めるよう説得を試みます(2:5-7)。ところが、サウルの将軍だったアブネルは、サウルの子イシュ・ボシェテを、その十数キロ東の町マハナイムで、ユダ族以外の全イスラエルの王として立てます。その結果、イスラエルに内戦が勃発します。両勢力はエルサレムの北十数キロに位置するギブオンで対峙します(2:13)。そして、このときからダビデの将軍としてヨアブが前面に出てきます。彼は、ダビデの姉ツェルヤの子でした(Ⅰ歴代誌2:16)。ヨアブはアブネルの軍隊を圧倒しますが、弟アサエルがアブネルに殺されます(2:23)。その後も、サウルの家とダビデの家との間には、戦いが長く続きますが、「ダビデはますます強くなり、サウルの家はますます弱くなった」(3:1)のでした。そして、ダビデにはヘブロンで六人の息子たちが生まれますが、すべてが異なった妻から生まれています(3:2-5)。これは後のダビデ家内の争いの原因になります。

  ダビデは三十歳になるまでサウルに追われ続け、解放されてユダの王になっても、喜びは束の間で、今度は同胞イスラエルとの内戦に直面しなければなりませんでした。政権が安定した後は子供同士の争いに巻き込まれます。まさに「一難去ってまた一難」という人生です。しかし、彼は試練のたびに神との交わりを深め、多くの詩篇を私たちへの遺産として残すことができました。「この問題さえなくなれば、平安を味わえるに・・」という発想に生き、「今ここ」に生きて働いておられる神を見上げることができなければ、人はいつも欲求不満になることでしょう。

3.主(ヤハウェ)が、悪を行なう者には、その悪にしたがって報いてくださるように

  サウルの子イシュ・ボシェテをイスラエルの王に立てたのは将軍アブネルでしたから、二人の関係は微妙でした。あるときアブネルがサウルのそばめリツパ21:8メフィボシェテの母)と通じましたが、それは彼自身が王にとって代わろうとしたと受け止められるのは当然でした。イシュ・ボシェテがそれを問いただすと、アブネルは激しく怒り、この二人の関係は壊れました。そしてアブネルはダビデのもとに使いを送り、「私と契約を結んでください。そうすれば、私は全イスラエルをあなたに移すのに協力します」(3:12)と告げます。このような裏切りをすぐに受け入れることは危険ですから、ダビデは「サウルの娘ミカルを連れて来なければ、あなたは私に会えない」と言います(3:13)。ミカルは、サウルがかつてダビデに与え、取り戻して別の夫に娶らせた娘ですから、彼女を迎えることでダビデはサウルの娘婿の立場を回復し、後継者としての権威を示すことができます。イシュ・ボシェテは、アブネルの言うままに王命を発し、ミカルをその夫から引き離します。このとき「夫は泣きながら」ミカルの後についてきますが(3:16)、それはふたりが愛し合っていたしるしでしょう。ミカルも自分が政治の道具にされていることを深く悲しんだことでしょう。ミカルは後にダビデを心の中でさげすんだと記録されますが(6:16)、彼女にもそれなりの葛藤があったのです。また、リツパの悲劇は21章で記されますが、ふたりの女性は、ダビデ王家の影の犠牲者と言えましょう。

  アブネルはイスラエルの長老たちに、ダビデを全イスラエルの王とするのが主(ヤハウェ)のみこころであると説得しますが(3:18)、それはかつてイシュ・ボシェテを裏切るときに使ったことば(3:9,10)と基本は同じです。彼はそれをこのときになって初めて納得したというのでしょうか。何か、自分の変節を正当化するために主のみこころを持ち出しているように疑いたくもなります。アブネルはサウルを生んだベニヤミン族も特別に説得した上で、ダビデに自分の功績をアピールします。ダビデも彼を歓待した後に、彼を全イスラエルとの契約の仲介者として送り出します。

  ところがダビデの将軍ヨアブが戦いから帰ったとき、ダビデがアブネルを簡単に信用したことを非難します(3:24,25)。そして、ヨアブはアブネルを連れ戻させ、騙し打ちにします。それは自分の弟への復讐であると記されますが、彼がアブネルをダビデ王家における自分の新しい競争者と見て恐れ、排除しようとしたのかも知れません。

ダビデはそのことを聞くと、ヨアブを真っ向から非難する代わりに、アブネルの死を悼み悲しむように命令を発し、彼を丁重に葬ると共に、歌を作って悲しみ歌い、断食までしました(3:31-35)。その結果、全イスラエルは・・アブネルを殺したのは、王から出たことではないことを知った(3:37)というのです。そしてダビデは、「この私は油注がれた王であるが、今はまだ力が足りない。ツェルヤの子ら(ヨアブとその兄弟)であるこれらの人々は、私にとっては手ごわすぎる。主(ヤハウェ)が、悪を行なう者には、その悪にしたがって報いてくださるように」(3:38)と言います。しかし、ダビデは、そんなヨアブを最後まで将軍として立て続け、彼の才能を生かし続けることができました。神はあなたのそばに、手ごわすぎる人を置かれることがありますが、その人との関係を保てるかが成功の鍵かもしれません。

その後、イシュ・ボシェテはベニヤミンに属するふたりの在留異国人から、昼寝をしている間に命を奪われます。彼らはその首をもってダビデを訪ね、褒賞を期待したのでしょうが、ダビデは、「私のいのちをあらゆる苦難から救い出してくださった主(ヤハウェ)は生きておられる」(4:9)と述べ、このふたりの手足を切り離し、木につるしてさらしものにします。それは、目的のためには手段を選ばない者たちへの見せしめです。そして、イシュ・ボシェテの首はアブネルと共に丁重に葬ります。そして、これらによってダビデの敵は、互いに争いあって自滅したという結果になりました。私たちも自分の力で悪と戦おうと必死にならなくても、神が神の民の敵を自滅へと導いてくださいます。

その後、「イスラエルの全部族は、ヘブロンのダビデのもとに来て・・・ダビデに油を注いでイスラエルの王とします」5:1-3)。その際、彼らはアブネルと同じように、それこそが主のみこころであると述べますが、そこにあったのは政治的な判断でした。ダビデもそれまでの敵対関係を超えて、それをあっさりと受け入れます。

ダビデは、自分に敵対してきた人、また手ごわすぎる人をも味方とすることができました。しかし、それは政治的なセンス以前に、全能の主への信頼のゆえでした。自分の敵を裁く責任は神が担ってくださるということが分るとき、私たちはあらゆる人と協力関係を築くことが可能になります。もちろん、ダビデにも政治的な打算があり、その被害者もいました。しかし、基本においては、神のさばきのときを忍耐して待つという姿勢がありました。その結果、ダビデの敵は互いに滅ぼしあって自滅します。それはヨアブも例外ではありませんでした。私たちはだれしも平和を求めます。しかし、平和という理想のために戦ってきたのが人間の歴史です。恩賞目当ての殺人を許すことは決してできませんが、自分の都合、自分の利害で動きながらそれを正当化するのは人間の常ですから、そのような人を受け入れ、敢えてその矛盾を指摘せずに、関係を平和に保つ知恵を持つことも大切ではないでしょうか。「あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい」(ローマ12:18)という教えを常に覚えたいと思いますが、それは不思議にも、「自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい」という勧めとセットになっています。

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2006年12月 4日 (月)

ルカ12:13-34 「あなたのたましいへの気遣い」

                                                          2006年12月3日

  身体を、健康に、美しく保つための施設が注目を集めています。しかし、「たましい」への気遣いが忘れられてはいないでしょうか?ダビデはサウルから逃げ回り、荒野にいながら、「私のたましいは、あなたに渇き・・・こうして聖所で、あなたを仰ぎ見ています・・・私のたましいが脂肪と髄に満ち足りるかのように・・・喜びにあふれて賛美します」(詩篇63:1,2,5)と歌っています。あなたの「たましい」はどのように養われ、装われているのでしょうか?

1.「その人のいのちは財産にあるのではない」

  ある人がイエスに遺産相続のことで仲裁を頼んできました。これはイスラエルで神の幕屋に仕える祭司たちに期待されていた働きでもありました(申命記17:8-13)。ですから、この依頼は決してぶしつけなものではなく、イエスを神の代理として認めるという意味を持っていました。意外なのは、イエスがそのような役割を、きっぱりと拒絶したことの方にあります。それによってイエスは、ご自分の働きの方向性を明らかにされたのです。それは、「貧しい者・・いま飢えている者・・いま泣く者は幸いです」(ルカ6:20、21)「富む者・・いま食べ飽きている・・いま笑うあなたがたは哀れです」(6:24,25)という逆説と切り離せない関係にあります。ですからイエスはここで、「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい」(12:15)と言いながら、「その人のいのちは、財産の豊かさのうちにあるのではないからです」(15節私訳)と説明しました。そこには、「神の前に富む」(21節)者となって欲しい、つまり、神との交わりの「豊かさ」をこそ求めて欲しいとのイエスの切なる思いがありました。よく誤解されますが、「永遠のいのち」とは、「死んでも天国に行ける」ということ以上に、創造主との生きた豊かな交わりが永遠に続くということを意味します。

  その上で、イエスは非常に分り易いたとえを話されました。それは、「ある金持ちの畑が豊作」な中で、作物を蓄える大きな倉を建てて、その豊かさを長持ちさせようと考えたということでした。これは現代的に言えば、莫大な収入を手にした後で、資産運用に知恵を使い、働かなくても豊かな生活を楽しめる計画を考えるようなものです。それ自体は決して悪いことではありませんが、この金持ちの問題は、彼が「自分のたましい」に語りかけていることばの中に見られます。彼は、「たましいよ。お前は多くの財産を持っている(19節私訳)と励まし、たましいの豊かさを財産に結びつけています。しかも、「さあ安心して、食べて、飲んで、楽しめ」と、たましいに言い聞かせますが、ここで用いられている、「安心し」とは、イエスが「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」(マタイ11:28)での「休ませる」と同じ言葉であり、また「楽しむ」とは、ペテロがイエスの復活を証明するために詩篇16篇を引用しつつ、「主は、私が動かされないように、私の右におられる・・それゆえ私の心は楽しみ」(使徒2:25,26)と言ったのと同じ言葉です。つまり、私たちのたましいの「やすらぎ」と「楽しみ」が、主との交わりからではなく、財産から生まれると錯覚していることこそが問題なのです。

  それに対し、神は彼に、「愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる」(20節)と言います。このことが伝道者の書では、「神が富と財宝と誉れとを与え、彼の望むもので何一つ欠けたもののない人がいる。しかし、神は、この人がそれを楽しむことを許さず、外国人がそれを楽しむようにされる。これはむなしいことで、それは悪い病だ」(伝道者6:2)と記されています。目に見える豊かさの背後におられる目に見えない神こそがすべての人の幸せの鍵を握っています。神の御許しがなければ、彼のたましいは豊かさを味わうことができないのです。

2.「烏のことを考えてみなさい。」「ゆりの花のことを考えてみなさい。」

  イエスはこのたとえの後で、特にご自分の弟子たちに向けて、「いのち(原文はたましい」)のことで何を食べようかと心配するのはやめなさい」(22節)と言いました。これは、愚かな金持ちが、「たましいよ・・・」と自分に言い聞かせたこととの対比であり、たましいを生かしているのは、食べ物以前に神であることを思い起こさせるものです。これに加えてイエスは、からだのことで何を着ようかと心配するのはやめなさい」と、たましいとからだをセットにして語ります。仏教やギリシャ哲学では、たましいがからだの束縛から解放されることを「救い」と理解する傾向がありますが、聖書は両者を切り離せないものとして考えます。「いのち(たましい)は食べ物よりたいせつであり、からだは着物よりたいせつだからです」(23節)とは、食べ物や着物のことを心配し過ぎて、たましいやからだが損なわれることがあるからです。イエスは、そのことで、ふたつの生き物のことを「考える」ように命じられました。

  マタイによる福音書では、「空の鳥を見なさい」(マタイ6:26)と勧められていましたが、ここでは、「カラスのことを考えてみなさい」(24節)と述べられます。烏は預言者エリヤに食物を運ぶためにも用いられたようなたくましく賢い鳥ですが、食べてはならない忌むべき鳥の代表でもあります(レビ11:15)。つまり、神はこのように、たくましいと同時に忌み嫌われる生き物をも「養っておられる」のです。それよりはるかにすぐれた「あなたがた」を、神が養うことができないわけはありません。同時に主は、「心配したからといって、自分のいのち(寿命)を少しでも延ばすことができますか」(25節)とアイロニーを語ります。寿命を延ばす心配をし過ぎることは、皮肉にも、寿命を縮める方向に作用します。まさに「こんな小さいことさえできないで・・・」とあるように、私たちは自分の人生さえ持て余しているという面があることを忘れてはなりません。「たましい」を養ってくださる方を忘れて、安心も楽しみも永続はしません。

またイエスは、「ゆりのことを考えてみなさい」(27節)と勧め、その美しさを「栄華を窮めたソロモン」と比較します。彼はイスラエルの歴代の王の中で最も豊かさを享受できた人で、すべてが派手好きでしたがゆりの美しさにはかないませんでした。そのことを踏まえて、イエスは、「あすは炉に投げ込まれる草をさえ、神はこのように装ってくださるのです。ましてあなたがたにはどんなによくしてくださるでしょう」(28節)と言われました。からだを装うことは、栄誉を大切にすることにつながりますが、私たちを真の栄誉で包んでくださるのは私たちの努力以前に、神の恵みです。事実、この肉体は死とともに朽ちますが、神は朽ちたからだをも復活させ、栄光のからだへと造りかえてくださいます。その意味で、このからだを美しく装ってくださるのも、神のみわざなのです。しかし、神に背いた者たちのしかばねに関しては、「そのうじは死なず、その火も消えず、それはすべての人に忌みきらわれる」という状態が待っています(イザヤ66:22)。つまり、いのちとからだの源である神を忘れてしまっては、すべてを失うのです。

その上で、イエスは、「ああ、信仰の薄い人たち」と述べます。多くの人々は、「信仰」を、「将来の可能性を信じる」という意味で使うことが多いかも知れませんが、「今、ここ (here&now)」で働いておられる神に目を向けさせることこそが、「信仰」の本質なのです。つまり、私たちは「信仰」によって、今、自分が生きていること自体、この世界が保たれていること自体が神のみわざであると認めるのです。信仰こそが、たましいを養い、美しく保つ秘訣です。

そして、「何を食べたらよいか、何を飲んだら良いか、と捜し求めること」(29節)が、「気をもむ」というひとことでまとめられます。それは、地に足がついてない「希望と恐れの間で揺れている」ような心の状態です。私たちの心も、誉められると舞い上がり、けなされると落ち込むということがあります。それは、「風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようで・・・すべてに安定を欠いた」(ヤコブ1:6,8)状態とも言われます。そのような心は、「この世の異邦人」(30節)、つまり、神を知らない人の心の状態と同じであり、「何のために信じているか分らない・・」とさえ言えましょう。

ただし、「信仰を強くすれば、より多くの恵みを受け取ることができる。」という発想は、自分の頭を自分で引っ張って身長を伸ばそうとするような空回りの原因にもなります。あなたの信仰を成長させるためにイエスがここで命じておられることは、力を抜いて野原を歩きながら「カラスのこと、ゆりの花のことを考えてみる」ことです。神のさばきは、あなたの欠点や数々の人間的な過ちに向けられるものではなく、神の恵みを忘れた恩知らずな生き方に下されるものです。信仰の出発点は、神からの一方的な恵みを、ただ思い起こすという受身の姿勢にあります。

3.「何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい」

  「しかし、あなたがたの父は、それがあなたがたにも必要であることを知っておられます。何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい」(30,31節)とは、既にイエスの弟子とされた者への語りかけです。彼らはイエスの父を、信頼を込めて「父」(アバ)と呼ぶことが許され、神の愛に満ちた保護の中に入れられています。「神の国」とはすでに実現し、完成に向っている「神のご支配」を意味します。それを「求める」とは、「何を食べたらよいか、何を飲んだらよいか、と捜し求める」というときと同じ言葉で、基本的な意味は、「見つけるために捜す」です。つまり、「神の国を(捜し)求める」とは、「神から課せられた義務を果たすことに心を集中せよ」というような意味ではなく、すでにある神のみわざに思いを向け、また同時に、これから実現する神の救いのご計画に思いを馳せることでもあります。そして、「そうすれば、これらの物は、それに加えて与えられます」(31節)とは、食べ物や飲み物は、神の国の付属品として与えられるという約束です。世の多くの人は、「富や名誉を手にする手段として神を信仰する・・」と思いますが、それは本末転倒です。地上の宝は、あくまで付録であって、本体は、神との生きた交わりを体験することです。ただ、「私のような信仰の薄い者は・・・」と心配する人を励ますために、イエスは、「小さな群れよ。恐れることはない。あなたがたの父は、喜んであなたに御国をお与えになる・・」(32節)と保証してくださいました。

  その上で、イエスは、「持ち物を売って、施しをしなさい・・・朽ちることのない宝を天に積み上げなさい」(33節)と言われました。これは、施しや献金によって神の国に入れていただけるという意味では決してなく、愚かな金持ちが自分のたましいを目に見える財産で養おうとしたような落とし穴にはまらないための知恵です。つまり、地上に財産を蓄えようとすることに心が向えば向かうほど、天の父からの恵みが見えなくなるという心の現実を教えたものです。「あなたがたの宝のあるところに、あなたがたの心もあるからです」(34節)とは、極めて現実的な教えです。たとえば、多くの人々は、「ゆとりができたら、人を助けたい・・」などと思いますが、そのように考える人は、いつまでたっても「ゆとりのない自分」にばかり目が向きます。そして、心の目が自分に向えば向かうほど、かえって、「気をもみ、悩む」ということが多くなります。そして、そうなるとますます、余裕がなくなるという悪循環に陥ります。

「神の国」に入れていただくために献金をし、また人助けをするという発想は間違っています。しかし、献金もせず、また誰かの役にたつ行いをすることもないままで、神の国の豊かさを味わうことができる人がいないことも事実ではないでしょうか。ですから、献金は「恵みのわざ」(Ⅱコリント8:7)と呼ばれています。それによって私たちの目は、天に向けられるからです。どこかで心を決め、自分の持ち物を手放すという一歩を踏み込む必要があります。

  

  あなたは自分のたましいを何で装うのでしょうか。それは富でも名誉でもなく、神ご自身の愛を味わうことによってです。昔の聖餐式の賛美歌に、「装いせよ。いとしきたましいよ」というのがあります。それは私たちのたましいは、この世の財産や成功によってではなく、目に見えない神によって初めて美しくされるからです。聖餐式はたましいを飾っていただく機会です。そして、神の前でなされるすべての良い行いは、「神の恵み」を獲得する手段ではなく、味わうための道です。神に生かされているという感謝は、神に仕える中でこそ味わうことができるからです。

ルカ6章20-26節 「平地の説教」

イエスは 目を上げて 弟子たちを見つめながら、話しだされた。

「貧しい者は       幸いです。   神の国はあなたがたのものだから。

いま 飢えている者は 幸いです。   やがてあなたがたは満ち足りるから。

いま 泣く者は       幸いです    やがてあなたがたは笑うから。

人の子のため、

人々があなたがたを憎むとき、

あなたがたを除名し、辱め、あなたがたの名をあしざまにけなすとき、

あなたがたは 幸いです   

その日には 喜びなさい、おどり上がって喜びなさい。

天では あなたがたの報いは大きいから。

彼らの父祖たちも、預言者たちに同じことをしたのです。

しかし、あなたがた富む者は     哀れです。  慰めをすでに受けているから。

いま 食べ飽きているあなたがたは 哀れです   やがて飢えるようになるから。

いま 笑うあなたがたは           哀れです   やがて悲しみ泣くようになるから。

みなの人が ほめるとき、

あなたがたは 哀れです   彼らの父祖たちも、にせ預言者たちに

同じことをしたのです。

「からっぽ」

                                      マザー・テレサ

神は いっぱいのものを  満たすことはできません。

神は 空っぽのものだけを 満たすことができるのです。

本当の貧しさを、   神は 満たすことができるのです。

イエスの呼びかけに 「はい」と 答えることは、

空っぽであること、あるいは 空っぽになることの 始まりです。

与えるために どれだけ持っているかではなく、どれだけ空っぽかが 問題なのです。

そうすることで、私たちは人生において 十分に受け取ることができ、

私たちの中で イエスがご自分の人生を 生きられるようになるのです。

今日イエスは、あなたを通して 御父への完全な従順を もう一度生きたいのです。

そうさせてあげてください。

あなたがどう感じるかではなく、あなたの中で イエスがどう感じているかが 問題なのです。

自我から目を離し、あなたが 何も持っていないことを 喜びなさい。

あなたが何者でもないことを、そして 何もできないことを 喜びなさい。

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