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2007年5月28日 (月)

Ⅰ列王記4~6章「神の御住まいが建てられるために」

                               2007年5月27日

 ソロモンは栄光に満ちた神の神殿を建てることができました。しかし、それは主がダビデに、「あなたの・・子が、わたしの名のためにひとつの家を建てる」(Ⅱサムエル7:13)と言われたことの成就でした。そして、新約は真の意味でのダビデ子はキリストであり、「このキリストによってあなたがたもともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなる」(エペソ2:22)と語っています。そしてパウロは、教会という共同体を指して、「あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられるのを知らないのですか」(Ⅰコリント3:16)と言いました。今日は教会の誕生日、ペンテコステです。目に見える神殿建設を通して、霊的な神の宮を立てるということをともに考えてみましょう。

1.「神は、ソロモンに・・・海辺の砂浜のように広い心とを与えられた」

「こうして、ソロモン王は全イスラエルの王となった」(4:1)と敢えて記されているのは、神ご自身が、ソロモンをダビデの後継者として立て「神の知恵」(3:28)を特別に与えてくださったという過程を思い起こさせるためです。これに続いて、ソロモンの高官の名が記されます。その第一は祭司アザルヤですが、彼はソロモンに王の任職の油を注いだツァドク(1:39)の子です。書記は、ダビデの書記だったシシャ(Ⅱサムエル20:5「シェワ」と同一人物)の子らであり、参議ヨシャパテと軍団長ベネヤはダビデの高官であった者たちであり、またダビデを導いた預言者ナタンの子たちも政務長官や王の友として仕えました。つまり、これらの名には先代からの政治の継続性が描かれています。

そして、「ソロモンはイスラエル全土に十二人の守護をおいた。彼らは王とその一族に食料を納めていた」(4:7)と記されます。そのリストは、原文で、領地の名以前に、「フルの子にエフライムの山地を」などと、人名が優先され、多くの場合、子の名前さえも記されないまま、ダビデ王家との結びつきが強調されます。また領地の分割も、部族の枠を超えている部分が多く、ソロモンが属するユダは含まれていないと思われます。つまり、これは彼が、ダビデでさえ苦労した北の十部族をまとめたばかりか、地中海岸のペリシテの地やヨルダン川東岸までを含むカナン全土を直轄統治したことを意味します。これはイスラエルが部族連合の共同体から絶対王政に移行したことを示すと思われます。そこに安定が生まれ、1-19節のまとめが、「ユダとイスラエルの人口は、海辺の砂のように多くなり、彼らは飲み食いして楽しんでいた」(4:20)と記されます。これは神がイサクをささげたアブラハムに「あなたの子孫を、空の星、海辺の砂のように増し加えよう(創世記22:17)と言われたことが成就したことを意味します。

また、「ソロモンは大河からペリシテ人の地、さらにはエジプトの国境に至るすべての王国を支配した」(4:21)とは神がアブラハムに約束された土地、「エジプトの川から、あの大川、ユーフラテス川まで」(創世記15:18)を占領できたことを意味します。ただしそれは、「主(ヤハウェ)は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた」(Ⅱサムエル8:6,14)とあるように、ソロモンの功績ではありませんが、彼はその勝利の報酬を受け継ぐことが許され、彼の国は空前の繁栄を享受することが許されました。そして、繁栄の理由が、「周辺のすべての地方に平和があったからである。ユダとイスラエルは、ソロモンの治世中・・安心して住むことができた」(4:24,25)と記されます。

そして、「神は、ソロモンに非常に豊かな知恵と英知と、海辺の砂浜のように広い心とを与えられた・・・彼の名声は周辺のすべての国々に広がった」(4:29)と記されます。「広い」はカナンの地の「広さ」を表わすために用いられることばで(創世記26:22)、神はソロモンに、海辺の砂のように多い人々と土地とを支配するための「広い心」を与えられたというのです。ダビデは多くの血を流しながら約束の地の占領を進める必要がありましたが、ソロモンは、神から与えられた知恵によって、委ねられた地を、その名の由来のごとく「平和」のうちに治めることができました。

なお、「彼は三千の箴言を語り・・歌は一千五首もあった」(4:32)とありますが、その一部が箴言や雅歌として残され、また、彼は動植物全般に渡る知恵が驚くほど豊かでしたが、それはすべて神から与えられた知恵でした。ソロモンは後に堕落しますが、彼が聖書の中に残した文書は、神に由来するということを忘れてはなりません。

2.ツロの王ヒラムは、喜んで言った。「きょう、主(ヤハウェ)はほむべきかな・・・」

ツロは現在のレバノン南部にあった繁栄を極めた国で、その王ヒラムは、ダビデがエルサレムを征服し王宮を建てたとき、「杉材、大工、石工を送っ」て工事を支援しました(Ⅱサムエル5:11)。そして、ダビデは主(ヤハウェ)の契約の箱を喜び祝いつつ市内に運び入れますが、そのとき彼は、「この私が杉材の家に住んでいるのに、神の箱は天幕の中にとどまっています」(同7:2)と言って、神殿を建てることを願います。主はダビデに神殿の建設を許されませんでしたが、彼はソロモンのために神殿建設の材料を大量にツロから輸入していました(Ⅰ歴代誌22:2-5)

  ヒラムはこの関係を続けようと使節を送りました。その際、ソロモンも丁重に応答し、「私の父ダビデは、彼の回りからいつも戦いをいどまれていたため・・・彼の神、主(ヤハウェ)の名のために宮を建てることができませんでした。ところが、今、私の神、主(ヤハウェ)は、周囲の者から守って、私に安息を与えてくださり・・・今、私は、私の神、主(ヤハウェ)のために宮を建てようと思っています。(ヤハウェ)が私の父ダビデに言われたとおりです・・・」(5:3-5)と伝えます。ここでは「ダビデの神」が「ソロモンの神」となったこと、また、主の御許しの中で、息子ソロモンが父ダビデに与えられた神殿建設のビジョンを実行に移すという点が強調されています。つまり、神の目からは、ダビデとソロモンはふたりで一つの働きをしているのであり、すべてが神の主権のもとになされるというのです。ソロモンはこのようなことを敢えてヒラムに説明することで、イスラエルが全能の主のご支配の中で安定していることを印象付けます。

ソロモンはその上で、ヒラムにレバノンから杉の木を切り出すために便宜を図って欲しいと願います。これを聞いたヒラムは「きょう、主(ヤハウェ)はほむべきかな」(5:7)と言って、ソロモンではなく、知恵ある子をダビデに授けられた(ヤハウェ)をほめたたえています。そしてヒラムは、ソロモンに木材と引き換えに食料の供給を依頼し、交渉が成立します。そして、ここでも、(ヤハウェ)は約束どおり、ソロモンに知恵を賜ったので、ヒラムとソロモンとの間には平和が保たれ、ふたりは契約を結んだ」(5:12)と、すべてが主(ヤハウェ)のみわざであることが記されます。

その上で、「ソロモン王は全イスラエルから役務者を徴用した(5:13)と、三万人が木を切り出すために、また、七万人が荷を運ぶため、また八万人が山で石を切り出すために徴用されたと記されます。これらの人々は、基本的に、イスラエル人ではなく彼らの中に住む在留異国人でした9:21、Ⅱ歴代誌2:18)。そして、神殿建設には、「ソロモンの建築師」ばかりか、「ヒラムの建築師」、およびその北にあるゲバル人の石切熟練工が協力した様子が描かれます。まさに、主(ヤハウェ)の宮は、主がこの地に平和を実現してくださり、外国人もイスラエルの神、主(ヤハウェ)に仕えるようになったということの象徴でした。このときの多くの外国人は強制労働や賃金で働きましたが、終わりの日には、世界中の人々が、ささげ物を携えて主の宮に集まると預言されています(イザヤ66:18-23)

私たちも、主の宮を建てるために、主のみわざを未信者たちに証ししつつ、神の知恵によって彼らとの平和を保ち、彼らと協力関係を築くべきでしょう。主の宮は、主の民だけによって建てられるものではありません。

                              

3.「わたしはイスラエルのただ中に住み・・・」

ソロモンが「主(ヤハウェ)の家」の建設に取りかかった時が、「イスラエル人がエジプトの地を出て四百八十年目」と記されます6:1)。この年代から出エジプトの年代を計算する場合もありますが、それは様々な歴史文書と不調和をもたらします。これには、象徴的な意味が込められていると思われます。イスラエルの十二部族はその不従順のために、エジプトを出て約束の地に入るまで四十年もかかりました。その十二倍が四百八十年です。彼らがヨシュア以来ずっと神に忠実だったとしたら、ずっと前にこの地に神の平和と繁栄が実現していたことでしょう。

神殿の大きさは、本体部分が長さ60キュビト(約26.4m)、幅20キュビト(約8.8m)、高さ30キュビト(約13.2m)と記され(6:2)、長さ幅とも幕屋の二倍です(出エジプト26章参照)。これに三階建ての脇屋をつけて、神殿の壁を梁で支えないで済むように補強しました(6:5-6)。また、神殿を建てるときは、石切り場で完全に仕上げられた石で建てたので鉄の道具の音は神殿の中では聞かれませんでした(6:7)。これらは、かつてダビデが主の御霊に示されて記した仕様書によるもので(Ⅰ歴代誌28:12)、この神殿自体が神の作品と言えます。なお、現代はこれよりはるかに大きな教会があるかもしれませんが、これは決して集会所ではなく、祭司が奉仕のためだけに入ることが許される場所です。実際、ソロモンが神殿の奉献式の際に立ったのは、この神殿の外に設けられた祭壇の前です。それはいけにえを焼くために設けられた巨大なもので、幅と長さが二十キュビト(8.8m)と神の幕屋のときの四倍、高さも十キュビト(4.4m)と、もとの3キュビト(約1.3m)の三倍あまりもありました。そのとき民の長老たちは神殿の前の内庭に入ったはずですが、それがどれだけの広さだったかは記されません(6:36)。幕屋のときはそれは長さ44m、幅22mの広さでしたが、祭壇の大きさから見てもソロモン神殿の内庭は驚くほどの広さだったと思われます。

  ただ、この建設の際、主(ヤハウェ)のことばがソロモンにあります。それは、「もしあなたがわたしのおきてに従って歩み・・・これによって歩むなら、わたしがあなたの父ダビデに約束したことを成就しよう。わたしはイスラエルのただ中に住み、わたしの民イスラエルを捨てることはしない」(6:12,13)というものです。つまり、人が律法を守ることこそが、神が民のただ中に住み続けてくださるための条件であり続けるということで、神殿はその保証にはならないのです。主(ヤハウェ)は、幕屋もいけにえもないところで、ダビデとともにいてくださったということを決して忘れてはなりません。神殿は、ソロモンの功績ではなく、神がダビデの願いを聞き届けてくださったことの結果なのです。

  なお、神殿の内部は当時の最高級の杉の板で覆われ、模様が記されていました。そして、主の契約の箱が置かれる至聖所は長さ20キュビト(8.8m)の立方体になっており、その内側はすべて純金を着せました。そして、その中には、ふたつの巨大なケルビム(人の顔や理性、手足と大きな翼を持つ天的な生き物で契約の箱を守る存在)を作り、その翼は端から端まで10キュビト(4.4m)にも及びました(ふたつで20キュビト)。そして、これも金で覆われました。その他、神殿の内部は金がふんだんに用いられています。これは神ご自身の住まいであって、人に見られません。至聖所などは大祭司が年に一度だけ、命がけで入る場所でした(レビ記16章)。たとえば、イエスの時代のヘロデ大王の手によるエルサレム神殿は、異邦人の庭、婦人の庭、内庭が三重に大きな建物で仕切られ、その外側の豪華さに関して多くの記録が残っていますが、神殿内部には契約の箱すらありませんでした。またソロモンの神殿の中には十個の燭台がありましたが(7:49)、ヘロデ神殿にはひとつしかありませんでした。つまり、ソロモンの神殿の最も豪華な部分は隠されていたのですが、イエスの時代の神殿は外見に何よりも多くの手がかかっていたのです。そして、ソロモンはこれらを七年半で完成しましたが(7:37,38、ジプの月とは第二の月)、それはダビデがすでにあらゆる準備をしていたことの上にあり、神がダビデの罪を赦されたことの証しでもありました。

  私たちも、神にしか見えない心の内側隠れた生活をこそ聖く美しく保つべきでしょう。神は神殿建設途中のソロモンに、何よりも大切なのは、神のみことばに注目しそれを守ることだと言われたことを忘れてはなりません。

  ダビデは主のために神殿を建てたいと願いましたが、主から、「あなたは、わたしの前に多くの血を地に流してきたから」(Ⅰ歴代22:8)と言われ、許されませんでした。しかし、その戦いなしにはソロモン時代の平和と繁栄もありませんでした。現代の平和も先人たちの血の犠牲の上に、また私たちの信仰も初代教会以来の信仰の戦いの上に立っています。そして、現代の教会も、ソロモンの神殿建設と同様に、この世の人々との協力なしには立ち行きませんが、その中心は、見えない部分を美しく飾るということです。もちろん、私たちの心の内側には様々な醜い思いが満ちています。しかも、それを自分の力で美しくしようとしてもかえって空回りを起こすだけです。自分の無力さを認め、イエスの御霊に心を明け渡し、イエスの血によってこのこころを内側からきよめていただきましょう。   

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2007年5月20日 (日)

Ⅰ列王記1-3章 「主(ヤハウェ)のしもべとして生きる王」

                                             2007年5月20日

  ある人が、「私が病気になったのは、単に過労によるものではありません。それは、自分が今までの自分とは違う何かになろうとしたためです」と告白しています。それは人が、競争意識や不安に駆り立てられ、神の期待を忘れたときに起こる悲劇です。ただし同時に、「自分自身の資質を十分に発揮する人間は、自己を『超越する』過程を経る」というのも真実です。それは、マザー・テレサが突然、神からの語りかけを感じ、不可能と見られた働きへと踏み出すようなものです。自分自身であることと、自分の限界を超えること、このふたつが矛盾しないための秘訣を考えてみましょう。

1. アドニヤは、「私が王になろう」と言って、野心をいだき・・・

  「ダビデ王は年を重ねて老人になって」(1:1)、家来たちは「わが主、王を暖める」(1:2)ため国中から美しい娘を捜し、アビシャグを、王に仕えさせました。ただ、「王は彼女を知ろうとはしなかった(1:4)ほどに弱っていました。このとき、王の妻のひとりハギテの子アドニヤが、「私が王になろう」と野心を抱きます(1:5)。彼は長子アムノンや三男アブシャロムのように父を悲しませることはありませんでした。そして、このとき次男も死んでいたと思われ、彼が最年長の息子として、王位を願うのは人間的には当然とも言えました。彼はダビデがソロモンに目を留めているのを知って、実力者の将軍ヨアブと、大祭司エブヤタルに頼りながら、エルサレムのすぐ東南のエン・ロゲル近辺で祝宴を開き、支持者たちを広く集めます。一方、預言者ナタンは、ソロモンの誕生の際、「主(ヤハウェ)はその子を愛された」(Ⅱサムエル12:24)とのみこころをダビデに告げていたほどの人でした。それで、ソロモンの母バテ・シェバにダビデ王のもとを尋ねアドニヤの動きを知らせるようにと要請します。彼女は、寝室にいる王を訪ね、「あなたは・・主(ヤハウェ)にかけて・・・『ソロモンが・・・私の王座に着く』と・・・お誓いに」なったのに、「今、アドニヤが王となっています・・あなたはそれをご存じないのです」と訴えました(1:17,18)。そこに預言者ナタンが入ってきて、アドニヤが王座に着くのは王の意思かと尋ねました。

ダビデはバテ・シェバに、「あなたに誓ったとおり、きょう、必ずその通りにしよう」(1:30)と言いつつ、祭司ツァドクと預言者ナタン、護衛長ベナヤの三人を召します。彼らはソロモンを王の雌ろばに乗せてギホンに下り、彼に油を注いでイスラエルの王に任じました。この直後、民は大声で「ソロモン王。ばんざい」と叫びます(1:38-40)。そして、祭司エブヤタルの子ヨナタンはアドニヤに、ダビデ自身が寝台で家来たちの前で主を礼拝しながらソロモンの即位を喜んでいる様子を伝えました(1:47,48)。これを聞いたアドニヤの客たちは身震いして立ち去ります。そして、アドニヤは命乞いをするために主の祭壇に行って、その角を握りつつ、ソロモン王に自分を殺さないと誓って欲しいと訴えます。しかし、ソロモンは、それはアドニヤしだいであると、誓いを避けつつ、彼を家に帰します(1:49-51)

ソロモンは王に任ぜられるまでは沈黙を守りましたが、王になったときは、極めて主体的に、冷静に賢く行動しました。一方、アドニヤはイスラエルの王を立てるのは主(ヤハウェ)ご自身であることを忘れて人間的な動機で動きました。そして、彼を支持した将軍ヨアブも祭司エブヤタルも、自分の立場を守ろうとする人間的動機で動いています。後にソロモンは、「人の心には多くの計画がある。しかし、主(ヤハウェ)のはかりごとだけが成る」(箴言19:21)と言っています。

ソロモンに関してはⅠ歴代誌で、主ご自身がダビデに、「見よ。あなたにひとりの子が生まれる。彼は穏やかな人になり、わたしは、彼に安息を与えて、回りのすべての敵に煩わされないようにする。彼の名がソロモン(平和の派生語)と呼ばれるのはそのためである」(22:9)と語っておられます。つまり、ソロモンが王となるのは、生まれる前からの神のご計画だったのです。預言者ナタンが積極的に行動したのもそれを知っていたからです。そして、私たちの場合も、私たちが望む以前に、「神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストにあって選び・・・ご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました」(エペソ1:4,5)と記されています。私たちはひとりひとり、目的をもって生かされ、神からの固有の使命を与えられて神の子どもとされました。その意味では私たちとソロモンは同じです。アドニヤは何をするために王になろうとしたのでしょう。彼は単に、支配する側に立ちたいと思っていただけではないでしょうか。これは世の多くの人も同じかもしれません。敗北者になることを恐れているだけで、使命を忘れています。

2. 「こうして王国はソロモンによって確立した」

  ダビデは、死ぬ日が近づいたとき、息子ソロモンに遺言を残します。その第一は、「あなたの神、主(ヤハウェ)の戒めを守り、モーセの律法に書いてあるとおりに、主のおきてと、命令と、定めと、さとしとを守って主の道に歩まなければならない・・・」(2:3)です。「戒め」とは、原文で「守るべきもの」と記されます。つまり、「守る」が三回も繰り返されており、その中心的な意味は「注目する」です。それは、主がモーセの後継者ヨシュアに、「この律法の書(モーセ五書)を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない」と言われたことと同じですつまり、みことばに心の目を向け続ける結果として、それを実行することが可能になり、「何をしても、どこへ行っても、栄える」ことができるのです。残念ながら、みことばを味わうというプロセスを忘れて信仰の破船に会う人が多くいます。なお、ダビデは、主が自分に、「もし、あなたの息子たちが彼らの道を守り、心を尽くし、精神を尽くして、誠実をもってわたしの前を歩むなら、あなたにはイスラエルの王座から人が断たれない」(2:4)と言われた「約束」を忘れないようにと念を押しています。

  次にダビデは、自分が果たせなかったさばきをソロモンに委ねます。その第一は将軍ヨアブです。ダビデはかつて前王サウルが自滅したとき彼の将軍アブネルと和解をし、また息子アブシャロムの反乱を鎮めた際も、その将軍アマサと和解をしました。しかし、ヨアブは自分の立場を守るために、彼らを卑怯なだまし討ちにしました(Ⅱサムエル3:27、20:10)。ダビデは彼を「私にとっては手ごわすぎる。(ヤハウェ)が悪を行なう者には、その悪にしたがって報いてくださるように」(同3:39)と言いながら時を待ちました。そして今、ヨアブはアドニヤに味方し、自滅への道を歩みだしています。それでダビデはソロモンに、「あなたは自分の知恵に従って行動しなさい。彼のしらが頭を安らかによみに下らせてはならない」2:6)と言い残しました。これは復讐というより主のさばきを執行するようにとの遺言です。

またダビデは、アブシャロムの反乱で都を追われたときの恩人バルジライの子らには、恵みを施す(ヘセッドを行なう)(2:7)ことを命じる一方、自分を激しくのろったベニヤミン人のシムイに関しては、「彼を罪のない者にしてはならない」(2:9)と命じました。ダビデは「あなたを剣で殺さない」と、主にかけて誓わざるを得なくなったことを振り返りつつ、ソロモンには、「あなたは知恵ある人だから・・・」と言って、主のさばきを、知恵によって執行するように勧めました。

 この後、ダビデは四十年間のイスラエル王としての働きを全うして、葬られ、「ソロモンは父ダビデの王座に着き、その王位は確立した」と記されます(2:11,12)。そして、この章の終わりにも「こうして、王国はソロモンによって確立した」(2:46)と記され、それにはさまれて、ヨアブとシムイが自滅する様子が描かれます。それに先立って、アドニヤはあるときソロモンの母バテ・シェバにとりなしを頼んで、ダビデの最後の未亡人アビシャグを妻に欲しいと願います。しかし、前王の妻を自分の妻とすることは王位後継者のしるしともなりえます。ソロモンはそこを指摘して、アドニヤを反乱罪で殺します。その後、彼を支持した祭司エブヤタルに関してはダビデへの忠誠を評価して、罷免するにとどめましたが、それは、かつて主がシロで祭司エリに語ったことの成就でもありました(2:26、27)。そして、この話を聞いたヨアブは、「主(ヤハウェ)の天幕に逃げ、祭壇の角をつかみ」(2:28)ます。祭壇は聖所の庭にあるいけにえを焼く所で、その角をつかむとは、主の保護を求めるしるしでした。アドニヤのときは当面の逃げ場になりましたが、ヨアブの場合は「善良なふたりの者・・・を虐殺した」(2:32)という罪があるので、ソロモンはダビデの護衛長だったベナヤを遣わし、彼を討ち取ります。祭司エブヤタルの代わりにツァドクが立ち、ヨアブの代わりにベナヤが軍団長に任命されます。その後、ソロモンはシムイを呼び寄せ、エルサレムに家を建てて住み、そこから出ないとの誓いを立てさせます。それは彼が都の外に出てベニヤミン人を扇動する恐れがあったからです。彼はそれを了承しますが、三年後に自分の奴隷が逃げたのを追いかけてこの誓いを破り、死刑に処されます。こうしてソロモンはダビデの念願を果たします。

このようにしてソロモンはヨアブとシムイに関するダビデの遺言を果たします。ここにはソロモンの機会を逃さない冷徹さを見ることができます。しかし、彼は、ダビデの第一の遺言をどれだけ真剣に受け止めたかが後に問われます。

3.「あなたの民をさばくための聞き分ける心をしもべに与えてください」

  3章の始まりには、「ソロモンはエジプトの王パロと互いに縁を結び、パロの娘をめとって・・・」(3:1)と不気味なことが記されます。これは、彼がエジプトと対等な力を持った象徴でもありますが、主のみこころよりも政略を優先し、異教徒を妻として堕落するきっかけでもあります。また彼は、「高きところ」(3:2-4)というカナン宗教の祭壇を利用した礼拝を続けていました。なお、ギブオンにはまだ契約の箱以外の神の幕屋の施設が残されており(Ⅰ歴代誌16:39,21:29)、そこで彼は一千頭の全焼のいけにえをささげました。そして、その夜、「主(ヤハウェ)は夢のうちにソロモンに現われ」、「あなたに何を与えようか。願え」と言われます(3:5)。このとき彼は、「私は小さい子どもで出入りするすべを知りません」(3:7)と指導力の不足を謙遜に認めつつ、「善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください」(3:9)と願います。彼は、「私の民」と言わず「あなたの民」と呼びながら、単なる知恵ではなく、神と人の声を「聞き分ける心」を求めていますが、それは自分の利害ではなく、主から委ねられた働きを全うするために必要なものであり、「この願い事は主の御心にかなった」(3:10)ものでした。それで、主は彼に、付録として「富と誉れ」までもお与えになりました(3:12、13)。ただ同時に、あなたの父ダビデが歩んだように・・・わたしのおきてと命令を守って、わたしの道を歩むなら、あなたの日を長くしよう」(3:14)と、高ぶらないようにと警告を与えます。その後、ソロモンはエルサレムにもどり、「主(ヤハウェ)の契約の箱の前に立って、全焼のいけにえ・・和解のいけにえをささげ・・家来たちを招いて祝宴を開き」ました(3:15)。それはソロモンが、人々の前に、イスラエルの真の王はヤハウェご自身であることを証しすることでもありました。主はソロモンの行動を細かく正すよりも、何よりも、主を恐れるという心を育もうとしています。

 その直後ソロモンの知恵が証明される裁判が記されます。ふたりの遊女がいっしょの家に住み、同じ時期に生まれた乳飲み子を持っていました。ひとりの女は夜の間に、誤って子供の上に伏して殺してしまいました。それでその母親は子どもを取り替え、互いに、生きているほうが自分の子だと訴えました。そこで王は、剣を持ってこさせ、生きている子どもをふたつに断ち切るように命じました。そのとき、生きている子の母親は、死を見るよりは自分の子をあきらめると言ったので、どちらがその子の母かが分ったとのことです。これは、彼がそれぞれの母親の気持ちを「聞き分ける心」与えられていたからこそできたことです。単なる知恵ではなく、「聞き分ける心」を私たちは求めるべきでしょう。

  ソロモンは自分の使命を自覚するところから、主に助けを求めました。私たちにもそれぞれ自分の能力の不足を悲しむことがあるでしょうが、それは多くの場合、人との比較で感じられているものではいないでしょうか。何よりも大切なのは、主に召されたものとしての生き方、主から与えられた使命を覚えることです。主は、私たちを人より偉大にするためにではなく、ご自身の働きを、私たちを通して実現するために、必要な賜物を与えてくださるのですから。

  アドニヤもヨアブもエブヤタルもシムイも、自分の利害を優先し、神の召しを軽んじて自滅しました。ソロモンはその初期には、自分が神に忠実である限りにおいて王権が安定することを悟っていました。そこには不純なものも既にありましたが、神は子どもを育てるように彼に接し、彼の良い願いを評価し、知恵と力を授けました。神はご自身のご計画を進めるためにソロモンを立てられ、彼はそれを自覚してイスラエルに繁栄をもたらしました。「私は日々の生活に忙しく、使命など考える余裕がない」と思われる方もいるでしょう。しかし、それは日々、身近な隣人の声を「聞き分ける心」から生まれる「生き方」ではないでしょうか。神は、「今、なすべきこと」を日々、ひとりひとりに示しておられます。

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2007年5月13日 (日)

ルカ13章1-17節 「真の安息への招き」

                                               2007年5月13日

 先日、人は運動によって五十歳の肉体年齢を八十歳までは保つことができるという記事を読んで感動しました。この世ではこのような原因結果の関係が分ることは大きな励みになりますが、それは両刃の剣でもあります。既に大きな痛みを抱えている人を、「あのことのせいで、自分の人生は駄目になった・・・」という絶望に追いやるからです。

  「まばたきの詩人」と言われる水野源三さんは、小学校四年生のときの集団赤痢の高熱で脳性麻痺になり首から下が完全に麻痺したばかりかことばさえ話せなくなりました。彼は後に、「三十三年前に脳性麻痺になった私は 神様を恨みました それがキリストの愛に触れるためだと知り 感謝と喜びに変わりました」と心から歌っています。キリストの愛は、この世の因果律を逆転させ、絶望的なわざわいをさえ祝福の源に変えることができます。

1. 「あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます」

 「ちょうどそのとき」(13:1)とは、イエスが、独善的な人間が訴えられてさばきを受けるということを話していたときを指します。イエスは、隣人との和解の大切さを説いていたのですが、聴衆には、「隠されていた罪が暴かれ、さばかれる」ことと理解されたのだと思われます。そこに、ある人たちが、ローマ総督ピラトによるガリラヤ人への残酷な仕打ちを伝えました。当時のガリラヤにはローマ帝国からの独立運動が盛んで、彼らは宗教的な情熱のゆえに死をも厭わず、圧倒的なローマ軍に戦いを挑んでいました。そんな彼らにとって、エルサレム神殿でいけにえをささげて礼拝をするときは神との交わりを喜ぶ聖なるときでした。しかし、その礼拝の最中に、ピラトは、本来異邦人が入ることを許されない場にローマ兵を突入させ、そのガリラヤ人を虐殺したのだと思われます。神の守りがあるべき神殿内でその命を簡単に奪われるというのはショックなことでした。それはイスラエルの神が無力であることのしるしとも受け取られかねません。それで宗教的に熱心な人々は、「このガリラヤ人が熱心そうでも、内側では特別に罪深いものを隠し持っていたために、その聖なる礼拝の場で虐殺された・・・」と解釈したのだと思われます。

しかし、イエスは、まったく別の解釈を提示し、「あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます」(13:3)と言われました。「悔い改め」というと、「今までの悪い習慣を反省し、良い生き方を始める決心をする」ことと理解されがちです。しかし、原文の本来の意味は、「心の方向を変える」ことであり、聖書全体では、「心の目を、自分から神に向け、神の愛に立ち返ること」を意味します。このとき、神はイエスを、神の国をもたらす救い主として遣わしておられたのですから、その救いのご計画に身を任せることこそ、悔い改めの中心的な意味だったのです。それは当時としては、具体的に、「武力闘争をやめて、イエスの招きに従うこと」でした。しかし、この招きを拒絶して武力闘争を続けた者は、その四十年後にローマ帝国の軍隊によって「滅びる」ことになりました。つまり、ピラトによって虐殺されたガリラヤ人は、イエスを拒絶するイスラエルに将来降りかかる災いを暗示していたのです。

そして、イエスは続けて、「シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいるだれよりも罪深い人たちだったとでも思うのですか。・・・あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます」(13:4,5)と言われました。これもこの四十年後に、エルサレムがローマ軍に包囲されて壊滅することを示唆しています。エルサレムは山の上の町ですから、敵に包囲されたときに水の確保が生命線になります。そのためかつてヒゼキヤ王は町の外のギホンの泉から地下トンネルを作ってシロアムの池に水を貯めるようにしました。この貯水池の安全を守るために建てられたのが、シロアムの塔です。この十八人は塔の補修工事に携わっている中で事故に巻き込まれたのかもしれません。どちらにしても、町の守りのシンボルが滅びのシンボルとなるという意味だと思われます。

殺されたガリラヤ人もシロアムの塔も、人間の力の限界を指し示しています。一方、イエスに従った人々はこのエルサレムの悲劇を免れ、全世界に広がって行きました。現在も、自分の力によって道を開こうとする者は、非常に危ういところに立っています。たとえば依存症は否認の病と言われます。あるカウンセラーが言っておられましたが、ギャンブル依存で家計を破綻させ追い詰められている人は、自分の生き方が破綻していることを認める代わりに、「もう一度チャンスを欲しい。今度こそ大儲けするから・・・」と一様に願うとのことです。また一方、繰り返し自分の過ちを認めながらも、「今度こそ生き方を改めるから・・・」と言いながら、自分の意思の力に頼ろうとする人も基本は同じです。イエスが言っておられる「悔い改め」とは、自分で自分を変えたり、コントロールしようとする代わりに、自分の心の王座をイエスに明け渡して、イエスに生きていただくことです。私も自分を振り返ると、自分の思いが強すぎて、神の恵みが見えなくなっていたことを反省させられるばかりです。しかし、主がパウロに「わたしの力は弱さのうちに完全に現れる」(Ⅱコリント12:9)と言われたように、私たちが願うべきことは、「心がけを改めます!」という決意ではなく、「自分を砕いてください」と祈ることです。水野源三さんは次のように歌っています。

「み神のうちに生かされているのに/ 自分ひとりで生きていると/ 思い続ける心を/ 砕いて砕いて砕きたまえ」

2. 「それでもだめなら、切り倒してください」

  イエスはその上でひとつのたとえを話します。それは、「ある人が、ぶどう園にいちじくの木を植えておいた・・・」(13:6)というのです。ぶどう園の中にいちじくの木を植えるというのは、当地ではよくあったことのようです。要は、いちじくは良い土に植えられているので、実をならせて当然のところを、「三年もの間・・・待っているのに、なっていたためしがない」(13:7)という異常事態が起こっているということです。これに対して、ぶどう園の主人が番人に向って、「これを切り倒してしまいなさい。何のために土地をふさいでいるのですか」と言うのは当然のことです。三年待っても実がならないものは、永遠に無理であると判断されるからです。ところが番人は、「ご主人。どうか、ことし一年そのままにしてやってください。木の回りを掘って、肥やしをやってみますから・・・それでもだめなら、切り倒してください」と猶予を願います。ここで番人は、自分が切り倒すと言っていないことが興味深い点です。

このたとえが約束の地とイスラエルを指していることは明らかです。神は、「乳と蜜の流れる」と言われる良い地にイスラエルの民を植えたのに、彼らが良い実をならせることができないというのは、神の責任ではなく彼らの問題です。唯一合理的な判断は、彼らをすみやかにさばくことです。しかし、ここでイエスはご自分をぶどう園の番人にたとえたのだと思われます。イエスは、十字架で、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分で分らないのです」(ルカ23:34)と祈られますが、それは、猶予を願った番人の思いと同じです。イエスは、ご自分で彼らの罪を担うことで、彼らにその罪深さを自覚させると同時に、罪の赦しを示し、真の悔い改めに導こうとされたのです。しかし、イスラエルはこのイエスの祈りさえ軽蔑して、この四十年後に国とエルサレム神殿を失いました。神から特別に目をかけられていながら、豊かな実をならせることに失敗したのは、自分が自分の力で立っているように誤解し、神のあわれみと忍耐を軽蔑したからでした。そして彼らは最後の救いの可能性すら自分で拒絶しました。これは、私たちへの警告でもあります。イエスはひとりひとりに、「きょう、もし御声を聞くならば・・・心をかたくなにしてはならない」(ヘブル3:7,8)と言っておられます。十字架は、罪人がやり直す最後の機会です。イエスは、「それでもだめなら・・・」ということばの中に、ご自分にすがる者の心の内側に豊かに愛を注ぎ、変わりようのないと思える人を造り替え、豊かな実をならせて神の御前に立たすことができるという覚悟も含まれているように思われます。

3. 「安息日だからといってこの束縛を解いてやってはいけないのですか」

 「イエスは安息日に、ある会堂で教えておられ」ましたが、そこで、「十八年も病の霊につかれ、腰が曲がって、全然伸ばすことができない女」に、ご自身のまなざしを向けられ、呼び寄せ「あなたの病気はいやされました」と言って手を置くと、「女はたちどころに腰が伸びて、神をあがめた」という不思議が起きます(13:10-13)。ここに、イエスは神から遣わされた救い主であることのしるしがみられます。それはイエスがかつて、「わたしが、神の指によって悪霊どもを追い出しているなら、神の国はあなたがたに来ているのです」(ルカ11:20)と言われたとおりです。

  ところがこのとき、それを見た会堂管理者は、「イエスが安息日にいやされたのを憤って、群集に言った」と不思議な記述があります。彼らの目には、イエスのいやしは、医療を施すという労働に相当します。それを、「なぜ、普通の日ではなく、安息日に行うのか・・」というのです。しかも、彼はイエスに苦情を訴えるのではなく、群衆に向って語りました。それは人々がイエスに従うことをどうにかして阻止したかったからです。彼は、この女のそれまでの苦しみも、またいやされた喜びも眼中にはありません。ただ安息日の秩序を守ることに必死になっていました。

かつて神は、預言者エゼキエルを通して、イスラエルの民を「諸国の民の中に散らし、国々に追い散らす」のは「わたしのおきてをないがしろにし、わたしの安息日を汚し、彼らの心が父たちの偶像を慕ったからだ」と言われました(20:23,24)。ですから、当時の律法学者たちは、人々が安息日のおきてを几帳面に守ることによって初めて、神のあわれみを受けることができると信じ、人々が安息日に労働をしないように厳しく指導していました。しかし、それによって本来の安息日の「心」が失われてしまったのです。彼らは過去の過ちを悔いるあまり、今度は自分たちが正しい行いをすることによって神のあわれみを勝ち取るという発想になっていたのです。皮肉にも、彼らは、神の一方的なあわれみを感謝し、それを祝うべき日を、反対に、神のさばきにおびえる日へと変えたのです。

 イエスは彼らに、「偽善者たち。あなたがたは、安息日に、牛やろばを小屋からほどき、水を飲ませに連れて行くではありませんか」(13:15)と言われました。彼らの解釈では、人が家畜のために水を汲みに行くことは労働になるけれど、家畜を、水を飲ませに連れてゆくことは労働にはなりませんでした。彼らは家畜の渇きを満たすためには逃げ道を作っていました。しかし、「アブラハムの娘」であるこの女が、十八年もの間サタンに縛られていたのには、「安息日だから・・・この束縛を解いてやってはいけない」と言い張ったことのなるというのです(13:16)。ここで、「小屋からほどくということばと「束縛を解くということばには同じ動詞が用いられています。イエスは、彼らが安息日に、「家畜には柔軟に対応するのに、アブラハムの娘にはなぜこれほど冷酷になれるのか・・」と指摘したのです。それを聞いて、「反対していた者たちはみな恥じ入り」という結果になったのも当然と言えましょう(13:17)

  それにしても、十八年もの間、腰が曲がっていた女性を敢えて安息日に癒す緊急性はありません。別の日を選んだなら、当時の宗教指導者もイエスの偉大さを認めざるを得なくなったことでしょう。しかし、イエスは敢えて、真の安息日の喜びを回復するために、この日を選ばれたのだと思います。「群集はみな、イエスのなさったすべての輝かしいみわざを喜んだ」(13:17)とは、まさにイエスがこの地に真の安息を実現されたことを示しています。

しかも、この女がイエスの救いを求めたとは記されていません。彼女は礼拝の場にただいたというに過ぎません。イエスが彼女の人生の痛みに同情を寄せたということがこのいやしが行なわれたことの基本です。私たちもその点ではすべて同じです。私たちは、神の一方的なあわれみによって、安息日の喜びに招き入れられたのです。

イスラエルの民は、主にある安息を、自分の力で掴み取ろうとして、安息の日を恐ろしいさばきの日にしてしまったばかりか、目の前にいる救い主を拒絶して滅びを招いてしまいました。しかし、イエスは今、私たちひとりひとりをご自身の安息へと招いておられます。そこに入れていただくとき、目の前の状況が何も変わっていない中で、今、ここで喜ぶことが可能になります。水野源三さんはそれを次のように歌っています。

「心はふしぎな所/ 信じるべきを うたがい/ 愛するべきを 憎み/ のぞむべきを落胆し/ 喜ぶべきを 悲しみ/ 心はふしぎな所/ いったん主の御手にふれるならば/ 見たり きいたり/ ふれたり しなくても/ 信じ 愛し のぞみ 喜ぶことができる」

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2007年5月 7日 (月)

詩篇103篇  「倦怠感からいのちの喜びへ」

    詩篇103

                             ダビデによる

わがたましいよ、主(ヤハウェ)をほめたたえよ。          (1)

 わがうちなるすべてのものよ。聖なる御名を。

わがたましいよ、主(ヤハウェ)をほめたたえよ。          (2)

 すべての恵みのみわざを忘れてはならない。

()は あなたのすべての咎(とが)を赦し、          (3)  

 あなたのすべての病をいやし、

あなたのいのちを墓の穴から贖い、              (4)   

 あなたに 慈愛(ヘセッド) あわれみの 冠を授け、

あなたの渇きを 良いもので満ち足らせる。          (5)

 あなたの若さは (わし)のように新たにされる。

(ヤハウェ)は 義とさばきを行なわれる。            (6) 

 すべての虐げられている人々のために。

ご自身の道を モーセに、                  (7)

恐ろしいさばきのみわざを イスラエルの子らに 知らされた。

(ヤハウェ)は、あわれみ深く、情けに富み、            (8) 

 怒るのに遅く、慈愛に富んでおられる。

絶えず責めるようなことはされず、             (9)

 いつまでも怒ったままではおられない。

私たちの罪に応じて 扱おうとはされず、           (10) 

 私たちの咎(とが)に応じて 報いることもない。

天が地より はるかに高いように、              (11)

 慈愛は 主(彼)を恐れる者の上に大きい。

東が西から はるかに遠いように              (12)

 私たちの そむきを 遠ざけてくださる。

父がその子を あわれむように、                (13) 

 主(ヤハウェ)は主(彼)を恐れる者を あわれまれる。

この方は、私たちが どのように造られたかを知り、       (14)    

 私たちが ちりにすぎないことを覚えておられる。

人の生涯は 草のようで、                 (15)   

 野に咲く花のように咲き、

風がそこに吹けば、もはやなく、               (16) 

 その所すら分らなくなる。

しかし、主(ヤハウェ)の慈愛は、とこしえからとこしえまで、 (17)

(彼)を恐れる者の上にあり、

(彼)の義は、その子らの子に、

(彼)の契約に注目する者、そのさとしを覚えて行なう者の上にある。 (18)

(ヤハウェ)は、天に王座を固く据え、             (19)

 主(彼)の王国は すべてのものを支配する。

(ヤハウェ)をほめたたえよ。御使いたちよ。           (20)              

 みことばの声を聴き、みことばを行なう力ある勇士たちよ。

(ヤハウェ)をほめたたえよ。主(彼)のすべての軍勢よ。      (21)               

 主(彼)に仕え、みこころを行なう者たちよ。

(ヤハウェ)をほめたたえよ。すべての被造物よ。         (22)               

 主(彼)が支配するすべての所で。

わがたましいよ。主(ヤハウェ)をほめたたえよ。

注:「わがたましいよ。主(ヤハウェ)をほめたたえよ」ということばは、1,2節と22節bで合わせて三回繰り返されている。また、20-22節では、「主(ヤハウェ)をほめたたえよ。御使いたちよ。天の軍勢よ。すべての被造物よ」と三回繰り返されている。/  1-3節に「すべて」ということばが四回、19-22節にも四回繰り返されている。/ 4節の「慈愛」(恵み)はヘブル語のヘセッド(契約の愛)の訳で、8節b、11節b、17節aと四回繰り返されている。 また「あわれみ」はヘブル語のラハムで腹の底からの同情を意味することばで、8節a,13節a、bと四回繰り返されている。/  5節「あなたの渇き」はヘブル語が不明確なのでイエスの時代に用いられていたギリシャ語七十人訳を採用した。/  7節「恐ろしいさばきのみわざを」というのは一つの単語で本来、「残酷さ」などとも訳される言葉(詩篇77:12b参照)。/ 9節b「いつまでも怒ったままではおられない」での「怒り」という言葉は原文にはないが、ほとんどの翻訳者は文脈からこのように訳している。/  11節bの「主を恐れる者」は13節b、17節bと合わせて三回繰り返されている。/  15節「人の生涯」とは原文で、「人、その日は」と記されている。/  8節「契約に注目する」は、しばしば「契約を守る」とも訳されるが、本来は、契約の実行というよりは契約から目を離さず注目を向け続けるというこころの姿勢が問われていることば。契約のすばらしさを味わうことがすべてに先立つこと。/ 18節「そのさとし」は「戒め」と訳されることがあるが、本来は、配慮に満ちた「指示」を意味することば。/ 19節b「支配する」は22節bでも繰り返され19-22節を包み込む鍵のことばとなっている。 

                                                                                                                                                           2007年5月6日

  世の中には、恐れや義務感に縛られながら、いやいや生きているような人がいます。一方、一見楽しそうに見えても、刹那的な刺激をもとめ、明日の見通しもないままその日暮しをしている人がいます。その両者の心に共通するのは、何とも言えない倦怠感ではないでしょうか。では私たちの喜びはどこから生まれるのでしょうか。

1. 主のすべての恵みのみわざを思い起こす

ダビデが老年を迎えての最大の事業は、息子ソロモンが神殿を完成できるように様々な準備をすることで、その際、四千人からなる聖歌隊を作りました(Ⅰ歴代誌23:1-4)。この詩はその頃、ダビデが生涯を振り返りながら作り、この聖歌隊の愛唱歌となったのかもしれません。ここには私たちの信仰告白の核心が記されているからです。

1,2節と22節最後に、「わがたましいよ。主(ヤハウェ)をほめたたえよ」と三度繰り返されます。そしてこの詩全体を通して、御霊に導かれた自分が、肉の身体に縛られた自分のたましいに向って、福音を語るという構成になっています。これとコインの裏表の関係にあるのが詩篇42篇、43篇で、そこでは自分の絶望感を優しく受け止めながら三度にわたり、「わがたましいよ。なぜおまえはうなだれているのか?」と問いかけられます。私たちのたましいは、主の恵みなしには「死」という絶望に向っています。しかし、私たちは、絶望からいのちへと方向転換させられた者として、「わがうちなるすべてのもの」が、「聖なる御名」を賛美することができるのです。ある方は、社会的な成功という鎧を身につけることに必死になりながら、心の奥底に「生きていてごめんなさい・・」という絶望感を抱えて生きていましたが、このみことばに出会って、「私はこのために生まれ、生かされてきたのだ!」と、魂が打ち震える体験をしたとのことです。それはこの世のすべてを超越した「聖なる」御名が啓示されたからです。「ヤハウェ」という御名には、すべての存在の源であり、すべての存在に意味を与える方という意味が込められています。この方との出会いの中で、「私は目的を持って生かされている!」と心の底から自分のいのちを喜ぶことができます。

ところで、私たちの心が絶望的な状況から平穏な生活に移ったときに起こる二つの危険があります。それは、高慢と退屈です。高慢は心のうちで、「この私の力、私の手の力が、この富を築き上げたのだ」(申命記8:17)と自分を誇ることですが、やがて自己過信による失敗か、倦怠感(退屈)に行き着きます。退屈さとは、真昼の悪魔と言われる感情的な麻痺状態ですが、そこにしばしば、過去の許すことのできない気持ちや苦々しさが湧き上がってきます。そして、記憶から豊かな恵みの数々を発見できなくなったとき、「これからも何も変わりはしない・・・」という未来への絶望が生まれます。そこでは、「いのち」「窒息」しています。そんなとき、自分のたましいに向い、「すべての恵みのみわざを忘れてはならない」と語りかける必要があります。それは、既に与えられた恵み、主が良くしてくださったことの一つ一つを数え上げ、思い起こし、貧しくなった記憶の豊かさ回復させるというプロセスです。

1-4節では「すべて」ということばが四回繰り返されます。「わがうちなるすべてのもの」が、「聖なる御名」を賛美できるのは、すべての恵みのみわざ」を思い起こすからですが、その核心は、主が今すでにすべての咎を赦し」てくださったばかりか、将来的すべての病をいやし」てくださるという保証です(3節)。これは、「あなたのいのちを墓の穴から贖い」とあるように、私たちのからだの復活のときに目に見える形で表わされます(4節)。そして、私たちの完成のときが「慈愛とあわれみの冠を授け」られるときです。そして、私たちがその栄光のときを目の前に描きながら生きるなら、「あなたの若さは鷲のように新たにされる(5節)と、まるで鷲の羽毛が生え変わるように、繰り返し若さを新たにできます。そのことを後に預言者イザヤは、「主(ヤハウェ)を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない」(イザヤ40:31)と美しく表現しています。

  なお、既に与えられている恵みを思い起こすことのなかに、「主は・・あなたの渇きを良いもので満ち足らせる」(5節)ことも含まれます。この部分のヘブル語原文は意味不明で、福音記者たちも愛用したギリシャ語七十人訳では、「渇き」と訳されています。何と、依存症への対処の秘訣が記されているのです。生まれてからこの方、私たちは様々な「渇き」を覚えてきましたが、そのたびに父や母、その他の多くの人々によって助けられ、それなりの良いもので満足させていただくことができました。足りなかったことよりも、満たされてきたという側面をこそ思い起こす必要があります。その背後に、あなたの創造主である「ヤハウェ」の真実がありました。また、私たちは与えられた個性や能力を生かしながら、様々な危機を乗り越えてくることができました。それを振り返るとき、あなたは自分に生まれながら与えられている恵みの大きさを感謝でき、将来にも希望を持つことができるのではないでしょうか。

2. 主(ヤハウェ)の 義とさばき、慈愛とあわれみ

「主(ヤハウェ)は義とさばきを行なわれる」(6節)以降は、イスラエルの歴史を振り返ったものです。「あなた」の歩みは、聖書に記された神の民の歴史の一部だからです。そして、この「義とさばき」は、彼らを「虐げ」ていたエジプトに対する「恐ろしいさばきのみわざ」(7節)として表わされました。しばしば、主の「義とさばき」を自分の罪に向けられるものとして過度に恐れる人がいますが、聖書では、神の民が苦しみの中で主に叫ぶと、主が敵をさばいて救ってくださるという意味で用いられる場合がほとんどです。パウロも、「福音のうちには神の義が啓示されていて、そのは、信仰に始まり信仰に進ませるからです」(ローマ1:17)と、「神の義」は何よりも、私たちを義とするためにご自身の御子を十字架にかけたことに表わされていると述べています(同3:21-26)。「義」は、英語でrighteousnessと訳されますが、それは神が私たちとの正()しい関係right relatedness)を築くことを目的としているのです。そのために神は、イスラエルの罪に対しては、忍耐に忍耐を重ねて、彼らにご自身の愛を示し続けられました。

8-12節は、主の聖なるご性質を美しく描いたもので出エジプト記が背景にあります。かつてモーセが、「あなたの栄光を私に見せてください」と願ったとき、主は雲の中にあってモーセのもとに降りて来られ、彼の前を通り過ぎるとき、「主(ヤハウェ)、主(ヤハウェ)は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富み、恵みを千代に保ち、咎とそむきと罪を赦す者・・」(出エジ34:6,7)と宣言されました。そこでの「恵み」、またここで「慈愛」と訳したことばは、へブル語のヘセッドの訳ですが、それは神がイスラエルを「恋い慕って」(申命記7:7)、彼らと契約を結び、彼らに裏切られながらもご自身の約束に真実であられたという神の愛の真実を表わす、翻訳が困難なことばです。それは、4節で用いられ、8,11節で繰り返されています。その意味を、ダビデは10、12節で「罪」「咎」「そむき」という罪の三つの類語を用いながら、神の慈愛は、愛するに価しない者をなお愛し続け、その愛によって私たちを罪の支配から解放するものとして説明しています。私たちがヤハウェを、「私の神」と告白できたのは、まず、神ご自身が私たちを「恋い慕って」くださったことの結果です。その愛に身を任せることこそ信仰の歩みの出発点です。

また、「あわれみ」も、4節のことばが8節で繰り返され、13節で二回用いられながらその意味が説明されています。それは、「父」「子」に対して抱く感情で、イエスはそれを、放蕩息子の帰りを待っていた父が、自分の方から「彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って、彼を抱き、口づけした(ルカ15:20)という姿で説明しています。

そして、この主の「慈愛」「あわれみ」は、何よりも、「主を恐れる者」(11,13節)の上に注がれます。ただそれは神の前で自分を立派に見せようと気を張ることではなく「私たちがどのように造られたかを知り・・・ちりに過ぎないことを覚える」(14節)ことです。名曲Amazing Graceの二番目の原詩は、「恵みこそが私の心に恐れることを教え、また恵みが私の恐れを和らげた」と歌われています。私たちは自分が救いがたい者であることを知れば知るほど、神の愛に圧倒され、身の震えるほどの恐れを抱きます。そしてそのとき同時に、この世の力を恐れる思いから解き放たれます。つまり、主を恐れるとは肉の力にすがる代わりに、主の「慈愛」「あわれみ」にすがることにほかならないのです。「あなたは何を恐れ、どなたを恐れて生きているのか?」と私たちは一瞬一瞬、問われています。

3. 主の語りかけを聴きつつ生きる

「人の生涯は草のようで・・」(15節)以降は、先のことばを受けて展開される歌です。イスラエルの野に咲く花は、驚くほど美しいと同時に短命です。私たちは確かに、「ちり」に過ぎませんが、主はそんな私たちのいのちを美しく輝かせることができます。しかし、それは神が「良し」と認めたほんの短い間のことに過ぎません。ただし、ここでは、「しかし、(ヤハウェ)の慈愛は、とこしえからとこしえまで」と、「主を恐れる者」「いのちの輝き」はこの世の限界を超える様子が対比的に描かれます。そして、「主の義は、その子らの子に・・・」とは、神と私たちとの義(ただ)しい関係が、世代を超えて受け継がれる様子を描いたものです(17節c)。なおその際、その対象者は、「主の契約に注目する者、そのさとしを覚えて行なう者の上に」(18節)と記されます。これは、「契約を守り・・戒めを行なう」とも訳されますが、そのとき、それに束縛と強制のニュアンスを受け取る人も多いことでしょう。しかし、本来の意味は、主の愛に満ちた契約を深く心で味わい、それを昼も夜も黙想することであり、その教えの中心は、無知な私たちを「さとし」導くことにあります。私たちは神のみことばを喜ぶ結果として、それを実行できるようになるという過程を忘れてはなりません。預言者イザヤは、この箇所を前提に、「草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ」(40:8)と言いました。自分のいのちのはかなさを覚えることと、神のことばの永遠性を覚えることは、同時に起こらなければなりません。そうでないと、私たちの信仰は、現実逃避的なものになってしまうからです。私たちは不条理と争いに満ちた世界の中で生きるように召されています。その際、永遠のみことばが何よりの力となります。

 最後に、19節から22節は、「主(ヤハウェ)をほめたたえよ」という勧めが、「わがたましい」から広げられ、「主の御使いたち」「主のすべての軍勢」「すべての被造物」にまで向かいます。その根拠は、「主(ヤハウェ)は、天に王座を固く据え主の王国すべてのもの支配する(19節)ことにあります。そこで特に、「御使い」のことが、みことばの声を聴き、みことばを行なう力ある勇士」(20節)と言いかえられます。彼らの特権は、何よりも、主のことばを直接に聴くことができること、また彼らのは、そのみことばを実行できることにあります。つまり、主は、御使いによってというよりは、ご自身のみことばによって世界を支配しておられるのです。そして、その「主のみことば」がこの私たちにも与えられています。それこそがすべての咎、すべての病を癒し、私たちをあらゆる良いもので満ち足らせてくださる神の御手のわざの根本です。なおここでも、「すべて」ということばが四回繰り返され、主のご支配は、「すべての主の軍勢」「すべての被造物」「すべての所」という、天から地の「すべてのもの」に及ぶと歌われます。そして、最後に、それを心に留めながら、「わがたましいよ。主(ヤハウェ)をほめたたえよ」と締めくくられます。

私たちはまわりのいろんなことに心を配りながら、自分の内側にある「いのちの力」を制御しようと必死になり、その結果、何とも言えない倦怠感に襲われることがあるかもしれません。しかし、全身全霊で主をほめたたえる者のたましいは、鷲のように新たにされ、いのちの輝きが生まれます。その際、賛美の根拠は、自分が主から与えられた力によって成し遂げたことを喜ぶ以前に、「主の慈愛とあわれみ」が私たちにとっての何よりの「冠」であることを覚え喜ぶことです。私たちの心の底にある「渇き」を真の意味で満足させてくださる方は主ご自身なのですから。

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