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2007年7月23日 (月)

Ⅰ列王記15章~17章 「生ける神との愛の交わり」

                                               2007年7月22日

 ラブレターに読みふける人を「真面目」と言う人はいませんが、聖書を熟読する人を「真面目・・」と感心する人は多くいます。しかし、それこそ偏見かも知れません。聖書は、道徳以前に、神の愛とねたみを教えていますから。

1.「アサの心は一生涯、主(ヤハウェ)と全く一つになっていた」

 神はヤロブアムに北の十部族を支配させましたが、彼はソロモンの子レハブアムの死後約5年間生きながらえます。その間、南のユダ王国ではレハブアムの子アビヤムが「エルサレムで3年間、王」(15:2)となります。彼の母はマアカでアブシャロムの孫娘でした。ダビデに反旗を翻した者の子孫でさえ神のあわれみを受けたしるしでしょう。

しかし、アビヤムは「父(レハブアム)がかつて犯したすべての罪を行い、彼の心は父ダビデの心のようには、彼の神、主(ヤハウェ)と全く一つにはなっていなかった」(15:3)と、その信仰がダビデと対比されます。それにしても、「ダビデは・・・ヘテ人ウリヤのことのほかは、一生の間、主が命じられたすべてのことにそむかなかった」(15:4、5)とあるのは不思議です。ダビデは長男アムノンが異母妹タマルを強姦したときも、アブシャロムがアムノンに復讐したときも、またその後も、父としての対応を誤っていました。息子アブシャロムの反乱は彼が蒔いた種です。その上、晩年には人口調査によって神の怒りを買い、三日間に七万人をも死に至らしめました。その彼の心が「主と全く一つ」(11:4と同じ)と描かれているところに、神の視点が人と異なっていることを示しています。主がダビデを喜んでいるのは、彼の高潔さや才能以前に、彼の詩篇にあるように、主(ヤハウェ)との交わりを最優先したことにあります。

一方、アビヤムはⅡ歴代誌13章によれば、北の王ヤロブアムに大勝利を収め、ユダ王国の繁栄を回復した有能な王ですが、ここでは、彼は主の前に罪を行ったにも関わらず、「ダビデに免じて・・エルサレムを堅く立てられた」(15:4)と述べます。主は「十のことば」で、「わたしは・・ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施す」(20:5,6)と言われました。北王国の王家の頻繁な交代と、ダビデ王家の存続の対比を理解する鍵は、このみことばにあります。

アビヤムは勢力を増し加えましたが、在位三年で死に、その子アサが王位につきます。彼の支配は41年間にも及び、「アサは父ダビデのように、主(ヤハウェ)の目にかなうことを行なった・・・アサの心は一生涯、主(ヤハウェ)と全く一つになっていた(15:10、14)とまで記されます。その象徴が、彼が自分の「祖母」に相当するマアカを、偶像礼拝の罪で「王母の位から退けた」(15:13)ことです。イエスも「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません」(マタイ10:37)と言われ、主への愛は肉親への愛にまさるべきことを教えておられます。なお、「アサとイスラエルの王バシャとの間には、彼らの生きている間、争いがあった」(15:16)とありますが、あるときバシャはエルサレムの北9kmのラマに砦を築くほど迫りました。アサはイスラエルのさらに北のアラムに大量の金銀を贈って同盟を結び、北から攻撃させるようにはかります。それが功を奏しアサは支配地を北に広げることができました。ただこれは歴代誌では、外国の力に頼ったことは神のみこころに反したと描かれ、彼の晩年に「足が病気にかかった」のは、それを忠告した予見者を怒って「足かせをかけた」(Ⅱ歴代16:10)ことの報いであると示唆されます。ただし、そのような愚かさにも関わらず、彼は偶像礼拝には一切加担しませんでした。ですから、彼の失敗を記している歴代誌の記者さえも、「アサの心は一生涯、完全であった」(Ⅱ歴代15:17)とさえ描いています。

ダビデもアサもその過ちにも関わらず、「その心は、主とまったくひとつになっていた」と描かれます。一方、アビヤムはその成功にも関わらず罪人とされています。聖書の基準とこの世の道徳は異なります。私たちは数々の失敗を繰り返しますが、他の神々により頼まず、イエスの御名によって父なる神にすがり続ける限り、「完全」と見ていただくことができるのです。なぜなら、主は、何よりも私たちとの愛の交わりを築くことを求めておられるからです。

2. 「主のことばのとおりであった」

  北王国ではヤロブアムの死後、その「子ナダブがイスラエルの王となり」(15:25)ますが、「彼は主(ヤハウェ)の目の前に悪を行い、彼の父の道に歩み」(15:26)ます。それでイッサカル族出身のバシャが謀反を企て、代わって王となります。彼はヤロブアムに属する者をひとりも残さず根絶やしにしますが、それは「主(ヤハウェ)が・・アヒヤを通して言われたことばのとおり」(15:29)、ヤロブアムの偶像礼拝の罪に対するさばきのことばの成就でした。

  バシャの治世は24年に及びますが、ヤロブアムをさばくために用いられた彼も、「ヤロブアムの道に歩み」(15:34)と描かれます。それで主は彼に、わたしはあなたをちりから引き上げ・・イスラエルの君主としたが」(16:2)と言いつつ、その家をヤロブアムの家と同様に根絶やしにすると警告されます。その子エラが王位に着いて二年後、戦車隊の半分の長であるジムリが立ち上がり、「バシャの全家を根絶やしにした・・・(ヤハウェ)のことばの通りであった」(16:12)とヤロブアム家の最後と同様に描かれます。ただジムリの王位は七日間で、ペリシテに対し陣を敷いていたイスラエル軍は、「その陣営で将軍オムリをイスラエルの王とし」(16:16)ます。オムリはジムリを滅ぼしますが、その理由も「ヤロブアムの道に歩んだその罪のため・・」(16:19)でした。一連のことは軍人の勢力争いで王が交代し続けているだけのようですが、それを支配しておられるのは主(ヤハウェ)ご自身であられたのです。

 オムリの在位は12年間で(16:23)、シェケムの北西10kmあまりの山に新しい町サマリヤを建てます。これはダビデのエルサレム建設に相当しますが、「オムリは・・彼以前のだれよりも悪いことをした。彼は・・ヤロブアムのすべての道に歩み・・・」(16:25,26)と、堕落の激化が描かれます。彼の死後、その「子アハブ」が王となり、22年間イスラエルを治めますが、「彼にとっては・・ヤロブアムの罪のうちを歩むことは軽いことであった」(16:29-31)と、史上最悪の王となった様子が描かれます。彼はヤロブアムから七代目の王です。たった35年間の間に、ヤロブアム、バシャ、ジムリと三つの王家が滅んだのです。しかし、その間、ユダではアサが王であり続けることができました。

 しかも、アハブはシドン人の王女「イゼベルを妻にめとり、行ってバアルに仕え、それを拝んだ・・サマリヤにバアルのために祭壇を築いた・・・アシュラ像も造った」と、彼が主(ヤハウェ)の怒りを引き起こす様子が描かれます(17:33)。なお、バアルは男神アシュラは女神であり、ツロやシドンの地中海岸の町々で礼拝されていました。なおこの時代にエリコの町の再建が失敗に帰することが、「ヨシュアを通して語られた主(ヤハウェ)のことばの通りであった(16:34)と記されます。それはヤロブアムの家、バシャの家に対するさばきの場合と同じ表現です。つまり、主のさばきの警告は、必ず成就すること、主に逆らって保たれる家はどこもないということが強調されています。

3.「あなたが神の人であり、あなたの口にある主(ヤハウェ)のことばが真実である」

 アハブがイスラエルをバアル礼拝の国に引き入れているとき、(ヤハウェ)はヨルダン川東側ギルアデの地ティシュベから預言者エリヤを起こし「イスラエルの神、主(ヤハウェ)は生きておられる・・・ここ二、三年の間は露も雨も降らない」(17:1)と言わせます。バアルは雨を降らし豊穣をもたらす神とでしたから、これは主(ヤハウェ)がバアルの力を抑えるという意味があります。乾季は、バアルが「死」を支配する神、「モ-トゥ」(死)に服さざるを得ないときと言われていましたから、エリヤのことばには、(ヤハウェ)だけが唯一「生きて」、すべてを支配しておられる神であるとの意味があります。その後、エリヤ「主(ヤハウェ)のことば」によって、ヨルダン川東のケリテ川のほとりに身を隠します。そこでは、カラスが朝と夕方にパンと肉を運んできました。カラスは忌むべき鳥の代表(レビ11:15)ですから、これは主(ヤハウェ)の支配が及ばないものはないことの証しです。多神教の神々に役割分担があるとのとは対照的です。

 ケリテ川の水が枯れたとき、主は、イスラエルの正反対、ツロとシドン間の小さな町、ツァレファテに行くように命じました。その領域は、バアル礼拝の中心地です。その際、主は、「わたしは、そこのひとりのやもめに命じて、あなたを養うようにしている」(17:9)と言われます。彼がその町に着くと、たきぎを集めているやもめに出会い、「ほんの少しの水」「一口のパン」を求めますが、彼女は、「あなたの神、主(ヤハウェ)は生きておられます・・私は焼いたパンを持っておりません。ただ・・ひとにぎりの粉と・・ほんの少しの油があるだけです・・・私と私の息子は・・死のうとしている」17:12)と答えます。「あなたの神は生きておられ・・私と私の息子は死ぬ・・」とは、信仰告白というより絶望に満ちた訴えです。しかし、エリヤは、「恐れてはならない・・・まず、私のためにそれで小さなパン菓子を作り・・持って来なさい」(17:13)と命じます。何とも身勝手なことばのようですが、彼は「主(ヤハウェ)が地の上に雨を降らせる日までは、そのかめの粉は尽きず、そのつぼの油はなくならない」(17:14)と保証します。そして、「彼女は行って、エリヤのことばのとおりにした」ところ、息子ばかりか「彼女の家族も、長い間それを食べた。エリヤを通して言われた(ヤハウェ)のことばのとおり、かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならなかった(17:15,16)というのです。

 力を誇ったイスラエルの数々の王家は、(ヤハウェ)のことばのとおり、全家が根絶やしにされました。しかし、主のことばに信頼した異教の地のやもめは家族全員が救われました。王家を支配する主は、異教の地の貧しいやもめにさえも目を留めて、主のことばの真実を示してくださいました。ただ、その後、彼女の息子が、重い病気にかかり、息を引き取ります。彼女は混乱し、「神の人よ・・・あなたは私の罪を思い知らせ、私の息子を死なせるために来られたのですか」(17:18)と訴えます。彼女は、死神ではなく、生ける神、主(ヤハウェ)が、人の死を支配することを認めつつも、息子の死は、エリヤが神に「私の罪を思い起こさせた」結果であると非難しました。それは彼が家に来たせいで、彼女の罪が神の目に留まったという八つ当たりです。これに対し彼はすぐにその子を、屋上部屋の自分の寝台に横たえ、「私の神、主(ヤハウェ)よ。私を世話してくれたこのやもめにさえもわざわいを下して、彼女の息子を死なせるのですか」(17:20)と、彼女に似た率直な祈りをささげます。彼は三度、その子の上に身を伏せ、「この子のいのちを・・返してください」と訴えます。すると、「主(ヤハウェ)はエリヤの願いを聞かれ・・・その子は生き返った」(17:22)と描かれます。イエスの兄弟ヤコブは、「義人の祈りは働くと、大きな力があります」(ヤコブ5:17)と記しますが、その義人の代表とはエリヤでした。キリストつながる私たちも、「運命として諦めよう・・」などと言わずに、すべてを全能の神に訴えることができます。摂理と運命とは異なります。摂理は自分の気持ちを正直に神に訴える中から明らかにされる神のご計画です。祈り手の主体性は極めて大切です。実際、この女はこれを通してエリヤに向って、「あなたこそが神の人」であり、あなたの口にある主(ヤハウェ)のことばが真実である」(17:14)と告白しました。

エルサレム神殿は、「主(ヤハウェ)が、ともにおられる」ことのシンボルでした。しかし、北王国はそれを否定しました。それで主は、預言者エリヤを立て、主がともにおられることの意味を証しされたのです。その意味で彼の働きは異例です。エレミヤなどは「涙の預言者」と呼ばれるほど、無力に見られましたが、ともに神のしもべなのです。

 

 イスラエル王家の歴史は、主がご自身の民を「ねたむほどに慕っておられる」(ヤコブ4:5)ことのしるしです。主の怒りは主の燃えるような愛の一面に過ぎません。ただ、王家の歴史に神の愛を見ることは容易ではありません。そこで神は、どこにでもいそうな貧しい女を通してご自身のみことばの真実を証ししてくださいました。かつてハワイのモロカイ島にハンセン氏病者が隔離されていたとき、神父ダミアンは単身そこに乗り込み、やがて多くのシスターがそれに従いました。米国の文豪スティーブンソンは、その島を訪ね、次のような詩を残しました。

「ライの惨ましさを一目見れば、愚かな人々は神の存在を否定しよう。

しかし、看護するシスターの姿を見れば、愚かな人さえ、沈黙のうちに神を拝むであろう」。

       「神の愛を身近なところで」    

                    マザー・テレサ

   主よ、私が空腹を覚えるとき、

パンを分ける相手に出会わせてください。

   寒さを感じるとき、

暖めてあげる相手に出会えますように。

不愉快なとき、

喜ばせる相手に出会えますように。

私が乏しいとき、

乏しい人に出会わせてください。

私の十字架が重く感じられるとき、

誰かの重荷を背負ってあげられますように

暇がないとき、

時間を割いてあげる人に出会えますように。

私が屈辱を味わうとき、

誰かを褒めてあげられますように。

気が滅入るとき、

誰かを力づけてあげられますように

理解してもらいたいとき、

理解してあげる相手に出会えますように

かまってもらいたいとき、

かまってあげる相手に出会わせてください

私が自分のことしか頭にないとき、

私の関心が他の人にも向きますように

主よ。私たちの手を通して、

日ごとのパンを、今日人々にお与えください。

私たちの思いやりを通して、

主よ、人々に平和と喜びをお与えください。

               (もとの標題は、「自分より他人を」)      

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