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2007年7月23日 (月)

Ⅰ列王記15章~17章 「生ける神との愛の交わり」

                                               2007年7月22日

 ラブレターに読みふける人を「真面目」と言う人はいませんが、聖書を熟読する人を「真面目・・」と感心する人は多くいます。しかし、それこそ偏見かも知れません。聖書は、道徳以前に、神の愛とねたみを教えていますから。

1.「アサの心は一生涯、主(ヤハウェ)と全く一つになっていた」

 神はヤロブアムに北の十部族を支配させましたが、彼はソロモンの子レハブアムの死後約5年間生きながらえます。その間、南のユダ王国ではレハブアムの子アビヤムが「エルサレムで3年間、王」(15:2)となります。彼の母はマアカでアブシャロムの孫娘でした。ダビデに反旗を翻した者の子孫でさえ神のあわれみを受けたしるしでしょう。

しかし、アビヤムは「父(レハブアム)がかつて犯したすべての罪を行い、彼の心は父ダビデの心のようには、彼の神、主(ヤハウェ)と全く一つにはなっていなかった」(15:3)と、その信仰がダビデと対比されます。それにしても、「ダビデは・・・ヘテ人ウリヤのことのほかは、一生の間、主が命じられたすべてのことにそむかなかった」(15:4、5)とあるのは不思議です。ダビデは長男アムノンが異母妹タマルを強姦したときも、アブシャロムがアムノンに復讐したときも、またその後も、父としての対応を誤っていました。息子アブシャロムの反乱は彼が蒔いた種です。その上、晩年には人口調査によって神の怒りを買い、三日間に七万人をも死に至らしめました。その彼の心が「主と全く一つ」(11:4と同じ)と描かれているところに、神の視点が人と異なっていることを示しています。主がダビデを喜んでいるのは、彼の高潔さや才能以前に、彼の詩篇にあるように、主(ヤハウェ)との交わりを最優先したことにあります。

一方、アビヤムはⅡ歴代誌13章によれば、北の王ヤロブアムに大勝利を収め、ユダ王国の繁栄を回復した有能な王ですが、ここでは、彼は主の前に罪を行ったにも関わらず、「ダビデに免じて・・エルサレムを堅く立てられた」(15:4)と述べます。主は「十のことば」で、「わたしは・・ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施す」(20:5,6)と言われました。北王国の王家の頻繁な交代と、ダビデ王家の存続の対比を理解する鍵は、このみことばにあります。

アビヤムは勢力を増し加えましたが、在位三年で死に、その子アサが王位につきます。彼の支配は41年間にも及び、「アサは父ダビデのように、主(ヤハウェ)の目にかなうことを行なった・・・アサの心は一生涯、主(ヤハウェ)と全く一つになっていた(15:10、14)とまで記されます。その象徴が、彼が自分の「祖母」に相当するマアカを、偶像礼拝の罪で「王母の位から退けた」(15:13)ことです。イエスも「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません」(マタイ10:37)と言われ、主への愛は肉親への愛にまさるべきことを教えておられます。なお、「アサとイスラエルの王バシャとの間には、彼らの生きている間、争いがあった」(15:16)とありますが、あるときバシャはエルサレムの北9kmのラマに砦を築くほど迫りました。アサはイスラエルのさらに北のアラムに大量の金銀を贈って同盟を結び、北から攻撃させるようにはかります。それが功を奏しアサは支配地を北に広げることができました。ただこれは歴代誌では、外国の力に頼ったことは神のみこころに反したと描かれ、彼の晩年に「足が病気にかかった」のは、それを忠告した予見者を怒って「足かせをかけた」(Ⅱ歴代16:10)ことの報いであると示唆されます。ただし、そのような愚かさにも関わらず、彼は偶像礼拝には一切加担しませんでした。ですから、彼の失敗を記している歴代誌の記者さえも、「アサの心は一生涯、完全であった」(Ⅱ歴代15:17)とさえ描いています。

ダビデもアサもその過ちにも関わらず、「その心は、主とまったくひとつになっていた」と描かれます。一方、アビヤムはその成功にも関わらず罪人とされています。聖書の基準とこの世の道徳は異なります。私たちは数々の失敗を繰り返しますが、他の神々により頼まず、イエスの御名によって父なる神にすがり続ける限り、「完全」と見ていただくことができるのです。なぜなら、主は、何よりも私たちとの愛の交わりを築くことを求めておられるからです。

2. 「主のことばのとおりであった」

  北王国ではヤロブアムの死後、その「子ナダブがイスラエルの王となり」(15:25)ますが、「彼は主(ヤハウェ)の目の前に悪を行い、彼の父の道に歩み」(15:26)ます。それでイッサカル族出身のバシャが謀反を企て、代わって王となります。彼はヤロブアムに属する者をひとりも残さず根絶やしにしますが、それは「主(ヤハウェ)が・・アヒヤを通して言われたことばのとおり」(15:29)、ヤロブアムの偶像礼拝の罪に対するさばきのことばの成就でした。

  バシャの治世は24年に及びますが、ヤロブアムをさばくために用いられた彼も、「ヤロブアムの道に歩み」(15:34)と描かれます。それで主は彼に、わたしはあなたをちりから引き上げ・・イスラエルの君主としたが」(16:2)と言いつつ、その家をヤロブアムの家と同様に根絶やしにすると警告されます。その子エラが王位に着いて二年後、戦車隊の半分の長であるジムリが立ち上がり、「バシャの全家を根絶やしにした・・・(ヤハウェ)のことばの通りであった」(16:12)とヤロブアム家の最後と同様に描かれます。ただジムリの王位は七日間で、ペリシテに対し陣を敷いていたイスラエル軍は、「その陣営で将軍オムリをイスラエルの王とし」(16:16)ます。オムリはジムリを滅ぼしますが、その理由も「ヤロブアムの道に歩んだその罪のため・・」(16:19)でした。一連のことは軍人の勢力争いで王が交代し続けているだけのようですが、それを支配しておられるのは主(ヤハウェ)ご自身であられたのです。

 オムリの在位は12年間で(16:23)、シェケムの北西10kmあまりの山に新しい町サマリヤを建てます。これはダビデのエルサレム建設に相当しますが、「オムリは・・彼以前のだれよりも悪いことをした。彼は・・ヤロブアムのすべての道に歩み・・・」(16:25,26)と、堕落の激化が描かれます。彼の死後、その「子アハブ」が王となり、22年間イスラエルを治めますが、「彼にとっては・・ヤロブアムの罪のうちを歩むことは軽いことであった」(16:29-31)と、史上最悪の王となった様子が描かれます。彼はヤロブアムから七代目の王です。たった35年間の間に、ヤロブアム、バシャ、ジムリと三つの王家が滅んだのです。しかし、その間、ユダではアサが王であり続けることができました。

 しかも、アハブはシドン人の王女「イゼベルを妻にめとり、行ってバアルに仕え、それを拝んだ・・サマリヤにバアルのために祭壇を築いた・・・アシュラ像も造った」と、彼が主(ヤハウェ)の怒りを引き起こす様子が描かれます(17:33)。なお、バアルは男神アシュラは女神であり、ツロやシドンの地中海岸の町々で礼拝されていました。なおこの時代にエリコの町の再建が失敗に帰することが、「ヨシュアを通して語られた主(ヤハウェ)のことばの通りであった(16:34)と記されます。それはヤロブアムの家、バシャの家に対するさばきの場合と同じ表現です。つまり、主のさばきの警告は、必ず成就すること、主に逆らって保たれる家はどこもないということが強調されています。

3.「あなたが神の人であり、あなたの口にある主(ヤハウェ)のことばが真実である」

 アハブがイスラエルをバアル礼拝の国に引き入れているとき、(ヤハウェ)はヨルダン川東側ギルアデの地ティシュベから預言者エリヤを起こし「イスラエルの神、主(ヤハウェ)は生きておられる・・・ここ二、三年の間は露も雨も降らない」(17:1)と言わせます。バアルは雨を降らし豊穣をもたらす神とでしたから、これは主(ヤハウェ)がバアルの力を抑えるという意味があります。乾季は、バアルが「死」を支配する神、「モ-トゥ」(死)に服さざるを得ないときと言われていましたから、エリヤのことばには、(ヤハウェ)だけが唯一「生きて」、すべてを支配しておられる神であるとの意味があります。その後、エリヤ「主(ヤハウェ)のことば」によって、ヨルダン川東のケリテ川のほとりに身を隠します。そこでは、カラスが朝と夕方にパンと肉を運んできました。カラスは忌むべき鳥の代表(レビ11:15)ですから、これは主(ヤハウェ)の支配が及ばないものはないことの証しです。多神教の神々に役割分担があるとのとは対照的です。

 ケリテ川の水が枯れたとき、主は、イスラエルの正反対、ツロとシドン間の小さな町、ツァレファテに行くように命じました。その領域は、バアル礼拝の中心地です。その際、主は、「わたしは、そこのひとりのやもめに命じて、あなたを養うようにしている」(17:9)と言われます。彼がその町に着くと、たきぎを集めているやもめに出会い、「ほんの少しの水」「一口のパン」を求めますが、彼女は、「あなたの神、主(ヤハウェ)は生きておられます・・私は焼いたパンを持っておりません。ただ・・ひとにぎりの粉と・・ほんの少しの油があるだけです・・・私と私の息子は・・死のうとしている」17:12)と答えます。「あなたの神は生きておられ・・私と私の息子は死ぬ・・」とは、信仰告白というより絶望に満ちた訴えです。しかし、エリヤは、「恐れてはならない・・・まず、私のためにそれで小さなパン菓子を作り・・持って来なさい」(17:13)と命じます。何とも身勝手なことばのようですが、彼は「主(ヤハウェ)が地の上に雨を降らせる日までは、そのかめの粉は尽きず、そのつぼの油はなくならない」(17:14)と保証します。そして、「彼女は行って、エリヤのことばのとおりにした」ところ、息子ばかりか「彼女の家族も、長い間それを食べた。エリヤを通して言われた(ヤハウェ)のことばのとおり、かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならなかった(17:15,16)というのです。

 力を誇ったイスラエルの数々の王家は、(ヤハウェ)のことばのとおり、全家が根絶やしにされました。しかし、主のことばに信頼した異教の地のやもめは家族全員が救われました。王家を支配する主は、異教の地の貧しいやもめにさえも目を留めて、主のことばの真実を示してくださいました。ただ、その後、彼女の息子が、重い病気にかかり、息を引き取ります。彼女は混乱し、「神の人よ・・・あなたは私の罪を思い知らせ、私の息子を死なせるために来られたのですか」(17:18)と訴えます。彼女は、死神ではなく、生ける神、主(ヤハウェ)が、人の死を支配することを認めつつも、息子の死は、エリヤが神に「私の罪を思い起こさせた」結果であると非難しました。それは彼が家に来たせいで、彼女の罪が神の目に留まったという八つ当たりです。これに対し彼はすぐにその子を、屋上部屋の自分の寝台に横たえ、「私の神、主(ヤハウェ)よ。私を世話してくれたこのやもめにさえもわざわいを下して、彼女の息子を死なせるのですか」(17:20)と、彼女に似た率直な祈りをささげます。彼は三度、その子の上に身を伏せ、「この子のいのちを・・返してください」と訴えます。すると、「主(ヤハウェ)はエリヤの願いを聞かれ・・・その子は生き返った」(17:22)と描かれます。イエスの兄弟ヤコブは、「義人の祈りは働くと、大きな力があります」(ヤコブ5:17)と記しますが、その義人の代表とはエリヤでした。キリストつながる私たちも、「運命として諦めよう・・」などと言わずに、すべてを全能の神に訴えることができます。摂理と運命とは異なります。摂理は自分の気持ちを正直に神に訴える中から明らかにされる神のご計画です。祈り手の主体性は極めて大切です。実際、この女はこれを通してエリヤに向って、「あなたこそが神の人」であり、あなたの口にある主(ヤハウェ)のことばが真実である」(17:14)と告白しました。

エルサレム神殿は、「主(ヤハウェ)が、ともにおられる」ことのシンボルでした。しかし、北王国はそれを否定しました。それで主は、預言者エリヤを立て、主がともにおられることの意味を証しされたのです。その意味で彼の働きは異例です。エレミヤなどは「涙の預言者」と呼ばれるほど、無力に見られましたが、ともに神のしもべなのです。

 

 イスラエル王家の歴史は、主がご自身の民を「ねたむほどに慕っておられる」(ヤコブ4:5)ことのしるしです。主の怒りは主の燃えるような愛の一面に過ぎません。ただ、王家の歴史に神の愛を見ることは容易ではありません。そこで神は、どこにでもいそうな貧しい女を通してご自身のみことばの真実を証ししてくださいました。かつてハワイのモロカイ島にハンセン氏病者が隔離されていたとき、神父ダミアンは単身そこに乗り込み、やがて多くのシスターがそれに従いました。米国の文豪スティーブンソンは、その島を訪ね、次のような詩を残しました。

「ライの惨ましさを一目見れば、愚かな人々は神の存在を否定しよう。

しかし、看護するシスターの姿を見れば、愚かな人さえ、沈黙のうちに神を拝むであろう」。

       「神の愛を身近なところで」    

                    マザー・テレサ

   主よ、私が空腹を覚えるとき、

パンを分ける相手に出会わせてください。

   寒さを感じるとき、

暖めてあげる相手に出会えますように。

不愉快なとき、

喜ばせる相手に出会えますように。

私が乏しいとき、

乏しい人に出会わせてください。

私の十字架が重く感じられるとき、

誰かの重荷を背負ってあげられますように

暇がないとき、

時間を割いてあげる人に出会えますように。

私が屈辱を味わうとき、

誰かを褒めてあげられますように。

気が滅入るとき、

誰かを力づけてあげられますように

理解してもらいたいとき、

理解してあげる相手に出会えますように

かまってもらいたいとき、

かまってあげる相手に出会わせてください

私が自分のことしか頭にないとき、

私の関心が他の人にも向きますように

主よ。私たちの手を通して、

日ごとのパンを、今日人々にお与えください。

私たちの思いやりを通して、

主よ、人々に平和と喜びをお与えください。

               (もとの標題は、「自分より他人を」)      

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2007年7月16日 (月)

Ⅰ列王記12章~14章 「真の王を忘れたイスラエルの悲劇」

                                                 2007年7月15日

  この世では、力を持っていることが、様々なわざわいを避け、幸せを味わうために大いに役立つように思われます。しかし、「力は、神のもの」(詩篇62:11)という原点を忘れると、力は麻薬のように、人の心を蝕んでしまいます。

  

1.イスラエルの真の王はどなたか

  ソロモンの生涯をひと言で表わすと、「ソロモンは(ヤハウェ)を愛し、父ダビデのおきてに歩んでいた」(3:3)という生活から、「ソロモン王は、パロの娘のほか多くの外国の女を愛した(11:3)という状態への堕落です。彼はそれぞれの妻たちのために別々の「高き所」を築きました。主(ヤハウェ)の神殿が立つエルサレムの東の山は偶像礼拝の場で満ちたことでしょう。主はソロモンに怒りを発せられ、「わたしは王国をあなたから必ず引き裂いて、あなたの家来に与える」(11:11)と言われました。そして主は、ヨセフの子エフライム族のヤロブアム立てます。彼は、皮肉にも、ソロモンが「ダビデの町の破れ口をふさぐ」際に用いた指導者で「手腕家であり・・・ヨセフの家のすべての役務を管理する」者に引き立てられました(11:27,28)。そして、主は預言者アヒヤを通してヤロブアムにイスラエルの十部族を与えると約束されます。そして彼はソロモンが死ぬまでエジプトの王シシャクのもとに身を寄せました。

ソロモンの子レハブアムヨセフの家の中心地シェケムで全イスラエルの前で王として即位します。その際、亡命中のヤロブアムが呼び寄せられて民の代表者として立てられ、レハブアムに対し、「過酷な労働と重いくびきを軽くしてください。そうすれば、私たちはあなたに仕えましょう」(12:4)と訴えます。ソロモンに仕えていた長老たちは彼らの要求を受け入れ「民のしもべとなって彼らに仕える」ようにと、王の道を勧めますが(12:7)、レハブアムに仕えている若者たちは、「くびきをもっと重くし・・」、鞭の代わりに「さそりで懲らしめよう」と言うように勧めます(12:10,11)。そして王は三日目にイスラエルの民に向って若者たちの助言通り、「荒々しく・・答えます」(12:13)。

それはかつてエジプトの王パロが、苦役に悩むイスラエルに答えたのと同じように、力によって民を抑えることでヤロブアムの指導力を削ぎ、反抗する気力をなくそうとする政策でした。それは当時の王国の常識でしたが、イスラエルの王制は神が立てたもので、王の責任は民に仕えるものでした。そこにレハブアムの信仰の未熟さが見られます。ただし、ここではその理由が彼の愚かさの故というより、「主(ヤハウェ)がかつて・・アヒヤを通して・・ヤロブアムに告げられた約束を実現するために、主(ヤハウェ)がそうしむけられたからである」(Ⅰ列王12:15)と記されます。

そして、「全イスラエルは、王が自分たちに耳を貸さないのを見て取って」、王に向かい、「ダビデには、われわれへのどんな割り当て地があろう・・・」と言って、「自分たちの天幕に帰って行った」12:16)と記されます。これはかつて、ダビデがアブシャロムの反乱を鎮めたのち、イスラエルの民が彼に言ったことばと同じで、ユダとイスラエルの分裂の根の深さを象徴します。そして彼らは、「ヤロブアム・・・を全イスラエルの王」とします(12:20)。その後、レハブアムは王位回復を目指し、ユダ全家とベニヤミン両部族の精鋭18万人を召集して北に攻め入ろうとします。しかし、主が神の人シェマヤを遣わし、「あなたがたの兄弟であるイスラエルと戦ってはならない・・・わたしがこうなるようにしむけたのだから」(12:24)と語ります。その際、彼らは主のことばに聞き従い、軍隊を引っ込めます。

なおその後、レハブアムのことが記されるのは14章21節です。彼が王になったのは41歳で、その失敗は「若気の至り」とは言えません。また彼の母はアモン人でソロモンが偶像礼拝を助けた外国人の妻の一人でした。そして、続けて、「ユダの人々は主(ヤハウェ)の目の前に悪を行い・・・主を怒らせた」(14:22)と、王ばかりか、民全体がカナンの風習をまねたことが記されます。そしてレホブアム王の第五年にエジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上って来て、「主(ヤハウェ)の宮の財宝、王宮の財宝を奪い取り・・・」(14:26)と記されます。皮肉にも、ソロモンが友好を保とうとしたエジプトの王は、かつてヤロブアムを匿い、反乱を援助していたのです。レハブアムが主のことばにすなおに従って軍隊を引き上げたのも、南のエジプトからの攻撃の可能性が見えていたからでしょう。

彼らは、神に操られているのではなく、自分の利益のために主体的に行動しており、分裂と争いを招いているのは人間の罪です。イスラエルの二大勢力ヨセフの家とユダ族は主導権争いを続けてきました。またエジプトがパレスチナに分裂を引き起こしつつ、この地への支配権を確保しようとする構造は現代にも見られます。しかし、聖書はそれらの背後に、神のご支配があることを繰り返し語ります。つまり、イスラエル王国の分裂は、王と民の偶像礼拝に対する神のさばきなのです。私たちもこの世界を、力と力の衝突としてしか見ない傾向があります。そのとき、私たちの「王」は、この世の権力であって、神とはなっていません。しかし私たちは、いつでもどこでも、「主(ヤハウェ)は王である」と宣言することが求められています。王である主こそが真の平和をもたらしてくださるからです。

2.変わることのない神のみこころ

 一方、ヤロブアムは自分が主ご自身によって王として立てられたという経緯を忘れて、サウルと同じように民の心を自分に向けるのに必死になります。彼は、「この民が、エルサレムにある主(ヤハウェ)の宮でいけにえをささげるために上って行くことになっていれば、この民の心は、彼らの主君、ユダの王レハブアムに再び帰り、私を殺し・・」(12:27)と想像を膨らませ、その結果、相談して「金の子牛を二つ造り」、民に向って、「もうエルサレムに上る必要はない。イスラエルよ。ここに、あなたをエジプトから連れ上ったあなたの神々がおられる(12:38)と宣言しました。この「イスラエルよ・・」以降のことばは、モーセの兄アロンが金の子牛を作ったときに言ったことばと同じです。違いは、かつて一つだったものを二つ造り、南のベテルと北のダンにそれぞれ置いたことです。そしてヤロブアムは「自分で勝手に考え出した月」(12:33)に、エルサレムでの仮庵の祭りに匹敵する祭りを祝いました。しかし、主への礼拝は、人が勝手に考え出すものではなく、主ご自身が定めてくださるものです。彼は、主がかつて、金の子牛を礼拝した民を滅ぼそうとしたこと、また首謀者の三千人が一日のうちに殺されることで御怒りがようやく収まったことなどを忘れています。彼は、神がかつて、その罪を赦されたという結果だけを見たのではないでしょうか。

 その後、「ひとりの神の人が、(ヤハウェ)の命令によって、ユダからベテルにやって来」(13:1)て、後の日に、ダビデの子孫の王「ヨシヤ」がこの祭壇を壊し、その祭司たちを殺すと預言します。それはダビデの子孫がこの地を支配することを意味し、約三百年後に成就します(Ⅱ列王記23:15,16,20)。ヤロブアムはその人を捕らえるように命じますが、「彼に向けて伸ばした手はしなび、戻すことができなくなった」ばかりか、「祭壇は裂け、灰は祭壇からこぼれ出た」のでした(13:4,5)。それで王はあわてて、あなたの神、主(ヤハウェ)にお願いをして、私のために祈ってください」(13:6)と言います。主はこの願いを聞かれたので、王はこの人をもてなそうとします。しかし、彼は(ヤハウェ)の命令によって」(13:9)、ここではパンも食べず、水も飲まず、もと来た道を戻ることもしないと答えます。

ただ、ベテルの「ひとりの年寄りの預言者」(13:11)が、この人を追いかけ、主が別の命令を下さったと騙し、彼を戻させて家に迎え、パンと水でもてなします。そのとき主のことばがこの老預言者に下り、「神の人」へのさばきが宣告されます。そしてこの人は、帰り道で獅子に襲われますが、遺体は神によって守られました。老預言者は、彼の死をいたみ悲しみ、丁重に葬ります。それによって、この「神の人」が語ったベテルの祭壇の滅亡の預言は「必ず成就する」ということが確認されました(13:32)。しかし、ヤロブアムはそれを聞いても悔い改めませんでした。

多くの人はこの悲劇に戸惑いを感じますが、物語の中心は、「主(ヤハウェ)の命令」または「主(ヤハウェ)のことば」です(「主の・・」という表現が12回)。老預言者と同様にヤロブアムも新たな「主(ヤハウェ)の命令」が与えられたと言ったことでしょう。しかし、それは彼にとっては、「北の十部族がダビデ王国から独立し続けるためには、新しい礼拝の場を設けることは、『しょうがない』こと」と思えたからに過ぎません。しかし、「しょうがない」で原則を変えてはなりません。聖書は、イスラエルにおける神の聖所は一箇所だけであり、どのような遠隔地からもそこに来ることを命じており(申命記12章)、また、「金の子牛」のような偶像を作って拝むことを固く禁じています。この老預言者は、ヤロブアムが始めた礼拝にとまどいながら、「主のことば」の真実性を確かめたかったのかもしれません。しかしイエスは後に、「天地が滅び失せない限り、律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます」(マタイ5:18)と言われたように、新たな神のことばが先のことばを否定することなくすべてが成就します。

3.未来のことを知ろうとして、神のさばきを聞くことになるという悲劇

 その後、ヤロブアムは、自分の息子が重い病に罹ったとき、妻を変装させて、預言者アヒヤを訪ねさせます(14:1,2)。アヒヤはかつて、ヤロブアムが北の十部族の王となること、また彼がダビデの道に歩むなら、彼の王家をダビデのように長く続かせる(11:38)という神の約束を告げていました。しかし今、ヤロブアムは自分が神の怒りを買っていることを知っており、それが息子の病として表れたと思ったのでしょう。ただ、それにも関わらず、現実の政治情勢を見ると、エルサレム神殿での礼拝を民に許容することはできません。切羽詰った彼は、かつて、サウルが霊媒師を通してでも死んだサムエルのことばを聞きたいと願ったように、預言者アヒヤのことばを聞くことを切望します。彼は自分がアヒヤの失望を買っていることを知っていますから、妻に変装させて訪ねさせます。

そのとき、主は、目が見えなくなっていたアヒヤに、ヤロブアムの妻の来訪のことと、彼女に語るべきことばを伝えます。そして、アヒヤは彼女にヤロブアムへの神のことばを授けます。それは、神ご自身が彼を高く上げ、神の民イスラエルを治める君主とし、ダビデ王国を引き裂いて与えたということを思い起こさせ、それにも関わらず彼が主の恵みと主からの使命を忘れて、主を「うしろに捨て去った」ことを非難したものです(14:7-9)。これはかつてサムエルがサウルを責めたことばに似ています(Ⅰサムエル15:17,18)。そしてサウルがかつて死んだサウルを呼び寄せて自分の家の滅亡を聞いたように(同28:17,19)、ここでもヤロブアムは悔い改めないまま将来のことだけ知ろうと願った結果、「ヤロブアムに属する者で、町で死ぬ者は犬がこれを食らい、野で死ぬ者は空の鳥がこれを食らう」(14:11)という悲惨な預言のことばを聞く羽目になります。しかも、彼の息子のことに関しては、母である彼女に向って、「あなたの足が町に入るとき、あの子は死にます」(14:13)と非情な宣告がなされます。ただ、その死は彼の家の中で最も幸いなものとも告げられます。そして、最後に、(ヤハウェ)はご自分のためにイスラエルの上にひとりの王を起こされ・・彼は・・ただちに、ヤロブアムの家を断ち滅ぼします」(14:14)と預言されます。そして、事実、これからまもなくイッサカル族出身のバシャがヤロブアムの家を断ち滅ぼしイスラエルの王となります(15:27-29)。

サウルもヤロブアムも将来が不安になり、主のみこころを求めました。しかし、主のみこころは既に十分に明らかでした。彼らは、主の御前にへりくだり、罪を悔い改めるべきだったのです。残念ながら今も、将来への不安を抱いて占いにも似たような形で主のみこころを求める人がいます。しかし彼らは、既に明らかなみこころに従おうとはしていません。今ここで、神と隣人を愛することを第一にしようとしないで、未来のことを知ろうとしても無駄です。それどころか、未来を知ろうともがくことが、かえって神のさばきを近づけるという自滅への道となることがあります。

  ダビデは、神の契約の箱をエルサレムに運び入れるとき、喜びの声を上げ、踊りながら、「国々の中で言え。『主(ヤハウェ)は王である』。それゆえ世界は堅く建てられ、揺るぐことはない。やがて主は、公正をもって人々をさばかれる」(詩篇96:10) と歌いました(Ⅰ歴代誌15,16章参照)。ダビデが祝福された源はこの告白にあります。それを忘れたイスラエルの世界は揺らぎ、自分たちが神のさばきの対象となってしまいました。私たちの回りには、いろいろな気遣うべき課題が山ほどあります。「しかし、どうしても必要なことは、ひとつだけ」(ルカ10:42)なのです。

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2007年7月 8日 (日)

箴言3,4章「あなたの行く所、どこにおいても、主を認めよ」

                                                                     2007年7月8日     

 聖書の時代、ほとんどの人に、職業選択や住む場所を選ぶ自由ばかりか結婚の自由さえありませんでした。現代は基本的人権によって、それぞれが自分の幸福を追求する権利が保障されています。

しかし、その自由をもてあまし、悩みの種となることがないでしょうか。よくよく考えると、私たちは国籍も親も、教師を選ぶこともできませんでした。人生の根本は、選ぶことができないものから成り立っています。しかし、そのどこにおいても、主を仰ぎ見ることができます。

1.「長い日と、いのちの年と平安が増し加えられる」ために

 「私のおしえ」「私の命令」を守ることで「長い日と、いのちの年と平安」(3:1,2)が約束されますが、「私」とは「知恵」が自分を擬人化したものと解釈でき、私たちにとってはイエス「おしえ」「命令」に従うことの「幸い」を意味します。

人は自分のいのちの輝きと平安に憧れますが、イエスはそれ自体を目標とすることの危険を示し、「いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです」(マタイ16:25)と言われました。

健康ブームのなかで、長生きや健康、いつまでもぼけないための秘訣が話題になっていますが、注意しなければならないのは、自分を守ることばかり考えていると結果的にいのちの喜びがなくなるということです。

蝋燭の輝きが自分の身を削ることから生まれるように、いのちは神と人とのために身を削るところから輝くという原則を忘れてはなりません。確かに、人ぞれぞれの個性や感性を抑圧して枠にはめるような律法主義によって苦しんで来られた方もおられますが、それが行き過ぎて自分の都合優先になってしまってはかえって信仰の喜びを失ってしまいます。

先日、野田秀先生が、「最近は、燃え尽きないように生きる」というのが美徳のように語られているけれど、それに首をかしげると言っておられました。燃え尽きることを恐れすぎて、不完全燃焼を起こし、「この人は何のために生きていたのか・・」とまわりの人からも言われるような生き方に陥ってしまっては本末転倒です。

「恵みとまことを捨ててはならない」(3:3)において、「恵み」とはヘブル語のヘセッド、神がご自身の契約に真実であられること、「まこと」とは「アーメン」の語源のことばで、神が罪人にまで誠実を尽くしてくださることを指します。つまり、これは神の真実に自分の方から背を向けてはならないという意味です。

私たちが生きているのは、神の「恵みとまこと」のおかげです。私たちが警戒すべき「燃え尽き」とは、人から見捨てられることを恐れ、過剰に人に合わせようとして、神から与えられた個性を殺してしまうことではないでしょうか。私たちは、人の期待ではなく、神の「恵みとまこと」に応答して生きようとするときに、それぞれのいのちが、固有のあり方で輝くことができます。

「それをあなたの首に結び、あなたの心の板に書きしるせ」(3節)とは、神があなたに尽くしてくださった「恵みとまこと」の記録を書きとめ、首飾りのようにして自分の身に着けることではないでしょうか。しかも、それは装飾品として飾るというより、「心の板」に書き記して、いつでもどこでも思い起こし続けるという意味です。

また「神と人との前に、好意と聡明を得よ」(3:4)とは、私たちが信仰以外のことで、人から非難をされるようなことをしてはならないという極めて当然の教えです。ここでは「神と人の前に」という点に心を留めたいものです。人の評価は大切ですが、それが神の評価に優先されてしまっては本末転倒です。

2.「心を尽くして主(ヤハウェ)に拠り頼め・・あなたの行く所どこにおいても・・・」

「心を尽くして主(ヤハウェ)に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所、どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる」(3:5,6)とは、信仰生活の黄金律と言えましょう。

私は就職して三日目に、「僕は主のみこころを読み間違えた!」と後悔しました。しかし、皮肉にも、八年経って、いよいよ辞めようとするときに、「これは主が置いてくださった職場だったのだ・・」と納得できました。それはもちろん、自分が伝道者に召されているという確信と共に、このような道を通るのは、主の導きだったのだという意味においてですが・・・・。

結婚してから「主のみこころを読み間違えた・・」などと言う人もいます。しかし、「あなたの行く所、どこにおいても」とあるように、「みこころの職場、みこころの伴侶、みこころの住まい」などと言うのではなく、今の職場、家庭、住まいにおいて、そこにある主の「恵みとまこと」に目を留めることこそ、「みこころの生き方」ではないでしょうか。

僕にとって何よりも幸いだったのは、就職した後も、学生時代と同じ教会に通い続けることができたことでした。それで、「自分に証券セールスなど決して向いていない!」と確信しながらも、祈りと礼拝の生活を続けられました。毎週、ノルマに追い立てられながら、「そんなの無理です・・」とつぶやきながら、逃げ場がないので、必死に、所構わず神に向かって助けを求め続けました。また、一週間に一日の休みの日には礼拝を休んでは自分の精神が持たないと思っていましたので、目を開けていられない疲れの中でも礼拝には欠かさず出席しました。

まさに選択の余地がない形で「主に拠り頼む」しかなかったのです。そして、結果的には毎回ノルマを達成できました。そして、三年が経過したとき、同期で入社した百数十人の営業マンの中で唯一、二年の留学をさせてもらえるという道が開かれました。

まさに、「主はあなたの道をまっすぐにされる」、または「成功させる」と約束されている通りです。

3.「すぐれた知性と思慮とをよく見張り、これらを見失うな。」

「わが子よ。すぐれた知性と思慮とをよく見張り、これらを見失うな。それらは、あなたのたましいのいのちとなり、あなたの首の麗しさとなる・・・」3:21,22)とありますが、「私にはすぐれた知性も、思慮もない」などと謙遜ぶってはいけません。すべてのキリスト者は、「私たちにはキリストの心がある」(Ⅰコリント2:16)と胸を張って言えるからです。先に、「恵みとまこととを捨ててはならない。それをあなた首に結び・・」と言われたのと同じように・・・。

使徒パウロもガラテヤ教会に向けて、「律法によって義と認められようとしているあなたがたは、キリストから離れ恵みから落ちてしまった」(ガラテヤ5:4)と、イエスを主と告白した者のうちにキリストの心、聖霊が住んでくださったことを忘れ、人間的な努力によって恵みを掴み取るというこの世の発想に逆戻りしてしまうことを戒めました。

私たちは「地の塩」としてこの世に遣わされますが、世と調子を合わせて「塩け」を失ってしまう危険と隣り合わせに生きています。

たとえば僕が職場で唖然としたことは、学生時代のような「生きる意味」とか「人の心」に関する会話が皆無になったことです。せっかく受けた宝を「よく見張る」ことができずに「見失い」、余暇には俗悪な会話や娯楽ばかりに流れていることに心が痛みました。

私たちの場合はどうでしょう。学生生活と社会生活の断絶のように、教会と職場の生活が乖離してはいないでしょうか。僕がノルマ達成のために必死に祈り、神が応えてくださったとお証しをすると、「それではご利益宗教と同じじゃないですか・・・」と首をかしげる人がいます。しかし、それは当時の僕にとっては、生きるか死ぬかのような切実な問題でした。そのような悩みを訴えることができないような信仰は、この世離れした教養に過ぎません

僕の少し前、当時の学生の雰囲気の中で共産主義に傾倒したような人が次々と大手企業に就職し、資本主義のために滅私奉公を始めました。僕の信条を「日和見主義!」と批判した人がいましたが、「あなたの信念はどうしたのですか・・・」と問いたくなりました。しかし、よく考えると彼らには、「まわりに適応する」という一貫性があったのかもしれません。

ただし、キリスト者は「この世と調子を合わせる」ことを慎まなければなりません。それはいのちを失う道です。信仰生活と職場生活を分離させてはなりません。与えられた仕事のために必死に祈ることは、その仕事においてキリストの香りを放つことに通じるのではないでしょうか。

「恵みとまこと」の首飾りをつけながら職場や家庭に遣わされるとき、キリストご自身があなたをその場で守ってくださいます。そのことが、「こうして、あなたは安らかに自分の道を歩み、あなたの足はつまずかない。あなたが横たわるとき、あなたは恐れない。休むとき、眠りはここちよい」(3:23,24)と記されます。

残念ながら、仕事の成果を見せるためにやってはならないことに手を染める人がいます。「うちの職場では暗黙のうちにみんなこうやっている・・・」と思っていても、いざそれが発覚し、それが文書化されたルールに反しているならば、会社はあなたを守ってくれません。見せかけの成績とともにあなたは不安と不眠を手にするだけということがあります。

ですから、成績をあげることより大切なのは、「あなたは、どなたのために仕事をしているのか・・」という視点ではないでしょうか。

4.「知恵の初めに知恵を得よ。すべての財産をかけて、悟りを得よ・・・」

「知恵の初めに知恵を得よ。すべての財産をかけて、悟りを得よ・・それを抱きしめると、それはあなたに誉れを与える」(箴言4:7,8)とありますが、「知恵」とは、この世で成功する手段というよりは、「正義と公義と公正」「体得する」ためのもので(1:3)、私たちにとってはキリストご自身を指します。また「悟り」とは「見分ける」ための理解力を指します。

パウロは、ピリピ教会のために「あなたがたの愛が真の知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、あなたがたが真にすぐれたものを見分けることができますように」(ピリピ1:10)と祈りましたが、ここでの「知恵」とか「悟り」はそれと同じ意味を持つ言葉です。

これは、私たちが真の知恵である「キリストの心」を既に得ていることと矛盾はしません。実際、パウロも、「私はすでに得たのでもなく、完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです」(同3:12)と語っています。

私たちはキリストに既に捕らえられた結果として、「知恵と悟り」を受けているのです。そのキリストの心」によって、キリストをより深く知り、主との交わりをもっともっと深めることができるのです。

私たちは本当に価値あるものにはお金を惜しみません。それならば、福音のすばらしさをより深く理解するためにもっとお金と時間をかけても良いのではないでしょうか。たとえばジェームス・フーストン師はカナダのリージェント・カレッジという神学校を始めた理由を次のように語っておられました。

「キリスト教国では聖書を学ぶことが牧師という職業や学者としてのキャリアーを積む手段となる場合があるが、それは信仰の堕落につながりやすい。聖書をしっかり学んだ上で、ビジネスの世界に生きることがあってもよいのでは・・・」

 実際、そのような人が数多く輩出されています。そのうちのひとりは、「学んだことが生かされています!などとは言えないけど、かけがえのない宝物を受けたことは確かです・・」と喜んでおられました。

日本でも聖契神学校を初め、信徒のための聖書学校の働きが拡大傾向にあります。僕自身も、そのように聖書を学びたい人のためなら、時間も労苦も惜しみません。

そして、そのような主をより深く知り主との交わりを深めることへの渇きを大切にする者こそ、「正しい者」つまり「義人」です。そして、「義人の道はあけぼのの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼となる。悪者の道は暗やみのようだ。彼らは何につまずくかを知らない」(4:16,17)とあるように、主との交わりを大切にする人は、年を経るほどに輝きを増すことができます。

しかし、「知恵と悟り」を軽蔑した悪人は、人生の中でいろんなつまずきを体験しながら、自分が何につまずいているかも知らずに、「あの人が悪い、社会が悪い・・」と恨みを重ねてゆきます。

 

私たちにとっての首飾りは、主の「恵みとまこと」です。その中で、現在の職場や家族があります。現代は聖書の時代と異なり、選択の自由があるからこそ、「ここは私がいるべき場所か?」などと悩みます。

もちろん、主ご自身が転職や転居を導くことも多くありますが、それであっても、今、ここで主に拠り頼むという「生き方」こそ、主の明確なみこころです。

いろいろ遠回りしているようでも、私たちには、「義人の道はあけぼのの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼となる」という力強い約束があることを忘れてはなりません。あなたは光に向って歩んでいます。

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2007年7月 1日 (日)

箴言1,2章「主(ヤハウェ)を恐れることは知識の初めである」

                                               2007年7月1日

  私は、教訓的なことばがあまり好きではありませんでした。それは、「おっしゃることはごもっともです。でもそれを実行できるぐらいならイエス様を信じようとは思わなかったはずです・・・」と言いたい思いがあるからです。しかし、よく見ると、イエスの人格に、またそのおことばに、ソロモンの箴言の影響を見て、不思議な感動に包まれました。

1.「知恵と訓戒とを学ぶ(知る)ため」 「主を恐れる」とは? 

「箴言」は「ことわざ」「格言」とも訳される言葉で、私たちの人生を豊かにする知恵の宝庫のようなものです。それは極めて実践的なことばで、自分の人生にすぐに適用し、あるべき姿に立ち返らせてくれます。この多くの部分はダビデの子ソロモンに由来します。彼は神から与えられた豊かな知恵によってこれらを語りました。ソロモンは晩年にその不従順によって神のさばきを宣告されますが、その過ちと彼のことばとは区別される必要があります。

最初にこの書の目的が「知恵と訓戒とを学ぶため」(2節)と記されます。「知恵」とは箴言の鍵の言葉ですが、その本来の意味は「熟練によって悪を避ける」ということで、この世で成功するための知恵というよりは、「正義と公義と公正」(3節)を「体得する」ためのものでした。そして、「訓戒」とは「過ちを正す」という意味が込められます。たとえばダビデがバテシェバをウリヤから奪い、彼を計略にかけて死に至らしめたとき、預言者ナタンはダビデの過ちを正しました。また彼がアブシャロムへの情に流されたとき将軍ヨアブが彼を正しました。しかし、ソロモンは知恵がありすぎて、誰も彼の過ちを正すことができなかったのではないでしょうか。彼は、後に、「人は自分の行いがことごとく純粋だと思う」(16:2)と言っていますが、人は自分の過ちに気づくことに極めて鈍感で、自分を正当化することに関してはすべての人が天才です。知恵はこころの内側に与えられますが、訓戒は自分の外から来るものではないでしょうか。この両者が必要です。そしてイエスの人々との接し方に、知恵と訓戒を見ることができます。

「主(ヤハウェ)を恐れることは知識の初めである」(1:7)とは箴言の中心主題です。人は、「善悪の知識の木」からその「実」を取って食べた結果として「死」に定められました。神は、「それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ」と言っておられたのに、人は主のことばを軽蔑し、自分を善悪の基準にしてしまいました。私たちは毎日の生活の中で、「右への道か、左への道か」と迷うことがあるでしょうが、それ以前に、「上への道か、下への道か」を見分ける必要があります。つまり、いつでもどこでも、主を見上げることが問われているのです。それは主が、あなたが右に行こうと左に行こうと遠い回り道をしようとも、すべてのことを働かせて益に変えることがおできになるからです。

イエスも、「からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい」(マタイ10:28)と言われました。この世の真の支配者はどなたなのでしょう?主(ヤハウェ)こそが、あなたにとっての真の主人、王であられます。そしてイエスは、この警告に続けて、「二羽の雀は一アサリオンで売っているでしょう。しかし、そんな雀の一羽でも、あなたがたの父のお許しなしには地に落ちることはありません。また、あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。だから恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりもすぐれた者です」(マタイ10:32)と言われました。つまり、「主を恐れる」ことは、私たちをこの世の権力者に対する恐れから解放させることにつながるのです。

ここに不思議な好循環が始まります。私たちはこの世で、様々な人やものごとを恐れて生きています。恐怖感情は制御が利かないものですから、それを恥じる必要はありません。しかし、その恐れの中で、より恐ろしい方に目を向けるとき、反対に、自分の世界が神の愛によって守られているという平安が生まれます。恐れるからこそ、父のふところに飛び込むというのが信仰です。そのために主イエスは私たちの罪を負ってくださったのです。

2.「わが子よ・・・」 主にある交わりと主ご自身が私たちのうちに住んでくださる恵み

 「愚か者は知恵と訓戒をさげすむ」(1:7)と続きますが、先に「知恵と訓戒を学び(2節)というときの「学び」は「知識」とも訳される言葉ですから、「知恵と訓戒」の核心こそ「主を恐れること」に他なりません。そして、「わが子よ。あなたの父の訓戒に聞き従え。あなたの母の教え(トーラー)を捨ててはならない」(1:8)とあるように、「主を恐れる」という「知識」を教える主体は、「父と母」両方の責任でした。「わが子」とは、教師が弟子たちを呼ぶ慣用句ですから、ここでは律法の教師自身が、信仰の継承は「父と母」の責任であると語っていることになります。つまり、ソロモンの時代は、女性も律法を学び、子どもに教える責任が任されていたのです。後のユダヤ教徒が編纂したタルムードで、女性に律法を教えることが禁じられたのと何と異なることでしょう。また、古来、信仰を教える主体は家庭でした。道徳教育を学校に期待せざるを得なくなっているのは家庭教育が機能しなくなった結果といえましょう。

 「わが子よ。罪人たちがあなたを惑わしても・・・」(1:10)とありますが、昔から犯罪は集団で行なわれるのが常でした。ですから、「わが子よ。彼らといっしょに道を歩いてはならない」(1:15)と、神を恐れない者たちとの交わりに一線を隠すように命じられています。なお、最近は、ひとりでの凶悪犯罪が増えていますが、彼らもインターネットを通して、罪人たちと交わり、それに刺激を受けています。私たちは誰も一人で生きている者はなく、すべて、誰かとの交わりの中に生きています。その原点が、主を恐れる父や母にある人は、それだけで何よりも大切な知識を受け継ぐことができます。そうでない場合は、自分の発想がこの世と調子を合わせたものにならないように、誰と交わるかに注意深くあるべきでしょう。罪人たちがどんなに優しく近づいてきても、それは下心があってのことです。それが、「彼らは待ち伏せして・・自分のいのちを、こっそり、ねらっているのにすぎない」(1:18)と記されます。

一方、20節からは、「知恵は、ちまたで大声をあげ」と、「知恵」が擬人化され、私たちとの交わりを求める様子が描かれています。そして「知恵」は、「わきまえのない者たち・・・わたしの叱責に心を留めるなら、今すぐ、あなたがたにわたしの霊を注ぎ・・わたしのことばを知らせよう」(1:22,23)と語りかけるというのです。つまり、「知恵」を受けるための何よりの条件は、自分たちが「わきまえのない者」であることを認めることにあります。イエスは、当時の宗教指導者たちが、自分の知恵を誇り、自分たちの無知を認めようとしないことに厳しく立ち向かわれました。

ヨハネ福音書の最初で、「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった」と、人となる前の神の御子が「ことば(ロゴス)」と描かれますが、これは「知恵」と似た意味があります。後にパウロは、「いったい、『だれが主のみこころを知り、主を導くことができたか。』ところが、私たちには、キリストの心があるのです」(Ⅰコリント2:16)と言っています。ソロモンは並外れた知恵を持っていても誘惑に勝つことはできませんでした。しかし、私たちの場合は、聖霊ご自身が、最も奥深い部分に住んで、心の内側から造り変えてくださいます。その恵みがどれだけ大きいのか、私たちは何としばしば忘れてしまっていることでしょう。「キリストの心」を宿す幸いを心に留めてみましょう。

3.「いのちの道に至る」ために

  「知恵」自身が「愚か者」に向って、「わたしが呼んだのに、あなたがたは拒んだ・・・そのとき、彼らはわたしを呼ぶがわたしは答えない」と語ります(1:24~28)。これは、知恵の招きを今、拒絶する者は、知恵が必要になるときにはそれが得られないという意味です。これはイエスと私たちとの関係においても当てはまります。今、みことばを学びイエスとの交わりを深めることは、やがてどこかで出会う試練のときへの最も良い備えになります。しかし、困ったときにしか神を求めないような信仰の姿勢は、本当に必要なときに神の助けを得られないという悲劇への入り口になります。そのことを前提に、「わきまえのない者の背信は自分を殺し、愚かな者の安心は自分を滅ぼす」と言われます(1:32)。つまり、「私は大丈夫・・・」と言う人は、「愚か者の安心」を貪っているに過ぎないというのです。イエスご自身も、「御子を信じる者はさばかれない。信じない者は・・・すでにさばかれている」(ヨハネ3:18)と言われました。救い主を拒絶する人への神の「さばき」は、既に始まっており、それはやがて明らかされるというのです。

これとの対比で、「知恵」自身が、「わたしに聞き従う者は安全に住まい、わざわいを恐れることもなく、安らかである」(1:33)と語りかけます。同じようにイエスは、「わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです」(ヨハネ5:24)と言われました。

「もしあなたが悟りを呼び求め、英知を求めて声をあげ・・隠された宝のように、これを探り出すなら、そのとき、あなたは、主を恐れることを悟り、神の知識を見いだそう」(2:3-5)とありますが、「悟り」「英知」も同じ語根の言葉で意味に区別はありません。それは「隠された宝」のようなもので、見いだして初めてその価値が分るようなものです。イエスも、「求めなさい」、「捜しなさい」、「たたきなさい」と励まされましたが、その結論は、「天の父が、求める人たちに、どうして聖霊をくださらないことがありましょう」という「隠された宝」のことでした(ルカ11:9,13)。

なお「思慮があなたを守り、英知があなたがたを保って」(2:11)とありますが、「思慮」の語源は「目的」ということばと結びついており、「慎重さ」とも訳すことができます。イエスは、「塔を築こうとするとき、まずすわって、完成に十分な金があるかどうか、その費用を計算しない者が、あなたがたのうちにひとりでもあるでしょうか」(ルカ14:28)と言われましたが、そこには目的を明確に意識するときに、「慎重さ」が必然的に生まれることが示唆されています。「まっすぐな道を捨て、やみの道に歩む」(2:13)ような人に共通するのは、目的意識の欠如ではないでしょうか。

また「英知」とは「見分ける」とも訳すことができることばです。それはここでは「他人の妻」の誘惑の恐ろしさを知ることです。「彼女のもとに行く者はだれも帰ってこない」(2:19)とは、依存症の罠です。人が誘惑への道に足を踏み入れるとき、自分の意思の力でいつでも戻ってくることができると思います。しかし、「英知」を持つ者は、自分の意思の力がいかに弱いものであるかということを知っています。つまり、英知の基本とは、自分の弱さを知ることです。その意味で、ここでの「思慮」と、「英知」には人を謙遜にするという共通の働きがあります。

最後に、「いのちの道に至る」人のことが、「良い人々」「正しい人々」「正直な人」「潔白な人」という四種類のことばで表現されます(2:20,21)。これは、すべて、この世的な意味での完全無欠な人ではなく、「主を恐れる」人のことを指しています。アブラハムは自分の妻を妹と偽り、また妻たちの争いを治めることができませんでした。またダビデは忠実な部下ウリヤをだまし討ちにしました。しかし、聖書は、このふたりともこの四つの性質を有した人と評価しています。それは彼らが、自分の過ちを反省し、神の前にへりくだっていたからです。私たちが自分の罪深さや弱さを自覚し、キリストにより頼もうとするとき、私たちも神の御前で完全な人と見られることができます。

「主を恐れる」ことに関しては、箴言16章に美しく表現されています。以下のみことばを心に蓄え、心から味わって見ましょう。「人は自分の行いがことごとく純粋だと思う。しかし主(ヤハウェ)は人のたましいの値うちをはかられる・・・主(ヤハウェ)はすべて心おごる者を忌みきらわれる。確かに、この者は罰を免れない。恵みとまことによって、咎は贖われる。主(ヤハウェ)を恐れることによって、人は悪を離れる」(16:2,5,6)。そして、「主を恐れる」とは、イエスを自分の罪からの救い主として信じ、イエスのみこころを実行したいと願うことに他なりません。神の「知恵」は、すべて、イエスという人格のうちに表されています。その方を、私たちはこころのうちに既に迎え入れているのです。

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