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2007年9月30日 (日)

ルカ14:15-35 「神の国の祝宴を目指して」

ルカ14:15-35 「神の国の祝宴を目指して」

                                                 2007年9月26日

 19世紀のドイツの哲学者ショーペンハウアーは、「生への意思」に注目しつつ、「人間の生命は苦難と退屈の間を振り子のように行ったり来たりするものだ」と述べましたが、それは世の多くの人の現実ではないでしょうか。人は苦難から逃れることを望みますが、幸せも束の間、すぐに「倦怠感」が生まれます。それこそ現在の日本の問題でしょう。多くの人々は、その中で、生きていることの実感を味わいたいと様々な刺激を求め、依存症や反社会的な行動にまで走ります。今から、六十数年前、「国体を守る!」などという空しい目的のために多くの若者が特攻隊に駆り立てられました。その反動なのでしょう。だれも、人生には命をかけてでも守るべきものがあるということを語れなくなりました。イエスは、命をかけてご自分に従うことを命じました。それはむやみな殉教の勧めではありません。来たるべき世界の大きな喜びを目の当たりに浮かべるからこそ、つかの間の苦しみに耐えることができるという教えなのです。それは運動選手が、栄冠を得るために一定期間、生活を厳しく律することに似ている面があります。

1.「神の国で食事する人は、何と幸いなことでしょう」といいつつ、招きを断る人々

あるパリサイ派の指導者の安息の食事の席で、イエスといっしょに食卓についていた客のひとりが、「神の国で食事する人は、何と幸いなことでしょう」(15節)と言いました。これはイエスが、「義人の復活のとき」ということばを語ったことを受けてのことです。たぶん、これを語ったのはパリサイ人か律法学者のひとりで、終わりの日に自分は神の前での義人として復活にあずかり、神の国の食卓に着くことができるという希望を語ったのだと思われます。

それに対してイエスは、彼らを婉曲的に批判するようなたとえを話します。それは、「ある人が盛大な宴会を催し、大ぜいの人を招いた」(16節)のですが、事前に招きを受けていた人々が、次々と言い訳を言って、その招きを断るというたとえです。畑を買ったということも、五くびきの牛を買ったということも、妻を娶ったということも言い訳にしか過ぎません。たとえば、葬儀などはいつも突然の連絡でしょうが、それが自分にとって大切な人であれば、あらゆる予定をキャンセルしながらでも出席することでしょう。そこに、その人への思い入れが現れます。それに対して、この宴会の場合は、主人は、事前に招待の旨を知らせておいて、準備万端整えた上で、礼を尽くして再度、「さあ、おいでください」と招いたのです(16節)。それなのに、このときになって断るというのは、その宴会の主人を辱めることにほかなりません。普通に社会生活を営んでいる人であれば、どんなときにでも毎日、何らかのなすべきスケジュールがあります。つまり、断りの理由はいつでもあるのです。問題は、どれだけ柔軟に、優先順位を見直すことができるかということです。「神の国で食事する」ことの幸いに憧れているのであれば、彼らが今なすべきことは、神が遣わした救い主の招きを受け入れることです。パリサイ人や律法学者は、旧約聖書に精通していたという意味で、神の招きをずっと聞き続けていた人です。ところが彼らは、実際に救い主が来たときに、その招きを軽蔑しました。それは彼らには、自分たちの期待が強すぎて、招きの重大性が見えなくなっていたのです。

それで主人は、「町の大通りや路地に出て行って、貧しい者や、からだの不自由な者や、盲人や、足のなえた者たちをここに連れてきなさい」(21節)と命じます。ふだんから食べ物に飢えている彼らは、すぐに喜んでその招きに応答することでしょう。しかし、それでも席が埋まりませんでした。それで、主人は、街道や垣根のところに出かけていって、人々を連れてきなさいと命じます。これはサマリヤ人や異邦人を神の国に招くことを意味します。

これはイエスの福音が多くのユダヤ人たちから拒絶され、社会の落ちこぼれや異邦人たちから歓迎されたことを指します。たとえばイエスは、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい」(マタイ11:28)と招かれました。それは今、人生が充実し、人々から尊敬を集めているような人々とは反対の状態にある人です。自分の目の前の予定が「ばら色」に思えている人は、しばしば、イエスの招きが耳に入らなくなります。しかし、自分の問題と真に向き合っている人は、イエスの招きにすぐに応じたくなることでしょう。そして、招かれる目的地は、「神の国で催される盛大な宴会」です。イエスは、このたとえの直後に、人々を敢えて退けるかのような厳しいことを言われました。しかし、それは私たちの思いをはるかに超えた喜びの世界への通過点に過ぎないということを忘れてはなりません。苦しむこと自体に美しさを認めようとするのはマゾヒズムの世界ではないでしょうか。

2.「・・・自分のいのちまでも憎まない者は、わたしの弟子になることはできません」

「さて、大ぜいの群集が、イエスといっしょに歩いていたが・・」(25節)とあります。イエスのいやしの奇跡やそのお話の魅力に惹かれて、驚くほど多くの人々が集まってきましたが、そこには単に好奇心に駆られて集まったような人が数多くいたと思われます。イエスはそこで、「彼らのほうに向いて」、恐るべきことを言われました。26,27,33節では、三回にわたって、人の目には明らかに無理と思われる要求を出しながら、それをしなければ、「わたしの弟子になることはできません」と厳しく迫りました。これは、先のたとえで、神の国の宴会に加わえていただける条件が、「招待に応じる」という簡単なものだったことと極めて対照的な条件のように見えます。

しかし、「弟子になる」とは、「神の国」に入るとは少し違った概念です。それは一生をかけて、「イエスに似た者に変えていただく」という継続的なことを指すからです。これは私たちの結婚に似ているのではないでしょうか。プロポーズを受けても、それに、「はい。喜んで・・」と応答しなければ結婚はできません。しかし、結婚したからといって、真の意味での夫婦になるのは一生のプロセスです。晩年になって、ようやく夫婦らしくなれるというのが現実ではないでしょうか。

それどころか、人によっては、憧れの人がこちらを振り向いたとたん、躊躇してしまうということがあります。たとえばキルケゴールの哲学の鍵は、レギーネという女性を熱烈に愛し、求婚に応じられたとたん、婚約を破棄せざるを得なくなったことにあると彼自身が書いています。恋することと、一緒に生活し続けることは大きく異なります。抑うつ傾向の激しい彼は、毎日をともにし続けることで彼女を不幸にしかできない自分がいることに絶望していたのだと思われます。同じような気持ちを味わっている人は、意外に多いのかもしれません。ところが、イエスの弟子となるとは一緒に暮らすこと以上のことが求められます。どんな親密な夫婦でも、互いの心の中まではわかりません。しかし、イエスの弟子となるとは、誰も知らないあなたの心の中の秘密の部屋にイエスを招き入れることなのです。

イエスは第一に、「わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、そのうえ自分のいのちまで憎まない者は、わたしの弟子となることはできません」(26節)と厳しいことを言われました。ここで、「憎む」とは文字通りの意味ではなく、誇張表現です。なぜなら、聖書は家族の大切さを一貫して教えているからです。家族は仕事などよりもはるかに大切なものです。野球の日ハムのヒルマン監督は、自分の家族との時間を優先するために監督を辞めると発表したら、「きっとアメリカで何か良い誘いがあったのだろう・・・」と言われ、その反応にかえって驚いたと言っています。私たちにとっての優先順位は、常に、神様、家族、仕事です。その順番が狂ってはなりません。

ある人が、「結婚とは、他のすべての異性の友を捨てること・・」とまで表現していますが、それにも一理あります。妻や夫に隠れて異性との友情を保つということはあってはならないからです。同じように、イエスの弟子となるとは、イエスとの結婚を意味しますから、その前には、すべての関係が二の次になります。昔からよくこんなケースがあります。妻があるとき急に教会に熱心に通うようになった。それまでは、困ったことは全部、夫に頼っていたのに、あまり頼ってこなくなった。そればかりか、妙に自分に対して優しくなった・・・これは浮気の始まりの兆候としか思えません。そう、夫の目からすると、彼女はイエスという方に浮気しているのです。彼がやきもちをやくのも当然です。しかし、目に見えない方を相手に戦いようがありません。そのうち妻が洗礼を受けるという・・・・夫は慌てだします。なだめたり、脅したりして、思いとどまらせようとします。しかし、妻はこの26節のイエスのみことばに従って、断固として、「私はイエス様との関係を第一とします・・・」といい続けます。すると、しばしば、夫は徐々に変わってきます。自分が妻の愛を受けようとイエスと競争しても勝てないということが分かるからです。そして、ついには、夫ばかりか、家族全員がイエスを主と告白するようになる・・・初代教会以来、福音はそのように広がってきました。

結婚したい相手が現れたときには、特にそうですが、安易な妥協はしばしば、すべてを失うことにつながります。あなたが誰もよりもイエスとの関係を第一としていることは、あなたの何よりの魅力となっています。それなのに、相手の気持ちを自分のもとに引き寄せたいなどという下心を持って、相手に合わせようとすると、かえってあなたはイエスが与えてくださった輝きを失うことになります。イエスを誰よりも大切な存在とすることは、短期的には摩擦を生みますが、長期的には真の平和の基礎となります。なぜなら、イエスを主と告白するとは、強がりを捨て、自分の愚かさや偏りを謙虚に認め、他の人を尊重できるようになることだからです。謙遜と柔和こそ、人と人との平和の鍵です。まわりの反対を押し切ってでもイエスに従い続けることは、真の家族の平和を生み出す力になるのです。

3.「自分の十字架を負ってわたしについてこないものは、わたしの弟子になることはできません」

「自分の十字架を負ってわたしについてこないものは、わたしの弟子になることはできません」(27節)とは、イエスに従うことが、中途半端ではなく、まさに命をかけた覚悟が必要だということです。「十字架を負う」ということばは、今は、「課せられた重い責任を担う」という、人々から賞賛されるような行為を指すように誤解されますが、当時の意味はまったく正反対でした。それは、死刑囚が、自分が吊るされようとしている重たい木を背負い、つまずき倒れるたびに鞭打たれながら、死刑場に黙々と歩くことでした。その目的は何よりも見せしめでしたから、それを見る群集は、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせるように煽動されています。これほどの辱めはありません。そこにおいては、肉体のいのちを失う覚悟と合わせて、あらゆる名誉を奪われ、誤解されるという孤独の苦しみがありました。

しかも、このみことばは、「そういうわけで、あなたがたはだれでも、自分の財産全部を捨てないでは、わたしの弟子になることはできません」(33節)とセットになっています。これはもちろん、危ない宗教のように、財産を全部売り払って、それを携えて共同生活に入るという意味ではありません。それは財産を捨てることではなく、「財産を共有」するという別の所有方法に過ぎないからです。ここで、「財産全部」ということばは、原文では、「すべての持ち物」となっており、これは、お金に変えることができるような財産ばかりか、名誉、家族、友人、権力など、自分に属するすべてをイエスのものにするという意味です。これに一番近いのは、兵役に着くということで、上官の命令ならば、死の危険を覚悟して敵の前に飛び込まなければなりません。それでなければ軍隊の規律は保たれません。おのおのが自分の命を守ることばかり考えているような軍隊は、どんなに数が多くても、最初から負けることが決まっています。たとえば、キリスト教会の用語で、「献身する」ということばがあります。それは、「私はこれから自分の人生の主導権をイエスにお任せします。私の財産ばかりか、私の手も足も、イエスのためにささげます」という意味です。その献身は、特定の人に当てはまることではなく、すべてのキリスト者に命じられていることだというのです。

それにしても、もっと身近なこととしては、人が結婚の誓約をするとき、これを相手のために誓っているのではないでしょうか。自分の幸せのためには相手を踏み台にしても構わないと公言するような人と、だれが結婚したいと思うでしょう。相手に何が起ころうとも寄り添い、愛し続けるという公の約束がなければ結婚は出発できないのです。それを欠けだらけの人間に対してするのですから、結婚の誓約ほど無謀な賭けはありません。人は結婚のとき、相手を守るためには、自分の地位も名誉も財産も、すべてを賭けることを約束しているはずなのです。そして、どちらか片方は、アイデンティティーの根本に触れる自分の名前まで変えるということを平気でやっています。それにもかかわらず、これほど多くの人が結婚を望むのは、現実を離れた夢にあこがれているからかもしれません。

しかしイエスは、幻想を見せたり、誇大な宣伝をしません。イエスはこれから偽預言者の汚名を着せられ、自分が吊るされる木を背負って、嘲られながらゴルゴタに向かおうとしています。イエスは弟子たちがそれを見ながら、ショックを受け、信仰を捨てようとするのを知っていました。しかし、この信仰の世界においては、途中であきらめるほどむなしいことはありません。それは永遠の喜びというゴールの手前で、間違った入り口を選ぶことと同じです。

イエスは、まず、「塔を築こうとするとき、まずすわって、完成に十分な金があるかどうか、その費用を計算しないものが、あなたがたのうちにひとりでもあるでしょうか・・」(14:28)というたとえを話します。「基礎を築いただけで完成できなかったら」、塔を建てようとした試み自体が嘲りの対象となるというのです。信仰は幻想を追うことではなく、しっかりと地に足をつけた歩みをすることです。信仰の名のもとに無謀が正当化させるようなことがあってはなりません。お金の計算は、きわめて霊的なことです。そして、イエスはこのたとえを通して、イエスの弟子となるためには、「まずすわって」そのコストを「計算」する必要があると言っておられます。つまり、イエスとの交わりという信仰生活を全うするために、自分の全財産ばかりかこの肉体の命をも賭ける覚悟を決める必要があるというのです。

次のたとえは、敵が攻めてくる中で、勝利の見込みのない戦いを避けるということです。ここでも、「まずすわって、考えずにいられましょうか」(31節)と、落ち着くことの大切さが語られます。この趣旨は、負けるとわかっている戦をするより、「講和を求める」ことの大切さを語っていますから、攻めてくるの「敵」をサタンの勢力と仮定することはできません。サタンとの妥協はありえないからです。しかも、ここでは「そういうわけで」または、「同じように、だから」という接続詞とともに、「自分の持ち物を捨てなければ・・・」という次のことばに結びついています。当時の講和は、自分の持ち物を捨て、相手の奴隷のような立場になる覚悟がなければかなわないことでした。「命を助けてもらえるだけで有難いと思う」というのが講和の条件でした。ですから、ここの意味は、イエスの招きを拒絶すると、真の「いのち」を失うことになる、無条件降伏以外に「神との和解」はありえないという意味だと思われます。

イエスに従うことは、盲目的な生き方になることでも、ばら色の夢を抱くことでもなく、肉体の命を捨てる覚悟を冷静に決めることだというのです。「そんな厳しいことを迫られて、誰が従う覚悟ができようか・・」と言いたくなるのも当然です。しかし、これは犠牲をかけるに値するほどの豊かな「いのち」があるというしるしでもあります。事実、西暦二百年ごろ、迫害のただ中にあって教会を導いた教父テルトゥリアヌスは、権力者に向かって、「殉教者の血は、福音の種である」と弁護しました。なぜなら、多くの人々は、キリスト者が肉体の命を賭けてイエスへの忠誠を守っている姿を見て、「ここには、苦しみも、退屈も超えた、真のいのちの輝きがある」と感動したからです。人が心の底で求めているのは、苦しみがなくなること以上に、「死の恐怖さえも凌駕するほどのいのちの輝き」だからです。

もちろん、私も含めて、ほとんどの人は、殉教の覚悟などできないことでしょう。私は昔、殉教の歴史を学んで、怖くなり、「クリスチャンにだけはなるまい・・・」と思っていました。しかし、そのような仮定の話を先取りして心配させるのがサタンのわざです。それに負けると、苦しみと退屈の繰り返しの人生しかありません。私たちがなすべき応答は、イエスに、「できるものなら・・・」と願い、その不信仰を指摘された父親に習って、「信じます。不信仰な私をお助けください」と祈ることです(マルコ9:23,24)。信仰は、人間のわざではなく、神のみわざです。「イエスは私の主です」と告白させてくださるのは聖霊様です。「私は大丈夫・・」と豪語したペテロは、三度にわたって力を込めて、自分のイエスへの信仰を否認しました。聖霊のみわざの前提は、自分の無力さを認めることです。使徒パウロは、ピリピの教会に向けて、「あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです」(ピリピ1:6)と言いました。同じように、私が信じているのは、いつも揺れてばかりいる自分の信仰の力ではなく、私のうちに信仰を与えてくださった神のみわざなのです。

イエスは弟子たちに、ある意味で、とうてい無理な覚悟を求められました。それでも、弟子たちがイエスに従い続けたのは、イエスの魅力の前に、その招きに応じざるを得ない気持ちになったからです。これも結婚の誓約に似ています。その誓約の意味を心から吟味したら、誰がそんな永遠の愛を約束できるでしょう。ある若い牧師が、なれない結婚式の司式の際に、緊張のあまり、結婚するふたりを前に、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは自分で何をしているのか分からないのです」(ルカ23:34)と祈ってしまったそうです。でも、それこそ真実な祈りかもしれません。多くの人は、結婚の恐ろしさを知らないからこそ結婚できるのでしょう。しかし、不思議に、そこで自分の中にある愛の貧しさを心から自覚できた人は、結果的に、互いを赦しあい、幸せな結婚生活へと導かれます。

どの宗教でも、都合の良いことを並べ立てて、信仰を持つことのご利益を約束します。しかし、イエスは、その正反対のことを語られました。しかし、不思議にそれでも人々はイエスのもとへと導かれたのです。殉教者の血を見て、人々はかえって、真のいのちの力に触れたのです。それはイエスのもとにあるいのちの輝きが真実だからです。それにしても、私たちのほとんどは、イエスから命を賭けた忠誠を求めてたじろぎます。「そんな覚悟はできない・・」と思います。しかし、そこで、不信仰な者に、信仰を与え、成長させてくださる神のみわざが始まるのです。 

その上で、イエスは、「塩は良いものですが、もしその塩が塩けをなくしたら・・・外に投げ捨てられてしまいます」(14:34,35)と厳しく語ります。これはイエスと自分の財産を天秤にかけるような生き方を指します。つまり、名前だけのクリスチャンとしての生き方をすることのむなしさを語っています。イエスよりも家族を大切にすること、また、イエスよりも名誉を大切にすること、また、イエスよりも自分の持ち物を自分で管理しようとすることは、この世的にはすべて賞賛に値することです。しかし、この世の価値観と同化している者をイエスはご自身の働きのために役立てることはできません。それは、「土地にも肥やしにも役立たない」ような塩と同じ意味しか持たないというのです。

イエスにあっては、「捨てることは得ること、憎むことは愛すること、死ぬことは生きること」です。たとえば夫婦の愛の交わりを保つためには、捨てなければならない異性関係があることでしょう。親不幸と言われても、伴侶を守る必要があります。また自分の身を犠牲にして強盗と戦う必要もあるかもしれません。人と人との結婚関係でもそれだけのことが求められるなら、私たちに永遠のいのちを与えてくださる方に、惜しむべき犠牲などあるでしょうか。たとえば、人は、いのちを賭けるに値する恋愛に憧れています。それが純愛物語として人気を博します。イエスこそ、まさにそのような愛の対象なのです。そのようにイエスを愛することは、苦しみに耐えるというより、やはり幸せな生き方ではないでしょうか。イエスは、驚くほど厳しい献身を命じておられます。しかし、そこには、そのようにご自分に命をあずける者の人生を決して無駄にすることはない、決して後悔をすることがない永遠の喜びの中に招き入れるという断固たる意思が見られます。イエスほどに断固たる決心と覚悟を迫ることができるのは、真にすべてを持っておられる方であるか、ペテン師であるかのどちらかです。イエスを優しく柔和な魅力あふれた人間と言うような人は、聖書の全体を見てはいません。イエスは、ご自身のためにいのちを差し出すことを命じておられます。彼が神でなくて、どうしてそのような法外な要求ができるでしょう。私は昔、イエスのこの厳しいことばを自分に都合よく解釈しようとし、あまり向き合わないようにしていました。しかし、今、イエスのこの断固たることばのなかに、イエスの権威と力と燃えるような愛を見ることができるようになりました。いわゆる、「良い人」をはるかに超えた魅力がこのことばの背後に見られます。この世のすべての宝にまさる永遠の喜びの世界への招きが見られます。だからこそ、この招きには、有無を言わさぬ断固さがあるのです。命を賭けるに値する何かが隠されているのです。

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2007年9月23日 (日)

Ⅱ列王記6:24-10:36 「この世の王国と小羊の王国」

                                              2007年9月23日

  旧約聖書で不思議なのは、神が、この世の権力闘争を裏から操り、権力者をさばくために別の権力者を立てるかのように説明されていることです。しかし、より有能な者が無能な王を打ち倒して王になるという「力の原理」は世の常であり、彼らが神の操り人形になっているわけではありません。どんな王家も必ず滅びますが、彼らは神にさばかれるという以前に、自滅しているということもできます。つまり、人と人とが互いに戦い、傷つけ合っている第一の原因は、何よりも人間の罪なのです。そして、神のさばきは、人が、自分の欲望に駆り立てられ、自滅するままにさせるということとして解釈できます。そして、「奢るもの久しからず」とあるように、権力者の滅亡は、自分の力に酔ってしまうことに始まります。これは極めて現代的な課題です。たとえば、今日の記事に出てくるイスラエルの王エフーとアメリカの大統領を重ねることができるかもしれません。彼らは神のさばきを執行した神の器であると自認しています。しかし、イエスが言われたように、「剣を取る者はみな剣で滅びます」(マタイ26:52)。それは自分たちの力に酔ってしまい、真の神をみわざを見失うからです。これは、教会とお金の問題にもつながることです。教会堂建設のためにお金が必要です。でも、目に見える富に、知らないうちに心が蝕まれ、「会堂を持ったのは良いけれど・・・」という例もあることを忘れてはいけません。力も富も、神との関係では、不幸の原因ともなり得るのです。  

1.アラムによるサマリヤの包囲と神の救い

  アラム(現在のシリヤ)と北王国イスラエルとの間には、緊張状態が蓄積されていました。エリシャによってアラムの略奪隊が侵入することはなくなりました(6:23)。しかし、それからしばらく後のことだと思われますが、アラムの王ベン・ハダテは全軍をあげてイスラエルの首都サマリヤを包囲しました。そして、サマリヤでは激しい飢饉に襲われ、母親ふたりが交互に自分の子供を食べ合おうとする悲惨まで起こりました。これは主がかつてモーセを通して警告していたことの実現でした。モーセは、「私は、いのちと死祝福とのろいを、あなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい」(申命記30:19)と迫りました。そして、主を軽蔑した者への「のろい」のことが申命記28章に生々しく預言されていました。その極みは、敵に包囲される窮乏のため、上品な女が、自分の子供にまで物惜しみするばかりか、自分が生んだ子供さえ食料にしてしまうということでした(同28:57)。すべての母が自分の子供のために命を捨てることができると思うのは幻想です。国全体がのろいを選び取ってしまうようなとき、最初に犠牲に会うのは無力な子供たちです。しかも、子供が母親の食料とされるという悲劇は繰り返されます。これから300年も経たないうちにエルサレムでも起こります。預言者エレミヤは、女が、自分の産んだ子、養い育てた幼子を食べてよいのでしょうかと嘆いています(哀歌2:20)。また、イエスを拒絶したエルサレムの町でも、約40年後に同じ悲劇が起こったことを、キリスト教徒ではないユダヤ人歴史家のヨセフスが、預言の成就として記録しています。

 女は、「王さま。お救いください」と訴えますが、それに対し、王は、「主(ヤハウェ)があなたを救われないなら、どのようにして、私があなたを救うことができようか・・・」と言いますが(6:27、28)、ここには主に必死にすがろうとする姿勢は見られません。それどころか王は、この女の訴えの理由が、それぞれの子供を、煮て食べようと相談し、自分は子供を差し出したのに、相手の女が自分の子供を隠してしまったということにあると聞いたとき、人々の怒りの矛先を預言者エリシャに向けさせようとします。主はかつて、エリシャの祈りに答えて、アラムの軍隊を盲目にされました。彼らはサマリヤの真ん中におびき寄せられました。王はそのとき彼らを皆殺しにしようと主張しましたが、エリシャがそれを差し止め、彼らに飲み食いさせて、国に帰しました。その軍隊が今、攻めてきているのです。

エリシャは、刺客として送られてきた侍従長に対し、「あすの今ごろ・・」、食料が有り余るようになると預言します(7:1)。彼は、「たとい、主(ヤハウェ)が天に窓を作られるにしても・・」と、主の御名を持ち出しつつ、それを信じませんでした。しかし、「主がアラムの陣営に、戦車の響き、馬のいななき、大軍勢の騒ぎを聞かせられたので」(7:6)、彼らはおびただしい食料を残しながら、「いのちからがら逃げ去った(7:7)という不思議が起こりました。これから二千年後、1180年の日本では、富士川の合戦で平家の軍隊が水鳥の発つ音で背走したことに似ています。このときそれを最初に気づくのは、サマリヤの城外で飢え死にしそうだった四人のツァラアトに冒された人でした。反面、人間的な力を持っていたこの侍従長は、食料のもとに殺到した群集に踏みつけられます。そしてこの結論は、「神の人のことばのとおりであった」(7:17)と記されます。それは食料があり余ることと、エリシャのことばを信じなかった侍従長の死という両方の預言の成就をさします。神こそが、すべての力の背後におられる全能の主なのです。

  全能の主により頼む者には「祝福」が、主の御名を単に持ち出しながら信じようとしない者には「のろい」が訪れるという二者択一の構図は、あまりにも単純な色分けとも言えますが、それは聖書を貫く基本原則でもあります。「私の救いは神から来る・・民よ、どんなときにも、神に信頼せよ」(詩篇62:1,8)とダビデが歌っている通りです。

2.シュネムの女を守り、同時に、イスラエルを懲らしめる王を立てられる神

 シュネムの女の記事の続編が8章1節から6節に続きます。彼女は、エリシャから、この国が七年間の飢饉に襲われるということを聞いてペリシテの地に逃れ、七年たって国に戻ってきました。しかし、留守中に自分の土地は王の家に没収されていたのだと思われます。それで、彼女は王に返還を訴え出てきました。それはちょうど、エリシャのしもべのゲハジが王に、シュネムの女の子供が生き返った話をしている最中でした。何とも不思議な偶然のように思われますが、この地のすべてのできごとは偶然ではなく、神の御手の中で、神の御許しの中で起こっていることです。なお、これがいつのことかはわかりません。これはゲハジがアラムの将軍ナアマンの皮膚病を代わりに受ける前だと思われます。とにかくイスラエルの王は、このとき神のみわざに心を開くようになっており、この女の訴えを聞き届けて相続地ばかりか、その間の収穫まで返すと約束しました。神はたったひとりの女にさえ目を留めておられます。この記事は、先の子供を食べてしまった女の記事と何と対照的でしょうか。主がさばかれるということは、同時に、主が救われるということを意味します。どんなときにもあきらめず、主に訴えることが大切です。

 それに続いて、エリシャがアラムの首都ダマスコに行ったときのことが記されます(8:7)。アラムの王ベン・ハダテは重い病気にかかっており、エリシャから自分の病気がどうなるかを預言させようと、家来のハザエルを遣わします。エリシャはハザエルに、王の病は必ず直ると告げながらも、「神の人は、彼が恥じるほど、じっと彼を見つめ、そして泣き出した」(8:11)というのです。それはハザエルがアラムの王となり、イスラエルを徹底的に攻撃することを知ったからです。エリシャはハザエルに、「主(ヤハウェ)は私に、あなたがアラムの王になると示されたのだ」(8:13)と言います。これを聞いたハザエルは、翌日、王を殺して自分が王になります。エリシャのことばが彼をクーデターに駆り立てました。しかし、「ハザエルに油を注いで、アラムと王とせよ」(Ⅰ列王記19:15)という命令は、かつてエリヤが、主から命じられていたことでした。エリヤは自分の国のことを思ってなのか、その命令をすぐに実行しませんでしたが、彼の後継者エリシャは意図せずに、エリヤに託された使命を果たすことになってしまいました。

ただし、ハザエルが神に愛されていたというわけではありません。彼は欲に駆られて動いているだけであり、主の民イスラエルを激しく苦しめた神の敵です。これは神が、神の敵さえも支配しておられるという意味です。最近、日本の総理大臣の交代シナリオを作った「黒幕は誰か・・」と話題になっています。それに対し聖書は、「神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです」(ローマ13:1)と言います。次の総理を立てるのは神ご自身です。しかし、それは、その人の方が神のみこころにかなった人であるという意味では決してありません。それは神がイスラエルを懲らしめるためにアラムの王ハザエルを立てたのと同じです。彼は悪政を敷いて、人々を追い詰める人かも知れませんし、そのもとでより良い時代が始まるかもしれません。ただ、「すべて、多く与えられた者は多く求められ、多く任された者は多く要求されます」(ルカ12:48)とあるとおり、神は、その総理の心の思いを見て、彼をより厳しい基準でさばかれるのですから、私たちが先走ってさばく必要はないのです。

これはまさに、「人の心には多くの計画がある。しかし、主(ヤハウェ)のはかりごとだけがなる」(箴言19:21)と言われるとおりです。そして、このことを通して、主はイスラエルばかりかアラムをも支配しておられるということがわかります。つまり、イスラエルにわざわいをもたらすのは、アラムである前に、主ご自身であられるということになります。

3.エフーによるアハブ王家の滅亡、アハブ家のユダへの影響、

 当時のイスラエルの王はアハブの第二子のヨラムでした。彼が王位にあった第五年目に、南王国ユダでは、ヨシャパテの息子が王となり、その名は、何とイスラエルの王と同じで(8:16,17)、皮肉にもその意味は、「ヤハウェは高められる」でしたが、彼はヤハウェをさげすみました。彼の父ヨシャパテは神を恐れる立派な王でしたが、彼の最大の過ちは北王国イスラエルの王アハブと同盟関係を結んだことです。アハブとヨシャパテ双方の息子に同じ名が付くというのは友情のしるしかもしれません。そして史上最悪のイスラエルの王アハブの娘がユダ王国の皇后になり(8:16-18)、国が堕落します。その結果、主はユダの南の国、エサウの子孫のエドムを用いてヨラム王を苦しめました。そして、彼の息子アハズヤが王となりましたが、彼の母の名、つまりヨラムの妻の名がここで「アタルヤ」と記されます(8:26)。彼女は、悪女イゼベルの娘であり、その後のユダ王国を転落に導いた張本人でした。そしてアラムの王となったハザエルが北王国の王ヨラムとユダの王アハズヤとの連合軍を苦しめたことが記されます。

 そして一方で、預言者エリシャは仲間のひとりをイスラエルの王の家来エフーに遣わし、彼を王として立て、任職の油を注ぎます。その際、エフーに、アハブの家を滅ぼすという使命が告げられます。これもかつて主がエリヤに命じておられたことで、後継者エリシャがそれを実行に移したということでした(Ⅰ列王記19:16)。エフーには最初から野心があったわけではなさそうです。また彼とともにいた将校たちも、預言者のことばを伝え聞いて初めて、「エフーは王である」(9:13)と叫びあったと記されます。つまり、ここでもクーデターの首謀者は主ご自身であられたのです。アメリカの独立宣言には、神によって立てられたはずの地上の権威を、神の御許しの中で打ち破って新しい政治権力を建てる権利が主張されていますが、その根拠はこのような記事にあるのかもしれません。将校たちがすぐにエフーを新しい王として建てたのは、アハブの子ヨラムに対する不満が鬱積していたからでしょう。

一方、アハブの子ヨラムはそれにまったく気づかず、エフーの手にかかって死んでしまいます。そればかりかエフーはたまたま訪問中のユダの王アハズヤまでも殺します。これは神の命じられたことではありませんでした。これは、どのような革命でも、常に行き過ぎの残虐を生むことの実例と言えましょう。そしてエフーはその後、神の復讐の最大のターゲットであるイゼベルを殺します。彼女は威厳を保っているように見せかけ、彼をバシャの王家を滅びして七日間しか権力を保てなかったジムリにたとえて軽蔑します。しかし、イゼベルは彼女自身の家臣たちによって突き落とされます。そしてエフーが勝利を祝い、彼女へのあわれみの心を持ったとき、すでに彼女のからだは、犬の餌になっていました。それは主がエリヤを通して言われ、また先にエリシャから遣わされ、エフーに油を注いだ預言者のことばのとおりでした(9:10、36)。神はエフーの知らないところで犬まで動かしていました。

 エフーはその後、アハブ家に属するすべてのものを皆殺しにしたばかりか、見舞いに来たユダの王アハズヤの身内のもの42人を殺しました。その上で何と、エフーはバアルの預言者や信者たちを騙し討ちにします。彼は、「アハブは少ししかバアルに仕えなかったが、エフーは大いに仕えるつもりだ。だから今、バアルの預言者や、その信者、その祭司たちをみな、私のもとに呼び寄せよ。ひとりでも欠けてはならない。私は大いなるいけにえをバアルにささげるつもりである・・・」(10:18,19)と嘘を言って、彼らを強制的に一同に集め、皆殺しにします。神はこのような卑怯な手段と残虐を喜んでいるとは思われません。それでも、「このようにしてエフーはバアルをイスラエルから根絶やしにした(10:28)という、主に対する彼の熱心さには満足しておられます。それで、主ご自身も、エフーに対して、「あなたはわたしの見る目にかなったことをよくやり遂げ、アハブの家に対して、わたしが心に定めたことをことごとく行ったので、あなたの子孫は四代目まで、イスラエルの王座に着こう」といわれます(10:30)。

 しかし、一方で、エフーは、エルサレム神殿を否定して、べテルとダンにある金の子牛を拝むことはやめませんでした。それは主のみこころよりも、人々の心を自分につなぐための政治的配慮を優先したためでした。彼はアハブ王家を滅ぼすときには主のみこころに従うと言っているのですが、自分の王権を保つためには平気で主のみこころに反したことを行っています。これは現代の教会でも起こることかもしれません。人を攻撃するときには熱くなって「主のみこころ」ということばを持ち出しながら、自分の事に関してはあらゆる言い訳と正当化ができるというのが人間です。そのような中で、「主はイスラエルを少しずつ削り始めておられた」(10:32)と記されます。それは神によって立てられたハザエルがアラムの王としてイスラエルを打ち破っていたからでした。神はエフーを王として立てましたが、同時にアラムの王としてハザエルを立て、彼によってエフーの家を苦しめました。

 神によって立てられたエフーもアラムの王ハザエルも、自分の力に酔うように残虐を行います。そして、彼らは自分に力を与えた主を恐れないことによって国を滅ぼす道を開いてゆきます。詩篇62編では、「暴力に信頼するな。略奪をむなしく誇るな。強さが結果を生んでも(新改訳「富が増えても」)、それに心を留めるな・・力は神のもの」(10,11節)と告白されます。また、その前に、「民よ。いかなるときにも、この方に信頼せよ。あなたがたの心を御前に注ぎだせ。神は私たちの避けどころ」(8節)とも歌われます。黙示録ではこの世界に混乱と不条理が広がる中で、この世界の支配者が、無力さの象徴である子羊として描かれます。私たちの救い主は、神の子羊として、この世の悪の力に負けたようでありながら、「王の王、主の主」としてこの世界を支配しておられます。私たちはそれぞれの場で、「祝福とのろい」の選択を迫られています(申命記30:19)。目に見える力により頼むものは、自分の蒔いた種を刈り取らざるを得なくなります。一時的な平和ではなく、神のもたらす平和を私たちは待ち望むべきでしょう。

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2007年9月17日 (月)

Ⅱ列王記4:1-6:23 「神の恵みをむだに受けないようにしてください」

先週、今話題の本、マザーテレサの "Come Be My Light" を手に入れることができました。そこには、彼女のたましいの動きが彼女自身のことばで赤裸々に記されています。私にとってもある意味衝撃的な本です。そして、それは今日のエリシャの記事をイスラエルの歴史全体から見るうえで大きな示唆になりました。今の時代、人々はここちよさを求め、自分の願望が満たされることを願って、ますます、欲望の奴隷になっています。エリシャを通して起こったと同じことが文字通り自分に起こることを願う以前に、そのことが聖書全体の神の救いの物語のなかでどのような意味を持つのかを深く考える必要を示されました。

Ⅱ列王記4:1-6:23 「神の恵みをむだに受けないようにしてください」

                                                2007916

  「有難う」ということばには非常に深い意味が込められています。それは「存在が稀である」という意味が込められているからです。一方、自分の要求はかなえられて当然と思っているような人は、欲求不満ばかりを感じざるを得ません。いろんな信仰者の歩みを見ていると、一度の挫折を通して神のめぐみに立ち返った人、またそこでであった人へ感謝の心を忘れないような人は、その後も幸せな歩みをしているように思えます。

最近、マザー・テレサの心の中を表す手紙が出版されました。私はそれを読んである意味で衝撃を受けています。ある意味で、彼女は世界で一番、幸せな人かと思っていました。それは、「幸せとは、責任を果たし続ける中から結果的に生まれる感情だ・・・不幸なのは、責任を回避しているからだ・・」という一種の枠を当てはめようとしていたからです。しかし、彼女が本当に幸せを感じていたのは、働きを始めるに至るほんの短期間に過ぎませんでした。そのとき彼女は、祈りの中において、イエスとの驚くほど親密な交わりを体験していました。しかし、働きが急拡大する中で、彼女は深い孤独感と空虚さというたましいの暗夜を体験し続けていたのでした。そして、彼女の偉大さは、何よりも、その渇きの中で、イエスの十字架における渇きと、貧しい人々の渇きを身近に体験し、人々の渇きを癒す必要を切実に感じ続けたことにあります。彼女は、若い頃の体験を、「有難い」ものとして受け止め、ひとりでも多くの人がその恵みを体験できるようにと、自分の身を差し出していたのです。

一方、イスラエルの民は神への感謝を忘れる天才でした。しかし、それでも神は彼らにとことんあわれみと真実を尽くされました。愛は愛によって育たないからです。今日のエリシャの物語には、ある意味で、奇跡物語の羅列のように思えます。しかし、これから百年後、北のイスラエルの十部族の国は永遠に歴史から消え去ります。そして、そのさらに百五十年後、残されたユダ族の都エルサレムはバビロンの攻撃によって廃墟とされます。エリシャを通してなされた驚くべき神のみわざは、後のイエスの時代まで起きることはありませんでした。エリシャの時代は、まさにイスラエルの歴史上、もっとも有難い時代でした。しかし、それを理解する者は、逆説的に、日々の生活の中で、さまざまな神の恵みの有難さを味わうことができます。そして、私たちの心の真の渇きは、来るべき世界でしか満たされないということを悟る者は、現実の孤独と空虚さに耐えながら、一日一日を生きることができることでしょう。

 

1.油壺の奇跡 預言者の未亡人の息子が奴隷に売られないように守る

  エリヤは史上最悪の王アハブと戦う孤独な預言者でした。しかし、エリシャは気弱な王に受け入れられ、モアブとの戦いをも勝利に導き、「預言者集団」をも従えていました。あるときそのひとりが借金を残して死に、そのふたりの子供が借金のかたに奴隷にされようとしていると未亡人が訴えてきました。同胞を奴隷とすることは律法で禁止されていましたが、その教えは守られていなかったからです。エリシャは彼女に近所から油を入れる器を多数集めさせます。彼女が残されたたったひとつの財産である油壺から、それぞれの器に油を注ぎましたが、いくら注ぎつつけて器の数だけ油が出てきました。彼女は自分の最後の財産をエリシャの命じるとおりに使いました。するとそれが何十倍にも増えたのです。彼女はそれを売って負債を弁済し、子供を守ることができました(4:1-7)。しかも、これによってエリシャは、貸主の権利を侵害することなく、同胞の奴隷売買を止めさせることができました。

経済が成長しない社会では、誰かの得は必ず誰かの損につながりますが、神の人エリシャは、誰も損をさせることなく貧しい預言者の残された家族を守ることができました。イエスはその宣教の初めにペテロのしゅうとめが高熱で苦しんでいるのを癒されました(ルカ4:38)。それは三つの福音書に共通して記されていますが、それはイエスがご自分に従おうとした多くの弟子たちの家族にまで気を配っておられたことのしるしでした。

2.エリシャがシュネムの裕福な女を助ける

  シュネムはガリラヤ湖の南西、カルメル山から東に約30kmあまりに位置する町です。この町のある裕福な女はエリシャが町に立ち寄るたびに、彼を神の人として心からのもてなしをし、屋上に特別な部屋まで用意しました。あるときエリシャはこの女を呼び、「ほんとうに、あなたはこのように私たちのことでいっしょうけんめいほねをおってくれたが、あなたのために何をしたら良いか・・」(4:13)と尋ねます。彼女は、「私は・・しあわせに暮らしています」と何の要望も出しませんでしたが、彼は彼女が表現しなかった心の願いを悟って、「来年の今ごろ、あなたは男の子を抱くようになろう」(4:16)と言います。彼女は今まで不妊で、夫も既に高齢になっているため、彼女はそれを信じませんでしたが、彼女は約束されたとおり男の子を生みます。

イエスも、「預言者を預言者だということで受け入れる者は、預言者の報いを受けます・・・わたしの弟子だというので、この小さい者たちのひとりに水一杯でも飲ませるなら・・・その人は決して報いに漏れることはありません」(マタイ10:41,42)と言われました。あなたの善意の行いに、神はきちんと報いてくださるというしるしです。

しかし、その子が大きくなったある日、突然の頭痛で息を引き取ります。彼女は急いでろばに乗ってカルメル山のエリシャを訪ね、彼の足にすがりつきます。エリシャのしもべゲハジが彼女を追い払おうとします。当時、女が預言者の足にすがりつくなど決して許されない行為でした。しかし、エリシャは、「そのままにしておきなさい。彼女の心に悩みがあるのだから。主(ヤハウェ)はそれを私に隠され・・・」と言います(4:27)。彼は、何が起こったのかという情報よりも、彼女の心の悩みをじかに感じ取ろうとしています。それに対し、彼女は、「私があなたさまに子供を求めたでしょうか・・」と、まるで八つ当たりをするように訴えます(4:28)。エリシャは彼女の見当違いな怒りを優しく受け止めます。その上で、自分のしもべゲハジに自分の杖を持たせて急いで彼女の息子を訪ねさせようとします。

それに対し、母親は、「主(ヤハウェ)は生きておられ、あなたのたましいも生きています。私は決してあなたを離しません」(4:30)と答えますが、これはかつてエリシャがエリヤに対して言ったことばに似ています(2:2,4,6)。ただ、この際は、「離れません」ではなく、「離しません」という必死さが強調されています。自分がかつて自分の師である言ったことばを聞いて、彼も深く心を動かされたことでしょう。それでエリシャは彼女について子供を訪ねます。

先に子供のもとに着いていたゲハジは、エリシャの杖を子供の上に置きますが、「何の声もなく、何の応答もなかった」4:31)と報告されます。それは子供がすでに死んでいたからでした。ところが、エリシャは子供の死を見てもあきらめることなく、他の人々を外に出して、「主(ヤハウェ)に祈った」(4:33)のでした。このシュネムの女もエリシャも、「主(ヤハウェ)は生きておられる」と語っていますが、それは口先の告白ではなく、不可能を可能にしてくださる全能の主に信頼し続けるという姿勢が伴っています。そしてエリシャは、「その子の上に身を伏せ、自分の口を子供の口の上に、自分の目を子供の目の上に、自分の両手を子供の両手の上に重ねて、子供の上に身をかがめます」(4:34)。この姿勢にエリシャがすでに死んで冷たくなっている子供に徹底的に寄り添う姿勢が見られます。それは同時に、このシュネムの女の痛みに寄り添うことを意味しました。すると、なんと、「子供のからだが暖かくなって来た」というのです。これは、最初のアダムが、土地のちりで造られた後、神の「いのちの息」を受けて、「生きものとなった」と記されていることを思い起こさせます(創世記2:7)。彼女は、エリシャの「足もとにひれ伏し、地に伏しておじぎをした。そして、子供を抱き上げて出て行った」(4:37)というのです。何という感動の瞬間でしょう。

この記事は、イエスがナインという町のやもめの一人息子を生き返らせたことと似ています。そのとき人々は、「大預言者が私たちのうちに現れた」とか、「神がその民を顧みてくださった」などと言って「神をあがめた」と記されますが(ルカ7:16)、彼らはイエスをエリシャの再来と見たという意味だと思われます。エリシャの名は、「神は救い」という意味がありますが、神はエリシャを通して、神の民へのあわれみを示しておられるのです。

私たちのまわりには、あまりにも簡単に人生をあきらめてしまっているような人がいないでしょうか。まだ呼吸をしているのにもかかわらず、「生ける屍」のような生き方があります。私たちはそんなひとりひとりに寄り添いながら、「主(ヤハウェ)は生きておられる」という福音を私たちの呼吸を通して伝えてゆくことができるのではないでしょうか。

3.エリシャが釜の中の毒を消し、少ないパンで百人の預言者を養った奇跡

 エリシャがギルガルに帰って来たとき、この地に飢饉がありました。彼は大きな釜を火にかけさせ、煮物を用意させますが、預言者のともがらのひとりが摘んできた草は毒草でした。彼らは食べるときになって気づき、失望を味わいますが、エリシャは麦粉をもってこの釜の毒を消し、彼らが食べることができるようになりました(4:38-41)

そしてまた、ある人がエリシャのもとにパン二十個と、一袋の新穀を持ってきましたが、彼はそれを百人の預言者のともがらに振舞うように命じます。彼の召使は「これだけで、どうして・・・」と進言しますが、エリシャは、主はこう仰せられる。「彼らは食べて残すだろう」と、主のことばを伝えます(4:43)。そして実際、そのようになりました。

飢饉のなかでもエリシャとともに主に従っていた預言者たちを、主は養っていてくださいました。それはまさに、「主(ヤハウェ)を恐れる者には乏しいことがない・・主を尋ね求める者は、良いものに何一つ欠けることはない」と約束されているとおりでした(詩篇34:9,10)。そして、イエスに従った男だけで五千人にのぼる群集も、人里は離れた場所で飢えて動けなくなることなく、イエスが奇跡的に与えたパンで養われました。

 

4.アラムの将軍ナアマンのいやし

  イスラエルの北の国アラム(現在のシリヤ)の将軍ナアマンはツァラアトに冒されていました。これはハンセン氏病に似た皮膚病のひとつの現われだと思われ、当時はこの病の人は民から隔離されましたが、彼はそれにも関わらず王国への貢献によって王から重用されていました。その理由が、(ヤハウェ)かつて彼によってアラムに勝利を得させられたからである」(5:1)と記されます。ナアマンにその自覚があったかどうかは定かではありませんが、とにかく彼は主の選びの器でした。そして、信仰は神の選びから始まります。

そして彼の妻にイスラエルの娘が仕えていましたが、この奴隷とされた娘もナアマンのことを心配し、サマリヤの預言者にいやしを求めるように進言します。ナアマンは王の紹介状を受けて大量の贈り物をもってイスラエルの王を訪ねます。イスラエルの王は言いがかりをつけられたと思い、自分の服を引き裂きます。そのとき王が言った、「私は殺したり、生かしたりすることができる神であろうか」(5:7)ということばは印象的です。彼は自分の衣を引き裂く前に、シュネムの女のように、生ける神の預言者、エリシャにすがるべきだったからです。

そのことを聞いたエリシャはナアマンを自分のところに送るように願います。彼は馬と戦車でエリシャの家の入り口に立ちますが、エリシャは彼に直接会う代わりに、使いをやって、「ヨルダン川に行って七たびあなたの身を洗いなさい。そうすれば、あなたのからだが元どおりになってきよくなります」(5:10)と言わせます。エリシャは彼の目を、自分ではなくイスラエルの神に向けさせようと敢えて彼に会おうともしなかったのだと思われます。しかしナアマンそれを理解せず、この非礼に怒りを発しますが、部下はエリシャのことばに従うように進言します。これらの記述に、ナアマンが王からも妻の女奴隷からも部下からも慕われている高潔な人物であることが明らかになります。

  「そこで、ナアマンは下って行き、神の人の言ったとおりに、ヨルダン川に七たび身を浸した。すると彼のからだは元どおりになって、幼子のからだのようになり、きよくなった」(5:14)と記されます。彼は心に葛藤を感じながら、しぶしぶだったかもしれませんが、とにかくエリシャから告げられた主のことばに従いました。私たちも同じように、心が付いてゆかないようなときがあっても、行動において主に従うなら、その従順に主は報いてくださいます。

その後、ナアマンはすぐに引き返してエリシャに贈り物を受け取るように懇願します。エリシャはこのときは自らナアマンに対面し、「私が仕えている主(ヤハウェ)は生きておられる。私は決して受け取りません」(5:16)とそれを拒絶します。エリシャにとって、これは自分の働きではなく、主ご自身のみわざであったからです。

するとナアマンはイスラエルの土を運んで自分の家に祭壇を築き、「これからはもう、ほかの神々に全焼のいけにえや、その他のいけにえをささげず、ただ主(ヤハウェ)にのみささげますから」(5:17)と約束します。ここには異教的礼拝習慣から自由になっていない未熟さが見られますが、ナアマンが自分に目をかけてくださったイスラエルの神、主(ヤハウェ)を自分の神として礼拝するという回心の宣言であることは間違いありません。

ただそこにひとつ例外として、「私の主君がリモンの神殿に入って、そこで拝む場合、私の腕に寄りかかります。それで私もリモンの神殿で身をかがめます・・・どうか、主(ヤハウェ)がこのことをしもべにお許しくださいますように」(5:18)と願います。「腕によりかかる」とは、彼が王の右腕というような意味で(7:2,17参照)、身体的な行為を指していません。ですから、これは王の偶像礼拝を補助しながら、自分もそれに加わるということが明らかだと思います。これは基本的に、聖書全体では神の民には許されていないことだと思われます。しかし、エリシャは、「安心して行きなさい」(5:19)とのみ答えます。エリシャは主がアラムの将軍ナアマンを導いておられることを知っていました。彼を回心させたのは主のみわざでしたから、エリシャがナアマンの指導者になることは避けたのではないでしょうか。もしエリシャがナアマンの信仰の歩みに介入するなら、彼がナアマンの主人になってしまいます。エリシャはナアマンがアラムの王に忠実に仕えることを支持することによってアラムとの平和を願ったのかもしれません。

このことは私たちが仕事の上で偶像礼拝の援助をせざるを得ないときの慰めとしてよく用いられます。たとえば建設会社に勤めながら、神社の神主の行なう地鎮祭を手伝わざるをえないような場合です。教会としてはひとつひとつの事例を細かく検証して、これは偶像礼拝にあたるかどうかの判断を下すようなことをせずに、ひとりひとりの良心に任せます。もちろん、私たちは偶像礼拝とまぎらわしい行為から決別することを約束して洗礼を受けましたから、ナアマンのことを全面的に肯定することはできないとも思われます。エリシャのことばは、ナアマンの行為を全面的に許したというよりは、彼がそのことに葛藤を覚えていること自体を、主(ヤハウェ)への信仰の表現として評価したものと言えないでしょうか。私たちは至るところで迷いますが、それは罪への居直りよりはるかにましです。

 ところで、この様子を見ていたエリシャのしもべゲハジは、主人が贈り物をすべて拒否したことに憤慨し、「主(ヤハウェ)は生きておられる。私は彼のあとを追いかけて行き、必ず何かをもらって来よう」(5:20)と言います。彼は、エリシャと同じことば(5:16)を使いながら、私腹を肥やすことしか考えていない偽善者です。彼はナアマンから贈り物を受け取ることによってナアマンの病をも受け取るというさばきを受けました。エリシャが彼に言ったことば、「あの人があなたを迎えに戦車から降りてきたとき、私の心もあなたといっしょに行っていたではないか」(5:26)というのは印象的です。それは私たちにとって、私たちが罪を犯すとき、イエスのこころも痛んでいることを意味します。

 ナアマンのいやしの記事は、イエスが十人のツァラアトに冒された人を癒した記事に通じます。そのとき癒されたユダヤ人たちはいなくなりましたが、ひとりのサマリヤ人だけがイエスのもとに帰ってきて、「足もとにひれふして感謝しました」。イエスは彼に、「立ち上がって行きなさい。あなたの信仰が、あなたを直したのです」と言われました(ルカ17:11-19)。イエスが喜ばれた信仰は、ユダヤ人が軽蔑する背教者サマリヤ人の中にあったのです。

またイエスは、それ以前に、自分の郷里の町ナザレの不信仰を責めて、「預言者エリシャのときに、ツァラアトに冒された人がたくさんいたが、そのうちのだれもきよめられないで、シリア人ナアマンだけがきよめられました」(ルカ4:27)と言っておられます。ナアマンは妻の女奴隷のことばに従い、信仰をもってとなりの国からわざわざやってきました。そして、しぶしぶながらだったかもしれませんが、とにかくエリシャのことばに従いました。イエスは、「先の者があとになり、あとの者が先になることが多いのです」(19:30)と言われましたが、イスラエルの民ではなくアラムの将軍が従順の模範を示したのです。しかも、ユダヤ人は、ナアマンが自分の主君とともに偶像リモンの前にひざまずくことを軽蔑したことでしょうが、神は彼が主に従い始めたということ自体を喜んでくださったのです。

5.水の中から斧の頭を浮かばせる奇跡  預言者の信用を守るため

  エリシャの預言者集団は成長し、住む場所が狭くなり、ヨルダン川で木を切り倒して家を建てようとします。そのとき、ひとりが借り物の斧の頭を水の中に落としてしまいました。エリシャはそれに対し、一本の枝を切って投げ込み、斧の頭を浮かばせます。これはイエスが宮の納入金を払うためのステタル銀貨を、ペテロに命じて湖の魚から取り出させた奇跡に通じます。イエスはそのとき、「彼ら(神殿に仕える者)につまずきを与えないため」(マタイ17:27)と言いました。同じようにエリシャは預言者の仲間が他の人へのつまづきとならないように守ったのです。

6.火の馬と戦車がエリシャを取り囲んで守る

  その後、アラムの王がイスラエルに戦いを挑んできます。これがいつのことなのかは分かりません。少なくともナアマンが癒された直後ではないことでしょう。とにかく、このときアラムが陣を敷こうとする先々にイスラエルの備えができていました。それでアラムの王は、内通者が自分の部下にいるのではないかと疑いました。すると、家来のひとりが、「預言者エリシャが、あなたの寝室の中で語られることばまでもイスラエルの王に告げている」(6:12)という現実を知らせます。それでアラムの王は、エリシャのいるドタンに大軍を遣わし、町を包囲します。この町はサマリヤの北14kmぐらいにあります。

エリシャに付く若い者は慌てふためきますが、エリシャは、恐れるな。私たちとともにいる者は、彼らとともにいる者よりも多いのだから」と言います。そしてエリシャが主に願うと、若い者の目に、「火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちていた」のが見えました(6:16,17)。詩篇34:7には、「主(ヤハウェ)の使いは主を恐れる者のまわりに陣を張り、彼らを助けだされる」と約束されていますが、このことが目に見えるように明らかにされたのでした。

そして彼らが襲ってくると、彼らの目は盲目にされ、彼らは敵地サマリヤの真ん中に導かれます。イスラエルの王がエリシャに対応を伺うと、彼はアラムの大軍を傷つけず、盛大なもてなしをすることによって、彼らの戦意をくじくように言います。その結果、「アラムの略奪隊は、二度とイスラエルの地に侵入して来なくなりました(6:23)

  イエスもご自分が十字架に向って歩み出されるとき、三人の弟子たちを連れて山に登られました。そのときイエスの「御顔の様子が変わり、御衣は白く輝いた」(ルカ9:29)のでした。そこにモーセとエリヤが現れ、イエスが遂げようとしている最期について話し合っていたというのです。ペテロは三つの幕屋を建てたいと願いましたが、そう言っている間に、「彼らが雲に包まれ」、雲の中から、「これはわたしの愛する子、わたしの選んだ者である。彼の言うことを聞きなさい」という声が聞こえました(ルカ9:35)。この体験のことを、ペテロは、イエスに従ってこの世の苦しみに立ち向かう際の何よりの励ましの体験となっていることを証ししています(Ⅱペテロ1:16)

つまり、私たちもこの地上での苦しみに立ち向かう際に、私たち自身が主の御使いによって守られ、また目に見ることのできない光にとらえられていることを知る必要があります。目に見える現実に失望せずに、信仰によって歩むとは、将来を楽観的に考えるというようなことではなく、今、ここで私が主に守られ、とらえられていることを覚えることに他なりません。霊の目が開かれるとは、今ここにある神の恵みが見えるようになることです。

  本日の箇所にはイスラエルの王の名前がひとつも出てきません。そしてひとつひとつの話が独立しているように思え、その関連も明確ではありません。私は最初、何か意味のない奇跡物語の羅列のようにしか思えませんでした。しかし、これをイエスの記事と結びつけると、そこに大きな関連が見られます。

イエスは名もない貧しい人から有力な人まで、ひとりひとりの必要に答えるとともに、ローマ帝国への武力衝突を避けさせるような発言を繰り返しました。イエスご自身が人とびとの目をエルサレム神殿から生きた父なる神へと向けさせていました。預言者エリシャは旧約聖書の中でも、その働きがもっともイエスに結びつく預言者です。

預言者エリシャの時代、北王国イスラエルには神殿がありませんでした。そのため、人々は目に見える偶像に心が奪われていました。しかし、エリシャは神のあわれみを目に見えるかたちで表わすことによって、人々の心をイスラエルの神に向けさせました。ここに見られる奇跡の数々は、イスラエルの滅びを惜しみ、最後に彼らに立ち返りの機会を与えようとする神の、「懇願する」かのような、あわれみのみわざです。そこに不信仰な神の民への神の徹底的なあわれみを見ることができます。イエスの様々な奇跡も神のあわれみのしるしでした。しかし、ユダヤ人たちはそれを見ながら、イエスを退けました。そしてやがてイスラエルはローマ帝国によって滅ぼされました。

同じように、エリシャを通して示された神のあわれみにイスラエルが応答しなかったことによって、この国は七十年から八十年後にアッシリヤによって滅ぼされ、またその百五十年後にエルサレムはバビロンによって滅ぼされます。パウロは、「神が私たちを通して懇願しておられるかのようです・・・神の和解を受け入れなさい・・神の恵みをむだに受けないようにしてください・・・確かに、今は恵みのとき、救いのときです」(Ⅱコリント5:20-6:2)と言いました。そこには神の和解を拒絶するものへのさばきの宣告も含まれていることを私たちは決して忘れてはなりません。

エリシャによる神のみわざはひとりひとりに対するものです。ナアマンもシュネムの女も、このような奇跡を体験したのは一度限りだったことでしょう。しかし、彼らはそれを無駄にしなかったからこそ、この記事が残されています。

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2007年9月10日 (月)

Ⅱ列王記1章~3章「わたしの光となりなさい」

今日のメッセージでは、今話題のマザーテレサの信仰の暗夜のこと、チューリッヒのフラウミュンスター教会のシャガールのステンドグラスのことを話題にしました。僕がステンドグラスを見たのは、ニューヨークでのあの9・11の直後でした。この地の不条理をどのように観るべきか、深く考えさせられました。それと同時に、神様のことが分らなくなるという信仰の闇の問題があります。

不条理や信仰の試練の中で、神様の救いのご計画をどのように見たら良いのか・・・残念ながら、教会で信仰深いふりをしなければなどという駆り立ての中に生きておられる方が、意外に多いように感じます。

Ⅱ列王記1章~3章「わたしの光となりなさい」

                                                         200799

  マザー・テレサは、36歳のとき過労で病になり、休暇を命じられますが、その旅行の途中の1946910日、イエスが、「最も貧しい人々の中に、わたしを運びなさい。来て、わたしの光となりなさい」と語りかける声を聴きました。彼女はその後も、イエスが、「あなたが無能で、弱く、罪深いからこそ、あなたを私の栄光のために用いたいのだ・・」と語りかけるのを聞き、「神の愛の宣教会」の設立をローマ教皇に願い、194816日に働きを始める許可がおります。しかし、彼女の働きが軌道に乗り出して以来、イエスの語りかけは二度と聞けなくなりました。

最近タイム誌に載ったマザーの手紙によれば、彼女はそれに深く悩み、次のような手紙を霊的指導者に書いています。「私の神よ、なぜ私をお見捨てになるのですか・・私が求めても、あなたは答えてくださらない・・私の信仰は何処に行ったのでしょう・・ここにあるのは暗闇と空虚さだけ。神は私を愛しておられる・・と教えられた。それなのに、この暗闇と冷たさと空虚さの現実があまりにも大きくて、何も私のたましいを震わせることができない。私は、間違って、聖なるみこころに盲目に従おうとしたのだろうか・・・」と、またその後も、「私が主を求めれば求めるほど、主は私を求めてくださらない・・」と、そしてついに、「私は何のために労苦しているのか・・神がおられないとしたら・・私は祈祷書のことばを深く味わおうとした・・・しかし、私はもはや祈っていない・・・」とまで書いています。

この手紙に、無神論者たちは喜んだそうです。しかし、それはダビデの祈りであり、預言者エリヤの体験でもありました。そんな彼を神は最後に火の戦車とともに天に引き上げてくださいました。

1.占いを頼って自滅した王アハズヤ

 アハブは、二十二年間イスラエルを治め、政治的にはアラムへの勝利や近隣諸国との友好関係を保って安定と繁栄をもたらしました。それにも関わらず、彼は聖書によると史上最悪の王と呼ばれます。イスラエルの真の「王」は、(ヤハウェ)ご自身であられ(詩篇96:10)、王の使命は何よりも神に従うことだからです。

アハブは最終的に神によってさばかれましたが、彼が妻のイゼベルに従ってバアルを礼拝したことの悪影響は子供に如実に現れました。彼の子のアハズヤは二年間しか王位に留まることができませんでしたが、それは彼自身が親に習って偶像の神により頼んだからです。

不思議にも、アハズヤは死海の東の国、モアブがイスラエルにそむいたことよりも、自分の病気の今後のことを心配して、エクロンの神に、「病気が直るかどうか、伺いを立てさせよう」(1:2)としました。エクロンとはかつて十戒の箱が滞在し、主のさばきを現したこともあるペリシテの地です。本来なら、国が危険にさらさせ自分が病気になったら、謙遜にイスラエルの神ヤハウェに立ち返って救いを求めるべきですが、彼はその代わりに占いを求めました。それは、世の多くの人々も陥り易い過ちではないでしょうか。聖書の神ヤハウェは、私たちの願いを聞こうとされる以前に、ご自身のご意思、みこころを遂げられる方です。そのため、主は敢えて沈黙を守られることがあります。

先に述べたように、マザー・テレサしばしば神の沈黙に耐えかねて、自分の疑いや心の闇の問題を、信頼する司祭に手紙で打ち明けていました。ところが、世の占いは、すぐに何らかの答えを出してくれるものです。しかし、それは人間を愚か者にします。マザーの偉大さは、神が沈黙しておられるにも関わらず、自分が最初に受けたと信じる神のみこころにとどまり、疑いを感じたにも関わらず目の前の責任を果たし続けたことにあります。考えて見るなら当然のことですが、不安と孤独の渇きに苦しむことがない人が、どうして人の痛みに共感できるでしょう。また彼女が毎日、神のお告げを聞くことができるなら、どこに真のチームワークができるでしょう。それでは人は彼女のロボットにならざるを得ないですし、彼女の死後、その働きが継続することも期待できません。神の沈黙に耐えながら人格が成長し、交わりが築かれる様子は、詩篇の祈りの中に明らかです。

しかし、自分の計画と願望に囚われた人は、主の沈黙に絶えかねて、占いを求めます。そして、主(ヤハウェ)は、その過ちを、ティシュベ人エリヤを通して指摘します。アハズヤは二回に渡って五十人の兵隊を送りますが、二度とも天から火が下って彼らを焼き尽くすという結果になりました。何とも残酷に思えますが、この二度とも遣わされた五十人隊の長は、エリヤを、「神の人」と呼びながら、エリヤを恐れる前に王の権力を恐れています。ですから、エリヤは、「私が神の人であるなら・・・」(1:10,12)という表現で、王と神のどちらを恐れるべきかを示したのです。

三回目に王から遣わされた五十人隊長は、王の命令を伝えることもなく、ただエリヤにすがって命乞いをします。彼にとって、エリヤは真の意味で「神の人」と思われたからです。すると主の使いがエリヤに現れ、王を恐れる必要がないことを告げられ、エリヤは自分から王に会いに行きます。そして、改めて彼は王に主のさばきを伝えます。そしてアハズヤは「主(ヤハウェ)のことばのとおりに死んだ」(1:17)と記されます。

  アハズヤもサウルの場合同様、自分の罪を認める代わりに未来のことを霊媒や占いに頼って知ろうとして神のさばきを受けました。残念ながら、人は先祖たちの失敗から学習ができないものです。私たちも神の沈黙に耐えながら、今なすべき責任を果たし続ける者でありたいものです。私たちは迷いや疑いを通して成長します。すぐに答えを出してくれる占いに頼ろうとすることは、神のみこころに真っ向から背き、自分の身に破滅を招く行為です。

2.火の戦車とともに天に引き上げられたエリヤ

「主(ヤハウェ)がエリヤをたつまきに載せて天に上げられるとき・・」(2:1)という不思議な書き出しがあります。エリヤがエリシャを後継者に任じたのは、彼が燃え尽きて神の山ホレブ(シナイ山)にたどり着いた所で、主の声を聞いたからでした。そのとき、エリシャは彼の外套をかけられ、父と母に別れを告げて従いました(Ⅰ列王19:16,2021)

 エリヤはまずヨルダン川西側の町ギルガルからエリシャを伴って出ますが、それから北王国の南端にある山の上の町ベテル、その後は再び戻って低地の町エリコへと行き、またヨルダン川を渡って向こうの地に行こうとしますが、そのたびごとに、エリシャに、「ここにとどまっていなさい」と言います。しかし、エリシャは、三度とも、「主(ヤハウェ)は生きておられ、あなたのたましいも生きています。私は決してあなたから離れませんと答えます(2:2,4,6)。それはエリシャが、主がエリヤを取り上げられることを知っていたからです。最後にエリヤは自分の外套をとってヨルダン川を打ち、それを二つに分けて川の東側に渡ります。これはモーセを継ぐ預言者であるしるしです。

そして、エリシャはエリヤに「あなたの霊の、ふたつの分け前が私のものになりますように」(2:9)と言います。それは長男が弟たちの二倍の相続を受けるのと同じように、彼がエリヤの後継者となることを意味します。エリヤがモーセに相当するのであれば、エリシャはヨシュアに相当します。それに対してエリヤは、「私があなたのところから取り去られるとき、あなたが私を見ることができれば、そのことがあなたにかなえられよう」(2:10)と言います。つまり、エリシャはエリヤが天に引き上げられる目撃者となることができるかどうかが、後継者としての最終的な試験だいうのです。そして、それまでのエリヤの表面的な拒絶も、彼を試験するためだったと思われます。

そして、「一台の火の戦車と火の馬とが現われ、このふたりの間を分け隔て、エリヤは、たつまきに乗って天へ上って行った」(2:11)と記されます。火の戦車にエリヤが乗ったのではなく、それはふたりを分け、彼はたつまきに乗って天に上ったのです。エリヤと似ているのがエノクです。創世記では、「エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった」(5:24)と記され、その意味は、「信仰によって、エノクは死を見ることがないように移されました・・移される前に、彼は神に喜ばれていることが、あかしされていました」(ヘブル11:5)と記されます。

エリヤの場合はカルメル山でバアルの預言者450人と戦った後、うつ状態に陥り、「主(ヤハウェ)よ。もう十分です。私のいのちを取ってください。私は先祖たちにまさっていませんから」と願いました(Ⅰ列19:4)。彼はやっとの思いでシナイ山にたどり着いたほどでしたが、天に引き上げられるときには、「火の戦車」の迎えがありました。しかし、「火の戦車と火の馬」は、目に見えない形でエリヤを守り通していたのだと思われます。

私たちもこの地上では、「主よ。もう十分です・・」と言いたくなることがあったとしても、主の御使いは私たちを守っていてくださいます。そして、主はやがて、「号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下ってこられます」が、そのとき「私たちは・・雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と出会うのです」(Ⅰテサロニケ4:17)と記されています。私たちもこの地上では、よちよち歩きしかできないものですが、天には、たちまちのうちに引き上げられるのです。

エリヤはかつて、バアルを礼拝する王アハブとイゼベルに立ち向かいました。彼はイスラエルの背教に対する神のさばきを伝える預言者たちの最も古い預言者となりました。そして、エリヤが、「火の戦車」とともに天に引き上げられたことは、エリヤを通して示された「神の怒り」がイスラエルに実現することのしるしとなりました。そして、五十人の兵士たちが二回に渡って火のさばきを受けたことは、これからイスラエルに訪れる厳しいさばきの予兆でした。神は、預言者たちの預言者としてのエリヤを火の戦車で引き上げることによって、ご自身のさばきをも知らされたのです。この後のイスラエル王国はまさに坂道を転がり落ちるように破滅に向ってゆきます。

そしてエリヤが天に引き上げられたことは、彼が再び現れることのしるしでもあります。旧約聖書の最後、マラキ書では、主ご自身が、「見よ。わたしは、主(ヤハウェ)の大いなる恐ろしい日が来る前に預言者エリヤをあなたがたに遣わす(マラキ4:5)と語っておられます。エリヤの名は「ヤハウェは神」ですが、エリシャの名は 「神は救い」という意味があります。これは「ヤハウェは救い」というヨシュア(ギリシャ名でイエス)と同じ意味です。その後を見ると、エリシャの働きにはエリヤにまさるものがあります。エリヤは救い主の到来の前に人々を悔い改めに導くために再び現れると預言されていましたが、それはバプテスマのヨハネにおいて成就しました。そして、エリヤがエリシャに油注いだと同じように、バプテスマのヨハネはイエスに洗礼を授けたのでした。そして、イエスはご自身の火によるさばきを遅らせて、ひとりでも多くの罪人を悔い改めに導き、神のみもとに引き上げようとしておられます。

シャガールはチューリッヒのフラウミュンスターという教会のステンドグラスにおいて、この火の戦車とともに引き上げられるエリヤの姿を真っ赤に描き、それをイスラエルの悲劇の幕開けとして表現しています。しかし、その対面にはモーセから新天新地に至る神の救いの全体像が青く描かれています。それは神のビジョンを表わす色です。エリヤのテーマは、「主は生きて働いておられる」ということです。私たちが直面する様々な赤い悲劇も、神の救いを表わす青いビジョンの中で見直すことができるのです。

エリヤは自分しか見えないとき、自分の死を願いました。しかし、エリヤは今、生きたまま天に引き上げられ、神の視点からイスラエルの歴史を見るように招かれました。私たちも今、聖書を通して、天に引き上げられたエリヤの視点からこの地の歴史を見ることができます。

3.予想に反することが起こる時代の幕開け

その後エリシャは、「ヨルダン川の岸辺に立って・・エリヤの身から落ちた外套をとって水を打ち」ました。すると、「水が両側に分かれたので、エリシャは渡った」とあります(2:1314)。これはヨシュアがヨルダン川を渡って約束の地に入ったことを思い起こさせます。その後、ヨシュアはエリコを滅ぼしましたが、エリシャは反対に、のろわれた町エリコの水を良くするという奇跡を行いました。かつて、ヨシュアは、「エリコの再建を企てる者は、主の前にのろわれよ」(ヨシュア6:26)と言い、そののろいがアハブの時代に実現しました。しかし、エリシャはそののろわれた町の泉を良い水に変えました。これはイエスによって異邦人への救いが開かれたことに対応します。

一方で、ヤコブが神から、「わたしはあなたとともにいる」という保証を受けたイスラエル民族の信仰の出発点で「神の家」と称されるベテルでは恐ろしい悲劇が起こりました。エリシャをからかった四十二人の子供が二頭の雌熊に襲われたのです。しかし、子供が裁かれたことに理不尽さを感じるのは当然ですが、このベテルでは金の子牛が安置され拝まれており、子供の声はこの町の代表としての声でもあったのです。それはやがて神の都エルサレムの滅亡のとき、子供が何よりも悲惨な目にあったことの前触れとも言えましょう。このポイントは本来の祝福の町の祝福のシンボルである子供に対するさばきをとして神のさばきを予告することにあったのです。

  そしてアハブの子のヨラムがイスラエルの王として就任し、十二年間治めることが記されます。彼はアハブやイゼベルほどに悪い王ではなかったと記されます。ヨラムはアハブと同盟を結んでいたユダの王ヨシャパテを誘ってモアブとの戦いに挑みます。その際、エドムの王をも誘い込み、三王国連合でモアブにかかろうとします。

このときヨラムは二回にわたって、「主(ヤハウェ)が、この三人の王を召されたのは、モアブの手に渡すためだったのだ」(3:10,12)と言います。これは主の御名を使ってはいますが、三王国連合という政治と軍事力で勝利をつかもうという意思の現われです。それに対し、ヨシャパテは力に頼む代わりに、主のみこころを求めようとします。そのときエリシャが召されて、「私が仕えている万軍の主は生きておられる。もし私がユダの王ヨシャパテのためにするのでなかったなら、私は決してあなたに目を留めず、あなたに会うこともしなかった」(3:14)とヨラムに告げます。

そして、エリシャは立琴に合わせて預言し、谷にみぞを掘るように命じます。そして水が満ちたところでモアブの王は、水に太陽が反射するのを見て、これは三王国の同士打ちだと誤解して、イスラエルに攻めかかり、モアブは敗北します。そのような中で、モアブの王は自分の長男を全焼のいけにえとすることで、兵士たちの士気を上げ、どうにかイスラエルを撤退させることができました(3:27)。三王国連合の勝利は主の奇跡でした。しかし、それに対し、最も忌まわしい劇的な偶像礼拝で対抗しました。ここにヤハウェと偶像の神々との戦いが前面に出てきます。

神の敵は、今、最後の悪あがきをしています。地上に様々な問題がはびこっているのはそのためです。黙示録も世の終わりが近づくに従って敵の攻撃が激しくなる様子を描きます。しかし、パウロは、「夜はふけて、昼が近づきました」(ローマ13:12)と言いながら、暗闇が深くなることを、救いのときが近づいているしるしだと説明しました。

 マザーテレサは、神の沈黙に耐えながら、それでもあきらめずに、神を慕い求め続けました。そして、彼女は、やがて、自分の中にそのような神への熱い思いを与えておられる方が、神ご自身であるということが分りました。そして何よりも彼女は、貧しい人々たちの笑顔に、感謝のことばに、神の応答を見ていたのです。神の沈黙は、彼女を貧しい人々に向わせる神の招きでした。

あなたの渇きを起こしておられるのは神ご自身です。そして、どんなに世が暗く見えたとしても、それは昼が近づいているしるしと見ることができます。あなたは、今ここで、神の光の中にいます。暗闇は神の不在のしるしではなく、神の招きです。それは地上を離れて太陽に近づけば近づくほど、反射するものがなくて暗くなるのと同じです。暗闇の中にある神のみわざを認めて、今ここで喜ぶことができます。あなたには見えなくても、火の戦車と火の馬とが、あなたを包んで守り、天へと導いておられるのです。  

Hidenori Takahashi

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2007年9月 2日 (日)

箴言8,9章「神の知恵、イエスを心に持つ幸い」

                                               2007年9月2日

 私たちの憲法では、ひとりひとりが幸せを追求する権利が尊重されるべきことが保証されています。不思議に、幸せになる権利ではなく、幸福を「追求する」権利と記されます。そこには、人が常に、幸せに憧れながら、渇きを覚え続けるという地上の現実が前提とされているのではないでしょうか。だからこそ個人の自由が保障され、自分の意思で自分なりの幸福を追求することが尊重されるべきなのです。そして、それこそ、こころの世界です。それに対し聖書は単純明快な答えを提示します。それは、知恵を愛すること、イエスを愛することによるというのです。

1.「わたし(知恵)を愛する者には財産を受け継がせ、彼らの財宝を満たす」

 8:12に「知恵であるわたし」とあるように、ここでは知恵が「わたし」として擬人化されています。そして、「知恵」とは百科事典に書いてあるようなことを数多く知っているということよりは、私たちの日々の生き方に関することです。ですから、「知恵・・は分別を住みかとする」と言われます。「分別」とは、「巧みさ」とか「慎重さ」とも訳されますが、そこには物事の本質を見抜いて、成し遂げる能力という意味があります。また「そこには知識と思慮がある」とありますが、「思慮」は「目的」とも訳されることばです。その反対に、「何をやっても中途半端・・・」というのは「知恵」が足りなししるしです。ただし、この知恵は本来、神に属するものです。ですから、知恵を求めることが、「高ぶり」「おごり」と反対の、「主(ヤハウェ)を恐れる」ことといつも並べて記されます。最近は少し分からないことでもインターネットですぐに調べることができますが、そのように知識の宝庫へのアクセスを持つことは大変便利なことです。

私たちは、しかし、この聖書とその著者である神との祈りの交わりを通して、人生にとって最も大切な知恵へのアクセスを持っています。それを励ます意味で、「知恵」が、「わたしを愛する者をわたしは愛する。わたしを熱心に捜す者はわたしを見つける」(8:17)と語っています。そればかりか、「富と誉れ」「尊い宝物と義」「知恵」とともにあるので(8:18)、神の知恵を求め続けるものは、この世においてもすべての必要が満たされるというのです。それにしても、「わたし(知恵)を愛する者には財産を受け継がせ、彼らの財宝を満たす(8:21)と断言されていることに、何かご利益宗教の宣伝のような感じを味わい多くの人は戸惑いを覚えることでしょう。

しかし、たとえば、あなたが人に何らかの大切な仕事をお任せるとき、何を重視するでしょうか。血筋や学歴、パソコンや語学能力よりも明らかに重視する基準があることでしょう。そして、人の信頼を得ることができる人は、黙っていても仕事が回ってきて、結果的に豊かさを手にすることができます。それは少し立ち止まれば分ることです。

 多くの人は、目先のことに心を奪われて、最も大切なことを忘れてはいないでしょうか。たとえば、人はだれしも幸せを味わうことを求めています。しかし、自分のことしか考えないような人が幸せを感じることができないのは明らかです。「幸せ」は、富や権力に比例して増えるわけでもありません。そのことをソロモンは、「一切れのかわいたパンがあって、平和であるのは、ごちそうと争いに満ちた家にまさる」(17:1)と語っています。幸せは、何よりも神と人、人と人との交わりから生まれるものではないでしょうか。そして、この世の仕事においても何よりも信頼関係こそが大切です。驚くほど豊かな能力や感性を持っていながら、信頼されない人もいます。それどころか、分っていないことを分ったつもりになっている人は一番始末が悪いのではないでしょうか。聖書が語るところの「知恵」を求めるものは、しかし、良いものに何一つ欠けることがなく(詩篇34:10)、今ここで幸せを味わうことができます。

2.「わたしは毎日喜び、いつも御前で楽しみ、神の地、この世界で楽しみ、人の子らを喜んだ」

8:22~31節では、何と、「知恵」が世界の始まる前から存在していたと記されています。パウロは、「キリストは神の力、神の知恵なのです」「キリストは、私たちにとって、神の知恵となり、また、義と聖めと、贖いとになられました」と語っています(Ⅰコリント1:24,30)。つまり、「知恵であるわたし」とは、イエス・キリストを指し示しているのです。

  使徒ヨハネは、マリヤを通して人となる前のイエスを、「ことば」と呼びながら、初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は初めに神とともにおられた。すべてのものは。この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている」(ヨハネ1:1-5)と描きましたが、「ことば」「知恵」と呼びかえると、この箴言の箇所にもほとんど同じことが記されていることが分ります。ソロモンが千年後のイエスを知ることはなかったはずなのに、聖霊に導かれて、「知恵」ということばを用いながら、救い主のことを描いたのだと思われます。

  「知恵」は世界が造られる前から存在したというのは驚くべきことです。たとえば科学的な知識は、世界が現実にどのように動いているかを分析するところから生まれます。つまり、科学は、世界が造られた後で生まれたものです。しかし、「わたし(知恵)は神のかたわらで、これを組み立てるものであった」(8:30)とあるように、「知恵」を持つ者は、世界の成り立ちを知ることができるというのです。つまり私たちはキリストを知ることによって、世界がどのように始まり、どのように保たれ、どのように終わるかのすべてを知ることができます。ところで、この聖書が記された時代の人々は、ほぼ例外なく、太陽が地球の周りを回っていると信じていたことでしょう。それは、現代人の目からは、「無知」と称されるかもしれません。しかし、地球が太陽の周りを回っているということを悟ったことが、その人の人生にどのような影響を及ぼしているというのでしょう。地球の法則を知るよりも、自分の感情に振り回されることなく、隣人を愛してゆくことの方が、はるかに大切なことではないでしょうか。時代と共に変わってゆく科学的知識よりも、世界の始まる前から存在し、三千数百年前に啓示され、それに従う信仰者によってその真実さが確認された「知恵」こそが私たちの人生の基盤になります。

 しかも、「わたしは毎日喜び、いつも御前で楽しみ、神の地、この世界で楽しみ、人の子らを喜んだ(8:30,31)とありますが、神が喜びをもって世界を創造し、人をご自身のかたちに創造して喜んでおられるということ、この世界と私たちが神の喜びの対象であるというのはなんという慰めでしょうか。それと対照的なのがギリシャ神話です。そこではゼウスが人間を懲らしめるためにひとつの箱をパンドラに与え、彼女が好奇心に負けてその蓋を開けるとありとあらゆる災いが世界に広がった。そして最後に箱の底に「希望」だけが残り、それだけは手元に残った。それ以来、人間は、諸悪に満ちた世界にありながら希望のみを頼りに生きていると記されます。希望が人にとっての最後に守るべき宝であるというのは、聖書に通じる話ではありますが、世界の背後に神の悪意を見るのか善意を見るのかということは人生の構えを決定的に変えるものです。聖書によるとこの世界の悲惨は、人が自分を神のようにして、自分を中心に善悪を判断するようになった結果です。しかし、人々の忘恩の罪にも関わらず、神は人を愛し続け、ご自身の御子を送って罪の悪循環を断ち切り、世界を平和に満ちた歓喜に向って導いておられます。このように、世界の始まりと終わりが喜びに満ちているということは、私たちの悲しみは永遠のものではなく束の間の間奏曲にすぎないということを指し示しています。私たちは何の根拠もない淡い希望を抱いてこの世の苦しみを生きるのではありません。既に天上には御使いたちの歓喜の歌声が響き渡っています。私たちはそれを霊の耳で聴きながらこの地上の生涯を送るのです。そのことを覚えながら、「わたし(知恵)を見いだす者は、いのちを見いだす」(8:35)と記されます。キリストを見いだす者は、まさにいのちの喜びを見いだすのです。反対に、この神の知恵を「見失う者」は、結果的に「死を愛する」状態にあります(8:36)。

3.「わきまえのない者はだれでも、ここに来なさい」

  そして知恵は、「わきまえのない者はだれでも、ここに来なさい(9:4)と招きます。つまり、私たちが知恵を受けるための何よりの前提は、自分の無知を悟ることにあるのです。たとえば哲学は、「知恵を愛する」(フィロ・ソフィア)という言葉から生まれていますが、この箴言が記された六百年後に生まれた哲学の父ソクラテスは、自分の無知を知ることこそが何よりの知恵の出発点だと言いました。そればかり彼は、多くの自称知者たちの無知をあばいて死刑になってしまいました。まさに、「あざける者を戒める者は、自分が恥を受け、悪者を責める者は、自分が傷を受ける。あざける者を責めるな。おそらく、彼はあなたを憎むだろう」(9:7,8)と記される通りのことが起きたのです。

私たちも、聞く耳のない人に福音を語ろうとしても無駄です。確かにそれでも語るべきときはありますが、自分がそうすることによって、当座は人の憎しみを買うことになってしまうということも自覚している必要があります。

しかし、「知恵のある者」、つまり、「知恵を愛する」(8:17)者(真の哲学者)を、「責める」なら、「彼はあなたを愛するだろう」と言われ、「知恵のある者は・・ますます知恵を得よう」と記されます(9:8,9)。

その上で、「主(ヤハウェ)を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟りである」9:10)とこの箴言のテーマが繰り返されます。自分の無知を自覚し、知恵の源である方にすがり、その方が啓示してくださった聖書に親しむことこそ、「あなたの日は多くなり・・いのちの年は増す」(9:11)という幸せな人生の鍵なのです。

  ところで、ここでは続けて、「愚かな女」「騒がしく」しながら、往来の人々を、「わきまえのない者はだれでもここに来なさい」と誘っているというのです(10:16)。それはたとえば、細木数子の占いに似ているかもしれません。しかし、「そこに死者の霊がいる・・彼女の客がよみの深みにいる」ということを私たちは知らなければなりません。子の世界では、「知恵」と同時に、「愚かな女」も人を招いているということを知り、声を聞き分ける必要があります。

 イエスはこの箴言のことばを思い浮かべながら、「誰でも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい」(ヨハネ7章37節)と人々を招いておられました。そして、イエスのことばが、真のいのちへの招きであることは、主ご自身の生き方を通して明らかにされています。知恵はその人の生き方を通して明らかにされるからです。

 キリストを持つ者は、すべてを持つということを覚えたいと思います。パウロは、「私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています」(ピリピ3:8)と言っているほどです。

「主よ、人の望みの喜びよ」というバッハの名曲は、その60年前のドイツの牧師マルティン・ヤーンの詩を基に生まれました。ヤーンは反宗教改革の嵐の中で、信仰のゆえにすべての富も名誉も失いながら、イエスを心に持つ身の幸せを歌いました。そこにはまさに、「神の知恵」であるイエスを持つことの幸いが美しく歌われています。

「イエスを持つこの私は 何と しあわせ!何と固く彼を抱きしめることでしょう。主は、病のときも、悲しみのときにも、私の心を活かしてくださる。いのちを賭けてこの私を愛されたイエスご自身が私のうちにおられる!

ああ、だから私にイエスを忘れさせないで!たといこの心が破れることがあっても」

「イエスはどんなときにも私の喜び。この心の慰め、生命のみなもと。イエスは全ての苦しみの中での守り手。

主こそが私に生きる力を与える。彼は私の目の太陽、また楽しみ。このたましいの宝、無上の喜び。

ああ、だから私に、いつもイエスをこころの目の前から離れさせないで!」

Ⅰ   さいわい なるかな    主イエスを 持つ身は    

    悩みの ときにも    慰め たまえり  

イエスは わが ために  いのちを 捨てられ

  破れし ここ ろ に    ひかり ともせり

Ⅱ  主は わが よろこび   いのちの みなもと

    恐れの ときこそ     ちからを たまわる

主こそ わが ひかり  望みぞ、宝ぞ

いかなる ときにも   イエスを 仰ぎ見ん 

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