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2009年11月15日 (日)

ルカ22:54-62「臆病な者を『不動の者』と変えてくださる神」

                                            20091115

  ペテロは確かに弟子たちのリーダーでした。カトリック教会の総本山はペテロの墓の上に立っており、ローマ法王はペテロの後継者と呼ばれています。それは根拠のないことではありません。確かに、イエスは弟子のペテロに向かって、「あなたはペテロ()です。わたしはこの岩(ペトラ)の上にわたしの教会を建てます」(マタイ16:18)と言われたからです。そのように考えると、ペテロはよほど立派な人間であると思われて当然ですが、よくよく聖書を見ると、ペテロが、まさに救いようのないほどの偽善者、臆病者、嘘つきであることが赤裸々に記されています。彼があなたの友であったなら、「もうあなたなんか、信用できない!」と見放していたかもしれません。しかし、イエスはそんな彼を作り変えてくださいました。そして、主は「不動の者」と変えられた彼の信仰告白の上にご自身の教会を建てておられます。ペテロを作り変えた御霊が私たちに与えられています。私たちはみなペテロの後継者です。  

1.主がペテロに与えてくださった誇りと希望

イエスは、最後の晩餐の終わりで、弟子たちに向かって、「あなたがたこそ、わたしのさまざまの試練の時にも、わたしについて来てくれた人たちです」(28節)と言われました。それは、イエスが、彼らの動機がどのようなものであるにせよ、ご自身との交わりの中にあるということ自体を喜んでおられるという意味です。私たちは自分の身勝手さに何度も反省させられることでしょうが、イエスとの交わりの中にいるからこそ、それに気づくことができるのではないでしょうか。人は純粋な動機でイエスに従うというより、従う中で、動機が純粋に変えられるのです。

その上でイエスは、「わたしの父がわたしに王権を与えてくださったように、わたしもあなたがたに王権を与えます」(29節)と言われます。キリスト者の生涯は、イエスの歩みの御跡をたどるものですが、そこには十字架の苦しみと同時に、復活と昇天の希望があります。イエスは、弟子たちが引き続き、御名のために苦しむということをご存知であられるからこそ、ここで、明確な報酬を約束しておられます。黙示録では、偶像礼拝の誘惑に命をかけて抵抗し続けた信仰者たちについて、「彼らは生き返って・・・神とキリストとの祭司となり、キリストとともに千年の間王となる」(20:4,6)と約束されています。イエスがここで、「それであなたがたは、わたしの国でわたしの食卓に着いて食事をし、王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです」(30節)と言っておられるのは、このことを指すのだと思われます。イエスは、弟子たちに、この地上の生活での名誉のためではなく、神の国で約束されている名誉のために、この地でのどのような苦難にも耐え、ご自分に従うように命じられたのです。

ペテロは自分がイエスとともに王座に着くという約束を聞いたとき、心が喜びで満ち溢れたことでしょう。そして、そのためにはどんな苦難にも耐えると、「私は命をかけて主に従う」という覚悟を決めたことでしょう。

2.自分の中の恐怖心と向き合っていなかったペテロ

ところがイエスは、その後、ペテロの気持ちをくじくようなことを言います。それが、「シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(31、32節)というおことばでした。つまり、ペテロはまず、サタンの誘惑に負けてイエスを裏切り、イエスの祈りによって初めて信仰を保つことができるというのです。しかし彼は、「主よ。ごいっしょになら、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております」(33節)と答えました。彼は他の弟子たちはさておき、自分だけはイエスを裏切ることなど絶対にありえないという確信を抱いていました。しかし、「私は大丈夫!」などと豪語する者ほど危ない人はいません。そのように言う人は、旧約聖書を知っていないことを証明しています。旧約は、どんなに良い教えを受けても、アダムの子孫はそれを実行することができないということを証明するための記述だからです。

 それでイエスは、「ペテロ。あなたに言いますが、きょう鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言います」(34節)と言われました。主はペテロの人間的な誇りを砕こうとしておられます。それは弟子訓練の最終段階です。私たちにとって「誇り」は命より大切です。実際、誇りのない人のことばなど信頼できません。しかし、主のみこころを離れて、「私こそ・・」「私でなければ・・」という思いが先行してしまっては本末転倒です。ですから、しばしば、主は、私たちをご自身の働きに生かす前に、自我を砕くというプロセスをとってくださいます

イエスはその上でペテロを初めとする三人の弟子たちだけを伴ってゲッセマネの園でお祈りしました。そのときイエスは彼らに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい」と言われました(40節)。それはペテロを初めとする弟子たちが誘惑に簡単に負けてしまうということをわかっておられたからです。しかも、イエスご自身は、「弟子たちから石を投げて届くほどの所に離れて、ひざまずいて」、「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください」と祈られました(41、42節)。イエスは、最初から、「みこころのままに」と祈ったのではなく、「この杯をわたしから取りのけてください」というご自分の願いをまず率直に祈っています。その時の様子が、「すると、御使いが天からイエスに現れて、イエスを力づけた。イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた」(43、44節)と描かれます。これは、主の心に、目の前の苦しみから逃れたいという人間としての思いと、御父のみこころのままに十字架の苦しみを主体的に受け止めようとする思いとの葛藤があったということだと思われます。イエスですら、その葛藤の中で、御使いの励ましを必要とされたというのです。そして、「汗が血のしずくのように地に落ちた」とは、苦しみのあまり、汗の中に血が混じったような状態になって、それが地に落ちたということを描いているのではないかと思われます。

ところが、その間、ペテロを初めとする三人の弟子たちはイエスとは対照的に、「悲しみの果てに、眠り込んでしまって」いました(45節)。イエスは、それで彼らに、「なぜ、眠っているのか。起きて、誘惑に陥らないように祈っていなさい」(46節)と言われました。ルカはこの「誘惑に陥らないように」ということばを繰り返しています。神の御子であられる方でさえ、自分の肉の思いを制するために血の汗を流して祈る必要があったのに、ペテロはそのように真剣に自分の弱さと向き合う必要を感じなかったというのは何とも皮肉です。

そして、ペテロは、目を覚まして祈るべきときに、眠っていた結果として、肝心のときに、イエスのことを三度知らないと否定してしまうことになります。ペテロは自分の内側にあった恐怖心に蓋をしていました。それが居眠りの原因かもしれません。しかし、いざとなったら、それが芽を吹き出し、その恐怖心に圧倒されて、誘惑に負けてしまいました。自分の内側にある恐れの心に蓋をする者は、恐れに敗北します

そして、イエスが捕らえるためにユダヤ人の指導者たちがユダを案内役として迫ってきたときのことですが、弟子の中で最も気が早いペテロが、「大祭司のしもべに撃ってかかり、その右の耳を切り落とし」ました(49,50節)。ところが、イエスはすぐに、その人の耳を癒してくださいました。これは、大祭司のしもべに対する愛であるとともに、ペテロを犯罪者にしないための配慮とも言えましょう。そこにはローマの軍隊がともにいましたが(ヨハネ18:3)、彼らは自分たちに向かって剣を振り上げるものを容赦はしないからです。ペテロは、かつてイエスに「あなたのためにはいのちも捨てます」(ヨハネ13:37)と豪語しました。確かにペテロは、蛮勇を発揮し、自分のいのちを捨ててイエスを守ろうとしました。しかし、実際は、いのちを救われたのはペテロのほうでした。とにかく、ペテロは、瞬時に、剣を抜いて打ってかかりましたが、それは決して勇気の現われではなく、恐怖心に駆られた行動ということもできましょう。このようなときに、じっと黙って立ち続けることこそ、最大の勇気の現われです。

3.イエスの勇気とペテロの臆病の対比

ゲッセマネの園での祈りを通して、イエスはご自分の内側にある人間としての恐怖心に打ち勝たれました。そして主は、「押しかけて来た祭司長、宮の守衛長、長老たち」に驚くほど落ちついて立ち向かいます(52節)。イエスはこのとき、「今はあなたがたの時です。暗やみの力です」(53節)と言われましたが、人間の目には、暗やみの力が、光の子らを圧倒しているように見えるときがあります。しかし、それは神のご支配に中にあるときでもあります。

そして、「彼らはイエスを捕らえ、引いて行って、大祭司の家に連れて来た」(54節)と記されますが、イエスの一連の行動に表されているように、イエスご自身の方が「時」を支配しておられました。イエスは敢えてご自身の身を差し出され、ユダヤの精神的な最高指導者である大祭司のもとに連れてこられるように仕向けたのです。

一方、ペテロは、遠く離れてついて行った」(54節)と記されます。ヨハネ福音書によると、このときヨハネも隠れてついてきましたが、彼は大祭司の知り合いなので、すぐに中庭に入り、門の前に取り残されたペテロをも招き入れました。その直後のことが、ここでは、「彼らは中庭の真ん中に火をたいて、みなすわり込んだので、ペテロも中に混じって腰をおろした」(55節)と描かれます。しもべたちや役人たちが炭火を起こして暖まっていたので、ペテロは目立つのを避けるためにもその輪の中に加わったのです。そしてこのとき予期しないことが起こりました。

すると、女中が、火あかりの中にペテロのすわっているのを見つけ、まじまじと見て」、その上で、「この人も、イエスといっしょにいました」と言ったというのです(56節)。「ところが、ペテロはそれを打ち消して」、「いいえ、私はあの人を知りません」と言ってしまいました(57節)。彼はそこで、身体を暖めながら、心はどんどん冷えて行ったことでしょう。そして、心の底に押し込めていた恐れの気持ちにしだいに圧倒されたのではないでしょうか。

「しばらくして、ほかの男が彼を見て」、そして、「あなたも、彼らの仲間だ」と言ったと記されます(58節)。マタイもマルコも、「ペテロが入り口まで出て行くと」と描いています(マタイ26:71、マルコ14:68)。つまり、ペテロはその場から逃げ出そうとしたというのです。ただし、ヨハネでは、「一方、シモン・ペテロは立って、暖まっていた。すると、人々は彼に言った」(18:25)と記されており、ペテロは一度目にイエスを知らないと言った後も、しばらくそこに留まっていて、その後、立ち去ろうとするとき、複数の人々からイエスの仲間であることを指摘されたということだったと思われます。事実、ヨハネは一度目と二度目の否認の間に、アンナスによる裁判を入れています。これで、イエスの勇気とペテロの臆病さが対比されます。とにかく、明らかになるのは、二度目の否認は、とっさの自己防衛ではなく、反省の時間を十分にとることができた上で、複数の人々からの指摘に対し、断固として、「いや、違います」(58節)とイエスとの関係を否定したのです。なお、マタイの記録では、ペテロは、誓って『そんな人は知らない』と言った」(26:72)と記されています。これは、神に誓って、イエスの関係を否定したということではないでしょうか。

ペテロはすぐにそこを立ち去ることもできたはずですが、イエスへの愛のゆえに、恐怖心を必死に抑えながらそこに留まり続けました。それ自体は賞賛に値することでしょう。しかし、彼の心は大きく揺れていました。彼は一度目の自分の否認のことばを反省していたことでしょう。ただ同時に、「つい、口が滑ってしまっただけ・・」などと自分を弁護していたかもしれません。彼の心は揺れていました。でも、そこで自分の弱さを見つめ、真剣に神の助けを求めて祈っていたわけではありませんでした。だからこそ、二回目は、一度目以上に断固としてイエスとの関係を否定したのだと思われます。しかし、私たちは、心が揺れるからこそ真剣に祈る必要があるのです。

4.弁解の余地のない裏切り

そして、「それから一時間ほどたつと、また別の男が、『確かにこの人も彼といっしょだった。この人もガリラヤ人だから』と言い張った(59節)と記されます。つまり、二度目と三度目の否認の間にも一時間もの時間があったというのです。つまり、ペテロは、われを忘れたのではなく、自分が語ったことの意味を反芻する時間が十分にありました。なお、このときペテロを訴えている人のことばが「言い張った」とあるように簡単に逃げようのないものでした。事実、ヨハネも、三度目の問いは、右の耳を切り落とされた人の親類からで「私が見なかったとでもいうのですか」(18:26)という厳しいものであったと記します。それに対し、ペテロは、「あなたの言うことは私にはわかりません」(60節)と断固と答えています。このときの答え方を、マタイは、「すると彼は、『そんな人は知らない』と言って、のろいをかけて誓い始めた」(26:74)と記します。これは「私のことばが嘘なら、神にのろわれても構わない」と宣言することです。彼は、イエスばかりか、父なる神をも否認しました。これは、ユダよりもなお罪深い行為であり弁解の余地はありません。ペテロはこの時になって、無節操に大祭司のしもべに切りかかったことを後悔していたことでしょう。ペテロの心の奥底には、救い難いほどの臆病さと不信仰が隠されていたのです。何という絶望でしょう!

イエスは、ペテロを初めとする弟子たち全員に、「からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません・・・人の前でわたしを知らないと言うような者なら、わたしも天におられるわたしの父の前で、そんな者は知らないと言います(マタイ10:33)と警告しておられました。そのときペテロは、「それは私の問題ではない!」と思ったことでしょうが、それが今、深刻な自分の問題になっているのです。

「それといっしょに、彼がまだ言い終えないうちに、鶏が鳴いた」(60節)と記されます。まさに、イエスが言っておられたとおりのことになりました。ペテロは、「主よ、ごいっしょになら、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできています」(33節)また「たとい、全部のものがあなたのゆえにつまずいても、私は決してつまずきません」(マタイ26:33)と言ったことばを忘れたのでしょうか。一番弟子であるとの自負心を持った人が、最初につまずいたのです。

ところがそこで、「主が振り向いてペテロを見つめられた」(61節)と描かれています。イエスのまなざしはどのようなものだったでしょうか。それは、決して、「それ、見たことか!お前は、どうせその程度の人間なのだ・・」などとペテロを責めるようなまなざしではありませんでした。なぜなら、イエスは、「わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました」(32節)と言っておられたからです。ペテロはこのとき、イエスの慈しみのまなざしを見たことでしょう。私たちは、自分の悔い改めとか信仰を見る前に、私たちの信仰を守ってくださるイエスの真実にこそ、常に目を向ける必要があります。私たちは、ペテロが赦されたのは、真剣に悔い改めた結果であるかのように誤解しがちです。しかし、イエスは、ペテロが悔い改めることができるように、事前に彼の問題を指摘し、また彼のためにとりなしの祈りをしていてくださいました。すべてがイエスのみわざでした。

そして、「そのときペテロは、『きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは、三度わたしを知らないと言う』と言われた主のおことばを思い出した」(61節)のでした。それは彼のプライドを徹底的に砕く思い起こしでした。「彼は、外に出て、激しく泣いた」(62節)というのです。このペテロの悔いの涙から、バッハのマタイ受難曲のアリアが生まれます。

そこには、イエスに向かっての明確な謝罪を含んだ悔い改めがあったことでしょう。彼はその後、自分の失敗を繰り返し語ったことは確かです。だからこそ、すべての福音書にこのことが詳しく描かれたのです。

しかし、彼はこれによって文字通り、「心の貧しい者(poor in spirit)」とされました。「心が貧しい」とは、謙遜の美徳を指す以前に、「霊的に貧しい人」です。主の救いは、「私は大丈夫」という人ではなく、自分の救い難さを自覚した人にこそ及ぶからです。ペテロはそこでイエスの祈りなしには、自分の信仰がなくなっていたということを心から知りました。それを通して彼は、他の弟子たちの弱さを軽蔑する代わりに、共感できるようになったことでしょう。

ペテロはこの挫折を通して初めて、イエスが「だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(32節)と言われた命令を実行できます。彼は、福音を語るたびに、自分の愚かな失敗を証ししました。彼の愚かさと、主のあわれみがセットになって、人を慰め励ましたのです。しかも、それを聞く者は、必ず、ペテロを真の自己認識と悔い改めに導いたイエスの愛を理解します。だからこそ、ペテロの後継者たちは、彼とは反対に、命懸けでイエスへの信頼を貫くことができたのです。つまり、彼の救い難いほどの弱さを通して、どんな人をも造り変えるイエスの真実が証しされました。あなたがどんなに不信仰でも、イエスはあなたを立たせることができるのです。そこには、「主の御霊に生かされる」という、この世のすべての喜びにまさる平安が約束されています。

ペテロは情熱的な人でした。弟子の多くがイエスを離れた時にも、「主よ。私たちが誰のところに行きましょう。あなたは永遠のいのちのことばを持っておられます」(ヨハネ6:48)と答え、イエスのために命を賭ける覚悟を持っていました。しかし、そこには危険が潜んでいました。彼の出生名シモンは十二部族の一人のシメオンに由来します。彼は怒りに振り回される乱暴さで裁きを受け、ユダ族の間に散らされて住む弱小部族となりました(創世記49:5-7)。シモン・ペテロも剣をむやみに振り回して墓穴を掘りました。本来なら、この後ペテロは弟子の中で立場を失ってしかるべきでした。しかし、イエスは、彼のもろさを見抜いておられながら、彼の熱い思いを喜んでもおられました。

ヨハネは、ペテロが弟子となった経緯を「彼(アンデレ)はシモンをイエスのもとに連れて来た。イエスはシモンに目を留めて言われた。『あなたはヨハネの子シモンです。あなたをケパ(訳すとペテロ「岩」と呼ぶことにします)』」(1:42)と簡潔に記します。ペテロは後に、神は私たちを、苦しみを通して岩のように「不動の者」としてくださる(Ⅰペテロ5:10)と言いました。主は復活後、炭火の前で三度イエスを知らないといったペテロに対し、炭火を起こして朝食を与え、「あなたは、わたしを愛しますか」三度尋ねます(21:9-17)。それは、彼を名実ともにペテロ()にし、弟子のリーダーとするためでした。これは、エリート部族の名をいただくユダが裏切り者となったのと好対照です。

ところで、サウロは、ユダヤ人のエリートでしたが、パウロ(小さい者)というローマ名によって異邦人の使徒となりました。彼は強靭な意思力の反面、包容力に欠けていました。福音記者マルコなどは一度、パウロから失格者の烙印を押されています。しかし、イエスはパウロに試練を与え、それを通して心の広い器にしてくださったのです。

また、使徒ヨハネは霊的洞察力の鋭い人でしたが、「天から火を呼び下して、彼らを焼き滅ぼしましょう」(ルカ9:54)と言いのけるような冷酷さを隠していました。彼はいつも人との距離感を大切にする一方、ちょっと近寄り難いイメージを与えていた人かもしれません。しかし、彼は、「イエスが愛された弟子」と自称するほどに特別な愛を受けることによって、「愛の使徒」とされました。

私たちは誰でも、与えられた才能を感謝し、同時に、その裏に隠された心の闇の部分でイエスに出会うなら、人格が統合され、輝きが生まれます。イエスは、感情の起伏の激しい者を「岩」(ペテロ)と、冷酷者を「愛された者」と、偏狭者を「異邦人の使徒」と呼ばれ、彼らを変えられました。ペテロに最初に語られたように、イエスは、今も「あなたは・・です」と生まれながらの価値を認め、その上で、「わたしはあなたを・・・と呼びます」と言って、新しい名と使命を与えてくださいます。心の闇に絶望する必要はありません。そこは、主ご自身が、忍耐をもって、ご自身の愛を豊かに注いで造り直してくださる部分です。その時、あなたの致命的な弱さが、反対に、まわりの人に、神の愛の豊かさを証しする恵みとされます。神はあなたに期待しておられます。

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2009年11月 8日 (日)

エゼキエル24-28章「国際貿易都市ツロの繁栄と没落」

                                              2009118

  今から40年前、「大きいことはいいことだ・・」などという森永チョコレートのCMソングがはやりました。しかし、大きな国は意外に短命な一方で、小さな都市国家が千年も続くということがあります。それは、過去にはツロであり、ヨーロッパではヴェネチアであり、また、現在はシンガポールなのでしょうか。それは教会にも適用できることかもしれません。今から十年前、世界的に有名なっているリージェント・カレッジの創立者のジェームス・フーストン先生がこの教会でお話しをしてくださったとき、「神は、小さいものの神です。そして、神は、小さなものを私たちの想像を超えるほどに大きくしてくださいます・・異なった背景を持つ者同士が結び合わされること、それこそが霊的なできごとの本質です。霊的であるとは、あるものをあるものに結びつけることです」と語ってくださいました。しかし、そこで、「私はネットワーク作りの天才だ・・」などと高ぶったとたん、ツロのような破滅に至ります。ツロは自分の小ささを自覚することによって繁栄することができたからです。小さなことの良さを生かしながら、同時に、長い繁栄を享受するための秘訣、それは日本のバブル崩壊後二十年の歩みを振り返ることからも見えてくるものがあります。

ちなみに、当教会の礼拝は日本経済のバブル崩壊の三ヶ月前に始まりました。私は長らくその意味が分からず、劇的な教会成長の話を聞きながら、あせってばかりいました。バブル崩壊以前は、みんなそろって豊かになることができました。しかし、経済が収縮し始めるとき、いろんな悪循環が起きます。それはしばしばマフィア経済と呼ばれます。それは競争相手の支配地を奪うことによってしか自分の成長が望めないからです。そこに疑心暗鬼が、場合によっては残酷な殺し合いが生まれます。しかし、キリストの教会は、自主的な分かち合い(コイノニア)を大切にすることで、皆が貧しいはずなのに、「彼らの中には、ひとりも乏しい者がなかった」(使徒4:34)という不思議が生まれていました。ただ、それはすべて、人と人とが結び合わせられるネットワークから始まっています。

                                                     

1.「わたしは・・・あなたの愛する者を取り去る」

「第九年の第十の月の十日」(24:1)とは、Ⅱ列王記25:1に記されているのと同じくバビロンの王がエルサレムに攻め寄せた日です。これは紀元前588年1月15日に相当し、包囲は一年間半も続き、町にいた民衆には食べ物がなくなりました。エゼキエルはこの時、遠いバビロンの捕囚の民の中にいましたが、主はこの日のことを知らせてくださいました。その際、主はエルサレムを「さびついているなべ」(24:6)にたとえながら、「わたしはあなたをきよめようとしたが、あなたはきよくなろうともしなかった・・」(24:13)と、厳しいさばきを下す理由を説明されました。

 その上で主はエゼキエルに、「人の子よ。見よ。わたしは一打ちで、あなたの愛する者を取り去る(24:16)と言われます。ここには彼が愛妻家であったことが示唆されていますが、主は彼女のいのちを一瞬のうちに取り去ると予告した上で、彼に喪中の慣習に反する行動を取るように予め命じ、「嘆くな。泣くな。涙を流すな。声をたてずに悲しめ。死んだ者のために喪に服するな。頭に布を巻きつけ、足にサンダルをはけ。口ひげをおおってはならない。人々からのパンを食べてはならない」(24:17)と言われました。当時は、悲しみの表現として、頭に灰をかぶり、はだしで歩き、口ひげをおおい、悲しみのパンを食べる慣習がありましたが、それが禁じられたのです。

そして、エゼキエルは、「夕方、私の妻が死んだ。翌朝、私は命じられたとおりにした」(24:18)と淡々と記しますが、彼の心はどれほど痛んだことでしょう。民は、彼の愛妻家らしくない振る舞いに驚き理由を尋ねます。それに対し主は、彼を通して、「見よ。わたしは、あなたがたの力の誇りであり、あなたがたが愛し、心に慕っているわたしの聖所を、汚す(24:21)と言われます。そればかりか、「あなたがたが見捨てた息子や娘たちは剣で倒される」と言われますが、これは捕囚になった人々がエルサレムに残して来た子供たちのことだと思われます。つまり、彼らの心の憧れの場所と最愛の人々を一瞬のうちに失い、そのあまりにも大きな悲しみのために、呆然として、喪の慣習さえも忘れてしまうほどになるというのです。そして、このとき彼らは、主のさばきの恐ろしさを心から味わいます。その様子が、「ただ、自分たちの咎のために朽ち果て、互いに嘆き合うようになる」(24:23)と描かれます。私たちは悲しみの中でさえ人の目を意識し、慣習に従った振る舞いをするばかりで、自分と真に向き合っていないのかもしれません。自分の弱さや醜さと向き合い、心から嘆くことから、神のみわざが私たちのうちに始まります。

2.エルサレムが廃墟になったことをあざけった国々に対するさばき

 25章ではイスラエルの周辺諸国に対するさばきが宣告されます。その第一は、アモン人に対するさばきで、その理由を主は、「わたしの聖所が汚されたとき、イスラエルの地が荒れ果てたとき、ユダの家が捕囚となって行ったとき、あなたは、あはは、と言ってあざけった」(25:3)と言われます。つまり、神と神の民に対するあざけりに対し、主が報復されるというのです。主のさばきは、アモンから南下してエドムにいたり、時計回りに、今度はその北西の海辺の民ペリシテへのさばきにいたります。とにかく、これらを通して、主はアブラハムへの約束、「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう」(創世記12:3)を実現しておられることがわかります。パウロはこれをもとに、神が私たちの味方であるならば、だれが私たちに敵対できるでしょう」(ローマ8:31)と言いました。イスラエルは決して、その軍事力の弱さによって周辺の国々に滅ぼされたのではありません。彼らも、自分たちの神をあざけったことで、さばきを受けたのです。私たちは、主以外の誰をも恐れる必要はありません。

  26章から28章にかけて、ツロに対する神のさばきが記されます。このような小国の興亡が詳しく記されているのは不思議です。ツロは、イスラエルの北にある地中海岸の港町で、紀元前13世紀から栄え、ダビデ、ソロモンの神殿建設を助け、バビロンのネブカデネザルによる13年間の包囲に奇跡的に耐え、紀元前332年にアレクサンダー大王に滅ぼされるまで約千年間の独立と繁栄を誇った奇跡の港町です。大陸から離れた小島に町を作り、ガラス製品を生産し、地中海貿易で栄えるという点からは、紀元7世紀から紀元1797年のナポレオンに至るまで一千年あまりの独立と繁栄を誇ったヴェネチアにも似ています。大陸ではなく、海を領土として栄える国もあるのです。

  26章の初めが、「第十一年のその月の一日」(26:1)と何月かが記されませんが、24章1節では「第九年」でしたから、これがエルサレム滅亡の時を指しているのは明らかです。そのときツロは、かつて深い友好関係にあったエルサレムが廃墟となったことを「あざけった」というのです(26:2)。それに対し、主は、「ツロよ。わたしはおまえに立ち向かう・・・そこを裸岩にする。ツロは海の中の網を引く場所となる」(26:3-5)というさばきを宣告されます。ツロには「岩」という意味がありますが、そこが裸岩とされ、国際貿易都市から寂しい漁師町に転落するというのです。

その際、主は、「わたしは、王の王、バビロンの王ネブカデレザルを、馬、戦車、騎兵をもって多くの民の集団とともに、北からツロに連れて来る」(26:7)と記されます。ただし、29章18節の記述によると、ネブカデネザルの攻撃は成功というわけには行かなかったとも描かれています。26章7-14節を見る限り、ツロはネブカデネザルによって滅ぼされたかのように解釈できますが、その中心は、主が、「わたしはおまえの騒がしい歌をやめさせる」(26:13)と言っておられるように、彼らがエルサレムの滅亡をあざ笑うような歌を歌えなくさせることにあったと言えましょう。ツロを裸岩とし、二度と建て直せなくしたのはこれから約250年後に攻めてきたアレクサンダー大王ですが、大切なのは、主ご自身が、ご自身の都の滅亡をあざける者に、「王の王」を用いてさばきを下すという点です。

そして、「海辺の君主たちはみな・・おまえについて、哀歌を唱え」て、「海で強くなり、ほめはやされた町よ・・・海沿いの島々はおまえの最期を見ておびえている」と歌うと言われます(26:16-18)。興味深いのは、エルサレムの滅亡をあざけったツロは、その滅亡を地中海に散らばる国々からは、悲しみとおののきとされるという点です。それは、ツロが愛され、慕われた町であったことを示しています。しかし、主のツロに対するさばきは、厳しさに満ちています。「深淵をおまえの上にわき上がらせ、大水がおまえをおおう」(26:19)とありますが、これは、天地創造の際に全地を覆っていた大水がツロを呑み込むということを指します。そしてそのことを主は、「わたしはおまえを穴に下る者たちとともに、昔から廃墟であったような地下の国に住ませる。わたしが誉れを与える生ける者の地におまえが住めないようにするためだ」(26:20)と記されます。これは、人々の賞賛を受けていたスパースターが転落し、人々の記憶からなくなってしまう悲劇に似ています。それが、神の都の滅亡をあざけった罪への報いでした。

3.ツロの繁栄の秘訣と警告

 27章では、ツロの哀歌に先だち、その繁栄の様子が描かれます。ツロは「海の出入り口に住み、多くの島々と取引をする」(27:3)とあるように国際貿易都市でした。ツロはまず、「私は全く美しい」(27:3)と自分を誇りますが、その美しさが豪華な船としてたとえられます。「おまえの領土は海の真ん中にあり」(27:4)とあるように、ツロの支配地は、何よりも、大きな海であり、ツロは海の上に浮かぶ船のような状態で領地を治めていました。その船のような本拠地の作りとその働きや防御が当時の最高のもので構成されている様子が、12の構成要素から記されます。

その「船板」「セニル」(ヘルモン山の北に連なる峰)に生える「もみの木」で(27:5)、「帆柱」は高価な「レバノンの杉」(27:5)、「かい」「バシャン」(ヨルダン川東側の肥沃な地)の「樫の木」「甲板」は「キティム」(キプロス)の「檜」で(27:6)、「帆」「エジプトのあや織りの亜麻布」で、船の「おおい」「エリシャ(別名「アラシア」でキプロス東岸)の島々」からの「青色と紫色の布」で作られていました(27:7)。そして、ツロと競争関係にあった地中海岸北の町々の「シドンとアルワデの住民が、おまえのこぎ手であった」(27:8)、また、「ツロ・・熟練者」が「船員」として人々を指示し、シドンとアルワデの間にある町の「ゲバルの長老と熟練者」が船の修理をし、「海のすべての船とその水夫たち」がツロのために「商品を商った」というのです(27:9)。また、「ペルシャやルデ(小アジア)、プテ(エジプトの西の地中海沿岸)」などという繁栄を誇る地方の人々がツロを守る軍隊となってくれました(27:10)。しかも、 「アルワデ(シドンの北の沿岸の町)とヘレク(小アジアのキリキア地方)の人々は、ツロの「回りの城壁の上に」、また、「ガマデ人」(位置不明)は「やぐらの中にいて」、それぞれがツロを「全く美しくした」と記されます(27:11)。つまり、ツロの強力な船団、豊かさと美しさは、周辺の国々によって支えられていたということが強調されています。これは、軍事力ではなく経済力で、周辺の国々との協力関係を築くということの模範と言えないでしょうか。

その上で、貿易の広がりが十二種類の取引として詳しく描かれます。これは現代の経済学者を興奮させるような二千六百年前の驚くべき記録です。第一は、地中海の反対側にある「タルシシュ」(スペイン南部)からの「銀、鉄、すず、鉛」との「交換」(27:12)、第二は、「ヤワン(ギリシャ)、トバル(トルコ中央部)、メシェク(トルコ北東部)」からの「人材と青銅の器具」との「交換」(27:13)、第三は、「ベテ・トガルマ」(アルメニア)からの「馬、軍馬、騾馬」との「交換」(27:14)です。そして、第四は、「デダン人」(北西アラビア)がツロの市場に参入させてもらうために「象牙と黒檀」「みついだ」(27:15)という商業権取引の記録、第五は、近隣の「アラム」(シリヤ)からの「トルコ玉、紫色の布、あや織り物、白亜麻布、さんご、ルビー」などの高級嗜好品との「交換」(27:16)、第六は、当時の三国貿易を表す「ユダとイスラエル」を経由した「ミニテ」(アモンの一地方)からの「小麦、いちじく、蜜、香油、乳香」との「交換」(27:17)という多様な取引が記録されています。そして第七は、商品の多様性を生かして、商業的には競争相手になる「ダマスコ」からの「ヘルボンのぶどう酒と、ツァハルの羊毛」での「商い」(27:18)、第八の「ダンとヤワン」とは意味不明ですが、彼らは商人として「ウザル」(イエメン)からの「銑鉄、桂枝、菖蒲」との「交換」をしたのかと思われます(27:19)。また、第九として再び「デダン」が登場しますが、彼らは「鞍に敷く織り布」で「取り引をし」(27:20)、第十として「アラビヤ人と、ケダル(アラビア半島北部)の君主たち」が、ツロの指示に従う「御用商人」として働きながら「子羊、雄羊、やぎ」などの家畜を「商い」(27:21)、また、第十一として、アラビア南部の「シェバとラマの商人たち」は、「上等の香料、宝石、金」などの嗜好品との「交換」を取次ぎ(27:22)、第十二番目としてメソポタミヤ地方にある「ハラン、カネ、エデン、それにシェバの商人たち、アッシリヤとキルマデ」という残りの幅広い商人たちは、「豪華な衣服や、青色の着物、あや織り物、多彩な敷き物、堅く撚った綱」などの繊維製品を持って「取り引きをした」(27:23、24)と描かれます。これはツロが当時の世界のあらゆる名産品を取り次ぐ中継点(ハブ港)として栄えたことを示します。そして、最後に地中海の果ての「タルシシュの船」が、ツロの品物を運び、ツロは「海の真ん中で富み、大いに栄えた」と描かれます(27:25)。貿易のリストがタルシュシュから始まり、その記録の最後もタルシュシュで終わるのが印象的です。それは、ツロの支配地が、地中海全域に広がっていたことを象徴する表現です。

  ところが突然、ツロの没落が、「おまえのこぎ手はおまえを大海原に連れ出し、東風は海の真ん中でおまえを打ち破った」(27:26)と描かれます。「東風」とはバビロン帝国の攻撃を指していると思われます。そして、「おまえのくずれ落ちる日に、おまえの財宝、貨物、商品、おまえの水夫、船員、修繕工、おまえの商品を商う者、おまえの中にいるすべての戦士、おまえの中にいる全集団も、海の真ん中に沈んでしまう」(27:27)と、彼らが誇っていたすべてのものが一瞬のうちに失われるという破滅が描かれます。そしてその滅亡が、周辺諸国に影響を与える様子が、「おまえの貨物が陸揚げされると、おまえは多くの国々の民を満ち足らせ、その豊かな財宝と商品で地の王たちを富ませた。おまえが海で打ち破られたとき、おまえの商品、全集団は、おまえとともに海の深みに沈んでしまった」(27:33、34)と描かれます。これは、現代の株式市場での繁栄と破滅を示唆するかのようです。

  たとえば日本のバブル崩壊は1989年12月末に、日経平均株価が最高値38,91587銭を付けたのをピークに暴落に転じ、9ヵ月後の1990101日には半値20,000円割れになりました。ちなみに現在の日経平均株価は約9700円でバブル絶頂期の約四分の一です。しかし、それでも、多くの会社は繁栄が再び来ると期待し夢を求め続けました。山一証券が淡い夢を抱きながら廃業に追い込まれたのはそれから7年後の1997年11月ですから、人々の心が現実の変化に付いて行くのがいかに遅いかがわかります。私たちの前身である東京武蔵野教会も、1994年から様々なことがマイナスに転じましたが、それを受け入れるのに何と長い歳月を必要としたことでしょう。同教会による東村山の土地と会堂取得はバブル崩壊を理解できなかった結果かもしれません。その痛みを東村山教会はなおも引きずっています。ちなみに、大型ディスコ、ジュリアナ東京の閉店は19948月のことでした。

ところでニューヨークダウは20001月の高値が11,908ドルでしたが、その後、急落の後、再び上昇し、200710月に14,164ドルの最高値をつけます。その後、サブプライの問題が発覚し、20089月にリーマン・ブラザーズが破綻し、20093月の平均株価は半値の7000ドル割れに至り、現在は9800ドルの水準に戻っています。世界経済における日本の停滞が際立っているように思えます。日本もツロのように沈んでしまったのでしょうか。

残念ながら、しばしば、ツロの営んだ国際貿易自体を悪く見る傾向が日本のキリスト教会の中にはあるような気がします。しかし、イザヤ書でも、タルシュシュの船で国々の財宝が集められてくることは、主の祝福の実現として見られ評価されています(60:9)。バブル的な富の追求の問題が現在は問われているのであって、世界中がひとつの市場のように機能すること自体が「悪」とされているわけではありません。今から2600年前の記録に、国際貿易のことがこれほど詳しく残されていること自体が驚異です。それぞれの地方にある特産品が自由に交換されることによって世界が豊かになり、その中心点としてツロがあったと言えないでしょうか。それは、私たちの国や教会が模範にできることかもしれません。今、世界経済は、右肩上がりの拡大路線から、ネットワークを生かした国際協調に移っているのかもしれません。生産が増えない中で、豊かさを保つ道がここに記されてはいないでしょうか。ただし、それはすべて信頼関係から成り立っており、一瞬のうちに崩れる危険もわきまえる必要があります。

4.「あなたは自分の心を神のようにみなした」

  28章ではツロの滅亡の理由が神の視点から描かれます。ツロの君主は、「心高ぶり、『私は神だ。海の真ん中で神の座に着いている』と言った」というのです。それに対し神は、「あなたは自分の心を神のようにみなしたが、あなたは人であって、神ではない」(28:2)と言われます。「あなたはダニエル(ダニエル書の著者とはスペルが少し異なる。ヨブとならぶ古代の賢人14:14参照)よりも知恵があり、どんな秘密もあなたには隠されていない」(28:3)とは、皮肉なのか現実なのかはわかりませんが、「あなたは自分の知恵と英知によって財宝を積み、金や銀を宝物倉にたくわえた。商いに多くの知恵を使って財宝をふやし」とあるように、その類まれな知恵が財産を増やすことに役に立ったことは確かですが、その結果、「あなたの心は、財宝で高ぶった」という傲慢を生み出してしまいました(28:4、5)。それに対し、主は、「他国人、最も横暴な異邦の民を連れて来て、あなたを攻めさせる。彼らはあなたの美しい知恵に向かって剣を抜き、あなたの輝きを汚し、あなたを穴に投げ入れる。あなたは海の真ん中で、刺し殺される者の死を遂げる。それでもあなたは、自分を殺す者の前で、『私は神だ』と言うのか。あなたは人であって、神ではない。あなたはあなたを刺し殺す者たちの手の中にある」(28:7-9)と、その不安定さを指摘します。

  ただし、主は、ご自身にとってツロがいかに大切な存在であったかを、「あなたは全きものの典型であった。知恵に満ち、美の極みであった」(28:12)と描きます。ツロの繁栄は、神の祝福の現われでした。そのことが、「あなたは神の園、エデンにいて、あらゆる宝石があなたをおおっていた」(28:13)と記されますが、この箇所の9種類の宝石はイスラエルの大祭司がつける胸当ての12種類の宝石と重なります(出エジ28:17-20)。その上で、主は、「わたしはあなたを油そそがれた守護者ケルブとともに、神の聖なる山に置いた。あなたは火の石(宝石を意味する)の間を歩いていた・・・あなたの行いは、あなたが造られた日からあなたに不正が見いだされるまでは、完全だった」(28:14、15)と言われますが、これは主が最初の人アダムをエデンの園に置いたことを思い起こさせるための表現です。神はツロの知恵や美しさを、最初の人、アダムを創造したときのように喜んでおられたのです。ですから、私たちはツロを反面教師として見る以前に、その堕落前の知恵を模範として見るべきなのではないでしょうか。

ただし、彼らは、その自分の知恵に酔って、自分を神としてしまいました。そのことが、「あなたの商いが繁盛すると、あなたのうちに暴虐が満ち、あなたは罪を犯した」(28:16)と描かれます。それに対し主は、「そこで、わたしはあなたを汚れたものとして神の山から追い出し、守護者ケルブが火の石の間からあなたを消えうせさせた」と言われます。これは、神のようになったアダムをエデンの園から追い出したことを思い起こさせます。ただし、主のさばきは、このときはるかに厳しいものになりました。そのことが、「あなたの心は自分の美しさに高ぶり、その輝きのために自分の知恵を腐らせた・・・あなたは不正な商いで不義を重ね、あなたの聖所を汚した。わたしはあなたのうちから火を出し・・すべての者が見ている前で・・あなたを地上の灰とした」(28:17、18)と記されます。

 その上で、最後に、神の民への希望が、「イスラエルの家にとって、突き刺すいばらも、その回りから彼らに痛みを与え、侮るとげもなくなる」(28:24)と言われます。つまり、主はご自身の民をあざける者を裁くことによってご自身の栄光を現されるというのです。そして、その後の希望を主は、「わたしがイスラエルの家を、散らされていた国々の民の中から集める・・・彼らはそこに安らかに住み、家々を建て、ぶどう畑を作る・・・回りで彼らを侮るすべての者にわたしがさばきを下す」(28:25、26)と記されます。長い繁栄を誇ったツロは人々の記憶から消えてしまう一方で、主はイスラエルの場合は、彼らを徹底的に謙遜にした上で、繁栄を回復させてくださるというのです。

 

 私たちは教会開拓二十周年を祝った日に、大洪水で苦しむフィリピン福音自由教会の兄弟姉妹への援助の必要を覚えました。その思いは日本中の福音自由諸教会に広がり、この一ヶ月間に二百万円を超える義捐金が日本の福音自由からフィリピン福音自由に送られるまでになりました。それはすべて、人と人との結びつき、ネットワークから始まっています。福音自由アジア会議においてフィリピンの兄弟姉妹はほんとうに献身的に私たちをもてなしてくださいました。私は、帰国後、フィリピンでの感動をメッセージで語り、そのメッセージはインターネットを通して、アメリカの友人に届きました。彼女は、フィリピンの大洪水のことをとっても心配して私にメールをくださいました。日本での報道は限られていましたから、私はそのメールを見て初めて、フィリピンに問い合わせる必要を感じさせられました。その後、フィリピンからの想像を超えた悲惨な生の状況を知らされ、協議会役員会に報告をし、全教会に支援をアピールすることが決められ、この教会の牧師室がフィリピンと日本をつなぐ中継点となりました。生きがいを求める日本の兄弟と、生きるためのお金を必要とするフィリピンの兄弟がつながれ、今、思いもよらなかった絆が生まれてきています。私たちの教会は、貧しく、小さいですが、神に喜ばれていたときのツロのように、謙遜に、人と人とを結び付けることに献身するなら、大きなことが起こります。ツロが富と情報の中継点として栄えたように、私たちも栄えることができます。ただ、その際、私たちはツロの失敗から学ぶ必要があります。私たちはどんな働きをしていても、人々の目をイエスに向けなければなりません。フィリピン福音自由の会長が私たちの支援に対し、毎回のように、we accept it with great joy and gratitude to our Lord.(私たちの主への大きな喜びと感謝とともに、これをお受けします)と書いてあります。彼は何よりも、「主」が私たち日本の教会のうちに働いていてくださることを共に喜んでくれているのです。そこには、キリストにある交わりをともに喜ぶ姿勢が満ちています。私たちは、自分に与えられている知恵や能力や富にブレーキをかけることなく、大胆に生かすことができます。ただし、そこでは常に、自分を神とする危険があることを覚えながら、心の目を主イエス・キリストに向ける必要があります。

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2009年11月 1日 (日)

エゼキエル20-23章「わたしは、ねたむ(やきもちをやく)神」

                                             20091025

  聖書の神の特質は、何よりも、「ねたみ」にあると言われます。事実、「十のことば」の中で、主は、「わたしはヤウェ、あなたの神、ねたむ神である」(出エジ20:5私訳)と言われます。しかし、これは現代の日本人にはなかなか理解しにくいことばです。なぜなら、広辞苑で、「ねたむ」とは、第一に、「他人のすぐれた点にひけめを感じたり、人に先を越されたりして、うらやみ憎む」と記されているからです。しかし、聖書の神は創造主ですから、他の神々にひけめを感じることも、うらやむこともありません。ですから、新共同訳では、「わたしは熱情の神である」と訳されていますが、ただ、これもわかり易いとは言えません。広辞苑では、「ねたみ」の第二の意味を、「男女の間でやきもちをやく」と記しますが、この「やきもち」の方がわかり易いと思われます。それは熱い愛情の裏返しです。

私はジョン・レノンのジェラス・ガイという歌を聞いて、彼の正直さに感動しました。彼はそこで洋子に向かって、「君を傷つけるつもりはなかったのに、ごめんね、君を泣かせてしまって。傷つけたくはなかったのに・・。僕はただの嫉妬深い男なのさ I’m just a jealous guy。僕は、君に振り向いてもらいたいと必死だった。君が僕から顔を隠そうとしているように思えたから。I was tryin’to catch your eyes, Thought that you was tryin’ to hide. それで僕は、その痛みを必死に呑み込んでいたんだ」と歌っています。彼は、「ジェラシー(ねたみ)」という言葉を使い、洋子への愛を、驚くほど謙遜に、しかも強烈に表現しています。その中心は、「君の目を僕に向けて欲しい」という燃える思いです。主は私たちの心の奥底で、わたしの顔を、慕い求めよ」(詩篇27:8)と、熱くささやいておられます。

私はクリスチャンになったばかりの頃、「神の栄光を現すとは、仕事で成功することだ」と思っていた面があります。そのとき私は、自分が注目されることを願っていたのかと思います。しかし、それは自分の心をかえって愛情飢餓に置き、窮屈にしました。いつでも、どこでも、神を慕い求めるとき、私たちは自由になることができます。

1.「わたしの名のために・・・諸国の民の目の前で、わたしの名を汚そうとはしなかった」

「第七年の第五の月の十日」(20:1)とは、1章2節、8章1節での計算と同様、エホヤキン王の捕囚から数えて第七年目、つまり、紀元前591年8月のことです。これはエルサレムがバビロン軍によって崩壊する約五年前です。捕囚の地バビロンに住む「イスラエルの長老たちの幾人かが」、主のみこころを求めるために預言者エゼキエルのもとを訪ねます。それに対し主は、彼を通して、「願いを聞き入れない」と言いつつ、「彼らの先祖たちの、忌みきらうべきわざ」を知らせようとされます(20:3、4)。そして、主ご自身が、イスラエルとの関係を振り返られます。

 主はまず、イスラエルの民に、「わたしがあなたがたの神、主(ヤハウェ)である」と言われながら、「彼らをエジプトの地から連れ出し、わたしが彼らのために探り出した乳と蜜の流れる地、どの地よりも麗しい地に入れる」ということを「誓った」と言われます(20:5、6)。その際、主は、「おのおのその目の慕う忌まわしいものを投げ捨てよ。エジプトの偶像で身を汚すな」と言われました(20:7)。これは、結婚の誓約と同じです。夫は妻に、「わたしはお前を幸せにすると約束する。だから、昔の男との思い出の品を隠し持つようなことをするな」と語るようなものです。

  しかし、彼らは、それほど難しくもない主の願いを軽蔑しました。それに対し、主は、ご自身の「憤りを彼らの上に注ぎ・・怒りを全うしようと思われ」ました(20:8)。ところが、主は、その怒りを鎮められました。その理由を、主は、わたしの名のために、彼らが住んでいる諸国の民の目の前で、わたしの名を汚そうとはしなかった。わたしは諸国の民の目の前で彼らをエジプトの地から連れ出す、と知らせていたからだ」(20:9)と言われます。もし、主がイスラエルの民を滅ぼしてしまえば、人々は、主(ヤハウェ)を無力な神と、御名を軽蔑することになるからです。

  それで、主は、イスラエルの民をエジプトの地から連れ出し、シナイの荒野で、「それを実行すれば生きることのできる」(20:11)という主の御教えを与えられました。それが、モーセの律法です。それは、彼らを束縛し、押さえつける教えではなく、彼らを真の意味で「生かす」ための教えでした。その中心こそ、「安息日」でした(20:12)。

その目的を主は、「わたしが彼らを聖別(聖化)する主(ヤハウェ)であることを彼らが知る」(20:12)ことができるためと言われます。イエスの時代のパリサイ人は、自分の理想とする聖さの基準を求め、神が何を求めておられるかを忘れていました。しかし、神は何よりも私たちに、人を聖化することは、神ご自身のみわざであるということを知って欲しいと願っておられます。そのために、何よりも大切なのは、神のふところに飛び込むことです。ところが、イスラエルの民は、「そのわたしの定めをもないがしろにし、わたしの安息日をひどく汚し」たので、主は、「荒野でわたしの憤りを彼らの上に注ぎ、彼らを絶ち滅ぼそうと」と思われたというのです(20:13)。

しかし、それでも、主は再び、「しかし、わたしはわたしの名のために、彼らを連れ出すのを見ていた諸国の民の目の前でわたしの名を汚そうとはしなかった(20:14)と言われます。ただ、彼らへの罰として、主に背いた大人の世代を約束の地には入れてくださいませんでした(20:15)。その上で、主は、彼らの子供の世代を訓練されました。しかし、その子供の世代も、父と同じように、主の御教えをないがしろにし、安息日を汚しました(20:21)。

それに対し、主は、三度にわたり、彼らを滅ぼしたいと願われながら、わたしの名のために、彼らを連れ出すのを見ていた諸国の民の目の前でわたしの名を汚そうとはしなかった(20:22)と言われます。そして主は、今度はその罰として、「わたしもまた、良くないおきて、それによっては生きられない定めを、彼らに与えた」(20:25)と言われます。これは何とも不思議な言葉です。これは、「彼らがすべての初子に火の中を通らせたとき、わたしは彼らのささげ物によって彼らを汚した(20:26)という記述と切り離せない関係にあります。「わたしは・・彼らを汚した」という表現は、先の、「わたしが彼らを聖別(聖化)する」ということばと対照的です。これは、主が彼らを汚れるように仕向けたという意味で、神が与えた「良くないおきて」とは、「それなら、勝手にしたらいい・・」という主の放任を指すと思われます(ローマ1:24,26,28)。これは、放蕩息子のたとえに出てくる父が、弟息子が破滅に向かうのを知りながら、財産を分与したことに似ています。依存症からの回復のためには、底つき体験を早めることが重要です。それは、「どうにかなるさ・・・」、「いざとなったら、誰か助けてくれる・・・」という甘い考え方を捨てさせ、社会の厳しさ、生きることの厳しさを、心の底から分かるように、その人を絶望のふちにまで速やかに追い込むということです。

  そして、主は、ご自身のさばきの理由を、「それは・・・わたしが主(ヤハウェ)であることを彼らが知るため」(20:26)と述べられます。放蕩息子を敢えて破滅に追いやった父は、息子の帰りを、首を長くして待ち続け、苦しみ続けていました。主のさばきの裏には、哀れみに胸を熱くする主の情熱的な愛があります。残念ながら、人は、様々なものを失って初めて、この世界のすべてが主の恵みによって、守られ、支えられていることを実感できます。

  主は、三度にわたって、ご自身の憤りを鎮められました。それは、ご自身の御名のため、ご自身の御名を人々の前で汚すことにならないためと記されています。しばしば、「私なんかがクリスチャンだと言えば、かえって御名を汚すことになる・・・」と謙遜に思いますが、それは自殺行為です。主は、イスラエルのような救い難い民を何度も赦し、守ってくださいました。それは、そうすることで、主(ヤハウェ)の名が世界であがめられることになるからです。

たとえば私は、最初、野村證券で三年間、厳しい営業の仕事をしました。私はその仕事が大嫌いでした。それでも、行き場がなかったので、ノルマを達成できるようにひたすら祈りました。営業場で電話をする先がなくなると頻繁にトイレに行って祈り、また、訪問する当てがないと、喫茶店に入って祈りました。どうにかノルマを達成し続けましたが、やり方を競合する課から批判され、「お前は、それでもクリスチャンなのか・・」と罵倒されたこともありました。そして、娘が生まれてまもなく、「もっと全うな仕事をしよう・・」と思ったとたん、営業成績が落ちてきました。支店の営業責任者が心配して家に来てくださった時、「僕は、この仕事にどうしても誇りを持つことができません・・・」という趣旨のことを言ってしまいました。それから間もなく、社費によるドイツ留学の機会が与えられました。人事部の担当者は、「君は、百数十名いる同期の営業マンの中で、ただひとりだけ、二年間の留学の機会を与えられた」と言ってくださいました。どうして自分が選ばれたのか、今も不思議です。ただ、ひとつだけはっきりしています。社内で、私のことを知っている人で、私がクリスチャンであることを知らない人はほとんどいませんでした。神は、キリストの名がついている者を守ることによって、ご自身の「御名を汚そうとはしなかった」のではないでしょうか。私たちは、自分の立派さによって主を証しするのではありません。そうではなく、神は、箸にも棒にもかからないような人間の祈りを聞き、その人を生かすことによって、ご自身の栄光を現してくださいます。ですから、自分の無力さ、無能さ、ずるさを自覚すれば自覚するほど、私たちは、自分が主にすがっていることを証しするべきなのです。

2.「わたしはあなたがたを・・荒野に連れて行き・・顔と顔とを合わせて、あなたがたをさばく」

20章33節から44節は、イスラエルの希望を語ったものです。主は、まず、「わたしは生きている・・・わたしは・・・必ずあなたがたを治める」(20:33)と言われながら、「わたしは、力強い手と伸ばした腕、注ぎ出る憤りをもって、あなたがたを国々の民の中から連れ出し、その散らされている国々からあなたがたを集める(20:34)と保障されます。その過程で、「わたしはあなたがたを国々の民の荒野に連れて行き、そこで、顔と顔とを合わせて、あなたがたをさばく」(20:35)と説明されます。「さばく」の中心的な意味は、「支配する」ということです。つまり、主は、イスラエルを敢えて「国々の民の荒野」という身の置き所のない孤立無援に追いやることで、ご自身の決定的な権威を現されるというのです。そのときに、主は、ひとりひとりに、「むちの下を通らせ」ながら、新しい「契約を結ぶ」者と、「反逆者を、えり分ける」と言われます(20:37、38)。私たちも、人生の荒野の体験を通して、「顔と顔とを合わせて」、主に向き合うように導かれます。その際、イエスにつながる者は、主(ヤハウェ)のご支配を、恐れを持って喜ぶことができます。私たちにとっての人生の試練は、主ご自身との交わりが深められるために与えられている恵みです。

  その後、主は、敢えて、「おのおの自分の偶像に行って仕えるがよい。後にはきっと、あなたがたはわたしに聞くようになる。あなたがたは二度と自分たちのささげ物や偶像で、わたしの聖なる名を汚さなくなる」(20:39)と言われます。これは、偶像の空しさを、彼らの失望体験を通して知らせようとすること、先の人生の底尽き体験を早めさせようとする神の逆説的な愛です。その上で主は、「わたしがあなたがたを・・その散らされている国々から・・・集めるとき、わたしは、あなたがたをなだめのかおりとして喜んで受け入れる」(20:41)と言われます。主は、私たちがささげるいけにえではなく、私たち自身を「なだめのかおりとして喜んで受け入れる」というのです。

パウロはこれをもとに、「私は、神のあわれみのゆえにあなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受けいれられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい」(ローマ12:1)と言いました。

そしてその際、「その所であなたがたは、自分の身を汚した自分たちの行いと、すべてのわざとを思い起こし・・・自分自身をいとうようになろう。わたしが、あなたがたの悪い行いや、腐敗したわざによってでなく、ただわたしの名のために、あなたがたをあしらうとき・・あなたがたは、わたしが主(ヤハウェ)であることを知ろう」(20:43、44)と言われます。主は、自分を恥じるしかない罪人たちを救うことで、ご自身の栄光を現してくださるというのです。

残念ながら、多くの人々は、主の前に自分の敬虔さをアピールしながら、主からの恵みを受け取ろうとします。それこそパリサイ人の過ちでした。しかし、主は、「こんな罪人の私をあわれんでください」(ルカ18:13)と泣いてすがった取税人の祈りを喜んで受け入れてくださいました。多くの人々が、「主のみこころは、どこにあるのでしょう・・」と迷い、尋ねます。しかし、それは何よりも、すべてが、主の一方的なあわれみであることを知ることなのです。パウロは、救いが主の一方的な選びから始まっていることを説いた上で、「すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように」(ローマ11:36)と主を賛美しました。

この世の道徳は、「神の前での恥じない生き方」を求めます。パリサイ人は当時、最も尊敬され、自分で自分を律することができた人々でした。それに対し、取税人は、お金の誘惑に負ける自制心のない者たちで、軽蔑されていました。しかし、イエスは、この取税人の信仰を評価されました。彼は、現代的には、「民の荒野」の中で、「あれでも、クリスチャン?」と軽蔑されながら、ただ主のあわれみにすがり主の御顔を慕い求めていたからです。

  22章23-31節では、指導者たちの罪が指摘されますが、特に、「その祭司たちは、わたしの律法を犯し、わたしの聖なるものを汚し、聖なるものと俗なるものとを区別せず、汚れたものときよいものとの違いを教えなかった。また、彼らはわたしの安息日をないがしろにした。こうして、わたしは彼らの間で汚されている(22:26)と、彼らの罪が何よりも、主ご自身を汚したことにあると指摘します。これはレビ記のテーマでもあります。私たちは、主を礼拝することにおいて、聖なるものと俗なるものが区別され、主の御名が聖なるものとされるということをいつも心がけなければなりません。主の祈りの第一は、「あなたの御名が、聖められますように」となっていることの意味を覚えたいものです。この意味は、主が人々の間で汚されているということの対比で理解されます。主は、ご自身の御名が、「私たちの間で、聖なるものとされる」ことを何よりも望んでおられます。そのとき、天地万物の創造主ご自身が、私たちの真ん中に住むことがおできになります。そして、それこそが、私たちの救いにつながります。

 

3.オホラとオホリバに対する主のねたみ

 23章では、ダビデ王国から生まれた北王国イスラエルと南王国ユダの罪が、「同じ母の娘である、ふたりの女」(23:2)の淫行として描かれます。彼女たちはエジプトにいたときから、「その処女の乳房はもてあそばれ」(23:3)ていました。つまり、主は、淫行に走ることが明らかな娘たちを妻としたというのです。そして、「その名は、姉はオホラ、妹はオホリバで、ふたりはわたしのものとなり、息子や娘たちを産んだ。その名のオホラはサマリヤのこと、オホリバはエルサレムのことである」(23:4)と描かれます。オホラとは「彼女の天幕」、オホリバとは「わたしの天幕は彼女のうちに」という意味がこめられた名前で、「主の幕屋」のことが示唆されていると思われます。

 まず、「オホラは・・アッシリヤ人を恋い慕った」(23:5)と描かれます。彼女は、夫である主との約束を忘れて、「彼らと姦通」(23:7)しました。それで、主は、「彼女が恋い慕う恋人たちの手、アッシリヤ人の手に彼女を渡し」(23:9)ました。すると、「彼らは彼女の裸をさらけ出し、その息子や娘たちを奪い取り、彼女を剣で殺してしまった」(23:10)というのです。まさに、男の欲望の餌食とされ、最後には、飽きられ、捨てられるという女性の悲劇です。

 ところが、「妹のオホリバはこれを見たが、姉よりいっそう恋情を腐らせ、その淫行は姉の淫行よりひどかった」(23:11)というのです。実際、エルサレムの王家には、サマリヤを堕落させたアハブの子孫の血筋が入り込み、その堕落がエスカレートさせました。彼らは、アッシリヤに貢物を贈りながら、その偶像礼拝を見習い、エルサレム神殿の中に偶像礼拝を持ち込みました。そればかりか、彼らは後に、アッシリヤを牽制するために、その背後にあるバビロンに助けを求めました。そのことが、「彼女は淫行を増し加え・・・カルデヤ人の肖像を見た・・・それを一目見ると、彼らを恋い慕い、使者たちをカルデヤの彼らのもとに遣わした」(23:14-16)と記されます。そして、「バビロン人は、彼女のもとに来て、恋の床につき、彼女を情欲で汚した」のですが、不思議にも、「彼女が彼らによって汚れたものとなったときに、彼女の心は彼らから離れ去ったというのです(23:17)。その結果、主もまた、わたしの心は、かつて彼女の姉から離れ去ったように、彼女からも離れ去ってしまった」(23:18)と言われます。

ところが、そこで、「彼女は、かつてエジプトの地で淫行をしたあの若かった日々を思い出し・・・あの若い時のみだらな行いをしきりに望んだ(23:19-21)というのです。つまり、オホリバは、アッシリヤからバビロン、バビロンからエジプトと浮気に次ぐ浮気を繰り返したのです。それに対するさばきとして、主は、「わたしはあなたをわたしのねたみとする」(23:25)と言われます。これは、「わたしのねたみをあなたに向ける」とも訳すことができます。つまり。主のねたみの憤りを、彼女のかつての恋人たちが代わりに表すという意味です。エルサレムは浮気に浮気を重ねることで、周辺の国々のねたみの火を起こしてしまったのです。それが、「彼らは怒って、あなたを罰し、あなたの鼻と耳とを切り取り、残りの者を剣で切り倒す・・・」(23:25)と描かれます。そしてそのことが、また、「彼らは憎しみをもってあなたを罰し・・あなたの淫行と淫乱と売淫の恥はあばかれる」(23:29)と描かれます。オホリバは主を裏切ったばかりか、アッシリヤもバビロンも裏切り続けたので、その報いを受けるのです。

 そして、彼女が自分から進んで破滅に向かうことが、主の憤りの杯を飲み干すこととして描かれ、「あなたは姉の杯、深くて大きい杯を飲み、物笑いとなり、あざけりとなる・・・恐怖と荒廃の杯、これがあなたの姉サマリヤの杯。あなたはこれを飲み、飲み干して、杯のかけらまでかみ、自分の乳房をかき裂く」(23:32-34)と描かれます。

 そして、主は、オホラとオホリバの悪行を、何よりも、「わたしの聖所を汚し、わたしの安息日を汚した」(23:38)ことにあると指摘します。彼らは、何と、主の宮で、偶像を拝んだからです(23:39)。そして、大胆な浮気の様子が、「あなたがたは、遠くから来る人々を、使者を遣わして招いた・・・彼らのために身を洗い、目の縁を塗り、飾り物で身を飾り、豪奢な寝台に横たわり、その前に食卓を整え、その上にわたしの香と油とを置いた」(23:40、41)と描かれます。彼らは、主のために聖別されたはずの香と油を、よその神々の気を引くために用いたというのです。

 それに対し主は、彼女たちを徹底的に苦しめることで、「わたしはこの地からみだらな行いをやめさせる」(23:48)と言われます。そればかりか、それが見せしめとなり、「すべての女たちは自分自身を戒めて、あなたがたがしたような、みだらな行いをしなくなる」というのです。私たちは、イスラエルに下されたさばきを見ることによって、偶像礼拝の愚かさを知ることができました。そして最後に、主は、「このとき、あなたがたは、わたしが神、主であることを知ろう」(23:49)と言われます。つまり、主は、ご自身のことを知らせるために、彼らにさばきを下されたのです。

  ヴィクトール・フランクルというユダヤ人の精神科医は、ナチス・ドイツのアウシュビッツ強制収容所での体験を「夜と霧」という本に記しています。ユダヤ人たちは、真冬の凍てつく寒さの中、まだ日が昇る前から、作業場に向かって行進させられていました。朝焼けが始まろうとする中、ふと、愛する妻の面影を思い浮かべることができました。彼はよろめき歩きながら、妻の面影と語り合いました。彼は、「私は、彼女が答えるのを聞き、彼女が微笑むのを見る・・・たとえそこにいなくても・・・彼女の眼差しは、今や昇りつつある太陽よりももっと私を照らすのであった」という感動を味わいました。そして、その瞬間、彼は、「私を封印のようにあなたの心の上に置いてください。愛は死のように強く、ねたみはよみのように激しいからです」(雅歌8:6)という真理を知りました。それは、「愛による、そして、愛の中の被造物の救い」を指し示していました。私たちは、なぜあのような悲惨を神が許しておられるかの意味を知ることはできませんが、どんな逆境の中でも、神の御顔を慕い求め、神の永遠の眼差しの中に、憩うことができます。それは、決して神の御顔をイメージすることではありません。ただ、目の前に神がおられることを、信仰をもって受け止めるのです。そうする者は、どんな暗闇の中にも、光を見出し、互いに愛し合うことができます。

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Ⅱコリント3:1-18「キリストの手紙として」

Ⅱコリント3:1-18「キリストの手紙として」

                                             2009111

ヘンリ・ナウエンは自己否定の危険性について語っています。「人生の最大の罠は、成功でも、名声でも、権力でもなく、自己を否定することです。成功や名声や権力は、実際、大きな誘惑をもたらします。しかし、それらに人が魅了されるのは、自己を否定するという、もっと大きな誘惑から出ていることが多いのです。『あなたには価値がない』『愛されるに価しない』と呼びかける声を私たちが信じるようになると、次は、成功、名声、権力を求めることこそが、その問題を解決する魅力的な手段のようにかんじられます。・・・自己否定は霊的生活の最大の敵です。それは、私たちを『愛する者』と呼んでくださる聖なる声に反することです。愛されている存在であることは、私たちの存在のもっとも中心的な真理です。」 私たちが日々、失望したり、疑ったり、人と争ったりするのは、自分が本当に愛されていることが自覚されていないからかもしれません。「愛する者」と呼びかけている神の愛の声を聴くための静かな時間が必要です。それは、『あなたは、愛されています』という言葉があなたの存在のあらゆる隅々にまで響き渡るためです。

ところで、福音は、人から人へと、その生き方を通して伝えられてきました。それは劇的な回心の証しというよりは日常的に、さりげなく見られるようなものでしょう。深い悲しみを体験した方が、「生活の中の小さな出来事の中に主を発見する」ことを学んでいると証しされました。御霊のみわざは、毎日の「黙想の生活」にこそ見られるような気がします。そして、そのとき私たちは自己嫌悪や自己卑下の思いから自由にされて、この不条理に満ち、愛が冷めている世界に、さりげなく、「キリストの手紙」として出て行く勇気が生まれるのではないでしょうか。

1. あなたがたはキリストの手紙です

  コリント教会はパウロの働きから始まったにも関わらず、彼らの中には、パウロの使徒として「資格」を疑う者が出てきました。パウロは彼らに自分の権威を証明する「推薦の手紙」(1)などは必要がないこと説得するために、「あなたがたこそ・・私たちの手紙です」(2)と言いました。彼らこそがパウロの働きの正当性を証明し、「すべての人々から知られ、また読まれている」(2)「キリストの手紙」(3)だというのです。それは何よりも、「生ける神の御霊」がパウロの「奉仕」を認めた結果であり、彼らをキリスト者としたのは、御霊ご自身の働きだからです。

私たちはすべて「生ける神の御霊によって書かれ」(3)、公開されている「キリストの手紙」です。マザーテレサのように異教徒からも尊敬される「手紙」もあれば、「あれでもクリスチャン?」と言われる「手紙」もあるかも知れません。しかし、自分を卑下する必要はありません。パウロはこれを救い難いほどの問題を抱え、自分に反抗するコリントの信者たちに向けて語っているのですから。人は、だれも自分が生まれ育つ環境を選ぶことはできません。恐ろしいほどの心の傷や闇を受け継いで生きている人もいます。しかし、「それでも生きている!」という現実の中に、キリストのみわざを認めることができます。実際、人は誰でも、自分の罪の現実を知るにつれ、「私はイエス様なしには生きて行けない!」という思いが湧いてきます。それこそが、「キリストの手紙」としての最も根本的な要素です。偶像礼拝の慣習から抜け出し、十字架に付けられたイエスを主と告白し、その父なる神を礼拝しているという事実自体が、神の救いのみわざを証ししているのです。世には尊敬される多くの人々がいますが、私たちの主は、あざけられののしられた方です。何よりも異なっていたのは、徹底的に父なる神に信頼しておられたことです。それゆえ、惨めな十字架の死につくことさえできたのです。

2. 「新しい契約」とは?

  「石の板」(3)には、「・・・してはならない」という「十のことば」が、神ご自身によって刻まれていました。それこそ、神がいかに人の次元にまでへりくだってくださったかの現れでした。しかし、それを聞いた人は、「私は忠実に守っている!」と傲慢になるか、「私はこれらを破ったから、もう愛される資格はない!」と自暴自棄になるかのどちらかでした。また、「・・してはならない」と言われるほど、かえってそれを破ってみたいという敵対心を起こさせる場合もあります。とにかく、せっかくの愛の教えが、愛の応答を生み出せなかったのです。

それで、神は、「石の板にではなく、心の肉の板に」(3節別訳)、つまり、外側から命令するのではなく、心の内側に直接ご自身のみこころを刻み込むと約束しておられました。神は預言者エゼキエルを通して、「あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける」(36:26)と言われ、またエレミヤを通して、「わたしはわたしの律法を彼らの中に置き、彼らの心にこれを書き記す」(31:33)と約束しておられました。それこそが、「新しい契約」(6)です。つまり、神は、この新しい時代に、ご自身の霊を、罪人たちに直接与え、心の内側に神への愛を起こさせ、律法を成就してくださるというのです。あなたはその御霊を受けた結果として、「イエスは私の主です」と告白し、イエスに従った生き方をしたいと心で願うようになりました。十字架にかけられた方の生き方に憧れるなど、世の常識に逆らうことです。御霊を受けたあなたは、旧約の預言者たちが待ち望んだ憧れの神の民です

3. 「文字は殺し、御霊は生かす」

パウロは、「文字は殺し、御霊は生かす(6)と語り、石の板を受けたモーセの務めを「死に仕えること」(7節私訳)とさえ呼びました。それはその尊い教えが、人を罪に定め、死に追いやってしまったからです。「文字」が悪かったのではありません。それを受けとめる人の心が、罪で歪んでいたからなのです。

それに対し、パウロは自分の務めを、「御霊に仕える」(6)ことと語りました。そして、シナイ山で律法を受けたとき、「モーセの顔には、イスラエルの子らが見ることができないほどの栄光が現れていた」(7)こととの比較で、「まして、御霊に仕えることには、どれほどの栄光があることでしょう」(8)と語りました。

ところで、モーセは、主のことばを語り終えた後で「顔におおいをかけた」(出エジ34:33)のですが、それは「彼の顔のはだが光を放つ」(34:30)ので、民にとってまぶし過ぎたからです。同じようにパウロの時代のユダヤ人たちの状態も、「古い契約が朗読されるときには、同じおおいが掛けられたままで、取り除けられてはいません」(14)と描かれています。それを「取り除ける」のが、キリストのみわざなのです。

ある方が、ある人から「厳しいことを言われた!」と嘆いていました。話しを伺った後で、「僕も同じことを言うでしょうね。」と言いました。するとその人は、「先生は私のことを知った上で言ってくださるけれど、あの人は私のことを何も知らない・・・」と言いました。同じことばが人を生かす場合もあり、殺す場合もあります。違いは、愛が伝わっているかどうかにあります。十字架は、「神が私たちの味方」(ローマ8:31)となってくださったことのしるしです。キリストの愛が私たちの「心のおおい」(16)を取り除くのです。そして、それを分からせてくださるのが御霊のみわざです。「文字は殺し」とは、正しいからこそ正論が人を追い詰めるという現実です。一方、私たちは、「御霊に仕える者」です。御霊こそが、神の愛の教えをやさしく、寄り添うように、心の底に伝えることができるのです。

  

4. 御霊なる主の働き

  「しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです」(16)とは、「モーセが主(ヤハウェ)の前に入って行って主と話すときには・・おおいをはずしていた」(出エジ34:34)という事実が背景にあります。私たちはキリストの十字架により罪が赦された者として、モーセと同じように大胆に神の御前に出て行くことができます。その上でパウロは、「その主とは御霊のことです」(17節私訳)と不思議な展開をします。これは、モーセが律法を与えた主ご自身を見たように、私たちも、「新しい契約を」を与えられた御霊ご自身に向くことを意味します。

そして、「主の御霊のあるところには自由があります」と言われます。これは、モーセのように、神に選ばれ、「顔と顔とを合わせて」(出エジ33:11)、神を見る自由を意味します。それは、敢えて言えば、「・・からの自由」ではなく、「・・への自由」を意味します。それこそが聖書が語る自由の中心です。モーセが、直接に神を仰ぎ見て、その顔がまぶしいほどに輝いたのと同じことが、こんな私たちにも実現するというのです。

  その上で、「主の栄光を鏡に映すように見ながら」(18節新改訳下注別訳)と記されます(この動詞は、聖書中ここにしかないことばですが、「反映する」よりも「見つめる」と訳す方が当時の一般的な用い方でした)。コリントは当時の最高の鏡の生産地でしたが、それにしても現代の鏡の精度よりは各段に落ちました。それで、「鏡に映すように見る」とは、「顔と顔とを合わせて」ではなく、間接的に見ることの象徴になりました。つまり、これは「黙想」することを意味します。しかも、「主の栄光を見る」とは、後で「キリストの御顔にある神の栄光」(4:6)とも言われるように、キリストご自身を見ることです。つまり、ここでは、キリストを黙想することを意味すると思われます。

その結果として、「その同じかたち」つまり、「主の栄光」である「御子のかたち」(ローマ8:29参照)にまで、「栄光から栄光へと、姿を変えられて行く」というのです。そして「これは、御霊なる主による」と結論づけられます。つまり、私たちが「御霊なる主」に向くことによって、御霊が私たちの「顔のおおい」という心の恐れを取りのけ、神の栄光を見ることを可能にし、その現れであるキリストと同じ姿にまで変えてくださるというのです。

私たちはすべて、「生ける神の御霊」によって記された「キリストの手紙」です。私たちはみことばの著者である御霊ご自身に仕える栄光が与えられています。それはモーセにまさる栄光です。そして、私たちが御霊なる主に向き、この身を御霊の働きに委ねるときに、キリストのすばらしさが迫ってきて、「栄光から栄光へと」、その「同じかたちに」まで「姿を変えられて行きます」。御霊のみわざは何とダイナミックで、自由と喜びに満ちていることでしょう。あるとき、自己嫌悪に陥りながら、「神は私たちのうちに住まわせた御霊をねたむほどに慕っておられる」(ヤコブ4:5)というみことばに深く慰められました。御霊を受け、神の子とされた誇りを忘れてはなりません。

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