« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »

2010年2月28日 (日)

ルカ23章13-31節「あの人がどんな悪いことをしたというのか」

                                              2010228

  私たちは、「どうして、自分ばかりがこんな嫌な目にあわなければならないのか・・・」とつぶやきたくなることが多くあります。しかも、自分の労苦が報われる代わりに、不本意に担わされてしまった責任に対して、不当な非難を受けることがあります。それを警戒するからこそ、私たちは、互いに、責任を押し付けあう傾向があります。イエスの十字架刑はそのような責任のなすりあいの結果として決められました。つまり、自己保身を優先する者が、イエスを十字架にかけたのです。私たちはピラトの姿に自分を重ね合わせることができるのではないでしょうか。一方、不本意に十字架を背負わされたシモンの家は、初代教会の中心になりました。そして、イエスは何よりも、息も絶え絶えに十字架への道を歩まれながら、エルサレムを襲う悲劇のことを悲しんでおられます。不当な苦しみを受けながら、なお、そこにいる人々のことを気遣うイエスの姿、それこそ、私たちに求められる生き方です。

1.「見なさい。この人は、死罪に当たることは、何一つしていません」

「ピラトは祭司長たちと指導者たちと民衆とを呼び集め」(23:13)とは、公の判決を下すという意味がこめられています。その上でピラトは、「あなたがたは、この人を、民衆を惑わす者として、私のところに連れて来たけれども、私があなたがたの前で取り調べたところ、あなたがたが訴えているような罪(理由)は別に何も見つかりません」と言いました(23:13)。ここでは、ユダヤ人たちが訴えている内容を、「私があなたがたの前で取り調べた」にもかかわらずと強調し、その訴えを正当化する「理由」を見出さなかった言いながら、彼らの訴えを、正式に根拠のないものと見なしたという公の宣言がなされたという点が強調されています。

確かに、イエスは当時のユダヤの最高議会(サンヘドリン)では死刑判決を受けました。それはイエスが自分を神の右の座に着く者としたという冒涜罪のゆえです。イエスが真に神の御子ではなかったとしたら、彼らの判決は、律法に照らし合わせても正当なものでした。多くの人は、イエスを尊敬すべき人間像の代表にしますが、この世で真に尊敬される人であれば、自分を神と等しくすることはありません。ユダヤ人の視点からしたら、イエスは真に預言された救い主であるか、偽預言者であるかのどちらかであって、「良い人」という判断はあり得ません。しかも、彼が、無力に捕えられているという現実自体が、彼は救い主ではないということを証明しているとも言えます。それからしたら、ユダヤ人の死刑判決はきわめて妥当なものだったとさえ言えます。

ただし、それはローマの法律からしたら極めて宗教的なことですから、それによってイエスを死刑にすることはできません。このときのイスラエルはローマ帝国の支配下にありましたから、イエスが人々の独立運動をあおって反乱を引き起こしたということが明らかにならない限り、イエスを死刑に定めることはできません。

その上で、ピラトは、「ヘロデとても同じです。彼は私たちにこの人を送り返しました」(23:15)と付け加えます。このガリラヤの王ヘロデ・アンテパスは、エドム人の子孫であるヘロデ大王の息子でしたが、一応、ユダヤ人の王として自認していましたが、彼でさえイエスを死刑にする理由が見つけることができなかったというのは、大きな説得材料になります。ですからピラトは、「見なさい。この人は、死罪に当たることは、何一つしていません。だから私は、懲らしめたうえで、釈放します」(23:15,16)と言います。「死罪に当たることは、何一つしていません」という宣言は、極めて力強い宣言で、「これにて一件落着」と言えるようなものです。

ところが、ピラトはなんとも不思議な判決を下します。ユダヤ人が訴えているような罪が見つからなかったのなら、すぐに釈放すべきなのに、なぜ、釈放する前に、「懲らしめる」必要があるのでしょう。それは鞭打ち刑で、場合によってはそれで死んでしまう人もいるほど残酷な刑でした。この判決は、死刑に相当する罪は見出せないけれども、鞭打ち刑を与える根拠はあると言われているかのようにも思えますが、先に、ピラトは、彼らの訴えの正当性を認めることはできなかったとはっきり言っているのですから、イエスはすぐに釈放されるのが正当なことです。

イスラエルは当時のローマ帝国で最も支配が困難な国であると言われていました。ピラトも自分の不遇を嘆いていたことでしょう。彼はユダヤ人たちが自分の統治の不正をローマ皇帝にいつ訴えられるかと戦々恐々だったのではないでしょうか。ですから、ピラトはイエスを鞭打って、苦しめることで、ユダヤ人の不満が静まることを期待して、鞭打ちを決めたのだと思われます。彼には真理によって判決を下そうという気持ちはありません。そして、そこにユダヤ人たちに付け込まれる余地が生まれたと言うべきでしょう。一歩譲ると、どこまでも譲ることになるということの例です。ピラトは最初の裁判の席で、「この人には何の罪も見つからない」(23:4)と宣言していながら、ユダヤ人たちの訴えに抗し切れなくて、それで裁判を終わりにする代わりにヘロデ・アンテパスのもとに送りました。そして、ここでもユダヤ人の気持ちに一歩譲ることによって、彼らの要求に全面的に屈する道を開いてしまいました。

2.「そしてついにその声が勝った」

それで彼らは、「声をそろえて」、「この人を除け。バラバを釈放しろ」と叫びました(23:18)。マタイによるとピラトは、過ぎ越しの祭りには、「群集のために、いつも望みの囚人をひとりだけ赦免してやっていた」(マタイ27:15)とのことですが、彼はバラバとイエスのどちらかを釈放できるという自分の恩赦の権威を見せながら、人々が明らかな罪人のバラバよりもイエスの釈放を求めることを期待していました。なお、「バラバとは、都に起こった暴動と人殺しのかどで、牢にはいっていた者である」(23:19)とあるように、当時の法律からして明らかな死刑囚でした。「暴動」とあるのは、バラバこそ「民を扇動している」(23:5)と言われるにふさわしい独立運動指導者で、その革命運動の中で、人を殺害しなのだと思われます。つまり、罪が明らかな人が釈放され、無罪の人が十字架にかけられようとしているのです。ミッション・バラバというやくざから回心した伝道者の集まりがありましたが、イエスはまさに、そのような社会の闇に住む人に新しい人生を与えるために、身代わりに十字架にかかってくださったということです。

ところで、イエスはつい五日前の日曜日には、群集の歓呼を受けながらエルサレムに入城した人です。ピラトは意外な展開に大変にあわてたのだと思われます。それで、「ピラトは、イエスを釈放しようと思って、彼らに、もう一度呼びかけ」(23:20)ます。ところが、「彼らは叫び続けて、『十字架だ。十字架につけろ』と言った」(23:21)というのです。ピラトが彼らに理解を求めようとするたびに、彼らの要求はエスカレートしています

そしてここでは、「しかしピラトは三度目に彼らに」向かって、「あの人がどんな悪いことをしたというのか。あの人には、死に当たる罪は、何も見つかりません。だから私は、懲らしめたうえで、釈放します」と言ったと記されています(23:22)。本来、彼が正当な裁判をしている自覚があるなら、彼はユダヤ人たちがなんと言おうと、自分の良心に従ってさばきをくだせば良かったはずです。しかし、中途半端に、彼らの好意を得ようとしたために、とんでもないことに巻き込まれてしまいました。彼の優柔不断さが、ユダヤ人の声をますます大きくしてしまいました

歴史に「もし・・」などと言うことは、不謹慎ではありますが、それでも、もしピラトがもっとクールに、「これにて裁判終了!」と断固として宣告していたとしたら、ピラトはイエスに十字架刑を宣告した張本人という歴史上もっとも不名誉な立場を回避できたかもしれません。ふと、使徒信条で、「主は・・ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられ・・・」と告白するたびに、彼を可愛そうに思ってしまいます。自分にもピラトと同じように、人々の好意を得ようと妥協する傾向があるのを知っているからです。

そして、ここで福音記者は、「ところが、彼らはあくまで主張し続け、十字架につけるよう大声で要求した。そしてついにその声が勝った」(23:23)と描きます。ユダヤ人の声が勝った結果として、ピラトはローマの裁判では本来死刑に値しない人を死刑に定めてしまったのです。そのことが、簡潔に、「ピラトは、彼らの要求どおりにすることを宣告した」(23:24)と描かれます。ピラトはローマ皇帝の代理として、裁判官の席に着いていたはずなのに、彼は群衆の声に押し切られ、民衆に屈服するようにして、死刑判決を下してしまいました。

そして、これを通して、イエスを死刑に定めたのは、ローマ帝国である前にユダヤ人たちであることが明らかになります。そして、この判決の不当さが、ごく簡潔に、「すなわち、暴動と人殺しのかどで牢にはいっていた男を願いどおりに釈放し、イエスを彼らに引き渡して好きなようにさせた」(23:25)と描かれます。このときユダヤ人たちがイエスの代わりにバラバの釈放を願ったことは彼らのその後の歴史を決めることになりました。バラバはエルサレムで暴動を引き起こして人殺しまでした人です。一方、イエスは、「あなたの右の頬を打つような者には、左の頬をも向けなさい」(マタイ5:39)と言われて、ローマ帝国への反抗を戒められた方です。このときユダヤ人たちは、救い主と称しながら無抵抗に捕らえられたイエスを退け、剣をもって戦うバラバの生き方を選び取ってしまったのです。

確かに、エゼキエルの預言などを表面的に見ると、神が遣わす新しいダビデのもとでイスラエル国家の独立と繁栄が実現されるはずだと思われました。しばしば、自分で責任をとろうとしない人々は、強いリーダーを求めます。彼らは、ローマ帝国の圧制という現実の中で、自分の責任で可能なことを地道に成し遂げることよりも、目の前の問題をたちどころに解決するという強い指導者に憧れていました。ナチス・ドイツの宣伝大臣だったゲッペルスは、「民衆は上品に支配されること以外に何も望まない」と記していますが、残念ながらそのような面があります。ユダヤ人はこのとき、イエスを退けバラバ的な人を選んだことによって自滅への道を歩みだしたと言えましょう。

  人は何よりも、ひとりになることを恐れます。ですから、人々の尊敬と称賛を得られるなら自分の命を賭けることだってできます。そのような英雄待望の雰囲気が、見通しのない無責任な指導者を生み出すのです。

なお、このときのピラトとユダヤ人たちとの対話を、ユダヤ人向けの福音書を記したマタイ27章24,25節では次のように描かれています。「そこでピラトは、自分では手の下しようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、群集の目の前で水を取り寄せ、手を洗って言った。『この人の血について、私には責任がない。自分たちで始末するがよい。』 すると、民衆はみな答えて言った。『その人の血は、私たちや子供たちの上にかかってもいい。』

このユダヤ人の応答こそ、ユダヤ人のその後の悲劇の原点です。多くのユダヤ人は、この記録に大変な反発を感じます。残念ながら、歴史上、クリスチャンたちがユダヤ人を迫害するのを正当化する根拠に、このマタイの記事が用い続けてきました。もちろん、そのような迫害は決して正当化はできません。しかし、ユダヤ人が、イエスの血の責任を神によって負わされたことは確かです。それがこれから約40年後に起きるローマ軍の攻撃によってエルサレムが滅亡し、神殿が永遠になくなってしまったことでした。しかし、それは、ユダヤ人自身がイエスのことばに逆らい、剣を取ってローマ帝国に反旗を翻したことの結果であり、神のさばきではあっても、同時に、それはユダヤ人が自分でローマ軍を戦いに引き出してしまったというまさに自業自得の自滅でした。

3.「シモンというクレネ人をつかまえ、この人に十字架を負わせて・・・」

そして、「彼らは、イエスを引いて行く途中、いなかから出て来たシモンというクレネ人をつかまえ、この人に十字架を負わせてイエスのうしろから運ばせた」(23:26)とありますが、これはイエスが深夜の裁判と鞭打ち刑で消耗し、体力がなくなっていたことを示しています。クレネ人シモンとしてはとんだことに巻き込まれたと思ったことでしょう。しかし、このように彼の名が、わざわざ記されていることには大きな意味があります。マルコ福音書では、わざわざ、「アレクサンデルとルポスの父でシモンというクレネ人が・・・」(15:21)と、彼がよく知られた教会リーダーの父であったことが示唆されています。そして、パウロは、ローマ人への手紙の末尾の挨拶で、「主にあって選ばれた人ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく」(16:13)と記しています。このルポスが十字架を負ったシモンの子と同一人物であるなら、シモンの妻は、使徒パウロにとっての母親的存在になっていたことになります。シモンは、不本意にせよ、イエスの十字架を身代わりに負ったことで最も尊敬される人の一人になったのでしょう。

私たちは自分の意に反して、自分が負う必要のないと思われる重荷を負わされることがあります。僕も昨年の福音自由協議会総会で、とんでもないいやな役を引き受けさせられたと感じ、その後、どんどん気分が沈んでゆきました。正直言って、「何で僕がこんな損な役回りを引き受けなければならないのか・・・」と感じていました。しかし、結果的に、そこからまったく予期しない出会いや展開が生まれてきました。気の進まないことでもやらざるを得ない働きが多くあります。だれかが、その嫌な役回りを引き受けざるを得ません。それはクレネ人シモンの立場に身を置くことです。しかし、それが主のための働きであるならば、そこで苦しみ以上の祝福を必ず体験できます。

私たちは、平穏な生活を送るためではなく、他の人々のために困難な課題を背負うためにキリスト者として召しだされました。その召しに従うときに、予期しなかった祝福の世界を見させていただくことができるのです。

4.「エルサレムの娘たち・・・自分自身と、自分の子どもたちのことのために泣きなさい」

そして、「大ぜいの民衆やイエスのことを嘆き悲しむ女たちの群れが、イエスのあとについて行った」(23:27)とありますが、ここに至って初めて、「十字架にかけろ」と大声で叫んだ以外の人々の姿が描かれます。その中心は、女性たちでした。ところがイエスは、その女たちに向かって、「エルサレムの娘たち。わたしのことで泣いてはいけない。むしろ自分自身と、自分の子どもたちのことのために泣きなさい(23:28)と、不思議なことを言われました。

それは、このエルサレムがローマ帝国の攻撃を受けて滅びることを、イエスが前もって知っておられたからです。そのことをイエスは、「なぜなら人々が、『不妊の女、子を産んだことのない胎、飲ませたことのない乳房は、幸いだ。』と言う日が来るのですから」(23:29)と、言われます。これと似た表現が17章22-37節にもありました。

「そのとき、人々は山に向かって、『われわれの上に倒れかかってくれ。』と言い、丘に向かって、『われわれをおおってくれ。』と言い始めます」(23:30)と記されていますが、これは、ホセア10章8節の預言の言葉です。この預言は北王国イスラエルの全盛期を築いたヤロブアム二世の時代に、ホセアがまもなくイスラエルは神の怒りによって滅ぼされるということを預言していたものです。全盛期とは、滅亡への入り口であるというのが歴史の皮肉です。

イエスは、この預言との関連で、「彼らが生木にこのようなことをするのなら、枯れ木には、いったい、何が起こるでしょう」(23:31)と言われました。「枯れ木」とは、いのちのない木のことで、パリサイ人や律法学者などの宗教指導者を皮肉った表現です。「生木」とは永遠のいのちを持つイエスご自身のことです。イエスは目の当たりにエルサレムの滅亡を見ていましたが、イエスとイエスのことばを信じた人々はローマ帝国に逆らうようなことはせず、ローマ軍にエルサレムが包囲される前に逃れることができました。しかし、イエスのことばを軽蔑したユダヤ人たちは、自分たちが神のご計画に逆らっていることも知らずに偽りの信仰に燃え、自滅してゆきました。主は、「枯れ木」に対する神のさばきをありありと見ておられたからこそ、「父よ、彼らをお赦しください」(23:34)と祈られたのです。さばきのないところに赦しの必要などは生まれません。罪に対する神のさばきと十字架の赦しとはセットになっています。神をあなどってはなりません。イエスを救い主として信じない人は、自分の罪によって滅びるのです。

イエスは十字架の苦しみに向かいながら、人々に自分たちの罪のために泣くようにと言われました。自分の罪に泣く者にこそ、イエスの十字架の贖いのみわざが有効になるからです。イエスはそのような真理を前提にして、平地の説教で、「いま泣く者は幸いです。やがてあなたがたは笑うから・・・いま笑うあなた方は哀れです。やがて悲しみ泣くようになるから」(6:21)と言われました。このとき、イエスをあざ笑った者たちとその子たちは、エルサレムとともに滅びました。しかし、エルサレムのために泣いた者は、イエスにある救いを喜ぶ者となったのです。

私たちが不本意な責任を担わされながら、しかも、そこで謂れのない非難を受けるようなとき、詩篇69篇のみことばに自分の心を合わせて祈ることができます。そこでは、「私は盗まなかったものさえも、返さなければならないのですか」(4節)と、神に自分の損な役回りのことで嘆いています。そして、彼は自分の置かれている不遇な状況、孤独感を神に切々と訴えてゆきます。しかし、この詩篇の終わりは、「神を尋ね求める人々よ、あなたがたの心は生き返ります」(32節私訳)という力強い断定で終わります。拙著の詩篇の翻訳と解説を『心を生かす祈り』としたのは、これをもとにしています。私たちは自分で自分に言い聞かせるのではありません。神に向かって嘆く中で、私たちの心に神のみこころを行う力が沸いてくるのです。それこそ聖霊の働きです。不当な苦しみを受けて心が痛むのはきわめて自然なことです。しかし、それを神への祈りに変えるとき、私たちはイエスの御跡に従うことができます。イエスが不当な苦しみにあっているのですから、その弟子である私たちが不当な苦しみに会うのはきわめて自然なことです。しかし、それは決して苦しみでは終わりません。そこには豊かな祝福が備えられています。

|

2010年2月14日 (日)

黙示録の要約(朗読17:1-8)「大バビロンの誘惑に耐える」

                                              2010214日   

  黙示録は聖書の中で最も誤解されやすい書物のひとつです。しかし、これは信仰者にとって不可欠な励ましの書です。2210節に、「この書の預言のことばを封じてはいけない。時が近づいているからである」と記されていますが、これは、たとえばダニエル書で、終わりの日の幻に関して、「あなたは終わりの時まで、このことばを秘めておき、この書を封じておけ(12:49)と記されているのと対照的です。またこの書は、英語では、Revelation(啓示)と呼ばれるように、これは隠されたことばではなく、信仰者すべてに特別に明らかにされた希望のことばです。

 この書は、使徒ヨハネが信仰のゆえにパトモスという地中海の島に流されている中で啓示された「終わりの日」のできごとです。そして、聖書全体から見ると、終わりの日」とは、新約聖書の時代すべてに当てはまることばです。それは、私たちが今、旧約の預言がひとつひとつ成就してゆく時代に生かされているという意味です。  

ヨハネがこれを書いたのは、イエスの十字架と復活から60年余りたった紀元90年代のことだと思われます。そのときのローマ皇帝ドミティアヌスは、皇帝を「主」、また「神」として礼拝させようとしました。彼は、自分の妹の娘であったドミティラをキリスト信仰のゆえに島流しにし、その夫を信仰のゆえに死刑に定めたと言われます。そして、ヨハネもこのとき島流しにされました。しかし、この皇帝はその残虐さゆえに人々から憎まれ、96年に暗殺され、大迫害はすぐ止みました。60年代後半の皇帝ネロの時にしても、大迫害の時代はいつも短期間でした。とにかく、そのようなキリスト信仰への迫害の嵐の中で、主は、ヨハネを通して、初代教会のクリスチャンたちに、「イエスに対する信仰を持ち続ける聖徒たちの忍耐はここにある(14:12)と、これが世への証しの機会となると励ましました。

ユージン・ピ-ターソン師は、黙示録のテーマを「礼拝」と述べています。私たちは黙示録にある様々な象徴表現にとまどうばかりですが、そこに中心的に流れているテーマは、ハレルヤ・コーラスにあるように、キリストは「王の王、主の主」としてこの地を支配しておられるということです。そして、主のみこころとは、不条理や不正が満ち満ちている世の中で、神はすべてを御手に治めておられるということを信じ、主を礼拝することです。黙示録のテーマを、主イエスは、「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」(ヨハネ16:33)とまとめてくださったのではないでしょうか。これは信仰者の勝利を歌う詩です。

 

1.「獣を拝む者が受ける刻印」

ところで、この黙示録は、未来のことを描いているという見方が多くありますが、これはいつの時代にも、極めて現実的な警告の書です。矢内原忠雄氏は、第二次大戦の最中、エゼキエル書と並んで黙示録の講義をしていました。彼は戦後、黙示録13章に預言されたとおりのことが日本で起きていたと、次のように書いています。

 「思うに二・二六事件当時(1936)のいわゆる非常時より、太平洋戦争の終了にいたるまでの十年間、わが国はサタン「竜」の権力の風靡するところとなった(13:2)。天皇を現人神としてその神格の承認を国民に強要し、神社参拝を命令し、獣の像を拝せざる者には厳しき弾圧が加えられた。獣はまた大言とけがし言を語る口を与えられ、もろもろの族、民、国語、国をつかさどる権威を与えられた(13:5-7)。而して、多くの偽祭司、偽預言者、偽宗教家、偽学者、偽思想家、偽評論家どもは、あるいは一身の危険を恐れ、あるいは利益に迎合して、獣のために或いは論じ或いは行うて、国民をして獣を拝ませた(13:12-14)。而して獣の徽章を右の手或いは前額にあった者だけが・・比較的自由に売買することを得た(13:16,17)。キリストに対する貞潔は失われ、教会の中にも獣に対する賛美の声が満ちた。かかる中にありて一筋の細き信仰の道を歩んだ者は、ただヨハネの幻影に教えられて、忍耐と信仰を守ることができたのである」。つまり、矢内原は、戦時中の日本では、黙示録の記述の通りのことが起きていたと分析しているのです。それを通して、この暗闇の時代も、全能の神の御手の中にあると信じられました。

  第二次世界大戦の間の日本の教会はほぼ例外なく天皇を現人神とし神社参拝に参加しましたが、日本占領下の朝鮮半島では多くの信仰者がこれに抵抗を見せました。そのような中で、キリスト教のミッションスクールでは、「警察は神社参拝に出てこない生徒を調査し、彼らを学校から退学させるとともに、彼らの父を職場から首切りし、もし商業を営む者は、それを中止させて生活に脅迫を加えた」ということが実際に行われました。これはまさに、黙示録1316,17節のことが行われたということです。つまり、神社参拝という獣の像を拝んだ者だけが経済活動に参加することが許され、「その刻印・・を持っている者以外は、誰も買うことも売ることもできないようにした」というのは、文字通り現実に起きたことだったのです。日本の教会は、そのような中で、わざわざ朝鮮半島にまで出かけていって、神社は宗教ではないと説き伏せていました。そのことを矢内原は実際に指摘しながら、弾圧が激しい最中の19421月の集会で、「そのほかいろんな問題に関しても、地より上ってくる獣によりまして、やれ国粋だとか日本古来の何だとか言いまして、いわゆる日本主義の基督教なんということを言いまして、小羊の血とおのが証の言に対する信仰と忠実を捨ててしまって、人々を説き勧めて、拝すべきものでないものを拝せしめる、そういう者たちも少なくない。基督教会の中にも起こってくるのです・・・その中にあって我々は天にあっては既に戦いは勝たれている、地にあっては地が口を開いて川を呑んでくれる。それで自分たちの戦いの意味も、事の起こりも終わりも、こうして示されております。あとは忍耐する事と、信仰することだけなのです。これはそんなに難しいことではない。苦しくないことではありませんが、難しいことではない。人もし耳あれば聞くべしだ」と大胆に語っています。

矢内原忠雄氏は、この筋の通った信仰の姿勢が、戦後、多くの人々の尊敬を集め、東京大学総長にまでなります。なお、彼は戦後すぐに、その頃の苦しみを振り返りながら、「獣(国家権力)は猛威を振るった。しかし、それはまことに『一年と二年と半年の間』(12:14)であった。過ぎ去った今、往時をかえりみれば、ひと時の悪夢である。而して我に帰れば、神の勝利に対する賛美と神の恩恵に対する感謝のみが我が心に沸き起こる。しかしながら、サタンは未だまったく滅ぼされたのではない。『七つのラッパ』(8-11)は終わったけれど、やがてまた新しき審判の連環として『七つの鉢』(16)が始まるであろう。その時、キリストに対する操守を全うして己が永遠の生命を失わぬよう、今の中にヨハネの幻影の教うる意味を心して学んでおかなければならないのである」と記しています。つまり、私たちがこの世の患難に耐えることができるための何よりの秘訣が、黙示録に啓示されているというのです。

聖書宣教会の岡山英雄師も、当時の日本の教会が、黙示録13章の意味を悟っていたなら、日本の教会の国家神道への対応は異なっていただろうと記しています。残念ながら、矢内原氏を例外として、日本の教会は黙示録への関心が薄かったのだと思います。そして、それは現代の日本の問題でもあります。なお、「七つの封印」「七つのラッパ」「七つの鉢」に、私たちをぞっとさせるような災いが描かれていますが、これらは、すべて、神から小羊イエスに託されたさばきとして描かれているという中心点を決して忘れてはなりません。それはイスラエルの出エジプトの際の「十の災い」と同じく、私たちを「新しい天と新しい地」に招き入れるための通過点に過ぎません。

2.『すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン』

そして、現代の教会が直面しているサタンの誘惑とは、1718章に描かれる「大淫婦」、「大バビロン」ではないでしょうか。ヨハネは、ひとりの女が緋色の獣に乗っているのを見た。その獣は神をけがす名で満ちており、七つの頭と十本の角を持っていた。この女は紫と緋の衣を着ていて、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものや自分の不品行の汚れでいっぱいになった金の杯を手に持っていた」(17:3、4)という幻を見ました。「七つの頭」とは、「七つの山」(17:9)のことですが、これはローマ市が七つの丘の上に立っているからだと言われます。ローマ帝国の支配下の安定の下で、ヨーロッパからアフリカ北部、中東がひとつの市場のようになり、自由な交易が発展しましたが、それに伴って、商人たちが大きな力を持ち、政治権力さえもお金で左右される事態が生まれました。

そして、これは現代のグローバリズム市場経済の先駆けのようなものです。そして、現代、その流れはインターネットの普及とともに世界に広がっています。物もお金も、民族や国語の相違を超えて取引され、富裕な人は、もう国境や文化の枠を越えて活動しています。そして、豊かな人はますます豊かになり、貧しい人はますます貧しくなり、政治もお金によって左右されます。しかも、国が法人税を高くすると、本社は平気でシンガポールなどに移されてしまいますから、国の規制も効果がないばかりか、国が企業のご機嫌をとらなければならないような事態が生まれています。そして、そのような中では、ひとりひとりの価値が、「どれだけお金を稼ぐことができるか」という基準によって図られるようになります。つまり、富が世界を支配するという事態が生まれているのです。

そして、この「大淫婦」の姿が、その額には、意味の秘められた名が書かれていた。すなわち、『すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン』という名であった。そして、私はこの女が、聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た」(17:5、6)と描かれます。これは、グローバリゼージョンの波の中で、誠実な仕事をしている信仰者たちが時代の変化に乗り遅れ、職を失って血を流すような事態を指しています。お金持ちは、自分が育ててもいない会社を買収し、自分に忠誠を誓わない社員を辞めさせることだってできるのです。

ところが、そのような中で、不思議な展開も起きます。それが、「あなたが見た水、すなわち淫婦がすわっている所は、もろもろの民族、群衆、国民、国語です。あなたが見た十本の角と、あの獣とは、その淫婦を憎み、彼女を荒廃させ、裸にし、その肉を食い、彼女を火で焼き尽くすようになります」(17:15、16)という記述です。いつの世にも、お金に支配された権力は、やがて貧しい大衆の支持を取り付けた新しい権力者によって滅ぼされてきました。つまり、暴力の支配が富の支配を打ち砕くということがあるのです。富と暴力は、どこかでぶつかり合い、自滅してゆきます。私たちは、その背後に、傲慢な者をさばく、目に見えない神のご支配を見ることができます。

そして、この大淫婦があっけなく滅びさるときに、「彼女から富を得ていた商人たちは・・・泣き悲しんで」、「わざわいが来た。わざわいが来た。麻布、紫布、緋布を着て、金、宝石、真珠を飾りにしていた大きな都よ。あれほどの富が、一瞬のうちに荒れすたれてしまった」と言います(18:16,17)。また、「すべての船長、すべての船客、水夫、海で働く者たちも、遠く離れて立っていて、彼女が焼かれる煙を見て、『このすばらしい都のような所がほかにあろうか』と叫んで言いながら」、すぐに、「頭にちりをかぶって、泣き悲しみ、『わざわいが来た。わざわいが来た。大きな都よ。海に舟を持つ者はみな、この都のおごりによって富を得ていたのに、それが一瞬のうちに荒れすたれるとは』と叫んで言う」と描かれます(18:18、19)。これは多くの小金持ちが、この淫婦により頼んでいたのに、一瞬のうちに財産を失うのを嘆くようなものです。日本でも、この二十年間のうちにバブルがはじける姿を二度も体験しました。そのたびごとに、安易に金儲けに走っていた人たちが、大損をし、嘆きに沈んで行きました。

この世の富は、一瞬のうちに消えてしまいます。それは驚くほどに空しくはかないものです。そのことは、伝道者の書でも、「金銭を愛する人は、金銭に満足することがない・・富む者は、満腹しても、眠りを妨げられる・・・蓄えられた富が、その所有者に害をもたらす」(5:10,12,13私訳)と驚くほど簡潔に生き生きと描かれています。

たしかに、「お金は大事だよ・・」と言われることは真実です。また、最近は、「市場原理主義」などと、市場経済が軽蔑されるような論調も聞かれますが、人類は、自由市場経済にまさる効率的な資源の配分と商品の分配システムを発見することはできていません。価格の自由な変動を規制することは、問題の先送りになるばかりです。しかし、お金も市場経済も、本当に役に立つからこそ、偶像になってしまいます。知らないうちに、人も自分も、その価値を市場原理で計ってしまうようになるというのが、大バビロンの誘惑です。そのとき、人はお金の奴隷になっているのです。お金は使うものであって、お金にあなたの人生の方向を決めさせては決してなりません。これは、教会にも言えることです。お金があれば教会堂もすぐに建ちます。しかし、その会堂建設のための予算が一人歩きするときに、教会は堕落を始めます。「新しい天と新しい地」のビジョンがお金の影にかすんではなりません。

3.「新しいエルサレム・・・が天から下ってくる」

なお、このようにこの世の富みの力は、あっけなく自滅しますが、信仰者を迫害するこの世の権力はどうなるのでしょう。その鍵のことばが、「ハルマゲドン」です。しばしば、これは誤って、『人類最終戦争』などと解釈されますが、果たしてそうでしょうか?16章12-16節を見ると、「竜の口と竜の口と、獣の口と、にせ預言者の口とから、かえるのような汚れた霊どもが三つ出て・・・全世界の王たちのところに出て行く。万物の支配者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを集めるためである・・・こうして彼らは、ヘブル語でハルマゲドンと呼ばれる所に王たちを集めた」と記されます。これは私たちにとって恐怖ではなく、サタンの勢力の断末魔のもがきに過ぎません。

そして、ハルマゲドンの戦いの結末は、19章11-21節に描かれています。そこでは、再臨のイエスが、「白い馬」に乗って現れ、「義をもってさばきをし、戦いをされる」とまず記されます(19:11)。しかも、「その方は血に染まった衣を着ていて、その名は『神のことば』と呼ばれ」ます(19:13)。そして、その方の、「着物にも、ももにも、『王の王、主の主』という名が書かれていた」というのです(19:16)。その上で、戦いの結末があまりにもあっけなく、「私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢と戦いを交えるのを見た。すると、獣は捕らえられた。また、獣の前でしるしを行い、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕らえられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた」と描かれます(19:19、20)。つまり、信者がこの世の権力者と戦いを交えることはないのです。戦いは、キリストの御口から出ている「鋭い剣」によって(19:15)、一瞬のうちに勝敗がつきます。私たちに求められているのは、「神のことば」と言われるキリストから目を離さず、偶像礼拝の圧力に屈しないということだけです。

その上で、黙示録20章では、サタンが捕らえられ、「千年の間縛られる」(20:2)と記されます。そしてこのとき、偶像礼拝の圧力に屈しなかった信仰者は「生き返って、キリストとともに千年の間王となった」(20:4)と描かれます。これはしばしば、千年王国と呼ばれます。なお、この千年王国に関しても、エゼキエルが預言した地上のイスラエル王国の復興であるという見解もありますが、ここでは明らかに、キリストに従い続けた「キリストの祭司が・・千年の間王となる」(20:6)と記され、キリスト者がキリストとともに治める国であると記されています。

不思議なのは、これですべてが終わるのではなく、「千年の終わりに、サタンは牢から解き放され・・・ゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを召集する。彼らの数は海辺の砂のようである。彼らは聖徒たちの陣営と愛された都とを取り囲んだ。すると天から火が降ってきて、彼らを焼き尽くした。そして・・悪魔は火と硫黄との池に投げ込まれた」(20:7-10)と描かれていることです。つまり、千年王国も、過渡的な地上の王国なのです。そして、これは「エデンの園」で人間を誘惑した悪魔、「古い蛇」(20:2)を最終的に滅ぼすための過程にあることです。これは、神が、古い蛇をも支配し、この地に平和を実現することができるということのシンボルです。

千年王国の意味は、「神は・・世を愛された」(ヨハネ3:16)という有名なみことばで言い換えられます。神はこの目に見える世界を愛しておられるからこそ、すべてを新しくする前に、この地に平和を実現してくださるのです。

しかも、黙示録には、サタンによる大迫害の中で信仰者が耐え忍ぶべき期間が、「四十二か月」(11:2、13:5)「千二百六十日」(11:3、12:6)、「一時と二時と半時の間」(12:14)と記されていますが、これはすべて「三年半」という期間に相当します。つまり、苦しみは三年半で終わり、平和と喜びは千年間も続くという対比がここに強調されているのです。ですから矢内原氏も、戦時下の苦しみは、「ひと時の悪夢であった」と語りながら、黙示録によって、そのような時期はすぐに終わると確信でき、耐えることができたと告白しているのです。

その上で、20章11、12節では、すべての「死んだ人々」が、神の法廷、「大きな白い御座」の前に立たされ、「行いに応じてさばかれた」と記されます。これは最後の審判のときですが、これは信者に対するさばきではありません。これはあくまで、「いのちの書に名が記されていない者」に対するさばきであると繰り返されています(20:12,15)。信仰者が立たされるのは、私たちのために死んでくださった「キリストのさばきの座」であり、そこでは、キリストのために労苦しながらこの地上で報われなかった働きに対する「報いを受ける」のです(Ⅱコリント5:10)。しかも、先にあった、獣を拝み、偶像礼拝の刻印を押されるのは、「いのちの書に・・名の書き記されていない者であると記されています(13:8)。つまり、信仰を守り通すのも、すべて、神の一方的なあわれみによる「選び」によるのです。

そして、私たちの人生のゴールのことが、「また私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、天から下って来るのを見た・・・『見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである」(21:1-4)と美しく描かれています。興味深いのは、私たちが天に上るというのではなく、「新しいエルサレム・・・が天から下ってくる」と記されている点です。つまり、私たちに求められていることは、天国に引き上げられることを憧れながら、現実逃避的な生き方をすることではなく神がこの地を変えてくださることを待ち望みながら、今、置かれている場所で、黙々と目の前の課題に取り組み、いつでもどこでも、主を仰ぎ、主を礼拝し続けることなのです。

黙示録を概観してわかることは、私たちはこの世で、富と権力の誘惑にさらされながら生きるということです。神の祝福とは、私たちを様々な災いや試練に会わせないことではなく、それらを通して成長させてくださることにあります。どちらにしても、気楽な人生を神に期待しても無駄です。私たちは十字架にかかられたキリストの御跡を従うように召されています。数多くの涙が流され、悲しみ、叫び、苦しみがあります。しかし、ほんとうに辛い時期は、ほんの一瞬に過ぎません。それよりも、多くの信仰者にとって最も永続的な困難は、富の誘惑に抵抗し続けることではないでしょうか。そこに霊的な戦いの中心があります。「大バビロン」の誘惑は目の前にいつもあります。

ですからイエスは、「あなたがたは、神にも仕え、富にも仕えるということはできません・・神の国とその義とを第一に求めなさい」と言われました(マタイ6:24,33)。しかも、「神の国を求める(原文:捜す)」ということを具体的に実践することの中心をイエスは、「空の鳥を見なさい」、また「野のゆりを観察しなさい」というふたつで表現されました。これはお金のかからない神の国の楽しみ方です。しかも、私たちが迫害に耐えることができるのは、「いのちの書に名が記されている」ことの結果に過ぎません。つまり、信仰の鍛錬の中心とは、自分の心と体を苦しめながら抵抗力をつけてゆくというようなことではなく、神の恵みのひとつひとつを思い起こし続けることなのです。苦しみはどちらにしても、必ずやってきます。そのとき、恵みの体験が、何よりも、苦しみに耐える力の源泉となるのです。   

|

2010年2月 7日 (日)

エゼキエル47:13-48:35 「主はここにおられる」

                             201027

 無教会の指導者、矢内原忠雄氏は1920年から37年まで東京大学で、国際連盟に転出した新渡戸稲造の後継者として植民政策の講座を担当、多くの研究業績をあげますが、その平和主義思想のゆえに大学を追われました。しかし、彼は自宅で聖書集会を開き続け、太平洋戦争の最も激しかった時期の194310月から451月まで、36回にわたってエゼキエル書の講義を続けました。彼は、滅亡に向かうエルサレム王国と、無謀な戦いで自滅に向かう日本とを重ね合わせていたかのようです。彼はその中で、日本は第一次大戦のときまでは、信義を守る国として世界中から認められていたのに、満州国設立から大東亜共栄圏にいたる外交政策を、国際的な信義を無視して自国の利益ばかりを追求していると嘆いています。そして、敗戦の約一年前の集会では、「もしも日本が不幸にして今度の戦争に負けるとすれば・・・それは日本が謙遜を学ぶ非常に良い機会であるわけです・・日本は神の国だから負けることはない・・そういう信念は打破されなければならない。人間的なおごりをもって神国といっているのですから、それは覆されることが必要なのです」と、憲兵に捕らえられて拷問を受けなかったのが不思議なほどのことを命がけで語っています。そして、神国とは、神からの使命を自覚する国であって、その使命を純粋化するために役立つなら、戦争に負けることも神の御旨であるという趣旨のことを語っています。大切なのは、戦争に勝つことでも負けることでもなく、神を畏れ、神の前に正しく歩むことであると命がけで語っています。

  これは、まさにエルサレム王国が滅亡するに至る預言者エゼキエルのメッセージそのものです。当時のエルサレムは、その約150年前にアッシリヤ帝国からの攻撃を奇跡的に退けることができたことで傲慢になり、神の都は決して滅びないと豪語しながらも、国際的な信義を軽んじ、神をあざけるような隠れた偶像礼拝に明け暮れていました。エゼキエルは、そのような中で、神ご自身がご自身の都と神殿を破壊する、ただ、それを通してイスラエルの民を謙遜にし、再び彼らの国の栄光を回復させてくださると語っていました。時局に迎合することなく、権力者の傲慢と偽善を非難しながら、同時に、国が謙遜にされた後の希望を語るという矢内原の姿勢は、まさにエゼキエルから学んだものでした。私たちのまわりにも様々な不正や欺瞞があります。人の反発を恐れたり、時の流れにおもねることなく、神の正義がこの地に実現するために命を賭けることができる人が求められています。勝ち負けやこの世的な幸不幸を見るのではなく、神にある永遠の希望に目を向けながら生きる人こそ、神の人です。

1.主の栄光がエゼキエルに現され、エルサレム神殿からは立ち去る

 エゼキエル書は、エルサレム滅亡の約六年前、既に故国から遠いバビロンの地に捕囚として流されていた三十歳になったばかりの預言者エゼキエル一人に、突然、「主(ヤハウェ)の栄光」が現されるという記事から始まります。聖書の中に、これほど生き生きと詳しく、主の栄光の様子が描かれている箇所はありません。しかも、これは神の都エルサレムにおいてではなく、遠い異国の異教徒の奴隷のような立場に置かれた、無力で何の奉仕もできない若い祭司に示されたことでした。彼は、他のイスラエルの貴族とともに、五年前に、バビロン軍によって連行されてきました。世の一般の成り行きでは、そのように捕囚とされた民は、その地の権力者におもねりながら、次第に、民族の誇りを失ってしまうことでしょう。何よりも、彼らは、エルサレム神殿で礼拝していたイスラエルの神、主(ヤハウェ)に失望して、強国バビロンの神々を拝み、主の民としてのアイデンティティーを失う危険にさらされていました。

主の栄光は、満ち足りた生活の中においてではなく、夢も希望も失われたような中でこそ、見せていただけるものです。主が、バビロンの地の捕囚の民の中に住んでいるエゼキエルにご自身を現してくださったのは、彼らを神の民の種として守りとおすためでした。彼らから新しいイスラエルの民を再び起こすためでした。

このエゼキエルに見せられた幻と、黙示録でパトモス島に流された使徒ヨハネに見せられた幻とは共通するものがあります。ただ、エゼキエルに見せられた希望の中心は、「イスラエル王国の復興」であるのに対して、ヨハネに示された幻は、「新しい天と新しい地」です。これこそ、旧約と新約の希望の違いでもあります。

そして主は、4章から7章にかけて、エルサレムの滅亡は、イスラエルの神、主(ヤハウェ)の無力さのためではなく、彼らの罪に対する神のさばきであると繰り返して語ります。ただ同時に主は、しかし、わたしは、あなたがたのある者を残しておく・・・あなたがたのうちののがれた者たちは、とりこになって行く国々で、わたしを思い出そう」(6:8、9)と約束してくださいました。今、ユダヤ人は世界中で奇跡の民と見られています。彼らがあらゆる偶像礼拝をせずに、唯一の神、主(ヤハウェ)だけを礼拝する民として世界中に知られているのは、このエゼキエルの預言が彼らを動かした結果です。彼らの悔い改めがなければ、キリスト(救い主)を待ち望む信仰も生まれませんでした。

8章から11章にかけて、主の霊は不思議なかたちでエゼキエルをエルサレム神殿に連れて行き、隠れてなされている様々な偶像礼拝の様子を見せ、ご自身の聖所さばきを始めると言われました(9:6)。その上で彼に再び、「主(ヤハウェ)の栄光」が現されます。しかし、今度は、主の栄光がエルサレム神殿から離れてゆく様子を彼に見せようとされたのです。このとき、「主(ヤハウェ)の栄光が神殿の敷居から出て行って・・・その町の真ん中から上って、町の東にある山の上にとどまった」(10:18、19、11:23)と記されます。これは、「主(ヤハウェ)の栄光」が神殿を立ち去って、エルサレムの東にある山、オリーブ山に退かれたことを意味します。これによって、エルサレムはもはや、主が真ん中に住まわれる神の都ではなくなりました。そのとき、神殿も神の御住まいではなく、空っぽの家になったのです。神殿とエルサレムが破壊されるのは、そこが神の住まいではなくなった当然の帰結でした。

2.「平安がないのに『平安』と言って、わたしの民を惑わし」

12章から15章ではエルサレムが滅びるときの様子が事前に描かれますが、そこでは同時に、偽預言者たちの活動を厳しく非難しています。当時のイスラエルの預言者たちは、エレミヤなどの滅亡の預言を聞きながらも、そのような主のさばきはすぐに実現することはない、神の都は安泰だと告げ続けていました。それが、神の民から最後の悔い改めの機会を奪い、さらに大きな悲惨を招いたのです。その姿が、「実に、彼らは、平安がないのに『平安』と言って、わたしの民を惑わし、壁を建てると、すぐ、それをしっくいで上塗りしてしまう」(13:10)と描かれます。

1943年12月に矢内原忠雄は、この箇所から、人々は、役にも立たない弱い塀を築いて、宗教家がそれにしっくいで上塗りをして、それがいかにも役に立つかのように見せているという趣旨のことを語って、当時の国策に協力している宗教家を非難しています。そして、自分が防火隊長に選ばれて、当時の欠陥だらけの防毒マスクや火消しに何の役にも立たないバケツリレーの訓練を指導せざるを得ない中で、当時の防火責任者に向かって、「実際には役に立たないことを、役に立つかのように思わせて演習させておけば、そのときにひどい目に合わされるではないか」と抗議したと語っています。これは、現在のトヨタの欠陥車問題にも通じます。ブレーキが利かなくなることがあるということクレームへの対処を遅らせている中で、世界中でとんでもない信用の失墜を招いています。

また、矢内原氏は、憲兵の目が至る所に光っているような時代に開かれていた集会で、「言いふらしてもらっては困るが、この戦争に日本は勝つことはないと私は思っている・・・信仰的立場から神をないがしろにし、国際的な信義を蹂躙し、偽りをもって国内の政治を満たし暴虐を行うことは、神の喜びたもうところではない」と語っています。彼は、国策に協力してばかりいた当時の日本基督教団の姿に、何よりも心を痛めていたのだと思います。真理を語るべき日本のキリスト教会は、こぞって、「戦争に勝つためにわれわれは一致団結する・・」というようなことを語り続けていました。まさに、当時の日本基督教団こそ、エゼキエルに記された偽預言者の姿そのものでした。

そして、私たちはその日本の教会の子孫としてここにいるのです。当時の感覚からしたら、矢内原忠雄は国賊です。しかし、今、誰もが、彼こそが真の愛国者であったことを認めざるを得ません。日本人は、ほんとうに、いつでもどこでも一致を大切にします。しかし、平安がないのに、平安を語る宗教家ほど危ない存在はいません。ある集団が滅びに向かっているとき、いのちを賭けて、それに警告を発する者こそ、真に神に愛された人です。

3.「悔い改めて、生きよ」

 主はエルサレムに対するご自身の思いを、16章6-15節で、「わたしがあなたのそばを通りかかったとき、あなたが自分の血の中でもがいているのを見て・・・『生きよ』と言い、血に染まっているあなたに、くり返して、『生きよ』と言った。わたしはあなたを野原の新芽のように育て上げた・・・わたしはあなたに誓って、あなたと契りを結んだ・・・こうして、あなたは金や銀で飾られ・・・あなたは非常に美しくなり、栄えて、女王の位についた・・・ところが、あなたは、自分の美しさに拠り頼み、自分の名声を利用し・・・だれにでも身を任せて姦淫をした」と語っておられます。エルサレムを生かし、繁栄させたのは主ご自身です。ところが彼女は、恩を仇で返してしまいました。

 この「生きよ」という主のみことばは、今も、多くの人々に語り続けています。しかし、今も、残念ながら、「困ったときの神頼み。喉元過ぎれば熱さを忘れる」で、主に対して恩知らずな生き方をする人が多くいます。そのような人に対し、16章59、60節で、主は、「わたしはあなたがしたとおりの事をあなたに返す。あなたは誓いをさげすんで、契約を破った」と、さばきを宣言しながら、すぐに、「だが、わたしは、あなたの若かった時にあなたと結んだわたしの契約を覚え・・とこしえの契約を立てると不思議なあわれみの約束をしてくださいました。主は、決して、ご自身の民を見捨てようとして苦しめるのではなく、彼らを立て直そうとして、彼らに訓練を施しておられるのです。

   

4.むなしい驕りと、主にある誇り

その上で、24章から32章にかけて周辺の国々に対する主のさばきが宣告されます。それは、エルサレムかバビロンに包囲されるときから、滅ぼされた後の時代にまで至る長い期間の預言です。その中で特に、海上貿易で栄えたツロへのさばきの理由が、「あなたは心高ぶり、『私は神だ。海の真ん中で神の座に着いている』と言った。あなたは自分の心を神のようにみなしたが、あなたは人であって、神ではない」(28:2)と記されます。私たちの周りにも自分を神のように誇っている人がいるかもしれません。しかし、彼らの栄光はすぐに消えます。

 そして、エジプトがイスラエルの民に偽りの希望を与えたことを、「イスラエルの家に対して、葦の杖にすぎなかった・・・彼らがあなたに寄りかかると、あなたは折れ、彼らのすべての腰をいためた」(29:6,7)と非難します。そして、見掛け倒しの彼らの最後が、「あなたはだれよりもすぐれているのか。下って行って、割礼を受けていない者たちとともに横たわれ」(32:19)と描かれます。イスラエルの民は、神の民として選ばれている者としてのしるしの「割礼を受けて」いながら、主にあるその誇りを忘れて、頼りにもならないエジプトに頼って、国を滅ぼしました。

それに関してパウロは、「あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです」(Ⅰペテロ2:9)と語っています。傲慢と誇りとは紙一重です。神を忘れた傲慢ではなく、神に愛されている者としての誇りを大切に、この世の権力者に媚びることなく生きたいものです。

5.「わたしは、あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける」

そして、34章23,24節で、主は、救い主預言を、「わたしは、彼らを牧するひとりの牧者、わたしのしもべダビデを起こす・・・主(ヤハウェ)であるわたしが彼らの神となり、わたしのしもべダビデはあなたがたの間で君主となる」(34:23、24)と告げておられます。イエス・キリストは当時の人々から、「ダビデの子」として迎えられました。そして、その支配の下で、主は、「わたしが彼らのくびきの横木を打ち砕き、彼らを奴隷にした者たちの手から救い出す・・・彼らは二度と諸国の民のえじきとならず、この国の獣も彼らを食い殺さない。彼らは安心して住み、もう彼らを脅かす者もいない」(34:27、28)というイスラエルの平和が実現すると明確に約束されていました。

 多くの人々は、イエスの時代のユダヤ人たちは、救い主に誤った期待を抱いていたと思い込んでいます。しかし、彼らの期待は正しいものでした。それはまさにエゼキエルに預言されているとおりのことだったからです。そして、正統的な教会は、十字架にかけられ、死んでよみがえったイエスは、再びこの地に来られると信じています。それは、このような目に見える平和を、イスラエルの地を超えた全世界的なレベルで実現してくださるためです。

 使徒ヨハネも島流しにされながら「新しい天と新しい地」のビジョンを見ましたが、それとこの預言には共通点があります。それは、不遇な中で神の民としての誇りを持つことと、救い主がもたらす「救い」は、たましいが肉体から離れて天国に憩うというような現実逃避的なものではなく、神がこの地に目に見える平和を実現してくださるということを信じることです。神の民は、それを信じて、この地で、黙々と、誠実に、主に従い続けるのが使命です。

  しかも、主は、そのように私たちを目に見える神の土地に憩わせる前に、私たちを内側から造りかえると約束してくださいました。それが、「わたしは、あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。わたしの霊をあなたがたのうちに授け、わたしのおきてに従って歩ませ、わたしの定めを守り行わせる」(36:26、27)という約束です。

しかも、主は、私たちの肉体をも造り変えるとの約束を、37章で生き生きとイメージさせながら、「干からびた骨」に向かって、「見よ。わたしがおまえたちの中に息を吹き入れるので、おまえたちは生き返る。わたしがおまえたちに筋をつけ、肉を生じさせ、皮膚でおおい、おまえたちの中に息を与える」(37:5,6)と語ってくださいました。

そして、主はさらに、息よ。四方から吹いて来い。この殺された者たちに吹きつけて、彼らを生き返らせよ(37:9)と大胆なことを言われます。そればかりか、主は、「わたしの民よ。わたしがあなたがたの墓を開き、あなたがたを墓から引き上げる・・・わたしがまた、わたしの霊をあなたがたのうちに入れると、あなたがたは生き返る。わたしは、あなたがたをあなたがたの地に住みつかせる」(37:13、14)と約束してくださいました。私たちは、今、この復活の御霊を受けています。ですから、私たちは死を恐れる必要はありません。たとい、すべてのものを失っても、私たちのうちに主の御霊が住んでおられる限り、すべての祝福を再び取り戻すことができます。

6.神殿の復興と新しいエルサレム

  40章からは新しい主の神殿のことが描かれます。その中心は神殿の形や大きさよりも、「主(ヤハウェ)の栄光が東向きの門を通って宮に入ってきた」(43:4)ことにあります。イエス・キリストがろばに乗って、エルサレムに入城してきた時、この預言が成就しました。多くの人々はイエスこそが、地上における主の栄光の現れであることを忘れています。そして、イエスはご自身の十字架と復活によって、エゼキエルの神殿を完成してくださいました。

  47章には新しい神殿の敷居の下から湧き水が流れ出て、それが大きな川になり、死海に流れ込んで、そこに非常に多くの魚が住むようになるという不思議が預言されています。そして、川の両岸にはあらゆる果樹が生長すると約束されています。これは、エルサレムが新しいエデンの園になるという預言です。そして、これは黙示録22章では「いのちの水の川」として描かれています。イエスはこの預言を覚える仮庵の祭りの終わりの日に、神殿の真ん中になって、「わたしを信じる者は、聖書が言っている通りに、その人の心の奥底から生ける水の川が流れ出るようになる」(ヨハネ7:38)と言われ、エゼキエルの預言が私たちに成就すると言われました。今、私たち自身が、新しい主の宮の一部とされて、私たちの心の内側から、四方の民を生かす、「生ける水の川」が湧き出てきます。それは、聖霊が私たちを小さなキリストに変え、私たちを用いて神の祝福を広げてくださるという約束です。

  47章13節以降の、イスラエルに対する土地の分配の約束は、きわめて象徴的なものです。ここに記されている領土の範囲は、民数記34:1-12にあるものと基本的に同じです。その領土の北は現在のシリヤとレバノン南部にまで及びますが、ヨルダン川の東の地は含まれません。ただ、分配の仕方は、その地の特徴を無視した、きわめて機械的なものに感じられます。その意味するところは、主は十二部族を平等に扱ってくださるということにあります。それは私たち一人ひとりが、主から、同じようにかけがえのない存在として見られているということに通じます。

 しかも、48章9-22節では、イスラエルの真ん中の土地のことが詳しく描かれます。それは、祭司やレビ人の土地、神殿の土地、新しい神の民の首都とその共有地などです。君主の土地は各部族の土地を侵すことがないように、その東西に割り当てられます。48章30節からは、その真ん中にある「新しい都市」のことが描かれます。それは、四方の長さが2.3kmもある当時のエルサレムよりもはるかに大きな都市でした(48:16)。そして、この町の名は、「主(ヤハウェ)はここにおられる」(48:35)と呼ばれます。それは、今、この教会に適用できる名前でもあります。

その町には、十二部族の名がついた十二の門があります。そして、それは黙示録では、新しいエルサレムの十二の門にそれぞれの部族の名がつけられるとともに、その城壁にはイエスの十二使徒の名が書いてあると描かれています(21:14)。新約の観点からしたら、キリストの弟子こそ「新しいイスラエル」です。現代のイスラエル共和国は、民数記とエゼキエルに約束されている土地の支配権を主張してアラブと争っています。しかし、エルサレムを開いたダビデは、「主(ヤハウェ)は、私へのゆずりの地所」(詩篇16:5)と告白しました。エゼキエルは確かに、目に見える土地への希望を語りますが、それ以上に、それを与えてくださる主(ヤハウェ)に目を向けさせているのです。

 新約の観点からは、エゼキエルが預言した新しいダビデ、キリストの支配はイスラエルばかりか全世界に及ぶものです。では、その預言は、もう古いのでしょうか。決してそんなことはありません。矢内原忠雄が、それを日本の敗戦と復興に生き生きと適用させて語ることができたように、この預言は、今の教会に、あなたの会社に、学校に、そしてこの国に適用して考えることができます。ちなみに矢内原氏は、戦後、教授に復職し、東京大学総長にまでなっています。主ご自身が、日本の教会がそろって軍事政府におもねっている中で、政府を批判する彼の集会を守り、速記者を用いてその生々しいメッセージを記録させ、それが戦後公表されたことに感動を覚えます。

 そして、その中心とは、私たちはどんなに小さくても、神の民としての誇りを忘れてはならないということです。この世に流されることなく、主の正義を求め、「地の塩、世の光」として生きることが求められています。確かに、最近、私が書いた本のタイトルにもあるように、「正しすぎてはならない」のですが、同時に、「義に飢え渇く者は幸いです」(マタイ5:6)とあるように、私たちは神の正義をこの地において求め続けなければなりません。たとい、私たちキリスト者の群れがこの世においてはどれほど弱く小さな共同体でも、誇りをもって常に、「主(ヤハウェ)はここにおられる」(48:35)と大胆に告白することができます。主がともにおられるとき、私たちは何をも恐れる必要がありません。

|

« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »