« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月22日 (日)

マルコ3章7-35節 「神の家族の中への招き」

                                               2011522  先日、NHKスペシャルで、「虐待カウンセリング~作家 柳美里・500日の記録~」というのが報道されました。非常に赤裸々なことを描いてくださった勇気に感謝しますが、機能不全家族における負の連鎖に圧倒される思いを持たれた方も多いことでしょう。

彼女は「死にたい、」と思うとき、「その思いの強さに、怖くなって、呼吸が浅くも深くもならないように、主の祈りを唱える(ただし、祈りの言葉抜きで)」と書いています。彼女はカトリック教会で求道生活をしておられるようです。

実は、聖書の創世記のテーマのひとつも、機能不全家族に対する神の取り扱いの記事と見ることができましょう。そして、イエスが十二弟子を選ばれたことの中にも同じようなテーマが感じられます。少なくとも、彼らはエリート集団とは程遠い存在です。そこには最初イスカリオテのユダさえもいました。しかし、イエスはそんな欠けだらけの交わりを基礎に初代教会を建て上げられました。

そして、私たちも神の家族の中に招き入れられるために召されました。肉の家族関係を通して人が傷つくのと同じように、神の家族でも傷つく人が出てきますが、その真ん中にイエスがおられます。そこは傷を通してイエスの救いを見る場とされているのです。

1.「大ぜいの人々が、イエスの行っておられることを聞いて、みもとにやって来た」

イエスは安息日にユダヤの会堂で片手のなえた人を癒しました。これによって、イエスは当時の宗教指導者たちから、安息日律法の破壊者として決定的に憎まれることになりました。なぜなら、当時の人々は安息日を守ることこそが、神のあわれみを受けてダビデ王国を再建できるための道だと固く信じていたからです。

そのような中で、それから、イエスは弟子たちとともに湖のほうに退かれ」(3:7)ました。イエスはしばしば、大きな話題になる奇跡的な癒しのみわざの後で、人目を避けるように「退かれ」ます。それは、イエスの働きの目的は、論争を引き起こすことでも、ご自身の御力を宣伝することでもなく、ひとりひとりとの人格的な出会いをすることだったからです。

ただ、「すると、ガリラヤから出て来た大ぜいの人々がついて行った。また、ユダヤから、エルサレムから、イドマヤから、ヨルダンの川向こうやツロ、シドンあたりから、大ぜいの人々が、イエスの行っておられることを聞いて、みもとにやって来た」(3:8)とあるように、驚くほど多くの人々が広い地域から集まってきました。

イエスはこのときガリラヤにいたのですが、エルサレムを中心としたユダヤ地方と、その南のイドマヤまた、ヨルダン川の東側やガリラヤより北の海沿いの地方のツロやシドンなどという異邦人の地からも人々がイエスのみもとにきたというのです。

それで、「イエスは、大ぜいの人なので、押し寄せて来ないよう、ご自分のために小舟を用意しておくように弟子たちに言いつけられた。それは、多くの人をいやされたので、病気に悩む人たちがみな、イエスにさわろうとして、みもとに押しかけて来たからである」(3:9)とあるように、イエスはわざわざ小舟を用意させ、その上から陸に向かって語るという舞台を用意しなかればならないほど多くの人々が集まってきました。

なお、日中は、湖から陸に向かって風が吹くため、イエスの声は遠くにいる人々まで届いたことでしょう。集まってきた人々は病の癒しを求めていましたが、イエスは何よりも福音を語ることを願っておられたのではないでしょうか。病が癒されてもそれは一時的な慰めに過ぎません。彼らの多くは、また病にかかり、やがてすべての人が例外なく肉体的な死を迎えざるを得ません。大切なのは、目に見えない神との個人的な関係ができることです。

「永遠のいのち」とは、何よりも、「新しい天と新しい地」に実現する神との親密な交わりが、今、このときから始まることを意味しているからです。

また、そこには悪霊に取り付かれた人々も多く集まってきましたが、「汚れた霊どもが、イエスを見ると、みもとにひれ伏し」、「あなたこそ神の子です」と叫ぶという不思議な現象が起きました(3:11)。イエスがどのような方であるかは、誰よりも悪霊が一番よく知っていましたが、彼らはイエスを恐れているからこそ、イエスのあわれみを請うような意味で、「あなたこそ神の子です」という告白をしたのだと思われます。

なお、人を名づけるということの中に、その人を自分の理解できる範疇に納めるという意味も込められていますが、悪霊たちはイエスを「神の子」と呼ぶことによって、イエスを自分たちの理解可能な存在へと引き下げる狙いがあったとも理解できます。つまり、悪霊の告白の中には、イエスのへの恐れとともに、主ご自身を想定内の存在へと納めると言う意味があったのだと思います。

それに対して、「イエスは、ご自身のことを知らせないようにと、きびしく彼らを戒められた」(3:12)とありますが、それは極めて当然のことです。イエスは悪霊のペースでご自分のことが証しされることを望みはしませんでした。彼らはただでさえ混雑をしているところにさらに人を集め、混乱を生み出そうとしていたと思われるからです。

2.「イエスは山に登り、ご自身のお望みになる者たちを呼び寄せられた」

 「さて、イエスは山に登り、ご自身のお望みになる者たちを呼び寄せられたので、彼らはみもとに来た」(3:13)とありますが、ここでは、「ご自身のお望みになる者たち」ということばが印象的です。

ルカ6章12,13節では、このころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈りながら夜を明かされた・・夜明けになって・・十二人を選び・・使徒という名をつけられた」(12,13)とありますが、イエスはご自身の働きを委ねる弟子たちを特別に育てるために、その選択に関し徹夜で神に真剣に祈る必要がありました。

人間的に考えると、彼らは初代教会の指導者になるべき器でしたが、イエスの選択の基準は、現代のように、本人の意思とか人々の推薦ではなく、父なる神のみこころとイエスご自身のご意思によりました。そこには、私たちのあらゆる常識を超えた神の基準がありました。

続けて、「そこでイエスは十二弟子を任命された。それは、彼らを身近に置き、また彼らを遣わして福音を宣べさせ、悪霊を追い出す権威を持たせるためであった」(3:14、15)と記されますが、「身近に置く」ということは、キリストの弟子を育てる際のキーワードです。それはたとえば徒弟制度で弟子が師匠の真似をしながら育つということに似ているかもしれませんが、根本的に異なることは、人間に過ぎない者は誰もイエスのようにはなれないということです。

ただし、身近にいた人はイエスの祈りの姿を見ることができました。そして、イエスご自身も、弟子たちに向かって、御父とご自身との特別な愛の交わりの中に彼らを招き入れるということを強調していました。その際、その神秘は、「賢い者や知恵のある者には隠して、幼子(のような者)たちに現す」ということでした(マタイ11:25)。

確かにイエスは彼らを通して神のことばを告げ知らせようとしましたが、敢えて、それまでみことばの訓練を受けていない「幼子のような者」を使徒として選びました。当時の学者たちの解釈という先入観が入りすぎるとイエスの話をすなおに受け取れないからではないでしょうか。

それと同時に、彼らには何と「悪霊を追い出す権威」までもお授けになりました。悪霊は人間の力で追い出すことはできませんから、これは彼らに聖霊を授けたということを意味します。

これらすべてにおいて、使徒を選んだ基準は、この世が評価する能力の基準とは大きく異なることが明らかです。

  しかも興味深いことに、弟子の筆頭であるペテロの本来の名は「シモン」ですが、それはイスラエル中で最も貧しい部族「シメオン」に由来します。一方、裏切り者「ユダ」はダビデを生んだ最も豊かな部族です。十二使徒の名の順位ではこの栄誉が逆さまになっています。

事実、ユダを区別する「イスカリオテ」とは「ケリオテ出身の」という意味だと思われ、これはヨシュアの時代からあるユダの最南端の町々の一つでした(ヨシュア15:25)。つまり、使徒の中でユダだけが、ガリラヤ出身の田舎者ではなく、伝統のある地の出身者でした。しかも彼は、弟子の集団全体の会計係を担当し、エルサレムの祭司長とも交渉できる有能な人物であったようです。

一方、ペテロは、貧しい教育しか受けていないガリラヤ湖の漁師で、情熱はあっても、いざとなったら三度イエスを知らないと言うような者でした。

しかし、貧しいペテロは成長し、有能なユダは堕落します。より幼子に近い方が成長できたのです。

  マルコの書き方にその後の彼らの成長を示唆する表現があります。「シモンにはペテロという名をつけ」(3:16)という中に、イエスご自身が彼を不動の岩のような者に成長させようとする断固とした意思を見ることができます。

また、次に、「ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ、このふたりにはボアネルゲ、すなわち、雷の子という名をつけられた」(3:17)とありますが、彼らはペテロとともに特別にイエスの身近においていただくことになります。ヤコブは誰よりも先に殉教の死を遂げ(使徒12:2)、ヨハネは誰よりも長生きします。ヨハネは後に、愛の使徒と呼ばれますが、本来の性格は短気で癇癪もちだったようです。それが彼らのふたりを「雷の子」と呼んだことに現れています。

イエスが彼らをそのように呼ばれたということの中に、そのような性格を矯正しようとする前に、愛し受け入れようとする思いを見ることができるのではないでしょうか。ちなみに彼らの母はサロメと呼ばれイエスの母マリヤと姉妹であったと推測されます。イエスは最初からご自身の身近にいた人を使徒として選ぼうとされたのです。

アンデレはペテロの兄弟であり、イエスの最初の四人の弟子はみなガリラヤの漁師で、家族どうして互いをよく知っていたと思われます。ちなみにイエスはご自分のもっとも身近なところに地縁血縁で結びつく者たちを配されたのは実に不思議なことです。

ピリポもペテロやアンデレと同じ町の出身で、バルトロマイナタナエルとも呼ばれ、このふたりは友人関係にありました。

そして、マタイはカペナウムの取税人です。トマスは懐疑主義者、アルパヨの子ヤコブは父の名がマタイと同じですから兄弟だったかもしれません。

タダイはルカでは「ヤコブの子ユダ」と記され、ユダの手紙の著者かもしれません。

「熱心党員シモン」とは独立運動に加担していた人だと思われます。

そして、最後が、イスカリオテのユダで、「このユダが、イエスを裏切ったのである」(3:19)と敢えて記されます。

ところで、ルカでは彼らのことが「十二使徒」と描かれ、「イスラエルの十二部族」に対応するものとして描かれています(ルカ22:30)。そこには、新しい神の民の創造という意図があったのではないでしょうか。イスラエルの十二部族が、機能不全家族から生まれ、兄弟同士の争いを通して神の民として整えられて行ったように、イエスは最初から明らかに問題を起こしそうな人を使徒として選ばれました。

イエスは将来の有能なリーダーを選ぶというより、神の家族としての核となる人々として選ばれたのです。家族であるなら、その中心に地縁、血縁が濃い人がいるのはうなずけます。

それにしても、「イスカリオテのユダ」を使徒とすることには大きな躊躇があったのではないでしょうか。イエスはそのことで苦しみながら、神のみこころを求め、徹夜で祈る必要があったのかもしれません。

しかし、この地上のどのような人の集まりにも、必ず、「はずれ者」のような人がいるのが現実です。その意味で、イエスは、どこにでもありそうな共同体を敢えて作ろうとしたのではないでしょうか。

それを通して、イエスは、将来の弟子の共同体にも、理想とはかけ離れた現実が必ずあるということを示唆し、同時に、はずれ者をぎりぎりまで許容する共同体こそが、イエスの弟子集団であることを示そうとしておられるのではないでしょうか。

3.「聖霊をけがす者はだれでも、永遠に赦されず、とこしえの罪に定められます」

 「イエスが家に戻られると、また大ぜいの人が集まって来たので、みなは食事する暇もなかった」(3:20)とありますが、そこで不思議なことが記されます。

それは、「イエスの身内の者たちが聞いて、イエスを連れ戻しに出て来た」ということですが、その理由が、「『気が狂ったのだ』と言う人たちがいたからである」と記されています(3:21)。少なくともイエスの肉の兄弟たちはイエスが正気を失っているという噂を真に受けてここに来ていたというのです。

 そして、それと並行するように、「また、エルサレムから下って来た律法学者たちも」、「彼は、ベルゼブルに取りつかれている」とか、「悪霊どものかしらによって、悪霊どもを追い出しているのだ」と言ったということが描かれています(3:22)。これは、まさに、信じたいという心のない人には、信じないためのあらゆる理屈が成り立つことの実例でしょう。しかし、それにしても彼らのことばは余りにも実質のないもので、イエスはそれを指摘します。

イエスは、興味深いたとえをもって話されます。それは、「サタンがどうしてサタンを追い出せましょう。もし国が内部で分裂したら、その国は立ち行きません。また、家が内輪もめをしたら、家は立ち行きません。サタンも、もし内輪の争いが起こって分裂していれば、立ち行くことができないで滅びます」(3:23-26)というものです。

彼らは「サタンの国」を甘く見過ぎています。サタンが仲間割れするぐらいなら自滅するだけで、悪霊追い出しなど必要なかったはずです。イエスは「サタンの国」を圧倒する、「神の国」をこの世界に実現しようとしておられたのです。

  そのことをイエスは、「確かに、強い人の家に押し入って家財を略奪するには、まずその強い人を縛り上げなければなりません。そのあとでその家を略奪できるのです」(3:27)というたとえで話します。

ここで、「強い人」とはサタンで、「強い人を縛り上げる」とは、イエスがサタンの支配を砕くことです。

事実、主が、「弟子たちに」「悪霊を追い出す権威を持たせる(3:15)ことができたのは、イエスがサタンにすでに勝利しておられたからなのです。

その上でイエスは、厳かな事実を告げられました。それが、まことに、あなたがたに告げます。人はその犯すどんな罪も赦していただけます。また、神をけがすことを言っても、それはみな赦していただけます。しかし、聖霊をけがす者はだれでも、永遠に赦されず、とこしえの罪に定められます」(3:28、29)というおことばです。

つまり、イエスは、律法学者たちがイエスの働きを「悪霊どものかしらによって」のものだと言ったことは、「神をけがした」こと以上に、「聖霊をけがす」罪にあたると言われたのです。

事実、ここでは、「イエスは、汚れた霊につかれている」と言ったことが、イエスや父なる神を冒涜したというよりも、聖霊を汚したことになると説明されているのです(3:30)。

ところでエルサレム神殿の大祭司は後に、イエスを、神を冒涜した者として死罪に値すると言いました。当時の律法学者は、「神をけがすことを言う」ことは、決して赦されないと言っていましたが、イエスはここで、「どんな罪も赦していただけます。また、神をけがすことを言っても、それはみな赦していただけます」と言っています。これこそが革命的な宣言です。

しかし、これとセットに、「聖霊をけがす」ことの問題が指摘されているのは、ここの律法学者のたちの態度に見られるように、あらゆる屁理屈を使ってでも、イエスのみわざを認めようとしない心の頑なさを指摘しての表現です。これは、神の赦しの御手を払いのけることだからです。これは、今にも溺れそうな人が、自分に差し出された救命具を、差し出した人が気に食わないといって、払いのけるようなこと同じことです。

神はイエスをサタンの力をくだき、悪霊を追い出す救い主として遣わされましたが、それを悪霊どものかしらによると言う者は、まさに、自分の意思でサタンの支配下に留まり続けようと願っていることでもあります。その人は、悪霊に打ち勝つ聖霊の働きを拒絶することで、自分から進んで悪霊の支配下に入ってしまっているのです。

多くの人々は、悪霊の働きをあまりにも表面的に見ています。人が何かのわざわいに会うとか、正気を失うとかは悪霊の働きとは限りません。

しかし、イエスの救いを断固として退ける者は、確かに悪霊の支配下に置かれていると言えましょう。なぜなら、「神の御霊によって語る者はだれも、『イエスはのろわれよ』と言わず、また、聖霊によるのでなければ、だれも、『イエスは主です』と言うことはできません」(Ⅰコリント12:3)と記されているからです。

4.「神のみこころを行う人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです」

 「さて、イエスの母と兄弟たちが来て、外に立っていて、人をやり、イエスを呼ばせた」(3:31)とあるのは、先の21節の記述につながるものです。イエスの兄弟たちは、律法学者のようにイエスを悪霊につかれた者としては見てはいませんでしたが、正気を失った者として見ていたからこそ、イエスを呼び寄せようとしたのだと思われます。

それにしても、イエスの母マリヤは当時の女性の常として、成人した息子たちの意見に従わざるを得なかったのだと思われます。イエスは当時の宗教的常識を次々と否定するような言動をとりましたが、イエスの兄弟たちはそれが理解できず、深い戸惑いを覚えたことでしょうが、まだ聖霊を冒涜する罪を犯してはいません。

 そして、イエスを囲んでいた「大ぜいの人」たちは、イエスの親族たちのことばを聞いて、ごく自然に、「ご覧なさい。あなたのお母さんと兄弟たちが、外であなたをたずねています」と言ったのでしょうが、それに対し、イエスは何と、「わたしの母とはだれのことですか。また、兄弟たちとはだれのことですか」(3:33)と親族の心配を助長するような発言をします。イエスの親族はますますイエスが正気を失っていると思ったのではないでしょうか。

そこでイエスは、なお続けて、「自分の回りにすわっている人たちを見回して」、「ご覧なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。神のみこころを行う人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです」(3:34、35)と言われました。イエスはご自分の話に真剣に耳を傾け、ご自分に従ってきている弟子たちやその母たちなどを含めて、ご自身の「兄弟、姉妹、母」と呼ばれました。ですから、ここで神のみこころを行う」とは、何よりも、イエスのみことばに真剣に耳を傾ける人を指しています。

反対に、この世の常識的な評価に左右されてイエスが正気を失っていると判断した兄弟はイエスの家族とは言えない存在となっているというのです。イエスは後に、「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。また、わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません」(マタイ10:37,38)と驚くべきことを言われました。

私たちもどこかで、信仰のゆえに肉の家族と衝突することがあるかもしれません。しかし、そのような厳しい所を通して初めて、肉の家族も神のみことばを真剣に聞くという道が開かれるのです。事実、イエスの兄弟たちは、イエスの十字架と復活の後に、弟子となりました。

彼らはイエスの拒絶を体験することによって初めて、真の意味でイエスの兄弟となることができたのです。イエスの拒絶の背後には、常にイエスの招きがあります。

 

イエスは神の家族を作るための核として十二弟子を選ばれました。イエスの救いの目的は、共同体を形作ることにあります。イエスは個人を召したのではなく、神の家族を召しだそうとしておられるのです。

イエスの招きへの応答は、個人個人に対するものです。しかし、それは神の家族を形成するための召しであるということを決して忘れてはなりません。

家族はどこでも面倒なものです。しかし、それを通して私たちは成長できるのです。

柳美里は、家族の隠された歴史と押し殺していた自分の心の傷に正面から向き合い、その痛みの記憶に圧倒されながらカトリック教会のミサに出席し、そこで味わった気持ちを、「わたしはだれかに丸ごと承認してほしかった。そのだれかが神しかいないのであれば、神でもいい、わたしのすべてを捧げる」と記しています。彼女がそうできることを祈ります。

私たちは目に見えない神に丸ごと受け入れられるという霊的体験を経た上で、目に見える神の家族の交わりに入る必要があります。そうでなければ、抱いた期待と教会の現実のギャップに悩むことになるからです。

ただし、神の家族にも様々な問題が満ちていますが、キリストを中心とした交わりには不思議ないやしの力があります。肉の家族から受けた傷が、新たな神の家族の中で、ゆっくり、じっくり、少しずつ癒されて行くのです。

ただし、目に見える教会の交わりにおける人との比較の中で、「赦されない罪」とは何かを誤解してはいけません。キルケゴールは「死に至る病」という書で、「人間の最大の悲惨は、罪よりもいっそう大きい悲惨は、キリストにつまずいて、そのつまずきのうちにとどまっていることである」と述べています。

「聖霊をけがす罪」とは、何か決定的に人の道に反する罪を犯すということではなく、キリストの赦しを拒絶することです。自分で自分を義と認めようとするのではなく、罪人のためにいのちを捨ててくださったイエス・キリストの義にすがることこそ神のみこころです。

|

2011年5月15日 (日)

ダニエル5,6章 「当たり前の生活から生まれる奇跡」

                                                2011515

 今、中国では、女川町の佐藤充さんという名が有名になっています。521日に来日する温家宝首相も同地に佐藤さんのご家族を訪ねたいと願っているとのことです。佐藤充さんは佐藤水産という会社の専務で、あの大地震のときご自分の家族の心配を後に回して20人の中国人研修生を高台に避難させた直後に、津波に流され命を落とされました。そして、その兄の佐藤仁社長もご家族の世話を後にして、雪の中、この20人の方の宿泊場所を探してくださったとのことです。

後に中国大連の研修生派遣会社の幹部が佐藤社長をお礼に訪ねたとき、彼は、「弟は日本人として当たり前のことをしただけです」と答えたとのことです。たぶん、これは、普段の当たり前の生活の中から生まれたとっさの判断だったのでしょう。私たちの目は、多くの人を感動させるような行動に目が向きますが、実は、それは日々の生活の積み重ねの中から生まれるものです。私たちも何かの働きができたとき、「クリスチャンとして当たり前のことをしただけです・・」と自然に言えるべきでしょう。

本日の箇所には、ダニエルは、「いつものように、日に三度、ひざまずき、彼の神の前に祈り、感謝していた」と記されています。彼は、自分にとって当たり前の日常生活を大切にしていました。しかし、その当たり前の行動が、世界の歴史を変えることになるのです。

1.「ベルシャツァル王はひどくおびえて、顔色が変わり・・・」

 エルサレムを滅ぼしたバビロンの王ネブカデネザルは、イスラエルの神ヤハウェの前に謙遜にさせられましたが、その子のベルシャツァルは傲慢にも、「千人の貴人たちのために大宴会を催し」たとき、「エルサレムの宮から取って来た金、銀の器」を持って来させて、「王とその貴人たち、および王の妻とそばめたちが・・・その器で・・・ぶどう酒を飲み、金、銀、青銅、鉄、木、石の神々を賛美」するようなことをしました(5:1-4)。

ユダヤの伝承によると、このときベルシャツァルは、「エルサレムは七十年間バビロンに仕えるが、その終わりにバビロンは滅びる」という趣旨のエレミヤの預言(25:11,12)が実現しなかったと言いながらエルサレムの神を嘲ったとのことです。

しかし、そのとき、「突然、人間の手の指が現れ、王の宮殿の塗り壁の、燭台の向こう側の所に物を書いた」いうのです。それを見たとき、王の顔色は変わり、それにおびえて、腰の関節がゆるみ、ひざはがたがた震えました(5:5、6)。

「王は、大声で叫び、呪文師、カルデヤ人、星占いたちを連れて来させ」、「この文字を読み、その解き明かしを示す者にはだれでも、紫の衣を着せ、首に金の鎖をかけ、この国の第三の権力を持たせよう」と言いましたが、そこに集められた「王の知者たち」はだれも、「その文字を読むことも、王にその解き明かしを告げることもできなかった」というのです(5:7、8)。

なおここで「第三の権力」とあるのは、当時のバビロン帝国では、ベルシャツァルは正式な王である父ナボニドスを補佐する副王の立場であったからだと思われます。

とにかく、「それで、ベルシャツァル王はひどくおびえて、顔色が変わり、貴人たちも途方にくれ」ましたが(5:9)、その様子を聞いた「王母」は、「おびえてはいけません。顔色を変えてはいけません」と、王の気弱な反応をたしなめます。

その上で、彼女は、あなたの王国には、聖なる神の霊の宿るひとりの人がいます」と、王に希望を沸き立たせるようにして、ネブカデネザル王の時代に、「王がベルテシャツァルと名づけたダニエルのうちに、すぐれた霊と、知識と、夢を解き明かし、なぞを解き、難問を解く理解力のあること」が明らかにされたと紹介し、ダニエルを呼んでその不思議な文字の「解き明かし」をさせるようにと王に助言します(5:10-12)。

それで、王はダニエルを連れて来させながら、「あなたは、私の父である王がユダから連れて来たユダからの捕虜のひとり、あのダニエルか」(5:13)と尋ねます。ここでは、厳密には、「あなたはダニエルか、ユダからの捕虜のひとりの・・・」ということばから始まっています。

王がダニエルの本名を呼び、彼が自分の意思に反してバビロンにいることに同情するかのような言い方をしながら、その上で、「今、もしあなたが、その文字を読み、その解き明かしを私に知らせることができたなら、あなたに紫の衣を着せ、首に金の鎖をかけさせ、国の第三の権力を持たせよう」(5:16)と言います。

ベルシャツァルは、ダニエルへのよびかけにも、王としての冷静さよりも、彼の気を引こうとするかのような魂胆が見えています。彼には真の意味での威厳がありません。ネブカデネザルの場合は、夢の解き明かしを命じる際に、「夢を解きたくて私の心は騒いでいる」(2:3)とか、「私は一つの夢を見たが、それが私を恐れさせた」(4:5)と理由を明確に語っていますが、この王は強がっているだけで、エルサレム神殿の宝物の器を用いてぶどう酒を飲んで権力を誇示したり、また、不可解な事象を見るとおびえまくって、法外な報酬で家来を動かそうとするばかりなのです。

彼のように自分のない人間は、状況が変わると、自分の権威を誇るためには、人を人とも思わない態度を取ってしまうことになります。王としての政治理念を持ちもせずに、権力を誇示するような王は、国を破滅に導きます。

イエスの少し後の時代の歴史家ヨセフスは、このときバビロンは、すでにペルシャ王クロスとメディア王ダリヨスの連合軍に包囲されていたとのことです。

ベルシャツァルは、この国家の危機のときに、途方もない大宴会を開き、自分の権力を誇示しながらも、国力を回復させるためのビジョンを求めようともしていなかったのです。

2.「あなたはこれらの事をすべて知っていながら、心を低くしませんでした」

しかし、ダニエルは、「あなたの贈り物はあなた自身で取っておき、あなたの報酬は他の人にお与えください」と、王の態度をたしなめながらも、「しかし、私はその文字を王のために読み、その解き明かしをお知らせしましょう」と言います(5:17)。

そして、過去を振り返りつつ、「王さま。いと高き神は、あなたの父上ネブカデネザルに、国と偉大さと光栄と権威とをお与えになりました」(5:18)と言いつつ、バビロン帝国を繁栄させたのは、ネブカデネザルの功績以前に、「いと高き神」の恵みであると説きました。しかし、ネブカデネザルは自分を神のようにしました。その様子が、「彼は思いのままに人を殺し、思いのままに人を生かし、思いのままに人を高め、思いのままに人を低くしました」と描かれます(5:19)。それに対し、「彼の心が高ぶり、彼の霊が強くなり、高慢にふるまった」のを見た神は、彼を「その王座から退け」「栄光を奪い」ました。それによって彼は、「人の中から追い出され、心は獣と等しくなり、野ろばとともに住み、牛のように草を食べ、からだは天の露にぬれて、ついに、いと高き神が人間の国を支配し、みこころにかなう者をその上にお立てになることを知るようになりましたというのです(5:20、21)。

その上で、ダニエルは、王の傲慢な態度を真っ向から叱責するように、「その子であるベルシャツァル。あなたはこれらの事をすべて知っていながら、心を低くしませんでした。それどころか、天の主に向かって高ぶり、主の宮の器を・・・持って来させて・・あなたも貴人たちもあなたの妻もそばめたちも、それを使ってぶどう酒を飲みました。あなたは、見ることも、聞くことも、知ることもできない銀、金、青銅、鉄、木、石の神々を賛美しましたが、あなたの息と、あなたのすべての道をその手に握っておられる神をほめたたえませんでした」と言い(5:22、23)、その王の傲慢に対するさばきとして、「神の前から手の先が送られて、この文字が書かれた」と説明します(5:24)。

そして、書かれた文字を、ダニエルは、「メネ、メネ、テケル、ウ・パルシン」と読みながら、「メネ」とは、「神があなたの治世を数えて終わらせられた」という意味、また、「テケル」とは、「あなたがはかりで量られて、目方の足りないことがわかった」、「パルシン」とは、「あなたの国が分割され、メディヤとペルシヤとに与えられる」という意味であると解き明かしました(5:28)。

そのような忠告を聞きながら、ベルシャツァルが悔い改めたという様子が描かれる代わりに、彼が、「ダニエルに紫の衣を着せ、金の鎖を彼の首にかけさせ、彼はこの国の第三の権力者であると布告した」ということばかりが描かれます(5:29)。これは、この王が、この不思議な現象が解釈されたこと事態に満足し、そのメッセージの意味を自分のこととして真剣に受け止めなかったということを示しています。

彼は最後の悔い改めの機会を逸してしまいました。そして、その後のことが、あまりにもあっさりと、「その夜、カルデヤ人の王ベルシャツァルは殺され、メディヤ人ダリヨスが、およそ六十二歳でその国を受け継いだ」(5:30、31)と描かれます。

この「メディヤ人ダリヨス」については、歴史の教科書にはどこにも載っていません。どの教科書でも、バビロンを滅ぼしたのは、ペルシャの王「クロス」であると記されています。しかし、この頃、メディアとペルシャはひとつの王国のように機能していたとも解釈されます。たぶん、このメディヤ人ダリヨスが高齢でバビロンを滅ぼした後、彼はまもなく死に、クロスがダリヨスの支配地も治めるようになったということではないでしょうか。

なお、預言者イザヤはこのはるか前の時代に、バビロンの滅亡に関して、「暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか」と問いかけながら、それは、「あなたは心の中で言った。『私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ・・・いと高き方のようになろう。』しかし、あなたはよみに落とされ、穴の底に落とされる」(14:12-15)と告げていました。これは、サタンと同じように、自分を神とする者に対する神のさばきです。

3.「あなたがいつも仕えている神が、あなたをお救いになるように」

 6章は、ダリヨスによる領地支配のシステムの描写から始まります。そこでダニエルは、ダリヨス王によって、「全国に任地を持つ百二十人の太守」の上に立つ「三人の大臣」のひとりとして重用されたと記されます(6:1,2)。

そればかりか、「ダニエルは、他の大臣や太守よりも、きわだってすぐれていた。彼のうちにすぐれた霊が宿っていたからである。そこで王は、彼を任命して全国を治めさせようと思った」(6:3)と、ダニエルが総理大臣の地位に引き上げられようとしていた様子までが描かれます。

しかし、ダニエルはあくまでもユダヤからの捕虜に過ぎません。

メディヤ人の「大臣や太守たち」が彼にねたみを覚えたのは当然です。しかし、彼らは、「国政についてダニエルを訴える口実を見つけようと努めたが、何の口実も欠点も見つけることができなかった。彼は忠実で、彼には何の怠慢も欠点も見つけられなかったからである」というのです(6:4)。

ダニエルは、遠い異国の地で、「何で俺はこんな異教徒の国の繁栄のために尽くさなければならないのか・・・」などとぼやくことなく、与えられた仕事を忠実に果たしていました。ダニエルは異教徒の上司に仕える多くの日本人にとっての良き模範でもあります。

そこでこの人たちは、「私たちは、彼の神の律法について口実を見つけるのでなければ、このダニエルを訴えるどんな口実も見つけられない」と言います(6:5)。つまり、ダニエルの信仰と王の命令が相容れなくなるような状況を意図的に作り出そうと画策したのです。

それで、「この大臣と太守たちは申し合わせて王のもとに来て」、「ダリヨス王。永遠に生きられますように」と、王に取り入りつつ、王の権威がますますあがめられる最良の方策を話し合ったかのように、「国中の大臣、長官、太守、顧問、総督はみな、王が一つの法令を制定し、禁令として実施してくださることに同意しました。すなわち今から三十日間、王よ、あなた以外に、いかなる神にも人にも、祈願をする者はだれでも、獅子の穴に投げ込まれると。王よ。今、その禁令を制定し、変更されることのないようにその文書に署名し、取り消しのできないメディヤとペルシヤの法律のようにしてください」(6:6-8)と言いました。

  そこで、ダリヨス王はその禁令の文書に署名」しましたが、ダニエルはそれを知りながら自分の家に帰り、いつもと同じように神に向かって礼拝をささげました。その様子が、「彼の屋上の部屋の窓はエルサレムに向かってあいていた」とその部屋の状況が描かれながら、「彼は、いつものように、日に三度、ひざまずき、彼の神の前に祈り、感謝していた」と、礼拝の様子が記されます(6:9、10)。

これはまさに、彼らの思う壺でした。彼らは王に向かって先に出された禁令が確かなものであるかを尋ねますが、王は、「取り消しのできないメディヤとペルシャの法律のように、そのことは確かである」と答えます(6:11、12)。

そこで、彼らは王に、ユダからの捕虜のひとりダニエルは、王よ、あなたとあなたの署名された禁令とを無視して、日に三度、祈願をささげています」(6:13)と訴えます。

 「このことを聞いて、王は非常に憂え、ダニエルを救おうと決心し、日暮れまで彼を助けようと努め」ますが、ダニエルを訴えた者たちは、「王よ。王が制定したどんな禁令も法令も、決して変更されることはない、ということが、メディヤやペルシヤの法律であることをご承知ください」と、王に文字通りの刑の執行を迫ります(6:14、15)。

そして、「王が命令を出すと、ダニエルは連れ出され、獅子の穴に投げ込まれ」ますが、その際、「王はダニエルに話しかけて」、「あなたがいつも仕えている神が、あなたをお救いになるようにと心を痛めながら語りかけます(6:16)。これは、異教徒の王が、ダニエルのために、彼の神に向かって祈ったことばと言えましょう。

これほどの皮肉がありましょうか。「ダリヨス王にはすべての願いをかなえる力がある」という権威を表すための勅令を出したせいで、王は自分の願いに反する命令を発せざるを得なくなり、今やダニエルの神に祈るしか手立てが残されていません。

4.「彼が神に信頼していたからである」

とにかく、王の心の願いもむなしく「一つの石が運ばれて来て、その穴の口に置かれた。王は王自身の印と貴人たちの印でそれを封印し、ダニエルについての処置が変えられないように」せざるを得ませんでした(6:17)。その後、ダニエルのことで無力に悩むしかできない王の姿が、「王は宮殿に帰り、一晩中断食をして、食事を持って来させなかった。また、眠けも催さなかった」と描かれます(6:18)。

そして、「王は夜明けに日が輝き出すとすぐ、獅子の穴へ急いで行」きますが、「その穴に近づくと、王は悲痛な声でダニエルに呼びかけ」、「生ける神のしもべダニエル。あなたがいつも仕えている神は、あなたを獅子から救うことができたか」と尋ねます(6:19、20)。

すると、なんと獅子の穴の中からダニエルが、「私の神は御使いを送り、獅子の口をふさいでくださったので、獅子は私に何の害も加えませんでした。それは私に罪のないことが神の前に認められたからです。王よ。私はあなたにも、何も悪いことをしていません」と答えたというのです(6:21、22)。そこで王は非常に喜び、ダニエルをその穴から出せと命じ」ます。

そして、「ダニエルは穴から出されたが、彼に何の傷も認められなかった」と、驚くべき奇跡が描かれます。その上で、これが起こった理由が、「彼が神に信頼していたからである」(6:23)と記されます。ダニエルが神に信頼していたという事実は、自分の命を危険にさらすという行動に現されていました。彼は、王命をものともせずに、日に三度、エルサレムに向かってひざまずき、神に祈っていたのですから。

預言者イザヤも、かつて、絶望的な状況の中でなお聞こえる神のことばを、「見よ。わたしはシオンに一つの石を礎として据える・・・これを信じる者は、あわてることがない」と記していました(イザヤ28:16)。

そして、後にパウロもペテロもこの箇所を引用しながら、人々に捨てられ、十字架につけられたイエスに信頼し続ける恵みを、「彼に信頼する者は、失望させられる(恥を見る)ことがない」と繰り返し約束しています(ローマ9:33,10:11、Ⅰペテロ2:6)。

私たちの救い主は、当時の人々の期待を裏切り、十字架にかけられましたが、三日目に死人の中からよみがえりました。ですから、イエスに従う者が、一時的に苦しみの道を通らなければならないということは、想定外なことではなく、まさに想定通りのことです。

「神に信頼したのに、何でこんな目に会わなければならないのですか・・・」とつぶやきたくなるような事態も歩みの一部です。ダニエルが獅子の穴から救い出されたことは、私たちの最終的な復活の希望を示すものです。私たちは、死人に新しい命を与えることができる全能の神を信頼しているのです。

そしてその後の逆転が、「王が命じたので、ダニエルを訴えた者たちは、その妻子とともに捕らえられ、獅子の穴に投げ込まれた。彼らが穴の底に落ちないうちに、獅子は彼らをわがものにして、その骨をことごとくかみ砕いてしまった」(6:24)と描かれます。王は、前の命令に矛盾しない新しい命令を出したのです。

その上で、ダリヨス王は、「全土に住むすべての諸民、諸国、諸国語の者たちに」向けて、「私の支配する国においてはどこででも、ダニエルの神の前に震え、おののけ。この方こそ生ける神。永遠に堅く立つ方。その国は滅びることなく、その主権はいつまでも続く。この方は人を救って解放し、天においても、地においてもしるしと奇蹟を行い、獅子の力からダニエルを救い出された」と書き送ります(6:25-27)。

これは、かつてエルサレムを滅ぼしたバビロンの王ネブカデネザルの言葉とほとんど同じ内容です。つまり、イスラエルの神は、イスラエルを滅ぼし、支配する国々の王に対して、ご自身こそが全世界の王であることを、ダニエルとその友人を通して証し続け、バビロンもメディヤもペルシャも、神のみ許しの中でしか立ち得ない一時的な帝国であることを繰り返し語り続けていたのです。

  そして、最後に、「このダニエルは、ダリヨスの治世とペルシヤ人クロスの治世に栄えた」(6:28)と記されます。地上の王国が、バビロン、メディア、ペルシャと変わってゆく中で、「ユダからの捕虜のひとりダニエル」がそれぞれの国で豊かに用いられ、栄え続けることができたということは、途方もない不思議です。

なお、ダリヨスの後を継いだペルシャの王クロスは、ユダヤ人のエルサレムへの帰還を許したばかりか、エルサレム神殿の再建を全面的に援助するようになりました。その際、ネブカデネザルが神殿の宝物倉から持ってきた宝物のすべてを、エルサレムに返すように取り計らいました。このクロスの親エルサレム政策の背後に、ダニエルの影響力が見られます。

なお、ダニエルが、エルサレムに向かって日に三度ひざまずいていたとき、エルサレム神殿はすでに廃墟とされていました。彼はそれを知りながら、なお、エルサレム神殿が建てられたときの神の約束に信頼し続けていたのです。

ソロモンはエルサレム神殿を奉献する際の祈りで、神の怒りを買って捕囚とされた民が、捕らわれていった敵国で、心を尽くし、精神を尽くして、あなたに立ち返り・・・この宮のほうに向いて、あなたに祈るなら・・・彼らをあわれむようにしてしてください」(Ⅰ列8:48-50)と願いましたが、神はその願いを聞き入れると約束してくださいました(9:3)

ダニエルはこの捕囚の地で人のねたみを買うほどの権力を手にしても、それに溺れてユダの捕囚の民としての自覚を失うことなく、イスラエルの復興を願いながら、ソロモンの祈りのことばの通りに行動し、結果的にクロスの心までをも動かすようになります。彼は異教徒の国に忠実に仕えながらも、心はエルサレムにありました。

私たちの心も天の「新しいエルサレム」に向けられるべきです。「私たちの国籍は天にあります(ピリピ3:20)と告白しながら、この世の栄華や権力溺れることなく、「地上では旅人であり寄留者」(ヘブル11:13)として生きるように召されています。ただ、ダニエルと同じように、神を礼拝しながら、この世の職務には忠実でなければなりません。

神を知らない人でも、使命のためにいのちを捨てることができます。ましてキリストの復活を信じ祝っている私たちがいのちがけで使命を果たせないことがありましょうか。

ただし、使命ということばは、実は、きわめて日常的な言葉であるべきです。ごく普通の毎日を過ごすことのなかに、ふと、神を知らない人との違いが、ごく自然に現れてくるというのが健全な信仰です。

私たちは生活者の非日常的な出来事に心を動かされますが、何よりも大切なのは、毎日の当たり前の生活です。「生活者の視点」からキリストの福音を見直す必要があるのではないでしょうか。

|

2011年5月 8日 (日)

マルコ2章23節~3章6節 「真の安息の回復」

                                                 201158

「どうしても心が満たされない人たち」という題の本の中に、「苦悩の75%は自分で作り出したもので、それは避け難い25%の苦悩を取り除こうとすることから派生する」とありました。植物は、世話をし過ぎても駄目で、適度にいじめてやらなければ深く根を伸ばすことができないと言われますが、同じように、人の成長にとって苦しみは不可欠です。

ただ、人間の場合は心があるためやっかいで、その苦痛ばかりに目が向かい、それを想像したり、予想したりしながら空回りを起こすことがあります。そして、そのような中で、すでに与えられている恵みを忘れてしまうと、「いつも何かが足りない・・」と思い満足や喜びを永遠に感じることができなくなります。日本の文化はそれを加速させるような気がします。

聖書の中の際立ってユニークな教えである「安息日」こそ、私たちの発想を逆転させるものです。それは、目の前の問題をそこに置いたまま、今ここですでに与えられている恵みに感謝することです。

今日は母の日ですが、ユダヤの伝統的な安息日は母への感謝から始まります。現在もユダヤ人は、金曜日の日没以前に、買い物、掃除、料理から入浴まで、すべての家事労働も終えます。主婦は夕食のすべての準備を終えた上で、日没15分前には二本のろうそくを点火します。家族一同が主への賛美をささげたのち後、「しっかりした妻をだれが見つけることができよう。彼女の値打ちは真珠よりもはるかに尊い」(箴言31:10)ということばをとなえながら母親への感謝を歌います。

その後、一家の長が、安息日の聖別の祈りを導き、食事の感謝の後、家族揃って食事を楽しみます。そして、食事の後に主人以外の成人男性が感謝の祈祷をささげます。それは、単に食事の感謝にとどまらず、エルサレム再建への祈りや殉教者への追悼までもが含まれます。

そして、翌朝は、食事をする前に礼拝に行き、いけにえをささげる代わりに、レビ記などにあるいけにえの規定の書の朗読を聞き、家に帰って、前日に用意された食事を家族で楽しみ、静かに午後を過ごし、また日没の二時間前に礼拝をささげます。

とにかく、毎週の安息日ごとが母の日のようなもので、母はすべての家事労働から解放されます。もちろんその日にはすべての人が、労働をしません。どんなに切羽詰った問題があっても、それを棚に上げて家族団らんのときを過ごすことになっています。まさに安息日は、労働から離れた家族や共同体の回復の日だったのです。

1.「なぜ彼らは、安息日なのに、してはならないことをするのですか

「ある安息日のこと、イエスは麦畑の中を通って行かれた。すると、弟子たちが道々穂を摘み始めた。すると、パリサイ人たちがイエスに言った。『ご覧なさい。なぜ彼らは、安息日なのに、してはならないことをするのですか』」(2:23、24)という書き出しから安息日を巡ってのイエスとパリサイ人との衝突の記事が記されますが、これはマタイ12章1-8節、ルカ6章1-5節においても、同じように片手のなえた人を安息日に癒したという記事とセットで記されています。

実は、安息日の解釈こそが、聖書全体の福音理解の鍵になっているのです。

律法の中心は「十のことば」(十戒)ですが、そこで最も分量が多いのが安息日の教えです。しかも、「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ」とは、具体的な教会奉仕の勧めなどに結びつく命令などではなく、七日目は、あなたの神、主(ヤハウェ)の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。──あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も──」という労働の禁止です。そして、民数記では安息日にたきぎを集めていた男が石打ちという死刑に処された(15:32-36)ということが記されていますから、ユダヤ人は安息日を守るということに極めて神経質になっていました。

ここでパリサイ人たちは、イエスの弟子たちが「道々穂を摘み始めた」ことを非難しました。これは他人の畑の麦を勝手に摘んだことが問題なのではありません。申命記では「隣人の麦畑の中に入ったとき、あなたは穂を手で摘んでもよい。しかし、隣人の麦畑でかまを使ってはならない」(23:25)と記されているからです。

彼らが問題にしたのは、イエスの弟子たちの行為が、穂を摘む、脱穀する、もみをふりわける、食事の準備をするという安息日に禁じられている四つの労働行為に相当すると理解したからです。

何とも柔軟性がないとしか言いようがありませんが、この百年ほど前、エルサレム神殿がローマ軍によって包囲され、城壁の前の谷が埋められて行ったとき、ユダヤ人は安息日になるたびに反撃の手を休め、敵の進攻を黙認し、城壁が崩されても祭司たちは平然と礼拝儀式を守りながら殺されていったと報じられています。

まさに安息日を守ることはいのちよりも大切なことだったのです。

そのパリサイ人たちの非難に対してイエスは、ダビデ王がサウルからの逃亡の途中のことを引用しながら、「ダビデとその連れの者たちが、食物がなくてひもじかったとき、ダビデが何をしたか、読まなかったのですか。アビヤタルが大祭司のころ、ダビデは神の家に入って、祭司以外の者が食べてはならない供えのパンを、自分も食べ、またともにいた者たちにも与えたではありませんか」(2:26)と言いました。

「供えのパン」の規定はレビ記24:9にあり、それは祭司の行動を規定する何よりも大切な書でしたが、それさえも柔軟に解釈されたことがあったというのです。しかも、このときはダビデがサウルからいのちを狙われて逃亡の旅に入ったばかりのときで、このときの祭司の柔軟な対応によってダビデは助けられたのです。

ただ、そのときの祭司アヒメレクはサウルに殺されました。ダビデはこの恩に報いる形で、その息子アビヤタルを後に大祭司に任じました。つまり、この記事とダビデ王国の成立は密接に結びついていますから、パリサイ人は何の反論もできませんでした。

しかも、当時のユダヤ人は救い主の到来を待ち望み、その方を「ダビデの子」と呼んでいましたから、ダビデの行為を律法違反と言うことはだれにもできませんでした。

ですからイエスは、その例を持ち出してパリサイ人たちの杓子定規な律法解釈を正したばかりか、ご自身を「ダビデの子」として位置づけ、ダビデが「連れの者・・にも与えた」ように、ご自身も、「連れの者」である弟子たちに与えていると、弟子たちをかばわれたのです。

2.「人の子は安息日の主です」

続けてイエスは、「安息日は人間のために設けられたのです。人間が安息日のために造られたのではありません」(2:27)と言われました。人の欲求には際限がありませんから、なすべき仕事にも際限がなくなります。ですから「仕事をしてはならない」命じられて初めて堂々と休むことができるという現実があるのです。それは奴隷や女性という社会的弱者にとってどれだけ大きな福音だったことでしょう。

また大切な労働を無制限に美化しないことで、人の存在価値を生産能力で測るようなこの世の価値観を正すことができます。まさに、安息日の教えは、ひとりひとりが、その生産能力に関係なく、神の前で「高価で尊い」存在であることを覚える日だったのです。

ところが、パリサイ人は安息日の規定を、かえって人を苦しめる規定に変えてしまいました。それは、エゼキエル20章などの誤った解釈から生まれました。そこでは、神がイスラエルを繰り返し裁き、最後にはバビロンの手で滅ぼさざるを得なかったのは、「わたしの安息日を汚した」からと繰り返し述べられます。

イエスの時代のパリサイ人たちは、その反省から、「神の国」の実現は安息日を聖なるものとして回復することから始まると信じて、熱心になる余り、人々が安息日をきちんと守っているかどうかを監視する安息日警察のような役目の者までも作りました。その中の何人かがここでイエスに抗議をしたということなのです。

行動が監視され訴えられる社会というのは何と息苦しいことでしょう。ある人が言っていましたが、あのユダヤ人の大虐殺を含め、第二次大戦を通して驚くべき数の人々が亡くなられましたが、実は、その後のスターリン支配下のソ連や文化大革命の中国、ポルポトのカンボジア支配などの共産主義国で命を落とされた方の数は第二次大戦の死者数をはるかに上回るというのです。

共産主義は国民全体を幸福にするシステムとして考えられましたが、そのうちに、共産主義という理想実現の手段として人間を見るようになり、理想に合わせて人間の行動を矯正しようとするシステムを作り上げ、ついには理想達成の邪魔者を平気で殺すようになりました。そして、彼らのほとんどは、国民の相互監視のシステムの中で罪に定められた人です。

しばしば、社会の理想を実現しようと急ぐあまり、枠にはまらない人を矯正したり、排除するようなシステムができることがあります。当時のユダヤにもそれに似た雰囲気があったように思われます。彼らは理想的な安息日を守らせようと急ぐあまり、人間をそれに合わせて作り変えようと頑張っていました。その結果、人を生かすはずの教えが人を殺す教えになったのです。

それに対し、イエスこそは、安息日を本来の姿に戻すことができる救い主であられました。その意味を込めてイエスは、「人の子は、安息日の主です」(2:28)と言われたのではないでしょうか。これは何と、ご自身こそ安息日に何をしてよいか悪いかを判断することができる「主」であるという大胆な宣言です。

パリサイ人たちは神の教えを守ろうと熱心なあまり、「労働をしない」とは、荷物を持ち歩かないこと、筆記用具を持ち歩かないこと、二千キュビット(約1050m)以上の道のり歩かないことなどと細かく決めすぎて、安息日の本来の喜びを見失ってしまうような雰囲気を作ってしまいました。

そればかりか、皮肉にも彼らの子孫たちも、自分たちの国に既に「安息日の主」が来られたのを認めることができずに、安息日ごとに救い主の到来を願う祈りをささげているのです。

3.「安息日にしてよいのは・・いのちを救うことなのか、それとも失うことなのか」

イエスはまた会堂に入られた」(3:1)とありますが、ルカの平行箇所では、「別の安息日に、イエスは会堂にはいって教えておられた」(6:6)と記されています。それはイエスが、「ユダヤの諸会堂で、福音を告げ知らせておられた」(ルカ4:44)ことの一環でした。

そして、ここでは特に「そこに片手のなえた人がいた。彼らは、イエスが安息日にその人を直すかどうか、じっと見ていた(3:1,2)と記されます。彼らには「右手のなえた人」への共感など全くなく、彼を「イエスを訴えるため」の口実を見つける手段としか見ていませんでした。

その律法解釈によれば、イエスの癒しは医療行為であり、安息日に行っても良いのは「お産」や「呼吸困難の場合のいやし」など緊急のものだけで、手のなえた人の癒しなどは安息日に行う必然性がないことでした。

彼らにしてみれば、イエスの癒しのみわざが神に由来するものならば安息日を避けて癒しを行うはずで、敢えて安息日を選んで癒すのは悪霊のわざとしか思えなかったのです。

イエスは手のなえたその人に」向かい、「立って真ん中に出なさい」と言われます(3:3)。彼は全会衆の注目の的になります。それによってパリサイ人たちの心の闇があぶりだされます

なぜなら、心の優しい人々は彼の苦しみを思いあわれにみに心を動かされたでしょうが、彼らはイエスを訴えることばかりを考え、人を人とも思わっていないからです。そして、「イエスは彼らの考えをよく知っておられ」ながら(ルカ6:8)、敢えて挑発に載られたのです。

その上で、イエスは彼らに、「安息日にしてよいのは、善を行うことなのか、それとも悪を行うことなのか。いのちを救うことなのか、それとも殺すことなのか」と問います。それは彼らのその人に対する態度こそが、「悪を行うこと」、また「殺すこと」ことに他ならなかったからです。しかし、安息日は、人を苦しめ、裁き、滅ぼすためのものではなく、「善を行い」「いのちを救う」ことのために設けられたからです。

マタイの平行箇所では、「あなたがたのうち、だれかが一匹の羊を持っていて、もしその羊が安息日に穴に落ちたら、それを引き上げてやらないでしょうか。人間は羊より、はるかに値うちのあるものでしょう。それなら、安息日に良いことをすることは、正しいのです」(12:11,12)と言われたと記されています。

しかし、このようなイエスの問いかけに対し、「彼らは黙っていた」ままでした。そこで、「イエスは怒って彼らを見回し、その心のかたくななのを嘆き」(3:5)ます。イエスは「怒る」とともに「嘆いて」おられたというのです。

そして、イエスはその人に、「手を伸ばしなさい」と言われます。これに応じて、「彼は手を伸ばした」ところ、「するとその手が元どおりになった」という不思議が起きました。これは、この人にとって想像を絶する喜びでした。まさに、イエスのいやしのみわざによって、この日は、この人にとって真の「安息の日」に変えられたのです。つまり、イエスはこの人のために真の意味で安息日を創造してくださったのです。

ところが、「そこでパリサイ人たちは出て行って、すぐにヘロデ党の者たちといっしょになって、イエスをどのようにして葬り去ろうかと相談を始めた」というのです(3:6)。彼らは何を見ていたのでしょう?彼らには「片手のなえた人」の痛みも喜びもどうでもよいことでした。ただ安息日という規則を守らせることだけに情熱を燃やしていたのです。彼らには義務感はあっても喜びはありません。

しかし、安息日とは、本来、見失っていた喜びを再発見する日ではないでしょうか。人生で果たすべき課題ばかりを見て忙しくしている人は、神のめぐみのみわざを見過ごしてしまいます。そこに信仰の喜びは生まれません。

4.「私は、あなたのみわざを、喜び歌います」

神が「七日目は働いてはならない」と命じられた意味を、出エジプト記では、「主(ヤーウェ)が・・休まれたから・・・」(20:11)と記されています。不思議な理由ですが、神のかたちに造られた者は、神の生き方に習うべきなのです。神は創造のみわざを終えた翌日の「第七日目を祝福し、聖とされた」(創世記2:3)とは、神ご自身が、ご自身の六日間の働きを喜び祝うことに専念されたという意味です。

これは山の頂上で、大きな休みを取り、景色を眺め、食事を広げ、喜び祝うようなものです。ところがせっかく登山をしながら、そこで休むこともできずに下山の心配ばかりするとしたら、どこに山歩きの喜びがあるでしょう。

私たちは休みをとって初めて、自分の歩みが、主によって支えられ、守られてきたことに気がつきます。しかも、そこで自分の歩みを励まし続けてくれた目に見える同伴者の存在を喜ぶことができます。

安息日とは、まさに神と人との交わりを喜ぶ「祈りの日なのです。そこで「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい(申命記6:5)という命令が実践されています。

一方、申命記では、「そうすれば、あなたの男奴隷も、女奴隷も、あなたと同じように休むことができる」(5:14)と付け加えられます。日本の丁稚奉公など、最近まで盆と正月しか休みがなかったというのに、今から三千年前の奴隷には、一週間に一日の休みを与えるように命じられていたというのです。これこそ、まさに「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」という命令を実行する日でした。

それはまた、「あなたは、エジプトで奴隷であったこと・・・主(ヤーウェ)が・・そこから連れ出されたことを覚える」ためでした。つまり、この日は、主の贖いのみわざを思い起こし、その喜びを社会的弱者と分かち合うための日だったのです。その恵みは家畜にまで及んだというのです。それはまさに「遊びの日」となったことでしょう。

つまり、安息日の教えは、神への愛と隣人愛という、聖書の教えの中心が要約されていると言えましょう。その意味で、真の意味で安息日を守る者は、神の律法を本当の意味で守ったことになるのです。

ユージン・ピ-ターソン氏は、出エジプト的な安息日の守り方を祈り(Pray)に専念する日と呼び、申命記的な安息日の守り方を遊び(Play)に専念する日として興味深く定義しています。

そして事実、安息日の賛歌、詩篇92:4では、「主よ。あなたは、あなたのなさったことで、私を喜ばせてくださいましたから、私は、あなたのみわざを、喜び歌います」と表現されます。

これは、まさに、主の恵みのみわざのひとつひとつを黙想して「祈り(pray)」、そして、主を楽器を演奏して(Play)たたえることを指しています。同時にその日は、大人も子供に帰って「遊ぶ」(Play)ことの勧めと言えましょう。そして、この日は、また「新しい天と新しい地」という真の安息を待ち望む日でもありました。

 

主は世界の完成を、「わたしの造る新しい天と新しい地・・・毎週の安息日に、すべての人が、わたしの前に礼拝に来る」(イザヤ66:22,23)と、安息日の完成として描きます。「救い」とは、私たちが既にキリストにある「安息の日」に霊的な意味で招き入れられ、それが広がり、やがて誰の目にも明らかなように実現するということを意味します。私たちは、その安息の完成を、今から喜び祝うことが許されているのです。

すべての人々を豊かにするはずの共産主義の教えが、どうして、これほど悲惨な結果をもたらしたのでしょう。つい、四十年ほど前の日本でも、北朝鮮や中国の文化大革命を理想郷の実現のモデルと礼賛するような大政党や宗教団体がありました。

そして、実際、多くの方々が、それに惑わされて北朝鮮に帰ってゆきました。人間の力で理想を実現しようと急ぎすぎることが、理想に合わせた人間を作ろうとして、人間の生きる力を失わせ、生産力を低迷させ、経済を破綻に押しやりました。人の自由を奪うことの悲惨な結末を私たちは目の前にしています。

イエスの時代の安息日理解も同じような面がありました。そのときイエスは、「安息日は人間のために設けられたのです。人間が安息日のために造られたのではありません」と言われました。同じように、ごく稀に、地上の教会の理想を急ぐあまり、人間をその理想達成の手段と見てしまう誤りが教会においても起きることがあります。

私たちもこの教会や私たちの安息日がより豊かになることを願っていますが、それを急ぐあまり、教会が息苦しい場になっては本末転倒です。キリストの教会は、キリストの復活を喜び祝う人々の集まりです。

昔のひとつの共産主義国ハンガリーのブタペストから画期的なイースターの祝い方が世界に広まりつつあります。みなで広場を埋め尽くしながら、キリストの復活を祝うようなダンスをするのです。それはエアロビックス的なフィットネスダンスに似たものです。昔の共産主義指導者の演説を聞く革命広場において、ひとりひとりが満面の笑みを浮かべて、イエスの復活を喜び祝う姿は感動的です。

クリスチャンにとっての安息日は、キリストの復活を祝う日曜日に変わりました。私たちは、日曜日ごとに、身体全体で主の復活を喜ぶことができます。ただ、それがひとりひとりの自主性を殺すことのない神にある真の自由を喜ぶ日とされるように励ましあう必要がありましょう。

|

2011年5月 1日 (日)

ダニエル3,4章 「あなたの王はだれなのか」

                                                 20115月1日

  英国のある新聞が、「この世界の何が間違っているのだろう」という疑問を読者に問いかけたところ、G.K.チェスタトンという有名なクリスチャン作家が、あまりにも簡潔に、「記者さま、私です。敬具。G.K.チェスタトン」と返信したとのことです。これこそイエスのメッセージの意味を心から理解した人の姿勢です。

私たちは「罪」ということを、何かの道徳基準を達成できないことばかりのように見てはいないでしょうか。しかし、創世記3章が描く人間の罪の根本とは、自分を神とすることでした。私たちは無意識のうちに、人に非難される必要もない完璧な人間になることを願っていないでしょうか。しかし、それはイエスの救いを不要とすることです。

私たちが、死に至るまで神への誠実を守ることができるとしたら、それは、強い人間だからではなく、「私は神のあわれみなしには一瞬たりとも生きることができない・・・」と、自分の弱さを自覚していることの結果に過ぎません。

私たちは、この世の成功者を尊敬しますし、また、尊敬されている者もしだいに傲慢になります。古来、人々の信頼を得て絶対権力を握った者は、ほぼ例外なく自分の価値基準を絶対化する神のようにふるまいました。それは、現代のリビヤのカダフィ氏の場合も同じです。

私たちも、様々な人に気を使って生きていますが、最も大切な方に栄光を帰することを忘れてはいないでしょうか。

1.「しかし、もしそうでなくても・・・あなたが立てた金の像を拝むこともしません」

 エルサレム王国を滅ぼしたネブカデネザル王は金の像を造りましたが、それは、高さ六十キュビト(約27m)、幅六キュビト(約2.7m)という巨大なもので、バビロン州のドラの平野に立てられます(3:1、2)。これは当時としては、バベルの塔を思い起こさせるような巨大建造物です。

そして、ネブカデネザル王は人を遣わして、支配地のすべての高官を召集し、像の奉献式に出席させました。そのとき伝令官は大声で、「諸民、諸国、諸国語の者たちよ。あなたがたにこうじられている。あなたがたが角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、風笛、および、もろもろの楽器の音を聞くときは、ひれ伏して、ネブカデネザル王が立てた金の像を拝め。ひれ伏して拝まない者はだれでも、ただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる」(3:4-6)と叫びました。

そして、民はみな、それらの楽器の音を聞いたとき「ひれ伏して、ネブカデネザル王が立てた金の像を拝んだ」(3:7)というのです。

 こういうことがあったその時、あるカルデヤ人たちが王の前に進み出て、ダニエルの友人の「ユダヤ人シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴ」のことを訴えて、「王よ。この者たちはあなたを無視して、あなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝みもいたしません」と言いました(3:8-12)。

そこでネブカデネザルは怒りたけって、この三人を召して、「もしあなたがたが、角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、風笛、および、もろもろの楽器の音を聞くときに、ひれ伏して、私が造った像を拝むなら、それでよし。しかし、もし拝まないなら、あなたがたはただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる。どの神が、私の手からあなたがたを救い出せよう(3:15)と脅します。

 ここでは、5,7,10,15節の四回に渡って同じ楽器の名が記されていることです。これらの楽器が一度に音を出すとき、それはさぞ壮麗な響きを奏でたことでしょうが、問題は、それらの音を聞くやいなや、すぐにネブカデネザルの像を拝むことが強制されていることです。

これを何度も続けられると、人々は集団催眠にかかったように、一斉に同じ行動を取るようになります。人々は王の命令に自動的に従うロボットのようにされてしまいます。

それに対し三人のユダヤ人たちは、王に向かって、「私たちはこのことについて、あなたにお答えする必要はありません。もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません(3:16-18)と大胆に答えます。

ここでは、「しかし、もしそうでなくても」という表現が大きな意味を持っています。たとえば、当時のユダヤ人はみな、神はご自身の住まいとしてのエルサレム神殿を守ってくださると期待していましたが、実際は、このネブカデネザル王がその神殿を破壊しました。それは、ネブカデネザル王の方がイスラエルの神よりも偉大であるということのしるしと見られました。それに対し、このダニエルの友人たちは、目に見える現実が、神の無力さを現しているような状況であったとしても、自分たちの神への忠誠を保つと答えたのです。

神はしばしば、私たちの期待のようには動いてくださいませんが、それは神が無能だからではありません。彼らはここで、神のご計画が人間の目にはわかりえないことを謙遜に告白しているのです。

創世記の終わりの部分のヨセフ物語の例にもあるように、神はヨセフが奴隷に売られたときも、無実の罪で牢獄に入れられたときも、何の救いももたらしてくださらない神のように思えましたが、ヨセフがその中でも忍耐を続けて神に信頼し続けた結果、神は奇想天外な勝利をヨセフに見せてくださったのです。

 ところで彼らの返答に対し、「ネブカデネザルは怒りに満ち・・・炉を普通より七倍熱くせよと命じ」、「この人たちは、上着や下着やかぶり物の衣服を着たまま縛られて、火の燃える炉の中に投げ込まれ」ました(3:19-21)。

その際、「炉がはなはだ熱かったので」、彼らを炉に投げ込んだ人たち自身が、「その火炎に焼き殺された」ほどでした(3:22)。そして、三人のユダヤ人は「縛られたままで、火の燃える炉の中に落ち込んだ」(3:23)のでした。

  しかし、そのとき、ネブカデネザル王は、「私たちは三人の者を縛って火の中に投げ込んだのではなかったか」と言いながら、「だが、私には、火の中をなわを解かれて歩いている四人の者が見える。しかも彼らは何の害も受けていない。第四の者の姿は神々の子のようだ」と炉の中に起きている不思議を描きました。

これは、人となる前のキリストが彼らを守ったと解釈されます。神はかつて預言者イザヤを通して、「わたしは、あなたとともにいる・・・火の中を歩いても、焼かれず、炎はあなたに燃えつかない」(43:2)と約束しておられたことが文字通り実現しました。

それに驚いた王は、「いと高き神」が三人を守ってくださったことを素直に認め、火の燃える炉の口に近づいて、「シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴ」のことをいと高き神のしもべたち」と呼びながら、「すぐ出て来なさい」と命じました(3:26)。

そして、「太守、長官、総督、王の顧問たちが集まり、この人たちを見たが、火は彼らのからだにはききめがなく、その頭の毛も焦げず、上着も以前と変わらず、火のにおいもしなかった」(3:27)ということに驚きました。

そして、ネブカデネザルは、「ほむべきかな、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神。神は御使いを送って、王の命令にそむき、自分たちのからだを差し出しても、神に信頼し、自分たちの神のほかはどんな神にも仕えず、また拝まないこのしもべたちを救われた」とイスラエルの神の偉大さを認めながら、

同時に、「諸民、諸国、諸国語の者のうち、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神を侮る者はだれでも、その手足は切り離され、その家をごみの山とさせる。このように救い出すことのできる神は、ほかにないからだ」というそれまでと正反対の命令を下しました(3:28、29)。

そして、「それから王は、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴをバビロン州で栄えさせた」(3:30)というまったくの逆転が起きました。彼らは自分の死を覚悟した結果と引き換えに、栄光を受けたのです。

 復活のイエスに出会った後のペテロは、死の脅しにも屈することなく、「人に従うより、神に従うべきです」(使徒5:29)と言いながら福音を宣べ伝え続けました。それは自分の弱さを自覚したペテロのうちに復活の主の御霊が宿っていたからです。

私たちも人生のどこかの場面で、神に従うべきか、人に従うべきかの選択を迫られることがあるかもしれません。そのとき人々のひんしゅくを買いながらも、神への忠誠を保つことこそが何よりの証しになります。多くの人は心の底で、この世の権威に盲目的に従う人を軽蔑し、信念を全うできる人を求めているからです。

2.「王さま、私の勧告を快く受け入れ・・・貧しい者をあわれんであなたの咎を除いてください」

  4章では最初に、ネブカデネザル王が、「いと高き神」こそが世界の支配者であり、その支配は永遠に続くという賛美を書き送るという不思議が描かれます。

その宛先の「諸民、諸国、諸国語の者たち」とは、先に王の命令で金の像を拝んだのと同じ人々を指します。そして、王はどのようなことが自分に起こったのかを知らせようとします。

 まず彼は、「私、ネブカデネザルが私の家で気楽にしており、私の宮殿で栄えていたとき、私は一つの夢を見たが、それが私を恐れさせた。私の寝床での様々な幻想と頭に浮かんだ幻が、私を脅かした」(4:4、5)と描きます。

彼は、「バビロンの知者をことごとく」集めて夢の私の前に連れて来させて、その夢の解き明かしを迫りますが、誰もできませんでした。

しかし、最後に、ダニエルがその夢を解き明かしますが、その際、王は、「彼の名は私の神の名にちなんでベルテシャツァルと呼ばれ」と言いながら、「彼には聖なる神の霊があった」と描きます(4:6-8)。

王は、以前と違い、まず自分の夢の内容を告げます。それは王自身が、この夢は自分にとっては差し当たり都合の悪いことを告げているということに心の底で気づいていたからです。たぶん、他の呪法師たちはたとえ夢の解釈ができたとしても、王の怒りを恐れて話すことができなかったことでしょう。

その点、ダニエルとその友人たちは、自分の身の安全よりも天の神への忠誠を大切にするということが証しされていたので、ネブカデネザル王もその解き明かしが真実であることを信頼できたことでしょう。それで王は夢の内容を、4章9-17節で次のように語ります。

呪法師の長ベルテシャツァル。私は、聖なる神の霊があなたにあり、どんな秘密もあなたにはむずかしくないことを知っている・・

私の見た幻はこうだ。見ると、地の中央に木があった・・その木は生長して強くなり、その高さは天に届いて、地の果てのどこからもそれが見えた。

葉は美しく、実も豊かで、それにはすべてのものの食糧があった。その下では野の獣がいこい、その枝には空の鳥が住み、すべての肉なるものはそれによって養われた・・

見ると、ひとりの見張りの者、聖なる者が天から降りて来た。彼は大声で叫んで、こう言った。『その木を切り倒し、枝を切り払え。その葉を振り落とし、実を投げ散らせ。獣をその下から、鳥をその枝から追い払え(4:13,14)

ただし、その根株を地に残し、これに鉄と青銅の鎖をかけて、野の若草の中に置き、天の露にぬれさせて、地の草を獣と分け合うようにせよ。その心を、人間の心から変えて、獣の心をそれに与え、七つの時をその上に過ごさせよ(4:15、16)・・・

それは、いと高き方が人間の国を支配し、これをみこころにかなう者に与え、また人間の中の最もへりくだった者をその上に立てることを、生ける者が知るためである』」(4:17)。

ネブカデネザルが見た夢には不思議にも、この幻の解釈が含まれています。それが最後の文章です。この部分は、新共同訳では、「すなわち、人間の王国を支配するのは、いと高き神であり、この神は御旨のままにそれをだれにでも与え、また、最も卑しい人をその上に立てることもできるということを人間に知らせるため」とわかりやすく訳されています。

それにしても、これは当時の王にはとうてい理解できないことでした。なぜなら、当時の人々は、地上の王が権力を握ることができるのは、天の神々の意思を理解し、神々の力を受け止めることができた結果であると理解されていたからです。

しばしば、今でも、あの人は格別に信仰深いから、神は彼に力を与えてくれると、人間の信仰心こそが祝福を勝ち取る鍵であると理解されています。それからしたら、「最もへりくだった者」(厳密には『最も低い者』)とは、決して神の好意を勝ち取ることができないような存在を意味します。これは当時の呪術師にも王にも理解できない視点でした。優秀な力ある者こそが、神の好意を勝ち取ることができるという考え方が常識だったからです。

そして、この誤った常識は、現在の多くの人々の世界観をも支配しています。

  その上で、王は、「ベルテシャツァルよ。あなたはその解き明かしを述べよ。私の国の知者たちはだれも、その解き明かしを私に知らせることができない。

しかし、あなたにはできる。あなたには、聖なる神の霊があるからだ」(4:18)と述べます。ここに王がダニエルとダニエルの神への信頼が表現されています。

 それを聞いたダニエルは、「しばらくの間、驚きすくみ、おびえ」ますが、王の「あなたはこの夢と解き明かしを恐れることはない」ということばに促されて、まず、「わが主よ。どうか、この夢があなたを憎む者たちに当てはまり、その解き明かしがあなたの敵に当てはまりますようにと言いつつ、夢の解き明かしをします(4:19)。

まず第一に、「生長して強くなり、その高さは天に届いて・・その葉は美しく、実も豊かで・・・その下に野の獣が住み、その枝に空の鳥が宿った木」とは、ネブカデネザル王自身を指し、これは、王の偉大さは増し加わって天に達し、主権は地の果てにまで及んでいることを示すものでした(4:20-22)。

しかし、そこに、「ひとりの見張りの者・・が天から降りて来て」、「この木を切り倒して滅ぼせ。ただし、その根株を地に残し、これに鉄と青銅の鎖をかけ・・天の露にぬれさせて、七つの時がその上を過ぎるまで野の獣と草を分け合うようにせよ」と言いますが、それは、王に起こることであり、

王は、「人間の中から追い出され、野の獣とともに住み、牛のように草を食べ、天の露にぬれ・・七つの時が過ぎ」た後に、王は、いと高き方が人間の国を支配し、その国をみこころにかなう者にお与えになる」知るようになるというのです(4:23-25)。

これは、この世の天国から地獄に落とされるようなものです。

ただし、それで終わるのではなくダニエルはその後の希望を、「木の根株は残しておけと命じられていますから、天が支配するということをあなたが知るようになれば、あなたの国は・・堅く立ちましょう」と述べながら、

「それゆえ、王さま、私の勧告を快く受け入れて、正しい行いによってあなたの罪を除き、貧しい者をあわれんであなたの咎を除いてください。そうすれば、あなたの繁栄は長く続くでしょう」と大胆にも悔い改めを迫ります(4:26、27)。

  ダニエルの勧告は、ネブカデネザル王の夢の最後の部分への解釈として生まれたものですが、このようなことばを他の人が述べたとしたら、たちどころに死刑にされたことでしょう。

人は基本的に、自分は正しい行いをしていると思い込んでいますし、特に、この世の支配者である王は基本的にだれでも、自分は立派な政治をしていると思い込んでいるものです。また、そのような誇りがなければ確信を持って命令を下すこともできません

ネブカデネザルがこのことばにどのように反応したかは記されていません。彼はダニエルのことばを「いと高き神」から与えられた知恵として受け止めようとしていたことでしょうが、同時に、決して自分を悔い改めの必要な罪人であるとは理解しなかったはずです。

それは箴言の作者も、「人は自分の行いがことごとく純粋だと思う」(16:2)と書いている通りです。

3.「すると私に理性が戻って・・・いと高き方をほめたたえ、永遠に生きる方を賛美し・・」

  そして、続いて驚くほど簡潔に、「このことがみな、ネブカデネザル王の身に起こった」(4:28)と記され、それが具体的に描かれます。「十二か月の後、彼がバビロンの王の宮殿の屋上を歩いていたとき」、王は、傲慢にも、「この大バビロンは、私の権力によって、王の家とするために、また、私の威光を輝かすために私が建てたものではないか」と言います(4:29、30)。

そして、「このことばがまだ王の口にあるうちに、天から声が」届き(4:31)、そこで、「ネブカデネザル王。あなたに告げる。国はあなたから取り去られた。あなたは人間の中から追い出され、野の獣とともに住み、牛のように草を食べ、こうして七つの時があなたの上を過ぎ、ついに、あなたは、いと高き方が人間の国を支配し、その国をみこころにかなう者にお与えになることを知るようになる」と告げられます(4:31,32)。

 そして、「このことばは、ただちにネブカデネザルの上に成就し・・・彼は人間の中から追い出され、牛のように草を食べ、そのからだは天の露にぬれて、ついに、彼の髪の毛は鷲の羽のようになり、爪は鳥の爪のようになった」と、彼の正気が失われ獣と同じ姿に落とされた様子が描かれます(4:33)。

当時は、このようなことが起こると、すぐに新しい王が立てられ、一度失脚した王は二度と権力に戻ってくることができないはずでした。しかし、先にダニエルが、「木の根株は残しておけと命じられていますから」といっていたように、王の復帰への道が奇跡的に残されていました「七つの時」とは、多くの学者が七年間のことを指すと理解していますが、定かではありません。

ただし、「その期間が終わったとき」と記されながら、再び、ネブカデネザル自身のことばとして、「私、ネブカデネザルは目を上げて天を見た。すると私に理性が戻って来た。それで、私はいと高き方をほめたたえ、永遠に生きる方を賛美し、ほめたたえた」(4:34)と描かれます。

「理性が戻ってきた」ことの結果として、神への賛美が生まれるというのは興味深い表現です。なぜなら、多くに人々が今も、信仰と理性の関係を水と油の関係のように誤解しているからです。しかし、本来、理性は信仰を補強するものでもあります。理性によって主をたたえたいものです。

そして、その賛美の内容は、4章初めと同じに、「その主権は永遠の主権。その国は代々限りなく続く」と表現されながら、「地に住むものはみな、無きものとみなされる。彼は、天の軍勢も、地に住むものも、みこころのままにあしらう。御手を差し押さえて、『あなたは何をされるのか』と言う者もいない」(4:35)と描かれます。

これは、絶対的な権力を握っている地上の王が、天の神こそが真の絶対権力者であることを実体験を通して告白したものです。

  その上で、彼は改めて自分に現された神の恵みを、「私が理性を取り戻したとき、私の王国の光栄のために、私の威光も輝きも私に戻って来た。私の顧問も貴人たちも私を迎えたので、私は王位を確立し、以前にもまして大いなる者となった。

今、私、ネブカデネザルは、天の王を賛美し、あがめ、ほめたたえる。そのみわざはことごとく真実であり、その道は正義である。また、高ぶって歩む者をへりくだった者とされる」(4:36、37)と告白します。

ネブカデネザルは、自分の意思で謙遜になることができず、神から理性を奪われ、獣のようにされることによって初めて、神のご支配の意味がわかりました

ただし、彼がこのようにダニエルの神をあがめることができるようにされたのは、神ご自身がまずネブカデネザルに夢を見させ、ダニエルを通して夢の解釈を聞いていたからです。その際、ダニエルとその友人が、いのちがけで神への忠誠を守り続けたことが何よりも王を立ちなおさせるきっかけになったことでしょう。王は、ダニエルとその友人のことばには権力者におもねる偽りがないと認めたからです。

 当時、神はエルサレムにおいては、不思議にも、預言者エレミヤを通して、バビロンの王ネブカデネザルに服従して生き延びるようにと語り続けていました。

一方、バビロンの地では、王の命令に屈することなく、神への忠誠を保つことが証しされていました。一見矛盾することのようですが、この世の王の立場を冷静に見ているという点では一致します。

しばしば、人は、権力者を悪く見すぎて反抗すること自体に生きがいを感じたり、また反対に、絶対化して自分の意思を失ったりするからです。

とにかく、ここで起きたのは、エルサレム神殿を滅ぼした王が、エルサレム神殿の神をあがめるようになるという不思議です。ただ、そのような奇想天外なことが起きたのも、ダニエルとその友人が、命懸けで自分たちにとっての真の王は、ネブカデネザルではなく、イスラエルの神ヤハウェであることを告白した結果です。

私たちもこの世的な成果を求める以前に、日々の生活で、「あなたの王はだれなのか・・」という問いに答え続けることが求められています。この世の組織で力を発揮できる人が、必ずしも、神に喜ばれる人ではない、いやそれどころか、しばしば、その逆の現実が多いということを決して忘れてはなりません。

私たちに求められていることは、この世の人々から尊敬されることではなく、いつでもどこでも自分の神をあがめ続けることなのです。

|

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »