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2011年8月28日 (日)

ダニエル11:13~12:13「神の公平なさばきを期待した歩み」

                                       2011828日 

 「正直者がバカを見る」ような世界、言葉巧みにうまく立ち回る人ばかりが評価される世の中は、誰もが嫌だと思いますが、現実はなかなか期待通りには動きません。それどころか、とんでもない邪悪な人間が権力を握ることがあり、神の民を苦しめるときがあります。ダニエル書は、そのような世界の不条理に対する答えとして記されています。そして、神の公平なさばきの現れこそ、キリストの復活です。キリストの十字架は、サタンの勢力の勝利と見られました。しかし、神はキリストを死者の中からよみがえらせました。

イエスは、ご自身の復活を知っておられるからこそ、「悪い者に手向かってはいけません・・右の頬を打つような者には、左の頬をも向けなさい」と言われたのです。それは神が最終的に公平なさばきを下されるということを知っている者としての告白です。      

1.「彼は不意にやって来て、巧言を使って国を堅く握る」

ダニエル11章には北の王と呼ばれるセレウコス朝シリアと南の王と呼ばれるプトレマイオス朝エジプトの間の戦いの様子が記されています。11節から19節までは、紀元前223年から187年にシリアを支配した北の王アンティオコス三世(大王)による南のエジプト王との戦いの様子が描かれています。

17節には、彼が自分の娘のクレオパトラ1世を南の王のプトレマイオス五世に嫁がせて、エジプトを支配しようとする策略が失敗する様子が描かれています。後にエジプトの女王として有名になるのはクレオパトラ七世ですが、この名が愛されるのは、シリアから嫁いだ最初のクレオパトラが父の意志に反して夫を支え、夫の死後も、息子の摂政としてエジプトを守ったからです。

その後、アンティオコス三世は「島々に顔を向けて、その多くを攻め取る」(11:18)とあるように、西のギリシャ地方に手を伸ばしますが、そこで新興国、ローマ共和国の将軍スキピオとの戦いに敗れ、紀元前188年に屈辱的な講和条約を結ばざるを得なくなります。そのことが、「ひとりの首領が、彼にそしりをやめさせるばかりか、かえってそのそしりを彼の上に返す」(11:18)と記されています。

そればかりか、彼は帰国後、怒った群集に殺されますが、そのことが、「つまずき、倒れ、いなくなる」(11:19)と記されています。大王と呼ばれた王の最後は何とも悲惨です。このときにローマに人質として差し出されたのが、彼の二番目の息子のアンティオコス4世(エピファネス)です。

その後をついだセレウコス四世は、最初エルサレム神殿を尊重する政策を取っていましたが(Ⅱマカバイ記3章)、あるときエルサレム神殿の宝庫の豊かさを耳にして宰相ヘリオドスをエルサレムに派遣します。彼は不敬虔にも神殿の中に立ち入ろうとして、神の御使いによって懲らしめられるという不思議が起こります。

そればかりか、ヘリオドスを遣わしたセレウコス四世自身が、彼によって毒殺されてしまいます(ESVスタディバイブル)。そのことが、ここでは、「彼は輝かしい国に、税を取り立てる者を行き巡らすが、数日のうちに、怒りもよらず、戦いにもよらないで、破られる」(11:20)と記されます。

そしてこのような神の直接的な介入による勝利が見られたのは、エルサレムの住民が大祭司のもとで一致して、神に哀願の祈りをささげたからであるとマカバイ記には記されています。

「彼に代わって、ひとりの卑劣な者が起こる」(11:21)とは、セレオコス四世の後を継いだ弟のアンティオコス四世のことです。彼は先のローマとの屈辱的な協定で、27歳でローマに人質に送られますが、兄のセレオコス四世が王位を受け継いだとき、その息子が身代わりにローマへの人質になり、彼は国に戻ることができます。しかし、兄が家来によって暗殺されたことによって、期せずして彼が後継者になる可能性が生まれました。

彼は権謀術数によって政治の実権を握り、兄の息子を葬り去って、40歳で王になります。「彼は不意にやって来て、巧言を使って国を堅く握る」(11:21)とはそのような彼の行動を指していると思われます。

そして、25,26節では、彼がエジプトに攻め入るとき、エジプト国内で内紛が起き、エジプトが敗北する様子が描かれます。そして、「このふたりの王は、心では悪事を計りながら、ひとつの食卓につき、まやかしを言うが、成功しない」とは、家来に裏切られて力を失ったプトレマイオス六世(クレオパトラ一世の息子)がアンティオコス四世の助けを得て自分の兄弟を追い落とそうとしながら、その計画が頓挫したことを指します。

「彼は多くの財宝を携えて自分の国に帰るが、彼の心は聖なる契約を敵視して、ほしいままにふるまい、自分の国に帰る」とは、アンティオコス四世の最初のエルサレム神殿略奪のことを指していると思われます。

なお、その様子は第一マカバイ記1章に記されていますが、その描写のあまりの違いから、このダニエル書がマカバイ記の影響下にあるという見方が否定されます(TOTC:Baldwin P194)。

その後、アンティオコス四世はエジプトとの戦いに決定的な勝利を収めますが、ローマ共和国の介入に譲歩せざるを得なくなります。そのことが「キティム(キプロス)の船が彼に立ち向かって来るので、彼は落胆して引き返し」(11:30)と記されます。

なお、その間に、ユダヤでの独立運動が起こります。彼は紀元前167年にエルサレムを急襲し、三日間で4万人のユダヤ人を殺し、4万人を奴隷にします。そして、エルサレム神殿をゼウス・オリンポスの神殿に作り変え、安息日を守っていた人々を虐殺しました。そのことが、「彼は、聖なる契約にいきりたち、ほしいままにふるまう。彼は帰って行って、その聖なる契約を捨てた者を重く取り立てるようになる。彼の軍隊は立ち上がり、聖所のとりでを汚し、常供のささげものを取り除き、荒らす忌むべきものを据える」(11:30,31)と記されています。

なお、第二マカバイ記には、アンティオコスが神殿に足を踏み入れるときの先導役となったのが王に取り入って大祭司の地位を勝ち取ったメラニオスであると記しています。かつて、セレウコスの使者が神殿に立ち入ったとき、神の奇跡的な介入でそれが差し止められましたが、今回は、ユダヤ人の大祭司自身が律法を捨ててしまったために、神はご自身の神殿を汚されるままにされたと、マカバイ記では説明されています(Ⅱマカバイ5:17)。

2.「思慮深い人たちは・・剣にかかり、火に焼かれ、とりことなり、かすめ奪われて倒れる」

そして、民の中で堕落してゆく者たちと、神を恐れる人々との関係が、「彼は契約を犯す者たちを巧言をもって堕落させるが、自分の神を知る人たちは、堅く立って事を行う。民の中の思慮深い人たちは、多くの人を悟らせる。彼らは、長い間、剣にかかり、火に焼かれ、とりことなり、かすめ奪われて倒れる。彼らが倒れるとき、彼らへの助けは少ないが、多くの人は、巧言を使って思慮深い人につく。思慮深い人のうちのある者は、終わりの時までに彼らを練り、清め、白くするために倒れるが、それは、定めの時がまだ来ないからである」(11:32-35)と記されています。

「思慮深い人」ということばが原文では33節と35節の冒頭に記されていますが、これは32節の、「巧言をもって」、また34節の「巧言を使って」ということばと対比されます。

そして、誰よりもアンティオコスこそが、「巧言を使って」権力を握った人の代表者であり、その同じ生き方をする人がアンティオコスの側に付いたり、また反対に、「思慮深い人」「巧言を使って」付いたりします。そして、ここには「思慮深い人たち」が、その信仰のゆえに殉教の死を遂げる様子が記されていますが、これは旧約では極めて珍しいことで、最初の殉教者の記録とさえ呼ばれることがあります(Jewish staudy bible)。

なお、ダニエル書は、ユダヤ教の伝統では預言書には分類されずに、マカベアの武力革命に批判的なグループによって編纂されたと言われています(同解説1642)。そのような見方があること自体が、このダニエル書の存在意義を語っていると言えましょう神はアンティオコス・エピファネスが登場するはるか前に、ダニエルを通して横暴な君主に武力をもって戦うことの空しさを記していたと考えられるからです。

イエスの時代、アンティオコス四世の軍隊を打ち破って神殿を聖めたユダ・マカベオスが英雄としてあがめられ、彼こそが人々が期待した救い主の姿でした。しかし、イエスはご自分をダビデの子と呼ばせながら「剣を取る者はみな剣で滅びます」(マタイ26:52)と言います。そしてローマ帝国の総督のもとで、何の弁明もせずに十字架刑の死を迎えます

それはダリヨス王のもとでライオンの穴に投げ込まれたダニエルの姿と同じです。神は、ユダ・マカベオスのような武力闘争を避けさせるために、「思慮深い人たち」の生き方を指し示したのではないでしょうか。

「この王は・・すべての神よりも自分を高め」(11:36)とは、アンティオコス四世が自分を「エピファネス」(神の顕現)という名で呼ばせ、自分を現人神と見させたことに一致します。

ただ、「この王は・・・憤りが終わるまで栄える。定められていることが、なされるからである」(11:36)とあるように、彼が一時的にこれほど横暴な振る舞いをすることができたのは、天の神が一時的に許したからに他なりません。歴史によると、彼は旧ペルシャ帝国の中心地への遠征の途上で突然の病に倒れ、52歳であっけなく息を引き取ります。ヨセフスはそれを、彼がユダ・マカベオスの軍隊に負け、その後も、ペルシャ戦線で敗北したことのショックのためであると分析しながら、同時に彼がイスラエルの神ご自身によって罰せられたと示唆しています(古代誌12:357-359)。

結局、エルサレム神殿がゼウスの神殿とされ、徹底的に汚されていたのは、たった三年間のことに過ぎませんでした。確かにユダ・マカベオスの軍事的な勝利がこれほど早い神殿の回復につながったのですが、アンティオコスの後継者たちとの戦いは熾烈を極め、ユダは三年後に戦死します。彼はその前に、ローマ共和国との軍事同盟を締結します(古代誌12:416-419)。そして、その百年後にエルサレムはローマ軍に占領されます。

ユダ・マカベオスとその一族のことはマカバイ記に記され、それはカトリック教会では第二聖典に位置づけられています。しかし、ユダヤ人はユダ・マカベオスのような武力闘争を賞賛したがために、最終的にはエルサレム神殿まで滅ぼされ、二千年間の流浪の民となったのではないでしょうか。

「この王は・・・憤りが終わるまで栄える」とあるように、横暴な王は、神ご自身が、時が来たらさばいてくださいますそれこそがダニエルの預言、イエスの福音の核心です。武力闘争を礼賛してはなりません。

 1140節以降の記事は、それまでの傲慢な王に対して南の王が戦いを挑み、北の王が決定的な勝利を収め、エジプトの南までをも支配すると描いており、アンティオコス四世の最後とは全く異なります。しかし、北から南に攻め入る王が、自分の背後である「東と北」からの知らせに脅えて軍を撤退させ、その途上でエルサレムを攻め滅ぼそうとするというのは、極めて彼らしい行動です。その要点は、人間的に考えると、この横暴な王の攻撃にエルサレムの敗北は避けられないということです。

しかし、ここではその危機存亡のときこそが、この横暴な王の最後になると記されます。この箇所の記述により、このダニエル書11章は、アンティオコス四世だけのことを描いているのではなく、神の民を迫害するこの世のすべての権力者を現しているものであるということが明らかになります。

たとえば、日本では、「巧言を使って」支配者になった代表者と言えば豊臣秀吉です。彼は世界制覇への第一歩として1592年に朝鮮半島に16万人もの兵を送ります。一時は朝鮮半島の全域を支配するところまで行きましたが、朝鮮水軍に敗北し、続いて北の明国からの出兵により、撤退を余儀なくされます。

そして、その直後、サンフェリペ号事件を通して、スペイン、ポルトガルがカトリックの宣教師を通して世界制覇を計っているという計画を聞き、キリシタンの大迫害、1597年の長崎での26聖人の処刑を強行することになります。豊臣秀吉は、朝鮮半島にとんでもない災いを及ぼしたばかりか、キリスト教徒の大迫害への道を開いた支配者ですが、世界制覇の夢が破れたことが神の民の大迫害に結びつくという点では、アンティオコス四世につながります。つまり、ダニエル11章の記事は、すべての時代を通しての、この世の権力者による神の民への迫害に通じる記事なのです。

3.「思慮深い人々は大空の輝きのように輝き・・・」

 その時、あなたの国の人々を守る大いなる君、ミカエルが立ち上がる。国が始まって以来、その時まで、かつてなかったほどの苦難の時が来る。しかし、その時、あなたの民で、あの書にしるされている者はすべて救われる」(12:1)という記事は、時間的には、「彼は、海と聖なる麗しい山との間に、本営の天幕を張る」(11:45)というエルサレムの絶体絶命の時を指しています。

そしてこの時の苦難が、バビロンに神殿を滅ぼされた時に勝るほどのものであると描かれながら、同時にそれが「いのちの書に・・名が記されている者」(黙示3:5,13:8)の救いの時でもあるというのです。つまり、神の救いは、人間の目には絶望と思われるときに突如としてやってくるというのです。

 「地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者が目をさます。ある者は永遠のいのちに、ある者はそしりと永遠の忌みに。思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる」(12:2、3)とは、旧約における復活の記事の代表と見られています。

ここで、栄光の復活にあずかるのことができるのは「思慮深い人々」つまり、11章33,35節にあった大迫害の中で真の神を礼拝し続けた人です。「定めの時」(11:35)に至るまで「巧言を使う」ような権力者が横暴を働きますが、今、神がさばきを下されるのです。

そして、N.T.Wrightは、この11章後半から12章初めの記事は、2章31-45、7章2-27節で記されていたと同じ出来事を、別のレンズを通して見たものであると語っています(the resurrection of the Son of God.P115)。前者では、「一つの石が人手によらず切り出され」この世の王国を砕いて全地を支配することが描かれ、後者では、「人のような方が天の雲に乗って現れ」全世界を治めるばかりか、その方につながる「聖徒」たちも世界をともに治める者となると描かれています。

つまり、キリストの復活こそが、「思慮深い者」の復活の「初穂」なのです。パウロはそのことを、「今やキリストは眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました」(Ⅰコリント15:20)と述べています。

ダニエルはバビロン捕囚が七十年で終わることを期待しましたが、そのとき御使いガブリエルが、神の民の最終的な勝利のときまで七十週(七の七十倍)の時が必要であると語りましたが、12章3節はその成就を示しているのです。そして、このキリストの復活において成就したことが、私たちにもやがて成就することになります。

ですから、イエスもこのダニエル書を前提に、「墓の中にいる者がみな、子の声を聞いて出て来る時が来ます。善を行った者は、よみがえっていのちを受け、悪を行った者は、よみがえってさばきを受けるのです」(ヨハネ5:28,29)、また、「そのとき、正しい者たちは、彼らの父の御国で太陽のように輝きます」(マタイ13:43)と言われました。

4.「あなたは終わりまで歩み、休みに入れ」

ところで、このとき、10章以来ダニエルに語ってきた「ひとりの人」は、「ダニエルよ。あなたは終わりの時まで、このことばを秘めておき、この書を封じておけ。多くの者は知識を増そうと探り回ろう」(12:4)と不思議なことを言いました。これは、ダニエルに啓示されたことは、キリストを通してしか理解できないことを指します。

「終わりのとき」とは、最終的な滅びの時というよりは、キリストによって実現する新しい時代を指すからです(使徒2:17等)。

 「私、ダニエルが見ていると、見よ、ふたりの人が立っていて、ひとりは川のこちら岸に、ほかのひとりは川の向こう岸にいた。それで私は、川の水の上にいる、あの亜麻布の衣を着た人に言った」(12:5、6)とありますが、ここには三人の御使いのような人が登場します。そして、ヘブル語では、6節最初の「私は言った」ということばは、「彼は言った」と記され、「この不思議なことは、いつになって終わるのですか」という質問は、ダニエルではなく川の両岸にいた御使いのひとりが、川の水の上にいるダニエルにずっと語りかけていた御使いに対して質問したと言うことになっています。

つまり、この終わりの日の出来事は、御使いからさえも隠されていることだったというのです。

  そこで、「川の水の上にいる、あの亜麻布の衣を着た人」が、「その右手と左手を天に向けて上げ、永遠に生きる方をさして誓って」、「それは、ひと時とふた時と半時である。聖なる民の勢力を打ち砕くことが終わったとき、これらすべてのことが成就する」と言います(12:7)。このことばは、アンティオコスの迫害に関してではなく、7章にある終わりのときの第四の帝国における反キリストの迫害の際に用いられたことばです(7:25)。

そして、ダニエルは、「これを聞いたが、悟ることができなかった(12:8)というのです。聞いた本人が理解できないことを、私たちが分かるでしょうか。ですから、私たちもキリストによって明らかにされた枠を超えてこの記事を通して、世界の終わりのことがわかると思ってはなりません。

多くの未来予言が、ダニエル書の数字の解釈から今も生まれていますが、それらはダニエルですら分からなかったことを分かったように言うことで、神の主権を侵すことになりかねません。

ダニエルがここでさらに、「わが主よ。この終わりは、どうなるのでしょう」と尋ねたことに対し、「ダニエルよ。行け。このことばは、終わりの時まで、秘められ、封じられているからだ。多くの者は、身を清め、白くし、こうして練られる。悪者どもは悪を行い、ひとりも悟る者がいない。しかし、思慮深い人々は悟る。常供のささげ物が取り除かれ、荒らす忌むべきものが据えられる時から千二百九十日がある。幸いなことよ。忍んで待ち、千三百三十五日に達する者は」(12:9-12)と言われます。

ここで、「思慮深い者は悟る」とは、「千二百九十日」とか「千三百三十五日」という数字自体に込められた意味を悟るということではありません。「ひと時とふた時と半時」とは三年半、つまり、当時の太陰暦で一年を360日とすると1260日であり、千二百九十日とはそれより三十日長い期間、また、千三百三十五日とはそれよりさらに45日間長い期間を指します。つまり、ここでは、もうこれで苦しみの期間が終わると思っても、さらに30日、それになお45日間続くことがあるかもしれないということを受け止めながら、なお、忍耐して待つようにということが勧められているのです。

「思慮深い人」は、神の民の苦しみの時期は、常に、限られた期間に過ぎないということを「悟って」、迫害に耐えることができる人です。

だからこそ、御使いは最後にダニエルに、「あなたは終わりまで歩み、休みに入れ」と語ります。これは黙示録で、「死にいたるまで忠実でありなさい」(2:10)と言われるのと同じ意味です。そして、彼への最終的な保障として、「あなたは時の終わりに、あなたの割り当ての地に立つと言われます。これは、先の「思慮深い人々」の栄光に満ちた復活と同じことを意味します。

しばしば米国の保守的な教会では預言書の学びが盛んでした。それを通して世界情勢の未来予測をして信仰を励まし合うような風潮がありました。その際、ダニエル書の七十週や北の王、南の王などの記事を、現実の世界情勢に合わせて読むようなことがありました。しかし、そのような中で育ったひとりの姉妹は、「もう、預言書の学びは疲れました。私は、今、ここで、どのように生きるべきかを聖書から知りたいのです」と言うようになりました。

しかし、ダニエル書こそは、未来予告の書などではなく、異教徒や巧言を使って権力を握る人々が権力を握る中で、私たちがどのように誠実を保って生きることができるか、死に至るまで忠実に歩むことができるための励ましとして記されている書なのです。その意味で、ダニエル書は最初から最後まで一貫したメッセージが記されています。

多くの人々は、この世の不条理を見て「神はいない・・」と思うか、また「神は不義である」という結論に達してしまいます。詩篇の作者も、「こうして彼らは言う。『どうして神が知ろうか。いと高き方に知識があろうか。』見よ。悪者とはこのようなものだ。彼らはいつまでも安らかで、富を増している(73:11,12)と嘆いています。

ルターはそのような疑問に哲学者たちが答えに窮してきたことを述べながら、「これらの不可解な疑問に対しては、ただ一言ですむ簡潔な解決がある。すなわち、この世の生の後にもう一つの生がある。その生においては、この世において罰せられず報われなかったことが、罰せられ報われるであろう。なぜなら、現在の生は未来の生の先駆、いや開始以外のものではないからである」(ルター:奴隷的意思、ルター著作集Ⅰ-7、聖文舎、山内宣訳P485)と記しています。

私たちは復活のいのちを目の前に見ることで、この世の不条理の中で誠実に生きる勇気を持つことができるのです。

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ダニエル11:13~12:13[神の公平なさばきを期待した歩み」

2011828日 

 「正直者がバカを見る」ような世界、言葉巧みにうまく立ち回る人ばかりが評価される世の中は、誰もが嫌だと思いますが、現実はなかなか期待通りには動きません。それどころか、とんでもない邪悪な人間が権力を握ることがあり、神の民を苦しめるときがあります。ダニエル書は、そのような世界の不条理に対する答えとして記されています。そして、神の公平なさばきの現れこそ、キリストの復活です。キリストの十字架は、サタンの勢力の勝利と見られました。しかし、神はキリストを死者の中からよみがえらせました。

イエスは、ご自身の復活を知っておられるからこそ、「悪い者に手向かってはいけません・・右の頬を打つような者には、左の頬をも向けなさい」と言われたのです。それは神が最終的に公平なさばきを下されるということを知っている者としての告白です。      

1.「彼は不意にやって来て、巧言を使って国を堅く握る」

ダニエル11章には北の王と呼ばれるセレウコス朝シリアと南の王と呼ばれるプトレマイオス朝エジプトの間の戦いの様子が記されています。11節から19節までは、紀元前223年から187年にシリアを支配した北の王アンティオコス三世(大王)による南のエジプト王との戦いの様子が描かれています。

17節には、彼が自分の娘のクレオパトラ1世を南の王のプトレマイオス五世に嫁がせて、エジプトを支配しようとする策略が失敗する様子が描かれています。後にエジプトの女王として有名になるのはクレオパトラ七世ですが、この名が愛されるのは、シリアから嫁いだ最初のクレオパトラが父の意志に反して夫を支え、夫の死後も、息子の摂政としてエジプトを守ったからです。

その後、アンティオコス三世は「島々に顔を向けて、その多くを攻め取る」(11:18)とあるように、西のギリシャ地方に手を伸ばしますが、そこで新興国、ローマ共和国の将軍スキピオとの戦いに敗れ、紀元前188年に屈辱的な講和条約を結ばざるを得なくなります。そのことが、「ひとりの首領が、彼にそしりをやめさせるばかりか、かえってそのそしりを彼の上に返す」(11:18)と記されています。

そればかりか、彼は帰国後、怒った群集に殺されますが、そのことが、「つまずき、倒れ、いなくなる」(11:19)と記されています。大王と呼ばれた王の最後は何とも悲惨です。このときにローマに人質として差し出されたのが、彼の二番目の息子のアンティオコス4世(エピファネス)です。

その後をついだセレウコス四世は、最初エルサレム神殿を尊重する政策を取っていましたが(Ⅱマカバイ記3章)、あるときエルサレム神殿の宝庫の豊かさを耳にして宰相ヘリオドスをエルサレムに派遣します。彼は不敬虔にも神殿の中に立ち入ろうとして、神の御使いによって懲らしめられるという不思議が起こります。

そればかりか、ヘリオドスを遣わしたセレウコス四世自身が、彼によって毒殺されてしまいます(ESVスタディバイブル)。そのことが、ここでは、「彼は輝かしい国に、税を取り立てる者を行き巡らすが、数日のうちに、怒りもよらず、戦いにもよらないで、破られる」(11:20)と記されます。

そしてこのような神の直接的な介入による勝利が見られたのは、エルサレムの住民が大祭司のもとで一致して、神に哀願の祈りをささげたからであるとマカバイ記には記されています。

「彼に代わって、ひとりの卑劣な者が起こる」(11:21)とは、セレオコス四世の後を継いだ弟のアンティオコス四世のことです。彼は先のローマとの屈辱的な協定で、27歳でローマに人質に送られますが、兄のセレオコス四世が王位を受け継いだとき、その息子が身代わりにローマへの人質になり、彼は国に戻ることができます。しかし、兄が家来によって暗殺されたことによって、期せずして彼が後継者になる可能性が生まれました。

彼は権謀術数によって政治の実権を握り、兄の息子を葬り去って、40歳で王になります。「彼は不意にやって来て、巧言を使って国を堅く握る」(11:21)とはそのような彼の行動を指していると思われます。

そして、25,26節では、彼がエジプトに攻め入るとき、エジプト国内で内紛が起き、エジプトが敗北する様子が描かれます。そして、「このふたりの王は、心では悪事を計りながら、ひとつの食卓につき、まやかしを言うが、成功しない」とは、家来に裏切られて力を失ったプトレマイオス六世(クレオパトラ一世の息子)がアンティオコス四世の助けを得て自分の兄弟を追い落とそうとしながら、その計画が頓挫したことを指します。

「彼は多くの財宝を携えて自分の国に帰るが、彼の心は聖なる契約を敵視して、ほしいままにふるまい、自分の国に帰る」とは、アンティオコス四世の最初のエルサレム神殿略奪のことを指していると思われます。

なお、その様子は第一マカバイ記1章に記されていますが、その描写のあまりの違いから、このダニエル書がマカバイ記の影響下にあるという見方が否定されます(TOTC:Baldwin P194)。

その後、アンティオコス四世はエジプトとの戦いに決定的な勝利を収めますが、ローマ共和国の介入に譲歩せざるを得なくなります。そのことが「キティム(キプロス)の船が彼に立ち向かって来るので、彼は落胆して引き返し」(11:30)と記されます。

なお、その間に、ユダヤでの独立運動が起こります。彼は紀元前167年にエルサレムを急襲し、三日間で4万人のユダヤ人を殺し、4万人を奴隷にします。そして、エルサレム神殿をゼウス・オリンポスの神殿に作り変え、安息日を守っていた人々を虐殺しました。そのことが、「彼は、聖なる契約にいきりたち、ほしいままにふるまう。彼は帰って行って、その聖なる契約を捨てた者を重く取り立てるようになる。彼の軍隊は立ち上がり、聖所のとりでを汚し、常供のささげものを取り除き、荒らす忌むべきものを据える」(11:30,31)と記されています。

なお、第二マカバイ記には、アンティオコスが神殿に足を踏み入れるときの先導役となったのが王に取り入って大祭司の地位を勝ち取ったメラニオスであると記しています。かつて、セレウコスの使者が神殿に立ち入ったとき、神の奇跡的な介入でそれが差し止められましたが、今回は、ユダヤ人の大祭司自身が律法を捨ててしまったために、神はご自身の神殿を汚されるままにされたと、マカバイ記では説明されています(Ⅱマカバイ5:17)。

2.「思慮深い人たちは・・剣にかかり、火に焼かれ、とりことなり、かすめ奪われて倒れる」

そして、民の中で堕落してゆく者たちと、神を恐れる人々との関係が、「彼は契約を犯す者たちを巧言をもって堕落させるが、自分の神を知る人たちは、堅く立って事を行う。民の中の思慮深い人たちは、多くの人を悟らせる。彼らは、長い間、剣にかかり、火に焼かれ、とりことなり、かすめ奪われて倒れる。彼らが倒れるとき、彼らへの助けは少ないが、多くの人は、巧言を使って思慮深い人につく。思慮深い人のうちのある者は、終わりの時までに彼らを練り、清め、白くするために倒れるが、それは、定めの時がまだ来ないからである」(11:32-35)と記されています。

「思慮深い人」ということばが原文では33節と35節の冒頭に記されていますが、これは32節の、「巧言をもって」、また34節の「巧言を使って」ということばと対比されます。

そして、誰よりもアンティオコスこそが、「巧言を使って」権力を握った人の代表者であり、その同じ生き方をする人がアンティオコスの側に付いたり、また反対に、「思慮深い人」「巧言を使って」付いたりします。そして、ここには「思慮深い人たち」が、その信仰のゆえに殉教の死を遂げる様子が記されていますが、これは旧約では極めて珍しいことで、最初の殉教者の記録とさえ呼ばれることがあります(Jewish staudy bible)。

なお、ダニエル書は、ユダヤ教の伝統では預言書には分類されずに、マカベアの武力革命に批判的なグループによって編纂されたと言われています(同解説1642)。そのような見方があること自体が、このダニエル書の存在意義を語っていると言えましょう神はアンティオコス・エピファネスが登場するはるか前に、ダニエルを通して横暴な君主に武力をもって戦うことの空しさを記していたと考えられるからです。

イエスの時代、アンティオコス四世の軍隊を打ち破って神殿を聖めたユダ・マカベオスが英雄としてあがめられ、彼こそが人々が期待した救い主の姿でした。しかし、イエスはご自分をダビデの子と呼ばせながら「剣を取る者はみな剣で滅びます」(マタイ26:52)と言います。そしてローマ帝国の総督のもとで、何の弁明もせずに十字架刑の死を迎えます

それはダリヨス王のもとでライオンの穴に投げ込まれたダニエルの姿と同じです。神は、ユダ・マカベオスのような武力闘争を避けさせるために、「思慮深い人たち」の生き方を指し示したのではないでしょうか。

「この王は・・すべての神よりも自分を高め」(11:36)とは、アンティオコス四世が自分を「エピファネス」(神の顕現)という名で呼ばせ、自分を現人神と見させたことに一致します。

ただ、「この王は・・・憤りが終わるまで栄える。定められていることが、なされるからである」(11:36)とあるように、彼が一時的にこれほど横暴な振る舞いをすることができたのは、天の神が一時的に許したからに他なりません。歴史によると、彼は旧ペルシャ帝国の中心地への遠征の途上で突然の病に倒れ、52歳であっけなく息を引き取ります。ヨセフスはそれを、彼がユダ・マカベオスの軍隊に負け、その後も、ペルシャ戦線で敗北したことのショックのためであると分析しながら、同時に彼がイスラエルの神ご自身によって罰せられたと示唆しています(古代誌12:357-359)。

結局、エルサレム神殿がゼウスの神殿とされ、徹底的に汚されていたのは、たった三年間のことに過ぎませんでした。確かにユダ・マカベオスの軍事的な勝利がこれほど早い神殿の回復につながったのですが、アンティオコスの後継者たちとの戦いは熾烈を極め、ユダは三年後に戦死します。彼はその前に、ローマ共和国との軍事同盟を締結します(古代誌12:416-419)。そして、その百年後にエルサレムはローマ軍に占領されます。

ユダ・マカベオスとその一族のことはマカバイ記に記され、それはカトリック教会では第二聖典に位置づけられています。しかし、ユダヤ人はユダ・マカベオスのような武力闘争を賞賛したがために、最終的にはエルサレム神殿まで滅ぼされ、二千年間の流浪の民となったのではないでしょうか。

「この王は・・・憤りが終わるまで栄える」とあるように、横暴な王は、神ご自身が、時が来たらさばいてくださいますそれこそがダニエルの預言、イエスの福音の核心です。武力闘争を礼賛してはなりません。

 1140節以降の記事は、それまでの傲慢な王に対して南の王が戦いを挑み、北の王が決定的な勝利を収め、エジプトの南までをも支配すると描いており、アンティオコス四世の最後とは全く異なります。しかし、北から南に攻め入る王が、自分の背後である「東と北」からの知らせに脅えて軍を撤退させ、その途上でエルサレムを攻め滅ぼそうとするというのは、極めて彼らしい行動です。その要点は、人間的に考えると、この横暴な王の攻撃にエルサレムの敗北は避けられないということです。

しかし、ここではその危機存亡のときこそが、この横暴な王の最後になると記されます。この箇所の記述により、このダニエル書11章は、アンティオコス四世だけのことを描いているのではなく、神の民を迫害するこの世のすべての権力者を現しているものであるということが明らかになります。

たとえば、日本では、「巧言を使って」支配者になった代表者と言えば豊臣秀吉です。彼は世界制覇への第一歩として1592年に朝鮮半島に16万人もの兵を送ります。一時は朝鮮半島の全域を支配するところまで行きましたが、朝鮮水軍に敗北し、続いて北の明国からの出兵により、撤退を余儀なくされます。

そして、その直後、サンフェリペ号事件を通して、スペイン、ポルトガルがカトリックの宣教師を通して世界制覇を計っているという計画を聞き、キリシタンの大迫害、1597年の長崎での26聖人の処刑を強行することになります。豊臣秀吉は、朝鮮半島にとんでもない災いを及ぼしたばかりか、キリスト教徒の大迫害への道を開いた支配者ですが、世界制覇の夢が破れたことが神の民の大迫害に結びつくという点では、アンティオコス四世につながります。つまり、ダニエル11章の記事は、すべての時代を通しての、この世の権力者による神の民への迫害に通じる記事なのです。

3.「思慮深い人々は大空の輝きのように輝き・・・」

 その時、あなたの国の人々を守る大いなる君、ミカエルが立ち上がる。国が始まって以来、その時まで、かつてなかったほどの苦難の時が来る。しかし、その時、あなたの民で、あの書にしるされている者はすべて救われる」(12:1)という記事は、時間的には、「彼は、海と聖なる麗しい山との間に、本営の天幕を張る」(11:45)というエルサレムの絶体絶命の時を指しています。

そしてこの時の苦難が、バビロンに神殿を滅ぼされた時に勝るほどのものであると描かれながら、同時にそれが「いのちの書に・・名が記されている者」(黙示3:5,13:8)の救いの時でもあるというのです。つまり、神の救いは、人間の目には絶望と思われるときに突如としてやってくるというのです。

 「地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者が目をさます。ある者は永遠のいのちに、ある者はそしりと永遠の忌みに。思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる」(12:2、3)とは、旧約における復活の記事の代表と見られています。

ここで、栄光の復活にあずかるのことができるのは「思慮深い人々」つまり、11章33,35節にあった大迫害の中で真の神を礼拝し続けた人です。「定めの時」(11:35)に至るまで「巧言を使う」ような権力者が横暴を働きますが、今、神がさばきを下されるのです。

そして、N.T.Wrightは、この11章後半から12章初めの記事は、2章31-45、7章2-27節で記されていたと同じ出来事を、別のレンズを通して見たものであると語っています(the resurrection of the Son of God.P115)。前者では、「一つの石が人手によらず切り出され」この世の王国を砕いて全地を支配することが描かれ、後者では、「人のような方が天の雲に乗って現れ」全世界を治めるばかりか、その方につながる「聖徒」たちも世界をともに治める者となると描かれています。

つまり、キリストの復活こそが、「思慮深い者」の復活の「初穂」なのです。パウロはそのことを、「今やキリストは眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました」(Ⅰコリント15:20)と述べています。

ダニエルはバビロン捕囚が七十年で終わることを期待しましたが、そのとき御使いガブリエルが、神の民の最終的な勝利のときまで七十週(七の七十倍)の時が必要であると語りましたが、12章3節はその成就を示しているのです。そして、このキリストの復活において成就したことが、私たちにもやがて成就することになります。

ですから、イエスもこのダニエル書を前提に、「墓の中にいる者がみな、子の声を聞いて出て来る時が来ます。善を行った者は、よみがえっていのちを受け、悪を行った者は、よみがえってさばきを受けるのです」(ヨハネ5:28,29)、また、「そのとき、正しい者たちは、彼らの父の御国で太陽のように輝きます」(マタイ13:43)と言われました。

4.「あなたは終わりまで歩み、休みに入れ」

ところで、このとき、10章以来ダニエルに語ってきた「ひとりの人」は、「ダニエルよ。あなたは終わりの時まで、このことばを秘めておき、この書を封じておけ。多くの者は知識を増そうと探り回ろう」(12:4)と不思議なことを言いました。これは、ダニエルに啓示されたことは、キリストを通してしか理解できないことを指します。

「終わりのとき」とは、最終的な滅びの時というよりは、キリストによって実現する新しい時代を指すからです(使徒2:17等)。

 「私、ダニエルが見ていると、見よ、ふたりの人が立っていて、ひとりは川のこちら岸に、ほかのひとりは川の向こう岸にいた。それで私は、川の水の上にいる、あの亜麻布の衣を着た人に言った」(12:5、6)とありますが、ここには三人の御使いのような人が登場します。そして、ヘブル語では、6節最初の「私は言った」ということばは、「彼は言った」と記され、「この不思議なことは、いつになって終わるのですか」という質問は、ダニエルではなく川の両岸にいた御使いのひとりが、川の水の上にいるダニエルにずっと語りかけていた御使いに対して質問したと言うことになっています。

つまり、この終わりの日の出来事は、御使いからさえも隠されていることだったというのです。

  そこで、「川の水の上にいる、あの亜麻布の衣を着た人」が、「その右手と左手を天に向けて上げ、永遠に生きる方をさして誓って」、「それは、ひと時とふた時と半時である。聖なる民の勢力を打ち砕くことが終わったとき、これらすべてのことが成就する」と言います(12:7)。このことばは、アンティオコスの迫害に関してではなく、7章にある終わりのときの第四の帝国における反キリストの迫害の際に用いられたことばです(7:25)。

そして、ダニエルは、「これを聞いたが、悟ることができなかった(12:8)というのです。聞いた本人が理解できないことを、私たちが分かるでしょうか。ですから、私たちもキリストによって明らかにされた枠を超えてこの記事を通して、世界の終わりのことがわかると思ってはなりません。

多くの未来予言が、ダニエル書の数字の解釈から今も生まれていますが、それらはダニエルですら分からなかったことを分かったように言うことで、神の主権を侵すことになりかねません。

ダニエルがここでさらに、「わが主よ。この終わりは、どうなるのでしょう」と尋ねたことに対し、「ダニエルよ。行け。このことばは、終わりの時まで、秘められ、封じられているからだ。多くの者は、身を清め、白くし、こうして練られる。悪者どもは悪を行い、ひとりも悟る者がいない。しかし、思慮深い人々は悟る。常供のささげ物が取り除かれ、荒らす忌むべきものが据えられる時から千二百九十日がある。幸いなことよ。忍んで待ち、千三百三十五日に達する者は」(12:9-12)と言われます。

ここで、「思慮深い者は悟る」とは、「千二百九十日」とか「千三百三十五日」という数字自体に込められた意味を悟るということではありません。「ひと時とふた時と半時」とは三年半、つまり、当時の太陰暦で一年を360日とすると1260日であり、千二百九十日とはそれより三十日長い期間、また、千三百三十五日とはそれよりさらに45日間長い期間を指します。つまり、ここでは、もうこれで苦しみの期間が終わると思っても、さらに30日、それになお45日間続くことがあるかもしれないということを受け止めながら、なお、忍耐して待つようにということが勧められているのです。

「思慮深い人」は、神の民の苦しみの時期は、常に、限られた期間に過ぎないということを「悟って」、迫害に耐えることができる人です。

だからこそ、御使いは最後にダニエルに、「あなたは終わりまで歩み、休みに入れ」と語ります。これは黙示録で、「死にいたるまで忠実でありなさい」(2:10)と言われるのと同じ意味です。そして、彼への最終的な保障として、「あなたは時の終わりに、あなたの割り当ての地に立つと言われます。これは、先の「思慮深い人々」の栄光に満ちた復活と同じことを意味します。

しばしば米国の保守的な教会では預言書の学びが盛んでした。それを通して世界情勢の未来予測をして信仰を励まし合うような風潮がありました。その際、ダニエル書の七十週や北の王、南の王などの記事を、現実の世界情勢に合わせて読むようなことがありました。しかし、そのような中で育ったひとりの姉妹は、「もう、預言書の学びは疲れました。私は、今、ここで、どのように生きるべきかを聖書から知りたいのです」と言うようになりました。

しかし、ダニエル書こそは、未来予告の書などではなく、異教徒や巧言を使って権力を握る人々が権力を握る中で、私たちがどのように誠実を保って生きることができるか、死に至るまで忠実に歩むことができるための励ましとして記されている書なのです。その意味で、ダニエル書は最初から最後まで一貫したメッセージが記されています。

多くの人々は、この世の不条理を見て「神はいない・・」と思うか、また「神は不義である」という結論に達してしまいます。詩篇の作者も、「こうして彼らは言う。『どうして神が知ろうか。いと高き方に知識があろうか。』見よ。悪者とはこのようなものだ。彼らはいつまでも安らかで、富を増している(73:11,12)と嘆いています。

ルターはそのような疑問に哲学者たちが答えに窮してきたことを述べながら、「これらの不可解な疑問に対しては、ただ一言ですむ簡潔な解決がある。すなわち、この世の生の後にもう一つの生がある。その生においては、この世において罰せられず報われなかったことが、罰せられ報われるであろう。なぜなら、現在の生は未来の生の先駆、いや開始以外のものではないからである」(ルター:奴隷的意思、ルター著作集Ⅰ-7、聖文舎、山内宣訳P485)と記しています。

私たちは復活のいのちを目の前に見ることで、この世の不条理の中で誠実に生きる勇気を持つことができるのです。

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2011年8月21日 (日)

マルコ5章21-43節 「あきらめないで、信じ続ける」

                                               2011821

  日本語の「諦める」には、「諦めの境地」などと言われるように英語などには訳しきれない美しさがあります。「諦める」の本来の意味は「明らかにする」ことのようです。そこには、「自分の願望が達成されない理由が明らかになり、納得して断念するというプロセスがあれば、悔い、怨み、愚痴が残らない。それが諦めるである」という思いが込められているようです。

真の意味で、諦めることを知っている人は、明日に向かって前向きに生きることができますし、ありえない可能性にかけて人を振り回すようなこともありません。諦めは、心の健康の何よりの秘訣です。

しかし、そこで私たちは立ち止まって考える必要があります。「諦め」を美化することには、仏教的な価値観が入っています。仏教には、創造主はいませんし、「祈り」もありませんし、自分の願いを神に訴え続けるというのは願望に振り回される愚かなことです。

しかし、聖書では、神を自分の常識の枠で小さくとらえ、神に期待しなくなることこそ不信仰です。それは真の意味で神を「明らかに」見てはいないことだからです。

神を明らかに見ることができるとき、諦めるべきことと、諦めてはならないことの区別がつきます。それは、「平安の祈り」にあるように、変えられないことを受け入れる平静な心、変えられることを変えてゆく勇気、そのふたつを見分ける賢さを求めることです。

1.「お着物にさわることでもできれば、きっと直る」

イエスが舟でまた向こう岸へ渡られると」(21)とありますが、主はガリラヤ湖の向こう岸のゲラサ人の地からカペナウムに戻ってきました。それを「群集は・・待ちわびて(ルカ8:40)いましたので、大ぜいの人の群れがみもとに集まった」というのです。

ただし、「イエスは岸べにとどまっておられた」とあるように、群集と適度に距離を置こうとしていました。イエスは、何よりも、「神の国の福音」をこそ、分かち合いたいと願っていたからです。

ところが、「すると、会堂管理者のひとりでヤイロという者が来て、イエスを見て、その足もとにひれ伏し」たと描かれますが(22節)、当時の「会堂管理者」は、会堂での礼拝全体を管理し、説教者を決める権限のある人で(使徒13:15)、誰もが一目を置く町の有力者ですから、その人が、社会的には何の立場もないイエスの前に「ひれ伏す」というのは、まさに前代未聞の情景です。

彼は、いっしょうけんめい願って」、「私の小さい娘が死にかけています。どうか、おいでくださって、娘の上に御手を置いてやってください。娘が直って、助かるようにしてください」と言いました(23節)。

彼はこの子を、「私の小さい娘」と呼びながら、自分の家に来て、「御手を置いてやってください」と、具体的な方法まで指定しながら、必死にすがっています。

なお、「死にかけている」とは、厳密には、「終わりに瀕している」とも訳すことができ、人間的には絶望的な状況を思い浮かべながら、なおも、「彼女が救われて、生きるようにしてください」(新改訳、脚注訳)と、一時的な病の癒しというよりも、もっと大きな究極的な救いを願ったことが記されています。

その必死の彼の願いに対して、そこで、イエスは彼といっしょに出かけられた」と、イエスの応答が記されながら、同時に、「多くの群衆がイエスについて来て、イエスに押し迫った」というそのときの状況が描かれています。この町の有力者の家の一大事ですから、多くの人々の深い関心を集めたのです。

とにかく、そこには驚くほど多くの人々の移動が起こりましたが、そこに、「ところで、十二年の間長血をわずらった女がいた」(25)と、ヤイロの娘の年齢と同じ年月苦しみ続けた女が登場します。「十二」という数字は当時のユダヤ人にとってはすべてを包括するという意味があります。彼女は女性としての最も輝くことができるすべての時期を、真っ暗な気分で過ごして来たと言えましょう。

「長血」とは、肉体的な痛みばかりか精神的な孤独感に圧倒される病です。レビ記では、女性は、月経の七日間は、「誰でも彼女に触れる者は、夕方まで汚れる」と、引き篭もりが命じられましたが、「長い日数にわたって血の漏出がある場合・・彼女は月のさわりの間と同じく汚れる・・・その女のすわるすべてのものは・・・汚れる。これらの物にさわる者はだれでも汚れる」と記されていました(15:19-27)

つまり、彼女は十二年間、汚れた女として、人々の冷たい視線を浴び続けなければいけなかったのです。

そればかりか、ここでは、「この女は多くの医者からひどい目に会わされて、自分の持ち物をみな使い果たしてしまったが、何のかいもなく、かえって悪くなる一方であった」(25)とその悲惨さが強調されています。

当時の医者は、呪術師と似たような面があり、まじないか医術かわからないような治療を人々に施しながら、お金を取るということがありました。しかも、現在の日本のような保険制度はありません。それは公的保険制度がない中でのアメリカの貧困家庭の状況に極めて似ています。たまたま生まれ育った家が貧しかったために、この女性は、この病気のためにすべてを失ってしまいました。

彼女はまさに生ける屍のような状態です。このふたりの十二年には、まさに光と影の対照が見られました。しかし、今、ふたりとも絶望的であるという点ではまったく同じです。

そんな中で、彼女は、イエスのことを耳にして、群衆の中に紛れ込み、うしろから、イエスの着物にさわった」と、彼女がイエスに近づいた様子が描かれます(27節)。ヤイロはイエスの前にひれ伏すことができましたが、この女は自分の身を隠さなければイエスに近寄ることができませんでした。しかも、誰からも目を背けられる存在だからこそ、人々の心がヤイロの娘のことで一杯になっている今が、イエスに近づく千載一遇のチャンスでした。

それにしても、その距離は何と長く思えたことでしょう。そのときのことがルカによると、「イエスのうしろに近寄って、イエスの着物のふさにさわった」(8:44)と描かれていますが、彼女は「群集の中に紛れ込み」、「うしろから」イエスの着物に向かって手を伸ばし、ようやく、イエスの着物の「ふさ」までたどりつきました。これはタリスと呼ばれる祈りの装束の四隅についている「ふさ」(民数記15:38,39)、イエスと父なる神との祈りの交わりの象徴的なものでした。

彼女は、盲目的にイエスに近づいたのではなく、神からのいやしの力を受ける象徴を見て、それに「さわった」のです。その彼女の必死の気持ちが、ここでは、お着物にさわることでもできれば、きっと直る」と、「考えていたからである」と記されていますが(28節)、これは厳密には、「私がこの方の衣にでも触れるなら、救っていただけると、言い続けていた」と記されています。

これは、今まで医者たちに騙されてきたことの延長線にあるような信仰の持ち方とも言えるかもしれませんが、彼女は、イエスがそれまで彼女が出会った医者たちとは根本的に違う方であることだけはわかっていたはずです。なぜなら、医者の衣に触れさえしたら救っていただける魔術的に考えたのではなく、「イエスとイエスの父なる神の交わりの中に入れてもらえさえしたら・・・」と、「自分に言い聞かせていた」と思われるからです。

彼女の直観力は、一見盲目的に思えますが、それなりの合理性も込められています。しかも、ここでは、「直る」というよりも大きな意味の、「救われる」と、自分に「言っていた」という表現が用いられています。

そして、その結果は、「すると、すぐに、血の源がかれて、ひどい痛みが直ったことを、からだに感じた」(29)と、その癒しの劇的な様子が描かれています。「すると、すぐに」とはマルコが好んで使う表現で、イエスの衣に触れた結果が、すぐに現れたことを示します。

しかもここでは、「血の源がかれて」という病の根本的な癒しが起こったことが記されています。そしてそれを彼女自身がすぐに自覚できた(知った)というのです。これは、とうてい言葉では言い尽くせない大きなできごとでした。彼女の十二年間の念願が、今成就し、世界が変わったのです。それは、彼女が、どんなに騙され、軽蔑され、苦しんでも、神への望みを決して捨てなかったからです。

「義人は信仰によって生きる」(ローマ1:17、ハバクク2:4)と言われる際の「信仰」とは、エルサレム神殿がバビロンによって廃墟とされ、人々が、神に失望し、神を信じることのむなしさを人々がみな語っているような中で、イスラエルの神になお信頼し、希望を置く者こそが真の意味で「生きる」ことができるという意味でした。

誰の目にも絶望的と思える中で、なお、イスラエルの神ヤハウェに信頼するという姿勢が、この絶望的な女性に見られたのです。

2.「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して帰りなさい」

「イエスも、すぐに、自分のうちから力が外に出て行ったことに気づいて(知って)」(5:30)とありますが、これは彼女がすぐに自分が癒されたことを「感じた」(知った)ということに対応して「すぐに」、イエスも、自分のうちから力が外に出て行ったことに「気づいた」という対応関係が強調されています。

当時は、汚れた人に触れられると、汚れが乗り移ると考えられていましたが、イエスは反対に、ご自身のうちに宿っているきよめの力が引き出されたことを感じました。

イエスに触れる人は、その汚れがイエスのきよさに呑み込まれるからです。これをルターは、「喜ばしき交換」と呼びました。それは丁度、結婚において夫のすべてのものが妻によって共有されることと同じです。この女は、信仰によってイエスと結びつき、イエスのきよさを自分のものとでき、その汚れから自由になれたのです。

その上で、イエスは、「群衆の中を振り向いて」、「だれがわたしの着物にさわったのですか」と言われました。人々は、自分が責められているかのように勝手に誤解したのではないでしょうか。

それで、弟子たちも、その質問自体が愚かしいかのように、群衆があなたに押し迫っているのをご覧になっていて、それでも『だれがわたしにさわったのか』とおっしゃるのですか」(31節)と言い返します。誰もイエスのみこころを理解できてはいません。

ところが、なおも、「イエスはそれをした人を知ろうとして、見回しておられた」(5:32)と記されますが、イエスは、背後から近づく人の思いまで感じ取られました。これは「注目の奇跡」と呼ばれます。私たちが目の前の人の痛みすら分からないのとは対照的です。

そればかりか、イエスは自分に触れた人と対話することをここで必死に求めておられたのです。その様子を見て、女は恐れおののき、自分の身に起こった事を知り」、その上で、彼女は「イエスの前に出てひれ伏し、イエスに真実を余すところなく打ち明けた」と記されますが(33節)、彼女は自分がとんでもない邪魔をした可能性に、このときになって気づいたのかもしれません。なぜなら、イエスがラビのひとりであれば、彼女に触れる人は、「夕方まで汚れる」(レビ15:19)はずですから、イエスは神から遣わされた者としての働きができなくなります。つまり、この女は、ヤイロの家に急ぐイエスを立ち止まらせたばかりか、その癒しのみわざさえもできなくする可能性がありました。「何と、身勝手な女なのか・・・」と非難されても仕方がありません。

しかし、彼女が遠慮しつつ、イエスの着物の「ふさ」に触れたとき、汚れではなく、きよめが反対方向に移って行ったのです。

それにしても、このとき初めて、彼女は「イエスの前に出てひれ伏」すことができるようになり、正面からイエスに向かって、真実を余すところなく打ち明け」るという位置関係に来ることができました。何と、いつも身を隠しながら生きてきた人が、皆の前で、憧れの方と顔と顔とを合わせて語り合っているのです!

そして、イエスは、「娘よ。」と語りかけます。人々は、ヤイロの「ひとり娘」のことで心が一杯ですが、「あなたもかけがえのない神の娘だ」と言っているかのようです。

そればかりか、イエスは彼女に向かって、「あなたの信仰があなたを直したのです」とさえ言われました。この「直した」も、原文では、「救った」と記されています。これまで、この女は、「お着物にでもさわることができれば」「きっと直る(救われる)」と言い続けていたのですが、このときイエスは、「あなたは救っていただけました」という受動態で言う代わりに、「あなたの信仰が、あなたを(すでに)救ったのです」という完了形の能動態で表現しています。

当時の常識では、多くの人は、この長い苦しみを、不信仰のゆえに神ののろいを受けたためと解釈したことでしょう。しかしイエスは、正反対に、彼女の信仰が癒しを起こしたと断言しました。イエスの弟子の中に、これほどの賛辞を受けられた人はいません。

それは彼女が、信仰の父アブラハム同様に、「死者を生かし、無い(無価値な)ものをある者のようにお呼びになる方」を信じ、また、望みえないときに望みを抱いて信じた」からです(ローマ4:17,18)

この結果、彼女は、日陰で生きる者から、社会の真ん中に生きる者へと変えられました。それこそイエスの癒しの目的です。そのことを、イエスは保障するように、「安心して帰りなさい」と言われました。

彼女は、もう自分を神にのろわれた存在と責める必要はなくなりました。これは、多くの英語訳では、「go in peace」と言われます。私たちは自分が悲惨にあったとき。もう「神ののろいを受けているのでは・・・」などと疑うことなく、神にある平和(シャローム)に包まれて、大胆に明日に向かって生きることができます。

そればかりか、イエスは彼女に「病気にかからず、すこやかでいなさい」と敢えて言われました。それは、12年間長血をわずらい、苦しんできた女性に、これからの健康を保障し、約束するようなことばです。彼女が今まで、苦しんだ分だけ、反対に、これからの人生がこのような病から自由に、すこやかに暮らすことができるようにと、祝福を祈ってくださったのです。

そして、イエスのことばには力がありますから、彼女は他の病気にかかることがあっても、少なくともそれまでの病気からまったく自由に生きることができたはずです。

3. 「恐れないで、ただ信じていなさい」

「イエスが、まだ話しておられるときに」(35節)とありますが、イエスは彼女との対話にそれなりの時間を費やしました。この間、ヤイロは、「私の娘は今にも死にそうなのです。この女の癒しとカウンセリングは後回しにしても良いのでは・・・」と思ったかもしれません。そんなとき、「会堂管理者の家から人がやってきて」、「あなたのお嬢さんはなくなりました」(35)という知らせが届きます。

人々も、「この女が、イエスを足止めしている間に・・・」と非難の目を注いだことでしょう。それにしても、この使いが、なぜ、このうえ先生を煩わすことがありましょうと言ったのは、余りに実務的で、僭越な判断ではないでしょうか。彼はヤイロの信仰も、イエスのみわざも、自分の常識的な枠の中で判断しています。ですからここでは、イエスは、その話のことばをそばで聞いて」と記されています。

その上で、イエスはこの使いの者を責める代わりに、会堂管理者に対して、「恐れないで、ただ信じていなさい」と言われました。これは会堂管理者に新しく信じるようにと訴えたことばではなく、「もう何のなすすべもない」ということばに惑わされ、恐れる代わりに、イエスに助けを求めてきた信仰の原点に留まるようにという勧めです。

私たちも不可能を可能にしてくださるイエスのみわざに信頼して、信仰の一歩を踏み出した後、まわりの人の現実的なサジェッションに信仰が揺さぶられることがあります。そのようなときに、イエスは私たちにも、「恐れないで、ただ、信じていなさい」と言ってくださいます。そしてこれは、長血の女の信仰に習い、どんな暗やみの中にも神にあって希望を見続けるようにとの勧めでもあります。

なぜなら、この使いの人のように、「もう、イエスにお越しいただく必要がない」と判断することは、救いの可能性を、自分から閉じることになるからです。私たちも、イエスに対して、「もう、私は変わりようがない・・・祈ったって無駄だ・・・」と心を閉ざしてしまうことがあるかもしれません。それにしても、イエスをお招きするのに遅すぎることはありません。私たちも、愛する人が死んだ後で、なお信じ続けることができます。それは、キリストにつながるすべての人は、終わりの日によみがえり、新しい身体を受けることができるからです。それこそが、究極の癒しです。私たちはこの希望の故に、お葬式で心から主を賛美することができます。

ところでここから、「そして、ペテロとヤコブとヤコブの兄弟ヨハネのほかは、だれも自分といっしょに行くのをお許しにならなかった。彼らはその会堂管理者の家に着いた」(37、38節)という不思議な展開になります。

これまでは、長血を患っていた女が、紛れ込んでイエスに背後から近づくことができたほどに多くの群集に取り囲まれていたのに、ここからは、群集を排除してご自身のみわざを静かに進めようとしておられます。

そして、「イエスは、人々が、取り乱し、大声で泣いたり、わめいたりしているのをご覧になり、中に入って、彼らに」向かって、不思議にも、「なぜ取り乱して、泣くのですか。子どもは死んだのではない。眠っているのです」と言われました(39節)。そのことばを聞いて、「人々はイエスをあざ笑った」(40節)と描かれています。

人々は、イエスが死という現実を受け入れることができない愚かで気弱な者と見たのかもしれませんが、イエスは、神の目からこの娘の死を見ていたのではないでしょうか。

それは、私たちの肉体の死も、「イエスにあって眠った(Ⅰテサロニケ4:14)状態であると描かれているからです。私たちは、「死」ではなく、復活を待つ「眠り」に向かっています。

そして、「イエスはみんなを外に出し、ただその子どもの父と母、それにご自分の供の者たちだけを伴って、子どものいる所へ入って行かれ」ます。そして、「その子どもの手を取って」、たったひとこと、「タリタ、クミ」と言われました。それは、「少女よ。あなたに言う。起きなさい」という意味のアラム語でした。

たぶん、「タリタ(少女よ)」と優しく呼びかけながら、「クームィ」と権威に満ちた言い方で、彼女を起き上がらせたのだと思われます。同じように、神は終わりの日に、私たちひとりひとりの手を取って、死者の中からよみがえらせてくださいます

そして、イエスの癒しの完全さの証しとして、すると、少女はすぐさま起き上がり、歩き始めた。十二歳にもなっていたからである」(42節)と記されます。マルコではここで初めて少女の年齢が明かされます。この様子を見て、人々は「たちまち非常な驚きに包まれ」ますが、「イエスは、このことをだれにも知らせないようにと、きびしくお命じになり」ます。それは今までと同じ展開です。

そればかりか、イエスはここで敢えて、日常生活のリズムの大切さを思い起こさせるように「さらに、少女に食事をさせるように言われた」(43節)というのです。それは、死んだはずの人が生き返ることはあくまでも例外であり、この少女もやがて地上の命を終えることがあるからです。

私たちは自分の希望を、この地上のいのちを越えた、終わりの日の復活に結びつける必要があります。人の心が奇跡ばかりに向かい、この地上の自然の営みを受け入れることができなくなるのは神の御心ではありません。

  マタイもルカもヤイロの娘と長血の女の癒しをセットに記します。もし、ヤイロの娘が生き返らなかったら、長血の女の癒しは人々から祝福を受けることはできなかったに違いありません。一方、人々がヤイロの娘のことに心が向っていなければこの女はイエスの背後に近づくことはできませんでした。

イエスは、この対照的な十二年を過ごしたふたりを、同じように「神の娘」として愛されたのです。そこに神の眼差しを思うことができます。それは、「あなたは、見ておられました。害毒と苦痛を。彼らを御手の中に収めるために、じっと見つめておられました(詩篇10:14)とある通りです。

この出来事の後、この女とこの娘の間に、どんな交わりが生まれただろうかなどと思いめぐらすと楽しくなります。同じように、私たちにとって、過去や現在の状況がどんなに暗く見えても、イエスは今も、「恐れないで、ただ信じていなさい」と語っておられます。

そして、神の全能のみわざを「明らかに見る」ことができる者は、あらゆる可能性に心を開きながら、いつでも、「あきらめないで、信じ続ける」ことができます。

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2011年8月14日 (日)

ダニエル10,11章「権力者たちの争いの狭間で生きる」

ダニエル101-1410,11章講解)「権力者たちの争いの狭間で生きる」

                                                2011814

  私たちの周りには有能で影響力のある人々が数多くいます。また、神を知らない人々の中にも、クリスチャンよりもはるかに信頼できそうな人格者がいくらでもいます。その中で私たちは、自分がまわりの世界に「地の塩、世の光」として何らかの影響力を発揮できることを願います。

しかし、クリスチャンであるとは、世の人々を感心させられるような何かができるという以前に、何よりも、いつでもどこでも、イエスの御名によって、父なる神にお祈りしながら生きる者であるということ、また、この世の人々の評価の声ではなく、父なる神の愛の語りかけを聞きながら生きるということです。

私たちがいくらこの世の政治を批判しても、それによって政治が変わることはほとんどありません。私たちはこの世では驚くほど、ちっぽけな存在です。しかし、天地万物の創造主を「私の父」と呼ぶことができるという点で、この世に対して影響力を発揮することができます。この世の権力者たちは、いつも力比べをしながら競争していますが、私たちはこの世の基準を超えた神の視点から、自分の存在の尊さを覚えることができるからです。

1.「そのころ、私、ダニエルは、三週間の喪に服していた」

「ペルシヤの王クロスの第三年」(10:1)とは紀元前537年のことです。エズラ記の冒頭に記されているように、主はクロス王の第一年に彼の霊を奮い立たせ、エルサレム神殿の再建の命令を出させ、かつてバビロンの王ネブカデネザルがエルサレムから運んできた神殿の用具をイスラエルの民に返させました。ユダ族とベニヤミン族、レビ人たちの総勢約五万人がエルサレムに戻ることができました。

しかし、高齢になっているダニエルをはじめ多くのユダヤ人はなおペルシャにとどまり続けていました。そして、ここで、「ベルテシャツァルと名づけられていたダニエルに、一つのことばが啓示された」とありますが、ダニエルにこのような名を与えたのはバビロンの王ネブカデネザルで、そのときからすでに七十年近い年月が経過していました。

10章から12章は、ダニエルに与えられた最後のまとまった「幻」でした。それは、「大きないくさ」に関することで、ダニエルはそれを理解していたというのです。

  まず最初に、「ダニエル」は、「三週間の喪に服していた」(10:2)のですが、これは当初の予定通りに進まないエルサレム神殿の再建のために必死に祈っていたのだと思われます。

そして、「第一の月の二十四日」(10:4)とは、過ぎ越しの祭りが同月の十四日、その後、種なしパンの祭りが一週間続く、その直後の日を指します。この日、当時のペルシャの首都スーサの西側の大河ティグリスの岸辺でダニエルは不思議な出会いを体験します。

彼が「目を上げて、見ると、そこに、ひとりの人」がいました。彼は大祭司のように「亜麻布の衣を着」、「腰には・・金の帯を締め」ていました。「そのからだは緑柱石のよう」に内側から光を発し、「その顔はいなずまのよう」にまぶしく、「その目は燃えるたいまつのよう」に明るく光り、「その腕と足は、みがき上げた青銅のよう」に美しく、「そのことばの声は群集の声のよう」に響きました(10:5、6)。この神々しい姿は、御使いのひとりと紹介するにしては大きすぎる存在であることを示します。

それを見たダニエルは、恐怖のあまり、「うちから力が抜け、顔の輝きもうせ、力を失った・・・そのことばの声を聞いたとき、私は意識を失って、うつぶせに地に倒れた」というのですが、「ちょうどそのとき、一つの手が」、彼に「触れ」、その「ひざと手をゆさぶ」りながら、「神に愛されている人ダニエルよ。私が今から語ることばをよくわきまえよ。そこに立ち上がれ。私は今、あなたに遣わされたのだ」と語りかけます(10:8-10)。

つまり、ダニエルは神に愛されている者として、特別な啓示を、あわれみによって知らされようとしているのです。

  彼はダニエルに、「恐れるな。ダニエル。あなたが心を定めて悟ろうとし、あなたの神の前でへりくだろうと決めたその初めの日から、あなたのことばは聞かれているからだ」と言いながら、不思議にも、この来訪が遅れた理由を、「ペルシヤの国の君が二十一日間、私に向かって立っていたが、そこに、第一の君のひとり、ミカエルが私を助けに来てくれたので、私は彼をペルシヤの王たちのところに残しておき、終わりの日にあなたの民に起こることを悟らせるために来た」(10:12-14)と敢えて説明します。「ペルシャの君」とはペルシャ帝国の守護天使のような存在だと思われ、それに対し、ミカエルはイスラエルの守護天使のような存在なのだと思われます。

それにしても、ダニエルに現れたこの人は、ペルシャの守護天使によって三週間も足止めを食らったというのです。それがなかったらダニエルは三週間も喪に服する必要がありませんでした。

ここで興味深いのは、天における霊的な戦いが明かされているということです。それを前提にパウロは、「主にあって、その大能の力によって強められなさい。悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです」(6:10-12)と記しました。

私たちがこの霊的な現実を前提としてこの世の力と戦うなら、私たちの戦いの手段は、この世的な力に対し力で対抗するのではなく、みことばと祈りしかないことが極めて明らかになります。

  イエスは、「悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬をも向けなさい」(マタイ5:39)と言われましたが、これは、当時の人々が、「目には目で、歯には歯で」という被害者感情に配慮した裁判規定にかかわる聖書の教えを、「力には力で・・・」という復讐を正当化する教えに曲解して適用したことを戒めるためのものでした。

イエスの時代はローマ帝国がエルサレムを約束の地を支配していましたが、ユダヤ人の過激派はゲリラ戦法によってローマ軍をかく乱し、武力闘争によるイスラエルの解放を画策していました。これは現代のパレスチナ・ゲリラがイスラエル正規軍に対して戦っているのと真逆の構図です。

それに対してイエスは、そのような武力闘争がかえってイスラエルの民の首を自分で絞めることになるということを言われたのです。

ダニエル書の中心テーマは、大帝国を起こし、滅亡させるのは神の主権に属することであるということです。このことは黙示録12章で、地上の苦難の背後にある、天における神の御使いとサタンの使いとの戦いの様子が啓示されています。それなのに、この世の戦いを地上的な次元でだけ見るから、復讐が復讐の連鎖を生むという泥沼の戦いが演じられてしまうことになります。

私たちもダニエルの姿勢に習い、大きな問題を前にして、人間的な方策に頼って解決しようとあせる前に、ただ喪に服し、「ごちそうも食べず、肉もぶどう酒も口にせず、また身に油も塗らなかった」(10:3)という姿勢で、祈りに専念することこそが大切なのです。祈りこそすべての始まりです。

そしてこれはきわめて現実的な対処法です。たとえば、あなたのマンションの隣人がやくざのような人で騒音を出していたとしたら、自分で怒鳴り込みに行くようなことをする代わりに、管理人に対処するように迫るのではないでしょうか。問題の根本が天の領域にあることを、この地上の原理で解決しようとする発想は愚かなことです。

2.「わが主よ。お話しください。あなたは私を力づけてくださいましたから」

この不思議な方がダニエルに 「このようなことを語っている間」、彼は「うつむいていて、何も言えなかった」のですが、「ちょうどそのとき、人の姿をとった者」が、彼の「くちびるに触れた」というのです(10:15、16)。これは、ダニエルがこの幻に圧倒され、口をきけなくなっている中で、再び力を受けたということを示しています。

事実ダニエルは、「わが主よ。この幻によって、私は苦痛に襲われ、力を失いました」と言いながら、その理由を、「わが主のしもべが、どうしてわが主と話せましょう。私には、もはや、力もうせてしまい、息も残っていないのです」(10:16、17)と説明します。

それに対し、「人間のように見える者」が、再びダニエルに「触れ・・力づけ」ながら、その恐れに寄り添うようにして、「神に愛されている人よ。恐れるな。安心せよ。強くあれ。強くあれ」(10:18、19)と励まします。

これを聞いたダニエルは、「奮い立って」、「わが主よ。お話しください。あなたは私を力づけてくださいましたから」と応答することができます。

私たちが天における霊的な戦いの現実に向き合うには神からの力が必要なのです。

  私たちはみな、自分の存在はこの地で大きな意味や影響力を持っているという幻想の中に生きている面があります。人は、自分の本当の姿を見せられたら正気ではいられないという面があります。

だから、人は、たとえ自分がいてもいなくても良いような存在で、人に迷惑ばかりをかけているという現実があったとしても、それを認める代わりに、自分の存在はあまりにも大きいので、人から嫌がらせを受けているという被害妄想に逃げ込むという心理が働くことがあります。

ダニエルはしかし、今、自分のちっぽけさ徹底的に知らされながらも、同時に、自分に対して主ご自身が特別に御使いを送って、語りかけてくださるということに力を受けているのです。

私たちは、みな、自分のちっぽけさを正面から認めるためには、神からの愛の語りかけを聞く必要があります。たとえば、私の中には、「人の役に立っていたい、それによって自分の存在意義を認めてもらいたい」という思いがあります。そのため、しばしば、「あなたのしていることは、余計なお世話だ!」という感じの反応をされると深く傷つきます。

しかし、私たちは人と人との間に起こっている現実をきちんと直視できる必要があります。しばしば、母親が過保護で子供の自立を妨げているということが指摘されます。母親にとって、自分が精魂こめてやっていることが、かえって子供の成長の妨げになっているなどという現実は、普通の神経では受け入れがたいことです。

しかし、母親自身に、自分は神に愛されているという自覚があれば、自分の過保護を認める勇気が生まれることでしょう。

 

そこで、彼はダニエルに、「私が、なぜあなたのところに来たかを知っているか。今は、ペルシヤの君と戦うために帰って行く」と告げます。ダニエルはこのとき誠心誠意、異教徒の王であるペルシャ王クロスに仕えています。そして、ペルシャ王クロスはユダヤ人の約束の地への帰還を許し、エルサレム神殿を再建する後ろ盾になってくれています。まさにペルシャ帝国はイスラエルを救う神の器であるように思えます

それなのに、この神の使いは、今、ペルシャの守護天使を敵として、戦うために帰ってゆくというのです。それなら、ダニエルは、神の御使いが敵とみなした国に仕えているという矛盾に突き当たります。

神の使いはその矛盾を説明もしようとせずに、続けて起こることを、「私が出かけると、見よ、ギリシヤの君がやって来る」(10:20)と、今まで誰も注目しなかったギリシャの勢力が台頭することを預言します。

その上で、「しかし、真理の書に書かれていることを、あなたに知らせよう。あなたがたの君ミカエルのほかには、私とともに奮い立って、彼らに立ち向かう者はひとりもいない」(10:21)と言います。これは、ペルシャ帝国に対しても、また、ギリシャ帝国に対しても、真に力を発揮することができるのは、このダニエルにみことばを伝えた御使いとイスラエルの大天使ミカエルだけだというのです。

それならば、私たちはそれらの地上の王国に、人間的な力をもって対抗しようとするなどが無意味であることは自ずと明らかになります。

そして、この御使いは少し前のことを思い起こすように、「私はメディヤ人ダリヨスの元年に、彼を強くし、彼を力づけるために立ち上がった」(11:1)と語ります。これは、バビロンを滅ぼし、ペルシャ帝国を立ててイスラエルの民の帰還を許したのは確かに、神ご自身の働きであったからです。

私たちはたとえばペルシャは良い国、バビロンは悪い国、あの人は良い人、この人は悪い人、などのような区分けをしたがりますが、神はご自身のご計画を勧めるためにどんな人、どんな国でも用いることができます。

ペルシャの国教はゾロアスター教であったと言われますが、エルサレム神殿の再建を命じたクロスは決してイスラエルの神ヤハウェを礼拝する者ではなく、基本は、エジプト支配への道を安定させるためにユダヤ人に恩を売ろうとしたという政治的な動機があったと思われます。神は天にあって、そのような人間的な動機を用いながらご自身の計画を進めておられるのです。

しかし、ペルシャも、エジプトを完全に支配するようになって傲慢になったとき、その傲慢さのゆえに滅亡に向かいます。

 

そのことを、この御使いが、「今、私は、あなたに真理を示す。見よ。なお三人の王がペルシヤに起こり、第四の者は、ほかのだれよりも、はるかに富む者となる。この者がその富によって強力になったとき、すべてのものを扇動してギリシヤの国に立ち向かわせる」(11:2)と記されます。

ペルシャがギリシャに攻撃をしかけるのは第三代目の王ダリヨスであると見られていますが、このあたりの歴史はまだ不明の部分が多くあります。なお、ペルシャによるギリシャ攻撃は紀元前500年から479年まで続きますが、四代目の王とされるクセルクセスのときにサラミス会戦(紀元前480年)で徹底的な敗北を喫します。

そして、その後、時代を経て、紀元前333年にイッソスの戦いでギリシャのアレキサンダー大王がペルシャ軍を徹底的に打ち破ります。そのことが、「ひとりの勇敢な王が起こり、大きな権力をもって治め、思いのままにふるまう」(11:39)と記されています。そして、そのことは何度もダニエルに示されてきたことでもありました。

なお、イエスの少し後の時代に生きたユダヤ人の歴史家ヨセフスは、アレキサンダー大王は、エルサレム入城のときに真っ先にエルサレム神殿の大祭司の前でひざまずいたと記録しています。それは、その大祭司の服を着た者があらかじめ夢の中で王に現れたおかげで、彼は躊躇なくペルシャと戦うことができたからとのことです。

そして、王はその後、「ペルシャ人の帝国をひとりのギリシャ人が粉砕する、とはっきり記されたダニエル書を示されると、自分こそその人物であると信じ、喜んだ」とのことです(ユダヤ古代史11:337)。

3.「その時、あなたの国の人々を守る大いなる君、ミカエルが立ち上がる」

アレキサンダー大王以降のことが、「しかし、彼が起こったとき、その国は破れ、天の四方に向けて分割される。それは彼の子孫のものにはならず、また、彼が支配したほどの権力もなく、彼の国は根こぎにされて、その子孫以外のものとなる。南の王が強くなる。しかし、その将軍のひとりが彼よりも強くなり、彼の権力よりも大きな権力をもって治める」(11:4、5)と記されます。

これは四つに別れた国の中で最初、最も強かったのはプトレマイオス朝エジプトで最初、そこに身を寄せていたセレウコスがシリヤで国を開き、エジプトに対抗できるようになる様子が描かれています。

そして、その後の南と北の王国の間の和睦や戦いの様子が、11章6-12節に記されます。ここには、実際に歴史の中で起こったことが詳しく説明されています。そこではどちらかというと南の王国の勢力が北の王国を圧倒している様子が描かれています。

興味深いのは、プトレマイオス朝の二代目の王のときに、王命によって、旧約聖書がヘブル語からギリシャ語に翻訳され、それは七十人訳と呼ばれるようになります。エジプトがアレキサンダー大王の将軍の一人によって治められるようになった結果として聖書のギリシャ語訳が実現したというのは、まさにギリシャ人が支配するエジプトの勢力が強くなっていることが神によって豊かに用いられたということです。

そして、11章13節から19節では北のセレウコス朝シリアの優勢が描かれます。

とくに、「北の王が来て塁を築き、城壁のある町を攻め取ると、南の軍勢は立ち向かうことができず、精兵たちも対抗する力がない。そのようにして、これを攻めて来る者は、思うままにふるまう。彼に立ち向かう者はいない。彼は麗しい国にとどまり、彼の手で絶滅しようとする。彼は自分の国の総力をあげて攻め入ろうと決意し、まず相手と和睦をし、娘のひとりを与えて、その国を滅ぼそうとする。しかし、そのことは成功せず、彼のためにもならない」(11:15-17)は、アンティオコス大王によるエジプト攻略とその手段としてのエルサレム支配、そして、戦いが思い通りに行かないと、自分の娘クレオパトラ一世を嫁がせて(歴史上有名なのは正式にはクレオパトラ七世と呼ばれ、紀元前51-30年にエジプトの女王として君臨した人です)一時的な和解を図り、娘を通してエジプトへの影響力を発揮しようとしますが、娘がエジプトに味方したためにその計画が頓挫するという様子が描かれます。

ヨセフスによると、このときクレオパトラがユダヤを持参金としてエジプトに嫁いだため、エルサレムは二つの国に税金を納めざるを得なくなります。

 

11章21節からは8章23節以降に描かれていたアンティオコス・エピファネスの横暴な振る舞いが改めて詳しく描かれます。特に11章30節の、「キティムの船が彼に立ち向かって来るので、彼は落胆して引き返し、聖なる契約にいきりたち、ほしいままにふるまう。彼は帰って行って、その聖なる契約を捨てた者たちを重く取り立てるようになる。彼の軍隊は立ち上がり、聖所ととりでを汚し、常供のささげ物を取り除き、荒らす忌むべきものを据える」とは、エピファネスがせっかくエジプトを屈服させながらも、キティム(ローマ)の警告に屈して、その支配をあきらめ、帰国の途中に、腹いせとしてエルサレム神殿を汚すということを預言したものと思われます。

そしてその際、「民の中の思慮深い人たちは、多くの人を悟らせる。彼らは、長い間、剣にかかり、火に焼かれ、とりことなり、かすめ奪われて倒れる」(11:33)と、多くの殉教の血が流されながら、人々の信仰を励ます様子が示唆されています。

 

その上で、11章40-45節は南の国と北の国の最終戦争の様子が描かれています。これは歴史上にすでに起こったこととは異なる展開で、まさに「終わりの時」の戦いです。

そして、12章1節では、「その時、あなたの国の人々を守る大いなる君、ミカエルが立ち上がる。国が始まって以来、その時まで、かつてなかったほどの苦難の時が来る。しかし、その時、あなたの民で、あの書にしるされている者はすべて救われる」と、イスラエルの大天使ミカエルが立ち上がって、大きな苦難の後に、神の民に対する救いの計画が成就するということが記されます。

 

 ユダヤ人たちはこの書に励まされながらアンティオコス・エピファネスの武力支配に対抗したのかもしれませんが、実際には、この書において、そのような武力闘争は決して勧められていません

ユダ・マカベオスに導かれたユダヤ人の独立運動は確かに成功しますが、その後は権力闘争に明け暮れ、ローマの介入を招き、最終的にはローマ帝国への独立運動を加速させて、二千年間に渡って国を失うという悲劇を招きました。

しかし、ダニエルに示されたことは、最終的な勝利は、人間ではなく大天使ミカエル自身によってもたらされるということでした。

 

11章の大半を占めるシリヤとエジプト間の戦いは、まさにこの書で詳しく預言されたとおりの展開を見せました。そして、その時々にユダヤ人は大国の狭間で振り回されているようでありながら、その間に、旧約聖書の七十人訳の完成などという新約への道筋がエジプトの王によって可能になったのです。

彼らはそれを通して、イスラエルの神がエジプトやシリヤをも支配しておられることを悟ることができたはずなのです。そこで彼らは、かつてのように、両方の国のご機嫌を取り、面従腹背の国際政治によって自分の立場を守ろうとする代わりに、イスラエルの神、主のみを見上げて、大国の権力闘争の狭間にあっても、神の民としての誇りを守ることができたはずなのです。

これは私たちの日常生活にも適用できます。どの組織にも権力闘争がありますが、その中で私たちはふたりの親分のご機嫌を取りながら自分の立場を守ろうとするのではなく、そのはるか上においてすべてのことを支配しておられる唯一の創造主をのみ礼拝し、その方のみを恐れて、自分のいのちを全うすることができるのです。

詩篇46篇では、圧倒的な敵の前に右往左往し、人間的な対策ばかりに熱くなっている人に、主は、「静まれ。そして、知れ。『わたしこそ神。国々の上におり、地のはるか上に在る』」(46:10私訳)と語りかけておられます。

神はこの地を支配しておられます。どれほど不条理なことが起きても、そこには神の御手があります。ダニエルの預言は、将来の出来事を予測することに意味があるのではありません。私たちはどこかで、この時代の流れを予測できるような賢さを求めますが、それよりもはるかに大切なことは、今ここで、自分に与えられた勤めを誠実に全うするということです。

あなたに権威をふるうことができる人は、非常に危ないところに立っています。彼らの明日はわかりません。そのような人にすがりながら自分の立場を守ろうとするのではなく、この世界のすべてを最終的に支配しておられる方との交わりのうちに日々を生きることこそが、神が私たちに与えてくださった最高の知恵です。

イエスも、「空の鳥を見なさい・・あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか・・・だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい(原文「捜しなさい」)。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。だから明日のための心配は無用です。明日のことは明日が心配します。労苦はその日、その日に、十分あります」(マタイ6:33,34)と言われました。 

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2011年8月 7日 (日)

マルコ5章1-20節 「現代的な悪霊支配に目を開く」

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「原子力発電の安全神話はどのように作られたか・・」という観点からのインタビュー番組を見ました。国策としての原発推進が決まった後は、原発の危険性を指摘する声をあげる人が出ても、誰の目にもわかる形でその人をあらゆる手段を使って苛め抜き、「原子力村」という「村社会」の統一見解を作って行ったということです。

そのため、今回のような大規模な災害への対応が、「想定外・・・」の名の下に、真の意味ではできてはいませんでした。

このような神話形成の方法は、日本が太平洋戦争に突入する中でも用いられました。米国と戦っても勝てる確率が低いことは明らかだったのに、戦局が不利になったときの和解交渉策は一切講じられないばかりか、負けの可能性を公言する人がいたら徹底的に苛め抜き、その人を人身御供のようにして異論を封じ込め、日本必勝の神話を作り上げました。その結果、戦争を主導した政府自体が、皮肉にも世論に圧される形で戦争をやめるという選択肢を失い、原爆投下を招くという破滅に突き進んで行きました。

日本が体験したふたつの放射能被害の背後に、同じ構図を見ることができます。そして、そこに私たちは現代的な悪霊支配の現実を見ることができます。

昔から悪霊の働きというと、ある個人の人格を破壊するということばかりが注目されます。しかし、それは一つの見せしめによって、周りの人すべてを萎縮させるサタンの罠とも言えましょう。「触らぬ神にたたりなし」ということわざがあるように、ある一人の人が徹底的に苛め抜かれるのを見ると、多くの人は見て見ぬふりをするようになります。それによって、社会全体が、真に見るべきもの、恐れるべき方から目を閉ざし、滅びに向かいます。

現代の悪霊の働きは、真に恐れるべきことを見えなくし、目先の迫害を永遠の苦しみのように見せて人を脅すこと、また、真の神を恐れさす代わりに目先の災いを恐れさせ、みなが手を取り合って「燃えるゲヘナ」に向かうように導くことではないでしょうか。

日本では未だに多くの人々が、イエスを信じることで自分の身に災いが降りかかるという恐れに囚われています。悪霊は、今も、自分の存在を隠しながら、人々がイエスに従うことの邪魔をし続けています。

1.「この人は墓場に住みついて・・・石で自分のからだを傷つけていた」

  イエスと弟子たちはガリラヤ湖の東岸のゲラサ人の地に着きます。彼らはまことの神を知らない異邦人でした。そして、イエスが舟から上がられると、すぐに、汚れた霊につかれた人が墓場から出て来て、イエスを迎えた」(5:2)と記されていますが、これは、「迎えた」というより、単に、「出会った」と訳した方が良いと思われます。日本語の「迎える」には歓迎のようなニュアンスがありますが、この文章は、続く3-7節全体をまとめて描いたもので、この悪霊につかれた人のイエスとの出会いの様子は、6,7節で改めて詳しく描かれているからです。

要するに、この箇所は、異教世界を支配する悪霊の親玉的存在と、救い主イエスとの「劇的な遭遇」を記したものと言えましょう。

  この「汚れた霊につかれた人」の状態が、「この人は墓場に住みついており、もはやだれも、鎖をもってしても、彼をつないでおくことができなかった。彼はたびたび足かせや鎖でつながれたが、鎖を引きちぎり、足かせも砕いてしまったからで、だれにも彼を押さえるだけの力がなかったのである。それで彼は、夜昼となく、墓場や山で叫び続け、石で自分のからだを傷つけていた」(5:3-5)と描かれます。

悪霊は神のかたちとしての生き方を破壊する方向に人を向かわせます。彼は何よりも、生きている人々との交わりから離れた「墓場に住み着いて」いました。人間は、生きている人との交わりに召されています。しかし、彼は死者との交わりの中に生きていました。

たとえば、日本の昔の家屋には「仏間」という部屋がありました。それは家の中で最も環境の良い空間でした。そこで先祖の位牌に手を合わせることが、家族としてのまとまりの基礎となっていたからです。北海道で本州からの移民が家を建て始めた時、寒冷地だからこそ家族の生活空間である居間(リビングルーム)は、最も日当たりの良い所に置くはずだと思いますが、彼らは戦後まもなくまでは、そのように家を建てはしませんでした。家の中で最も心地よい空間は、仏間のためにとって置かれ、家族の生活の場は寒く暗い空間になっていることがほとんどでした。

もちろん、先祖のことを思い起こすことは大切なことですが、日本ではしばしば、それが行き過ぎてしまい、亡くなった方を拝むことが、生きている人の生活全体を支配するということがありました。

仏教式で葬式をあげてしまったら、その後の初七日から四十九日、その他、定期的な礼拝のスケジュールがお寺の論理で決まってしまいます。きちんと亡くなった方を弔わないと、何かの「たたり」が起きるのではないかという恐れに囚われながら、目の前の現実の生活が疎かになるというのは、墓場に住みついたこの人と意外に共通点があるのかもしれません。

 また、「鎖をもってしても、彼をつないでおくことはできなかった・・・それで、夜昼となく、墓場や山で叫び続け、石で自分のからだを傷つけていたという状態は、現代の、アルコールや薬物、ギャンブル依存症に囚われた人に似ているのかもしれません。自分も他人も、その驚くべき衝動の力をコントロールできません。そして、孤独の中で叫び続け、自滅に向かっています。ある友人が、詩篇23篇の現代版にした逆説詩を送ってくれました。

 私は私の羊飼い。私は乏しいことだらけです。

私は、よろめきながらショッピングセンターをはしごし、

精神科医をドクターショッピングしていますが、いこいを見いだすことはできません。

殺虫剤の残留毒性から送電線の電磁波まで私はあらゆるわざわいを恐れます。

それを防ごうとして、私の言動はだんだん母に似てきました。
   週に一度のスタッフ会に出れば、私は敵に囲まれ、

家に帰れば、金魚までが私に顔をしかめ、

まことに、私のいのちの日の限り、みじめさと不幸とが、私を追ってくるでしょう。

私はいつまでも、自己不信のうちに寂しく住まいましょう。』

 「精神科医をドクターショッピング・・・」などという表現には、違和感を覚えますが、自分が人生の主人となることの悲劇を描こうとしているという点では、非常に興味深い詩です。多くの人々はそれを知らずに、この世での平安やいやしを真剣に追い求めながら、皮肉にも、ますます心の渇きを激しくし、自滅に向かっています。

サタンは、この墓場に住む人のように、ある特定の人に狙いを定め、その人を人身御供のようにして、徹底的にその人の人生を破壊し、その上で、そのまわりの人々をも「底知れぬ恐れ」で支配します。その際、たとえば、「あの人は、仏壇に手を合わせなかったから、たたりが来た」とか、「あの人は、ご先祖をないがしろにしたから、自分の身を滅ぼしている・・・」などと、その悲惨な中におかれた人を軽蔑させながら、まことの創造主以外の存在を恐れるように心を支配してゆきます

多くの日本人は、偶像礼拝と結びついた様々なしきたりや、所属する集団から村八分にされることを恐れながら、自分の身を守ることに汲々としながら臆病の中に生きています。

そして一方では、満たされない心を、この世の快楽で満たそうとして、ますます心の渇きを激しくしてゆきます。

  数年前にベストセラーになった本に、「母が重くてたまらないー墓守(はかもり)娘の嘆き」というのがあります。ある女性が、田舎の母親の呪縛から逃れるように、東京の出版社に就職し、それなりの仕事を任され、外国人の恋人もでき、母親の様々な介入もうまくかわせるようになった33歳のとき、祖父の法事で久しぶりに実家に帰りました。穏やかに法要を終えて東京に帰ろうとしたそのとき、母が耳元でささやきます。「もう何も言わないからね、ただ、私たちが死んだら墓守りは頼んだよ」と・・・。

多くの日本人は、どんなに親から自由に生きていても、このことばには勝つことができないようです。そこから、「墓守娘の嘆き」というタイトルが生まれています。

汚れた霊に人格を破壊され墓場に住み着いていた人と、墓守の呪縛から逃れられないこの女性とは、住む世界がまったく違うように思えますが、意外に共通点も多いのかも知れません。墓に住む人と墓守娘の両方とも、生ける神や生きている人との交わりよりも、墓場に縛られて生きているという点では同じだからです。

 一方、すべての日本的なしきたりから自由に、自分の心の赴くままに生きている人の心も、先の現代版逆説詩篇23篇にあったように、なんとも言えない空虚感に生きているという点ではまったく同じです。

2.イエスの前にひれ伏し、懇願するしかなかった悪霊レギオン

 ところが、驚くべきことが起こります。この「墓場に住みついている」人の側から、「イエスを遠くから見つけ、駆け寄って来てイエスを拝し、大声で叫んで」、「いと高き神の子、イエスさま。いったい私に何をしようというのですか。神の御名によってお願いします。どうか私を苦しめないでください」と言ったというのです(5:6、7)。

その理由が、「それは、イエスが、『汚れた霊よ。この人から出て行け』と言われたからである」とありますが、厳密には、「言い続けていたからである」と訳した方が良いと思われます。イエスのみわざの中心に「悪霊追い出し」がありましたが、この人を支配していた悪霊は、イエスのその圧倒的な力を知っていたからこそ、機先を制するように、イエスにすがって行ったのです。

つまり、悪霊は、誰よりもイエスの権威と力を知っていたからこそ、逃げようがないと駆け寄り、あわれみを恋うしかないと恐れたのです。イエスの弟子たちは、「いったいこの方はどういう方なのだろう(4:41)と問いかけていましたが、皮肉にも悪霊こそが、この方を「いと高き神の子(5:7)であると認めていたというのです。

  この人は、「足かせや鎖やでつながれ(5:4)るほどに危険な存在になっていましたが、悪霊の力は、「鎖を引きちぎり、足かせも砕いてしまった」ほどに強力でした。

そして、主が悪霊の名を尋ねると、「レギオン」という名が出てきますが、それは、ローマの軍団の単位で、六千人もの兵士から構成される大集団でした(日本語では「師団」)

その上で、この悪霊は、自分たちをこの地方から追い出さないでくださいと懇願した」というのです。ルカでは、底知れぬ所に行け、とはお命じになりませんようにと願った(ルカ8:31)と描かれます。悪霊どもはイエスの権威に抵抗できなかったので、自分たちが最終的に、「火と硫黄との池に投げ込まれる(黙示20:10)ことを恐れながら、なお、この目に見える世界にとどまり続けることができるようにと必死に懇願したのです。

  ただ、そこで、ところで、そこの山腹に、豚の大群が飼ってあった」(5:11)という記述とともに、悪霊どもはイエスに、「私たちを豚の中に送って、彼らに乗り移らせてください」と懇願したという不思議なことが記されます(5:12)。

それに対して、イエスが許されたので、「汚れた霊どもは出て行って豚に乗り移った。すると二千匹ほどの豚の群れが、険しいがけを駆け降り、湖になだれ落ちて、湖におぼれてしまった(5:13)のでした。

なお、当時の神の民にとって、豚は汚れた動物の代名詞のような存在でしたから、豚の死は問題とは見られませんでした。しかし、豚の飼い主の異邦人たちはこのことに驚き、イエスの前から逃げ出しました彼らは、悪霊よりも強いイエスを恐れたのです。

そこに、悪霊どもの狙いがあったと言えないでしょうか。彼らは、自分たちがこの人の中から立ち去らざるを得ないことを知っていたからこそ、イエスもこの地に残ることができなくなる状況を生み出そうとしたのです。

  今も、悪霊は生きて働いています。このときの悪霊の力は、二千匹の豚を駆り立て、湖におぼれさす力として現れましたが、現代の日本では、悪霊は自分の存在を隠しながら、人々が自滅に向かうようにと駆り立てています。かつての日本は、みながそろって、最初は中国、そして、後には米国や英国との無謀な戦争へと突き進んでゆきました。軍部の横暴が戦争を作り出したという面が何よりも強くはありますが、当時の日本人の多くが幻想に囚われ、戦争に飛び込んで行きました。政治家たちは、世論の圧倒的な声に動かされたという面もあります。

そして今も、多くの日本人は、自分たちがどこに向かっているのかを知らないまま、また意識しようともしないまま、時間を忘れて目の前の仕事に熱中しています。

ドイツやフランスであれば、「残業をする必要があるぐらいなら、雇用を増やそう・・・」という方向に社会全体が動こうとしますが、日本ではワーク・シェアリングという発想がなかなか定着しません。政治家から一般の民衆まで、長期的な視点を持てないまま、目の前の問題に夢中になっています。

日本人の中には、集団が同じ方向に向かって走ることを良しとする風潮があります。私は二十五年ほど前に六年余りのドイツ滞在から戻って、はじめて東京のラッシュ・アワーを体験したとき、黒い髪で黒っぽいスーツを着た集団が地下鉄へと我先にと走って下る姿を見て、二千匹の豚が一目散に湖になだれ落ちる様子とだぶって見えました。

そのときは、「だからこそ、ひとりでも多くの人に福音を宣べ伝えなければ・・」と熱くなることができたのですが、最近は、自分もその日本のカルチャーの中にどっぷりつかってしまっているような気がしています。

悪霊は今も、この日本の文化の中に深く忍び込んで、人々を動かし続けています。そして、悪霊は、確かに人を悲惨に陥れ、滅びに追いやる力を持っています。しかし、私たちはイエスの御名によって、その力に打ち勝つことができます。

今も悪霊は生きて働いていますが、彼らはキリスト者を脅しはできても、支配はできないのです。悪霊のひそかな働きを理解することは本当に大切ですが、それにおびえる必要は全くありません。

大切なのはいつでもどこでもイエスに目を向けることです。私たちがイエスの生涯に思いを向け、イエスの生涯を黙想し続けるとき、私たちの発想も行動も、しだいに日本の集団主義から自由にされてゆくことができるのではないでしょうか。

3. 「あなたの家・・家族のところに帰り、主が・・・どんなにあわれんでくださったかを、知らせなさい」

  その後の展開が、非常に詳しく、豚を飼っていた者たちは逃げ出して、町や村々でこの事を告げ知らせた人々は何事が起こったのかと見にやって来た。そして、イエスのところに来て、悪霊につかれていた人、すなわちレギオンを宿していた人が、着物を着て、正気に返ってすわっているのを見て、恐ろしくなった。見ていた人たちが、悪霊につかれていた人に起こったことや、豚のことを、つぶさに彼らに話して聞かせた」(5:14-16)と描かれますが、残念ながら、それでイエスを主と告白する代わりに「すると、彼らはイエスに、この地方から離れてくださるよう願った」(5:17)という、極めて残念な展開となりました。これこそ、悪霊が期待した展開ではないでしょうか。

 ゲラサの人々は、この悲惨な人の救いよりも、豚を失ったことの方に目が向いました。それとも彼らは、悪霊をことばひとつで従えるイエスを、悪霊の親分と見たのでしょうか。

とにかく、彼らは、レギオンに憑かれた人を見て悪霊におびえ、また、悪霊を追い出したイエスを見て、なお、さらにおびえました。共通するのは、自分たちの身に損害がもたらされることを避けようとする思いだけで、真理を求める心などはありません。

今も、多くの日本人は、心の奥底で、ただ漠然と「たたり」を恐れ、偶像を拝み続けます。それは、暴力団のご機嫌をとりながら、見せかけの平和を守ろうとする生き方と同じです。ただし、もっと悪いのは、彼らは、自分たちが悪霊の脅しに屈しているのを知らないことです。

それにしても、イエスの登場は、このゲラサの地でのように、見せかけの平和を壊しました。しかし、それは、名医が、「がんと分かるのが怖いから、検査を受けない・・」というような臆病な人に現実を直面させるのと同じです。一時的な、外科手術を過ぎた後には、希望に満ちた人生が待っています。イエスは、私たちを、怯えて生きる人生から、問題に直面する勇気を持つ者へと変えてくださいます。

そして、その後のことが、それでイエスが舟に乗ろうとされると、悪霊につかれていた人が、お供をしたいとイエスに願った」(5:18)と描かれます。悪霊を追い出してもらった人が、お供を願ったのは、人の救いよりも豚の損失に目が向かう冷たい人々から離れたかったからではないでしょうか。

それに対し、主は、意外にも、あなたの家、あなたの家族のところに帰り、主があなたに、どんなに大きなことをしてくださったか、どんなにあわれんでくださったかを、知らせなさい(5:19)と命じました。

そして、その結果が、彼は立ち去り、イエスが自分にどんなに大きなことをしてくださったかを、デカポリスの地方で言い広め始めた。人々はみな驚いた」(5:20)と描かれます。

ゲラサの人々にとってイエスはまぶし過ぎたのかもしれません。しかし、自分たちの仲間の証しには耳を傾けられます。それは、乞食が、隣の乞食に、どこに行ったら恵んでもらえるかを教えるようなものです。互いに乞食だから通じ合うことばや感覚があります。

イエスは、罪人の仲間になるために、神であるのに人となってくださいましたが、それでもなお届くことができない人たちがいたのです。そして、あなたにも、あなたにしか届くことができない人々があり、あなたはその方に福音を分かち合うように召されているのではないでしょうか。

神の国の福音は、大上段から真理を示すというよりも、何の資格もない、欠けだらけの人の人生を通して、伝えられて行くのです。

イエスがこの人の中に起こしてくださった変化は、その人を悪霊の支配から解放するばかりか、その人が、自分よりも豚を気にかける冷たい人々のただ中に住み、福音を告げるようになるということでした。つまり、誰の役にも立たなかった人が、その人でなければできないという働きを見いだしたのです。

しかも、悪霊は一人の人格を破壊することでゲラサの人々を怯えさせ、その地域全体を支配していましたが、イエスは反対に、この一人を悪霊の支配から解放することで、この地域全体の人を悪霊の恐怖支配から救い出そうとされたのではないでしょうか。

それにしても、悪霊の支配するこの異教の地の伝道を、イエスがこの生まれ変わったばかりの一人の人に託すというのは、何とも不思議なことです。この人は、何の学問的な知識も、弁舌能力も、見栄えもなかったことでしょう。彼が持っているのは、たったひとつのイエスとの出会いという証しだけです。悪霊たちは、豚に乗り移った後、自分たちの姿を隠しながらも、イエスがこの地を立ち去ったことを喜んでいたことでしょう。しかし、悪霊たちは、このひとりのひ弱な人の証しは押しとどめることはできませんでした。

そして、やがてイエスは、ユダヤ人の宗教指導者たちの陰謀によって、十字架にかけられ、殺されます。悪霊たちはそれを大喜びしたことでしょう。しかし、それこそ彼らの敗北の始まりでした。イエスは三日目に死人の中からよみがえられたからです。しかも、イエスはご自分の福音を、イエスの前から一度は逃げ去った臆病な弟子たちに委ねました。悪霊たちはその影響力を軽視していたことでしょう。

しかし、イエスの復活の証は、何よりも、この世で軽蔑された弱い人々を通して効果的に表されたのです。それは、臆病で無力な人たちであるからこそ、そこに働く神の力の偉大さが際立って見えるからです。

悪霊の支配は、私たちの想像を超えた形で、無力化されます。使徒パウロには、すばらしい霊的な体験の後、「高ぶることがないようにと、肉体に一つのとげを与えられました」。それを彼は、「私を打つための、サタンの使い」と呼んで、それが取り去られるようにと主に懇願しました。

しかし、そのとき主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言われました(Ⅱコリント12:9)

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