« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

2011年10月30日 (日)

エズラ7,8章 「私たちの神の御手が私たちの上にあって・・・」

                                             20111030

 今回の箇所には6回にわたって、「主(ヤハウェ)の御手」または「神の恵みの御手」の守りが様々な形で表現されています(7:6,9,28,8:18,22,31)。しかも、そこでは「主(ヤハウェ)の御手」がエズラの上にあったからこそ、ペルシャの王がエズラの働きを全面的に応援し、保護したというように記されています。神の御手による守りと、異教徒の王の保護は、まったく矛盾せずに描かれます。

その際、そこに真剣な祈りがなければ、神ご自身がペルシャ王の心を動かしているということがわからなくなります。神の守りを意識するからこそ、ゆっくりと昼寝ができるというのではなく、神の守りの力を信じているからこそ、必死に神にすがることができるのです。

イエスも異邦人のように祈りの熱心さで神を自分の期待通りに動かすような姿勢を戒めて、「あなたの父なる神は・・お願いする先にあなたがたに必要なものを知っておられる」と言いながらも、失望せずに祈ることを勧めて、「求めなさい。そすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます」と言われました(マタイ6:87:7)

1.「主(ヤハウェ)の御手が彼の上にあったので、王は彼の願いをみなかなえた」

「これらの出来事の後」(7:1)とは、紀元前516年のエルサレム神殿再建の後という意味ですが、「ペルシヤの王アルタシャスタの治世」とは紀元前464年から423年の期間で、この記事はその「第七年」(7:7)のことですから紀元前458年を指しています。つまり、神殿の完成から約60年近くが経っているのです。

その上で主人公エズラの家系図が記されます。彼はモーセの兄、祭司アロンにつながる由緒ある祭司の家系であるということが紹介されます。そして、「エズラはバビロンから上って来た者であるが、イスラエルの神、主(ヤハウェ)が賜ったモーセの律法に通じている学者であった」(7:6)と記されますが、エズラはエルサレム神殿が再建された後の神の民の信仰生活をモーセの律法にかなったものに正すために主によってバビロンからエルサレムに遣わされた律法の学者です。

興味深いのは「彼の神、主(ヤハウェ)の御手が彼の上にあったので、王は彼の願いをみなかなえた」(7:6)とあることです。4章21節によるとこの同じ王が、少し前にユダヤ人の敵たちの訴えを聞いて、エルサレム城壁の再建を中止させる命令を出していたはずなのに、ここではその王の態度が180度変わっています。

その絶望的な状況の中に「主(ヤハウェ)の御手」が差し伸べられ、その同じ王がエズラの働きを徹底的に支える側へと変わったからです。

神は異教の支配者たちの心を変えることができるというのです。私たちも異教徒の権力者と戦いの姿勢を持つ前に、主が彼らの心を変えることができるということに信頼して、謙遜と柔和の姿勢で事に臨むべきでしょう。

 「アルタシャスタ王の第七年にも、イスラエル人のある者たち、および、祭司、レビ人、歌うたい、門衛、宮に仕えるしもべたちのある者たちが、エルサレムに上って来た」(7:7)とは、紀元前538年のクロス王の第一年の勅令後の大帰還に続く、第二回目の大規模なユダヤ人の帰還が80年後の紀元前458年に起きたということを描いたものです。

そしてエズラは「第一の月の一日にバビロンを出発して、第五の月の一日にエルサレムに着いた。彼の神の恵みの御手が確かに彼の上にあった」(7:8,9)とあるように何と四ヶ月もかけてこの地に到着したというのです。彼は、主の守りを確信して大胆な行動をしたというのではなく、一瞬一瞬、主に祈りながら、慎重に行動したのでした。

そして、エズラのエルサレム帰還の目的が改めて、「エズラは、主(ヤハウェ)の律法を調べ、これを実行し、イスラエルでおきてと定めを教えようとして、心を定めていたからである」(7:10)と記されています。

それはエルサレム神殿がせっかく再建されたのに、帰還したユダヤ人たちが毎日の生活に追われ、聖書の朗読を聴く機会もほとんどないまま、神殿礼拝を中心とした信仰生活が心の伴わない儀式のようになっていたからでした(マラキ書参照)。

2.「天の神の律法の学者である祭司エズラが・・求めることは何でも、心してそれを行え」

  そして、「アルタシャスタ王が、祭司であり、学者であるエズラに与えた手紙の写し」(7:11)の内容が、12-26節まで当時の公用語であるアラム語のまま記されています。興味深いことに、ペルシャの王自身が、エズラに向かって「あなたは、あなたの手にあるあなたの神の律法に従ってユダとエルサレムを調査するよう、王とその七人の議官によって遣わされており」(7:14)と書いている点です。これはイスラエルの民がペルシャの法律や文化を守っているかを調べる代わりに、神の民が、主(ヤハウェ)の律法に従っているかどうかを調べるようにエズラに全権を与えているということです。

その上で、まず最初に、ペルシャの「王とその議官たちが、エルサレムに住まわれるイスラエルの神に進んでささげた銀と金」をエズラに預けると記しています(7:15,16)。そして神殿へのささげもののことが記された後に、「残りの銀と金の使い方については、あなたとあなたの兄弟たちがよいと思うことは何でも、あなたがたの神の御心に従って行うがよい(7:18)とあるように、基本的に、エズラとその同行者たちは、ペルシャ王の期待ではなく、「神の御心」を自由に実行することが許されていると記されます。

そればかりか、「あなたの神の宮のために必要なもので、どうしても調達しなければならないものは、王の宝物倉からそれを調達してよい」(7:20)というばかりか、現在のパレスチナの地域である大河ユーフラテスの「川向こうの宝庫係全員」に向けて、「天の神の律法の学者である祭司エズラが、あなたがたに求めることは何でも、心してそれを行え」(7:21)と言いながら驚くほど膨大なささげものの上限が記されます。

そしてそのようにイスラエルの神を敬う理由が、「天の神」のみこころに反したことを行うことによって、「御怒りが王とその子たちの国に下るといけないから」と、「主(ヤハウェ)への恐れ」が記されています。

もちろん、これはペルシャ王自身がイスラエルの神ヤハウェのみを礼拝するようになったというのではなく、ヤハウェの怒りを買うことを恐れるようになったという意味です。王は二十年前の先代の王の時代に起きたエステル記の出来事を文書で学んでいたのではないでしょうか。

 王は、エルサレムの神の宮に仕える者に課税免除の特権を与えたばかりか、エズラには「さばきつかさや裁判官を任命」する権威を与え、神の民を神の律法によってさばくようにと命じました。

王は、王命によって、イスラエルの民が、主の律法に従って生きるようにと命じるとともに、それを破る者への刑罰の権威までもゆだねたというのです。これは、エルサレムを中心としたユダの民がペルシャ王国内での自治権を確保できることを意味します。

そして、エズラはこの王の手紙を受けて、「私たちの父祖の神、主(ヤハウェ)はほむべきかな。主はエルサレムにある主(ヤハウェ)の宮に栄光を与えるために、このようなことを王の心に起こさせ、王と、その議官と、すべての王の有力な首長の好意を私に得させてくださった」(7:27、28)と、神をたたえながら、同時に私の神、主(ヤハウェ)の御手が私の上にあったので、私は奮い立って、私といっしょに上るイスラエル人のかしらたちを集めることができた」と、自分のすべての働きが、自分の力ではなく、神によってなされているということを認めています。

私たちも、自分が何かを成し遂げることができたときに、「この私の力、私の手の力が、この富を築き上げたのだ」と言わないように気をつけるように勧められるとともに、「あなたの神、主(ヤハウェ)を心に据えなさい」と命じられています(申命記8:17,18)。

残念ながら、人はしばしば、物事がうまく運んだときは自分を誇り、期待通りに行かないときには神に不満を言います。しかし、私たちはいつでもどこでも、すべての栄光を神に帰すべきなのです。

3.「私たちの神の御手は、神を尋ね求めるすべての者の上に幸いを下し」

「アルタシャスタ王の治世に、バビロンから私といっしょに上って来た一族のかしらとその系図の記載は次のとおりである」(8:1)と記されながら、2-14節に氏族名が記されていますが、このリストの大部分は2章3-15節に記された80年前の氏族名と重なります。

ただ、ここではまず、祭司のふたつの家系「ピネハス族」と「イタマル族」が記され、その上で「ダビデ族」という王家の家系を記しているのが特徴的です。これは、祭司エズラの指導の下に、地上の神の国を再建しようとする意図を明確にしたものです。

  エズラは、バビロンの「アハワに流れる川のほとり」に帰還の人々を集め、「三日間、宿営」しましたが、「レビ人をひとりも見つけることができなかった」というあり得ない事態を発見しました。これではせっかくエルサレム神殿に着いても、預けられた多額の金銀によって多くのいけにえをささげるという礼拝に支障が生じます。

それで彼は、「カシフヤ地方のかしらイドのもとに」、代表団を派遣し、そこにあった「宮」(一時的なもの?)で仕えているレビ人と彼らに仕えるしもべを募集します。その際、「神の恵みの御手が私たちの上にあったので・・・思慮深い人・・十八名を私たちのところに連れて来た・・・」(8:18)と、必要な人々が主によって導かれたことが強調されます。

そして最後に、「これらの者はみな、指名された者であった」(8:20)と記されます。現在の教会の働きにおいても、基本は一人ひとりの自主性によって必要な人員が満たされるべきですが、蓋を空けてみたら、もっとも大切な働き人が欠けているということもありえます。そのときは、ひとりひとりを指名するようにしながら、主の働き人の必要を満たすという過程が大切です。そして、それが満たされるまで、働きを始めてはならないというときがありましょう。

 なおエズラは必要な人員がそろった後ですぐに出発する代わりに、何と「断食を布告」したというのです(8:21)。その目的は、「神の前でへりくだり・・道中の無事を神に願い求めるため」(8:21)でした。彼らは驚くほど大量のささげものを携えてエルサレムに向かいますから、どこかの民族が大軍団で攻撃して財宝を奪いに来る可能性が十分にありました。

エズラはそれに備えて、「部隊と騎兵たちを王に求める」こともできましたが、そうするのを「恥じた」というのです。なぜなら彼は、かつて王に向かって、「私たちの神の御手は、神を尋ね求めるすべての者の上に幸いを下し、その力と怒りとは、神を捨てるすべての者の上に下る」と言っていたからでした(8:22)。

なおその際、「主が守ってくださるから大丈夫・・」と、何の対策も講じないのではなく、「だから、私たちはこのことのために断食して、私たちの神に願い求めた」というのです。主が守ってくださるという信仰は、何よりも、熱心な祈りとして表されています

なぜなら、「(神を)尋ね求める」というヘブル語は「慕い求める」(申命記4:29)とも訳されることばで、神を熱心に真剣に「慕い求める」という心の動きが見られるからです。これに対応するギリシャ語は「捜す」とか「求める」で、「神の国とその義とをまず第一に求めなさい」(マタイ6:33)のように用いられます。

そして、その反対に、神を捨てるすべての者の上には」、神の(さばきの)力と怒りが下ると警告されます。「神を捨てる」とは激しいことばですが、人は常に何かを信じて生きているはずで、その信仰の対象が聖書の神ではなくなる者への警告のことばです。

自由学園の創立者の羽仁もと子さんは、「どんな人でも生きている限り、知らず知らず信仰によって生きている」と言いながら、すべての母親は何らかの信念(信仰)を持っているから子育てができるし、お金儲けのために働く人も信念を持って生きている、反対に懐疑の心の方が強い人は、前に進むこともできなくなると説明しています。

つまり、誰であっても、前に向かって進んでいる人は、ある種の信仰によって生きていることは確かなのです。そして、その信仰の対象が、自分の力か、お金の力か、また組織の力や権力者の力である者は、神を捨てた者としてさばきを受けるというのです。

なお、もちろんこれは、祈りさえしたら、何の目に見える準備も必要ないという意味ではありません。この少し後のネヘミヤは、「王は将校たちと騎兵を私につけてくれた」(2:9)ということを、「神の恵みの御手が私の上にあったので・・」と、神が王の心を動かして軍事的な保護を与えてくださったとして説明されています。要は、目に見える権力者の背後に、神の御手を認めたかどうかの違いなのです。

私たちの会堂建設のプロジェクトにおいても、何よりも、主への犠牲を伴った祈りが、もっとも大切な推進力となります。会堂建設は、私たちの信仰を成長させていただける絶好の機会です。多くの経験者が、一様に、「主は私たちの祈りを期待以上に聞き届けて、不可能を可能にしてくださった・・・」と、主のみわざを賛美しています。

そしてこのエズラの四ヶ月にわたる大移動の結果が、ごく簡単に、「すると神は私たちの願いを聞き入れてくださった」と記されています(8:23)。四ヶ月の旅路の大変さを記録する代わりに、断食の祈りと、それに対する神の答えのみが簡潔に記されています。私たちは神に真剣に祈った結果として、神が私たちの願いを聞き入れてくださったということが感動として味わうことができるのです。

祈らない人は、神の恵み自体を意識することができません。それこそ、信仰の破船です。どちらにしても、祈らない信仰者ほどに、愚かな信仰生活はありません。クリスチャンであるとは、イエスの御名によってイエスの父なる神に祈ることができる特権を味わっている人を指します。

4.「神の御手が・・・敵の手、待ち伏せする者の手から、私たちを救い出してくださった」

 そして、エルサレム到着後のことが、「祭司長たちのうちから十二人」を選び出し、「王や、議官たち、つかさたち、および、そこにいたすべてのイスラエル人がささげた・・神の宮への奉納物の銀、金、器類を量って彼らに渡した」と記しながら、その途方もない価値が、「銀六百五十タラント・・金百タラント」と描かれます(8:24-26)。

一タラントは約34kgですから、銀は22トン、金は3.4トンになります。銀価格を1g=100円とすると銀だけで22億円、金価格を現在の相場1g=4,400円からすると約150億円にも相当します。その他、「一千ダリク相当の金の鉢二十」とありますが、これは約8500gの金に相当します。

これらの多くの部分は、ペルシャ王宮からのささげものだと思われます。そして、エズラはこれらを主の宮にささげるにあたって、この十二人の祭司たちに向かってあなたがたは主(ヤハウェ)の聖なるものである。この器類も聖なるものとされている。この銀と金は、あなたがたの父祖の神、主(ヤハウェ)への進んでささげるささげ物である。あなたがたは、エルサレムの主(ヤハウェ)の宮の部屋で、祭司長たち、レビ人たち、イスラエルの一族の長たちの前で量るまで、寝ずの番をして守りなさいと厳かに命じます(8:28,29)。

そして、それらはすでにエルサレム神殿で仕えていた祭司とレビ人たちに無事に渡されました。私たちの教会においても、多くの方々からの多額の会堂献金や債権を管理する人が立てられます。彼らも「主の聖なるもの」とされ、土地の売り手や建設業者に渡すまで「寝ずの番」をする心がけで、「ささげ物」を守る必要があります。

  8章31節では再び旅のことが振り返られ、私たちの神の御手が私たちの上にあって、その道中、敵の手、待ち伏せする者の手から、私たちを救い出してくださった」と記され、驚くほど多額のささげものがエルサレム神殿に無事にささげられたということが確認されます。

ここでは「神の御手」と「敵と待ち伏せる者の手のひら」との対比が強調されています。ヘブル語の「手」には「力」とか「保護」の意味が込められており、一方ここでの「敵の手」は「手のひら」とも訳されることばを用いて、あえて使い分けが行われているように思えます。

その上で、「捕囚の人々で、捕囚から帰って来た者は、イスラエルの神に全焼のいけにえをささげた」とありますが、ここでは、「イスラエル全体のために雄牛十二頭、雄羊九十六頭・・罪のためのいけにえとして雄やぎ十二頭」などと、ユダ族を中心とした民が、イスラエルの十二部族全体を覚えて「主(ヤハウェ)への全焼のいけにえ」をささげたことが強調されています。

そして、最後に、エズラが、「王の命令書を、王の太守たちと、川向こうの総督たちに渡した。この人たちは、この民と神の宮とに援助を与えた」と、イスラエルに神の民としての自治権が保障されたということが確認されます。この世の王の上には、天地万物の創造主がおられたことが改めて確認されます。

 私たちは今、会堂建設のプロジェクトに着手しています。そこでは多額のお金が動くことになります。そこで何よりも大切なのは、金額よりも、神の守りに信頼し、神の御手の守りを求めて真剣に祈ることです。祈りが不足したプロジェクトはこの世的になります。そこに様々な誘惑の手が働き、またサタンの攻撃が盛んになります。会堂建設をめぐって争いが生まれる教会だってあります。

何よりも大切なのは、「神の御手」による導きと守りを真剣に求めて、様々な犠牲を払いながら祈りに専心することです。人によっては、このようなプロジェクトが動き出したときに、「私はお金もないし、能力もないから、何もできなくて、肩身が狭い思いをする・・・」などと思うかもしれません。

しかし、どんな人でも、主の前に静まり、祈りをささげることができます。中心的な奉仕者には、様々なサタンの攻撃や誘惑があるでしょう。指導者のため、奉仕者のために、時間をささげて祈ることこそが、最高の奉仕になります。

|

2011年10月23日 (日)

詩篇139篇 「神に向かって生きる自由」

「それはあなたが、私の奥深い部分を造り、母の胎のうちで組み立てられたからです。私は感謝します。恐ろしいほどに、私は不思議に造られました。」(詩篇13913,14節)

フェイスブックで多くの友人たちが被災地での支援活動にいち早く向かっているのを見ながら、「僕も何かがしたい・・・」と焦っていました。すると横で妻が、「あなたが行っても、かえって迷惑になるわよ。あなたは、そんなタイプじゃないから・・・」と言ってくれました。

同じような葛藤を味わっている方が多いのではないでしょうか。そして、このようなときにそれぞれの気質の違いが明らかになります。今のところ、私の場合は、援助活動に関わっておられる方々を支える働きに召されているように思えます。被災地のただ中におられる友人を訪ね、支援の申し出が迷惑になることもあるという本音を聞きながら、その思いを強くしました。

私たちは、自分のことを分かっているようで肝心なことが分かっていません。ところがこの詩篇では、「主(ヤハウェ)と呼ばれる神は「私」以上に、私の行動やことばを分かっておられると告白されます(2-4)。そして、神は、私がいつ、どうして活動するのか、休んでいるのかを、すべてに精通しておられ、また、私が何を話そうとするのかさえもご存じだというのです。そこでは、自分が知られていることは「恐れ」ではなく、「安心感」の源とされています。

そればかりか、「私の人生は真っ暗だ。今まさに、人生の真夜中に向かっている」と感じられるような中でも、「あなたには、闇も暗くなる・・・光のようです」(12節)と告白しながら、慰めを受けることができます。

 そして、その関連で、「あなたが、私の奥深い部分を造り」(13節)と言われますが、これは原文で「腎臓」と記され、いけにえの動物を屠るとき、最後に出てくる器官で、体の最も奥深い、暗やみに包まれた部分です。つまり、神は、真っ暗な「母の胎のうちで」、その隠れた部分を造られた方なので、どんなときでも、私たちの人生のすべてを理解しておられというのです。

 当時は、「心」が心臓にあるように、「感情」の座は、腎臓にあると理解されていました。それで、ここは、「神は、私たちが自分でコントロールをできないような感情さえ造られた方だから、何も隠す必要はない・・」という趣旨に解釈できます。

14節は「私は感謝します。恐ろしいほどに、私は不思議に造られました」と訳すことができますが、これは不思議な感動に満ちた自己認識です。ある人は自分の生涯を振り返って、自分の醜さに唖然としましたが、このみことばに接したときに、自分をそのままで受け入れることができたと言っていました。

人はしばしば、本来の自分を否定し、「今までの自分とは違う何かになろう」として病気になってしまうことがありますが、つまずきを通して、「本当の自分になり得たとき」に、病気から回復することができるとも言われます。そして、私たちは自分のあるがままの姿をそれまでと違った目で見られたとき、「みわざがどれほど不思議かを、このたましいはよく知っています」と心から感謝できます。

レーナ・マリヤさんというスウェーデンのゴスペル歌手は、生まれつき両腕がなく片足も半分の長さしかありません。その彼女がこの詩篇139篇の英語訳をそのまま歌にし、神に向かって、「私はあなたを賛美します。なぜなら、私は恐ろしいほどに、不思議に(すばらしく)造られたからです」と繰り返し、まごころから歌っています。

私はそれを聞きながら不思議な感動に包まれ、身体が震えました。人の目から見ると彼女は重度の障害者かもしれませんが、彼女は自分を「神の最高傑作」と見ているのです。実際、彼女には生まれながら、その障害を補う好奇心や冒険心が与えられ、驚くほどに広い活躍の場が開かれてきました。彼女は右足だけで、ピアノを演奏し、作曲をし、料理も裁縫も楽しみ、車も運転します。彼女の全存在がいのちの喜びを驚くほどに伝えていますが、身体の障害は、かえってその感動を伝える媒体として豊かに用いられています。

私たちは、障害や欠点と、美しい賜物を区別して考えますが、それは切り離せない統合されたものとして神の作品なのです。

ただし、多くの場合、肉体よりも心の不自由さが問題になります。これは見え難いと共に、矯正が可能だと思われるからこそ問題が複雑になります。しかし、昔から、気質は生まれつきのもので、それは人間の最も奥深い部分の腎臓によって決まると考えられてきました。

たとえば、イエスは特に三人の弟子をご自身の働きのために豊かに用いられましたが、その気質の基本を次のように分類することもできましょう。

第一は分裂気質(内面が分りにくい性格)で、使徒ヨハネにはその傾向が見られます。彼は他の弟子の人物描写は驚くほど見事ですが、自分のことは、「イエスが愛しておられた者」と呼ぶばかりで、ほとんど語ろうとしません。このような人は、人と親密になることを恐れる傾向があり、とてつもない敏感さと、鈍感さが共存しています。しかし、距離を置きながらも、人をよく観察する目があることで交わりを保つことができます。

第二は循環気質(浮き沈みのある性格)で、使徒ペテロに見られる傾向です。非常に勢いの良いことを言っていながら、失敗して深く落ち込むことがあります。爽快と悲哀の感情の起伏が激しくても、自分の失敗などをオープンに語ることができるので、多くの友に支えられます。

第三は粘着気質(こだわりの強い性格)で、使徒パウロに見られる傾向です。回心前は迫害に熱心で、回心後は使徒の代表ペテロまでも叱責し、牢獄に入れられても多くの手紙を残しました。一見、沈着冷静でありながら、急に怒り出したり、人を追い込むところがあります。しかし、忍耐心が豊かなので、失敗をカバーできます。

つまり、それぞれの気質に、神はそれを補う絶妙なバランスをお与えになっているのです。私は自分が好きではありませんでしたが、パウロに似ているかもしれないと思えたとき、嬉しくなりました。また、分かりにくい感じの人もヨハネに似ていると思えると尊敬できるようになり、お調子者のような人もペテロに似ていると思うと、それが愛嬌に見えてきました。

これとは別に、ユングの分析をもとにすると(百万人の福音7,8月号、グランディオン・カーネイ「内なる旅路」)、私の場合は、「内向」よりも「外向」の傾向が強いので回りの人々の動きに刺激されやすいのですが、「感情」よりも「思考」が優位なので行動が遅く、「直感」よりも「知覚」によって動くので何事も慎重を期すことを第一にすることになります。しかし、それを受け入れるとき、自分らしい支援の仕方が見えてきました。

ただし、これは「私はこのようにしか生きられない・・・」という居直りを許すものではありません。時と状況によって、私たちはみな自分の枠を破って行動すべきときがあるからです。

私はかつて、「あなたは罪の自覚が足りないから、神の赦しも分らない・・・」という勧めを聞きながら、神に向かって大胆に生きる前に、いのちの力を自分で抑圧してきたように思います。しかし、健全な罪意識は、「私は神の最高傑作として創造されている!」と自覚する中から生まれるものではないでしょうか。なぜなら、罪とは、その人の欠点を指すものではなく、その人が神を愛し、人を愛する生き方を目指しているかを問うものだからです。

自分の存在を感謝できるなら、「私は自分の気質や性格を生かして、もっと、神と人とに仕える生き方をしなければならない」と示されるはずです。そのとき人は、自分を「役立たず!」などと責めることなく、与えられたすべての賜物を積極的に生かし、世界と人に向って愛をもって関わって行くことができるのではないでしょうか。

ところで、ローマ人への手紙では「罪」に関してどのように語っているでしょうか。

  律法の核心は、十戒ですが、その第十番目は、「あなたの隣人のものを、欲しがってはならない」とまとめることができます。それがここでは、「むさぼってはならない・・」です。しかし、パウロは、「罪はこの戒めによって機会を捕らえ、私のうちにあらゆるむさぼりを引き起こしました」と不思議なことを言っています(7:8)

これは、善悪の知識の木の実の場合を考えると良く分かります。神は、「園のどの木からでも思いのまま食べてよいと豊かな祝福を与えながら、「しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ」と、ひとつの例外を設けることで、かえって、神の恵みを意識させようとされました。これは、空気がなくなるということを前提にして初めて、空気のありがたさが分るようなもので、この限界設定は、神のことばに従う中での自由と喜びを教える意味がありました。しかし、そこで蛇は、「この戒めによって機会をとらえ」て女を誘惑し、女の心に、その木の実を欲しくてたまらないという「むさぼりを引き起こし」たのでした。

 

パウロは、改めて、「この良いものが、私に死をもたらしたのですか。絶対にそんなことはありません。それはむしろ罪なのです。罪は、この良いもので私に死をもたらすことによって、罪として明らかにされ、戒めによって極度に罪深いものになりました」(7:13)という論理を展開します。

それは、「神の御教え」、つまり「律法」が人間に死をもたらしたのではなく、罪が人間に死をもたらしたということを敢えて強調するためです。

私はモーセ五書、つまり、律法の解説の書のタイトルを、「主(ヤハウェ)があなたがたを恋い慕って」としました。それは申命記77節のみことばであり、律法の要約は、主がイスラエルを恋い慕って与えた愛の教えであるという意味です。

しかし、それと同時に、神はかつて弟アベルに嫉妬しているカインに向って、「罪は戸口であなたを待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである」(4:7)と言われました。

つまり、神が私たちを恋い慕っておられることが明らかになればなるほど、罪が私たちを恋い慕って、私たちを殺そうとする力が働くというのです。

よく、私たちが新しい地に教会を建てると、必ずサタンも隣に悪霊の基地を建てると言われます。光は常に闇を浮かび上がらせる力があるように、模範的な親のもとでかえって不良が育つという現実さえあるのです。

 神はあなたを恋い慕っておられます。しかし、そのとき同時に罪もあなたを恋い慕っています。そして、罪はあなたに神の恵みを見えなくし、神が与えようとしておられないものを望むようにさせます。そのとき、自己嫌悪は人を罪へと駆り立てる力になります。

それに対してパウロは、「もし私が自分でしたくないことを行なっているのであれば、それを行なっているのは、もはや私ではなく、私のうちに住み着く罪です」(7:20)と不思議なことを言います。

そこにあるのは、自分の責任を否定する思いではありません。また自分は救いがたい愚か者だという自己卑下や敗北主義でもありません。それは祈りの始まりです。自分で罪に勝つことができないからこそ、神の助けを求め、神にすがるのです。

実際、パウロはここで、「私はほんとうにみじめな人間です」と言いつつ、自分も他の人も、自分を罪の支配から解放することができないことを認めた上で、「私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します」とキリストにある救いを喜び賛美しています(7:24,25)

ところで、あるご婦人が、「私はダビデのような人が嫌いです!」ときっぱりと言っていました。しかし、彼ほど神に愛され、喜ばれている人もいません。彼こそ、「最悪の罪人で、最高の信仰者」です。私たちの救い主も、「ダビデの子」と呼ばれ、ダビデが記した詩篇を生涯、愛唱しておられました。それは私たちすべてにとっての祈りの模範であるとともに癒しと慰めの源です。

ダビデの罪の告白が詩篇51篇に記されています。この表題には彼が犯した罪の要約が記されています。彼は、忠実な家来のウリヤからその妻バテ・シェバを奪ったあげく、彼女が妊娠すると、それが夫との関係によるものであると見せる偽装工作を試みます。しかし、それが失敗すると、今度は、計略にかけてウリヤを死に至らしめ、約一年近くもの間、家来の未亡人の面倒までも看る模範的な王のふりをしていました。

ところでダビデは、罪の赦しを願った上で、不思議にも、「たしかに、私は生まれたときから咎の中にあり、母が私をみごもったときから罪の中にありました」(5)という告白をします。これは彼が自分の罪を振り返ったときに導かれた真理です。それは、自分の意思の力では同じ過ちを繰り返さざるを得ないような根深い罪の性質が自分の中に生まれながら宿っていることを認めることです。

ミケランジェロのダビデ像にあるように、ダビデは理想的な男性像のシンボルでもあります。「このスキャンダルさえなかったら、彼は勇敢で、誠実で、情に熱く、感性豊かで、謙遜な人の模範となっていたのに・・・」と思えるほどです。しかし、彼は理想的な王と見られているその時にこの卑劣な罪を犯しました。自分を神格化さえできそうなときこそ、内側に潜んでいた罪の性質に対する歯止めがなくなります。それは歴史上のすべての独裁者に共通します。

その意味では周囲の人々からあまり高潔な人物に見られないほうが良いのかもしれません。適度に欠点が見えて、人々からご注意をいただけることは幸いなことです。私のうちには様々な醜い思いがありますが、周りの人々が適度にご批判をくださるおかげで、自分の傲慢さが抑えられ、一線を越えずに済んでいるのかなとも思います。  

多くの人は自分を善人だと思いたい傾向が強くありますが、ダビデの告白は、「私の中には、自分で抑え切れない罪の性質が生まれながら宿っている。神のあわれみなしには、自分はとうてい神の前に立つことができるような者ではない・・」と謙遜に認めたものと言えましょう。

しかもダビデは、10-12節で、私たちを内側から造り変える聖霊のみわざを三つの観点から、「ゆるがない霊」、「聖い霊」「喜んで仕える霊」として描きます。これは旧約の中に隠された新約の希望の福音です。私たちも自分の過ちを後悔するばかりでなく、常に、神の霊に心を開くことが大切ではないでしょうか。

しかも、ダビデがこのように大胆に自分の罪を公開したのは、後代の人々が、自分の罪に絶望して神のあわれみに心を閉ざしてしまう事がないためです。彼は、自分の名誉よりも、罪人たちが神のもとに帰ることを願っていました(13節)。

キリスト教信仰の魅力に、揺るがない善悪の基準と高い倫理性ということがあります。しかし、それがしばしば、あまりに性急な期待に結びつき、信仰者になったら、すぐに立派な行いができるようになると誤解されてはいないでしょうか。 

私たちはアダムの罪の影響、つまり「原罪」の根深さを本当の意味で知っているでしょうか。信仰者として生きるとは、立派な行いができるということ以前に、自分の弱さや醜さを素直に認めて、神のあわれみにすがるということにあります。

ローマ8

「あなたがたは肉の中にではなく、御霊の中にいるのです」

「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません!(1節)とは、何という大胆な宣言でしょう。私たちは自分の肉の力によっては、罪の誘惑に打ち勝つことはできません。だからこそ、キリストは私たちを「ご自身のもの」として引き受けてくださいました。そのように私たちは自分を何よりも「キリスト・イエスにある者」として見る必要があります。そして、その者は、もうさばきを恐れる必要はないのです。

  82節は、「なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の律法(御教え)が、罪と死の律法(御教え)から、あなたを解放したからです」と訳すことができます。新改訳で「原理」と訳されていることばは、原文では「律法」と同じで、ここだけ別に訳すのは不自然だと思われます。この意味は、私たちが古いアダムの性質に縛られていたときに、「律法」は本来「聖なるもの」なのに、かえって「罪を引き起こし、死をもたらした(7:8-13)という意味で「罪と死の律法(2)になったということです。

714節で、律法が霊的なもの」とありましたが、それゆえ律法は神の霊によってしか全うすることができないのです。それは、申命記30:6、エレミヤ31:32,33、エゼキエル36:26,27などに、特に明確に預言されていた通りです。

そのために、神はまずご自身のほうから私たちに近づいてくださいました。それが、ご自分の御子を「罪深い肉と同じような形でお遣わしになり」(3)ということです。神は私たちの罪をさばく代わりに、罪の根元にある不安や孤独、渇きなどをともに味わう所まで降りてくださいました。

そればかりか、私たちのすべての罪を御子に負わせ、「肉において罪を処罰され」、私たちを「罪の奴隷」状態から解放してくださいました。愛は、愛によってしか生まれないからこそ、神はご自身の愛を私たちに溢れるばかりに注ぎ、私たちの内側に神と人への愛を生まれさせて下さったのです。私たちに今、求められていることは、何よりも、この神の恵みのみわざを思い起こすことです。

 

 ところで、「肉に従って歩まず、御霊に従って歩む・・・・(4-8)という教えは、「自分の肉の欲求と戦い、それを殺さなければ・・」という戒めとして読まれがちです。しかし、「御霊による思い」とは、「イエスは主です(Ⅰコリント12:3)と告白させ、私たちのうちに神のみわざへの感謝と、神への愛を起こさせるものです。

それに対し、「肉の思い」とは、心の目を自分に向けさせ、欠乏感を刺激するものです。「聖さ」への渇望感と、富や名誉や快楽への渇望感は、「空虚な自分を満たしたい」という自我の欲求という点では同じものかも知れません。

それは、自分と人の醜さに悩み、聖さを求めながら40歳で自殺した太宰治の例などをみると明らかではないでしょうか。彼は、自叙伝とも言える「人間失格」で次のようにつぶやいています。

「自分は神にさえ、おびえていました。神の愛は信ぜられず、神の罰だけを信じているのでした。信仰。それは、ただ神の咎を受けるために、うなだれて審判の台に向かうことのような気がしているのでした。地獄は信ぜられても、天国の存在は、どうしても信ぜられなかったのです」。

彼は人間イエスの孤独に深い共感を覚えたようですが、イエスを自分の神、救い主としてあがめ、イエスを恋い慕うということはできませんでした。聖書を必死に読んでいたのは確かなのですが、父なる神とイエスとの愛の交わりという三位一体の神秘、神がイエスを通して私たちを恋い慕っておられるという神の愛の不思議を知ることはできませんでした。ある意味で、自分の感情をもてあまし、自分のことで心がいっぱいになっていたためでしょう。しかし、このように自分や人の醜さに圧倒されながら自分を見て絶望する前に、神が人となってくださったという面からイエスを見上げることができていたら・・と思います。そこに、イエスを自分の救い主としてあがめる愛の告白を歌うことこそが御霊に満たされた歩みです。

なお、9-11節に「もし・・」が続きますが、日本語では「あり得ないことを仮定する」という意味があるため、「もし、あなたが御霊を受けられたとしたなら・・」と読まれることがあります。しかし、この原文は「・・であれば・・である」という事実関係を述べているだけなのです。ここは、敢えてパウロの本来の意図を明確にするなら、次ぎのように訳すことができます。

「あなたがたは肉の中にではなく、御霊の中にいます。神の御霊は、確かに、あなたがたのうちに住んでおられるからです。キリストの御霊を持たない人は、キリストのものではありません。(ローマ8:9)           

キリストは、あなたがたのうちにおられるのですから、からだは罪のゆえに死んでいても、霊が、義のゆえに生きています。今や、イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるのです。それゆえ、キリストを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられるその御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださいます。 (ローマ8:1011私訳) 

私たちは「クリスチャンになる!」などと、信仰を自分の働きかのように表現しますが、聖書は、私たちの状態を「御霊の中にいる」「神の御霊が住んでいる」「キリストの御霊を持つ」「キリストがうちにいる」と表現します。

これは、キリストに起こったのと同じことが私たちにも実現することを意味します。私たちの目に見える肉体は滅びに向かっていたとしても、私たちの内側には、すでに新しい御霊のいのちが始まっています。私たちはもう、自分に失望する必要はありません。すでに始まった新しいことに、この身を委ねさえすれば良いのです。

 私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。

「私たちは、肉に従って歩む責任を、肉に対しては負ってはいません(12)とは、自分の肉の問題を自分で解決するという責任から、私たちを解放するものです。それは一見、真面目な生き方なようで、「あなたがたは死ぬのです」(13)と宣告された道です。ハンズ・ビュルキ先生は、「地獄への道は、良い決断で舗装されている」とよく言われました。実際、何と多くの人が、やり直そうとしては失敗し、自己嫌悪に陥り、自暴自棄になり、あげくに「神は私を見捨てた!」などと勝手に思い込んで滅びに向かっていることでしょう!

それに対し、「御霊によって、からだの行ないを殺す(13)とは、自分の内側の肉的な欲求を殺すというよりは、「自分の力で生きる!」という、身体に染み込んだ発想を、御霊によって殺して行くということです。それは、具体的には、「主よ。こんな私をあわれんでください」と祈りつつ、すべての問題を神にお委ねし、神の解決を待つということです。なお、それは、自分を怠けさせることではなく、神の語りかけに心を開いて、自分の願いではなく、神が望まれることを、結果を恐れず、黙々と行なうという地道な生き方でもあります。

  それは、「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けた(15)とあるように、神のさばきを恐れながら善行に励むことではありません。「私たちは御霊によって、『アバ、父』と呼びます」とあるように、キリストの御霊を受けた私たちも、御子イエスが御父を「アバ」と呼び、御父の愛と善意に信頼して歩まれたのと同じ「愛されている子」の立場にされたのです。

また、そのことは、「私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人です」(17)と言いかえられます。これは、神が実現する「新しい天と新しい地」において、私たちが「キリストとともに王とされ」、この地を治める立場に引き上げられることを示しています。私たちの立場は、すでに保証されています。ですから、何が起ころうと心配する必要はありません。御霊の働きは、このように、私たちの目を、自分ではなく、イエスとイエスの父なる神に向け続けさせるものです。

  

自分の欠点を認識して、それを克服するという生き方は、傷口に絆創膏を張るような応急処置に過ぎません。御霊は、私たちの心を花婿であるイエスに結びつけます。「イエスは私の喜び」は、イエスへの熱烈な愛と、その交わりに生きることの幸いを歌ったもので、バッハは、これを今日の箇所に結びつけたモテットを残しました。心がイエスとの交わりに向け続けるなら、自覚しなくても、イエスが喜ばれることを行なえます。神の聖なる教えでさえ、人を生かす代わりに殺すという作用を生んだのですから、人間的な教えで自分を生かそうなどというのは土台無理な話しです。それよりは、御霊によって、イエスへの愛の歌を歌い続けましょう!

|

2011年10月16日 (日)

マルコ6章30-44節「主は羊飼いのようにその群れを飼う」

                              20111016

イエスは四十日間の断食の後、石をパンに変えるようにという悪魔の誘惑に対し、「人はパンだけで生きるのではない・・」(マタイ4:4)と言われましたが、これほど誤解されているみことばもありません。人によっては、「では、かすみを食って生きろというのか・・」とさえ言うことさえあります。

たとえば第二次大戦中、もっとも悲惨と同時に無意味な作戦だったと酷評されるインパール作戦では作戦参加の約86千人の兵士のうち32千人余りが餓死しました。かろうじて生き残った人もほとんど餓死寸前でした。家内の父が属した部隊では56名中6名しか生還できませんでした。作戦の責任を担った牟田口廉也司令官は、「本作戦は普通一般の考え方では、初めから成立しない作戦である。食料は敵によることが本旨であるから、各軍団はその覚悟で奮闘せよ」と慎重論を押さえ込みました。

指導者は、従う者にパンを与える責任がありますが、その保障もできないまま人を戦地に追いやるというのは絶対にあってはならないことです。ところが、牟田口氏は作戦終了後、責任を問われないまま陸軍予科士官学校の校長に移動されます。つまり、陸軍の指導部全体が兵士たちを食べさせる責任を軽視する体質を持っていたのです。しかも、牟田口氏は、戦後20年間も生き残り、晩年には作戦の正当性を主張し続けていたとのことです。

なお、イエスのことばは申命記8章3節からの引用で、そこでは、「主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は【主】の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせるためであった」と記されていました。つまり、人にパンを与えるのは、人間の働きである前に、主ご自身の恵みであることを思い起こさせるというのが中心テーマなのです。

今日は五千人への給食の記事を読みますが、多くの人はこれを文字通りの奇跡とは認めません。しかし、イエスが、ご自分に従ってきた人にパンを与えることができなかったとしたら、それこそイエスをかつての日本陸軍の指導者に引き下げることになってしまうということを決して忘れてはなりません。

1.イエスは・・彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみ

「さて、使徒たちは、イエスのもとに集まって来て、自分たちのしたこと、教えたことを残らずイエスに報告した」(6:30)とは、6章7-13節の記事の続きです。ここでは珍しく十二弟子のことが「使徒」と呼ばれています。イエスは彼らに「汚れた霊を追い出す権威」(6:7)を授け、近隣の村々に派遣しました。彼らはイエスの代理として実際に遣わされた後で、遣わされる者という意味の「使徒」と呼ばれるようになったのです。

そして、彼らは喜びのうちに「自分たちのしたこと、教えたこと」を「報告」します。遣わされた者は、遣わした方を喜ばせるために働くからです。

そこでイエスは彼らに、「さあ、あなたがただけで、寂しい所へ行って、しばらく休みなさい」と言われます(6:31) イエスは弟子たちに休息を与えることを大切にしておられました。そしてその理由が、「人々の出入りが多くて、ゆっくり食事する時間さえなかったからである」(6:32)と記されます。これは弟子たちの働きによって引き寄せられてきた多くの人々が集まってきたからだと思われます。

「そこで彼らは、舟に乗って、自分たちだけで寂しい所へ行った」とありますが、これはルカによれば、「ベツサイダ」という町の近くで(9:10)、ガリラヤ湖の北岸の町カペナウムから東に四キロぐらい、ヨルダン川を渡った地でした。ここでは不思議に「寂しい所」ということばが繰り返されて強調されます。それはイスラエルの民が四十年間、荒野の中を旅したことを思い起こさせる表現です。

出エジプト記16章には、荒野でイスラエルの民が「パンがない・・」とつぶやいたときに、主が起こしてくださった奇跡が、「朝になると、宿営の回りに露が一面に降りた。その一面の露が上がると、見よ、荒野の面には、地に降りた白い霜のような細かいもの、うろこのような細かいものがあった・・・イスラエルの家は、それをマナと名づけた。それはコエンドロの種のようで、白く、その味は蜜を入れたせんべいのようであった」と記されています(13,1431)

マナの語源は、イスラエル人が「これは何だろう」と互いに言い合ったときの「何だろう(マーン)」に由来すると言われます。つまり、「マナ」には神の不思議なみわざに対する感動の気持ちが込められています。

しかも、それを各自が、自分たちの食べる分だけを集めましたが、不思議にも、「多く集めた者も余ることはなく、少なく集めた者も足りないことはなかった」(18)のでした。ところが、明日のことを心配し、自分の分だけを残して置く者がいました。しかし、それは朝になると虫がわき、悪臭を放ちました。ここに、自分のためだけに富を蓄える空しさが示唆されます。

そして主は、「六日目に・・二倍のパン」を集めるように命じられ(22)七日目に休むことができるようにさせました。六日目のパンだけは、翌朝まで保存しても臭くもならず、うじもわきませんでした。

引き続き、ガリラヤ湖畔での様子が、「ところが、多くの人々が、彼らの出て行くのを見、それと気づいて、方々の町々からそこへ徒歩で駆けつけ、彼らよりも先に着いて」しまいました(6:33)。それは弟子たちの働きが人々の注目を集めた結果です。しかし、そのために弟子たちは期待した休みを得ることができなくなりました。

そして、「イエスは、舟から上がられると、多くの群衆をご覧になり」ますが、「彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみ」、ご自身もお休みになる必要があったはずなのに、「いろいろと教え始められた」というのです(6:34)。

なお、この記事は共観福音書ではすべて、ヘロデ・アンティパスが祝宴を開いている中で、ヘロデヤの娘への褒美としてバプテスマのヨハネの首をはねたという不条理とセットで記されています。当時のイスラエルの民はあまりにも身勝手な指導者の下で苦しんでいたのです。

「羊飼いのいない羊」とは、エゼキエル34章で、イスラエルの民が国を失い世界に散らされた原因を、主が「彼らは牧者がいないので、散らされ、あらゆる野の獣のえじきとなり、散らされてしまった」と説明しながら、「わたしの羊はすべての山々やすべての高い丘をさまよい、わたしの羊は地の全面に散らされた。尋ねる者もなく、捜す者もない」と嘆きつつ(5,6節)、「わたしは、彼らを牧するひとりの牧者、わたしのしもべダビデを起こす。彼は彼らを養い、彼らの牧者となる」(23節)と、救い主の現われを約束してくださったことを思い起こさせる表現です。

しかも、「深くあわれみ」とは「はらわたが震える」というような深い感情を表します。エレミヤ31章20節で、神は放蕩息子のようなエフライムを指して、「わたしのはらわたは彼のためにわななき、わたしは彼をあわれまずにいられない」と言われますが、そのような「深いあわれみ」を意味します。

2.「あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい」

それにしてもこのときの弟子たちは疲れと空腹でいらいらしていたのではないでしょうか。そのような中で、「そのうち、もう時刻もおそくなったので、弟子たちはイエスのところに来て」、「ここはへんぴな所で、もう時刻もおそくなりました。みんなを解散させてください。そして、近くの部落や村に行って何か食べる物をめいめいで買うようにさせてください」(6:35、36)と言ったと記されます。

それは極めて現実的な対応のようですが、その場所が「へんぴな所」「時刻もおそい」のであればなおさら、近隣で彼らの必要を満たすことなどできないはずで、弟子たちの言葉には「厄介払い」の気持ちがあったと言えましょう。そのように言いたい弟子たちの気持ちもわかりますが・・・。

ところがイエスは彼らに、「あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい」(6:37)と言います。それは彼らに民を最後まで世話をする責任を自覚させるための言葉です。

それに対し彼らは、「私たちが出かけて行って、二百デナリものパンを買ってあの人たちに食べさせるように、ということでしょうか」と、パンを買う金額も含めた現実的な応答をします。二百デナリとは当時の労働者の二百日分の給与に相当する途方もない金額です。

するとイエスは彼らに、「パンはどれぐらいありますか。行って見て来なさい」と言われました(6:38)。イエスは不可能と思われる命令を与えながら、同時に、彼らに今与えられているものが何であるかを調べさせます。現状を性格に把握することは非常に大切です。それに応じて、彼らは確かめて、「五つです。それと魚が二匹です」と答えます。これはヨハネ福音書6章9節によると、ペテロの兄弟アンデレが、「ここに少年が大麦のパンを五つと小さい魚を二匹持っています。しかし、こんなに大ぜいの人々ではそれが何になりましょう」と言った結果としてのことばです。ひとりの少年が自分のお弁当を差し出してくれたのです。とにかくそれがすべてだと言うのです。

この現状認識は、弟子たちにとって、イエスの命令が不可能であることのしるしと思えたことでしょう。そこには男だけで五千人もが集まっていたからです。女や子供を合わせると二万人近くになっていたかもしれません。

実は、このときこの群集は危機的状況にあったのです。弟子たちが言う「解散させ、めいめいで買う」ということも不可能ですし、また「五つのパンと二匹の魚」しかない状況の中で、ここにいる群衆の腹を満たすということもできません。しかし、群集の必要を満たさなければならないということははっきりしています。

かつてイスラエルの民が荒野の旅の中で、「ああ、肉を食べたい・・・」と泣きわめいたとき、モーセは、主に向かって激しく訴え、「私だけでは、この民全体を負うことはできません。私には重すぎます・・・どうか私を殺してください。これ以上、私を苦しみに会わせないでください」と、泣いて訴えました(民数記11:4-15)

私たちは切羽詰った状態に陥ったときになすべきことは、何よりも、主に向かって自分たちの窮状を必死に訴えることです。

たとえば、私たちは自前の教会堂が必要であるという共通認識は持ってはいましたが、ここにいる弟子たちと同じように、人間的な計算によって「それは無理です・・」とあきらめて問題を先送りしていたことがなかったでしょうか。しかし、すでに現在の会堂の家賃の支払いのために、一億円近いお金が失われているのです。

そんな現状をなお将来にわたってなお放置しても良いとは思えません。一方で私たちはこの礼拝の場から撤退することも許されません。実は、私たちはもっと現状を認識して、真剣に祈ってくるべきだったのではないでしょうか。

それにしても、イエスは弟子たちに、「あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい」と途方もない無理を命じました。しかし、イエスはそれがその場で確かに必要なことであることを認識していたから言われたのです。それは人間的には不可能なことです。しかし、それはどうしても必要なことでした。それこそ、私たちをご自身との交わりに招くイエスの愛の語りかけです。

マザー・テレサが始めた働きは今、イエスが養った以上の人々を、毎日養い続けています。彼女は何の見通しもなしに、ただ、それが必要だから、その必要が満たされるようにと真剣に祈り、目の前で、今できることをやり続けただけなのです。主の無理な命令を、真剣に受け止めましょう。

3.「人々はみな、食べて満腹した」

 ところが、「イエスは、みなを、それぞれ組にして青草の上にすわらせるよう、弟子たちにお命じになった」というのです(6:39)。これは彼らが落ち着いて神のみわざを待つことができるための大切な前提でした。しばしば、飢えた群衆はパニックに陥ると互いに互いを傷つけてしまうからです。それに従って、「人々は、百人、五十人と固まって席に着」きました(6:40)。

興味深いのは、先に「寂しい所」と言われていた地が、「青草の上」と描かれていることです。群衆が静かに弟子たちの指導に従う様子は、まさに、「主は私を緑の牧場に伏させ」てくださると詩篇23篇に描かれているとおりの状況です。羊は非常に臆病な動物ですから、危険を察知しているときには立ったままで、緑の牧場に伏すこともできません。先には少年が自分のお弁当を差し出しました。そして、ここでは人々がイエスの弟子たちを信頼して、言われるままに静かにその場に座ったのです。

先にイエスは、「彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみいろいろと教え始められた」とありましたが、ここにいる人々はイエスがご自身を「わたしは、良い牧者です」(ヨハネ10:11)と言っておられることを、実感していたのではないでしょうか。

  そして、その上で起きた不思議が、「するとイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて祝福を求め、パンを裂き、人々に配るように弟子たちに与えられた。また、二匹の魚もみなに分けられた」(6:41)と、あまりにも簡潔に記されています。どのようにパンが増えていったのかはまったく記されていません。

しかし、イエスが、「天を見上げて祝福を求め」たときに、かつて天の父が天からマナを降らせてくださったのと同じように、イエスがパンを裂いている手から次々にパンと魚を生み出させるようにしてくださったことは明らかです。

そして、その後のことも簡潔に、「人々はみな、食べて満腹した。そして、パン切れを十二のかごにいっぱい取り集め、魚の残りも取り集めた。パンを食べたのは、男が五千人であった」(6:42-44)と描かれます。弟子たちはこの経緯をつぶさに体験していました。そこには五つのパンと二匹の魚しかなかったのに、配っても、配っても、パンはなくなることなく、しかもそれは幻のパンではなく人々の腹を満たすことができました。

そして、十二人の弟子たちが残ったパン切れを集めると、それぞれのかごがいっぱいになったのでした。そこにいた群衆は、自分たちに配られたパンを見ただけでした。

しかし、パンを配り、またパン切れを集めた弟子たちは、パンが天から降る代わりにイエスの手の中から生まれたことを知っていましたそれこそ「神の国」の預言が成就したしるしでした。

「福音」とは「良い知らせ」のことですが、イザヤ40章9節以降では、救い主の現われの知らせに関して、声をあげよ。恐れるな。ユダの町々に言え」と記されながら、「見よ」ということばが三回繰り返されます。

かつてのイスラエルは天からのパンを見たとき、「これは何だろう(マーン・フー)」と驚き、このパンを「何だろう(マーン)」名づけました。私たちは神の不思議を待ち望み、それを「見る」ように召されているのです。

その第一は、見よ。あなたがたの神を」という呼びかけです。イエスは、別のところで、「わたしを見た者は、父を見たのです」と驚くべきことを言われました(ヨハネ14:8,9)。人々は今、イエスに神の栄光を見たのです。

続けて、見よ。主、ヤハウェは力をもって来られ、その御腕で統べ治める。見よ。その報いは御もとにあり、その報酬は御前にある」(10節)と告げられます。

それと同時に、「主は羊飼いのように群れを飼い」と表現されつつ、主の御腕」は、力強さとともに優しさの象徴とされ、御腕に子羊を引き寄せ、ふところに抱き、乳を飲ませている雌羊を優しく導く」(11)と描かれます。

イエスは誰よりもまず「子羊を引き寄せ」ました。だからこそ、少年が「五つのパンと二匹の魚」を差し出すことができたのです。

そして、イエスは成人の男だけでも五千人になる大きな羊の群れを、「自分たちでパンを買いなさい」と追い返すこともなく、緑の牧場に優しく伏させて、必要なパンを、小牧者である使徒たちの手を通して与えてくださったのです。

その場には、乳飲み子を抱えた母親もいたかもしれません。彼らは必死に救いを求めてイエスのもとに来ていたのに、空腹のまま帰らせたら母乳も出なくなります。イエスは、まさにこの五千人のパンの給食を通して、ご自身こそが、預言された新しいダビデ、イスラエルの真の牧者であることを示されたのです。

4.『この私の力、私の手の力が、この富を築き上げたのだ』と言わないように気をつけなさい。

イスラエルの民は荒野を四十年間さ迷い歩きましたが、主は天からのマナで日々彼らを養ってくださいました。しかし、それは二度とは起きませんでした。ところが、主は今、私たちに仕事の場を与えて給与を得させ、それを通して私たちを養っていてくださいます。そして、そこにある基本的な原則は同じです。

しかも、イエスは、無から生み出す代わりに、五つのパンから増やされました。私たちは、既に与えられているものを過小評価してはいないでしょうか。もし、このときヘロデのような人間が「五つのパンと二匹の魚」を持っていたとしたら、それは手元に隠されたまま、イエスに用いていただくことはできなかったことでしょう。

しかし、「神の国」の福音が、私たちを「おくびょうの霊」から解き放つときに、少ないものが豊かに用いられ、互いの必要が満たされることでしょう。

しかも、モーセは、主がマナを与えてくださった意味を、申命記8章16、17節において、「主は・・マナを、荒野であなたに食べさせられた。それは、あなたを苦しめ、あなたを試み、ついには、あなたをしあわせにするためであった─ あなたは心のうちで、『この私の力、私の手の力が、この富を築き上げたのだ』と言わないように気をつけなさいと分かりやすく解説しています。

日本の男性は、「この俺がお前たちを養ってやっているんだ・・」と威張ることがありますが、その身体は誰によって創造されたのでしょう。誰が太陽を昇らせ、雨を降らせているのでしょう。しかも、職場だって自分で作ってはいませんし、駅に行けば電車が運んでくれます。基本的に私たちのいのちは、今も、すべて天からのマナによって養われているのです。

しかも、そこには恐ろしい警告がセットに、「あなたの神、主(ヤハウェ)を心に据えなさい。主があなたに富を築き上げる力を与えられるのは、あなたの先祖たちに誓った契約を今日のとおりに果たされるためである。あなたが万一、あなたの神、主(ヤハウェ)を忘れ、ほかの神々に従い、これらに仕え、これらを拝むようなことがあれば、きょう、私はあなたがたに警告する。あなたがたは必ず滅びる」(同8:18、19)と記されています。

豊かさの中に罠があり、人生が一見順調と思われることの中に大きな危険が隠されています。神の恵みを忘れるなら、すべてを失うのです。ですから、神はしばしば、私たちが恵みを自覚できるように、まず、「苦しめ、試み」、その上で「しあわせにする」というプロセスを敢えてとられるのです。

 イエスによる五千人のパンの奇跡の背後にある原則は今も生きています。イエスが、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出るひとつひとつのことばによる」と申命記8章のみことばを引用して悪魔の誘惑を退けられたとき、それは決して、パンがなくても自分は生きていられると言ったわけではありません。

主のみこころに反してパンを得て生き延びることができても、最終的にはすべてを失うことになるという霊的な現実を厳しく語られたのです。いのちを得るためのパンが、いのちを失うきっかけになり得ます。それは豊かさを保障すると思われた原子力発電が、日本中を恐怖に陥れているのと同じです。

イエスはマタイ6章で、「だれもふたりの主人に仕えることはできません・・・あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません」と言われた後、「空の鳥を見なさい・・・あなたがたの天のこれを養っていてくださる・・・神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのもの(パンなどの必要)はすべて与えられます」と言われました。

イエスは、五千人のパンの奇跡をとおして、目先のパンの必要を忘れて神の国の真理を捜し求めてきた人々が、パンの必要も満たされたということを文字通り体験させてくださいました。そして、それこそ、イザヤが預言していた救い主の姿でした。

  私たちはイエス・キリストによって導かれている羊の群れです。イエスが当時の弟子たちに、「あなたがたで、あの人たちに何か食べる物をあげなさい」と、一見、無理な命令を与えながら、それを実行させてくださったように、イエスは私たちを通して、ご自身の栄光と力を現してくださいます

そして、イエスを救い主として告白し、イエスにすがりながら歩む群れは決して滅びることはありません。イエスご自身が良い羊飼いとしての誇りにかけて私たちを守ってくださるからです。いつでもどこでも、真の羊飼いであるイエスを仰ぎ見ながら生きて行きましょう。

|

2011年10月 9日 (日)

詩篇44篇22-26 「圧倒的な勝利者としての確信への道」

                                               2011109

 福島原子力発電所の事故以来、放射能漏れの影響は留まるところを知らないかのようです。みなが心を合わせて祈っているのに、神は沈黙を続けておられます。しかし、ふと、「主よ。なぜ眠っておられるのですか」という祈りを思い起こし、逆説的な慰めを受けました。それは、未曾有の悲惨の中で、神の沈黙に戸惑いながら、なお、神に信頼し続けた多くの信仰の先輩を思い起こしたからです。

レヴィナスというユダヤ人の哲学者は、第二次大戦中に多くの同胞が虐殺された悲劇を振り返りながら、「ヒトラーの民族絶滅計画―それは千五百年にわたって福音が宣布されたはずのヨーロッパに生まれた・・・」と西欧のキリスト教の無力さを批判しながらも、同時に、「ヒトラー経験は多くのユダヤ人にとって、個人としてのキリスト教徒たちとの友愛のふれあいの経験でもあった。それらのキリスト教徒たちは、ユダヤ人に対してその真心を示し、ユダヤ人のためにすべてを危険にさらしてくれたのである」と記しています。つまり、「キリスト教文化は何と無力なことか・・・」としか思えないような悲惨な現実があったとしても、それを、個人としての交わりの中に身をおいて見るときに福音の力を感じることができるというのです。身近な人の苦しみを見ながら、いっしょに心が痛むという能力は、神からの最大の贈り物ではないでしょうか。実際、多くの信仰者は、神が眠っておられるかのような悲惨の中で、イエス・キリストが自分とともに苦しみを味わっておられるという神秘を体験してきました。

福音をヨーロッパに最初に伝えた使徒パウロは恐ろしい迫害を受けました。彼は死ぬ一歩手前までの鞭打ちの刑を受けたことが五度もあり、「一昼夜、海上を漂ったことも」、「労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さに凍え、裸でいたこともありました」(Ⅱコリント11:24-27)

パウロはそのような苦しみを振り返りながら、ローマ書835,36節で次のように記しています。

「私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。『あなたのために、私たちは一日中、 死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。』と書いてあるとおりです。」

このみことばは、詩篇4422節の引用です。そこでは、以下のように記されています。

「だが、あなたのために、私たちは一日中、殺されています。私たちは、ほふられる羊とみなされています

私は、昔、遠藤周作の「沈黙」という小説に驚愕しました。そこには江戸時代初期、巧妙な迫害に耐えられなくなって自分の信仰を否認した宣教師の姿が描かれています。彼らは神の沈黙に耐えられなくなって、信仰を捨てました。しかし、そのような神の沈黙に抗議する祈りが、先の祈りの直後に、「起きてください。主よ。なぜ眠っておられるのですか。目をさましてください。いつまでも拒まないでください」(詩篇44:23)と記されています。

多くの人々は、パウロのような偉大な信仰者は、苦しみのただ中でも、「ハレルヤ!」と神を賛美し続けていたと思うでしょうが、実際は、「起きてください。主よ・・・いつまでも拒まないでください」と、泣きながら神に訴えていたのではないでしょうか。なぜなら、パウロが先に引用した詩篇のことばと、この不思議な祈りは同じ詩篇の中にセットで記されているからです。

しかし、そこには不思議な展開が見られます。パウロは先のローマ書では、自分の身を嘆いているようで、その直後に、「しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべての中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです」と告白しているからです(ローマ8:37)。これは、将来の勝利の約束ではなく、苦しみのただ中で、「すでに圧倒的な勝利者とされています!」という確信です。それは、「今、ここで」、私たちのために死んでよみがえってくださったキリストを身近に感じることができているからです。

それにしても私たちは、「沈黙」のような小説を読むと、恐怖に捉えられ、イエスに従うことを躊躇します。しかし、遠藤周作はポルトガルのイエズス会司祭クリストファン・フェレイラをモデルにしながら、信仰を捨てた後のことには「沈黙」しています。彼は沢野忠庵と改名させられ、日本人妻があてがわれて子供をもうけ、キリシタンの取り締まりに協力させられて、自分の信仰が偽りであったという書物「顕偽録」を記すことになります。彼はその後、良心の呵責に耐え切れなくなって再度信仰を告白して殉教したとも言われますが、命がけで福音を伝えに来た宣教師が、信仰者に棄教を勧める立場に変えられたという事実は残っています。遠藤が言っている、他の人を助けるために自分の信仰を捨てたというのは、美化しすぎとも思えます。

沈黙のような悲惨な例は、幸いこの時代の日本では、誰も想定する必要はありませんが、一歩譲ると、百歩譲らされる、一度退くと、一生逃げ回ることになるという現実も多々あることを忘れてはなりません。私たちはいのちをかけてでも守るべきものがあるのです。そして、そのように不退転の覚悟を持ちたいと願う人に向かって、パウロは、「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう」(ローマ8:31)と励ましています。

「天地万物の創造主、万軍の主(ヤハウェ)が、私たちの味方として、傍らにいてくださる」というのは何という恵みでしょう。ですから、私たちは、いかなる脅しにもひるむ必要がありません。私たちが、十字架にかけられたイエスを主と告白すること自体が、神の御霊の働きであり、「神が私の味方」となってくださったしるしなのですから。

もちろん私は、「自分が江戸時代に生きていたら喜んで殉教したことでしょう・・・」などとは、口が裂けても言えませんし、言ってはなりません。なぜなら、使徒ペテロは、「たとい全部の者がつまずいても、私はつまずきません」(マルコ14:29)などと豪語することによって、結果的に、神の助けを拒絶し、イエスを三度も否認したからです。

私は昔、信仰の内容を誤解していました。イエスを救い主と告白するというその自分の信仰によって救われるのだと思っていました。すると、自分のような生ぬるい信仰で、「救われるのだろうか?」と不安になってきました。しかし、聖書には、信仰を与えてくださったのは創造主ご自身であり、信仰を全うさせてくださるのも創造主ご自身であると書いてあるということがわかりました。ですから、私たちに求められているのは何よりも、「主よ。私は恐くてたまりません。私はいざとなったら何をしでかすかわかりません。どうか助けてください」と祈ることなのです。そして、私たちの持つべき信仰告白とは、「信じます!」と、とっさに叫びながらも、その直後に、「不信仰な私をお助けください・・・」と静かに付け加えるべきものなのではないでしょうか(マルコ9:24)。

ところで、「イエスを信じると、自分の大切なものを失うばかりか、いのちさえ失うことになる・・・信じたって、失うばかりだよ・・・」というのは、サタンの惑わしです。私たちの父なる神は、たとえあなたが何かを失うことがあったとしても、それはごく一時的なことで、「私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が・・・御子といっしょにすべてのものを恵んでくださる」(ローマ8:32)と保障してくださっています。

もちろん、私たちは何かを、また愛する人を「失う」ことを恐れます。しかし、信仰者は不思議に、大切なものを失うような中で、神に生かされている実感を味わうことができているという事実があります。また、イエスに従うことで、いわれのない非難を受けることもありますが、「神に選ばれた人を・・神が義と認めてくださる」(ローマ8:33)という慰めを受けることができます。なぜなら私たちの主ご自身が、「侮辱され・・つばきをかけられ・・訴えられ・・罪に定められ」(イザヤ50:6-9)たからです。その弟子が非難されるのは当然でしょう。

それにしても、私たちは自分自身でもその罪深さを納得せざるを得ないことがあります。人から非難されるに価することを確かにしてしまっていると自己嫌悪に陥ることがあります。しかし、そこにサタンの働きもあるということを決して忘れてはなりません。サタンは、「私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを神の前で訴えている者」(黙示12:10、ゼカリヤ3:1参照)と描かれているからです。そのようなとき、私たちはこのみことばから、「神に選ばれた人を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。罪に定めようとするのはだれですか・・・キリスト・イエスがとりなしていてくださるのです」(ローマ8:33,34)と言って、サタンを退けることができます。

しかもたとい、私たちが人から「罪に定められ」ても、それは十字架のイエスと同じ状態になることです。それこそ、「神に選ばれた」というしるしかもしれません。神にある苦しみは特権です。実際、私たちはそこで、「死んで下さった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが・・とりなしていてくださる」(ローマ834)という慰めを受けることができるからです。私たちは、十字架を通してこそ、復活を見ることができます。

それにしても、もし私の場合は、「患難、苦しみ、迫害、飢え、裸、危険、剣」(ローマ8:35)などと七つあげられているような、ありとあらゆる困難にあったとしたら、自分でイエスを捨ててしまうかもしれないと思います。しかし、パウロは、そのような中で、詩篇44篇の祈りを引用します。それが、「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた(36)という、主に向かっての嘆きの祈りです。

繰り返しますが、信仰とは、自分で自分の心を励ますことではなく、自分の様々な気持ちを、正直に神に訴えることです。イエスご自身の祈りの生活に関しても、「キリストは、人としてこの世におられたとき、自分を死から救うことができる方に向かって、大きな叫び声と涙とをもって祈りと願いをささげ、そして、その敬虔のゆえに聞き入れられました」(ヘブル5:7)と描かれています。もし神を遠く感じたとしても、同じように神を遠く感じた体験をお持ちのイエスご自身が私たちの内側で祈りを導いてくださっているということがわかるとき、まさに苦しみのただ中で、「圧倒的な勝利者」となっていることを体験できるのです。不安や悲しみや怒りは、私たちのたましいを窒息させる方向に働きます。そのようなときこそ神に祈ることができればよいのですが、実際には多くの場合、祈る気力すらわかなくなるのが現実です。人によっては、呼吸が浅くなり、過呼吸に陥ることさえあります。そこで何よりも大切なのは、息を吐くことです。それさえはできたら、自然に必要な酸素は体内に入ってきます。

 日本では、しばしば、「男は人前で泣いてはいけない・・・」などと言われ、強い人間は否定的な感情を抑えることができるべきだと訓練されます。しかし、強がっている人が、ふとしたきっかけで重いうつ状態になったり、ときには自分の命を絶つことさえあります。それに比して、詩篇には、「女々しい」ともいえるような祈りが満ちています。それは、神が私たちの内側に押さえ込まれている否定的な感情を受け止めてくださるというしるしです。私たちは詩篇のことばに合わせて、息を十分に吐き出すことができるのです。

 この詩篇44篇の著者は、最初に、先祖の時代には神が圧倒的な救いのみわざを示してくださったことを思い起こしながらも、今は、神ご自身が自分たちを苦しめていると訴えています。彼はそのことを、「あなたは私たちを拒み、卑しめました・・・私たちを食用の羊のようにし、国々の中に私たちを散らされました。あなたはご自分の民を安値で売り、その代価で何の得もなさいませんでした」(9-12節)と、神の不当な仕打ちを責めるかのように表現します。その上で、先の「起きてください・・・」という祈りが記され、最後は、「立ち上がって私たちをお助けください。あなたの恵みのために私たちを贖い出してください」という必死の嘆願として閉じられます。

子供は、激しく泣きじゃくった後に、見違えるほどの笑顔を見せることがありますが、私たちも神のみ前でそのような子供になることが許されています。世界の歴史を変えたと言われる大伝道者パウロも、神に自分の気持ちを赤裸々に訴えながら、同時に、「私たちは圧倒的な勝利者となっている」と告白したのではないでしょうか。

私はこの祈りに深く慰められました。あらゆる迫害に耐え続けたあのパウロも、こう祈ったと確信できたからです。そればかりか、イエスご自身が「わが神、わが神・・・」と、沈黙する神に訴えられました。ですから、神の沈黙に直面することは、キリスト者の常であるとさえ言えるのです。

ところで、イエスの叫びは詩篇22篇の祈りそのものですが、それが引用されているマタイによる福音書には不思議な展開が見られます。イエスの名は、聖書で「インマヌエル」(「神は私たちとともにおられるという意味)とも呼ばれます。しかし、「わが神、わが神・・・」という十字架上のことばは、そのお名前とは真逆の、「神は、ともにおられない」という趣旨の叫び声をあげたことを意味します。何という矛盾でしょうか・・・。

ただ、詩篇22篇では、「神に見捨てられた」と感じることと、「神は私とともにおられる」と告白することが矛盾することなく一連の流れで描かれています。イエスは、「どうして私を見捨てたのですか!」と恨みがましく叫んだわけではありません。この中心的な意味は、神から見捨てられたと感じざるを得ない状況の中で、なお、「私の神、私の神よ」と、そのお方を私自身の神であると告白し、「どうか見捨てないでください!」とあきらめずに祈り続けたということにあります。

なお、イエスの十字架の描写では、肉体的な痛みより、「虫けら」のように扱われ、軽蔑の的となり、自分が身代わりになった罪人たちからとんでもない皮肉と罵声を浴びせられたという孤独の痛みが何よりも強調されています。そしてそれこそ、この詩篇にあらかじめ描かれていた苦しみでした。多くの人にとっての最大の悩みは、人間関係から生まれます。人は自分の名誉のために命さえかけることがあります。ですから、人からあざけられ、見捨てられたと感じることは、死の苦しみそのものと言えましょう。

ところで聖書によると、イエス・キリストはこの全宇宙を父なる神とともに創造された方で、マリヤの胎を通して人となられた神の御子でした。クリスマスは本来、太陽の創造主が赤ちゃんとなった記念日です。それは、私たちと同じ弱い心と身体となって、この肉の身体に結びつくすべての弱さを、また罪を、担うためでした。何と、私たちの創造主は、詩篇22篇に記された人間の叫びをご自分の叫びとするために、敢えて人となってくださったのです。

その上で、この詩篇には不思議な転換点があります。それは21節の終わりの、「あなたは答えてくださいます」という宣言です。実は、神のみわざは、しばしば「もうだめだ!」と思った瞬間、圧倒的に迫って来るものです。信仰は理屈を超えています。

それまで3回も繰り返された、神が「遠く離れておられる」と感じられる現実は、24節にある告白、「まことに、主は悩む者の悩みをさげすむことなく、いとうことなく、御顔を隠されもしなかった。むしろ、彼が助けを呼び求めたとき、聞いてくださった」という真理を腹の底から確信するために不可欠な前提であったのです。

たとえば、私の母は、出産間もなく嬰児の私を籠に入れて水田のあぜに置き、田植をしなければなりませんでした。そんな時、私は水田の中に落ち、鼻の頭だけを出し、叫ぶこともできず死にそうになりました。ふと母は心配になり水田から上がって来ました。私を見つけるなり、叫びながら、呼吸が止まりかけ冷たくなった私を必死で抱き暖めました。幸い、私は息を吹き返しました。私が瀕死の時、母は「遠く離れて」いましたが、この出来事は、不思議に私の心の中では、母が、そして後には、神が、いつも「私とともにいる」という感動に結びついています。イエスの十字架と復活の関係も、そのように、父なる神と御子なるイエスとの永遠の愛の交わりの観点から見ることができます。イエスは、十字架上で「わたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれた三日目に、死人の中からよみがえられました。そして、イエスの復活こそ、この叫びへの父なる神からの「答え」になっています。

つまり、イエスが、全世界の罪を負い、神からのろわれた者となりながら、なおも、「私の神」と叫び続けた、その「祈りが答えられた」結果として、今、私たちもイエスの父なる神を、「私の神」と告白できるようになったというのです。これこそ福音の核心です。イエスは、既に私たちの前を歩んでいてくださいました。私たちが味わう苦しみや葛藤で、イエスが体験されなかったものはありません。ですから私たちは、いつでも、イエスに習って「私の神」と叫びながら、その後、「あなたは答えてくださいます」と告白することができます。

「もうだめだ!」というピンチに陥ることは、神の圧倒的な御業を体験するチャンスなのです。

世の多くの人は、自分のためにすら苦しむことができずに、人を振り回して生きています。しかし、御霊を受けた私たちは、「あなたのために・・死に定められている・・」(ローマ8:36)とあるように、神と人のために苦しむ力が与えられたのです。これこそ、キリストにある、アダムから決別した生き方です。そこにこそ、この世界の平和の鍵があります。私たちは、苦しみから救われたというよりは、救われた者として苦しみにあずかることができるのです。ヨセフは、不思議にも、神に愛された者として奴隷に売られてしまいました。しかし、そのような状態になった後で、神は、奴隷としての彼の働きを豊かに祝福されました。また、ヨセフは、神に愛された者として無実の罪で牢獄に入れられました。しかし、神は、その不当な牢獄生活の中での彼の働きを祝福されました。彼は、恨みにとらえられずに、神に愛された者としての生き方を全うしました。彼は、敗北しているようで、勝利者でした。

私たちは、苦しみのただ中で、「私たちを愛してくださった方によって、圧倒的な勝利者とされている(in all these things we are more than conquerors through Him who loved us)(37NIV)と告白できます。

これは、新共同訳では、「私たちは、私たちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています」と訳されているように、これは「今は敗北しているけど、そのうち勝てる・・・」というような未来への願望ではなく、すでにクリスチャンにおきている霊的な現実を指しています。

なぜなら、「死も、いのちも・・・どんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできない」(38,39)ということが明らかだからです。

  詩篇の祈りは、霊感された祈りです。その著者はダビデをはじめとする歴史上の人物ですが、その背後には真の著者としての父なる神と御子イエスキリストがおられます。イエスは、それをご自分自ら体験するために人となってくださったのです。詩篇のすべての祈りは、イエス様の祈りです。ですから、この詩篇の祈りを祈りながら、そこに自分の気持ちとの一体感を味わっているとき、私たちはイエス様との一体感を味わっているのです。イエスご自身があなたとともに祈っていてくださるのです。それゆえ、そこには復活のイエス様との一体感も生まれ、そこから圧倒的な勝利者としての確信が生まれるのです。神は私たちの嘆きを優しく受け止めてくださいます。そして神の愛は、私たちが他の人の痛みを優しく受け止めるという行動の中に現されます。

 今から百数十年前、ハンセン氏病の患者がハワイのモロカイ島という孤島に隔離されていました。ダミアン神父が単身でその島に乗り込んで以来、多くのカトリックのシスターたちが、そこで献身的な看病ようになりました。そして、その島を訪ねた米国の文豪スティーブンソンは次のような詩を書きました。

「ライの惨(いた)ましさを一目見れば、愚かな人々は神の存在を否定しよう。

しかし、これを看護するシスターの姿を見れば、愚かな人さえ、沈黙のうちに神を拝むであろう」

今、日本は第二次大戦後最大の試練の中に置かれています。しかし、その様な中で自分の命を危険に曝しながら、放射能漏れと戦っておられる方が、また、被災地において、献身的に人の痛みに寄り添っておられる方がいます。すべての人は、神のかたちに創造されました。だからこそ、私たちは互いに愛し合うことができます。逆説的になりますが、「神よ、どうして・・・」と共に嘆き合っているところに、神の愛が全うされているということがあります。神の愛は、今、東日本大震災という舞台の上で、生きた人を通して現されようとしているのではないでしょうか。ある人がユダヤ人のラビに、「アウシュビッツを経験した後で、なぜあなたは神を信じることができるのですか」と聞いたところ、ラビは長い沈黙の後、聞き取れないほど小さな声で、「アウシュビッツを経験した後で、なぜあなたは神を信じないでいられるのですか」と反対に聞いたとのことです。どちらにしても、この世には常に、痛みや悲しみが尽きることはありませんが、それを神はともに担ってくださるからです。私たちの人生に必要な知恵は、人生を襲う嵐を避けることよりも、嵐の中でも、落ち着いて、なすべき責任を果たすという勇気ではないでしょうか。それこそ信仰です。

|

2011年10月 2日 (日)

エズラ4-6章 「神の目が注がれることの幸い」

                                                2011102

 キリスト教会は、しばしば慈善事業や社会奉仕活動に熱心になりすぎることで、信仰における純粋さを失ってきたという面があります。それは働きが評価されすぎることの落とし穴です。そのような教会はしばしば、社会派と呼ばれます。

それに対する反動として、私たちのルーツの福音派が生まれましたが、この世の活動から一線を画すということを強調しすぎるあまり、しばしば、それが異教社会との対立を生み出し、独善主義に陥りました。私たちは、どのようにその両極端の落とし穴から自由になることができるのでしょうか。

その核心は、「神の目が注がれる」という点に常に立ち返ることです。常に神に立ち返りつつ、人間の働きではなく、神のみわざを期待しましょう。

1.「宮を建てることについて、あなたがたと私たちとは何の関係もない」

4章初めでは突然、「ユダとベニヤミンの敵たち」ということばが出てきます。彼らは、「捕囚から帰って来た人々が、イスラエルの神、【主】のために神殿を建てていると聞いて、ゼルバベルと一族のかしらたちのところに近づいて来て」、「私たちも、あなたがたといっしょに建てたい。私たちは、あなたがたと同様、あなたがたの神を求めているのです」と言ったと記されています。彼らは神殿建設に協力を申し出ている人であるのに、なぜ「敵」と呼ばれるのかが不思議です。

彼らは自分たちのことを、「アッシリヤの王エサル・ハドンが、私たちをここに連れて来た時以来、私たちはあなたがたの神に、いけにえをささげてきました」(4:2)と紹介しています。その経緯がⅡ列王記17章に記されています。彼らは遠い異教の地から強制移住させられてきましたが、「彼らがそこに住み始めたとき、彼らは主(ヤハウェ)を恐れなかったので、主(ヤハウェ)は彼らのうちに獅子を送られた。獅子は彼らの幾人かを殺した」ということが起き、サマリヤから捕らえ移された祭司のひとりに「どのようにして主(ヤハウェ)を礼拝することを教え」てもらいました。

ただ、その結果、彼らは混合宗教に陥り、「彼らは主(ヤハウェ)を礼拝しながら、同時に・・自分たちの神々にも仕えていたということに落ち着いてしまいました(Ⅱ列王記17:25,27,33)。

しかし、それは、「わたしはヤハウェ、あなたの神、ねたむ神と言われながら、偶像を造って拝む者には「父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼす」と警告しておられる神のお気持ちに真っ向から反する行いです。なお、一代を20年と考えると、三代、四代とは「七十年」になりますから、ユダとベニヤミンの民は、自分たちがバビロン帝国の支配下にあった70年は、まさに神のさばきの現われと思いました。彼らは当然ながら、混合宗教に陥った者たちとは一線を隠さなければならないと心から思っていたことでしょう。

そのため、「ゼルバベルとヨシュアとその他のイスラエルの一族のかしらたち」は、「私たちの神のために宮を建てることについて、あなたがたと私たちとは何の関係もない。ペルシヤの王、クロス王が私たちに命じたとおり、私たちだけで、イスラエルの神、【主】のために宮を建てるつもりだ」と答えることになりました(4:3)。

ところが、その結果として、「すると、その地の民は、建てさせまいとして、ユダの民の気力を失わせ、彼らをおどした。さらに、議官を買収して彼らに反対させ、この計画を打ちこわそうとした。このことはペルシヤの王クロスの時代からペルシヤの王ダリヨスの治世の時まで続いた」(4:4、5)という妨害活動による工事の中断という事態に陥ってしまいました。

混合宗教というあり方を肯定させたいという者と、いかなる偶像礼拝とも妥協してはならないと思う者たちとの、力と力の対決になってしまったのです。

なお、4章5節の記事は、時間的には24節の記事に飛びまず。6節から23節までは神殿が完成した後の「城壁の修復」にかかわる妨害の記事です。なぜなら神殿の完成は紀元前516年ですが、そのときの王がダリヨスで、その支配は紀元前522年から486年まで続いており、その後継者のアハシュエロスの支配は紀元前586年から464年、またその後継者のアルタシャスタの支配は、紀元前464年から423年であることは明らかだからです。

このような時間を無視したような書き方がされているのは、神殿再建後のアルタシャスタ王の時代に生きたエズラ自身がこのような約束の地に住んでいた者たちの攻撃を生身で体験したからと言えましょう。彼らが神殿建設の協力者のように振舞っていながら、実際は心の中で神の民の「敵」となっていたことはその後の彼らの態度でわかったのです。

事実、4章12節では神殿の再建ではなく現地に住んでいた者たちが、「城壁を修復し、その礎もすでに据えられている」ことをペルシャ王に訴えながら、城壁が修復されると王が領土を失う恐れがあると警告します(4:16)。

そしてその訴えの手紙を受け取ったアルタシャスタ王には、バビロンの王ネブカデネザルの時代に、ユダ王国が何度も前言を翻してバビロンをてこずらせたということを発見しました。それでアルタシャスタ王は、「町の再建」を中断させる命令を出し、その結果、既に建てられた城壁までも壊され、それがネヘミヤの嘆きにつながります。

エズラはこの城壁修復の中断を自ら体験しながら、神殿再建の際にも同じ妨害が起こって、ダリヨス王の第二年の紀元前520年まで工事が中断したという記事につなげたのです。

しばしば、聖書は、歴史的な時系列順に出来事を記すのではなく、時間を越えた原因と結果の関係を明らかに描こうとします。神殿工事の中断も城壁工事の中断も、同じ民族によって、同じ論理の中で起こっているということを著者は描こうとしています。

  神の民の敵たちは、神殿建設への協力を申し出ながら、「私たちは、あなたがたと同様、あなたがたの神を求めているのです」と言いましたが、当時のユダヤ人たちはそれを断りました。確かにイエスは、「私たちに反対しない者は、私たちの味方です」(マルコ9:9)と言われましたから、当時のユダヤ人たちは敵にする必要のない者たちを敵にしてしまったという解釈がありえます。

しかし、これは混合宗教に陥るかどうかの分かれ目だったのです。私たちが守る聖餐式は、ある意味で、せっかく思い切って礼拝に来られた求道者に疎外感を味あわせるものかもしれません。しかしそれでも、主の十字架の意味をわきまえない者をその交わりに加えることは、みことばによって堅く禁じられています(Ⅰコリント11:27-29)。この世の人々に理解されやすくすることは、福音の核心に人間的な解釈を混ぜてしまうことになりかねません

たとえば私たちの会堂建設の計画に関しても、様々な協力を、未信者を含めた外部の人々に幅広く訴える必要がありますが、外部の方々を責任者に据えることはありえません。境界線を明確にできない信仰共同体はこの世の常識に流され、信仰の基本を失ってきたという歴史を忘れてはなりません。

2.「ふたりの預言者は・・・イスラエルの神の名によって預言した」

 「さて、預言者ハガイとイドの子ゼカリヤの、ふたりの預言者は、ユダとエルサレムにいるユダヤ人に、彼らとともにおられるイスラエルの神の名によって預言した」(5:1)とありますが、これは神殿工事が礎を築いた直後から約15年間も進んでいなかったことに対して、主が二人の預言者を遣わしてユダの民を励ましたことを指しています。彼らは敵の攻撃以前に、神殿建設の意欲を失っていました。

それに対して預言者ハガイは、「この宮が廃墟になっているのに、あなたがただけが板張りの家に住むべきときであろうか」(1:4)と言いながら、主の宮よりも自分の家を優先することの愚かさを指摘しました。

また預言者ゼカリヤは気力を失いかけている指導者たちを励ましました。主はまず、大祭司ヨシュアがサタンの訴えを受けているときに、ヨシュアに向かって「見よ。わたしは、あなたの不義を除いた。あなたに礼服を着せよう」と言って、主ご自身が彼を大祭司の働きにふさわしい者として立ててくださいました(3:1-7)。

また、ゼルバベルに向かっては、主のことばを、権力によらず、能力によらず、わたしの霊によってと言いながら、ゼルバベルの手が、この宮の礎を据えた。彼の手が、それを完成する」と、彼の指導力を保障してくださいました(4:6,9)。そして、それぞれの預言は紀元前520年ごろのことと思われます。

そしてその結果が、「そこで、シェアルティエルの子ゼルバベルと、エホツァダクの子ヨシュアは立ち上がり、エルサレムにある神の宮を建て始めた。神の預言者たちも彼らといっしょにいて、彼らを助けた」(5:2)と記されます。そして、「そのとき、川向こうの総督タテナイと、シェタル・ボズナイと、その同僚とがやって来て」「だれがあなたがたに命令を下して、この宮を建て、この城壁を修復させようとしたのか」(5:3)と尋ねますが、この総督たちは中断していた神殿工事が再開されたことをただ不思議に思い、何が起こったのかを確認しようとしたのでしょう。

なお「川向こう」とはペルシャ帝国の中心地から見ての概念で、ユーフラテス川の南西の地を指し、総督タテナイはサマリヤ地方に拠点を置いていたと思われます。

なお、彼らは反対勢力に味方しているのではなく中立的な立場で、神殿工事の経緯を知らずにこの地の支配を任されるようになった者たちだと思われます。

ただ、この建物を建てている者たちの名は何というのか」と尋ねた(5:4)というのは、その指導者たちがペルシャ王に反抗しようとする者である可能性を危惧し、それならその首謀者の名を知る必要があると思ったからだと思われます。

  「しかし、ユダヤ人の長老たちの上には神の目が注がれていたので、このことがダリヨスに報告され、ついで、このことについての書状が来るまで、この者たちは彼らの働きをやめさせることができなかった」(5:5)とあるのは感動的な記述です。普通なら、ダリヨス王が神殿再建に関してどのような意向を持っているかを確認した上で初めて工事を再開すべきなのに、「ユダヤ人の長老たち」は、自分たちがペルシャ帝国に反抗する者と見なされる恐れをものともせずに工事を続けたのです。それは、彼らに「神の目が注がれていた」からです。

興味深いのは、「彼らが神を見上げていた」と書くのではなく、「神の目が彼らの上に注がれていたので」と記されている点です。それは、神ご自身が、「総督タテナイ」たちを制し、ユダヤ人に向かって「立てない」ようにしてくださったからです。

  そして、「総督タテナイと、シェタル・ボズナイと、その同僚の川向こうにいる知事たち」が、「ダリヨス王に書き送った手紙」の内容が記されます。それは、まず神殿工事が順調に進みだしている様子をペルシャ王に知らせながら、それがペルシャ王の許可に基づくものであるかを確かめる内容のものでした(5:8-10)。

その上で、ユダヤ人の長老たちがタテナイに書いてきた手紙の内容が記されます。それは、イスラエルの歴史を簡潔に描くもので、「私たちは天と地の神のしもべであり、ずっと昔から建てられていた宮を建て直しているのです。それはイスラエルの大王が建てて、完成させたものです。しかし、私たちの先祖が、天の神を怒らせたので、神は彼らをカルデヤ人であるバビロンの王ネブカデネザルの手に渡されました。そこで、彼はこの宮を破壊し、民を捕らえてバビロンに移したのです」(5:11,12)と、大王ソロモンが建てた神殿が破壊されたのは、ユダヤ人が天の神を怒らせた結果であると記されます。

その上で、「しかし、バビロンの王クロスの第一年に、クロス王はこの神の宮を再建するよう命令を下しました。クロス王はまた、ネブカデネザルがエルサレムの神殿から取って、バビロンの神殿に運んで来た神の宮の金、銀の器具を、バビロンの神殿から取り出し、自分が総督に任命したシェシュバツァルという名の者にそれを渡しました」(5:113,14)と描き、神殿の再建においては「天の神」というよりクロス自身が主導したと強調されます。

しかも、「シェシュバツァル」という名は1章8節に登場し、「ユダの君主」と描かれていましたが、彼はペルシャ王に任命されたユダヤ人を支配する「総督」です。すべてがクロスの権威のもとにあるというのです。

その後のことが、「そこで、このシェシュバツァルは来て、エルサレムの神の宮の礎を据えました。その時から今に至るまで(約17年間経過)、建て続けていますが、まだ完成していません」(5:16)と描かれます。

その上で最後に、タテナイからペルシャ王ダリヨスに対する質問が、「ですから今、王さま、もしもよろしければ、あのバビロンにある王の宝物倉を捜させて、エルサレムにあるこの神の宮を建てるためにクロス王からの命令が下されたかどうかをお調べください。そして、このことについての王のご意見を私たちにお伝えください」(5:17)と記されます。

興味深いのは、神殿再建工事の経緯が現地の支配者たちに伝わっていなかったということです。それに対して、ユダの長老たちは、自分たちをペルシャ帝国への反抗者に仕立てようとする「敵」の裏工作を恐れることなく、正面から現地の権力者に、落ち着いた手紙を書き、彼らに真相を確かめたいという思いを起こさせています。

総督タテナイが、「だれがあなたがたに命令を下したのか・・・この建物を建てている者たちの名は・・・」と質問したことに対して、ユダヤ人の指導者は、私たちは天と地の神のしもべであり・・・」と答えたのは印象的です。

彼らは、タテナイに向かっては、神殿の再建はペルシャ王クロスの主導によるということを明確に印象付けながら、同時に、この神殿の再建のために自分たちを動かしているのは「天と地の神」ご自身であるということを言っています。

つまり、彼らは、命令はクロスから出ていると言いながら、この建物を建てている者」は人間ではなく神であると言っているのです。ユダヤ人たちは神殿の礎を築いて間もなく、その気持ちが萎えて、働きを中断しましたが、今ここでは、神ご自身が自分たちの上に「目を注ぎ」この工事を進めておられるという確信を持っていました。

それは、神が預言者たちを立てて与えてくださった確信です。その結果、どのような不安材料が起きても、工事は着々と進められ、工事は順調に進みました。何よりも大切なのは、神ご自身の導きを確信して働きがなされることです。

3.「この神の宮を破壊しようとして手を出す王や民をみな、くつがえされますように」

 「それで、ダリヨス王は命令を下し、宝物を納めてあるバビロンの文書保管所を調べさせたところ、メディヤ州の城の中のアフメタで、一つの巻き物が発見され」(6:1、2)、その中には、「クロス王の第一年に・・王は命令を下した。エルサレムにある神の宮、いけにえがささげられる宮を建て、その礎を定めよ。宮の高さは六十キュビト、その幅も六十キュビト。大きな石の層は三段。木材の層は一段にする。その費用は王家から支払う・・・」(6:3,4)と記されていたというのです。

ここには神殿正面のことしか描かれないという不十分さがあるにせよ、その大きさが記されます。ソロモンの神殿は高さ30キュビト、幅20キュビト、長さ60キュビトでしたから(Ⅰ列王記6:2)、見かけ上は決して小さいとはいえないものでした。しかも、神殿建設の費用は、ペルシャの王家が支払うとまで記されていました。

 

そしてここで、ユダヤの長老にとって待ちに待った命令が、「それゆえ、今、川向こうの総督タテナイと、シェタル・ボズナイと、その同僚で川向こうにいる知事たちよ。そこから遠ざかれ。この神の宮の工事をそのままやらせておけ。ユダヤ人の総督とユダヤ人の長老たちにこの神の宮をもとの所に建てさせよ」(6:6、7)と下されます。

 そればかりか神殿工事を援助する内容が、私は・・この神の宮を建てるために・・命令を下す。王の収益としての川向こうの地のみつぎの中から、その費用をまちがいなくそれらの者たちに支払って、滞らぬようにせよ・・・天の神にささげる全焼のいけにえ・・・・エルサレムにいる祭司たちの求めに応じて、毎日怠りなく・・与えよ。こうして彼らが天の神になだめのかおりをささげ、王と王子たちの長寿を祈るようにせよ」(6:8-10)と記されます。

そればかりか、神殿工事を妨害する者たちを沈黙させる命令が、「だれであれ、この法令を犯す者があれば・・・その者をその上にはりつけにしなければならない・・その家はごみの山としなければならない。エルサレムに御名を住まわせられた神は、この命令をあえて犯しエルサレムにあるこの神の宮を破壊しようとして手を出す王や民をみな、くつがえされますように」(6:11、12)という内容で下されます。

ユダヤ人たちは敵の妨害に気力をくじかれ、神殿工事を中断してしまいましたが、彼らが新しいペルシャ王の意向がどうなるかもわからないまま工事を再開したとき、ペルシャ王自身が、ユダヤ人の敵を沈黙させる命令を発するという結果が生まれたのです。

 そして、神殿工事完成の様子が、「このように、ダリヨス王が書き送ったので、川向こうの総督タテナイ・・・は、これをまちがいなく行った。ユダヤ人の長老たちは、預言者ハガイとイドの子ゼカリヤの預言によって、これを建てて成功した。彼らはイスラエルの神の命令により、また、クロスと、ダリヨスと、ペルシヤの王アルタシャスタの命令によって、これを建て終えた。こうして、この宮はダリヨス王の治世の第六年、アダルの月の三日に完成した」(6:13-15)と記されます。これは神殿の礎が築かれてから20年後、神殿工事の再開から四年後のことでした。

 そして、神殿完成後の最初の礼拝の様子が、「そこで・・捕囚から帰って来た人々は、この神の宮の奉献式を喜んで祝った。彼らはこの神の宮の奉献式のために、牛百頭、雄羊二百頭、子羊四百頭をささげた。また、イスラエルの部族の数にしたがって、イスラエル人全体の罪のためのいけにえとして、雄やぎ十二頭もささげた」(6:16、17)と記されます。

ここにはユダとベニヤミンの二部族だけしかいなかったのに、彼らは十二部族分のいけにえをささげました。それはイザヤ、エレミヤ、エゼキエルなどの預言書に、神が十二部族を回復させてくださるという約束が繰り返し記されていたからだと思われます。礼拝は、神のみわざの完成を先取りする行為だからです。

  その上で、捕囚からの帰還後の最初の過ぎ越しの祭りの様子が、「祭司とレビ人たちは、ひとり残らず身をきよめて、みなきよくなっていたので、彼らは捕囚から帰って来たすべての人々のため・・過越のいけにえをほふった。捕囚から戻って来たイスラエル人と、イスラエルの神、【主】を求めて、この国の異邦人の汚れから縁を絶って彼らに加わったすべての者たちとは、これを食べた」(6:19-21)と描かれます。

過ぎ越しの祭りは出エジプトを記念するものですが、ここでは出バビロンという二回目の贖いのみわざを記念しています。しかもそこにはイスラエルの神をだけを信じるようになった異邦人も含まれていました。4章初めの敵対者は混合宗教の信奉者たちで、彼らは礼拝から排除されましたが、偶像礼拝者から縁を断った異邦人は過ぎ越しの祭りに加えられていたのです。

なお最後に、「そして、彼らは七日間、種を入れないパンの祭りを喜んで守った。これは、【主】が彼らを喜ばせ、また、アッシリヤの王の心を彼らに向かわせて、イスラエルの神である神の宮の工事にあたって、彼らを力づけるようにされたから」(6:22)と記されますが、ここは「アッシリヤの王」の代わりに「ペルシャの王」と記されるべきかもしれませんが、これはアッシリヤ以来の異教徒の支配を思い起こしての記述だと思われます。

イスラエルの民を苦しめた異教徒の国が、イスラエルを保護し、神殿工事を支援する者と変えられたということは驚くべきことです。

 4章は神殿建設の妨害活動の記述から始まりましたが、6章は、異教徒の王がエルサレム神殿の再建を妨害する者に厳しい警告を発して、神殿建設が完成に導かれる様子が描かれます。

その背後には、「イスラエルの神の命令」(6:14)がありました。また過ぎ越しの祭りには異邦人の汚れから縁を断った外国人も加えられました。神は異邦人をも支配しておられます。しかし、同時に、私たちは信仰共同体の境界線を明確にする必要があります。

 私たちが何かに取り組もうとするとき、しばしば、何らかの妨害活動が派生し、またこの世の権威との軋轢が生まれます。しかし、「神の目が注がれて」いるならば、どんな妨害も不確定要素も私たちの行く手を阻むことはできません。そこで何よりも大切なのは、自分たちが取り組んでいる働きが、神から出ているかどうかの確信を求めることです。それは神との日々の交わりの中から生まれるものです。

箴言には、「人は自分の行ないがことごとく純粋だと思う。しかし主は人のたましいの値うちをはかられる」(16:2)とありますが、人は誰も、自分が正しい道を歩んでいると思い込んでいるものだが、主は心の奥底にある動機を見ておられるという意味です。私たちは自分の心の動機を常に問い直す必要があります。

そしてその直後に、「あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆるがない」(16:3)と記されます。「ゆだねる」の基本的な意味は「ころがす」で、「働き」を自分の手から主の手に明け渡すことを意味します。具体的に言うと、たとえば、何かの働きに着手するときに、「主よ、この働きの責任を担ってください。私はあなたの手足として動きますから・・・」と祈ることではないでしょうか。

|

« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »