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2011年12月25日 (日)

ヨハネ1:1-18「ことばが人となられたのは、なぜか」

                                            20111225

 日本では天皇誕生日が祝日でも、キリストの誕生日は通常の日です。それにしても日本で誕生日の祝いがされるようになったのは明治以降であることは明らかです。イスラム教国のサウジアラビアなどではパスポートにさえ誕生日を書くことは義務化されていません。というより自分の誕生日を知らない人も多いようです。福音が広まったことと誕生日を祝うようになったことは関連があるように思います。その人が何の働きもしていないうちから、「あなたがいてくれるだけで嬉しい」と祝い合うことだからです。

 

ところでクリスマスは、確かにイエスの誕生日のお祝いですが、これは全宇宙の創造主が、自分で歩くことも話すこともできない赤ちゃんになったことを覚える日です。この世では、それぞれが競い合って生きていますが、何でもできる方が何もできない赤ちゃんになったということを祝うということは奇想天外です。

 

つまり、クリスマスには、私たちの常識を逆転させるメッセージが込められているのです。使徒ヨハネは、クリスマスを、「神が人となられた」ことを記念する日として描いています。

 

 

 

1.「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた」

 

 この福音書は、人となる前のイエス・キリストが「ことば」として表現され、「ことばは神であった」と大胆な宣言がなされています。それは、三つの観点から説明されています。

 

第一に、キリストは世界が始まる前から神とともにおられたということです。世界は神の愛の交わりから始まり、全被造物を含む愛の交わりで完成するのです。

 

第二は、「すべてのものは、この方によって造られた」ことです。キリストは人である前に、万物の創造主であられます。

 

第三は、「この方にいのちがあった・・このいのちは・・すべての人を照らしているまことの光(4,9)だったことです。「照らす」とは、英語でenlighten(啓蒙する)と訳すのが最も原意を表せることばです。つまり、主は、歴史の始まりから人の心を照らしておられ、また、どんなに闇に満ちた心をも造り変えることができる方なのです。

 

 

 

  そして、「この方」が世に来られることが三段階で描かれます。第一は、「光はやみの中に輝いている」(5)です。それゆえ、主を知らない人でも、暗やみの中にも希望の光を見出すことが可能になります。

 

第二は、「まことの光が世に来ようとしている」(9)です。神は預言者を通してご自身の計画を語り続けて来られましたが、今このときには、光の創造主ご自身が、暗い世界のただ中に降りてこられたというのです。

 

第三が「ことばは人となって私たちの間に住まわれた(14)で、これこそ想像を絶する奇跡です。たとえば1秒間に地球を7回半回る光の速度で銀河系の端から端まで8万5千年かかりますが、宇宙にはそのような銀河が無数にあり、今分かっている限界までは光の速度で数億年かかります。太陽一つが地球に近づくだけですべてがたちまちに燃え去るのに、誰が全銀河系の創造主を生きたまま見ることができるでしょう。その創造主が「人となった」というのです。「人」は原文で「」とも訳されることばです。それはあらゆる弱さを抱えた、朽ちて行く身体です。それは、ご自身の栄光を肉体の中に隠すためであり、人が神の本質を知ることができるためです。

 

 

 

なお、「私たちの間に住まわれた(14)で、「住む」とは、「幕屋を張る」という原語が用いられています。主が、シナイ山に降りて来られた時、「その煙は、かまどの煙のように立ち上り、全山が激しく震え(出エジ19:18)た程でした。

 

その神が、「わたしはイスラエル人の間に住み、彼らの神となろう(出エジ29:45)と言われ、モーセを通して「十のことば」を刻んだ石の板と幕屋の設計図を与えました。

 

幕屋が完成した時、「主の栄光が幕屋に満ちた」(40:34)のでした。そして彼らは、ダビデ、ソロモンの時の栄華を味わいました。

 

しかし、彼らが、主に背き続けた結果、次々と外国の支配を受けることになりました。それは、神の栄光が彼らを去ったからです。

 

ですから、イスラエルにとっての救いは「シオンの娘よ。喜び歌え。楽しめ。見よ。わたしは来てあなたがたのただ中に住む(ゼカリヤ2:10)と表現されていました。今、すべてを焼き尽くす力を持つ栄光の神は、幕屋ではなく、キリストによって彼らのただ中に住み、真の自由と平和を実現してくださるのです。これこそ、救いの本質です。

 

 

 

多くの世の人々は、マリヤが処女のままイエスを産んだという処女降誕をあり得ないことと否定します。しかし、それよりも、全宇宙の創造主が私たちと同じ人間になられたということ自体が何よりの不思議なのです。

 

神学的には、イエスの誕生は、「受肉」と呼ばれます。これは、神のことばが肉体を受けられたという意味です。三世紀から四世紀にかけ、キリストが神であることを否定する誤った教えが広がりました。

 

 

 

それに対して、正統的な信仰を守るために戦ったのがアタナシウスです。彼の名は、一般の高校の教科書にも出てくるほど有名です。彼は、「ことばの受肉」という日本語訳で80ページぐらいの文書を記しています。

 

その中で彼は、「ことばが人となられたのは、われわれを神とするためである」という有名な命題を記します。それは私たちが「世にある欲のもたらす滅びを免れ、神のご性質にあずかる者となる」(Ⅱペテロ1:4)という意味です。

 

 

 

人類の父アダムは、欲に負けて善悪の知識の木の実を取って食べ、滅びる者となりました。その後、「欲によって滅びる」という原理がすべての人を支配しています。事実、神が創造された美しい世界は、人間の欲望によって、救いがたいほどに腐敗してしまいました。

 

その原因は、神のかたちに創造された人間が、神から離れて生きるようになったためですが、人間の腐敗は、「教え」や「悔い改め」では癒しがたいほどに進んでしまいました

 

 

 

それに心を痛められた神は、ご自身の御子をこの世界に遣わしてくださいました。御子は私たちの創造主であられますが、ご自身でこの腐敗してゆく肉体を持つ身体となることによって、腐敗する身体を不滅の身体へと変えようとしてくださいました。

 

すべてのいのちの源である方が、死と腐敗の力を滅ぼすために、敢えて、朽ちて行く身体を持つ人間となられたばかりか、最も惨めな十字架の死を自ら選ばれたのです。

 

 

 

そのことを聖書は、「子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じようにこれらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした(ヘブル2:14,15)と記しています。

 

 

 

そのことの意味は、キリストの弟子たちに起こった変化によって知ることができます。ローマ帝国は、紀元三百年頃まで、クリスチャンを絶滅しようと必死でした。彼らは皇帝を神として拝む代わりにイエス・キリストを神としてあがめていたからです。

 

ところが殉教者の血が流されるたびに、クリスチャンの数が爆発的に増えてしまったのです。それは、クリスチャンたちの、死の脅しに屈しない姿が、人々に感動を与えたからでした。そこには、真のいのちの輝きが見られました。そして最後の大迫害の後まもなく、ローマ帝国はイエスの前にひざまずきました。

 

 

 

現在の日本に、幸いそのような大迫害はありません。ただたとえば、重度の癌の苦しみに会う人は数多くいます。しかし、イエス・キリストを信じる人は、その死の苦しみの中で不思議なほどの平安に満たされ、いのちを輝かしているのを見ることができます。それはキリストのいのちが、死の力に打ち勝っているしるしと言えましょう。

 

 

 

イエス・キリストの最初の住まい貧しく汚い飼い葉おけでした。そして、主は今、ご自身の霊によって、貧しく汚れた私たちの身体に住んでくださいます。その恵みの大きさは人生が順調なうちは分からないことが多いかもしれません。

 

しかし、人生には必ず、試練のときがやってきます。そのとき、私たちのうちに住んでおられる創造主ご自身のいのちが、まわりの人にも明らかになるほど輝きを放つことでしょう。

 

 

 

2. 「ひとり子としての栄光・・この方は恵みとまことに満ちておられた」

 

 「私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である」(14)と描かれていますが、「ひとり子」とは「ただひとり生まれた方」という意味の御父との一体性を表わし、その「栄光」とは、「雲の柱、火の柱」という驚異ではなく、「恵みとまこと」という神のご性質でした。

 

かつて、モーセがかたくなな民を先導することを恐れ、「どうか、あなたの栄光を私に見せてください(出エジ33:18)と願った時、神はモーセを「岩の裂け目に入れ、わたしが通り過ぎるまで、この手であなたをおおっておこう(33:22)と言われ、通り過ぎる時「主は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富み・・」(34:6)と宣言されました。

 

イエスが「恵みとまことに満ちておられた」とは、彼こそが、神の真の栄光を見せてくださったという意味です。

 

 

 

「恵み」はヘブル語の「ヘセド」に由来し、しばしば、「変わらない(揺るがない)」とも訳されます。これは、相手の不真実にも関わらずご自分の約束を守り通すという「契約の愛」です。

 

まこと」は、ヘブル語の「エメット」で、「アーメン」と同じ語源です。これは、偽りのない、真実な、頼る者を決して裏切らないという意味です。実際、キリストによって表わされた「栄光」は、ひとり子のいのちを犠牲にしてまでご自分の民を愛し抜く姿です。それは、放蕩に身を落した自分の子供を立ち直らせようと、いのちさえ投げ出す覚悟を持つ父親の姿です。

 

 

 

バプテスマのヨハネは、この方を「私より先におられた方(15節)と表現しました。人の目には、ヨハネの方が年上なのに、「この方」の方が先に存在していたというのです。ヨハネは最初の段階から、イエスを、「神が人となられた」方として見ていたというのです。

 

16節の、「私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けた」とは、やみに満ち、滅びに向かっていた私たちのうちに、キリストの一方的な恵みが無尽蔵に注がれ、心の奥底から造り変えられる様子を表わしています。

 

ただ、その際、「この方を受け入れる・・その名を信じる(1:12)という私たちの側の応答が必要です。神は人格の主体性を尊重され、心をこじあけたりはしません。しかし、主は「わたしを信じる者は・・その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる」(7:38)と、ご自身の無尽蔵の恵みを受け入れる者が、さらに無尽蔵の恵みを注ぎ出すと約束されました。

 

 

 

17節では、「律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである」と、イエスという名がここで初めて出てきます。それはイエスがモーセよりも偉大な方であることと、律法の限界を示すためでした。

 

モーセは神のことばを取り次いだ者でしたが、やがて「ことば」だけが一人歩きして、民を生かす代わりに苦しめるものとさえなりました。イエスは「人()」となったことで、ご自身の身をもって優しく「神を説き明かす」ことができました。その中心こそ、律法の本来の目的であった、神の「恵みとまこと」でした。

 

 

 

3.「ひとり子の神が、神を説き明かされた」

 

「いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされた」(18)という表現には、人となる前のイエスが、なぜ、「ことば」として描かれたかの意味が込められています。

 

神のことばが神の本来の意図とは異なった意味で理解されるようになっていることを正すために、神のことばご自身が人となって目に見える形で神のみこころを示してくださったのです。

 

 

 

神はモーセを通して律法を与えた時、イスラエルの民を偶像礼拝の民の悪い習慣から聖別するため「聖なるものと俗なるもの、また汚れたものときよいものを区別する(レビ10:10)ことを教えましたが、イエスの時代には、この律法が自分たちの枠からはみ出た者を排除する規定に用いられてしまいました。

 

 

 

そして、この福音書では、はみ出し者とイエスとの出会いに焦点が当てられています。それはたとえば、人目を恐れ、夜陰にまぎれてイエスの教えを乞いに来た律法の教師ニコデモ、昔五人の夫を持ち、今は夫ではない者と同棲しているサマリヤの女、迷信的な言い伝えに騙されて38年間を無駄にしたベテスダの池の病人、姦淫の現場で捕えられたという女、罪の結果盲目に生まれついたと見られていたひとりの盲人、死んで四日もたったラザロ、三百デナリの香油を一度に使い切ったベタニアのマリヤ、そして、最後に、イエスの墓の前でたたずんで泣いていたマグダラのマリヤなどとの出会いです。イエスはひとりひとりに、どれだけ誠実に対応していたことでしょう。主には、目の前の一人が常に大切でした。

 

 

 

一方、ユダヤ人の指導者の不真実は、大祭司カヤパの「ひとりの人が民の代わりに死んで、国民全体が滅びないほうが、あなたがたにとって得策である(ヨハネ11:50)ということばに現わされています。真実よりも損得のほうが大切だと言い切ったのです。それによってイエスの十字架刑は、裁判の前に確定しました。

 

しかも、それは確かに、全国民のための身代わりの犠牲でした。そして意外なことに、神の栄光は、罪人を救うためにご自身を捨てることができることに現わされていたのです。それは、私たちが自分の身を守ることに汲々としていることと対称的です。

 

主は、敢えて安息日を選んで38年間も病のうちにある病人を、また生まれつきの盲人を癒されました。そして、イエスの最初の奇跡は、水をぶどう酒に変えることでした。それらはすべて当時の律法解釈への挑戦であり、敢えて憎しみを買うための歩みのようでした。

 

 

 

ことば」は人となることで、真の神のみこころを明らかにしてくださいました。アタナシウスは、キリストがローマ帝国にもたらした変化を、「十字架のしるしによってあらゆる魔術は終わりを迎え、あらゆる魔法も無力にされ、あらゆる偶像礼拝も荒廃させられ、放棄され、非理性的な快楽は終わりを迎え、すべての人は地上から天を見上げている」と証しています。

 

キリストのすばらしさが明らかになるにつれ、人は、自然に、偶像礼拝や魔術に見向きもしなくなって行ったのです。

 

そればかりか偶像礼拝では、「戦いの神」や「快楽の神」が人々を戦いや無軌道な性の快楽に向かわせましたが、当時の人々は、「キリストの教えに帰依するや否や、不思議なことに、心を刺し貫かれたかのように残虐行為を捨て・・・平和と友愛への思い」を持つようになり、また、「貞節とたましいの徳とによって悪魔に打ち勝つ」というように、生き方の変化が見られたというのです。

 

 

 

イエスは世界の価値観を変えました。イエス以外の誰が、社会的弱者や障害者に人間としての尊厳を回復させ、また、結婚の尊さや純潔の尊さを説いたことでしょう。イエスの教えがなければ天皇家が子孫断絶の危険まで冒して一夫一婦制を採用することはなかったことでしょう。主の教えなしには、近代医療の原則や福祉制度は生まれませんでした。

 

現代の日本は、当時のローマ帝国などに比べ、倫理的な価値観からすれば、驚くほどにキリスト教化されています。現代社会で、ローマ帝国時代ほどにクリスチャンの生き方が目立つことがないのは、皮肉にも、イエスの価値観を多くの人がすでに知るようになり、それが常識となったためとさえ言えましょう。

 

 

 

不思議にも今、キリスト教会やクリスチャンの悪口を言う人はいくらでもいますが、イエスご自身のことを悪く言う人はほとんどいません。みな一様に、「イエスは立派だけど、教会は駄目だ・・」と言ってくれます。居直ってはいけないことは重々わかりますが、それはキリストの教えが広まった証しとさえ言うことができるのではないでしょうか。

 

クリスチャンは、自分が馬鹿にされても、キリストの御名があがめられることを、いつでもどこでも考えながら生きるべきなのですから、これは喜ぶべきことかもしれません。その意味で、キリストのご支配は確かに、全世界に広がっています。それは神がこの混乱に満ちた世界の歴史を確かに導いておられることのしるしです。

 

 

 

私たちは、自分の生き方が変わらないことに絶望することがあるかもしれません。しかし、心配する必要はありません。私たちのうちに住んでおられるキリストの霊は、聖霊と呼ばれるように、私たちを神の聖さにあずからせてくださる方です。

 

汚い飼い葉おけに生まれたイエスは、あなたをご自身に似た者に必ず造り変えると約束しておられるからです。イエスの御名があがめられるところでは、自然に、偶像礼拝や不道徳は力をなくして行きます。不条理や不正と戦うのではなく、キリストが世界に知られるようになることこそが大切なのです。

 

 

 

4.「キリストは・・・のろわれた者となって、私たちを律法ののろいから贖い出し」

 

最後にアタナシスは、ことばが人となられたのは、私たちにふりかかるすべての「のろい」をご自身で引き受け、担うためであったと強調します。「のろい」とは不気味ですが、働いても生活が楽にならないばかりか、ある日突然、職場を追い出されてしまうという社会の構造は、確かに、「のろい」のもとにあると言えましょう。

 

そして、その始まりは、アダムが善悪の知識の木から取って食べた時、神が彼に「土地はあなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない」(創世記3:17)と言われたことにあります。

 

 

 

イエスの十字架の意味を聖書は、「キリストは、私たちのために、のろわれた者となって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました(ガラテヤ3:13)と語っています。律法の最後には、「主(ヤハウェ)の御声に聞き従わ・・ないなら・・あなたはのろわれる」(申命記28:15)と厳しい警告が記されていました。イスラエルが滅びたのはそのためでした。しかし、キリスト・イエスは私たちの創造主、イスラエルの王として、律法に背いた結果としての「のろい」をご自身で引き受けてくださったのです。

 

アタナシウスは、「主の死は、すべての者のための身代金であり、この死によって『隔ての壁』が取り壊され、異邦人の招きが実現し、イエスは一方の手で旧約の民を、もう一方の手で異邦人からなる民を引き寄せ・・われわれのために天への道を開いてくださった」と語っています。

 

「隔ての壁」とは、神と私たちを隔てる壁、人と人とを隔てる壁の両方です。韓国歴史ドラマなどでも明らかなように、昔は奴隷に生まれついたら一生奴隷です。どんなに能力があってもその状態から自由になることはできません。ただ、王の特別な命令と、その人自身が万人を納得させるような功績を見せたときだけ、例外的に、奴隷が自由人となることができました。

 

生まれながらの人間は罪の奴隷であったと聖書は記していますが、キリストの贖いとは、その奴隷状態にあった者を、十字架の血潮という代価によって解放してくださるという意味でした。

 

 

 

イエスは十字架でご自身の手を広げながら、私たちをご自身の中に招いておられます。ただ、それは不思議にも、私たちすべてをまずご自身の死とのろいの中に招きいれることから始まります。そのしるしがバプテスマ(洗礼)で、「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られましたと言われます。

 

ところがそれによって、死んでしまった者は、罪から解放されているという死と罪の支配からの解放がもたらされました(ローマ6:4,7)。将来の肉体の死は、私たちの霊的ないのちを損なうことはできません。

 

 

 

今、私たちはキリストとともに死んだことによって、キリストとともによみがえる者とされています。バプテスマは、キリストのいのちをその身に着ることの象徴です。私たちはすでに、「死からいのちへ」「のろいから祝福へ」と移しかえられているのです。

 

サタンは私たちの罪や汚れを指摘しながら、「お前のような者が神の祝福のもとに入れられたなどというのは嘘だ。実際、お前はずっと昔の失敗を引きずって生きているだろうが・・・」などとささやきながら、キリストによる救いの現実を否定しようとします。

 

サタンは今も、私たちがのろいを受け、天への道が閉じられているように見せ、「どんなに頑張っても、頭の上には暗雲がただよっている・・・」と思わせようとしています。

 

 

 

しかし、イエスは十字架に上り、空中で死ぬことによって、天への上昇路を開いてくださいました。十字架を見上げるとき、私たちは、すべての労苦が無駄になる「のろい」の下にはないことを知ることができます。

 

それを聖書は、「ですから、愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあって無駄でないことを知っているのですから」(Ⅰコリント15:58)と記しています。

 

 

 

ことばが人となられた」のは、私たちが神の愛とあわれみを知ることができるようになるためでした。そして、「ことばの受肉」を信じる者は、腐敗から不滅へ、のろいから祝福へ、死からいのちへと移されるのです。二千年前に、私たちの創造主が、滅び行く人間となってくださいました。

 

それは、「私たちがみな、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられてゆく(Ⅱコリント3:18)ための第一歩でした。「太陽の創造主がひ弱な赤ちゃんとなって飼い葉おけの中に眠る」というのは、想像を超えた神秘です。そのことを知らせたのは、天からの御使いであり、また天の星であり、またユダヤ人の常識の外にいる東方の博士たちでした。

 

私たちは、自分の知恵ではなく、天からの導きによって、貧しい飼い葉おけに眠る方を、「私たちの王」として拝むことができるのです。

 

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2011年12月24日 (土)

イザヤ11:1-10 「神の平和を完成する救い主」

20111224日 クリスマス・イヴ礼拝

  信仰に導かれた二十歳過ぎのとき、僕にとっては、「いつも主にあって喜びなさい」(ピリピ4:4)というみことばがとっても新鮮でした。でも信仰生活が長くなるうちに、それが偽善のように思えてきました。

このみことばをいくら思い起こしても、自分のぼやき癖がどうしても直らなかったからです。しかも、世界の悲惨を見て、喜んでいてはならないとも思えたからです。

今年のように大津波によって驚くほど多くの方々が一瞬のうちに命を失い、家族も家も仕事も失ってしまった現実を見ながら、また、原発事故によって多くの方々が帰る家を失ったそのような現実を見る時に、私たちは「うめき、嘆く」ことしかできません。この季節は喪中のお便りが多くなりますが、今年は、声高に、「クリスマスおめでとう!」などと言ってはならないという気持ちになる方も多いことでしょう。

 

  米国のある牧師は結婚カウンセラーでありながら、彼の結婚は子供が6歳になったときに奥さんに去られるという形で破綻しました。それ以来、鬱病と不安に苦しんで来られたとのことですが、その方が、再び鬱のモードに入りつつあると言われながら、本当に心から次のように言われました。

「痛みについて私が学ばされたことをお分かちしましょう。痛みと歓びは共存できるのです。痛みがなくならないと、喜べない、と思う必要はありません。痛みのただなかに主は来られたのですから。Immanuel(主は私たちと共におられる。Rejoice(喜びましょう)」。

 

ヘンデル作曲のオラトリオ「メサイヤ」は、そのハレルヤコーラスはあまり有名ですが、それは黙示録19:6,11:15,19:16にある天の賛美を描いたものです。

私たちはそれを、復活の後、天国で初めて聞く賛美かのように誤解することがありますが、これは使徒ヨハネが迫害のまさにただ中で、天の門が開かれ、聞かせていただいた賛美をイメージしたものです(4:1)

つまり、私たちの世界は混乱に満ちているようでも、イエスの復活以降、天では今既にハレルヤコーラスが響き渡っているのです。私たちは、天での賛美を、この悲しみに満ちた地において霊の耳で聞きながら、今ここで、主にあって喜ぶことができます。また私たちはやがて実現する全地の平和を先取りして、この地で余裕をもって生きることができます。何が起ころうと、それはサタンの最後の悪あがきに過ぎないのですから。

 

 

  預言者イザヤの時代、イスラエルは二つの国に分かれて争っていました。そして、今まさに北王国イスラエルはアッシリアによって滅ぼされようとし、南王国ユダに対しても来るべき裁きが宣告されていました。そのような中で、イザヤは、国が滅亡した後に実現する神の不思議な救いの御計画を人々に知らせようとしていました。

イザヤ11章では、驚くべきことに、クリスマスの預言と新天新地の預言がセットになっています。つまり、二千年前のキリストの降誕は、全世界が新しくされることの保証として描かれているのです。

「エッサイの根株から新芽が生え」とありますが、エッサイはダビデの父です。ダビデから始まった王家はそれ以降堕落の一途をたどりバビロン捕囚で断絶したように見えましたが、ダビデに劣ることのない理想の王がその同じ根元から生まれるというのです。アブラハムに約束された土地が現実にイスラエルのものとなったのはダビデの時代です。

彼は様々な過ちも犯しましたが、多くの詩篇を記したことにも現れているように、いつも神との豊かな交わりのうちに生きていました。それが、ダビデの支配下で、イスラエルが平和と繁栄を享受できた原因です。救い主は、ダビデの子として、その平和と繁栄を再現すると期待されていました。

 

  イエスは人々の注目を集めずひっそりと生まれますが、彼の上に「主(ヤハウェ)霊がとどまり」ます。それは、彼がヨルダン川でバプテスマを受けたとき、「聖霊が、鳩のような形をして、その上に下った(ルカ3:22)ことで成就しました。

そして、彼は、公の働きを、ユダヤ人の会堂で「わたしの上に主の御霊がおられる・・(ルカ4:18)とイザヤ書(61:1)を引用して宣言することから始められました。そして、ここでは、その主の御霊が理想的な王としての働きを三つの観点から可能にしてくれると描かれています。

 

「知恵と悟り」とは、3,4節にあるような、正しいさばき、公正な判決を下すためのものです。特に興味深いのは、「その目に見るところによってさばかず」とあるように、この方は、人間の視覚や聴覚の誤り易さを深く知っておられるというのです。

 

はかりごとと能力」とは、4節にあるように、外の敵と、内側の敵に適正に対処する計画力と実行力を意味します。決して口先だけの政治家の約束ではなく、その口から出ることばが、必ず結果を生み出すような王となるということです。

 

そして、三番目は厳密には原文で、「主(ヤハウェ)を知り恐れる霊」と記されていますが、「知る」とは、主との生きた交わりを意味し、「恐れる」とは、自分ではなく主のみこころに徹底的に服従する姿勢を表します。これは、理想の王が、日々天の父なる神との豊かな交わりのうちに生き、その生涯を通して父なる神のみこころに従順である姿勢を現します。

 

そして、この理想の王は、「正義は腰の帯となり、真実はその胴の帯となる」とあるように、帯をしっかりとしめて働きをまっとうし、正義と真実で世界を治め、この地に理想の世界をもたらすというのです。

 

神は、エデンの園という理想的な環境を造り、それを人間に管理させましたが、アダムは神に従う代わりに自分を神とし、この地に興廃をもたらしました。そして、残念ながら、アブラハムの子孫たちも、乳と蜜の流れる豊かな約束の地を治めることに失敗してしまいました。

そこで、神の御子である方ご自身が、人となり、自らこの地に平和をもたらそうとしたのです。

 

そして、6節からはこの第二のダビデ、理想の王が、ダビデが成し得なかったような完全な平和をエルサレムに実現し、エデンの園を再興すると語られます。この世界こそが、65:17-25によると、「新しい天と新しい地」と呼ばれるのです。

 

 「狼と小羊、ひょうと子やぎ、子牛と若獅子」とは食べる側と食べられる側の関係ですが、新しい世界においては弱肉強食がなくなり、それらの動物が平和のうちに一緒に生活できるというのです。

 

「小さい子供がこれを追う(導く)」とは、エデンの園における人間と動物との関係が回復されることです。人が神に従順であったとき、園にはすべての栄養を満たした植物が育っていましたから、熊も獅子も、牛と同じように草を食べることで足りました。新しい世界では、それが一時的な変化ではなく、それぞれの子らにも受け継がれます。

 

また、「乳飲み子」や「乳離れした子」が、「コブラ」や「まむし」のような蛇と遊ぶことができるというのは、エデンの園で蛇が女を騙したことへの裁きとしてもたらされた、「蛇の子孫と女の子孫との間の敵意」(創世記3:15)が取り去られることを意味します。これは、蛇がサタンの手先になる以前の状態に回復されることです。

 

わたしの聖なる山」とは、エルサレム神殿のあるシオンの山を指しますが、それが全世界の平和の中心、栄光に満ちた理想の王が全世界を治めることの象徴的な町になります。

現在のエルサレムは、残念ながら民族どうしの争いの象徴になっています。それは、それぞれの民族が異なった神のイメージを作り上げてしまっているからです。

しかし、完成の日には、「(ヤハウェ)を知ることが、海をおおう水のように、地を満たす」ので、宗教戦争などはなくなります。本来、ペンテコステの日に、教会の集まりに御霊が下ったのは、この預言の成就でした。そのとき、神はご自身の律法を人々の心の中に書き記し、もはや「主(ヤハウェ)を知れ」と互いに教える必要もなくなるからです(エレミヤ31:34)

そしてそれが、キリストが、「ご自分の民をその罪から救ってくださる(マタイ1:21)ということの目的でした。

 

つまり、神の救いの御計画の目標は、人間を含めるすべての被造物が、「主(ヤハウェ)を知る」ことにあるのです。この世界の悲惨は、根本的には、人間が主を忘れたことに起因します。ですから、私たち人間が本当の意味で、心の底から「主(ヤハウェ)を知る」ときに、この世界は神の平和で満たされるのです。

イエスの上に、「主(ヤハウェ)を知り、恐れる霊」がとどまったように、私たち自身も「(ヤハウェ)を知り、恐れる霊」に支配される必要があります。痛みと喜びは共存できるのですから、私たちが求めるべきことは、何よりも、私たち自身が、主をより深く知ることと、より多くの人々が主を知るようになることなのです。

 

 

 仙台福音自由教会から遣わされて、今年の4月から神学校で学んでおられる仲田志保さんが、今年の311日の震災直後に被災地支援に行かれた時の様子を次のように記しておられました。

 

「震災直後、瓦礫と瓦礫をとりあえず横に除けただけの被災地では、

カーナビが「間もなく右です」というその位置に道はありません。

眼前に広がるすさまじい光景に、私は誰かに、これは何かの冗談だと言ってほしいと思いました。

しかし、人に出会うと、これが現実だと悟ります。 

こわばった蒼白の顔で、ひたすら「大丈夫です」と言う人がある。 

全神経を研ぎ澄ませて瓦礫の中に家族を探す人がいる。 

そして、何より痛ましいのは、神とはどなたかを知らずに、それでも祈る人の姿でした。 

あてども無く祈られたその祈りは、宙に迷い出て漂っているように感じました。 

それでも祈り、憔悴して、すっかり笑顔を忘れたかと思うふとした時に、思わず涙がこぼれ出るのです・・・」

 

「神がどなたかを知らずに、それでも祈る人の姿」に彼女は心を痛めました。神のかたちに創造された人間は、たとえ神を忘れてはいても、苦しみの中で必死に、目に見えない神に祈りたいという思いを持っています。その思いに神の方から答え、目に見えない神がご自身を見える姿で現してくださったというのがクリスマスの本質です。

 

仲田さんは、続けて、「彼らのそのあてども無い祈りが、本来辿り着くべきお方がおられるということ、彼らがその方を知る前から、その方は彼らを造り、そのさまよう祈りをさえ知っておられるということを伝えたいと、切に思わされました」と述べておられます。

実は、キリストこそは、彼ら自身の創造主であられながら、彼らや私たちと同じ痛み苦しみを味わう人間となって、宙に迷い出て漂うような祈りを、天の父なる神に向かっての確かな祈りへと変えてくださる方なのです。

 

仲田さんは大学院での学びを通してパリ留学への道が開かれたとき、明確な信仰告白に導かれバプテスマを受けましたが、その直後、自分が若年性の緑内障で、失明の恐れがあるということに気づきました。視野が徐々に狭くなって行く病です。

しかし、それを通して、自分が世界を見えているようで、見えていないということに心の深いところで気づかされました。そして、「私たちは、見えるものではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです」(Ⅱコリント4:18)と言ったパウロの告白が身に迫ってきました。

 

そして、今回の震災を通して、自分は被災者の痛みは本当の意味では見えていないということに気づきながら、それでも、自分が病を通して見えるようになってきた世界を分かち合ってゆきたいという熱い思いが込み上げてきました。

 

 この世界が、暗闇に向かっているのか、また、主にある平和の完成に向かっているのか、どちらに向かっているかを知るということは、私たちの日々の歩みに決定的な違いをもたらします。

 この世界は、人間の罪によって混乱しています。それは目に見えるすべての世界に広がっています。今回の大地震は、この世界の「うめき」の現れです

子やぎも乳飲み子も、自分の痛みを表現することばを持ってはいなくても、救いを待ち望んでいるという姿を、誰よりも強烈に表すことができます。目に見える世界は、神の救いを求めている、それこそが地震や大津波として表れているのです。

 

 

シモーヌ・ヴェイユという20世紀初頭に生きたユダヤ系フランス人は世界の悲惨を自分の痛みとしながら34歳で天に召されましたが、キリストとの深い出会いを体験した後、次のような印象的なことばを語っています。

「樹木は、地中に根を張っているのではありません。空()にです。」

 

彼女はギリシャ語で「主の祈り」の初めのことばを暗唱している中で不思議な感動に包まれました。その祈りは、原文では、「お父様!」という呼びかけからはじまり、その方が、「私たちのお父様」であり、また、「天(複数)におられる」と続きます。

彼女はそれを繰り返しながら、自分がこの目に見える世界を超えた天の不思議な静寂と平安に包まれているという感動を味わいました。そればかりか、またその支配者である方が、自分を愛する子どもとして引き受け、その愛で包んでくださるという感動を味わったと記しています。

 

 

通貨を用いていなかった南太平洋のサモア諸島の人々がヨーロッパの宣教師によって真の神を紹介されました。しかし、後に彼らは、白人たちは創造主を礼拝しているように見せかけて、実はお金を神としてあがめていると非難したとのことです。これは現代の社会に対する警告とも言えましょう。

現代人は、コンクリートの建物の中と間を忙しく動きまわるばかりで、太陽の光も、小川のせせらぎも、大地の恵みも忘れて生きています。彼らは人間の技術力がすべての富のみなもとであるかのように誤解しています。

しかし、今年3月の原発事故を通して、私たちは改めて、太陽の光や風力こそが最良のエネルギーの源であることを覚えることができました。

 

それは私たち自身の心や身体についても言えることです。優しい日の光に包まれながら、自分が天に根を張ってこの地に一時的に遣わされているとイメージしてみてはいかがでしょう。

もちろん、私たちは、能力を最大限に生かし、世界を少しでも住みよくするために協力し合うべきですが、いのちのみなもとである方を忘れ、人間の能力ばかりを見るなら悲劇が生まれます。

そこに人と人との比較競争が生まれるからです。それによって私たちの心は、卑しく貧しく余裕がない状態へと駆り立てられてしまいます。

 

しかし、私たちはこの世の悲惨に涙を流しながらも、このイザヤ11章に思いを巡らすとき、この世界が神の平和の完成に向かっていることに心の目が向けられ、いつでも喜ぶことができるのです。

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2011年12月18日 (日)

マルコ8:1-21 「主がともに歩んでくださる人生」

                                                                                                      20111218

私たちは「平安の祈り」において、「この世においては、適度に幸せに、来たるべき世界においては、永遠に主とともに住み、最高に幸せになることができますように」と祈っています。それは私たちが、「地上では旅人であり寄留者であることを告白して」いることを意味します(ヘブル11:13)

 

旧約聖書に記された祝福の約束は、「既に」実現している部分と、「まだ」実現していない部分があります。この両面が理解できていないと、「神がおられるなら、なぜ、こんなひどいことが許されるのか・・信じようと信じまいと、何も変わりはしない」ということになってしまいます。

 

 

 

アブラハムは神の約束を信じながら、当時、世界で最も豊かで文化的に発展していたメソポタミヤの地を離れ、神の示す地に行きましたが、約束のものを手に入れることはありませんでした。しかし、アブラハムは失望しながらその生涯を終えたわけではありません。

 

私たちもアブラハムと同じように、この世の富や権力に背を向けて、「神の都」に向けての旅を始めました。そこにはアブラハムが体験したと同じような試練がありますが、神に信頼して歩むときに、神がこの旅を成功させ、祝福してくださいます。

 

イエスによって、足のなえた人たちが癒され、盲人の目が開かれたのは、新しいエルサレムへの旅路を自分の足で歩むためであったということを忘れてはなりません。

 

 

 

1. 「かわいそうに・・」と言われたイエスの思い

 

「そのころ、また大ぜいの人の群れが集まっていたが」(8:1)とは、731節以降のガリラヤ湖の南東側デカポリス地方でのことです。そこは基本的に、異邦人が多く住んでいる地域でした。イエスは、「耳が聞こえず、口もきけない人」の両耳に指を差し入れ、つばきをしてその人の舌にさわられ、「エパタ(開け)と言われてその人を癒されました。それを見た人々は、イエスに口止めされたにも関わらず、イエスのみわざを言いふらしました。

 

 

 

その結果、多くの人々が様々な障害を抱えた人々をイエスのみもとに連れてきました。その様子はマタイ1529-31節に記されていますが、その結論ではそれによってイザヤ35章の預言が成就したと記されています。

 

イザヤは、「荒野と砂漠は楽しみ、荒地は喜び、サフランのように花を咲かせる。盛んに花を咲かせ、喜び喜んで歌う・・・彼らは主(ヤハウェ)の栄光を・・見る」という感動的な情景を描きながら、続けて、「見よ。あなたがたの神を・・神は来て、あなたがたを救われる。そのとき、目の見えない者の目は開き、耳の聞こえない者の耳はあく。そのとき、足のなえた者は鹿のようにとびはね、口のきけない者の舌は喜び歌う。荒野に水が湧き出し、荒地に川が流れるからだ・・・そこに大路があり・・主(ヤハウェ)に贖われた者たちは帰って来る。彼らは喜びながらシオンに入り・・とこしえの喜びをいただく」(イザヤ35:5,6,8,10)と、主が実現してくださる救いを描写しています。

 

 

 

そのような文脈の中で、四千人のパンの給食があります。6章の五千人のパンの給食は、「青草の上」でなされました。その対象もユダヤ人でした。しかし、今回の奇跡はデカポリス地方という異邦人が大多数を占める地で起こり、その舞台も「地面にすわる」(8:6)とあるように荒野でした。

 

それはイザヤが預言しているように荒野に「シオンへの大路」ができたことを指していると思われます。ここには、この地上の旅路というテーマがあると思われます。

 

 

 

  そこでイエスは弟子たちに向かって「かわいそうに、この群衆はもう三日間もわたしといっしょにいて、食べる物を持っていないのです(8:2)と言われました。「かわいそうに」ということばには、「はらわた」という意味があり、当時は、人の感情の生まれる器官を指していました。

 

エレミヤ3120節には、放蕩息子エフライム民族に対する神の思いが、「わたしのはらわたは彼のためにわななき、わたしは彼をあわれまずにはいられない」と描かれています。このみことばの黙想から北森嘉蔵の「神の痛みの神学」という世界的な名著が生まれました。神はご自分の民の自業自得の苦しみを見て、「哀れみに胸を熱く」しておられます。そして、神はご自分の民とともに痛み苦しんでおられるということを知らせるためにご自分のひとり子を私たちと同じ人間の姿でお送りくださいました。

 

 

 

なお、これらの人々が、もう三日間もイエスといっしょにいながら、食べるものを持っていないということは大きな驚きです。主は彼らのことを、「空腹のまま家に帰らせたら、途中で動けなくなるでしょう。それに遠くから来ている人もいます」8:3)と心配しています。この状況は前回の五千人のパンの給食のときより、はるかに深刻です。

 

 

 

 それに対し、弟子たちは、「こんなへんぴな所で、どこからパンを手に入れて、この人たちに十分食べさせることができましょう」(8:4)と答えました。弟子たちは、五千人のパンの給食のときはイエスに、「みんなを解散させてください。そして、近くの部落や村に行って何か食べる物をめいめいで買うようにさせてください」(6:36)と具体的な解決策を提案しましたが、少なくともここでは、「どうしたらよいでしょう・・」という趣旨の問いになっています。その点では若干の成長がみられます。

 

私たちも、現実の難しさを知らない時には、非現実的な提案をすることができます。ニュース番組などを見ていても、「こうすればよい・・」などと、分かったようなことを言うコメンテーターなどを見ると腹が立つことがあります。しかし、人々の痛みや困難な現実を本当に心から理解するときに、私たちはことばを失い、「主よ、どうしたらよいのでしょう・・」と、ただ問うことしかできなくなります

 

私たちは信仰の成長とともに、かえって、パウロのように「私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようのない深いうめきによってとりなしてくださいます」(ローマ8:26)という、御霊の祈りへと進んでゆきます。私たちは多くの場合、「どう祈ってよいかわかりすぎている」ために、神と人とに失望しているのではないでしょうか。

 

 

 

. 七のパンが七つの大籠一杯に増えた不思議

 

イエスは弟子たちにまず、「パンはどれぐらいありますか」(8:5)と尋ねました。先の五千人の給食では、イエスが弟子たちに、「パンはどれくらいありますか。行って見てきなさい」と命じ、その結果として、少年が持っていた五つのパンと二匹の魚が発見されましたが、ここでは、弟子たちは群衆の中を探し回ることもなく、「七つです」とすぐに答えています。弟子たちは群衆がお腹をすかせているのを見ていながら、自分たちのパンはしっかりと持っていたということかと思わされます。

 

かつてバビロン捕囚からエルサレムに帰ってきたユダヤ人たちも、神殿建設を後回しにして、自分の生活を整えることに夢中になっていましたが、その時、主は預言者ハガイを遣わし、「この宮が廃墟となっているのに、あなたがただけが板張りの家に住むべき時であろうか」(ハガイ1:4)と叱責されました。イエスも、このとき、「この人々がお腹を空かせているのに、あなただけがパンを手元に持っていてよいのだろうか」と尋ねたいお気持ちだったかもしれません。

 

私たちもしばしば、自分の持っているものを差し出しても「焼け石に水」でしかないから、自分のものは手元に残しておいた方が現実的だと思うことがあるのではないでしょうか。

 

 

 

  そのような中でイエスは、弟子たちを責めることもなく、淡々と次の行動に移ります。そのことが、「すると、イエスは群衆に、地面にすわるようにおっしゃった。それから、七つのパンを取り、感謝をささげてからそれを裂き、人々に配るように弟子たちに与えられたので、弟子たちは群衆に配った」と記されています(8:6)。先の五千人の給食では、イエスは弟子たちに、人々を五十名、百名と組みにして、青草の上に座らせるように命じましたが、ここではイエスが直接、群衆に座るように言われます。

 

ただ、その後のプロセスは基本的に同じで、イエスはパンの配給は弟子たちに任せています。私たちも何かの援助活動をするとき、自分で何かを生み出すのではなく、主が与えてくださった富を配っているに過ぎません。しかし、ここにおける弟子たちのように、ほんの少ししかもっていない自分のものをイエスに差し出した上で、主のみわざに参画させていただくとき、まさに自分の些細なささげものが大きな呼び水となり、人々の必要を満たしてゆくという不思議を体験させていただけます。自分のものを手元に残しておいたときにはわからなかった主の豊かさを味わうことができます。

 

今回の震災の被災地支援でも、援助活動に携わっておられる方は同じような恵みを味わっておられます。それこそが、主にある奉仕の醍醐味です。

 

 

 

  そしてそこには、「魚が少しばかりあった」のですが、イエスは、同じように、「そのために感謝をささげてから、これも配るように言われ」ました(8:7)。少しの魚でも、それをパンに添えると、食が進んだことでしょう。その結果、「人々は食べて満腹した」というのです(8:8)。

 

なお、その際、イエスはパンも魚もご自分の手の中で裂いていたのですが、不思議に人々が満腹になって有り余るまで、次から次とパンも魚もイエスの手の中に生まれてきたのでしょう。これをどのように科学的に説明できるかはわかりません。しかし、イエスは父なる神とともに、何もないところからこの世界を創造された方であれば、それはごく簡単なことと言えましょう。

 

ただ、ここでは何もないところからパンを生み出す代わりに、弟子たちの手元にあった七つのパンを用いたということに大きな意味があります。それを見る時に、私たちも自分の手にあるわずかなものを差し出すことが決して焼け石に水ではないことがわかります。

 

 

 

  その結果が、「余りのパン切れを七つのかごに取り集めた」という不思議になりました。五千人のパンの給食の際の十二のかごは、食料を入れる小さな「かご」でしたが、ここでの「かご」は旅行用の大きな荷物をいれるもので原文では明確に区別されています。

 

ここでの強調点は、弟子たちが、自分たちの旅行用の「かご」の中にひとつずつ隠し持っていた?なけなしの「七のパン」を差し出したところが、それが「七つの(大きな)かご」いっぱいのパンになったという不思議な変化でした。

 

私たちの教会でも、東日本大震災の際に、積極的に義捐金や援助物資を皆様から集めて被災地にお送りしましたが、結果的には、どの年よりも教会会計は豊かになっています。

 

 

 

そして、最後に、ここに集まっていた人の数が、「人々はおよそ四千人であった」と記されています。これも成人男性だけを数えた人数です(8:9、マタイ15:38参照)。

 

続いて、「それからイエスは、彼らを解散させられた」とありますが、イエスは人々の心も体もともに満たした上で、彼らをそれぞれの家に帰したのでした。

 

 

 

3.「天からのしるし」

 

その後、「そしてすぐに弟子たちとともに舟に乗り、ダルマヌタ地方へ行かれた」(8:10)と記されますが、この地名はよくわかりませんが、ガリラヤ湖の西側のユダヤ人の村であったことは確かです。「マグダラ」と解釈する人も多くいます。とにかく、そこに、「パリサイ人たちがやって来て、イエスに議論をしかけ、天からのしるしを求めた」(8:11)というのです。これは、エリヤが天から火を呼んだような、圧倒的なしるしなのだと思われます。

 

その目的が、「イエスをためそうとしたのである」と記されています。パリサイ人たちも、イエスがなさった様々な不思議なわざを聞いていたことでしょうが、彼らにとってそれは黒魔術のようなものにしか思えませんでした。

 

 

 

  それに対して、「イエスは、心の中で深く嘆息し」ます。それは深いため息とも言われる悲しみを表しています。その上でイエスは、「なぜ、今の時代はしるしを求めるのか。まことに、あなたがたに告げます。今の時代には、しるしは絶対に与えられません」と言われました(8:12)。イエスは先に、「耳が聞こえず、口のきけない人」を癒したとき、「このことを誰にも言ってはならない」と命じました。それは、ご自身のみわざを、ご自分が救い主であることの宣伝のためには用いようとしなかったという意味です。

 

マタイの並行記事でイエスは、「悪い、姦淫の時代はしるしを求めています。しかし、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられません」(16:4)と答えておられます。ヨナはアッシリヤの首都ニネベに遣わされて神のさばきを訴えたところ、人々はすぐに悔い改めました。みことばの説教こそ、「ヨナのしるし」にほかなりません。

 

残念ながら、先入観や自分の構えが強すぎる人は神のみわざを認めることはできません17世紀の最高の科学者パスカルは、「奇跡が一つがあれば、私の信仰は堅くされるであろうに」と、人が言うのは、「奇跡を見ないときである」(パンセ263)と言いました。

 

また、20世紀最高の科学者と称されるアインシュタインも、「人生にはたった二つの生き方があるだけだ。一つは奇跡などないかのような生き方、もう一つは、まるですべてが、奇跡であるかのような生き方だ」と言っています。

 

世界は不思議に満ちています。少なくとも私は、加速器を使って素粒子の構造を地道に調べている人に出会って初めて、聖書の奇跡を信じられるようになりました。問われているのは、科学的な知識などではなく、その人の、人生に対する心の構え、心の方向性です。

 

 

 

イエスのもとにただへりくだって、救いを求めてくる人は、驚くべき救いを体験することができました。信仰があるから奇跡がみられるというのではなく、神の前に自分の心を開くことができる人が神のふしぎなみわざを見ることができるのです。

 

自分流の信仰で神を見る人は、神のみわざを見失います。パリサイ人のように、誰の目からも信仰深く見える人は、かえって神のみわざを見ることができませんでした。心の柔軟さを求めてゆきたいものです。

 

 

 

4.「目がありながら見えないのですか。耳がありながら聞こえないのですか」

 

その後、「イエスは彼らを離れて、また舟に乗って向こう岸へ行かれた。弟子たちは、パンを持って来るのを忘れ、舟の中には、パンがただ一つしかなかった」という不思議な場面が描かれます(8:14)。弟子たちは舟に乗ったあとで、あり余っていたパンがたったひとつしか手元にないことに気づいて、不安になったのだと思われます。

 

 

 

そのような中で、イエスは彼らに、「パリサイ人のパン種とヘロデのパン種とに十分気をつけなさい」と言われました。「十分気をつけなさい」ということばは、見る」という意味の二つの異なったギリシャ語を重ねています。肉の目と心の目で理解するように「見るという思いが込められています。

 

当時の「パン種」は、十分に発酵した古い練り粉を残しておいて使いました。ユダヤ人は過ぎ越しの祭りには種を入れないパンを焼いて食べるように命じられていました。当教会の聖餐式のパンも、種なしパンです。それは腐りにくく長持ちします。パン種はパンを膨らますために用いられるもので、イエスはここでパリサイ人やヘロデの「見せかけ」に注意するように促したのです。

 

 

 

パリサイ人は、分離主義者で、みことばを用いて自分たちの枠にはまらない人を排除していました。ヘロデに従う人々は、現実主義者で、信仰を利用して権力を握ろうとしました。マタイの並行記事では、「サドカイ人のパン種」と記されていますが、ヘロデ党もサドカイ人も、超現実主義者という点では同じです。

 

どちらにしても、パン種がパンを腐敗させるように、パリサイ人もヘロデ党の者も、神のみことばの本質を捻じ曲げ、腐敗させていまいした。

 

 

 

現在も、みことばを良い生き方の教科書のように考える律法主義や、みことばをこの世で成功するための知恵のように求める人々がいます。最近の書店でも、聖書のことばを、人間関係やこの世を生きる上でのハウツー式のガイドとして提示する本が増えています。それは良い面と問題点もあります。

 

聖書は神からの愛の語りかけの書です。そこには独特のストーリーが描かれています。その全体のストーリーを理解することが何よりも大切です。

 

 

 

一方、弟子たちはイエスからパン種の注意を受けたとき、「パンを持っていないということで、互いに議論し始めた」(8:16)というのです。マタイでは、「これは私たちがパンを持って来なかったからだ」と言って議論したと記されています(16:7)。つまり、弟子たちは、イエスが責めているわけでもないことばを聞いて、自分が責められたと勝手に思ってしまったのです。

 

これは私たちにも起こることです。人は、心に何か自分を責める声を聞いている時、ちょっとしたひとのことばを攻撃に受け止めてしまうことがあります。そして、そこから争いが始まります。大切なのは自分の文脈で人の話を聞くのではなく、話し手の文脈に思いを向けることです。

 

 

 

「それに気づいてイエスは」、「なぜ、パンがないといって議論しているのですか。まだわからないのですか、悟らないのですか。心が堅く閉じているのですか」と彼らの問題を指摘しました(8:17)

 

「わかる」とは、物事の本質を心で理解すること、「悟る」とは、物事を関連づけて理解することを指しました。「まだわからないのか」「まだ悟らないのか」と重ねることで、イエスは弟子たちの無理解に対するご自分の悲しみを表現しています。

 

 

 

弟子たちもパリサイ人たちと同じように、自分の基準によってイエスを見ようとしていました。「心が固く閉じている」とは、先に述べたように自分流の信仰に凝り固まっている状態です。

 

それに対してイエスは引き続き、「目がありながら見えないのですか。耳がありながら聞こえないのですか。あなたがたは、覚えていないのですか(8:18)と重ねて、彼らの無理解を指摘しました。

 

これは私たち自身に当てはめて理解されるべきことばです。聖書を繰り返し読んでいても、毎週礼拝に出席していても、それまでの先入観や価値観がこびりついているので、神のみこころを見ることも、聞くこともできないという面が私たちにあります。

 

ですから、私たちも、「エパタ(開け)」というイエスの創造のみことばによって、霊の目と霊の耳を開いていただく必要があります。

 

 

 

そしてイエスは改めて、「わたしが五千人に五つのパンを裂いて上げたとき、パン切れを取り集めて、幾つのかごがいっぱいになりましたか」と問います。それに対して、彼らは「十二です」と答えます(8:19)。それに続いて、「四千人に七つのパンを裂いて上げたときは、パン切れを取り集めて幾つのかごがいっぱいになりましたか」と尋ね、彼らは「七つです。」と答えます。具体例こそが、人の心を開く上で有効だからです。

 

ちなみに、ここでも「かご」という原語の使い分けがあります。NKJ訳では、わざわざ後者を、「large baskets」と区別して訳しています。

 

 

 

その上で、イエスは、「まだ悟らないのですか」と言われました。彼らは何を悟るべきなのでしょう。それはイエスこそが旧約が預言してきた救い主であり、モーセ以上の者であるということです。

 

神の御子が彼らとともにいてくださるということが、どれだけ大きなことかということを彼らは知るべきでした。イエスがともにいてくださるなら、すべての必要が満たされます。イエスがともにいてくださるなら、人生に何の怖いものもないはずなのです。

 

 

 

 ずっと前の話ですが、ダカール・ラリーで有名なアフリカ西部の国、セネガルの牧師がアメリカ留学から帰ってきたとき、人々は、「アメリカには豊富な食料があるということだが、彼らは大食いなのか」と聞きました。それに対して彼は、「セネガルの宴会に比べると、アメリカ人は大食いではない。でも彼らは始終食べている」と答えたとのことです。

 

セネガル人は少量の食料でお腹を空かせながら数日間の狩猟に出かけ、大きな獲物をしとめたときは、皆で大量に食べました。そこに何よりの大きな喜びがありました。本当の意味での空腹を体験しなければ、腹が満たされることの恵みが分かりません。

 

ファストフードが流行っている中で、人々の心から、「待ち望む」ことの恵みの体験が失われています。実は、アメリカ人も日本人も、いつも何かに飢えているからこそ、始終食べているのではないでしょうか。でもそれは、食料よりも、感動への飢えではないでしょうか。それは心の飢餓とも言われます。

 

 

 

キリストがともに歩んでくださる恵みとは、「空腹を感じる前にいつでも食べ物がある・・」という状態を指しはしません。「いつも、何かが足りないようでありながら、振り返ってみると、必要が満たされていた」という世界です。

 

それはファストフードの世界ではなく、お腹を空かせながらみんなで祈り、収穫を分かち合って喜ぶという世界です。

 

 

 

私たちの目の前には、いつも何かの問題があります。しかしそれは、キリストがすべての必要を満たしてくださるという体験をする機会でもあります。インスタントに必要が満たされるのではなく、主の救いを待ち望みながら祈る中で、必要が満たされるという恵みを体験させていただきましょう。

 

私たちは、日々、「日毎の糧を与えてください」と祈るように教えられています。この祈りは、日々、何かが不足している状態が前提とされています。人によっては、「私は不足を感じることがありません・・」と言うかもしれません。しかし、そのような人は、愛が足りない人ではないでしょうか。それがパリサイ人の、またヘロデのパン種の問題でした。世界の痛みの声を聞き、自分が何かをしたいと願い、そして、自分の働きの範囲を広げるなら、「お金も人材も、いつも足りない・・」と思うのが当然です。自分だけのために生きているから、不足を感じないのです。

 

しかし、そのような人に本当に足りないのは、「生きる感動」なのかもしれません。自分の枠から出て働きを広げる時、そこには神の不思議なみわざが満ちています。

 

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2011年12月11日 (日)

ネヘミヤ3,4章 「祈りつつ、助け合いつつ、備えつつ」

                                                 20111211

 聖書では、安息日の教えから始まって、季節ごとの様々な祭りなど、休むことが神の前での義務とされている日々が数多くあります。長い人生を短距離走のように走り抜けようとすると、自分の身にも周りにも様々な害を及ぼします。しかし、人生には多くの人々とともにビジョンを共有しつつ助け合って果敢に行動すべき時があります。しかも、そのような時には、必死に働きを妨害しようとする勢力も生まれますから、それに対する備えも必要です。そして、すべての基礎に、神への祈りが必要です。

ネヘミヤは、百年間近くも進まなかったエルサレム城壁の修復を、たった52日間で仕上げるように民を導きました。彼は慎重に時間をかけて、主に祈りつつ、機会をとらえて地上の権力者を味方につけ、再建工事の準備を整えましたが、民に声をかけたときには一気呵成に人々をリードしました。日常生活での基本的な生活習慣のリズムの大切にするとともに、「今がこの時」という果敢な動きも必要です。

 

最近、自由学園公開講座で教える機会があり、羽仁もと子の「思想しつつ、生活しつつ、祈りつつ」という日常生活を過ごす知恵から教えられていますが、彼女は周りの人々の神の国の働きのために巻き込んでゆく天才でもありました。

彼女は、「個人としては、この身を、人類としてはこの世を神にささげましょう」と言っています。「この世を神にささげる」ということばは感動的です。

そんな中で、今日のテーマは、「祈りつつ、助け合いつつ、備えつつ」とさせていただきました。それこそが、一気に物事を成し遂げる時に必要な知恵だと思われます。

 

1.チームワークによる城壁の修理

「こうして、大祭司エルヤシブは、その兄弟の祭司たちと、羊の門の再建に取りかかった。彼らはそれを聖別して、とびらを取りつけた。彼らはメアのやぐらまで聖別し、ハナヌエルのやぐらにまで及んだ(3:1)とありますが、エルヤシブはゼルバベルとともにエルサレム神殿の再建を導いた大祭司ヨシュアの孫です(12:10)。これは、ネヘミヤの訴えにすぐに大祭司が応答したことを示します。彼のグループは神殿の北の部分の城壁といけにえを運ぶ「羊の門」を修復しました。

1-5節は城壁の北の部分を八つのチームが共同して修復する様子が描かれますが、「次に」ということばが鍵になり、原文では、「その手の上に」と記され作業が積みあがる様子が強調されています。

ただ5節では、「その次に、テコア人たちが修理したが、そのすぐれた人たちは彼らの主人たちの工事に協力しなかった」と描かれます。これは、エルサレムの南のテコアの町の貴族たちはネヘミヤに協力をしなかったという意味だと思われます。どのような工事にも、協力をしぶる人々はいます。それを受け入れる余裕も必要です。

 

6-13節は城壁の西の部分を十のチームが共同して修理する様子が描かれます。7節では、「川向こうの総督の管轄に属するギブオンとミツパの人々が修理した」と描かれますが、これはユダの管轄地域の外に属する人々がエルサレム城壁の再建のために協力したという幅の広がりを示します。身近な人が協力を惜しむ一方で、遠くにいる人々が積極的に協力するという姿が描かれます。

8節では「金細工人」とか「香料作り」という専門の職人までが石を積み上げて城壁を再建するという一般的な仕事に協力している姿が描かれます。また、912節では「半区の長」ということばが出てきますが、それらは自分の住まいのある領域の人々が自分たちの住まいに隣接した城壁を築く様子が描かれています。

特に、12節では、「ロヘシュの子シャルムが、自分の娘たちといっしょに修理した」と、当時としては珍しく、娘たちまでもが石を積む作業に加わる様子が描かれています。

 

 14節の「糞の門」と、「泉の門」は町の南端の工事を指します。「糞の門」は廃棄物の処理場への道、「泉の門」は、町の外のギホンの泉からシロアムの池に水を引き込む道です。今で言う下水路を含むような施設と、上水路のような施設が町の南に隣接しあって位置していたという感じだと思われます。

15節では、この「泉の門」の工事に関し、「建て直し、屋根をつけ、とびら、かんぬき、横木を取りつけた」という詳細が記されています。

 

16-32節には城壁の東側の修復が、21のチームによってなされる様子が描かれています。この部分はエルサレムで最も荒れ果てた地域で、かつてネヘミヤもこの部分を視察したときに途中で引き返さざるを得なかった所を含んでいます。16節に登場するネヘミヤはこの書の主人公とは無関係ですが、その人が、「ダビデの墓地に面する所と、人工貯水池と、勇士たちの家のところまで修理した」と描かれます。これは先の泉の門のすぐ北に位置します。

16節以降では、「その後に」ということばが繰り返されます。これは長い距離にわたる一連の作業が連続性を持ってなされていることを示し24節までは淡々と町の東側の城壁を南から北に向かって中央部まで修理する様子が描かれます。

17節にはレビ人が、22節には祭司たちが工事に加わる様子が描かれます。2324節では再び自分たちの住まいに面した城壁をそこの住民が行う様子が描かれます。25-27節では、「監視の庭のそばにあって、王宮から高く突き出ているやぐら」、「東のほうの水の門、および突き出ているやぐらに面する所」「オフェルの城壁までの続きの部分」の修理のことが描かれています。これは「泉の門」から「オフェルの城壁」までの地域の城壁が以前のものよりも高い所、つまり、ダビデの町を以前よりも狭くするような形で城壁を築いたことを意味します。それは住民の減少によって東側のギホンの泉の確保がそれほど緊急の課題ではなくなったからだ思われます。

28-32節は神殿の領域に近い所です。そこでは「祭司」たちや「宮に仕えるしもべたちや商人たち」の家が祭司たち自身や金細工人マルキヤによって修理された様子が記されます。それぞれがどのような立場の人々なのかはわかりませんが、「その次に」「そのあとに」という言葉とともにすばらしい協力関係が強調されています。

 

それにしても全体的な働きの様子を見る時に、作業場の状況、作業する人の構成、守備範囲など、どれも一律な法則がありません。働きの必要と働く人の構成、現場の状況によって異なります。人の成功例に学ぼうとするほど愚かしく危険な働き方はありません。確かに一定の水準を保つためのマニュアルは大切ですが、現場から遊離した方法論はかえって人の個性を殺すことになってしまいます。

今、アップルの創業者スティーブ・ジョブズの本人承諾のもとに記された伝記がブームになっています。しかし、凡人が彼の真似をするとほぼ確実に組織の協力関係を壊すでしょう。彼ほど身勝手な人間はいないと言われますから。しかし、彼自身もまた彼の協力者も、最大限に与えられた才能を生かしたことは確かです。彼の成功の秘訣は、人まねを決してしなかったことにあります。ですから、彼の真似もしてはなりません。

ただ、そこでウォークマンや豊かなアーティストを抱えた音楽部門ではるかに先行していたソニーが、アップルのiPodに敗北する理由が、「アップルの場合、社内で協力しない部門は首が飛びます。でもソニーでは社内で部門同士が争っていました・・・自分の利益を守ろうとして、会社全体でエンドツーエンドのサービスを作れずにいた」と記されていました。この失敗例は多くの日本の組織の問題だと思われます。

昔の経営学では事業部制などと部門ごとの独立採算が強調されましたが、それでは市場の変化に対応できません。一方、大昔のエルサレムの城壁再建では、互いの自主性が尊重されながら、互いに連携を保つことができていました。

 

2.私たちは・・神に祈り、彼らに備えて日夜見張りを置いた

サマリヤの支配者である「サヌバラテ」は、城壁の修復の進捗状況を聞くと、「怒り、また非常に憤慨して」、ユダヤ人たちをあざけって、「この哀れなユダヤ人たちは、いったい何をしているのか。あれを修復して、いけにえをささげようとするのか。一日で仕上げようとするのか。焼けてしまった石をちりあくたの山から生き返らせようとするのか」と言いました(4:12)

「いけにえをささげようというのか」とは、当時、高い山で石を積み上げて簡易的な祭壇を作っていけにえをささげることがあったので、ユダヤ人たちは石を積み上げてもいけにえの祭壇にできるのが精一杯であろうというあざけりです。また、敵の攻撃で「焼けてしまった石」は、もう使いようがないという現実を指摘して、城壁を築く材料にも事欠く様子をあざけったものです。

 

また、「彼のそばにいたアモン人」を治める役人の「トビヤ」も、「彼らの建て直している城壁なら、一匹の狐が上っても、その石垣をくずしてしまうだろう」と、ユダヤ人が無駄な努力を続けているとあざけりました(4:3)。

 

  それを聞いたネヘミヤは神に向かって、「お聞きください、私たちの神。私たちは軽蔑されています。彼らのそしりを彼らの頭に返し、彼らが捕囚の地でかすめ奪われるようにしてください。彼らの咎を赦すことなく、彼らの罪を御前からぬぐい去らないでください。彼らは建て直す者たちを侮辱したからです」(4:45)と祈りました。

 

ネヘミヤは敵に向かってののしり返したり、また自分に好意をもってささえてくれるペルシャ王の権威を借りて、政治的な報復をする代わりに、全能の神ご自身に向かって祈ります。しばしば、私たちは不当な非難を受けたときに、自己弁護に走りますが、大切なのはそのような非難の応酬をすることよりも、目に前の必要な働きを続けることです。

私たちの働きが成功しそうなとき、必ず、それにねたみを感じていわれのない中傷を浴びせる人がいます。しかし、それに乗ってしまうと、働きが疎かになります。それは使徒パウロも「愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい」と言った通りです(ローマ12:9)

 

そのような神への祈りが積まれる中で、「こうして、私たちは城壁を建て直し、城壁はみな、その高さの半分まで継ぎ合わされた。民に働く気があったからである」(4:6)と記されます。

約百年間近くも動かなかった働きが驚くべきスピードで進んでゆきました。それは、先に記した一部の例外を除いて、ひとりひとりに驚くほどの「働く気」、つまり、城壁再建への熱い思いがあったからです。それこそ、神が導いてくださった時のしるしでした。

 

そして、それに対する敵たちの反応が、「ところが、サヌバラテ、トビヤ、アラブ人、アモン人、アシュドデ人たちは、エルサレムの城壁の修復がはかどり、割れ目もふさがり始めたことを聞いたとき、非常に怒り、彼らはみな共にエルサレムに攻め入り、混乱を起こそうと陰謀を企てた」(4:78)と描かれます。

それに対する対応を、ネヘミヤは、「しかし私たちは、私たちの神に祈り、彼らに備えて日夜見張りを置いた」(4:9)と記します。「神に祈る」ことと、「日夜見張りを置く」という現実的な対応策は、決して矛盾するものではなく、並行して進むべきことです。

祈りと仕事は車の両輪のように進んでゆくものです。「祈っているけど仕事が進まない」とか、反対に、「仕事が忙しくて祈る暇がない」などというのは、神の前での祈りも仕事も、その基本を理解していないことの現れです。

 

すべての仕事は神ご自身から与えられた課題です。ですから、祈りながらするときに、本当の意味で良い仕事ができます。また、祈りは歩きながら、手を動かしながら、なすべきことでもあります。なぜなら、使徒パウロは、「絶えず祈りなさい」(Ⅰテサロニケ5:17)と言っているからです。

その意味で、前回お話しした(24)、差し迫った場面において瞬時に祈るarrow prayer(矢の祈り)などは、日々実践すべき習慣とすべきでしょう。

 

  ただそのような中でも弱音を吐く人がいました。「ユダの人々」は、「荷をになう者の力は衰えているのに、ちりあくたは山をなしている。私たちは城壁を築くことはできない」(4:10)とつぶやきました。ただ、これは極めて自然な心の動きであるということを忘れてはいけません。私なども、「今週は、こんなにやることが多い・・・いつものようにメッセージの原稿を仕上げることはできないかもしれない・・・」と、つい弱音を吐きたくなることがあります。

しかし、それでも手を休めずに作業を続けていると、どうにか仕事は毎週仕上がりますし、適度な運動を続けることもできます。大切なのは、弱音を抑えずに、それを祈りに変え、祈りつつ、同時に、手を休めないことです。

 

3.荷をかついで運ぶ者たちは、片手で仕事をし、片手に投げ槍を堅く握っていた

 一方、そのような中でユダヤ人の敵たちは、「彼らの知らないうちに、また見ないうちに、彼らの真ん中に入り込んで、彼らを殺し、その工事をやめさせよう」4:11)と、恐ろしい計略を謀っていました。

そのような中で、「彼らの近くに住んでいたユダヤ人たちがやって来て、四方から十回も」ネヘミヤたちに、「私たちのところに戻って来てほしい」と訴えました(4:12)。これは襲撃の危険があるエルサレムから一時的に避難するようにという勧めです。 

それに対し、ネヘミヤは、「民をその家族ごとに、城壁のうしろの低い所の、空地に、剣や槍や弓を持たせて配置した」(4:13)というのです。これは、危険を避けて安全なところに退避させる代わりに、家族がそろってエルサレムの城壁の後ろに一時的に移住して、家族そろって背水の陣を敷くということです。

そのことをネヘミヤは、「彼らを恐れてはならない。大いなる恐るべき主を覚え、自分たちの兄弟、息子、娘、妻、また家のために戦いなさい」4:14)と言いました。多くの場合、危険を過度に意識して逃げ腰になること自体が、危険を増幅させます。「恐怖突入」という言葉がありますが、人生には避けられない危険、また、避けてはならない危険が必ずあります。そして、多くの場合、主に祈りながら、危険に向かって正面突破を計ろうとするときに、おのずと道は開けてくるものです。

 

ただし、その際、常に、最悪の事態が起きた時の備えもするということは、決して信仰と矛盾することではありません。たとえば、「今日は、雨が降らないという信仰のもとに、傘を持たずに外出することにした」などというような「信仰」ということばの用い方をしてはいけません。聖書が示す「信仰」とは、自分の期待通り物事が進むと信じることでは決してありません。

信仰とは、何よりも、全能の神にすべての不安を訴えながら、今ここでなすべき働きに集中することです。信仰に対比させるべき言葉は、多くの場合、「恐れ退くこと」です。そのことがヘブル書の著者は、「私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つものです」(10:39)と告白しています。

 

  そして、ネヘミヤはその後のことを、「私たちの敵が、彼らのたくらみは私たちに悟られ、神がそれを打ちこわされたということを聞いたとき、私たちはみな、城壁に帰り、それぞれ自分の工事に戻った。その日以来、私に仕える若い者の半分は工事を続け、他の半分は、槍や、盾、弓、よろいで身を固めていた。一方、隊長たちはユダの全家を守った。城壁を築く者たち、荷をかついで運ぶ者たちは、片手で仕事をし、片手に投げ槍を堅く握っていた」(4:15-17)と描いています。

この記述こそ、城壁再建の働きにおけるもっとも感動的な描写です。私たちはときに、複数の課題に同時に対処する必要があります。そのときに、まず工事と防衛の役割分担が築かれましたが、荷を運ぶ場合は移動の必要があるので、片手に投げ槍を堅く握っている必要がありました。

 

確かに、両手で仕事をした方が進みますし、休息を十分にとった方が、効率があがるということがあります。しかし、状況がそのような基本的なリズムを許さない時があります。そのときはこのような両面作戦で臨む必要があるのです。これは、私たちの特に、祈りと仕事において常に実践すべきことです。祈りつつ働くことが大切です。

パウロは、キリストにあって、「私は・・あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです」(ピリピ4:12,13)と述べています。

スティーブ・ジョブズのもとでは、「そんなのは無理です・・」などと言ったら、すぐに首が飛んだようですが、私たちは神への祈りの中で正直に弱音を吐きながら、不可能を可能にしてくださるキリストに信頼することができます。

 

  ただ、「築く者は、それぞれ剣を腰にして築き」という中でも、ネヘミヤは、「角笛を吹き鳴らす者は、私のそばにいた」と描いているように、兼務してはならない働きがあります(4:18)。それは敵の攻撃を見張り、民に警告を発するという働きです。そのことをネヘミヤは代表者たちに向かって、「この工事は大きく、また広がっている。私たちは城壁の上で互いに遠く離れ離れになっている。どこででも、あなたがたが角笛の鳴るのを聞いたら、私たちのところに集まって来なさい。私たちの神が私たちのために戦ってくださるのだ(4:18-20)と言います。

人は、何よりも、協力し合うことによって、大きな働きを成し遂げることができます。反対に、国は常に内側から滅びると言われるように、どのような組織でも、内部に不信が増幅し、協力関係を築くことができなくなったときに、働き自体がダメになってゆきます。

しかも、神が私たちのために戦ってくださる」という現実は、何よりも信仰共同体の一致として現されます。神は私たちが互いに愛し合っている、そのただなかにいてくださいます。神が戦ってくださるということと、私たちが互いに愛し合い、協力し合うということもまさに車の両輪のように進んでゆくことです。

 

そして、最後に、彼らの働きの様子が、昼間に関しては、「こうして、私たちはこの工事を進めたが、その半分の者は、夜明けから星の現れる時まで、槍を手に取っていた」4:21)と描かれます。これは両手を使って働く必要のある者以外は、働きながらも槍を手に持っていたことを表しているように思われます。

 

また、ネヘミヤは夜の過ごし方に関しては、「だれでも自分に仕える若い者といっしょにエルサレムのうちで夜を明かすようにしなさい。そうすれば、夜にも見張りがおり、昼には働くことができる(4:22)と言いました。

これはエルサレムが夜の間、空になってしまうと、敵の攻撃によってせっかく築きかけた城壁が崩されるからですが、同時に、若い者や奴隷などが、恐れにとらわれて逃亡することを防ぐためだったかもしれません。緊張が途切れると、人は急に弱気になることがあります。緊張を継続すべきときがあるのです。

 

そればかりかネヘミヤは、「私も、私の親類の者も、私に仕える若い者たちも、私を守る見張りの人々も、私たちのうちのだれも、服を脱がず、それぞれ投げ槍を手にしていた(4:23)と最後に述べます。ネヘミヤはリーダーとして、自分の家族が率先して苦しみを担うように指導しました。私たちは人生の中で、ときにこのような仕事の仕方をしなければならないことがあるかもしれません。臨機応変な柔軟な対応という面も決して忘れてはならないことです。

信仰という名のもとに、自分の生活のリズムを崩すことができない、融通の利かない人間になってはなりません。この場合は、敵の攻撃の危険がある中で、敵から町を守るための城壁を築いているわけで、作業が長引けば長引くほど、危険が増し加わります。

また、城壁が完成する前は、それが非常にもろい状態にあるので、一気に仕上げる必要があります。徹夜作業など、そう頻繁にやっては身体を壊しますが、人生の中では時には、夜を徹して仕事を仕上げなければならないことがあります。締め切りは決して待ってはくれないということがあります。

 

  私たちはだれも自分の身を守りたいという自然な思いがあります。ですから、いろんなことに自分が臆病になっているときには、自分が何のために生かされているかを振り返ってみる必要があります。

使命を忘れた生活ほど退屈な人生はありません。そこでは.すべてがマイナスのスパイラルに落ち込んでゆきます。

 

 東日本大震災直後の被災地の中学校の卒業式で十五歳の少年が、「自然の猛威の前には人間の力はあまりにも無力で私たちから大切な物を容赦なく奪っていきました。天が与えた試練というにはむご過ぎるものでした。つらくて悔しくてたまりません・・ しかし、苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていくことがこれからの私たちの使命です」と語ったことが日本中の感動を呼びました。神がなぜあのような悲惨を、このときここで許されたかはわかりません。しかし、この少年は三人の友を津波で失うという悲劇を通して、自分にとっての「使命」を明確に意識するようになっています。

私たちは自分の生活を守るために生きているのではなく、何かの目的のために生かされています。私たちの場合は、祈りの中で、神との交わりの中で自分の使命を意識し、互いに助け合い、サタンの攻撃に備えながら、この教会に与えられた使命を全うするように召されています。

神のときの中で、自分の人生のリズムを見直すべきときがあります。勝負のとき、熱くなるべき時がだれにもあるのです。

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2011年12月 4日 (日)

マルコ7章24-37節 「エパタ(開け)」と言われた主

 2011124

 

フェイスブックの中で、ある方が「311とっても辛いことだけど、311を経て友だちになった人たちが結構いる。311がなかったらきっと他人でしかなかっただろう。そういう意味ではともて不思議で奇妙な感覚だ。311後にできた友人たちは、悲しみの中で生きる意味を教えてくれる。僕はあなたに会えて本当によかったです」と書いているのに、妙に納得できました。

 

第二次大戦のときのユダヤ人絶滅計画の中を生き延びたレビナスというユダヤ人哲学者も、「ヒトラー経験は多くのユダヤ人にとって、個人としてのキリスト教徒たちとの友愛のふれあいの経験であった。それらのキリスト教徒たちは、ユダヤ人に対してその真心を示し、ユダヤ人のためにすべてを危険にさらしてくれたのである」と語っています。

 

閉塞感ということばが流行って久しくたっていますが、311は日本がその閉塞感の呪縛から解放される契機にもなるのではないでしょうか。1995年の阪神大震災のときには二か月後にオウム事件が起きて、信仰を求める心に水を浴びせられました。しかし、今回は、その反省が生かされた動きが起きているような気がします。

 

キルケゴールが言っているように、「絶望できるとは、無限の長所」であるけれども、同時に、「絶望は、罪」です。なぜなら、「罪」とは「不信仰」に他ならないからです。

 

今日の箇所では、雄弁なカナン人の女と、聞くことも話すこともできない男性の癒しがしるされています。雄弁な女性は、本来、希望を持ちえないところに希望を開きました。絶望していた男性は、イエスによって希望を与えられました。

 

私たちはこの女性の信仰から自分の不信仰を示され、そして、イエスのもとで霊の耳が開かれ、主にある希望を見いだすことができるのです。

 

 

 

1.「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくない」

 

「イエスは、そこを出てツロの地方へ行かれた」(7:24)とありますが、これはガリラヤ湖畔から約50kmばかり北に行った地中海沿いの町です。エゼキエル2627章には、長く繁栄を誇っていたツロの町が、その傲慢さのゆえに神のさばきを受け、廃墟となると預言されており、それが文字通り実現しました。当時は復興が進んでいましたが、イエスはそのさばきのことをマタイ112122節でも語っておられます。

 

とにかく当時のユダヤ人にとっては、ツロはのろわれた地方で、そこで福音を語るなどということは想像もできないことでした。そして、主ご自身も、そこで「家に入られたとき、だれにも知られたくないと思われた」と記されています。

 

主はこの時、神の国の福音を宣べ伝えるよりは、群衆を避けて、弟子たちとともに静かなときを過ごしたいと願っておられたのでしょう。ところが、「隠れていることはできなかった」というのです。イエスのうわさはこの異邦人の地にまで知れ渡っていたからです。

 

 

 

そしてそこで起きたことが、「汚れた霊につかれた小さい娘のいる女が、イエスのことを聞きつけてすぐにやって来て、その足もとにひれ伏した。この女はギリシヤ人で、スロ・フェニキヤの生まれであった。そして、自分の娘から悪霊を追い出してくださるようにイエスに願い続けた」(7:2526)と描かれています。

 

なお、「ギリシャ人」とは、「異邦人」の代名詞的なことばで、それをもっと特定するために「スロ・フェニキヤの生まれであった」と記され、彼女がツロやシドン全体を含む地域の住民であったことが強調されます。マタイではより忌み嫌うべきニュアンスで、「その地方のカナン人の女」と(15:22)と記されています。

 

なお、マタイではこの女は、「主よ。ダベデの子よ。私をあわれんでください。娘がひどく悪霊に取りつかれているのです」(15:22)と叫んでイエスの後についてきたので、弟子たちも困り果てたという様子が描かれています。

 

エゼキエル書では、ダビデの子である救い主が遣わされる目的が、「イスラエルの羊」の中から、「失われたものを捜し、迷い出たものを連れ戻し、傷ついたものを包み、病気のものを力づける」と記されていました(34:16)。そしてマタイによると、イエスも弟子たちに、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外のところには遣わされていません」と言われたと記されています(15:24)

 

イエスが「ダビデの子」であるならば、この女の訴えを聞く必要はないと思われました。しかも、律法の教師であるならば、「カナン人の女」に向き合って会話することさえあってはならないことでした。しかし、イエスは彼女の訴えに耳を傾けました。旧約はカナン人との分離を強調していましたが、イエスはカナン人の女と対話をしたのです。

 

 

 

 そこでイエスは、「まず子どもたちに満腹させなければなりません。子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです」(7:27)と言われました。

 

当時のユダヤ人は異邦人を、「犬」と呼んで軽蔑しましたが、イエスは彼女を「小犬」にたとえます。当時、犬は豚と並んで軽蔑された動物でしたが、「小犬」ということばには優しさが込められています。

 

 

 

ルターはそれを、「表面的な否定のことばのうしろに肯定のことばが隠されている」と言いましたが、イエスのことばのトーンには、彼女の応答を引き出す優しさが感じられたのではないでしょうか。

 

 

 

あるユダヤ人のクリスチャン聖書学者は、ここにイエスのユーモアが隠されているとも言います。そこには、「もし、わたしが、あなたが呼んだように『ダビデの子』、イスラエルの牧者であるなら、わたしは、あなたにではなく、イスラエルの失われた羊に遣わされているはずだよね。それでも、わたしを『ダビデの子』と呼ぶのかな?」というニュアンスだったというのです。

 

とにかく、このカナン人の女は、イエスの側には自分を助ける理由はないことを十分に認識しながら、なお、必死にイエスにすがっています。イエスは、彼女が自分の立場を十分にわきまえながら、なお不可能にチャレンジするように訴えているという、その気持ちを受け止めるような発言をしたのだと思われます。

 

 

 

しかもイエスが、「まず、子供たちに満腹させなければなりません」と言われたのは、たとえば、「まずユダヤ人に食べさせなければパンが足りなくなる・・・」というように、ご自分のパンの供給力の不足を説明したのではなく、ご自分の働きが、何よりもイスラエルの王として旧約の預言を成就することにあるということを言われたのです。

 

イエスは、決して、人々のニーズを御用聞きのように聞いて回って、その必要に答えようとしていたのではありません。

 

 

 

2.「でも、食卓の下の小犬でも、子どもたちのパンくずをいただきます」

 

そして、この女は、イエスがイスラエルの牧者という枠を超えた救い主であることを、どういうわけか直感的に認識していました。 それで、女は、「主よ。そのとおりです」(7:28)と答えながら、すぐに「でも、食卓の下の小犬でも、子どもたちのパンくずをいただきます」と答えました。

 

先に、イエスが男だけでも五千人の大群衆にパンを与えたとき、そのパンくずを集めただけで十二のかごがいっぱいになりましたが、この女は不思議にも、イエスがイスラエルの民の救い主としての働くことから生まれる「パンくず」の多さを理解していました。イエスはイスラエルの王として、旧約におけるイスラエル預言を成就してくださいましたが、そこから新しい異邦人への救いが始まりました。

 

 

 

この女は、イエスのそれまでの働きを聞きながら、それを理解したのです。当時のユダヤ人は、新しい「ダビデの子」としての救い主が来たら、イスラエルがローマ帝国の代わりにユーフラテス川以南の広大な約束の地を支配させてくださり、そのとき異邦人たちは奴隷のようにイスラエルの民に仕えるようになると期待していました。

 

しかし、この女は、新しいダビデの子は異邦人を奴隷にする王ではなく、異邦人にも恵みを施してくださる全世界の王であることを認めたのです。これは当時のユダヤ人の誰も理解できない大きな福音理解でした。

 

 

 

それにイエスは感動して、「そうまで言うのですか」7:29)と言われました。マタイでは、イエスが「女よ。あなたの信仰はりっぱ(偉大)です」と称賛されたと記されています。そして、イエスは、「それなら家にお帰りなさい。悪霊はあなたの娘から出て行きました」と言われました。これはイエスの父なる神が、この女の応答に喜ばれて、たちどころにこの娘を癒してくださったことを意味します。

 

たとえばイエスはユダヤ人の会堂管理者ヤイロの娘の病を聞いたときには、彼の家をわざわざ訪ねました。しかしこのときは女の応答と同時に、離れた家の娘が癒されたのです。当時のイエスは律法の教師として、異邦人の家に足を踏み入れるなどということは、それこそ大きなスキャンダルになることでしたが、そのような問題を起こすこともなく、この異邦人の娘は癒されました

 

その様子が、簡潔に、「女が家に帰ってみると、その子は床の上に伏せっており、悪霊はもう出ていた(7:30)と記されています。

 

 

 

3.「人々は、耳が聞こえず、口のきけない人を連れて来て」

 

  イエスは今、「デカポリス地方のあたりのガリラヤ湖(7:31)に来られました。これはゲラサ人などの異邦人が中心に住んでいる所で、かつてレギオンという悪霊の大軍に縛られていた人が救われた地方でした。その時、この人は、「お供をしたいとイエスに願った」のですが、イエスはそれをお許しにならないであなたの家に帰り・・主があなたにどんなに大きなことをしてくださったか、どんなにあわれんでくださったかを、知らせなさい」と命じられました。それで彼は、それをデカポリスの地方で言い広め始めた」のでした(5:1-20)

 

その伝道の結果、イエスが再びここを訪ねたとき、人々は、耳が聞こえず、口のきけない人を連れて来て、彼の上に手を置いてくださるように願った(7:32)という不思議な行動が起こされたのです。今回の奇跡の背後に、ひとりのゲラサ人がいます。

 

 

 

なお、当時は、「耳は聞こえないけれど字を読むことはできる」ということは、まずあり得ませんでした。聖書を手にできる人は稀で、会堂に集り、耳で聴くのが一般的でした。当然、彼はイエスのことを聞くこともできませんから、自分の意思で会いに来るなどということはできなかったと思われます。

 

つまり、彼はイエスによって癒されるにふさわしい信仰を持っていたわけではなく、ただ、他の人の信仰と愛に依存して生きていただけなのです。

 

 

 

  三重苦を味わったヘレン・ケラーは、耳が不自由なことの寂しさを「私のまわりを取り囲む静けさは、あの神経の疲れを休めてくれる静けさではありません。『おはよう』という声や、小鳥の声でやぶられるようなそんなやさしい静けさではないのです。それは、いっさい他人と自分を引き離し閉じ込める、残酷な厚い壁のような静けさなのです。」と語っています。

 

当時は、手話でのコミュニケーションもありませんでした。耳が聞こえない人の立場は、今とは比較にならないほど悲惨でした。彼は、まったく世間から隔絶されて生きていたと思われます。しかし、あの悲惨なゲラサ人を救ったイエスの愛が、彼をイエスのもとに連れて来ようという人々の気持ちを動かしたのです。

 

 

 

4.「深く嘆息して・・・エパタ・・・と言われた。」

 

  ところで、人々は「手を置いてくださるように願った(32)のですが、イエスはそれに従わず、「その人だけを群集から連れ出」されました。それは彼と個人的に、顔と顔を合わせて、出会うためでした。

 

その上で、イエスは「その両耳に指を差し入れ」ました。彼の目の前にはイエスの慈しみに満ちた御顔が迫りました。それは、いかなることばにもまさって、神の愛を伝える顔でした。

 

その上で、「つばきをして、その人の舌にさわられ(7:33)ました。それは、主ご自身のいのちを分け与えて、その人の舌を動くようにするという、いのちのふれあいです。

 

 

 

そして、イエスは「天を見上げ、深く嘆息して」と記されますが、「嘆息し」というのは分詞ではなく主動詞ですから、彼は嘆息しながら「エパタ」と言われたわけではありません。嘆息したことが、ここで特別に注目されているのです。イエスは、この人の人生の悲しみをいっしょに味わい、ことばにならない祈りを、代わりに祈られたのです。

 

 

 

嘆息は、「私たちはどのように祈ったら良いか分からないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます(ローマ8:26)と記されている「うめき」と同じことばです。

 

 

 

  その上で、イエスは、その人に向かって「エパタ」と言われました。これは祈りではなく、命令です。つまり、イエスは、ことばで世界を造られた創造主として命じられたのです。弟子たちは、ギリシャ語ではなく、イエスが語ったとおりのアラム語の発音をそのまま記させました。それほど、このことばが印象的だったからです。

 

 

 

 「すると彼の耳が開き、舌のもつれもすぐに解け、はっきりと話せるようになった(35)と描かれていますが、これは、器官的な障害が治ったということ以上のことです。盲目の人は目が開けばすぐに見えるようになりますが、耳と口が開いても、ことばを習得していなければ、聞こえるのは意味の不明のことばばかりです。

 

それなのに、彼がすぐに「はっきりと話せるようになった」というのは、日本語しかできない人が急にギリシャ語で話し出すようなものです。

 

ことばの習得には忍耐が必要です。それがすぐにできるようになったのは、イエスがこの人をまさに内側から作り変えてくださったからです。そして、私たちにも必要なのもそのような根本的な変化ではないでしょか。

 

 

 

この私たちの教会で礼拝している人たちは、たまたまみな、聞くことにも語ることにも不自由はありません。しかし、失礼ながら、本当に人の話が聴けているでしょうか。また、語るべきことを語っているでしょうか。話した後で、「なんてこと言ってしまったのだろう!」と後悔することが多いのではないでしょうか?

 

しかも、聞くことと話すことは連動しているのではないでしょうか。多くの人は、聞いているようで理解していません。厳しいことを言うようですが、メッセージを聞いて感動していても、その内容を他の人に伝えることができなかったとしたら、それはそのメッセージが自分のものとはなっていないという最大の証拠になります。

 

真の意味でみことばを聞くことができたとしたら、そのみことばは自分の血となり肉となって、必要なときに必要な人に分かち合うことができるはずです。

 

 

 

その意味で、私たち一人一人も、イエスの「エパタ」という命令によって、霊の耳を開いていただく必要があるのではないでしょうか。ただし、それにしても、あなたはそのことを、心から求めるでしょうか?イエスは、「求めなさい。そうすれば与えられます(マタイ7:7)と約束してくださったことを忘れてはなりません。

 

 

 

5.預言された神の救いが、今、成就した。

 

  「イエスは、このことをだれにも言ってはならない、と命じられた」(36)と記されていますが、イエスはこのいやしのみわざが宣伝されることを願いませんでした。耳の聞こえない人を連れて来た人々は、「口止めされればされるほど、かえって言いふらした」と記されていますが、イエスの関心は、このひとりの人の今までの悲しみと、これからの歩みにありました。いやしの奇跡を求める人があまりにも多く集まれば、心の通った出会いは妨げられます。

 

人々は、「この方のなさったことは、みなすばらしい。耳の聞こえない者を聞こえるようにし、口のきけない者を話せるようにされた」(7:37)と驚きました。しかし、ここには、もっと注目されるべきことがあるのではないでしょうか。

 

 

 

イスラエルの民は、外国の圧制に苦しみながら、イザヤが、神は来て、あなたがたを救われる。そのとき、目の見えない者の目は開き、耳の聞こえない者の耳はあく。そのとき、足のなえた者は鹿のようにとびはね、口のきけない者の舌は喜び歌う(イザヤ35:4,5)と預言したことが成就するときを待ち望んでいました。

 

イスラエルの悲惨は、神の栄光が離れたことの結果でした。それに対し、このイエスのみわざは、まさに、「神が(戻って)来られた」ことのしるしだったのです。待ちに待った祝福の時代が到来したのです。

 

イエスの救いは、「口のきけない者の舌は喜び歌う」という点にありました。それは、彼の身体以上に、彼自身に個人的な愛を注いでくださった結果です。子どもは母親の愛と忍耐に満ちた語りかけを受けながらことばを覚えますが、この人は、イエスの圧倒的な愛を瞬時に受けてたちどころに、今まで話したことがないことばで、イエスのみわざをたたえたのではないでしょうか。

 

 

 

ヘレン・ケラーは、サリバン先生の助けによって、冷たい水に触れながら「水」ということばを最初に覚えました。それから彼女の世界が変わったとのことです。しかし、彼女の自伝によると、一才で病気になって目も耳も口も不自由になる以前に、ウォーターという単語だけは覚えていたようです。

 

彼女にとって同じように画期的だったのは、「愛」ということばを知ったことでした。先生は、「雲はさわることができないけれど、そこから雨が降って、草木や乾いた土がどんなに喜ぶかが分かるわね。愛もさわることができないものだけど、それが注がれるとき、そのやさしい喜びは感じることができます。」という趣旨の説明をしました。

 

ヘレンは、そのときに、「自分の心と他の人々の心との間に、目に見えない、さわることのできない、美しい糸が結ばれていることがわかった」と語っています。

 

 

 

ヘレンは、実は、サリバンとの心のふれあいを通して、愛を体験したのです。そして、愛ということばを知ってから、彼女の世界ははるかに豊かになりました。

 

彼女の耳は、一生涯、閉じたままでしたが、「林の中を歩きながら、暗い土の中でせっせと苦労している根の歌を聞くような気がする」と言っています。また、「根は自分の咲かせた美しい花を見ることはできないけれども、いのちを与える喜びを味わっている」と彼女は言いました。このような感性を持ったヘレンは、人の愛を敏感に感謝し、誰よりも幸せを味わい、美しい歌を知っていました。

 

 

 

私たちのまわりには、耳が開いていても、みことばを聞こえない人、また、口があっても賛美できない人が何と多いことでしょう。イエスは今も、人と人との愛を通して、またみことばを通して、ひとりひとりに出会ってくださいます。

 

イエスが私たちに起こしてくださる最大の癒しは、神の愛、人の愛を理解する心の耳を開き、また、神を賛美し、人をいたわることばを語る心の口を開いてくださることです。

 

イエスが生み出す救いは、何よりも「御名の栄光をほめ歌い、神への賛美を栄光に輝かせる」(詩篇66:2)ことにあります。天国はそれが満ちている所です。

 

 

 

  カナン人の女は、本来、希望がないと思えるところに希望を求め続け、その信仰を評価していただけました。罪とは、神と自分に絶望することです。神には自分を変えることなどできないと絶望することです。その点でカナン人の女は、当時の人々の期待の枠を超えたはるかに大きなことをイエスに期待できたことは本当にすばらしいことです。

 

一方、私たちは彼女の信仰のすばらしさを見て、かえって自分の不信仰に悩みますが、信仰は自分で生み出せるものではありません。それは、「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです(ローマ10:17)とある通りです。

 

しかし、たといみことばを聞いたとしても、そこに聖霊が働かなければ私たちの心には落ちません。イエスが、耳の聞こえない人の耳にご自分の指を差し入れ、「エパタ」と言ってくださったように、聖霊が私たちの耳を開いてくださいます。

 

そして、耳が開かれると、口も自由にされます。そして、そこから愛の交わりが生まれます。そして、愛は、心と心のふれあい、ことばにならないことばを聞くことから始まります。

 

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