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2012年2月26日 (日)

ネヘミヤ12章27-43節(11:1-13:3講解)「主を賛美する群れとしての成長」

                                                  2012226

 聖書の民の礼拝の最大の特徴は、その中心に豊かな音楽があるということです。そして、その豊かさは、共同体全体として専門の聖歌隊や楽器奏者を支えるということから生まれます。ダビデの何よりの遺産は、その美しい詩篇の賛美とともに、専門家を育て、賛美を組織化したということにあります。ルターの宗教改革の何よりの特徴は、その音楽の豊かさにありました。

そして、私たちの教会が目指すことも、より豊かな音楽による礼拝です。教会堂建設でも何よりも礼拝堂における音の響きを重視したいと思っています。本日はエルサレム城壁再建の後の奉献式のことを覚えますが、そこには繰り返し、礼拝音楽のことが記されています。

しばしば、福音的な教会の礼拝では、みことばの説教ばかりが前面に出て、聖歌隊賛美や会衆賛美、祈りにおける音楽の用い方が余りにもおざなりにされてきた傾向があります。しかし、それは決して、聖書が描く礼拝の姿ではなりません。感動的な説教を聞くということ以前に、主への賛美がもっと注目される必要があります。

 

バビロン捕囚から帰還したイスラエルの民にとっての最大の憧れを多くの人は忘れています。ダビデの子ソロモンの時代に壮麗なエルサレム神殿が建てられ、そこでの最初の礼拝の様子が、次のように記されています。これこそ、聖書の民にとっての憧れの礼拝です。

 

歌うたいであるレビ人全員も・・白亜麻布を身にまとい、シンバル、十弦の琴および立琴を手にして、祭壇の東側に立ち、百二十人の祭司たちも彼らとともにいて、ラッパを吹き鳴らしていた─

ラッパを吹き鳴らす者、歌うたいたちが、まるでひとりででもあるかのように一致して歌声を響かせ、主(ヤハウェ)を賛美し、ほめたたえた。

そして、ラッパとシンバルとさまざまの楽器をかなでて声をあげ、『主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで』と主(ヤハウェ)に向かって賛美した。そのとき・・(ヤハウェ)の宮は雲で満ちた。祭司たちは、その雲にさえぎられ、そこに立って仕えることができなかった。(ヤハウェ)の栄光が神の宮に満ちたからである(Ⅱ歴代5:12-14)

 

1.「民のつかさたちはエルサレムに住んだ」

 11章には城壁が再建されたエルサレムに住んだ人々の名が具体的に記されています。この記事は6章までで城壁の再建の様子が感動的に描かれ、74節で当時のエルサレムの様子が、「この町は広々として大きかったが、そのうちの住民は少なく、家もまだ十分に建てられてはいなかった」と記されていたことに続くものです。エルサレムはまだまだ周辺国からの攻撃にさらされる可能性が高く、しかも、それぞれの農地から離れており、人々が積極的に住んでみたいという気持ちを起こさせるような魅力的な町にはなっていなかったのかと思われます。

ネヘミヤは城壁の修復作業を52日間で完成するという驚くべき速さで町の外面を整えましたが(6:15)、その後、すぐに城壁の奉献式を行う代わりに、信仰共同体としての中身を整えることに多くの労力を費やしました。

5章では、城壁工事の真っ最中、自分の子供を奴隷に売らなければならないような貧しい同胞のために、豊かな人に借金の抵当や利子を返すように強く迫ったことが記されました。6章では城壁の完成が、7章では系図の見直しのことが描かれていました。

そして8章では城壁完成直後に盛大に祝った仮庵の祭りの様子が記されます。そこで強調されていたのは、「主を喜ぶことはあなたがたの力である(8:10)ということでした。

そして、9章ではイスラエルの民がそろってモーセの律法の朗読に耳を傾け、悔い改めの祈りをささげる様子が描かれます。そこでの中心は、「ご覧ください。私たちは今、奴隷です」(9:36)という訴えでした。

そして、10章では女性や子供を含む、みことばを理解できるすべての民が、律法を守るという堅い盟約を結んだということが記されています。盟約の中心は、安息日を初めとする「時を聖別する」ことと、十分の一のささげものに象徴されるように「収穫の実を聖別する」ということでした。

つまり、ネヘミヤは、エルサレムの城壁を再建するということ以上に、イスラエルの民を真の神の民の共同体として整えるということに何よりも心を配っていたのです。私は長い間、新約につながるイスラエルの信仰共同体が、これほどまでにネヘミヤの共同体改革に負っているということに気づいていませんでした。

 

  現在、私たちの教会も、開拓23年目にしてようやく会堂建設に着手しようとしております。以前、マレーシア福音自由教会の会長がここでメッセージをしてくださったとき、会堂建設は何よりもひとりひとりの信仰の成長の機会であるということを強調してくださいました。

会堂建設は決して、目的ではなく、神の民として成長するための手段です。私たちの目的は、全身全霊で主を礼拝することと、神の家族として互いに愛し合うということにあります。教会堂はそのための器に過ぎません。

ただ、確かに、人はうわべを見ますし、それによって影響を強く受けますから、器にも大切な面があります。それは、ネヘミヤが城壁再建のために人々の心を動かしたのと同じです。

 

  11章の始まりは、「民のつかさたちはエルサレムに住んだ」という新しい動きとして訳すべきでしょう。なぜなら、城壁再建の最中は、ネヘミヤが民に向かって、「だれでも自分に仕える若い者といっしょにエルサレムで夜を明かすようにしなさい(4:22)と敢えて命じる必要があったほどに、多くの人々は離れた町に自分の家を持っていたからです。

そして、ほかの民の一割の人がくじ引きでエルサレムに住むようになりました。エルサレムはまだまだ危険な町でしたから、そこに進んで住もうとする人は民の特別な祝福を受けることができました。

その上で、4-6節まではエルサレムに住んだユダの民の系図が、7-9節はベニヤミンの系図が記されています。これと重なる系図がⅠ歴代誌9章にありますが、そこには興味深いことに、「エルサレムには・・・エフライムおよびマナセ族の者が住みついた」(9:3)失われたと思われた北の十部族の一部もエルサレムに住んだ様子が記されます。それは新しい神の民としての真の意味でのまとまった再出発が、このときにあったことを示しています。

 

2.「組と組が相応じて、神の人ダビデの命令に従い、賛美をし、感謝をささげた」

 そして、10-14節にはエルサレムに住んだ祭司の系図と人数が、15-18節にはレビ人の系図と人数が記されていますが、特に17節では、「祈りのために感謝の歌を始める指揮者・・副指揮者」のことが言及されます。

なお、11118節で、「聖なる都」という記述があるのは感動的です。一時は廃墟とされた都が、神の聖なる都として復活したからです。

19節には門衛のことが記されていますが、Ⅰ歴代誌917-27節には彼らがダビデ以来の門衛の務めを持つレビ人の家系に属することが記されています。

そして、1122,23節にはレビ人の監督者ウジのことが、「アサフの子孫の歌うたいのひとりで神の宮の礼拝を指導していた」とアサフの賛歌などで知られる由緒ある「歌うたい」の伝統のことが記されます。Ⅰ歴代誌25章には、ダビデの時代の「主にささげる歌の訓練を受けた・・達人」たちの系図が記されていました。ここでも、「彼らについては王の命令があり、歌うたいたちには日課が定められていた」と、神殿礼拝において主への賛美の歌がどれほど尊重されていたかが明らかにされます。

 25-30節にはユダの子孫が住んだエルサレム以外の町々が記されます。キルヤテ・アラバとはヘブロンのことです。27節にはさらに南のベエル・シェバのことが記されます。ユダ族はエルサレムが主な地域でした。また31-35節にはベニヤミン族の居住地が記されますが、それは主にエルサレムの北西に広がっていました。

 

  121-11節には紀元前537年にエルサレムに戻ったバビロン捕囚からの第一次帰還者の祭司とレビ人の名が記されています。また、12節から26節には、それから約90年後の紀元前445年に帰って来たネヘミヤの時代に、すでにエルサレムにおいて奉仕をしていた祭司とレビ人の名が記されています。

彼らは廃墟となっていたエルサレムで主への礼拝を復興させ、それを受け継いだ者たちとして、その名が永遠に記憶されました。

興味深いのは、8節で、「感謝の歌を受け持っていた。彼らの兄弟は・・向かい側に立った」24節では「組と組が相応じて、神の人ダビデの命令に従い、賛美をし、感謝をささげた」とペアーの聖歌隊の働きが特筆されていることです。

新しい神の都では、聖歌隊の働きが何よりも重視されていました。ダビデが記した多くの詩篇には、それぞれ固有のメロディーがついて歌われるようになっていたと思われます。それは二つのグループに分かれて、交互の歌うように作られていました。レビ人たちは、それを親から子へと代々受け継いでいったのです。

 

私たちの礼拝でも、翻訳しなおした交読文の形で、多くの場合、それぞれの節の前半と後半を分けて朗読するようにしていますが、詩篇にはことばとともに読み方、歌い方が指定されていました。私は詩篇の読み方を少しでも本来のあり方に近づけようとして独自の交読文を作りましたが、これは何か奇抜なことを勝手にやろうとしていることではなく、現代の日本の礼拝の形を、少しでも聖書的なものに戻そうとしている大切な試みです。

残念ながら、三千年前の歌い方がどうであったかは想像もつきません。今後の研究に任せたいと思いますが、とにかく詩篇を、二つに分かれた聖歌隊が組になって、交互に歌ったということは確かです。

そして、エルサレムを聖なる都として建てなおす何よりの原動力は、主への賛美にあったということを私たちは思い起こすべきでしょう。

 

3.「ユダのつかさたちを城壁の上に上らせ、二つの大きな聖歌隊を編成した」

1227-43節には「エルサレムの城壁の奉献式」のことが描かれています。ネヘミヤ自身の働きが「私」という主語とともに前面に出てくるのは75節以来のことです。彼は城壁の完成直後に奉献式を行う代わりに、イスラエルを神の民の共同体として整えることを最優先しました。

そして、この奉献式においては何よりも聖歌隊の働きが重んじられました。そのことが、「レビ人を、彼らのいるすべての所から捜し出してエルサレムに来させ、シンバルと十弦の琴と立琴に合わせて、感謝の歌を歌いながら喜んで、奉献式を行おうとした。そこで、歌うたいたちは、エルサレムの周辺の地方・・から集まって来た(12:27-28)と描かれますが、ここに記された村々はみなエルサレム周辺にありました。

そのことが、「この歌うたいたちは、エルサレムの周辺に自分たちの村々を建てていたからである」(12:29)と記されています。彼らはエルサレムと自分の村を行き来するようにして働きまた奉仕していたのだと思われます。礼拝のための奏楽や聖歌隊賛美は、レビ人にとっての最も大切な責任と見られていました。

 

 そして、奉献式の始まりにあたって、「祭司とレビ人は、自分たちの身をきよめ、また民と門と城壁をきよめ」ました(12:30)。これは奉仕者が水を浴び衣服を洗い全焼のいけにえをささげ(民数記8:5-13)、また、「やぎと雄牛の血、また雌牛の灰を・・注ぎかける」(ヘブル9:13、民数記19)ことによってなされました。

 

  その上でネヘミヤは、「ユダのつかさたちを城壁の上に上らせ、二つの大きな聖歌隊を編成し(12:31)、それぞれを左右別の方向から城壁を半周させて神殿で合流させるようにしました。その出発点は、エルサレムの南半分のダビデの町の西側の「谷の門」からであったと思われます。そこはネヘミヤが最初にエルサレムに到着して町の城壁を密かに調べたときの出発点でもありました(2:13)

そしてこのとき、「一組は城壁の上を右のほうに糞の門に向かって進んだ」とありますが、これはこの隊が反時計回りに進み谷の門から南端に向かったことを指します。そして、この隊の中心には、学者エズラがいて(12:36)、民のつかさたちの半分が従っていました。そこで、祭司たちのある者はラッパを持ち、レビ人たちは「神の人ダビデの楽器を持って続いて行った」と描かれます(12:36、Ⅰ歴代誌23:5参照)

そして、彼らの歩いたルートが、「彼らは泉の門のところで、城壁の上り口にあるダビデの町の階段をまっすぐに上って行き、ダビデの家の上を通って、東のほうの水の門に来た(12:37)と描かれます。

 

 そして、「もう一組の聖歌隊は左のほうに進んだ(12:38)とありますが、これは谷の門からエルサレムの西側を時計回りに北上するルートで、その中心にはネヘミヤがいました。そのことが、「私は民の半分といっしょに、そのうしろに従った。そして城壁の上を進んで、炉のやぐらの上を通り、広い城壁のところに行き、エフライムの門の上を過ぎ・・魚の門と、ハナヌエルのやぐら・・を過ぎて、羊の門に行った」(12:39)と描かれます。「羊の門」とは、神殿北部のいけにえを運び入れる門でした。

そして彼らは監視の門で立ち止まった」とは、この二つの組がそこで落ち合って、神の宮に入ったことを指しているのでしょうか。とにかくこの二つの聖歌隊に導かれた民は、半分ずつに分かれて、城壁の上を一周し、神殿での礼拝に臨んだでした。

その結論が、「こうして、二つの聖歌隊は神の宮でその位置に着いた。私も、私とともにいた代表者たちの半分も位置に着いた(12:40)と描かれます。

 

 彼らは次のような詩篇4812-14節のことばを歌いながら、城壁の上を歩いたのかもしれません。

 シオンを巡り、その回りを歩け。そのやぐらを数えよ。その城壁に心を留めよ。その宮殿を巡り歩け。後の時代に語り伝えるために。

この方こそまさしく神。世々限りなくわれらの神であられる。神は私たちをとこしえに導かれる」

 

 41節には、エルサレム神殿の庭に入った七人の「祭司たち・・も、ラッパを持って位置に着いた(12:41)と描かれ、42節では8人のレビ人の指導者が、「位置に着いた」(12:42)と記されますが、ウジについては、1122節では「神の宮の礼拝を指導していた」と記されていました。

それから、歌うたいたちは、監督者イゼラフヤの指揮で歌った」とありますが、イゼラフヤとはウジの子だと思われます(Ⅰ歴代誌7:3)。ですから、ここでは民の指導者たちが前に立っている中で、イザラフヤの指揮でふたつの聖歌隊が詩篇の賛美を交互に歌ったのだと思われます。

 そして、そのときの結論が、「こうして、彼らはその日、数多くのいけにえをささげて喜び歌った。神が彼らを大いに喜ばせてくださったからである。女も子どもも喜び歌ったので、エルサレムの喜びの声ははるか遠くまで聞こえたと描かれます(12:43)

エルサレム神殿の礎が築かれたときには喜びの叫び声と民の泣く声が混ざっていましたが(エズラ3:12,13)、このときは喜びの声ばかりで満たされ、それが遠くまで聞こえたというのです。とにかく彼らはこの日、数多くのいけにえをささげるとともに、「喜び歌った」のでした。

新約の時代は、イエスの十字架によって動物のいけにえをささげる必要はなくなりました。それで、「私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか」(ヘブル13:15)と勧められています。

 

4.「イスラエル人はみな、歌うたいと門衛のために定められた日当を支給していた」

 1244節では、突然、「その日、備品や、奉納物、初物や十分の一を納める部屋を管理する人々が任命され、彼らは祭司とレビ人のために、律法で定められた分を、町々の農地からそこに集めた」と記されます。これは祭司やレビ人の働きを民全体でささえるということを改めて明確にしたものです。

そしてその理由が、「これは、職務についている祭司とレビ人をユダ人が見て喜んだからである」と記されています。

そして、神殿奉仕者のことが、「彼らおよび歌うたいや門衛たちは、ダビデとその子ソロモンの命令のとおりに、彼らの神への任務と、きよめの任務を果たした(12:45)と描かれ、その由来が、「昔から、ダビデとアサフの時代から、神に賛美と感謝をささげる歌うたいたちのかしらがいた(12:46)と改めて描かれます。

そして、バビロン捕囚からの帰還者が何よりも主への賛美を大切にしたということが、「ゼルバベルの時代とネヘミヤの時代には、イスラエル人はみな、歌うたいと門衛のために定められた日当を支給していた(12:47)と描かれます。なお、その際、レビ人には民の収入の十分の一が分けられ、レビ人の収入の十分の一は、アロンの子孫である祭司に分かち合われました。

ドイツではどんな小さな町でも、公共のホールでの音楽会が定期的にもたれるなど、文化を支えることを住民全体で取り組んでいますが、そのような発想は、今から2500年前の貧しいイスラエルから始まっていたことだったのです。

 

131節では、「その日、民に聞こえるように、モーセの書が朗読されたが、その中に、アモン人とモアブ人は決して神の集会に加わってはならない、と書かれているのが見つかった」と記されます。これは申命記233-5節に記されていることで、その要約が、「それは、彼らがパンと水をもってイスラエル人を迎えず、かえって彼らをのろうためにバラムを雇ったからである。

しかし、私たちの神はそののろいを祝福に変えられた」(13:2)と改めて記されます。これによってイスラエルの民は祝福されましたが、アモン人とモアブ人は自分たちにのろいを招くことになりました。

神の民をのろう者は自滅せざるを得ません。ただ、モアブの女ルツの場合のように、その信仰のゆえに神の民へと加えられ、ダビデ王家の先祖となる者もいました。神はひとりひとりの信仰を見ておられます。

 ただし、このときは「彼らはこの律法を聞くと、混血の者をみな、イスラエルから取り分けた」(13:3)と描かれます。これは、非常に厳しい措置のように思われますが、エズラの宗教改革の基本が外国の女をすべて追い出すということであったことを考えれば当然のことです。

彼らは神の民としての純粋さを保ち、それを後の子孫に受け次ぐ必要がありました。彼らは神の民として、ようやく約束の地に戻され、これから神の民としての再出発を図ろうとしていました。小さな妥協が、神の民の存在価値自体を無に帰してしまう可能性があったからです。

 

  ネヘミヤ記を通して読むことで何よりも感動的なのは、城壁の再建という外枠の働きと並行して、主を礼拝する共同体としての形が整えられて行くプロセスが記されていることでした。

そして、バビロン捕囚から解放されてエルサレムに戻ってきた神の民は、何よりも、祭司やレビ人が礼拝音楽において訓練され、礼拝音楽を通して民の礼拝を導くということが大切にされていました。そこには何と多くの礼拝音楽の専門家が育っていたことでしょう。今も昔も、音楽の訓練には驚くべきお金がかかります。彼らはそれを共同体として支えていたのです。

  私たちも今、礼拝音楽をより豊かにするために、礼拝音楽の奉仕者の層を広げ、専門家を育てるということも考えても良いのではないでしょうか。様々な種類の集会を持って、人々に聖書のみことばを分かち合うということはもちろん、教会にとっても最も大切な使命ですが、それと同時に、主への礼拝がより豊かにされるように、そのために会堂という礼拝環境を整え、専門家を育て人々を訓練するということも並行して大切にされる必要があります。

 

旧約の時代と新約の時代の何よりの区別は、動物のいけにえをささげる必要がなくなったということにあります。しかし、旧約の時代から現代まで一貫して流れている礼拝の形の強調点が礼拝音楽にあるということを、多くの人は忘れているのではないでしょうか。

主への賛美は、レビ人にとって親から子へと受け継がせる最大の働きでした。そして、祭司やレビ人にとって、最高の奉仕とは、主を賛美すること、会衆の賛美をリードするということでした。

私たちは今、教会堂建設に向けて動き出していますが、それを通して何を目指そうとしているかを今一度心に留めるべきでしょう。礼拝音楽はみことばの説教と並んで礼拝の要です。その意味を改めて考え直してみましょう。

なお、ネヘミヤのときの礼拝では、ソロモンのときのように神の栄光の雲が宮に満ちるということはありませんでした。彼らは、それを実現してくれる救い主を待ち望んでいました。それから、約500年近くたって、神の御子ご自身がエルサレム神殿に入って来られました。人々はその方を十字架にかけて殺しましたが、彼は三日目に死人の中からよみがえることで、驚くべき神の栄光を現してくださいました。

そのことは、「キリストは、本物の模型に過ぎない、手で造った聖所に入られたのではなく、天そのものに入られたのです(ヘブル9:24)と記されています。

 

キリストこそ、最高の神の栄光の現れでした。それゆえ新約時代の礼拝のことが、「キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい(コロサイ3:16)と記されています。そのような礼拝を目指しましょう。

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2012年2月19日 (日)

黙示録17:1-18節 「信仰と富」

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 信仰と富との関係は微妙です。神を信じればお金持ちになれるという短絡的なご利益信仰は危ないですが、でも反対に、信仰者はお金のことを考える必要はないという発想は、もっと危険です。それはイエスが強く非難したパリサイ人の偽善になります。お金が偶像になるのは、それが私たちの日々の生活にとって何よりも大切であるからです。

今から百年余り前にマックス・ウエバーというドイツの社会学者が、「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という本を記して、ルターやカルヴァンに始まった聖書信仰を受け入れた地方や国々では近代資本主義の発展が際立っていたということを明らかにして、その分析は今も多くの学者から認められています。

ヨーロッパ南部のカトリック教徒の中には、「うまいものを食べて暮らしたいが、それができねば、いっそのこと寝て暮らそう」という発想があるのに対して、北部のプロテスタント諸国では、永遠のいのちを約束された者として、仕事を通して神の栄光を現すという理念が強く、世俗の楽しみのためにお金を儲けるのではなく、営利追求自体が職業倫理として肯定されたという趣旨のことを語っています。

たとえば、金銭にはそれ自体に繁殖力と結実力があります。そして、お金は、お金の使い方の上手な人、また、信用力のある人のもとに集まる傾向があります。約束を守ることができない人の所にはお金は集まってきません。初期の資本主義においては、強欲な人であるよりは誠実な人がお金持ちになることができたのかもしれません。少なくとも、信頼されない人は、他の人のお金を預かることも、仕事を任せてもらうこともできません。明確な職業倫理がなければ資本主義は発展しえなかったのです。

 

たとえば、日本では株式取引はあまり尊敬されませんが、少なくとも私が十年間その職場にいながら、録音もない電話の約束が反故にされた記憶はありません。ある株式を買っていただいて、直後に株価が下がっても、約束通りのお金が期日には振り込まれました。口約束を守ることができないような人は、そもそも、取引に参加する資格がないと見られました。

ところが、私は神学校に入って、約束を守ることができない神学生が多いことに驚きました。レポートの期日を平気で破る人がいました。それでいて、社会批判だけは一人前にできるのです。自分が貧しいのは、社会が悪いからというより、信用力がないことの証しかもしれないという謙遜さも必要でしょう。

ただし、社会の構造が歪んでいることの結果として、強欲な人がお金持ちになり、貧しい人がますます貧しくなるということもあります。現在は確かに、強欲資本主義と呼ばれるようなお金の暴走の現実があります。しかし、お金の暴力とその結末のことは黙示録1718章に明確に描かれています。

そして、この背後にはダニエル123節の「思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる」というみことばがあります。あなたの誠実さは、神によって報いられます。一方、卑劣さで栄えた者は滅ぼされるのです。

 

1.「獣を拝む者が受ける刻印」

黙示録は、未来のことを描いているという見方が多くありますが、これはいつの時代にも、極めて現実的な警告の書ではないでしょうか。たとえば、第二次世界大戦の間の日本の教会はほぼ例外なく天皇を現人神とし神社参拝に参加しましたが、日本占領下の朝鮮半島では多くの信仰者がこれに抵抗を見せました。

そのような中で、朝鮮半島のキリスト教のミッションスクールでは、「警察は神社参拝に出てこない生徒を調査し、彼らを学校から退学させるとともに、彼らの父を職場から首切りし、もし商業を営む者は、それを中止させて生活に脅迫を加えた」ということが実際に行われました。これはまさに、黙示録1316,17節のことが行われたということです。つまり、「獣の像を拝まない者」(神社参拝拒絶者)は経済活動から排除され、「その刻印(偶像礼拝者の印)・・を持っている者以外は、誰も買うことも売ることもできないようにした」というのは、文字通り現実に起きたことだったのです。

日本の教会は、そのような中で、わざわざ朝鮮半島にまで出かけていって、神社は宗教ではないと説き伏せていました。

 

しかし、矢内原忠雄氏は黙示録に励まされて妥協することなく、「自分たちの戦いの意味も、事の起こりも終わりも、こうして示されております。あとは忍耐する事と、信仰することだけなのです。これはそんなに難しいことではない。苦しくないことではありませんが、難しいことではない」と大胆に語っています。

矢内原氏の筋の通った信仰の姿勢は、戦後多くの人々の尊敬を集め、東京大学総長に抜擢されます。彼はその頃の苦しみを振り返りながら、「獣」(国家権力)は猛威を振るった。しかし、それはまことに『一年と二年と半年の間』(12:14)であった。過ぎ去った今、往時をかえりみれば、ひと時の悪夢である。而して我に帰れば、神の勝利に対する賛美と神の恩恵に対する感謝のみが我が心に沸き起こる。しかしながら、サタンは未だまったく滅ぼされたのではない。『七つのラッパ(黙示録8-11)は終わったけれど、やがてまた新しき審判の連環として『七つの鉢』(16章以降)が始まるであろう。その時、キリストに対する操守を全うして己が永遠の生命を失わぬよう、今の中にヨハネの幻影の教うる意味を心して学んでおかなければならないのである」と記しています。

そして矢内原氏の懸念こそ、現代の課題です。

なお黙示録には、「七つの封印」「七つのラッパ」「七つの鉢」に、恐ろしい災いが描かれますが、これらはすべて、あくまでも神から小羊イエスに託されたさばきとして描かれていることです。それはイスラエルの出エジプトの際の「十の災い」と同じく、私たちを「新しい天と新しい地」に招き入れるための通過点に過ぎません。

 

2.『すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン』

そして、現代の教会が直面しているサタンの誘惑とは、1718章に描かれる「大淫婦」、「大バビロン」ではないでしょうか。ヨハネは、ひとりの女が緋色の獣に乗っているのを見た。その獣は神をけがす名で満ちており、七つの頭と十本の角を持っていた。この女は紫と緋の衣を着ていて、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものや自分の不品行の汚れでいっぱいになった金の杯を手に持っていた」(17:3、4)という幻を見ました。

「七つの頭」とは、「七つの山」(17:9)のことですが、これはローマ市が七つの丘の上に立っているからだと言われます。ローマ帝国の支配下の安定の下で、ヨーロッパからアフリカ北部、中東がひとつの市場のようになり、自由な交易が発展しましたが、それに伴って、商人たちが大きな力を持ち、政治権力さえもお金で左右される事態が生まれました。

これは現代のグローバル市場経済の先駆けのようなものです。そして、現代、その流れはインターネットの普及とともに世界に広がっています。物もお金も、民族や国語の相違を超えて取引され、富裕な人は、もう国境や文化の枠を越えて活動しています。そして、貧富の格差はどんどん広がり、政治もお金に左右されます。しかも、多国籍企業には、国の規制も効果がないばかりか、本社移転がないように国がご機嫌をとらなければならないほどです。

そのような中では、ひとりひとりの価値が、「どれだけお金を稼ぐことができるか」という基準によって図られるようになります。そして、お金にたましいを売ってしまった「銭(ぜに)ゲバ」のような人が力を持ってしまいます。

 

そして、この「大淫婦」の姿が、その額には、意味の秘められた名が書かれていた。すなわち、『すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン』という名であった。そして、私はこの女が、聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た」(17:5、6)と描かれます。

これは、グローバリゼージョンの波の中で、誠実な仕事をしている信仰者たちが時代の変化に乗り遅れ、職を失って血を流すような事態を指しています。お金持ちは、自分が育ててもいない会社を買収し、自分に忠誠を誓わない社員を辞めさせることだってできるのです。

ところが、そのような中で、不思議な展開も起きます。それが、「あなたが見た水、すなわち淫婦がすわっている所は、もろもろの民族、群衆、国民、国語です。あなたが見た十本の角と、あの獣とは、その淫婦を憎み、彼女を荒廃させ、裸にし、その肉を食い、彼女を火で焼き尽くすようになります」(17:15、16)という記述です。

いつの世にも、お金に支配された権力は、やがて貧しい大衆の支持を取り付けた新しい権力者によって滅ぼされてきました。つまり、暴力の支配が富の支配を打ち砕くということがあるのです。富と暴力は、どこかでぶつかり合い、自滅してゆきます。私たちは、その背後に、傲慢な者をさばく、目に見えない神のご支配を見ることができます。

そして、この大淫婦があっけなく滅びさるときに、「彼女から富を得ていた商人たちは・・・泣き悲しんで」、「わざわいが来た。わざわいが来た。麻布、紫布、緋布を着て、金、宝石、真珠を飾りにしていた大きな都よ。あれほどの富が、一瞬のうちに荒れすたれてしまった」と言います(18:16,17)。

また、「すべての船長、すべての船客、水夫、海で働く者たちも、遠く離れて立っていて、彼女が焼かれる煙を見て・・頭にちりをかぶって、泣き悲しみ、『わざわいが来た。わざわいが来た。大きな都よ。海に舟を持つ者はみな、この都のおごりによって富を得ていたのに、それが一瞬のうちに荒れすたれるとは』と叫んで言う」と描かれます(18:18、19)。これはこの大淫婦により頼んでいた多くの小金持ちの嘆きを表現した姿です。

日本でも、この二十年間のうちにバブルがはじける姿を二度も体験しました。そのたびごとに、安易に金儲けに走っていた人たちが、大損をし、嘆きに沈んで行きました。

 

ただし、「お金は大事だよ・・」と言われることも真実です。最近は、「市場原理主義」などと、市場経済が軽蔑されるような論調も聞かれますが、人類は、自由市場経済にまさる効率的な資源の配分と商品の分配システムを発見することはできていません。

今から250年近く前の英国で、アダム・スミスが「国富論」という書を記し、その発想は今も多くの人々に示唆を与え続けています。そこで彼は、自由な市場経済のもとでは、ひとりひとりが自分自身の利益を追求することによって、結果的に社会全体の利益をもたらす一方で、公共の利益のために仕事をするなどと気取っている人々が、社会全体の大きな利益をもたらしたなどという例を見たことがない、自由市場の中では、まじめに利潤追求を考えている人が、(神の)見えない手に導かれて、結果的に社会全体の資源配分が効率化されると言っています。

権力は時とともに必ず腐敗します。人民を自由にするはずの共産主義が、どれほど多くの人々を死に追いやり、環境破壊をもたらしたかを見れば、市場原理を軽蔑することの危険性がよくわかります。  

お金も市場経済も、本当に役に立つからこそ、偶像になってしまうのです。知らないうちに、人も自分も、その価値を市場原理で計ってしまうようになるというのが、大バビロンの誘惑です。そのとき、人はお金の奴隷になっているのです。

お金は使うものであって、お金にあなたの人生の方向を決めさせては決してなりません。これは、教会にも言えることです。お金があれば教会堂もすぐに建ちます。しかし、その会堂建設のための予算が一人歩きするときに、教会は堕落を始めます。「新しい天と新しい地」のビジョンがお金の影にかすんではなりません。

 

3.「新しいエルサレム・・・が天から下ってくる」

なお、このようにこの世の富の力は、あっけなく自滅しますが、信仰者を迫害するこの世の権力はどうなるのでしょう。その鍵のことばが、「ハルマゲドン」です。しばしば、これは誤って、『人類最終戦争』などと解釈されますが、果たしてそうでしょうか?

黙示録16章12-16節を見ると、「竜の口と、獣の口と、にせ預言者の口とから、かえるのような汚れた霊どもが三つ出て・・・全世界の王たちのところに出て行く。万物の支配者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを集めるためである・・・こうして彼らは、ヘブル語でハルマゲドンと呼ばれる所に王たちを集めた」と記されます。これは私たちにとって恐怖ではなく、サタンの勢力の断末魔のもがきに過ぎません。

そして、ハルマゲドンの戦いの結末は、19章11-21節に描かれています。そこでは、再臨のイエスが、「白い馬」に乗って現れ、「義をもってさばきをし、戦いをされる」とまず記されます(19:11)。しかも、「その方は血に染まった衣を着ていて、その名は『神のことば』と呼ばれ」ます(19:13)。そして、その方の、「着物にも、ももにも、『王の王、主の主』という名が書かれていた」というのです(19:16)。

その上で、戦いの結末があまりにもあっけなく、「私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢と戦いを交えるのを見た。すると、獣は捕らえられた。また、獣の前でしるしを行い、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕らえられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた」と描かれます(19:19、20)。

つまり、信者がこの世の権力者と戦いを交えることはないのです。戦いは、キリストの御口から出ている「鋭い剣」によって(19:15)、一瞬のうちに勝敗がつきます。私たちに求められているのは、「神のことば」と言われるキリストから目を離さず、偶像礼拝の圧力に屈しないということだけです。

 

その上で、黙示録20章では、サタンが捕らえられ、「千年の間縛られる」(20:2)と記されます。そしてこのとき、偶像礼拝の圧力に屈しなかった信仰者は「生き返って、キリストとともに千年の間王となった」(20:4)と描かれます。これはしばしば、千年王国と呼ばれます。これは「エデンの園」で人間を誘惑した悪魔、「古い蛇」(20:2)を最終的に滅ぼすための過程にあることです。

これは、神が、古い蛇をも支配し、この地に平和を実現することができるということのシンボルです。この意味は、「神は・・世を愛された」(ヨハネ3:16)という点にあります。神はこの目に見える世界を愛しておられるからこそ、すべてを新しくする前に、この地に平和を実現してくださるのです。

しかも、黙示録には、サタンによる大迫害の中で信仰者が耐え忍ぶべき期間が、「四十二か月」(11:2、13:5)「千二百六十日」(11:3、12:6)、「一時と二時と半時の間」(12:14)と記されていますが、これはすべて「三年半」という期間に相当します。

つまり、苦しみは三年半で終わり、平和と喜びは千年間も続くという対比がここに強調されているのです。ですから矢内原氏も、戦時下の苦しみは、「ひと時の悪夢であった」と語りながら、黙示録によって、そのような時期はすぐに終わると確信でき、耐えることができたと告白しているのです。

 

その上で、20章11、12節では、すべての「死んだ人々」が、神の法廷、「大きな白い御座」の前に立たされ、「行いに応じてさばかれた」と記されます。これは最後の審判のときですが、これは信者に対するさばきではありません。これはあくまで、「いのちの書に名が記されていない者」に対するさばきであると繰り返されています(20:12,15)。信仰者が立たされるのは、私たちのために死んでくださった「キリストのさばきの座」であり、そこでは、キリストのために労苦しながらこの地上で報われなかった働きに対する「報いを受ける」のです(Ⅱコリント5:10)。

しかも、先にあった、獣を拝み、偶像礼拝の刻印を押されるのは、「いのちの書に・・名の書き記されていない者であると記されています(13:8)。つまり、信仰を守り通すのも、すべて、神の一方的なあわれみによる「選び」によるのです。

そして、私たちの人生のゴールのことが、「また私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、天から下って来るのを見た・・・『見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである」(21:1-4)と美しく描かれています。

興味深いのは、私たちが天に上るというのではなく、「新しいエルサレム・・・が天から下ってくる」と記されている点です。つまり、私たちに求められていることは、天国に引き上げられることを憧れながら、現実逃避的な生き方をすることではなく神がこの地を変えてくださることを待ち望みながら、今、置かれている場所で、黙々と目の前の課題に取り組み、いつでもどこでも、主を仰ぎ、主を礼拝し続けることなのです。

 

黙示録を概観してわかることは、私たちはこの世で、富と権力の誘惑にさらされながら生きるということです。神の祝福とは、私たちを様々な災いや試練に会わせないことではなく、それらを通して成長させてくださることにあります。

どちらにしても、気楽な人生を神に期待しても無駄です。私たちは十字架にかかられたキリストの御跡を従うように召されています。数多くの涙が流され、悲しみ、叫び、苦しみがあります。しかし、ほんとうに辛い時期は、ほんの一瞬に過ぎません。それよりも、多くの信仰者にとって最も永続的な困難は、富の誘惑に抵抗し続けることではないでしょうか。そこに霊的な戦いの中心があります。「大バビロン」の誘惑は目の前にいつもあります。

ですからイエスは、「あなたがたは、神にも仕え、富にも仕えるということはできません・・神の国とその義とを第一に求めなさい」と言われました(マタイ6:24,33)。しかも、「神の国を求める(原文:捜す)」ということを具体的に実践することの中心をイエスは、「空の鳥を見なさい」、また「野のゆりを観察しなさい」というふたつで表現されました。これはお金のかからない神の国の楽しみ方です。

しかも、私たちが迫害に耐えることができるのは、「いのちの書に名が記されている」ことの結果に過ぎません。つまり、信仰の鍛錬の中心とは、自分の心と体を苦しめながら抵抗力をつけてゆくというようなことではなく、神の恵みのひとつひとつを思い起こし続けることなのです。苦しみはどちらにしても、必ずやってきます。そのとき、恵みの体験が、何よりも、苦しみに耐える力の源泉となるのです。  

 

 Courageousという映画のことを聞きました。そこである会社に採用されたばかりの男性が上司から不正を行なうように求められる場面があり、命令に従って不正を行なうなら、昇進・昇給が待っていると上司に言われてしまいます。その男性は貧しく、それはやっと得られた職でしたので(しかも神様の導きで得られた職だと思っていました)、それを失いたくはありませんでした。失ったら家族をがっかりさせるのは分かっていたからです。

しかし、それでも、彼は正直であることを選びました。彼は、職を失う覚悟を決め、その結果(Consequence)を引き受けようとしました。ところが、その結果(Outcome)は意外なものでした。彼は反対に昇進・昇給をもらうことができたのです。なぜなら、その上司は、正直な部下を求めていて、実はこれはテストだったからです。上司は、「おめでとう、私が求めていたのは君のような正直な男だ。ぜひ君にこのポジションについてもらいたい」と言ったとのことです。

私たちは日々の仕事の中で、因果関係が明確と思えることにきちんと向き合う必要があります。仕事をさぼると結果がでないというのは当然のConsequence(成り行き)です。しかし、まじめにやったからと言って結果(Outcome)が見えるとは限りません。時には、誠実に働いた成果(Outcome)を人に奪われることだってあり得ます。

しかし、神の前に誠実に生きるとは、ときにそれが自分に損になるとわかっていても、その結果(Consequence)を引き受けるという覚悟を決めることです。なぜなら、そこには必ず、永遠の観点から見た別の結果(Consequence)もあるからです。それは、「誠実さこそが、神に喜ばれる」ということです。

そして、神は最終的には、あなたの誠実さに報いてくださいます。短期的にはその結果(Outcome)が見えるのは映画の世界かもしれません。しかし、「信仰」ということばは、ヘブル語でもギリシャ語でも、「真実」という意味が基本にあります。信仰とは、神の真実に応答する私たちの真実です。「アーメン」とは、「これは真実です」という意味です。

黙示録のテーマは、不条理に満ちた世界で、神の真実に信頼して歩むということです。大バビロンへの警戒心から、この世の経済活動や富を否定的に見すぎてはなりません。お金を軽く見る人は、結局、周りの人々にとてつもない迷惑をかけることになります。

神は、あなたの誠実さに必ず報いてくださいます。確かに、強欲資本主義などと言われる現実があります。だからといって、この世の経済活動が神から離れたものだと見てはなりません。近代資本主義は、神の眼差しを意識した誠実な人々によって築かれてきたという面も決して否定できない事実です。神の前に誠実な仕事を続けましょう。

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2012年2月12日 (日)

マルコ8章34節~9章13節  「栄光の姿から十字架を見る」

                                                  2012212

  人の心の中には、矛盾した自分が住んでいます。同じ人が、とてつもなく臆病でおどおどとしているときがあるかと思うと、世間体など気にせずに堂々と自分の意見を主張するときがあります。たとえば、私などは、「僕って、鋭い分析力を持つと同時に、すばらしい優しさを備えている・・」などと思うことがある一方で、「自分は愚図でのろまで、偽善者だ。結局、自分のことしか考えていない・・」と自己嫌悪に陥ることさえあります。それがごくたまに、一日のうちに何度も繰り返されることだってあります。

そして、そのように分裂した自分理解が、同時に、イエスに対する分裂した見方に現れます。エルサレムの群衆は、イエスを「ダビデの子にホサナ!」と歓呼を持って迎えた五日後に、「こいつを十字架につけろ!」と大合唱しました。無力にローマの法廷の前に立つイエスの惨めな姿を見て、人々は、騙され、裏切られたと思ったからです。

しかし、イエスは栄光の王として、光の創造主として、惨めな十字架をしのばれたのです。神に喜ばれる者として、どん底の惨めさと苦しみを味わってくださったのです。

イザヤ53章の苦難のしもべは、5213節の栄光の姿の描写から始まっています。変貌山におけるイエスの栄光の姿から、十字架を見るというのが聖書の描き方です。それは私たちにも適用できます。イエスの似姿にまで変えられることが保障されている者として、一見、この世の失敗者、敗北者、罪人の頭であるプロセスを歩んでいるのです。神の愛のまなざしから、今の自分を評価できるようになるとき、世界が変わって見えてきます。

 

1.神の国が力をもって到来しているのを見るまでは、決して死を味わわない者

イエスはご自分の弟子ばかりか群衆に向かって、驚くべきことを言われました。当時のガリラヤはローマ帝国からの独立運動を目指している様々なグループがゲリラ活動を展開していました。そのような中で、イエスは、ご自身がエルサレムの宗教指導者たちから捨てられ、ローマ帝国への反逆者として十字架にかけられて殺されると言われました。

その上で群衆に向かって、剣による勝利を目指す代わりに、当時最も忌み嫌われていた十字架による死刑をも忍ぶ生き方をするように命じられました。

しかし、このことばは、既に、この世の不条理の中で、孤独と不安に苛まれている人にとっては、「私は、イエスの御跡に従っている・・・」という不思議な慰めを与えることもできます。そのような当時の状況を思い巡らしながら、イエスの語りかけを味わってみましょう。

「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう。自分のいのちを買い戻すために、人はいったい何を差し出すことができるでしょう」 (8:34-35)

  ここで「いのち」ということばは、「たましい」(soul)、「自分自身」(self)などとも訳すことができることばで、それぞれの存在の真の源を指します。これは英語で、肉体的ないのちが奪われても、いのちを成り立たせるたましいが失われていないために、それをもとに新しい身体を持つことができます。それは輪廻転生のよみがえりではなく、朽ちることのない永遠の身体によみがえることです。

しかし、そのような中で、イエスとイエスのことばを恥じる者に対しては、永遠のさばきの可能性を示唆しながら、「このような姦淫と罪の時代にあって、わたしとわたしのことばを恥じるような者なら、人の子も、父の栄光を帯びて聖なる御使いたちとともに来るときには、そのような人のことを恥じます」 (8:36)と言われました。

マタイの並行個所では、より明確に、「人の前でわたしを知らないと言うような者なら、わたしも天におられるわたしの父の前で、そんな者は知らないと言います(10:33)と記されています。

私たちは自分だけの平安を体験するためにキリストの弟子となったのではなく、使命のために召されたのです。ただ、それは敵を武力で圧倒することではなく、右の頬を打たれたら左の頬を向けることができるような平和の使者としての使命です。それは正反対のようでありながら、使命のために命を賭けるという点では同じです。

  ただし、しばしば理想に燃える人は、自分の隠された名誉心に囚われ、人を振り回す危険があります。ですから、イエスは、「日々自分の十字架を負う」ことを命じました(ルカ9:23)。これは単に何かの苦しみに耐えるという意味ではありません。十字架は恥辱のシンボルでした。イエスのように人々から嘲られながら、ひとり寂しく死んで行くことです。

ですからイエスは、この世で主のため「恥」に耐えることが、神の国の完成のときに、ご自身から「恥」とされないための道であると言われたのです。

  そしてイエスは、この群衆に向かって、「まことに、あなたがたに告げます。ここに立っている人々の中には、神の国が力をもって到来しているのを見るまでは、決して死を味わわない者がいます」(9:1)と言われましたが、これは、8章の終わりの記事と結びついています。

これは、再臨のことを指しているというよりは、今ここにいる弟子たちの中に、生きたままで「神の国が力をもって到来しているのを見る」ことができる人がいるという意味で、92節以降の、変貌山におけるイエスのからだの変貌を三人の弟子たちが「見る」ことを指していると思われます。

なお、この解釈は諸説がありますが、彼らの一部が生きていながらにして、この地に神の国が実現してゆく様子を見ることもできると保障されたということは確かです。それは後にエルサレム神殿が破壊され、それとともに、イエスを信じる者たちが爆発的にローマ帝国に増え広がるようになったことを指しているとも解釈できます。少なくとも、使徒ヨハネはそれを見る栄誉に預かることができました。

自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」ということばは、殉教の勧めと誤解される場合がありますが、イエスはここで、この世で生きる中で味わう喜びの希望を語っています。

その意味で、このことばは、「死に急ぐこと」を戒めた勧めとしても理解できるのではないでしょうか。私たちは、神のみこころによって生かされ、神から与えられた使命のために生かされているからです。

 

2.「私たちが、幕屋を三つ造ります」

「それから六日たって」(9:2)とありますが、この福音書で、ある出来事からある出来事の間に日数が書いてあるのは非常に珍しいことです。六日というのは一週間の枠に入りますから、これは8章の受難告知とこれからの変貌山の出来事は切り離せない関係にあるということが示されているように思われます。

ちなみにルカの並行箇所では「八日」となっていますが(9:28)、それは足掛け一週間という意味で、六日とは矛盾しないと思われます。

そして、「イエスは、ペテロとヤコブとヨハネだけを連れて、高い山に導いて行かれた」と描かれます。その山がガリラヤ湖の西にあるタボル山(標高583m)であるという伝統的な見方もありますが、ピリポ・カイザリヤから向かったということであればヘルモン山である可能性が高いと思われます。

ヘルモン山は標高2,814mもあり、そう簡単に登ることができる山ではありませんが、頂上に登ったとは書いていないので、どこか中腹の台地で起こったことが記されているのかもしれません。

とにかく、三人の弟子たちの前で、イエスの「御姿が変わった」というのです。

その様子が、「その御衣は、非常に白く光り、世のさらし屋では、とてもできないほどの白さであった(9:3)と描かれています。マタイの描写では、「御顔は太陽のように輝き、御衣は光のように白くなった(17:2)と記され、ルカでは、「祈っておられると、御顔の様子が変わり、御衣は白く光り輝いた」(9:29)と記されています。

これらに共通するのは、天からの光を反射するような輝きではなく、イエスご自身から湧き出たような輝きということです。

当時のイスラエルの民は、主の栄光がエルサレム神殿に戻ってくるのを憧れていました。モーセが神の幕屋を作ったときにも、ソロモンが神殿を建てたときにも、神の栄光が宮に満ちて人々が近づくことができないほどになりました。ところが、バビロン捕囚の後で再建された神殿には、ゼルバベルのときにも、ネヘミヤのときにも、もちろんヘロデ王のときにも、そのような不思議は一度も起きませんでした。

しかし、その主の栄光が、今、イエスによって現されたのです。このときのイエスの輝きは、彼が光の創造主であることを明らかにすることに他なりません。

イエスはこの少し前に、弟子たちに向かって、「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか」と尋ね、ペテロが、「あなたは、キリストです」と答えましたが(8:29)、ペテロは聖書が語るキリストを過小評価していました。それに対し、ここでは、神ご自身がキリストとはどのような存在かを明らかにしてくださったのです。

イエスは光の創造主としての神の栄光を保ちながら、十字架にかけられようとしていることを、私たちは忘れてしまいがちではないでしょうか。

そして、そこに さらに不思議なことが起こりました。それは、「また、エリヤが、モーセとともに現れ、彼らはイエスと語り合っていた(9:4)というのです。エリヤは、火の戦車とともに天に引き上げられた最高の預言者ですが、旧約聖書の最後では、キリストが現れる前に神から再び遣わされると預言されていました。

モーセは律法を神から受け取るという最高の栄誉にあずかった人で、神と顔と顔とを合わせて語り合うことができたと記されています。このふたりこそ、人間から生まれた者の中で、もっとも神に近い存在と見られていましたが、彼らがイエスと語り合っていたということは、イエスが人間以上の存在であるという最高の証しになります。

なお、ルカはこのときの会話を、「イエスがエルサレムで遂げようとしておられるご最後についていっしょに話していたのである」(9:31)と記録しています。この「最後」とはギリシャ語で「エクソドス」つまり、「出エジプト」を指すのと同じことばで、神による贖いの御計画を示唆します。モーセは神から律法を授かり「神の国」を説いた最初の預言者であり、エリヤは「神の国」の完成の直前に再び来る預言者です。

ですからこれは、イエスが神の救いのご計画のすべてを知らされて、全世界の贖いという神の使命を帯びて十字架にかかるということの証明になります。

そのような中で、「ペテロが口出ししてイエスに」、「先生。私たちがここにいることは、すばらしいことです。私たちが、幕屋を三つ造ります。あなたのために一つ、モーセのために一つ、エリヤのために一つ」と言いました(9:5)。そしてペテロがそのように言った理由が、「実のところ、ペテロは言うべきことがわからなかったのである。彼らは恐怖に打たれたのであった(9:6)と記されています。

弟子たちはこのとき、恐怖とともに深い感動を味わっていました。それが、「先生。私たちがここにいることは、すばらしいことです」と表現されています。ただ、イエスに向かって、なおも「先生」(ラビ)と呼びかけていることに、彼の理解の限界が現されています。

 ただ、そのようなときに、「雲がわき起こってその人々をおおい、雲の中から・・・声がした」というのは、かつて神の幕屋やエルサレム神殿を覆った神の栄光の雲(シェキナー)が、イエスとモーセとエリヤを包んだということを意味します

これは、ペテロが、私たちが、幕屋を三つ造ります」と言ったことに対し、神ご自身が、イエスとモーセとエリヤのために、幕屋を造ってくださったと解釈することもできます。そして、これは同時に、イエスのみからだこそが生ける神の神殿であることを証しするものです。

そればかりか、雲の中から、父なる神の声として、「これは、わたしの愛する子である。彼の言うことを聞きなさい」という声がしたというのです。弟子たちはこれを通して、後に迎えるイエスの十字架が神のご計画の成就であることを理解できるはずでした。

ペテロは、イエスが捕らえられたとき、それをすっかり忘れていましたが、後にその意味を理解し、彼が書いた最後の手紙で、「私たちはキリストの威光の目撃者なのです・・・私たちは聖なる山で・・・天からかかったこの御声を、自分自身で聞いたのです」と、人々に証しするようになります。

しかもそれは、私たちもそのような神秘体験を憧れるべきだと教えるためではなく、人生に様々な苦しみがあり、神の救いが分らないと思えるような中でも、「確かな預言のみことばを・・・暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよい」ということを教えるためでした(Ⅱペテロ1:16-18)

なお、これはペテロの目撃よりも、預言のことばの方が信頼できるという意味ではなくて、ペテロ自身が、天からの御声を聞くことができたということを通して、預言のことばが、人間から生まれたものではなく、天から届いたものであるということが確かなものとされたという意味です。

私たちもペテロと同じように、この聖書のみことばを通して、天の父なる神からの語りかけを聞くことができているのです。

なお、イエスはバプテスマを受けたとき、すでに天から、「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」(ルカ3:22)との御声を聞いていますが、この変貌山の体験は、弟子たちばかりか、これからエルサレムでの苦しみに向うイエスご自身にとっても慰めと支えになったのではないでしょうか。

 

3.「では、人の子について、多くの苦しみを受け、さげすまれると書いてあるのは、どうしてなのですか」

その後のことが、「彼らが急いであたりを見回すと、自分たちといっしょにいるのはイエスだけで、そこにはもはやだれも見えなかった」(9:8)と記されます。目に見える現実は、少し前とまったく同じですが、三人の弟子たちはこのとき天を垣間見たのです。

私たちの人生も、毎日が何も変わりはしないと思えるかもしれませんが、そのような中で、自分の姿を、やがて実現が保障されている神の国の観点から見ることができる時に、すべてが違った情景に見えるのではないでしょうか。

そして、「さて、山を降りながら、イエスは彼らに、人の子が死人の中からよみがえるときまでは、いま見たことをだれにも話してはならない、と特に命じられた(9:9)とは、ペテロの信仰告白の後で、イエスが、「自分のことをだれにも言わないようにと、彼らを戒められた(8:30)とあったのと同じ意味です。

イエスが預言された救い主であるというイメージが独り歩きさせてしまえば、当時の独立運動に火をつけることになってしまうからです。弟子たちも、イエスが神の御子であるということの本当の意味は、イエスの十字架と復活の後で初めてわかったことでした。

  そして、その後のことが、「そこで彼らは、そのおことばを心に堅く留め、死人の中からよみがえると言われたことはどういう意味かを論じ合った(9:10)とありますが、この三人の弟子たちには、主の栄光の姿を垣間見た後でも、イエスの復活ということの意味は分かりませんでした。

イエスは既に弟子たちみんなに向けて、「人の子は必ず多くの苦しみを受け・・捨てられ、殺され、三日の後によみがえらなければならない」(8:31)と言っておられたのですが、それほどに主の復活ということは、弟子たちにも理解しがたいことでした

私たちは幸い、イエスが十字架にかけられた後で、三日目によみがえられたということを信じることができています。死人の復活などということが信じられるということ自体が、どれほど大きな恵みであり、また奇跡であるかということを忘れてはいないでしょうか。

それにしても三人の弟子たちは、復活のことに互いに論じ合ってはいながら、イエスにそのことを正面か尋ねることができませんでした。人は、残念ながら、忌まわしい現実があっても、それを確かめる代わりに、目をそらすということがあります。この時の弟子たちも、ある意味で、話題をそらすような質問をしたとも言えましょう。

ところで、彼らは、少し前に、イエスとともにいるエリヤの姿を見ていました。それで彼らは主に、「律法学者たちは、まずエリヤが来るはずだと言っていますが、それはなぜでしょうか」と尋ねました(9:11)。それに対し主は最初に、「エリヤがまず来て、すべてのことを立て直します」と認めます。

これはマラキ45、6節で、主が、「見よ。わたしは、主(ヤハウェ)の大いなる恐ろしい日が来る前に、預言者エリヤを遣わす。彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、のろいでこの地を打ち滅ぼさないためだ」と記されたことが成就するという意味でした。しかし、弟子たちは、それを勝利者としての姿であるとしか思えませんでした。

それに対し、イエスは弟子たちに向かって反対に質問をしながら、「では、人の子について、多くの苦しみを受け、さげすまれると書いてあるのは、どうしてなのですか」と尋ねました。ここでの「人の子」とは、イエスがご自分とを指して言ったというよりは、預言者エゼキエルが神から「人の子」と呼ばれたと同じような意味で使っています。

つまり、ここでは、エリヤは人の子としてこの地上に現れるが、その彼も、「多くの苦しみを受け、さげすまれると書いてある」というのです。それはイザヤ53章では、救い主の姿という以前に、主のしもべの姿が、「彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちもかれを尊ばなかった(3)と描かれていたことを指しています。エリヤも主のしもべですから、同じように苦しむというのです。

その上でイエスは、驚くべきことを告げました。それは、「しかし、あなたがたに告げます。エリヤはもう来たのです。そして人々は、彼について書いてあるとおりに、好き勝手なことを彼にした(9:13)というもので、王の宴会のときの気まぐれで、あまりにも不条理に首をはねられたバプテスマのヨハネこそが、エリヤであったと言いました。

バプテスマのヨハネは、確かに人々の心を悔い改めへと導きました。しかし、彼の使命は、何よりも、人々の目を、救い主イエスに向けさせることでした。ヨハネは、その使命を果たした上で、この世から去って行ったのですが、それは誰よりもみじめな不条理な死を通してでした。

しかし、それも、神の目からは、イザヤ53章に記されていたように、苦しみを通して栄光の復活にあずかるという歩みであったのです。

私たちはイエスの弟子とされました。そして、イエスの御霊を受け、イエスの代理大使とされてこの地に派遣されています。そこで私たちも、バプテスマによってイエスに「つぎ合わされた」ものとして(ローマ6:4,5)父なる神からのイエスへの語りかけが私たちへの語りかけとなり、天から、「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」と語りかけられていることを御霊によって心の耳で聞きます。

私たちがこの世で様々な誤解や非難を受けながら、なおイエスに従うことができるのは、そのような愛の語りかけを日々心の耳で聞くことができるからなのです。この世界は、すでに私たちの主であるキリストのご支配のもとにあるということを常に心に覚えましょう!

  ヘブル書の著者は、「イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座された」12:2)と描いていますが、イエスが十字架をしのぶことができた秘訣は、何よりも、ご自分の前に置かれた喜びを見ていたからなのです。

そして、私たちも信仰の創始者であり完成者であるイエスから目を離さないでいることによってのみ、この地上の苦難に耐えることができます。

 

  自分の十字架を負ってイエスに従うとは、神に愛されている者としての自分を、また、栄光の姿に変えられる者としての自分をイメージしながら生きることです。それは美しい蝶々に変わるものとしての青虫を見るようなものです。神は、欠けだらけのそのままのあなたを、ご自身の働きのために用いることがおできになります。

 今回の百万人の福音3月号のマーク・ハリス師の記事にありますが、12世紀初めに活躍したクレルボーのベルナルドは、信仰の四つの段階を描きました。第一は、自分のいのちを大切に見られること、第二は、自分の必要から神を求めること、第三は、神が神であられるがゆえに神を愛するということです。これは、信仰のゆえに試練に会いながら、なお神を愛するということとも言えましょう。

そして、驚くべきことに第四は、「神ゆえに自分を愛する」ことであるというのです。これは、矛盾に満ちた欠けだらけの自分を、神が見るように見るということです。イエスは「わたしの愛する子」という神の語りかけを聞きながら、十字架に向かって行きました。そして、私たちも同じように、「あなたは、わたしの愛する子」という語りかけを聞きながら、「平和の器」としてこの世に遣わされるのです。

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2012年2月 5日 (日)

ネヘミヤ9、10章 「神の真実を思い起こす」

                                                   201125

キリスト教会では、時に、神のさばきを語り、罪の自覚を強く促した上で、赦しの喜びを告げようとしますが、それは人を委縮させる方向に働きます。しかも、恐怖心によって人を支配するのは、人を奴隷状態に留めることに他なりません

しばしば、「あの人は、罪の自覚が足りないから、救いが分からない」と言われることがあり、それは確かに間違ってはいないのですが、それよりも切実なのは、生きることへの不安や心の奥底にある無力感、主体性のない奴隷根性ではないでしょうか。それは旧約に描かれたイスラエルの民の課題でもありました。

ここに記される祈りは、時間的には旧約の時代のほとんど最後の記録で、もっとも新約の時代に近いものです。ここには旧約聖書の要約が記されています。そして、それは「神の真実を思い起こす」というひとことで表現できます。

箴言には「人の望むものは、(人の)変わらぬ愛である」(19:22)と記されていますが、「変わらぬ愛」とは、ヘブル語の最も美しいことばのひとつ、「ヘセッド」です。これは、「失敗しない愛」「真実の愛」「忠実さ」とも訳すことができます。人が心の底で求めているのは、そのような真実な愛であり、聖書はそのような神の愛の物語なのです。

 

1.「あなたは正しい方だからです」

「その月の二十四日に、イスラエル人は断食をし、荒布を着け、土をかぶって集まった」(9:1)とは、仮庵の祭りが終わった直後に、自分たちの過去の罪を告白する集会を持ったという意味です。これは通常のリズムの逆です。レビ記23章では、現在の910月にあたるこの月の十日が「贖罪の日」で(27)、その日に、断食をして全国民が悔い改めの祈りをささげました。

しかしこのときは、城壁の再建を心から喜び、ヨシュア以来の盛大な仮庵の祭りを祝い、豊かな祝宴の時を持ちました。この断食の集会は、それに続くものです。これはイスラエルの歴史の転換点でしたから、主の導きを心から喜んだ上で、真剣な悔い改めに導かれるというのは極めて合理的です。

そこで、「すべての外国人との縁を絶ったイスラエルの子孫は立ち上がって、自分たちの罪と、先祖の咎を告白した」(9:2)とは、エズラ910章にあった記事の連続です。外国人の妻をめとった者は、彼女たちと縁を切り、神の民としての自覚を深める必要がありました。

そして、「彼らはその所に立ったままで、昼の四分の一は、彼らの神、主(ヤハウェ)の律法の書を朗読し、次の四分の一は、告白をして、彼らの神、主(ヤハウェ)を礼拝した(9:3)とありますが、彼らは一日の半分を主との交わりのために用いました。いけにえをささげることよりも、みことばの朗読を聞き、罪の告白に多くの時間を費やすというのは、捕囚期以降の神の民の礼拝生活の核心になりました。

 

 それから「ヨシュア、バニ、カデミエル、シェバヌヤ、シェレベヤ」など八人のレビ人は、「レビ人の台の上に立ち上がり」、「彼らの神、主(ヤハウェ)への賛美をリードしました(9:45)

そしてその賛美の核心は、「ただ、あなただけが主(ヤハウェ)です。あなたは天と、天の天と、その万象、地とその上のすべてのもの、海とその中のすべてのものを造り、そのすべてを生かしておられます。そして、天の軍勢はあなたを伏し拝んでおります」(9:6)というもので、神がアブラハム以来の神の民をどのように導いてくださったかを振り返って、それを思い起こすことでした。

 すべての始まりは、神がアブラハムを選んで、「カナン人、ヘテ人、エモリ人、ペリジ人、エブス人、ギルガシ人の地を、彼と彼の子孫に与えるとの契約を彼と結び、あなたの約束を果たされました(9:8)という点にあります。そのことは創世記15章に記されていますが、その約束がダビデ、ソロモンの時代に成就しました。

その理由を、「あなたは正しい方だからです」と述べますが、これこそ聖書のストーリーの核心、「神の真実」を表現したものです。

なお、6節の初めと、8節の終わりでは、ヘブル語の「あなた」という人称代名詞に注目が集まるように記されています。「あなただけが主(ヤハウェ)・・・あなたは正しい方」ということばの重さを味わってみましょう。

 

2.「四十年の間、あなたは彼らを荒野で養われた」

 そして、それに至るプロセスで、これも創世記15章に記されている通り、神はアブラハムの子孫をエジプトの地で増やし、その上でエジプトから導き出しました。

その際、主は、「パロとそのすべての家臣、その国のすべての民に対して、しるしと不思議を行われ」(9:10)「彼らの前で海を分け」、「昼間は雲の柱によって彼らを導き、夜は火の柱によって彼らにその行くべき道を照らされました」(9:1112)

そればかりか、何よりも主は、「シナイ山の上に下り、天から彼らと語り、正しい定めと、まことの律法、良きおきてと命令を彼らにお与えになりました(9:13)

シナイ律法は、人に罪を知らすための「おきて」である前に、イスラエルの民を神の民として整えるために神からの最高の贈り物でした。なぜなら、その中心は何よりも、主の「聖なる安息を彼らに教え」ることにあったからです(9:14)。多くの人々は、安息日律法こそ、主からの最高の恵みの教えであることを忘れてはいないでしょうか。

自分の労働がすべての富の源泉となると思う人は、権力や富の奴隷となる可能性があります。それで、主は、不思議にも、ご自身の恵みこそがすべての源であることを、働くことができない荒野の旅路を通して教えてくださいました。

そのことが、「彼らが飢えたときには、天からパンを彼らに与え、彼らが渇いたときには、岩から水を出し、こうして、彼らに与えると誓われたその地を所有するために進んで行くよう彼らに命じられました(9:15)と記されています。

 

 ところが、不思議にも、「彼らは聞き従うことを拒み、あなたが彼らの間で行われた奇しいみわざを記憶もせず、かえってうなじをこわくし、ひとりのかしらを立ててエジプトでの奴隷の身に戻ろうとしました(9:17)というのです。イスラエルの民は、自由な民となるように召されたその始まりにおいて、目に見えない神を愛し、安息日を守るという主体的な生き方よりも、考えること自体を停止する奴隷に状態に戻ることを望んだというのです。

第二次大戦時にドイツ人をマインドコントロールする先頭に立ったナチス・ドイツの宣伝大臣だったゲッペルスは、「民衆は上品に支配されること以外なにも望まない」と豪語しましたが、残念ながら多くの人は、明日何が起こるかわからない新しい冒険に踏み出すよりも、何も考えなくてもパンが与えられる奴隷のような状態を待ち望んでいる面があります。

イスラエルの民が行った最も大きな罪は、「自分たちのために、一つの鋳物の子牛を造り、『これがあなたをエジプトから導き上ったあなたの神だ』と言って、ひどい侮辱を加えた」ことでした(9:18)。

しかしその時でさえ、主は、「大きなあわれみをかけ、彼らを荒野に見捨てられませんでした。昼間は雲の柱が彼らから離れないで、道中、彼らを導き、夜には火の柱が彼らの行くべき道を照らしました(9:19)というのです。

ただ、その際、誤解してはならないのは、主が彼らに示されたのは、その日その日の導きであって、一年後、二年後の計画ではありませんでした。それは私たちにも言えます。それはヘンリ・ナウエンが、「今から一年、十年、二十年後に、私たちはどこにいるかを知らない。しかし、わかっていることは、人間は苦しむものであり、その苦しみを分かち合うことにより前進することができるということである」と言っている通りです。

 このときレビ人たちは、主のみわざを、「あなたは、彼らに悟らせようと、あなたのいつくしみ深い霊を賜り、彼らの口からあなたのマナを絶やさず、彼らが渇いたときには、彼らに水を与えられました。四十年の間、あなたは彼らを荒野で養われたので、彼らは何も不足することなく、彼らの着物もすり切れず、足もはれませんでした」(9:2021)と表現しますが、これは申命記82-4節に由来します。

そして、イエスは荒野で悪魔から石をパンに変えるようにとの誘惑を受けたときに、この箇所から、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる(マタイ4:4)と言われました。

主は、彼らの信仰を成長させるために、試練とパンをセットで与えてくださいました。私たちの人生でも、振り返って見ると、試練とパンはセットで与えられていたのではないでしょうか。しかし、私たちはしばしば待つことができず、目先の現実に不満ばかり言います。これこそ、奴隷根性です。

 

3.「あなたは、情け深く、あわれみ深い神であられますから」

  主は、彼らの信仰を養った上で、目に見える地上の王との戦いに導き、それに勝利を与え、約束の地を占領することができるようにされました。これらすべてのことをまとめて、「あなたは彼らの子孫を空の星のようにふやし、彼らの先祖たちに、入って行って所有せよ、と言われた地に、彼らを導き入れられました(9:23)と告白されます。

その上で、ダビデ、ソロモンの時代の繁栄に至る祝福が、「こうして、彼らは城壁のある町々と、肥えた土地を攻め取り、あらゆる良い物の満ちた家、掘り井戸、ぶどう畑、オリーブ畑、および果樹をたくさん手に入れました。それで、彼らは食べて、満腹し、肥え太って、あなたの大いなる恵みを楽しみました(9:25)と振り返られます。

しかし、彼らは、豊かさの中で神を忘れてしまいました。残念ながら、人は、そのような中で、「この私の力、私の手の力が、この富を築き上げたのだ」(申命記8:17)と言うようになってしまいました。そればかりか、「彼らは反抗的で、あなたに反逆し、あなたの律法をうしろに投げ捨て、あなたに立ち返らせようとして彼らを戒めたあなたの預言者たちを殺し、ひどい侮辱を加え」るというようなことをしました(9:26)

27,28節には、主が彼らの不従順にさばきを下し、彼らが苦しみの中で、主に叫び求めると、主はあわれんで救い出してくださったという物語が描かれており、これは士帥の時代から、ダビデの時代までのすべてを指すと思われます。

その様子が、「しかし、ひと息つくと、彼らはまた・・悪事を行い・・あなたは彼らを敵の手にゆだねられ・・彼らが立ち返って、あなたに叫び求めると、あなたは天からこれを聞き入れ・・彼らを救い出されました(28)と記されます。なお、ダビデは非道なことをしましたが、自分の罪を嘆き、悔い改めるということにおいて、神に誰よりも喜ばれた王でした。

 

しかし、ソロモン以降の王の時代においては、イスラエルの悔い改めはいつも不徹底な状態になりました。そのことが29節では、「あなたは彼らを戒めて、彼らをあなたの律法に立ち返らせようとされましたが・・・肩を怒らして、うなじをこわくし、聞き入れようとはしませんでした」と描かれます。

それに対する主の対応が、30節では、「それでも、あなたは何年も彼らを忍び、あなたの預言者たちを通して、あなたの霊によって彼らを戒められましたが、彼らは耳を傾けませんでしたと描かれた上で、それに対する主のさばきが、「それであなたは、彼らを国々の民の手に渡されました(9:30)と描かれます。これは最終的に、アッシリヤによって北王国イスラエルが滅ぼされ、南王国ユダがバビロンによって滅ぼされて行くということを指します。

信仰の落とし穴に、「安価な恵み」ということばがあります。それは、「神は最終的には赦してくださる」という確信のもとに、罪を犯すことに心を痛めなくなることです。しかし、それこそ最大の悲惨です。カエルを水に入れて時間をかけて水を徐々に熱くして行くと、痛みを感じることなくゆでガエルになるという話がありますが、罪の痛みを感じなくなった者に、罪の赦しのメッセ―ジは響かなくなります。その人は、生活が完全に破たんしない限り、自分の愚かさを実感することはできません。

神は良心の麻痺した者を悔い改めに導くためには、その人をどん底の苦しみにまで、速やかに落とす必要がありました。

そして、31節の終わりでは再びヘブル語の「あなた」という人称代名詞を用いながら、「しかし、あなたは大いなるあわれみをかけて、彼らを滅ぼし尽くさず、彼らを捨てられませんでした。あなたは、情け深く、あわれみ深い神であられますから」と言いながら、6節以降の歴史の振り返りを閉じます。

神は、イスラエルの国を滅ぼすことによって、ユダヤ人を神の民として整えられました。皮肉にも、ユダヤ人はこのバビロン捕囚という苦しみを経ることによって初めて「神の真実」に目覚め、現代まで続く神の民としてのアイデンティティーを持つようになりました

 

4.「ご覧ください。私たちは今、奴隷です」

 その上で、彼らの祈りが、「私たちの神、契約と恵みを守られる、大いなる、力強い、恐るべき神よ。アッシリヤの王たちの時代から今日まで、私たちと私たちの王たち、私たちのつかさ、祭司、預言者たち、また、私たちの先祖と、あなたの民全部に降りかかったすべての困難を、どうか今、小さい事とみなさないでください(9:32)と記されます。これは、自分たちは十分にさばきを受けたので、再び回復させてくださいという懇願です。

そして、33節では8節と同じように、「あなたは正しかった」と告白しながら、「あなたは誠実をもって行われたのに、私たちは悪を行ったのです。私たちの王たち、つかさたち、祭司たち、先祖たちは・・・広くて肥えた土地のうちにありながら、あなたに仕えず・・悪い行いから、立ち返りもしませんでした(9:33-35)と、バビロン捕囚が正当なさばきであったことを認める告白します。

そして、36節では再び、自分たちの悩みを訴えながら、「ご覧ください。私たちは今、奴隷です。あなたが私たちの先祖に与えて、その実りと、その良い物を食べるようにされたこの地で、ご覧ください、私たちは奴隷ですと、「奴隷」ということばを強調しながら、神にある真の救いを求めます。

 

彼らはこのとき、ペルシャの王のもとで束の間の平和と繁栄を享受し、エルサレム神殿も城壁も再建することができましたが、彼らの立場は、王の心次第ひとつで変わる不安定なものです。実際、その後も、ギリシャ、ローマなどの異教徒の王に支配され続けることになります。

そのことを思いながら、彼らは自分たちの祈りを、「私たちが罪を犯したので、あなたは私たちの上に王たちを立てられました・・・彼らは私たちのからだと、私たちの家畜を思いどおりに支配しております。それで私たちは非常な苦しみの中におります」と閉じます(37)

イエスの時代の人々が望んでいたことは、この「奴隷」状態から救い出されることでした。ただ、彼らは確かに自由を求めていましたが、目に見えるローマ帝国の支配を打ち破っても、次の地上の王国は必ず次の奴隷状態を生み出します。奴隷根性のままの人間は、目先の恐怖にばかり反応するからです。

しかし、主の救いは、「死の力」を滅ぼすことによって、この世の王国の暴力による支配を無力化することでした。ヘブル書の著者は、神の御子が人となり十字架にかかられた意味を次のように語っています。「これは、その死によって、悪魔という死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした(2:14,15)

 

5.「こうして私たちは、私たちの神の宮をなおざりにしないのである」

 これらの祈りに同意した者たちが、「これらすべてのことのゆえに、私たちは堅い盟約を結び、それを書きしるした。そして、私たちのつかさたち、レビ人たち、祭司たちはそれに印を押した」(9:38)と描かれます。

そして、10章では、印を押した者のリストが、祭司、レビ人、民のかしらたちの順番に記されながら、28,29節では、「このほかの民、祭司、レビ人、門衛、歌うたい、宮に仕えるしもべたち、また、国々の民と縁を絶って神の律法についた者全員、その妻、息子、娘たち、すべて理解できるまでになった者は・・・主(ヤハウェ)のすべての命令、その定めとおきてを守り行うための、のろいと誓いとに加わった」と記されます。これは子供までも含む盟約でした(8:2参照)

のろいと誓い」とは契約の当事者が「二つに断ち切られた子牛の間を通る(エレミヤ34:18)ことで、契約を破った者への「のろい」が警告されることを指します。ユダ王国滅亡の直前、ゼデキヤ王は主に立ち返ってヘブル人の奴隷を解放すると一度は約束しましたが、政治状況が一時的に好転すると、約束を反故にしました。

その無節操な王に「のろい」が下されました。彼はバビロンの王に捕えられ、目の前で子供たちが虐殺された後、目をつぶされ、青銅の足かせにつながれてバビロンに連行されました(39:6,7)奴隷根性に支配された王の結末でした。

 そして、彼らが結んだ盟約の内容が30節から記されます。

 

それは、第一に、「私たちの娘をこの地の民たちにとつがせず、また、彼らの娘を私たちの息子にめとらない」というもので、エズラ記9,10章の再確認でした。

第二は、「たとい、この地の民たちが安息日に・・いろいろな穀物を売りに持って来ても・・彼らから買わない」(10:31)というもので、安息日律法に関わるものでした。異教徒との取引を考える時に、このような約束を実行することには大きな覚悟が要りますが、これを守らなければ安息日律法がなし崩し的に破られることになります。

第三は、「私たちは七年目には土地を休ませ、すべての負債を取り立てない(10:31)というものでした。土地の休息はレビ記25章に記されますが、これを通して土地の真の所有者は主であることが告白されるとともに、土地は生産力を回復しました。これは現在のサバティカルの習慣に通じます。

また、申命記15章では、七年に一度、同胞に対する負債を免除するという規定がありました。七年に一度は、同胞同士の借金が棒引きにされ、奴隷も解放され、新たな出発ができるはずでした。これは貧富の格差が広がることへの大きな歯止めになりました。

 第四は律法には記されていない盟約で、「神の宮の礼拝のために、毎年シェケルの三分の一をささげるとの命令を自分たちで定めた」(10:32)というものでした。これは神殿礼拝をより豊かなものにするためにそれぞれが犠牲を払うという約束でした。

現代の私たちの礼拝においても、それぞれが犠牲を払うという互いの約束が必要です。神の民の共同体の改革は礼拝の改革から始まりました。毎回、奴隷のように、決められたことをこなし続けるというのではなく、礼拝を豊かにするために、主体的に互いに犠牲を払うという約束が求められています。

第五は、「祭壇の上で燃やすたきぎのささげ物」(10:34)に関しての約束でした。これは祭壇の火を燃やし続けるために、誰かの命令に従うというより、担当者が自ら進んで、くじびきで当番を決めるというものでした。

 第六は初穂のささげものに関しての約束でした(10:35)。私たちも収穫の初穂を、当然の報酬と見る前に主に感謝して献げるという思いが大切です。そして、それは子供の誕生や家畜の初子にまで適用されました(10:36)。

  第七は十分の一を主のものとするという約束です。なお、「私たちの土地の十分の一はレビ人たちのものとした」10:37)とは、土地の収穫の十分の一をレビ人のものとし、その収穫作業自体をレビ人に任せるという意味です。そして、レビ人は受け取ったものの十分の一を、さらに神の宮に携え上るように命じられました。

そして、それらの結論として、「こうして私たちは、私たちの神の宮をなおざりにしないのである」(10:39)と記されます。収穫の十分の一は、神殿で奉仕をする人々の手に渡り、奉仕者の十分の一が神殿に直接ささげられました。このシステムが機能するとき、礼拝は常に祝福され、主への礼拝を中心として神の民が祝福を受けることができました。

 

 ネヘミヤの改革のもとで、彼らが改めて律法を読み、それを実生活に適用するために約束したことは、現代の私たちにも多くの示唆を与えるものではないでしょうか。そこには民の主体的な応答が認められます。

 神は、反抗的で恩知らずなイスラエルの民を、忍耐をもって導きました。神は彼らに、神を恐れることを教えるために、様々な試練を与えました。しかし、彼らはそれを通して、神の真実に応答する責任を自覚できるようになりました。そして、私たちは、自分の信仰心によってというよりは、神の真実によって、救われるのです。

信仰の成長とは、神の真実に関して霊の目が開かれて行くことに他なりません。そのとき人は、目先の恐怖に反応する生き方から、不安定な状況のただ中で神の救いを待つという心の自由を持つことができます。

なお、律法の核心は、何よりも、安息日の教えにあります。それは人間を、富や権力の奴隷にしないための教えでした。そして、隣人愛の核心とは、何よりも、人を力で脅して動かそうとしないことです。七年に一度、奴隷を解放し、借金を棒引きにするということが実践されていたとしたら、イスラエルは地上の楽園になっていたことでしょう。

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