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2012年5月27日 (日)

マルコ10章32-45節 「みなのしもべになりなさい?」

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 キリスト教は奴隷制を擁護する宗教として批判を受けてきたことがあります。アメイジング・グレイスの作者ジョン・ニュートンは難破しそうな船の中で、自分は死後地獄にゆくしかないという恐怖に襲われて劇的な回心を果たしますが、その後も奴隷船の船長としてしばらくは働き続けました。しばらくして奴隷貿易がいかに神の御心に反するかを悟って、牧師になり、奴隷制廃止のために献身します。

そこに見られるように、当時の多くの信仰者たちは奴隷制度を神の御心に反することだとは思わずに生きていました。それはイエスが奴隷制を真っ向から非難する代わりに、奴隷として生きることに喜びを見いだすように勧めたことと無関係ではないと思われます。

実際、イエスは弟子たちに向かって、明確に、「みなのしもべ(奴隷)になりなさい」なとど、とんでもないことを命じられたのです。

 

 イエスは、奴隷制度を排する代わりに、奴隷になることを勧めました。これは本当に不思議なことです。しかし、イエスは同時に、誰よりも明確に、ひとりひとりが神の目に高価で尊い存在であるということを、ご自分のことばと行動によって示されました。奴隷制は同時に、神のみこころを知ったキリスト者によって廃止される方向へと進んだのです。奴隷制を擁護したクリスチャンと、それを廃止しようと頑張ったクリスチャンの、どこが違うのでしょう。

実は、神の奴隷としての生き方が、「真の王」としての生き方であることは、イザヤ5213節から5312節の「主(ヤハウェ)のしもべ」の歌に鮮やかに記されています。

イエスが「みなのしもべとなりなさい」と言われたのは、決して、人間の奴隷になることの勧めではなく、預言された「(ヤハウェ)のしもべ」の生き方に習うようにとの勧めだったのです。イザヤ書との関連を知らなかった信仰者がイエスのことばの意味を誤解したのかもしれません。

多くの人々は、この世界が平和で満たされるという「神の国」を政治制度によって実現しようと考えますが、イエスにとって、「神の国」を実現するための唯一の道は、みなのしもべとなって十字架にかかることであったのです。

 

1.「イエスは先頭に立って歩いて行かれ・・・あとについて行く者たちは恐れを覚えた」

「さて、一行は、エルサレムに上る途中にあった。イエスは先頭に立って歩いて行かれた。弟子たちは驚き、また、あとについて行く者たちは恐れを覚えた(10:32)とあるのは、それまでのイエスのお話から、「永遠のいのちを受けるために」自分の財産や家族を犠牲にせざるを得ないという可能性があることを聞いていたからだと思われます(10:29,30)。彼らはエルサレムでローマ軍との衝突があると思って恐れを抱いていたのかもしれません。

ところが、イエスは、弟子たちの気持ちとは正反対に、堂々と先頭に立ってエルサレムに向かっていました。しかもイエスはそこでどれほど悲惨なことが待っているかということを正確に把握していました。

それはイエスが、ご自分はイザヤ53章などに記されている苦難の主のしもべとしてご自分を犠牲とすることが、主のみこころであると自覚していたからです。

そこでは「しかし、彼を砕いて、痛めることは主(ヤハウェ)のみこころであった。もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く子孫を見ることができ、主(ヤハウェ)のみこころは彼によって成し遂げられる。彼は自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する(イザヤ53:1011)と記されていました。

つまり、自分が苦しむことこそ主のみこころであり、それを通してご自身の「満足」が生まれると確信していたからです。

 

そして、そのような中で、「すると、イエスは再び十二弟子をそばに呼んで、ご自分に起ころうとしていることを、話し始められた」(10:32)と記されていますが、これは831節、931節に続いて三回目の予告でした。

831節では、イエスは、「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日目によみがえられなければならない」と言われ、それを聞いたペテロは傲慢にもイエスを諌め、イエスがそれに対し「下がれ。サタン」と叱責されたと記されていました。

また931節では、イエスは、「人の子は人々の手に引き渡され、彼らはこれを殺す。しかし、殺されて三日の後に、人の子はよみがえる」と話しておられましたが、弟子たちはその意味が理解できないままイエスに尋ねるのを恐れていたと記録されていました。

 

 そしてイエスは103334節では、さらに詳しい受難のプロセスを描きながら、 「さあ、これから、わたしたちはエルサレムに向かって行きます。人の子は、祭司長、律法学者たちに引き渡されるのです。彼らは、人の子を死刑に定め、そして、異邦人に引き渡します。すると彼らはあざけり、つばきをかけ、むち打ち、ついに殺します。しかし、人の子は三日の後に、よみがえります」と述べられます。

何と、救い主であるイエスはご自分の民の宗教指導者たちによって死刑に定められ異邦人の手によって無残な苦しみを受け、殺されるというのです。

弟子たちはイエスを律法の教師と見ていましたが、イエスは異端者として断罪され、またイエスは新しい神の国の王となるはずであるのに、異邦人によって殺されるというのでは、到底、弟子たちに理解することはできませんでした。

 

ただしイエスは三回の受難予告のすべてにおいて、三日の後によみがえると、ご自身の復活を明確に語っておられました。弟子たちが、この復活預言をどのように理解したのかは定かではありません。しかし、彼らは三回目にイエスの受難予告を聞いたときには、より冷静になって、これが単にイエスの死で終わるものではないことを理解し始めていたのではないでしょうか。

彼らはダニエルがメディア・ペルシャ連合王国の支配者ダリヨスの家来の陰謀によってライオンの穴に投げ込まれながら、神によって守られ、その後、イスラエルの民をバビロン帝国の支配から解放したペルシャ王クロスにまで重んじられるようになったというダニエルの物語と結びつけて考えたとも推測できます。

彼らがイエスの肉体的な死の後の復活ということは理解できなかったことは確かですが、これをダニエルの物語のように、殺されそうになりながら神の国を実現するという物語として理解したのだと思われます。

 

 イエスも弟子たちも、目に見える神の国の実現のために生きていました。イエスの福音の核心は、「時が満ち、神の国は近くなった(is at hand悔い改めて福音を信じなさい」(1:15)でした。弟子たちはそれをより具体的な新しいダビデ王国として、ローマ帝国からの独立を待ち望んでいたのだと思われます。

当時も今も、福音の核心は、「神の国」ということばで描かれます。イエスも弟子たちも「神の国」の実現のために命をかけようとしていたという点では一致しています。弟子たちは当時の権力者たちとの真っ向からの戦いを予期していたことでしょうが、イエスは、宗教指導者たちから捨てられ、ローマ帝国の支配者によって殺されることを通して神の国を実現しようとしていました。目指す方向は基本的に似ていても、それに至る手段が徹底的に異なります

神の国をこの世の権力を握ることによってではなく、十字架によって実現するなどということがどうして信じられましょう。しかし、イエスはそれを信じていたからこそ、自分の惨めな死が待っているエルサレムに向かって堂々と歩んでゆかれたのです。

 

2.「あなたがたは自分が何を求めているのか、わかっていない」

そのように神の国を目指して歩んでいる中で、「さて、ゼベダイのふたりの子、ヤコブとヨハネが、イエスのところに来て」、「先生。私たちの頼み事をかなえていただきたいと思います」と申し出て来ました。イエスが、「何をしてほしいのですか」と尋ねると、彼らは、「あなたの栄光の座で、ひとりを先生の右に、ひとりを左にすわらせてください」と、極めて具体的な希望を訴えました。

マタイの並行記事では彼らの母がふたりを従えてイエスに願い出たという面が強調されていますが(20:20,21)、ここではそれはヤコブとヨハネ自身の願いであったと記されています。

とにかく彼らはイエスが新しいダビデ王国を作ってくださるということに期待し、その新しい国で、右大臣、左大臣にしてもらえることを期待していたというのです。今の私たちには愚かな願いと見えるかもしれませんが、人が命をかけて新しい国が実現することを望むとき、そこにおいて権威ある立場が与えられることを期待するのは当然のことと言えましょう。

人が権力を求める動機には、この世界をより住みやすくするために力を発揮したいと願うとい面が必ずあります。権力闘争を否定的ばかりにとらえてはなりません。権力を握らなければ実現できないという理想も多くあるという点を決して忘れてはなりません。

しかし、イエスは、その人間的な常識を変えようとされたのです。

 

それでイエスは彼らに、「あなたがたは自分が何を求めているのか、わかっていないのです。あなたがたは、わたしの飲もうとする杯を飲み、わたしの受けようとするバプテスマを受けることができますか」(10:38)と尋ねられました。

預言者イザヤはかつてエルサレムに向かって、「あなたは、主(ヤハウェ)の手から、憤りの杯を飲み、よろめかす大杯を飲み干した」と預言していましたが、弟子たちにもイエスが意味する杯が、苦しみを引き受けるという趣旨のことであるということはわかったと思われます。

また、バプテスマを受けるとは、バプテスマのヨハネがイエスに授けたバプテスマを思い起こさせるものですが、それは水の中に沈められて死ぬことを意味しました。

弟子たちはイエスが言われたことがどこまでわかったかは不明ですが、少なくとも彼らは、それがイエスとともに苦しむということを意味するということは良くわかりました。それで彼らは、「できます」と答えました(10:39)

 

それに対し、イエスは、「なるほどあなたがたは、わたしの飲む杯を飲み、わたしの受けるべきバプテスマを受けはします」と言われました。後にヤコブは、十二弟子たちの中で一番最初に殺されます(使徒12:2)。

またヨハネは弟子たちの中で一番長生きしますが、パトモス島というところに流されて黙示録を記します。どちらもイエスが言われた通りに、イエスが飲む杯を飲み、イエスが受けるバプテスマを受けたのです。

 

私たちも、イエスとともに苦しむことによってイエスとともに栄光を受けるようにと招かれております(ローマ8:17)。確かにイエスはご自分が神の憤りの杯を飲むことによって、私たちに祝福の杯を残してくださいました。それこそ聖餐式の意味です。

また、私たちはキリストの死にあずかるバプテスマによってキリストとともに葬られ、既に死を乗り越え、復活のキリストとともに歩みだすことができました。しかし、それは決して、私たちがひとりひとりこの地で何の災いからも解放され、平安に満たされて生きるためではありません。

イエスはあくまでもご自分の弟子たちに、「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。いのちを救おおうと思う者はそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです(9:34,35)と言われました。

簡単に言うとイエスは、決して私たちに気楽な人生などを保障してはおられません。

 

私は、自分の十字架を負ってイエスに従うというみことばによって、牧師への道を神の召しと確信しました。それは、苦しみ甲斐のある人生を求めてみたくなったからとも解説できます。

証券会社での仕事も、牧師の働きも、苦しいということでは同じでしょう。しかし、自分が高給を受けとる一方で多くの顧客が損をしてしまうというような苦しみと、神にある永遠の祝福を紹介するために誤解されて苦しむというのでは、苦しみ甲斐が決定的に違います。

 

しかし、イエスとともに苦しむという覚悟を決められることは、イエスの復活のいのちをともに味わうという、ダイナミックないのちの喜びに満ち溢れた歩みです。現在の日本の閉塞感、それは互いが自分ひとりの平安を最優先して、面倒を避けて生きるという、臆病さから生まれていると言えないでしょうか。

苦しみを引き受けるというのは多くのエネルギーが必要になります。ですから、イエスとともに苦しむことへの招きの中には、イエスの「いのち」の福音が隠されているのです。

イエスは私たちに何よりも、生きる力を保障し、生きる力を与えてくださいました。そして、その圧倒的ないのちのエネルギーはイエスと共に苦しむということの中に現されているのです。

 

3.「あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい」

 イエスはヤコブとヨハネに、引き続き、「しかし、わたしの右と左にすわることは、わたしが許すことではありません。それに備えられた人々があるのです」(10:40)と不思議なことを言われました。

私は以前、このことばを、新しい神の国での栄光ある地位のことを指していると思いました。しかし、イエスはここで、「そこに備えられた人々がある」と極めて具体的なことを語っておられます。これは、イエスとともに十字架にかけられたふたりの強盗を指していると解釈すべきではないでしょうか。

イエスにとっての十字架とは、まさにイザヤが預言した苦難のしもべとしての栄光のときです。しかし、イエスと共に十字架にかかること自体が栄光なのではありません。

そこで一人の強盗は悔い改めてパラダイスへと導かれましたが、もうひとりの強盗はイエスを罵り続けて神のさばきを受けました。苦しむこと自体に意味があるのではなくて、苦しみの中でイエスとの交わりを体験できるかどうかが何よりも大切なことなのです。苦しみの中に希望を見いだすことができることこそ、イエスの福音の力です。

 

 その後、「十人の者がこのことを聞くと、ヤコブとヨハネのことで腹を立てた」(10:41)とあるのは、十人の他の弟子たちも心の底では、ヤコブとヨハネと同じような願望を持っていたことの証拠と言えましょう。

弟子たちは神の国の実現のために苦しむ覚悟をそれなりに持ってはいましたが、それは地上的な意味での栄光を受ける道と考えていました。しかし、イエスの受ける十字架は、この世的には敗北者のしるし、犯罪人とされたことのしるしでした。

 

イエスはそのことを彼らに知らせるために、「彼らを呼び寄せて」、彼らの発想を根本的に変えるために、「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者と認められた者たちは彼らを支配し、また、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。しかし、あなたがたの間では、そうでありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです(10:42-45)と言われました。

ここで注意する必要があるのは、イエスは決して、「偉く(偉大に)なりたい」とか「人の先に立ちたい」という願いを否定することなく、受けとめているということです。

イエスの弟子たちは「神の国」を実現したいと純粋に願っていたことでしょう。そのためには人の上に立つ必要があると考えるのは当然のことです。しかし、イエスは反対に、世界を変えて神の国を実現したいと思うなら、徹底的に人に仕えること、また、自分を奴隷のようにこの社会の底辺に置くことを目指すように勧められたのです。

 

  イエスの教えは天と地を逆さにするものです。この世の手っ取り早い解決のためには、権力を握るのが一番です。しかし、力による解決は、必ず、別の力による反動を生み出します。

たとえば、二十世紀の社会主義運動は、純粋に、資本をもたない労働者を奴隷状態か解放しようという運動として始まりましたが、社会主義国は結局、万人を奴隷とする制度として惨めな失敗に終わりました。それは、人を上からの指導によって造り替えようとしたからです。

私の青春時代、中国の文化大革命は人間の発想を根本から変えようとする運動として注目を集めていました。そして、創価学会の代表の池田大作氏なども、「人間革命」という書を記して、人の発想を根本から造り替えるという運動を起こしました。そして、それは公明党という政党を作って国を変えるという運動へとつながりました。

 

  ギリシャの経済は、なぜ破綻したのでしょう。それはひとりひとりの勤労意欲や責任感に訴える代わりに、通貨や政治の仕組みを変えることでみんなを豊かにしようとしたことの結末ではないでしょうか。

この世が飢えているのは、人の愛です。それは社会制度によって解決できる問題ではありません。

イエスが語った神の国とは、人々を奴隷解放運動に駆り立てるものではありませんでした。それどころか、イエスはそれと正反対に、みんなで奴隷になることを勧めたのです。

事実イエスは、「みなのしもべとなりなさい」と言われましたが、これは直訳すると、「みなの奴隷となりなさい」と訳すことができます。また、「仕える」ということばのもともとの意味は、主人が食事をするときの給仕として、主人の気持ちに寄り添って食事や飲み物を提供するという働きから生まれている言葉です。

 

そればかりか、イエスは、「多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与える」と言われましたが、イエスは、他の人を生かすためにご自分のいのちをささげられたのです。これはイザヤ53章の「主のしもべの歌」の要約です。

イエスは、この世界を治める王としてこの世に来られましたが、その支配は、権力によって人を抑えるのではなく、世界のすべての罪を負って、神と人とを和解に導き、ひとりひとりの心の内側に神にあるいのちの喜びを回復させるためでした。

そして、いのちの喜びは、この世の優劣の逆転の中に現されると言われました。

 

イエスは社会制度を変えるためではなく、人の生き方の方向を変えるために来られたのです。しかもイエスは、世界の創造主でありながら、主人として仕えられるためではなく、奴隷として、給仕として、仕えるために来たというのです。

これは私たちにとって何を意味するのでしょう。どのような生き方を意味するのでしょう。

 

パウロは後に、コロサイ人への手紙を通して不思議なことばを書きました。それは、「私は、あなたがたのために受ける苦しみを喜びとしています。そして、キリストのからだのために、私の身をもって、キリストの苦しみの欠けたところを満たしているのです。キリストのからだとは、教会のことです(1:24)という不思議な告白です。

私たちの周りには様々な欠けがあります。私たちはその欠けを指摘し、正そうとします。今や、子供までもが、まるでわかったように、政府の政策を批判し、社会の問題を論じています。まるで一億すべてが評論家になっているかのようです。

しかし、日本語的には、泥をかぶる覚悟(不正ではなく)の人が少なすぎます。十字架を負うとは、人の非難や中傷を受けながら泥をかぶるような生き方をすることです。

イエスの弟子たちは英雄的な苦しみの道を目指していました。しかし、イエスは犯罪人として、奴隷として十字架にかけられるということを、栄光を受ける道とされました。

仕える生き方、しもべとなるという生き方は、決して格好の良い生き方ではありません。しかし、格好の悪い生き方ができることこそ、イエスに従うという生き方なのです。イエスの弟子たちはそれが分かっていませんでした。

 

 イザヤ5213節から始まる主のしもべの歌の冒頭では、「見よ。わたしのしもべは栄える」と記されます。主のしもべとして生きることは、真の意味で、神の栄光に包まれて生きることなのです。

イエスの栄光は十字架に見られました。それは人の目には忌み嫌われる刑罰でしたが、それは預言された人の子として、徹底的に神のみこころを全うしていた瞬間でした。私たちにとって最も避けたい苦しみが、神のみこころを全うする栄光の時とされました

 

私たちはだれもひとりで生きることはできませんから、基本的に人はみな、人の上に立ちたいと思うのが人情です。しかし、そこから人の心を貧しくする無意味な競争や権力闘争が起きてしまいます。もし、みなが、イエスの言われたように、人の下に置かれることが栄光への道だと心から納得できるなら、この社会はずっと住みやすくなることでしょう。

人に寄り添い、人に仕える生き方にイエスとの交わりを見いだせるなら、この社会は変わります。イエスに従うとは、主のしもべとして生きることを意味します。人に振り回され、人に誤解され、中傷を受けながら、なお、黙々と、目の前の課題に心を集中して生きることができるなら、そこに神の愛の眼差しが何よりも注がれていることでしょう。

人の上に立つことよりも、人に仕える生き方を目指すなかに、イエスとの交わりが成長します。

あなたは、神の国の理想を、権力を動かすことによってではなく、しもべの道を通して実現できると本当に信じているでしょうか?

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2012年5月20日 (日)

エステル56章 「驕るハマンは久しからず」

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NHK大河ドラマでの平清盛は日本の新しい時代を切り開いた純粋でナイーブな人間として描かれています。確かに人間的な魅力を備えていたからこそ、日本の仕組みを変える指導力を発揮できたのでしょうが、人の心は弱いものです。謙遜と思われる人もすぐに傲慢になってしまいます。

今や、「驕る平家は久しからず」などと、傲慢の代名詞のように言われています。そのことばは、平家物語の冒頭で、「おごれる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者もついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ」と記されていることに由来します。

 

私たちは物事がうまく進んでいるときこそ、没落の種が蒔かれているということを常に気を付ける必要があります。いろんなことがうまく行っていることは、確かにそれ自体を喜び、楽しんでいて良いのです。しかし、すべてが神の恵みであることを忘れるとき、自分の力を誇ってしまいます。

今日はハマンというユダヤ人の敵の破滅がどのように始まったかに焦点を合わせたいと思います。彼の愚かな失敗を通して、私たちは謙遜を学ぶことができます。

 

1.「私が設ける宴会に、ハマンとごいっしょに、もう一度お越しください」

ユダヤ人を絶滅しようとするハマンの計画を覆すために、モルデカイは躊躇するエステルに対して、「あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない」と励まし、彼女は、「たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます」と応答しました(4:14,16)。その際、彼女は、ペルシャの首都にいるすべてのユダヤ人に三日三晩の断食を要請し、自分自身も侍女たちも断食をしました。

そして、5章では、王に召されてもいないのに王のもとに近づく時の様子が、「さて、三日目にエステルは王妃の衣装を着て、王室の正面にある王宮の内庭に立った。王は王室の入口の正面にある王宮の玉座にすわっていた」と描かれます。彼女は既に三十日あまりも王からお呼びがかかっていません。王のご機嫌しだいでは、死刑になる可能性がありました。

ギリシャ語七十人訳では、「王は威光に輝く顔を上げ、怒りに満ちた目で彼女を見つめた。そこで王妃はよろめき、青ざめ、気を失い、前を歩む侍女に倒れかかった。そのとき神は王の心を変えて穏やかにされた」という解説が付け加えられています。それほどに緊張の瞬間だったのです。

 

ほんの一瞬が分かれ道になりますが、この書はその後の様子を極めて簡潔に、「王が、庭に立っている王妃エステルを見たとき、彼女は王の好意を受けたので、王は手に持っていた金の笏をエステルに差し伸ばした。そこで、エステルは近寄って、その笏の先にさわった」と描かれます。

そればかりか王は上機嫌で、「どうしたのだ。王妃エステル。何がほしいのか。王国の半分でも、あなたにやれるのだが」とまで言って、彼女に対する「好意」を表明します。

バプテスマのヨハネの首をはねたヘロデ・アンテパスも、祝宴で踊りを踊ったヘロデヤの娘に向かって、「何でもほしい物を言いなさい・・・おまえの望む物なら、私の国の半分でも、与えよう」と言って誓ったと記されていますから(マルコ6:22,23)、これは当時の王が自分の寛大さと権力を示す定型句のようなものだったのかもしれません。そのようなときに、多くの家臣がいる前ですぐに自分の希望を訴えるのは、賢明なことではありません。

 

 それに対しエステルは、自分の願いを申し述べる時期を見計らうために、不思議な提案をします。それは自分の願いを一対一のプライベイトな場で言おうとするよう配慮とも言えましょう。しかし、彼女はそこで、「もしも、王さまがよろしければ、きょう、私が王さまのために設ける宴会にハマンとごいっしょにお越しください」と、王を自分の主催する宴会に招きながら、その場にハマンを同席させるように願ったというのです。

そして、「王とハマンはエステルが設けた宴会に出た」のですが、そこでもエステルは自分の願いを表明することを差し控えました。

 

 「その酒宴の席上、王はエステルに」向かって、「あなたは・・・何を望んでいるのか。王国の半分でも、それをかなえてやろう」(5:6)と前回と同じようなことを言いました。だいたい、人が自分の寛大さや権威を見せたいと願っているときには、その裏に大きな不安を隠している場合が多くあります。

ですからエステルは、自分の願いを言う時期を遅らせた方が良いと、王のことばから判断したとも解釈できるかもしれません。ただ、最初からハマンを王とともに招いているところからすると、彼女は、王の心と同時にハマンの心を探ろうとしていたとも考えられます。

 

エステルは慎重にことばを選びながら、「私が願い、望んでいることは、もしも王さまのお許しが得られ、王さまがよろしくて、私の願いをゆるし、私の望みをかなえていただけますなら、私が設ける宴会に、ハマンとごいっしょに、もう一度お越しください。そうすれば、あす、私は王さまのおっしゃったとおりにいたします」と答えます(5:7,8)。彼女は王にとって、自分の名で出された命令を撤回することがどれほど難しいかということを理解していました。

また、ハマンの執念深さと危険性をよく知っていました。彼女は、王の心を和らげることに集中するとともに、ハマンの心を油断させようとしました。彼女は、驚くほどに男の愚かなプライドを熟知していたのではないでしょうか。

 

人の望むものは、人の変わらぬ愛(人の誠実さ)である(箴言19:22)とありますが、自分の願いを訴える前に、相手の心の奥底にある願いに心の耳を傾けようとすることが何よりも大切です。そして、ハマンのような明らかな敵に対しても、その敵の気持ちに寄り添って安心感を与えることこそ、敵に勝利する秘訣と言えましょう。

中国の孫子は、「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」と言いましたが、エステルはそのようなことばが記録され知られるようになるはるか前に、それを実践していたと言えましょう。宴会は敵を知る最大のチャンスとなります。

 

2.「この進言はハマンの気に入ったので、彼はその柱を立てさせた」

そして、彼女の狙い通り、「ハマンはその日、喜び、上きげんで出て行った」というのです。ところがその帰り道、「王の門のところにいるモルデカイが立ち上がろうともせず、自分を少しも恐れていないのを見て、モルデカイに対する憤りに満たされ」ます。しかし、「ハマンはがまんして家に帰り」ます(5:10)。上機嫌なときは「憤り」を我慢することができるからです。

それにしても、モルデカイはつい昨日まで、荒布をまとい、灰をかぶって、嘆いていたはずです。彼はエステルから依頼された三日三晩の断食の祈りのときを終えて、神のみわざに信頼して、晴れやかな顔を見せていたのかもしれません。それが何よりも、ハマンの気持ちを逆なでしてしまったのでしょう。ハマンはモルデカイが泣いて自分にすがってくることを半ば期待していたのかもしれません。

モルデカイのハマンに対する態度は一貫しています。彼は神の前に泣いてすがることはしても、人に対して卑屈な態度を決して見せません

 

ハマンは、「友人たちと妻ゼレシュを連れて来させ」、「自分の輝かしい富について、また、子どもが大ぜいいることや、王が自分を重んじ、王の首長や家臣たちの上に自分を昇進させてくれたことなどを全部彼らに話し」ながら(5:11)、今日の喜びの出来事を、「王妃エステルは、王妃が設けた宴会に、私のほかはだれも王といっしょに来させなかった。あすもまた、私は王といっしょに王妃に招かれている(5:12)と自慢します。

箴言1223節には、「利口な者は知識を隠し、愚かな者は自分の愚かさを言いふらす」とありますが、ハマンはエステルの宴会に招かれながら、彼女の心の痛みなどまったく知ろうともしませんでした。ただ、自分の自慢話を妻と友人たちに言い触らすばかりでした。

ただし、自分の自慢をしたがる人に限って、プライドが非常に傷つきやすいものです。それは、両者ともに、自分の価値を、他人の評価によって測ろうとしているからです。

それでハマンは、自分の不満を、「しかし、私が、王の門のところにすわっているあのユダヤ人モルデカイを見なければならない間は、これらのことはいっさい私のためにならない(5:13)と表現します。

これこそ人間の心理でしょう。どんなに多くの人々の称賛を得ている人でも、たったひとりの批判によって心がなえてしまいます。

 

それを聞いた、「彼の妻ゼレシュとすべての友人たちは」、彼に向かって恐ろしい提案をして、「高さ五十キュビトの柱を立てさせ、あしたの朝、王に話して、モルデカイをそれにかけ、それから、王といっしょに喜んでその宴会においでなさい」と言います(5:14)。これは、23m、七、八階建ての建物に相当する柱を立てて、モルデカイを殺してさらし者にするという残酷な提案です。

妻と友人たちは、ハマンに自分の権威を最大限に用いて、目の前の懸念材料を消すことを勧めました。しかし、これは実に愚かな提案です。人の上に立つ者は、何よりも人々の中傷や誤解に耐えることが求められます。なぜなら、批判者を排除してしまうなら、都合の良い情報しか聞こうとしないという姿勢を内外にアピールし、自分のまわりにある様々な懸念材料に盲目になってしまうことになるからです。

 

ところが、有頂天になり、ますます愚かになってしまったハマンには、その危険がまったくわかっていません。彼は批判者を消そうとすることによって自滅への道を大きく踏み出してしまったのです。そのことが、「この進言はハマンの気に入ったので、彼はその柱を立てさせた」と、愚かなプライドに囚われた彼の愚かな決断が記されます。

 

箴言2627節には、「穴を掘る者は、自分がその穴に陥り、石をころがす者は自分の上にそれをころがす」と記されますが、ハマンは自分が立てさせた柱に、自分がさらし者にされることなど思いもよらなかったことでしょう。しかし、批判者の口を閉じようとする人は、自滅に踏み出しています。それは歴史の常と言えましょう。

 

3.「ハマンは嘆いて、頭をおおい、急いで家に帰った」

ハマンが高い柱を立てさせたとき、モルデカイの命は風前の灯になってしまいました。しかし、6章の冒頭では、「その夜、王は眠れなかったので、記録の書、年代記を持って来るように命じ、王の前でそれを読ませた」と描かれます。エステル記には神の名が一度も出てきませんが、主は、夜の間に、不思議な方法ですべてを逆転させる方向へと、王の心を動かされたのです。

詩篇774-6節には、主に向かっての、「あなたはこの目のまぶたを開いたままにさせる。私は混乱し、話すこともできない。私は、昔の日々、遠い昔の年々を思い返し・・・私の霊は、答えを探り求める」という祈りがありますが、神は異教徒の王の心に同じような混乱と探究心を起こされました。

 

そして、王の秘書官が昔の記録を読み上げている中に、「入口を守っていた王のふたりの宦官ビグタナとテレシュが、アハシュエロス王を殺そうとしていることをモルデカイが報告した、と書かれてあるのが見つかった」というのです。それを聞いた王は、 「このために、栄誉とか昇進とか、何かモルデカイにしたか」と尋ねましたが、「王に仕える若い者たち」は、「彼には何もしていません」と答えました(6:3)

ここでは、「彼には」ということばが印象的です。なぜなら、この事件で誰よりも大きな昇進を果たしたのは皮肉にも、モルデカイではなく、ユダヤ人の最大の敵ハマンであったからです。王はこのときになって初めてモルデカイの名を耳にしたのではないでしょうか。

 

  そのとき、「ちょうど、ハマンが、モルデカイのために準備した柱に彼をかけることを王に上奏しようと、王宮の外庭に入って来た」というのです。王はハマンを招き入れて、「王が栄誉を与えたいと思う者には、どうしたらよかろう」(6:6)と尋ねました。それに対し、「ハマンは心のうちに」、「王が栄誉を与えたいと思われる者は、私以外にだれがあろう」と思いました。

それで彼は、自分がして欲しいことを思い浮かべながら、「王が栄誉を与えたいと思われる人のためには、王が着ておられた王服を持って来させ、また、王の乗られた馬を、その頭に王冠をつけて引いて来させてください。その王服と馬を、貴族である王の首長のひとりの手に渡し、王が栄誉を与えたいと思われる人に王服を着させ、その人を馬に乗せて、町の広場に導かせ、その前で『王が栄誉を与えたいと思われる人はこのとおりである』と、ふれさせてください(6:7-9)と、途方もないことを言いました。

王服」を着て、王だけが乗ることができるはずの王冠をつけた馬に乗るとは、人々の前に自分を王とすることに他なりません。彼はそれがどれほど危険な提案かを理解していたのでしょうか。彼はそれによって自分は、王に取って代わろうとするということをアピールすることになるのです。しかし、心が高ぶってしまった彼にはその危険が見えなくなっていました。

 

  箴言1618節には、「高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ」と記されていますが、高慢になると、周りの人の気持ちが理解できなくなり、自分に押し寄せる危険も見えなくなります。高慢とは、何よりも、見るべきものを見なくなることに他なりません。

高慢にならないとは、決して、自分の能力や知恵を過小評価することでもなく、また、遠慮深くなりすぎるでもありません。高慢の根本とは、創造主のみわざが見えなくなるとともに、人の価値や尊厳が見えなくなることです。

ハマンは王の心も見えなくなっていました。ただし、自分の能力を最大限に生かし、堂々と自分の意見を表明できることは大切なことです。それは決して傲慢になることではありません。

 

そこに、ハマンにとっては耳を疑いたくなるようなことが王の口から告げられます。それは何と、自分に与えられると思った報酬がそのまま、自分が心から憎んでいるモルデカイに与えられなければならないという趣旨で、「あなたが言ったとおりに、すぐ王服と馬を取って来て、王の門のところにすわっているユダヤ人モルデカイにそうしなさい」6:10)という命令でした。

そればかりか、王は、彼の心を見透かしたような皮肉を込めて、「あなたの言ったことを一つもたがえてはならない」と付け加えました。これは王が、ハマンの傲慢さを不愉快に思い、彼に見切りをつけたという気持ちを表しているとも言えましょう。愚かな王にでも、ハマンの危なさが見えたことでしょう。

 

それにしても、これによってハマンが自分に与えられると思っていた恩賞を、彼自身が憎み切っているユダヤ人モルデカイの上に、ひとつもたがえずに実現させなければならないということになりました。

ハマンはモルデカイが自分を恐れようともしないということに腹を立てていたのですが、ハマンは皮肉にも、自分の蒔いた種によって、人々の前でモルデカイを自分にとっての主人であるかのように紹介せざるを得なくなったのです。

 

 それで、ハマンは王服と馬を取って来て、モルデカイに着せ、彼を馬に乗せて町の広場に導き」、その前で「王が栄誉を与えたいと思われる人はこのとおりである」と叫ばざるを得なくなりました(6:11)

その後のふたりのことが対照的に、「それからモルデカイは王の門に戻ったが、ハマンは嘆いて、頭をおおい、急いで家に帰った」と描かれます(6:12)

モルデカイはつい二日前まで、荒布をまとい、灰をかぶって嘆いていたのに、今は、王服を着て、王の馬に乗るということになりました。ハマンとモルデカイの立場の逆転が、象徴的に描かれています。

 

そして、その後のことが、「そして、ハマンは自分の身に起こった一部始終を妻ゼレシュとすべての友人たちに話した。すると、彼の知恵のある者たちと、妻ゼレシュは彼に」、「あなたはモルデカイに負けかけておいでですが、このモルデカイが、ユダヤ民族のひとりであるなら、あなたはもう彼に勝つことはできません。きっと、あなたは彼に負けるでしょう」と言ったというのです(6:13)。

これは不思議な展開です。彼らは先には、ユダヤ人モルデカイを十字架にかけるように進言したはずなのに、ここでは、ユダヤ民族には勝つことができないと語っているからです。なお、このことばは、主ご自身がハマンの妻ゼレシュの口を通して語られた真理とも言えましょう。

 

しかし、妻や友人たち自身も、自分たちの立場が非常に危うくなっていることに焦りを覚えたのは確かでしょう。モルデカイは誰にも取り入ろうとせず、誰をも陥れようともしていません。彼は、自分の手柄によってクーデター計画が未然に塞がれ、王の命が守られたということを自慢もしていなかれば、自分に恩賞がなかったことの不満を訴えてもいません

彼はあらゆる意味で、ハマンとは対照的な生き方をしています。そして、彼がユダヤ人絶滅計画を差し止めるためにしたことの中心は、荒布をまとい、灰をかぶって、主に嘆きながら訴えたということだけです。

人々はエステルとモルデカイの結びつきのこともほとんど知りません。ですから彼らに目に映ったのは、ユダヤ人の神は、ユダヤ人の願いに耳を傾け、道を開いてくださる方であるという一点だけです。

私たちにとっても最大の証しとは、主を信じることによって自分がこんな大きなことができるようになったと、自分の働きをアピールすることではなく、人々の前でも恥じることなく、主にすがっている姿勢を見せることでしょう。

 

  そのような状況下で、「彼らがまだハマンと話しているうちに、王の宦官たちがやって来て、ハマンを急がせ、エステルの設けた宴会に連れて行った」と次の展開が描かれます(6:14)。

ハマンは王の宦官に急かされながら、失意のうちに、エステルの宴会に向かって行きます。そして、そこにハマンの滅亡が待っていました。

 

  ハマンとモルデカイはいろんな意味で対照的な人物です。彼らの対比は、箴言1812節に、「人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ」と記されている通りです。ただ、しばしばクリスチャンは謙遜ということばを誤解している場合があります。それは決して、自分を卑下したり、自分の能力を過小評価することではありません。モルデカイは、恩賞を受けられなくても不平を言いませんでしたが、同時に、ハマンの前に決して卑屈になろうともしていません。

一方、ハマンは、王妃の宴会に王と共に招かれたという自分の功績でもないことまでをも自慢の種にし、エステルの気持ちを洞察することができなかったばかりか、王の心に疑念を抱かせるような恩賞を平気で求めようとしてしまいました。

この書には、ひとことも神のみわざが明確には記されていません。しかし、神のみわざは、ハマンが高慢になるのにまかせたことの中に現されています。人が有頂天になっているとき、神のさばきが用意されているのかもしれません。

ただし、傲慢も謙遜も、神と自分、人と自分という関係の中でしか測ることができない概念です。謙遜に振る舞うという人の目を意識した生き方が謙遜なのではありません。

私たちはだれも、人の評価が気になります。しかし、それを感じることと、それに動かされることはまったく別のことです。ハマンは、モルデカイが自分を恐れないことに腹を立て、策を立てることによって、自滅への道を踏み出してしまいました。私たちの心の中にも、ハマンのような愚かさが宿っています。ハマンの失敗から学ぶことができる者は幸いです。

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2012年5月13日 (日)

マルコ10章13-31節 「誰が神の国に入れていただけるのか」

                                                  2012513

イエスは山上の説教で、「だれもふたりの主人に仕えることはできません・・・あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません」と言われました(マタイ6:24)。しかし、このイエスのみことばほど理解し難い、腹に落ちにくいことばはありません。旧約聖書で意味する「祝福」とは、豊かさや力を持つこと、子どもが増えることを意味しましたし、イエスの教えはそれと矛盾するものではないはずだからです。

お金も、地位も能力も大切です。今回の箇所の最後でもイエスはご自身に従う者への豊かな報酬を約束しておられます。イエスのお話は逆説的です。富も力も、手段に過ぎません。それを目的としてしまうとき、人生で最も大切なものを忘れるからでしょう。

 

1.「神の国は、このような者たちのものです」

「さて、イエスにさわっていただこうとして、人々が子どもたちを、みもとに連れて来た。ところが、弟子たちは彼らをしかった」(10:13)とありますが、弟子たちの反応にも一理あります。イエスはこのときパリサイたちと、「結婚」に関する重要な議論をしていたからです。

しかも、「子どもたちは、自分で来たのではなく「人々が子供たちを・・連れて来た」のです。彼らはイエスに自分の子を祝福して欲しかったのでしょうが、場の空気を読んでいません。ところが、イエスがこのときの弟子の対応に対して、何と、「それをご覧になり、憤った」(14節)というのです。

 

そしてイエスは、弟子たちに向かって、「子どもたちをわたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです」と言われました(14節)。

神の国」とは、神ご自身が「王」としてご自分の民を守ってくださるという世界です。ただ、当時の人々は、失われたダビデ王国の再興を願っており、そこに入れていただくためにはローマ帝国の支配に屈しない命がけの覚悟が必要だと思われていました。

ところが、イエスは、自分の意思でイエスに近づこうとしたわけでもない幼子たちを指して「神の国はこのような者たちのもの」と言われたのです。

私たちの常識でも、「神の国は、信じる者だけが入ることができる」と言われますが、主は、「神の国」は、大人に連れられなければイエスに近づくことができないような「幼子」のためのものだと言われました。

 

イエスは続いて、「まことに、あなたがたに告げます。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、入ることはできません」(15節)と、子どもの姿勢に習うようにと勧められました。

子どもが大人に勝っている点は何でしょう?それは何よりも、与えられたものを素直に受け止めるということではないでしょうか。

しかも、子どもは、どんな厳しい環境の中にも、喜びを発見する天才です。子どもは柔道でいう「受身」の天才かもしれません。信仰の醍醐味は、自分を受動的な者として神に積極的に差し出すという、「能動的受動性」にあります

 

そしてその後のことが、「そしてイエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された」(16節)と記されます。子供たちは喜んでイエスに抱かれたことでしょう。また、イエスも喜んで彼らの上に手を置いて祝福されました。そこに見られるのはまさに神の国の祝福の情景と言えないでしょうか。

当時の大人たちは神の国」を実現しようと命をかけて頑張っていました。一方、子供たちは大人たちに連れて来られるままにイエスのふところに飛び込み、まさにそこで神の国に入れていただいたのです。今も、神の国は、私たちの目の前にあります

 

ただ、これは知性や主体性を否定するような勧めとして誤解される可能性もありますが、パウロは後に、「知性」を用いて教えることの大切さを強調しながら、「物の考え方において子どもであってはなりません。悪事においては幼子でありなさい。しかし、考え方においてはおとなになりなさい」と言いました(Ⅰコリント14:19,20)。

私たちが成長するのは良いことですが、それで見失ってしまうこともあります。ですからこれは、当時の宗教指導者たちを意識したアイロニーであり、逆説なのです。

彼らは、聖書を良く学び、神学の議論がよくできましたが、「木を見て、森を見ず」のような状態の人で、聖書の中心テーマを誤解したばかりか、まったく逆のことを自分で教えていました。

 

2.ある役人が、「何をしたら、永遠のいのちを受け継ぐことができるか」と尋ねたことの矛盾

 「イエスが道に出て行かれると、ひとりの人が走り寄って、御前にひざまずいて、尋ねた」(17節)とありますが、ルカはこの人を「役人」と描いています(新共同訳でもフランシスコ会訳でも「議員」と訳している)。彼はまるで若い時のパウロのような立場だったと思われます。

そして、この人は、「尊い先生。永遠のいのちを自分のものとして受けるためには、私は何をしたらよいでしょうか」と尋ねました。「尊い」とは、本来、「良い」とか「立派な」というような広い意味のことばです。そして、質問の中心は、「永遠のいのち」を「自分のものとして受ける」ために「何をする」べきかというものです。

 

「永遠のいのちを受ける」とは、「神の国に入る」(24節)とほぼ同じ意味で、永遠に生き続けることより、永遠の祝福を今から保障されることを意味しました。彼はこの地上でも既に地位を富も、すべてを勝ち得ていましたが、聖書に預言された「神の国」に入れていただけるという「救いの確信」がなかったのでしょう。

これは、先にイエスが、「神の国は、このような者たちのもの」と、大人に連れて来られた幼児たち指し示したのと正反対の考え方です。マタイでもルカでも、この金持ちの青年の話と幼子を受け入れる話はセットになっています。

 

  それに対してイエスは、「なぜ、わたしを『尊い』と言うのですか。尊い方は、神おひとりのほかには、だれもありません」という不思議な答えをします(18節)。それはこの人の目を、ご自分ではなく、天の父なる神に目を向けさせることにありました。

そして、イエスは、「戒めはあなたもよく知っているはずです。『殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。偽証を立ててはならない。欺き取ってはならない。父と母を敬え』」(19節)とごく当たり前のことを言われました。

これは、この人が、イエスに何か目新しい教えとか秘訣を求めていることに対して、神の教えは、すべての人に十分に明らかになっているということを印象付けることばでもありました。

 

彼の問題は、このような質問をすることで、神は最も大切な教えを、意地悪にも人々の目から隠している方であるかのように思っていたということではないでしょうか。

しかし、モーセは、律法の締めくくりとして、「この命令は、遠くかけ離れたものでも・・天にあるのでも・・海のかなたにあるものでもない・・・みことばは、あなたがこれを行うように、ごく身近にあり、あなたの口にあり、あなたのこころにある」(申命記30:11-14私訳)と言っていたのです。

 

ところが彼は、そのようなイエスの意図に気づくことなく、 「先生。私はそのようなことはみな、小さい時から守っております」(20節)と答えてしまいます。彼は、律法を守ってきたという自負がありながら、なお、「永遠のいのち」を「受けている」という確信がなかったのです。この人が、「イエスに走りよって、御前にひざまずいて」(17節)尋ねたというほど切羽詰っていたのは、「自分の良い行い」と引き換えに、「永遠のいのち」を受け取るという発想に生きていたからではないでしょうか。

いつも何かを獲得するという姿勢の中で見失ってしまうものがあります。私たちは自意識過剰になりがちです。しかし、神のみことばにただ、受動的に心を開き、神の語りかけに感動しているとき、そこに「神の国」は実現しています。この神との生きた親密な交わりこそ「永遠のいのちです。

ところが彼は、聖なる神のみおしえを、「そのようなことはみな」と呼び、恵みではなく、常識かのように受け取っていました。

 

それに対し、「イエスは彼を見つめ、その人をいつくしんで言われ」(21節)たと、イエスのあわれみの姿勢がまず何よりも強調されています。しかし、イエスのことばは驚くほど厳しいもので、「あなたには、欠けたことが一つあります。帰って、あなたの持ち物をみな売り払い、貧しい人たちに与えなさい」という途方もない命令でした。

 

これはイエスがこの人の罪を思い知らせてやろうと敢えて意地悪を言ったわけではありません。

まず第一に、イエスはこの際、敢えて、「そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります」と付け加えておられます。それは、彼の目を、地上のことから、天に向けさせる意味がありました。

」とは、天国のことではなく、目に見えない神のご支配を指したことばで、彼の目を、地上的な保障ではなく、神の保障に向けさせるという意味がありました。

 

しかもイエスは、「そのうえで、わたしについて来なさい」と、彼をご自分の弟子として招いておられます。これは主が、ペテロやヨハネやマタイを招いたときと同じことばです。彼らもすべてを捨てて従っています。

この人は、イエスの御前にひざまずいて教えを請うだけの思いがあったのですから、それは不可能ではありませんでした。

 

ところが、「すると彼は、このことばに顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。なぜなら、この人は多くの財産を持っていたからである」(22節)と、彼の葛藤に満ちた反応がリアルに描かれています。

たぶん、彼がペテロのような貧しい漁師であったなら、またマタイのように人々から軽蔑されていた取税人であったなら、すべてを捨ててイエスの招きに応じるのはより易しかったことでしょう。しかし、彼の場合には失うものが多すぎました。

 

マザー・テレサは、「富は、悪ではなく、不幸である・・・富は人の気前のよさをなくし、心を閉ざし、窒息させてしまうからです」と言っていました。

3億円の宝くじが当たった人の実話のテレビドラマがあったそうです。そこで、ほとんど大金を急に得た人は、後に悲惨な人生を歩むようになるという統計が明らかにされていました。

誰もが自分は大丈夫だと思います。しかし、人は弱いのです。無駄なものを買う、金額に鈍感になる、欲が出てくる、人が寄ってくる、人から騙される、ほとんど破滅の道に進んで行くとのことです。3億円あってもいつの間にかなくなります。

いくら得たかではなく、人にどれだけ与えることができたかを大切にしなければなりません。パウロは「貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持っていないようでも、すべてのものを持っている(Ⅱコリント6:10)と言っています。

 

ただし、貧乏も確かに辛いものです。貧乏に苦労した若い牧師が、次のような詩を書いています。

 

「貧乏はつらいもの 貧乏は人を縛りつけます 貧乏は人を変えます 性格までねじ曲げてしまいます

貧乏が 『貧乏神』と呼ばれるゆえんは それなのでしょうか

    貧乏は 愛する人ができれば こたえます 病気をするとこたえます 子供ができれば身にしみてこたえます

貧乏に負けてしまう人もいる つらかったことでしょう 貧乏のつらさは経験者でないとわからない 

 

(でも) 貧乏をしていると 人の心が見えてくる ものの声が聞こえてきます

貧乏をして 見えないものが見えてきた それまで知りえなかった すばらしいものが 見えてきた 

貧乏が 『貧乏神』と呼ばれるゆえんは それなのでしょうか 」 

 

感動的なのは、彼がここで、貧乏の辛さを語りながら、それを通して、「見えないものが見えてきた」と語っている点です。

これはお金の問題に限りません。私たちのうちにある、自分の「知恵」に対する「誇り」なども同じです。「自分には知恵がある、能力がある・・」という人は危ない面を抱えています。イエスに必死に尋ねてきた青年は、お金も、能力も、知恵も、地位もあり過ぎて、それに囚われてしまい、神の恵みの世界が見えなかったのです。

 

残念ながら、富に囚われて自滅するというのは、サルが罠にはまるのに似ています。入口の狭い透明の器にバナナを入れてサルに見せると、サルはすぐに手を入れてバナナを取ろうとします。しかし、手を握ったままでは器の入り口から手を出すことができません。

サルは焦りますが、手を放すということに考えが及びません。それでサルはバナナを握ったまま、捕えられてしまいます。サタンは同じような罠を人間に仕掛けてはいないでしょうか。

 

3.「人にはできないことが、神にはできるのです」

その後、「イエスは、見回して、弟子たちに言われた」とありますが、イエスご自身もこの人の応答の姿にしばし呆然となり、周りを見回した上で、弟子たちに神の国についての真理を分かち合ったということだと思われます。

イエスはまず、「裕福な者が神の国に入ることは、何とむずかしいことでしょう」(23節)と言われました。それはこの人の応答から生まれた嘆きの言葉と言えましょう。そして、「弟子たちは、イエスのことばに驚いた」というのです。

 

それでイエスは重ねて、弟子たちに向かって、「子たちよ。神の国に入ることは、何とむずかしいことでしょう。

金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい」(24,25節)と言われました。これは、「優秀な人は・・」、「人から尊敬されている立派な人は・・・」、「成功している人は・・」などと言い変えても良いことばです。

自分の力で人生を切り開いてきたという自負がある人は、しばしば、「すべてが恵みである」ということが分かりません。パウロは自分の知恵を誇っている人に対し、「いったいだれが、あなたをすぐれた者と認めるのですか。あなたには、何か、もらったものでないものがあるのですか。もしもらったのなら、なぜもらっていないかのように誇るのですか」(Ⅰコリント4:7)と厳しく迫っています。

たとえば、人の外見も知能指数も腕力も、大部分が既に生まれながら決まっているのではないでしょうか。それは、まさに「もらったもの」であって、誇るべきものではありません。それは神からの賜物です。私たちが問われていることは、それをどのように用いたかということです。

 

イエスは、「すべて、多く与えられた者は多く求められ、多く任された者は多く要求されます」(ルカ12:48)と言われました。ここから、フランス語の格言、noblesse oblige(ノブレス・オブリージュ)が生まれます。これは「貴族の責任(義務)」とも訳しえることば、日本語では「武士道」と訳すこともできましょう。

たとえば、第一次世界大戦のとき、イギリスでは貴族の子弟の戦死者が非常に多かったと言われます。また、アメリカでは、裕福な人が何のボランティア活動もしていなければ白い目で見られるような風潮があります。それは、より豊かに与えられているほど、より厳しく責任が問われるということの実例です。

ところが、残念なことに、人はしばしば、それを逆転して考えます。それは、「私が豊かで能力があるのは、神から特別に愛され、重く見られているしるしであって、私のいのちの価値は一般の人々よりもずっと重い。だから、人が私に仕えてくれるのは当然だ・・・」という特権意識です。

 

この青年は、貧しい人々をどのように見ていたのでしょう。イエスは彼の中に、「ノブレス・オブリージュ」を忘れた特権意識を見たのかもしれません。とにかく、彼は富も地位も手にした上で、「永遠のいのち」さえ、自分の手で掴み取ろうとしていました

彼は確かにこの世の成功者、努力家でしょうが、そこに罠があります。自分で成功を掴み取って来たと自負する人は、かえって、自分の願望に縛られてしまい、手放すことができなくなるからです。

 

ところで、イエスのことばを聞いた「弟子たちは、ますます驚いて互いに」、「それでは、だれが救われることができるのだろうか」、と言い合ったというのです(26節)。それは、彼らも、誤った特権意識に捉えられていたからです。彼らは、「裕福であるのは、神から特別に愛される理由があったからであって、そのような人こそ、誰よりも神の国に近い」と考えていたからです。しかし、現実は、自分が豊かで、才能があり、自分の力で成功を掴み取ることができると自負する人は、神の必要を感じなくなってしまうのです。

イスラエルは、約束の地に入って、生活に困らなくなったとたん、偶像礼拝に走りましたカナンの宗教は、楽しいことばかりを約束してくれたからです。

 

  それに対して、「イエスは、彼らをじっと見て」、その上で、「それは人にはできないことですが、神は、そうではありません。どんなことでも、神にはできるのです」と言われました(27節)。

その代表例はパウロです。彼は、自分の罪に悩んだあげく、救いを求めたのではありません。彼はクリスチャンを迫害することに情熱を傾けて、ダマスコに行く途上で、「突然、天からの光が彼を巡り照らし」、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」という声を聞いたからこそ、イエスを信じることができたのです(使徒9:3,4)。

彼は、自分で求めたのではなく、一方的に捉えられました。ただしそれは、福音のためにいのちをかけて働くためという、ノブレス・オブリージュへの招きでした。

 

確かにパウロは特別でしょうが、しばしば、頭が良いと思われる人に限って、信仰に導かれるきっかけは単純なものであるという場合が非常に多くあります。昔から最も多いのは、恋愛が入信のきっかけになるというものです。

自分に自信がある人は、恋愛でもしないと自分から自由になれないからでしょう。また、そうでなくても、神は、優秀な人であればあるほど、適度な試練を与えて、その高慢を打ち砕いてくださるということがあります。

私たちはすべて、パウロと同じように、神に選ばれて、天地万物の創造主である神の子どもという貴族的な立場が与えられました。それは特権意識を味わうためではなく、「貴族としての責任」(ノブレス・オブリージュ)を果たすためです。

 

しかしこのときペテロは、「ご覧ください。私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました」と言い始めました(28節)。何と無神経で愚かな応答でしょう。彼はたまたま、この役人より、富も地位も、聖書知識も少なかったからこそ、イエスの招きに従うことができただけなのに、それがまるで自分の功績かのように誇っているからです。

しかも、マタイの記録によると、このときペテロは、「私たちは何がいただけるのでしょうか」と(19:27)と、露骨に報酬を期待していたのです。彼も、金持ちの青年と、まったく同じ発想の中に生きていたことが明らかです。

 

ところがイエスは、それを叱責する代わりに、「まことに、あなたがたに告げます。わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子を、畑を捨てた者で、その百倍を受けない者はありません。今のこの時代には、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を迫害の中で受け、後の世では永遠のいのちを受けます」(29,30節)と言われました。

イエスはここで、天国で実現するはずの豊かな祝福を約束したのではなく、この世で実現する祝福のことを苦しみとセットで保障してくださいました。その上で、この世界が造り替えられた後の時代においての祝福までも約束してくださいました。

人は、所詮、何かの報いなしには働くことができないほど自己中心な思いにとらわれているのが現実だからです。そして、弟子たちの前には試練が待っており、自分の愚かさや弱さのゆえにつまずいてしまいます。それは、目に見えない神よりも、目に見える人を恐れてしまうからです。

だれの人生にも、挫折はつきものです。そのときに、支えになるのは、神が私たちの苦労に、正当な報いを与えてくださるという保障です。

 

ただ、それに加えてイエスは、「しかし、先の者があとになり、あとの者が先になることが多いのです」(31節)と言われました。

それは、イエスに従うことにおいて、この世的な競争の発想から自由なるためのことばでした。

 

イエスは禁欲主義を教えたのではありません。イエスは私たちが富や力の奴隷になることを何よりも警告されたのです。この金持ちの役人がその後、どうなったかは分かりません。しかし、ここにパウロの姿を見ることもできるのではないでしょうか。

ひょっとしたら、この人も、後に、復活のイエスに出会い、パウロのような働きができたかもしれません。しかし、そのたびごとに、彼は、イエスが自分にきっぱりと財産を捨てて従うように勧めてくれたことに、イエスの深い配慮を感じて感謝したことでしょう。

イエスはこの青年を冷たく追い返したのではありません。この青年をいつくしんでくださったのです。表面的な拒絶の背後に、イエスのあわれみに満ちた招きが見られます

 

聖歌582番の歌詞は、そのまま読むと、あまりにも過激な内容です。そんなこと心から歌うことは無理だと感じます。しかし、この歌詞が、スコットランド民謡「アニー・ローリー」のメロデイーに載せて歌われるとき、それが無理ではなく感じられます。

もともとの歌詞は、「アニー・ローリー」という女性への恋いの歌です。その歌詞の最後は、「ダーク・ブルーの瞳の、かわいいアニー・ローリーのためなら僕は死んでもかまわない」というものです。

恋する人のためにいのちをささげることができるなら、どうして、どんな富や地位や名誉にもまさって魅力的なイエスのために、すべてを捨てることができないことがありましょう。そんな恋い心を持って、この曲を味わってみましょう。

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2012年5月 6日 (日)

エステル2章19節~4章17節「もしかすると、この時のためであるかも知れない」

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 エステル記はシンデレラ・ストーリーのような成功物語ではありません。また、女性の心の中には、しばしば、「いつか白馬に乗った王子様が現れて自分を救い出してくれる」というシンデレラ症候群のようなものがあるとも言われますが、そのような願望を満たす物語でもありません。

エステルは父母を失いながら、模範的なユダヤ人であるモルデカイに育てられた女性です。彼女が異教徒の王のそばめの一人として突然召し出された時、彼女は自分のすべての夢を失ったと思ったことでしょう。彼女が王妃として抜擢された時も、彼女は自分の愛するユダヤ人の交わりから永遠に引き離されてしまうと思ったかもしれません。だからこそ、彼女はモルデカイとのコミュニケーションを取り続けることに必死になっていました。

そして、ユダヤ人絶滅計画が明らかになった時、モルデカイは、「あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このときのためであるかもしれない」と言います。そして、エステルは自分の命をかけて、同胞を救うために大胆な行動に出ます。そして、その際、何よりも同胞の祈りを求めました。

 

 私たちの人生も、自分の期待とは異なる方向へと進まざるを得ないことがあります。しかし、神の時が来ると、自分が今ここに置かれているのは、「もしかしたら、この時のためであるかもしれない」という使命感を持つことができることでしょう。

自分が使命を探す以前に、使命があなたを探しているということに気づく者は幸いです。

 

1.「しかし、モルデカイはひざもかがめず、ひれ伏そうともしなかった」

219節は解釈が困難ですが、18節の王妃とされたことを祝う「エステルの宴会」の一環で「娘たちが二度目に集められたとき」、モルデカイにも立場が与えられ、「王の門のところにすわっていた」という意味だと思われます。「王の門」とは、王のさばきが宣告される政治の場です。エステルは機会を生かすことに長けていました。

ただ同時に、「エステルは、モルデカイが彼女に命じていたように、まだ自分の生まれをも・・民族をも明かしていなかった。エステルはモルデカイに養育されていた時と同じように、彼の言いつけに従っていた」(2:20)10節と同じ趣旨の記述が繰り返されます。

モルデカイはユダヤ人であることを明らかにしていた(3:4)ので、彼女の出生が明らかになるのは時間の問題だったのでしょうが、彼女はとにかくモルデカイの言うとおりにしていました。

 

 そのような中で、「そのころ、モルデカイが王の門のところにすわっていると、入口を守っていた王のふたりの宦官ビグタンとテレシュが怒って、アハシュエロス王を殺そうとしていた(2:21)と記されます。王はギリシャ攻撃でまさかの手痛い敗北を喫していましたので、王の権威が揺らいでいました。そのことがこのようなクーデター計画として現れたのでしょう。

しかし、同じように「王の門」での働きを与えられていたモルデカイはこの計略を事前に察知し、「これを王妃エステルに知らせ」ることができました。そして、「エステルはこれをモルデカイの名で王に告げた」というのです。

王宮に入れられたエステルが自分の出生を隠しながら、ユダヤ人であるモルデカイに役人としての立場を与え、連絡を取り合うことができたということ自体が不思議です。この書には、神の名が一度も記されていませんが、読者は、このような不思議の背後に、神の導きがあったことを読み取ることができたことでしょう。

そして、モルデカイの手柄によって反乱の事実が王に取り次がれ、「このことが追及されて、その事実が明らかになったので、彼らふたりは木にかけられた。このことは王の前で年代記の書に記録された」(2:23)というのです。

ただ、不条理にも、このことで報酬を受けたのはモルデカイではなく、ユダヤ人の仇敵でした。そのことが、この出来事の後、アハシュエロス王は、アガグ人ハメダタの子ハマンを重んじ、彼を昇進させて、その席を、彼とともにいるすべての首長たちの上に置いた(3:1)と記されます。

アガグ人とはアマレク人の王アガグの子孫だと思われます。アマレク人はモーセがイスラエルの民を荒野で導いた最初のときに襲いかかってきた民で、主ご自身が、「アマレクの記憶を天の下から消し去らなければならない」(申命記25:19)と命じていたイスラエルの仇敵です。

主は、サウルを王位につけたときに、アマレクの聖絶を命じましたが、サウルはその命令を忠実には執行しませんでした。そのため、サウルは神から退けられることになります。それでも、そのときアガグはサムエルの手によって「ずたずたに切られ」(Ⅰサムエル15:33)、これ以来、その子孫は、イスラエルの民を憎み続けていました。

そして、その子孫であるハマンが、何とユダヤ人モルデカイの手柄を契機に、総理大臣になってしまったのです。

 

一方、先に述べたように、モルデカイはサウル王の父キシュの子孫でした(2:5)。ですから彼にとってもアガグ人というのは、自分の祖先を没落に導くきっかけとなった仇敵です。彼はこの展開に非常に心を痛めたことでしょう。

しかも、王は家来たち全員にハマンにひざをかがめ、ひれ伏すように命じていたというのです。それは王が、彼に権威を持たせ、それによって国をまとめようと考えたからだと思われます。王命がなければ弱小民族であるアマレク人の子孫に対してペルシャ帝国の重臣たちがひざをかがめるなどということはありえなかったことでしょう。

 

しかし、「モルデカイはひざもかがめず、ひれ伏そうともしなかった(3:2)というのです。聖書のどこにも、この世の権力者の前にひざまずくことは偶像礼拝になるなどとは書いていませんが、サウル一族の子孫であるモルデカイにとって、神が聖絶を命じられたはずのアマレクの子孫の前にひざまずくなどということは愚かな行為と思えたことでしょう。

彼は、ダニエルの三人の友人たちが、ネブカデネザル王が立てた金の像を拝まずに、燃える炉の中に投げ入れられ、神によって奇跡的に救い出されたという例を思い起こしながら(ダニエル3:6)、ハマンの前にひざまずかないことこそが神への忠誠を表すことだと信じ、王命を拒否し続けたのではないでしょうか。

彼の信仰のすばらしさとは、偶像礼拝と紛らわしい行為を拒否したということよりも、自分にどれほど不都合なことが起きようとも、神は自分を守ってくださるということに信頼し続けたということにあります。彼は神の摂理を信じていたのです。

 

2.「王国中のすべてのユダヤ人、すなわちモルデカイの民族を、根絶やしにしようとした」

それに対し、「王の門のところにいる王の家来たちはモルデカイに」、「あなたはなぜ、王の命令にそむくのか」と、「毎日・・言った」という事態にまで至りますが、彼は「耳を貸」しませんでした(3:3,4)。ただ、彼らは、それがモルデカイの信仰のゆえであると理解し、それをハマンに告げます。

それを聞いたハマンは「憤りに満たされ(3:5)ますが、「モルデカイひとりに手を下すことだけで満足しなかった」ばかりか、何と、「王国中のすべてのユダヤ人、すなわちモルデカイの民族を、根絶やしにしよう」と計画したというのです(3:56)

そして、ハマンはその日取りを「くじ」で決め、それは約一年後の「第十二の月、すなわちアダルの月」になりました(3:7)。この「くじ」(プル)ということばが後のプリムの祭りの語源になっています。

 

しかも、ハマンはアハシュエロス王に、ユダヤ人という民族名を敢えて隠しながら、「あなたの王国のすべての州にいる諸民族の間に、散らされて離れ離れになっている一つの民族がいます。彼らの法令は、どの民族のものとも違っていて、彼らは王の法令を守っていませんという濡れ衣を着せます(3:8)

王命にそむいたのはモルデカイ一人ですが、それをユダヤ人全体の罪かのように結び付け、「彼らをそのままにさせておくことは、王のためになりません。もしも王さま、よろしければ、彼らを滅ぼすようにと書いてください」と言ったばかりか、「私はその仕事をする者たちに銀一万タラントを量って渡します。そうして、それを王の金庫に納めさせましょう」と、その働きのために自分の財産すべてを使い果たしてもよいというような覚悟を示します(3:8,9)

銀一万タラントというのは375トンもの銀という途方もない金額を意味します。当時のペルシャ王の年収の三分の二に相当するという調査もあります。彼はその多額のお金を用いて人々を動かし、それによってユダヤ人を滅ぼし、彼らの財産を「王の金庫に納めさせ」ると約束したのです。

このとき、ペルシャ帝国はギリシャとの戦いによる敗北で国家財政が危機的な状況になっていたことでしょうから、ハマンの提案は王にとっても都合の良いものに聞こえたことでしょう。

 

その後、王はハマンに、「その銀はあなたに授けよう。また、その民族もあなたの好きなようにしなさい」と言いましたが、これは表面的には、その多額の銀は、ハマンではなく王の金庫から拠出すると言っているように聞こえますが、「その民族も好きなようにしなさい」と言っているところからすると、王は、すべてのことをハマンにまかせ、ユダヤ人から奪った財産もハマンの手に任せるという意味を込めたのだと思います。

王もハマンの言うとおりにして、恩を売ろうとしています。ハマンも王も、自分の権力を誇示するためにひとつの民族を滅ぼそうとしています。

 

そして、ハマンが自分の思いのままに書いた「王命」には、「第十二の月、すなわちアダルの月の十三日の一日のうちに、若い者も年寄りも、子どもも女も、すべてのユダヤ人を根絶やしにし、殺害し、滅ぼし、彼らの家財をかすめ奪え」と、各民族のことばで記され(3:12,13)、「王の指輪で印が押され」ていました(3:12)

アマレク人の王家の子孫であるハマンは、自分の民族にとっての敵を、一挙に滅ぼしつくそうとしたのです。

 

それにしても、アハシュエロス王は、これによってユダヤ人にどのような悲劇が起きるかなどということを知ろうともしなかったということは、何とも驚きです。ギリシャとの戦いにまさかの敗北を喫してしまうだけの愚かな王であったということが、このことを通しても明らかになります。

そして、315節では、「この法令はシュシャンの城でも発布された。このとき、王とハマンは酒をくみかわしていたが、シュシャンの町は混乱に陥った」と描かれています。

 

4章の最初ではモルデカイが「なされたすべてのことを知った」と描かれます。彼は王とハマンの間になされた会話を詳細に聞くことができました。

それに対する彼の反応が、「すると、モルデカイは着物を引き裂き、荒布をまとい、灰をかぶり、大声でひどくわめき叫びながら町の真ん中に出て行き、王の門の前まで来た」と記されます。

そして、このモルデカイと同じ反応が、ペルシャのどの州においても起こったことが、「王の命令とその法令が届いたどの州においても、ユダヤ人のうちに大きな悲しみと、断食と、泣き声と、嘆きとが起こり、多くの者は荒布を着て灰の上にすわった」(4:3)と記されます。

モルデカイは神に信頼していたからこそ、王命に逆らってでもハマンに対してひざをかがめようとはしませんでした。多くの人々は、「それなら、この状況になってもパニックに陥らないはずでは・・・」と思います。しかし、神に向かって必死に泣き叫ぶというのも信頼の現れということができましょう。

ヤコブの手紙47-10節には、「悪魔に立ち向かいなさい」と記されながら、意外にも、「苦しみなさい。悲しみなさい。泣きなさい。あなたがたの笑いを悲しみに、喜びを憂いに変えなさい。主の前でへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高くしてくださいます」と記されています。

実は、強がることこそ、不信仰の現れなのです。

 

3.「私は、死ななければならないのでしたら、死にます」

 ただし王宮の中にいたエステルはその事情を知ることができなかったので、「モルデカイに着物を送って、それを着させ、荒布を脱がせようとした」と記されます(4:4)。しかし、当然ながら、彼はそれを受け取りませんでした。

彼の決意の固さには何か理由があることを知ったエステルは、「王の宦官のひとりで、王が彼女に仕えさせるために任命していたハタクを呼び寄せ」、事情を確かめさせました(4:5)

ハタクが「王の門の前の町の広場にいるモルデカイのところに出て行った(4:6)ところ、「モルデカイは自分の身に起こったことを全部・・告げ」ましたが、そこには「ハマンがユダヤ人を滅ぼすために、王の金庫に納めると約束した正確な金額」のことまで記されていました(4:7)。それは、ハマンが私財を投げ打ってでもユダヤ人を絶滅しようとしたという強い意志の現れでした。

そればかりか、「モルデカイはまた、ユダヤ人を滅ぼすためにシュシャンで発布された法令の文書の写しをハタクに渡し」ました。モルデカイは、不思議にも王宮内部の会話の内容から法令の文書の写しまで手にしていました。彼はユダヤ人として他の人と異なった生き方を貫いていましたが、王宮の中には彼に好意を抱いて、助けようとする人々がいたことを示しています。

しかも、彼はここで、王の宦官にすべてのことを打ち明けるというリスクを冒しています。日ごろから、人との信頼関係を築くとともに、どこかで人を大胆に信頼するということも必要です。

 

そして、モルデカイはこの宦官を通してエステルに対して、「王のところに行って、自分の民族のために王にあわれみを求めるように」と「言いつけ」ました。220節では、エステルは王宮に入っても、「モルデカイの言いつけに従っていた」からです。

ところがこの時は、エステルはすぐに言いつけに従う代わりに、自分の置かれている危機的な事情を伝えます。それは、「王の家臣も、王の諸州の民族もみな、男でも女でも、だれでも、召されないで内庭に入り、王のところに行く者は死刑に処せられるという一つの法令があるということを知っております。しかし、王がその者に金の笏を差し伸ばせば、その者は生きます。でも、私はこの三十日間、まだ、王のところへ行くようにと召されていません」(4:11)ということでした。

王の寵愛を受けているはずのエステルに三十日間もお呼びがかかっていないということは、王の気持ちが離れ始めているという意味かも知れません。しかも、もしエステルがユダヤ人であるということが王の耳に入って、王の不興を買っているという推測も成り立つかもしれません。

とにかく、ユダヤ人絶滅の命令は、客観的には、明らかにペルシャ帝国の王の明確な意思として、帝国のすべての支配地に伝えられているのです。

そのときにユダヤ人としての自分が王に命令を翻すように願うなどと言うことは、不可能なばかりか、無謀な自滅行為になると思われました。とにかく、モルデカイの命令にすなおに従い続けていたエステルが、自分の不安を訴えたというのは、極めて自然なことだったと言えましょう。

 

それに対するモルデカイの返答は、極めて厳しく、「あなたはすべてのユダヤ人から離れて王宮にいるから助かるだろうと考えてはならない。もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう」(4:13,14)というもので、沈黙を守ることが彼女の破滅につながるという警告を伝えました。

これはまさに、「進むも地獄、退くも地獄」という状況を示した上で、どうせ死ぬ危険があるなら、自分の命を同胞のために捨てる覚悟を持つことを強く迫ったものです。

 

ただし彼は最後に、「あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない」と付け加えました(4:14)これはこの書で最も愛されている表現です

モルデカイは、そこに神の明確な摂理を認めているのでしょうが、それをエステルに押し付ける代わりに、「もしかすると・・・かもしれない」と、解釈の余地を残しながら、彼女の主体的な判断にゆだねようとしています。

なぜなら、彼女が単にモルデカイのロボットのように動くのであれば、彼女の心が王を動かすことなどできないとわかっているからです。彼女が王妃として破格の扱いを受けることができたのは、彼女が誰よりも、王の心に寄り添うことができたからではないでしょうか。彼女は同胞のためばかりか、それが王のためにもなるということを確信して初めて、彼女の執り成しは効果を発揮することができます。


  「もしかすると、この時のためであるかもしれない」という告白は、多くの場合、「私は何でこんなひどい目に会わなければならないのか・・・」という、神の御手が見えない悩みと葛藤の時期を通して初めて生まれることばです。

あまりにも簡単に神の導きや摂理を確信することは、ひょっとしたら、自分をロボットに引き下げることかもしれません。

私たちは自分の悩みを神に訴えながら、時間をかけて、神の摂理を知る必要があるのではないでしょうか。なぜなら、八方ふさがりの状況を開くためには、何よりも私たちの主体的な、断固とした意志が必要だからです。

 

そして、エステルはモルデカイにその断固した意志を、「行って、シュシャンにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。三日三晩、食べたり飲んだりしないように。私も、私の侍女たちも、同じように断食をしましょう。たとい法令にそむいても私は王のところへまいります」(4:16)と言いながら「私は、死ななければならないのでしたら、死にます」と断言します。

彼女は、死の覚悟を決めましたが、何よりも大切なのは、王の心が変えられることにあります。人が人の心を変えることなど、不可能に近いことです。まさに神が王の心に働きかけてくださらない限り、この状況は変えられることがありません。それで、彼女は首都に住むすべてのユダヤ人に、三日三晩断食するように求めました。

その結果が、「そこで、モルデカイは出て行って、エステルが彼に命じたとおりにした(4:17)と記されます。まさにペルシャ帝国の首都に住むユダヤ人は三日三晩、断食の祈りをささげたのです。

 

しばしば、神のみこころとか神のご計画は、何があっても実現すると信じることが、私たちの祈りの生活を怠慢にする場合があります。しかし、私たちが断食をして祈りに専心するという行為自体が、神のみこころの成就であるということを決して忘れてはなりません。なぜなら、世界の堕落とは、人が神を礼拝しなくなったことであり、この世界の救いとは、人々が神を礼拝し、神に向かって祈ることに他ならないからです。

 

たとえば、私たちは今、美しい教会堂を建てようとしています。神はそれを可能にしてくださると信頼して、前に進もう押しています。しかし、教会堂は何のためにあるのでしょう。それは、何よりもイエスご自身が、「わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる(マルコ11:17)と言われたことにあります。

つまり、教会堂は祈りの家として建てられるのですから、その建設のプロセスの中に、私たちの必死の祈りがなければ、たましいのない建物になってしまうということです。

エステル記のテーマは、神の摂理、隠れた神の導きということにありますが、そこで断食の祈りが強調されているということを私たちは決して忘れてはなりません。

 

   神はアブラハムを召したとき、「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう(創世記12:3)と約束されました。モルデカイはユダヤ人絶滅計画が明らかになった時、このみことばにすがるようにして、必死に神に訴えたのではないでしょうか。そのことが「大声でひどくわめき叫びながら」と記されているのだと思われます。

また、エステルは首都に住むユダヤ人たちに三日三晩の断食を求めました。彼らは、神の救いを信じていたからこそ、大胆に祈ったのです。

一方、神は、ユダヤ人の敵ハマンの悪だくみをぎりぎりまで止めないことによって、イスラエルの民をのろい続けたアマレク人を自滅へと導いておられます。現在もサタンとその勢力は猛威を振るい、神の救いが遠く感じられることがあるかもしれません。

しかし、神のさばきは、高ぶる者を高ぶるままにして、自滅させることとして現されます。

 

一方、神の民は、そのような中で、祈ることしかできないという無力感に苛まれるでしょう。しかし、それこそ、神のみこころ、祈りの共同体が成長する契機でもあるのです。物事が思い通りに進まない中で、自分に対する神のご計画を知ることができる人は、本当に幸いです。

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