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2012年12月30日 (日)

ホセア9、10章「正義の種を蒔き、耕地を開拓せよ」

                                                 20121230

  この世界では、「下手に出ると付け上がり、強気に出ると相手が折れてくれる」などということがあります。また、話を通すために権力者の力を借りるなどということも有効です。経済で政府の監督権などが強くなると、補助金を引き出す能力が重宝されるようなことが起きます。

しかし、そのような交渉術で何かを手にいれることは危険です。誠実さよりも、話の持ってきかたのうまさで何かを成し遂げたという人は、それが癖になるからです。イスラエル王国は北のアッシリヤと南のエジプトを手玉に取るようにして生き延びようとし、不誠実のゆえに破滅しました。

 

 私の母は昔、「秀典や、町の女には、気をつけるのよ・・」と、不思議なことを言っていました。地に種を蒔き、手入れをし、収穫を待つという生き方をしている人にとって、町の人々がどのように生活の糧を得ているのかが理解できないのだと思います。母は、収穫以前に、作物が育つのを見るのが楽しいと言います。収穫したものは惜しげもなく人にやってしまいます。でもすると、肉や魚が、黙っていても届けられてきます。しかし、これこそすべての労働の喜びの基本なのかもしれません。

収穫以前に、種蒔きとその後の成長自体を喜ぶことができるなら、私たちの交わりはどれほど豊かになることでしょう。ところが、都会の生活では、種を蒔いて、世話をするという労を惜しんで、獲得することに目が向かうという誘惑が働きます。しかし、そこからは真のいのちの喜びは生まれません。

 

 「主に信頼して善を行なえ、地に住み、誠実を養え。主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる」(詩篇37:3,4)というみことばを常に覚え、実践したいものです。

「主のみこころが分からない・・」と言われる方がいますが、主のみこころは単純明快です。それは、神と人とに誠実を尽くすことです。

 

1.「エフライムはエジプトに帰り、アッシリヤで汚れた物を食べよう」

91-9節は北王国イスラエルの異教的な収穫感謝の祭りを非難したものです。ですから、その最初は、「イスラエルよ。国々の民のように喜び楽しむな」と記されます。

まず、「あなたは自分の神にそむいて姦淫をし」とは、彼らがカナンの土着の神バアルを礼拝したこと、また、「すべての麦打ち場で受ける姦淫の報酬を愛した」とは、収穫の祝いの場で昔から、淫らな性的な無軌道な享楽が行われていたことを指すと思われます(士師21;19-21)。バアルは豊穣の神でしたから、その礼拝では子孫を増やすための性的な交わりも励まされました。

 

続けて主は、「麦打ち場も酒ぶねも彼らを養わない。新しいぶどう酒も欺く」(9:2)と、そのような二重の姦淫の罪がイスラエルを破滅に導くと警告します。それは彼らが、「主(ヤハウェ)の地にとどまらず」(3)とあるように、約束の地を失ってしまうことを意味します。

彼らは、当時、南のエジプトと北のアッシリヤを両天秤にかけていましたが、「エフライムはエジプトに帰り」とあるように北王国の中心部族は、かつてのエジプトでの奴隷状態と同じような境遇に落とされ、また、「アッシリヤで汚れた物を食べよう」とあるようにアッシリヤの偶像礼拝の民のおこぼれにあずかるような悲惨な状態に落とされるというのです(9:3)。イスラエルの民は、食生活において周辺の国々から区別されていましたが、彼らは自分たちが忌み嫌った食べ物を食べざるを得なくなります。

 

そして、945節の表現は、彼らが捕囚の地にあって、「主(ヤハウェ)にぶどう酒を注がず・・彼らのパンは・・主(ヤハウェ)の宮に持ち込むことはできない」とあるように、もう主(ヤハウェ)を礼拝すること自体ができなくなってしまいます。

そして、6節は、彼らがアッシリヤによる破壊を逃れても、エジプトの王の墓であるピラミッドの中心地「モフ」(メンフィス)において殺されてしまうという皮肉を語っています。そこで、「彼らの宝としている銀は、いらくさが勝ち取り、あざみが彼らの天幕に生える」と記されているのはすべての富が失われるという意味です。

 

 そして、7節で「刑罰の日が来た。報復の日が来た。イスラエルは知るがよい」と神のさばきが宣言されます。そして「預言者は愚か者、霊の人は狂った者だ」ということばは、偽預言者の事ではなく、「預言者」や「霊の人」自身が、イスラエルの民にとって「愚か者」「狂った者」に見えるという意味だと思われます。

本来なら預言者や霊の人は、希望を述べるはずなのに、彼らが神のさばきという絶望しか預言することができないからです。そして、そのような事態になったのは「あなたのひどい不義のため、ひどい憎しみのためである」というのです。

 

  8節の「エフライムの見張り人は、私の神とともにある」と記されますが、この「見張り人」とは次の「預言者」のことで、ここでは彼の「すべての道」に「わな」がしかけられ、「彼の神の家には憎しみがある」と言われます。要するに、エフライムを守るために立てられた預言者が、自分の民から憎まれるというのです。

その上で、「エフライム」の民が「ギブアの日のように、真底まで堕落した。主は彼らの不義を覚え、その罪を罰する」(9:9)と記されます。「ギブアの日」とは、士師記19-21章に書かれている悲劇で、レビ人のそばめがベニヤミン族の町ギブアのよこしまな者たちにもてあそばれ虐殺されましたが、イスラエルの諸部族が犯罪者たちの引き渡しを要求したのに対し、ベニヤミン族がそれに戦いで応じてしまい、ベニヤミンがほとんど絶滅に近い状態になってしまったことを指します。

そして今、エフライム族をはじめとするイスラエルの民が神のさばきを受けて絶滅寸前になってしまうというのです。

 

2.「ところが彼らは・・恥ずべきものに身をゆだね・・忌むべきものとなった」

910節では、まず主ご自身が、「わたしはイスラエルを、荒野のぶどうのように見、あなたがたの先祖を、いちじくの木の初なりの実のように見ていた」と言われます。主はイスラエルの民をかけがえのない宝物のように見ておられました。

しかし、その後のことが、「ところが彼らはバアル・ペオルへ行き、恥ずべきものに身をゆだね、彼らの愛している者と同じように、彼ら自身、忌むべきものとなった」と描かれます。

バアル・ペオル」とは民数記25章に記されている悲劇で、イスラエルの民はモアブの娘たちに誘惑されたあげく、彼女たちの神々にささげたいけにえをともに食べ、彼女たちの神々を拝んだことを指します。このときに神罰が下り24,000人が一度に死んでしまいました。そして、今、イスラエルの民はその過ちを再び繰り返し、神のさばきを受けようとしています。

 

  そのことが、「エフライムの栄光は鳥のように飛び去り、もう産むことも、みごもることも、はらむこともない(9:11)と描かれます。なぜなら、主ご自身が、「たとい彼らが子を育てても、わたしはひとり残らずその子を失わせる」(9:12)と驚くべきことを言われます。これは申命記28章に驚くほどリアルに描かれている「のろい」が実現するためだと思われます。その箇所ではたとえば、「息子や娘が生まれても、あなたのものはならない。彼らは捕えられてゆくからである」と記されます(41)

そしてここでは主ご自身も、「わたしが彼らを離れるとき、まことに、彼らにわざわいが来る」と言っておられます。つまり、神ご自身が子供を殺すというのではなく、神がご自身の守りの手を引っ込めることで、現実には、アッシリアの攻撃によって「子を失う」ということが起こるというのです。

 

  そして13節では「わたしが見たエフライムは、牧場に植えられたツロのようであったが」とありますが、「ツロ」という読みは確定できない面もありますが、繁栄した町の象徴として記されたとも解釈されます。しかし、「今や、エフライムはその子らを、ほふり場に連れて行かなければならない」とあるように、アッシリヤの攻撃にさらされます。

その上で、14節では、「主(ヤハウェ)よ。彼らに与えてください。何をお与えになりますか。はらまない胎と、乳の出ない乳房とを彼らに与えてください」という不思議な祈りが記されています。それは彼らが子を失う悲しみを味わう必要がないためです。

15節の「彼らのすべての悪はギルガルにある」とは、Ⅰサムエル1512-26節で、イスラエルの初代の王サウルが、不従順のゆえに王位から退けられる経緯が描かれています。そこで預言者サムエルはサウルに向かって、「あなたが主(ヤハウェ)のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた」と言われます(23)

 

そして、それはイスラエルのすべての民の問題でもありました。そのことを主は、「わたしはその所で彼らを憎んだ。彼らの悪い行いのために、彼らをわたしの宮から追い出し、重ねて彼らを愛さない。その首長たちはみな頑迷な者だ。エフライムは打たれ、その根は枯れて、実を結ばない。たとい彼らが子を産んでも、わたしはその胎の中のいとし子を殺す(9:15,16)と言われます。

ここでは、何よりも「首長たち」の「頑迷さ」が問題とされています。そして預言者ホセアはこれらの一連のことをまとめるように彼らの結末に関して、私の神は彼らを退ける。それは、彼らが神に聞き従わなかったからだ。彼らは諸国の民のうちに、さすらい人となる(9:17)と言われます。

 

3.「彼らの心は二心だ」

10章ではまず、民の歴史を振り返りながら、「イスラエルは多くの実を結ぶよく茂ったぶどうの木であった。多く実を結ぶにしたがって、それだけ祭壇をふやし、その地が豊かになるにしたがって、それだけ多くの美しい石の柱を立てた。彼らの心は二心だ。今、彼らはその刑罰を受けなければならない。主は彼らの祭壇をこわし、彼らの石の柱を砕かれる」と語られます。

彼らの心は二心だ(2)とは「心が分かれている」という意味ですが、「心は滑りやすい」とも訳されます。どちらにしても、心が神にまっすぐに向かう代わりに、その地の文化に流されやすい性質を表現しています。これは、ホセア書のテーマの「誠実(ヘセド)」(6:6)の対極にある心の状態です。

 

  3節では、「私たちには王がない。私たちが主(ヤハウェ)を恐れなかったからだ。だが、王は私たちに何ができよう」と記されますが、これは当時の北王国イスラエルの政治的な混乱を描いたものです。

ホセアの時代は、ヤロブアム二世の41年間にわたる統治が終わった後の政治的な混乱の時代です。そこでは約30年間の間に、六人の王が立ちましたが、そのうち自分の子に王位を継がせることができたのは一人だけで、四人は、後継の王のクーデターで殺され、最後の王ホセアの終わりは不明です。

この間、指導者たちはアッシリヤに対する強硬派と服従派に分裂して争っていました。当時は今の日本と同様に、周辺の諸国から見たら、イスラエルの王は誰なのかが分からなくなっているような状態でした。

そして、そのようになった原因は、確かに、彼らが主(ヤハウェ)を恐れなくなった結果なのですが、どちらにしても、彼らは自分たちの王に何も期待できない状態に陥っていました。

 

  4 節は2節にあった民の「二心」または不誠実のことをさらに展開したもので、「彼らはむだ口をきき、むなしい誓いを立てて契約を結ぶ。だから、さばきは畑のうねの毒草のように生いでる」と記されます。これは民と王との契約、また、イスラエル王国と周辺諸国との契約の両方に当てはまります。

北王国イスラエルが滅亡した最大の理由は、二枚舌外交にあります。最後の王のホセアは強硬派の王ペカを殺した後、アッシリヤに服従しますが、その裏で南のエジプトの王に助けを求めていました(Ⅱ列王17:4)。要するに彼は、北のアッシリヤと南のエジプトを両天秤にかけるような外交を行なって、アッシリヤの王の激しい怒りを買ってしまったのです。

そして、その背後に神がおられます。神は、私たちが人と人、組織と人、また国と国との約束を誠実に守ることを期待しておられます。

 

 5節では、「サマリヤの住民は、ベテ・アベンの子牛のためにおののく」とありますが、「ベテ・アベン(悪の家)」とは実際の地名ではなく、「ベテル(ベト・エル:神の家)」を皮肉った呼び名です。彼らはイスラエルの民の父ヤコブにとって最も大切だった礼拝の場を、金の子牛を拝む礼拝の場にしてしまいました。

そこに今、神のさばきが下り、その偶像がアッシリヤに持ち去られるのですが、その様子が、「その民はこのために喪に服し、偶像に仕える祭司たちもこのために喪に服する。彼らは、その栄光のために悲しもう。栄光が子牛から去ったからだ。その子牛はアッシリヤに持ち去られ、大王への贈り物となる。エフライムは恥を受け取り、イスラエルは自分のはかりごとで恥を見る。サマリヤは滅びうせ、その王は水の面の木切れのようだ」と描かれます(10:5,6)

 

 そして、ベテルを襲う悲劇の様子が、「イスラエルの罪であるアベン(ベテ・アベンの略)の高き所(礼拝の場)も滅ぼされ、いばらとあざみが、彼らの祭壇の上におい茂る。彼らは山々に向かって、『私たちをおおえ』と言い、丘に向かって、『私たちの上に落ちかかれ』と言おう(10:8)と生々しく描かれます。

 

4.「正義の種を蒔き、誠実の実を刈り入れよ」

  910節で主は99節で引用したギブアのことを再び持ち出しながら、「イスラエルよ。ギブアの日々よりこのかた、あなたは罪を犯してきた。彼らはそこで同じことを行っている。戦いはギブアで、この不法な民を襲わないだろうか。わたしは彼らを懲らしめようと思う。彼らが二つの不義のために捕らえられるとき、国々の民は集められて彼らを攻める」と述べられます。

ここに記された神のさばきの理由の「二つの不義」とは、神に対する不誠実の現れとしての偶像礼拝と、隣国に対する不誠実としての二股外交だと思われます。

 

  11節では「エフライムは飼いならされた雌の子牛であって、麦打ち場で踏むことを好んでいた」と記されますが、それは、神が最初イスラエルの民に約束の地を与えたとき、彼らは自分たちが建てなかった町々に住み、自分たちが植えなかったぶどう畑とオリーブ畑を受け取り(申命記6:10,11)、自分たちが耕しもしなかった畑の収穫の実を脱穀するだけで良かったからです。

そのときの彼らは神の恵みに感謝する「飼いならされた牛」のように従順でしたが、やがてその祝福を既得権益かのように思い、915節で言われた「頑迷な者」になってしまいました。

なお、麦打ち場での働きに関しては、「脱穀をしている牛にくつこをかけてはならない(申命記25:4)とあるように、働きの場での報酬まで保障されましたが、今、神は彼らに厳しい労働を課して、謙遜にする必要を覚えられました。 

 

そのことが、「わたしはその美しい首にくびきを掛けた。わたしはエフライムに乗り、ユダは耕し、ヤコブはまぐわをひく」と描かれます。エフライムは北王国の中心部族、ユダは南のエルサレムを中心とした王国、ヤコブはそれらすべてを含めた総称ですが、これは神がイスラエルの民を力で動かさざるを得なくなったことを意味します。

 

その中で神は、「あなたがたは正義の種を蒔き、誠実の実を刈り入れよ。あなたがたは耕地を開拓せよ(10:12)と言われます。「正義の種を蒔く」とは、神の正しい基準に従って日々を生きること、「誠実の実を刈り入れる」とは、神と人とに対する誠実(ヘセド)を保ち続けることを意味します。

耕地を開拓せよ」とは、どんなに厳しくても、神から与えられた目の前の働きに集中するようにという勧めです。しかもそこで、「今が、主(ヤハウェ)を求める時だ。ついに、主は来て、正義をあなたがたに注がれる」という祝福の約束が示されます。

神が私たちに苦難を与えるのは、私たちが自分の弱さを自覚し、真剣に神を求めるようになるためです。そして、私たちが神に立ちかえるなら、主はご自身の正義に従って、私たちに豊かな働きの報酬を与えてくださいます。

 

 その一方で、13節では彼らの不誠実な生き方が、「あなたがたは悪を耕し、不正を刈り取り、偽りの実を食べていた。これはあなたが、自分の行いや、多くの勇士に拠り頼んだからだ」と描かれます。

彼らは「耕地を耕し、正義の種を蒔く」代わりに「悪を耕し」、「誠実の実を刈り入れる」代わりに、「不正を刈り取り、偽りの実を食べました」。

そして、続く、「自分の行い・・により頼んだ」とは、「自分流のやり方・・により頼んだ」と訳すことができます。つまり、彼らは、神により頼む代わりに、自分の知恵や力により頼んで、自滅してしまうというのです。

 

エレミヤ92324節で、主はイスラエルの民に対して、「知恵ある者は自分の知恵を誇るな。つわものは自分の強さを誇るな。富む者は自分の富を誇るな。誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを」と言っておられます。これを私たちは日々、口ずさむ必要がありましょう。

 

14節の「シャレマンがベテ・アレベルを踏みにじったように」とは、アッシリヤの王シャルマヌエセルがガリラヤ湖の南東にあるベテ・アレベルを踏みにじって母親や子供を八つ裂きにしたことを思い起こさせるものです。

その際、「あなたの民の中では騒動が起こり、あなたの要塞はみな打ち滅ぼされる」とは、敵の攻撃によって民の恐怖の叫びが起こり、サマリヤの要塞が崩されることを指しています。

エフライムの首都サマリヤは三年間の包囲戦の後(Ⅱ列王記17:5)、紀元前722年に陥落し、その住民は、アッシリヤの東部に強制移住させられました。

そして、これらの悲劇の背後に神がおられることを、「イスラエルの家よ。あなたがたの悪があまりにもひどいので、わたしはこのようにあなたがたにも行う。イスラエルの王は夜明けに全く滅ぼされる(10:15)と記されます。

 

 「あなたがたは正義の種を蒔き、誠実の実を刈り入れよ。あなたがたは耕地を開拓せよ。今が、主(ヤハウェ)を求める時だ。ついに、主は来て、正義をあなたがたに注がれる」(10:12)というみことばを暗唱しましょう。「耕地を耕し」「正義の種を蒔き」「誠実の実を刈り入れる」というプロセスは、すべての働きに適用できるものです。

 

たとえば、私たちの教会は開拓から24年間、「正義の種を蒔き」続けてきました。その間、多くの人の出入りがありました。数々の失敗を犯しましたが、基本的に私たちは去って行く方を優しく送り出し、来られる方には誠実に対応させていただきました。労苦が無駄になっているように思えることもしばしばでした。しかし、私たちの側では、誰もさばかず、誰も拒絶はしませんでした。

そして、今、会堂建設ということにおいて、「誠実の実を刈り入れ」ようとしています。今年の初め、私たちは大きな予算を立てながら、それがどのように満たされるか、見当もつきませんでした。私たちの教会で積極的に奉仕をしておられる方々は、やっとの思いで生計をやりくりしているような方々ばかりでした。しかし、最近来られた方々、他教会に移って行かれた方々、また、かって礼拝に集っておられた方々のご家族、また東京武蔵野教会を初めとする他の教会の方々までもが、次々と献金や教会債でご協力くださいました。

それは、数々の失敗にも関わらず、そこにあった「誠実」な思いに主が報いてくださった結果です。

 

確かに、私たちの歩みにおいて、しばしば、いわれのない非難を受けたり、働きが正当に評価していただけないということも数多くあります。そのとき私たちは主イエスの歩みを思い越すべきでしょう。私たちの主は誰よりも誠実を尽くした方でありながら、不当な十字架にかけられて殺されました。

しかし、神は三日目にこの方を死人の中からよみがえらせました。イエスの誠実は人間の目には裏切られたように見えましたが、神によって豊かに報いられたのです。そのことを覚えて、使徒パウロは、「ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあって無駄でないことを知っているのですから」(Ⅰコリント1558)と記しています。

耕しもせず、蒔きもせずに、収穫を望むようなことがあってはなりません。主は、私たちの一人一人の労苦と誠実さをきちんと見ていて、時が来たら報いをお与えくださいます

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2012年12月25日 (火)

マタイ1:18-25 「ご自分の民をその罪から救ってくださる方]

20121224日 

  「親の因果が子に報い・・」というのは、とっても嫌な表現ですが、私たちの生きにくさの一面を言い当てているのかもしれません。たとえば、親から虐待を受けて育った子供は、親になった時、「私は親のようには絶対にならない・・」と願っているのに、同じ過ちを繰り返してしまう・・・ということがあります。依存症も、隔世遺伝すると言われることがあります。それに対して、聖書が語る「罪からの救い」とは、そのような「のろい」の連鎖から解放されることです。人はだれも、親を初めとして、自分の人生の基本的な部分を選ぶことはできませんが、神はそれらすべてを「祝福の基」とすることができる方です。

 

1.「のろい」を「祝福」に変える救い主

聖書では、私たちの仕事で思い通りの結果を出せず、しばしば徒労に終わり、仕事に生きがいよりも苦しみを感じるようになったのは、アダムが神に背いた結果であると記されています。また、女性の出産の苦しみが厳しくなり、また夫を恋い慕いながら支配されてしまうのは、エバが神に背いたせいであると記されています。残念ながら、人は、多かれ少なかれ、アダムとエバが犯した罪の影響を受け継いでいると言えましょう。

マタイの福音書の最初には、長い系図が記されますが、イスラエルの民の歴史が苦難に満ちたものとなったのは、自分で「のろい」を選び取ってしまったからです。神はかつてモーセを通して「いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く、あなたはいのちを選びなさい(申命記30:19)と語りましたが、ダビデの後継者は「のろい」を選び取ってしまいました。

しかし、この系図には、不思議な逆転が示唆されています。ここには、明確な血筋の関係を表す四人の女性の名が登場しますが、それはみな忌まわしい過去を持っています。ダビデはヤコブの第四男のユダの子孫ですが、その系図で「タマル(3)は遊女の姿をして義父のユダを欺き、子を設けました。しかし、神は彼女の信仰を見られて、その子を祝福してくださいました。「ラハブ(5)は、ヨシュアがエリコ攻撃の前に遣わしたスパイを、命がけで逃したエリコの遊女です。神は彼女の信仰を喜ばれイスラエル人に嫁がせました。「ルツ(5)はモアブの女でしたが、その民は十代の子孫さえイスラエルの民の交わりに入れられないはずでした。しかし、神は、彼女の信仰を喜ばれ、ボアズの嫁にしました。そして、その孫としてダビデの父エッサイが生まれます。そして、ダビデの跡継ぎとなったのはソロモンですが、その母はここでは敢えて「ウリヤの妻」(6)と記されます。ウリヤはユダヤ人ではありませんでしたが、ダビデの忠実な家来になりました。この記し方は、ダビデがその信頼を裏切って、忠実な家来の妻を奪い取ったという罪を明確にしています。しかし、神は、この「のろわれた関係」さえも「祝福」に変え、その関係から生まれたソロモンに最高の知恵と力、富と名誉とを与えてくださいました。

この四人の女性に共通するのは、「のろい」が「祝福」に変えられたということです。血筋の上では「のろい」でしかありませんでしたが、彼女たちはアブラハム契約の中に身を寄せてきた結果として、祝福の基と変えられたのです。キリストが「のろい」を「祝福」に変える「救い主」であるということが、彼女たちの名を通して明らかに示されているのです。

 

2.「この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です」

 マタイの福音書では、「預言が成就するため」ということばが繰り返されますが、様々な預言書に記されていることの中心は、簡単言うと、目の前にはとてつもない悲惨が見えるけれども、それは神の約束が反故にされたということを意味はしない、この苦しみの後には、すばらしい祝福の世界が広がっているから、それを待ち続けるようにという励ましです。

  118節では「イエス・キリストの誕生の次第は…」とありますが、ここにはベツレヘムへの旅も、飼い葉おけも、羊飼いも、天の軍勢の賛美もありません。これは誕生の様子を報告する記事ではなく、預言の成就、つまり神の救いの計画が実現したことを描こうとしたものだからです。しかも、「その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが」と、マリヤの人柄も信仰も何も述べられずに、ヨセフとの結婚を約束した女性であったことだけが記されます。そして、あり得ないようなこと、「ふたりがまだいっしょにならないうちに・・・身重になったことがわかった」と記されます。厳密には、「聖霊によるものを腹に宿していることがわかった」と記されていますが、「聖霊による子」であることはマリヤにはわかっていてもヨセフにはわかりません。

そこで、「ヨセフは正しい人であって」と描かれますが(19)、それは神の御教えに忠実な人という意味ですから、自分との関係以外の人の子を宿しているような女性との結婚はあきらめざるを得ないと考えるのが当然でした。そして、当時の正当な手続きとしては、彼女の浮気を祭司に訴え出るという手続きがとられるはずでした。なぜなら、当時の婚約は現在の結婚と同じ拘束力を持っていたからです。律法によればそのような女性は石打ちの刑に処せられるはずですが、当時の慣習としてはふしだらな女として村八分にされるということがありました。ただし、ヨセフは、そのように「彼女をさらしものにはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた」というのです。この趣旨は、杓子定規にマリヤの罪を裁こうとするのではなく、彼女が今後もどうにかして生きて行かれることを真剣に「望んだ」という意味だと思われます。

そして、「彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現れ」ます(20)。御使いの最初のことばは、「ダビデの子のヨセフ」というものです。当時、普通の人に名字はありませんでしたから、「ヤコブの子のヨセフ」などと、父親の名前をつけて似たような名前を区別しましたが、一介の大工に過ぎないヨセフを「ダビデの子」と呼ぶのは途方もないことです。天使が現れ、ヨセフを「ダビデの子」と呼んだということ自体が、ヨセフにとっては驚きであり、恐れ多いことでした。

その上で御使いは、「恐れないで、あなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです」(20)と言います。つまり、マリヤの胎に子が宿ったのは、神が人智の超えた救いのみわざを実行に移されたからなのです。

そして、「マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい」(21)と言われますが、生まれる前から名を与えられるというのは、神の特別の選びの器であることの証明です。なお「イエス」という名は、当時の結構ありふれた名前でした。それは、へブル語読みにすると「ヨシュア」、モーセの後継者として、イスラエルの民を約束の地に導いた指導者です。

つまり、この場面を通して、マリヤから生まれた子が、見たところごく普通の子として生まれながら、なお、普通の人間にはできない途方もない働き、神の民を導いて、全世界を平和のうちに治めるという働きを担ってくださるというのです。

その際、ここで御使いはヨセフに、イエスに与えられた使命をもっと具体的に、「この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です」と言いました。「罪からの救い」は、抽象的な概念ではなく、イスラエルをバビロン捕囚の「のろい」から解放するというものでした。それは神が再びイスラエルの民の真ん中に住み、彼らをこの地がもたらす飢えや渇き、周辺の国々の攻撃から守り、あらゆる祝福に満ちた平和な国を作ってくださるという約束です。しかも、それは、イスラエルの民ばかりか、全世界に及び、そこではイザヤ11章に記されていたような神の平和(シャローム)が全地に満ちることになります。

つまり、「罪からの救い」とは、私たちのために「新しい天と新しい地」への道が開かれたことを意味するのです。そしてまた、「罪からの救い」とは、人生の方向が、「のろい」から「祝福」へと決定的に変化することを意味します。

 

3.「その名はインマヌエルと呼ばれる」

  そして、「このすべての出来事は、主が預言者を通して言われたことが成就するためであった」(22)と記されます。つまり、「救い」とは、イスラエルの民に与えられた預言の成就という観点から見る必要があるのです。そのことばが、「見よ。処女がみごもっている。そして、男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる」というイザヤ714節のみことばでした。これは、エルサレムの王アハズが預言者イザヤの勧めを退けて、人間的な解決を図ろうとして神の招きを拒絶したときに、神が語られたことばです。それは、神の救いは、人間の思いをはるかに超えているということを現すことばです。

それにしても、女性が身ごもったら、その人はもう処女ではないというしるしでしかありません。しかも、「インマヌエル」という名の意味は、その文脈では、困窮と不安と敗北の中で理解できるものです。つまり、「神がともにおられる」とは、人間的な救いの期待が裏切られた後で見えてくるという不思議な救いです。目に見える現実が、期待通りにはならなくても失望する必要がないということのしるしがインマヌエル預言の核心なのです。それは、ときを経て初めてわかる神の救いです。

  これはヨセフにとって信仰を生み出すことばになりました。なぜなら、すべての目に見える出来事は、ヨセフにとって都合悪くしか展開していないからです。しかし、ヨセフは、御使いが自分を「ダビデの子」と呼んでくれた語りかけのことばに信頼したのです。かつてのエルサレムの王であったダビデの子アハズはこのことばを退けましたが、人間的には悲惨な生活をしている大工のヨセフはこのことばを受け入れることができました。それは自分の弱さを知っていたからです。

そのことが、「ヨセフは・・・主の使いに命じられたとおりにした」ということばで記されています。ヨセフはこれから自分の人生がどうなるかをわからないままに、神の真実に対して真実に応答しました。ヨセフの態度は、イザヤの預言を聞いた当時のアハズ王とは対照的でした。それは、彼が心から主のご計画の実現を期待していたからではないでしょうか。

バビロン捕囚直前の王たちは、神に信頼することに失敗し、国を滅亡に追いやりました。しかし、同じダビデの子孫であるヨセフは、葛藤を味わいながらも、神の計画を実現する器になることができました。これこそ、私たちに求められている信仰の応答です。ここで「インマヌエル」と呼ばれている方は、その後、十字架にかけられ、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれました。それは、「神は今、ともにおられない・・・」という意味の叫びにほかなりません。しかし、神は三日目にイエスを死者の中からよみがえられました。つまり、「神がともにおられる」という確信は、「神がともにおられない・・・」と思われるような苦しみとあざけりを受けている中でこそ、理解されるという霊的事実なのです。

 かつてイスラエルの民が、ヨシュアに導かれてヨルダン川を渡り、約束の地を占領することができましたが、そこにはいつも全能の主がともにいてくださいました。私たちは今、新しいヨシュアであるイエスを先頭に世界へと派遣されます。その際、かつてのような武力によってではなく、神の愛の力によってこの地に神の平和を広げるようにと召されています。

マタイ福音書の系図こそ、神がご自身の約束を守り通してくださったということの証です。のろいを祝福に変えてくださったということの証です。旧約の預言がひとつひとつ成就したということの証です。私たちは、これを味わうとき、神はこれからの私たちの人生を確実に守り通してくださるということがわかります。インマヌエル「神が私たちとともにおられる」という霊的事実は、様々な苦しみの中でこそ味わうことができるもの、この世の暗闇の中で見ることができる「光」です。

 

4.大震災の悲劇を通して新しい道が開かれた

当教会で9年前のクリスマス礼拝で受洗の恵みにあずかった前田望さんは、その後、アメリカのいくつかの学校で教師としての働きをしつつ、日本人の若者のクリスチャンの交わりを築く働きをしてきましたが、今年8月からアメリカの宣教団体から派遣された宣教師として、仙台の東の被災地の真ん中にある塩釜バプテスト教会で奉仕しています。彼女は先日のANRC(全世界からの日本人帰国者大会)でそこで出会った方のことを証ししてくれました。

大友恒雄さんは六年前、56歳で電機メーカーを早期退職し、野菜作りをしながらご自宅で家庭集会を開きつつ福音を宣べ伝え、家の教会を始めるべく準備を積んでおられました。彼はその中で80歳になる、車椅子生活のご老人に聖書のお話をするようになりました。そして、2011311日の日には、奥様とともに二台の車でその後老人を初めとする何人もの方々の避難を助けました。そこでは、まず、小学校の校庭に避難するように指示が出ていました。小学校では規定のマニュアルに従い、まず、人々を校庭に落ち着かせ、津波の様子を見て、校舎の中に誘導するということになっていました。

しかし、そこで20分ぐらいが経過し、いよいよ津波が迫って来るというときになって、校舎の二階に避難するように指示がでました。大友さんは足の悪いご老人を支えながら、必死に校舎に向かいました。しかし、なかなか前に進むことができません。彼は慌てるあまり、転んでしまいました。大友さんはしゃがんでその方を背負おうとしましたが、うまく立ち上がることができませんでした。そうしているうちに津波が目に見えるところに迫ってきました。

そのご老人は大友さんに向かって、「俺はいいから、お前だけ逃げろ」と、強く勧めてくれました。大友さんは、膝の下まで水につかりながら、ぎりぎりで校舎に飛び込みました。ご老人は水につかりながらそこにあった車に必死につかまっていました。そこに大きな津波が押し寄せてきました。大友さんは、もうその様子を見ることができませんでした・・・。

その後、大友さんご夫婦とふたりのお嬢さんは、寒さに凍えながら呆然としつつ避難所で数日を過ごしました。家も畑も全部流されました。野菜を販売しつつ福音を伝えてきた人々の家も同じように流されてしまい、多くの命が失われました。

しかし、そのような中で、近くの町の別の教会の方々が、彼ら四人家族をご自分の家に招き、三週間にもわたって心のこもったお世話をしてくださいました。大友さん家族は、その愛によって、前に進む力をいただけたとのことです。

やがて、被災地に様々な支援団体が手を差し伸べてくれるようになりました。大友さんは避難生活をしながらも家庭集会を続けていましたが、その中で、被災者と支援団体をつなぐ働きへと召されました。そのプロジェクトでは、たとえば、津波で被災した60軒もの家の再建に関わってきました。そこから信仰に導かれた方々も起こされてきています。

そのような中で、一時頓挫していた家の教会を始めようという声が盛り上がってきました。そして、米国の宣教団体からの資金を受け、360坪の水田を購入し、家の教会を建て、被災者の共同農園を開くというプロジェクトが始まりました。

大友さんは、あの日の出来事を振り返りながら、幸い、罪責感も、恨みも感じることがないと言います。主の使いはヨセフに、「この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です(マタイ1:21)と言われました。そして、「罪からの救い」とは、何よりも、悲劇が次の悲劇を生むという負の連鎖、「のろい」の連鎖からの解放を意味します。

人は、災難に会う時に、しばしば、自分を責め、人を責め、またときには神さえも恨むということがあります。そして、そのような傷ついた心は、人と人との関係を壊し、また人を絶望感や無気力に追いやります。そして、それがまた次の悲惨を生み出します。しかし、大友さんは、想像を絶する災いに会うことによって、かえって神と人との交わりを深めて行くことができました。何よりも、「家の教会を建てる」というビジョンが、この悲惨を通して、実現に向かっています。そしてそこにまた不思議に、何の縁もゆかりもない私たちの教会の交わりにあった姉妹も引き寄せられて、働きに加わるようになっています。

ただし、大友さんは、あの日のことを振り返りながら、「悔しさ」の思いが沸き起こると言っておられます。それは、第一に、マニュアル通りにしか動かなくて悲劇を生んだ学校の対応です。第二に、大友さんが必死にご老人を助けようとしているそばを駆け抜けて行った人がいたことです。第三に、指示に逆らってでも車で遠くに避難しなかったことです。そして考えてみれば、これらの、想定外に対応できないマニュアル、人への無関心、機転の利かないことの三つこそ、原発事故を初めとする悲惨に会ったときの日本人が持つ最大の弱点ではないでしょうか。私たちの目の前に起こる悲劇は、自分たちの築いてきた土台のもろさを顕にします。しかし、神は、そこから新しい歩みを始めさせてくださいます。

 

しばしば、多くの人々は、「わざわいの中で、神はどこにいるのか・・・」という問いかけをしながら、神を見失ってしまうことがあります。しかし、神は、わざわいのただ中に、ともにいてくださるのです。そして、神の助けが必要ないと思われる人々の中で必死に神にすがって生きる人を通して、神はご自身の力を現してくださいます。何よりも、神は、私たちのこころの中に生きて働き、悲惨の中に希望を生み出し、また悲惨の中に愛の交わりを作り出してくださいます。

罪からの救い」とは、どんな悲惨の中にも希望を生み出す力、どんな悲劇の中にも愛の交わりを生み出す力です。「罪からの救い」とは、私たちの罪が赦されて天国に行けるということ以前に、この世の悲惨の中に私たちを送り出す力になります。復活のイエスは弟子たちに向かって、「父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします(ヨハネ20:21)と言われました。クリスマスは、世界の創造主が、私たちと同じ弱い肉体を持つ人となって、この世の痛みや悲しみを背負ってくださったことを思いおこすときです。神はイエスを私たちのもとに遣わし、そして今、イエスは私たちを暗やみの世界に遣わしてくださいます。私たちはそれによって、罪が支配する世の中で、「祝福の基」となることができるのです。

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2012年12月23日 (日)

マタイ2:1-23 「神のときを生きた人々」

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最近、ケリー・マクゴニガル博士の著書「スタンフォードの自分を変える教室」がベストセラーになっています。それは人間の「意志力The Willpower Instinct(やる力、やらない力、望む力)」を養う力を扱っています。

「意志力」は「気力」によって上げるようなものではありません。たとえば、「気合いだ!」と連発し自分を鼓舞して何かをやり遂げても、成功すれば怠惰を生み、失敗すれば自己嫌悪になるだけです。

喫煙に対する恐ろしい警告表示は、喫煙者にますますタバコを吸いたくなる気持ちを起こさせると言われます。なぜなら、不安や罪責感はドーパミンの分泌を刺激し、それは快感への「渇き」を起こさせるからです。

また、疲労がたまったり、血糖値が下がると「意志力」はすぐに減退します。自分の心や身体に優しく向き合わないと意志力は強化されません

しかし、何よりも大切なのは、将来へのビジョンを明確に持っていることです。ストレスで意志力が減退しても、明確な目標を持っている人は、人間的な意志力の限界を超えて行動することができます。

 

マタイの福音書2章では、東方の博士たちが遠い国から様々な困難を乗り越えて、救い主を拝みに来たことや、ヨセフが幼子イエスと母マリヤをヘロデ大王の攻撃から守って、エジプトに下り、またナザレに戻ったという記事が記されています。彼らは、どうして、そのような行動を取ることができたのでしょう。それは、神ご自身が、彼らの意志力を守ってくださったからとも言えましょう。

使徒パウロは、「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです」(ピリピ2:13)と記しています。

マタイで救い主の名は「インマヌエル(神は私たちとともにおられる)と呼ばれますが、人の目には、「神がともにおられるなら、どうして、こうも苦しく、不安で、見通しのないところを通らされるのか・・・」とも思われる中で、神の不思議なみわざが見られます。神は、東方の博士やヨセフを通してご自身の力を現しておられました。

 

1.「ユダヤ人の王」を拝みに来た東方の博士たち…新しい時代の幕開け…

 「イエスが、ヘロデ王の時代にお生まれになったとき」とありますが、ヘロデはユダヤ人と敵対関係にあったイドマヤ人(エサウの子孫)で、ローマ帝国を後ろ盾に、現在のイスラエルをはるかに上回る、ダビデ王の時代に匹敵する広大な領土を支配する王として君臨していました。

彼はユダヤ人を手なずけるためエルサレム神殿を大改築し、自分こそが預言された救い主であるかのようにふるまっていました。ただ、彼の権力基盤はローマ皇帝の心ひとつで崩れる危ういものでした。

 

   イエスが、救い主、ダビデの子として誕生するということはヨセフとマリヤ以外にはだれも理解できないことだったと思われます。ところが、このマタイ福音書では、イエスが救い主として誕生したということが、はるか東方において知られたと、不思議なことを描いています。

マタイ1章の系図はユダヤ人以外にはほとんど理解できないものだったと思われますが、2章ではそれが世界を変える出来事であるということが報じられます。それが、東方の博士たちの訪問の記事です。

 

  博士たちは新しい時代の到来を、不思議な星の出現によって知りました。彼らは当時の文化の中心地バビロンの地から来たのだと思われます。かつてユダヤ人はそこで捕囚となっていたので、彼らは聖書の預言にも通じていたはずです。

なお、皮肉にも最も早く将来的な救い主の誕生を預言したのは、モーセの時代の異教の占い師バラムかもしれません。彼は、ヤコブからひとつの星が上りイスラエルから一本の杖が起こり、モアブのこめかみと、すべての騒ぎ立つ者の脳天を打ち砕く」(民数記24:17)と言いました。ここに登場する「博士」も占星術師のような存在です。彼らは異教社会の最高の知識人という意味で「博士」と訳されますが、どこまで聖書を理解していたかは不明です。

バラムも、この東方の博士の場合でも、主導権は彼らの知識や探究心である前に、神ご自身の導きであることを忘れてはなりません。とにかく神は、イエスの誕生の出来事に異教の知識人を招き入れることで、キリストの救いは異邦人に及ぶということを最初から示されたのです。

 

東方の博士たちは、エルサレムに行けばすべてが分かると信じて「やって来」ましたが、そこに栄光の王の誕生のしるしを見ることはできませんでした。それで、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか」(2)尋ねまわり、それがヘロデの耳にも入ってきました。

その反応として、「それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人もヘロデと同じであった」(3)と描かれるのは、このような問いかけが、ヘロデはイスラエルを復興する真の王ではないということを内外に明らかにし、当時の権力基盤を崩すことになるからです。

それで祭司長たちは、ヘロデの質問に聖書から答えはしましたが、その方を拝みに行こうとは思いませんでした。彼らは自分たちの身の安全を優先したのです。  

 

  預言者ミカは、ダビデの生誕地ベツレヘムに「イスラエルの支配者になる者が出る」(5:2)と預言していました。そして、その方は、「アッシリヤが私たちの国に・・踏み込んで来たとき、彼は、私たちをアッシリヤから救う(5:6)と言われていました。多くの人々が救い主の誕生を、この世の出来事を離れた霊的なことかのように考えますが、ミカ書を初めとするすべての預言書は、この地に神の救いが実現することを語っています。

東方の博士が、遠い道のりのかけてきたのも、ヘロデがそれを聞いて恐れたのも、現在のクリスチャン以上に預言を身近に感じていたからです。救い主は、神の民の敵を滅ぼすことによって世界に目に見える平和を実現すると描かれていました(ミカ4:3)。それは神の完全な平和(シャローム)の実現でした。

 

博士たちはが、その町に近づいたとき、東方で見た星が再び現れ、彼らを幼子イエスのところに導きました。それは、人の知恵による発見ではなく、神の一方的な導きでした。

イザヤ書60章では、神がもたらす新しい時代には、諸国の民が、黄金、乳香をたずさえ、神の祭壇にささげる(6,7)と預言されていましたが、その祭壇はヘロデが建てた神殿ではありませんでした。

彼らは、「家に入って、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた」とありますが、これは当時、王にささげる最高の贈り物の組み合わせでした。

 

「乳香」は当時の神殿で用いられる最高級の香料であり、エジプトでは王だけしか使うことが許されませんでした。中世のペストの大流行のときその拡大を止めるような殺菌力を発揮したと言われます。

「没薬」はミイラを作る際に大量に用いられ、イエスの葬りの際にも用いられましたが、通常は祭司や貴婦人たちの化粧品や皮膚薬。香料などに用いられました。

 

それにしても、イエスの最初の住まいは家畜の餌を入れる「飼い葉おけ」で、それは村はずれの洞窟の中だったと思われますが、このときは、博士たちは「家に入って」と記されています

これは、イエスの誕生から二年近く経っていたときのことだからです。なぜなら、ヘロデ王は、「星の出現の時間」を博士たちから「突き止め」、後に「ベツレヘムとその近辺の二歳以下の男の子を一人残らず殺させた。その年齢は博士たちから突き止めておいた時間から割り出したのである」(16)と記されているからです。少なくとも、この博士たちの訪問は、クリスマスのときよりかなり後のことであるのは明らかです。

 

   真のユダヤ人の王の誕生したことを異邦人は認めましたが、ユダヤ人の支配階級は自分の身の安全を考え、確かめようともしませんでした。しかしそれは、ユダヤ人ばかりか異邦人にとっても新しい時代の幕開けを意味したのです。

そして、強い意志力をもって東方から旅してきた博士たちは、この新しい世界の王を人々に先立って拝むことができました。

 

2. 真のユダヤ人の王として、その歴史を再体験した方  

  博士たちは、「それから夢で、ヘロデのところへ戻るなという戒めを受けたので、別の道から自分の家に帰って行った」(12)とありますが、ヘロデにとって、博士たちが自分の前を通りすぎてベツレヘムに向かったことは、途方もないショックでした。彼は、自分の三人の息子さえ、競争者と疑って殺したほどですから、その赤ちゃんを殺すのに躊躇はしません。

それで、博士たちが帰ったあと、主の使いが再び夢の中でヨセフに現れ、「立って、幼子とその母を連れてエジプトへ逃げなさい。そして、私が知らせるまで、そこにいなさい。ヘロデがこの幼子を探し出して殺そうとしています」(13)と言います。

 

このとき博士たちがくれた宝物がこの長い旅の必要を満たすことができたことでしょう。主はあらかじめ必要を満たした上で、困難な命令を下したのです。

そして、「そこで、ヨセフは立って、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトに立ちのき、ヘロデが死ぬまでそこにいた」と描かれていますが、ここに改めてヨセフの従順さと同時に強い意志力が示唆されます。ただ彼としては、何がなんだかわからないまま、御使いの命じられるままに未知の世界に勇敢に歩み出したと言えましょう。

 

そして、そこで興味深いのは、「これは、主が預言者を通して、『わたしはエジプトから、わたしの子を呼び出した』と言われたことが成就するためであった」と記されていることです(15)。これは、ホセア111節にある記事ですが、それはイスラエルの原点、出エジプトのことに他なりません。

つまり、幼子イエスのエジプト逃亡は、イスラエルの歴史をやり直す意味があります。それは、イエスこそがイスラエルを代表する王であられる方だからです。

 

   ヘロデは博士たちの報告を待っていましたが、その期待が裏切られたと分かると、「ベツレヘムとその近辺の二歳以下の男の子をひとりの残らず殺させ(16)ます。当時の村のサイズからしたら、該当する幼児の数は10人から30人ぐらいでしょうが、ヘロデにとっては心を痛めるほどのことでもなく、また、幼子が平気で遺棄される当時のカルチャーの中では何の話題にもならなかったことでしょう。

しかも、このことが、「そのとき、預言者エレミヤを通して言われたことが成就した」(17)と解説されているのにはやりきれない気がします。この悲劇も神の御手の中にあって起こったというのですから・・・。

 

しかし、それがあるエレミヤ3115節前後の全体の文脈には、暗闇を通しての希望が記されています。そこでは、「聞け。ラマで聞こえる。苦しみの嘆きと泣き声が。ラケルがその子らのために泣いている。慰められることを拒んで。子らがいなくなったので、その子らのために泣いている」と記されていますが、これはイエスの誕生は、神がイスラエルの民の悲しみのただなかに降りてこられたという意味を持っています。

「ラマ」はエルサレムの北八キロメートルにあるベニヤミン族の中心都市で、そこに後にバビロン捕囚として連行される人々が集められました(エレミヤ40:1)。ラケルはヤコブの最愛の妻でベニヤミンを産むと同時に息絶え、ベツレヘムに葬られました。

彼女は悲劇の人ですが、同時に、後に続く祝福の母でもあり、彼女からヨセフが生まれ、それがエフライムとマナセという北王国の中心部族が生まれました。しかし、北王国は滅ぼされ、その民は強制移住させられ、残るベニヤミン族もバビロンに捕囚とされてゆきます。それを彼女は嘆いているというのです。

 

ただエレミヤ書では続けて、「あなたの泣く声をとどめ、目の涙をとどめよ。あなたの労苦には報いがあるからだ・・・あなたの将来には望みがある・・あなたの子らは自分の国に帰って来る」(31:16、17)という希望が告げられます。

 

「神が全能ならば、なぜ、この世にこれほどの不条理や悲劇があるのか?」という問いに明確な答えはありません。しかし、「私たちが痛んでいるとき、神もともに痛んでおられる」ということと、「私たちの悲しみには必ず終わりがあり、神は私たちの将来を開いてくださる」ということは明らかです。

イエスに信頼する者の人生の不思議とは、どんな苦しみの中にも望みを見出すことができるということにあります。旧約聖書の二大テーマは出エジプトとバビロン捕囚ですが、マタイは、その両方をホセアとエレミヤの預言をもとにイエスの誕生に結びつけました。人間的に見ると、幼子イエスのエジプト亡命も、ベツレヘムの幼児虐殺も、サタンの使いとも言えるヘロデの残虐さに翻弄されている悲劇でしかありませんが、聖書全体からすると、それはイエスがイスラエルの王として、それまでの悲劇を生まれるとともに背負ってくださったことを意味します。

 

それにしても、「イエスがベツレヘムに生まれなかったら、そこの赤ちゃんは殺されずに済んだのに・・・」と思いたくなります。しかし、残念ながら、祝福の傍らで、悲劇も同じように生まれるというのは、この世の現実です。

たとえば第二次大戦におけるドイツの敗北は、194466日の連合軍のノルマンディー上陸作戦で決定的になりました。しかし、そのときから1945430日のヒトラーの自殺に至るまでの11ヶ月間、想像を絶する犠牲の血が流されています。戦いの勝敗が決まったのはノルマンディー上陸作戦ですが、戦いが終わるのはそれから一年後です。

イエスの誕生はサタンの敗北の始まりでした。しかし、それ以降、自分の終わりを知ったサタンは、イエスの救いを見えなくするために、このベツレヘムの幼児殺しに始まりあらゆる手段を尽くしています。

夜明け前が一番暗く感じられるとか、光が強いほど影も濃くなるとも言われるように、イエスの誕生にともなう悲劇は、サタンの最後の悪あがきの始まりです。それは黙示録のテーマでもあります。

 

3. キリストが支配する新しい時代に入れられている恵み

  この悲劇の直後に、「ヘロデが死ぬと、見よ、主の使いが、夢でエジプトにいるヨセフに現れて、言った。『立って、幼子とその母とを連れて、イスラエルの地に行きなさい。幼子のいのちをつけねらっていた人たちは死にました』」と記されています(20)

ヘロデは、必死に自分の競争者を殺そうとしましたが、そのとたん、彼自身の命が尽きました。現在の暦はイエスの誕生を起点にしているはずですが、後に誤差が発見され、降誕は紀元前4年だと言われています。それがヘロデの死の年だからです。しかし、先にあったようにイエスはヘロデの死の二年前には生まれていたと思われますから、するとイエスの誕生は紀元前5年から6年ということになります。

どちらにしても、ヘロデは自分の死の年が、新しい時代の幕開けとなったことを夢想だにしなかったでしょう。神殿を復興したと自負していた人が、もっとも忌み嫌われた人となりました。

 

   ヨセフは家族とともにイスラエルに戻りましたが、そこでは、「アケラオが父ヘロデに代わってユダヤを治めていると聞いたので、そこに行って留まることを恐れた」(22)と記されます。アケラオはヘロデにまさって残酷な王で、ローマ皇帝は後に、民の反乱を恐れてアケラオを王座から退けたほどです。

そして、「夢で戒めを受けたので、ガリラヤ地方に立ち退いた。そして、ナザレという町に言って住んだ」と記されます。ヨセフは夢のお告げのたびに、それに従っているというのは何とも不思議です。

ふと、「どうして、目を覚ましているときに御使いが現れてくれないのか・・・」とも思いますが、それはヨセフの主体的な行動を尊重しているからかもしれません。人によって、「神がもっと私の進むべき道を明確に教えてくれたら・・・」と願うかもしれませんが、幼子のイエスを保護するという重大な責任を負っていたヨセフでさえ、夢を通してしか語っていただけなかったことを考えれば、神はどれだけ私たちの主体性を重んじているかが分かるのではないでしょうか。

とにかく、彼らが住んだのは辺鄙な田舎のナザレでした。そして、「この方はナザレ人と呼ばれる」という預言は、旧約聖書のどこにも記されていませんが、それは、預言された救い主に関して「彼はさげすまれ…(イザヤ53:3)と言われていたことを指していることばだと思われます。これは、ダビデ王国の栄光を復興したと自負していたヘロデ王の栄光と何と対照的でしょう。

 

  本日の箇所では、預言がひとつひとつ成就して行ったことが強調されています。東方の博士たちが贈り物を届けてくれたこともそれに含まれます。それは、ノストラダムスの大予言のように、いつ、どこで、何が起こるかを告げることではなく、神の救いの計画の全体像を知らせることが中心です。

神がご自身の御顔を隠される「のろい」の時代のことは、ずっと以前に警告されていました。その通りのことが起きて、彼らは、「恐怖にとらわれ・・心がすり減り・・種を蒔いても無駄になり・・あなたの力は無駄に費やされる」(レビ26:16-20)、また、「やまいが癒されず・・婚約者を寝取られ、家を建てても住むことができず・・ぶどう畑を作っても、その収穫をすることができない」(申命記28:27-37)という悲惨を味わっていました。

 

   しかし、神はご自身の民をあわれみ、御子キリストによって新しい時代を開いてくださいました。それは、古い時代と対照的に、「彼らは家を建てて住み、ぶどう畑を作ってその実を食べる・・自分で作ったものを存分に用いることができ、無駄に労することがない(イザヤ65:21-23)という祝福の時代です。目に見える現実はまだ完成していませんが、イエスとの交わりのうちに生きる者はすでに、そのような御国の民とされています。

ですから、パウロは、「私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあって無駄でないことを知っているのですから」(Ⅰコリント15:58)と言いました。

それは、キリストにある「いのち」を生きている者は、「神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています(ローマ8:28)確信をもって告白することができるからです。

 

 マタイ1、2章では、預言の成就がテーマになっています。第一は、処女からインマヌエルと呼ばれる方が誕生すること、第二は、救い主はベツレヘムで生まれるということ、第三はヨセフ家のエジプト避難が、救い主がエジプトから呼び出されるという預言の成就であること、第四はベツレヘムの幼児虐殺が悲劇のエレミヤ預言の成就であること、第五は救い主はナザレ人と呼ばれるという預言の成就でした。

このどれをとっても、人間的な意味での悲劇が伴っています。当時のユダヤの人々はだれも、「預言が成就した、ハレルヤ!」とは祝わなかったことばかりです。しかも、これらの預言の成就に関わったのは、一介の大工に過ぎないヨセフと、名もない東方の博士たちです。しかし、神は彼らを通してご自身の救いの計画を進めておられたのです。

そして、彼らはそれぞれ、これらが預言の成就であることを認め、神のみこころに従っていました。そこには喜び以上に不安や悲しみがありました。彼らは自分の意志力ではなく神の意志力を生きたのです。彼らは神のときを生きたのです。そして、私たちも神のご意志と神のときを生きるように召されています。そこに新しい世界が広がります。

 

ヘロデは、政治的には、大王と呼ばれるのにふさわしい業績を残しました。ローマ帝国の信任を勝ち得て広大な国土を治め、神殿を初めとする多くの建造物を後の世に残しました。

しかし、彼はそれらをあらゆる権謀術数を尽くしてやり遂げました。それで彼には、信頼できる人がだれもいませんでした。ほとんどの国民から毛嫌いされ、ひとりぼっちで、自分が作ったもので自分を慰めるナルシズムの世界に生きていました。

一方、イエスの名は「インマヌエル」と呼ばれたように、神はたしかに私たちの味方となられ、私たちとともにおられます。それは、父なる神が、イエスをマリヤの腕に抱いて守ったように、私たちがこのキリストにある交わり(教会)に包まれて生かされていることを意味します。この目に見える交わりは、やがて実現することが確定している「新しい天と新しい地」のつぼみです。ヘロデと反対に、私たちは交わりに生きるのです。 

 

 今、私たちのために、「新しい天と新しい地」への道が開かれています。しかし、五年後、十年後のことがどうなるかは、まったく分かりません。しかし、手探りながら、今、ここでなすべき働きは示されているのではないでしょうか。

私たちの前には、今日なすべきことと、永遠のゴールだけが分かっています。しかし、それこそが、ヨセフの歩みであり、すべての神に用いられた人の歩みではないでしょうか。

イエスの救いを永遠の神の救いのご計画の中から考えることで、目の前での自分の果たすべき責任が見えてきます。神はこの世界をご自身の平和で満たしてくださいます。私たちはその過程の中にいます。それであれば、私たちの使命は自ずと明らかになります。私たちは今、平和の完成に向けての一里塚を歩んでいます。

 

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2012年12月16日 (日)

イザヤ7章1ー17節、9章6、7節 「神が、私たちとともにおられる」

20121216

  「『神が、私たちとともにおられる』というなら、なぜこんな不条理が放置されているのでしょう・・」という気持ちの中で、神を礼拝しに来るのが苦痛になっている人がいます。また、「神を信じても何も変わりはしない・・」と思って失望感をつのらせる信仰者がいます。しかし、ユージン・ピーターソンはベストセラーとなった信仰の旅路に関する詩篇の解説書のタイトルを、無神論者フリードリッヒ・ニーチェのことば、A long obedience in the same direction 「この天と地において本質的なことは、同じ方向への長い忠実さが必要だということ、それを通してこそ結果が生まれ、それは常に長い期間を通して実現されることである。それこそ、人生を生きるに値するものにするのである」から引用しました。

牧師の息子として生まれたニーチェは、そのように人生を豊かにする「生きる力」を、キリスト教会の中に見ることができませんでした。教会は幻想を教え、弱さに妥協する傾向を助長しているとしか思えなかったのです。

そして、その本の副題には、「Discipleship in an Instant Society(インスタント社会における主の弟子としての歩み)」と記されていました。私たちは何でも手軽に手に入る時代に住んでいるため、待つことが心理的苦痛を生むようになっています。しかし、本来の信仰とは、忍耐を生み出す力に他なりません。

 

しかし、イザヤのメッセージは、気の遠くなるような大きなスケールのもので、当時の人々の幻想を破り、あらゆる妥協を退ける強さに満ちていました。ニーチェもこれを理解していたら、聖書の教えを、「怨念を誤魔化すための弱者の道徳・・・」などと非難することはなかったことでしょう。

そのことばは恐ろしいほどに悲観的に見えながら希望に満ちています。破壊的なようでありながら建設的です。争いを助長するようで、平和をもたらします。その逆説を味わってみましょう。

 

1.「気をつけて、静かにしていなさい…」

 イザヤ7章の記事は、紀元前735年頃のことで、北方からアッシリヤ帝国が北王国イスラエル(首都サマリヤ)とアラム(その北東の国、首都はダマスコ)に迫ってくる時でした(紀元前732年ダマスコ陥落、紀元前723年サマリヤ陥落)。

この危機にイスラエルの王レマルヤの子ペカとアラムの王レツィンは南王国ユダ(首都エルサレム)を同盟に誘いましたが、ユダの王アハズは拒絶しました。それでペカとレツィンはユダに傀儡政権を樹立し、服従させようと攻撃しかけてきました(7:1)

 

そのような中で、エルサレムはその攻撃を差し当たり退けたものの、「エフライム(サマリヤが中心)にはアラムがとどまった(7:2)とあるように、二国連合の攻撃はなお続くという政治状況下で、アハズ王と民の心は、「林の木々が風で揺らぐように」、激しく動揺しました(7:2)。そしてその時、主はイザヤを通してアハズに語ります。

 

74節には、「気をつけて静かにしていなさい。恐れてはなりません・・・心を弱らせてはなりません」という三つの命令が続けられています。それはこの危機的な状況を人間的な知恵で解決しようと動き回る代わりに、まず心を落ち着け、恐れを祈りに変え、心を弱らせずに神の救いを待ち続けるようにとの勧めです。

 

このときアハズは目先の恐怖に圧倒され、何と北の凶暴な大国アッシリヤに助けを求めていました。それは近隣のチンピラにおびえて広域暴力団に助けを求めるのと同じことでした。一瞬の息をつけても逃げ場のない恐ろしい支配が待っています。

現実を直視するなら、エルサレムに攻めかかってくるふたりの王の燃える怒りなど、「木切れの煙る燃えさし」(7:4)のようなもので、真の脅威こそ、ユダが助けを求めてしまったアッシリヤ帝国でした。

 

ふたりの王はエルサレムに自分たちに従順な傀儡政権を立てようとして攻めてきていますが、それに対し、「神である主(原文「アドナイ(主人)であるヤハウェ」)」は、「そのことは起こらないし、ありえない」と断言されました(7:7)。

 

そればかりか、「六五年のうちに、エフライムは粉砕されて、もう民でなくなる(7:8)と、北王国イスラエルの中心の民が消えうせると預言されました。

これはアッシリヤ王がサマリヤを滅ぼしてその住民を遠くに移したばかりか、首都陥落から約50年後の紀元前671年には別の民族をこの地に移住させ、イスラエルの帰還を不可能にしたことを指します。

 

つまり、ふたりの王の計略など、アッシリヤの脅威に比べれば無視して良いほどのものだというのです。実際、その後、北の十部族は歴史の中から消え去ってしまわざるを得なくなりました。今も、しばしば恐れに捉われた人は、そこから抜け出すことを急ぐあまりに、インスタントな解決を求め、より大きな恐怖を自分で招いてしまいます。

私たちの問題は、恐れるべきことを恐れず、恐れなくて良いことを恐れることにあります。恐れに向き合う必要があります。ナチス・ドイツと戦ったカール・バルトというスイスの神学者は、「勇気とは、祈りの中で述べられた恐れである」(Courage is fear that has said it’s prayers)という逆説を述べました。つまり、恐れ」は恥ずべきことではなく、祈りを通して真の「勇気」の源泉となるというのです。

 

私たちの生活にも、激しく動揺せざるを得ない危機がおとずれることがあります。そのとき、全能の神に祈り求めることさえ忘れてしまうかも知れません。しかしそれこそ、神が私たちに「祈り」を教えるための学校です。なぜなら私たちが、「もう自分の力では解決できない・・・」と思ったときこそ、祈りが真実になるからです。そこでは幼子が親に訴えるように、自分の葛藤や不安や怒りを、正直に神に訴えることが許されています。

そのとき、「神があなたがたのことを心配してくださる」と約束されています(Ⅰペテロ5:7)。私たちは、お祈りの後はぐっすりと眠って、明日の新しい展開を待つだけでよいのです。

 

詩篇4610節では、「やめよ。わたしこそ神であることを知れ(文語訳は、「なんじらしづまりて、われの神たるを知れ。」)と記されています。パニックに陥ったとき、動き回るのを「やめる」ことが、しばしば何よりも大切だからです。

 

2.「インマヌエル預言」

 このとき、主はアハズに、「もし、あなたがたが信じなければ、長く立つことはできない(7:9)と言われました。これは、「信じるか滅びるか、ふたつにひとつだ」という信仰の決断への招きです。

ただし、同時に主は、信じることができないアハズに驚くべきあわれみを示されました。それは、ご自身を、「あなたの神、主(ヤハウェ)である」と紹介されながら、「しるしを求めよ」と招かれたことでした(7:11)

しかも、そのしるしは、「よみの深み、あるいは、上の高いところから」の、超自然的なものだというのです。その目的は、不信仰な彼に信仰を生み出させることにあります。それは、アハズの子ヒゼキヤが日時計におりた時計の影を十度あとに戻してもらったような奇跡(イザヤ38:3)によって約束が保証されることを指します。

 

 しかし、アハズは、「私は求めません。主(ヤハウェ)を試みません(7:12)と答えました。これは、一見、敬虔なようでありながら、文脈を無視してみことば引用するサタンの態度です(サタンは、イエスの荒野の誘惑に見られるように、みことばを用いて人を信仰の破船に合わせます)

しかし、「主を試みる」とは、「しるしを見せてくれなければ信じない」という態度を指します。それに対してここでは、主ご自身が、「しるしを見せてあげるから、信じる者になりなさい」と招かれたのです。

 

ところがアハズの心の声は、「主を信じたら、今までの生き方を変えなければならない。しかし、それは嫌だ。もうすでに手がけていることがあるのだから・・」と語っていたのではないでしょうか。彼は、何よりも、「信じたくない!」という思いで一杯だったのです。これは、私たちの場合も同様です。

信じます!」とは、「私は自分の生き方を変えます」と同じ意味を持つからです。多くの人の真の問題は、「信じられない!」ではなく、「信じたくない!」ということではないでしょうか。もし、「私は信じたい!」と心から願うなら、神は、不思議なかたちで、信仰を与えてくださることでしょう。

 

 アハズが神ご自身による信仰への招きを拒絶したとき、イザヤは、「あなたがたは…私の神まで煩わすのか(7:13)という表現で彼を非難しました。

ここには、神は、イザヤの神ではあっても、もはやアハズの神ではないという意味が込められています。それは、アハズが、預言者たちの忍耐を軽蔑するばかりか、神の忍耐までも軽蔑したからです。

 

そしてここでの、「それゆえ…」(7:14)とは、信仰への招きを拒絶したということを前提としてという意味で、「あなたがたにひとつのしるしを与えられる」とは、ダビデの家(アハズの子孫たちを含む)に見せられるものですが、意外にもそれは、もはや信仰を生み出すしるしではありません

見よ。処女がみごもっている…」と言われても、妊娠した人が処女であるなどと誰が信じることができましょうか。これは反対に、世の人々をつまずかせるためのしるしです。

 

それにしても、今も、「処女懐胎などと言わなければ信じられるのに・・」という人が後を断ちませんが、すでに永遠の神の御子である方が人間の身体を取るためには処女を通して生まれる必要があるというのは論理的な必然でもあります。

 

しかも、そこには、救い主は、人々から誤解され中傷される誕生の方法を敢えて選びとられたことによって、神が悩む者の仲間となってくださったという意味が込められています。

実際、たとえば人間関係で悩みながらも、イエスの誕生物語を思い巡らす人は、人々の嘲りに耐えたマリヤやヨセフの姿に慰めを受けることでしょう。

 

生まれた子は、「インマヌエル」と名づけられますが、それは「神は私たちとともにおられる」という意味です。ここには神が悩む者、不安に耐える者の友であるという思いが込められています。

実際、これから七百年後に処女マリヤから生まれたイエスを救い主として信じたのは、知恵と力を誇る王侯貴族ではなく、社会の底辺の羊飼いたちでした。彼らは現代のワーキングプアーと呼ばれるような人々で、神の真実により頼む以外に救いがないと思われる人でした。

 

なお、715-17節には、意外にも、インマヌエルと呼ばれる方の誕生が遅れることが三つの観点から示唆されています。その第一は、その子が「悪を退け、善を選ぶことを知る」という年齢に成長するまで、「凝乳と蜂蜜」という貧しい砂漠の食物で育つということです(7:15)。つまり、ダビデの子孫である救い主は、王家が廃れた後の、貧しさの中に生まれるというのです。

そして、第二に、「まだその子が、悪を退け、善を選ぶことも知らない」という、赤ちゃんになりもしないうちに、「あなたが恐れているふたりの王の土地は捨てられる」ということ(7:16)、つまり、救い主は、アハズの危急に間に合うようには現れないという意味です。

そして、第三に、主は、「エフライムがユダから離れた日(イスラエル王国が分裂しとき)以来、まだ来たこともない日」、つまり、国ができて以来の最大の「恐怖の日」として、アッシリヤ王の攻撃をもたらす(7:17)ということです。アハズが頼みとしたアッシリヤは、自分たちを救うどころか、エルサレムに最大の恐怖をもたらす者に変わるというのです。

 

  神の信仰への招きを拒絶したアハズに与えられたしるし、それは、希望ではなく、さらに大きな悲惨を迎えるというさばきの宣言でした。自分の知恵や力で問題を解決しようと思っている人は、救い主を求めることができません。

そのため、神は、しばしば、その人に悲惨や苦しみを敢えて与えることで、その傲慢を砕かれます。事実、イエスを身ごもったマリヤは、大頌栄(マニフィカート)で、「主は・・心の思い高ぶっている者を追い散らし、権力ある者を王位から引き降ろし・・低い者を高く引き上げ、飢えた者を良いもので満ち足らせる(ルカ1:51-53)と歌っています。

それは、もし、人が傲慢になるなら、主ご自身から裁かれ、私たちがへりくだるなら、主ご自身が引き上げてくだるということです。

 

3.「私は主を待つ。ヤコブの家から御顔を隠しておられる方を」 

  718節~25節には、「その日」という名のもとに、アッシリア帝国がもたらす災いが述べられます。これはアッシリヤの救いを求めるアハズの過ちを正すためです。

そして、81,3節に記された「マヘル・シャラル・ハシュ・バズ」というイザヤの次男の名には、「略奪は速やかに起こる」という意味が込められています。これは彼が女預言者を通して生んだ子が、「お父さん、お母さん」という単純なことばを覚えるその前の赤ちゃんのうちに、アッシリヤ帝国がダマスコとサマリヤを滅ぼし、その宝を持ち去ることを預言する名前となります。それは滅びが目の前に迫っているということの警告です。

 

86節の「この民・・・」とは、ユダではなく北王国イスラエルの民を指すと思われます。彼らは、「シロアハの水」として表現されるエルサレムをないがしろにして自分たちの礼拝の場を作り、そして今は、アラムとの連合によって北の脅威に対抗しようとしています。彼らは自分たちの国を守ろうとしてかえって神の怒りを買い、墓穴を掘ったのです。

 

その結果、北の大河ユーフラテスを支配するアッシリヤ帝国からの洪水が北王国イスラエルの地を呑み込み、ついには南王国の「ユダにまで流れ込み、押し流して進み、首にまで達する(8:8)、つまり、ユダも溺死寸前になるというというのです。

しかし、そのとき「インマヌエル。その広げた翼は、あなたの国の幅いっぱいに広がる」とあるように、ユダはインマヌエルの国、つまり、神がともにおられる国として、広げられた神の御翼の下で生き延びることができるという希望が記されます。

つまり、ここには北王国が滅亡することと、南王国ユダが、ぎりぎりのところで守られることの二つが預言されています。

 

89節の「国々の民」とはイスラエルの神ヤウェを知らない人々を指しています。彼らは自分の力を誇り、ヤウェを侮り、神の国を滅ぼそうとしますが、そのはかりごとは成功しません。なぜなら、「神が、私たちとともにおられるから(8:10)です。これはヘブル語で「インマヌエル」と記されています。

つまり、7:14,8:8,8:10で三回、「インマヌエル」が用いられながら、神の救いはこの世の人々が理解できない形で実現するということが預言されているのです。

 

これらの不思議な、いつ実現するかもわからない気の遠くなるような約束に対するイザヤの応答が、「私は主(ヤハウェ)を待つ。ヤコブの家から御顔を隠しておられる方を。私はこの方に望みをかける」(8:17)です。

それは、主が今、イスラエルにわざわいをもたらそうとしていることを知っていながら、なお、この方に望みをかけるという意味です。

 

そして続けてイザヤ自身が、「私と・・私の子たちは・・・しるしとなり、不思議となっている」と告白します。これは、主が信じることを拒絶したアハズや同じ立場をとる人々にとって、イザヤとその子の生き方こそが証しになるという意味です。

 

不思議にもヘブル211-15では、このイザヤの告白がイエスの告白となっています。イエスご自身が、死の苦しみに向かう中で父なる神への信仰を証しながら、「わたしは彼に信頼する」と告白し、神であるのに私たちと同じ不自由な「血と肉とを」持つ身体となりながら、ご自身に従う弟子たちのことを、「神がわたしに賜った子たち」と愛おしんでくださいました。

 

イザヤは救い主の先駆けとして、人々から拒絶され、あざけられました。また、救い主ご自身も、孤独な歩みをする者の仲間となるために、「ひとりの処女」から敢えて誕生されました。

それに思いを馳せるとき、主が「御顔を隠しておられる」としか思えないような苦しみと孤独の中でも、なお、「この方に望みをかける」ことができます。

 

そして、そのような信仰者の歩みの後には、なお多くの神の子たちが従うようになります。つまり、キリストにあっては、絶望が望みに、孤独が交わりに、苦しみが喜びに変えられるのです。それは幻想ではなくキリスト者の確信です。

 

4.「ひとりのみどり子が私たちのために生まれる」 

ヘブル語聖書では821節から91節はひとつのまとまりとして記されており、それはアッシリヤ帝国によってもたらされる苦しみの時代を指します。

ゼブルンの地とナフタリの地」とは、イズレエル平原からガリラヤ湖西岸に広がる肥沃な地で、ガリラヤ地方と呼ばれます。つまり、ここはアッシリヤによって異邦人の地とされてしまった絶望の地も、「光栄を受ける」という約束なのです。救い主は自業自得で苦しみ希望を失った人々に光を見させるために現れてくださいました。

 

そのことが、「やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た(9:2)と美しく表現されます。それは、「あなたはその国民を増やし、その喜びを増し加えられた」という繁栄の時代の登場を予告するものです。

 

その上で、そのような解放と平和をもたらす救い主の出現が、「ひとりのみどり子が、私たちのために生まれる(9:6)として預言されます。これは、714節の「インマヌエル」の誕生のことを指します。

両者に共通するのは、救い主は赤ちゃんとして生まれるので、救いの実現には時間がかかるということです。当時の人々は、救い主の登場と共に、すべての問題が解決すると期待していましたが、神のご計画はそうではありませんでした。

 

そして救い主の名はここでは、「不思議、助言者(カウンセラー)、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれます。最初の「不思議」は独立した名詞としても解釈できます。かつてサムソンの父に対し、主の使いはご自身の名を「わたしの名は不思議という」と言われ(士師13:18)、8:18でも「不思議となる」と言われました。

また救い主は私たちにとって最高のカウンセラーであると同時に「力ある神」です。さらに、「永遠の父」とは、心から信頼することができる権威者であるという意味です。

「平和の君」とは、救い主がこの世界に最終的な平和をもたらすという意味です。それはイザヤ書11章に記されているように、狼と子羊、雌牛と熊、乳飲み子とコブラがともに生きるという(6-8節)、完全な平和をこの方が実現してくださるからです。

 

私たちは、救い主のみわざをあまりにも小さくとらえているのではないでしょうか。イエスによって世界はすでに変わりました。そして、主のみわざは今も続いています。そして、それは「神の平和」という完成に向かっているのです。

その神の国の成長の様子が、「その主権は増し加わり、その平和は限りなく」(9:7)と描かれます。そして、それをもたらす救い主は、「ダビデの王座について」と、今滅亡しようとしているダビデ王国を再興する方として描かれます。

 

最後に、「万軍の主(ヤハウェ)の熱心がこれを成し遂げる」と、それが父なる神の断固たる意思であることが改めて強調されます。つまり、主は、自業自得で失われようとしている国を、まったく新しい形で建て直してくださるというのです。

このキリスト預言がこの後、七百年後に実現しました。ですから、私たちの世界は今、平和の完成の途上にあるのです。

 

  私たちの人生には、神がご自身の御顔を隠しておられるようにしか思えないことがしばしばあることでしょう。しかし、それはイエスご自身が歩まれた道であり、すべての時代のキリスト者が体験してきたことでした。

ニーチェの言うようにキリスト者は幻想を見ながら生きるものではなく、神の平和の実現という真のビジョンを見ながら、その方向へと旅をしている者たちです。御顔を隠していると思われる主に、なお信頼し続けているのがキリスト者の不思議です。それはひとりひとりが預言者イザヤのように、神にとらえられているからです。そしてそこで生きる意味と喜びを見出し続けているからです。

アハズのような夢のない現実主義者は目先の解決に走り、より大きな悲劇への道を開きます。また反対に、夢があっても人間社会の罪の現実を知らない者は悲劇を生み出します。たとえば20世紀の共産主義革命は、壮大な夢を掲げていましたが、それを力で達成しようとしたために奴隷国家を生み出してしまいました。

しかし、私たちは夢を掲げた現実主義者です。今、目の前に置かれている課題を、神の壮大な救いのご計画の視点から見直し、神のタイムテーブルの中で進みたいものです。

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2012年12月 9日 (日)

マルコ14章1-11節 「福音を生きたひとりの女」

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 故田中角栄氏が「政治は数であり、数は力、力は金だ」と言われたことが、金権政治の哲学と批判されてきましたが、何の既得権益も持たない人が社会に影響力を発揮しようとするときに、このことばは極めて現実的な政治哲学とも言えましょう。

私たちもある人の功績をたたえる時、その人が成し遂げた何かを語ります。そして、何かを成し遂げた人は、お金や力や人を使うことに長けている場合がほとんどです。

ところが、イエスはご自分の頭に数百万円もの価値がある香油を一度に注いでしまったひとりの女の行為を絶賛し、「福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となることでしょう」と言われました。イエスにとっては、この女の行動こそが、「福音を生きる」ということの模範でした。

これはあまりにも奇想天外な教えです。イスカリオテのユダがイエスを裏切りたくなったのも当然かもしれません。あなたにとって「福音を生きる」とは、何を意味するのでしょう。

 

1.イエスの受難予告と人々が願った神の国

 141節では、「さて、過越の祭りと種なしパンの祝いが二日後に迫っていたので、祭司長、律法学者たちは、どうしたらイエスをだまして捕らえ、殺すことができるだろうか、とけんめいであった」と記され、11節までのことがすべて水曜日に起こったとの印象を与えます。

一方、ナルドの香油がイエスに注がれた話しは、ヨハネの福音書12章でも描かれますが、そこでは、「イエスは過越の祭りの六日前にベタニヤに来られた」と記され、それが十字架の前の週の土曜日であるとの印象を与えます。

そして、この二つの記事には、マルコでは香油は頭に注がれ、ヨハネでは足に塗られたという大きな違いがありますが、香油の種類や値段ばかりか、弟子の反応やイエスのことばも重なる部分が多く、これが一週間のうちに二回起こったと考えることの方が不自然かとも思われます。

なお、マタイ26章に描かれた香油注ぎの話しはマルコと同じ出来事の記録であることは誰の目にも明らかです。

 

 私は今頃になって、マルコとヨハネは同じ出来事を記しているのか、同じならばどちらの日付が正しいのかと、深く悩んでしまいました。

しかし、よく見ると、ヨハネでの「六日前」とは、ベタニヤについた日であり、香油を注いだ日とは記されていませんし、マルコでも、「二日後に迫っていた」とは、祭司長、律法学者たちが、イエスをとらえて殺すことに必死だったという内容を説明する日付です。香油注ぎの日がいつなのかは、永遠の謎なのです。

 

私たちはあまりにもすべての出来事を順番に記すのが当然という先入観を持ってはいないでしょうか。福音書を読む際に大切なのは、それぞれの福音書が独自のストーリーを記していることを理解することです。

記事を重ね合わせて実際は何が起こったのだろうかと推測するよりも、それぞれの福音書で明らかに強調されていることやその記され方の特徴から、著者はその出来事の中のどんなテーマを強調しているかを読み取ることが大切です。

 

マルコの特徴は、香油注ぎの話が、イエスがどのように捕えられることになるのかという記事に挟まれていることです。しかも、少なくとも三度に渡って、イエスはご自分の十字架の死と復活のことを弟子たちに語って来ました。

 

第一はペテロの信仰告白の直後の831節で、そこでは、「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日の後によみがえらなければならないと、弟子たちに教え始められた」と記されます。その直後、ペテロはイエスをわきにお連れしていさめ始め、「下がれ、サタン」と叱責されます。

 

第二は、イエスの栄光の姿への変貌と、弟子たちが悪霊追い出しに失敗したと描かれた後の931節で、そこでイエスのことばが、「人の子は人々の手に引き渡され、彼らはこれを殺す。しかし、殺されて、三日の後に、人の子はよみがえると記されます。その直後弟子たちは、「だれが一番偉いかと論じ合って」しまいました。

 

第三は、金持ちの青年がイエスの招きに従うことができなかったのを見たペテロ、自分はすべて捨てて従っていますと自慢したという記事の後の103334節で、イエスのことばが、「さあ、これから、わたしたちはエルサレムに向かって行きます。人の子は、祭司長、律法学者たちに引き渡されるのです。彼らは、人の子を死刑に定め、そして、異邦人に引き渡します。すると彼らはあざけり、つばきをかけ、むち打ち、ついに殺します。しかし、人の子は三日の後に、よみがえります」と記されています。そして、その直後、ゼベダイのふたりの子が、愚かにも、イエスの栄光の御座で、自分たちを右大臣、左大臣にして欲しいと願ったという記事が記されています。

 

この弟子たちに比べたら当教会に集っておられる方は何と物わかりが良いことでしょう。とにかく、三回とも、イエスはご自分が人の手によって殺されると言われるとともに、三日の後によみがえる」と明言しておられます。

しかし、彼らには聞こえていたはずの言葉が、まったく心の中には入っていません。それは彼らが自分たちのアジェンダに夢中になっていたからです。それは、救い主が失われたダビデ王国を実現してくれるという期待です。

 

今回の衆議院議員選挙でも、各政党が託された国の富と力をどのように行使するかに関して様々なアジェンダを出していますが、もしイエスが現代に現れ、神の国のビジョンを示されても、多くの人はまったく理解できないことでしょう。

それは、神の平和(シャローム)をこの地に完成することですが、そのための道は、人々の心を従えるという代わりに、互いに仕えるという生き方であり、十字架への道こそ、神の国の成就につながるということでした。

 

そして驚くべきことに、イエスは三番目の受難予告において、ご自分がエルサレムに着いた後、同じ神を信じる宗教指導者たちに「引き渡され」「死刑に定め」られると言っておられましたが、誰がこれを理解できたでしょう。

 

このマルコ14章の冒頭では、「祭司長、律法学者たちは、どうしたらイエスをだまして捕らえ、殺すことができるだろうか、とけんめいであったと記され、彼らが焦ることの理由が、「祭りの間はいけない。民衆の騒ぎが起こるといけないから」と話していたと描かれています。

イエスは人々から「ダビデの子」として期待され歓迎されていましたから、彼らはどうにか夜陰に隠れてイエスをとらえようと思い、それを導いてくれる人を求めていました。

 

そして、群衆の見ていない間にイエスをとらえるための導きをしてくれるのが、10節にあるように、何と、選ばれた「十二弟子のひとり」のイスカリオテのユダであったというのです。

そして、彼は何らかの迫害を受けたとか、甘いことばに騙されたというのではなく、自分から進んで、「イエスを売ろうとして祭司長たちのところへ出向いて行った」というのです。

それに対し、「彼らはこれを聞いて喜んで、金をやろうと約束した」と記され、その後のことが、「そこで、ユダは、どうしたら、うまいぐあいにイエスを引き渡せるかと、ねらっていた」と描かれます。

 

イエスを引き渡した張本人は、最愛の弟子の一人でした。人間的に考えればイエスこそ弟子訓練の失敗者です。パスカルはイエスの不思議について次のように語っています。

「かつて何人が彼ほどの輝きを放っただろうか。ユダヤ民族がそろって彼の到来を預言した。異邦人が、彼が来られた後、彼を礼拝する。異邦人とユダヤ人のふたつの民が、彼をすべての民の中心として認める。  

それにもかかわらず、彼ほどこの輝きを享受しなかった人があるだろうか。33年の生涯のうち30年間は世に現れずに過ごす。3年間は詐欺師と見なされる。祭司や長老は彼を拒否し、友と近親とは彼を軽蔑するついに彼は仲間の一人に裏切られ、ほかの一人に否認され、すべての人に見捨てられて死ぬのである。  

そうだとしたら、彼はこの輝きにどれだけあずかったのであろうか。これほど大きな輝きを得た人はなかったが、これほど多くの恥辱を受けた人もいなかった。  

すべてこの輝きは、彼をわれわれに知らせるために役立ったに過ぎない。彼は自分自身のためには一つの輝きをも持たなかったのだ」

 

この世の権力者は、自分の輝かしさを見せることによって、人々に畏敬の思いを起こさせ、人々を従わせます。ところがイエスは、繰り返し、ご自身が最終的には栄光に入れられると語りながらも、当面は、無残な死の苦しみを迎えると言っておられました。

それに失望したユダは、わずかな金と引き換えに、イエスを当時の権力者たちの手に引き渡そうと決意しました。ユダはお金が好きな人であったと福音記者ヨハネは描いています。お金の好きな人は権力も好きな人です。

イエスは群衆の歓呼を受けてエルサレムに入城したのに、ユダが期待したような神の国を実現するための働きをしませんでした。事実、イエスはエルサレムに入ったとたん、何の輝かしい奇跡も行わなくなりました。

イエスは目に見えるダビデ王国を再建しようという人々やユダの期待を裏切ってしまったのです。

 

2.ひとりの女が、非常に高価なナルド油を、イエスの頭に注いだ

 そして、ここで、権力を求めた弟子たちとは対照的な、無名のひとりの女性の行動が、「イエスがベタニヤで、ツァラアトに冒された人シモンの家におられたとき、食卓に着いておられると、ひとりの女が、純粋で、非常に高価なナルド油の入った石膏のつぼを持って来て、そのつぼを割り、イエスの頭に注いだ(14:3)と描かれます。

 

 「頭に油を注ぐ」とは、王として任職を意味することがあります。「救い主」はヘブル語でメシヤと呼ばれ、「油注がれた者」という意味であり、「キリスト」はそのギリシャ語訳です。

たとえば預言者サムエルは、サウル王が絶対権力を握っていた時、無名の若者に過ぎないダビデをイスラエルの王とするために油を注ぎました(Ⅱサムエル16:13)。当時の誰一人としてその意味を理解はできませんでした。ダビデはその後で、サウルを立琴の演奏で慰める者として、またギリヤテを倒す勇士として現れます。

つまり、この油注ぎは、本来、人々から王として認められた後で行われる儀式ではなく、神の選びを、人々の評価に無関係に行われるものでした。

イエスはヨルダン川で洗礼を受けられたとき、聖霊ご自身によって王として油注ぎを受けておられたのですが、人々が見ている前で「頭に油を注がれた」のはこれが初めてだったことでしょう。ここでイエスは確かに王として、油注がれたのではないでしょうか。

 

ただし、「油を注ぐ」ということは、当時はまったく珍しいことではなく、祝宴の際に、その主賓に対して行う当然のもてなしでもありました(ルカ7:46)。また、香油は埋葬の際に腐敗臭を消すためにも用いられました。

香油には非常に幅広い用途がありましたが、ここで用いられたのは、「石膏のつぼ」(alabaster flask)に入った「非常に高価なナルド油」でした。この香油は、石膏のつぼに長く保管することによって質が高まるとも言われます。それは、母から娘に代々受け継がれる家宝のようなもので、家庭の一大事というようなときのために大切に取っておかれました。

しかも、ここでは「そのつぼを割り」と記されているように、一度に使うのが当然の、ほんとうに特別な香油でした。

 

マタイでもマルコでも、それをしたのは「ひとりの女」であるとしか記されません。それは十二弟子の無理解との対比を際立たせます。また、それの舞台は、「ツァラアトに冒された人シモンの家」と記されますが、それは昔、「らい病」と訳され、人々から恐れられ軽蔑された病の代名詞です。

それは、当時の支配者階級である祭司の家に属する者たちがイエスを殺そうとしていたことの対比で、人々から軽蔑されていた人の家で、この油注ぎが、祭司ではなく、「ひとりの女」によって行われたことを際立たせます。

イエスは、人々から見捨てられた者たちの王として、十字架にかかろうとしておられます。そのことを、彼女は何となく理解しました。別に自分がイエスを王として任職するなどという大それた思いは持ってはいなかったにしても、イエスがイスラエルの王として十字架という玉座に着かれるための準備を無意識にしたと言えましょう。

それにしても、彼女はそれをどのような動機で行ったのでしょう。

 

彼女は、イエスが何度も、ご自身の死を予告していたのを、真剣に、また恐怖を持って聞いていました。イエスがその死を前に、どんどん無口になり、沈んでゆかれる様子を見ていました。

事実、救い主の姿を預言したイザヤ53章には「彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた(3)と記されています。

 

しかし男の弟子たちは、イエスとともに新しい国の支配者となることに憧れているばかりで、主の痛みや悲しみに全く気づいてはいません。彼らはある意味でイエスを利用していたのです。

彼女はその矛盾に深く心を痛めていました。そこで、彼女は、自分のいのちにもまさる方のお心をお慰めしたいという一途な思いに動かされながら、イエスこそ真の王であられるという心からの尊敬の思いを、とっさに表現したいと思ったのではないでしょうか。

 

3.「世界中のどこででも、福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られ・・・」

その後のことが45節では、「すると、何人かの者が憤慨して互いに言った。『何のために、香油をこんなにむだにしたのか。この香油なら、三百デナリ以上に売れて、貧しい人たちに施しができたのに。』そうして、その女をきびしく責めた」と描かれます。

もし弟子たちが本当に心から、イエスを油注がれた方(メシア)であると信じ、イエスをイスラエルの王として尊敬していたなら、このような言い方はしなかったことでしょう。

確かに、三百デナリとは当時の労働者の約一年分の給与に相当するほどの金額で、それを貧しい人々への施しに使ったら、何百人もの人を助けることができたことでしょう。しかし、イスラルの王の任職なら、それは高すぎることはありません

 

  それに対し、イエスは、困惑するこの女を慰めるように、「そのままにしておきなさい。なぜこの人を困らせるのですか。わたしのために、りっぱなことをしてくれたのです。貧しい人たちは、いつもあなたがたといっしょにいます。それで、あなたがたがしたいときは、いつでも彼らに良いことをしてやれます。しかし、わたしは、いつもあなたがたといっしょにいるわけではありません。この女は、自分にできることをしたのです。埋葬の用意にと、わたしのからだに、前もって油を塗ってくれたのです(14:6-8)と言われました。

イエスはこの油注ぎが、王としての任職というよりは、「埋葬の用意」であると言われました。しかし、イエスが預言されたイスラエルの王として行った最高の働きは、ご自分のいのちを、全世界の人々の「罪過のいけにえ(イザヤ53:10)としてささげることでした。

そしてイエスは、イスラエルの王として油注がれたからこそ、すべての罪人の代表者となることができたと言えましょう。

 

たとえば、世界史上もっとも尊敬されている王と言えば1558年から1603年の45年間にわたりイギリスを治めたエリザベス一世かもしれません。彼女は25歳で王になった後、宗教紛争を鎮め、スペインの無敵艦隊を破って大英帝国の基礎を作り、また死に臨んではスコットランドの王を後継者とする道をも開きました。彼女なしにその後のイギリスの繁栄は語ることができません。しかし、それはあくまでも力による支配です。

彼女の統治が長くなるにつれ様々な問題も起き、当時の人々は彼女の死を喜んだとも言われます。しかし、その後の王様がどんどん悪くなる中で、彼女の支配は美化されるようになりました。

イエスの支配は、それとは全く異なります。イエスの支配は、愛による支配です。彼はこの時、世界中の人々の罪を負う王として、十字架にかかろうとしていました。

イエスはそれによって、罪の力、死の力、あらゆる悪の力に、最終的な勝利を宣言するために十字架にかかろうとしておられたのです。それは、イエスが繰り返し語っておられたように、十字架の後には復活が待っているからです。

 

イエスは、「貧しい人たちは、いつもあなたがたといっしょにいます」と言われました。昔から多くの政治指導者が、貧しい人をなくする政治を約束してきました。しかしイエスは、人の世が続く限り、貧しい人は、なくなりはしないと達観しておられました。

大きなことを約束する人は必ず、別の大きな問題を引き起こします。それは歴史を見れば明らかです。

イエスは「この女は、自分にできることをした」と称賛しました。イエスによって始まった愛の国の原理は、この世のシステムを変えること以前に、それぞれが自分にできることを、喜んでするということにあります。

イエスはこの世から貧しい人を無くしはしませんでしたが、貧しい人に仕える人々を起こしてくださいました。

 

またイエスは、彼女は「埋葬の用意」をしてくれたと言いましたが、彼女はこれから起こることをどこまで理解していたかはわかりません。彼女はただ、イエスにこれからただならぬことが起きると直感して、どうにかイエスの心の痛みに寄り添い、慰めて差し上げたいと思って、後先のことを考えずに、母から受け継いだかもしれない宝を一気に使おうとしたのでしょう。

彼女は、イエスの愛に、自分の愛を持って応答したいと考えただけではないでしょうか。

 

それに対して、イエスは続けて、「まことに、あなたがたに告げます。世界中のどこででも、福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう(9)と言われました。

イエスはここでご自分の王としての支配が、自分の死とともに広がって行くことを予告しておられます。そればかりか、「福音を宣べ伝える」ということと「この人のしたことも語られる」ということが同時に起きて、彼女の「記念」となると言われました。つまり、イエスは彼女の行為がご自身の福音と切り離せない関係にあると言われたのです。

この世界では、その人がどれだけの成果を上げることができたか、どれだけの影響力を持ちえたかと言うことに注目が集まります。その成果はお金や権力と切り離せない関係にあります。

しかし、この人のしたことは、それらとはまったく無縁でした。ただ、目の前の人の痛みを見て、自分の心が動くままの行動をしたということに過ぎません。それが後にどのような結果を産むかなどということの計算もされていません。しかし、それこそ愛に動かされた行動の本質です。

 

4.「あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです」

ところでヨハネの福音書12章においては、この油注ぎの行為は、マルタの姉妹のマリヤによってなされたと記されています。2節の「マルタは給仕していた」という記述は、ルカ1040節を思い起こさせます。マリヤはイエスの話を誰よりもよく聞いていましたが、その結果として、誰よりもイエスのお気持ちを理解できました。

しかも、そこでは、香油が、イエスの足に塗られ、彼女の髪の毛でイエスの足をぬぐったと記されています。それは、遊女と奴隷の生き方を合わせたような姿です。彼女はイエスのことで心が一杯で、自分がどのように見られるなどと気にする暇もなかったことでしょう。彼女はその点でマルコの女性と同じです。

なお、ヨハネではイエスの王としてのご性質が一貫して強調されているので、王としての油注ぎをイメージさせる描写を敢えて残す必要がなかったのでしょう。

しかもこの描写は、ヨハネ13章に描かれた最後の晩餐の席で、イエスご自身が上着を脱ぎ、手拭いを取って腰に巻くという奴隷の姿になりながら、たらいに水を入れて弟子たちの足を洗ったという話と結びつきます。

 

そのとき男の弟子たちは、足がよごれたままで食事に臨みながら、イエスがしてくださる前に、互いの足を洗い合うなどということは思いもつきませんでした。イエスは弟子たちの足を洗った後で、「あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです・・・わたしはあなたがたに模範を示したのです」と言われました(13:14,15)

ヨハネの福音書に描かれたイエスの姿は神の御子としての威厳に満ちています。そして、その威厳とは、人々にかしずかれるというよりも、人々に仕えるという逆説として描かれています。

しかし、それはユダには理解できませんでした。マルコでは高価なナルド油を一度に使ったことに対し、「何人かの者が憤慨した」と記されますが、ヨハネではその代表者がユダであると強調されます。イエスがこの世の王のような威厳を保っていれば、彼は裏切りなど思いもつかなかったかもしれません。

しかし、マリヤは、イエスの真のお気持ち、その葛藤を理解できました。そして、彼女は、本来すべての人が真の王であられるイエスに対して取るべき態度の模範を無意識のうちに示したのです。

 

イエスは真の王として、この世的な富と力を用いて「神の国」を建てることもできました。しかし、歴史上のすべての王国は、内部から崩壊しました。それは、富と力がどんな善良な人間をも堕落させるからです。

イエスはこのとき、人々を天からの力で従え、また天からの富で貧しい人々を救うという誘惑と戦っておられたのかもしれません。富と権力は、問題の解決に有効であるからこそ、目的のために手段を選ばないという心を生み出します。そして、イスカリオテのユダこそ、その誘惑に捕らえられていました。

しかし、イエスは、神ご自身によって油注がれた王として、富と力による解決を退けました。そればかりか、富と力に頼る者たちによって十字架で殺されながら、死からよみがえることによって彼らに勝利されました。

そこから富と力に左右されない愛の支配が始まりました。そして、イエスの頭に香油を注いだ女性こそ、富から自由な、神と人への愛によって生きる者の先駆けとなっていたのです。

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2012年12月 2日 (日)

ホセア6章4節~8章14節「神が喜ぶ誠実さとは?」

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  多くの日本人は熱すぎる信仰に恐怖のようなものを感じます。それは自分の確信に熱くなりすぎて、他の人の意見が聞けなくなり、独善的になるからです。そして、その恐れは根拠のないことではありません。

かつてのユダヤ人は神への熱心さにゆえにイエスを十字架にかけ、またパウロを殺すまでは飲み食いしないと誓い合いました。

また、現代の信仰者の中にも、ときに神への熱心さのゆえに戦争やテロを正当化する人や、また、神への熱心さのゆえに教会を分裂させる人もいます。では、信仰は、あまり熱くなりすぎないことが良いことなのでしょうか・・・。

 

 聖書が勧める信仰とは、何よりも「聴く」ことに始まります。「聴きなさい!」こそ、神の命令の核心です。旧約聖書で「聞き従う」と訳されている言葉は、基本的に、「聴く」というひとつの動詞からなっています。

「従う」という行動は、じっくり聞いたことの必然として生まれるはずのことで、聴くことこそ、信仰の核心なのです。聴くことを疎かにする信仰こそ、危ない信仰になるのです。神が喜ばれる誠実さとは、何よりも、真剣に耳を傾けることにあります。

 

1.「わたしは誠実を喜ぶが、いけにえは喜ばない」

 ホセア66節はイエスとパリサイ人たちとの聖書理解の違いを知るための鍵となる聖句です。つまり、私たちが律法をイエスによってか、パリサイ人の理解によって解釈するかという決定的な分かれ目がここに記されているのです。

イエスが取税人や罪人たちとともに食事をしているのを見たパリサイ人は、それをとんでもないスキャンダルかのように批判しましたが、イエスはそれに対しこのホセアのことばを引用しつつ、「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく病人です。『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んできなさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです(マタイ9:12,13)と言われました。

不思議にもイエスは聖書の専門家に向かってホセア書66節の意味を再度学び直すようにと言われたのです。なお、ホセア書では神への「誠実(ヘセド)」を意味することばが、ここでは罪人に対する「あわれみ」として表現されています。

イエスにとって神への誠実と人へのあわれみは表裏一体のことでしたが、パリサイ人は神への誠実さを、罪人をさばくこととして表現しました。

現代的には、たとえば同性愛や妊娠中絶は明らかに聖書に反しますが、それを行なっている者を激しく非難することで神への熱心を現すことは、パリサイ主義になるというようなものです。

 

 ホセア647節はひとつのまとまりとして理解されるべきです。

そこで、主は、「エフライムよ。わたしはあなたに何をしようか。ユダよ。わたしはあなたに何をしようか。あなたがたの誠実は朝もやのようだ。朝早く消え去る露のようだ。それゆえ、わたしは預言者たちによって、彼らを切り倒し、わたしの口のことばで彼らを殺す。わたしのさばきは光のように現れる。わたしは誠実を喜ぶが、いけにえは喜ばない。全焼のいけにえより、むしろ神を知ることを喜ぶ。ところが、彼らはアダムのように契約を破り、その時わたしを裏切った」と言っておられます。

 

律法の中心には神へのいけにえのささげ方を教えるという面がありますが、イスラエルは神への愛の表現であるはずの行いによって神との契約を破ったというのです。これは、たとえば、多額の献金をささげる人は人間的に見ると神に誰よりも喜ばれるはずなのですが、かえって神の怒りを買ってしまうことがあるという皮肉です。

 

主は、64節で「わたしはあなたに何をしようか」と、北王国の中心部族であるエフライムと南王国のユダに向けて語りますが、これは、彼らにどのようなさばきを下そうかという意味です。

その理由が、「あなたがたの誠実は朝もやのようだ。朝早く消え去る露のようだ」と描かれます。この「誠実」とは、ヘブル語のヘセドが用いられており、神がご自身の契約を誠実に守り通されるという神の愛を描くために用いられることばです。私たちは結婚の時に互いへの永遠の愛を誓いますが、結婚生活が続く中で、「あなたは私を利用することばかり考えているわね。あなたの愛なんて、口先だけじゃない!」と非難し合うようなものです。

そして、人は後ろめたさを感じている時に限って、愛情表現が豊かになることもあります。イスラエルの民はこのとき、カナン人が親しんでいたバアルへの礼拝とイスラエルの神ヤハウェに対する礼拝を混合していました。夫婦の愛が浮気によって壊されるように、神はイスラエルの民がバアルを慕いながら、同時にご自身へのいけにえをささげている姿に怒りを覚えていました。

 

そして、神はここで、「わたしは預言者たちによって・・わたしの口のことばで彼らを殺す」と言っておられますが、これはモーセやサムエルのことばを思い起こさせるものです。

モーセは申命記28章で、神の御教えを軽蔑する者に下る「のろい」を繰り返し記しており、その49節には、「主は、遠く地の果てから、鷲が飛びかかるように、一つの国民にあなたを襲わせる」と警告されています。それはアッシリヤ帝国による北イスラエル王国の滅亡、バビロン帝国によるユダ王国の滅亡という形で実現しました。神はご自分のことばを偽ることはないからです。

 

また、預言者サムエルはサウル王が、主の命令に反してアマレクを聖絶する代わりに主へのいけにえを取っておいたと弁明した時、「主(ヤハウェ)は主(ヤハウェ)の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる」と言いつつ、サウルを王座から退けると宣言しました(Ⅰサムエル15:22)

このことばがホセア書の背後にあります。そこでサウルは、自分は神に最上のいけにえをささげるために、敢えて神の教えに背いたと言いました。

これは、家庭を顧みずに仕事にのめり込んでいる夫が、妻に向かって、「俺は家族を養うために身を粉にして働いている・・」と言うことに似ています。

多くの場合、妻や子供が何よりも求めているのは、物質的な豊かさ以前に、家族と語り合うことですが、多くの夫たちは、家族のことばに耳を傾けることこそが最大の愛の行為であるということを忘れています。

 

そのような文脈の中で、主は、「わたしは誠実(ヘセド)を喜ぶが、いけにえは喜ばない。全焼のいけにえより、むしろ神を知ることを喜ぶ」と言われました。ここでは、「誠実」ということばと「神を知ること」ということばに基本的に同じ意味が込められています。

いけにえは人間が神に対して行える最高の行為と思われました。そこにはささげる者の大きな犠牲が伴うからです。しかし、神はそのような愛の行為よりも、神の愛を知り、神の愛に応答することを求めておられるというのです。

 

なお、イエスは七十人の弟子を宣教に派遣して、彼らが悪霊を従えることができたことを喜んで帰って来たとき、「悪霊どもがあなたがたに服従するからといって、喜んではなりません。ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい」と言われましたが(ルカ10:20)、この箇所はEugene Peterson訳では、「Not what you do for God but what God does for you-that’s the agenda for rejoicing(あなたが神のためにする何かよりも、神があなたのためにしてくださる何か、それこそ喜ぶべきことです)と訳されています。

 

また、イエスはマルタがイエスをもてなすことに忙しくして、苛立ちのあまり、イエスの足元でみことばに耳を傾けていたマリヤのことに関して、主賓であるイエスに、マリヤに働くように注意してほしいなどと不躾な願いを言ったとき、イエスはマルタに向かって、「マルタ、マルタ。あなたはいろんなことを心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、ひとつだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです、彼女からそれを取り上げてはいけません」と言われました(ルカ10:41,42)

そして、マリヤはイエスのみことばにじっと耳を傾けていたからこそ、イエスが十字架にかけられる前に、ナルドの香油をイエスの足に塗り、自分の髪の毛でイエスの足をぬぐうなどと、奇想天外な行為によってイエスを慰めることができたのです(ヨハネ12:1-8)

 

イエスはまた、パリサイ人たちが、イエスの弟子たちが安息日に麦の穂を摘んで食べているのを非難した時、ダビデの例を出しながら律法の規定の柔軟な解釈の大切さを訴えましたが、そのときもこのホセア書を引用しながら、「『わたしはあわれみは好むが、いけには好まない』ということがどういう意味か知っていたら、あなたがたは罪のない者たちを罪に定めはしなかったでしょう」と言われました(マタイ12:7)。ホセア書はそれほど重要なのです。

 

2.「イスラエルの高慢はその顔に現れ・・・主(ヤハウェ)に立ち返らず」

78節からはエフライム部族の滅亡へのプロセスが描かれます。まず、「エフライムは国々の民の中に入り混じり、エフライムは生焼けのパン菓子となる」とは、彼らがカナンの偶像礼拝の文化に影響されて、神の期待を裏切る役に立たない民となったことを描いたものです。

そして彼らが高慢の余り、自分たちの危険に気づかず、神を求めなくなっている様子が、「他国人が彼の力を食い尽くすが、彼はそれに気づかない。しらがが生えても、彼はそれに気づかない。イスラエルの高慢はその顔に現れ、彼らは、彼らの神、主(ヤハウェ)に立ち返らず、こうなっても、主を尋ね求めない(9,10)と描かれます。

 

私たちの人生は、いつも危険と隣り合わせですが、高慢な者は自分の力に過信し、神を求めようとはしません。しかし、危険が迫ると「エフライムは、愚かで思慮のない鳩のようになった。彼らはエジプトを呼び立て、アッシリヤへ行く(11)とあるように、エジプトにすがったり、アッシリヤに助けを求めたりと、右往左往してしまいます。

そのような中で、神は彼らの邪魔をしたり、懲らしめたりしながら(12)彼らが自分たちの「高慢」に気づき、ご自身に立ち返り、ご自身を慕い求めるようになることを待っておられます

 

神は、「彼らはわたしから逃げ去った・・わたしにそむいた」と非難しながら(7:13、ご自身の葛藤を、「わたしは彼らを贖おうとするが彼らはわたしにまやかしを言う」と表現されます。そして、彼らの不信仰を「彼らはわたしに向かって心から叫ばず、ただ、床の上で泣きわめく。彼らは、穀物と新しいぶどう酒のためには集まって来るが、わたしからは離れ去る」(7:14)と描きます。

神は彼らが自分たちの愚かさに気づくのを待っておられますが、彼らは子供のように自分の不遇を泣きわめくばかりで、食べ物とぶどう酒を求めることしか頭にないというのです。

 

そして、神は彼らの恩知らずな姿勢を、「わたしが訓戒し、わたしが彼らの腕を強くしたのに、彼らはわたしに対して悪事をたくらむ」と描きながら(7:15)、「彼らはむなしいものに立ち返る」(7:16)と非難します。「立ち返る」というのは本来回心を意味する言葉ですが、彼らは昔の空しい生き方の方に立ち返ってしまうというのです。

 

それによって「彼らはたるんだ弓」のように役に立たない者になってしまいます。そしてその結末が、「彼らの首長たちは、神をののしったために、剣に倒れる。これはエジプトの国であざけりとなる」と記されます。

ここでエジプトの国とは、すべての人間の力を誇るこの世の国のシンボル的な表現です。神をののしる者は、結果的に、人間の間でもはずかしめを受けることになります。

 

3.「罪のため祭壇が、罪を犯すための祭壇となった」

8章ではアッシリヤ帝国が北王国イスラエルとその神殿を攻める様子が描かれます。その理由を主は、「彼らがわたしの契約を破り、わたしのおしえにそむいたからだ」と言われます。皮肉にも彼らは、「私の神よ。私たちイスラエルは、あなたを知っている」と叫びますが(8:3)、彼らはその一方で「イスラエルは善を拒んだ」とあるように、神の明確なみこころを拒絶しました。彼らは「彼らは銀と金で自分たちのために偶像を造った」というのです。

それは神が一番嫌われることでした。その皮肉が「彼らが断たれるために」と記されながら、それに対する神の反応が、「サマリヤよ。わたしはあなたの子牛をはねつける。わたしはこれに向かって怒りを燃やす」と描かれます(8:5)

 

そして、神の嘆きが、「彼らはいつになれば、罪のない者となれるのか(8:7)と記されながら、彼らの偶像礼拝の空しさが、「彼らはイスラエルの出。それは職人が造ったもの。それは神ではない。サマリヤの子牛は粉々に砕かれる。彼らは風を蒔いて、つむじ風を刈り取る。麦には穂が出ない。麦粉も作れない。たといできても、他国人がこれを食い尽くす(8:67)と描かれます。

彼らは他の神々を拝んだというよりは、まず神の御姿を子牛として表し、それを拝んだのです。人間こそ神の御姿の現れであり、彼らは神が望まれる国を建てるべきだったのに、彼らは自分たちの肉的な望みを神として拝んだのです。

 

そして、イスラエルの自滅に向かう様子が、「イスラエルはのみこまれた。今、彼らは諸国の民の間にあって、だれにも喜ばれない器のようだ(8:8)と記されます。そして、「彼らは、ひとりぼっちの野ろばで、アッシリヤへ上って行った。エフライムは愛の贈り物をした(8:9)とは、彼らが孤立する中で、アッシリヤに貢物をしながら生き延びようとする姿を描いたものです。

イスラエルは神との愛の交わりの中に生きるべきはずだったのに、彼らは神を忘れて、アッシリヤの愛を獲得しようと必死になっていました。

 

そして続く10節は新共同訳では、「彼らは諸国に貢いでいる。今や、わたしは諸国を集める。諸侯を従える王への貢物が重荷となって、彼らはもだえ苦しむようになる」と記されますが、この方が一般的な訳です。

これはアッシリヤ帝国が神の御手の中でイスラエルが貢物をしていた周辺諸国をも支配するようになって、アッシリヤがますます貢物の取り立てを厳しくするという皮肉を描いたものです。

 

イスラエル王国はアッシリヤのご機嫌を取る一方で、自分たちの周辺諸国にも貢物を贈って、アッシリヤに対抗できる力の均衡を保とうとしますが、そのような目論見はことごとく外れてしまい、かえってアッシリヤの怒りを買って、徹底的に苦しめられるようになってしまいます

 

811節には「エフライムは罪のために多くの祭壇を造ったが、これがかえって罪を犯すための祭壇となった」と記されますが、これは罪の赦しを獲得するために多くの祭壇を築くことが、神のみこころに反する礼拝という「罪を犯すための祭壇」となったという皮肉です。

これは、神が何を望んでおられるかをまったく知ろうとせずに、神の愛を獲得するために必死に尽くしながら、かえって神の怒りを買ってしまうという皮肉です。

 

これはイエスの時代のユダヤ人の問題でもありました。彼らは神への熱心さのゆえに、神が送られた救い主を十字架にかけて殺してしまいました。

パウロは彼らの問題を、「私は、彼ら(ユダヤ人)が神に対して熱心であることをあかしします。しかし、その熱心は知識に基づくものではありません。というのは、彼らは神の義を知らず、自分自身の義を立てようとして、神の義に従わなかったからです(ローマ10:2,3)と描いています。

 

ここで「神の義」とは、「神の正義」、「神の契約に対する真実さ」とも読み替えることができます。神はアブラハムに対する契約のゆえに彼らを救おうとしておられるのに、彼らはその救いの御手を払いのけ、自分たちの方法に固執して、滅びに向かいました

これは、たとえば、あなたの身体が癌細胞に犯され、その癌細胞が急速な増殖を始めようとしてるときに、医者が勧める外科手術を断固として断って、食事療法で癌がなくなると期待するようなものです。

 

そして、彼らが神の愛の教えを退ける様子が、「わたしが彼のために、多くのおしえを書いても、彼らはこれを他国人のもののようにみなす(8:12)と記されます。そして、彼らの愚かな礼拝の姿が、「彼らがわたしにいけにえをささげ、肉を食べても、主(ヤハウェ)はこれを喜ばない」と描かれ、その結果が、「今、主は彼らの不義を覚え、その罪を罰せられる。彼らはエジプトに帰るであろう」と記されます(8:13)

彼らが神の愛を勝ち取ろうとすればするほど、彼らは神の怒りを買ってしまっているというのです。その結果が、「彼らはエジプトに帰る」というのは、彼らがエジプトから贖い出された前の奴隷の状態に戻るという意味です。

 

そして、14節ではこれらすべてをまとめるようにして、「イスラエルは自分の造り主を忘れて、多くの神殿を建て、ユダは城壁のある町々を増し加えた。しかし、わたしはその町々に火を放ち、その宮殿を焼き尽くす」と記されます。

彼らは自分勝手な礼拝に熱心になることによって、神の怒りをますます買ってしまい、自分たちの国を失ってしまったのです。

 

神は、「わたしは誠実を喜ぶが、いけにえは喜ばない。全焼のいけにえより、むしろ神を知ることを喜ぶ」と言われました。そして、イエスは、当時のパリサイ人にこのことばを学び直すようにと強く勧められました。信仰は夫婦の愛の交わりに似ています。豊かな家庭生活の鍵とは、何よりも、互いの心の声に耳を傾けることにあります。

 

誠実さとは、相手を知ることに他なりません。イスラエルの民は、多額の財産を使って神の怒りを買うような礼拝を続けました。それによって彼らは国を滅亡させました。神への熱心さによって神を怒らせてしまうというのは何という皮肉でしょう。それは聴くことを軽んじる信仰の悲劇です。「信仰は聴くことから始まります」(ローマ10:17)。

 

多くの日本の福音派の教会がバブル期に至るまで順調に教勢を伸ばしてきましたが、その傍らで、教会奉仕が忙しすぎるようになり、神のみことばを味わうことが疎かになって来たのかもしれません。その反省が求められています。

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