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2013年3月31日 (日)

ヘブル2:5-18 「いつくしみ深き兄なるイエス

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  激しい不安を抱いている人は、自分の意識を無くするために、死ぬことを自分から願ったりさえします。しかし、「死」は、すべてを失うことのシンボルです。私たちは死において、家族や友人と引き離され、それまで築いたもののすべてを失います。

実は、不安に駆りたてられている人は、心の底で死を恐れています。聖書では、死は「最後の敵(Ⅰコリント15:26)と呼ばれますが、キリストの十字架とは、何よりも死に対する勝利だったのです。

 

しかも、肉体の死に恐怖を感じない人でも、死を腐敗のプロセスと見ると嫌悪と恐れを抱きます。「腐ってゆく」というのは何とも嫌なことです。肉体の衰えを防ごうとスポーツクラブに通う人が増えていますが、私たちは「心が腐ってしまう」ことにも注意を向けなければなりません。

それに対して、キリストにある者の人生は希望に満ちています。私たちの「内なる人は日々新たにされ」、「栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられて行く」と約束されているからです(Ⅱコリント4:16,3:18)。神は、私たちを、腐敗ではなく、栄光へと導いてくださいます。

 

1. 神が多くの子たちを栄光に導くために

 「神は、私たちがいま話している後の世を、御使いたちに従わせることはなさらなかった・・・」(5)という表現には驚くべき真理が描かれています。「後の世」とは、私たちが待ち望んでいる「新しい天と新しい地」のことです。これは俗に言われる天国とは少し違います。天国は御使いが治めている世界だと思われているからです。

新しい天と新しい地」は、私たちの肉体が朽ちた後、キリストの再臨とともに私たちの身体が復活し、キリストとともに王となって治める世界のことです。そこでは、最初の人間がエデンの園を治めていたと同じように、私たちが創造的に世界を治めます。そこには働く喜びや創造的な芸術の喜びがあります。

私たちは「御使いをもさばくべき者」(Ⅰコリント6:3)とあるように、御使いの上にまで引き上げられるのです。そして、ヘブル書の著者は詩篇8篇を引用しつつ、人間がこの世界を治める崇高な存在として創造されていることを思い起こさせます。

 

人はすべての生き物の中で、最もひ弱なものかも知れません。しかし、全宇宙の創造主である神が、ひとりひとりを「みこころに留められ」「これを顧み」(6)ておられ、すべての人が、本来「栄光と誉れの冠(7)を受けるために創造されたのです。

私たちはひとりひとり「神のかたち」に創造されています。それは目に見えない神の目に見える代理としてこの世界を治めるという責任が任されたという意味です。

すべての人は、その責任を果たしているかどうかが神から問われています。しかし、多くの人は、自分に価値を与えてくださる方を忘れて、傲慢になったり、卑屈になったりしています。

私自身も、しばしば、この人との対比で見られる「」に注目し、目を留めてくださる方を忘れ、自分の力で「栄光と誉れの冠」を掴み取ろうと頑張って来ました。

 

   ところがイエスは、「万物の相続者」「世界を造られ」「神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れ」であられ、「万物を保っておられる」方でありながら(1:2,3)、私たちとまったく同じひ弱な人間の姿となり、私たちのすべての病や悲しみを背負う王、代表者となって、「さげすまれ、人々からのけ者にされ」(イザヤ53:3)ながら、十字架で死にました。

彼はその際、すべてから見捨てられ、ひとりぼっちとなった者の仲間ばかりか、その代表者となり、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ27:46)と叫ばれました。

 

しかし、神は彼を三日目によみがえらせ「栄光と誉れの冠」(9)を与えてくださいました。しかも、それは、彼が、完全な人として生きる模範を示されたばかりでなく、その死を、「すべての人のために味わわれた」とあるように、「ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所に入り、永遠の贖いを成し遂げる」ためでした(9:12)

 

なお、神は、「多くの子たちを栄光に導くのに、彼らの救いの創始者を、多くの苦しみを通して全うされた」(10)と記されていますが、「子たち」とは原文では、「息子たち」と記されています。これは、神が私たちを、ご自身のひとり息子であるイエスと同じように見ておられることを意味します。

しかも、「救いの創始者」とは、イエスご自身のことですが、主は私たちの罪の贖いの代価として苦しむことによって私たちを聖めてくださいました。

 

三世紀から四世紀にかけ、キリストが神であることを否定する誤った教えが広がりました。それに対して、正統的な信仰を守るために戦ったのがアタナシウスです。彼の名は、高校の教科書にも出てくるほどです。

彼は、「ことばの受肉」という日本語訳で80ページぐらいの文書を記しています。その中で彼は、「ことばが人となられたのは、われわれを神とするためである」という有名な命題を記します。

それは聖書が、私たちに与えられた救いを、「世にある欲のもたらす滅びを免れ、神のご性質にあずかる者となる」(Ⅱペテロ1:4)と描いていることを基にしています。これは、私たちに与えられた約束です。

ことば」と呼ばれるキリストが人となり、十字架にかかってくださったのは、この私たちがイエスと同じような神のご性質を持つ者に変えられるためだというのです。

 

それに続いて、「聖とする方」(イエス)も、「聖とされる者たち」(私たち)も、「すべて元はひとつです」(御父に由来する)と、不思議な表現が記されています(11)。これは、私たちが、このままでイエスの妹、弟とされているという神秘を表すためのものです。

事実、イエスは私たちひとりひとりをご自分の「兄弟と呼ぶことを恥としないで、『わたしは御名を、わたしの兄弟たちに告げよう』」(12)と言われるというのです。

これは詩篇2222節からの引用ですが、その詩篇の冒頭のことばこそ、上記にあるようにイエスが十字架で叫ばれた「わが神、わが神・・」です。私たちもこの詩篇と同じような絶望感を味わうことがあるかもしれません。

 

しかし、イエスご自身が私たちの兄としてこの気持ちを先立って味わい、そして、よみがえり、ご自身を死の中からよみがえらせてくださった父なる神の御名を、妹や弟である私たちに先立つワーシップリーダーとして、「わたしはあなたを賛美しよう」(12)と言っておられるというのです。

私たちの信仰とは、このままの私たちがイエスの妹、弟とされ、御父のかけがえのない娘、息子と見られているという途方もない特権を覚えることなのです。それを思い巡らすことから、真の心の平安が生まれ、この世の困難に立ち向かい、人を愛する力が生まれます。

 

2. 私たちの兄となり死の力を滅ぼしてくださった方

「わたしは彼に信頼する(13)とは、イエスご自身が苦しみのただ中でイザヤ8:17,18を用いて告白されたことばと解釈できます。これは、まわりが暗闇に見え、神の御顔が隠されているように思える中で、なお、神に信頼し、望みをかけるという意味です。

そして、続く、「神がわたしに賜った子たちは」「子」とは、原文では「幼子」で、イエスが私たちをご自身が世話すべき無力な妹、弟と見ておられるという意味です。つまり、イエスご自身ばかりか、神が彼にゆだねてくださった幼子たち自体が神の救いの偉大さのしるしとなっているのです。

 

なお、真の指導者は、自分に従ってくる者たちの苦しみを体験している必要があります。火の中に飛び込む救助隊の指導者が、火の中をくぐり抜けた体験を持っていないなら、どうして隊員は彼の指示に従おうという勇気が湧いてくるでしょう。

それと同じように、キリストは私たちと同じ苦しみを体験されたことが、「子たちはみな血と肉を持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになられた」(14)と記されています。

 

イエスは「神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れ」(1:3)であられ、また、私たちの創造者であられるのに、私たちと同じ「血と肉」のからだをお持ちになりました。

これは、王様が奴隷になるよりも、はるかにすごいことです。「血と肉」を持つとは、飢え渇き、病になり、やがて死んで行く、不自由な身体を意味します。本来、永遠に死を味わうことがない方が、私たちと同じ死の苦しみを体験しようとされたのです。

 

ところで、人間が死に支配されるようになった経緯を、聖書は、人類の父アダムが、欲に負けて善悪の知識の木の実を取って食べ、滅びる者となったことにあると説明します。その後、「欲によって滅びる」という原理がすべての人を支配しています。

事実、神が創造された美しい世界は、人間の欲望によって、救いがたいほどに腐敗してしまいました。その原因は、神のかたちに創造された人間が、神から離れて生きるようになったためですが、人間の腐敗は、「教え」や「悔い改め」では癒しがたいほどに進んでしまいました

 

それに心を痛められた神は、ご自身の御子をこの世界に遣わしてくださいました。御子は私たちの創造主であられますが、ご自身でこの腐敗してゆく肉体を持つ身体となることによって、腐敗する身体を不滅の身体へと変えようとしてくださいました。

すべてのいのちの源である方が、死と腐敗の力を滅ぼすために、敢えて、朽ちて行く身体を持つ人間となられたばかりか、最も惨めな十字架の死を自ら選ばれたのです。

先の「子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じようにこれらのものをお持ちになりました」にはそのような意味も込められながら、同時に、「これは、その死によって、悪魔という死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした」(ヘブル2:14,15)と驚くべき説明がなされます。

 

その意味は、キリストの弟子たちに起こった変化によって知ることができます。ローマ帝国は、紀元三百年頃まで、クリスチャンを絶滅しようと必死でした。彼らは皇帝を神として拝む代わりにイエス・キリストを神としてあがめていたからです。

ところが殉教者の血が流されるたびに、クリスチャンの数が爆発的に増えてしまったのです。それは、クリスチャンたちの、死の脅しに屈しない姿が、人々に感動を与えたからでした。そこには、真のいのちの輝きが見られました。そして最後の大迫害の後まもなく、ローマ帝国はイエスの前にひざまずきました。

 

現在の日本に、幸い、そのような大迫害はありません。ただ、たとえば、重度の癌の苦しみに会う人は数多くいます。

しかし、イエス・キリストを信じる人は、その死の苦しみの中で不思議なほどの平安に満たされ、いのちを輝かして行きます。それは、キリストのいのちが、死の力に打ち勝っているしるしと言えましょう。

 

「私は死など恐れない!」という人でも、自分の評判が傷つくことや孤独を恐れ、財産が失われることを恐れているなら、それこそ、「死の恐怖につながれて奴隷となって」いる状態にあると言えます。

もし、本当に、死に打ち勝った結果として、死の恐れから解放されているとしたら、その人は、もっと余裕を持って、人のことも配慮しながら生きていられるはずなのです。もしその人が、この死の恐怖を単に押し殺しているだけなら、自分で知らないうちに、恐れに支配され、まるでネズミのように、刺激や衝動に反応するだけの生き方をしてしまいます。

 

3. あわれみ深い、真実な大祭司となられた方

  このように、イエスが私たちと同じ血と肉を持たれたのは、「神のことについて、あわれみ深い、忠実な大祭司となるため」(17)でした。

「神のことについて」とは、「神との関係に関することについて」という意味で、イエスが、父なる神と、罪人である私たちとの、「仲介者」としての「大祭司」となられたことを意味します。

 

「あわれみ深い」とは、私たちの痛みや悲しみを、ご自分のことのように一緒に感じてくださる感覚を意味します。また、「忠実」とは、「真実」とも訳され、頼ってくる者を決して裏切らない真実さを意味します。

 

アタナシウスは、キリストがローマ帝国にもたらした変化を、「十字架のしるしによってあらゆる魔術は終わりを迎え、あらゆる魔法も無力にされ、あらゆる偶像礼拝も荒廃させられ、放棄され、非理性的な快楽は終わりを迎え、すべての人は地上から天を見上げている」と証しています。

キリストのすばらしさが明らかになるにつれ、人は、自然に、偶像礼拝や魔術に見向きもしなくなって行ったのです。偶像礼拝では、「戦いの神」や「快楽の神」が人々を戦いや無軌道な性の快楽に向かわせましたが、当時の人々は、「キリストの教えに帰依するや否や、不思議なことに、心を刺し貫かれたかのように残虐行為を捨て・・・平和と友愛への思い」を持つようになり、また、「貞節とたましいの徳とによって悪魔に打ち勝つ」というように、生き方の変化が見られたというのです。

それは、イエスの「あわれみ」「真実」に触れた者は、価値観が根本から変えられたからです。イエスは世界の価値観を変えました。イエス以外の誰が、社会的弱者や障害者に人間としての尊厳を回復させ、また、結婚の尊さや純潔の尊さを説いたことでしょう。

イエスの御名があがめられるところでは、自然に、偶像礼拝や不道徳は力をなくして行きます。不条理や不正と戦うこと以前に、キリストが世界に知られるようになることこそが大切なのです。

 

ところで、イエスは、「あわれみ深い、忠実な大祭司となるために、すべての点で、ご自身の兄弟たち(妹や弟である私たち)同じようになられた(17)と記されていますが、それはどんな意味を持つでしょう。

人間の場合の兄は、妹や弟と同じ親のもとで同じ所に住み、同じ物を食べて育ち、しばしば通う学校まで同じです。妹や弟は、それを見ながら育つことができます。イエスはそれと同じような意味で私たちと同じようになられたのです。

 

その上で、イエスは私たちの代表者としての大祭司となられました。大祭司は、民に代わって、民の罪のために、神の怒りをなだめるためのいけにえをささげるのですが、イエスは動物の代わりに、何と、ご自身の身をいけにえとされました。つまり、彼は、私たちの罪の身代わりになるほどに、私たちの側に立ってくださったというのです。

しかも、創造主であるキリスト・イエスが人となられたのは、私たちにふりかかるすべての「のろい」をご自身で引き受け、担うためだったのです。

「のろい」とは不気味ですが、働いても生活が楽にならないばかりか、ある日突然、職場を追い出されてしまうという社会の構造は、確かに、「のろい」のもとにあると言えましょう。そして、その始まりは、アダムが善悪の知識の木から取って食べた時、神が彼に「土地はあなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない」(創世記3:17)と言われたことにあります。

 

イエスの十字架の意味を聖書は、「キリストは、私たちのために、のろわれた者となって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました」(ガラテヤ3:13)と語っています。イエスは私たちの創造主であり、王ですから、私たちすべてののろいをご自身で引き受けることができたのです。

アタナシウスは、「主の死は、すべての者のための身代金であり、この死によって『隔ての壁』が取り壊され、異邦人の招きが実現し、イエスは一方の手で旧約の民を、もう一方の手で異邦人からなる民を引き寄せ・・われわれのために天への道を開いてくださった」と語っています。

主は十字架でご自身の手を広げながら、私たちをご自身の中に招いておられます。

 

ただ、それは不思議にも、私たちすべてをまずご自身の死とのろいの中に招きいれることから始まります。今、私たちはキリストとともに死んだことによって、キリストとともによみがえる者とされています。私たちはすでに、「死からいのちへ」「のろいから祝福へ」と移しかえられているのです。

サタンは、私たちの罪や汚れを指摘しながら、「お前のようなものが神の祝福に入れられたなどというのは嘘だ。実際、お前はずっと昔の失敗を引きずって生きている・・・」などとささやきながら、キリストによる救いを否定しようとします。サタンは今も、私たちがのろいを受け、天への道が閉じられているように見せ、「どんなに頑張っても、頭の上には暗雲がただよっている・・・」と思わせようとします。

しかし、イエスは十字架に上り、空中で死ぬことによって、天への上昇路を開いてくださいました。十字架を見上げるとき、私たちはもう、すべての労苦が無駄になる「のろい」の下にはないことを知らされます。

 

「ことばが人となられた」のは、私たちが神の愛とあわれみを知ることができるようになるためでした。そして、私たちは「ことばの受肉」を信じることによって、腐敗から不滅へ、のろいから祝福へ、死からいのちへと移されるのです。

二千年前に、私たちの創造主が、滅び行く人間となってくださいました。それは、「私たちがみな、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられてゆく」(Ⅱコリント3:18)ための第一歩でした。

 

ところで、ここでは最後に、イエスご自身が弱い肉体を持つ人となり、「試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになる」(18)と記されています。

そのようなあわれみに満ちたイエスにとって最も悲しいことは何でしょうか?それは、私たちが、心の底で味わっている悲しみや不安やさみしさを認めないことではないでしょうか。

たとえば、私は、長い間、自分の内側にいる寂しがり屋の声を圧迫してきたとふと気づかされました。イエスは、私のうちに住む、寂しがりやの私と交わりを築きたいと願っておられるのに、私は、「イエス様。私がどうするかを、ただ見ていてください。」と言いながら、イエスの語りかけを心で味わう前に、自分で動き出してしまいます。そして、知らないうちに、自分のうちにある名誉欲に駆り立てられているのです。

 

  今、改めて思います。この私が母の胎のうちにいる時から、神は私を「わたしの息子よ」と目を留めておられ、時が来たときに、私にイエスを救いの創始者として示してくださいました。

イエスは私を「私の弟よ」と呼び、私を礼拝者の交わりに加えてくださいました。イエスは私に代わって死の力を持つ悪魔と戦い、勝利を得られ、「大丈夫だから、わたしについてきなさい」と招いておられます。

たとい、様々な過ちを犯していても、イエスは大祭司として、私たちの側に立って、父なる神にとりなしてくださいます。

ですから、恐れることなく、すべての思い悩みを、いつくしみ深いイエスにお話ししましょう。私たちの兄となるためにイエスは人となられたのですから。

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2013年3月24日 (日)

マルコ15章33節-16章8節 「産みの苦しみの初め」                             

                             2013年3月24日

今から60年ほど前は、自宅出産が普通でしたが、そこには大変な危険も伴いました。私の誕生は予定日より15日間も遅れていました。夜中に陣痛が起き、助産師さんが呼ばれてきましたが、大きくなりすぎていたため、近所のおばさんが母のお腹に乗るようにして胎児の私を押し出す必要がありました。どうにか生まれたものの、母は血が止まらなくなりました。それで今度は、家の外から雪を持ってきて母のお腹を冷やしました。そのため今度は激しい腹痛に襲われ、そのうち母の意識が朦朧としてきました。祖母は母がそこで眠ったら、永遠に意識を失ってしまうと心配し、必死に母の名を呼びかけ続けたとのことです。

母は私を出産しながらまさに死の一歩手前まで行きました。しかし、私の誕生は母を強くしました。それまでは死んでしまいたいというほどの悩みの中にありましたが、このすさまじい産みの苦しみを通して、彼女の人生は開かれて来たのかと思います。

私はその後も、病気や事故で何度も死にそうになりますが、間一髪のところで守られ続けて来ました。母は、そのことを振り返りながら、一昨年、洗礼の恵みに預かりました。

 

イエスは「ユダヤ人の王」として彼らのすべての罪を負って、罪の束縛から解放し、彼らに与えられた「祭司の王国」(出エジ19:6)としての使命を全うしてくださいました。預言者イザヤはそれを産婦の「産みの苦しみ」として描いています(66:7以降)

それによって、神の救いの御計画は新しい段階に移り、今、私たち異邦人もこのままの姿で「神の子」とされる道が開かれたのです。神の御前でのすべての負債は免除され、自由な歩みを始めることができます。

私たちは母親に抱擁された乳飲み子のような平安に包まれて、不条理に満ちた世界に遣わされることができます。そして、私たちが出会うすべての試練も、「産みの苦しみ」となりました。そこには新しい喜びの世界が待っています。

 

1.「この方はまことに神の子であった」

さて、十二時になったとき、全地が暗くなって、午後三時まで続いた(15:33)と描かれますが、これは救い主のうめきに、すべての被造物のうめきが重なったというしるしではないでしょうか。そして、暗闇が三時間続いた後、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれたと記されます。

これはイエスが実際に言われたアラム語の発音をそのまま記録した画期的な描写です。それは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味でした。

ただし、イエスは、この期に及んで「どうして」と疑ったわけではなく、全世界の罪を負って、のろわれた者となりながら、なおあきらめることなく、「神の救い」を訴え続けたのです。しかも、これは詩篇22編の冒頭のことばそのものです。

そこではダビデ自身が、神から見捨てられているかのような不安と孤独を味わったことが描かれます。イエスはここでも「ダビデの子」として、ダビデが詩的に描いた苦しみを文字通りに味わってくださったのです。

 

ただ、それを聞いた幾人かの人々は、「そら、エリヤを呼んでいる」と言いました。「エリ、エリ・・」という叫びが、預言者エリヤを呼び求めたように聞こえたのでしょう。

しかし、そこには嘲りの気持ちが込められていました。イエスが救い主なら、その前にエリヤが現れているはずで、「この期に及んで何だ?」という気持ちです。

そのあざけりの様子が、「すると、ひとりが走って行って、海綿に酸いぶどう酒を含ませ、それを葦の棒につけて、イエスに飲ませようとしながら」、「エリヤがやって来て、彼を降ろすかどうか、私たちは見ることにしよう」と言ったと記されます(15:36)

詩篇22篇では人々から軽蔑され、「主(ヤハウェ)にまかせ、助けてもらえ。救ってもらえ。お気に入りなのだから」(8)と嘲りを受ける姿が描かれますが、イエスは「ダビデの子」として、その辱めを引き受けておられたのです。

 

イエスはダビデの子、「ユダヤ人の王」でしたが、神と人から見捨てられた「のろわれたもの」として十字架にかかりました。しかし、それによって旧約の人々には想像もつかなかった全世界への救いが実現しました。

そのことをパウロは、「キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、『木にかけられる者はすべてのろわれたものである』と書いてあるからです。このことは、アブラハムへの祝福が、キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです」(ガラテヤ3:13,14)と述べています。

そして、今、私たちはその「約束の御霊」を受けることができたのです。

 

マルコはイエスの最後の場面を、「それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた」(15:37)と記していますが、「息を引き取る」と訳されていることばは、極めて日本語的な表現ですが、厳密には、「霊を出す」となっています。ルカによる福音書では、イエスが「父よ。わが霊を御手にゆだねます」と言われたと記された上で、「霊を出した」とマルコと同じ動詞が用いられています(23:46)。

イエスは殺されたというよりは、働きを全うされて、霊を明け渡されたのです。そして、その「イエスの御霊」は、今、「約束の御霊」として、私たち一人ひとりに与えられています

 

しかし、人々の無理解の一方で、驚くべきことが起きました。それが、「神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた」(15:38)という表現です。それは、イエスの死によって神殿の役割が終わったという意味だと思われます。

イエスはかつて、「家を建てる者たちの見捨てた石、それが礎の石となった(12:10)と言われましたが、これは当時のエルサレム神殿の指導者たちがイエスを殺すことで、結果的に、新しい霊的な神殿の基礎が築かれることになったという意味でした。

その代わりに、当時の神殿は40年後にローマ軍によって廃墟とされますが、その崩壊は霊的な意味ではこのときに起こったと言えましょう。

一方、霊的な神殿はイエスの十字架によって完成しました。そのことをヘブル書の著者は、「私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができる」(ヘブル10:19)と言いました。

 

 そして、最後に、「イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て」、「この方はまことに神の子であった」と告白します(15:39)

ローマの将校は、本来、ローマ皇帝のことだけを「神の子」と呼んだはずですが、無力に十字架にかけられ、殺された方を、「神の子」と呼ぶなどということは奇想天外なことです。

イエスを「ユダヤ人の王」として、あざけり、ののしり、その衣をくじ引きで分けた兵士たちは、この百人隊長の部下であったはずです。彼はそれに対するイエスの対応に、真の王としての風格を見て、深く感動したのではないでしょうか。

  この福音書の最初は、「神の子、イエス・キリストの福音のはじめ」と記されていますが、この書のテーマを聖書のストーリーを知らなかったはずのこの「百人隊長」が告白しました。これこそ神の御霊による奇跡です。

これは、預言されたエリヤであったバプテスマのヨハネのことばが実現し始めたしるしと言えるのではないでしょうか。ヨハネはかつて、エルサレム神殿を無視するかのように、ヨルダン川のバプテスマで罪の赦しを宣言していましたが、イエスの働きについて、「私はあなたがたに水でバプテスマを授けましたが、その方は、あなたがたに聖霊の(による)バプテスマをお授けになります」と言っていました(1:8)

パウロは後に、「聖霊によるのでなければ、だれも、『イエスは主です』と言うことはできません」(Ⅰコリント12:3)と記しましたが、この異邦人の百人隊長のうちに御霊の働きが始まったのです。

 

2.「ヨセフは思い切ってピラトのところへ行き・・・」

 その上で、十字架の場面の最後の描写として、「また、遠くのほうから見ていた女たちもいた。その中にマグダラのマリヤと、小ヤコブとヨセの母マリヤと、またサロメもいた。イエスがガリラヤにおられたとき、いつもつき従って仕えていた女たちである。このほかにも、イエスといっしょにエルサレムに上って来た女たちがたくさんいた」(15:40、41) と記されています。

「マグダラのマリヤ」はルカによる福音書では、「七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリヤ」(8:2)と描かれますが、彼女はイエスの弟子たちの中で、最も悲惨な過去を持っていた女性でした。今、その女性に最初の復活の証人の栄誉が与えられようとしています。

「サロメ」とは、「ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ」の母のことだと思われます(マタイ27:56)。彼女はイエスに向かい、息子たちを神の国においてイエスの左右の座に付けてほしいと図々しいことを願った女性です(マタイ20:20、21)。ここに登場する三人の女性たちは、社会的な特別な立場もあったわけでもなく、また、特別に信心深かったというわけでもありません。

 

そして、そこでまったく予期しないことが、「すっかり夕方になった。その日は備えの日、すなわち安息日の前日であったので、アリマタヤのヨセフは、思い切ってピラトのところに行き、イエスのからだの下げ渡しを願った。ヨセフは有力な議員であり、みずからも神の国を待ち望んでいた人であった」(15:42、43)と描かれます。

まず、「すっかり夕方になった」とは、日没が近づいて、残されている時間が限られていることを示しています。当時の安息日は日没から始まりましたから、そうなってはイエスを葬ることができなくなります。

そこで、「アリマタヤのヨセフ」という人が突然現れ、ピラトにイエスのからだの下げ渡しを願ったというのです。彼はイエスがイスラエルに神の国をもたらしてくれることを待ち望んでいました。しかし、彼は自分の社会的立場を守るためにか、自分の信仰を隠していました(ヨハネ19:38)。

 

ところが、ヨセフはここで、イエスの十字架の姿を見ながら、自分を恥じたのではないでしょうか。彼はその御姿に心を揺すぶられ、先の見通しがないまま、「今、ここで」なすべきと示されたことを誠実に行おうという勇気を持って立ち上がりました。そのことが、思い切ってピラトのところに行き、イエスのからだの下げ渡しを願った」と描かれます。

これは、自分の立場を不鮮明にしていたヨセフとしては、驚くべき決断でした。なにしろ、イエスの弟子たちはみな、自分たちがイエスの弟子であることを隠さなければ自分の身が危ないと恐怖に駆り立てられていたときのことですから。

ただ、もしヨセフが事前に自分の信仰的立場を公表していたとしたら、このような願いはピラトに聞き入れてもらうことはできなかったことでしょう。神は、私たちの失敗をさえ、ご自身の目的のために用いることができることの良い例です。

 

  そこで、「ピラトは、イエスがもう死んだのかと驚いて、百人隊長を呼び出し、イエスがすでに死んでしまったかどうかを問いただした。そして、百人隊長からそうと確かめてから、イエスのからだをヨセフに与えた」(15:44、45)と描かれますが、イエスの死は驚くほど早いものでした。

十字架刑は、何よりも見世物にするのが目的でしたから、息が絶えるまで四日間もかかることがあったとのことです。しかし、イエスは夜通しの裁判と厳しい鞭打ち刑で衰弱しており、ご自分で十字架を負うことができないほどでしたから、死期が異様に早かったのかもしれませんし、また、そこに神のあわれみイエスご自身がご自分の死をも支配していたという事実があるのかもしれません。

ピラトがヨセフの申し出にすぐに応じたのは、以前から彼のことを知って信頼していたということがあるのかもしれません。

 

その後のことが、「そこで、ヨセフは亜麻布を買い、イエスを取り降ろしてその亜麻布に包み、岩を掘って造った墓に納めた。墓の入口には石をころがしかけておいた」(15:46)と描かれます。

ユダヤ人は葬式を大切にしましたから、ヨセフが自分のために用意していた新しい墓を、イエスのために用いようとしたことは極めて自然な動きでした。

 

これらのことを通して、イザヤが、「彼の墓は悪者どもとともに設けられた。しかし、彼は富む者とともに葬られた。それは、彼が暴虐を行わず、その口に欺きはなかったから(53:9私訳、NKJ参照)と預言したことが成就しました。

当時、十字架にかけられた者の死体は、共同墓地に投げ込まれました。しかし、イエスの遺体は、サンヘドリンの議員のために用意された地域の、真新しい墓に、「富む者」の仲間として、葬られました。それは、神が義人を守り通してくださるということのしるしでした。

そして、神は、このときヨセフを用いて、イエスの復活のための舞台を用意してくださったのです。共同墓地に投げ込まれた遺体がなくなっても、誰も気にも留めません。しかし、真新しい墓に葬られた遺体がなくなったとしたら、人々は、みな、何かが起こったはずだと不思議に思わざるを得ないからです。

 

私たちもヨセフのように、いろいろ迷いながら行動しながら、後で、自分の行動を恥じることもあることでしょう。しかし、先が見えないながらも、手探りのような状態で、「今、ここで」、自分にできることを大胆に行う勇気が、結果的に、期待をはるかに越えた明日を開く原動力になります

ヨセフは自分の行動が何をもたらすかを知りはしませんでしたが、イエスの復活の後に、自分がイザヤの預言を成就させる者として神によって用いられたことを心から感謝できたことでしょう。

イエスの身体を葬ったヨセフを動かしたのは聖霊ご自身ですが、その方は後に「イエスの御霊」とも呼ばれます。

 

3.「あの方はよみがえられました。ここにはおられません」

「マグダラのマリヤとヨセの母マリヤとは、イエスの納められる所をよく見ていた」(15:47)とありますが、「安息日」は、金曜日の日没から始まりますから、女たちは、墓の場所だけを確認して、安息日の後で、もう一度イエスを丁重に葬りたいと思ったことでしょう。

彼女たちは、ただ、イエスの遺体が腐敗して悪臭を放つなどということなどを想像したくないと必死に願いながら、とにかく、今自分たちができる最大限のことをしようとしました。

合理的に考えると、遺体の腐敗は決して避けられませんが、神は、そのような彼女たちの人間としての情を用いてくださいます

 

「さて、安息日が終わったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとは、イエスに油を塗りに行こうと思い、香料を買った」(16:1)とありますが、彼女たちは、安息日にイエスの遺体に香料と香油を塗ることができなかったことを歯がゆく思ったことでしょう。

それで、安息日が明けた土曜の日没後に香料を買い求めたのだと思われます。

 

「そして、週の初めの日の早朝、日が上ったとき、墓に着いた」(16:2)とありますが、彼女たちは、「朝早くまだ暗いうちに」(ヨハネ20:1)、墓に向かって動き出していました。そして、神は、そのような彼女たちの切ない痛々しい思いを用いて、彼女たちを最初の復活の証人としようとしておられます

当時の安息日であった土曜日に、彼女たちはどうしても急いで行いたい思いながら、休まざるを得ませんでした。それが益とされたのです。

 

  ところで、この墓の入り口は、大きな石で閉ざされ、封印され、ローマの兵士によって見張られていました (マタイ27:66)。そこに日曜日の早朝、女たちが着いたとき、「墓の入口からあの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか」と、「みなで話し合っていた」と描かれます(16:3)。

彼女たちはそんな当然のことも十分に考えることなく行動してしまいました。しかし、ときには、そのように熱い情熱だけで動き始めることが、神によって用いられることがあります

すべての準備が整うのを待って行動しようとすると、いつになっても動けないということがあるからです。

 

そして、このときも、「ところが、目を上げて見ると、あれほど大きな石だったのに、その石がすでにころがしてあった」(16:4)という不思議が起きました。私たちのうちに神が行動への思いを与えてくださるとき、しばしば神は、先回りするかのように、すべてのことを備えていてくださいます

それは、かつてイエスも、それを前提に、「だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します」(マタイ6:34)と言っておられたとおりです。

 

そして、ここでまったく予想もしなかったことが起きました。そのことが、「それで、墓の中に入ったところ、真っ白な長い衣をまとった青年が右側にすわっているのが見えた」(16:5)と描かれます。ルカの福音書では、「見よ、まばゆいばかりの衣を着たふたりの人が、女たちの近くに来た」(24:4)と描かれます。

それを見て、「女たちは驚いた」(16:5)のですが、御使いは、「驚いてはいけません」と言いつつ、「あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう」(16:6)と不思議な語りかけをします。

これは厳密には、「あなたがたはイエスを捜しているのでしょう。ナザレ人を、十字架につけられた方をという語順になっています。これは、イエスを捜している彼女たちの気持ちに寄り添いながら、同時に、「十字架につけられた」ことが既に過ぎ去ったことであるという思いが込められています。

 

その上で、御使いは彼女たちに、「あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です」(16:6)と言いました。

その上で、御使いは彼女たちに、「お弟子たちとペテロ」へのメッセージを、「イエスは、あなたがたより先にガリラヤへ行かれます。前に言われたとおり、そこでお会いできます」と伝えます(16:7)。

原文では、「前に言われたとおり」ということばが最後に記されていますが、これは、何よりも、弟子たちは既に語られたみことばによってイエスの復活を理解すべきであるというメッセージです。私たちは復活のイエスに出会うために、遠くエルサレムに旅行する必要はありません。「今、ここで」、みことばをともに読む中で、イエスの復活と臨在を知ることができるのです。

しかも、ここでは先に三度イエスを知らないと言ったペテロに向かってガリラヤからの再出発を約束しています。ペテロはこのことばを、「たとい全部の者がつまずいても、私はつまずきません」と豪語する直前に確かに聞いています。

そこでイエスは、「あなたがたはみな、つまずきます・・・しかしわたしは、よみがえってから、あなた方より先に、ガリラヤに行きます」と語っておられました(14:27,28)。

ペテロは後に、女たちからこのことばを聞いたとき、自分のことばを深く恥じるとともに、イエスがすべてを予めご存じだったことに深く感動したことでしょう。

  そして、多くの信頼できる古い聖書の写本は、マルコの福音書の最後が、「女たちは、墓を出て、そこから逃げ去った。すっかり震え上がって、気も転倒していたからである。そしてだれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」(16:8)で終わっていることを示しています。これは、なかなか理解できない終わり方なので、後に、その後に様々な付け加えが出てきたのかもしれません。

しかし、基本的に、9-20節に記されていることは、他の福音書に記されていることなので、これらの部分をあまり深く調べる必要もないのかと思われます。

それよりも、このあり得ないような8節の終わり方こそが、イエスの復活を御使いから聞いたときの最も自然な反応と言えましょう。不思議なのは、それにも関わらず、弟子たちはこの後、イエスの復活を、命がけで伝えるようになったということです。

 

 以前、クリスチャン新聞に、『心の復活』というテーマでメッセージを記させていただきました。そこにジェームス・フーストン氏のことばを、「復活を法的に証明できれば、それは有益な本になります。でも、それは本にすぎません。イエスの復活の本当の『証明』は、イエスが心の中に住むことによって変えられた人生、生まれ変わった人生です」と引用しました。

そして、その結論を、「自分の変化を自分ではかるとナルシズムの世界になります。しかし、茫然自失の状態で、神の御前で、うめき、ため息をついていることは、『心の復活』の始まりです。

自分の無力さに圧倒されるような時こそ、自分の願望が死んで、『イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊』が『死ぬべきからだ』の中に働くことを体験する(ローマ8:11)チャンスなのですから」と記しました。

私たちは、ときに、自分の力では何ともできないという絶望的な状況に追い込まれます。そこでは、「ため息」しか出てきません。しかし、それを、主の前での「ため息」とするとき、そこから、「イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊」の働きが始まります

 

イエスはかつて「産みの苦しみの初め」について語った時、弟子たちが迫害を受けながら世界中に散らされることを指して、「こうして、福音がまずあらゆる民族に宣べ伝えられなかればなりません」と言われた時、「彼らに捕らえられ、引き渡された時、何と言おうかなどと案じるには及びません。ただそのとき自分に示されることを話しなさい。話すのはあなたがたではなく、聖霊です」と言われました(13:8-11)

つまり、このマルコの福音書が提示した「福音のはじめ」の続きを、立ち直ったペテロや他の弟子たちが満たして行くということが、既に示されているのです。

そして私たちもマルコの福音書の続きの「神の国」の物語を生き続けています。そして、そこにはうめき」と「心の復活」の繰り返しが記されているのです。それこそ、イエスが十字架上で叫んだ「わが神、わが神・・」という詩篇22篇のテーマでもあります。

神と人とに見捨てられた者としての深いうめきのことばから始まった詩篇は、「あなたは答えてくださいました」という転換点から復活賛美に変わります。

そこでは、「まことに、主は、悩む者の悩みを、さげすむことなく、厭うことなく、御顔を隠されもしなかった。むしろ、助けを求めたとき、聞いてくださった(24)と、最初の「うめき」とは正反対の告白がなされ、そのことが民族の枠を超えて「地の果て」にまで、また世代を超えて語り継げられると記されます。

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2013年3月17日 (日)

マルコ15章16-34節「私たちの悲しみを担われた救い主」

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  シスター渡辺和子の著書「置かれた場所で咲きなさい」が昨年から一般の書店でベストセラーの一角を占め続けています。彼女は36歳の若さで岡山のノートルダム清心女子大学の学長に任じられた時、様々な葛藤の中で、「くれない族」になっていました。それは、「分かってくれない」「ねぎらってくれない」「褒めてくれない」「お詫びしてくれない」など、周囲への不満を持ちながら生きる生き方でした。彼女は自信を喪失し、修道院を去ろうと思い詰めますが、そのときにある宣教師が、「Bloom where God has planted(神が植えたところで咲きなさい)」と書いてくれたことばが彼女の歩みを変えました。

彼女はその後、精神的にも肉体的にも厳しい病を通らされますが、やがてそれらを「プレゼントをいただくように両手でいただく」という思いになりました。彼女はある講演の中で、「あのイエス様でさえ人々から誤解され、誹謗中傷されたのだもの、私も十字架につかないわけはないと思うと、自分も少し納められたし、立った腹も納めることができました。私はそれらを小さな死litte death-と言っています。大きな死のリハーサルとして、両手でいただく練習をします」と言っています。

彼女の人生の不条理は、9歳の時から始まっています。1936年の二・ニ・六事件の際、開戦に強硬に反対していた父、渡辺錠太郎陸軍大将は同じ陸軍の青年将校に自宅を襲われます。父はとっさに和子さんを隠しましたが、彼女は1m前で父が殺されるのを目撃しました。

彼女は苦しんだ分だけ、優しく包容力のある人間へと成長して行き、多くの人々を慰めるようになっています。

 

 イエスの十字架ほど神秘なことはありません。十字架は、何よりも忌まわしくおぞましいものですが、聖書はそのような描き方をしていません。とくにマルコによる福音書では、イエスが受けた嘲りや辱めばかりが描かれます

そして、それらの誹謗中傷を受ける痛みは、私たちにとって極めて身近なものです。詩篇の祈りには、それらの人間関係から生まれる悲しみが満ちています。その代表例が詩篇22篇です。それは神と人から見捨てられた者の痛みと悲しみの中から生まれた祈りです。

そして、イエスの十字架にはその悲しみを担うという意味があります。イザヤ5334節には、「彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた・・まことに、彼が負ったのは私たちの病、担ったのは私たちの悲しみ」と記されています。イエスは、詩篇の作者が味わったすべての悲しみを担うために私たちと同じ人間になり、十字架にかかってくださいました

そして、十字架には、「のろいと祝福」「さばきと赦し」「怒りと慰め」「暗黒と栄光」などの対照的なことが混然一体となって描かれています。

イエスにとっても、十字架は絶対に受け取りたくないものでしたが、イエスはそれをすべての祝福の基と変えてくださったのです。私たちもイエスに倣って、負いたくない十字架を背負うことで、祝福の基とされて行くのです。

 

1.「彼らはイエスを嘲弄したあげく・・」

 ピラトは群集の声に圧倒される形で、バラバを釈放しました。そしてその後の事がごく簡単に、「イエスをむち打って後、十字架につけるように引き渡した」と記されます。

むち打ち」自体が、人を死に追いやるほど、おぞましく酷い刑でしたが、ここでは、肉体的な痛みを思い起こさせる表現を隠すように配慮しつつ描かれています。

 

他方で驚くほど詳しく描かれているのが、イエスがあざけりを受ける様子です。総督の「兵士たち」はイエスに王族の着物の色の「紫の衣を着せ」、月桂樹の冠の代わりに「いばらの冠を編んでかぶせ」ました。そして、「ユダヤ人の王さま。ばんざい」と叫んで嘲り、王酌に似せた「葦の棒でイエスをたた」きました。

19節は、たたき続け、つばきをかけ続け、ひざまずいて拝み続けた」と、未完了の動詞形で、嘲りの執拗さが強調されています。

 

20節では敢えて、「彼らはイエスを嘲弄したあげく、その紫の衣を脱がせて、もとの着物をイエスに着せた。それから、イエスを十字架につけるために連れ出した」と記されます。

本来なら兵士たちは、さっさとイエスを死刑上に連行すればよかったはずなのですが、「イエスを嘲弄したあげく」ではないと、彼らの気持ちが納まらない事情がありました。

ローマの兵隊たちはユダヤ人のテロ攻撃を恐れて、被害も受けていましたから、イエスをテロリストの王に見たてて日頃の憎しみをぶつけたのだと思われます。人は、怒りをぶつける相手を求めています。

 

イエスは誰よりも、武力闘争の愚かさを訴えておられたのに、今は、テロリストのリーダーであるかのように嘲りを受けています。これほど理不尽なことがありましょうか。

今回のNHK大河ドラマの「八重の桜」では会津藩家老の西郷頼母が詳しく描かれます。彼は会津が戦争に巻き込まれるのを避けようと、何度も領主松平容保に死を賭して忠言しました。しかし、後に家族のほぼ全員が自決せざるを得ない状況に追い込まれました。

私たちもときに、同じような理不尽な状況に追い込まれることがあるかもしれません。また、あらぬ誤解を受け、あざけりをうけることがあるかもしれません。人はだれしも、自分の尊厳を奪われることは、何よりも辛いことです。

しかし、私たちはその痛みの中で、イエスに出会うことができます。イエスはあなたのために「つばきをかけられ」続けたのですから・・・。

 

イエスはイザヤが預言した「(ヤハウェ)のしもべ」の姿を生きておられました。イエスはそこでイザヤ5056節の預言を思い浮かべておられたことでしょう。

そこには、「主ヤハウェは、私の耳を開かれた。それでこの私は、逆らわず、うしろに退きもせず、打つ者にこの背中をまかせ、ひげを抜く者にこの頬をまかせ、侮辱されても、つばきをかけられても、この顔を隠さなかった」と記されています。

イエスは途方もない嘲りを受けながら、それを正面から受け止めておられました。それは同時に、「あなたはわたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」という天からの声を聞いていたからです。私たちも、誤解や中傷を受けたとしても、天からの声を聞くことで耐えられるのです。

 

それにしても、イエスはたった五日前に、「ダビデの子」つまり、ユダヤ人の王、預言された救い主として、群衆の歓呼の中、ろばに乗ってエルサレムに入城しました。また、イエスは威厳に満ちて、神殿の中から商売人を追い出しました。祭司長たちも黙って見ているしかありませんでした。

イエスの立場は数日のうちに天国から地獄状態へと落とされたのです。その方に従う私たちが、誤解され、あざけられるのは何の不思議でもありません。

 

使徒ペテロは後に、「もしキリストの名のために非難を受けるなら、あなたがたは幸いです。なぜなら、栄光の御霊、すなわち神の御霊が、あなたがたの上にとどまってくださるからです(Ⅰペテロ4:14)と言いました。

 

そしてイエスは自分がかけられる十字架を背負わされてゴルゴタと呼ばれる死刑場に連れて行かれますが、徹夜の裁判と鞭打ちを受けて衰弱しきっていました。そこで、「そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた」と記されます(21節)。

アレキサンデルとルポス」とわざわざ記されているところを見ると、彼らは初代教会で有名な弟子になっていたのだと思われます。少なくともパウロはローマ人への手紙の終わりに挨拶で、「主にあって選ばれた人ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく(16:13)という記述があります。

つまり、田舎から出てきてたまたまここを通りかかったクレネ人シモンは、十字架刑の木を背負わされる羽目になったのですが、それによって彼はイエスの十字架刑の最も身近な目撃者となり、彼の妻はパウロが自分の母と呼ぶような存在にもなったということかと思われます。

シモンは、このときローマ兵を恨んだでしょうが、そこから不思議な道が開かれました。

 

イエスは弟子たちに、「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい(マルコ8:34)と言われましたが、シモンの場合は自分のではなくイエスの十字架を負わされて御跡について行きました。

十字架を負う」とは、犯罪人として辱めを受けることを意味しますが、それがシモンにとっては後に最高の栄誉と感じられるようになり、彼の子たちが初代教会のリーダーとして育ってゆきました。

 

2.「道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって・・・」

不思議に、イエスが「ゴルゴタ」に着いたとき、兵士たちは、「没薬を混ぜたぶどう酒をイエスに与えようとしました(15:23)が、それは痛みを和らげる麻酔薬のようなものです。ところが「イエスはお飲みにならなかった」というのです。ここに、肉体的な痛みを正面から受け止めようとしたイエスの雄々しさと見られます。

そして、「それから彼らはイエスを十字架につけた」と描かれますが、大きな釘が打ち込まれたような描写は省かれています

 

その一方で、「だれが何を取るかをくじ引きで決めた上で、イエスの着物を分けた(15:24)と敢えて描かれます。これは、イエスの存在が徹底的に無視されていることの象徴です。

イエスはこのときダビデの子として、千年前に記された詩篇22篇を思い起こされたことでしょう。その14-18節では次のように描かれています。

 

「私は水のように捨て流され、骨々はみなはずれ、心は、身体の中で、ろうのように溶け、力は焼き物のかけらのように渇ききり、舌は上あごにくっつきました。

あなたは私を、死のちりの上に置いておられます。犬どもが包囲し、悪者どもの群れが取り巻き、私の両手と両足を突き刺しました。

私は自分の骨をみな、数えることができるほどです。彼らは私をながめ、ただ見ています。私の上着を互いに分け合い、この衣のために、くじを引きます」

 

ダビデはそこで自分の置かれている悲惨な状況を詩的に表現したのでしょうが、イエスの十字架に関しての簡潔な描写はこれをまさに文字通りに実現することになりました。イエスは十字架で両手と両足に釘が刺され、肋骨が数えられるほどに身体が引き延ばされ、骨々がみなはずれたようになり、ぶどう酒をお飲みにならなかったことで渇きに苦しみ、そしてさらしものにされています。

そのような苦しみの中で、目の前の人はイエスご自身よりもイエスの着物の方に関心を持っています。イエスは自分の苦しみを通して、詩篇の苦難の祈りをまさにご自分のものとして行かれました。

それは、すべての見捨てられた者の仲間となるという意味があります。

 

また、イエスが十字架にかけられたのは午前9時でしたが、その罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてありました。それはイエスを、ローマ帝国に反旗を翻した独立運動の指導者として十字架にかけるという意味ですが、それは誤解に満ちた嘲りでありながら、同時に、神の救いのご計画の中での真実を現しています。

そこには、イエスが文字通り、イスラエルの民の王として、彼らのすべての罪を負い、「祭司の王国、聖なる国民(出エジ19:6)としての彼らの歴史を完成に導くという意味がありました。

イスラエルは神の愛と真実を世界中に証しするために選ばれましたが、イエスは今、イスラエルの王としてその使命を全うしてくださったのです。イエスの十字架と復活以降、神の救いが異邦人にも明確に及ぶようになったのは、イスラエルの歴史がイエスによって完成したからです。

 

一方、「彼らは、イエスとともにふたりの強盗を、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけた(27)と描かれますが、これは、イエスを強盗の頭として見世物にしたという意味が込められていたと思われます。

ただ、一部の写本には28節として新改訳の脚注にあるように、「こうして、『この人は罪人とともに数えられた』とある聖書が実現したのである」と記載されていました。これは最も古い写本の中にはない記事で、後の人がルカ2237節のことばを書き込んだと多くの学者は認めています。

どちらにしても、これはイザヤ5312節に「主(ヤハウェ)のしもべ」が勝利に導かれる理由が、「それは、彼がそのいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに数えられたから。だが、彼こそが多くの人の罪を負った。そして、そむいた人たちのためにとりなしをする」と描かれていた預言の成就と見られていました。それこそが、イエスが犯罪人の仲間とされたことの意味でした。

 

そこで「道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって」、「おお、神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。十字架から降りて来て、自分を救ってみろ」と言いました(15:29,30)

これは、イエスが神殿の崩壊を告げたことへの皮肉ですが、イエスは本当に、ご自分の十字架と復活で、神殿を完成してくださいました。もう私たちは目に見える神殿なしに、イエスにすがるだけで神からの罪の赦しを受け、また、神に向かって祈ることができます。

 

そこで宗教指導者たちは、「他人を救ったが、自分は救えない。キリスト、イスラエルの王さま。今、十字架から降りてもらおうか。われわれはそれを見たら信じるから」とイエスをののしりました(15:31)

しかも、ここではルカに記された強盗の悔い改めの代わりに、「イエスといっしょに十字架につけられた者たちもイエスをののしった(15:32)と描かれ、イエスはすべての人の心の底にある怒りをその身に受けたという点が強調されます。

 

ところで、この場面も詩篇226-8節にそのまま、

この私は、ただ、虫けら。人間と見られていません。人のそしり、民の軽蔑の的(まと)です。

見る者はみな、私をあざけり、口をとがらせ、頭をふります。

『主(ヤハウェ)にまかせ、助けてもらえ。救ってもらえお気に入りなのだから』」

と描かれています。

これもダビデ自身が受けたあざけりを詩的に描いたものでしょうが、ダビデの子のイエスがそれを文字通り体験してくださいました。

多くの人々は、自分が人間扱いされず、徹底的なあざけりを受けることを恐れています。また、神を信じることを恐れる理由に、その信仰が嘲りの対象とされることがあります。これこそ私たちが心の底で恐れていることとも言えましょうが、それは既にダビデの詩篇に記されていることであり、救い主ご自身がその苦しみを私たちに先立って味わってくださいました。 

 

イエスは本来、十字架から降りようと思ったら降りることもできました。それ以前に、十字架刑を避けることだってできました。

イエスが十字架に留まってくださったのは、まさにこの詩篇の苦しみを引き受けるためだったのです。

 

3.「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」

しかも、「十二時になったとき、全地が暗くなって、午後三時まで続いた(15:33)とありますが、これは超自然的なことで、日食などではありません。過越しの祭りは、満月の日に祝われ、日食は新月に起こる自然現象です。これは、神の愛が、イエスが負われた罪によって遮断されたという意味にも理解されます。イエスはこのとき、まさに、神と人の両者からのろわれた者となり、絶対的な孤独を味わわれたのです。

ただし、神のさばきの日に、「太陽が暗くなる」と表現されることは、多くの預言書に記されていました。そして、イエスご自身もかつて、「その日には、その苦難に続いて、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち(マルコ13:24)と言っておられました。

つまり、これは何よりも、預言が成就したという積極的な意味があるのです。

主はその直後、「そのとき、人々は、人の子が偉大な力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです(13:26)と言われました。これはダニエル713節の引用であり、イエスはこのことばをもう一度、ユダヤの最高議会でご自身に当てはめて引用されたことで、神への冒涜罪による死刑判決を受けました。

そして、イエスの栄光は三日目の復活によって明らかになりました。つまり、「太陽が暗くなる」ことは、神のさばきのしるしであるとともに、新しい時代の始まりのしるしでもあるのです。

 

ただ、イエスはこのとき太陽が暗くなる中で、神からのろわれた者となれた絶望感を味わっておられたことは確かです。

イエスは、この苦しみのことを、ゲッセマネの園の祈りで、「どうぞ、この杯を取りのけてください」と祈っておられました。それはイザヤ5117節に記されたように、「(ヤハウェ)の手から、憤りの杯を飲み、よろめかす大盃を飲み干した」と預言されたことをご自分で実現したこと、つまり、神の怒りの杯を飲み干した瞬間でした。

 

ただ、それは悲劇であるとともに、イエスが王座に着かれた瞬間でもありました。イエスはかつてヤコブとヨハネが、「あなたの栄光の座で、ひとりを先生の右に、ひとりを左にすわらせてください」と、抜け駆けして訴えたときに、イエスは彼らに、「あなたがたは自分が何も求めているか、わかっていないのです」と言いながら、「なるほどあなたがたは、わたしの飲む杯を飲み、わたしが受けるべきバプテスマを受けはします」と言われました。それは彼らがキリストと同じように苦しむことを意味しました。

ただそのときイエスは同時に、「しかし、わたしの右と左にすわることは、わたしが許すことではありません。それに備えられた人々がいるのです」と言われました。それは、不思議にも、イエスが十字架にかかられたとき、その右と左に強盗がかけられたことを指しています。

つまり、イエスの十字架は、神ののろわれた者としてのシンボルであるとともに、栄光の王座でもあったのです。ですから、この太陽が暗くなったことも、ひとことで説明できることではなく、神ののろいと同時に、イエスの栄光の現れとみることができます。

 

  そして、イエスは孤独の極みの中で、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか・・」と叫ばれました。その響きを伝えるために、マルコはイエスが当時用いていたアラム語のままの発音「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」を残しています。

これは詩篇221節の祈りそのものです。そのことばは、

私の神、私の神よ。なぜ、私をお見捨てになったのでしょう

私の救いと うめきのことばから、なぜ、遠く離れておられるのでしょう。

私の神よ。昼、叫んでいるのに、答えてくださらず、

夜も、私には、静寂がありません」と訳すことができます。

 

そしてその後に、先に引用されたような人々から見捨てられ、人間扱いをされない孤独の痛みと死の苦しみが生々しく描かれた上で、19節~21節では次のように、絶体絶命の叫びが、

「あなたは、主(ヤハウエ)よ。遠く離れないでください

私の力よ、助けに急いでください。救い出してください

このたましいを 剣から、ただひとつのいのちを 犬の手から。救ってください

獅子の口から、野牛の角から」と記されます。

つまり、詩篇の文脈から理解する限り、イエスは、この期に及んで「どうして」と訴えたというよりも、全世界の罪を負って、のろわれた者となりながら、その絶望的な状況の中でなおあきらめることなく、神の救いを訴え続けていたと解釈できます。

イエスはここで罪人の代表者であるばかりか、すべての見捨てられた気持ちを味わっている者の代表者となって叫ばれたのです。

 

 そして、詩篇22編では、沈黙しておられる神への訴えは、「あなたは私に答えて下さいます(22:21)という告白につながります。

イエスの叫びは、どん底でなお神に呼び求める信仰の現われだったのであり、イエスの復活こそ、それに対する神の答えでした。

不思議にもこの詩篇には、救い主がユダヤ人の王であるばかりか、すべての人間の王、代表者として、神の救いを求めて叫び、それが聞き入れられると描かれています。

 

  イエスの十字架に関する描写は不思議です。肉体的な苦しみの描写が最低限に抑えられながら、イエスが受けたあざけりやののしりに焦点が合わされています。なぜなら、それこそが詩篇に描かれら人間の苦しみの根本だからです。

私たちは人生のどこかで、詩篇22篇に描かれているような絶望感を味わうことがあるかもしれません。しかし、それこそ、イエスが味わってくださった悲しみです。

私たちがこの地で味わう痛み悲しみ苦しみで、イエスが体験されなかったものは何もありません。私たちは苦しみのただ中で、イエスに出会い、人間の罪から生まれた「のろい」の連鎖を、祝福の連鎖へと変えることができます。十字架にある逆転を心に刻んで生きて行きましょう。

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2013年3月10日 (日)

マルコ15章1-20節「預言された王の道を歩まれたイエス」

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  世の多くの人々は、家内安全、商売繁盛や災いを退ける厄払いを願って神社に参拝します。そのような中で、「イエスを救い主と信じることによって、今ここで、何が変わるのですか?」と聞かれたら、どのように答えるでしょう。私はしばしば、「どの人の人生にも闇の時期が訪れます。しかし、イエスに信頼する者は、痛み、苦しみ、悲しみの中にも、喜びと平安と希望を見いだすことができます。それを知っていることで、自分の損得勘定を超えて目の前の課題に真正面から向かう勇気をいただくことができるのです」と答えるようにしています。

預言者イザヤは、イエスの十字架への歩みの中に、神の救いのご計画を全うする「ユダヤ人の王」としての威厳を見させてくれます。

 

1.「(ヤハウェ)のしもべ」としての生き方を全うされたイエス

本日の礼拝の最初にイザヤ5213節から5312節の「主のしもべの歌」を交読しました。これは旧約聖書しか信じないユダヤ人がイエスを救い主として信じる際に最も多く用いられている不思議な預言です。そこには、「苦難を通しての救い」という聖書に繰り返されるストーリーの核心が簡潔に記されています。

私たちはこれを最初からキリスト預言として読んでしまいがちですが、もっと原点に立ち返って、私たちと同じ不自由な肉体に縛られていた人間イエスが、このみことばをどのようにお読みになったかを考えるべきでしょう。

イエスは総督ピラトの前に立たれながら沈黙しておられたとき、また、ローマ兵から鞭を打たれていた時、また「いばらの冠」をかぶらされて嘲りを受けておられたとき、この「主のしもべの歌」を思い巡らしていたことでしょう。

イエスは、そこに描かれた生き方を全うすることこそが「ユダヤ人の王」としての使命であることを自覚し、またそれによって「神の国」を全世界にもたらすことができると信じておられました。

イエスの十字架に至る場面はまさにその700年前に記されたイザヤ書53章に記されていました。イエスはこのみことばをそのまま生きることによって「世界の救い主」になられたのです。

 

ところで、現代のユダヤ人も、ナチス・ドイツによる大迫害を受けながら、自分たちが「(ヤハウェ)のしもべ」として苦難に耐えているという自覚を持っていたのではないでしょうか。

この歌は、不条理な苦しみの中で、その苦しみに積極的な意味を生み出す力を持っています。この歌を生きる者は、苦難に耐える力を受けることができます。

 

ビクトール・フランクルというオーストリヤ出身の有名なユダヤ人の精神科医がいました。彼は第二次大戦時の最も忌わしいアウシュビッツ強制収容所の苦しみをくぐりぬけ、その体験を「夜と霧」という本にまとめ、不朽のベストセラーになっています。彼が始めた精神療法のロゴセラピーは、人生の意味を問うことで人を立ち直させるもので、聖書のメッセージと矛盾しません。

ヒットラーがウィーンに進軍してきたとき、フランクルはすでに精神科医として尊敬を集めていました。ただ、ユダヤ人であるためナチス・ドイツ政権の支配下では働きを続けることができません。それで、米国行きのビザを申請していました。数年かかってビザが下りたとき、ユダヤ人に対する迫害が激しくなっており、そこに残ると、強制収容所への抑留が避けられない状況になっていました。

しかし、彼には年老いた両親がいました。その両親のビザはありません。彼は迷いました。彼がウィーンに残ったところで両親を救うことができるわけではないことは明白でしたが、両親を置き去りにして自分だけが渡米することに後ろめたさを感じていました。

 

  迷いながら家に帰ってみると、父親が、破壊されたユダヤの会堂の瓦礫から拾ってきた大理石がテーブルの上に置いてありました。そこにはヘブル語のカフというアルファベットが刻まれていました。それは、「あなたの父と母を敬え」の最初のことば、「敬え(カベッド)」の最初の文字でした。彼は、この文字を見たとき、自分の使命は、両親とともにウィーンに残ることにあると確信できました。

彼は自分の医療技術を用いて、秘密警察の悩みを解決し、両親の抑留を一年間伸ばすことができましたが、まもなく両親とともに強制収容所に抑留されました。

父は、そこで肺水腫を患って死の床につきます。彼は医師として、父に最後の痛み止めの注射を打つことができました。彼は、そのときのことを、「私は、それ以上考えられないほど満足な気持ちであった」と書き残しています。

母はその後、アウシュビッツのガス室送りになりましたが、移送される直前に、彼は母に祝福の祈りを請い、まさに心の底からの祝福のことばを母から最後に受けることができました。彼自身もその後、アウシュビッツに送られますが、彼はそこで母親のことばかりを思い、母への感謝の思いで心がいっぱいになっていたとのことです。

 

  フランクルは奇跡的にアウシュビッツの苦しみの生き残り、そこでの体験を証ししました。それは、苦しみの証ではなく、どんな悲惨な状況に置かれても、人間は高貴に、自由に、麗しい心情を持って生きることができるという神のかたちに創造された人間の生きる力の証しでした。「何のために生きるのか・・・」という問いに答えを持っている人は、最後の瞬間まで、真の意味で生きることができるということの証しでした。

そして何よりも、彼が、あらゆる損得勘定や現実的な計算を捨てて、両親とともに強制収容所に入ると決めたことは、一瞬一瞬、人生の問いに答えながら歩むことを、身をもって証することになりました(結論は各自で異なって当然ですが・・・)

その後、彼は、この「生きる意味の心理学」によって、多くの人に希望を与えながら、92歳に至るまで幸いな生涯を全うしました。

 

  ヒットラーはドイツ国民の中にあった怒りと憎しみとねたみの感情を煽ることによって権力を握りました。一方、ユダヤ人のフランクルは、権力者に振り回され、理不尽な苦しみに耐えることで、神のかたちに創造された人間の尊さを証しできました。

フランクルはその意味で、アウシュビッツの苦難を通してヒットラーに打ち勝ったのです。

 

イエスの十字架への歩みは、王のなかの王としての歩みでした。イエスは圧倒的な勝利者であったからこそ、十字架に向かって歩まれたのです。私たちは、十字架の「暗さ」に、この世の暗やみを圧倒する「光」を見ることができます。

N.T.Wrightは、「the cross is the victory that overcome the world (十字架は、世を打ち負かす勝利である)」と述べていますが、当時の「十字架」は、ローマ帝国の秩序に従わせる「脅し」の手段でした。

イエスの幼児期に何千ものユダヤ人がガリラヤ地方で独立運動に参加し、十字架にかけられました。ローマにとって十字架こそは自分たちの法の秩序と平和を守らせるための脅しのシンボルでした。しかし、イエスはそれを「愛と赦し」のシンボルに変えてくださいました。

しかも、その脅しは、キリストの弟子には通用しなくなり、ついにはローマ帝国自体が十字架にかけられたイエスを救い主と信じるようになりました。

イエスの受難のシーンには、真の王者の姿が描かれています。ハエを殺すように人を殺すことができたローマの百人隊長はそれに気づきました。なぜなら、真の王の権威とは、民を救うためには自分のいのちを差し出すことができるという生き様に現されるからです。

 

2.イエスは「ユダヤ人の王」として十字架に向かわれた

マルコ151節には、「夜が明けるとすぐに、祭司長たちをはじめ、長老、律法学者たちと、全議会とは協議をこらしたすえ、イエスを縛って連れ出し、ピラトに引き渡した」と記されますが、前夜イエスはユダヤ人の最高議会ですでに死刑と宣告されていました。

しかし、当時のユダヤでは正式な死刑判決はローマ総督しか下すことができませんでした。それで、ユダヤ人の宗教指導者はイエスをローマ総督ピラトに引き渡す必要があったのです。

 

先の最高議会で大祭司がイエスに、「あなたは、ほむべき方の子、キリストですか(14:61)と質問したとき、主は「わたしはそれです」と言われたばかりか、「人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見るはずです(14:62)と言われました。

この背後にはダニエル713節の預言がありますが、そこでは、救い主が、神の栄光を象徴する「天の雲」に乗って神の前に導かれ、「主権と光栄と国が与えられる(7:14)という一連の栄光へのプロセスが描かれています。まさに、イエスは「全世界の王」なのです。

 

  ここでピラトはイエスに「あなたは、ユダヤ人の王ですか」と尋ねましたが、イエスは、「そのとおりです」とご自分が「王」であるとお認めになられました。

この15章には六回にわたって「ユダヤ人の王」または「イスラエルの王」ということばが繰り返されます(2,9,12,18,26,32)。当時の人々が待ち望んでいた救い主は、「ユダヤ人の王」としてローマ帝国からの独立を勝ち取る軍事指導者でしたが、イエスもご自分が「」であること認められたのです。

 

ただし、当時のローマ帝国の法律では、イエスが実際に群集を帝国への反抗へと扇動しない限り十字架刑にはできません。ですから、祭司長たちは、イエスが群衆を扇動していたと「きびしく訴え(15:3)ました。祭司長たちはありもしない罪をでっち上げてでも、イエスを独立運動の指導者として認めさせる必要がありました。

祭司長たちは、確かにイエスの人気があまりにも高いので、たといイエスが拒否しても、民衆がイエスを独立運動の指導者に祭り上げてしまうと恐れていたかもしれません。ユダヤに独立運動が勃発したら、ローマ軍が鎮圧に動きだし、自分たちの生活はますます圧迫されます。ある意味で、彼らはそのような政治的な打算のもとにイエスを訴えたことでしょう。

そして、ユダヤ人の独立運動は、ピラトの失点にもなるということを暗に訴えたことでしょう。

 

ところがピラトは、祭司長たちの訴えを聞きながら、彼らのことばには合理性がないことに気づきました。なぜなら、イエスがユダヤ人の最高議会で全員一致の死刑判決を受けた理由は、民衆を扇動したことではなく、自分を神と等しくしたという冒涜罪にあったからです。死刑判決の理由が勝手に変えられたのです。

しかし、ローマ帝国の法廷では、ユダヤ人の神への冒涜罪で、死刑判決は下せません。その矛盾をピラトは気づいていました。彼は、イエス自身が、その彼らの矛盾を指摘してくれることを内心は願っていたことでしょう。

その思いが、ピラトのイエスに対する再度の質問、「何も答えないのですか。見なさい。彼らはあんなにまであなたを訴えているのです(4)という問いかけです。そこには、イエスが弁明さえすれば、この愚かな裁判を終えられるという期待がありました。

 

ところが、「それでも、イエスは何もお答えにならなかった。それにはピラトも驚いた(15:5)というのです。これはピラトにとって到底理解できないことでしたが、それこそが、イザヤ537節に記された主のしもべの姿でした。

そこでは、痛めつけられても、彼はへりくだり、口を開かない。ほふり場に引かれる羊のように・・・。毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない」と預言されていました。

エスは、人々が期待する救い主の姿ではなく、イザヤが預言した「主(ヤハウェ)のしもべ」の姿を生きておられたのです。

しかも、それに続くイザヤ5310節には、「彼を砕き、病とすることは、主(ヤハウェ)のみこころであった。もし、彼がそのいのちを罪過のためのいけにえとするなら、末長く、子孫を見ることになる。主(ヤハウェ)のみこころは彼によって成し遂げられる」と記されていました。

イエスはご自分を「罪過のためのいけにえ」とするのが、「主のみこころ」であると確信していたため、敢えて、ピラトの前で沈黙を守っていたのです。

そして、本来、エルサレム神殿はイスラエルの民の罪をあがなうための神が与えたシステムでした。そこで、イエスはご自分の死を通して、神殿を完成しようとされたのです。

 

それにしても、祭司長たちがイエスを殺したいと願った最大の理由は、イエスが自分たちの生活の基盤であるエルサレム神殿の秩序を壊そうとしていたと解釈したからです。イエスは彼らの既得権益に挑戦したのです。

一方イエスはイザヤ53章12節にあるように、「そのいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに数えられた」、つまり、犯罪人の仲間とされることこそ、神のみこころであると信じ、ピラトの前で沈黙を守りました。

自分の身を守るために平気でうそをつく祭司長たちと、ご自分が無罪でありながら、有罪判決を受けることが主のみこころであると確信して沈黙を守るイエスの対比がここでは強調されています。

イエスの沈黙に、王としての威厳が現されています。

 

3.「見とれるような姿も、輝きも彼にはなく、私たちが慕うような見ばえもない。」

ピラトは、イエスに「帝国への反逆罪」を適用するには無理があることを認めながら、責任のがれのための妥協策を考えますが、その初めのことが、156-8節において、「ところでピラトは、その祭りには、人々の願う囚人をひとりだけ赦免するのを例としていた。たまたま、バラバという者がいて、暴動のとき人殺しをした暴徒たちといっしょに牢に入っていた。それで、群衆は進んで行って、いつものようにしてもらうことを、ピラトに要求し始めた」と描かれます。

ピラトは、誰の目からも十字架刑にふさわしいバラバという人と、イエスのふたりを並べることによって、イエスを釈放できると考えたことでしょう。なぜなら、群集は、つい五日前にイエスを「ダビデの子」、つまり「ユダヤ人の王」として歓迎していたのを知っていたからです。

それでピラトはそれを期待しつつ、「このユダヤ人の王を釈放してくれというのか」と言いました。その理由が、「ピラトは、祭司長たちが、ねたみからイエスを引き渡したことに、気づいていたからである」と記されます。彼は、祭司長たちがイエスの人気をねたんでいたことに気づいていたからこそ、民衆はイエスの釈放を願ってくれると期待していました。

ところが、民衆には民衆の期待がありました。彼らは自分たちを独立に導いてくれる強いリーダーを求めていたのです。それで彼らはイエスの惨めな姿を見て裏切られたような気持ちを味わっていました。それこそ、祭司長たちの思惑どおりでした。

そのことが11節で、「しかし、祭司長たちは群衆を扇動して、むしろバラバを釈放してもらいたいと言わせた」と描かれます。

 

彼らは、宗教指導者の説得に応じてバラバの釈放を願い、本来彼が受けるべき刑罰をイエスに要求しました。彼らは、無抵抗のイエスを見て、自分たちの期待が裏切られたことに腹を立てたのだと思われます。

ピラトはユダヤ人を皮肉って、「あなたがたがユダヤ人の王と呼んでいるあの人を、私にどうせよと言うのか」と尋ねますが、すると彼らはまたも「十字架につけろ」と叫んだというのです(13)

それに対し、ピラトは彼らに、「あの人がどんな悪い事をしたというのか」と言いました(14)。これは本当に群衆が自分自身に問うべき質問でした。ところが、彼らはますます激しく「十字架につけろ」と叫んだというのです。

その後のことが、「それで、ピラトは群衆のきげんをとろうと思い、バラバを釈放した。そして、イエスをむち打って後、十字架につけるようにと引き渡した(15)と記されます。

暴動で人を殺したバラバは、「ユダヤ人の王」の身代わりとして釈放されました。これは、イエスが真にユダヤ人の王であるからこそ、一人のユダヤ人が王の権威によって恩赦に浴したと解釈することもできましょう。

 

当時のローマ総督は、民衆をうまく治めることができないと、すぐにローマ皇帝によって首を挿げ替えられる不安定なものでした。それでピラトは自分の身に危険が及ばないように、ローマの法律では死刑にできないはずの人に死刑判決を下しました。

人間的な見方をするなら、ピラトはローマ帝国の権威を代表している存在であり、イエスは彼の心ひとつで死刑にされるひ弱な存在です。しかし、イエスの言動を注意深く見るなら、この場を支配しているのは、ピラトではなくイエスご自身です

まさにイエスはローマ帝国の権威を上回る王として、十字架刑の判決を引き出されたのです。

 

そして、このとき人間としてのイエスは、不当な判決を受け、その直後に厳しい「むち打ち」の刑を受けながら、イザヤ535節のみことば、「彼は、私たちのそむきのために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちの平和(シャローム)、その打ち傷が私たちのいやしとなった」を味わっていたのではないでしょうか。

イエスは、ご自分が不当な苦しみに耐えることが、すべての人にとっての「平和」「いやし」を生み出すことになると確信していました。イエスはそれをイザヤ書から読み取っておられたのです。

後にペテロはこれを引用しつつ、「キリストは・・自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました・・・キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたはいやされたのです(Ⅰペテロ2:24)とイエスの御苦しみの意味を語りました。

 

16-19節にはローマの兵士たちがイエスをあざける様子が描かれます。「紫の衣を着せ、いばらの冠を編んでかぶらせ」たというのは、王の格好をさせたという意味ですが、月桂樹の代わりに「いばら」で冠を編んだのは何よりの侮辱です。

その上で、「兵士たち」は、「ユダヤ人の王さま。ばんざい」と叫んであいさつをすることで、イエスとユダヤ人の両方を侮辱しました。

そして、「葦の棒でイエスの頭をたたいたり、つばきをかけたり、ひざまずいて拝んだりしていた」と、その嘲弄の様子が生々しく描かれます。葦の棒」とは彼らが王酌に見せるためにイエスに持たせたものです。彼らはイエスをテロリストの王に見たてて日頃の憎しみをぶつけたのかもしれません。全世界の救い主が、何という嘲りを受けたことでしょう。

そして、「彼らはイエスを嘲弄したあげく、その紫の衣を脱がせて、もとの着物をイエスに着せた。それから、イエスを十字架につけるために連れ出した(20)と描かれます。

 

  ところでイエスは、そのような嘲りを受けながら、イザヤ531-4節のみことばを思い巡らしていたのではないでしょうか。そこには、「主(ヤハウェ)の御腕は、だれの上に現されたのか。彼は御前で若枝のように芽生えたが、乾いた地から出ている根のようだった。見とれるような姿も、輝きも彼にはなく、私たちが慕うような見ばえもない。さげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった」と記されています。

イエスは、ご自分を何と、「主の御腕の現れ」と意識しながら、主の救いは、人々のあざけりやののしりに耐えることによって実現できると信じておられました。まさに、イエスは神によって立てられた真の王としての自覚を持つからこそ、あざけりに耐えることができたのです。

私たちは、自分の存在価値を高く評価してくれる方の語りかけを聞き続けることによってのみ、不当な非難に耐えることができます。

 

  イエスの苦しみにはイザヤの苦難のしもべの姿を実現するという創造的な意味がありました。そして、イザヤの預言の書き出しには、見よ。わたしのしもべは 栄える。高められ、上げられ、はるかにあがめられる。多くの者があなたを見て唖然とするほどに、その見ばえも失われて人のようではなく、その姿も人の子らと違っていたのだが・・・。そのように、彼は多くの民を驚かせ、王たちはその前で口をつぐむ。彼らは、まだ告げられなかったことを見、まだ聞いたこともないことを悟るからだ(52:13-15)と記されていました。

主のしもべ」としての「栄光」は、この世の常識の逆転によって現されるというのです。私たちは知らないうちに、この世的な成功や栄光の基準によって自分の価値を測ってはいないでしょうか。

イエスの十字架と復活は、世界の価値観を変えました。私たちは世の不条理に振り回され、敗北者の道を歩むように見えても、「圧倒的な勝利者」(ローマ8:37)とされているのです。

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2013年3月 3日 (日)

マルコ14:43-72「人の弱さを知っておられる救い主」

                                                   201333

ペテロは確かに弟子たちのリーダーでした。カトリック教会の総本山はペテロの墓の上に立っており、まもなく異例の交代を迎えようとしているローマ法王はペテロの後継者と呼ばれています。それは根拠のないことではありません。確かに、イエスは弟子のペテロに向かって、「あなたはペテロ()です。わたしはこの岩(ペトラ)の上にわたしの教会を建てます」(マタイ16:18)と言われたからです。

そのように考えると、ペテロはよほど立派な人間であると思われて当然ですが、よくよく聖書を見ると、彼は救いようのないほどの偽善者、臆病者、嘘つきであることが赤裸々に記されています。

 

一方、イエスは本日の箇所で、ご自分を預言者以上の救い主、全世界の支配者として示しておられます。それは主がペテロの失敗を事前にご存じで、それを通して彼を作り変えてくださったことの中に現されています。そして、主は「不動の者」と変えられた彼の信仰告白の上にご自身の教会を建てておられます。ペテロを作り変えた御霊が私たちに与えられています。私たちはみなペテロの後継者です。  

 

1.「するとみなが、イエスを見捨てて、逃げてしまった」

  人としてのイエスにとっての最も厳しい戦いは、このゲッセマネの園での祈りでした。イエスはこの時、ご自分の肉の身体から生まれる願望を、御父に向かって包み隠さずに表現し、「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください」と願われ、その上で、「あなたのみこころのままをなさってください」と三度も祈られました(14:36)

そこには、究極の恐れの表現と、究極の献身の告白があります。私たちは自分の肉の弱さを正面から認めないからこそ、恐れに振り回されるのではないでしょうか。

この後ペテロは三度、イエスを知らないと言います。三度の祈りと三度の否認が対照的に描かれています。

 

イエスは、この祈りの戦いに勝利した結果、「罪人たちの手に渡される(41)ために雄々しく前に進まれました。これは剣を振り回すよりもはるかに勇気の要ることです。

イエスがまだ話しておられる時、ユダに導かれた群衆がイエスを捕えに来ました。ユダは、敢えて「十二弟子のひとり」と強調され、不気味な印象を与えています。

 

ユダヤ人の指導者たちは、イエスが多くの民衆から支持されていることから、昼間にイエスを捕らえようとすると暴動になるのではないかと恐れ、夜陰にまみれてイエスだけを一気に捕らえ、無力になったイエスを民衆に見せて、彼らの幻想を打ち砕こうと計算しました。

そのため、確実にイエスを捕らえるための内通者を求めていたのです。そして、弟子たちの会計係をしていたユダが、進んでその役を申し出ました。ユダは、イエスがご自分の十字架の死を繰り返し予告するようになったことに、裏切られた思いを味わっていたのかもしれません。

 

「すると人々はイエスに手をかけて捕らえた」と記されながら、同時に、「そのとき、イエスのそばに立っていたひとりが、剣を抜いて大祭司のしもべに撃ちかかり、その耳を切り落とした」と描かれます(14:46,47)

ヨハネによると剣を抜いたのはペテロです。イエスは、「心は燃えていても、肉体は弱いのです(14:38)と言っておられましたが、ペテロはまさに熱い思いに駆り立てられ、瞬時のうちに、イエスを守ろうと大胆に行動したのです。

イエスはそこで彼らに向かって、「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってわたしを捕らえに来たのですか。わたしは毎日、宮であなたがたといっしょにいて、教えていたのに、あなたがたは、わたしを捕らえなかったのです。しかし、こうなったのは聖書のことばが実現するためです(48,49)と彼らの暴力的な行動を非難しました。

確かに、ユダヤ人の指導者はイエスが武力革命の指導者になり得る存在として警戒していました。そして、ユダもイエスにそのようなメシアになることを期待していたからこそ裏切ったとも解釈できます。

それに対しイエスは、ご自分をいつでも彼らの前に現して、神の国について語っていたということを思い起こさせようとしています。それは第一に、彼らはイエスの話を聞いているようで聞いていなかったことを非難したものであり、第二に、彼らが群衆の顔色を窺って、自分たちの身を守ることを優先したという卑怯さを指摘するためでした。

そして、みことばの成就とは、たとえばイザヤ5312節などにあるように「彼は・・そむいた人たちとともに数えられた」ということを指します。イエスは、ご自分を被害者としてではなく、積極的に預言を成就する者として彼らに提示されたのです。

 

ところが弟子たちはそれが分かりませんでした。彼らの「霊は燃えて」いましたが、「肉体は弱い」ので彼らを逃亡へと駆り立てました。それが、「すると、みながイエスを見捨てて、逃げてしまった(50)という行動です。

これが、「たとい、ごいっしょに死ななければならないとしても・・・(14:31)と言っていた弟子たちの真の姿でした。マルコでは、「弟子たちが・・・」と書く代わりに、「みなが・・」と描いています。それは彼らが自分の身を守るために、イエスの弟子であることをやめたということを示唆しているのかもしれません。

 

5152節には他の福音書には記されていなことが、「ある青年が、素はだに亜麻布を一枚まとったままで、イエスについて行ったところ、人々は彼を捕らえようとした。すると、彼は亜麻布を脱ぎ捨てて、はだかで逃げた」と描かれています。これはこの福音書を書いたマルコ自身ではないかと多くの学者は推測します。

使徒の働きでは、第一回目の伝道旅行の途中でマルコがエルサレムに帰ってしまい、パウロは彼を第二回目の伝道旅行に同行させることを強く拒んだと描かれます。

マルコは臆病さのゆえに、はだかでイエスの前から逃亡し、また、後にはパウロの前からも逃げ去ったようなものですが、そんな自分の姿を反省してここに記録したのでしょう。

 

多くの人は恐怖や不安を紛らわすことに夢中になります。しかし、私たちはそれを祈りによって解決します。それこそがイエスの姿でした。抑圧された恐れは、後でその人を罪へと駆り立てます。

それを正面から見据えて、それを父なる神に訴えるところに勝利があるのです。

 

2.「人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見るはずです」

その後のことが5354節では「彼らがイエスを大祭司のところに連れて行くと、祭司長、長老、律法学者たちがみな、集まって来た。ペテロは、遠くからイエスのあとをつけながら、大祭司の庭の中まで入って行った。そして、役人たちといっしょにすわって、火にあたっていた」と描かれます。

ペテロは少なくとも、一度はイエスのもとから逃げながらも、隠れるようにしてイエスの「あとをつけながら」、大祭司の庭の中にまで入って行って、役人たちに紛れ込むところまで近づいたというのです。

マルコは、イエスがユダヤの最高議会で裁判を受ける場面を、まるでサンドイッチのように、敢えてペテロの臆病な行動に挟まれるような構成で描いています。

 

そして、5556節では、「さて、祭司長たちと全議会は、イエスを死刑にするために、イエスを訴える証拠をつかもうと努めたが、何も見つからなかった。イエスに対する偽証をした者は多かったが、一致しなかったのである」と描かれます。イエスはユダヤ人の最高議会で裁判を受けますが、それは「イエスを死刑にするため」との結論を決めた上で、「訴える証拠をつかもう」とするものでした。

そのような中で多くの偽証者が現れます。何とここで、ユダヤの宗教指導者は、「あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない(出エジプト20:16)という十戒に堂々と違反しながら、イエスを神殿と神への冒涜という律法違反によって死刑に定めようとしています。

彼らはイエスを恐れる余り、目的にためには手段を選ばないという政治的な行動を取ったのです。

 

  決定的な偽証は、「数人が立ち上がって」、「私たちは、この人が『わたしは手で造られたこの神殿をこわして、三日のうちに、手で造られない別の神殿を造ってみせる』と言うのを聞きました」というものでした(5758)。イエスは確かに、当時のエルサレム神殿の崩壊を預言しましたが(13:2)、ご自分で破壊するとは言っていません。

ヨハネ福音書219節では、イエスが「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう」と言われたことが記されますが、それは、目に見える神殿を建て直すことではなくご自身の復活を語るためでした。

マルコにはそのことばは記されていませんが、イエスは宮清めという大胆な行動によって、当時の神殿のシステムを断罪するとともに、神殿の崩壊を預言していました。それは当時の宗教指導者にとっては許しがたい冒涜と思われました。ですから、この偽証の背後には、イエスを神殿冒涜者として断罪しようという思いがありました。

 

  しかし、「この点でも証言は一致しなかった」と記されます(59)。証言が一致しなければイエスを死刑に定めることはできません(申命記17:6)。それで大祭司はイエスを死刑にする口実を見つけ出そうと積極的に問いかけたということだと思われます。

そのことが、「そこで大祭司が立ち上がり、真ん中に進み出てイエスに尋ねて」、「何も答えないのですか。この人たちが、あなたに不利な証言をしていますが、これはどうなのですか」と言ったと記されます。

それに対するイエスの反応が、「しかし、イエスは黙ったままで、何もお答えにならなかった」61節)と描かれます。イエスはご自分の身を守るための弁明は一切しようとしませんでした。

 

  そこで大祭司は、さらにイエスに尋ねて、「あなたは、ほむべき方の子、キリストですか」と言いますが、イエスはこの質問に対しては、「わたしは、それです」と断言しました(6162)。それはご自分がどのような立場で十字架にかかるのかを明確にするためでした。

そればかりかイエスは続けて、「人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見るはずです」(62)と途方もないことを言われました。

 

イエスはかつて、1235-37節で、キリストはダビデの子である前にダビデの主であり、神の右の座に着く全世界の支配者であることを、詩篇110篇を引用して語っていましたが、ここでは直接にご自分がそのような存在であることを断言しました。

 

それと同時に、イエスは1326節で、人の子が栄光の雲に包まれて現れるということを、ダニエル713節を引用しつつ話しましたが、ここでは「それをあなたがたは見るはず」だと言われたのです。

これは孫悟空のように雲に乗ることを意味するのではありません。「昼は雲の柱」などとあるように、雲は神の栄光の象徴です。それはご自身が、預言された救い主としての栄光を現わすと宣言するためでした。

 

しかし、イエスは今、弟子たちにも逃げられ、ひとりぼっちで無力に立っているのです。それに対して彼らがこれを神への冒涜と捉えたことは無理からぬことです。

その様子が、「大祭司は、自分の衣を引き裂いて」、「これでもまだ、証人が必要でしょうか。あなたがたは、神をけがすこのことばを聞いたのです。どう考えますか」と問いかけ、「すると、彼らは全員で、イエスには死刑に当たる罪があると決めた」と描かれます(6364)

 

彼らがイエスに死刑を宣告した後のことが、「ある人々は、イエスにつばきをかけ、御顔をおおい、こぶしでなぐりつけ、『言い当ててみろ』などと言ったりし始めた。また、役人たちは、イエスを受け取って、平手で打った」と描かれます(65)。「言い当ててみろ」ということばは、厳密には、預言しろ」と記されています。

これはイエスが預言者以上のキリストであるなら、眼を塞がれていても、誰が殴ったかを言い当てることができて当然であるという嘲りです。

これはイエスが決してキリスト、つまり「救い主」ではあり得ないことを印象付けるための行動ですが、この福音書を読む者は、イエスがペテロの失敗を正確に「預言し」ていたことを知っています。この後、ペテロがまさにイエスの言われた通りの行動を取ったことが描かれ、イエスが預言者以上の者であることが示されます。  

 

世の多くの人は、イエスが無実の罪で十字架にかけられた悲劇の主人公であるかのように考えます。しかし、イエスが死刑判決を受けた直接のきっかけは、ご自身がダニエル7章の預言の成就者だと宣言したことにあります。しかもイエス目の前の祭司長や議員に向かって、あなたがたは見るはずです」と言われ(14:62)、それがキリストの再臨以前に、目の前の彼らの世代に起こると言われたのです。

そしてイエスの十字架を見たローマの「百人隊長」が、「この方はまことに神の子であった」と告白したときにイエスの預言は成就しました。つまり、十字架でイエスの栄光が現わされたのです。

イエスが引用されたダニエル書には、この世の権威が裁かれ、あなたがキリストとともに王とされ、栄光に包まれ、すべての問題が解決することが約束されています。あなたにとっての救いの理解は狭過ぎはしないでしょうか。今も起こる奇跡や病の癒しは、救いの完成のしるしなのです。

 

3.「鶏が二度鳴く前に、あなたは、わたしを知らないと三度言います」

その一方でペテロの身に起こったことが次のように描かれます。ペテロはイエスが捕まえられた後を隠れてついて行き、裁判が行なわれている大祭司の家の中庭にまで入りました。その点では、逃げ続けた他の弟子たちよりも評価できます。

ただしそこで、「ペテロが下の庭にいると、大祭司の女中のひとりが来て、ペテロが火にあたっているのを見かけ、彼をじっと見つめて」、「あなたも、あのナザレ人、あのイエスといっしょにいましたね」と問いかけると(6667)、とっさに「ペテロはそれを打ち消して」、「何を言っているのか、わからない。見当もつかない」と言って、「出口(前庭)のほうへと出て行った」というのです(68)

多くの聖書翻訳では新改訳の脚注にあるように、「すると鶏が鳴いた」ということばを加えています。マルコの福音書では、イエスはかつて1430節で、ペテロに向かって、「あなたは、きょう、今夜、鶏が二度鳴く前に、わたしを知らないと三度言います」と言われたことが記されていますが、ここではペテロが一度目に鶏が鳴いたのを聞いても、悔い改めなかったということが強調されているのだと思われます。

その後のことや他の福音書を見ると、ペテロは「大祭司の庭(54)自体から出たのではなくその「下の庭(66)から「前庭(68節別訳)に移動したという意味です。

 

ペテロは恐怖心と必死に戦いながら、イエスへの愛のゆえに、「大祭司の庭」に留まり続けました。それ自体は賞賛に値することでしょうが、彼の心は大きく揺れていました。

ただしペテロは、そこで自分の弱さを見つめ、真剣に神の助けを求めて祈っていたわけではなかったと思われます。私たちは、心が揺れるからこそ真剣に祈る必要があるのですが、彼の心は、一度目の鶏の鳴き声を聞いても、かたくななままでした。

 

その時の様子が、「すると女中は、ペテロを見て、そばに立っていた人たちに、また、『この人はあの仲間です』と言いだした。しかし、ペテロは再び打ち消した」と描かれます(6970)

つまり、これはとっさの嘘ではありません。とにかく、明らかになるのは、二度目の否認は、とっさの自己防衛ではなく、反省の時間を十分にとることができた上で、複数の人々の前で指摘を受けながら、断固として、イエスとの関係を否定したということです。

 

そして、ルカ2259節によると二度目と三度目の否認の間にも一時間もの時間があったことが明らかになります。そのような中で、「しばらくすると、そばに立っていたその人たちが」、「確かに、あなたはあの仲間だ。ガリラヤ人なのだから」と言ったと記されます。

そのときのペテロの反応が、「彼はのろいをかけて誓い始め」、「私は、あなたがたの話しているその人を知りません」と言ったと描かれています(71)。それは、「私のことばが嘘なら、神にのろわれても構わない」と宣言することです。

ペテロの態度は、イエスばかりか、父なる神のさばきをも否定するもので、その点では、ユダよりもなお罪深い行為であり、まったく弁解の余地はありません。ペテロの心の奥底には、救い難いほどの臆病さと不信仰が隠されていたのです。何という絶望でしょう!

 

イエスは、ペテロを初めとする弟子たち全員に、「からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません・・・人の前でわたしを知らないと言うような者なら、わたしも天におられるわたしの父の前で、そんな者は知らないと言います(マタイ10:2833)と警告しておられました。

そのときペテロは、「それは私の問題ではない!」と思ったことでしょうが、それが今、深刻な自分の問題になっているのです。

 

  そしてここでは、「するとすぐに、鶏が、二度目に鳴いた。そこでペテロは、『鶏が二度鳴く前に、あなたは、わたしを知らないと三度言います』というイエスのおことばを思い出した」と描かれます(71)

ペテロは、本当に命懸けでイエスを守るつもりでした。しかし、イエスはペテロ以上に彼の弱さを知っておられ、ご自分のゲッセマネの祈りの様子を見せ、また、正確に彼の失敗を預言しておられました。

それらすべてがわかった時、「それに思い当たったとき、彼は泣き出した(72)のでした。そこには、イエスに向かっての明確な謝罪を含んだ悔い改めがありました。

ペテロは、自分に何の言い訳の余地もないことを、淡々と自分の書記として働いていたマルコに記録させています。これほど赤裸々に自分の失敗を記録させたこと自体に彼の悔い改めの真実さが現れています。

ペテロの弱さを通して、イエスこそが真の王であり、救い主であることが明らかなっています。

 

  私たちはとんでもない失敗や罪を犯すことがあります。しかし、イエスはどんな人をも再び立たせることができます。自分で自分を変えられるなら、また自分の力によって神に喜ばれる生き方ができるなら、イエスは十字架にかかる必要はありませんでした。

神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします」(Ⅱコリント7:10)とありますが、前者の代表はペテロ、後者の代表はユダです。彼らはふたりとも救い難い罪人でしたが、イエスに向かって悔い改めたか、それともイエスに心を閉ざし続けたかで、ひとりは最高の教会指導者にひとりは永遠ののろいへと分かれたのです。

 

私たちの人生の挫折や失敗は、神と人との交わりを豊かにする契機とされます。自分の無力さを知れば知るほど、イエスの十字架の意味が分かり、人への優しい眼差しが養われるからです。

ペテロはこれによって文字通り、「心の貧しい者(poor in spirit)」とされました。それは謙遜の美徳を指す以前に、「霊的に貧しい人」を意味します。主の救いは、「私は大丈夫」という人ではなく、何よりも自分の救い難さを自覚した人にこそ及ぶのです。

 

ペテロはこの体験を通して、他の弟子たちの弱さを軽蔑する代わりに、共感できるようになったことでしょう。彼は、福音を語るたびに、自分の愚かな失敗を証ししました。彼の愚かさと、主のあわれみがセットになって、人を慰め励ましたのです。

しかも、それを聞く者は、必ず、ペテロを真の自己認識と悔い改めに導いたイエスの愛を理解します。だからこそ、ペテロの後継者たちは、彼とは反対に、命懸けでイエスへの信頼を貫くことができたのです。

つまり、彼の救い難いほどの弱さを通して、どんな人をも造り変えるイエスの真実が証しされました。あなたがどんなに不信仰でも、イエスはあなたを立たせることができるのです。

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