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2014年4月29日 (火)

「福音の再発見」牧師会レポート

「福音の再発見」 

                             自由福音教会連盟牧師会 講演ノート  20144月 高橋秀典

愛する家族を津波や地震で失われた方に、「神の怒りのさばきからの救い」というかたちで福音を提示することに葛藤を持つ方々が増えている。たとえば、原発事故の影響を始め、この世界で様々な悲惨を味わっている人に、「あなたは罪人であり、神はどんな小さな罪をもさばく方であられる・・・」という「悪い知らせ」で相手の恐怖心を煽って初めて、「イエスは罪からの救い主」という良い知らせを伝えることができるというアプローチは、本当に良いことなのだろうか・・・

たとえば、日曜学校で教えられた子供が、祖父母に向かって、「おじいちゃん、おばあちゃんは、イエス様を信じていないから地獄に落ちてしまうよ・・・」などと言うとしたら、それは福音の提示として健全と言えるのだろうか。

 

1.なぜ今、福音の再発見が必要か 

「福音の再発見」という日本語のタイトルの書が記された最大の動機に、「なぜ、“救われた”人たちが教会を去ってしまうのか」という問いかけがあった。米国で十代の若者(13歳から17歳)の総人口の60%近くがイエスを信じる決心をしているが、35歳になって信仰生活を続けている人は、総人口の6%になっている。特に福音派では90%の若者が信仰の決心をしているが、残るのは20%に過ぎない。著者のスコット・マクナイトは、このような信仰の決断を明確に促す教派に属しながら、そのような福音の提示の仕方に疑問を持つようになってきた。

また、この本の翻訳や出版に関わっている方々も、そのような福音派のただ中で信仰を育まれながら、熱心に教会の働きに関わりながらも、それに一部、違和感を覚えてきた。それは、私自身の問題でもある。私も1970年代の米国での交換留学中に、キャンパス・クルセードの「四つの法則」で信仰の決心に導かれた。

私たちに共通する課題、それは、聖書を誤りのない神のことばと信じ、日常生活の中でイエスを明確に救い主であり、主であると告白していながら、「個人的な信仰の決心を促すことを至上命題とする伝道方法に、何か、心の底にスッキリと落ちないものを感じていた・・・」ということであろう。

   マクナイトによれば、多くの福音派は、「救い派」と呼んでもよいもので、「罪人に自分の罪を認めさせ、イエスを救い主として受け入れるように説得する」ことを至上命題としている(p188)。しかし、それでは、イエスの救いは、極めて個人的なできごととなり、イエスが全世界の王として私たちを召し、私たちを世に遣わして、この世を変革しようとしておられるという神の救いの全体像が見えなくなってしまう可能性がある。

   「イエスを信じることによって、天国の保証が与えられた」という「救い」の話しと、「キリストの弟子として日々の課題に取り組む」という「弟子化」が分離されてはいないだろうか(p36の図)。伝道の動機が、地獄に向かっている人をひとりでも多く救い出すということになっており、「地獄の火の恐怖に動機づけられた伝道」となってはいないだろうか。伝道の動機が、恐怖となっていることは、さばき合いの文化をキリスト教会に生み出すことに寄与してはいないだろうか。

 

2.福音を聖書全体のストーリーから理解し直す

今回、問いかけたいのは、今までの福音理解が誤っていたというのではなく、もっと聖書全体の広い観点から、強調点を変えた福音の提示ができるのではないかということである。マクナイトの書のオリジナルなタイトルは「the King Jesus Gospel –the original good news revised」と記されている。イエスの救いを、「あなた個人の人生を滅びの道から救いの道へと変えてくださった」というよりも、神はこの世界全体を、神のシャロームに満ちた世界へと完成させるために、世界の王としてのイエスをお遣わし下さった」という、世界全体の救いの観点から話すべきではないだろうか・・・

少なくとも、被災地におられる方々は、「被造物全体が今に至るまで、ともにうめき、ともに産みの苦しみをしているのを知っています」(ローマ8:22)という「被造物のうめき」を身近に感じておられるのではないだろうか。また、突然の悲劇に見舞われた方々は、「起きてください。主よ。なぜ眠っておられるのですか。目をさましてください。いつまでも拒まないでください。なぜ御顔をお隠しになるのですか。私たちの悩みとしいたげをお忘れになるのですか(詩篇44:23,24)などという、バビロン捕囚下でのイスラエルの民のうめきに共感を覚えるようになっていると思われる。

私たちは自分たちを「プロテスタント」と位置付けているが、これは歴史的には、カトリック教会が幼児洗礼の効力を絶対的に認めながら「神への恐れ」を生み出すために、天国に行く前の「煉獄でのきよめのためのさばき」の教えを作りだしたことに抗議したところから始まったと言えよう。ルターの「抗議」(プロテスト)の原点は、煉獄の教えを広めて免罪符を売りつけるという、当時のカトリック教会への無軌道に対する反発であった。したがって、その教えの中心には、「私たちは、イエスを救い主と告白することによって神の前に義とされる」、「すべての善行は、イエス・キリストへの信仰を原点として生まれる」という教えがあった。ただ、その後、神の選びと人間の責任の関係を巡って、カルヴァン主義とアルミニウス主義に分かれて行くが、それでも救済論のテーマの中心は常に「個人のたましいの救い」の問題だった。

しかし、聖書全体の流れからすると、イスラエルの民が「救い主」を待ち望んだ背景は、あくまでもバビロン捕囚からの解放を望んだことにあった。たとえばダニエルは、バビロン捕囚が七十年で終わると期待して神に祈っていたが、御使いガブリエルから、すべての問題が解決するまでになお「七十週(原文「七を七十」)、つまり、七の七十倍という途方もない年月が必要だと告げられた(ダニエル9:24)。実際、イスラエルは、バビロン帝国の支配から解放されても、ペルシャ、ギリシャ、ローマ帝国に支配され続けていた。イエスの時代の人々は、紀元前164年に、ギリシャ人の王アンティオコス・エピファネスによって汚された神殿が、ユダ・マカベオスに導かれたユダヤ人兵士たちによってきよめられ、一時的に独立国家を立てたことを思い起こしながら、そのような解放者の現れを待ち望んでいた。しかし、きよめられたはずの神殿には、「契約の箱」すらなく、ソロモンの神殿のように「主の栄光がこの宮に満ちた」(Ⅱ歴代7:2)」ということもなかった。それどころか、マカベオスは、その三年後に戦死するが、その直前に、彼は何と、当時台頭しつつあったローマ共和国と同盟を結び、その百年後に、ローマ軍がエルサレムを支配する道を開いてしまっていた。

イエスの時代の人々にとっての「救い」とは、真の意味でのバビロン捕囚からの解放であり、それは、エルサレム神殿に主の栄光が戻ってくることと、異教の帝国からの解放にあった。それに対し、イエスの救いは第一に、破壊された神殿を三日で建てること(ヨハネ2:19-21)、つまり、ご自身の十字架と復活によって神殿を完成することであった。イエスは既に「まことの聖所に入り、永遠の贖いを成し遂げられた(ヘブル9:12)ばかりか、復活によって神の民の共同体を立ててくださった(詩篇22:22-31、ヘブル2:9-12)。また第二に、剣の脅しによって人々を支配していたローマ帝国において、「悪魔という死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださる(ヘブル2:14,15)とあるように、死の力を滅ぼすことによって人々を、武力による圧政から解放してくださることであった。

私たちはしばしば、当時のユダヤ人は「ローマ帝国からの独立」という誤った意味での「神の国」を求めていたと言いがちであるが、イエスは彼らの期待を否定する代わりに(使徒1:6-8)、より大きな「救い」を与えてくださったのである。ユダ・マカベオスは、「神殿の完成」と「異教の帝国からの解放」という「救い」を求めながら、その働きの半ばで息絶えたが、イエスはその十字架と復活によって、それを成し遂げてくださった。イエスが開いた「神の国」は、当時の人々の期待をはるかに上回るものとなった。イエスの弟子たちは、カナンの地に置かれていた目に見える神殿から解放され、各地で信仰共同体を築きつつ世界中に「神の国」を広げた。また、「ローマ皇帝を私の主」と告白させようとする社会で、剣の脅しに屈することなく、「イエスこそが私の主である」と告白する者たちが増え広がり、最後には、ローマ皇帝がイエスの前にひざまずくという道を開くことができた。イエスが開いた「神の国」は、ローマ帝国を凌駕したのであった。

たしかに、ローマ帝国においてキリスト教が国教となったことから様々な問題も発生したという点を私たち自由教会運動は主張しがちではあるが、それ以前に、イエスの福音がローマ帝国の圧政に打ち勝ち、その社会制度までも変える力があったということを忘れてはならない。イエスの復活によって、「神の国」がこの地に始まったのである。

 

3.バビロン捕囚の中で記された祈りを、原発事故で苦しむ日本の祈りへと変える

ある牧師が被災地支援に懸命に関わりながら、そのエネルギーが「怒り」から生まれていることに、しかもそこに「神への怒り」があることに気づいたと書いておられた。それは、「なぜ」という「問い」に神が沈黙しておられることから生まれていた。しかし、同時に、そこでそのような「祈り」を導き、引き受け、そこに「希望」を生み出してくださる神を見いだすことができ、心が自由にされたと書いておられた。先に引用した詩篇44篇を始め、バビロン捕囚下で記された多くの祈りには、神ご自身が私たちの「怒り」のような訴えを受け止め、「希望」へと変えてくださる祈りが満ちている。

神はイスラエルに律法を与えられた時、それを守る者への「祝福」と同時に、それを軽蔑する者への「のろい」を警告しておられた。バビロン捕囚はその「のろい」が実現したものだが、イスラエルの民はそれを謙遜に受け止めることから、それ以降、主(ヤハウェ)のみに向かって祈る民へと変えられた。現代に続くユダヤ人のアイデンティティーはそこから始まっている。興味深いのはそこに、神への悔い改めと同時に、「いつまで」また、「なぜ、この苦しみを放置しているのですか」という趣旨の、神と格闘するような祈りが次々と生まれ、それが詩篇として残されたことである。

東日本大震災の悲惨も、大きな意味では、「不義をもって真理をはばんでいる人々のあらゆる不敬虔と不正に対して、神の怒りが天から啓示されている」(ローマ1:18)という枠の中でとらえることができる。しかし、それは決して、今この時に、東北地方に、罪に対する「のろい」が下ったという意味ではない。「神の怒り」は、もっと根本的なこと、人類の父祖アダムの罪に対するものであることを私たちは思い起こすべきであろう。私たちもバビロン捕囚を通して創造主への祈りを学ぶことができたユダヤ人の歴史に学ぶ必要があるのではなかろうか。そして、ユダヤ人がその悲惨の中から救い主を待ち望むようになったのと同じように、私たちもこの悲惨の中で、神の救いのご計画を思い起こす必要がある。それは、死後の世界としての天国とか地獄以前に、今この世界をどのように見るべきかという問いかけである。

神は、人間をご自身のかたちに創造され、この世界を治めさせようとされた。ところが、アダムは、蛇の誘惑によって、神のかたちとしての生き方を捨て、「神のようになり、善悪を知るように」なってしまった(創世記3:5,22)。それによって彼らはエデンの園から追い出され、「土地はあなたのゆえにのろわれてしまった(創世記3:17)という世界に住まざるを得なくなった。これは、イスラエルが神の律法を軽蔑し、北と南の大国を自分の知恵の力で手玉に取りながら、人間的な駆け引きによって生き残ろうとして、かえって大国の怒りを買って自滅し、約束の地を追われたことと同じである。

日本列島は、火山活動がなければ生まれなかったはずという原点に立ち返るなら、私たちは、創造主なる神のあわれみなしには国を保つことができないということを覚えるべきであった。ところが、最近の日本人は、火山列島に住みながら、傲慢にも、高い堤防を建てることによって津波を完全にふせぐことができると考えてきたのではなかろうか。

ビロン捕囚にも、原発事故にも、被造物にすぎない者が、「自分を神とする」という傲慢さを貫き通すことによって悲惨を招くという共通点が見られる。そして、神のさばきとは皮肉にも、「彼らが神を知ろうとしたがらないので、神は彼らを良くない思いに引き渡され、そのため彼らは、してはならないことをするようになりました(ローマ1:28)とあるように、人間にやりたいようにさせるということに現されている。確かに、「そんな雀の一羽でも、あなたがたの父のお許しなしには地に落ちることはありません」(マタイ10:29)とあるように、すべてのわざわいを、人知を超えた神のさばきの現れと見ることは大切だが、その悲惨を拡大しているのは人間の傲慢さという罪にあることを忘れてはならない。

そして、バビロン捕囚において、無力な民集がだれよりも苦しんだのと同じように、日本の原発事故でも責任のない一般民衆が犠牲となってしまう。バビロン捕囚とは、罪に対する神のさばきということばかりか、人間と富と権力の支配下で社会的弱者が苦しむという不条理としても描かれている。そのような中で私たちは、詩篇の作者と同じように、弱者の味方となってくださる公平な神のさばき(ご支配)の現れを求めて祈ることができる。なお、黙示録では「大バビロン」の支配が描かれているが、イエスこそは、そのような大バビロンの支配から私たちを解放してくださる真の「王」であられる。そして、それは、私たちに来たるべき世のいのち(永遠のいのち)を保証することによって、富と権力の支配から解放してくださることを通してなされる。バビロン捕囚からの救いが、キリストの再臨による救いの完成に重なっているのである。

 

4.罪の根本とは、神の支配の簒奪者となること

マクナイトは、人間の罪の問題を、簒奪者(usurper)としての生き方として描いている(p195)。それは「神のもとで働く委託された統治者(God’s under-governor)ではなく、自分を神の立場において世界を支配したいと願うこと」である(P211)。それに対して、ピリピ26節のキリスト賛歌においては、キリストは神の御姿である方なので神と等しくあることを奪い取るべきこととは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿を取り、人間と同じようになられた」(2:6、7私訳)と表現されている。下線部ギリシャ語 ouvc a`rpagmo.n h`gh,sato to. ei=nai i;sa qew/| を新改訳のように、「神のあり方を捨てることをできないとは考えず」と訳すことは無理があるかもしれない。最近の英語訳でも、「did not count equality with God a thing to be grasped(ESV) 「did not regard equality with God as something to be exploited(NRS)  「did not consider it robbery to be equal with God(NKJ)と訳している。なお、マクナイトもこの箇所は、「Who, being in very nature God, did not consider equality with God something to be used to his own advantage; rather, he made himself nothing by taking the very nature of a servant, being made in human likeness.」と訳している。これらの訳に共通するのは、イエスは神の御姿であるからこそ、簒奪者としての生き方とは正反対の、仕える生き方をされたということである。 

イエスは、父なる神と同じように全能で、死ぬこともなく、この世のすべての束縛から自由な方であるからこそ、「神と等しくあることを奪い取るべきこととは考えず、ご自分を無にすることができた。イエスは御父と同じ本質をお持ちになりながらも、立場においては「」であられる。当時の文化では、家庭の父には絶対的な権威があったように、父なる神こそがすべての源、善悪の基準、すべての支配者であられ、御子はそれに「従う」ことが期待されていた。それゆえここは、イエスは御父と同じ思いで世界をお造りになった御子であられるからこそ、神(御父)の権威を侵害しようなどとは思われることもなく、それと正反対の「仕える者」(原文では「奴隷」)の「姿」を取ることができたと解釈すべきであろう。

そして、その結果が、「それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました」(ピリピ2:9)と記されているが、これは、キリストがそのように神と人とに仕える生き方を全うすることによって、「祭司の王国」としてのイスラエルの使命を全うしてくださったということを意味する。それは、神がイスラエルを選んでくださったのは、世界中の人々をご自身のもとに招くという目的のためであったからである。イエスこそは真の「イスラエルの王」として、十字架にかかり、三日目によみがえることによって、イスラエルに対する預言を「王」として成就してくださった。

 

  私たちは聖書を個人的救済論の立場からばかり読み過ぎた結果、キリスト信仰を地獄に落とされないための免罪符かのようにしてしまってはいないだろうか。ひょっとすると、現代の教会では、中世カトリックの煉獄の脅しと免罪符のセットの代わりに、地獄の脅しと信仰義認をセットに入れ替えたような福音理解を広めてはいないだろうか。

しかし、イザヤが描いていた「良い知らせ」とは、「あなたの神が王となる」という宣言であった(52:7)。そして、「主(ヤハウェ)のしもべの歌」においては、「主(ヤハウェ)の御腕は、だれの上に現されたのか」と問いかけながら、救い主の姿が、「見とれるような姿も、輝きも彼にはなく、私たちが慕うような見ばえもない。さげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた・・・まことに、彼が負ったのは私たちの病、担ったのは私たちの悲しみ」と記されている(53:1-4私訳)。つまり、神はご自身の王としての支配を、奇想天外にも、しもべの姿で現れたキリストを通して現されたというのだった。そして、私たちがクリスチャンとして歩むとは、そのキリストの生き方に習うことに他ならないのである。

イスラエルの民はバビロン捕囚からの解放者としての救い主を求めていた。そして、イエスはまさに、第二の出エジプトを導く救い主として、しもべの姿で現れ、十字架にかかってイスラエルの罪を贖って、復活された。しかし、それは当時のユダヤ人が期待したよりもはるかに大きな救いだった。「神の国」は、イエスの十字架と復活によって全世界に広がり始めた。それ以来、異邦人も、そのままで神の民とされることになった。そのために、キリストはご自身の霊を私たちに与えてくださった。私たちは聖霊を受けることで、神の民として、神の救いのご計画に参画できることになったのだ

 人間の罪の悲劇が、日本においては、バビロン捕囚ではなく、原発事故として現れたと言えよう。聖霊を受けた私たちは被造物のうめきを聞きつつ、ともにうめき、神の救いの完成を待ち望んでいる。しかし、それは、人間の富と権力による解決ではなく、イエスに習って互いに仕え合うという生き方を通して広がられて行くことなのである。

確かに、イエス・キリストの再臨を私たちは待ち望んでいる。その時、主はたちどころにこの地の問題を解決してくださる。しかし、それは、「私たちがパラダイスの夢を見て昼寝をしている間に、神がすべてを解決してくださる」というような意味ではない。それは、何よりも、私たちの現在の労苦を無駄にせずに、完成に導いてくださるという意味であって、私たちの現在の地道な働きを軽んじるようなものではない。イエスの復活によって始まった新しい時代においては、「あなたがたは、自分たちの労苦が、主にあって無駄ではないことを知っている」(Ⅰコリント15:58)と確信を持って互いに語り合うことができる。私たちは、今、「神の国」の完成へのプロジェクトに、「神のかたち」としての誇りと自信を持って参画させていただくことができる。そして、そこでこそ、神によって生かされていることの意味と目的が明らかにされるのだ。

「私たちの中でだれひとりとして、自分のために生きている者はなく、自分のために死ぬ者もありません。もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです」(ローマ14:7,8)という生き方こそ、イエスを王として告白する生き方、King Jesus Gospel の核心と言えよう。

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2014年4月20日 (日)

ヨハネ20:1-23「父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします」

ヨハネ20:1-23「父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします」

  2014420

  現代はポスト・モダンの時代と言われ、合理性重視の陰で人の心情が軽んじられてきたことへの反省が起きています。17世紀のパスカルは、「心情は、理性の知らない、それ自身の理性を持っている」(パンセ277)との名言を吐きました。

私は学生の頃、イエスの墓は空だったとの証明を聞いて、「私は理屈では信じません」と拒絶しました。しかし、米国留学中にイエスの愛が人の心を捉えている様子を見て、「信じたい!」という気になりました。

この箇所には、墓が空であったことへの信仰と、泣いてばかりいた女にイエスが現われ、その名を呼んだという心の出会いが記されています。

カトリック司祭、晴佐久昌英氏は、絶望の中での主との出会いを次のように描いています。  

 

「病室の窓から見上げる空は むやみに明るい  治らないわたしは こんなに暗いのに・・・・  

もうこれ以上 いじめないでください  せめて今夜だけでも 痛みを取り除いてください  

もうだめです もう限界です もうこれ以上   

闇の中へ思わず手を伸ばした瞬間   何かにさわって はっとする   

だれもいないはずの深夜の病室   数秒間息を止め ようやく気づく  

さわったのではない  さわられたのだ  むこうから伸ばしてきた手に」

 

1. 「だれかが墓から主を取って行きました」

 「週の初めの日」とはカレンダーを変えた表現です。多くの人の感覚で、週の初めは月曜日です。しかし、キリストの復活を祝って、この日が休日となりました。

しかも、これは聖書全体のストーリーに目を開かせます。この福音書は最初に、キリストこそがすべての創造主であることを宣言し、その方が人となられたと描きます(1:3,14)

 

そして主は、十字架で「完了した」(19:30)と宣言されました。これは、神が六日間で世界を創造され、七日目に「なさっていたわざの完成を告げられ・・すべてのわざを休まれた」(創世記2:2)ことに匹敵します。この福音書は、主が十字架で殺されたのではなく、世界の王として、みわざを完成し、休まれたという面を強調します。

そして、過越しの安息日の翌日、墓を空にして復活しました。この「週の初めの日」は、世界の「新しい時代」の初めの日です。それは、私たちの生活が、常に、神にある休息、すなわち、いのちの回復から始まるというしるしです。

 

 「マグダラのマリヤは、朝早くまだ暗いうちに、墓に来」(1)ました。少なくとも他に二人の女が一緒でしたが(マルコ16:1)、この書は、客観的な事実よりもパーソナルな出会いに注目します。

マリヤは、「墓から石が取り除けられているのを見」て、急いでペテロとヨハネのもとに行きだれかが墓から主を取って行きました(2)と、飛躍した結論を知らせました。

彼らは急いで墓に向かって走り、「亜麻布が置いてあるのを見」(5)「頭に巻かれていた布切れは・・離れた所に巻かれたままになっているのを見」(7)ました。これはイエスの身体だけが、包んでいたものからすっぽりと抜け出た様子を示しています。

ところが彼らは、それを見ながら、「自分のところに帰って行った」(10)というのです。それは彼らも、布が置かれている状態の不思議さを考える間もなく、マリヤの結論を信じてしまったからだと思われます。

このとき、「もうひとりの弟子も入って来た。そして、見て、信じた」(20:8)とありますが、これはヨハネが、9節にあるように復活を理解しないままマリヤのことばを信じたという意味だと思われます。

 

アリマタヤのヨセフやニコデモが、イエスの死後、自分の信仰を顕にしたことを見るなら、ユダヤ人の指導者が、さらなる信仰の広がりを恐れ、イエスの遺体を墓から取り出し、さらし者にする計画を立てたとしても不思議ではありません。彼らの方がイエスの復活のうわさが広がるのを懸念していたからです(マタイ27:62-66)

それで、ペテロたちは、空の墓を見て、彼らの攻撃を恐れ、その場を立ち去ったのでしょう。それにしても、イエスの遺体を盗んだ者が、亜麻布や頭に巻かれていた布切れを、わざわざきれいに残して行くなどと、どうして考えることができたのでしょう。

それほどに、彼らは復活の可能性など想像もできず、イエスのことばを聞き流し続け、「イエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書を、まだ理解していなかった」(9)ということだと思われます。

 

2. 「マリヤ」「ラボニ」

   ところがマリヤは、その場を去ることができず、ただ「たたずんで泣いていた」(11)のです。彼女は、身の安全を考える前に、イエスの身体が奪われたという思いに圧倒されていました。

それでも、泣きながら・・墓の中をのぞき込んだ」(11)のですが、そのとき「ふたりの御使い」を見ます(12)。ところが、彼女はそのまばゆい光景を恐れることもなく、御使いの「なぜ、泣いているのですか」(13)という質問に、「だれかが私の主を取って行きました」と答えます。

これは先の弟子たちへの報告の繰り返しのようでも、私の主」という熱い思いが強調されています。彼女の応答は不合理ですが、そこには、「イエスへの愛」があらゆる「恐れ」を超えた様が見られます。

 

彼女は、十字架で無残な死を遂げ、もう何のご利益も下さらないはずの方を、なお「私の主」と告白し続けます。マリヤは「マグダラの女」と呼ばれ、「七つの悪霊」に憑かれていた(ルカ8:2)と記録されています。マグダラはユダヤ人から軽蔑されていた町で、そこで彼女は人として生きることが不可能な悲惨の中から、イエスによって救い出されました。

彼女は誰よりも苦しんできたからこそ、誰よりもイエスを愛していました。彼女にとっては、自分の人生全体がイエスからの賜物と思われたことでしょう。まさに彼女は、自分を忘れてイエスだけを思っていました。

 

  そこで何と、復活のイエスご自身が彼女の後ろに立たれます。ただ、彼女にはそれが分からず、ひたすら泣き続けています。

それで主は、なぜ泣いているのですか」と同時に、だれを捜しているのですか」(15)と尋ねました。

彼女は、不思議にも彼を「園の管理人だと思って」、「あなたがあの方を運んだのでしたら・・・私が引き取ります」と言います。

園の管理人が、イエスの身体の布をはずして、どこかに運ぶなどと、どうして考えることができたのでしょう?しかも、彼女がひとりでそれを引き取るなどとは、不可能です。

彼女は何と混乱していることでしょう!この世的に見るなら、このような不合理な発想をする人は、「信頼に値しない」と言われるのではないでしょうか。

 

しかしイエスは、彼女がこれほどの熱い思いで「イエスを捜している」その気持ちを喜ばれ、たったひとこと、その名を呼びます。これは「アリアム」というアラム語の発音そのままの記録です(16)。それは彼女を滅びの中から救い出し、生きる力を与え続けた、あの愛に満ちたなつかしい御声でした。それで十分でした。

彼女の目は開かれ、「ラボニ」と応答しました。これもマリヤのアラム語の発音がそのままです(ヘブル語では「ラビ」(マタイ26:49ユダの呼びかけ)と呼ぶのが普通でした)。

著者はこの驚くほどに短い会話を、ふたりの発音のそのままを記録し、その感動を私たちに伝えようとしています。ここにはことばを超えたパーソナルな心と心のふれあいがあります。

 

   エデンの園での、蛇と女との会話から、全人類の悲劇が始まりました。そこでは蛇が、「神は、本当に言われたのですか」(3:1)と、神のみことばを自分の知恵で判断するように誘惑しました。

それに対し、新しい時代の始まりの「園」で、イエスは知恵ではなく、パーソナルに名を呼ぶことからすべてを始められました。そして、主がお選びになった方は、誰からの尊敬も得られなかったようなひとりの女でした。

神のようになることに憧れたエバは悲惨の基となり、ひたすらイエスご自身を求め続けたマリヤは、希望の基となりました

イエスは今も、ご自身を隠しながら、「何を」ではなく、だれを捜しているのですか」と尋ねておられます。私は長い間、知識や力を求め続けてきましたが、心の奥底にあったのは「愛への渇き」でした。それは世的な成功によってではなく、イエスご自身からの語りかけによって満たされるものでした。

あなたの信仰もそのようなパーソナルな出会いから始まっています。それは主の福音が、目に見える生身の人を通して伝えられたからです。しかも、それはしばしば、あなたが真理の探究に懸命だったときではなく、ただ、途方にくれ、泣くことしかできないようなときの出会いではなかったでしょうか。

 

3. 「わたしの兄弟たちのところに行って・・・告げなさい」

 このときマリヤは、イエスの御足にすがりついたのだと思われます。それで主は「わたしにすがり続けてはいけません(17節私訳)と言われました。そして、「わたしはまだ父のもとに上っていないからです」と言われ、彼女の心を天の父と、父から与えられた使命の方に向けさせました。

イエスは父から遣わされ、父のもとに帰って行かれますが、同じように私たちがこの地におかれているのは、神から与えられた使命を果たすためだからです。

 

その上で主は、臆病な弟子たちを「わたしの兄弟たち」と呼び、彼女にご自分のことばを託し、ご自分を遣わされた方のことを、「わたしの父またあなたがたの父・・・」と呼びます。これは、イエスの父が、弟子たちの父でもあるという意味です。それこそ福音の核心です。

その代表者は、三度にわたってイエスを否認したペテロです。主は彼を「弟」と呼んでおられます。ただ、これを彼らはこの無力なひとりの女から聞く必要があったという事実自体に深い意味があります。

最初の女エバは、アダムを罪にひき入れましたが(Ⅰテモテ2:14)マグダラの女マリヤは、失敗者の使徒たちを生かす使徒とされました。それはマリヤの心がイエスへの愛でいっぱいだったからです。この事実を通して、主は弟子たちに、ご自身が彼らの知恵でも力でもなく、愛を求めておられることを示しました。

 

また、「わたしの神またあなたがたの神」とは、聖書全体を通しての「救い」の目的を表現します。神はモーセにイスラエルの民を救う目的を、「わたしはあなたがたを取ってわたしの民とし、わたしはあなたがたの神となる」(出エジプト6:7)と言われました。私たちの救いの目的も、「主(ヤハウェ)は私たちの神」(申命記6:4)と告白できるためです。

その告白と、「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主(ヤハウェ)を愛しなさい」(6:5)という命令は不可分でした。信仰とは、霊的洞察力とか教義の理解力である以前に、神への愛なのです。

イエスは全身全霊を傾けて父なる神を愛しておられました。イエスが十字架にかかられ私たちの罪の身代わりになられたのは、そのご自分の神を、「私たちの神」とするためでした。

そして、イエスが伝えたいのは何よりもこの愛の交わりの連鎖であるからこそ、イエスへの愛以外の何も持っていないマリヤが最初の使徒として適任と思われたのでしょう。

 

   私たちはみな、目の前のいやなことを避けたいという思いがあります。しかし、災いを避けることで平安を得ようとするなら、待っているのは、「孤独」という無限地獄です。

ドストエーフスキイはカラマーゾフの兄弟の中で、ゾシマ長老の口を借りて、「地獄とは・・もはや愛せないという苦しみ」と、不思議な描写をしています。

そして、アリョーシャに対する遺言として、「多くの敵を持つことになっても、その敵たちさえ、おまえを愛するようになる。人生は多くの不幸をおまえにもたらすが、それらの不幸によっておまえは幸せになり、人生を祝福し、ほかの人々にも人生を祝福させるようになる。これが何よりも大事なのです。おまえはそういう人間なのですよ」と語っています。

他人に誤解されることや、不幸に会うことを恐れていては、神の中にある真の祝福を体験することはできません。

 

イエスは弟子たちに自分たちの無力さ、卑怯さを自覚させることによって、神の愛を教え、愛によって彼らの信仰を育まれました。確かに私たちの心にはマグダラのマリヤのような愛がありません。しかし、私たちは自分のうちに愛がないことや問題に対処する力がないことを、社会や親の責任にして自己弁護を繰り返し、神の前で心からそれを嘆こうとはしていないのかもしれません。

様々な言い訳をやめ、ただ神の前で心から泣いてみましょう。なぜなら、イエスは、「いま泣く者は幸いです。やがてあなたがたは笑うから」(ルカ6:21)と言われたのですから。

 

4.恐れる弟子たちに与えられた平安

   19節は1節と同じことばを用いた、「その日、すなわち週の初めの日の夕方」という表現から始まります。「その日」、イエスは、既にマグダラのマリヤに復活の姿を現したばかりか、ルカの記述によると、他の二人の女たちと(24:10)、エマオ途上のふたりの弟子とペテロとにご自身を現しておられました(24:13-34)

復活の知らせが、弟子たちの間を駆け巡った「その日の夕方」になって、彼らは一つの場所に集っていました。しかし、彼らは、それでも信じきることができず、「ユダヤ人を恐れて戸がしめてあった(20:19)状態でした。

私たちも、自分たちが既に、新しい時代に属する、神の民とされていることの自覚を忘れてはいないでしょうか。イエスの復活の知らせを聞いて集められているにも関わらず、まだ多くの疑いと恐れに囚われ、「守りの姿勢」に走り過ぎてはいないでしょうか。

 

   ところがイエスは、そんな弟子たちの真中に突然立って、不信仰や臆病さを責める代わりに、「平安(平和、シャローム)があなたがたにあるように」と言われました。

恐れにとらわれて、「戸をしめて」いたにも関わらず、復活のイエスは入って来ることができました。それは、主の復活のからだが、それまでとは全く異なる性質のからだに変えられていたからです。そして、主は、心を閉ざしていたあなたのうちにも入ってこられ、平安を与えて下さいました。

 

   しかも、イエスは慰めを語ると同時に、「その手とわき腹を彼らに示され(20)ました。手には大きな釘の跡、わき腹には手を差し入れられるほどの槍の穴がありました。本来、栄光のからだは、「聖く傷のないもの(エペソ5:27)のはずですが、主は敢えてその傷跡を残しておられました。

そして、「弟子たちは、主を見て喜び(20)ました。それは目の前のイエスが、真実に十字架にかかられた方であり、死の力に打ち勝たれた方であることの何よりの証拠だったからです。

それは、主がかつて、「そうすればあなたがたの心は喜びに満たされます。その喜びをあなたがたから奪い去るものはありません(16:22)と言われた新しい時代の始まりを意味しました。

 

人生に痛みや悲しみはあっても、ごく短い間奏曲に過ぎません。私たちは既に、「さばきに会うことがなく、死からいのちに移っている」(5:24)からです。

喜びこそが人生を貫くテーマに変えられました。ですから、弟子たちに与えられた「平安」とは、もう自分を守るために戸を堅く閉ざす必要がなくなったという意味での「平安」なのです。

 

5. 派遣される弟子たちへの平安

 「イエスはもう一度」、「平安(平和、シャローム)があなたがたにあるように」と言われました(21)。この二つ目の「平安」は、患難に満ちた世に「派遣」されるための平安です。

この「遣わす」ということばこそ、この福音書のキーワードです。たとえば、「愛する」という動詞はこの書に16回ありますが(御父または御子が主語のケース)、「遣わす」という動詞ははるかに多く繰り返されます。

イエスは、「父がわたしを遣わしたように」と言われました。この「遣わす」(アポストロー)は、この福音書に18回も繰り返されている動詞です。

たとえば、イエスはご自分のことを、「神が御子を世に遣わされたのは・・御子によって世が救われるため(3:17)、また、「わたしは自分で来たのではなく、神がわたしを遣わした(8:42)と、ご自分を神から遣わされた者として繰り返し紹介されました。

しかも、イエスを信じるとは、イエスが父なる神から遣わされたことを信じることを意味します。ですから、たとえば、ラザロをよみがえらせた奇跡の目的を、御父に向かって、「この人々が、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じるようになるため」(11:42)と祈っておられます。御子を御父との関係で理解するのが信仰の核心です。

 

そしてイエスは、「わたしもあなたがたを遣わします(ペンポー)」と言われました。このふたつのギリシャ語に大きな意味の違いはありません。イエスは、この動詞を遣って、父なる神を、「わたしを遣わした方(または「父」)」と繰り返し紹介しており、それは何とこの福音書に25回も出てきます。

その代表例は、「わたしが天から下ってきたのは、自分のこころを行なうためではなく、わたしを遣わした方のみこころを行なうためです(6:38)、「わたしを見る者は、わたしを遣わした方を見る(12:45)、「わたしの遣わす(キリスト者)を受け入れる者は、わたしを受け入れるのです。わたしを受け入れる者は、わたしを遣わした方を受け入れるのです(13:20)などです。

これらによってイエスは、ご自分を通して父なる神を見るようにと私たちを招いておられます。そして、そのイエスが、私たちを世に遣わされるのは、世の人々が、私たちを通してご自身を見るようになるためなのです。

 

イエスの生涯の秘訣は、この父なる神から派遣された者としての生き方にあります。同じように、キリスト者の生涯は、キリストにより遣わされた者としての生き方に他なりません。

その点で、すべてのキリスト者は、例外なく、広い意味でのキリストの「使徒」(アポストロス)なのです。私たちの存在の意味は、キリストに依存しています。そして、キリストも、ご自身を私たちに依存させ、私たちを通してご自身を世に現そうとしておられるのです。

 

6. 聖霊を受けなさい

   そして、イエスは、彼らに息を吹きかけて、「聖霊を受けなさい(22)と言われました。これは、「神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった(創世記2:7)という創造のみわざを思い起こさせます。

彼らは、今、御霊によって新しく生まれ、再創造された者として、この地でイエスの代理としての使命を果たすのです。これによって、イエスが、「わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます(14:12)と言われた約束が成就します。

 

   ところで、イエスは、「あなたがたを」という複数形で語り、ご自身の息を、ひとりひとりにではなく、弟子の集団に、吹きかけられました。

また、イエスは「あなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです(13:35)と言われました。問われるのは、「互いの間」にある愛です。

つまり、私たちはひとりで世に遣わされるのではなく、交わりのうちに生きる者として遣わされるのです。

 

その上でイエスは、「あなたがたがだれかの罪を赦すなら・・・」(23)と、教会自体が罪の赦しを与える権威を持っているかのような表現を用いられました。

「教会の外に救いはない」とも言われますが、イエスは、教会をこの地における唯一のご自身の代理として立てておられます。だれもひとりで、イエスを主と告白する人もいませんし、ひとりで生きるキリスト者もあり得ません。キリスト者であるとは、キリストにある交わりのうちに生きる者です。

キリスト者の交わりから受け入れられることなくして救われる人はいませんし、その交わりから拒絶されたままで救われる人もいないと言えましょう。

もちろん、教会はキリストの意志によって、安易に赦しを宣言してはならない罪があります。しかし同時に、だれも教会を素通りしては神の子供とされないという現実を重く受け止める必要もあります。

 

神は、罪に満ちた世を愛されたために、ご自分の御子を世に遣わされました。そして、イエスは、閉ざされた私たちの心に「平安」を与えてくださいました。「平安」の原語はシャロームで、「平和」とも訳されることばです。

ですから、イエスが私たちをこの地に遣わされるのは、正義の戦いをさせるためというよりは、この罪に満ちた世に、神の平和を実現するためなのです。

その際、求められるのは、自分自身を主張することではなく、私たちを通して、私たちを遣わされたイエスご自身の姿が見られるようになることです。以下のような祈りをささげてみましょう。     

 

イエス様。私たちがどこに行こうとも、あなたの香を広めることができるよう、助けてください。

私たちのたましいを、あなたの御霊といのちであふれさせてください。  

あなたご自身が、私たちを通して輝き、私たちに触れるすべての魂が、私たちの心の中にあなたの存在を感じることができますように。

人々が、私たちではなく、イエス様、あなただけを見ますように!  

光は、すべて、あなたから来るものです。 

私たちを通して他の人を照らしているその光は、あなたご自身に違いありません。

あなたが最も愛するその方法で、あなたをたたえさせてください。 

ことばよりは行ないで、あなたのことを伝えられますように。  

私たちの行ないを喜ぶ人々によって励まされた私たちの心が、ただ、あなたのところに導かれますように。                                    (マザーテレサ創立神の愛の宣教者の祈り抜粋)

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2014年4月18日 (金)

「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」

                                     2014418日 聖金曜日

   イエスは大祭司の尋問に対し、ご自分をローマ皇帝に匹敵する「神の子」と認めたばかりか、父なる神の右の座に就く、栄光の雲に座す方であると、ご自分が全地の支配者であることを証しされました。当時の宗教指導者たちが、イエスを、「神を冒涜する者」として死刑に定めたというのは、当時の常識にかなったことでもありました。

ユダヤ人の反乱に苦しめられていたローマの兵士たちは、ユダヤ人の王としての救い主に、日頃の怨みをぶつけました。彼らはさんざんにイエスを嘲り、辱めた後に、イエスを十字架にかけ、その後、何と十字架で苦しむイエスのもとで、イエスの着物をくじ引きで分け合っていました。

道行く人々は、「もし、神の子なら、自分を救ってみろ。十字架から降りて来い」とののしりました。

宗教指導者たちは、「彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王だ。今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから。彼は神により頼んでいる。もし神のお気に入りなら、いま救っていただくがいい。『わたしは神の子だ』と言っているのだから」とののしったと記されています。

 

   興味深いのは、「他人は救ったが、自分は救えない」というのが嘲りになるということです。残念ながら、この世界では、人に先んじるということが優秀さの証明になります。僕は昔、株式投資を勧めていたことがありますが、そこでは、あくまでも短期的な投資での話ですが、人に先駆けて上がりそうな株を買って、人に先んじて売り逃げることが儲ける秘訣です。最後に、ババを掴ませられては大損してしまいます。

  小さいころから、私たちは人に先んじるための訓練を受けています。僕はいつも、行動がとろくて、自己嫌悪を感じることがありましたが、最近は、そのように訓練されること自体に疑問を感じるようになってきました。

 

韓国で痛ましい海難事故がありましたが、そこでは船長を初めとする乗組員が、22歳の女性を例外として、乗客を置き去りにして逃げてしまったとのことです。以前、イタリヤでも同じようなことが起き、船長は裁判にかけられています。

日本では、今から60年前の19549月タイタニックに次ぐ史上二番目の海難事故が起こりました。当時最新鋭の連絡船の洞爺丸が、台風の中、座礁転覆し、乗客乗員合わせて1155人が命を落としました。助かったのはわずか160人あまりでした。ほとんどの方々は、救命胴衣をつけたまま函館に近い浜に打ち上げられていましたが、その中に、ふたりの宣教師が、救命胴衣をつけずに死んでいたのが発見されました。

カナダ人宣教師アルフレッド・ストーンさん52歳と、アメリカのYMCA宣教師ディーン・リーパーさん33歳でした。その他に、ドナルド・オースさんというアメリカ人宣教師もいましたが、彼は奇跡的に助かりました。

彼ら三人は、悲鳴に渦の中で逃げ惑う乗客に救命具を配り、着用に手間取る子供や女性たちを必死に助けたとのことです。リーパーさんは自慢の手品で、パニックに陥った人々を和ませ、最後には、救命具が壊れたと泣き叫ぶ子供づれのお母さんに自分の救命具を上げてしまったとのことです。

そして、ストーンさんは、救命具のない学生を見つけ、「あなたの前途は長いから」といって救命具を譲ったとのことです。

事故から数日後、その救命具をもらった青年が現れ、新聞で大きく取り上げられました。あとで、わかったことですが、このストーンさんはまったく泳げなかったとのことです。泳げるふりをして、若者を助けたのでしょうか

この三人は、「他人は救ったが、自分は救えない」というイエスの生き方に習ったのです。それは、自分たちに既に「永遠のいのち」の保証があるからこそできたことでした。そして、イエスが真に「イスラエルの王」であられたという事実は、ご自分の民を救うために肉体的な命を犠牲にできたことに現されています。

 

私は長い間、イエスが十字架上で、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれたということの意味が分かりませんでした。最初に出会った宣教師などからいろいろ合理的な説明を聞きながら、どうしても心の底には落ちて行きませんでした。

しかし、このことばは、詩篇22篇の冒頭のことばそのものであるということが分かって以来、このイエスの叫びが深い慰めに変わってきました。まだ、完全に分かりきっているわけではありませんが・・・

少なくとも、イエスはこの期に及んで、往生際が悪いかのように、「どうして」とつぶやきつつ、自分を十字架にかける「理由」を聞いているわけではありません。多くの妻たちは夫に向かって、「どうして、私の話を聞いてくれないの」というとき、聞かない理由を尋ねているのではなく、「真剣に聴いてちょうだい」と訴えているのと同じです。

イエスは、ここで、神の沈黙に必死に耐えながら、それでも、その方を、「私の神、私の神」と、あきらめることなく呼びかけています。まわりが敵だらけで、すべての人から見捨てられたばかりか、全地が三時間も暗くなり、神にさえ見捨てられたと思われる中で、なお、「私の神、私の神よ。見捨てないでください」と懇願し続け、また「遠く離れないでください・・助けに急いでください、救ってください(1921)と訴え続けているのです。

 

詩篇22篇は、イスラエル王国を黄金の時代に導いたダビデ王が書いた「祈りの歌」です。ダビデは若い時に、前王サウルのねたみを買い、不当な理由で命を付け狙われながら孤独に耐えていました。彼は人々から嘲られ、ののしられながら、しかも、そこで神からさえも見捨てられたと思えるような中で必死に、神に訴えていました。

しかし、それは神がダビデに与えた試練でした。それを通して、彼は、人間の力ではなく、イスラエルの神ヤハウェに頼る王として整えられました。それは、イスラエルの王になる者が通るべき苦しみでした。

そしてイエスも今、イスラエルの王、全世界の王として、正式な即位をするために、この苦しみを耐えています。それにしても、この詩篇の78節の「見る者は皆、私をあざけり、口をとがらせ、頭を振ります。『主(ヤハウェ)にまかせ、助けてもらえ。救ってもらえ、神のお気に入りなのだから』」という記述は、イエスの十字架の姿そのものです。

また、1618節の、「犬どもが包囲し、悪者どもの群れが取り巻き。私の両手と両足を突き刺しました・・・彼らは私をながめ、ただ見ています私の上着を互いに分け合い、この衣のために、くじを引きます」ということばも、まさにイエスの十字架で起きた出来事です。

 

しかし、それによってダビデは、21節の三行目、「あなたは答えてくださいました」という、「救い」を体験しました。そこから「神の国」、「神のご支配の豊かな愛の交わり」が始まり、時空を超えて広がる様子が描かれています。

そしてそれはイエスの復活賛美の始まりとして、ヘブル212節ではこの詩の22節のことば、「私は御名を兄弟たちに語り、会衆の中であなたを賛美しましょう」が引用されています。

 

ダビデがイスラエルを神の国へと導くためには、人々からあざけられ、ののしられ、神の沈黙に耐えるという、孤独のプロセスを歩む必要がありました。みんなからその能力を称賛され、期待されて王になる人は、しばしば、人間の能力競争を引き起こし、争いの生み、それを力で抑え込むという悪循環の原因となります。

ダビデは、神の救いが見えない中で、必死に神にすがり続け、人間的な意味での限界を通り越すところまで追いやられました。そして絶望的な状況の中で、諦めずに神に訴えることで初めて、神の救いを体験しました。

私たちは、ときに、自分の信仰の力によって神の力を引き出すかのような誤解をしていることがあります。しかし、洞爺丸事故で自分の身を犠牲にして人々を助けた宣教師は、人間的な意味では、すべての救いの可能性を失っていながら、自分の命を神と人にささげました。

先の見通しがない中でこそ、神の偉大な救いのみわざが明らかにされます。ふたりの宣教師は、人間的な意味では命を失いましたが、彼らの行為は、生存者を通して伝えられ、全世界に感動を与え、多くの人々を神に立ち返らせました。彼らも詩篇22篇の絶望と救いを体験したのです。

 

イエスは、当時の宗教指導者から、「もし、神のお気に入りなら、いま救っていただくがいい」と嘲られ続けました。そしてその論理的な帰結であるかのように、三時間の暗やみによって神に見捨てられていながら、「神のお気に入り」としての自覚を失うことなく、「私の神、私の神」と、沈黙する神に、なお訴えたと描かれています。つまり、イエスはそのとき、当時の誰もが理解できなかった形で、「神の救い」を求めて、祈っておられたのです。

ただ、それは、「少しの間、苦しみに耐えたら、詩篇22篇の後半の救いが見られるから、大丈夫・・・」という甘いものではありません。イエスはこのとき、実は、全世界の罪に対する「神の怒り」を一身に引き受け、まさに、史上最悪の罪人かのようになって、神の「のろい」をその身に受けていたのです。

そのことをガラテヤ313節は、「キリストは、私たちのためにのろわれた者となって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、『木にかけられた者はすべてのろわれたものである』と書いてあるからです」と記しています。

イエスは、十字架でまさに、私たちの罪の「のろい」を引き受ける真の王として、想像を絶する孤独と苦しみを体験していました。そのことが、全地が三時間もの間、暗黒となったこととして記されています。

 

ところで、「律法ののろい」とは、何でしょう。それは特に申命記2815節以降に恐ろしいほど写実的に、詳しく描写されている暗黒世界です。イスラエルは、神にそむくことによって、そののろいを受けました。それはバビロン捕囚として現れました。しかし、イエスの時代にも、人々はバビロンの代わりに、ローマ帝国の圧政を受けており、バビロン捕囚はほんとうの意味では終わっていなかったのです。

申命記30章ではモーセの告別説教が、「私があなたの前においた祝福とのろい、これらすべてのことが、あなたに臨み・・・主(ヤハウェ)があなたをそこに追い散らしたすべての国々の中で・・これらのことを心に留め、あなたの神、(ヤハウェ)に立ち返り・・・あなたも、あなたの子どもたちも、心を尽くし、精神を尽くして御声に聞き従うなら、あなたの神、主(ヤハウェ)は、あなたの繁栄を元どおりにし…あなたを栄えさせる」と約束されていました(1-5)

つまり、イスラエルが神の「のろい」から真の意味で解放されるためには、なお、苦しみを通して、主に信頼し続けるというプロセスが必要だったのです。

 

イエスは、イスラエルの王として、この申命記ののろいをご自分の身に引き受け、なお、そこで、「私の神、私の神」と、神への信頼を表現することによって、神の救いのご計画を全世界にまで広げてくださいました。

ですから、先の続きのガラテヤ314節では、「このことは、アブラハムへの祝福が、キリスト家によって異邦人に及ぶためであり、その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです」と記されています。

イエスが、十字架で、神の「のろい」を受けてイスラエルに対する神の救いのご計画を完成して下さったのは、救いが異邦人に及ぶためであり、私たちが約束の御霊を受けるためだったのです。

 

約束の御霊を受ける」とは、私たちの「こころに主イエスを宿す」ようになることです。その幸いを、バッハの編曲で有名になった「主よ、人の望みの喜びよ」は歌っています。

そして、イエスをこころに招きいれるとは、人に先んじることができるような、この世的な勝利に次ぐ勝利の歩みができることではなく、他者のために苦しむことができる力が生まれるということです。この世界に必要なのは、自分の身を犠牲にしてでも、人を生かすことができるような愛の交わりです。

私たちはあまりにも臆病すぎて、神と人とを愛し続けることはできなくなることがあります。しかし、脅して人を恐怖に陥れるのがサタンの計略です。イエスは私たちを死の恐怖という奴隷状態から解放してくださいました。それが、主イエスがその身を与えて私たちを奴隷状態からあがない、サタンの支配下から救い出してくださったという意味です。「主よ、人の望みの喜びよ」の元となった讃美歌の原歌詞以下の通りです。


Ⅰ イエスをこの心に持っている私は幸せ!何と固く主を抱きしめることでしょう。

 主はこの心を活かしてくださるから。 私がやまいのときも、悲しみのときも

  イエスご自身が私のうちにおられる。 いのちを賭けてこの私を愛された方が。

 ああ、だから私はイエスを忘れはしない。たとい悲嘆に暮れることがあろうとも。

 

Ⅱ イエスはどんなときにも私の喜び。 この心の慰め、生命のみなもと。

  イエスはすべての中での守り手  主こそが私に生きる力を与える

 主は私の目の太陽、また楽しみ  このたましいの宝、無上の喜び

 ああ、だから私はイエスをいつも  こころの目の前から離しはしない。

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2014年4月13日 (日)

ゼカリヤ9ー11章「ろばの子に乗った救い主」

ゼカリヤ9-11章「子ろばに乗った救い主」

                                                        2014413

イエスは柔和な王として、「子ろば」に乗ってエルサレムに入城されました。それはゼカリヤ書9章に記されていることをそのまま演じたことを意味します。しかし、この箇所は、軍事闘争を正当化しているように読まれる可能性もあります。私たちは救い主に何を求めているのでしょうか。  

ゼカリヤ8章までは預言が与えられた正確な年代が記されていました。それは神殿再建工事の真っ最中の紀元前520年から518年のことでした。9章からの記事は、いつの時代に与えられた啓示なのかは不明です。そこに描かれている状況は、明らかにペルシャ帝国の末期から紀元前332年ごろのアレキサンダー大王によるギリシャ帝国のパレスチナ支配とそれ以降の世界情勢に当てはまるように思われるからです。

しかし、この預言書は伝統的に常にひとつのまとまった書として見られてきました。そして、何よりも、主イエス・キリストご自身がこの書を熟読し、この書の預言を生きられたことが明らかだからです。特に、9章と11章を読むことなしに、キリストの受難が旧約預言の成就であったことを知ることは不可能とさえ言えましょう。

 

1.「主の目は、人に向けられ・・・今、わたしがこの目で見ているから」

9章最初の「宣告」ということばは12章初めにも記されます。ですから、9章から14章は、11章の終わりまでと12章初めからのふたつの部分に分かれます。

なお、「宣告」には「重荷」という意味があります。そして、「主(ヤハウェ)のことばはハデラクの地にあり、ダマスコは、そのとどまる所」と記されますが、「ハデラク」とはシリヤ北部のハマテの近くで、アブラハムに約束された地の最北端、「ダマスコ」はヘルモン山の北にあるシリヤの首都、イスラエル王国を脅かす北の驚異の象徴的な町ですが、それらの町々に「宣告」としての「主のことば」が臨むというのです。

 

続けて、「主の目は人に向けられ、イスラエルの全部族に向けられている」とありますが、それによって、イスラエルが異教の国々の支配から解放されるという望みが生まれます。

一方、「これに境を接するハマテにも、また、非常に知恵のあるツロやシドンにも向けられている」とありますが、「ハマテ」は約束の地の北限、ツロとその北のシドンは、ダマスコから西に向かった地中海沿いの海上貿易で栄えた町々で、これらの町々には、主のさばきが下ろうとしています。アハブの妻イゼベルはシドンの王女で、イスラエルにバアル礼拝を持ち込んだ張本人です。

 

  34節では、都市国家ツロの金銀を積んだ繁栄の様子と、「主はツロを占領し・・ツロは火で焼き尽くされる」というさばきが描かれます。

また、5-7節ではエルサレムの南西の地中海沿いのペリシテの四つの町々に対する主のさばきが描かれますが、その際の主ご自身の意図が、「わたしはペリシテ人の誇りを絶やし、その口から流血の罪を除き、その歯の間から忌まわしいものを取り除く」と描かれます。同時に彼らが絶滅を免れる様子が、「彼も、私たちの神のために残され、ユダの中の一首長のようになる。エクロンもエブス人のようになる」と描かれます。

エクロンとは四つの都市の中でエルサレムに最も近い町、エブス人とはエルサレムの先住民族で、ダビデによって完全に征服された民です。ですから、ここでは、これらのイスラエルを苦しめ続けたペリシテの町々は、主のさばきを受け、完全にアイデンティティーを失いながら、細々とユダの氏族の一部となって残されると描かれているのです。

 

8節では、主ご自身が、イスラエルの民の住まいを「わたしの家」と呼びつつ、ご自身の守りの確かさを、「わたしは、わたしの家のために、行き来する者を見張る衛所に立つ。それでもう、しいたげる者はそこを通らない。今わたしがこの目で見ているからだ」と約束されます。

1節で述べられた「主の目」がここにも引用され、8節までの一連の文章を通して、主の目が主の民に向けられ、守り続けてくださるということが強調されています。

イスラエルの民はこれらの近隣諸国の驚異に人間的な政策で対処しようとして、自分たちのアイデンティティーを失ってしまい、国を滅ぼすに至りましたが、大切なのは、いつでもどこでも主の眼差しを意識して生きることだったのです。

 

2.「あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜り、柔和で、ろばに乗られる」

99節は、イエスの十字架にかけられる前の「しゅろの日曜日」のエルサレム入城において成就した預言として有名です(ヨハネ12:12-15)

ただ、マタイ21章によると、これはイエスご自身が父なる神との交わりの中で、慎重に準備されたことであると分かります。イエスは、ゼカリヤ9章を黙想しながら、父なる神がご自分のために「ろばの子」を用意しておられることを知り、弟子たちに連れて来させ、ご自分がこの預言を文字通り成就する救い主であることをエルサレム中の人々に明らかにされたと言えます。私たちもイエスの心になってこの箇所を味わってみましょう。

 

預言者ゼカリヤはここでまず、「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜り、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに」と記しています。

この背景には、ダビデが自分の後継者がソロモンであることを人々に明らかに示すために、祭司ツァドクと預言者ナタンを遣わし、ソロモンをダビデの雌騾馬に乗せ、当時のエルサレム城壁の東にあったギホンの泉に下って行かせ、そこで任職の油を注いて、「ソロモン王。ばんざい」と叫ばせたという故事があります。

 

それにしても、ここでは特に、「あなたの王があなたのところに来られる」と描いた上で、その方の特質を、「正しい方で、救いを賜り」とばかりか、「柔和で」と描かれていることです。この箇所はユダヤ教の標準英語訳では「He is victorious, triumphant, Yet humble」と訳され、王としての勝利の入城が強調されています。

なお、マタイの福音書ではこの「柔和」ということばのみを記すことで、読者の期待する「勝利」ではない不思議な「救い」を示唆しています。

そして、「柔和」であることのしるしが、「雌ろばの子の子ろば」に乗るという形で現されます。戦いを主導する王であるならば、馬に乗って来るはずで、「子ろば」に乗るという行動に、人々の常識を変えるという意味がありました。

 

なお、ゼカリヤ書では続けて、主ご自身が「ろばの子」に乗ったイスラエルの「」によって実現する救いを、「わたしは戦車をエフライムから、軍馬をエルサレムから絶やす。戦いの弓も断たれる。この方は諸国の民に平和を告げ、その支配は海から海へ、大川から地の果てに至る(10)と描いています。

つまり、主ご自身が、「戦車」も「軍馬」も「戦いの弓」などの戦いの道具を、主の民の間から絶やしてしまい、また、救い主である王自身が、「諸国の民に平和を告げ」、「海から海」、「大川から地の果て」までにおよぶ全世界を「支配」されるというのです。

 

  そして、11節ではまず、「あなたについても」と、外国の支配下に置かれているイスラエルの民に向かって、「あなたとの契約の血によって、わたしはあなたの捕らわれ人を、水のない穴から解き放つ」と約束されます。彼らに与えられる救いは、彼らが勝ち取ったものではなく、主ご自身がアブラハムと結んでおられる契約に基づくものなのです。

その上で、12節では、まず、「とりでに帰れ」と命じられます。それは真の砦である神のもとに立ち返るようにという回心の勧めです。そして、その対象が、「望みを持つ捕らわれ人よ」と解説されます。これはイスラエルの民がなお、バビロン捕囚から解放されても外国の圧政下に置かれていることを示したものです。

私たちはこの地にあってはある意味で「捕らわれ人」ですが、私たちは「望みを持つ」という心の自由を奪われることはありません。「望み」に関してここでは、主ご自身が、「わたしは、きょうもまた告げ知らせる。わたしは二倍のものをあなたに返す」と言われます。

きょうもまた」と記されているのは、イザヤ40:261:7でほとんど同じ表現があったからですが、ここでは、すでに失われたダビデの時代の繁栄、失った祝福の二倍のものが返されるというイメージが前面に出されます。

 

13節は、「なぜなら、わたしはユダを曲げてわたしの弓とし、これにエフライムを(矢として)つがえたのだから」と訳すことができます。先に、主ご自身が「戦いの弓」を無くすと言われましたが、ここでは武具を持たない神の民自身を神ご自身の戦いの道具とされるというのです。

キング牧師やマンデラ氏は暴力を否定しながら、敢然と圧政者と戦いました。死を恐れずに丸裸で敵に立ち向かう神のしもべを、神ご自身が守り、用いてくださいます。それは、「シオンよ。わたしはあなたの子らを奮い立たせる」とあるように、主の聖霊を通してなしてくださるみわざです。

 

なお続けて「ヤワン(ギリシャ)はあなたの子らを攻めるが、わたしはあなたを勇士の剣のようにする」と記されるのは、後に、ギリシャが力を持って中東地域を支配し、神の民を迫害することを示唆したものと思われます。ギリシャの王に関しては、ダニエル821節にも明確に記されています。

なお、紀元前490年のマラトンの戦いで、ギリシャ都市国家連合軍がペルシャ帝国に奇跡的な勝利を遂げますが、それはゼカリヤの最初の預言から30年後のことです。

ですから、ここに描かれていることは、後のアレキサンダー大王の登場やエルサレム神殿を汚したアンティオコス・エピファネスの登場の可能性を示唆するものかもしれません。のちにユダ・マカベオスは、この預言を成就するかのように、「勇士の剣」となることによってギリシャの支配からの独立を導きますが、ゼカリヤの預言の中心は、武力闘争ではなく、神の民自身が、自分自身のからだを神の武具として差し出すことでした。

 

  1415節では、主のみわざが、「(ヤハウェ)は彼らの上に現れ、その矢はいなずまのように放たれる。神である主は角笛を吹き鳴らし、南の暴風の中を進まれる。万軍の主(ヤハウェ)が彼らをかばう」と描かれます。

そして15節の新改訳は、主の民がまるで血に飢えているような誤解を与えますが、原文に「」ということばはありません。この箇所は勝利の祝宴を描いていると解釈すべきで、「彼らは、石投げ器の石を踏みつけながら、食べる。また、ぶどう酒に酔ったかのように、騒ぎながら飲む。まるで、祭壇の四隅に注ぐための鉢のように満たされる」と訳すことができます。

そして、その勝利の喜びの様子が、1617節で、「その日、彼らの神、主(ヤハウェ)、彼らを主の民の群れとして救われる。彼らはその地で、きらめく王冠の宝石となる。それは、なんとしあわせなことよ。それは、なんと麗しいことよ。穀物は若い男たちを栄えさせ、新しいぶどう酒は若い女たちを栄えさせる」と美しく表現されます。

 

  残念ながら今も昔も、主が私たちを「勇士の剣のようにする」と言われるとき、私たちは武器を取って、敵の血を流しながら勝利をおさめるというイメージを抱きがちです。

しかし、主はここでまず、神の民から武器を絶やし、主ご自身が主の民を「かばう」、「救われる」と約束しておられるのです。復活の主に出会った弟子たちは、剣を捨て、柔和に神のみことばだけを宣べ伝えながら、最終的にローマ帝国をキリストのもとにひざまずかせました。

 

3.「わたしは彼らを連れ戻す。わたしが彼らをあわれむからだ」

10章の初めは、「後の雨の時(春の雨季)に、主(ヤハウェ)に雨を求めよ」と記されます。当地ではバアルは雨をもたらす雷の神かのように当地では慕われていましたが、ここでは、「主(ヤハウェ)ご自身が、「いなびかりを造り、大雨を人々に与え、野の草をすべての人に下さる」と描かれます。

2節の「テラフィム」とは家の祭壇に飾られた偶像で、それが、「つまらないことをしゃべる」とともに「占い師」や「夢見る者」の惑わしによって、「人々は羊のようにさまよい、羊飼いがいないので悩む」と描かれます。

それに対してここでは、主ご自身が、「わたしの怒りは羊飼いたちに向かって燃える。わたしは雄やぎ(指導者)を罰しよう」(3節)と、イスラエルの指導者に対するさばきが宣言されます。

 

ただそれに続き、「万軍の主(ヤハウェ)はご自分の群れであるユダの家を訪れ、彼らを戦場のすばらしい馬のようにされる」と約束されます。これは異教徒の軍事力に恐れていた「ユダの家」が、誇りに満ちた王の馬のようにされることを意味します。

また、45節では、彼らが主の戦に豊かに用いられる様子が「この群れから」という四回に繰り返しで描かれますが、その結果が、「馬に乗る者どもは恥を見る」と記されます。これは、主ご自身が主の民を守ってくださるので、勇猛な馬に乗って戦いを挑んでくる敵の勇士たちが恥じ入らざるを得なくなるという意味です。

 

そして、6節では、主ご自身が、「わたしはユダの家を強め、ヨセフの家を救う。わたしは彼らを連れ戻す。わたしが彼らをあわれむからだと約束してくださいます。そればかりか、バビロン捕囚の悪夢が終わることが、「彼らは、わたしに捨てられなかった者のようになる」と描かれ、その理由が、「わたしが、彼らの神、主(ヤハウェ)であり、彼らに答えるからだ」と、すべてが主の選びに基づくことが明らかにされます。

また、78節では、北王国の回復が、「エフライムは勇士のようになり・・・その心は主(ヤハウェ)にあって大いに楽しむ。わたしは彼らに合図して、彼らを集める。わたしが彼らを贖ったからだ。彼らは以前のように数がふえる」と描かれます。

そのプロセスを要約しつつ9節で、主は、「わたしは彼らを国々の民の間にまき散らすが」と言いながら、「彼らは遠くの国々でわたしを思い出し、その子らとともに生きながらえて帰って来る」と、彼らが放蕩息子のように遠い国で神を思い出すことが描かれます。

 

  10節で主は、「わたしは彼らをエジプトの地から連れ帰り、アッシリヤから彼らを寄せ集める」と言いつつ、民の数が急増するので、「わたしはギルアデの地とレバノンへ彼らを連れて行くが、そこも彼らには足りなくなる」と言われます。「ギルアデ」はヨルダン川東岸の豊かな地、「レバノン」もイスラエル北部の森林地帯ですが、そこが狭くなるほどに、北王国の繁栄が回復されるというのです。

そして、1112節では彼らの誇りの回復が、「彼らは苦難の海を渡り、海では波を打つ・・・彼らの力は主(ヤハウェ)にあり、彼らは主の名によって歩き回る」と描かれます。

 

  111-3節は、1010節との関連で理解されるべきです。先にギレアデと呼ばれたヨルダン川東岸の地はここではバシャンとして描かれます。ここに登場するレバノンの「もみの木」も、「バシャンの樫の木」も、その地の繁栄と豊かさの象徴ですが、それらの地は、かつてはダビデ王国の支配地でありながら、このときは神の民の敵によって支配されていました。

しかし、そこにエレミヤ2534-37節に預言されたような、主の燃える怒りが臨み、その支配者である「牧者たち」が嘆きに追いやられるというのです。また、自分の力を誇る「若い獅子」としての権力者も、自分の支配地が主の怒りを受けて荒らされ、権力基盤がなくなることを嘆きつつ、「ほえる」というのです。

なお、この箇所は、114-17節に記された良い牧者を拒絶した結果による主のさばきと理解されることもあります。

 

  なお、エフライムを代表とする北王国はその後、捕囚として散らされた地において異教徒と混ざり合ってしまい、主のみことばを捨ててしまい、自分で救いへの道を閉ざしてしまいました。エフライムという部族がなくなった以上、この救いの計画は、文字通りに成就されることはありません。

しかし、キリストの復活以降、彼らへの約束は全世界の民において成就して行きます。そのことをペテロの手紙第一では、異邦人に向けて、「あなたがたは。選ばれた種族、王である祭司、神の所有とされた民です・・・あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です」と記しています(2:9,10)

 

4.「私はもう、あなたがたを飼わない。死にたい者は死ね」

114-17節は、「良い牧者」としてのキリストご自身が、ご自分の民によって退けられる様子が描かれています。イエスはご自分が、たった銀貨三十枚で、弟子のユダによって売り渡されることを、この箇所を通してして知っておられました。この箇所は、イエスご自身のお気持ちになって読むと、イエスの葛藤が理解できるかもしれません。

 

4-6節は、ゼカリヤが「私の神、主(ヤハウェ)」と呼びながら、主からの「ほふるための羊の群れを養え」という命令を記します。「羊」は、権力者の犠牲にされるイスラエルの民です。5節では、彼らの支配者である「牧者たち」が皮肉にも、「(ヤハウェ)はほむべきかな。私も富みますように」と言いつつ、民を売って金儲けしている姿が描かれます。

そして、6節では、その背後に、主ご自身が、「この地の住民を惜しまない」と言って、彼らを「隣人の手」や、「王の手」に「渡し」てしまわれたということがあったと描かれます。

イエスも、父なる神からイスラエルの民を養うように命じられていました。彼らは身勝手な指導者を自分で選び、救いの御手を拒絶し、神から見放される道に自分から向かって行きました。

ですからイエスはご自分の十字架への歩みを悲しむ人たちに向かって、「エルサレムの娘たち。わたしのことで泣いてはいけない。むしろ自分自身と、自分の子供たちのことのために泣きなさい(ルカ23:28)と言われました。イエスは、今まさに、ローマ帝国に滅ぼされようとしている民を必死に守ろうとしておられたのです。

 

  7節では、ゼカリヤが主の命令を受けて、「羊の商人たちのために、ほふられる羊の群れを飼った」と記されますが、その際、「二本の杖を取り、一本を『慈愛』と名づけ、他の一本を、『結合』と名づけた」というのです。

良い牧者は、イスラエルに「慈愛(好意)」と「結合」をもたらす救い主として、誠実な務めを果たします。これは、イエスがご自分の民から退けられることを予期しながら、ご自分の民の痛みを担い続けたことに相当します。

 

しかし、そのような中でゼカリヤは、「私は一月のうちに三人の牧者を消し去った。私の心は、彼らにがまんできなくなり、彼らの心も、私をいやがった(8)と述べます。

これは彼が、民の指導者に怒りを燃やされる主のお気持ちを代弁して語ったことばと解釈できます。イエスご自身も、当時の宗教指導者に対して怒りを燃やされました。

 

  続けてゼカリヤは、「私はもう、あなたがたを飼わない。死にたい者は死ね。隠されたい者は隠されよ。残りの者は、互いに相手の肉を食べるがよい」と言います(9)。これは羊飼いの導きを拒絶する民を見放して、「やりたいようにやらせ、自滅するのを見守る」という姿勢です。

イエスご自身もご自分を拒絶した民に向かって、「ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者。わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される(マタイ23:37,38)と言われました。それは、エルサレムの町と神殿が、この約四十年後に、ローマ帝国によっては廃墟とされることを知っておられたからです。

 

その後ゼカリヤは、「慈愛の杖を取り上げ、それを折った(10)というのです。そればかりか彼は、「良い牧者」としての契約を閉じるにあたって商人たちに、「あなたがたがよいと思うなら、私に賃金を払いなさい。もし、そうでないなら、やめなさい」と言います。

それに対し、「すると彼らは、私の賃金として、銀三十シェケルを量った」と(12)いうのです。これは奴隷が牛に突き殺された際に支払われる賠償金で(出エジ21:32)、これより安い賃金はないと言えるほどです。

 

それに対し、主はゼカリヤに、「彼らによってわたしが値積もりされた尊い価を、陶器師に投げ与えよ」と言われます。それは、主ご自身がイスラエルの指導者によって「値積もりされた」という意味で、イエスも同じ代価でご自分の弟子ユダによって売り渡されます。

そしてその結果がここでは、「そこで、私は銀三十を取り、それを主(ヤハウェ)の宮の陶器師に投げ与えた」と描かれます(13)。イエスも同じ値段で売られましたが、マタイ27910節ではこの預言の成就として陶器師の畑を買う代金に用いられたと記されます。

なお、マタイでは「預言者エレミヤを通して言われたこと」とありますが、これはこの預言がエレミヤ19章等の大きな枠の中に入っているからだと思われます。イエスご自身も、弟子に裏切られる悲しみの中で、このゼカリヤの預言を思い巡らしていたことでしょう。

 

  そして、14節では、「そして私は、結合という私のもう一本の杖を折った。これはユダとイスラエルとの間の兄弟関係を破るためであった」と記されます。これは、イスラエルが内紛によって滅亡する様子を描いたものと言えましょう。とにかく、良い牧者を退けたイスラエルの民は、ローマ帝国に無謀な戦いを仕掛け、自滅して行きます。

 

  15-17節は、愚かな牧者の役割を演じるようにゼカリヤに告げたものです。そこでその特徴が、「彼は迷い出たものを尋ねず、散らされたものを捜さず、傷ついたものをいやさず、飢えているものに食べ物を与えない。かえって肥えた獣の肉を食らい、そのひづめを裂く。ああ。羊の群れを見捨てる、能なしの牧者」と描かれます。

イエスはそのことを思いながら、「わたしは良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます(ヨハネ10:11)と言われました。イエスを拒絶したイスラエルの民は、その後、次々と「愚かな牧者」に支配されて滅亡に向かって行きました。

 

イエスは、イスラエルの民を襲うその後の悲劇を知っておられたからこそ、十字架にかけられながら、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているか自分で分からないのです」と祈られました。これは、主の赦しを願う祈りであるとともに、その祈りをあざ笑う者へのさばきの宣言ともなります。主の赦しを軽んじてはなりません。

 

  イエスは、人間的な目からは、敗北としか見えない道に向かって行かれました。しかし、それはゼカリヤの預言をご自分で生きたということでもあります。主は、人間的な意味での戦いを拒絶し、「ろばの子」に乗ってエルサレムに入城されました。イエスはご自分の尊い働きが、当時の奴隷の価値にも評価されないことを知っておられました。

しかし、主は、そのいのちを捨てた姿勢こそが、「勇士の剣(9:13)としての生き方だったのです。主はそれによって私たちをサタンの支配の手から贖い出してくださいました。

イエスの時代の人々は、柔和な王を拒絶して、自分たちの武力闘争を正当化し、自滅しました。私たちも惑わされてはなりません。真の強さとは、人間的な強さを捨てられることに現されます。永遠のいのちを確信しているからこそ、目先の損得勘定を超えた生き方ができるのです。

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2014年4月 6日 (日)

ゼカリヤ6-8章「だから、真実と平和を愛せよ」

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  日本人とドイツ人には「秩序を守る」ということに長けていると言われます。ドイツ語では、「大丈夫」ということを「イン・オードゥヌング(秩序の中にある)」と言います。日本人も大震災や消費税引き上げの中での秩序だった行動が諸外国から評価されています。

しかし、両国とも、秩序だった軍事力によって周辺諸国に多大な苦しみを与えたという悲しい歴史があります。秩序よりも大切なことがあります。それは「真実と平和を愛する」という私たちの「心」です。

本日の箇所で、捕囚から帰還したユダヤ人が、「私が長年やってきたように、第五の月にも、断食をして、泣かなければならないのでしょうか」という不思議な問いかけがあります。彼らは宗教的義務を果たすことに夢中でしたが、その本来の目的を忘れていました。外面的な義務の遂行以前に、主は私たちの「心」求めておられます。

 

1.「見よ。北の地へ出て行ったものを。それらは北の地で、わたしの霊を休ませる」

 6章1-8節はゼカリヤに示された八番目の幻です。これは1章8-17節に描かれた第一の幻に対応します。そこでは、「赤、栗毛、白」の三種類の馬たちが全地を行き巡り、状況を報告した様子が描かれていました。

そこでは、「(ヤハウェ)の使い」は、イスラエルの民のための取り成しの祈りをささげるかのように、「万軍の主(ヤハウェ)よ。いつまで、あなたは、あわれんでくださらないのですか、エルサレムとユダの町々に。あなたが激怒して、もう七十年になります」(12節私訳)と問いかけている様子が描かれ、最後に、エルサレムの復興の約束が語られていました。

 

それに対し6章1節ではゼカリヤが「私が再び目を上げて見ると、なんと、四台の戦車が二つの山の間から出て来ていた。山は青銅の山であった」と幻を描いています。「二つの山」とはエルサレム神殿が建つシオンの山と、その東のオリーブ山で、その間のキデロンの谷から四台の戦車が出てきたというイメージとも解釈されることもあります。

ただ、ここで何よりも不思議なのは、その「ふたつの山」が「青銅」でできていたということです。青銅は日の出の輝きを表す色であり、また、神のご計画が何ものにも阻まれることのないことを現しているのかと思われます。

 

ここでは馬たちが戦いを導く「四台の戦車」として記されています。そして、ここには1章とは違った馬が登場し、「第一の戦車は赤い馬が、第二の戦車は黒い馬が、第三の戦車は白い馬が、第四の戦車はまだら毛の強い馬が引いていた(2,3節)と描かれます。

それに対し、ゼカリヤは彼と「話していた御使いに尋ねて」、「主よ。これらは何ですか」と言い、御使いは、「これらは、全地の主の前に立って後、天の四方に出て行くものだ」と答えます。つまり、これらの四台の戦車は、「全地の主」から全世界に遣わされ、軍事力を誇る国々を屈服させるのです。

 

そして、それぞれの戦車が遣わされる方向が、「そのうち、黒い馬は北の地へ出て行き、白い馬はそのあとに出て行き、まだら毛の馬は南の地へ出て行く」と記されます。北とは、バビロンやペルシャを指し、南とはエジプトを指します。先に四方と記されていましたが、西は地中海、東は砂漠ですから、従える必要があるのは北と南で、特に北は、アッシリヤ、バビロン、ペルシャ、ギリシャと支配者が変わって行きます。

なお、18節で真っ先に記された「赤い馬」の派遣先はここには記されません。後の世のために予備に取っておかれたのかもしれません。黙示録6章では、「赤い馬」はわざわいをもたらすもので、「地上から平和を奪い取ること」、つまり、「人々が、互いに殺し合う」ようになるためのシンボルでした(4)

なお、そこで「白い馬」は「勝利の上にさらに勝利を得」る者の象徴(2)、「黒い馬」は通商ルートの壊滅により驚くべきインフレをもたらすものの象徴でした(56節)。

 

その上で7節では、戦車の働きが、「この強い馬(複数)が出て行き、地を駆け巡ろうとしているのだ」と描かれ、そこで御使いが、「行って、地を駆け巡れ」と言うと、「それらは地を駆け巡った」と記されます。

そして、その後のことが御使いによるゼカリヤに対することばとして、「見よ。北の地へ出て行ったものを。それらは北の地で、わたしの霊を休ませる」(下線部別訳)描かれます。

とにかく、この書で繰り返し「万軍の主(ヤハウェ)」と呼ばれる方は、北の大国を打ち破り、ご自身の怒りの「霊をご自身が遣わす「戦車」によって鎮めてくださる方なのです。

 

2.「もし、あなたがたが、あなたがたの神、主(ヤハウェ)の御声に、ほんとうに聞き従うなら・・・」

  9節からはこれまでのような解説の必要な幻ではなく、預言者ゼカリヤに対する具体的な命令が記されており、まず、「ついで私に次のような主(ヤハウェ)のことばがあった」と記されます。

そして、その内容を記す10節は、「捕囚の民であったヘルダイ、トビヤ、エダヤからささげ物を受け取り、その日、あなたはゼパニヤの子ヨシヤの家へ行け。彼らはバビロンから帰って来たばかりである」と訳すことができます。この四人については何も分かりませんが、彼らはそろってバビロンからささげものを携えて帰って来たばかりだったと思われます。

そして、ゼカリヤに、「あなたは金と銀を取って、冠を作り、それをエホツァダクの子、大祭司ヨシュアの頭にかぶらせ(11)るようにと命じられます。この「冠」とは複数形です。それは、大祭司がかぶるターバンではなく、王冠の上にさらに王冠がついている豪華なもので、黙示録1912節には、救い主の現れの姿に、「その頭には多くの王冠があって」と描かれます。

 

そして1213節で、大祭司ヨシュアへの、「万軍の主(ヤハウェ)のことばとして、「見よ。ひとりの人がいる。その名は若枝。彼のいる所から芽を出し、主(ヤハウェ)の神殿を建て直す。彼は主(ヤハウェ)の神殿を建て、彼は尊厳を帯び、その王座に着いて支配する。その王座のかたわらに、ひとりの祭司がいて、このふたりの間には平和の一致がある」と約束されます。

若枝」と呼ばれる「ひとりの人」は、神殿再建工事の指導者であった総督ゼルバベルを指すとも解釈できますが、ここではそれ以上に、ゼルバベルから生まれる新しいダビデとしての救い主を意味します。

 

これは、エレミヤ331418節の預言の成就でもあります。そこでダビデの血筋から生まれる救い主は「正義の若枝」と呼ばれ、その王のもとで北と南に分かれたイスラエル王国はまとめられて復興し、また、神殿が再建され、レビ人から生まれる大祭司も絶えることがないと描かれていました。

そしてこのゼカリヤ書では、王と大祭司との間の「平和の一致」が敢えて強調されます。現実の歴史では、王権と祭司権の間には、しばしば緊張関係や争いがあったからです。イエス・キリストは王であるとともに大祭司として、このふたつの働きを調和させてくださいます。

 

14節ではこの冠の材料をささげた四人の名前とともに、「その冠は、ヘルダイ、トビヤ、エダヤ、ゼパニヤの子ヨシヤの記念として、主(ヤハウェ)の神殿のうちに残ろう」と記されます。私たちのささげものも天の宮に残るのです。

 

なお15節では「また、遠く離れていた者たちも来て、主(ヤハウェ)の神殿を建て直そう」と記されますが、先の四人はバビロンの地から帰って来たばかりでしたが、これからの帰還者も神殿再建に貢献できるというのです。

これは、神殿の再建が、ゼルバベルで終わるのではなく、その後も続くことを意味します。イエス・キリストの時代にも神殿は未完成だったのです。なぜなら、神殿には契約の箱もなく、一度も、主の栄光に包まれることはなかったからです。

 

最後に、この書で何度も記されているゼカリヤの告白、「このとき、あなたがたは、万軍の主(ヤハウェ)が私をあなたがたに遣わされたことを知ろう」という表現が記されます。

そして不思議なのはここで、その条件として、「もし、あなたがたが、あなたがたの神、主(ヤハウェ)の御声に、ほんとうに聞き従うなら、そのようになる」と付け加えられていることです。

原文では、「聞く」という動詞が重ねられ、「徹底的に聴き続けるなら・・」という意味で、主のみことばを「聴く」ことが、最終的な神殿完成の条件とされています。

しかも「聞き従う」の中心的な意味は、「従う」こと以前に「聴く」ことにあります。真剣に聴いて主の意志を自分の意志とするというプロセスが従順な行動の前提です。

 

3.「この七十年の間、あなたがたが・・断食して嘆いたとき、このわたしのために断食したのか」

7章の最初は、「ダリヨス王の第四年の第九の月」という具体的な時期の記述から始まります。これは11節に記された最初の預言から約二年後の紀元前518年の12月を指します。これは神殿再建工事の真っただ中での預言です。

そのときに不思議な質問が、「万軍の主(ヤハウェ)の宮に仕える祭司たちと、預言者たち」に届けられたと記されますが、2節の本文に関しては様々な解釈があり、質問の出し手が誰なのかはよくわかりません。

しかし、質問の内容は極めて明確で、「私が長年やってきたように、第五の月にも、断食をして泣かなければならないでしょうか」とういうものでした。「第五の月」とは、紀元前586年の7から8月にエルサレム神殿がバビロンの王ネブカデネザルによって廃墟とされた(Ⅱ列王25:8)ことを思い起こして嘆き、主のあわれみにすがる記念日でした。

 

このような質問が出されたのは、既に神殿の再建工事が軌道に乗っており、主の怒りは過ぎ去ったとも解釈されたからだと思われます。

その答えは当の質問者たちばかりか、「この国のすべての民と祭司たちに向かって(5)のものと記され、そこで主は、「この七十年の間、あなたがたが、第五の月と第七の月に断食して嘆いたとき、このわたしのために断食したのか」(5)と尋ねられます。

なお、ここに「第七の月」が追記されますが、それは、ネブカデネザルが任命したユダヤ人の総督ゲダルヤが暗殺された月で、これによって、まだ残っていたエレミヤを初めとするユダヤ人たちが、最終的に約束の地を離れざるを得なくなりました。それを悲しむ断食でもあったのです。

 

そして主は改めて、「あなたがたが食べたり飲んだりするとき、食べるのも飲むのも、自分たちのためではなかったか(6)と問われました。それは、彼らが食べたり飲んだりするのが自分のためであったのと同じように、彼らの断食も自分たちの目的達成の手段となっていたからです。

イザヤ583節以降には、昔のユダヤの民の断食の姿勢が、主に恩着せがましく誇っている様子で描かれ、それに対し主が厳しく、「見よ。あなたがたは断食の日に自分の好むことをし、あなたがたの労働者をみな、圧迫する。見よ。あなたがたが断食をするのは、争いとけんかをするため」と叱責されたことが描かれていました。

そして、ここでも主は、そのようなことを思い起こさせるように、「エルサレムとその回りの町々に人が住み、平和であったとき、また、ネゲブや低地に人が住んでいたとき、主(ヤハウェ)が先の預言者たちを通して告げられたのは、まさにそのことではなかったか(7節下線部私訳)と問いかけます。

このときネゲブや低地と言われるエルサレムの南側の地は砂漠化が進んで、人が住めなくなっていましたが、主は、宗教儀式を自分の利害のために行っている人へのさばきを警告しておられたのでした。

 

それを前提として9節では、「万軍の主(ヤハウェ)はこう仰せられる」ということばと共に、明確な行動指針が、「正しいさばきを行い、互いに誠実を尽くし、あわれみ合え。やもめ、みなしご、在留異国人、貧しい者をしいたげるな。互いに心の中で悪をたくらむな」(910)と命じられます。

正しいさばき」とは真実な政治の実践を含む言葉です。「誠実」とはヘセド(真実の愛)の訳です。「あわれみ」とは人の痛みを自分の痛みとすることです。また、社会的弱者を虐げないことと、人を貶めるような悪事を計画しないなどの当然の隣人愛の実践を主は求めておられます。

 

ところが、その愛に満ちた主の教えに対する彼らの態度が、11節の原文では、「それなのに、彼らはこれに注意を払うことを拒絶し、かたくなに背を向け、聞くことに対して耳をふさいだ」と記されます。

同じく12節でも、「彼らは心を金剛石のようにして、聞き入れなかった」とまず記され、彼らが聞こうとしなかった内容を、「万軍の主(ヤハウェ)がその御霊により、先の預言者たちを通して送られたおしえとみことばを」と記されています。

つまりここでは何よりも、彼らが主の愛のことばを軽んじ、それに反抗するかのように敢えて耳を塞いでしまったこと、また、心の耳を閉じてしまったことが非難され、その結論が、「そこで、万軍の主(ヤハウェ)から大きな怒りが下った」と記されているのです。

 

  13節では、主が皮肉を込めるように、「呼ばれたときも、彼らは聞かなかった。そのように、彼らが呼んでも、わたしは聞かない」と、「万軍の主(ヤハウェ)は仰せられる」と記されます。

それは、彼らが主の呼びかけに耳を傾けなかったので、バビロン軍に攻めたてられたとき、主も彼らの叫びに対してご自身の耳を塞がれたということです。

 

  14節では主のさばきが、「わたしは、彼らを知らないすべての国々に彼らを追い散らす。この国は、彼らが去ったあと、荒れすたれて、行き来する者もいなくなる。こうして彼らはこの慕わしい国を荒れすたらせた」と記されます。

つまり、主から問われていることは、断食という宗教儀式を守ることよりも、主のみこころに心を向けることなのです。

 

4.「しかし、このごろ、わたしはエルサレムとユダの家とに幸いを下そうと考えている」

8章の始まりでは「次のような万軍の主(ヤハウェ)のことばがあった」ということばとともに主の救いのご計画が明らかにされます。この章では九回にわたって「万軍の主(ヤハウェ)はこう仰せられる」ということばが繰り返されます。

 

まず、2-8節では、「万軍の主(ヤハウェ)はこう仰せられる」という定型句が四回繰り返されながら、イスラエルに対する主の語りかけが記されます。

最初のことば厳密には、「わたしは激しいねたみをもってシオンをねたむ。激しい憤りをもってこれをねたむ」と訳すことができます。ねたみの感情は、愛することとセットですから、新改訳では「ねたむほど激しく愛し」と意訳されますが、それでは神の「憤り」と矛盾するように誤解される可能性があります。

 

何よりも不思議なのは、ここでは主の「ねたみ」が、救いに直結していることです。ただそれは既に11416節、210節にも記されたことでもありました。

それでここではすぐに転換が見られ、「わたしはシオンに帰り、エルサレムのただ中に住もう。エルサレムは真実の町と呼ばれ、万軍の主(ヤハウェ)の山は聖なる山と呼ばれよう」という約束が記されます。

ここではエルサレムが「真実(エメット)の町」と呼ばれるということが新鮮です。

 

45節は、「再び、エルサレムの広場には、老いた男、老いた女がすわり、年寄りになって、みな手に杖を持とう。町の広場は、広場で遊ぶ男の子や女の子でいっぱいになろう」と、社会的弱者が新しいエルサレムで尊重されることが約束されます。

6節では、「もし、これが、その日、この民の残りの者の目に不思議に見えても、わたしの目に、これが不思議に見えるだろうか」と記されますが、これは、主の救いのご計画があまりにも偉大なものなので、苦しみに耐えている「残りの者」にとっては「不思議」としか思えないという意味です。

そして、その内容が、「見よ。わたしは、わたしの民を日の出る地と日の入る地から救い、彼らを連れ帰り、エルサレムの中に住ませる。このとき、彼らはわたしの民となり、わたしは真実と正義をもって彼らの神となる」(78)と記されます。

これは、神の一方的なあわれみによって、四方に散らされていた主の民がエルサレムのただ中に住み、神の民としての立場が回復されるというのですが、それを導く主の動機が、「真実(エメット)」「正義(ツェデク)と記されているのは興味深いことです。

それは主がアブラハムに約束されたことを、「真実に」また、「正義」の基準を持って守り続けるという意味です。

 

  9-13節も「万軍の主(ヤハウェ)はこう仰せられる」ということばとともに、「万軍の主(ヤハウェ)の家である神殿を建てるための礎が据えられた日以来」のろい」が「祝福」に変えられる様子が、「その日以前は、人がかせいでも報酬がなく、家畜がかせいでも報酬がなかった。出て行く者にも、帰って来る者にも、敵がいるために平安はなかった。わたしがすべての人を互いに争わせたからだ。しかし、今は、わたしはこの民の残りの者に対して、先の日のようではない・・・・それは、平安の種が蒔かれ、ぶどうの木は実を結び、地は産物を出し、天は露を降らすからだ。わたしはこの民の残りの者に、これらすべてを継がせよう」と描かれます。

そして、その結論が、「ユダの家よ。イスラエルの家よ。あなたがたは諸国の民の間でのろいとなったが、そのように、わたしはあなたがたを救って、祝福とならせる。恐れるな。勇気を出せ」(13)と描かれます。これはほとんどハガイ書に記されていたことと同じです。

 

 1415節でも、「万軍の主(ヤハウェ)はこう仰せられる」ということばとともに、イスラエルの歴史が、「あなたがたの先祖がわたしを怒らせたとき、わたしはあなたがたにわざわいを下そうと考えた・・・そしてわたしは思い直さなかった」と振り返られながら、神のみこころが変えられることが、「しかし、このごろ、わたしはエルサレムとユダの家とに幸いを下そうと考えている」と描かれ、最後に13節と同じように「恐れるな」と付け加えられます。

 

そして、1617節では、「これがあなたがたのしなければならないことだ」ということばとともに、「互いに真実を語り、あなたがたの町囲みのうちで、真実と平和のさばきを行え。互いに心の中で悪を計るな。偽りの誓いを愛するな。これらはみな、わたしが憎むからだ」と記されます。

これは先の7910節の繰り返しとも言えますが、ここでは特に、「平和(シャローム)のためのさばき」を行なうということが強調されています。

  

5.「私たちもあなたがたといっしょに行きたい。神があなたがたとともにおられる、と聞いたから」

18-23節は「さらに、私に次のような万軍の主(ヤハウェ)のことばがあった」とともに、三回に渡って「万軍の(ヤハウェ)はこう仰せられる」ということばとともに、将来の約束が記されます。

その第一は、「第四の月の断食、第五の月の断食、第七の月の断食、第十の月の断食は、ユダの家にとっては、楽しみとなり、喜びとなり、うれしい例祭となる」というものです。

第四の月の断食」とは、エルサレムがバビロン軍に包囲された時に、王と戦士たちが民を見捨てて逃亡したことを覚えるためでした(Ⅱ列王25:3)。また、「第十の月の断食」とは、バビロンの王ネブカデネザルがエルサレムを包囲したことを覚えるためです(25:1)

四つの断食はすべて、バビロン捕囚に至る悲惨を思い起こすためのものですが、エルサレムの繁栄が回復されたとき、それらが祝祭日に変えられるというのです。それは、それらの悲劇を通して、民が自分たちの罪に気づき、神に立ち返ることができたからです。

そして、ここでは最後に、「だから、真実と平和を愛せよ」と命じられます。これこそ目に見える断食にまさって主が求めておられることです。

 

20-22節では、世界中の人々が、主を礼拝するためにエルサレムに集まってくる様子が描かれます。それは211節でも記され、またイザヤ書の結論として6618-23節にも記されていたことでした。

ここでゼカリヤは、「再び、国々の民と多くの町々の住民がやって来る。一つの町の住民は他の町の住民のところへ行き、『さあ、行って、主の恵みを請い、万軍の主(ヤハウェ)を尋ね求めよう。私も行こう』と言う。多くの国々の民、強い国々がエルサレムで万軍の主(ヤハウェ)を尋ね求め、主の恵みを請うために来よう」と描きます。

それは世界中の民が競い合うようにエルサレムへの巡礼を願い、イスラエルを迫害した「強い国々」さえ、「万軍の主」を尋ね求めるようになるというのです。

 

最後の23節は、世界中の民がユダヤ人にすがって、主を礼拝するために集まる様子を劇的に描いたもので、「その日には、外国語を話すあらゆる民のうちの十人が、ひとりのユダヤ人のすそを堅くつかみ、『私たちもあなたがたといっしょに行きたい。神があなたがたとともにおられる、と聞いたからだ』と言う」と記されます。

ここでの「十人」とは包括的な数字ですが、「十人が、ひとりのユダヤ人」にすがるなら、全体の数は、黙示録511節に描かれた「万の幾万倍、千の幾千倍」という途方もない人々がエルサレムに、主を礼拝するためにやってくることを意味します。

もちろん、これは地上のエルサレムで実現できることではなく、黙示録212節に記された「新しいエルサレムが・・神のみもとを出て、天から下って来る」ときに成就するものです。

 

主の命令の根本は、主の命令に外面的な行動で従うということ以前に、主の御声に心の底から耳を傾けることです。主の怒りは、「耳を塞いで聞き入れなかった」「心を金剛石のようにして・・聞き入れなかった」ということに対して向けられていました。

主は、私たちの歩みを助け、祝福したいと願っておられます。イエスは、「人は、どんな罪も冒涜も赦していただけます。しかし、御霊に逆らう冒涜は赦されません(マタイ12:31)と言われました。それは、何か重大な犯罪を犯すということ以前に、主の愛の招きを拒絶するという罪に他なりません。

主はこの世界に対して、私たちの想像をはるかに超えた救いのご計画を立てておられます。それは、神の真実と平和がこの世界に満ちることです。

そのような主の救いのご計画に私たちの心を開くことこそ、神に何よりも喜ばれることです。主のみことばがあなたの心の内側にしみわたり、あなたの意志を動かすようになること、それこそが聖霊のみわざなのですから・・・・。

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