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2014年8月31日 (日)

創世記18章~22章「神の友と呼ばれるまでのプロセス」

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 神が、ソドムとゴモラを硫黄の火で焼かれたこと、また、アブラハムにその子イサクを全焼のいけにえとしてささげるように命じたという記事は、しばしば、人が神を信じる際の大きな障害になっています。それは容易には納得できないことですし、納得してはならないことかも知れません。

しかし、その疑問をすなおに認めながら、しかも、聖書を通して神と率直に対話するときに、私たちにとって何よりも大切なことが見えて来るのではないでしょうか。

 

実際、私はかつて、「あなたのイサクをささげなさい!」などという力強い?チャレンジの説教のことを伝え聞いて、恐怖と同時に嫌悪感を覚えたものです。それは今も同じですが、創世記12章以降の文脈をじっくりと味わう中で、神の真実が見えてきて、この記事をもっと優しく見られるようになりました。

多くの人は、自分で自分を納得させようと焦り、また急激な信仰の飛躍を願って、かえって自分を霊的な死に追い込もうとしてはいないでしょうか。

 

1.「アブラハムはまだ、主(ヤハウェ)の前に立っていた」

  「(ヤハウェ)マムレの樫の木のそばで、アブラハムに現われた。彼は日の暑いころ、天幕の入り口にすわっていた。彼が目を上げてみると、三人のが彼に向かって立っていた(18:12)とは驚くべき表現です。

彼はなお、「約束された地に他国人のように住み・・天幕生活をしました(ヘブル11:9)と描かれたような質素な生活をするアブラハムの前に、(ヤハウェ)ご自身が、ふたりの御使いを伴って、人の姿で現れてくださったと記されているからです。

 

アブラハムは不思議にも、三人のうちのひとりが、御使いではなく主ご自身であることを知り、走って、平伏し、「主(アドナイ)(3節脚注)と呼びかけます。そして、最高の客人を迎えるように接待させてほしいと願います。

興味深いのは、主ご自身が御使いを伴って人の姿で現れ、アブラハムの接待を受け、「こうして、彼らは食べた(18:8)と記されていることです。これは、本来、人の目には見えないはずの主(ヤハウェ)ご自身が、彼の食事を食べるほどまでに日常の中に降りて来られ、その上で、ご自身のみこころを明確に示してくださったということです。

これは、後に、神の御子が、私たちとまったく同じ人間の姿となって、私たちと同じ日常生活を過ごされたということの前触れといえましょう。神は、私たちを超越しておられると同時に、私たちの真ん中に住んでくださる方であられるのです。

 

主はアブラハムに、サラから子が生まれると改めて約束されましたが(18:10)、その実現のためには、90歳のサラ自身も納得し、極めて肉的とも言える営みが必要なのです。そのために主ご自身が肉の姿で現われ、サラが調理した肉の糧を食べたのかも知れません。

なお、それを聞いたサラが、「心の中で笑って・・・『老いぼれた私に・(18:12)とつぶやいたことが問題にされたのは、それが1716節に続く二度目の明確な啓示であり、サラがそのことをアブラハムから何度も聞いていながら、それを信じ受け入れようとしていなかったからだと思われます。事実、アブラハムも最初それを聞いたとき疑いながら笑いましたが、それは問題にされませんでした。

しかし、ここでは、「サラはなぜ…笑うのか」と責められ、サラは恐怖に覚えて、笑ったことを打ち消さざるを得ないほどだったからです。

 

主はアブラハムに、「(ヤハウェ)に不可能なことがあろうか(18:14)と言われましたが、それは、神のみわざを自分の常識の枠で把握しようとする傾向がある私たちすべてに対する永遠のメッセージと言えます。

 

   それから「その人たちは、そこを立って、ソドムを見下ろす方への上って」行きますが、そこで、「(ヤハウェ)」が、ソドムとゴモラを滅ぼすことを、「アブラハムに隠しておくべきだろうか」とご自身に問いかけておられるご様子までが描かれます。

そして、それを知らせる理由が、アブラハム自身が彼の後の家族に、「主(ヤハウェ)の道を守らせ、正義と公正とを行なわせるため(18:19)であるというのです。「(ヤハウェ)の道」とは、「正義と公正」に他ならず、これはソドムの罪に対して主がどのようなさばきを下したかを、アブラハムが子孫たちにきちんと説明する必要があるからです。

残念ながら人は、自分たちの罪がどのような非劇をもたらすかを目の当たりにして初めて、「(ヤハウェ)の道」に従って生きることの大切さがわかるということがあります。

現代の私たちも、罪に対する神の怒りが分からなければ、「キリストの血によって義と認められ」、「神の怒りから救われる(ローマ5:9)ということの意味が分かり得ません。

 

ところで、アブラハムはこの神のさばきの正当性を、腹の底から納得したいと願いました。それでふたりの御使いがソドムの方へと進んで行ったときに、「アブラハムはまだ、主(ヤハウェ)の前に立っていた(18:22)というのです。

彼は、何と全世界の創造主に向かい、まるで説教をするかのように、「全世界をさばく方は、公義を行なうべきではありませんか」(18:25)と言いました。そして、「五十人の正しい人がいたら・・・」から始まって「もしやそこに十人見つかるかもしれません」まで、六段階の数字をあげて、正しい者が悪い者と一緒に滅ぶことがないようにと、主に断固として訴えます。その際、彼の頭には、誰よりも甥のロトに対する心配があったことでしょう。

どちらにしても、これこそ祈りの模範でもあります。私たちも自分が納得できないことを、正直にストレートに訴える必要があります。信仰とは、決して思考を停止することではありません。信仰とは祈りです。それは、神に訴えすがることから始まります。

 

その後、ふたりの御使いはロトの住むソドムを訪ねます。不思議なのは、ロトが「彼らを見るなり・・顔を地につけて伏し拝み」(19:1)、彼らを神の御使いと認めていながら、もてなしたり、守ろうとすることに夢中になっている点です。何と、御使いたちを町の人々の男色の標的から守るために、自分の娘たちを犠牲にしようとしたほどでした。

なお、この記事から、同性愛は「ソドムの罪」と呼ばれるようになりました。それに対して町の人々は、「こいつはよそ者として来たくせに、さばきつかさかのようにふるまっている」(19:9)と激高し、ロトに迫ってきました。

これをもとにペテロは後に、「義人ロトは・・不法な行いを見聞きして、日々その正しい心を痛めていた(Ⅱペテロ2:7,8)と記します。

町の人々は、ロトは日ごろからソドムの罪を批判的に見ていたことを苦々しく思っていたからこそ、このように迫って来たのでしょうが、ここに至って初めて御使いたちは力を発揮し、ロトを助けるために攻撃者たちの目をくらませます。

皮肉にも、ロトは、神の御前に正しくあろうと必死でも、自分こそが、主のあわれみを必要とすることを分かっていないかのように振る舞っています。その意味で、ロトの義は、「パリサイ人の義(マタイ5:20)に近いものだったのではないでしょうか。神の前に正しくあろうとすることよりも、神のあわれみにすがることこそ信仰の基本です。

 

そして、ロトが逃げることを「ためらって」(19:14)しまったのは、御使いの訪問の目的を真剣に聴こうとしなかった結果かもしれません。それで彼らが、彼と妻と娘たちの手をつかんで町の外に連れ出す必要がありました。それは、「主(ヤハウェ)の彼に対するあわれみによる」ものと描かれます(19:16)

しかも、ロトは、「山に逃げなさい」と言われても、主のあわれみを信じることができず、自力で走りきられる範囲の小さな町を願いました。しかし、主はそれをも聞き届けて下さいました。

そして、ロトがその町ツォアルに着いたその時、「(ヤハウェ)はソドムとゴモラの上に、硫黄の火を、天の主(ヤハウェ)のところから降らせ、これらの町々と低地全体と、その町の住民と、その地の植物をみな滅ぼされ(19:23-25)と描かれます。

ただ、残念ながら、ロトの妻は、御使いの命令に反し(19:17)振り返ったので、「塩の柱」になってしまいました(19:26)。その翌朝、アブラハムがかつて主の前に立ったと同じ場所から、主のさばきの跡を見下ろした様子が描かれます。

その際、「神はアブラハムを覚えておられた。それで・・・神はロトをその破壊の中から逃れさせた(19:29)と敢えて記されます。ロトが助かったのはアブラハムのおかげだからです。

 

その後、ロトは、神の許可があったツォアルさえも離れてしまいます。それは、神がその町をも滅ぼすのではないかと「恐れた」からでしょう(19:30)。そして、彼と娘たちは、山のほら穴に住むようになってしまい、孤立します。そして、ふたりの娘も希望を失い、父親を酔わせて子孫を作ろうなどという主の御教えに反する破廉恥なことを思いつき実行します(19:36)。その結果、モアブ人とアモン人という不幸な民族が誕生します(申命記23:3)

ロトはアブラハムのあわれみにすがることもできたはずです。ロトは、主のあわれみに信頼することができず、災いを招きました。自分の正義感にとらわれ、また自分の狭い世界を守ろうとしたため、すべてを失ってしまいます。

ロトの問題は、私たちの問題でもあります。私たちも、アブラハムのように主の前に立ち続ける大胆さが必要ではないでしょうか。

 

2.「あなたが何をしても、神はあなたとともにおられる」

  ところが、アブラハムは、その後ペリシテ人の地ゲラルで、エジプトの時と同じ間違いを繰り返します(20:1,2)。彼は、妻の美しさのゆえに自分が殺されるかもしれないと恐れて、サラを「これは私の妹です」と紹介します。それを信じた、ゲラルの王アビメレクはサラを召し入れました。

神は「あなたの妻サラが、あなたに男の子を産むのだ。あなたはその子をイサクと名づけなさい」(17:19)と明確に語っておられ、彼も確信していたはずでしたが、再び昔の悪い癖に動かされました。いつまでたっても学習できないものです。

しかし、神はそんな彼をあわれみ、夢の中でアビメレクに現われ、「あなたが召し入れた女のために、あなたは死ななければならない。あの女は夫のある身である(20:3)と警告して下さいました。

しかも、アビメレクの正当性を認めながら、なおもアブラハムのとりなしの祈りを求めるように命じます(20:7)。まさに、神は、人間の善悪の基準を超えて、アブラハムの側に立っておられるのです。

 

それを知ったアビメレクは、サラを返すばかりか、羊や牛の群れ、男女の奴隷を与え、自分の領地のどこに住むことをも認め、銀千枚までも与えました。その上で、「アブラハムは神に祈った。神はアビメレクとその妻、およびはしためたちをいやされたので、彼らはまた子を産むようになった」と記されます(20:17)

明らかにアブラハムに非があったのに、神は、ご自身がアブラハムの側に立ち、彼の祈りを聞かれることを証明されたのです。

それはまた、主が彼に、「あなたは祝福となる。わたしはあなたを祝福する者を祝福し、あなたを蔑む者をのろう。地上(アダマー)のすべての民族は、あなたにおいて祝福される(12:2,3私訳)と言われた主の約束が成就したということです。

 

  アブラハムは、人間的な計算で神のご計画を台無しにするところでした。ところが、それにも関わらずその後の事が、「(ヤハウェ)は、約束されたとおり、サラを顧み・・仰せられたとおりに主(ヤハウェ)はサラになさった。サラはみごもり、そして神がアブラハムに言われたその時期に、年老いたアブラハムに男の子を産んだ(21:1,2)と描かれています。

このようなイサクの誕生の経緯に、主のご真実を見ることができます。後にパウロは、「私たちは真実でなくても、彼は常に真実である。彼にはご自分を否むことができないからである(Ⅱテモテ2:13)と記しています。

 

ところで、イサクの乳離れの頃、サラは、ハガルとイシュマエルを追い出すことを主張します。これも昔の彼女のパターンの繰り返しです。アブラハムも悩みますが、「彼もあなたの子だから」(21:13)という主ご自身のイシュマエルに対する約束を聞いて、彼らを送り出します。その後、ハガルは荒野をさまよい、「皮袋の水が尽きたとき」、子供の死を覚悟して「声を上げて泣き」ます(21:15,16)

それにしても、このような悲劇が起きたのは、アブラハムとサラが、神のみこころを求めて真剣に祈ることなく、人間的な計算で、女奴隷のハガルから子孫を生もうとしたからです。その後のアブラハムの対応も、家長としては失格です。

主がイサクの誕生をイシュマエルの誕生から14年間も遅らせたのは(16:6,17:1)、イシュマエルがハガルとともに荒野で生き延びられる年齢になるのを待つためでした。そして、このとき、絶望するハガルの目が開かれ、井戸が見つけられ、ふたりは生き延びます。

その後のことが、「神が少年とともにおられたので、彼は成長し」と描かれます(21:8-21)。ここにも、アブラハムの人間的な弱さにもかかわらず、「あなたは祝福となる・・・すべての民族は、あなたにおいて祝福される」という約束が守られています。

 

   その頃、アビメレクと将軍ピコルがアブラハムに「あなたが何をしても、神はあなたとともにおられる(21:22)と言います。それは、アブラハムの側にたとえ非があっても、神が彼の味方になっているのを見たからです。

私たちは、自分たちの立派さによって世の人々に神を証ししようと頑張りがちですが、この場合のアブラハムは、彼が意図したわけではありませんが、その愚かさによって主の真実を証ししています。

彼らは、「私があなたに尽くした真実(ヘセド)ふさわしく・・・私にも…この土地にも(真実を)尽くしてください」と恐れをもって願います(21:22,23)。そればかりか、井戸のことでアブラハムが抗議をすると、あっさりとそれを受け入れます。それがベエル・シェバの町の始まりとなります。

まさに、「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう(ローマ8:31)とあるとおりです。

 

そして、これらの記述の後、ここでも、「アブラハムは・・・永遠の神、主(ヤハウェ)の御名によって祈った(21:33)と描かれています。彼は何度も間違いを犯しますが、彼を特徴づける最大のテーマは、「祈り」なのです。

神があくまでも「私たちの味方」となってくださるのは、私たちが恐れから解放されて、自分の身を差し出して主に仕えることができるためです。

私たちはこの世に対して神の祭司としての役割が期待されています。それは、「あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です(Ⅰペテロ2:9)とある通りです。ですから、私たちが世の人々にできる最高の証しも、私たちがいつでもどこでも主に祈っているという姿勢ではないでしょうか。

 

 

3.「これらの出来事の後、神はアブラハムに試練を与えられた」

   「これらの出来事の後(22:1)とは12章からのアブラハムの歩みのすべてを指すように思えます。彼は、エジプトでもペリシテでも、サラを自分の妹と言って、彼女を危険にさらしました。

そればかりか、自分の家庭を治められず、ハガルを二度も家から出さざるを得なくしました。しかし、それにも関わらず、神はアブラハムに真実であり続けました。

そして、神の約束を信じきることができない彼に、何度も親しく現われてくださり、目に見えるしるしをさえ与えて彼の信仰を育てて下さいました。

振り返って見ると、私自身の場合も同じです。もちろん、アブラハムのように主または主の御使いに、お会いしたことはありませんが、肝心のときに支えられ続けました。同じことが一人一人に当てはまるのではないでしょうか。誰も自分の信仰を誇ることはできませんし、また、卑下する必要もありません。

 

その上で、「神はアブラハムを試練に会わせられた」のです。そのとき主は何と、あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そしてわたしがあなたに示すひとつの山の上で、全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい」と命じられます(22:1)。これほど乱暴な命令があるでしょうか?

 

これはキルケゴールが著書「おそれとおののき」で問題にしているように、しばしば教会で牧師が、「アブラハムが最善のものをささげようとしたほど、神を愛したことは偉大なことであった」などと安易に語ってはなりません

もし、誰かがその模範に習おうとするなら、「お前は悪魔に取りつかれたのか」と必死になって止めることでしょう。これは、「(ヤハウェ)の道」に反する、子供をいけにえとするモレク礼拝と同じに見えます。

またこれは明らかに、「星を数えることができるなら、それを数えなさい・・・あなたの子孫はこのようになる(15:5)という主の約束に矛盾し、「イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる」(21:12)と主が言われたことにも真っ向から反するように思われます。

 

事実、アブラハムは出発して三日目に、モリヤの地(後のエルサレム神殿の地)を、「はるかかなたに見」ながら、しもべたちをそこに残し、敢えてふたりだけになります。自分がやろうとすることを誰にも説明することができないからです。

そして、イサクも、何かがおかしいと感じ、「全焼のいけにえのためのたきぎ」を背負いながら、「彼の父アブラハム」に向かって、お父さんと呼びかけます。アブラハムは、「何だ、わが子よ」と答えます。

イサクが、「全焼のいけにえのための羊はどこにあるのですか」と尋ねると、アブラハムは、「神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。わが子よ」と答えた様子が描かれます(22:78私訳)

「父」、「わが子よ」とそれぞれ二回繰り返される中に、恐ろしいほどの緊張感が示唆されています。

今、ここで、父はわが子を殺すように迫られていると悶え苦しみながら、とっさに、「そうであって欲しい」という希望的な観測を「わが子に」必死に述べたのかもしれません。

 

なおも二人は歩き続けて目的地に達し、アブラハムは、今、主の命令に従って、「自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置き・・刀を取って自分の子をほふろうと(22:9,10)しました。このとき彼らは何を考えていたのでしょう。イサクが自分の身を縛られるままに任せたのは、父に対する絶対的な信頼の証しなのでしょうか・・・。

後にヘブル書の著者は、アブラハムの気持ちを、「彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました」と描きますが(ヘブル11:19)、それでも「わが子」にナイフを突きつけている気持ちはどんなものでしょう。

だからこそキルケゴールはアブラハムの試練についての考察の書名を、「恐れおののいて自分の救いの達成に努めなさい(ピリピ2:12)とのみことばから取っています。

なお、「アブラハムは・・どこに行くか知らないで出て行きました」(ヘブル11:8)とありますが、信仰の歩みでは、最終ゴールは分かっても目の前はしばしば不安に満ちています。

 

ただし、このような過酷な命令は、突然与えられたものではありません。アブラハムにとって、イサクの誕生こそ神の真実の最大の証しでした。ですから彼は、この途方もない命令を聞きながら、神には何か特別のご計画があると思ったことでしょう。

彼はこれを納得はできなかったでしょうが、神の真実を体験的に知っていました。ですから、人間的な価値判断を超えて、神の命令に従えたのです。

かつてアダムは、神の明確な命令を聞きながら、自分を神として、自分の価値判断に従って、神に背きました。しかし、今、アブラハムは、人間的な価値判断を超えて、神を善悪の基準としたのです。つまり、この命令は、人間の目には理解しがたいこと自体に意味があるのです。

アブラハムはこれによって、「神のようになり、善悪を知るようになった(創世記3:5,22)というアダムの罪を逆転させました。この試練を通して、「私の道」ではなく、「主(ヤハウェ)の道を守る」という、神のわざとしての信仰に導かれたのです。

 

主は、その時になって彼を差しとめ、「今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた(22:10)と言われ、一頭の雄羊を見せてくださいました。そのことから、「アドナイ・イルエ」((ヤハウェ)の山には備えがある)と言われるようになります。

それから主(ヤハウェ)の使いは、天から彼を呼んで、「あなたの子、あなたのひとり子を惜しまなかったから、わたしは確かにあなたを大いに祝福し・・・あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる(22:16)と言われました。

 

パウロはこれと同じことばを使って、「私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう」(ローマ8:32)と記しました。

つまり、神は、世界の救いのためにご自身の御子をおささげになるご計画を既に持っておられた上で、アブラハムに同じ痛みを体験させ、真に彼を「神の友」にふさわしいものとして承認してくださったと解釈できるのです。

 

ヤコブは、「私たちの父アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげたとき、行いによって義と認められた・・・彼の信仰は行いとともに働いたのであり、信仰は行いによって全うされ・・アブラハムは神の友と呼ばれたのです(2:21-23)と語っています。

私たちの信仰は、いのちよりも大切なものをも犠牲にする行動として完成するというのです。私は長らく、自分の信念や愛する人のためには命を犠牲にできる気高い人になりたいと思っていましたが、そこには自分の世界を絶対化する、自爆テロと変わらない思いがありました。

アブラハムはイサクをささげたとき、人の目には最悪の父になる覚悟をさえ決めたのです。彼の「信仰」とは彼の信念ではなく、神の真実への応答でした。

 

アブラハムが神のみこころと自分の思いを一つにし、「神の友」と呼ばれるまでに、どれだけのプロセスがあったことでしょう。創造主ご自身でさえ、ひとりの人の心を成長させるにはこれだけの苦労をされているのです。

私たちは、自分も人も、あまりにも厳しい尺度で測ってはいないでしょうか。アブラハムは確かに「信仰の父」です。しかし、それは彼が誇ることができるものではありません。彼の信仰は、神の作品であったからです。

彼の模範に習うことは大切ですが、それよりはるかに大切なのは、「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいる(ヘブル12:2)ことではないでしょうか。十字架の苦しみの向こうには、必ず復活の喜びが保障されているからです。

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2014年8月24日 (日)

ヨハネ3章22-36節「天からのことばと地のことば」

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   1947年にベドウィンの羊飼いの少年が、死海のほとりの洞窟で、紀元68年にローマ軍によって滅ぼされたクムラン教団が残した貴重な文書を発見しました。そこにはその教団の生活を思い起こさせる様々な文書と共に、旧約聖書の巻物が発見されました。それによって、現代に受け継がれている聖書が二千年前の記録とほぼ完全に一致しているということが明らかになりました。

そこで何よりも興味深いのは、そのクムラン教団が聖書に徹底的に忠実であろうとしながら、当時のエルサレム神殿の権威を認めず、厳しい荒野の中での禁欲生活をしていたことです。

 

しばしば、バプテスマのヨハネをクムラン教団やエッセネ派と結びつける学者がいますが、根本的に違うのは、イエスを救い主(キリスト)と認めたか否かです。ルカの福音書によると、ヨハネはその父ザカリヤがエルサレム神殿の至聖所に入って香をたいていた時に、その誕生が告げられました。

その点からするとヨハネはまさに「エルサレム神殿の子」と呼ばれるにふさわしい宗教指導者でしたが、宣教活動を神殿から遠く離れたヨルダン川近辺の荒野で行い、厳しく罪の悔い改めを迫り、神殿を無視するようにバプテスマを授け、禁欲的な生活を指導しました。

 

イエスはヨハネからバプテスマを授けられることで公の生涯を始めました。人間的に見ればイエスは当時のユダヤ人にとっては、ど田舎の大工のせがれであり、ヨハネが彼を救い主として認めなければ、人々の注目を集めることはなかったかもしれません

また、神殿でのいけにえなしに罪の赦しを宣言したヨハネの活動がなければ、誰もイエスが神殿の権威を否定するような宮清めの乱暴な働きに理解を示すことはできなかったことでしょう。

当時の時代背景を知れば知るほど、イエスの働きの前にヨハネが人々の注目を集めていることの必要がわかります。まさに、ヨハネなしにイエスの働きはありえませんでした。しかし、人間的に見るとこのふたりはあらゆる面で対照的でした。ヨハネの弟子たちが容易に、自分の指導者のことばに従ってイエスを信じられなかったのも納得できるほどです。

 

1.「私はキリストではなく、その前に遣わされた者である」

322節に「その後」とありますが、これはイエスと弟子たちが、エルサレムを離れ、ユダヤの地方のどこかに行って、そこに滞在したことを示します。

そして、「イエスは弟子たちと・・・バプテスマを授けておられた」とありますが、42節には、実際にバプテスマを授けていたのは、イエスではなく弟子たちであったと記されています。もちろん、これはイエスが弟子たちに委任したものですから、イエスご自身によるバプテスマと同じ意味をお持ちます。

 

そして、ここでは続けて、「一方ヨハネもサリムに近いアイノンでバプテスマを授けていた。そこには水が多かったからである。人々は次々にやって来て、バプテスマを受けていた」(23節)と描かれます。この場所がどこかについてはよくわかりません。

なお、ここに追加説明として、「ヨハネは、まだ投獄されていなかったからである(24)と記されています。これは、ヨハネが間もなく、人々を悔い改めに導いてバプテスマを授けるという働きができなくなることを示しています。なお、ヨハネは自分の働きを「水でバプテスマを授ける」(1:26)と言いつつ、イエスに関しては、「その方こそ、聖霊によってバプテスマを授ける方である(1:33)と語っていました。

 

ところで、ヨハネと弟子たちとの会話のきっかけが、「ヨハネの弟子たちが、あるユダヤ人ときよめについて論議した」(25)と記されます。

きよめ」の代表例は、たとえば、ツァラアトに犯された方が、患部がいやされた場合、祭司に確認してもらって、「自分の衣服を洗い、その毛をみなそり落とし、水を浴びる。その者はきよい。そうして後、彼は宿営に入ることができる。しかし、七日間は自分の天幕の外にとどまる・・八日目に彼は、傷のない雄の子羊二頭と・・・を持ってくる」とありました(レビ143-10)

ですから、ヨハネのバプテスマは、当時の宗教指導者には、水を浴びるだけできよめが完了するかのように宣言していると見えたことでしょう。これは神殿でのいけにえの必要性を否定することですから、当時の祭司長や律法学者が疑問に思ったことは当然です。

しかも、ヨハネの弟子たちにとって問題に思えたのは、ヨハネからバプテスマを受けたはずのイエスご自身とその弟子たちが、より多くの人々にバプテスマを授けているということで、それが当時の宗教界の大きな問題になっていたのだと思われます。

 

ヨハネの弟子たちは彼のところに来て、「先生。見てください。ヨルダンの向こう岸であなたといっしょにいて、あなたが証言なさったあの方が、バプテスマを授けておられます。そして、みなあの方のほうへ行きます(26)と記されています。

ここでは、「あなた」という代名詞が強調されていて、イエスのもとに人々が集まるのはヨハネの貢献によるのに、イエスはヨハネに対して恩知らずな行動をとっていると言いたかったのだと思われます。

 

それに対してヨハネは極めて冷静に、まず、「人は、天から与えられるのでなければ、何も受けることはできません。あなたがたこそ、『私はキリストではなく、その前に遣わされた者である』と私が言ったことの証人です(2728)と答えます。

ここで、「天から」と言われるのは、神の御名をみだりに使うことがないようにという配慮からで、人々を引き寄せるイエスの働きは、神から与えられたものであると、人間的なライバル意識を捨てるようにという訴えです。

その際、「あなたがたこそ・・・証人です」と、彼ら自身がヨハネから直接に、「私はキリストではなく、その前に遣わされた者である」確かに聞いていたはずであると、自分たちの立場をわきまえるようにと自覚を促しました。

とにかく、ヨハネが人々に悔い改めを迫って来たのは、あくまでも救い主を迎える準備であったということなのです。

 

この背後には、マラキ31節があります。そこでは、「さばき(正義)の神はどこにいるのか」という人々の訴えに対して、主ご自身が、「見よ。わたしは、わたしの使者を遣わす。彼はわたしの前に道を整えると言われました。バプテスマのヨハネは、この預言に従って、主の現れの備えをしていたということなのです。

しかも、そこでは「あなたがたが尋ね求めている主が、突然、その神殿に来る」と記されていました。ヨハネの福音書でイエスの公の働きの最初が、エルサレム神殿での宮の中から商売人たちを追い出したこととして描かれているのは、マラキの預言の成就を強調するためと言えましょう。

しかし、それは当時の人々が期待していたような、「火が天から下ってきて、全焼のいけにえと数々のいけにえを焼き尽くし・・・主の栄光が宮に満ち・・・祭司たちは主の宮に入ることができなかった(Ⅱ歴代7:1,2)と描かれていたような圧倒的なしるしではありませんでした。

イエスは、「細なわでむちを作って、羊も牛もみな、宮から追い出し、両替人の金を散らし、その台を倒し(2:15)という実力行使はしましたが、それは当時の人々には、預言者気取りの独りよがりの行動と見えたことでしょう。ヨハネの弟子もそのような印象を持ったのではないでしょうか。

それに対して、ヨハネはイエスこそがマラキが預言していた救い主であり、自分はその「前に道を整える」使者である、そしてそれを自分は弟子たちに何度も話してきたと、ここで思い起こさせているのです。

 

2.イエスのメッセージとヨハネのメッセージとに見られる対比

   ヨハネは弟子たちに向かって引き続き、「花嫁を迎える者は花婿です。そこにいて、花婿のことばに耳を傾けているその友人は、花婿の声を聞いて大いに喜びます。それで、私もその喜びで満たされているのです(29)と語ります。

イザヤは捕囚とされた神の民の回復を、孤児たちを集めて神の都に帰ってくる「花嫁にたとえ(49:18)、「花婿が花嫁を喜ぶように、あなたの神はあなたを喜ぶ(62:5)と語っています。

つまり、ヨハネはイスラエルの民を「花嫁」にたとえ、キリストが「花婿」として「花嫁」であるイスラエルの民を迎えようとしていると語っているのです。

 

ただ、そこで同時に、ヨハネは自分の立場を花婿の「友人」たとえます。これは英語ではしばしば、ベストマンと呼ばれる役割です。当時は、花婿と花嫁の連絡係として、花嫁と花婿を結びつけるための花婿に信頼される友人でした。

そしてそこで、友人は、花婿が花嫁を迎える声を聴いて、自分の労苦が報われたことを「大いに喜ぶのと同じように、イエス・キリストがイスラエルの人々をご自分のもとに直接に招き入れるのを喜んでいるというのです。

そしてその結論として、「あの方は盛んになり私は衰えなければなりません(30)と最後にまとめます。

 

 それにしても、ヨハネの弟子たちは、何度もヨハネの話しを聞きながら、どうして、イエスのもとに行けないばかりか、自分たちの教師ヨハネと、イエスを人間的な目のライバルかのように見てしまったのでしょう。

それは、ある意味で、ヨハネのメッセージの方が、具体的な指示に満ちた分かりやすいものであったからかもしれません。

 

ルカの福音書では、ヨハネの働きが、「主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ」と「荒野で叫ぶ者の声」として紹介されます(3:4)。そこで引用されたイザヤの原文では、「呼ばわる者の声がする。『荒野に主(ヤハウェ)の道を整えよ。荒地で私たちの神のために大路を平らにせよ』と」(40:3)と記されています。

つまり、ヨハネの働きはあくまでも、主の栄光がイスラエルに戻ってくることに先立って、人々が道備えにための行動を忠実に果たすように促す「であるというのです。

ヨハネ自身が道備えの働きをするというよりも、人々の行動を促すのが趣旨です。当然、そのメッセージは極めて具体的になります。ルカ3章7-14節には次のように彼のことばが記されています。

 

それで、ヨハネは、彼からバプテスマを受けようとして出て来た群衆に言った。「まむしのすえたち。だれが必ず来る御怒りをのがれるように教えたのか。それならそれで、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。

『われわれの父はアブラハムだ』などと心の中で言い始めてはいけません。よく言っておくが、神は、こんな石ころからでも、アブラハムの子孫を起こすことがおできになるのです。斧もすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。」

 

 群衆はヨハネに尋ねた。「それでは、私たちはどうすればよいのでしょう。」 彼は答えて言った。「下着を二枚持っている者は、一つも持たない者に分けなさい。食べ物を持っている者も、そうしなさい。」

 取税人たちも、バプテスマを受けに出て来て、言った。「先生。私たちはどうすればよいのでしょう。」ヨハネは彼らに言った。「決められたもの以上には、何も取り立ててはいけません。」

 兵士たちも、彼に尋ねて言った。「私たちはどうすればよいのでしょうか。」ヨハネは言った。「だれからも、力ずくで金をゆすったり、無実の者を責めたりしてはいけません。自分の給料で満足しなさい。」

 

この背後にはマラキを通しての主のメッセージがありました(3:2-5)。そこでは次のように記されていました。

 

「だれが、この方の来られる日に耐えられよう。だれが、この方の現れるとき立っていられよう。まことに、この方は、精錬する者の・・・のようだ。

この方は、銀を精錬し、これをきよめる者として座に着き、レビの子らをきよめ、彼らを金のように、銀のように純粋にする。彼らは、【主】に、義のささげ物をささげる者となり・・・昔の日のように・・【主】を喜ばせる。

『わたしは、さばきのため、あなたがたのところに近づく。わたしは、ためらうことなく証人となり、呪術者、姦淫を行う者、偽って誓う者、不正な賃金で雇い人をしいたげ、やもめやみなしごを苦しめる者、在留異国人を押しのけて、わたしを恐れない者たちに、向かう。』」

 

そこでは、救い主の働きが、「精錬する者の火」として描かれ、人々を惑わす者、社会的弱者を虐げる者に対して、神の復讐を実現する方として描かれています。

しかし、イエスの宣教の姿勢にはこのような「」のイメージは背後にかすんで見えるほどでした。宮きよめにおいても、天からのしるしのようなものは見られませんでした。

そこで、ヨハネの弟子たちに間には、イエスの宣教よりも、ヨハネの厳しい具体的な指示に満ちたメッセージの方に惹かれる者が多かったのかと思われます。

なお、後にパウロがギリシャ世界の異邦人に福音を宣教していたとき、イエスをのことを良く知っていながら、「ヨハネのバプテスマしか知らない」人々がいたということが記されています。

その根本的な問題は、聖霊のみわざを知らないということでした(使徒18:24-19:7)。生き方を改めるという明確な行動指針がありながら、それを可能にしてくださる聖霊のみわざを知らない信仰者がいたということですが、それは現代の多くのクリスチャンたちの問題でもあるのかもしれません。

 

3.神は真実であるということに確認の印を押したとは?

31節からは福音書の記者自身のことばなのか、バプテスマのヨハネ自身の話しの続きなのかについては見解が分かれます。特に31節は、バプテスマのヨハネが自分の弟子たちに向けて語っていると想定した方が分かりやすいと思われます。

ヨハネはそこで、イエスを「上から来る方」、自分を「地から出る者」と位置付けながら、「上から来る方は、すべてのものの上におられ、地から出る者は地に属し、地のことばを話す。天から来る方は、すべてのものの上におられる」と語ります。

これは、先の「あの方は盛んになり私は衰えなければなりません(30)ということばをさらに説明するものと解釈できます。

 

ヨハネの弟子たちは、ヨハネの具体的な行動の変化を訴えたメッセージに惹きつけられている一方で、罪人たちに寄り添うかのようなイエスのメッセージには違和感を覚えていたことでしょう。

それ以上に、彼らを混乱させたのは、イエスが当時の僻地のガリラヤ生まれで、私たちとまったく同じ人間の子の姿を持ちながら、「わたしは三日で、それ(神殿)を建てよう」(2:19)などと途方もないことを言ったことではないでしょうか。

当時の敬虔な人々の目には、バプテスマのヨハネのことばの方がはるかに現実的で、人々のライフスタイルを変える力があるように思えました。

 

しかし、それはヨハネによれば、ヨハネが地に属しているからこそ、地に属する人々のことばで話しているのに過ぎないのです。

ヨハネはここで、「すべてのものの上におられる」ということばを繰返しながら、一見ひ弱なイエスという存在を神の視点から見るようにと勧めているのではないでしょうか。

 

一方、32,33節では、「この方は見たこと、また聞いたことをあかしされるが、だれもそのあかしを受け入れない。そのあかしを受け入れた者は、神は真実であるということに確認の印を押したのである」と記されています。

ただ、この表現は11112節にあった「この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった」に極めて似ており、この福音記者自身の話しと解釈した方が良いようにも思われます。

多くの聖書学者が、どちらかの解釈を取るということは、どちらの解釈を取っても、私たちの救いには影響がないこととも言えましょう。

 

このことばの意味は、たとえば、親にとっての一番の哀しみは、子供から信頼されないことであるということに似ています。神は、ご自分の「ひとり子をお与えになったほどに、世を愛され」ました。

ですから、その神の愛を信頼することこそが神に最も喜ばれることであり、そこに神の救いが実現するということです。

 

なおここで、神は真実である」とは、私たちができる最高の信仰告白です。

たとえばイザヤ59章では、「見よ。主(ヤハウェ)の手が短くて救えないのではない。その耳が重くて、聞こえないのではない。それは、あなたがたの咎が、あなたがたと神との仕切りとなり、その罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたからだ」(1,2節)と、すべての問題の根本が、神の無力さではなく、人間の罪にあるということを明確に語っています。

それと同時に、人々の罪の現実が、預言者たちを遣わして正すことができないほどに悪化していることに対し、「主(ヤハウェ)はこれを見て、さばきのないのに心を痛められた。主は人のいないのを見、とりなす者のいないのに驚かれた。そこで、ご自分の御腕で救いをもたらし、その義を、ご自分のささえとされた」(15b、16節)と言われと記されています。

 

ルカも、バプテスマのヨハネの働きに関して、「罪が赦されるための悔い改めに基づくバプテスマを説いた」と記しています(3:3)。ヨハネはそのために罪を告白した人々に、ヨルダン川でバプテスマを授けていたのですが、これは当時のエルサレム神殿の機能を否定する破壊的な教えとも思われました。なぜなら、神殿の最も大切な機能は、動物のいけにえをささげて、神の赦しとあわれみにすがることだったからです。

いけにえなしに、罪の赦しを宣言することは、レビ記の規定に真っ向から反すると思われました。ヨハネのバプテスマは、イエスが十字架で完全な罪の贖いとなられるということを前提としなければ、聖書全体の教えに反してしまいます

ですからヨハネはイエスを最初に見たとき、「世の罪を取り除く神の子羊」(1:29)と言いました。しかし、イエスの現れをイザヤが預言した神の救いの「御腕」と見るなら、そこで神の真実が証しされます。

そしてイエスのあかしを「受け入れる」ということこそが、「神は真実であるということに確認の印を押した」というすばらしい応答として、神から喜ばれるというのです。

 

4.永遠のいのちか、神の怒りがその上にとどまるかという対比

そして続けて、イエスのみわざに関して、「神がお遣わしになった方は、神のことばを話される」と、人間イエスが、神から遣わされ、神のことばをお話しになっておられるということが強調され、その理由が、「神が御霊を無限に与えられるからである」と説明されます(34)

無限に」とは、厳密には、「神は御霊をはかりによって与えたわけではないから」という意味です。神は預言者たちに、それぞれの働きに応じ、「はかりによって」聖霊をお与えになりましたが、イエスに対してはそうではなく、ご自身のすべてをお与えになられました。

そのことが、改めて、「父は御子を愛しておられ、万物を御子の手にお渡しになった(35)と述べられます。父なる神は、無限にご自分のひとり子を愛し、信頼しているがゆえに、ご自分の被造世界すべての管理をお任せになられたというのです。

 

   最後に、救いと滅びの対比が簡潔に、「御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる(36)と記されます。

この二者択一は一見、乱暴に見えますが、それはモーセの告別説教に従ったものです。

モーセは、イスラエルの民がまもなく神の御教えを軽んじて滅びに向かうことを予期していたからこそ、「私は、きょう、あなたがたに対して天と地とを、証人に立てる。私は、いのちと死祝福とのろいを、あなたの前に置く、あなたはいのちを選びなさい(申命記30:19)と厳しく迫りました。

 

  ですから、これはバプテスマのヨハネによる、自分の弟子たちに対する告別説教と理解すると、聖書全体の流れに調和します。

ヨハネの弟子たちはイエスの働きを、自分たちが心から尊敬する指導者であるヨハネに対する驚異かのように受け止めました。しかし、そのような受け止め方ほどヨハネを悲しませることはありませんでした。なぜなら、彼は自分の働きを、何よりも、人々がイエスを受け入れるための道備えと理解していたからです。

 

   神はご自分の御子の犠牲によって、この世界を救いに導こうとされました。救いはそれほどに神の一方的なあわれみ、神の真実の現れです。

ヨハネのあかしを通してこれほど明確に、救い主の来臨の事を聞きながら、それを人間的な次元でしか受け止めることができないということほどに、神への冒涜、神への不信はありません。

 

なお、「御子を信じる」の「信じる」とは、教えを信じるというのではなく、無条件にこの方に自分のいのちをかけるという行為です。

それはたとえば、あなたが大火災の中に取り残されているときに、助けにきた消防士に身を任すような行為です。そこから抜け出るためには、熱い火の中を潜り抜ける必要があります。しかし、消防士の救出能力を信頼して、その火を潜り抜けるなら、助かります。しかし、目の前の火を恐れて、前に進むことができないなら、火の輪はどんどん狭くなり、あなたは窒息するか焼け焦げるしかなくなります。

イエスに従うことは、差し当たり、この世的には、不利益にしか思えないようなこともあります。しかし、この方に信頼する以外に、救いの道はないのです。

   

   バプテスマのヨハネの説教は、当時の人々にはイエスのよりもずっと分かりやすく、宗教指導者にも理解できるものであったことでしょう。それはしかし、地のことばであったからとも言えます。

イエスの説教は、天のことばであるために、言語明瞭意味不明という面がありました。しかし、それらは、人間的な努力を促すものでも、人を絶望に追いやるものでもなく、人々を救いに導くいのちのことばでした。

ただし、ヨハネのバプテスマはヨシュアのヨルダン渡河を、イエスの十字架も過越しの「神の子羊」を再現するもので、両者はセットで神の救いのみわざを現します。

 

そして、それは、ヨハネによる厳しいさばきのことばがあって初めて心に迫ってくる救いの招きでした。私たちは罪人に対する神のさばきを宣言することに躊躇を覚えることがあります。しかし、旧約最後のマラキ書には、「あなたがたはのろいを受けている・・・すべて悪を行なう者は、わらとなる・・その日は彼らを焼き尽くし、根も枝も残さない」(3:94:1)などという恐ろしいさばきの宣言があり、バプテスマのヨハネはこのみことばどおりに救い主の現れの備えをさせました。

ヨハネのメッセージは極めて聖書的なものでした。そして、イエスの救いを理解するためには、そのような神の厳しいさばきの宣言が前提として必要だったのです。私たちはその原点を忘れてはなりません。

 

多くの人々は、イエスを史上最高の教師と見ています。しかし、イエスは、「女から生まれた者の中で、バプテスマのヨハネよりすぐれた人は生まれませんでした(マタイ11:11)と言っておられました。ヨハネこそ史上最高の教師でした。

そして、イエスは人の姿でこの地に現れた創造主であられ、同時に、「世の罪を取り除く神の子羊」であられたのです。

私たちはイエスの教えではなく、イエスご自身に信頼することによって「いのち」を得られるのです。

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2014年8月17日 (日)

創世記11章27節~17章 「信仰の父アブラハムを召し、育てた神」

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   しばしば日本の報道では、一神教信仰が争いの原因になっているかのように紹介されることがあります。しかし、ユダヤ教もイスラム教も私たちの信仰も、すべてひとりのアブラハムから始まっています。

イスラム教の開祖マホメット自身も、あくまでも「アブラハムに最も近い者、彼のあとに従った者」(コーラン3:67)として紹介されています。ですから、アブラハムの信仰の原点に立ち返ることこそ、世界の和解の鍵になるとも言えるかもしれません。

 

どこかで私たちはアブラハムを飛び抜けた偉人と受け止め、見習うべき模範として見るという習慣がつきすぎているのかも知れません。

たとえば、イスラム教の聖典コーランにも、「アブラハムは一つの模範(イマーム)であり、神(アラー)に従順(イスラーム)で、純正な信者(ムスリム)であった。多神教徒ではなかった。自分を選んで正しい道に導きたもうた神のみ恵みに感謝していた」(16:120,121)と描かれています。

しかし、聖書は、アブラハムの模範以前に、彼の愚かさや数々の失敗を記録し、彼を一方的に召し、彼にご自身を繰り返し啓示し、彼の生涯を通してご自身を証された神の忍耐を強調しています。

つまり、万物の創造主である神は、太陽や月を拝む民に対して、アブラハムという生身の人との関わりを通してご自身を現してくださったのです。しかも、彼の生涯は、私たちの生涯でもあります。

 

   アブラハムを召して、彼の信仰を育ててくださった神が、私たちひとりひとりをも召していてくださいます。アブラハムの生涯の中に私たちの生涯が記されています。

アブラハム自身も、「私ではなく、神を見て!」と願っているのではないでしょうか。私たちも、自分の不信仰をさばく前に、神の愛と忍耐をこそ見上げるべきでしょう。 

 

1. 「あなたは、生まれ故郷、父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい」

「これはテラの歴史である」(11:27)からアブラハムの記事が始まります。彼の元の名は「アブラム」(高い父)でした。紀元前二千年頃、人々は創造主を忘れ、父のテラさえ「ほかの神々に仕えて」(ヨシュア24:2)いました。

 

「その後」(12:1)ということばは新改訳第二版には記されていましたが、第三版では省かれています。それは主(ヤハウェ)がアブラムに最初に語りかけたのが1132節のテラの死後ではなく、1128節の「カルデヤ人のウル」であったと思われるからです。

事実、使徒の働き723節では、「私たちの父アブラハムが、ハランに住む以前まだメソポタミヤにいたとき、栄光の神が彼に現れて、『あなたの土地とあなたの親族を離れ、わたしがあなたに示す地に行け』と言われました」と記されています。

このことばは何度かに分けて繰り返し語られたと思われます。

 

ウル」とは、現在のイラク南東部、当時はユーフラテス川が海に注ぐあたりの、非常に繁栄した文化都市であり、彼は貴族としての安定した生活を捨てて旅立ったのだと思われます。そのときは、父のテラも兄弟のナホルも甥のロトも一緒でした。

そしてアブラムはサライ(後のサラ)と結婚していましたが、彼女は「不妊の女(11:30)であったと描かれています。

なお、父テラハラン(シリア北東部)まで来ましたが、「そこに住みついて・・死に」(11:31,32)ました。兄弟のナホルはそこに留まりましたが、アブラムは神が示す地にカナンに向かって旅を続けようとします。

そこでウルであったのと同じような主のことばがアブラムに臨みます。それが121-3節に次のように記されています。

 

「あなたの地、あなたの親族、父の家を出て、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民とする。あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福となる

わたしはあなたを祝福する者を祝福し、あなたを蔑む者をのろう。地上(アダマー)のすべての民族は、あなたにおいて祝福される(私訳)

 

アダムが食べてはならないと言われた木から食べたとき、「土地(アダマー)は、あなたのゆえにのろわれてしまった」(3:17)とありましたが、今や、のろわれた地の上に住むすべての民族が、アブラハムに結びつくことによって祝福されるという途方もないことが約束されているのです。

アブラハムを信仰の父とするのは、ユダヤ人ばかりかキリスト者もイスラム教徒も同様です。ただし、彼は私たちと同じアダムの子孫であり、欠けだらけの人間です。ですからアブラハムに対する神の約束は、イエス・キリストを通してのみ全うされるものです。私たちはイエスを通してアブラムの人生を自分の人生とします。

なお、「あなたを祝福とする」とは、フランシスコ会訳では「お前は祝福の基となる」と訳されていますが、私は伝道説教に招かれるとき、それを説教題をつけることがあります。それは、アブラムに対するこの約束は私たちにとっての約束となっているからです。

イエスが、「悲しむ者」「迫害されている者」を「幸い」と言われたのは、パウロが後に、「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう(ローマ8:3)と言ったように、神が私たちに代わって、人を祝福し、また報復をしてくださるという約束を前提にしてのことです。

 

なお、アブラムはハランでこのことばを聞いたとき(12:4)、彼は既に75歳でした。その一生が175(25:7)だったにしても、冒険には遅すぎる年齢とも言えました。しかし、日々の生活で何らかの渇きを覚え、いたたまれない気持ちだったのかも知れません。

同じように私たちも、イエスのことがよく分からず、また将来の具体的な約束も明らかにされないままに、「わたしについてきなさい」とのみことばに従いました。

ある人は、家族の反対を押し切って、また友達から白い目で見られながら・・。つまり、神は、アブラムを召したようにあなたを召し出してくださったのです。

 

カナンの地の真ん中「シェケム」の「モレの樫の木のところ」に着いた頃、主(ヤハウェ)がアブラムに現われ、「あなたの子孫に・・この地を与える」と仰せられ、彼は「(ヤハウェ)のために・・祭壇を築きます(12:67)

そればかりか、「ベテルの東・・方に移動して・・・主(ヤハウェ)のため、そこに祭壇を築き(ヤハウェ)の御名によって祈った」というのです。

ここに、主が語りかけ、彼が従い、主がご自身を現わし、彼が祭壇を築き、祈るという好循環が描かれます。

 

ところが彼は、そこに留まらずに、なおも南へと旅を続け、飢饉に追われるようにエジプトに入ってしまいます。しかも、彼は、自分の身を案じ美しい妻を、妹として紹介し、王に召し抱えられるままにしました。これは、サライに対する不誠実であるばかりか、主が彼に、「あなたを大いなる国民とする」と言われた約束を、自分で反故にしてしまうような不信仰な行いです。

アブラムはサライが不妊の女で自分に子が生まれないことを悩みながらも、不可能を可能にしてくださる神に信頼して、ここまで従ってきたはずなのに、危険が迫るとそれを諦めようとしたということになります。

神の介入で、結果的に、多くの奴隷や家畜を贈り物として受けることができたにしても、その行動は決して正当化できることではありません。主がパロを痛めつけなければ、妻は戻って来ることはできなかったからでした。

 

しかし、主は、彼に「あなたを祝福する者を祝福し、あなたを蔑む者をのろう(12:3)と約束しておられました。それで、彼が妻にもエジプトの王に対しても不真実だったにも関わらず、幼児を育てるようにアブラムの信仰を育ててくださったのです。

私たちも、せっかく神に従い始めながら、つい人間的な打算で動いてしまうことがあります。それでも主は、不信仰をすぐにさばく代わりに、私たちの側に立って恵みを与え、信仰を成長させてくださいました。

 

2. 「彼は主(ヤハウェ)を信じた。主はそれを彼の義と認められた」

  主のあわれみによって、アブラムと、いっしょに行動した甥のロトも、「持ち物が多すぎたので・・いっしょに住むことができない」(6)ほどに豊かにされて、約束の地の中心地ベテルまで戻ることができました。

アブラムは、主こそがすべての富の源であることを体験した結果、まずロトに好きな土地を選ばせる余裕が生まれました。

ただロトは、土地の豊かさだけを見て、非常な罪人たちで満ちているソドムのあるヨルダン低地を選んでしまいました。

 

アブラムは今までの体験から、人間的な計算を超えた行動を取ることができたのでしたが、主はそれを喜ばれ、「わたしは、あなたが見渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう(13:15)と約束されました。

その後、彼はヘブロンに南下しましたが、すべての土地の真の所有者は神ご自身であることを信じて、人間的な所有権にこだわりませんでした。それで、彼は、エモリ人の族長マムレ(14:13参照)の所有する「樫の木」のそばに、まるで軒を借りるように仮住まいをすることで満足できました。

そして、彼はそこでも、「主のための祭壇を築いた」(13:18)のでした。それは、土地の真の所有者が主(ヤハウェ)ご自身であることを心から信頼できたからです。

 

   ところで、当時は都市国家間の争いが絶え間なくありましたが、ある時、四人の北の王の連合が、五人の南の王の連合を死海の南の「シディムの谷」で打ち負かすということがありました(14:8-10)。その際、アブラムの甥のロトも戦いに巻き込まれ、彼とその財産も北の王たちに連行されてしまいました。

その知らせを聞いたアブラムは「彼の家で生まれたしもべども三百十八人を召集し(14:14)、カナンの地の北の果てまで追跡し、奇跡的に彼らを取り戻します。なおこれは、彼がどれだけの大集団で、カナンの地に入って来たかを示す数字でもあります。

それにしても、一介の寄留者に過ぎないアブラムが、強大な北の連合軍にどうして勝てたのでしょう。それこそ全能の神のみわざでした。それは、「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう(ローマ8:31)とある通りでした。

 

なおこの後、彼はこの勝利を主に感謝し、シャレム(エルサレム)の王であった、「いと高き神の祭司メルキゼデク獲得した財産の十分の一を献げます。それは、収入の十分の一を主に聖別するということの最初の記録です。

一方で、彼は、ソドムの王との取引を拒絶し自分を富ませるのは主(ヤーウェ)ご自身であることを宣言します。

 

  主はそれをまた喜ばれ、「アブラムよ。恐れるな。わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは非常に大きい」と語りかけます(15:1)

この語りかけは、本来、戦いの前に聴くべき言葉だったでしょうが、人は緊張が解けた時こそ、大きな恐れに囚われるということを主はご存知で、このタイミングでそのように語られたのだと思われます。

 

それに応えて、アブラムは、「ご覧ください。あなたが子孫を私に下さらないので、私の家の奴隷が、私の跡取りになるでしょう(15:3)と泣き言を言います。サライを自分の妹と偽って、パロに召し入れられるままにしたような不信仰を忘れたようなことばです。

ところが、主はそれに優しく応えられ、「あなた自身から生まれ出て来る者が、あなたの跡を継がなければならない」と言われます(15:4)

その上で、彼を外に連れ出して、「さあ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい・・・あなたの子孫はこのようになる」と言われました(15:5)

 

それに対し、「彼は主(ヤハウェ)を信じた。主はそれを彼の義と認められた(15:6)と簡潔に記されます。これは、パウロが繰り返し引用する信仰の核心のみことばで、「信仰義認」と呼ばれます。

多くの人は、「信仰」を積極的な心の働きや不動の心、不可能にかけてゆく熱い情熱のように誤解します。しかし、神から義と認められた「信仰」とは、満天の空を見上げて、神の約束を聞き、それに心で「アーメン」と応えるという極めて受動的なものでした。

 

私は、自分の信仰は義とされるにふさわしい信仰かと悩んだ時期がありました。しかし、主のみことばが自分に迫ってきて、それに「アーメン」と応答した結果、教会につながっています。

欠けだらけのアブラムの信仰を導かれた神は、私たちのひ弱な信仰をも喜び、受け止め、育んでくださっておられるのではないでしょか。

 

(ヤハウェ)の約束は、子孫を増やすことと土地の相続というふたつがありましたから、この後、主は、「わたしは、この地をあなたの所有としてあなたに与えるために、カルデヤ人のウルからあなたを連れ出した主(ヤハウェ)である」と改めて紹介します。

ただ、アブラムはそれで満足せず「それが私の所有であることを、どのようにして知ることができるでしょうか」と問い続けます(15:7,8)。それに対して、主は、当時の契約の儀式を用いて約束を保証されました。それは双方が、裂かれた動物の間を通り過ぎ、約束を果たせなければ自分も切り裂かれてよいと宣言することでした。

しかし、不思議にも、ここでは、神ご自身だけが、「煙の立つかまどと、燃えているたいまつ(15:17)として「切り裂かれたものの間を通り過ぎ」、一方的に誓約してくださったのです。

それは、主が人の弱さを知っておられ、そのような誓約をさせてしまっては、人が何度でも切り裂かれざるを得なくなると見ておられたからです。

 

主が一方的に約束してくださったことは、彼の子孫がエジプトで四百年の間寄留者となり、多くの財産を持ってそこを出て、エジプトの川からユーフラテス川に至る約束の地を占領する(15:18-21)というもので、聖書の要約とさえ言えるものです。

モーセに導かれた出エジプト、ヨシュアによって導かれた約束の地への進入は、ここにある主の約束のとおりでした。それは、アブラムの率直な問いかけから生まれたものです。

なお、この約束の地の占領は、ダビデ、ソロモンのもとで成就されました。そして、多くのユダヤ人は今もその再度の成就を夢見ています。

 

聖書の中心的なテーマは、主がご自身の契約に真実であられるということで、それはヘブル語でヘセッドと呼ばれます。英語では、「尽きることのない愛」とか「揺るがない愛」というように表現されますが、新改訳聖書では、「恵み」とのみ訳されています。

聖書全体は、神の約束がひとつひとつ成就したことの記録であり、それを通して私たちはこの世界が、「新しい天と新しい地」また、新しいエルサレム」に確実に向かっていることを知ることが出来ます。

 

3. 「わたしは、あなたをおびただしく増やそう・・あなたの名はアブラハムとなる」

   アブラムがカナンの地に入ってから十年後の85歳の時、サライは妊娠をあきらめ、女奴隷を通して子をもうけようとし、アブラムもサライに同意します。ふたりとも神に信頼してここまで待ったはずなのに、待ちきれなくなって、当時の習慣としての人間的な判断に従ってしまいました。

そこから悪循環が始まります。ハガルはみごもった後に、サライを見下げた態度を取ったので、サライはアブラムに、「私に対するこの横柄さは、あなたのせいです・・・主(ヤハウェ)が、私とあなたの間をおさばきになりますように」とまで訴えます(16:5)

アブラムはハガルを厳しく指導する代わりに、サライに「あなたの好きなようにしなさい」と、逃げの態度を取ります。

それに応じて、「サライが彼女をいじめたので、彼女はサライのもとから逃げ去った」と描かれます(16:6)アブラムの子を宿していたハガルが逃げ出すというのですから、サライはどんないじめ方をしたのか興味が湧きますが、その背後には、自分の子の行く末よりも、妻の怒りの方を恐れるアブラムの臆病さが隠されています。

まさに、信仰者以前に、家長として失格者と言えます。

 

結局、主の御使いが逃げ出したハガルに現われて、イシュマエルが誕生します。当時の感覚では、アブラムの長男はイシュマエルと見ることができます。

イスラム教徒はアブラハムの後継者はイシュマエルで、イスラムの聖地、メッカのカアバ神殿はアブラハムとその子のイシュマエルが建設したと信じています。

1612節には「彼は野生のろばのような人となり・・・すべての兄弟に敵対して住もう」と描かれ、このことばが2518節でも繰り返されており、彼らがイスラエルの陰のような12部族となり、アラビア半島に広がることが描かれています。

残念ながら、現代のユダヤ人とアラブ人の対立の構図がアブラハムの時代にさかのぼって見ることもできます。ただ、その責任は、誰よりも、家長であったアブラハムに帰するとも言えましょう。

なおイスラム教ではアブラハムの信仰は理想化されていますが、聖書の世界では決してそうではありません。すべてが神のあわれみによるということが強調されています。

 

その後、主は、13年間も沈黙されます。それは、主が誕生した子供の自立を待つ期間であると思われます。

とにかく、アブラムが人間的な判断で動いたために、神の約束の成就を遅らせることになったのではないでしょうか。

 

そして、アブラムが99歳になって初めて「わたしは全能の神(エル・シャダイ)である」とご自身を現されます(17:1)。これは決して、アブラムの信仰に対する神からの応答ではありません。その反対に、主ご自身が眠りかけていた彼の信仰を目覚めさせるための啓示です。

これは私たちが繰り返し味わうべき、主ご自身の自己紹介のおことばです。

 

この際、主は彼に、敢えて「あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ」と命じます。これは「ノアは・・全き人であった。ノアは神とともに歩んだ(6:9)を思い起こさせることばで、神の選びに対する応答を求めた厳粛な命令です。

 

その上で主は、「わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたの間に立てる・・・あなたは多くの国民の父となる(17:1-5)と約束され、彼の名を「アブラハム(多くの国民の父)」と変えます。

それは最初の約束や先の契約の繰り返しですが、神は、彼の信仰を支えるため、約束を具体化し、新しい名によって保証されたのです。

 

また、彼の家の者たち全部の男子に、「わたしの契約は、永遠の契約として、あなたがたの肉の上にしるされなければならない(17:13)と、「割礼」を命じました。これは男子の性器の亀頭を覆っている包皮を切り捨てるもので、人々が新しい命の誕生を、人間ではなく、神のみわざであることを覚えることができるためだったと思われます。

 

割礼」は神の民の義務である以前に、アブラムをアブラハムへと変えてくださった神の約束を覚えるしるしでした。それは現代の私たちにとってはバプテスマを意味するとも思われます。

アブラハム自身、神の約束を、何度も聞きながら、何度もその信仰がぐらつきました。神は、そんな彼に、みことばばかりでなく、目に見えるしるしを与えて、ご自身の約束を覚えさせてくださったのです。人間の信仰以前に、神の約束こそがすべてに先行します。

 

  神はさらに、サライ(高貴な)の名を、「国々の母」という意味の「サラ」に変え、ご自身の契約を、サラに生まれる子に受け継がせると約束されます。

アブラハムは、自分たちの年齢からしてそれは不可能であると思い、不信仰にもそれを笑ったばかりか、かつて自分とサラが追い出したハガルから生まれたイシュマエルを後継者にするように願います(17:1718)。それは極めて常識的な判断でした。

ただ、主はそれを責められることなく、さらに、「わたしは、来年の今ごろサラがあなたに生むイサクと、わたしの契約を立てる(17:21)と約束してくださいました。

 

   契約の継承はあくまでも、神の一方的なみわざです。そのことを後にパウロは、「アブラハムにはふたりの子があって、ひとりは女奴隷から、ひとりは自由の女から生まれた、と書かれています。女奴隷の子は肉によって生まれ、自由の女の子は約束によって生まれたのです(ガラテヤ4:22,23)と記します。

イシュマエルはアブラムとサラの人間的な計算から生まれ後に敵対関係を生みます。一方、約束の子イサクは、神の「約束」から生まれ、世界の祝福の基となります。なぜなら、救い主イエスはイサクの家系から生まれる、私たちはイエスの御霊を受けて約束の子として新しく生まれることができたからです。

 

そして、今、このキリストの教会こそが、アブラハムの子孫として全地に広がっています。それは、「アブラハムは私たちすべての者の父なのです(ローマ4:16)とあるとおりです。

それによって今、彼への契約は、今、肉のイスラエルではなく、キリストの教会に受け継がれていると考えられます。そのことをパウロは、「彼らは不信仰によって折られ、あなたは信仰によって立っています(ローマ11:20)と語っています。

 

   アブラは人間的な失敗を繰り返しますが、主は、幼児を育てるような忍耐をもって、アブラハムへと成長させてくださいました。同じような歩みの中にあなたも招かれています。彼の信仰は、神の一方的な選びと語りかけから始まっています

同じように、神は私たちをも選び、みことばをもって語ってくださいました。それは私たちが今、キリストのからだである教会につながっていることによって証しされています。

父、御子、聖霊の三位一体のみわざこそイスラム教との最大の違いです。一人で神の前に立つのではなく、御子があなたの隣に、聖霊があなたの背後にあって、あなたを立たせてくださいます。

アブラムの心が、神の約束と目の前の現実との間で揺れながら、主との対話を通して成長したように、私たちも自分の疑念を正直に訴えるような神との対話の中で成長させていただくのです。

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2014年8月10日 (日)

ヨハネ3:1ー21 「神は世を愛された」

                                                          2014年8月10日

   不条理な苦しみに出会うとき、「神がおられるなら、どうして・・」と考えがちです。しかし、聖書によると、神が世を愛されたからこそ、この世に悪が残されたままにされているとも考えられます。

すべての悪を永遠の火でさばく神は、「ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられる」(Ⅱペテロ3:9)からです。そして、今ここで与えられる「救い」とは、目の前の問題がなくなることではなく、問題に直面する力が得られることです。

 

多くの人がなすべき問いかけとは、「神を信じることなくして、どうしてこの不条理に満ちた世界で誠実な生き方を全うすることができようか・・・」というものかもしれません。人は、損得勘定だけで態度を変えるような信念のない人を軽蔑します。自分の幸せしか考えないような人とだれが結婚したいと思うでしょう。結婚の誓約とは、「相手が何もできなくなっても、一生、誠実を尽くします」と約束することです。キリスト教式の結婚式が流行っているのは、人がそのような愛を求めているからでしょう。

しかし、私たちは弱いものです。自分で自分が信じられないようなところがあります。だからこそ、キリストは私たちに真の愛を教え、愛する力をもお与えくださるのです。それこそ聖霊の賜物の核心です。

 

1。 神の国を待ち望んでいたニコデモ

   ニコデモは、神の教えに熱心なパリサイ人で、ユダヤ人の指導者でしたが、彼は人目をはばかって夜イエスを訪ねました。彼が求めていたことは「神の国」の実現でした。当時のイスラエルの民は、ローマ帝国の支配のもとで重い税金を課せられ、自由も制限されて苦しんでいました。人々の期待した「神の国」とは、神がイスラエルをローマ帝国の支配から解放し、愛と平和に満ちた国に変えてくださることを意味しました。

そのために過激な人々は、ローマ軍にテロ攻撃を仕掛けて、敢えて戦争を引き起こしながら、そこに全能の神の圧倒的な力が現されることを期待していました。

しかし、多くのパリサイ人たちは、イスラエルの民が神の選びの原点に立ち返り、誠実に律法を守ることで、神のあわれみが注がれることが期待できると信じて、イスラエルの民に日々敬虔な生活を心がけるように訴えていました。ただ、そのような中で、パリサイ人たちは、取税人や遊女たちを軽蔑し、「あんな奴らがいるから、いつまでたっても神の国は実現しないのだ・・・」と自分たちの基準に達しない人々を排除しようとしていました。

ただ、過激派にしても穏健なパリサイ人にしても、人間の側の行いが、神のみわざを引き出す鍵かのように見ていたのかもしれません。

 

   ニコデモは、当時の指導者としてはめずらしく、イエスのみわざに感銘を受けてはいたのですが、イエスを「神のもとから来られた教師」としてしか見ていませんでした。彼はイエスに、「神の国を実現させるため、何をすべきか?」ということを聞きたかったのでしょう。

それに対し、イエスは不思議にも、人は新しく生まれなければ、神の国を見ることができません」(3節)と言いました。それは簡単に言うと、「このままの人間がどんなに努力しても無理」という意味です。それでニコデモは、「もう一度、母の胎に入って・・・」などと言いますが、それは、「そんな雲をつかむような話ではなく、もっと具体的な・・・」という気持ちだったと思われます。

それに対してイエスは、「人は水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできません」(5節)と、すべては、神の一方的な働きであることを強調しました。

なお、この背景には、主がエゼキエルを通して、「わたしがきよい水をあなたがたの上に振りかけるそのとき、あなたがたはすべての汚れからきよめられる・・・わたしの霊をあなたがたのうちに授け、わたしのおきてに従って歩ませ、わたしの定めを守り行わせる」(36:25,27)と約束されたことを、イエスご自身が成就してくださるという驚くべき宣言がありました。

 

ニコデモは、人から隠れて夜イエスを訪ね、また、イエスの前でも自分の問題を隠して議論をしていました。彼は、なぜ、人目を恐れていたのでしょう。それは彼には失うべきものが多くあり、自分の身を守ることで頭が一杯だったからではないでしょうか。

確かに、国の現実に本当に心を痛めているのですが、自分自身が根本的に神によって変えられる必要があるとは分かっていません。どこかで評論家的になり、自分の問題と向き合おうとはしていません。

 

彼は、世界の問題が、神にとってもご自身の御子を犠牲にしなければならないほどに根深いものだとは思いもよりませんでした。事実、神の国の実現のためには、何よりも人間の心がまず変えられる必要があったのです。なぜなら、神がせっかく理想的な世界を創造されたとしても、今のままの人間がそこに住めば、その世界を再び腐敗させてしまうからです。

そして、イエスが行なわれたしるしは、単にご自身の教えを権威づけるためのものではなく、神が今まさに、イエスによって決定的に世界を新しくし、救い出そうとしていることを証しするためだったのです。


   数年前にアメリカで「ハマスの息子」というパレスチナのガザ地区を支配するイスラム過激組織
ハマス創立者の息子の回心の記録の本が流行りました。イスラエルとパレスチナの闘争の中で、父に協力しテロ活動にはまり込みながら、捕虜とされた結果としてイスラエルの大学で学ぶ機会が与えられ、また聖書を読むことができるようになりました。それ以前から、テロ活動に参加しながら、味方どうしの血で血を洗う争いや裏切り、指導者たちの偽善などに接しながら、すべての人間のうちにひそむ罪の問題に目が開かれてゆきます。

そして、イエスのことばに衝撃を受けます。そこには、「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです(マタイ5:43-44)と記されていました。

彼は、自分にとっての真の敵はイスラエルでもハマスでもなく、人間のうちに住む罪、貪欲や愚かなプライド、その他のあらゆる悪い思いであることに気づきます

彼はしばらくイスラエルの諜報機関に協力します。それは、自爆テロを未然に防ぐことができる唯一の道だったからです。現在は米国に亡命し、戦争を終結する唯一の道は、イエスのことばに従うことであると説いています。

 

実は、イエスご自身が二千年前にこのように語られた時、当時のユダヤ人がローマ帝国に対して、現在のパレスチナゲリラと同じようなことをしていました。イエスはそのような武力に頼る行動が、イスラエルを滅亡に導くと熱く語り続けたのです。そして、イエスの十字架と復活から約40年後にイスラエルは滅亡し、二千年近い流浪の民となりました。

右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい」と言われたイエスの非現実的とも思えることばは、それこそがローマ帝国に対する最も現実的な対応だったのです。なぜなら、全世界の真の王である神が、私たちの誠実に報いてくださるからです。

イエスのことばは理想論ではなく、イエスの言葉を軽蔑した人こそが現実に国を滅ぼしたのです。

 

2。  「モーセが荒野で蛇を上げたように・・・」

  イエスは、「新しく生まれなければならない・・・御霊によって生まれる」(7節)と言いましたが、ニコデモは、「どうしてそのようなことがありうるのでしょう(9節)と答えます。

それに対して、イエスは、あなたはイスラエルの教師でありながら、こういうことがわからないのですか」(10節)と厳しく応答します。なぜなら、預言者エレミヤ(31:33等)も預言者エゼキエルも(36:26等)、終わりの日に御霊が人の心にくだることを預言していたからです。

しかし、イエスは彼を責めながらも、彼ひとりだけに向かって、愛と忍耐をもって、人の想像を超える天上のことを話します

 

天から下った者はいます。すなわち人の子です(13節)とは、ダニエルが「見よ。人の子のような方が天の雲によって来られ・・(ダニエル7:13)と預言した救い主のことです。

つまり、イエスは、ご自分こそが、旧約聖書で預言されていた救い主だと語ったのです。そのことばの意味は、少なくとも表面上はニコデモにも分かったことでしょう。

 

しかし、「人の子もまた上げられなければなりません」(14節)ということばの意味をどうして理解できたでしょう。それはご自身の十字架を示唆したもので、ニコデモは、それを後になって初めて分かったに違いありません。それは、神の国の実現が、神の側の一方的な犠牲によらなければ実現しないことを意味しました。

 

   「モーセが荒野で蛇を上げた」(14節)とは、民数記21章にある記事です。イスラエルの民は、天からの特別なパンであるマナによって養われていました。彼らは、40年ぶりのカナン人への勝利を体験し、今まさに約束の地に入ろうとしていたのですが、その矢先に忍耐の限界に達し、「私たちはこのみじめな食物に飽き飽きした」(民21:5)と言いました。彼らは既に始まった新しいことではなく、まだ変わっていない現実に目を奪われたからです。

私たちもしばしば、目の前の状況が変わり始めた頃、かえって変化のスピードの遅さにしびれを切らし、「何も変わっていない・・・」という気持ちになることがあります。期待を持たなければ、不満も生じません。

そのとき、「私は期待を抱くことができるところまで導かれた・・・」という点にこそ目を向けるべきでしょう。たとえば、あなたの身近な人が「変わりだそう・・」としているなら、変わっていない部分ではなく、その人に期待を抱くことができていること自体を感謝すべきです。

 

はそんな恩知らずな民に、燃える蛇を送られ、それによって多くの人々が死にました。彼らはモーセに、「私たちは主(ヤハウェ)とあなたを非難して罪を犯しました。どうか、蛇を私たちから取り去ってくださるよう、主(ヤハウェ)に祈ってください」(民21:7)と言いました。

しかし、その時、は何と、蛇を取り去るのではなく燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば生きる」(民21:8)という不思議な救いを与えられました。彼らに与えられた救いは、蛇という問題をなくすことではなく、かまれた後の癒しを備えることでした。

 

不思議にも、「噛まれても生きる」というのが彼らに与えられた救いでした。ニコデモもパリサイ人として、神の国を待ち望みながら、人々の罪に苛立ち、「彼らを取り去ってください・・」と願っていたことでしょう。しかし、イエスの目からはそのような発想自体が問題であり、彼こそが神の国を阻んでいる張本人なのです。

しばしば、愛や平和という理想に熱くなって、まわりの人々を非難ばかりする人がいます。ある種の政治家や、反社会勢力などの顔を思い浮かべながら、「彼らのような人間がのさばっているから、国がよくならない・・」と思っているかもしれません。しかし、それでは自爆テロと大差がありません。彼らは、人を非難することで、自分自身が愛の交わりを壊しているということに気づきません

しかし、イエスは、このニコデモひとりに真剣に向き合い、ご自身の愛を示しておられます。決して、「お前こそが問題なのだ!」と責めるのではなく、時がきたら自分の罪を自分で認めることができるようにと配慮しておられます。

 

   多くの人々は、悲惨なできごとに遭遇して初めて、「生きていられるのは決して当たり前ではない・・」と悟ることができます。ですから、残念ながら、この世には常に、適度な苦しみが必要なのです。しかも、ひとつの問題の解決は、必ず次の問題を生みだすというのが現実です。ですから、目の前の問題の解決ばかりを願う人は、この世では一生、平安を味わうことができなくなります。

それに対して、神の救いは、死の危険が目の前にあるにも関わらず、今、ここで神に守られているという平安を味わうことができるようにすることにあります。ニコデモを初めとするパリサイ人たちは、この世から罪をなくそうと頑張ることによって、かえって社会全体を息苦しくしていたのではないでしょうか。

 

たとえば、36歳で自殺した芥川龍之介は、24歳のとき、「周囲は醜い。自分も醜い。そしてそれを目の当たりに見て生きるのは苦しい。しかも人はそのまま生きることを強いられる。一切を神の仕業とすれば、神の仕業は憎むべき嘲弄だ」と語っています。

それにも関わらず、最後の枕許には聖書がおいてありました。彼にとってはイエスの十字架を仰ぎ見るだけで救われるという福音はあまりにも安易に思えたのかもしれません。それは、旧約聖書全体から、イスラエルの不従順にたいする神の痛み、神の葛藤という視点を見ることができなかったからだと思われます。

 

   ここで、信じる者がみな、永遠のいのちを持つ」(15節)とありますが、「永遠のいのち」とは、来たるべき世のいのちという意味です。ある人にとっては、永遠に生きることは拷問にしか聞こえないかもしれませんが、私たちの身体は終わりの日にまったく新しくされ、もう退屈を感じることもなくなります。それは、神との豊かな交わりのうちに生きる喜びの生活です。

私たちはその「いのち」を、御霊によって、今この世の不条理に囲まれながら体験できるのです。

 

3。  神は世を愛された

  16節以降も、文章の流れから言えば、イエスのニコデモに対するメッセージの続きと考えられます。なぜなら、16節の「信じる者がみな・・永遠のいのちを持つということばは、15節の同じ繰り返しであり、新しく深めるものだからです。

 

   イエスはここでまず、「神は世を愛された」と語りました。その「」とは罪人たちの集まりですから、ここは、「神は罪人を愛された」と解釈することができます。ニコデモは、イスラエルの現状を憂え、取税人や遊女の存在を心で裁いていたかもしれませんが、神はその彼ら一人一人を愛しておられました。

しかもその愛の深さは、ひとり子をお与えになったほどにと説明されます。つまり、神は、罪に満ちた世をさばく代わりに、かけがえのない御子を犠牲とすることで、救おうとされたのです。そのことが、「それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」と、15節を繰返しています。

なお、ここで、御子を信じるとは、民数記の青銅の蛇の事例からするならば、十字架のイエスを仰ぎ見ることに他なりません。それは罪が消えるとか、痛みがなくなるとか、不当な攻撃を受けなくなるなどということではなく、ただ、神がイエスにおいてなしてくださった圧倒的な救いのみわざを、感謝を持って受け止めることで、この世の不条理のただ中で、神の国のいのちを体験することです。

それは人間の信仰の功績ではなく、神の一方的なみわざに身を任せることです。青銅の蛇を仰ぎ見て救われることを科学的、論理的に説明できないのと同じように、十字架の意味を人間の知恵で説明できなくても良いのです。身を任せることこそが「信仰」だからです。

 

この書のはじめに、世はこの方によって造られた」(1:10)とありましたが、犠牲となられたのは、世の創造主ご自身でした。だからこそ、そこに、「御子によって世が救われる(17節)という保障があるのです。

ただ同時に、「信じない者は・・すでにさばかれている」(18節)とも記されます。それは神の圧倒的な救いのみわざに背を向けることで自滅に向かっているという意味です。

そして、そのことが、「光が世に来ているのに、人々はやみを愛した」(19節)と言い換えられます。ニコデモはこれを聞きながら、わざと夜になってイエスを訪ねてきた自分の行動を恥じたのではないでしょうか。しかし後に主の十字架を見たことで、「光のほうに来る(21節)者へと変えられ、イエスを葬るために最大の貢献をしました。

彼は、イエスが自分ひとりに、どれだけ真実に向き合ってくださったかが分かったのです。しかも、イエスは神の国について評論家的な議論をする代わりに、ご自身の身を犠牲にして、人の心を造り変えようとしておられるのです。

イエスに信頼する者は、御霊によってすでに新しく生まれ、来たるべき神の国のいのち、永遠のいのちを得ています。それは、わざわいに会わないということではなく、問題のただ中でいのちが輝き出すという意味です。

 

   試練の中に、いのちは輝きます。三浦綾子の小説に、「塩狩峠」というのがあります。今から約百年前、当時極めて急勾配だった峠で暴走した客車を、自分の身をなげうって止め、殉職した長野政雄さんの実話をもとにしています。キリスト教への誤解がはなはだしかった時代に、彼の自己犠牲のことを聞いた人々が数多く、イエスを信じるように変えられました。それは人々が、そのような真実の愛にあこがれているしるしでしょう。

今も、三浦綾子のこの小説を読んで、信仰に導かれる多くの人がいます。神の愛は、今、この世から矛盾がなくなることとしてあらわされるのではなく、この矛盾に満ちた世の中で誠実に生きる力を与えるものです。その神の愛こそが、すべての人間関係を平和に導く鍵です。

このままの自分がイエスの十字架の犠牲によって永遠のいのちへと入れられたことを信じる者は、目の前のかけだらけの人を、矛盾に満ちた社会を、なお大切に思うことができます。

「神は世を愛された」とは、「神は罪人を愛された」という意味です。神の愛は、愛するに値しない者を、愛するに値する者に変えてくださることに現されます。

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2014年8月 3日 (日)

創世記6:9-11:26 「ノアは神とともに歩んだ」

                                                    201483

   私たちは大洪水で地のすべての生き物をたちどころに「消し去った」神の残酷さに恐れを抱き、ときに不信感までも覚えるかもしれません。しかし、この物語は、あくまでも、ノアの子孫の視点から読むようにと記されています。日本人も韓国人もどの民族も、大洪水を生き延びたノアの子孫であることに変わりはありません。私たちはこの記事をノアと自分を一体化して読むように招かれています。

そこで求められているのは、「主が命じられたとおりに」という従順と、すべての時間を支配する神の救いを待つ忍耐です。この記事には、驚くほど詳細な日付が描かれています。なぜなら、暗黒の嵐の中では、神が天候と共に時間を支配しておられるということが励ましになるからです。

私たちの人生にも、ノアの時の大洪水のような暗黒の世界が襲ってくるかもしれません。しかし、ノアのように「神とともに歩む」者には、神は耐えられない試練を与えることはなさいません。必ず救いの道が備えられます。

 

1.「ノアは、すべて主(ヤハウェ)が命じられたとおりにした」

これはノアの歴史である」は、24節「天と地が創造されたときの経緯」、51節の「アダムの歴史の記録」とあるのと同じ英語のGenesisの語源のことばが用いられています。その上で、「ノアは正しい人であって、その時代にあっても、全き人であった。ノアは神とともに歩んだ(6:9)と記されます。

なお、「全き人」とは何の欠点もない完璧な人という意味ではなく、「神ととともに歩む」という神との交わりの生活を意味します。これは52224節でエノクに用いられた言葉です。そして、3人の息子、「セム、ハム、ヤペテ」への言及があります。

 

そして61112節で、「地」の「堕落」と「暴虐で満ちている」様子が描かれます。これは癌細胞のように神の創造のみわざを無に帰する状況と見られました。これは先に65-7節では、「主(ヤハウェ)は・・・地上に人を造ったことを悔やみ心を痛められた」と描かれていました。「悔やむ」の原語は「哀しむ」「哀れむ」とも訳されます。

神は、冷酷に、「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜やはうもの、空の鳥に至るまで」と言われたのではなく、「わたしは、これらを造ったことを残念に思う(悔やむ)」とご自分の痛みの思いを繰り返して表現しながら、さばきを決断しておられます(6:)

その上で、ノアを通しての世界の救済計画が示されます。

 

最初に、主はノアに、「すべての肉なるものの終わりが、わたしの前に来ている・・・わたしは、彼らを地とともに滅ぼそうとしている(13)ご自身の計画を明かされます。「滅ぼす」とは、1112節で「堕落し」と繰り返されていたことばと同じです。

つまり、主は、すでに自壊していたものを、目に見える形で壊すと言っておられるのです。すべての国は、外からの攻撃によって滅ぼされるのではなく、内側から滅びると言われるのと同じです。

 

その上で、主は、「あなたは自分のために、ゴフェルの木の箱舟を造りなさい」と命じます。「箱舟」とは、舟ではなく「」という意味で、後にモーセの誕生の際に、彼を入れてナイル川に流した「かご」も同じことばが用いられています。「ゴフェルの木」が何かは分かりません。最近の英語訳ではCypress(糸杉)と訳されることがあります。

そして主は、その巨大な「箱」の設計図を与えてくださいましたが、その大きさは、長さが約140m、幅が約23m、高さが13.5mという途方もない三階構造の建造物でした。最近の映画の「ノア」は、鑑賞をお勧めすることができないような非聖書的なストーリーですが、箱舟の大きさだけは、聖書の記述通りだったと言われます。

 

その舟がどれだけの年月をかけて造られたかは分かりません。最初に神の命令を聞いたのが「セム、ハム、ヤペテを生んだ」頃であるなら(6:10)、洪水まで約百年間あったことになります(5:32,7:11)。その間、ノアは人々の嘲笑を受けながら、黙々と働き続けたと思われます。とにかく、主は十分な時間を用意してくださったことでしょう。

 

なお61718節では、洪水が全世界的なものであることが描かれながら、「しかし、わたしは、あなたと契約を結ぼう」とノアに約束されたことが強調されています。それは、ノアの息子たちとその家族、またすべての生き物の種類の中からそれぞれ雄と雌を二匹ずつ救い出すという約束でした。

また、大洪水の間、それらすべての動物を養うための食料の確保も命じられました。そして、その結論として、「ノアは、すべて神が命じられたとおりにし、そのように行なった(6:22)とまとめられます。それこそ「神のかたち」に造られたものとしての生き方でした。

 

箱舟が完成した時、主(ヤーウェ)はノアに「あなたとあなたの家族とは、箱舟に入りなさい(7:1)と仰せられました。なお、ここでは「すべてのきよい動物の中から・・七つがいずつ」と、洪水後のいけにえの動物のことまで配慮されています。

そして、「あと七日たつと…四十日四十夜雨を降らせ(4)と、ノアに大洪水までの正確な日数と、その後の雨の日数を正確に知らせてくださいました。

そしてここでは、大量の食物を積み込むというような働きの記述も省略されて、ただ、「ノアは、すべて主(ヤハウェ)が命じられたとおりにした(7:5)とだけ描かれます。

 

しかも77-9節を見ると、ノアと家族の場合は、「箱舟に入った」と記されている一方で、すべての種類の動物に関しては「雄と雌二匹ずつが箱舟の中のノアのところに入って来た」と記されています。

ノアが七日間ですべての動物から雄と雌二匹ずつ選ぶのは不可能でしょうが、神ご自身がそれぞれの動物を動かしてくださったのです。619節ではノアに連れて入るように命じられていましたが、箱舟の入り口まで導いたのは主ご自身でした。

 

そして、「ノアの生涯の六百年目の第二の月の十七日」という具体的な日付とともに、「巨大な大いなる水の源が、ことごとく張り裂け、天の水門が開かれた(7:11)と描かれます。「大いなる水」とはヘブル語の「テホーム」で、天地創造の原初の状態に全地を覆っていた「大水」を指します。

つまりこれは、神が無秩序を生むことではなく、天地創造の二日目の前の状態に戻すことを意味します。その際、天からの雨ばかりか、地中の水も一挙に湧き出て、地を覆ったことでしょう。これが一瞬に起きなければ、人々が箱舟に殺到することを止められません。

 

その上で、「こうして、いのちの息のあるすべての肉なるものが、二匹ずつ箱舟の中のノアのところに入った・・それから、主(ヤハウェ)は、彼のうしろの戸を閉ざされた(7:15,16)と描かれます。

つまり、最も困難な働きは主ご自身が担われ、その上で、主ご自身が戸を閉ざされて、ノアと家族と動物たちを守るという断固とした意思を示されたのです。

これらの箇所には、洪水による厳しいさばきのただなかに、主のあわれみが描かれています。

 

2.「神は心に留めておられた、ノアとすべての獣や・・」

 そして、「大洪水が、四十日間、地の上にあり・・主は、地上のすべての生き物を・・消し去った。それらは地から消し去られた」(7:17-23)と記されます。「消し去る」(拭い去る)という繰り返しに心が痛みますが、それと同時に、「ただノアだけが残った。彼といっしょに箱舟にいたものたちだけが(7:23私訳)と、神が何よりもノアに目を留められ、ノアといっしょのものが救われたと描かれています。

そして、「水は百五十日間、地の上にふえ続けた」(7:24)と簡潔に記されますが、その間の箱舟の中の暗闇と不安、ノアとその家族の労苦の描写は一切省かれています。

 

その一方で、「神は心に留めておられた、ノアとすべての獣や・・」(8:1私訳)と、神の守りが強調されます。

そして、「神が・・風(霊)を吹き過ぎさせる」とは、天地創造の初めの「神の霊が水の上を動いていた」という表現を思い起こさせます。それによって、「百五十日の終わりに水は減り始め」、大洪水の始まりから五か月後の同じ日に、「箱舟はアララテの山(トルコ北東部)の上にとどまった」というのです(8:4)

これは、主ご自身が水を減らし始めたと同時に、箱舟の着地点を定めてくださったことを意味します。

それからなお、73日も経過した「第十の月の一日に、山々の頂が現れ」、さらに「四十日」経って初めて、ノアは「箱舟の窓を開き、烏を放ちます(8:6,7)

 

また、それから鳩を三回に分けて放ちます。最初から「七日待って」二回目に鳩を放ったとき、鳩は「オリーブの若葉」をくわえて帰って来ました。大洪水の苦難を超えた若葉はどれほどの感動を生みだしたことでしょう。

当教会の「光の十字架」はその背後のステンドグラスに固定されていますが、そのためにオリーブの木のイメージが用いられています。

大洪水も十字架も滅びの象徴ですが、それを通して新しい祝福の世界が生まれたからです。

 

ノアはそれからなお「七日待って」三度目に鳩を放って水が引いたのを確認します。これらの箇所での四十日とか七日という数字の繰り返しに、ノアの忍耐が象徴的に表現されています。

そして、13節では、「第六百一年の第一の月の一日」になってという新しい年の始まりが強調されながら、「ノアが、箱舟のおおいを取り去って、ながめると、見よ、地の上はかわいていた」と感動的に描かれます。

ただ、かわききるまでまだ56日間も待った「第二の月の二十七日」になって初めて、神はノアに「箱舟から出なさい(8:16)と命じられました。これらを合わせると、彼は370日間も狭くて暗い箱舟の中に留まっていたことになります。これらにノアの従順な忍耐が見られます。

 

ペテロは後に、「当時の世界は、その水により、洪水におおわれて滅びました。しかし、今の天と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきの日まで、保たれているのです」(Ⅱペテロ3:6,7)と語りましたが、神はこの地に広がる悪をやがて裁かれます。

ノアと家族が救われたのは、その能力のゆえではなく「神とともに歩んだ」からでした。私たちは洪水ではなく、バプテスマ(の水)を通して神の民とされ、狭い箱舟ではなく、キリストのからだである教会の交わりを通して、神のさばきを免れるのです。

教会では、キリストの御霊を受けた者たちが、互いのユニークさを尊重し、互いに仕え合い、愛の共同体を建て上げて行きます。

 

3.「わたしはあなたがたと契約を立てる」

  主はノアに、「すべての肉なるものの生き物・・・を・・連れ出しなさい。それらが地に群がり・・増えるようにしなさい」(8:17)と命じられました。主はノアを用いて地の生き物を守り、その後の繁殖までを見守るというのです。

これはノアが、「神のかたち」としての「すべての生き物を支配せよ(1:28)との本来の使命を全うすることを意味します。

 

その後、ノアは自分から進んで、「(ヤハウェ)のために祭壇を築き・・全焼のいけにえをささげ(8:20)ました。きよい動物は七つがいずつ収容されてはいましたが(7:2)、彼は、心を痛めながら、共に生き延びた動物を献げたことでしょう。

その思いが主のみこころを動かし、「主(ヤハウェ)は、そのなだめのかおりをかがれ」、「わたしは、決して再び人のゆえにこの地をのろうことはすまい」と仰せられました(8:21)

ただ、その際、「人の心の思い計ることは、初めから(幼い時から)悪であるからだ(あるにもかかわらず)」ということばが付け加えられます。65節でもほぼ同じ表現が用いられ、そのことのゆえに大洪水を起こすと記されましたが、ここでは、それにも関わらず、大洪水を起こさないと約束されました。

そこには、時が来たら、主はご自身のひとり子を犠牲にすることによって、人を罪の支配から救い出すというご計画が秘められています。全能の主にとっても人間を導くことは至難のわざなのです。

 

そして、主(ヤハウェ)は、ノアとその息子たちを祝福し、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」と、天地創造の際と同じ意味での新しい祝福を与えられました。ただ、その際、すべての生き物は、「あなたがたを恐れておののこう」と新しいことばが加わります。それは大洪水によって地球環境が変わってしまった結果、肉食を是認せざるを得なくなったからかもしれません。

そのことが「生きて動いているものはみな、あなたがたの食物である(9:3)と描かれます。ただそのいのちは本来、神に属するという告白として「血」を食べないようにとの限界が設定されます。

それと共に、人の「いのち」のためには「血の価を要求する・・どんな獣にでも・・兄弟である者にも、人のいのちを要求する。人の血を流す者は、人によって血を流される。神は人を神のかたちにお造りになったから(9:56)と記され、「神のかたち」を侵害する者に死刑を宣告されました。

」は「いのち」の象徴であり、その支配者は創造主ご自身です。そして、人の最大の罪は、いのちの支配者である神の権威を侵害し、自分を神とすることに現されます。

 

その後、主(ヤハウェ)は、「わたしはあなたがたと契約を立てる。すべての肉なるものは、もはや大洪水の水では断ち切られない」(9:11)と言われ、「虹」を「契約のしるし」とされました。

私たちは、」を見るたびに、神が雨を降らせ、また止ませて、この地を守っておられることを覚えることができます。この契約には、前章の「地の続くかぎり、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜とは、やむことはない(8:22)という約束も含まれます。

後に預言者エレミヤはダビデ王家が永遠に続くという約束の確かさを、このノアとの契約が守られ続けていることを引用しつつ、保障しました。しかも、それは、たったひとりのノアの献げ物を、神が喜ばれたからなのです。

 

4. 「主が全地のことばをそこで混乱させた」

  しかし、敬虔なノアも失敗します。彼はぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になってしまい、カナンの父ハムがそれをセムとヤペテに告げ、その結果、ハムの息子の「カナン」がのろわれます。どんな姿であれ、ノアを尊敬することと、彼が常にともに歩んでいた神を尊敬することは切り離せないからです(9:20-27)

なお、先にノアは「正しい人」「全き人」と描かれていましたが、それとぶどう酒を飲んで裸をさらしたこととは矛盾はしません。なぜなら、神の前の正しさとは、人間的な恥をさらさないことではなく、神との交わりのうちに歩むことだからです。

同時にイスラエル民族の父祖であるセムが、後の時代にカナンを支配し、そこにヤペテも身を寄せることが記されます。

 

101節は、「これはノアの息子、セム、ハム、ヤペテの歴史である」という定型句の「歴史」ということばとともに、その後の人間の増加の様子が描かれます。

そこでは、ヤペテの子孫がヨーロッパからアジアの全域に広がり、ハムの子孫はメソポタミヤ、カナン、ナイル流域の肥沃な地に広がり、セムの子孫はメソポタミヤからアラビア半島に広がったことが記されます。

それぞれの終わりに「氏族ごと、国語ごとに」という表現があります(10:52031)

 

そして最後に「ノアの子孫の諸氏族の家系である・・これらから諸国の民が地上に分かれ出たのであった(10:32)とまとめられます。これらの名を数えると完全数である70になりますから、日本人を含め、この地の全ての民族がノアの子孫であることを現わしていると言えます。

ハムの息子のカナンが、「のろい」を受けました。残念ながら親を軽蔑するという罪は、最も弱い息子に受け継がれる傾向があるからかもしれません。すべての日本人もノアの子孫であるならば、ノアを尊敬し、ノアと一体となることがなければ、のろいを受け継いでしまいます。

 

11章には全世界の国語が分かれた経緯が記されます。最初、「全地は一つのことば、一つの話しことば」(11:1)でしたが、そのうち彼らは「さあ、われわれは町を建て、頂きが天に届く塔を建て、名をあげよう・・全地に散らされるといけないから」(11:4)と言いました。

地に満ちよ(9:1)という大洪水後の神の命令に逆らって、彼らは一つの統一帝国をシヌアル(現在のメソポタミヤ)の地に建てたのでした。それは「地上で最初の権力者のニムロデ」(10:8)の時だと思われます。

ここに、神を忘れ、徒党を組んで人間の力を誇る生き方が見られます。ある意味で現代のインターネットの世界こそ、現在のバベルの塔かもしれません。そこでは共通の基準(グローバルスタンダード)のもとで全世界的に競走が激化し、神を無視した序列が生まれ、貧富の格差が広がりました。

 

そして、人間の傲慢へのさばきとして、「(ヤハウェ)が全地のことばをそこで混乱させ(11:9)、「人々をそこから地の全面に散らした」と描かれます。しかし、そこに主のあわれみを見ることもできます。なぜなら、「互いにことばが通じない(11:7)ことは、一致を妨げ、争いの原因にもなりますが、画一的な尺度で人に優劣をつけることを差し止める恵みにもなるからです。

なお、ペンテコステの時、弟子たちみなが「聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした」(使徒2:4)と描かれていますが、それはバベルの塔の悲劇を逆転させることでした。

ただし、それは、ことばが統一されるという奇跡ではなく、聖書のことばを理解する人が、それを理解できない人の身になり、少数者の言葉を語るという多様性を生み出す奇跡でした。それこそ罪人の姿となられたイエスの御霊を受けたしるしでした。

そこでは、それぞれの個性や文化が尊重されつつ、対話が成り立ったのです。

 

なお1110節からは、「これはセムの歴史である」という「歴史」の定型句とともに、セムからアブラハムに至る十代の系図が描かれます。そこでも5章と同じように、「・・年生きて・・を生んだ。・・を生んで後・・・年生き、息子、娘たちを生んだ」と九回繰り返されますが、5章とは違い「こうして彼は死んだ」ということばが省かれ、将来的な神の救いの計画が示唆されます。

その死を乗り越えた希望への転換の鍵が、神とノアとの契約なのです。

 

ノアの箱舟とバベルの塔をまとめて見ることを通して、「互いが互いを必要としている交わり」を覚えさせられます。現代のノア箱舟と言えば、ジャン・バニエによってはじめられたラルシュ共同体を思い浮かべます。

ラルシュとはフランス語で、箱舟という意味です。バニエは重度の知的障害者とともに住む中で、自分自身が癒されてゆくということを感じました。そして、あの世界的に有名な神学者であったヘンリ・ナウエンもそうでした。

 

  私自身も振り返ってみると、いわゆる国際的なビジネスマンを目指して働く競争社会の中で息苦しさを感じ、牧師への道を歩みだしました。そして、特にカウンセリングなどを通して、多くの生き難さを抱えた方々との交わりを築いてくる中で、自分自身の心の闇をやさしく受け止めることができるようになってきたような気がします。いわゆる「世の成功」の価値観から解放されて、気が楽になってきました。

今も、いろんな深い問題を抱えた方と交わり、その悲しみをともに味わいながらも、不思議に気持ちが楽になって行くことがあります。それは「生きる」ことの根源に触れることができるからかも知れません。成功シナリオにとらえられていたときは思いもしなかった世界です。

 

   現代のキリスト教会、それは新しいノアの箱舟です。暗く息苦しい箱舟の中には、兄弟喧嘩や嫁と姑の争いもあったことでしょうが、そのことはまったく問題にされていません

「バプテスマ」は、イスラエルの民が主の栄光の雲に導かれ、紅海を渡って奴隷状態から解放されたことを思い起こすことです(Ⅰコリント10:1,2)。それは、ノアが箱舟によって救い出されたことを思い起こさせることでもあります。私たちも本来、ノアの時代に滅ぼされた人と同じ罪人です。しかし、新しい「箱舟」であるキリストの教会の一部とされることによって救われるのです。

そこでは私たち自身が、世的な効率や生産性を目指すのではなく、ノアのように、「神とともに歩む」ことが求められています。それは、いつでもどこでも主との対話のうちに生きることにほかなりません。

もちろん私たちは、「神様、もう耐えられません!」という試練に会うかもしれません。しかし、「神は真実な方です…耐えられない試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ耐えられるように、試練とともに脱出の道をも備えてくださいます(Ⅰコリント10:13)

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