« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月28日 (日)

創世記22章20節~27章10節 「祝福の継承―イサクとリベカ」

                                                  2014928日      

  「機能不全家族」ということばがありますが、本来、最初の神の家族として模範となるべきアブラハムからヤコブに至る家庭こそ、機能不全家族のようにも思えます。

それは、家族関係で深い傷を負って成長している多くの人にとっての慰めとなります。なぜなら、神の恵みはそのような問題を抱えた家庭に豊かに現されているからです。

 

  それにしても、主がアブラハムに既に与え、また将来的な成就を約束した子孫の繁栄と土地の所有という主の祝福の継承は、アブラハムやその子イサク、彼の妻のリベカによる信仰の応答がなければ実現して行かなかったことも確かです。祝福の継承のためには、私たちの応答が不可欠とも言えましょう。

アブラハムとサラ、イサクとリベカの家庭に起きたことは私たちの家庭にも起きることです。それは時空を超えた模範であるとともに私たちへの慰めと励ましにもなっています。私たちは主との交わりから何を受け、何を継承して行くのでしょうか。

 

1.アブラハムの神、主(ヤハウェ)を礼拝し、主に従う

  アブラハムがイサクを神にささげることができた後、「ハラン」(ユーフラテス川上流)に残っている兄弟ナホル(11:29-32)に多くの子が与えられていることが伝えられます(22:20-24)。これは、イサクのための妻を迎える上で大切な前提の話しとなります。

サラがイサクを生んだのは90歳でしたが、それから37年後にサラは死にます(23:1)。サラがイサクを溺愛していたことは想像に難くありません。何しろイシュマエルがイサクをからかっているのを見て、すぐに母子を追い出すことを主張したほどですから(21:9,10)。そして、母の死はイサクにとっても一大事でした。

 

アブラハムは、サラを葬るために、ヘテ人エフロンからマクペラの洞穴ばかりかそれを含む畑地を銀四百シェケルで購入します。

後にエレミヤが主の御告げによってエルサレム陥落の直前にアナトテの畑地を購入した時の値段はたったの銀17シェケルでした(エレミヤ32:9)。またダビデが神罰を避けるために祭壇を築いて全焼のいけにえをささげるための土地と牛の合計の値段が銀50シェケルでした。これは後のエルサレム神殿となる土地でした。

それからするとエフロンは口先では無料で提供すると言い出しながら、アブラハムの足元を見るように法外な値段を提示したとも言えます。とにかく、アブラハムは愛妻サラを葬るための土地を、相手の言うままの高い値で買い取ったのです。

そして、彼はこのほかには、地上ではどんな土地をも所有することがありませんでした。その意味は、後に、「信仰によって、アブラハムは・・約束された地に他国人として住み、同じ約束をともに相続するイサクやヤコブと共に天幕生活をしました・・約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです(ヘブル11:9,13)と表現されます。

それにしても、サラを葬るために買った土地が、アブラハムの子孫にとっては途方もなく大きな意味を持ちます。アブラハムの孫のヤコブは、寄留の地のエジプトで息を引き取るとき、息子のヨセフに自分の遺体をわざわざ運ばせてこの洞穴に葬るよう命じ(49:29)、ヨセフは戦車や騎兵を伴ってそれを大々的に実行することによって、約束の地への希望を告白しました。

私たちは葬儀において、自分の人生のゴールがどこにあるかを最も力強く証しできるのです。

 

しかし、同時に、「アブラハムが老人になり、年を重ねるにつれて、主(ヤハウェ)はあらゆる面でアブラハムを祝福しておられた」(24:1)と記されます。それは多くの家畜や金銀、奴隷などを所有していたからです。それによって彼は息子イサクのために安心して嫁を迎えることが可能でした。

そして、神のご計画は、「契約の民」を創造することですから、イサクの嫁は「信仰を共有できる者」でなくてはなりませんし、また、イサクが約束の地を離れることは許されないことでした。それで、「アブラハムは、自分の全財産を管理している家の最年長のしもべに」向かって、「あなたの手を私のももの下に入れてくれ」と、最も厳かな誓約をさせた上で、ハランに住む兄弟ナホルの家に遣わします(600)

なお後にヤコブはヨセフに葬りのことを頼んだときにも同じ方法で誓いを立てさせます(47:29)

 

このしもべは、目的地に着くと、町の外の井戸のところで、「私の主人アブラハムの神、主(ヤハウェ)よ・・私のためにどうか取り計らって下さい」と祈ります(24:12)

当時の女性の働く姿は水汲みでしか見られませんでした。彼が判断基準として訴えたことの特徴は、水を求めた際、「お飲みください。私はあなたのらくだにも水を飲ませましょう」と答える娘でした(24:14)。彼は、らくだ十頭とともに来ていましたから、それができる女性は、働き者で、気が効くばかりか、力持ちだということになります。

驚くことに、神は、このしもべの具体的な訴えを即座に聞き届けて、アブラハムの兄弟ナホルの孫娘、リベカを遣わしてくださいました。神は彼の願いを即座に、期待以上にかなえてくださったのでした。

彼は、それがわかるとすぐに、その場で、「ひざまずき、主(ヤハウェ)を礼拝」し、主(ヤハウェ)を再び「アブラハムの神」と呼びつつ、主の「めぐみ(ヘセド)まこと(エメト)」をほめたたえます(24:26)。これこそ、彼がアブラハムから習い、習得していた最も大切な習慣でした。彼の旅を成功させる鍵はここにあります。

 

そして、しもべは、リベカの父ベトエルと兄ラバンに迎えられますが、「私の用向きを話すまでは食事をいただきません」(24:33)と言いつつ、単刀直入に本題に入ります。その際、しもべは主の祝福と導きを丁寧に説明します。しかも聖書は敢えて、この経緯を、しもべのことばとして冗長とも思えるほどに繰り返しています(24:34-48)。それは、主ご自身がこれらすべてのプロセスを導いておられるということを証しするためです。

ですから、この記事は、嫁探しの方法などというよりは、私たちの人生のすべての局面に適用できる神のみわざの物語です。私たちも主を礼拝しながら、何が起こるか分からない明日に向かって踏み出す時、結果的に、「主は・・私を正しい道に導いてくださった(24:48)と感謝できるようになります。

パウロは後にこれをもとに、「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです」と告白したのかもしれません(ピリピ2:13)

 

なお、しもべは、リベカの父ベトエルと兄ラバンに向かって、「あなたがたが私の主人に恵み(ヘセド)とまこと(エメト)を施してくださるなら(24:49)と遜って願いますが、そこには暗に、主の「恵み(ヘセド)と「まこと(エメト)に応答するようにという迫力が込められているように思われます。

ですから、リベカの父と兄は即座に、「このことは主(ヤハウェ)から出たことですから、私たちはあなたによしあしを言うことはできません・・リベカを・・連れていってください」(24:50,51)と応答しました。

このときも、「アブラハムのしもべは・・聞くやいなや、地にひれ伏して主(ヤハウェ)を礼拝(24:52)しました。この三度目の「礼拝」の後、彼は贈り物を渡し、従者たちと共に飲み食いしてそこに泊ります。

 

ところが彼は、翌朝すぐにリベカを伴って帰ることを願います。これはあまりに乱暴なのでリベカの母と兄は十日間ほど待って行かせたいと言いますが、しもべは、「私が遅れないようにしてください。主(ヤハウエ)が私の旅を成功させてくださったのですから・・・」(24:56)と断固として願います。

困惑した彼らはリベカの意向を確かめますが、彼女は、「はい。まいります」と即座に答えます(24:58)。この姿勢は、行き先のことを知らずに主の招きに従ったアブラハムの信仰の姿勢と同じです。彼女こそ、ヤコブから始まるイスラエルの民にとっての信仰の母になるにふさわしい器でした。

そして、結婚するイサクも、父に縛られ、祭壇の上のたきぎの上に置かれるのに身をまかせた従順の模範のような人です。

神はアブラハムから信仰の家族を創造しようとされました。その際、信仰の継承は何よりも大切な課題でした。それは、私たちの結婚にとっても同じことです。そこには神から与えられた使命があります。

 

2.イサクはエサウを愛していた・・リベカはヤコブを愛していた

  イサクがリベカをめとったのは40歳の時でしたから(25:20)、それは母のサラが死んだ三年後のことでしょう。それを背景に、「イサクは、その母サラの天幕にリベカを連れて行き、リベカをめとり、彼女は彼の妻となった。彼は彼女を愛した。イサクは、母のなきあと、慰めを得た(24:67)という記事を読む時、イサクが母に心理的に依存し、リベカを母の代わりのように求める気持ちが伝わって来ます。

 

なお、この後、25章で突然、「アブラハムは、もうひとりの妻をめとった。その名はケトラといった(25:1)ということばとともに、六人もの息子の誕生の事が記されます。これがいつの時なのかは分かりませんが、241節の記事から見ても、これはサラの死後ではなく存命中のことで、イサクの誕生の後の事かと思われます。

とにかくアブラハムはサラとの関係から生まれる子を自分の跡継ぎにしたいと願っていたからこそ、ケトラという別の女性を通して子を儲けることは遅らせていたのでしょう。この中の一人が後で話題になるミデアン人の先祖です。アブラハムはこの六人の息子たちを東方に送り出して「イサクから遠ざけ」ます(25:6)

その後、アブラハムが175歳で亡くなった様子が、「平安な老年を迎え、長寿を全うして(25:8)と描かれます。

そして2512節から18節までは肉の上でのアブラハムの長男イシュマエルの12人の息子の誕生の事が記されます。

後にパウロは、「アブラハムから出たからといって、すべてが子どもなのではなく…約束の子どもが子孫と見なされる(ローマ9:7,8)と記しています。

 

つまり、アブラハムの子孫とされるというのは、血筋ではなく信仰によるという原則が最初の段階から明記されているのです。とにかく、彼にとっての最大の課題は、肉の上での子孫を増やすことではなく、主への信仰を自分の子孫に確実に受け継がせることであったということが分かります。

そして、彼はたった一人の信仰の子孫しか残すことはできませんでした。しかし、たった一人でも信仰が受け継がれるなら、世界の歴史は変わるとも言えます。

 

2519節からは、「これはアブラハムの子、イサクの歴史(経緯)である(25:19)という定型句が記されますが、ここからイサクの子ヤコブの物語りが始まるという意味と解釈することができます。

ヤコブの誕生もイサクの場合と同じように神の一方的な恵みでした。リベカも不妊の女でした。それで、「イサクは自分の妻のために(ヤハウェ)に祈願し(25:21)のでした。イサクはアブラハムの痛みと同時に、それに対する対処も受け継いでいるのです。

 

  その結果、リベカは双子をみごもりますが、胎の中にいる時からふたりは争っているので、リベカは「(ヤハウェ)のみこころ」を求めます。

すると主は「ふたつの国があなたの胎内にあり・・兄が弟に仕える」と答えられます(25:22,23)

後にパウロは、この箇所を引用して、「その子どもたちは、まだ生まれてもおらず、善も悪も行なわないうちに、神の選びの計画の確かさが、行いにはよらず、召してくださる方によるようにと『兄は弟に仕える』と彼女に告げられたのです・・・したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです(ローマ9:11,12,16)と語っています。

私たちの心の平安は、何よりも神の一方的なあわれみと選びを受け止めることから生まれます。私たちは、自分の信仰の不足を測ったり卑下する代わりに、神の選びを感謝すべきです。

 

それにしても、リベカはこのお告げをどれだけ真剣に受け止め、それをどのように夫のイサクに分かち合ったかは不明です。それがきちんとなされていたなら、後の悲劇は避けられたはずではないでしょうか。

とにかく、ヤコブは兄エサウのかかとをつかんで生まれます(25:26)。そこにヤコブが長子でありたかったという願いが込められていたと思われます。なお、「かかと」のヘブル語はアケブで、ヤコブという名には、「かかとをつかむ」という意味が明らかにあります。

またそこには2736節エサウが解釈しているように「押しのける、騙す」という意味があったとも考えられますが、両親がそのような意味で名をつけるとも思われませんから、ヤコブ・エルの短縮形としての「神が守ってくださいますように」という意味が込められていたという解釈がユダヤ人の学者の中にあります。

 

なお、この双子の誕生は結婚二十年後でした(25:2026)。本来ならば、彼らは子育ての前提となる夫婦のコミュニケーションを築き上げているはずでしたが、実際はそうはなりませんでした。

双子の性格は、「エサウは巧みな漁師、野の人となり、ヤコブは穏やかな人となり、天幕に住んでいた(25:27)と対照的でしたが、その関係に、何と、イサクはエサウを愛していた。それは彼が猟の獲物を好んでいたからである。リベカはヤコブを愛していた(25:28)という記述が加わっています。これこそ子育ての失敗の原型とはいえないでしょうか。

 

  このような双子の間に、健全なコミュニケーションが成立するはずはありません。エサウが飢え疲れて野から帰って来て、「どうか、その赤いのを、そこの赤い物を私に食べさせてくれ(25:30)と、ヤコブが煮ている「レンズ豆の煮物」を懇願しました。

赤い」のヘブル語は「アドム」で、そこからエサウの子孫が「エドム」と呼ばれるようになったと記されます。それに対し、ヤコブは、「長子の権利を私に売りなさい」と言って、誓約まで求めます(25:31-33)

エサウはそれに応じ、その結論が、「こうしてエサウは長子の権利を軽蔑したのである(25:34)と記されます。ヘブル書の著者は彼を、「一杯の食物と引き替えに・・長子の権利を売ったエサウのような俗悪な者」と描きます(12:16)

 

ただ、ここには同時に、エサウの弱みにつけこんで長子の権利を騙し取ろうというヤコブの狡猾さが見られます。

そしてこの物語には、アダムとエバが自分を神として、互いの裸を恥じるようになった結果として、カインがアベルを殺すという子供の争いが生まれたという原初のパターンの繰り返しを見ることができます。

父と母が互いのありのままの姿を喜ぶことができなくなった結果は、子供の間にはさらに増幅された憎しみとして現れるというのです。

  

3.エサウはヘテ人の妻ふたりをめとり、リベカはヤコブと共謀しイサクをだます

  26章はイサク独自の物語が唯一記されている箇所ですが、これは25章と27章に描かれたヤコブとエサウの長子の権利を巡る争いの物語に挟まれています。そこにイサクの人柄の長所と欠点が浮かび上がります。

まず、イサクも、アブラハムのような飢饉に会いますが、ここで主(ヤハウエ)はアブラハムが飢饉を避けてエジプトに下った例に習うことがないようにとイサクに現われ、「エジプトには下るな・・この地に滞在しなさい・・わたしは、あなたの父アブラハムに誓った誓いを果たす」と約束されます(23)

ところがイサクは、ペリシテ人の地に行くにあたり、アブラハムとまったく同じ間違いを犯し、美しい妻のリベカを「私の妹です」と紹介します。

アビメレクは、アブラハムとのことで、全能の神がイサクの側におられることを学習していましたので、リベカがイサクの妻であることが分かったとき、「この人と、この人の妻に触れる者は、必ず殺される」という命令を下し、彼らを保護します(26:6-11)

 

   その上で、イサクが「その地に種を蒔き、その年に百倍の収穫を見た。(ヤハウェ)が彼を祝福して下さったのである」(26:12)という、祝福の継承の現実を見ることができます。

ところがペリシテ人はその繁栄をねたんで、アブラハムの時代に掘られ、イサクに受け継がれていた井戸をふさぎ、その地から追い出そうとします。しかし、「イサクはそこを去ってゲラルの谷間に・・住んだ」(26:17)とあるように争いを避けます。

その後二度にわたって井戸の権利を侵害されても、争いを避けて移動を続け、三度目に掘った井戸でようやく平安を得ます。その際、イサクは、「今や、主(ヤハウェ)は私たちに広い所を与えくださった・・(26:22)感謝の祈りをささげます。

そして主は、このような姿勢を喜ばれ、「わたしはあなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしはあなたとともにいる・・・」と言われ、アブラハムへの契約を更新してくださいました。

その時、イサクも父の信仰に習い、「そこに祭壇を築き、主(ヤハウェ)の御名によって祈った」と描かれます(26:2425)。その後、アブラハムの時と同じようにペリシテの王の側から、「私たちは、主(ヤハウェ)があなたとともにおられることを、はっきり見たのです(26:28)と言いつつ、平和条約を結ぶことを願います。

そして、イサクはアブラハムと同様にベエル・シェバで平安を得ます。

 

  ところが、イサクが愛したエサウは、彼と同じ四十歳になって、偶像礼拝に満ちたヘテ人の妻を二人もめとります。これは、アブラハムがイサクのために、同じ信仰に立つ者を妻と選ぶことを最大の課題としたのと対照的です。そして、彼女たちはイサクとリベカにとって悩みの種となります(26:34,35)

しかも、イサクは年を取ったとき、エサウに長子の祝福を受け継がせる前提として、ご馳走を食べさせて欲しいと願い、野に猟に行かせます。

それを聞いていたリベカは、次男ヤコブに計略を授け、長子の祝福を横取りさせます。何と、母と次男が共謀して、神によって立てられた父を騙し、長男を出し抜くのです。このようになったのは、イサクとリベカに親密な対話が欠けていたからでしょう。

リベカは、神がヤコブを選んでいることを聞いたのですが、イサクはそれを真剣に受けとめませんでした。何とエサウの猟の獲物を好んだからというのです。

リベカも自分の好みで、穏やかなヤコブを愛したのかも知れません。

 

イサクは、従順で平和を愛していた一方、対決を避けて「自分の平安」を守ろうとしたのではないでしょうか。環境に適応するのはうまくても、道を開く決断力が乏しいのかも知れません。

しばしば、平和を愛するという名のもとに、必要な対決を避け、争いを激化させるという人がいますが、その見本と言えましょう。

リベカは極めて自立した女性で、献身の思いが明確でしたが、夫を尊敬していたとは言えません。リベカはイサクにとって、母亡き後の慰めにはなっても、真の意味で、一体の者とはなることはできませんでした。そこからエサウとヤコブの争いが始まります。

 

イサクもリベカも、神を信頼していたはずなのに、「父母を離れて・・ふたりは一体となる」(創世記2:24)ということにおいては失敗しました。これは立派なふたりが結婚したら立派な家庭ができるはずという誤解を正す最高の事例とも言えます。

夫婦がうまく行かないとき、その責任をどちらかに求めがちですが、アダムとエバ以来、何よりも病んでいるのは「関係」なのです。彼らの罪の結果は、何よりも夫婦関係に表わされました。私たちも、その原点に立ち返る必要があります。

しかし、神のご計画は人間の罪によって無に帰することはありませんでした。神のご計画は、人の罪のただなかでも進められて行くのです。神は機能不全家族を用いて、神の民を創造してくださったということを何よりも覚えたいと思います。

ですから、どんな家族関係にも希望を見出すことができると同時に、理屈どおりには行かないので、だれも自分の正しさや信仰を誇ることはできないという現実を覚えることができます。

 

それにしても、極めて不本意な形とはいえ、アブラハムの祝福は、イサクからヤコブへと継承されて行きました。それは、何よりも主の一方的なあわれみと選びの計画によるものでした。ただ、主の選びによる祝福が彼らの人生に現れるためには、信仰による応答が必要でした。

アブラハムはその妻サラを葬ることによって、約束の地への信仰を子孫に受け継がせました。またイサクの嫁さがしを、信頼するしもべに委ねながら、信仰の継承への道を開きました。

そして、イサクにおいてもリベカにおいても、主のみこころへの従順と祈りの生活が受け継がれて行きました。すべては主の一方的な恵みではあっても、それを受け継ぐには私たちの信仰の応答が必要です。

イサクとリベカのようなコミュニケーションの問題があったとしても、信仰が受け継がれるなら、主ご自身による修正が可能になります。

しかし、主に従い、祈るという習慣がなければ、主のみこころが私たちに現れる道が閉ざされるのです。

|

2014年9月14日 (日)

Ⅱコリント4:5-5:10「闇への道、光への道」

                                                   2014914日 

   聖書で最も頻繁に繰り返される命令は何でしょう・・・。「創造主を愛し、隣人を愛せよ」こそが、最大の命令であるべきはずですが、意外にも、「恐れてはならない」という趣旨の命令であると言われます。これは、恐怖感情を持つことの禁止ではなく、「恐れなくてもいいよ・・」という慰めである場合がほとんどです。

私たちは「恐れ」に支配される結果として、神と人とを愛することができなくなります。そして、「老いることの恐れ」「誰からも期待されず、誰からも相手にされなくなることへの恐れ」は非常に根深いものがあるのではないでしょうか。

 

多くの老人は「自分はもう無用の存在だ」と感じる傾向があります。これはIT革命などによって加速されています。しかも、この気持ちは、最近は若年層にまで広がっています。

しかし、私たちが自分の知恵や力を誇ることができる限り、「測り知れない、重い永遠の栄光」という目に見えない神ご支配の現実を見ることはできません。人にスポットライトが当てられる限り、神の栄光は隠されてしまいます。

しかも、人の栄光は、多くの場合、争いの原因を作ります。そして、その栄光を失うことを「恐れる」という原因になります。それは闇への道です。

一方、私たちは、年を重ねるとともに、人間的な栄光を離れ、神の栄光の現れに目を向けることができます。それこそ光への道です。

私たちは自分の弱さを知れば知るほど、神の栄光を身近に見られるようになるのです。

 

1. 「光が、やみの中から輝き出よ。」と言われた神は、私たちの心を照らし・・

パウロは、自分の使命を、「私たちは自分自身をではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝える(4:5)と言います。私たちの心には「私の価値を認めて欲しい」という強い願望があり、それが仕事の最大の動機となりがちです。しかし、パウロは才能や世的な地位までも含めすべてを、自分ではなく、キリストのすばらしさを証しするために生かしました。

しかも、彼が伝えた福音は、「光が、やみの中から輝き出よ(4:6)と、ひとことで光を創造した神のみわざが彼の「心を照らした」結果です。ここにはパウロ自身の体験が示唆されています。

 

多くの人々は、信仰は自分で見いだすものだと誤解していますが、パウロはそうではありません。彼はエルサレムからダマスコへと、クリスチャンたちを次々と捕えるために旅行していました。彼は、求道をしていたのではなく、「主の弟子たちに対する脅かしと殺意に燃えて」いました(使徒9:1)

ところが、天からの光が彼を巡り照らし」(9:3)、復活のイエスが彼に向かって、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」と言ってご自身を啓示してくださいました。つまり、パウロがクリスチャンになったということ自体が、神の特別なみわざなのです。

 

それは、私たちひとりひとりについて言えます。私たちも、ほとんどの場合、自分の意志で聖書を買って読み始めて真理を発見したというのではなく、家族や友人を通して、福音への目が開かれています。

日本ではクリスチャン・ホーム以外の男性が信仰に導かれる際の、もっとも大きなきっかけは、クリスチャン女性に好意を抱くということに始まっています。それは私たちの信仰が、人間の知恵や求道心を超えていることを現しています。

 

人は、教会に通うようになったきっかけをいろいろ説明しますが、それよりもはるかに大切なのは、ある日、突然、どういうわけか、「イエスは私の主です」と告白できるようになったということ自体にあります。私たちは、自分の心に起きた突然の変化にこそ目を留めるべきなのです。

あなたの心に、突然、神のみことばが響いてきたということ自体が大切なのであって、そのきっかけがどこにあったかなどということは本質ではありません。

 

なお、ここで、「輝き出よ」とか「照らし」と訳されていることばはランプの語源となるギリシャ語の動詞、ランポウです。つまり、聖霊を受けている者は、心の中にランプの灯が灯されているのです。そして、そのことが、「私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです(4:7)とさらに説明されます。

なお、この「宝」とは「キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かす」という「働き」を指しますが、それは名詞でありながら動詞的な、「知識を輝かす」というダイナミックな働きを意味します。それこそ神の奇跡なのです。

「イエスは主です(Ⅰコリント12:3)と告白する者の「土の器」の中には、「」の源である創造主なる聖霊が住んでおられるのです。コリントの人々は目に見える超自然的なことばかりを求めましたが、聖霊の働きは何よりも、私たちの「心を照らす」ことにあるのです。

 

ポール・トゥルニエは、戦後間もなくのスイスの教会を見ながら、「教会が、過半数は生気がなく、物悲しげで疲れた心の持ち主によって占められている」という現実に心を痛めました。

その原因は、教会が聖書の教えを道徳主義に歪めて、恩恵によるひろやかな解放を与える代わりに、過ちを犯し、神の罰を受けるのではないかという「抑圧的な不安」の重荷を与え続けてきた結果でないかと語っています。

 

ある女性は、古い伝統に縛られた田舎の町で育ちながら、この「抑圧的な不安」を味わっていました。彼女の中には、広い世界で活躍したいと思うのは傲慢であるという声が聞こえていました。そう思っていないと、思うようなことが果たせなかった場合、平静を保って晩年を迎えられないという不安がありました。

彼女はその思いを私に相談してきました。私は「広い世界に出て行かずして、どうして謙遜を学べますか」と逆説的に励ましました。彼女はその時、心からの「解放」を味わったと言ってくれました。人間の心の中で、「願望」は必ず「不安」と結びついています。ですから、「不安」を刺激すれば自動的に「願望」が抑圧されます

実際、多くの宗教は、「不安」を駆りたてて人の願望と行動を制御します。でも、それは、同時に、「いのちの力」をも抑圧させ、生気をも失わせます。

 

2.「イエスのいのちが私たちの身において明らかに示される」

大切なのは、どこで何をするかということではありません。神のみこころは、恐れに囚われて自分を抑制することなく、キリストの苦しみをともに引き受けようという積極的な生き方を保つことです。

そして、神から与えられた「測り知れない力(4:7)は、困難の中でこそ体験できます。私たちの肉体という「土の器」は、壊れそうになることがありますが、不思議に、そのような逆境の中で、神からいただいた「」の豊かさを体験できるのです。

 

パウロはそれを四つの対比を用い、「四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません」(4:8,9)と美しく表現します。

そして、それらを通して、「イエスのいのちが私たちの身において明らかに示される(4:10)と言っています。

誰しも不安定な立場は避けたいと思うのが人情ですが、パウロのようなぎりぎりの状況でこそ「イエスのいのち」を体験できるのです。

残念ながら、多くのクリスチャンはそれをリアルに体験することができていません。そのような人々は、「私は神と人とのために、損得勘定を超えて自分の身をささげようとしたことがあるだろうか・・自分の身を守ることばかりに汲々としてはいなかったか・・」と、自分に問いかけるべきかもしれません。

なぜなら、「イエスのいのち」は、「イエスの死をこの身に帯びる」ということ、つまり、「四方八方から苦しめられ」「途方に暮れ」「迫害され」「倒される」という苦難を通してこそ現されるからです。

 

パウロはここで、「私たち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されていますが、それは、イエスのいのちが私たちの死ぬべき肉体において明らかに示されるためなのです。こうして、死は私たちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのです(4:1112)と不思議なことを言っています。

コリントの教会の人々が求めていたのは、極めて個人的な霊的な祝福体験でした。それに対し、パウロは教会を建てあげるためにいのちを捨てる覚悟で生きていました。

彼は、人々から罵られ嘲られ十字架にかけられた「イエスの死」を自分の人生の中で再現していました。しかし、それによってコリントの人々に「イエスのいのち」がもたらされたのです。

 

私たちが「イエスのいのち」を受けることができた背後には、数えきれないほど多くの人々の「死」があったことを忘れてはなりません。先輩たちの犠牲の血がなければ、福音は日本に届くことはなかったのです。

それは宣教師の流した血ばかりではありません。第二次大戦を通して日本に民主化がもたらされ、信教の自由が確立されました。しかし、それは驚くほど多くの人々の血が流されたことによって初めて実現したことなのです。

 

パウロ が引用した「私は信じた。それゆえに語った(4:13)ということばは詩篇116篇の要約のような意味があります。それは、信仰者が不条理な苦しみに会いながら、なおも、主への信頼を告白し続ける姿を現しています。そして彼は、「それと同じ信仰の霊を持っている私たちも、信じているゆえに語るのです」と言います。

私たちも同じ「信仰の霊」を受けています。そしてパウロはその御霊の働きを、「それは、主イエスをよみがえらせた方が、私たちをもイエスとともによみがえらせ、あなたがたといっしょに御前に立たせてくださることを知っているからです(4:14)と説明します。

私たちのうちには復活の御霊が宿っているということを忘れてはなりません。

 

そしてパウロは改めて「すべてのことはあなたがたのためであり、それは、恵みがますます多くの人々に及んで感謝が満ちあふれ、神の栄光が現れるようになるためです(4:15)と語って、自分たちの苦しみを通して、世界に祝福が広がっている様子を思い起こさせようとします。

コリントの人々は、世界の不条理を無視して、自分のたましいの救いばかりを求めていました。そして、それは現代の教会にも当てはまります。しかし、信仰の本質とは、苦しみことができる力にあります

私たちは神からの「測り知れない力」という「宝」を「土の器の中に入れている」のです。その宝の豊かさは、死を乗り越えるいのちとして現されます。不安によって自分の気持ちを抑圧せずに、大胆に困難に立ち向かう者こそが、キリストにあるいのちの輝きを体験することができるのです。

 

3. 外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。

  パウロは、福音のために肉体的な命の危険にさらされ続けていましたが、それらを通して、「神の栄光が現れるようになる」という霊的な現実に目を向けながら、「ですから、私たちは勇気を失いません」と力強く告白しました。それは、自分の肉体の衰えを見ながら、「私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています」(4:16)という霊的な現実が実現していることを知っていたからです。

内なる人」とは「イエスのいのち」(4:10,11)を指します。それは、肉体の衰えに反比例するように「日々新たにされているというのです。

私たちは自分の弱さがあらわになることを恐れます。しかし、多くの信仰者は、人間的な知恵や力を生かすことができることを喜んでいる陰で、反対に、「イエスのいのち」が生かされる機会を自分でなくしているのかもしれません。年齢を重ねて、自分の肉体や記憶力の衰えを感じるにつれて、「内なる人」のいのちの力が現される機会が生まれるのです。

 

そして彼は、「今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです」(4:17)と告白しますが、それは皮肉にも、「三十九のむちを受けたことが五度・・難船したことが三度・・海上を漂ったこともあり・・盗賊に襲われ・・食べ物もなく、寒さに凍え、裸でいた(11:23-29)という重い患難を指します。しかし、それは、やがてもたらされる「測り知れない、重い永遠の栄光」との比較では、一時的な軽いものと見えるというのです。

そして、その栄光とは、14節にあったように、私たちのからだの最終的な復活の希望です。これは、せみや蝶々の幼虫が、さなぎの中で人知れず成長し、羽を生やした美しい姿に変えられることに似ています。人は老年になると行動範囲が縮まり、能力が急速に衰えます。

しかし、その現実の下では、新しい復活のいのちが成長し始めているのです。しかも、そのいのちはせみのように短命ではなく、永遠に続きます。

 

そのことをパウロは、「私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです(4:18)と美しく描いています。

目の前の現実は悲惨の連続かもしれませんが、人間の力や知恵の限界があらわになる陰で、「重い永遠の栄光」が現されています。

 

それは、私たちの身体の復活という個人的なことを超えて、黙示録の著者が見せてもらえた世界のゴールでもあります。そこには、「私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と以前の地は過ぎ去り、もはや海もない」(黙示録21:1) と描かれています。

これは、この世を離れた極楽浄土のようなところではありません。この「天と地」が「神の平和(シャローム)」に満ちた世界へと変えられるのです。

またそこでは、「聖なる都、新しいエルサレムが・・・天から下って来る(21:2)と描かれています。私たちはその希望のもとにこの地で今を生きるのです。

キリストの復活以来、この世界は新しい時代を迎えています。世界の完成は目前に迫っています。それをもとにパウロは、「私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っている(Ⅰコリント15:58)と宣言しています。

 

老年になって自分の退職を嘆く人は、一般に、それ以前は仕事について最も多く不平を言い、仕事から解放されることを憧れていた人だと言われます。つまり、老年に対する最大の備えとは、不安によって自分の気持ちを抑圧せずに、大胆に困難に立ち向かい、キリストにあるいのちの輝きを体験することなのです。

青年であることを喜ぶ人こそが、老年を喜ぶことができます。私たちは神がこの世界を新しくしてくださるという希望の基に、肉体的な死を迎える直前まで、主のために生きることができます。そして私たちの労苦は生かされるのです。

 

4. 死ぬべきものがいのちにのみこまれる

   51節の「私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています」とは、現在の身体と、来るべき復活の身体の対比で、先の「見えるもの」「見えないもの」の対比を言い換えたものと言えましょう。

そして、「それは、人の手によらない、天にある永遠の家です」と記されていますが、これは天国の住まいというのではなく、朽ちることのない永遠の身体を受け取ることができるという意味です。私たちはいつも、身体の復活ということをもっとリアルにイメージする必要があります。それこそ私たちの望みです。

 

  2-4節では、「私たちはこの幕屋にあってうめき、この天から与えられる住まいを着たいと望んでいます。それを着たなら、私たちは裸の状態になることはないからです。確かにこの幕屋の中にいる間は、私たちは重荷を負って、うめいています」と「うめき(ため息)ということばが繰り返されていますが、私たちの身体は病気になってはうめき、また、空腹感やさみしさを満たそうとする様々な欲望と戦いながらうめきます。何と不自由なことでしょう!

 

しかし、その「うめき」の原因は、これは本来あるべき状態ではないという憧れがあるからと言えましょう。そのことをパウロは、「それは、この幕屋を脱ぎたいと思うからでなく、かえって天からの住まいを着たいからです」と表現します。

これは、いわゆる「たましい」が不自由な肉体から解放されるというのではなく、「天からの住まい」としての復活の身体を、主から受けることができることを意味します。

そしてそのときに実現する圧倒的な恵みが、「そのことによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまう」5:4)と驚くほどダイナミックに描かれています。

 

そして、これらすべてが、神の一方的な恵みであることが、「私たちをこのことにかなう者としてくださった方は神です。神は、その保証として御霊を下さいました。そういうわけで、私たちはいつも心強いのです(5:56)と描かれています。

「保証」とは新改訳の脚注にあるように「手付金」とも訳すことができます。たとえば家を購入した時、手付金を支払った時点で、ローンの支払いが残っていても自分のものとされます。同じように「御霊」を受けているということは、「新しい天と新しい地」における栄光のからだが、今ここで既に自分のものとされているという意味なのです。

つまり、私たちのうめき(ため息)は絶望的なものではあり得ません。それは、「御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいるのです(ローマ8:23)と記されている通りです。

そこでは引き続き、「私たちはこの望みによって救われているのです」と描かれています。つまり、しばしば「救われた」と言われることは、私たちの様々な問題が既に解決したということではなく、来たるべき復活の身体を目の当たりに思い浮かべながら生きられることなのです。

 

なお、「ただし、私たちが肉体にいる間は、主から離れているということも知っています(5:6)とも記されているように、今、この肉の目は地上的な見方に引きずられています。それを超えるのが「信仰」なので、「確かに、私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます(5:7)と告白されます。

ただ、そのように言うと、漠然とした期待と混同されかねないので、再び6節と同じ告白、「私たちは(いつも)心強いのです(5:8)が繰り返されます。そして、それと同時に、「むしろ肉体を離れて、主のみもとにいるほうがよいと思っています」と敢えて記されます。

それは肉体的な死を迎えることが多くの人の目には、「忌み嫌うべきこと」だからです。しかし、イエスが十字架で息を引き取られた時、となりの強盗に、「あなたはきょう、私とともにパラダイスにいます(ルカ23:43)と言われたように、私たちの肉体的な死は、永遠にイエスとともにいるという祝福の始まりです。

ですから、その結論として、「そういうわけで、肉体の中にあろうと、肉体を離れていようと、私たちの念願とするところは、主に喜ばれることです(5:9)と言われます。つまり、私たちにとって何よりも大切なことは、肉体的な生死よりも、「キリストにある」状態か否かという違いなのです。

私たちは今からキリストにあって、来るべき「新しい天と新しい地」のいのちを生き始めています。そこで私たちに問われていることは、何が、「主に喜ばれること」であるかを見極めることです。

 

   最後に、パウロは、「私たちはみな、キリストのさばきの座に現れて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じてさばきを受けることになる(5:10)と語ります。コリントの人々は肉体を軽蔑し無節操な生き方をしていましたが、この肉体は、やがて与えられる復活のからだの種ですから、私たちはこれをどのように扱うかが問われています。

ただしそれは、失敗を拾い上げる減点主義ではありません。私たちのすべての罪はキリストの十字架で赦されました。ですから今、私たちに何よりも問われていることは、神が私たちに委ねて下さった宝の賜物を、土の中に埋めたりせずに、生かし用いることができたかということなのです。

もし、たといそれで失敗したとしても、機会を生かし、与えられた賜物をキリストのために用いようとしたという努力自体が報われるのです。

 

   しばしば、老年期の課題は、「人生の意味の発見にある」と言われます。宗教改革者カルヴァンは、その教理問答書で「何が人生の目的だろうか?」という問いに、「神を知ることである」と答え、「どこに人間の幸福があるだろうか」という問いに同じく「神を知ることの中にある」と答えました。

残念ながら、年を重ねるに連れ、世への恨みと怒りをつのらせる人がいます。それは闇への道です。一方、年を重ねるほど、生かされている恵みを感謝できる人がいます。それこそが光への道です。どちらの道を選ぶかの選択に関しては、「遅すぎる」ことはありません。

ある大学教授は80歳を超えて信仰に導かれ「私は、今生まれたばかりのみどり児のような気がする。人生は今はじめて始まったのだ」と喜ぶことができました。

なお、広い世界に出ることで自分の弱さを自覚するようになる人、また、肉体の不自由を通して弱さを自覚するようになる人など、それぞれの違いはあっても、イエスのいのちの豊かさはその弱さの中でこそ体験できるという霊的な事実に変わりはありません。

大切なのは、日陰のもやしのように、じめじめと生きるのではなく、主からの光のもとで、「この宝を、土の器の中に入れている」(4:7)「死ぬべきものがいのちにのまれてしまう(5:4)というダイナミックな生き方を今このときから体験し始めることなのです。

|

2014年9月 7日 (日)

ヨハネ4:1-26「神は真の礼拝者を求めておられる」

                                           2014年9月7日

  私たちのこころの中には、無限の神によってしか満たすことができない無限の深淵があります。多くの人はそれを世の誉れや一時的な快楽で満たそうとしますが、それは、麻薬のようなもので、真の幸福をもたらすことはできません。

本当は、みんな、愛に渇いていながら、どのようにして良いかが分からないのではないでしょうか?

 

世の人々は教会を、敬虔なクリスチャンの集る場と考える面があります。昔のパリサイ人たちも、理想的な環境で、ルールを守られる人々だけで礼拝を守りたいと願っていました。

しかし、悲惨も罪もないところでは、神のあわれみを語る必要もありません。イエスの救いは、礼拝を、悲しむ罪人と神との出会いの場とされたことにあります。

 

1。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます

4章は、「イエスがヨハネよりも弟子を多くつくって、バプテスマを授けていることがパリサイ人の耳に入った。それを主が知られたとき・・・主はユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた」という記述から始まります。

これは、イエスの人気がエルサレムを中心としたユダヤ地方で急上昇し(3:22)、それによってパリサイ人たち妨害や攻撃が激しくなることをイエスが自覚され、生まれ故郷のガリラヤ地方に一時、退避しようとされたということです。

 

イエスはこのとき何よりも弟子たちの信仰の訓練に時間を割きたかったことでしょう。ここで「イエスご自身はバプテスマを授けておられたのではなく、弟子たちであったが」と敢えて解説されています。それは、誰が授けたよりも、誰の権威によって授けられるかが大切だからです。

たとえば、そこではイスカリオテのユダによってバプテスマを授けられた人もいたことでしょうが、それがイエスの権威の委任によって授けられているなら、それはイエスご自身によって授けられたのと同じ意味を持ちます。事実、3章22節ではバプテスマを授けていた」の主語は明らかにイエスご自身と記されています。

たとえば、しばしば、「私は…先生にバプテスマを授けていただいた」などと言われることがありますが、もっとも正しくは、「…教会の権威のもとにあった…先生によって」と言うべきでしょう。問われているのは、その先生にバプテスマの司式の権威を授けた教会が正当なキリストの教会であればよいのです。

 

しかも、ここでは、「サマリヤを通って行かねばならなかった」と敢えて記されています。当時の敬虔なユダヤ人は、サマリヤ人との接触を極力避けていました。そのため、一般的なユダヤからガリラヤへの道は、一度、ヨルダン川東岸にまで下って行って、北上するという恐ろしいほどの遠回りになりました。

しかし、このときのイエスがサマリヤ経由の道を選んだ理由が、厳密には、「サマリヤを通って行く必要があった」と記されています。その「必要」とは、サマリヤの人々にイエスご自身こそが、「ほんとうに世の救い主」(4:42)であることを証しするためと言えましょう。

 

そしてサマリヤの女との出会いが、「それで主は、ヤコブがその子ヨセフに与えた地所に近いスカルというサマリヤの町に来られた。そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れで、井戸のかたわらに腰をおろしておられた。時は第六時ごろであった。ひとりのサマリヤの女が水をくみに来た。」(4:5-7)と描かれています。

「スカル」とは現在のアスカルと呼ばれる町であるとも言われ、それは旧約聖書の中心都市シェケムのすぐそばです。シェケムは、「ヤコブがその子ヨセフに与えた地所」で(創48:21,22)、出エジプトの終着点としてヨセフの遺骸が埋葬された町です。

私たちとまったく同じ弱い肉体を持ておられたイエスはそのとき疲れを覚え、この歴史的な町の近くの井戸の傍らに腰をおろしておられました。

第六時」とは現代の正午の時刻です。そんな真昼にひとりで水を汲みに来た女性がいました。そして、スカルの町からヤコブの井戸までは約1.2㎞もあったと見られています。

 

そのときちょうど、「弟子たちは食物を買いに、町へ出かけて」おり、イエスひとりが残されていました。そこでイエスはその女に「わたしに水を飲ませてください」と言われたと描かれています(4:7,8)。

 

それに対し、「そのサマリヤの女は」、「あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリヤの女の私に、飲み水をお求めになるのですか」と不思議な応答をします(4:9)。それは、「ユダヤ人はサマリヤ人とつきあいをしなかったからである」と理由が記されています。

つきあい」とは、厳密には「いっしょに使う」という珍しいギリシャ語が使われており、これはユダヤ人の教師であるイエスが、サマリヤ人と同じ器を使って水を飲みたいと願うことの異常さを描いた表現と思われます。

民数記19章11節には「どのような人の死体にでも触れる者は、七日間汚れる」と記されていましたが、当時のユダヤ人にとってはサマリヤ人と間接的にせよ触れ合うなどと言うことは、同じような意味と見られました。

しかも、ユダヤ人の教師の側から女性に声をかけるなどと言うことは、当時の習慣に真っ向から反しました。

 

 イエスは、それに答える代わりに、突然、彼女の心の渇きに焦点を当て、「もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう」(4:10)と言われました。

それは、ご自分こそが彼女の心の奥底にある問題に答えを与えることができる救い主であることを示すためでした。

しかも、イエスは、不思議にも、ご自分が井戸のたまり水ではなく、新鮮に湧き出て来る生ける水」(11節)を与えることができると話題を進めます。

 

  それに対し彼女は、「先生。あなたはくむ物を持っておいでにならず、この井戸は深いのです。その生ける水をどこから手にお入れになるのですか」(4:11)と答えます彼女にとって不思議だったのは、「生ける水」を与えるという当人が水を汲む物さえ持っていなかったことです。

しかも、彼女はこの井戸に誇りを持っており、「あなたは、私たちの父ヤコブよりも偉いのでしょうか。ヤコブは私たちにこの井戸を与え、彼自身も、彼の子たちも家畜も、この井戸から飲んだのです」(4:12)と続けて尋ねます。その井戸は南北に分かれたイスラエル王国の共通の父であったヤコブ自ら掘ったものであると言い伝えられてきました。その特徴は何よりもその深さで、最近の調査によると30mもあったとも言われます。

なお、サマリヤ人はアッシリヤ帝国によって滅ぼされた北王国イスラエルと他の民族の雑婚によって生まれましたが、彼らはそこがヤコブからヨセフを通して自分たちに伝わった土地と井戸であると信じていました。エルサレムの住民はダビデを誇っていましたが、この地の人々はヤコブを誇っていました

それで彼女は、井戸水ではなく「生ける水」を与えるというイエスは、ヤコブよりも偉大な存在なのかと聞いて来ました。

 

そこでイエスは、「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり」(4:13,14)と言われます。

主はここで、目の前の井戸の価値や水の性質ではなく、目に見える水は、必ず渇きを引き起こすという現実に目を向けさせながら、ご自分が与える水は、再び渇きを引き起こすことがないと言われました。イエスが与える水は、水を湧き出させる「」へと変えられるからです。

そればかりか、そこから「永遠のいのちへの水がわき出ます」と説明されています。「永遠のいのち」とは、もちろん現在の苦しい人生が永遠に続くという意味ではありません。これは、「来たるべき世のいのち」とも訳され、「新しい天と新しい地のいのち」が今から始まるという意味です。これは、イエスが与える聖霊の働きによって生まれます。

なお、水と聖霊には、渇きをいやすという同じ作用がありますが、目に見える水は、その効果が一時的なのに比べ、聖霊を受ける者は、「決して渇くことがありません」という永遠の恵みがあります。

 

そのことばに女は敏感に反応し、「先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水を私に下さい」(4:15)と答えました。これは、「そんな便利な水があるなら・・」と、若干、皮肉を込めた表現とも考えられますが、それ以上に、毎日、人目を避けるようにして日照りの中を1.2㎞も、重い水をもって歩くような生活から解放されたいという願いが込められていました。

それは、水汲み自体の仕事の厳しさ以上に、人目をはばかって水を汲みに来なければならないという孤独感の問題であったと言えましょう。目の前の仕事がどんなに肉体的に辛くても、そこに互いへの気遣いやねぎらい、感謝の応答があるなら喜んで仕事をすることができるからです。

 

2.「あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます」

イエスは彼女の問題に入り込むために、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」(4:16)と言われます。女は、「私には夫はありません」と答えますが、イエスはさらに、「私には夫がないというのは、もっともです。あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたが言ったことはほんとうです」(4:17,18)と、問題を言い当てます。

彼女は繰り返し結婚に失敗し、人々から軽蔑されていました。当時、一度の離婚は受け入れられても三度以上になったらふつうの女性とは見なされませんでした。ところが、彼女にはそれまで五人もの夫があり、今いっしょにいる人は夫ではないというのです。

彼女は別に売春で生計を立てていたわけではなく、かなりの教養や行動力を持っていたようです。当時、女性の側から離婚を申し立てることは不可能でしたから、彼女は幸せな結婚を望みながらも、夫から見捨てられ続けたのでしょう。

彼女の問題は、愛に渇きすぎていて人との適切な距離を保つことができないという、ラブ・アディクション(愛情嗜癖)だったのかも知れません。そこにあるのは愛への渇きです。イエスは、ここで水への渇きの話しから、愛への渇きへと話を展開したのです。

 

 私も同じような心の渇きを覚えていました。僻地の小学校の落ちこぼれから始まり、良い高校、良い大学に進学し、国費留学までさせてもらっても、「もっと、もっと」という成功への渇きは強くなるばかりでした。そして、この世のものでは与えられない心の平安、救いを求めるようになり、「もう私が渇くことがないように・・・」という気持ちでイエスを救い主として信じました。しかし、何かしっくりしません。その後も、渇きはいやされてはいないからです。

私は、柄にもなく、証券会社に入りました。それは、枠にはまらず自分の個性を生かせる環境にあこがれたからです。そして、神の導きで、ある程度は成功できたかも知れませんが、心の渇きはいやされませんでした。

それで、株式のように損をすることがない福音のセールスマンになったら平安を得られるかと思いました。しかし、今度は、かえって自分の心の不安定さが見せつけられるばかりでした。どこまで行っても「渇き」がなくなることはありませんでした。

 

しかし、イエスは、渇きを永遠に消す魔法の「」の話をしたのでしょうか?「生ける水」とは、「聖霊」を指しますが(7:38、39)、その方は、御父、御子とともに世界を創造した神です。

ヨハネは、この世界の創造主ご自身が人の姿となって、人々の真ん中に住むという記述から始め、ここでは何と、その神ご自身が私たちのうちに住んでくださると言ったのです。

しかも、イエスは、「わたしが与える水(御霊)は、その人のうちで泉となる」(14節)と言われ、もう神が私たちを離れ去ることはないと保証されたのです。つまり、現実の心の渇きがなくなるというより、創造主との生きた永遠の交わりが消えることがないという霊的な真実を言われたのです。

「渇き」はいつも感じるのですが、それはいつも御霊によって祈る始まりとなるので、「渇くことがない」という現実がすでに成就しているとも言えるのです。

 

サマリヤの女は、イエスが彼女の問題を言い当てたことに驚き、「先生。あなたは預言者だと思います」と答えます。ただそれに続いて、話題を当時の一般的な論争に転換します。

これは逃げの姿勢とも思えますが、彼女自身も心の奥底で、愛への渇きと神への渇きが表裏一体のものであることを意識していたのではないでしょうか。

 

ユージン・ピーターソンのもとに、ラブ・アディクションの女性が相談に来ました。彼女は友人の熱い勧めで来ただけで、本当は牧師に相談に載ってもらおうなどとは思っていませんでした。それで彼女は開口一番、ぶっきらぼうに、「あなたも私の異性関係の遍歴を知りたいのでしょうね」と言いました。

先生は、「それがあなたのお話ししたいことなら、聞きますが、私が本当に聞きたいのは、あなたの祈りの生活なのです」と答えました。彼女はすぐにはその意味を理解できませんでしたが、会話を通して、彼女の問題行動は、「親密さへの渇き」から生まれており、それは創造主との親密な祈りの交わりからしか癒されないということが明らかになっていったとのことです。

 

とにかくサマリヤの女はイエスに対し、「私たちの父祖たちはこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます」(4:20)という当時のホットな話題を持ち出しました。

サマリヤ人はゲリジム山を礼拝の場としていましたが、ユダヤ人はエルサレム神殿こそが唯一の礼拝の場であると考えていました。

 

それに対しイエスは、「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます」(4:21)と言われました。

「エルサレムでもない」とは、当時のユダヤ人の感覚では決して想像もできない答えでした。事実、主は、宣教の初めにエルサレム神殿の崩壊を示唆して、「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう(2:19)と言われました。イエスは、十字架でご自身の肉体をおささげになり、本来の神殿の機能を完成してくださろうとしておられたからです。

それにしてもイエスは何と、誰からも相手にされないようなひとりのサマリヤの女に向かって、真の礼拝について聖書の核心を語り出したのです。

 

そして引き続き、「救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています」(4:22)と言われます。

サマリヤ人は、モーセ五書だけを聖書と認めており、神がエルサレムにご自身の神殿をお建てになったことの経緯が記されているその後の記述を聖書として認めていませんでした。彼らは、どなたを礼拝すべきかは分かっていたのですが、どのように礼拝すべきかについての歴史的な神の啓示と礼拝の完成の預言を否定しました。

これは、現代の教会が陥りやすい過ちかも知れません。確かに聖書の神を礼拝しているのですが、「どのように」という点で人間的に流れる可能性があります。

実際、サマリヤの礼拝の始まりには、政治的な打算がありました。ソロモン王の死後、ヤロブアムは北部の十部族をまとめてユダ族の王から独立しました。ところが、エルサレム神殿は南王国ユダにありましたから、北王国の中に礼拝の場を作る必要が生まれたのです。

このように自分たちの都合で新しい礼拝を作ったため、北王国は神のさばきを受けて滅びました。

 

3.真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。

そしてイエスは、ご自分がもたらす新しい時代の事を、「しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます」(4:23)と言われました。イエスの救いとは、礼拝を完成に導くことでした。

「真の」と「まこと」とは同じ語源のことばで、その中心的な意味は、「まごころの伴った礼拝」というわけではありません。実際、世界にはまごころを込めて偶像礼拝に励んでいる人が多数おられます。

その意味は、第一に、サマリヤのように、人が自分の都合で作り出した「偽り」の礼拝との対比です。

また第二には、「本物の模型にすぎない、手で造った聖所(ヘブル9:24)での礼拝との対比です。それは、イエスがご自身を「世の罪を取り除く神の小羊(1:29)としておささげになったことによって始まった、模型ではなく、天そのものに入られた、主ご自身が導く礼拝という意味だと思われます。

イエスは、「神を説き明かす(1:18)ために人となられ、「わたしが・・真理(まこと)・・です(14:6)と言われたからです。つまり、「まことによる」礼拝とは、人となられたキリストご自身の啓示と贖いによってもたらされた礼拝を意味します。

 

また、「霊によって」とは、主が「人は、新しく生まれなければ・・水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできません。肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です(3:3-6)と言われたように、「新しく生まれた者」としての礼拝を意味します。

 

   さらにイエスは、「今がその時です」と言われましたが、礼拝者も礼拝形式も、イエスによって新しくされました。そして、「父はこのような人々を礼拝者として求めておられる」とは、御父の救いの目的は、何よりも、新しい礼拝の創造にあるからです。

この世の基準で考えると、神が求めるのは、徳のある、自立した、平和をもたらす人、その他、この世の役に立つ人のことかと思われます。実際、世の人々は、「あなたは毎週律儀に教会に行っているわりには大した生き方ができてないね。いったい何を習っているの・・・」などと問いかけたりします。そしてそのたびに、私たちは良心の呵責を覚え、「礼拝なんかに行く前に、証しになるように、責任を果たさなければ・・・」などと思い悩みます。

しかし、それこそ本末転倒です。神は、何よりも、あなたが、真の礼拝者であることを求めておられるからです。

 

   実際、イエスは、「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された・・・」(3:16)と言われました。「世」とは、罪に満ちた私たちの現実の世界を指します。神はイエスを通して、罪人への愛を示されました。ここに新しい礼拝の原点があります。

人間的な努力や工夫で神に喜んでいただこうとする以前に、イエスの救いを私たち自身が喜ぶことこそが礼拝の中心です。「霊とまことによる」礼拝とは、何よりも、イエスが始められた、イエスご自身が働かれる場です。礼拝者の行動の変化という目に見える実を、人間的な尺度で求めてはなりません。

 

   イエスは続けて、「神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません(4:24)と言われました。それは、私たちの礼拝が、霊である神のご性質に応じたものであるべきという意味です。

それは何よりも「黙示録」全体のテーマでもあります。この書の著者は、このとき、地中海の小島に流され、「主の日に」、信仰の兄弟のことを心配しながら、礼拝をささげていました(1:9,10)

その彼に、イエスが栄光に満ちた全地の支配者の姿で現われ、目に見えない天の現実を示してくださいました。これこそ「礼拝」で見られるべき「まぼろし」です。

 

   当時は、ローマ帝国の圧倒的な支配下にありました。この書で、「」はサタン、「」は政治的軍事的な力、「にせ預言者」は不思議を見せる宗教、「大バビロン、大淫婦」はこの世の富をそれぞれ意味し、世の人々は、「力」と「富」と「不思議」を礼拝の対象としていました。

ところが、天においては、長老と御使いたちが、「ほふられた子羊は、力と、富と、知恵と、勢いと、誉れと、栄光と、賛美を受けるにふさわしい方です(5:12)と、主を賛美していました。

無力さの象徴である「小羊」こそが、「王の王、主の主(17:14)であるというのです。そして、天の賛美がこの地の賛美となることが黙示録のテーマです。

現在の教会でも、毎週礼拝に通って、生活が楽になるわけでも、人々から尊敬されるわけでも、何かの神秘体験をできるわけでもなかったら、何のために礼拝に行くのかというささやきが聞こえてきます。それはサタンの声です。

しかし、私たちは目に見える現実の上にある天のハレルヤコーラスを霊の耳で聞いて、それをこの地上の礼拝で表わすのです。私たちはこの世で様々な困難に直面しますが、すべては「わたしはある」と言われる神の御手の中にあります。その支配のシンボルがこそ、人の目には無力な「小羊」です。

 

 ところで、サマリヤの女はイエスの教えを聞いて、「私は、キリストと呼ばれるメシヤの来られることを知っています。その方が来られるときには、いっさいのことを私たちに知らせてくださるでしょう」と応答します(4:25)

そしてイエスは、「あなたと話しているこのわたしがそれです」と答えられます。この情景は何と感動的なことでしょう。人々は、目を見張るような力、富、不思議を伴って現れる救い主を待ち望んでいましたが、主は疲れを覚えるひ弱な人間の姿で現れ、救いの意味を、ユダヤ人が忌み嫌うサマリヤ人の、しかも、サマリヤの町の中でも軽蔑されている一人の女に、個人的にお話しになったのです。

この女は、この会話を通して、神のあわれみという不思議を体験しました。それは、夢も希望を失った、人々から見捨てられた女に、神が目を留めるという人知を超えた奇跡でした。

 

私たちの心が、目に見える現実に翻弄され萎える時、神の小羊をともに礼拝する中で、「あなたがたは自分たちの労苦が主にあってむだではないことを知っているのですから」(Ⅰコリント15:58)との告白に導かれます。なぜなら、人々から見捨てられた小羊イエスが、復活し、神の右の座につかれたからです。それこそ礼拝の恵みです。

|

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »