« 2014年12月 | トップページ | 2015年2月 »

2015年1月25日 (日)

出エジプト記1章1節~4章17節 「『わたしはある』という方が、私を遣わされた」

                                                  2015125

ある方がご主人の介護で、危険な場面があったことを振り返りながら、「あのときは、どうして、あのようなことを私ができたのだろう・・・不思議にごく自然に身体が動いた」と言っておられました。それこそ、「主ヤウェ」が、「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて信頼すれば、あなたがたは力を得る」(イザヤ30:15)と約束してくださったことの成就です。

私たちは畏れ多くも、モーセの生涯と自分とを重ね合わせて見ることができます。主はモーセに向かって、不思議にも、「『わたしはある』という方が、私をあなたがたのところに遣わされた」とイスラエルの民に向かって言うように命じられました。

私たちもみな、「わたしはある」と言われる方によってこの世界に遣わされます。自分がどんなに無力でも、全能の神はこの「土の器」を通してご自身の働きを進めることができます。

 

1. 神は聞かれ、思い起こされ、ご覧になり、みこころを留められる

  エジプトの王(パロ)がヨセフのゆえにイスラエルの民に与えたゴシェンの地は、ナイルデルタ東側のカナンとの境にありました。そこには、世界で最も肥沃な土地が広がっており、エジプト人は基本的に羊を飼いはしなかったので、イスラエルの民は彼らと分かれて住みつつ、家畜を飼いながら、急速に増え広がることができました。

しかし、エジプトはカナンの異民族の侵入に悩むようになり、同じ土地から流れてきたイスラエルの勢力が強くなることは防衛上危険になってきました。そのことが1910節で、「見よ。イスラエルの民は、われわれよりも多く、また強い・・・いざ戦いというときに、敵側についてわれわれと戦い、この地から出て行くといけないから」と記されています。

 

これがいつの時代かに関しては大きく分けて二つの学説があります。Ⅰ列記61節にはソロモンがエルサレム神殿の建設を始めたのが、「イスラエル人がエジプトの地を出てから480年目」と記されていますが、神殿建設の開始は紀元前966年とほぼ確定できますので、それによると出エジプトの時期は紀元前1446年ということになります。

ただ「四百八十年」は現実の数字というよりも12世代×40年という象徴的な意味に理解することもでき、一世代を25年に短く計算すると1266年という数字にもなり得ます。11節に、「彼らを苦役で苦しめるために・・・パロのために倉庫の町ピトムとラムセスを建てた」という記述から見ると、ラムセス1がエジプト第19王朝を始めた紀元前1295年以降とも見ることができます。

またイスラエルという名が登場するのが、有名なラムセスⅡ世(紀元前12791213)の次の王メルエンプタハの時期であり、またカナンに鉄器が広がり出したのが紀元前1200年ごろであるということから、多くの学者はこの後記説を採用しています。ただ、どちらに確定することもできない面があります。

 

「しかし苦しめれば苦しめるほど、この民はますます増え広がった」(1:12)ばかりか、ヘブル人の助産婦たちに生まれた男の子の殺害を命じても、それに従わない彼女たちに「神は・・よくしてくださった。それで。イスラエルの民はふえ、非常に強くなった」(1:20)と描かれています。

1314節には、イスラエルの民に課せられた「過酷な労働」ということばが繰り返される一方で、21節では、「助産婦たちは神を恐れたので、神は彼女たちの家を栄えさせた」と記されます。人間の目には、前者は神の不在のしるし、後者は神の臨在のしるしとも見えますが、これらすべてが神のご計画の中にあるということが、創世記15章のアブラハム契約に記されています。そこで神は彼に、「あなたの子孫は・・寄留者となり、彼らは奴隷とされ、四百年の間、苦しめられよう(13)と言っておられました。

そればかりか、1章終わりに記された神の民を絶望させるようなパロの命令、「生まれた男の子はみな、ナイルに投げ込まなければならない」は、イスラエルを救いに導くモーセの誕生への備えであるということを見ることができます。

 

1章で繰り返し強調されているのは、パロの残酷さでもイスラエルの民の弱さでもなく、エジプトの王と民が「イスラエルの民が・・おびただしく増え・・強くなった」ことに恐怖を抱いたことです(1:7,920)

私たち神の民に対する迫害が激しくなることがあるとしたら、それは神の敵の側が非常な恐怖を抱いているというしるしに過ぎません。

 

   そのような中で、レビの家から男の子が誕生します。母は三ヶ月後、この子を隠しきれなくなってパピルス製のかごに入れてナイルの岸の葦のしげみに置きました。それをパロの娘が見つけ「その子をあわれに思い(2:6)、ヘブル人だとわかっていながら救い出します。

モーセ」という名をつけたのはパロの娘である王女ですが、そこにはヘブル語で、「(水から)引き出す」という意味と共に、エジプト語で「(王女の)息子」という意味が込められています。彼女はその両方の意味をよく知っていたはずです。

しかも、その際、モーセの姉の機転によって、実母が乳を飲ませ三、四年の幼児期を育てることでヘブル人のアイデンティティーが保たれたのと同時に、その後は、王女の息子として当時の最高の学問を身につけることができました。神は沈黙の中で、モーセを育てておられました。

 

このことを、後にステパノは「モーセはエジプト人のあらゆる学問を教え込まれ、ことばにもわざにも力がありました。40歳になった頃、モーセはその兄弟であるイスラエル人を、顧みる心を起こした(使徒7:22-24)と述べます。

そしてここでは、「モーセがおとなになったとき、彼は同胞のところに出て行き、その苦役を見た(2:11)と描かれながら、モーセは、ヘブル人を打っている「エジプト人を打ち殺し、これを砂の中に隠した(2:12)と記されます。

 

しかし、翌日、ふたりのヘブル人の争いを仲裁しようとしたところ、「だれがあなたを私たちのつかさやさばきつかさにしたのか。あなたはエジプト人を殺したように、私も殺そうと言うのか(2:14)と言われてしまいました。

このとき味わったモーセの葛藤に関して、ステパノは、「彼は、自分の手によって神が兄弟たちに救いを与えようとしておられることを、みなが理解してくれるものと思っていましたが、彼らは理解しませんでした(使徒7:25)と解説しています。ここに、イスラエルの民のかたくなさによってモーセが非常な苦しみに会うということの始まりを見ることができます。

 

そればかりか、「パロはこのことを聞いて、モーセを殺そうと捜し求めた(2:15)というのです。そしてその結果、モーセは、シナイ半島の東隣、アラビア半島北西部のミデヤンの地に逃れざるを得なくなります。

そこで、彼が井戸の傍らに座っていたところ、ミデヤンの祭司の娘たちが羊の群れに水を飲ませに来ました。そこに羊飼いたちが来て、彼女たちを追い払ったのを見て、「モーセは立ち上がり、彼女たちを救い」ます(2:17)

そして、それを喜んだミデヤンの祭司レウレルは娘のチッポラを嫁に与え、モーセはその家に身を寄せ、子供を得て、家庭を築きます。モーセの正義感は、同胞からは拒絶されましたが、異教徒であるミデヤンの祭司からは受け入れられたのです。

 

それから何年もたって、エジプトの王は死んだ・・」(2:23)とありますが、この王が誰なのかは大きな謎です。どちらにしても、モーセが新たにパロの前に立つのは80歳の時ですから(出エジ7:7、使徒7:30)、エジプト王家の最高の教育を受けた彼は、約40年間、それまでの教育が何の役にもたたない(エジプト人は羊飼いを忌み嫌っていた)働きによって生計を立てたことになります。

そのような中で「イスラエル人は労役にうめき、わめいた。彼らの労役の叫びは神に届いた。神は彼らの嘆きを聞かれ、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。神はイスラエル人をご覧になった。神はみこころを留められ(2:23-25)と描かれます。これは別に神がそれまで無視をしていたという意味ではありません。実際、神は、モーセの誕生から約80年間の人生を導いておられました。

 

神はモーセに当時の最高の教育を受けさせながら、後にそれを捨てさせました。人間的な知恵により頼むことは、神の働きの邪魔になるからです。彼が40歳のとき働きについたとしたら、イスラエル独立運動のリーダとして武力闘争に訴えていたかも知れません。

たとえば、私の大学時代以来の専門(経済学、証券市場)は、牧師になるために一時的に捨てる必要がありました。しかし、その過程で、身体で覚えることができた感覚は生きています。それは専門家の予測は当たらないという知恵です。また、その後、カウンセリングの学びも積み、多くの方々の相談にも乗りましたが、それで身に沁みたことは、「人の心は分からない」という悟りでした。

もちろん知識や訓練は大切です。神も人知れずモーセを訓練しました。しかし、それによって何よりも分かるのは、人間の力や知恵の限界であり、この世の知者や力ある人たちなどを恐れる必要がないということではないでしょうか。実際、モーセはエジプトの王家で育てられたからこそ、当時、神としてあがめられていたパロと対等に渡り合うことができたとも言えましょう。

 

2. 「わたしは『わたしはある』と言う者である」

 「モーセは、ミデヤンの祭司で彼のしゅうと、イテロの羊を飼っていた(3:1)という記述に、当時のモーセの社会的地位を知ることができます。80歳近くにもなりながら、何と異教徒の祭司のもとで、婿養子のような立場で、自分の羊も持っていません

その彼が羊を飼いながら、「その群れを荒野の西側に追って行き、神の山ホレブにやって来」ました。すると「(ヤハウェ)の使いが・・柴の中の火の炎の中に」現れ、柴が「火で燃えていたのに焼け尽きない」という不思議に引き寄せられました(3:2,3)

このことを後にステパノは、「四十年たった時、御使いが、モーセに、シナイ山の荒野で柴の燃える炎の中に現れました。その光景を見たモーセは驚いて、それをよく見ようとして近寄ったとき、主の御声が聞こえました(使徒7:30,31)と述べています。神の山ホレブシナイ山同じ場所です。

モーセは羊飼いで一生を終えると思っていたであろうそのとき、単に羊の群れを西へ西へと追って行き、見知らぬ地にやって来たのだと思われます。そこで思いもよらなかった燃える柴に引き寄せられ、主の御声を聞いたのです。

 

神は、「柴の中から」、「モーセ、モーセ」と呼び、彼を御前に招いておきながら「ここに近づいてはいけない。あなたの足のくつを脱げ。あなたの立っているところは聖なるところである(3:5)と言われます。「靴を脱ぐ」とは、臣従のしるし、またそこを他の地とは異なる「聖なる場」と受け止めるという意味があります。

お寺のお堂が本来、裸足で入るべきなのはそのためです。最近、靴下のままか、スリッパが用意されることがあるのは、木の床を足についた油で汚さないためで、本来なら、きれいに洗って裸足で入り、頻繁に床を雑巾がけするのが作法です。興味深いことに、仏教のお寺で裸足になるという作法の根拠をネットで調べたら、出エジプト記の記事が示されていました。

 

そして、主は、「わたしは、あなたの父の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」とご自身を現わします。なお、燃える柴の意味と、この主の自己紹介の表現には深い結びつきがあります。「柴が火で燃えているのに焼け尽きない」という情景は、イスラエルの民が火の試練の中で、守られ、救い出される(復活する)ことを示唆すると解釈できます。

なぜなら、イエスはサドカイ人との議論の中で、この箇所を引用されながら、死人がよみがえることについては、モーセが柴の箇所で、主を、『アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神』と呼んでこのことを示しました。神は死んだ者の神ではありません。生きている者の神です。というのは、神に対しては、みなが生きているからです」と言われたからです(ルカ20:37,38)

つまり、主は燃える柴を通して、イスラエルの父祖に対する契約を守り通す生ける神であることを証しされたのです。火を燃やしながら柴を生かすのは、主ご自身だからです。

 

その際、「モーセは神を仰ぎ見ることを恐れて、顔を隠し」ますが(3:6)、そこで主(ヤハウェ)は、「わたしは・・民の悩みを確かに見・・・彼らの叫びを聞いた・・・彼らの痛みを知っている」(3:7)と言われました。主は神の民の「悩みを見」「叫びを聞き」「痛みを知っておられる」というのです。

そして、「わたしが下って来たのは、彼らをエジプトの手から救い出し・・・乳と蜜の流れる地・・に、彼らを上らせるため」と言われますが、同時にそこには、「カナン人、へテ人、エモリ人…エブス人」などが住んでいると言われました(3:8)

その上で主は、「今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ(3:10)と、途方もない使命を与えられます。

 

そのときモーセは、「わたしはいったい何者なのでしょう・・・」と答えます。神は、「わたしは人知れずあなたを訓練してきた・・だから・・」などとは言わずに、ひとこと「わたしは、あなたとともにいる」と言われました(3:11,12)。これは厳密には、「わたしはある。あなたとともに」と訳すべきで、次の主ご自身の自己紹介につながる表現です。

つまり、モーセにとって、自分が何者であるかを知ることよりもはるかに大切なのは、主がどのような方かを知ることであり、その主がともにおられることを知ることなのです。その上で、当面の目的地を「あなたがたはこの山で、神に仕えなければならない」と、約束の地カナンに入る前に、シナイ(ホレブ)山において律法を与えることを示唆します。

 

モーセはこの召しに、まず、「今、私は・・行きます」と応答しました。そして不思議にも、まず神の御名を尋ねます。彼がイスラエルの民に、「あなたがたの父祖の神が、私を遣わされた」と言うなら、彼らは、「その名は何ですか」と聞くだろうという尋ね方をしますが、それは何よりも御名の意味を尋ねることではなかったかと思われます。

 

神は、「わたしは『わたしはある』という者である」と答えられます(3:13)。そればかりか、「イスラエル人に向かって」、「わたしはあるという方が、私を・・遣わされた」と告げるように命じられました(3:14)。つまり、イスラエルの神の名は、「わたしはある。」なのです。これはヘブル語では「エーイェ」ですが、この一人称動詞を三人称の「彼はある」に変えると、「ヤウェ」になると言われます。

これは、神が何物にも依存することなく永遠に存在され、すべてのものはそのご支配の中にあることを意味すると思われます。それと同時に、その方は、「苦しむ時、すぐそこにある助け」(詩編46:1私訳)とあるように、私たちひとりひとりに目を留め、その叫びに耳を傾け誰よりも頼りになる方であることを示します。

先のように、「わたしはある、あなたとともに」と訳すなら、そのことの意味が良くわかります。これは、詩篇4610節で、私たちが目の前の混乱を見て心を騒がせているときに、主ご自身が、「静まれ。そして、知れ、『わたしこそ神、国々の上におり、地のはるか上に在る」と別の観点から言ってくださるようなものでしょう。

 

また主は15節で、先のふたつのご自身の紹介を合体させて、「ヤウェ、あなたがたの父祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神が、私をあなたがたのところに遣わされた」と言えと命じつつ、「これが永遠にわたしの名、代々にわたってわたしの呼び名である」であると確認されます。

私たちも、静まりつつ、この御名の意味を心の底から味わうべきでしょう。それこそが、すべての働きの前になすべきことであり、その上で、その方が自分をこの世界に遣わしておられることを知るべきでしょう。

それにしても、神は、モーセを羊飼いとしての歩みをさせることによって、ごく自然に、心の底から、「私はいったい何者なのでしょう・・」と謙遜に言うことができるように彼を砕いておられました。それが神に用いられる条件でした。

私たちも、日々、様々なことに遭遇し、「私なんかの出る幕ではない・・専門家に任せよう・・」などと思うかもしれません。しかし、それでは間に合わないことがあります。それが神の召しであるならば、不可能はありません。神は自分の弱さと知恵のなさを知っている者をこそ用いられるのです。

 

3. 神が与えるしるしと助け手

   神はモーセに、「行って、イスラエルの長老たちを集めて、彼らに言え・・」・・「彼らはあなたの声に聞き従おう」と言われました(3:16-18)。一方、エジプトの王との対話に関しては、「ヘブル人の神ヤウェが私たちとお会いになりました。どうか今、私たちに荒野へ三日の道のりの旅をさせ、私たちの神、(ヤハウェ)にいけにえをささげさせてください」と言えと命じつつ、「しかし、エジプトの王は強いられなければ、あなたがたを行かせないのをよく知っている」と言われました(3:18,19)

そればかりか、ご自身が「あらゆる不思議で、エジプトを打とう。こうしたあとで、彼はあなたを去らせよう。わたしは、エジプトがこの民に好意を持つようにする」と奇妙なことを言われながら、彼らが「エジプトトからはぎ取って」多くの財産を持って約束の地に向かうということを約束されました。

それは、かつて主がアブラハムに、「しかし、彼らの仕えるその国民を、わたしがさばき、その後、彼らは多くの財産を持って、そこから出てくるようになる(創世記15:14)と約束された通りです。

つまり、神は、モーセのことばによってどのような反応が起きるかをきちんと把握しておられるのです。モーセを遣わす神は、その働きの結果をも支配しておられる方です。

 

  モーセはそれに対し、イスラエルの民の昔の反応を思い起こしながら、「ですが、彼らは私を信ぜず、また私の声に耳を傾けないでしょう。『主はあなたには現れなかった。』と言うでしょうから(4:1)と言います。彼はなおも昔のトラウマを引きずっていました。

それで神はモーセに、杖を蛇に変え、また杖に戻すという第一のしるしを与えました。パロは頭に立ちあがったコブラの記章をつけています。イスラエルでは忌み嫌われた蛇は、エジプトでは人を毒で殺すことができる神聖な動物なのです。これによって、主はエジプトをも支配する神であることを示されます。

第二のしるしは、モーセの手をツァラアト(ハンセン病に似た病)にし、また回復させことです。これは当時最も恐れられていた病でした。その意味は、神がわざわいを起こすと同時に回復させることもできる、病の支配者であると示すことです。

第三のしるしは、ナイルから汲んだ水を血に変えることです。ナイルはエジプトにとっていのちの源でしたが、主はその水を死の象徴でもある血に変えることによって、主こそがいのちの源であることを示してくださいました。

 

この三つのしるしに共通するのは、神がいのちとともに死の支配者であるということです。それによって、イスラエルの民がモーセを信じることができるようにしてくださいました。

しかし、彼はなお、「ああ主よ。わたしはことばの人ではありません・・」(4:10)と躊躇しました。それに対し、神は、「だれが人に口をつけたのか・・さあ行け。わたしがあなたの口とともにあって、あなたの言うべきことを教えよう(4:11,12)と言われます。彼はなお「どうかほかの人を遣わしてください」と言うと、神は、「あなたの兄、レビ人アロンがいるではないか。わたしは彼がよく話すことを知っている・・・彼はあなたの口の代わりとなり、あなたは彼に対して神の代わりとなる」と言われます(4:13-16)

なお、77節では、「彼らがパロに語ったとき、モーセは80歳、アロンは83歳であった」と記されています。東洋的な感覚では「三歳年下のモーセが兄のアロンに対して神の代わりになる」というのは分かり難いですが、これを通して、みことばの権威が人間的な序列を超えるということが明らかになります。

それにしても、神はモーセに、「わたしはあなたとともにいる」と言われましたが、それはこの三つの「しるし」とアロンという「助け手」によって現されました。

 

モーセの両親は、幼子をナイル川に手放さざるを得なったとき、またモーセが四十歳になって、せっかく同胞のために立ち上がりながら拒絶されたとき、どんな気持ちだったでしょう。しかし、これらはすべて、時が満ちるために必要な備えでした。

しかも、彼らが苦しまなければエジプト脱出を望みはしなかったでしょう。また、両親がモーセを手放さなければエジプトの王宮で育つことはできませんでしたし、モーセが荒野で四十年過ごさなければ、イスラエルの民を四十年間も荒野で導く忍耐と謙遜は養われませんでした。すべての意味は、後になって分かります。

 

それにしても私たちは、しばしば、目の前の問題に圧倒され気が動転します。その時こそ、自分の心の中で、「わたしはある。」という主の名を繰り返すべきではないでしょうか。私たちの願う方向で問題を解決してくださる神を呼び求める前に、ヤハウェ(彼はおられる)」という方がまずおられその方の方法とタイムスケジュールで問題が解決されることを覚えたいと思います。

新改訳聖書で太文字の「」ということばが出るたびに、「『わたしはある』と言われる方」と読み替えてみてはどうでしょう。

神は、沈黙しておられると思えた時、モーセの誕生とその後の成長を力強く導いておられました。神は、モーセが自分の使命を自覚したときにその失敗を見守り、しゅうとの羊を飼うことしか頭にない凡人になったときに偉大な働きへと召し出しました。神は同じことを今も続けておられます。

 

私たちはこの世界で様々な責任を担うように召されています。それはすべて、主から託された責任であり、そこで主は私たちに、「『わたしはある』という方が、私をここに遣わされた」と告白するように召されているのです。

|

2015年1月18日 (日)

マタイ18章15-35節「イエスの御名による交わりの祝福」 

                                                  2015118

   しばしば、福音があまりに単純化され、「イエス様を信じたら死んでも天国に行ける…この世界はどうせ火で焼かれるのだから、地上の人間関係に心を煩わせる必要はない」などと誤解されることがあるかもしれません。しかし、イエスは今日の記事で、この地での兄弟に対する対応が、そのまま天に反映されると言われ、「この地で兄弟を赦さないなら、天の父もあなたを赦さない」という趣旨のことまで言っておられます。

聖書は、この世界のゴールを神の平和(シャローム)が全世界を満たす状態と描いています。つまり、「新しい天と新しい地を待ち望む」とは、この地上での民族の和解、傷つけ合った兄弟姉妹との和解と密接に結びついているのです。自分個人の救いだけを考えるのはエゴイズムです。

私たちは、この地上での信仰者の交わりこそ、まさに天国の前味となるように心がける必要があります。そして、それは私たちが「どんな事でも・・・心を一つにして祈る」という交わりに現わされます。

 

1.「あなたの兄弟があなたに対して罪を犯したなら・・・あなたとその人だけのところで明らかにしなさい」

1815節は、「もし、あなたの兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って、あなたとその人だけのところで明らかにしなさい。もし聞き入れたら、あなたは兄弟を得たのです」と訳した方が良いかと思われます。新改訳の脚注にあるように、古い多くの写本にも「あなたに対して」ということばが入っており、最近の多くの英語訳でもそのことばを入れているからです。

確かにエゼキエル3章には、エゼキエルが悪者に向かって「あなたは必ず死ぬ」と警告しないことによって、その血の責任を問われるということが記されますが、その直後には、主ご自身が彼の口を閉ざして語れないようにするとも記されています。つまり、神はエゼキエルに警告の責任を与えながら、同時に、それができない状況をも作られるというのです。

エホバの証人などは、自分たちは、世界の見張り人「ものみの塔」であるという理解で、相手の状況にお構いなく、ただ警告を与え続けること自体に意義を見出しています。しかし、せっかくの真理のみことばも、タイミングが悪ければまったく通じないどころか、反発だけを受けることになります。

確かに、主が語るように命じられているとき、相手が聞いても聞かなくても、とにかく、主のみこころを語るべきというときもあります。ただ私たちは、要らぬお節介ではなく、主ご自身が示されたタイミングに目を開く必要があります。

 

 ただ、この文脈では、ペテロが、「兄弟が私に対して罪を犯した場合、何度まで赦すべきでしょうか」とイエスのお話しを受けて質問したという形になっているので、文脈からしたら、自分が被害者になった場合の対応が記されていると考えられます。

しかも、これを人の悪い行いを正すための、イエスが与えられたマニュアルのように理解してはなりません。残念ながら、ときに、現実の教会では次のようなことが起きます。

たとえば、ある人の行動が明らかに聖書の教えに反しているということに、あなたが心を痛めている場合、あなたはたぶん、気心が知れた人に相談するでしょう。そして、その人の罪を指摘すべきだとの確信に満たされて、その人の罪を個人的に指摘します。しかし、そのような指摘の仕方では気持ちが通じません

それで、今度は、最初に相談した気心が知れた人を伴って、その人になお強く指摘することになります。しかし、多くの人は圧力を感じれば反発するだけです。それであなたは、そのことを教会の役員会にかけて戒規処分を求めざるを得なくなるなどという結果になります。そうすると、必ずと言ってよいほど、そのような処分に反対する人が生まれて教会が分裂するということになります。

迷い出た一匹の羊のために九十九匹を山に残すという文脈の中で記されている言葉を、最初から、共同体の聖さを守るためという名目での組織防衛や気心の知れた仲間との交わりを優先するようなことになっては本末転倒です。

 

ここに記されているのは、何よりも、気心の知れた人に問題を分ち合う前に、「あなたとその人だけのところで罪を明らかにする」という第一ステップの大切さです。自分の味方を作ってから、その人の心理的な応援を得て、罪を犯した人に有無を言わせないように体当たりをするなどということは、「兄弟を得る」というプロセスではありません。ここで意図されているのは、たとえば次のようなことでしょう。

あなたがある兄弟の言動によって、深く傷ついたとします。その場合には、まず誰かに、そのことを相談する前に、あなたとその人の間だけで、「あなたは何の悪意もなくそのようなことをしたのでしょうが、それによって私はこのような心理的ダメージを受けてしまいました」と問題を明らかにします。

すると、多くの場合は、傷つけた人は、「そのように言われて初めて、自分の過失に気づきました」と言って謝罪してくるでしょう。それはあなたの側にその人に気づきを与えたいという愛の思いが伝わるからです。そうすると、あなたは、自分にとって最も話が通じないと警戒していた人を、真の兄弟とすることができます。

 

ただ、もちろんそれでも、「それはあなたが勝手に傷ついただけでは・・」と図々しく反応する人がいるかもしれません。しかし、そこで初めて、気心の知れた人の助けを得て、問題を明らかにするのです。そのことが16節に、「もし聞き入れないなら、ほかにひとりかふたりをいっしょに連れて行きなさい。ふたりか三人の証人の口によって、すべての事実が確認されるためです」と記されています。これは、あなたが受けた被害の事実を第三者の目で確かめてもらうというプロセスであって、友の助けを受けて、加害者に圧力をかけることでは決してありません。

17節では、「それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい」と記されていますが、教会とは何らかの組織ではなく、単に、信仰者の交わりの中で、それが共同体を傷つける行為であることを明らかにするという意味です。

ですから続けて、「教会の言うことさえも聞こうとしないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい」と記されます。これはあくまでも、癌細胞の広がりを阻止するという共同体の責任として描かれています。

 

 あなたが誰かの言動で傷ついたとしたら、その人に直接に訴えるのは非常に勇気のいることです。しかし、最も話しにくい人と最初に話すという勇気がなければ、真の和解などは生まれないということを忘れてはなりません。

 

2.「何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており」

   18節の「まことに、あなたがたに告げます。何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地上で解くなら、それは天においても解かれているのです」ということばは、先の「異邦人か取税人のように扱う」という文脈の中で理解される必要があります。新改訳の脚注にあるように、「つなぐ」を「禁ずる」、「解く」を「許す」と理解する場合もありますが、それでは文脈と合わなくなります。

つなぐ」の中心的な意味は「結びつける」ことですから、ここでは地上の教会に結びつけるなら、天の御国につながっており地上の教会との結びつきが解かれるなら、天の御国との結びつきもなくなるという意味と理解すべきでしょう。

伝統的に、カトリック教会では、「教会の外に救いはない」と言い切られ、それが破門の脅しとして神聖ローマ皇帝さえ屈服させる力になったことがあり、言い方には気を付ける必要があります。

しかし、現実には確かに、このイエスのことばから明確なように、目に見える兄弟姉妹との交わりが全くないまま、天の御国に入るという人はいないことでしょう。

 

なお、これと同じ表現が、マタイ1619節では、イエスがペテロに向かって、「わたしは、あなたに天の御国のかぎをあげます」と言われた後に出て来ます。それで、ペテロの後継者であるローマカトリック教会が人々を天国に入れるか地獄に落とすかのを握っており、その執行手段として洗礼、ミサ、告解の儀式などが定められていますが、同じことばがこの18章に記されていることからすると、そのような解釈に無理があることが明らかです。

この文脈から極めて明らかなのは、教会の権威などということ以前に、地上の兄弟姉妹の交わりと、天上の交わりには、連続性があるということです。

たとえば、しばしば福音的な教会では、クリスチャンに回心した人に向かって「あなたは救われました。もう天国が保障されました!」と宣言し、だから、「今後のあなたの責任は、より多くの教会の外にいる人に福音を伝え、回心させることである」と言われることがあります。それは確かに一面の真理を現わしていますが、現実の教会ではしばしば、「だから教会の第一の使命は伝道だ!」と言いながら、多くの信徒が伝道プログラムへの参加に忙しくなります。

そのうちに、「私は、実は、教会の自己増殖のためのひとつの駒に過ぎないのでは・・」などと疑い初めることになります。それは自分の人生全体を神のみことばの視点から見ることができずに、天国行きか地獄落ちかという両極端でしか福音を理解していないことの悲劇から生まれる結果です。

 

私たちに「永遠のいのち」が与えられているということは、この地上の教会の兄弟姉妹の交わりが、永遠に続くということです。今、兄弟姉妹を赦すことができていないなら、あなたは新しいエルサレムに入った時、深く後悔せざるを得なくなります。愛の交わりは成長し、より豊かになるものなのです。

私たちの教会のビジョンの最初が。「キリストの愛に安らぎ、いやされ、成長する」となっているのは、教会が伝道を効果的にするための組織である前に、福音を味わい、過去の人間関係で傷ついた人が癒され、キリストの共同体としてともに成長できるというプロセスを現わしたものです。

人は肉の家族関係に始まって傷ついてきています。ですから福音の何より実は、目に見える人との関係に現わされるはずなのです。ヨハネはその手紙の中で、「目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません(Ⅰヨハネ4:20)と記していますが、兄弟姉妹を愛することと神を愛することは切り離せない関係にあるのです。ですから、互いに愛し合うことこそが、神への愛の最高の証し、つまり伝道になります。

教会の働きで、伝道と交わりが対立的に言われることがありますが、つねに、互いに赦し合うことができる交わりこそがすべての出発点です。そのことをイエスは弟子たちに向かって、「もし互いの間に愛があるなら、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです(ヨハネ13:35)と言われました。

 

なお、ヨハネ福音書では復活のイエスが弟子たちに向かって、「父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします」と言われた上で、「息を吹きかけて」、「聖霊を受けなさい。あなたがたが誰かの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります」と、弟子たちを通してご自身の罪の赦しの福音を世界に広めると宣言されました。

私たちはイエスの御霊を受けて、主の代理として世に遣わされたばかりか、「人を赦さないなら、その人の罪は赦されない」とまで、途方もない責任を委託されています。なお、これは、人々の回心を促すために一生懸命、神学的な論証をして、人々を説得するというよりは、神がイエスによって、世の罪を赦してくださったという神のみわざを「宣言する」ことではないでしょうか。

 

たとえば、「あなたがイエスを救い主として信じ受け入れるなら、あなたは救われます」と言うのは、説得になります。たちまち、あなたは「信じ受け入れる」とは、また「救われる」とはどういう意味ですか、と質問を受けるでしょう。

しかし、あなたの目の前で罪責感に悩んでいる人に、慈しみの眼差しと同時に心からの尊敬を込めて、「神はイエスの十字架によって、あなたの罪を赦してくださった」と宣言するなら、その人の目は、イエスに向かうことでしょう。

その人の信仰心に訴えるのではなく、その人にイエスのみわざを見せるのです。それが真のことばとして伝わるためには、そのことが単なるキャッチコピーではなく、キリスト者の交わりの中で現実となっている必要があります。多くの場合、罪の赦しを伝える人が、互いの赦しを確信していなければ、赦しの福音は伝わらないのです。

 

3.「もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら・・・」

   イエスは教会に与えられた崇高な責任について語った後に、19節ではまず最初に、「もう一度」というより、話しを展開するという意味を込めてさらに」と言いつつ、18節と同じ「まことにあなたがたに告げます」と繰り返して、「もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます」と言われました。

この場合の、「もし」とは仮定法ですから、「地上で心を一つにする」ということがいつでも簡単に起きるわけではないことが示唆されています。それは、今までの「もし、聞きいれたら、あなたは兄弟を得た」(15)とか、「地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており」(18)という、兄弟との和解を前提として、「天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます」と言われているからです。

しかも、ここはさらに、「どんなことでも祈る(求める)なら」という条件文が重ねられています。それは主がかつて、「求めなさい。そうすれば与えられます(7:7)と言われたことを思い起こさせるものです。

つまり、私たちの心の願いがかなえられるための条件が、「心をひとつにする」ということと、熱心に「求める」ということが重なっているのです。

 

私たちはその点で、祈りにおいて、兄弟と心をひとつにするということと、熱心に求めるということに欠けていることが多いのかもしれません。

しかもイエスは続けて20節で、「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです」と言われましたが、これは「もし」という仮定法ではなく、「まさにその通りだ」という強調を伴って、イエスの御名によって集まる所には、たといそれが「ふたりでも三人でも」という驚くべき少人数であっても、イエスはその交わりの真ん中にいてくださるという意味です。

そこで問われているのは、私たちの心の状態ではなく、イエスが主としてあがめられているという、主の御名に中心が置かれているかということです。イエスはあなたの罪を赦すために十字架にかかってくださいました。それならば、真の意味で、イエスの御名において集まるところには、本来、赦しがないということ自体が自己矛盾、あり得ないはずだからです。

 

そのような中で、ペテロがイエスに向かって、自分の寛大さを誇るかのように、「主よ。兄弟が私に対して罪を犯した場合、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか(18:21)と尋ねたことが描かれます。たとえばアモス書には、主ご自身が、「イスラエルの犯した三つのそむきの罪、四つのそむきの罪のために、わたしはその刑罰を取り消さない(2:6)と記されています。それで当時の人々は、「三度までは赦しても良い・・」という言い方をするようになったとも言われます。それに対して。ペテロは、「私は七度まで赦します」と言ったのだと思われます。

それにイエスは、「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います(18:22)と言われました。それは無限の赦しの命令です。その根拠を示すために、次のようなたとえを話されました(18:23-34)

 

そこでは、「天の御国」が、「地上の王にたとえ」られます。まず王は、一万タラントの借りのあるしもべが、「どうかご猶予ください」と必死にすがったことに対し、「かわいそうに思って、彼を赦し、借金を免除して」やりました。ところが、そのしもべは、同じしもべ仲間で、彼から百デナリの借りのある者に出会ったとき、その人をつかまえ、首を絞めて、「借金を返せ」と迫り、その人の懇願を受け入れず、仲間を投獄したとのことです。

それを伝え聞いた王は、そのしもべを呼びつけ、「悪いやつだ。おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか」と言って彼を投獄しました。

そしてイエスは、「あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです」と厳しく言われました。つまり、神から赦された者は、兄弟を赦すのが当然の責任なのです。

 

なお、ここでは借金の額の差が大きな意味を持っています。王が免除した借金の金額は一万タラントと記されています。一タラントは六千デナリ、一デナリは当時の労働者の一日分の給与です。ですから一タラントは一年間の労働日数を300日として計算すると、20年分の給与に相当し、一万タラントとは、20万年分の給与に相当します。これは一日の給与を五千円と計算するなら、3,000億円に相当します。

一方、このしもべがあくまでも借金を取り立てようとしたのはたった百日分の給与、同じ計算をするなら、50万円に過ぎません。多くの人にとって、50万円というのは大きな金額かもしれませんが、3,000億円との比較では、ほんとうにわずかな金額に過ぎません。

 

主の祈りでは、「罪の赦し」というよりは、「借金の免除」を願うということばになっており、「私たちの負い目をお赦しください」と願った後に、「ちょうど、私たちが私たちに負い目ある人を赦すように」という告白が追加されます(マタイ6:12)あくまでも、「借金を帳消しにしてください」と図々しく嘆願してから、その後に、このようなたとえを思い起こしつつ、「私たちも兄弟の負債を免除します」と告白する形になっています。

私たちが人の負い目を赦すことができないのは、自分がどれだけ多くの負い目を、神に対して、また神から与えられた親や教師や様々な恩人に負っているかを理解していないからです。

聖書の世界では、親の財産を子供がそのまま受け継ぐということは当然のこととは記されていません。五十年ごとに蓄えも負債も帳消しになるというヨベルの年の教えがある通りです。

 

多くの日本人は、水と空気と安全は、無料であるかのように誤解しますが、世界を見わたすと、明日の生活の心配がないということがどれだけ大きな恵みであるかが分かるのではないでしょうか。

パウロは自分のことを誇っているコリント教会の人々に、「あなたには、何か、もらっていないものがあるのですか。もしもらったのなら、なぜもらっていないかのように誇るのですか」(Ⅰコリント4:7)と叱責しました。神は私たちに負い目の請求をなさらないばかりか、受けたものを自由に使うことを許していてくださいます。

私たちは自分がどれだけの負い目が赦されているかを理解できれば、ごくごく自然に、人の負い目を赦すことができるようになります。問題は、私たちが神を見上げることを忘れて、人と自分を比べて、どんぐりの背比べのような愚かな競争をやっていることにあります。

 

このたとえは何よりも、先の、「地上で心を一つにして祈る」ということに結びつきます。兄弟愛の最大の妨げは、自分がどれだけの負い目を赦されている存在であるか忘れているということにあります。

ただし、それは説得されてわかることではなく、聖霊のみわざです。「赦しなさい」と命じられて、赦すことができるぐらいなら、イエスは十字架にかかる必要はありませんでした。

そして、十字架のことばとは、何よりも、私たちが自分の罪を意識する前から、私たちのために赦しの道を開いてくださったということです。パウロは、「ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです(Ⅱコリント5:20)と、神がご自身の赦しを受け入れるように懇願しておられるようだと言いました。

 

「心を一つにして祈る」ことこそ、最大の伝道になります。以前、末期がんの方をお見舞いしました。その方は、いろんな新興宗教を転々としたあげく、「あなたの信心が足りないから、このような病になった」と言われ、絶望しておられました。その方の友人の信者は、その葛藤を良く理解し私に伝えてくださいました。それで彼女の気持ちに寄り添うような祈りをあらかじめ書いて備えることができました。

そこには彼女の葛藤と同時に祈りの中に福音を書きました。それは、神の御子ご自身が身動きのできない癌患者のような苦しみをともに味わうため、人となってくださったこと、そして、三日目に死人の中からよみがえることによって、死に打ち勝たれたことです。彼女もその友人も私も、その祈りに本当に真心から、気持ちを合わせることができました。「病気になって初めてぐっすり眠ることができた。また自分がどれだけ大きな恵みの中に生かされてきたかが分かった」と心から感謝してくださいました。

 

それ以来、病人に信仰の決心を促す代わりに、その人の気持ちになった祈りを、その人の傍らで祈るということを心がけて来ました。多くの日本人は「宗教に入る?」ことに警戒心を抱きますが、「祈ってもらう」ことには心を開きます。しかし、クリスチャン生活の核心とは、イエスの御名によって、主の父なる神に祈ることに他なりません。祈りを導くことこそ最も効果的な伝道なのです。

先日、ある姉妹のお父様が天に召されました。その方は、数百年続いたお寺の家系で、戦死されたお兄様の代わりに住職になるべき立場だったのに、「教師になりたいから」と断ったため、お寺の跡継ぎは、まだ幼かった甥御さんに委ねられることになってしまいました。その負い目を感じているお父様に宗旨替えを促すことはできないと思われました。

それで私は彼女に、お父様の心の奥底にある思いを受け止め、それにイエスの救いのみわざを重ねて、彼に代わって祈るようにお勧めしました。やがて、その祈りが習慣化され、お父様は、まさに彼女に祈りに自分の心をぴったりと合わせられるようになりました。

そして、詳細は省きますが、最後にまさに、イエスが彼を迎えに来られたということを確信させるような仕草を彼女に示しながら、平安のうちに息を引き取られたとのことです。

必要なのは、説得ではなく、イエスの救いのみわざを宣言することであり、神の御子イエスが私たちの痛みを担うため人となり、罪の身代わりとして十字架にかかり、三日目によみがえって死の力に打ち勝ったことを覚えて心を一つにして祈ることなのです。

イエスのみ名による交わりの祝福は、何よりも、「どんな事でも・・心を一つにして祈る」ことにあります。そこにこそ、教会のいのちが現わされます。

|

2015年1月 4日 (日)

ヨハネ6章1-29節「永遠のいのちに至る食物を与える方」

                     201514

「今年こそ、念願がかなえられるように・・・」と思って努力することは本当に大切です。目標も持てずに、安易な妥協をすることの言い訳にキリスト信仰を持ち出してはなりません。私たちは神からあずけられた賜物を生かし、この世界を少しでも住みやすくするために、神に祈り、自分を差し出すことが常に求められています。

 

しかし、ある友人が最近こんなことを書いていました。「この数年間私が通っていたプロセスは、どうやら魂の暗夜だったのかもしれない・・それは、余計なものが取り去れることー自分が握っていたもの、しがみついていたもの、偶像としていたもの。いくつかはもはや握りしめようがないほどに見事に粉砕された。私は何度も、神に向かって、『なぜこんなことをなさるのですか?』と訴えたけれど、答えてくださったことは一度もなかった。ところが最近、突然、主が、『それはね、祈りの答えは祈りの答えであって、わたしではないからだよ。わたしはあなたに、祈りの答え以上に、わたし自身を受け取ってほしかったのだ』と示してくださった」とのことです。

その方は、クリスチャン精神科医Gerald May の次のことばに感動しておられます。 “the dark night of the soul is an ongoing transition from compulsively trying to control one's life toward a trusting freedom and openess to God and the real situations of life." 「魂の暗夜とは、自分の人生を強迫的にコントロールしようとする生き方から、神と人生の真の状況に自分自身を開いて信頼する自由な生き方への絶え間のない移行プロセスである」

 

しばしば私たちは、平安を与えてくださる方ご自身との交わりを忘れて、平安を自分の手でつかみとろうとあくせくして、かえって不満をつのらせてはいないでしょうか。強迫的努力とは、まさに私自身の課題でもあります。

 

1.「ここに少年が大麦のパンを五つと小さい魚を二匹持っています・・・それが何になりましょう」

「その後」(6:1)とは、51節のユダヤ人の祭りにイエスがエルサレムに上って行かれ、ベテスダの池で38年間も病であった人をいやし、そこでご自身が預言された救い主であることを明言された後、という意味です。先の祭りが何であったかは分かりませんが、春の「過越」(6:4)の前の大きな祭りは秋の仮庵の祭りですから、少なくもと5章から半年近くは経過していたことになります。

そこで、「イエスはガリラヤの湖、すなわち、テベリヤの湖の向こう岸へ行かれた(6:1)と記されているのは不思議です。なぜなら、「テベリヤ」という呼び名は、ヘロデ大王の後継者ヘロデ・アンテパスが自分を王にしてくれた二代目ローマ皇帝ティベリウス(AD14-37)に名誉を帰するために「いのちの湖」に付けた呼び名だからです。少なくともこの福音書の最初の読者にとっては本来の名前のガリラヤ湖よりも後で変更された名の方が分かりやすくなっていた時代になっていたのかもしれません。

 

   イエスはこのとき「湖の向こう岸」であるガリラヤ湖の東側に行かれましたが、そこに「大ぜいの人の群れがイエスにつき従っていた」(6:2)というのです。そこは極めて辺鄙な場所で、多くのユダヤ人たちがそこまで来たというのは不思議です。

その理由が、「それはイエスが病人たちになさっていたしるしを見たからである」と記されています。多くの人々は、イエスのいやしのみわざに惹かれて、遠い道のりを歩いてきました。そこで、「イエスは山に登り、弟子たちとともにそこにすわられた(6:3)とある場所は、現在のゴラン高原の一部です。

 

そしてこの時期が、「さて、ユダヤ人の祭りである過越が間近になっていた(6:4)と記されながら、不思議にも、「イエスは目を上げて、大ぜいの人の群れがご自分のほうに来るのを見て」、この地方出身者のピリポに、「どこからパンを買って来て、この人々に食べさせようか」と言われたことが描かれています(6:5)

 

ガリラヤ湖の東北部の辺鄙な所に、様々な病を抱えた、貧しいユダヤ人の大きな集団ができました。

マルコの並行記事では、「イエスは・・・多くの群衆・・・が羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみ、いろいろ教え始められた。そのうち、もう時刻も遅くなったので、弟子たちはイエスのところに来て言った。『ここはへんぴな所で、もう時刻も遅くなりました。みんなを解散させてください。そして近くの部落や村に行って何か食べるものをめいめいで買うようにさせてください。』すると彼らに答えて言われた。『あなたがたで、あの人たちに何か食べる物をあげなさい』」と描写されています(6:34-37)

つまり、イエスは、多くの群衆たちをあわれみ、夕暮れまで「長・・・い」お話をなさった上で、真の羊飼いとしての権威を持って群衆を養おうとしておられたのです。

 

そして、ここではその際のイエスの思いが、「もっとも、イエスは、ピリポをためしてこう言われたのであった。イエスは、ご自分では、しようとしていることを知っておられたからである(6:6)と描かれています。それに対し、ピリポはイエスにすぐに必要なパンの量を計算して、「めいめいが少しずつ取るにしても、二百デナリのパンでは足りません」と言ったというのです(6:7)。ここに現実主義者としてのピリポの真骨頂が現されています。

なお「1デナリ」は当時の労働者の一日分の給与であったと言われます。つまり二百日分のお金が必要になるというのです。お金と同時に、それだけの大量のパンを提供できるお店も家もありはしなかったことでしょう。

 

そこに、「弟子のひとりシモン・ペテロの兄弟アンデレ」が登場し、イエスに向かって、「ここに少年が大麦のパンを五つと小さい魚を二匹持っています。しかし、こんなに大ぜいの人々では、それが何になりましょう」と言ったことが記されています(6:89)無意味かもしれないと思いながらも、パンと魚を持っている少年をイエスのもとに連れて来ました。それこそ祈りの原点です。

また、ここにアンデレの特徴が現れています。彼は最初にペテロをイエスのもとに導いた人でした。ここでも少年を導いています。少年も今までイエスの説教を聞き、また、アンデレの優しい雰囲気に気持ちを和らげ、五つのパンと二匹の魚をイエスの前に差し出す気持ちになったのではないでしょうか。

とにかく、アンデレは、「これは僕のなけなしのお弁当だよ・・」と、警戒する少年をイエスのもとに引っ張ってきたわけではありません。少年がそれをイエスに差し出すということ自体が、何よりの不思議です。

 

2. 「イエスはパンを取り、感謝をささげてから・・・彼らにほしいだけ分けられた」

その上で、イエスは「人々をすわらせなさい」と言われました(6:10)。そして、その場の状況が、「その場所には草が多かった。そこで男たちはすわった。その数はおよそ五千人であった」と描かれます。男だけで五千人というのは、婦人と子供を合わせると2万人にも及ぶ大集団かと思われます。パンがいくらあっても足りません。

 

 ところが、そのような絶望的な状況の中で起きた不思議が、淡々と次のように描かれています。「そこで、イエスはパンを取り、感謝をささげてから、すわっている人々に分けてやられた。また、小さい魚も同じようにして、彼らにほしいだけ分けられた。そして、彼らが十分食べたとき、弟子たちに言われた。『余ったパン切れを、一つもむだに捨てないように集めなさい。』 彼らは集めてみた。すると、大麦のパン五つから出て来たパン切れを、人々が食べたうえ、なお余ったもので十二のかごがいっぱいになった(6:11-13)

 

ここに記された奇跡は、まず、主がパンを取って「感謝をささげた」ところから始まります。これによって、ごく普通のパンが、「神からの恵みのパン」に変えられました。不思議なのは、パンを分けても分けても、そこに「神からの恵みのパン」が新たに生まれたということでしょう。

ほしいだけ分けられた」という書き方に、分ける際に、手元にあるパンや魚の量を測る代わりに、「ただ目の前の人の必要に応える」という姿勢が明らかにされます。私たちはしばしば、他の人を助けようとするときに、その人の必要以前に、自分の手元にある資源ばかりが目に入ります。そのうちに、「これは、このことのために取って置く必要がある・・・」などと計算し出したら、「援助に回せる資産は残っていなかった」などということになります。

しかも、弟子たちはイエスから与えられたパンと魚を取り次ぐ働きをしただけです。しかし、十二人の弟子たちが自分たちのかごに残りを集めたところ、それぞれのかごがいっぱいになるという不思議を体験しました。恵みを取り次ぐ働きをした人自身が一番多く与えられました。

 

なお、五千人へのパンの給食の記事は、すべての福音書に登場しますが、ヨハネは、そのときの情景よりも、その意味を特に詳しく記しています。地元出身のピリポの計算も、アンデレが少年のお弁当のことを話したのも、何よりも、イエスが不可能を可能にされたことを際立たせる記述です。

五つのパンと二匹の魚が、何と男だけでも五千人にのぼる人を満腹させ、あまったパンを集めると十二のかごが一杯になったという不思議は、だれも合理的には説明できません。これはイエスが神であることを証明するしるしですから、もともと人間的な分析は不可能なのです。私たちは、これを事実として受けとめ、その意味を考えるように招かれています。

 

イスラエルの民は、長い間牧者のいない羊のように苦しんでいました。しかし、終わりの日には、神ご自身が、「わたしがわたしの羊を飼い、わたしが彼らをいこわせる(エゼキエル34:15) と約束しておられました。つまり、五千人のパンの給食は、この旧約の預言が成就し、神が親しくイスラエルを訪れてくださったというしるしなのです。

しかも、ヨハネは、「ユダヤ人の祭りである過ぎ越しが間近になっていた(4)とわざわざ記し、イエスが「新しい過越」という奴隷状態からの解放をもたらす「救い主」であることを示唆しています。また、そればかりか、その場所には草が多かった(10)と、羊が緑の牧場に伏せる様子を重ね合わせるように説明しています。

 

この記事の結論は、「人々は、イエスのなさったしるしを見て、『まことに、この方こそ、世に来られるはずの預言者だ』と言った」(6:14)と記されます。彼らが「預言者」と言った時、かつてモーセが、「あなたの神、主(ヤハウェ)は・・同胞の中から、私のようなひとりの預言者をあなたのために起こされる」(申命記18:15)と言ったことを思い越したことでしょう。民がモーセに、「飢え死にする」とつぶやくと、40年間天からマナが降ってきました。

 

また彼らはエリヤを思い起こしたことでしょう。彼がシドンのツァレファテでひとりのやもめのもとに身を寄せ、パンを求めたとき、彼女は「かめに残った一握りの粉」で自分と息子のために最後のパンを焼いて死のうとしていると答えました。エリヤは臆せずに、まず自分に食べさせるように願いましたが、その際、「(ヤハウェ)が地の上に雨を降らせる日までは、そのかめの粉は尽きず、そのつぼの油はなくならない」と言いました。

そして、彼女はエリヤの神に信頼して、彼のためにパンを作ったことによって、自分の家族のパンの必要を満たすことができました(Ⅰ列王17:8-16)主への従順を第一にするときに主が必要を満たしてくださるというしるしでした。

 

3.「イエスは、人々が自分を王とするために、むりやりに連れて行こうとしているのを知って」

ところが、「そこで、イエスは、人々が自分を王とするために、むりやりに連れて行こうとしているのを知って、ただひとり、また山に退かれた(6:15)というのです。つい先ほどイエスを「預言者」と呼んだ群衆は、今度は彼を「」にしようとしています。それは「油注がれた王」としてのメシヤ(ギリシャ語は「キリスト」)という意味です。

ただし、当時の人々は、私たちが今思うような「罪からの救い主」を求めていたわけではありません。人々はローマ帝国からの独立を導く力強い「王」を求めていました。当時のイメージは、紀元前168年から164年にかけてギリシャ人の王アンティオコス・エピファネスの横暴に対して独立運動を指導し、エルサレム神殿をきよめたユダ・マカベオスのような指導者でした。しかし、イエスはそのような期待には、決して同調せず、身を隠されました。

 

その後の不思議が次のように描かれます。「夕方になって、弟子たちは湖畔に降りて行った。そして、舟に乗り込み、カペナウムのほうへ湖を渡っていた。すでに暗くなっていたが、イエスはまだ彼らのところに来ておられなかった。湖は吹きまくる強風に荒れ始めた。こうして、四、五キロメートルほどこぎ出したころ、彼らは、イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て、恐れた。しかし、イエスは彼らに言われた。『わたしだ。恐れることはない。』それで彼らは、イエスを喜んで舟に迎えた。舟はほどなく目的の地に着いた」6:16-21

 

夕方になって弟子たちは舟で移動します。現在のガリラヤ湖は東西の幅が11.3㎞、南北の長さが21㎞程度で、このとき弟子たちはその東北岸の「ベツサイダ(ルカ9:10)近辺から西の活動の中心地「カペナウム(6:24)に向かっていました。それは直線距離にして8-10㎞程度だったでしょうが、ちょうど真ん中にきたときに、吹きまくる強風に悩まされます。この湖は山や丘に囲まれたすり鉢状になっていましたから、夜になると湖の真ん中で上昇気流が起こり陸から湖に向かって強い風が吹くことがありました。

ところが、そのような中で、「イエスが湖の上を歩いて舟に近づき」ます。弟子たちはそれを見てひどく恐れますが、イエスは「わたしだ。恐れることはない(20)と言われます。わたしだ」とは原文で、エゴー・エイミーと記され、「わたしはある(出エジ3:14)という神ご自身の名をイメージさせる表現です。イエスはご自分が父なる神と一体であることを意識しておられました。そして、父なる神はイエスが湖の上を歩くことができるように支えておられたのです。

そして、ここでは弟子たちが喜んでイエスを舟に迎えることで、舟がほどなく目的に着いたということが強調されます。イエスがともにおられることで、嵐は何の障害でもなくなったのです。当時の人々は自分たちを独立に導く「」を求めていましたが、イエスはこのことを通して、ご自分が人間の王にはるかに勝る存在であることを示されたのです。

 

4.「なくなる食物のために働いてはなりません。永遠のいのちに至る食物・・は人の子が・・与えるもの」

その後の群衆の移動が、「その翌日、湖の向こう岸にいた群衆は、そこには小舟が一隻あっただけで、ほかにはなかったこと、また、その舟にイエスは弟子たちといっしょに乗られないで、弟子たちだけが行ったということに気づいた。しかし、主が感謝をささげられてから、人々がパンを食べた場所の近くに、テベリヤから数隻の小舟が来た。群衆は、イエスがそこにおられず、弟子たちもいないことを知ると、自分たちもその小舟に乗り込んで、イエスを捜してカペナウムに来た(6:22-24)と描かれます。

興味深いのは、五千人のパンの給食の場が、「主が感謝をささげられ・・た場所」と11節と同じ表現が使われていることです。英語で聖餐式がeucharistと呼ばれるのはこのことばに由来します。しかも、ローマ皇帝に由来するテベリヤの町の名が登場します。

 

パンを食べて満腹した群衆は、イエスを王に立てようと必死でした。しかし、イエスは知らないうちに舟にも乗らないのに既に向こう岸に渡ったようであることが知れ渡ってきました。

そこに「テベリヤから数隻の小舟が来」ます。テベリヤはガリラヤ湖の西側、カペナウムより10㎞程度南に位置し、ローマによるガリラヤ支配の中心基地でした。皮肉なのは、そこから来た「小舟」に乗って、イエスの奇跡のパンを食べた群衆が、イエスを、ユダヤを独立に導く「王」に祭り上げたいと願いながら、パンの奇跡の場からカペナウムにまで舟で来たことです。

 

「そして湖の向こう側でイエスを見つけたとき、彼らはイエス」に、「先生。いつここにおいでになりましたか」と尋ねます(6:25)。それに対し主は露骨に、「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです(6:26)と言われます。

「しるし」とは、イエスへの信仰を生み出す神のわざですが、彼らはイエスご自身を求めていたのではなく、イエスが与えるパンの方に興味がありました。

27節は、日本語訳では、「永遠のいのちを得るために働く」ことが勧められているかのようにも見えますが、厳密には、「なくなる食物のために働いてはなりません。そうではなく、永遠のいのちにまで続く食物のため、それは人の子があなたがたに与えるものです。この者を、父すなわち神が認証されたから」と記されています。

つまり、イエスはここで何よりも、なくなる食物に全人生をかけるような生き方をたしなめているのです。一方、永遠のいのちは、労して獲得するものではなく、与えられるものであるというのです。

 

それに対し、彼らは、「私たちは神のわざを行なう(働く)ために、何をなすべきでしょう」と、なおも、労し獲得する生き方を尋ねますが、イエスは、「神が遣わした者を信じること、それが神のわざです(29)と答えました。「神のわざ」とは、「神が喜ばれる働き」のことです。社会的に大きな貢献ができたとか、多くの人の役に立てることは、それぞれすばらしいことです。

しかし、神が最も喜ばれる働きは、それ以前に、神が世の救いのためにご自身の御子を遣わしてくださったことを感謝を持って受けとめ、イエスに信頼することなのです。

 

 多くの人々は、なくなる食物を得るために必死に働き、預金残高を見て安心が得られると思っています。しかし、平安を体験する秘訣は、「永遠のいのちに至る(まで続く)食物」であるイエスご自身を、今ここで心に迎え入れることです。そして、神が遣わされたイエスへの信頼こそが、最高の良い働きです。つまり、平安のみなもとは、神のみわざに心を開くことなのです。

そして、信仰の確信は、与えられたしるしにとどまり、それを思い起こすことによって深められるのです。獲得を目指す生き方は、絶え間ない人との比較とさらなる渇きを生み出します。社会的な結果を出せたとしても、そこには平安がなく、当然、神の愛に満たされた交わりも生まれません。

 

   今回の箇所には、不思議なキーワードが並んでいます。テベリヤということばが、ある意味で、不必要とも思われるのに二回も登場します(6:1,23)。当時の人々は二代目ローマ皇帝ティベリオス、ローマの支配の現実を連想しました。また、「ユダヤ人の祭りである過越」(6:4)、新しい過越としての聖餐式を連想させる「パンを取り、感謝をささげて(6:1123)という表現、また、「この方こそ・・預言者だ」「人々が自分を王とするため(6:14,15)、「永遠のいのちに至る食物(6:27)という表現も、他の福音書の並行記事には出て来ません。またそれらすべての表現に関係する、イエスがご自分の神性を証しした「エゴー・エイミー」は、このあと何度も繰り返されます。

 

    これらはイスラエルの物語を思い起こさせるものです。過越の祭りは、イスラエルの民がエジプトでの奴隷状態から解放された記念です。そして、彼らは二つに分かれた海を渡って、その後、四十年間、天からのパン、マナで養われました。ここにも、外国の支配から解放され、奇跡のパンで養われ、海を渡るというイメージが登場します。

当時の人々は、ローマ帝国からの独立を自分たちにとっての新しい過越と考え、五千人のパンの給食をしてくれたイエスを自分たちの「」に担ぎ上げようとしました。しかし、イエスがこれらの出来事の結論として明らかにされたことは、ご自分が彼らの期待をはるかに上回る方、湖の嵐をも支配する方であることを明らかにしながら、人の子が与える「永遠のいのちに至る食物」、神から遣わされた方を受け入れるようにと言われました。

 

   アレキサンダー大王の後継者の国に打ち勝ったユダ・マカベオスの後継者たちは、その後内紛を起こし、ローマ帝国の支配に屈します。同じようにこの世の組織では、目標を達成した途端、次の問題や争いが生まれます。大切なのは、問題を解決すること以前に、問題を抱えながら生きる力、神との交わりが養われることです。

 

この世界での成功者は、しばしば、自分のこだわりややり方を押し通すことができる人です。しかし、そのような人は神の目にとても邪魔な存在になり得ます。神はひとりひとりの個性や感性を生かしたいと願っておられるのに、神のご意志よりも自分の意志を貫いてしまうからです。

ですから、この世の強い人と思える人こそ、魂の暗夜という神のお取り扱いを受ける必要があります。イエスの不思議、それは徹底的にご自分を父なる神に明け渡すことができたことです。イエスがエゴー・エイミー(わたしはある)と言われた時、「わたしは全能だ」と宣言されたのではなく、ご自分が父なる神と一体で、ご自分を通して父なる神がご自分の栄光を現わすという意味でした。

 

パンの奇跡が繰り返し起こるならこの世の経済システムは壊れます。このしるしは、何よりも、神ご自身が私たちのパンの必要を満たしてくださる方であることを示すためです。

人生を振り返ると、その時々に、必要な助けの手が与えらました。それらひとつひとつの出来事が、ユニークな神のみわざなのです。だれの人生にも、「これからどうなるのだろう。お先真っ暗だ!」と思った時期があります。しかし、今の生活があるのは、その不安に脱出の道があったからです。多くの人々はそれらの体験を忘れます。

そこで神は、「わたしがわたしの羊を飼い、わたしが彼らをいこわせるとか、「わたしだ。恐れることはない」と語りかけておられたのですが、ほとんどの人はそれを聞くことができていませんでした。神はひとりひとりの生活の中で語りかけ、道を開いて下さっていたのです。

世界は、神の不思議なみわざで満ちています。それが分かるなら、私たちはずっと平安でいられます

|

2015年1月 1日 (木)

Ⅱペテロ3:1-18 「正義の住む新しい天と新しい地を待ち望んでいます」

                                               201511

  ペテロ第二の手紙3章の新共同訳や新改訳を読むと、この目に見える世界が神によって「滅ぼされる日」というイメージに圧倒されます。これを一年の初めの日に読むのは気が滅入ってしまうかもしれませんが、ここには19世紀から20世紀にかけての神学的な偏りが反映されているように思われます。

ドイツ語では、「終わりの日」のことが、der Jüngste tag と呼ばれます。これは英語に直訳するとthe youngest day(最も若い日)となり、「元旦」の意味にさえ通じそうです。

ただ、それは最後に生まれる子が最も若い子と呼ばれるからのようですが、とにかく「世の終わり」というより、「キリストのご支配が全世界に明らかになる喜びの日」というニュアンスをドイツ語では明らかにできます。

 

   先日の新聞に、「オリオン座崩壊?」という記事がありました。オリオン座の右肩の部分の赤色巨星ベテルギウスが寿命の最後を迎え、大爆発を起こして、その後、光を失うことは時間の問題だからです。

ただ、それは明日かもしれないし、十万年後かもしれないというのです。星の一生は数千万年から数十億年なので、宇宙の時間感覚からしたらすぐ目の前ということになります。しかも、明日爆発を確認したと言っても、それは640光年のかなたの星なので、室町時代の出来事を確認しているにすぎません。

イザヤ139,10節には、「見よ。主の日が来る。残酷な日だ・・・天のオリオン座?は光を放たず、太陽は日の出から暗く・・・わたしは、その悪のために世を罰し」と記されており、「だから主の日は近い!」と言ったとしても、オリオン座はギリシャ神話名、この宣告はバビロンに対するものです。何よりも、私たち人間の時間の感覚が宇宙の広がりから見るといかに狭いものかということがわかります。

 

とにかく、旧約から見る「主の日」は、主の敵に対するさばきとともに主の民にとっては救いの日を同時に意味していました。ところが、新約になると、救い主は二回に分けて来られるということが新たに啓示されました。

一度目は、私たちの罪を負うために私たちとまったく同じひ弱な肉体を持つ赤ちゃんとして来られました。しかし、二度目に来られるときは、主は、「その目は、燃える炎のよう・・・その声は大水の音のよう・・・口からは鋭い両刃の剣が出ており、顔は強く照り輝く太陽のよう(黙示1:14-16)という「さばき主」として現れるというのです。

 

1.「今の天(複数)と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ・・保たれている」

それに対し、「キリストの来臨の約束はどこにあるのか。父親たちが眠った時からこのかた、何事も創造の初めからのままではないか(3:4)と嘲る者たちが現れるというのです。

来臨」とは「パルーシア」の訳で、本来、王が自分の支配地を訪問し、そこにある不正を取り除き、自分の公明正大な支配を実現することを指します。

 

そしてそれに対しての答えが、「天(複数形)は古い昔からあり、地は神のことばによって、水から、水を通して、共に保たれていましたが、これらによって、当時の世界は、水に覆われて滅びました(3:5,6私訳)と描かれています。聖書の冒頭には、「初めに神が、天(複数形)と地を創造された。地は茫漠として・・やみが大水の上にあり」と記され、天がどのように創造されたかは記されていません

そして、その後の展開で、水が大空の上と下とに分けられ、大空の下の水が海にまとめられてかわいた地が生まれたと記され、その後、ノアのときに「天の水門が開かれ」て(7:11)、全地が再び水に覆われて滅ぼされた様子が描かれていました。

つまり、神のみことばが水と水とを分けてかわいた地を創造しながら、また同じみことばによって水がもとに戻され、昔の地が滅びたと記されているのです。

 

続けてここでは、今度は、「」にも焦点が合わされながら、「しかし、今の天(複数)と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきと滅びとの日まで、保たれているのです(3:7)と記されています。

ここでは、かつての「地が神のみことばによって水の間に保たれ、滅びた」ということと、「今の天と地がみことばによって、火で焼かれるために蓄えられ・・保たれている」という対比が記されていますが、それによって、みことばによって創造された世界が、みことばによってさばきに向かっているということが強調されています。

 

なお、「火で焼かれる」とは、それによって目に見えるものが煙になって消え去るというイメージではなく、「火で精錬され(Ⅱペテロ1:7)ることで、不純なものが取り除かれ純粋な金が現れるようなことを指しています。

」は、このもろもろの天とこの地をきよめるために用いられるのです。決して世界がまったく消え去るのではありません。

 

そして、私たちの時間の観念を正すために、「主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです」(3:8)と記されます。

これは、詩篇904節に「あなたの目には、千年も、きのうのように過ぎ去り、夜回りのひとときのようです」と記されていることに由来します。人間の時間感覚で「主の日」がいつかを論じることはできません。

 

その上で、「主は、ある人たちがおそいと思っているように、約束のことを遅らせているのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです」(3:9)と記されます。

つまり、主の来臨は、「おそい」と解釈すべきではなく、主はすべての人の悔い改めを待ち望んで、さばきの日を遅らせておられると解釈すべきなのです。

 

ただし、その反対に、主のさばきなどずっと先のことだとあまく考えている人に対しては、「しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます」(3:10)と言われます。

この手紙では、「汚れた情欲を燃やし、肉に従って歩み、権威を侮る者たち(2:10)に対するさばきが強調されていますが、彼らは人々を「肉欲と好色によって誘惑し、その人たちに自由を約束しながら、自分自身が滅びの奴隷である(2:18,19)と描かれていました。主の日は、彼らを突然襲い、彼らを滅ぼすことが明らかであるという意味で、彼らは情欲の奴隷であるとともに、滅びに仕える奴隷なのです。

 

2.「諸々の天は大きな響きをたてて過ぎ去り・・・地と地のいろいろなわざは明らかにされます」

そして、その日のことに関しては、まず、「その日には、諸々の天は大きな響きをたてて過ぎ去りと描かれます。これは「消える」というより、現在の姿が過ぎ去って、新しい状態へと変えられるという意味が込められています。

そして、「その構成要素は焼かれて(絆を)解かれ、地と地のいろいろなわざは明らかにされます(私訳)と記されています。この最後の部分は、新改訳脚注で、「見つけ出されます」と記されていますが、最近はその解釈の方が一般的になっており、ここは隠された罪が暴かれ、良い働きが評価されるという意味と理解することができます。

 

このあたりの表現がピンと来ないのは、私たちの「天」の理解が聖書の世界観から離れたものになっているからです。ここでの「天」は何よりも複数形ですから、「諸々の天」と訳した方が良いかもしれません。

パウロはコリント第二の手紙で、自分が味わった神秘体験を、「第三の天にまで引き上げられ・・・パラダイスに引き上げられて、人間には語ることを許されていない、口に出すことのできないことばを聞いた」と記しています(12:2-4)。その際、「肉体のままであったか、肉体を離れてであったかは知りません」と二回も繰り返し、これが単なる恍惚体験ではなく、実際に、現在の天の領域を超えたということを強調しています。外典のエノク書には根拠は曖昧にしても七層の構造が記されます。

しかも、不思議なのは、現在サタンは、天と地の間の「空中の権威を持つ支配者」と描かれ、また、「この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊」などという表現があります(エペソ2:26:12)

つまり、天上世界の一部はサタンと悪霊の支配領域になっているので、天との交流を目指す宗教がサタンの支配下にあるなどということになるのです。「地は汚れ、天はきよい」などとは簡単に言えない部分があります。

 

しかも、主の救いが私たちに迫ってくる表現が、「主は天を曲げ、降りて来られた。暗やみを足台として(詩篇18:9私訳)と描かれています。

またイザヤ641,2 節では、「あなたが天を裂いて降りて来られると、山々は御前で揺れ動くでしょう・・あなたの御名はあなたの敵に知られ、国々は御前で震えるでしょう」と記されています。

つまり、諸々の天は、神とこの地とを隔てる領域で、神のご支配がこの地に貫徹されるためには、諸々の天が過ぎ去る必要があるというのです。

そして、この諸々の天の「構成要素」が焼かれて、その絆が「解かれる」ことによって、この現在の「諸々の天が過ぎ去る」というのです。なお、これを「天の万象」と訳すと、現在の広い宇宙空間に存在する物質、星の数々ばかりがイメージされて、目に見えない諸々の天の領域を成り立たせている要素という基本がわからなくなってしまいます。

とにかくここでは、諸々の天の存在によって覆い隠されていた「地と地のいろいろなわざ」が、神と地を隔てる領域が消え去ることによって、明らかに見られるようになるということが描かれているのです。

 

つまり、ノアの大洪水のときには、この地の上のすべてが完全に滅ぼされて新しくなったのですが、この来たるべき「主の日」には、諸々の天にある構成要素が焼かれ、絆を解かれることによって、神のご支配がなんの隔ても邪魔もなくなくこの地に顕にされるという希望の時なのです。

黙示録225節では、信仰者の希望が、「神である主が彼らを照らされるので、彼らにはともしびの光も太陽の光もいらない」と記されています。つまり、神によって創造された光を生み出す様々な構成要素を介することなく、神ご自身が直接私たちを照らしてくださるのです。

 

3.「神の日の現れ(パルーシア)を待ち望みながら・・聖い生き方と敬虔さの中に留まる」

  そして続けて11-13節は、「このように、これらのものはみな解かれるのだとすれば、あなたがたは神の日の現れ(パルーシア)待ち望みながら、どれほど聖い生き方と敬虔さの中に留まる必要があることでしょう。そのときには、諸々の天は燃やされて解かれ、その構成要素は焼かれて溶けるのです。

しかし、新しい諸天と新しい地とを、主の約束に従って、私たちは待ち望みます。そこには、正義が宿っています」と訳すことができます。

 

つまり、ここではオリオン座のベテルギウスが大爆発して消えるように、太陽が寿命を迎え、大爆発を起こして、この地球を一瞬のうちに霧のように蒸発させるような「世界の終わりを待ち望む?」ことが記されているのではありません。そうではなく、神と私たちを隔てる諸々の天の構成要素が燃やされ、その絆が解かれることによって、神の正義のご支配がこの世界を満たすようになることを待ち望むということなのです。

なお、「新しい天と新しい地」の姿は、何よりも、「そこには、正義が宿っています」と描かれていることを私たちは深く味わうべきうでしょう。人々は代々に渡って、暴力やお金の力によって、正義が曲げられていることを嘆いてきましたが、それが正されるのです。

 

残念ながら、この箇所の誤解から、この地上が放射能で汚染されようと、砂漠化が進もうと、どうせすべてが火で焼かれて消え去るのだから、私たちは人間のたましいの救いだけを考えればよいなどという解釈が生まれたことがあります。しかしここにおける中心テーマは、この「」の滅亡ではなく、「諸々の天」が火で焼かれきよめられ、隠されていた空中の権威を持つ支配者の欺きがあらわにされ、滅ぼされることにあるのです。

地上は一度、大洪水によって滅ぼされましたが、今度は、隠されていたすべてのことが明らかにされ、火で精錬されるのです。だからこそ、この諸々の天とこの地が火で焼かれるということと、聖い生き方と敬虔さがセットになって記されているのです。

 

主イエスはこの世界の苦難の後のことに関して次のように語っておられます(マタイ24:29-3134,35、下線部私訳)

 

「これらの日の苦難に続いてすぐに、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天(単数)から落ち、天(複数)諸々の力は揺れ動く。そのとき人の子のしるしが天(単数)に現れ・・・人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天(単数)の雲に乗って来る・・・

人の子は大きなラッパの響きとともに御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天(複数)の果てから果てまで、四方からその選びの民を集めます・・・

これらのことが全部起こってしまうまではこの時代は過ぎ去りません。この天(単数)とこの地は過ぎ去ります。しかし、わたしのことばは決して過ぎ去ることがありません

 

ここでは、諸々の天を襲う恐ろしい変化は、再臨のイエスが栄光を持って現れ、私たちの救いを完成に導いてくださる望みの時でもあると描かれます。

そして、「この時代が過ぎ去る」ことと、「この天と地が過ぎ去る」ことがほとんど同じような意味で重ねて言われる一方で、主のことばが決して「過ぎ去らないと強調されているのです。

 

なお、「太陽は暗くなり、星は天から落ち」は、科学的に理解すべきことというよりは、詩的な描写と考えるべきだと思われます。

私たちの人生には、世界の終わりと思えるような絶望感に襲われることがあり得ます。たとえば、最愛の人が亡くなった時、「私はその人の笑顔を期待して、どんな苦しみにも耐えられたのに、もうこれから生きる意味も目的もなくなった」などと思える時があるかもしれません。それがまさに「星が天から落ちる」ということと言えましょう。

しかし、この天とこの地は過ぎ去っても、主のことばは過ぎ去ることがありません。詩篇18篇では、「主が天を曲げ、降りて来られた」という記述が、「主(ヤハウェ)は、私の義に応じて報い、手のきよさに応じて返してくださった」という二回に渡る告白へとつながっています(2024)

つまり、主は私たちの善い行いをきちんと見ておられ、それに対して誠実に報いてくださるということが、主の支配がこの地に明らかになることとして描かれているのです。

 

 12-14節には三回に渡って「待ち望む」が繰り返されています。第一は、「神の日の現れを待ち望む、第二は、「新しい天と新しい地を待ち望む、第三は、「このようなことを待ち望んでいるあなたがたですから」という表現です。

そして、その結論として、具体的な日々の生活の勧めが、「しみも傷もない者として、平安を持って御前に出られるように、励みなさい。また、私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい」と記されます(1415)

つまり、「新しい天と新しい地を待ち望む」生き方とは、何よりも神の御前に出ることを意識した生き方、日々の生活を聖く保つとともに、「主の忍耐が救い」であることを自覚して、自分と他の人の救いに気を配る生き方に他なりません。

 

その上で、1516節では使徒パウロの手紙が当時誤解されて読まれることがあったことが示唆されています。パウロは、私たちがキリストにつながることによって罪の支配から自由にされ、神の怒りから救われたということ、つまり、私たちが神の前にこのままで義とされ、さばきを恐れる必要がなくなったということを繰り返し強調していますが、それを自分に都合よく、「もう聖い生き方を追求しなくても良い・・・」と解釈する人が現れたのだと思われます。

 

そのことが、「それらの手紙を曲解し、自分自身に滅びを招いています・・・・よく気をつけ、無節操な者たちの迷いに誘い込まれて自分自身の堅実さを失うことにならないように注意しなさい。私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさいと言われます(3:16-18)

私たちは、常に成長を目指す必要があります。それこそ、この手紙のテーマです。私たちは最終的に、「世にある欲のもたらす滅びを免れ、神のご性質にあずかる者となる(1:4)という約束が与えられています。それを可能にしてくださるのが聖霊の御業です。

 

そこでは、「あなたがたは、あらゆる努力をして、信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい」(1:5-7)という成長のプロセスが描かれていました。

残念ながらこの世の宗教では、「信仰には力を、力には富を、富には権力を、権力には威厳を、威厳には奇跡を、奇跡には神秘を、神秘には神格化を」などということがまかり通りがちなので、ペテロはその反対の成長のプロセスをいつも心に留めるように命じたのです。

しかも、その成長は、自分の努力というのではなく、すべての強がりを捨て、何よりも示された罪を繰り返し告白し、自分を聖霊に明け渡すことによって生まれる成長です。

 

新しい天と新しい地を待ち望む」という生き方は、何よりも、イエスご自身が教えてくださった「主の祈り」に現されています(マタイ6:9-13)。そこでは複数形の「天」と単数形の「天」の絶妙な使い分けがなされています。

 

最初は、「私たちのお父様、諸々の天におられる方」という呼びかけです。そこでは、全宇宙の広がりばかりか、「空中の権威を持つ支配者」としての「悪い者(13節別訳)も、父なる神の支配下にあるという告白があります。

 

そして、「あなたの御名が聖とされるように、あなたのご支配が現されるように、あなたのご意志が行なわれるように」と三つの観点から祈られ、それらすべてにかかるように、「天(単数)におけるように地の上にも」と付け加えられます。そこでの「天」とは単数形で、神と神に忠実な御使いたちの領域を指します。

それは、「天において、御使いたちの中で、主の御名が聖とされ、ご支配が現され、みこころが行なわれているように、この地においても私たちの間で、神の御名が聖とされ、神のご支配が現され、神のご意志が行なわれるようにという祈りです。

 

This is my Father’s world 「ここも神の御国なれば」という讃美歌があります。その12番では、この目に見える世界に現されている神のご支配が喜び歌われています。

そして3番では、「ここは私の父の世界だ。たとい、この世の悪がどれほど強く見えたとしても、神こそがなお、支配者であることを忘れさせないでください。ここは神の御国であるが、戦いはまだ終わってはいない。しかし、やがて、私たちのために死なれたイエスが、満足される時がくる。そのとき、地と天はひとつとなっている」と歌われます。

天と地がひとつになるとは、先の、「天のように地の上にも」という祈りが完成するときです。その世界こそ、「正義の住む新しい天と新しい地」の約束が成就する場です。

 

正義の住む新しい天と新しい地を待ち望む」という生き方は、「この世でどんなに苦しいことがあっても、天国に入ったら・・・」という厭世的な希望の告白ではありません。

この世界も既に神の支配下にあります。ただ、空中の権威を持つ悪霊が人々を惑わし、神のご支配を見えなくさせています。それで私たちは十字架を負うキリストに習ってこの世界に神のご支配を証しするように召されているのです。

その働きが何の成果が見えなくても、失望する必要はありません。やがて、キリストが目に見える姿で現れ、その時に一瞬のうちにすべてを正されるからです。

 

私たちは最終的な勝利が保障された戦いに召されています。私たちは「神のことば」によってサタンの勢力に勝利することができます。ただその際、何よりも大切なのは「御霊によって祈る」ことです(エペソ6:17,18)

つまり、みことばを読み、思い巡らすことと、世界のため教会のため互いのために「祈る」ことが信仰生活の両輪です。

|

« 2014年12月 | トップページ | 2015年2月 »