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2015年3月29日 (日)

出エジプト記15章22節~18章 「歓喜の後のつぶやき」

                                                  2015329

   本日は教会歴では「しゅろの主日」と呼ばれる受難週の始まりの日です。イエスは十字架に架けられるたった五日前に、「ダビデの子にホサナ」というエルサレムの人々の歓呼の中を、エルサレムに入城しました。彼らはイエスがローマ帝国からの独立運動を勝利に導く救い主として期待していました。

しかし、イエスは何の抵抗もせずに捕らえられ、ローマ総督ピラトの前に立たされます。むち打たれたあとの惨めな姿を見て、人々は一転して、「十字架につけろ」と叫び、イエスをののしりました。この人々の心の移ろいやすさは、出エジプトの際のイスラエルの民に似ています。

彼らは海がふたつに分かれてエジプト軍の追撃から逃げて、主のさばきでエジプト軍が海に沈んだとき、心から主を賛美しました。彼らはモーセと共に、「主は輝かしくも勝利をおさめられた。馬と乗り手とを海に投げ込まれたゆえに・・・主(ヤハウェ)よ。神々のうち、だれかあなたのような方があるでしょう。だれがあなたのように聖であって力強く、たたえられつつ恐れられ、くすしいわざを行なうことができましょうか・・・主はとこしえまでも統べ治められる」(出エジ15:1,11,18)と歌いました。

しかし、荒野に入って食べ物が無くなると、エジプトを懐かしんで、そこで死んでいた方がよかったと、モーセとアロンにつぶやきます。イスラエルの民はこの後、基本的に何かあるたびにモーセにつぶやき続けます。イエスはまさに、このモーセに向けられた怒りを身に引き受けられたのです。

 

   人は、しばしば、順調な生活を望む余り、試練の中で不平が募ります。しかし、肉体が筋肉トレーニングで引き締まるように、心にもある程度の負荷をかけなければしなやかになりません。

主のいやしは病を通して、主の満たしは渇きを通して、また、主の勝利は争いを通して初めて体験されるものです。私たちは平和な生活を望みますが、主は敢えて私たちを荒野へと導き、そのただ中で、ご自身を私たちに啓示されます。

しかも、私たちが苦しむ時、そこに意味を見出すことができるかできないかは、天と地との差があるのではないでしょうか。

 

1. 「わたしは主(ヤハウェ)、あなたをいやす者である」

   神は、葦の海をふたつに分けてイスラエルをエジプトの戦車や騎兵の追撃から救い出してくださいました。彼らはモーセに導かれながら、こぞって主に感謝の賛美をささげました。

しかし、三日間、荒野を歩き続け、ようやく見つかった水が「苦くて飲むことができなかった」時、彼らはモーセに「つぶやいて」「私たちは何を飲んだら良いのですか」(15:24)と言いました。そこには、怒り、不満、恨みなど、困難を人の責任にする身勝手な思いがあります。

 

一方、モーセは「つぶやく」代わりに、「(ヤハウェ)に叫び」ました(15:25)。その時、主は彼に、「一本の木を示され・・モーセがそれを水に投げ入れると、水は甘くなり」ました。主はモーセの叫びにすぐに応えてくださったのです。その上で、「その所で、主は彼におきてと定めとを授け、その所で彼を試みられた」と記されます。

これは、主が、人の叫ぶのを待ち、不思議な解決の道を示し、それへの応答を見て解決をもたらすという基本原則を授けたという意味だと思われます。つまり、モーセはこの試みによって、問題解決の原則を身につけたのです。

 

その原則が「もし・・あなたの神、主(ヤハウェ)の声に確かに聞き従い(原文:聞いて聞く)、(自分にではなく)主が正しいと見られることを行い、またその命令に耳を傾け・・るなら(15:26)、つまり、徹底的に主に聴き、主の思いで心を満たすなら、「エジプトに下したような病気」、つまり、滅びをもたらすほどの病を「下さないという約束です。

 

なお、「わたしは主(ヤハウェ)、あなたをいやす者である」には、ご自身が人の叫びに耳を傾け、「苦い」苦しみを「甘い」喜びへと変えてくださるという響きがあります。そのしるしが「エリム」という巨大なオアシスです。

「十二の水の泉」と「七十本のなつめやしの木」という数字には、十二部族、七十人の長老(24:1)などのように、すべてを満たすという意味があります。あなたの人生にも、困難を通しての「いやし」と、荒野の中でのオアシスが与えられます。

 

2. 「主(ヤハウェ)に対する・・つぶやきを主が聞かれたから」

彼らは、エジプトから旅立ってちょうど一か月が経過した「第二の月の十五日」、シナイ山北方320㎞ぐらいの地にある「シンの荒野」に入りましたが、そこで今度は食べ物のことで、モーセとアロンにつぶやきました。

彼らは恐ろしいほどに過去を美化し、「エジプトの地で、肉なべのそばにすわり、パンを満ち足りるまで食べていたときに、私たちは主(ヤハウエ)の手にかかって死んでいたらよかったのに。事実、あなたがたは、私たちをこの荒野に連れ出して、この全集団を飢え死にさせようとしているのです(16:3)などと言ったというのです。

彼らはエジプトで過酷な労働で苦しめられ、生まれた男の子がナイルに投げ込まれるような悲惨を味わい、主に叫び求めたのですが、それを忘れて、過去に一瞬だけ味わったことを異常に拡大して懐かしんでいます。

人は目の前に悲惨があると、それをもたらした犯人探しをし、過去を異常に美化することで「つぶやくなどということがあります。残念ながら、多くの人は、苦難に会うと、だれかのせいにすることでようやく精神のバランスを保とうとする傾向があります。そして、そのとき非難の対象となるのは、それまで最も親身に世話し、援助の手を差し伸べてくえた人です。

日本のことわざに「さわらぬ神に祟りなし」などというのがありますが、実際、余計なお世話をしたせいで、いわれのない攻撃を受けるという現実があります。しかし、そのような中で、「見て見ぬふりをする社会」という愛に渇いた世界を作りだします。

 

私たちはそのような世的な知恵ではなく、困難の中にある人に積極的に手を差し伸べ、その結果として、いわれのない非難まで引き受けるという覚悟が求められています。パウロはコリント教会に向けて、「私があなたがたを愛すれば愛するほど、私はいよいよ愛されなくなるのでしょうか(Ⅱコリント12:15)と訴えましたが、残念ながら、それこそ愛することの報酬?と言えましょう。

しかし、私たちはそこで、自分はイエスの御跡に従っているという充実感を持つことができます。モーセ、イエス、パウロの歩みに共通するのは、助けることで恨まれるという理不尽です。

 

ところがここではそのような理不尽なイスラエルの民のつぶやきに対し、主(ヤハウェ)は、「見よ、わたしはあなたがたのために、パンが天から降るようにする」(16:4)という途方もない解決を示してくださいました。しかも、その理由について、「(ヤハウェ)に対する・・つぶやきを主が聞かれたから(16:7,8,9,12)という趣旨のことばが四回も繰り返されています。

神は、彼らをさばく前に、わがままを聞いてくださったのです。そしてその目的を主は、「わたしがあなたがたの神、主(ヤハウェ)であることを知るようになる(16:12)ためであると述べられます。それは、主が彼らを、ご自分のかけがえのない子として見、育ててくださるからです。

 

その「夕方」、「うずらが飛んで来て、宿営をおおい」(16:13)ますが、それは体長二十センチぐらいのきじ科の鳥で、高くは飛べないほど太っていますから、小さいわりには栄養になります。

その上、朝になると、宿営の回りに露が一面に降りましたが、それが上がると、白い霜、うろこのような細かいものがありました。それこそ神が与えてくださった天からのパンで、蜜を入れたせんべいのようにおいしく、マナと名づけられました(16:14,31)。それを各自が、自分たちの食べる分だけを集めましたが、不思議にも、「多く集めた者も余ることはなく、少なく集めた者も足りないことはなかった」(16:18)のでした。

ところが、明日のことを心配し、自分の分だけを残して置く者がいました。しかし、それは朝になると虫がわき、悪臭を放ちました。ここに、自分のためだけに富を蓄える空しさが示唆されます。

 

そして、主は、「六日目に・・二倍のパン」を集めるように命じ(16:22)、七日目に休むことができるようにさせました。安息日の教えが出てくるのは、創世記2章以後ここが初めてですが、六日目のパンだけは、翌朝まで保存しても臭くもならず、うじもわきませんでした。それにも関らず、民の中のある者は、七日目にも集めに出ました。しかし、何も見つかりませんでした。ここに主のみこころに反した働き方が徒労に終わるという原則が見られます。

 

主は、七日目に休むことを命じられるとともに、その労働の不足分をも満たして下さる方なのです。「人はパンだけで生きるのではない、人は主(ヤハウェ)の口から出るすべてのもので生きる(申命記8:3)とありますが、人はパンばかりに目を向けると無駄な働きで身体を壊します。しかし、主は、ご自身こそがパンの必要をも満たすことができる方であることを示されたのです。

なお、主はモーセに、「マナ」を「一オメル(2.3リットル)たっぷり、あなたがたの子孫のために保存せよ」と命じられ(16:32)、それを「つぼ」に入れて「あかしの箱の前」に置くようにさせました(16:33,34)。それは、主ご自身が、主の民の必要を満たしてくださることを忘れさせないためでした。

主は、このとき、イスラエルの民の「つぶやき」に怒りを発せられることなく、彼らのつぶやきをやさしく受け止めてくださいました。しかし、それはイスラエルの民を幼児として扱っているからに過ぎません。彼らが成長するにつれ、主は彼らに厳しく向き合うようになられます。そこで必要なのは、神を非難する態度ではなく、主にへりくだって必要を訴えることです。

 

3. 「主(ヤハウェ)は私たちの中におられるのか、おられないのか」

彼らは今、「この山で、神に仕える(3:12)という目的地のふもとの「レフィディム」にたどり着きました。ところが、そこには「飲む水がなかった(17:1)ので、「モーセと争い(17:2)ました。その際、彼らはまたも「モーセにつぶやいて」「いったい、なぜ私たちをエジプトから連れ上ったのですか。私や、子どもたちや、家畜を、渇きで死なせるためですか」とまで言いました。そればかりか今回は、「石で打ち殺そう(17:4)とさえしました。

モーセはすべてを犠牲にして、彼らのために働いて来たのに、何という理不尽な態度でしょう。彼らは、海がふたつに分かれて救い出されたこと、苦い水が甘い水に変えられたこと、巨大なオアシス、エリムでの休息、天からのパンの恵みなどのすべてを忘れたかのように、目の前の渇きに忍耐できずに怒るばかりです。

 

この情景を思い浮かべると、イエスがローマ総督ピラトの前で無力な姿をさらしていたときに、ユダヤ人たちが一斉に、イエスのことを「十字架につけろ」と叫んだ情景が重なってきます。イエスも男だけで五千人また四千人の人々にパンを与え、多くの病人を癒し、当時のユダヤ人に徹底的に寄り添っておられました。

しかし、当時のユダヤ人は何よりもローマ帝国の支配からの解放を望んでいました。イエスがその願望をかなえられないと分かったとたん、彼らはイエスに死刑を要求したのです。イエスを十字架にかけたユダヤ人たちとモーセを「石で打ち殺そうとして」いたイスラエルの民はまったく同じです。

 

しかし、モーセが主(ヤハウェ)に叫ぶと、主は答え、「あなたがナイルを打ったあの杖を手に取って出て行け。さあ、わたしはあそこのホレブの岩の上で、あなたの前に立とう。あなたがその岩を打つと、岩から水が出る。民はそれを飲もう(17:56)と再び不思議な解決を示されました。そして、驚くべきことに、岩から水が湧き出たのです。

その上で、「それで、彼はその所をマサ(試み)、またはメリバ(争い)と名づけた。それは、イスラエル人が争ったからであり、また彼らが、『主(ヤハウェ)は私たちの中におられるのか、おられないのか』と言って、主(ヤハウェ)を試みたからである(17:7)と記されています。

イスラエル人は、それまで、「雲の柱、火の柱」の導きとともに、様々な偉大なみわざを見ながらも、ここでは何と、主のご臨在自体を疑ったというのです。主がせっかくご自身のご臨在を目に見える形で現してくださっているのに、水がないことを神の不在のしるしと見てしまったのです。

彼らとしては、せっかく当面の目的地に着いたという思いがあり、そこは楽園とは正反対の不毛の地であったことに深く失望したのかもしれません。それにしても、それまでの導きは何だったのかと思います。

ですから、このことに関して、モーセは後に、「あなたがたがマサで試みたように、あなたがたの神、主(ヤーウェ)を試みてはならない(申命記6:16)と警告しました。

 

神は、創造主として人を試み、人の成長をもたらされます。しかし、人が神を試みるとは、神を自分の期待通りの姿に成長?させようとする傲慢さです。しかし、神はここでも、民の忘恩をさばく前に、彼らの渇きを癒し、彼らの信仰を育んでくださいました。

残念ながら、この世では、一回の失敗で、それまでのすべての信頼関係が崩れるなどということがあります。しかし、真の信頼関係とは、目先のことが自分の期待外れであっても、それまでのすべての歩みを振り返りながら、今、ここでの不条理と思える状況を、忍耐を持って待つことができることなのです。

 

ところで、オアシスの占有権は遊牧民にとっての死活問題でした。アマレク人はシナイ半島の荒野を行き来している遊牧民ですが、レフィディムに豊かな泉が湧いたことを耳にし、それを奪おうと攻撃をしかけて来ました(17:8)。これは、一つの民族とされた彼らにとっての、最初の戦いです。

このときモーセは、ヨシュアを司令官として指名しただけで、「神の杖を手に持って、丘の頂に立ちます(17:9)。そして、実際の戦いでは、「モーセが手を上げているときは、イスラエルが優勢になり、手を降ろしているときは、アマレクが優勢になった(17:11)のでした。そして、アロンとフルが両側でモーセの手を日が沈むまで支えることによって、「ヨシュアは、アマレクとその民を剣の刃で打ち破った(17:13)というのです。この剣は、紅海で全滅したエジプト軍が残したものだったのかと思われます。

 

手を上げるとは、祈りの姿勢です。それにしても、これは主(ヤハウェ)ご自身とアマレク人との戦いだったので、「(ヤハウェ)は代々にわたってアマレクと戦われる(17:16)と言われます。

神は後に、サウルを用いて彼らを絶ち滅ぼされました(Ⅰサムエル15)。私たちも、すべての戦いを、神のご支配と観点から見直すようにしなければなりません。すべての戦いは霊的な戦いであり、勝利の秘訣は祈りです。

 

4. 「あなたも・・この民も、きっと疲れ果ててしまいます」 

モーセのしゅうとのイテロは、モーセの働きの様子を見て、助言をくれました。それは、彼が、軍務につく成人男子だけで60万人にもなる大集団の中に起こる事件をひとりで解決しようとしていたからです。それでは、さばきを待つ民も、モーセ自身も疲れ果ててしまいます。彼の務めは、何よりも、「神の前にいる」時間を優先し、「事件を神のところに持って行く」ことでした(18:19)

そして、「モーセはイスラエル全体の中から力ある人々を選び、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として、民のかしらに任じた(18:25)という秩序ができます。ただし、この集団は、生活の共同体と同時に、約束の地の先住民と戦う軍事組織でした。その点を考慮せずに、これを現代の教会にそのまま当てはめ、ピラミッド組織を作るのは注意が必要です。

 

  モーセが直面していた真の危険は、争いの仲裁に夢中になって、神の御前に静まることができなくなることでした。指導者が「疲れ果ててしまう」(18:18)ことは群れ全体を危うくします。彼には、「ともに重荷をになう(18:22)指導者を選び、育て、委ねる責任があるのです。

それにしても、百人と五十人の長は、治めるべき対象が重なると思われます。これは、百人をひとつのまとまりとして、複数の指導者を必要とするという意味とも考えられます。今回のドイツの航空機事故で、パイロットをひとりにすることの危険が再認識されています。

 

   それにしても、モーセはしゅうとのイテロのアドバイスをすぐに実行することができましたが、それは彼が最初の四十年間エジプトの王宮で育って、部下を持って指導するという訓練を受けていたからかもしれません。少なくとも私自身のような育ち方をした者にとっては、とてつもなく難しいことに思えて来ます。

しばしば、この教えに従って、人に働きを委ねて行ったらよいのだと、安易にアドバイスされることがありますが、それを教会に適用することは非常な困難が伴います。軍隊や会社のような命令系統で、自主性を何よりも重んじる教会組織を動かすことはできません。それができるのは、よほどの特別なリーダーシップの賜物が必要です。それとも、アメとムチ、報酬と脅しという非聖書的な概念を組織に取り入れる必要があるのかもしれません。

私たちはイテロの結論以前にその動機を見るべきです。彼は、「あなたも・・この民も、きっと疲れ果ててしまいます・・・このことはあなたに重すぎますから・・・ひとりでそれをすることはできません・・・あなたの重荷を軽くしなさい。彼らはあなたとともに重荷を担うのです(18:18,22)と言いました。

互いに「こうしたらよいのでは・・・」と言い合う前に、真剣に祈る必要があります。私たちが互いの弱さを認め合い、複数で共通の重荷を負い合うという関係が築けるなら、ある程度の組織化もできましょう。

 

  それにしても、私たちは多かれ少なかれ、どこかでバランスを欠いた生き方をしてしまい、問題を引き寄せてしまいます。そして、波風の立たない平穏無事な生き方に憧れます。

しかし、主の救いは、荒野の生活の中でこそ体験されるということが分かるとき、自分で自分のバランスを保とうとする生き方から、主を見上げる生き方へと変えられるのではないでしょうか。主の再臨まで、問題は絶えることがありません。それを担う覚悟が求められています。

 

  最近、「傲慢症候群」ということばが話題になっています。私たちはこの世界でいつも成功を目指して格闘するのは当然ですが、成功をして、それなりの権力を握ると、多くの人は人格が変わり出すそうです。

助言は求めず、まわりに耳を傾けず、万時につけおおまかなことに目が向いてしまい、ことの細部を気にしなくなる」というのです。そして、そのような人々は周りの人々を取り返しのつかない失敗に巻き込みます。


   しかし、イエスの十字架を見る時に、私たちは成功の意味が変わります。イエスは十字架に向かう時、だれも傷つけませんでした。ご自分を十字架にかけた者たちやいっしょに十字架に架けられた強盗の事まで気にしておられました。

人間的な意味で何かを成し遂げることよりもいつも神の御旨を第一にしておられました。私たちはその方の犠牲によって救われたのです。イエスの十字架こそは、あらゆる成功の概念を覆すものです。

 

   モーセは、イスラエルの民の身勝手な「つぶやき」に終生悩まされ続けました。キリストの教会を導くように召されている者にとっても、最大の試練とは、このような「つぶやき」に耐えることなのかもしれません。

当教会においても、いつの日かの時点で、牧師の交代が起きます。どうかそのときに、モーセとイスラエルの民との関係、イエスとユダヤ人たちとの関係は、決して他人ごとではなく、うっかりすると聖霊をそれぞれが受けているはずのキリストの教会でも起こることであるということを肝に銘じていただきたいと思います。

人に関わるとは、また、人を愛するとは、「つぶやき」を引き受ける道でもあります。それは教会の指導者ばかりか、すべてのクリスチャンにとっての課題です。私たちの慰めは、そのような不条理な痛みの中で、主イエスの十字架の苦しみを味わい、自分がイエスの御跡に従っているという健全な意味での誇りを持つことです。

また同時に、指導者を批判したくなったとき、自分がイスラエルの民と同じような状態になっていないかを謙遜に反省する必要もあるのではないでしょうか。私たちはみな、あまりにも近視眼的に、自分自身の置かれている状況からしか物事を見ることができない傾向があるのですから。

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2015年3月22日 (日)

12章43節~15章21節 「主があなたがたのために戦われる」  

1243節~1521節 「主があなたがたのために戦われる」

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自分の身近なところで、犠牲者の血が流されている現実に直面するとき、また、それを思い起こすようなとき、人は、不条理に対する怒りを超えて、自分の人生を厳粛に受け止めるという思いになるということがないでしょうか。神は、イスラエルの救いのために流されたエジプト人の犠牲を、忘れさせないようにしておられます。

 

   私たちの心は、過去の痛みを忘れられるからこそ、ストレスを抱え続けないで生きて行けるのかもしれません。しかし、だからこそ、忘れてはならないことを覚え続けるため、記念の儀式が必要になります。

イスラエルの民の過越の祭りは現在、聖餐式として、また、彼らがエジプト軍に追われながら分かれた海を渡ったことは、バプテスマとして記念されます。私たちの心が萎えてしまう時、神のみわざを思い起こすことは、心に希望を生み出します。

 

1. 「すべて最初に生まれる者を、主(ヤハウェ)のものとしてささげなさい」

イスラエルの民はエジプトでの奴隷状態から解放されたことを毎年繰り返し思い起こすように命じられていました。そのことが12章初めで、「この月を…年の最初の月とせよ・・・父祖の家ごとに、羊一頭を用意しなさい・・十四日の・・・夕暮れにそれをほふり、その血を取り、羊を食べる家々の二本の門柱と、かもいにそれをつける。その夜、その肉を食べる・・これは主(ヤハウェ)への過越のいけにえである…わたしがエジプトの地を打つとき、あなたがたに滅びのわざわいは起きない。この日は、あなたがたにとって記念すべき日となる(12:1-14)と命じられます。

そして122123節では、モーセから民に命じられた内容が、「あなたがたの家族のために羊を・・・過越しのいけにえとしてほふりなさい。ヒソプの一束を取って・・・血をかもいと二本の門柱につけなさい。朝までだれも家の戸口から外に出てはならない。主(ヤハウェ)がエジプトを打つために行き巡られ、かもいと二本の門柱にある血をご覧になれば、(ヤハウェ)はその戸口を過ぎ越され、滅ぼす者があなたの家にはいって、打つことがない」と記されます。

イエスは過越しの小羊として十字架にかかってくださいました。私たちは今、イエスを主と告白することによって、私たちの前を、神のさばきが過越します。

このことをパウロは、「今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです(ローマ5:9)と記しています。

 

なお、「過越のいけにえ」に関して、「外国人はだれもこれを食べてはならない」と記されていますが(12:43)「奴隷」は「割礼を施せば、これを食べることができる(12:44)と記されます。「これは一つの家の中で食べなければならない(12:46)とあるように、これは家族の祭りであり、奴隷も家族の一部と見なされるからです。

しかも、ここで興味深いのは、外国人が排除されているようでありながら、イスラエルの民のただ中に住む在留異国人に関しては、割礼を受けて、「この国に生まれた者と同じになる」道が開かれていました(12:48)。なお、1248節の新改訳では、「(ヤハウェ)に過越のいけにえをささげようとするなら」と記されていますが、厳密には、「主(ヤハウェ)への過越を行なうなら」と記されています。これは、イスラエルの民の中に住み続けている外国人がイスラエルの民と同じように過越の祭りを祝うことができるための割礼の規定です。

多くの人が誤解していますが、ユダヤ人とは、生物学的な血筋の概念であるという以前に、アブラハムの契約を受け継ぐ民であり、その道は外国人にも開かれているのです。同じように、クリスチャンが受けるバプテスマとは、アブラハムの子孫に加えられるという意味があるのです。

 

つまり、イスラエルの民自体が、「神の初子(4:22)であって、神は彼らをもとに神の民を広げようとしておられます。そして、私たちも新しい割礼を意味する「イエスにつくバプテスマ」によって神の民とされたのです。

 

   そして、「乳と蜜の流れる(13:5)約束の地に導き入れられた時、過越しの祭りを祝うことによって、「主(ヤハウェ)の教えがあなたの口にある(13:9)ようにし、「(ヤハウェ)が力強い御手で、あなたをエジプトから連れ出された」ことを思い起こすように命じられます。

そればかりか、「すべて最初に生まれる者を、主(ヤハウェ)のものとしてささげなさい。家畜から生まれる初子もみな、雄は主(ヤハウェ)のものである・・・あなたがたの子供たちのうち、男の初子はみな、贖わなければならない」(13:12)と命じられます。

その根拠は、「パロが私たちをなかなか行かせなかったとき、主はエジプトの地の初子を、人の初子をはじめ家畜の初子に至るまで、みな殺された(13:15)からでした。

 

イスラエルの救いは、エジプトの初子の犠牲の上に成り立っていました。その際、子羊の血がなければイスラエルの初子もみな犠牲になるはずでしたから、すべての初子は主のものとされました。それを再び所有するためには、代償の贖い金を支払う必要があります。

子どもを・・贖う」とは、アブラハムがイサクを主に献げてから取り戻したように、生まれた長男の身代わりの献げ物をして初めて、自分の跡継ぎにすることを意味しました。

その代価は、具体的には銀5シェケル(10g銀貨約5枚でした(民数記18:16)。当時の奴隷が牛に突かれて殺された場合の賠償額は銀貨30枚でした。それはイスカリオテのユダがイエスを売り渡した代金でもあります。つまり自分が産んだ初子を自分のものとするためには奴隷の賠償額の六分の一もの金額を支払う必要があったのです。

 

 「贖う」とは、代価を払って所有権を移すことを意味します。ヘブル語ではガアルとパダーというふたつの動詞がありますが、ここではパダーが用いられています。

一方、66節、15章13節で、主がイスラエルの民をエジプトでの奴隷状態から救い出し、ご自身の民とし、主が彼らの神となったことを表現する「贖う」はガアルです。基本的な意味は同じですが、ガアルは買い戻す側の近しい関係が、パダーには代価を払うという面が強調されています。

 

奴隷が解放されるために贖い金が支払われるのと同じように、イスラエルがエジプトから解放されて神の民とされるために、各家ごとに小羊がほふられ、血が流される必要がありました。

そして、今、異邦人であった私たちに対し、「あなたがたが先祖から伝わったむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない子羊のようなキリストの、尊い血によったのです(Ⅰペテロ1:18,19)と記されています。

それによって、私たちに起こった途方もない変化と特権のことを、「あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です・・・以前は神の民でなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です(Ⅰペテロ2:910)と表現してくださいました。

 

そして、その一方的な選びと表裏一体のものとして「あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです」という誇りに満ちた使命があります。

「選び」は、この世の避けられない現実です。受験も、就職も、昇進も、結婚にも、選ばれるというプロセスがあります。しばしば、その陰には、犠牲がありますから、選ばれた者が与えられた使命を果たしていないとき、不公平と非難されるのです。

 

エジプトのすべての初子が殺されてしまったのは、彼らには小羊の血による救いの道が開かれていなかったからです。同じように世の終わりには、すべての人が神のさばきの御前に立たされます。私たちが世の人々に先立って救われたのは、新しい小羊の血であるイエスの血による救いの道を告げ知らせるという使命のためです。

 

イスラエルの民がエジプトでの奴隷状態から解放されるために、エジプトのすべての初子、パロの初子から、奴隷の初子、家畜の初子に至るまでが死ぬ必要がありました。イスラエルの民は、小羊の血によって、このさばきを免れました。

そして今私たちの救いのための小羊となってくださったのが神の御子のイエスご自身です。私たちは、その犠牲を忘れるとき、生かされている意味も分からなくなります。

「あなたがたは、代価をもって買われたのです。人間の奴隷となってはいけません(Ⅰコリント7:23)とあるように、生活の中で「イエスは主です」と告白しましょう。

 

2. 「主は一晩中強い東風で海を退かせ、海を陸地とされた。それで水は分かれた」

   神は、イスラエルを約束の地に導くにあたって、荒野の道へと遠回りさせました(13:17,18)。当時の通商ルートはエジプトの要塞で固められていたからです。

しかも、彼らは四百年前にミイラにされたヨセフの遺骸を携えてきました。それは、神の選びの民がどのような苦しみに会うことがあっても、そこで、「神は必ずあなたがたを顧みてくださる」(13:19)ことを思い起こさせる象徴でした。

そして実際、この不安の旅路を、「(ヤハウェ)は、昼は途上の彼らを導くため、雲の柱の中に、夜は、彼らを照らすため、火の柱の中にいて、彼らの前を進まれた(13:21)のでした。

 

なお、現代の私たちにも、「昼はこの雲の柱、夜はこの火の柱が民の前から離れなかった」(13:22)ということはそのまま実現しています。それは聖霊が私たちのただ中に住んでくださっているからです。

パウロは後に、堕落したコリント教会に向かって、「あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っていることを知らないのですか。もし、だれかが神の神殿をこわすなら、神がその人を滅ぼされます。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたが神の神殿です」と述べました(Ⅰコリント3:16,17)

私たちがこのようにキリストのみからだである教会に集い、互いのために祈っているとき、私たちのただ中に創造主である聖霊ご自身が宿っておられます。

私たちはこの教会から、それぞれの場に遣わされて行きます。そして、私たちはこの交わりの中に生きることによって、主が、「雲の柱、火の柱」によって、私たちの日々の生活を導いてくださっていることを体験することができるのです。

 

   そして主(ヤハウェ)はこのときモーセに、「イスラエル人に、引き返すように言え(14:2)と命じつつ、彼らを敢えて、逃げ道のない海辺に宿営させました。それはエジプトの王パロに、イスラエルの民が「あの地で迷っている」(14:3)と思わせ、パロにイスラエルの民を追わせるように仕向け、エジプトに対してご自身の栄光を現わすためでした。

 

それでパロは精鋭の軍隊を引き連れて追跡しました。それを見たイスラエルは、モーセに向かって、「エジプトには墓がないので(王家の墓であるピラミッドを指した皮肉)あなたは私たちを連れて来て、この荒野で、死なせるのですか・・エジプトに仕える(奴隷の)ほうが・・良かった(14:1112)と猛烈な皮肉を持って「つぶやき」ました。

 

モーセは彼らに、「恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行なわれる主(ヤハウェ)の救いを見なさい・・主(ヤハウェ)があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない」(14:13,14)と答えます。

そして、主(ヤハウェ)はモーセに、「イスラエル人に前進するように言え。あなたは、あなたの杖を上げ、あなたの手を海の上に差し伸ばし、海を分けて、イスラエル人が海の真中のかわいた地を進み行くようにせよ。見よ。わたしはエジプト人の心をかたくなに(強く)する・・・」(14:16,17)と言います。

 

エジプト軍にはおびただしい戦車と騎兵があり、「強くされた」心で、分かれた海の中にさえ飛び込んで来ます。一方、イスラエルの側にある戦いの道具は、モーセの杖一本でした。今も、この世の権力者は恐れを知らずに滅びに向かい、恐れを抱く私たちは、神のことばと祈りによって、勝利するのです。

パウロは、「悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい」と命じながら、攻撃の道具としては、「御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目を覚ましていて・・祈りなさい」と、具体的な行動を勧めています(エペソ6:10-18)

 

   なおこの時、雲の柱はイスラエルの後ろに移動し、エジプト軍の追跡を遮りました。なお、「真っ暗な雲であったので、夜を迷い込ませ(14:20新改訳)とあるのは、「真っ暗な雲が、夜を照らし(脚注)とも訳することができます。つまり、神の雲の柱が、エジプトに暗闇をもたらす一方で、イスラエルの前には光をもたらしたのでしょう。

そのような中で、「モーセが手を海の上に差し伸ばすと、主(ヤハウェ)は一晩中強い東風で海を退かせ、海を陸地とされた。それで水は分かれた」(14:21,22)というのです。

これは真夜中のことです。しかも、強い東からの向かい風に逆らって、右と左が水の壁になっている海の中を渡るというのは、考えるだけでぞっとします。イスラエルは、背後のエジプト軍を恐れていたからこそ、また、主の光が行く手を照らしていたからこそ、前進することができたのかも知れません。

 

   私たちの人生にも夜の体験があります。しかし、エジプトの初子が打たれたのも、海がふたつに分けられたのも夜でした。詩篇77篇にあるように、夜に味わう不安と孤独は、「(ヤハウェ)の・・・不思議なみわざを思い起こし・・恐ろしいさばきのみわざに、思いを巡らす(11,12節私訳)きっかけです。

私たちは昼の間は、自分の力で忙しく動き回り、主のみわざに目を向けるのを忘れがちです。だからこそ、主は、夜に救いをもたらされるとも言えましょう。

 

3. 「主よ。あなたの右の手は力に輝く。主よ。あなたの右の手は敵を打ち砕く

 「エジプト人は追いかけてきて、パロの馬も戦車も騎兵も、みな彼らのあとから海に入って行った」(14:23)とは、自分から滅びに飛びこむ姿勢です。今も、恐れの感覚が麻痺した人々は、猛烈な勢いで滅びに向かっています。

その後で、「(ヤハウェ)は火と雲の柱のうちからエジプトの陣営を見おろし・・陣営をかき乱され・・戦車の車輪をはずして、進むのを困難にされ(14:24,25)ました。彼らはこの時になって初めて、「イスラエル人の前から逃げよう。主(ヤハウェ)が彼らのために、エジプトと戦っておられるのだから」(14:25)と言いましたが、それは遅すぎました。

 

そのとき主はモーセに、「あなたの手を海の上に差し伸べ、水がエジプト人と、その戦車、その騎兵の上に返るようにせよ」と言われます(14:26)。そして、モーセが、再び「手を海の上に差し伸べたとき、夜明け前に、海がもとの状態に戻った・・・主(ヤハウェ)はエジプト人を海の真ん中に投げ込まれた(14:27)というのです。

そのときのことが、「水はもとに戻り、あとを追って海に入ったパロの全軍勢の戦車と騎兵をおおった。残された者はひとりもいなかった」と描かれます(14:28)

そして、これらのことが要約されるように、「イスラエル人は海の真ん中のかわいた地を歩き、水は彼らのために、右と左で壁になったのである。こうして、主(ヤハウェ)はその日イスラエルをエジプトの手から救われた。イスラエルは海辺に死んでいるエジプト人を見た。イスラエルは(ヤハウェ)がエジプトに行われたこの大いなる御力を見たので、民は主(ヤハウェ)を恐れ、主(ヤハウェ)とそのしもべモーセを信じた(14:29-31)と描かれます。

 

パウロはこれをもとに、「私たちの父祖たちはみな、雲の下におり、みな海を通って行きました。そしてみな、雲と海とで、モーセにつくバプテスマを受け(Ⅰコリント10:1,2)と記しています。

つまり、この海を渡った記事は、私たちにとってのバプテスマを示しているのです。イスラエルの民はこれ以降、エジプト軍の追撃を二度と恐れる必要はありませんでした。同じように私たちも既にサタンの支配から解放され、永遠のいのちの生きていると信じられます。

 

   この時、モーセとイスラエル人は、主に向かって歌いました。それが15章に記されています。その始まりは、21節のミリヤムの歌とほとんど同じで、「(ヤハウェ)に向かって私は歌おう。主は輝かしくも勝利を収められ、馬と乗り手とを海の中に投げ込まれたゆえに」と記されています。

その上で、「(ヤハウェ)はいくさびと。その御名は主(ヤハウェ)(15:3)と呼ばれます。これは一見残酷に見えますが、先にモーセが言ったように、「主があなたがたのために戦われる」ことが確信できるなら、「あなたがたは黙っている(14:14)ことができるのではないでしょうか。

 

   現在の世界で起こっている様々な悲劇は、民族と民族の報復の繰り返しです。彼らは自分を神の代理として立て、神の御名によって暴力を正当化しています。しかし、ここでモーセが行ったことと言えば、二回にわたって、「手を海の上に差し伸ばす」ことだけです。

そして、これに呼応するようにして、「主よ。あなたの右の手は力に輝く。主よ。あなたの右の手は敵を打ち砕く(15:6)と描かれます。

そして、これらすべてのプロセスが、「あなたが贖われたこの民を、あなたは恵みをもって導き、御力をもって、聖なる御住まいに伴われた。国々の民は聞いて震え、もだえ・・おじ惑い・・震え上がり・・震えおののく・・・主(ヤハウェ)はとこしえまでも統べ治められる(15:13-18)と描かれます。

つまり、海が二つに分けられる奇跡をとおして、確かに、エジプトの軍勢が海に投げ込まれましたが、それによって、最強の軍隊が、主(ヤハウェ)を恐れて戦いをやめ、近隣の国々もそれに習ったのです。

人々が主のご支配を認める時、この地に平和が実現します。主の「右の手」の力を信じられないからこそ、人々は武器を取って戦おうとするのではないでしょうか。

私たちも、自分の力で問題を解決しようと動き出す前に、モーセに習って、黙って手を差し伸べ、主に祈る必要があります。私たちに何よりも問われているのは祈りの手を上げることです。

 

   あなたは御子の犠牲によって贖い出された神の宝物です。神があなたの側に立ち、あなたのために戦ってくださいます。ですから、あなたの使命は、戦うことではなく、御子の歩みに習うことです。

それは、敵が飢えたら食べさせ、敵が渇いたら飲ませ、あなた自身に関する限り、すべての人と平和を保つことです(ローマ12:18-21)。そして、目の前の困難に対し、あなたに必要なことは、何よりも祈りの手を差し伸べることではないでしょうか。  

 

   ヘブル書の著者は、イエス・キリストが私たちと同じ「血と肉」を持つ身体となってくださった目的を、「その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした」(2:14,15)と記しています。イエスの十字架は、サタンの勢力との戦の場だったのです。

人間の目には、イエスが敗北したように見えました。しかし、何の罪もない神の御子自らが、全人類のすべての罪を負って、十字架にかかることができたということ自体が、サタンに対する勝利宣言だったのです。

人はみな、死の恐怖につながれて、自分の身を守るためと言いながら、嘘をついたり、人を裏切ったりします。それこそがサタンへの敗北なのです。

神はイスラエルを救うためにエジプトと戦ってくださいました。同じようにイエスは私たちを救うために十字架にかかってくださいました。私たちは今、キリストの受難を覚えるときを過ごしています。

 

伝統的な讃美歌で、主の御頭という有名なものがあります。これはもともと十番まで歌詞がありました。その1番から4番までは、イエスの御苦しみを非常にリアルにつぎのように描きます。

モーセが、「しっかり立って、きょう、あなたがたのために行なわれる主(ヤハウェ)の救いを見なさい・・主(ヤハウェ)があなたがたのために戦われる」(14:13)と命じましたが、イエスは十字架でまさに私たちのために戦ってくださいました。それから目を背けてはなりません。

 

1.聖き御頭(かしら)血潮に満つ いばらかぶされ さげすまれぬ こよなき誉れふさわしきを 今はあざけりののしり受く

2.貴き御顔 ああいたわし つばきかけられ打ちたたかる この世のすべて造りし主の 栄え奪うは誰(たれ)のわざぞ

 

3.今は隠れし 主のほほ笑み 死の闇やどす 主のくちびる  人の姿で現われしは この苦しみを受くるためぞ

4.主の負われしは わが罪とが 怒り受くるはわれなるべき  こころ痛めて悔ゆる者に 愛のまなざし注ぎたまえ

 

そして5番以降では、主の十字架の前にたたずむ気持ちが描かれ、6番には、息を引き取られた主の御頭を抱かせてくださいと歌われます。これはイエスの母マリヤの気持ちです。

彼女はイエスの苦しみから目を背けず、イエスの痛みをともに味わいました。私たちもピエタに描かれたようなその情景を思い巡らすとき、私たちの肉的な恐れも、十字架に釘づけにされて行きます。そしてやがて、復活の力が自分のうちに宿っているのが分かるでしょう。

 

5.わが飼い主よ 見つめたまえ きみはすべてのみなもとなり きみが糧もてこの身ささえ きみが霊もて活かしたまえ

6.きみが苦しみ仰ぎ続け われ御前より のがれまさじ 息を引き取る主の御頭 我が腕をもて 抱かせたまえ

 

7.われに幸い もたらすため 尊きイエスは 苦しみたもう  生くる限りは この身ささげ 十字架の愛に われは応えん

8.愛しきイエスよ 感謝あふる きみがあわれみ とわの望み この身冷たく死せるときも 愛の御手もてつつみたまえ

 

9.きみが愛なお 忘れしとき わが手をとりて 戻したまえ  恐れ惑える暗きときも きみが苦しみ 力なれば

10.主の十字架こそ わが盾なり いまわのときも 見させたまえ  きみが御姿心深く かたく据えなば やすけくあらん

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2015年3月15日 (日)

ヨハネ7章30-52節 「生ける水の川が流れ出るようになる」

                                                       2015315

  私たちは自分の世界でひとり平安を味わっていても、一歩外に出たとたん心が乱されます。私の予定に入りこみ、私の力を利用し、私の世界をかき回す人で満ちています。そんな人々を愛することは不可能にさえ思え、聖書を読むのが辛くなることがあるかもしれません。何が問題なのでしょう?何が足りないのでしょう?

 

  私たちは神が与えてくださった途方もなく大きな救いをあまりにも人間的にとらえていないでしょうか。イエスを信じてから、何かの悪い習慣から解放されたという証しも良いですが、それ以上に、今、あなたの中に創造主ご自身が宿っておられ、あなたを通して世界に神の愛を伝えようとしておられるという神秘を味わっているでしょうか。あなたの中には、あなたが決して推し量ることができないほどの偉大なことが起きているのです。

 

1. 「それから、わたしを遣わした方のもとに行きます」

  イエスは「わたしを遣わした方は真実です(28)と言われましたが、そのことを不思議な形で証しされました。彼は神殿の庭で公然と語り出し、捕らえられても当然だったのに、だれもイエスに手をかけた者はなかった」のです。そして、その理由が、「イエスの時が、まだ来ていなかったからである(30)と描かれています。

そのような中で、「群衆のうちの多くの者がイエスを信じて」、「キリストが来られても、この方がしているよりも多くのしるしを行われるだろうか」と言うようになりました(31)

「パリサイ人は、群衆がイエスについてこのようなことをひそひそと話しているのを耳にした」ので、「祭司長、パリサイ人たちは、イエスを捕らえようとして、役人たちを遣わし」ますが(32)、イエスは平然と、まだしばらくの間、わたしはあなたがたといっしょにて、それから、わたしを遣わした方のもとに行きます(33)と答えました。それは、十字架まではしばらくの時があり、その後は、父なる神のもとに戻るという意味です。

続けて、主は、「あなたがたはわたしを捜すが、見つからないでしょう。また、わたしがいる所に、あなたがたは来ることができません(34)と言われました。これは、ご自分が天に帰った後のことを示しますが、これは同時に、目に見えるイエスの命も、ユダヤ人の手に左右されるのではなく、父なる神の御手にあるという現実を指します。神の時が来るまで、彼らはイエスを捕らえることができないからです。

 

それを聞いたユダヤ人たちは、互いに、「私たちには、見つからないという。それならあの人はどこへ行こうとしているのか。まさかギリシヤ人の中に離散している人々のところへ行って、ギリシヤ人を教えるつもりではあるまい。『あなたがたはわたしを捜すが、見つからない』、また『わたしのいる所にあなたがたは来ることができない』とあの人が言ったこのことばは、どういう意味だろうか」と言い合います(3536)

彼らはイエスがガリラヤのナザレ出身の田舎者であり、ヨセフという大工のせがれであることを「知っている」つもりでしたが、最も肝心な天の神の視点からイエスを見ることができていませんでした。イエスは天の父なる神から遣わされた方であり、この地での使命を全うした後に、再び、天の父なる神のもとに戻られる方なのです。そして、イエスを救い主であると認めないユダヤ人たちは、イエスのおられるところに来ることはできないのです。

 

イエスは繰り返し、「わたしを遣わした方」という表現を用いられます。そればかりかイエスはご自分のことを、「わたしは、天から下って来た、生けるパンです・・・わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます(6:51,54)と言っておられました。

私たちは父のみもとに自分の信仰で上るのではなく、天の父なる神から遣わされたイエスご自身を私たち自身の中にお招きし、イエスご自身に私たちのうちに生きていただくことによって、最終的な復活にあずかることができるのです。それは死後に、「たましいが肉体から離れて天国に行く」というようなことではなく、私たちもイエスと同じように、栄光の復活にあずかることを意味します。

あなたの肉体を含めたすべてが、救いにあずかるのです。イエスが一方的に与えてくださった救いの途方もない偉大さ、大きさを、私たちは十分に理解することはできません。

 

2.「だれでも渇いているなら・・・」

737節は、「さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた」という表現から始まります。大声を上げるのは、28節に続いて二回目です。これはイエスが、仮庵の祭りに際し、「自分を世に現しなさい(4)という兄弟の勧めを退け、「内密に」(10)エルサレムに上って来られたのと対照的です。

 

祭りの終わりの大いなる日(37)とは七日間の「仮庵の祭り(2)を締めくくる八日目を指すと思われます。この祭りは一年の収穫を感謝するときでした。七日間、祭司たちはイザヤ12章の「あなたがたは喜びながら、救いの泉から水を汲む(3)などの聖句を唱えながら、エルサレム城内の南にあるシロアムの池から金のひしゃくで水を汲み、1キロぐらいを運び、神殿の祭壇に水を注ぎました。

イスラエルは、水さえあれば豊かな収穫が期待できる温暖な地ですから、これによって来年の豊かな収穫を祈ったのです。

 

 イザヤ12章3節のヘブル語から生まれた世界的に有名なフォーク・ダンスがあります。歌詞は次の通りです。

 

ウシャブテム(あなたがたは汲む) マイム(水を) ベッサソン(喜びながら) ミマア-ネイ(泉から) ハ・イェシュア(救いの) マイム マイム マイム マイム ()  ホ マイム(その水) ベッサソン(喜びながら) ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ マイム マイム マイム マイム () マイム マイム ベッサソン (喜びながら) 

 

祭りの終わりの日は、世界の歴史のゴール、完成の日を連想させます。神は預言者たちを通し(エゼキエル47章、ヨエル3:18、ゼカリヤ14:8)、その日、エルサレム神殿から水が湧き出ると約束されました。その水は大きな川となって死海に流れ込み、そこに多くの魚が住むようになり、また、川の両岸にはあらゆる果樹が成長し、あらゆる実をつけるというのです(エゼキエル47:1-12)

それはエデンの園の回復の情景です。黙示録は、それを新しいエルサレムとして描いています(黙示22:2)。ですから、豊かさをもたらす「」こそが祭りのテーマでもありました。

 

そのような祭りのクライマックスで、イエスは立って大声で、「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい(37)と言いました。

先のイザヤ125,6節には、「歌え!主(ヤハウェ)を。主がなさったすばらしいことが全世界で知られるように。大声をあげて、喜び歌え。シオンに住む者よ。イスラエルの聖なる方は、あなたの中におられる、大いなる方」と記されています。イエスが大声をあげられたのは、この箇所を思い起こして、ご自身のみわざを知らせるためだと思われます。

イエスはご自身を「イスラエルの聖なる方、大いなる方」と示しながら、あなたがたは喜びながら水を汲む。救いの泉から」と言われましたが、この「救い」とはヘブル語のイェシュアで、イエスのヘブル語の名ヨシュアに通じます。つまり、イエスご自身の泉から、喜びながら水を汲むという意味を込めて、「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい」と言われたのかもしれません。

 

 イエスはかつて、たったひとりのサマリヤの女に、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます(4:14)と明かされましたが、ここでは多くの人々が集まっている神殿の庭で同じ意味のことを言われました。それは、イエスが水の湧き出る場所に導くとか、岩から水を湧き出させるというのではなく、自らが、永遠のいのちをもたらす水を与えるという意味でした。

そしてイエスはここで、「わたしのもとに来て飲みなさい」と言われた直後に、わたしを信じる者は」と言い換えておられます。つまり、イエスから飲むとは、イエスへの信頼を促すことばなのです。

 

4世紀のクリュソストムスは、「イエスはだれも必然性や強制によっては引き寄せられない。そうではなくて、もしだれかが大いなる熱心さを持つなら、また、燃えるような願いを持つなら、そのような者をイエスは呼び寄せる」と言いましたが、イエスは、何よりも、私たちの心の渇きにやさしく語りかけられます

ただ、それは、自分の心の奥底にある何らかの渇きを認めようとしない人には、イエスの招きは通じないということです。もし、あなたがもっと、愛のある人になりたいと願うなら、何よりも自分の中にある愛への渇きを正直に認める必要があります。

 

3.「生ける水の川が流れ出る」

  その上でイエスは、「わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになると言われましたが、これは前述のエゼキエル預言を指します。不思議なのは、まわりの世界を生かす大きな川が、エルサレム神殿からではなく、「その人の心の奥底から流れ出る」という点にあります。

神はイザヤを通して「わたしは潤いのない地に水を注ぎ、かわいた地に豊かな流れを注ぎ、わたしの霊をあなたのすえに、わたしの祝福をあなたの子孫に注ごう(44:3)と、地を潤す水と、人を生かす霊を並行して語りました。また、あなたは、潤された園のようになり、水のかれないみなもとのようになる(58:11)と、人が泉となると預言しました。

これは、神が多くの預言者を通して約束されたように、終わりの日にご自身の聖霊を人々に注ぐことを意味しました。

イエスは、これらをまとめ、その人の心の奥底から生ける水の川(複数)が流れ出るようになる」と約束されたのです。なお、「これはイエスを信じる者が後になって受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである(39)と解説されますが、私たちはすでに聖霊降臨後の時代に生きています。

「私は御霊を受けているのだろうか?」と迷う人がいますが、「聖霊によるのでなければ、だれも、『イエスは主です』と言うことはできません(Ⅰコリント12:3)と記されているのです。私たちは自分を「御霊を受けた人」と呼ぶべきでしょう(ローマ8:15、ガラテヤ3:2)

 

生ける水の川が流れ出る」とは、まるで、エルサレム神殿から湧き出た水が大河となって不毛の地に豊かな果樹を育てるように、私たちがまわりのすべての人々を生かす者になることを意味します。

これは、「愛に満ちた人になりなさい」という命令ではなく、「イエスがあなたを愛に満ちた人に造り変える」という約束です。イエスへの信仰は、倫理や道徳である以前に、その約束を信じることです。

「自分は人を生かすことも、人の役に立つ事もできない」と思うのは、謙遜ではなく、自己卑下であり、サタンが吹きこむ考え方です。真の信仰とは、神がこのままの私たちを用いて、周りの世界を、エデンの園のように変えて下さると信じることなのです。イエスはどんな人をもご自身の目的のために用いることができます。その第一歩は、渇いた口を主に向かって開くことです。

 

なお、「心の奥底から」とは、厳密には「腹から」と記されています。私たちの行動を変えるほどの神の愛は、頭よりは腹で感じられるものです。

たとえば、「イエスは私の罪を赦すために十字架にかかられた」ということばを腹の底で感じたら、「この罪人のままの私が神様から抱きとめられている」という安心で満たされ、あらゆる自己弁明や自己正当化から自由になれるはずです。

ところが、私たちは、心のどこかでいつも、神は私がどのような成果を出したかに興味を持っておられるに違いないという、根拠のない呪縛にはまっています。

 

   私たちのうちには確かに、御霊ご自身がすでに住んでおられるのですが、自分の意思の働きによって「御霊を消す(Ⅰテサロニケ5:19)ことができます。それは御霊が、私たちの心の奥底で、ご自身のみこころを語るのを待たないことによってです。

私たちはしばしば、一呼吸置いて祈ってから始める前に、自分の意思で動き出してしまいます。また、人によっては、自分の意思さえ働かせずに、条件反射的な反応をします。たとえば、人の些細なことばを非難と受けとめ、攻撃は最大の防御とばかりに、攻撃的なことばを投げかける人もいます。

しかし、イエスはただ、「わたしのもとに来て飲みなさい」と命じられました。あとは、イエスご自身がしてくださることです。自分の力で神の敵と戦うのではなく、自分の不安を、また弱さを正直に認め、イエスにすがればよいのです。

 

4.「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません」

  ところでイエスのあまりにも大胆な発言は、両極端の反応をしました。まず好意的な反応のことが、「このことばを聞いて、群衆のうちのある者は、『あの方は、確かにあの預言者なのだ』と言い、またある者は、『この方はキリストだ』と言った」と記されています(4041)。「あの預言者」「キリスト」とは、どのような意味でしょう。

 

当時の人々はエゼキエル37章の預言を待ち望んでいました。主は預言者エゼキエルを、非常に多くの干からびた骨がある谷間の真ん中に立たせ、「これらの骨に預言して言え。干からびた骨よ。主(ヤハウェ)のことばを聞け」と命じます(1-4)

そして、エゼキエルが命じられたとおりに預言すると、「息が彼らの中に入った。そして、彼らは生き返り、自分の足で立ちあがった」というのですが、その意味を主は、「これらの骨はイスラエルの全家である。ああ、彼らは、『私たちの骨は干からび望みは消えうせ、私たちは断ち切られる』と言っている・・・見よ。わたしはあなたがたの墓を開き…イスラエルの地へ連れて行く・・・わたしの霊をあなたがたのうちに入れると、あなたがたは生き返る。わたしは、あなたがたをあなたがたの地に住みつかせる」(11-14)

また「わたしは、イスラエル人を、その行っていた諸国の民の間から連れ出し・・・イスラエルの山々で、一つの国にするとき、ひとりの王が全体の王となる(2122)と説明されました。

つまり、預言によって神の霊が授けられ、イスラエルの民が生き返り、約束の地に戻り、新しいダビデのもとで国が復興するというのです。そして、そこにいた一部の人は、イエスこそが息に預言する者、国を復興させるキリスト、油注がれた王であると信じました。

 

  一方、ある者は、「まさか、キリストはガリラヤからは出ないだろう。キリストはダビデの子孫から、またダビデがいたベツレヘムの村から出る、と聖書が言っているではないか」(4142節)と言います。それは彼らが人間的な意味でイエスの出生を知っていると思い込んでいたために起こった悲劇です。

そして、「そこで、群衆の間にイエスのことで分裂が起こった」(43節)と記されます。イエスへの評価はいつも両極端に分かれます。

 

   そして引き続き、「その中にはイエスを捕らえたいと思った者もいたが、イエスに手をかけた者はなかった。それから役人たちは祭司長、パリサイ人たちのもとに帰って来た」と描かれます。彼らは役人たちに、「なぜあの人を連れて来なかったのか」と詰め寄りますが、役人たちは、「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません」と答えました(44-46節)。

イエスを「群衆を惑わしている」偽預言者と思いながらも(7:12)、イエスの権威ある話し方に圧倒されて、役人もイエスを捕らえることができなかったというのです。イエスはこのとき、神殿の外庭の真ん中に立って、ご自分をエゼキエルが預言した救い主として紹介しておられます。

当時の神殿には、本来の神殿の心臓部であるはずの契約の箱すらなく、神の栄光がその宮を包むということもありませんでしたが、エゼキエルは新しい神殿に主の栄光が戻って来ることを、「(ヤハウェ)の栄光が東向きの門を通って宮に入って来た・・・なんと、主(ヤハウェ)の栄光は宮に満ちていた(43:4,5)と預言していました。神の御子が神殿に立つということはそのように途方もない預言の成就なのです。

役人たちはそれを信じたわけではありませんが、イエスがご自分のうちに隠しておられた主(ヤハウェ)の栄光を垣間見て、何の手出しもできなくなったのでしょう。

 

   それに対して、「すると、パリサイ人が答え」て、「おまえたちも惑わされているのか。議員とかパリサイ人のうちで、だれかイエスを信じた者があったか。だが、律法を知らないこの群衆は、のろわれている」と群衆を軽蔑するようなことを言います(47-49)

パリサイ人たちは自分たちこそが聖書に精通していると誇っていましたが、実は自分自身の偏見に囚われて、真に見るべきものを見ることができていませんでした。

 

   そのような中で、「彼らのうちのひとりで、イエスのもとに来たことのあるニコデモが」、彼らの偏見を指摘するように、「私たちの律法では、まずその人から直接聞き、その人が何をしているのか知ったうえでなければ、判決を下さないのではないか」と、勇気をもって問いかけます。

彼らはイエスを、安息日律法を公然と破る偽預言者として捕らえようとしていましたが、彼ら自身がその手続きにおいて、皮肉にも律法違反をしているというのです。人はいつも、自分の問題は棚に上げて、人が自分の枠にはまっていないことを指摘してしまいがちです。

 

ところが、それに対してパリサイ人たちは、「あなたもガリラヤの出身なのか。調べてみなさい。ガリラヤから預言者は起こらない」と答えたというのです(50-52)。彼らはイエスご自身の話しを直接に聞こうともしませんでした。

私たちは自分の枠にはまらない人の話を聞こうとはしないものです。しかも、その際、その人の話を聞く必要のない理由を自分で探しだし正当化します。その際に利用されるのが、「どうせ、彼の主張は、・・・主義のものでしょう・・・彼は・・・という教派に属ししているのでしょう」というレッテル張りです。

そして、そのようにすることによって、私の貴重な時間を余計なものに惑わされる必要がないと自分を正当化します。

 

それにしても不思議なのは、この福音書においては、マタイやルカのようにダビデの町ベツレヘムでの誕生を述べる代わりに、「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた(1:14)と語りました。そして、イエスご自身も、「わたしを遣わした方という表現を繰り返しました。

しかもイエスは、「子は、父がしておられることを見て行なう以外には、自分からは何も行うことができません。父がなさることは何でも、子も同様に行うのです(5:19)と、働きのすべてが父なる神に依存していること証しました。

そして、私たちもイエスに頼るように招かれています。イエスは、「だれでも渇いているならと言われましたが、私たちの問題は、能力の不足でも信念の弱さでもなく、イエスとの愛の交わりへの渇きを感じないことにあるのではないでしょうか。

 

 人は、イエスとの交わりなしに多くの働きをすることができます。人を慰め、助けることばかりか、神のみことばを語ることだって可能です。礼拝を休み続け、かえって解放感を味わったという人さえいます。しかし、そこにはイエスにある平安はありません。

私たちは、イエスがすべてをご自身を遣わされた方との交わりのうちで行なっていたと同じように、すべての働きを、私たちを遣わされたイエスとの交わりのうちで行なう必要があります。そのためのもっとも大切なステップは、『だれでも渇いているなら』という招きを味わい、自分の心の奥底にある「渇き」に気づき、イエスに向かって口を大きく開くことです。

私たちは静まりの祈りの中で、生ける水の川が心の奥底から流れ出るのを体験し、そして、流れ出た川が人に向かうことで、まわりの人を生かすことができるのです。

 

   私たちはしばしば、世界の出来事をあまりにも自分の狭い価値観から推し量ってしまいます。自分の期待通りに、いろんなことが動くことを期待し、そのようにならない現実に腹を立てます。

しかし、自分の期待通りに世界が動くことを期待するとは、世の友となろうとして、神に敵対することです。神はあなたを敢えて、不条理な現実のただ中に置かれながら、あなたのうちにご自身の栄光を現わそうとしておられます。

使徒ヤコブは、「神は、私たちのうちに住まわせた御霊を、ねたむほど慕っておられる」(4:5)と、新約の時代に成就した救いを表現しています。

神はあなたのうちに住まわせた御霊によって、今、この世界を造り変えようとしておられるのです。私たちはもっと、イザヤやエゼキエルが預言していた途方もない救い主のイメージをイエスに見る必要があります。

イエスの復活は、「干からびた骨」が生き返ったというしるしでした。そして、それが今、あなたにも起きています。

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2015年3月 8日 (日)

ヨハネ7:1-31 「神の時を知る幸い」

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   人の過失や気まぐれで「私の時」が左右されるのは辛いことです。しかし、後で「あれは主の時だった」と思えるなら幸いです。

「御手の中で」という賛美は伝道者の書311節の、“In His time, He makes all things beautiful”(神が、すべてをご自身の時に美しくしてくださる)から生まれました。たとい今が絶望的な時に思えたとしても、神はご自身の時に、それを感謝へと変えてくださいます。「時」の支配者を知る中に平安があります。

 

1. 「わたしの時がまだ満ちていないからです」

   6章でイエスは、五千人のパンの給食の奇跡を行なった後、「わたしはいのちのパンです」と言われたばかりか、「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています」などと、当時の人に嫌悪感を抱かせるようなことを言われたため、「弟子たちのうちの多くの者が離れ去って行き・・・」という残念な事態に至りました(6:48,54,66)

そして7章初めでは、「その後、イエスはガリラヤを巡っておられた。それは、ユダヤ人たちがイエスを殺そうとしていたので、ユダヤを巡りたいとは思われなかったからである」と描かれます。イエスはご自分が天の父なる神から遣わされた「ひとり子」であることを大胆に証ししておられましたが、それは当時の宗教指導者にとっては、死刑に値する神への冒涜と捉えられていました。

イエスはエルサレムに行って、彼らの敵意の中で福音を語るよりも、貧しいガリラヤ地方迫害され傷ついた人々に優しく語ることを願っておられました。

 

  そこで、「さて、仮庵の祭りというユダヤ人の祝いが近づいていた(7:2)と記されますが、この時期にガリラヤの敬虔なユダヤ人はエルサレム神殿での礼拝のために三日間余りの道のりを旅するのが当然の義務と見られていました。

仮庵の祭り」は、四十年間の荒野の生活を思い起こすために仮庵生活を一週間続けることから名づけられましたが、これは現在の収穫感謝祭に相当します。ネヘミヤ記8章には、バビロン捕囚から帰還したユダヤ人たちが、90年余りたってようやくエルサレムの城壁を再建できて、その上で、約束の地に最初に入ったヨシュア以来初めて、実際に野生のオリーブの木などの枝を取ってきて仮庵を作って、盛大な祝宴を開いた様子が描かれています。

それ以来、この祭りは、救い主がイスラエルに繁栄を回復してくださることを待ち望む機会ともなりました。それは、人間的には、イエスがご自分のことを救い主として紹介する絶好の機会とも言えます。

 

ですから、イエスの弟たちがユダヤに一緒に上ることを勧めたのはもっともです。ただ、そのことばには棘がありました。彼らはまず神の御子に向かって、「ここを去ってユダヤに行きなさい(3)命じているのです。その上でその理由を、「あなたの弟子たちもあなたがしているわざを見ることができるように」と付け加えました。そこには、自分たちは弟子ではないという思いが込められています。

しかも、続けて、イエスが宗教指導者の迫害を恐れてガリラヤに潜んでいるかのような軽蔑の思いをも含んで、「自分から公の場に出たいと思いながら、隠れた所で事を行う者はありません。あなたがこれらの事を行うのなら、自分を世に現しなさい(4)と言いました。

ですから、この解説として、兄弟たちもイエスを信じていなかったのである(5)と記されています。イエスは、神のひとり子であり、この祭りを定められた方であられるのに、僭越にも、弟たちはその方に向かって、祭りの時の過ごし方について人間的な意見を述べたばかりか、イエスを臆病者扱いしているのです。

 

それに対して、イエスはまず、わたしの時はまだ来ていません(6)と答えました。その時とは、十字架を指します(12:23)。それは、秋の仮庵の祭りではなく、ご自身を過越の小羊としてささげる、春の過越の祭りです。そしてここでは、直接的には、まだ捕らえられるべき時ではないとも理解できます。

一方、あなたがたの時はいつでも来ているのです」とは、彼らが何の障害もなく、自由にエルサレムに上ることができることを指します。そして、「世はあなたがたを憎むことはできません(7)と言われたのは、彼らが、ユダヤ人たちと衝突しない生き方をしているからです。

それに対し主はご自身のことに関して、「世はわたしを憎んでいます」と言われました。それは、イエスが世に同調しないばかりか、世の「行いが悪いこと」を告発していたからです。

続けて主は弟たちに向かって、「あなたがたは祭りに上って行きなさい」(8)と命じつつ、わたしはこの祭りには行きません。わたしの時がまだ満ちていないからですと言われました。そして、「こう言って、イエスはガリラヤにとどまられた」(9)と解説が加えられます。

ただし、イエスはこの直後エルサレムに上って行きますから、このことばに矛盾があるようにも思われます。しかし、「行きません」という動詞は、話者の視点からの現在進行形的なニュアンスがあります。それはイエスが今この時は、祭りに向かう巡礼者として家族と共に出かけようとはしないという意味です。

 

イエスが言われた、「わたしの時」とは「神の時」であり、神からの使命を自覚することから生まれます。私たちは小さい時から、いつでもどこでも、人の期待に答えられるような生き方を訓練され、そうできないことを恥じます。しかし、世と調子を合わせた生き方は、神の目からみたら決して好ましいことではありません。

 

伝道者の書の3章では、「天の下」という神の視点から、「すべてには季節があり、天の下のすべての営みには時がある」と言われ、その上で、七つの大枠によって人生全体を包括する神の時が描かれ、それぞれに二対の対比が見られます。

それは、「生まれるのに時があり、死ぬのに時があり。植えるのに時があり、植えたものを抜くのに時がある」から始まり、「引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙るのに時があり、話すのに時がある」と述べられ、最後に、「愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、平和になるのに時がある」と締めくくられます(3:1-8抜粋私訳)

子育てでも、援助の働きでも、助けを求められても、助けない方が良い時があります。「良い人に見られたい」という誘惑に負ける人は、結局、人を真に生かすことができなくなるのです。

私たちも、わたしの時がまだ満ちていないからですと言うべき時があるかも知れません。もっとゆっくり、神との交わりの中で、「時が満ちる」のを待つ必要、そのような時の理解を持ちたいものです。

 

 なお、この伝道者の書では続けて、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」(3:11)と記されています。これはとっても美しい日本語ですが、愛する人を失ったときや、突然の病に襲われた時には、「そう簡単に言って欲しくない」と反発した気持ちになるかもしれません。

しかし、そこの原文は、そのような気持ちにも寄り添うように、極めて注意深く、私は見た。神が人の子らに労させようと与えた仕事を、神が、すべてをご自身の時に美しくしておられるのを、また、彼らの心に永遠を与えておられるのを。それでも。人は、神のなさるみわざを、初めから終わりまで見極めることはできない(3:10,11私訳)と記されています。

残念ながら、しばしば、神のなさることは、人の目には「神のいじわる」としか思えないことがあります。神のなさることは、「時にかなって美しい」とは感じられないような今のこの時を、天の神の永遠の時の観点から、「私は見た」と言えるようになるのです。

 

   イエスの弟たちはこの時、イエスに棘のある意地悪なことばをかけました。それに対するイエスの言葉も、彼らにはその時は、意地悪なものに聞こえたかもしれません。実際、「わたしは行かない」と言いながら、その直後に、エルサレムに向かっているのですから。

しかし、イエスの弟たちはこのときのイエスのことばを鮮明に記憶し、イエスの復活の後に、このことばの意味を理解したことでしょう。

私たちにもそれぞれ、神の視点から見た「わたしの時」と言われる時があります。それが私たちの霊の目にもわかるように、日々、祈り求める必要があります。

 

2. 「自分を遣わした方の栄光を求める者は真実」

710節からはその後の事が、「しかし、兄弟たちが祭りに上ったとき、イエスご自身も、公にではなく、いわば内密に上って行かれた。ユダヤ人たちは、祭りのとき、『あの方はどこにおられるのか』と言って、イエスを捜していた。そして群衆の間には、イエスについて、いろいろとひそひそ話がされていた。『良い人だ』と言う者もあり、『違う。群衆を惑わしているのだ』と言う者もいた」と記されています。

イエスは、家族とは別に、「ひそかに」エルサレムに上って行かれました。そこにいる人々は、イエスが仮庵の祭りの際に、エルサレムに礼拝に来ないということはあり得ないという確信のもとに、イエスを捜していました。

それと同時に、イエスに関しての評価が、両極端に分かれてなされていました。「良い人」の「良い」とは最も一般的な意味での「善」を現わすことばで、イエスの働きもことばも、信頼できるという評価です。ただし、イエスはご自分のことを、公然と、天の神から遣わされた救い主であると紹介しておられるのですから、イエスの評価が極端に分かれるのは当然です。イエスの言われることは、本当に善なのか、それとも、群衆を惑わす妄言であるかのどちらかとしか評価のしようがありません。

しかも、当時の感覚では、イエスが救い主であるなら、目の前には、ローマからの独立を目指す大きな戦いが迫っているように思われました。解放者に従うのには、命がけの覚悟が求められます。イエスに関しての評価が分かれるのは当然です。そして、イエスの話しを聞く現代の人々も、どちらかの判断が迫られています。

 

ところが当時のエルサレムでは、「しかし、ユダヤ人たちを恐れたため、イエスについて公然と語る者はひとりもいなかった(13)という状況に陥っていました。当時の宗教指導者たちはイエスを、神を冒涜する者、民衆を惑わす者として確信し、イエスを殺すことを神のみこころと信じていました

ですから、イエスを支持すると思われることばを発することには身の危険がありました。それほどに、イエスは人々の注目を集めていたのです。

 

そのような中で、「しかし、祭りもすでに中ごろになったとき、イエスは宮に上って教え始められた(14)と記されます。イエスはこの一週間続く祭りの中頃になって、宮の中で公然とご自分を現わし、教え始められたのです。

そしてそれに対する反応が、「この人は正規に学んだことがないのに、この人はどうして学問があるのか(15節と描かれています。これは、「どうしてみことばを知っているのか」と訳すこともできます。当時の教師は、パウロがガマリエルのもとで聖書を学んだように、有名な学者のもとに弟子入りしました。ところがイエスは、「わたしの教えは、わたしのものではなく、わたしを遣わした方のものです(16)と、ご自分の教師は父なる神ご自身であると答えました。

ただ、異端者も皆、同じように言いますから、その見分け方を続けて話されます。

 

見分け方の第一は、「だれでも神のみこころを行おうと願うなら、その人には、この教えが神から出たものか、わたしが自分から語っているのかがわかります(17)というものです。

それは、主の祈りで、「みこころが行なわれますように。天のように地の上にも」と祈られるように、神のご意志を自分の意志として委ねる生き方です。

私たちは無意識のうちに自分の願いを神のご意志に優先するために、イエスのことばが理解できなくなります。当時の宗教指導者たちは、自分たちが民衆から尊敬されること、また自分たちの立場が守られることを、無意識にせよ第一に求めていたので、イエスの存在を脅威に感じ、イエスを憎むようになったというのです。

 

そして見分け方の第二は、「自分から語る者は自分の栄光を求めます。しかし、自分を遣わした方の栄光を求める者は真実であり、その人には不正がありません(18)というものです。「自分から語る」という表現に、先の、伝道者の書の、「黙るのに時があり、話すのに時があ」ということばが思い起こされます。

しばしば、求められてもいないのに、教えたがるという人がいます。その人は、心の底で、感謝されることばかりを求めています。それは自分の栄光を求めているに過ぎません。私たちはいつでもどこでも、「神の時」、また「神のご意志」を見分ける知恵が必要です。

先のことばとセットに、引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある」とありましたが、イエスのことばには、ときに、その人の心の底にある偽善を顕にするような、「引き裂く」力がありました。イエスは人の好意を得るためではなく、ご自分を遣わされた方の栄光のみを求めておられました。

そして何よりも、イエスの教えの真実は、辱めに耐えながら、徹底的に神と人とに仕える生き方に表されていました

 

ところで、イエスはユダヤ人に向かって、「モーセが・・律法を与えた・・それなのに、あなたがたはだれも、律法を守っていません(19)と断罪しました。彼らがモーセの律法を口では尊重しているようで、律法の根本を忘れていました。

イエスは、このことばとセットに「あなたがたは、なぜわたしを殺そうとするのですか」と言われましたが、神から遣わされた方を殺そうとすることが何よりも、律法違反になるということをイエスは指摘しておられるのです。私たちは時に、とんでもない過ちを犯すことがあるかもしれません。しかし、何よりも恐ろしい罪は、心の中でイエスを殺すことです。

どんな悪人でも、イエスを自分の人生の主と告白し、自分の中でイエスに生きていただくなら変わることができます。私たちはあまりにも目に見える行動の善悪ばかりを見てイエスに対する心の姿勢を忘れてはいないでしょうか。実は、それこそが、信仰生活における最大の本末転倒なのです。

 

群衆はイエスのことばの意味が分からず、「あなたは悪霊につかれています。だれがあなたを殺そうとしているのですか」(20)と質問しましたが、イエスはそれに正面から答える代わりに、「わたしは一つのわざをしました。それであなたがたはみな驚いています(21)と話題を転換して、彼らに考えませます。

それはイエスが当時の宗教指導者の憎しみを買ったきっかけの出来事、38年間もの間、ベテスダの池のほとりで伏せっていた人を、安息日に癒したみわざのことです。

38年間も伏せっていた人をなぜ、わざわざ安息日に癒して、人々の反発を招く必要があったのかと思いますが、しかし、安息日の誤解を正すことこそ、イエスの狙いだったのです。

 

 そしてイエスは割礼のことを例に、「モーセはこのためにあなたがたに割礼を与えました。─ただし、それはモーセから始まったのではなく、父祖たちからです─それで、あなたがたは安息日にも人に割礼を施しています。もし、人がモーセの律法が破られないようにと、安息日にも割礼を受けるのなら、わたしが安息日に人の全身をすこやかにしたからといって、何でわたしに腹を立てるのですか。うわべによって人をさばかないで、正しいさばきをしなさい(22-24)と言われました。

イエスはここで、彼らの本末転倒の発想を指摘されました。「割礼」は、神が、彼らの信仰の父アブラハムに命じたもので、神の民とされたしるしとして、「生まれて八日目に」、男子の包皮の肉を切り捨てることです(創世記17:12)。それは、モーセの律法に先立つ命令ですから、安息日の教えに優先されます。ですから、彼らは、生まれて八日目が安息日に当たっても、割礼は施されるという例外を認めました

つまり、イエスは、モーセの律法以前の神のご計画の原点に彼らの思いを向けさせたのです。律法は、神が彼らを価なしに選ばれたことを覚え(割礼)、その神の愛への応答を教えるための命令でした。

アブラハムへの命令が、モーセに優先するなら、それ以前に、神がアブラハムを何のために選ばれたのかという原点に立ち返る必要があります。それはアブラハムの子孫を通して、ご自身の栄光を現わし、世界の人々を神のみもとに招くためでした。

ところが彼らは、世界の人々をご自身のもとに招くという神のみこころの根本を忘れて、自分たちの民族の特権を主張し、自分たちの枠にはまらない人々を排除しました。

しかも、イエスのみわざは、包皮の肉を切り取るわざにはるかにまさる「全身をすこやかにする」という偉大なものでした。それなのに、彼らは、彼らの基準による「安息日律法違反」という「うわべ」の「さばき」によって神の御子を「さばいた」のです。

 

イエスの目から見た当時のユダヤ人たちは自分の栄光を求め(18)、自分の正しさを主張し、人を軽蔑するために律法を利用し、人を生かすための安息日の教えを、人を殺すための教えに変えてしまいました

あなたの行動が、自分の名誉ではなく、本当に人を生かすものになっているかを、改めて、イエスの視点から問いなおす必要があります。それは、「自分を遣わした方の栄光を求める(18)という真実な生き方にありました。たとえば、人のため労した「私の時」が、誰にも覚えられていない時、あなたはそれをどう感じるでしょう。

 

3. 「だれもイエスに手をかけた者はなかった。イエスの時が、まだ来てなかったから」

   725節からはエルサレムの人々の中に湧き起こった声が、「この人は、彼らが殺そうとしている人ではないか。見なさい。この人は公然と語っているのに、彼らはこの人に何も言わない。議員たちは、この人がキリストであることを、ほんとうに知ったのだろうか。けれども、私たちはこの人がどこから来たのか知っている。しかし、キリストが来られるとき、それが、どこからか知っている者はだれもいないのだ(25-27)と描かれています。

彼らは、エルサレムの権力者たちが沈黙を守っていることをいぶかしく思い、ひょっとして、議員たちさえもイエスが救い主であることを認めたのかもしれないとさえ思ったというのです。

しかし同時に、イエスがガリラヤのど田舎の無学な生まれであることを知っており、それは当時の人々が抱いていた救い主のイメージとあまりにもかけ離れていました。ラビたちは、救い主は、人々の目に隠された形で、突然現れると語り合っていたからです。

 

 そのような疑問に対して、「イエスは、宮で教えておられるとき、大声をあげて」、「あなたがたはわたしを知っており、また、わたしがどこから来たかも知っています。しかし、わたしは自分で来たのではありません。わたしを遣わした方は真実です。あなたがたは、その方を知らないのです。わたしはその方を知っています。なぜなら、わたしはその方から出たのであり、その方がわたしを遣わしたからです(2829)と言われました。

イエスは最初ご自分を隠しておられました。ところが今や「宮で・・大声をあげ(28)、ご自身が、天の神から遣わされた救い主であることを証しされ、彼らが天の神のことを知ってはいないと非難しました。これは彼らを怒り狂わせる発言です。

ユダヤ人たちは、自分たちこそが真の神を知っている民だと誇っていましたが、「知る」とは単なる知識ではなく、いのちの交わりです。イエスは神の真実を知っておられ、それを証しされました

たとえば、イエスは弟子の足を洗いましたが、それこそが神のあり方でした。彼らは、自分のイメージで作り上げた神を拝み、人を裁いていました。しかし、神はイエスを人に仕えるしもべの姿で遣わし、ご自身の真実を現されたのです。

 

ところで、イエスは「わたしを遣わした方は真実です(28)ということを、不思議な形で証しされました。彼は公然と語り出し、捕らえられても当然だったのに、「だれもイエスに手をかけた者はなかった」のです。

それは「イエスの時が、まだ来ていなかった(30)からでした。そのような中で、「群衆のうちの多くの者がイエスを信じて」、「キリストが来られても、この方がしているよりも多くのしるしを行われるだろうか」と言うようになりました(31)

迫害の中で、「イエスの時」が御手の中で守られていることを通して、ご自身を遣わされた方の真実を証しされたのです。先には多くの人々がイエスのことばにつまずいて離れましたが、その逆転が起きたのです。

 

 同じように、私たちも、イエスに遣わされた者としてこの世で生きます。様々な困難に出会いますが、その中で、「私を遣わした方は真実です(28)と告白することができます。私たちが苦しみにあったとしても、それが無駄に、無意味に起こることはありません。

神の御許しなしには、だれも私たちを傷つけることはできません。すべては神の時に、神の御手の中で起こるのです。私たちが神の時を知るなら、「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が私に対して何ができましょう(ヘブル13:6)と告白し、真の自由を味わうことができるのです。

 

  私たちは、しばしば、待つことができずに動き出し、問題を大きくします。そんな時、しかし、主よ。私は、あなたに信頼しています。私は告白します。『あなたこそ私の神です。』私の時は、御手の中にあります(詩篇31:1415)と繰り返し告白してみてはいかがでしょう?

あなたのすべての時は、神の御手の中にあります。神の御許しなしには、一羽の雀さえ地に落ちることはないからです。

自分の都合から神のみわざを見る時には不安と不満が生まれます。しかし、「天の下」という神の視点から見る時に、すべてが美しいと言える時が来るのです。

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2015年3月 1日 (日)

出エジプト記8章1節~12章42節 「心が強くされることの悲劇」

 201531

しばしば、人は、信仰の成長を、「心が動じなくなること」と誤解してはいないでしょうか。今日の箇所では、パロの心が動じないことによって、エジプト人がどれだけ苦しんだかが描かれます。そして、現代の世界では、心が動じないテロリストと政治家との狭間で、どれだけ多くの悲惨な犠牲者が出ていることでしょう。

感じやすさは、しばしば、心の痛みをもたらしますが、しかし、そこにこそいのちの喜びが生まれます。心の鈍感な人が、どうして人の痛みに共感できることでしょう。

今回の箇所では、エジプトを襲った十のわざわいのことが描かれています。それをもたらしたのはイスラエルの神、主(ヤハウェ)ですが、人の目には、モーセがわざわいの原因に見えても不思議はありません。ところが、そのモーセが「エジプトの国でパロの家臣と民とに非常に尊敬されていた」と記されているのです。それは、わざわいが次々と激しくなり、民が苦しむのは、エジプトの王パロの「かたくなさ」が招いた悲劇と見られるからです。

 

1.「パロの心はかたくなになり・・パロは強情になり」

   主(ヤハウェ)は、第一のわざわいとして、ナイルの水を血に変えましたが、パロの「心はかたくなになり(心を強くし)・・これを心に留めなかった(7:22,23)ため、次々とエジプトにわざわいが下されます。

パロはその度に心変わりを見せますが、主のことばは一貫しており、「わたしの民を行かせ、彼らにわたしに仕えさせるようにせよ(8:1)でした。これはイスラエルの民にとっての主人は、パロではなく、主(ヤハウェ)であることを認めさせることにあります。

 

  第二のわざわいは、「かえる」でした。主はパロに向かって、「もしあなたが行かせることを拒むなら、見よ、わたしは(強調)あなたの全領土を、かえるをもって、打つ」と警告した上で(8:2)、かえるをエジプトの地にはいあがらせました。不思議にも、「呪法師たちも彼らの秘術を使って、同じようにかえるをエジプトの地の上に、はい上がらせ(8:7)ます。悪霊はわざわいを起こすことに関してはある程度の奇跡を起こすことができるからです。

ただ今回は、パロは、自分の寝台にかえるが上るのに慌てたのでしょうか、「かえるを私と私の民のところから除くように、主(ヤハウェ)に懇願せよ。そうすれば、私はこの民を行かせる。彼らは主(ヤハウェ)にいけにえをささげることができる」(3:8)と譲歩します。

モーセは、パロに「いつ祈ったらよいのか」と確かめたうえで、パロの願いをかなえることで「主(ヤハウェ)のような方はほかにはいないことを、あなたが知るため(8:10)」と言います。モーセはあくまでもパロの心が変えられることを願って、その機会を与えようとしています

しかし、それが叶えられると、「パロは息つく暇のできたのを見て、強情になり(8:15)、約束を反故にしました。ただそこに、「主(ヤハウェ)の言われたとおりである(8:15)と記されます。

 

 第三のわざわいは、エジプト全土に「ぶよ」が満ちたことでした。呪法師たちは同じわざわいを起こそうとしてもできなかったので、「これは神の指です(8:19)と言いました。しかし、自身に害が及ばなかったためなのか、「パロの心はかたくなに(強く)なり、彼らの言うことを聞き入れなかった」と記されます。そしてここでも、「(ヤハウェ)の言われたとおりである」と敢えて付け加えられています。

主はモーセに、「わたしはパロの心をかたくなにし、わたしのしるしと不思議をエジプトの地で多く行なおう(7:3)と言っておられましたが、この際の「かたくなにする」とは、「反抗させる」というニュアンスがあり、主はパロの心を操るというより、反抗心を刺激することによって、さらなる「しるしと不思議」としてのわざわいを起こすというのです。つまり、わざわいが激しくなるのは、パロの心のかたくなさにあるのです。

 

  第四のわざわいの前に、主は「もしも・・行かせないなら・・わたしは、あぶの群れを・・あなたの家の中に放つ」と警告し、それが自然災害でないことを、「わたしの民がとどまっているゴシェンの地を特別に扱い・・主であるわたしが、その地の真中にいることをあなたがたが知る」と言われます(8:22)

そして、「おびただしいあぶの群れが、パロの家とその家臣との家に入ってきた(8:24)のを見たパロは、モーセと妥協点を捜そうとしつつ、結局は「荒野でおまえたちの神、主(ヤハウェ)にいけにえをささげるがよい。ただ決して遠くに行ってはならない」と言いながらも、同時に、「私のために祈ってくれ(8:28)と懇願します。

モーセは、「私は主(ヤハウェ)に祈ります」と言いつつも、「ただ、パロは、重ねて欺かないようにしてください」と(8:29)とパロに迫ります。しかし、モーセの祈りで、「あぶ」がいなくなったとき、「パロはこのときも強情に(重く)なり(8:32)と記されます。パロはモーセのことばにも関わらず、再び欺いたのです。

 

  第五のわざわいの前にも、主は同じ命令と警告を与え、その帰結として、「非常に激しい疫病」によって、「馬、ろば、らくだ、牛、羊」などエジプトの家畜がことごとく死ぬことになりました(9:1-7)

この際も、「主(ヤハウェ)は、イスラエルの家畜とエジプトの家畜とを区別する。それでイスラエルの家畜は一頭も死なない(9:4)という不思議が起こったのですが、「それでも、パロの心は強情で(重く)、民を行かせなかった」(9:7)というのです。エジプト人は農耕民族ではありましたが、これでは農作業にも支障が生まれます。しかしパロに直接的被害はなかったのでしょう。

 

多くの人は、「何事にも動じない心」に憧れますが、パロの心はまさにそうでした。「かたくなになる」とは本来「強くなる」という意味、「強情になる」とは「重くなる」という意味だからです。彼は自分の家に「かえる」や「あぶ」が満ちたときは、さしあたり低姿勢に懇願しますが、わざわいが過ぎ去ると再び強情になりました。

一方、水が血に変わったり、ぶよが満ちたり、疫病で家畜が死んでも、自分が苦しまずに済んだので、最初から心は動じませんでした。

 

私たちの心は、しばしば回りの出来事に敏感に反応し過ぎて、苦しくなりますが、それは大切な感性です。オウム真理教の元幹部は以前のホームページで瞑想の効果を、「瞑想によって、体内に眠っている霊的なエネルギーが覚醒し、この世の何物でも味わえないような幸福感、歓喜を体験し、さらに進むと自分への囚われから全く自由になり、様々な欲望がなくなって、完全な静寂の境地、不動の心が得られる。そうなると、逮捕され、人に裏切られ誹謗中傷されても、苦しまなくなる」と記していました。でも動じない心を得た結果、サリンをまくことができたのです。

これは麻薬の作用と似てはいないでしょうか。これと対照的に、キルケゴールは「絶望は死に至る病である」と言いつつ、同時に、「絶望できるとは、無限の長所である」と言っています。もし、世界の矛盾に目を開き、人の痛みの声に耳を傾け、自分の心の闇を直視するなら、絶望せずにはいられないとも言えます。それでも平安なのは、心が麻痺した結果かもしれません。

愛は人の痛みへの共感から生まれます。しかし、オウム真理教の悲劇や少年のいじめなどに見られるように、心が麻痺した人々によって、恐ろしいほどの反社会的な行動が正当化されてしまうのです。

 

2. 主はパロの心をかたくなにされた

  第六のわざわいは、警告なしにパロの前で行なわれました。モーセが「かまどのすす」をまき散らすと、それが呪法師たちにつき、「うみの出る腫物(9:10,11)となったのです。

そしてこの帰結は、「しかし、(ヤハウェ)はパロの心をかたくなにされ(強くし)、彼は・・聞き入れなかった。主(ヤハウェ)がモーセに言われた通りである(9:12)と描かれます。これは4:21で予告されていた表現です。パロが被害者のように聞こえますが、家来の痛みを見ても心が動じないのは、彼自身が誇りにしたことかもしれません。そうでなくては、家来を戦争に駆り立て、敵に勝利もできませんから。

 

第七のわざわいの前に、主(ヤハウェ)はみわざの目的を、「わたしのような者は地のどこにもいないことを、あなたに知らせるため(9:14)と言います。そして、ご自身にはパロを疫病で消し去る力があると示しつつ、「それにもかかわらず、わたしは、わたしの力をあなたに示すためにあなたを立てておく。また、わたしの名を全地に告げ知らせるためである」(9:16)と付け加えます。

パウロはこのみことばを引用した上で(ローマ9:17)「神は、人をみこころのままにあわれみ、またみこころのままにかたくなにされる・・」(ローマ9:18)と、神の一方的な選びについての深遠な教理を説き明かします。そして、その上で、「すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように(ローマ11:36)と結論づけ、主を賛美しました。

神が横暴な支配者を、すぐに滅ぼさずに、敢えて立てておかれるのは、この世の最高の権力者の力との対比でご自身の力を見させ、人々の心をこの地の支配者への恐れから解放するためなのです。

それでここでも、主はパロに向かって「あなたはまだわたしの民の対して高ぶっており(9:17)と、主のみわざの目的が、パロの「高ぶり」をくじくことにあると付け加えられます。

 

   そして、主は「あすの今ごろ、エジプトにおいて建国の日以来、今までになかったきわめて激しい雹をわたしは降らせる(9:18)と警告しながら、エジプト人に、奴隷や家畜を避難させる猶予を与えました。そして、「パロの家臣のうちで主(ヤハウェ)のことばを恐れた者は(9:20)、わざわいを避けることができました。

なおその際、「雹はエジプト全土にわたって、人をはじめ獣に至るまで、野にいるすべてのものを打ち・・野の木もことごとく打ち砕いた。ただ、イスラエル人が住むゴシェンの地には雹は降らなかった」と描かれます(9:25,26)

これを見て、パロは、何と「今度は、私は罪を犯した。主(ヤハウェ)は正しいお方だ。私と私の民は悪者だ。主に祈ってくれ・・・おまえたちを行かせよう・・もう、とどまってはならない(9:27,28)とへりくだります。

モーセは、すぐに主に向かって祈ることを約束しますが、同時に、「あなたとあなたの家臣が、まだ、神である主(ヤハウェ)を恐れていないことを知っています(9:30)と付け加えます。なぜなら、小麦の収穫はまだ期待できることが分かっていたからです。彼らはとことん苦しまなければ主を恐れません。

 

そして事実、その後のことが、「パロは雨と雹と雷がやんだのを見たとき、またも罪を犯し・・強情になった。パロの心はかたくなになり・・イスラエル人を行かせなかった。主(ヤハウェ)が・・言われたとおり」」(9:34)と記されています。

 

   第八のわざわいの前に、主は、「わたしは(パロ)を強情にした。それは・・わたしが彼らの中で行なったしるしを、あなたがたが息子や孫に語って聞かせるためであり、わたしが主(ヤハウェ)であることを、あなたがたが知るためである」(10:1,2)と言います。

そして、パロに、「いつまでわたしの前に身を低くするのを拒むのか・・」(10:3)と迫りながら、「いなごが地の面をおおい・・・雹の害を免れて…残されているものを食い尽くす(10:5)と警告します。

 

このときは、家臣たちまでが「この男たちを行かせ、彼らの神、主(ヤハウェ)に仕えさせてください。エジプトが滅びるのが、まだおわかりにならないのですか(10:7)と譲歩を迫ります。パロはそれに応じ、「壮年の男だけ行って、主(ヤハウェ)に仕えよ」(10:11)と言ってモーセとアロンを追い帰します。その結果、「いなご」の被害が全地をおおい、「エジプト全土にわたって、緑色は木にも野の草にも少しも残らなかった(10:15)という悲惨が起こりました。

実際の被害を見たパロは急いでモーセたちを呼び寄せ「私は、おまえたちの神、主(ヤハウェ)・・に対して罪を犯した。どうか今、もう一度だけ、私の罪を赦してくれ(10:16,17)と願います。そしてモーセが主に願うと、エジプト全域から「いなご」が消えました。

ただ、それに続いて、「主(ヤハウェ)がパロの心をかたくなにされたので、彼はイスラエル人を行かさなかった」(10:20)と、10章初めの「強情にした」という表現と似た表現で、これが主のみわざであると描かれます。

 

   第九のわざわいでは、パロへの警告もなしに、モーセが天に向けて手を差し伸ばすと、「エジプト全土は三日間真っ暗闇と」なります(10:22)。「しかしイスラエル人の住む所には光があった(10:23)のでした。パロはモーセを呼び寄せ、羊と牛をとどめるなら、幼子たちを連れて行っても良いと言います(10:24)

モーセはいけにえの必要を訴えながら、「私たちは家畜も一緒に連れて行きます。ひずめひとつも残すことはできません(10:26)と、一切の妥協を退けます。

それに対して、ここでも20節と同じく、「主(ヤハウェ)はパロの心をかたくなにされ・・」(10:27)と描かれます。

 

「主が・・かたくなにする」とは、パロは自分の意思で神に逆らっているのですから、不思議な表現ですが、これによって、主こそが、この地で最も強い人の心をも支配しておられる現実が証しされます。しかも、現実には、この世で自分の力を誇っている者は、力を見せられるほどにかえって対抗心を起こします。ですから、主がご自身の力を見せること自体が、結果的に、パロの心をかたくなにすることになるのです。主がパロの心をもてあそんでいるというわけではありません。

事実、主はパロに向かって、「わたしの民に向かって高ぶっている(9:17)、「いつまでわたしの前に身を低くするのを拒むのか」と、繰り返し、謙遜になることを勧めておられ、パロも雹といなごの被害に対して二回にわたって「私は罪を犯した(9:27)、「(ヤハウェ)とおまえ前たちに対して罪を犯した。どうか今、もう一度だけ、私の罪を赦してくれ(10:16,17)と謝罪しながら、目の前の被害が消えると、すぐにそれを忘れているからです。

これは同じ過ちを繰り返す人のパターンです。自分の謝罪のことばをすぐに忘れるのは、その人自身の問題です。

 

3. 「過越」・・「わたしのからだ」「わたしの血による新しい契約」と呼ばれる原点

   第十のわざわいが11,12章で描かれます。その初めに「主(ヤハウェ)エジプトが民に好意を持つようにされた。モーセその人も、エジプトの国でパロの家臣と民とに非常に尊敬されていた(11:3)と記されます。これはエジプトがわざわいを通して、イスラエルの民の願いをかなえることを応援するようになっていたという意味でしょう。

また、かえる、あぶ、雹の被害のたびにパロは、「祈ってくれ(8:8.8:289:28)と願いますが、モーセはパロに警告を発しながらも、その願いをすぐに聞き届けて、わざわいが去るように主に祈りました。またいなごの被害の際も、パロの謝罪を即座に受け入れ、いなごが去るように願いました。

つまり、人々の目には、度重なるわざわいの原因がパロの強情さと身勝手さにあることが明らかになる一方で、モーセの祈りによってわざわいが取り去られるという現実を見たのです。その結果、パロの王としての威厳がどんどん失われ、モーセがパロの家臣と民から尊敬されることになったのです。

 

主はモーセを通して、「真夜中ごろ、わたしはエジプトの中に出て行く。エジプトの国の初子は・・パロの初子から・・奴隷の初子・・家畜の初子に至るまで、みな死ぬ(11:4)と言われながら、イスラエルの初子のいのちは守られると約束されます。

モーセはパロに警告を発した後、「モーセは怒りに燃えてパロのところから出て行った(11:8)と描かれます。これはパロのかたくなさのゆえに、エジプトの民に起こる苦しみを見ていたからだと思われます。モーセはパロの嘘に気づきながらすぐに災いを止めていますが、パロは民の災いをほとんど意に介していないからです。

 

12章初めから、「この月をあなたの月の始まりとし…年の最初の月とせよ」とこれが代々守るべき祭りとなると強調しながら、「この月の十日に・・・父祖の家ごとに、羊一頭を用意しなさい・・十四日の・・・夕暮れにそれをほふり、その血を取り、羊を食べる家々の二本の門柱と、かもいにそれをつける。その夜、その肉を食べる・・これは主(ヤハウェ)への過越のいけにえである…わたしがエジプトの地を打つとき、あなたがたに滅びのわざわいは起きない。この日は、あなたがたにとって記念すべき日となる(12:1-14)と命じられます。

そして、15-20節までは「あなた方は七日間種を入れないパンを食べなければならない…七日間は・・パン種があってはならない」と命じられます。

 

1221節からは、このときにモーセから民に命じられた内容が、「あなたがたの家族のために羊を、ためらうことなく、取り、過越しのいけにえとしてほふりなさい。ヒソプの一束を取って・・・血をかもいと二本の門柱につけなさい。朝までだれも家の戸口から外に出てはならない。主(ヤハウェ)がエジプトを打つために行き巡られ、かもいと二本の門柱にある血をご覧になれば、(ヤハウェ)はその戸口を過ぎ越され、滅ぼす者があなたの家にはいって、打つことがない」と記されます。

この時、羊をほふり、家々の門柱につけるとともに、種を入れないパンを七日間食べます。そして、その意味を子供に説明するよう命じられます。なおこのときの民の反応が、「こうしてイスラエル人は・・・主(ヤハウェ)がモーセとアロンに命じられたとおりに行った(12:28)と記されます。モーセが信頼されていた証しです。

 

  そして、「真夜中になって、主(ヤハウェ)はエジプトの地のすべての初子を・・打たれた。そして、エジプトには激しい叫び声が起こった。それは死人のない家がなかったからである・・」(12:29,30)という悲劇の中で、パロは、ついに、「私の民の中から出て行け・・行って、(ヤハウェ)に仕えよ・・(12:31)と彼らを奴隷状態から解放すると宣言します。

 

またエジプトの人々も自分たちがさらなる災いに会うことを恐れてイスラエルの民に贈り物を与えて、送り出しました。そのことが、「イスラエル人はモーセのことばどおりに行い、エジプトから銀の飾り、金の飾り、それに着物を求めた。(ヤハウェ)はエジプトがこの民に好意を持つようにされたので、エジプトは彼らの願いを聞き入れた。こうして彼らはエジプトからはぎ取った(12:35,36)と記されています。

なおこの時、彼らは「徒歩の壮年の男子だけで約六十万人(12:37)膨れ上がっていました。そして、「イスラエル人がエジプトに滞在していた期間は四百三十年であった」(12:40)と記されます。

これらは、主がかつてアブラハムに、「あなたの子孫は、自分たちのものでない国で寄留者となり、彼らは奴隷とされ、四百年の間、苦しめられよう。しかし、彼らの仕えるその国民を、わたしがさばき、その後、彼らは多くの財産を持って、そこから出て来るようになる(15:13,14)約束しておられた通りです。

 

なお、1239節では種を入れないパンを用いる理由が、「彼らは、エジプトを追い出され、ぐずぐずしてはおられず、また食料の準備もできていなかったからである」と記されます。つまり、準備が簡単で保存が効くということで、旅行用の食べ物として最適だったのです。これが現在の聖餐式の原点になります。

イエスは、過越の子羊として、ご自分を十字架でお献げになられましたが、それを記念させるため、過越の食事の最中に、種なしパンを取り「これは、あなたがたのための、わたしのからだです」と言われ、また、杯を取り「この杯は、わたしの血による新しい契約です」と言われました(Ⅰコリント11:23-25)

イエスこそは新しい過越の子羊です。主は、私たちの心を、力によって屈服させる代わりに、力を捨てた犠牲によって、罪を赦し、自己正当化と自己防衛の構えから解き放ってくださいました。

 

  しばしば、精神障害者は、「この人はストレスを与えたら壊れてしまう」と見られ、保護されます。しかし、たとえば、その共生施設ベテルの家の主催者向谷地さんは、「この人たちは病気によって幸せを奪われたのではなく、本来的に人間与えられている苦労が奪われている人だ・・」と思ったとのことです。そして、彼らが自分の手で生活費を稼ぐように傷つく覚悟で商売を始めた時、地域が彼らを受け入れました。そこには苦労以上に、生きることの喜びが生まれました。

私たちの傷つきやすい心は、神の賜物です。傷つくことを避けたり、心が動じなくなることを望むのではなく、この世に遣わされて傷つきながらも、その中で「心の貧しい者、悲しむ者、柔和な者、義に飢え渇いている者」こそが「幸いです」というイエスの慰めを味わい、神を喜びたいものです。

神は、パロの心をかたくな(強く)されました。一方、私たちの心を弱く、傷つきやすくしてくださいました。そこに神と人との交わりから生まれるいのちの喜びをもたらすためです。

事実、私も、仕事の成功によって神の栄光を現そう思っていた時、自分の傷つきやすさが疎ましく感じられました。しかし、傷つく中で神と人との出会いを体験できた時、このように創造してくださった神を喜ぶことができるようになりました。あなたの場合はどうでしょう。神の栄光を現すことと、神を喜ぶことは、一致しているでしょうか?

 

   多くの人々は、「喜びとは悲しみのないことであり、悲しみとは喜びのないこと」だと考えがちです。しかし、神の子イエスは、悲しみのお方でありまた完全なる喜びのお方でもあります。ヘンリ・ナウエンは、喜びと排除し合う関係にあるのは、悲しみではなく、「皮肉」であると言いました。皮肉屋はどこに行っても闇を捜しだし、小さな喜びへの感動を軽蔑するからです。これは哀歌365節では、「横着な心(覆いかぶされた心)とも呼ばれます。

心の奥底にある絶望感に目をつむったり、罪を悲しむことに「横着な心」は、神の赦しを喜ぶことにも横着になることでしょう。

 

   詩篇の祈りは、この「横着な心」を敏感にすることに大きな力があります。ある方は、この教会に集い礼拝や祈祷会などで詩篇の交読文を唱和している中で、自分の心の動きをすなおに認めることができるようになり、すると日々の小さな恵みにも感謝できるようになってきたと言っておられました。それこそ傷つきやすい心が味わう恵みです。

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