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2015年8月23日 (日)

レビ記8章~10章 「聖なる神との親密な交わりのために」

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   レビ記には礼拝規定とともに、神によるふたつの死刑が記されます(他は24:10-14)。両方とも、創造主を神としてあがめなかったことに対するさばきです。

特に922節から102節では「主(ヤハウェ)の前から火が出て、祭壇の上の全焼のいけにえと脂肪を焼き尽くした」直後に、アロンのふたりの子に、「主の前からの火が出て、彼らを焼き尽くした」と記されます。現代的には、牧師就任式当日に、主が牧師を殺したというような感じです。

信仰の指導者には、厳しいさばきの可能性が待っています。使徒パウロも、「もしだれかが、あなたがたの受けた福音に反することを、あなたがたに宣べ伝えているなら、その者はのろわれるべきです(ガラテヤ1:8)と記します。

愛は寛容」ですが、同時に「十のことば」には、「わたしは、ねたむ神(20:5)とも記されています。神の愛には、それを軽蔑し、裏切る者に対する燃える怒りが隠されています

一方、異教の人々は、神々のたたりを恐れ、その怒りをなだめる礼拝をささげてきました。私たちも、「主を恐れる」ことが何より大切だと言われますが、それとどう違うのでしょう?

 

神は「」であられ、私たちが好き勝手な方法で近づくことができない方です。しかし、その方が、私たちとの親密な交わりを築きたいと願ってくださったのです。

愛とは、何よりも、相手のあり方や気持ちを、尊敬を持って受け入れることに始まります。相手の好みを考えずに人をもてなすことなどあり得ませんが、それなのに、人は神に対して、神のお気持ちを遜って聞こうとする前に、しばしば、自分の勝手な思いを押し付けようとはしていないでしょうか。

 

1.大祭司の任職とイエスの任職

   8章には祭司の任職の様子が描かれます。これは出エジプト記281節、29章、4012-15節に記されていた主の命令を、モーセが実行したことの記述と理解できます。祭司職はアロンとその子らに受け継がれる働きで、これは主ご自身の選びに基きました。これまではモーセ個人が行なっていた働きを、組織的に行うという意味もあります。

これはイスラエルの民全体が、主(ヤハウェ)にとっての「祭司の王国、聖なる国民(出エジプト19:6)とされるために大切なことでした。組織は指導者から崩れ始めることが多いからです。それで、任職にあたり、主(ヤハウェ)は、「全会衆を会見の天幕の入口の所に集めよ(8:3)とモーセに命じます。

そこで、「モーセは主(ヤハウェ)が命じられたとおりにした(8:4)と記されますが、この表現はこの章だけで七回も出てきます(4,9,13,17,21,29,36)。七は完全数ですから、このように「主が命じられたとおりに」することを通して、祭司の任職が全うされるということになります。

 

それから、「モーセはアロンとその子らを・・水で・・洗った(8:6)のですが、それは「きよめ」のしるしで、現在の洗礼式につながります。

新約の時代の私たちのうちには「神の御霊が・・住んでおられ」、私たちはすでに「肉の中にではなく、御霊の中にいるのです」から(ローマ8:9)、肉においては異邦人である私たちもこのままで王である祭司(Ⅰペテロ2:9)と呼ばれるようになりました。ですから私たちもその働きのために水で洗っていただく必要があります。

 

そして、出エジプト記28章に記されている「栄光と美を表す聖なる装束(2)をつけます。その中心が「エポデ」ですが、その上につける「さばきの胸当て」に、イスラエルの十二部族を象徴する十二の宝石がはめ込まれ(15-21)、またそこには、主のみこころを伺うための「ウリムとトンミム」が入れられます(30)

そして、頭のかぶり物の全面には金の記章が付けられ「(ヤハウェ)への聖なるもの(36)と彫られていました。

つまり、大祭司は、神に対してはイスラエルを代表し、民に対しては神の栄光と聖を示すという重要な責任を担っていたのです。

 

   ついでモーセは、「幕屋とその中にあるすべてのものに油を注ぎ・・聖別し(8:10)、また、注ぎの油をアロンの頭にそそぎ・・聖別し(8:12)ました。

幕屋という礼拝の場の聖別と、大祭司職の聖別がセットに記されていることは興味深いことです。これは現代の教会において、会堂の聖別と牧師の聖別に適用できるかもしれません。どちらも同じように重い意味を持ちます。

その上で、モーセはアロンの子らには、「長服を着せ、飾り帯を締めさせ・・ターバンを巻きつけさせ」ま(8:13)。これはエポデや金の記章に象徴される大祭司の装束とは決定的に違います。

 

なお、アロンの頭の上に注がれた油は、大祭司としての特別な任職で、「ひげに流れて、その衣のえりにまで流れしたたる」ほどの量でした(詩篇133:2)。

イエスはご自身の働きをイザヤ61章の成就として、「わたしの上に主の御霊がおられる。主が貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしの上に油を注がれたのだから」と言われました(ルカ4:18)。イエスは「アロンの位」ではなく、アブラハムに勝る「メルキゼデクの位に等しい大祭司」とされています(ヘブル6:207:11)

そして、私たちクリスチャンは、先に述べたように「王である祭司」とされています。

 

その上で、モーセは、アロンとその子らのための「罪のためのいけにえの雄牛を近寄せ」(8:14)、その血によって、彼らが奉仕する祭壇をきよめました。この場合は、脂肪と肝臓や腎臓は焼いて煙にされますが、その皮と肉とは、「宿営の外で火で焼かれる」ことになります(8:17)

また、続けて「雄羊」は、「なだめのかおりa pleasing aromaとしての全焼のいけにえ(8:21)としてささげられます。それは祭司自身を聖めて主にささげるという意味があります。

 

そして、任職のための別の雄羊をほふり、その血を「アロンの右の耳たぶと、右手の親指と、右足の親指に塗りました」(8:23)。これは、アロンが主のみこころを聞き分け、主の手、主の足として仕えるためです。それと同じことがアロンの子らにも行われます。

主の手足として働くこと以前に、主の御声を聞くことが何よりも大切にされていますが、それは私たちにも適用できることです。主のみこころを理解しないまま、熱い情熱で動いて周りの人々を振り回す人ほど迷惑な存在はないからです。

その後、その雄羊の脂肪と内臓と「右のもも」を取り、その上に三種類のパンを置いて、それを「アロンの手のひらとその子らの手のひらに載せ、奉献物として主(ヤハウェ)に向かって揺り動かし」ます(8:27)。これは英語で「a wave offeringと呼ばれ、ささげ物が主の所有であることを現わします。

ここで大切なのは、祭司の手のひらが主への奉献物で満たされることです。それは祭司の働きが主への奉仕で満たされることを意味します。その後、この奉献物は基本的にすべて「焼いて煙に」されます(8:28)

ただし、「」の肉は、「奉献物として主に向かって揺り動かし」後は、「モーセの分」とされ、それは会見の天幕の入り口の所で祭司たちが煮て食べるよう命じられました(8:31)

そして、このような任職の式は、七日間続きました(出エジ29:35,36参照)

 

   「(ヤハウェ)は、人が自分の友と語るように、顔と顔とを合わせてモーセに語られた(出エジ33:11)と描かれていたようにモーセは特別の存在ですが、アロンの場合は、罪人の代表者に過ぎませんでした。彼は、かつて、民の声に圧倒されて金の子牛を作り、彼らの堕落した礼拝を導いた張本人でもあります。

しかし、神は、そんな彼と彼の子孫をご自身の働きのために聖別し、用いようとされました。そのために、彼らはまず、自分の「罪のためのいけにえ」と「全焼のいけにえ」をささげる必要があったのです。

そして今、私たちの大祭司は、イエスご自身です。主は、神の御子として、神の栄光と聖をそのままの姿で表すことができましたが、一方で、イエスは罪人の仲間、代表者となるために、「血と肉とを持つ(ヘブル2:14)死ぬべき人間の姿になる必要がありました。

それは、「そういうわけで、神のことについて、あわれみ深い、忠実な大祭司となるために、主はすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それは罪のために、なだめがなされるためでした」(ヘブル2:17)と記されているとおりです。

 

そして、アロンが水できよめられ、油注ぎを受けたように、イエスはヨルダン川でバプテスマを受け、その上には、聖霊が鳩のように下って、大祭司の働きに召されたのでした。

それは、罪人の代表者となるための任職でした。共通するのは、神の側から、ご自身の主導権で、人との交わりを築きたいと願っておられることです。

 

2.最初の礼拝 現代の聖餐式に通じるもの

   祭司としての任職が終わった八日目になって初めて、アロンとその子らが、自分でいけにえをささげることが許されました。アロンは自分自身の贖いのために、「小牛」を「罪のためのいけにえ」、「雄羊を全焼のいけにえ」としてささげることが命じられ、また、イスラエルの民全体の贖いのためには「雄やぎ」を「罪のためのいけにえ」、「子牛と子羊を全焼のいけにえ」、また「雄牛と雄羊」を「和解のいけにえ」として、また「穀物のささげ物」をささげることが命じられました(9:2-4)

そしてそこでは、「それは、きょう、主(ヤハウェ)あなたがたに現れるからである(9:4)と約束され、また彼らがすべてのささげ物を会見の天幕の前に持ってきたとき、「これは、あなたがたが行なうように主(ヤハウェ)が命じられたことである。こうして主(ヤハウェ)の栄光があなたがたに現れるためである(9:6)と重ねて言われました。

 

アロンは、民のためのささげ物の前に、自分自身の罪のためのいけにえと全焼のいけにえ(9:7)をささげる必要がありました。

その前はモーセがアロンのために祭司としての任職をしたのですが、今度はアロン自身で、自分のために罪のためのいけにえの子牛をほふり・・その血を祭壇の角に塗り・・脂肪と腎臓と肝臓の小葉を祭壇の上で焼いて煙にしました(9:8-10)

その上で、雄羊を全焼のいけにえとしてほふり、焼いて煙にしました。

 

   この後初めて、彼らは祭司としての働きにつくことができました。

それは、「民のための罪のためのいけにえとしてやぎを取り、ほふって・・それから全焼のいけにえをささげ(子牛と子羊)・・次に穀物のささげ物をささげ・・ついで、民のための和解のいけにえの牛と雄羊とをほふり・・脂肪を祭壇の上で焼いて煙にし(9:15-20)というものでした。

 

なお、ここに、いけにえをささげる順番が初めて示されますが、ひとつひとつが独立したものではなく、セットになったものと考えられます。

第一の、「罪のためのいけにえ」は、「きよめのいけにえ」とも訳されるもので、これによって汚れた者が、聖なる神の前に出ることが許されます。

第二は、「全焼のいけにえ」で、神の怒りをなだめるかおりとなります。これによって人は、全存在が神に受け入れられた者と認められます。

第三の「穀物のささげもの」は、「貢物」とも訳され、自分たちの労苦の実を、神の祝福への感謝としてささげるものです。

そして、第四の「和解のいけにえ」は、礼拝者に食べることが許されたいけにえですが、ここではそのことが述べられずに、脂肪と内臓が焼いて煙にされ、「胸と右のもも」は、「奉献物として主(ヤハウェ)に向かって揺り動かす」ように命じられます(9:21)。そしてその残りの部分の肉が、神から与えられた「平和」のしるしとして、それを家族とともに食べることができました。

 

そして、今、私たちは、これらすべてを聖餐式において覚えることができます。キリストが「罪のためのいけにえ」となってくださったので、その血によって、大胆に神の御前に出ることが許されています。

そして、イエスご自身が「全焼のいけにえ」による「神へのささげ物」「供え物」として「香ばしいかおり」となってくださいました(エペソ5:2)。それで今、神ご自身が私たちに向かって、「あなたは、わたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ」(ルカ3:22)と語りかけてくださいます。

そして、私たちは「神との平和を持っている(ローマ5:1)者として、神と人との交わりを喜ぶことができます。聖餐式のパンと杯は、神からのいのちの賜物です。イエスは、「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます・・わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります(ヨハネ6:54,56)と言われました。

 

3.神に近づくことの恐ろしさ

   アロンは、いけにえをささげ終えた後、モーセに導かれるようにして「会見の天幕に入り」ました(9:23)。これは、民を代表する大祭司としての初めてのことでした。

そこから出て、「民を祝福した」ところ、「(ヤハウェ)の栄光が民全体に現れ、主(ヤハウェ)の前から火が出て来て、祭壇の上の全焼のいけにえと脂肪とを焼き尽くし」ました。これは神がイスラエルの民を受け入れてくださったしるしでした。

このとき、「民はみな、これを見て、叫び、ひれ伏した」のでしたが(9:24)、この「叫び」はしばしば、喜びの表現としても用いられることばです。民は、このとき「(ヤハウェ)の栄光」が現されたことに恐れを感じるとともに、大きな喜びと感謝を持って、この驚くべき光景を見たのだと思われます。

 

   ところが、その後、「アロンの子ナダブとアビフは、おのおの自分の火皿を取り、その中に火を入れ、その上に香を盛り、主が彼らに命じなかった異なった火を主の前にささげた(10:1)と描かれています。すると、何と、主の前から火が出て、彼らを焼き尽くし、彼らは主の前で死んだ(10:2)というのです。

祭壇の上の全焼のいけにえと脂肪を焼き尽くしたと同じ火がアロンの二人の子に臨みました。その悲劇の原因は、勝手なときに勝手な方法で、「主の前に近づく(16:1,2)ことでした。

ただし、彼らが実際に何をしようとしたのかはよくわかりません。

 

出エジプト記301-9節には至聖所の垂れ幕の前の香壇のことが記されています。それによると、朝と夕ごとに燭台のともしびを整えるときに、「煙を立ち上らせなければならない・・これは主(ヤハウェ)の前の常供の香のささげ物である。あなたがたは、その上で異なった香・・・をささげてはならない(89)と記されていました。これは「香をたく」ことですから、「火を主の前にささげる」こととは違います。

一方、レビ記1611-13節には年に一度の大贖罪の日に、大祭司が、自分の罪のためのいけにえの雄牛をほふり・・祭壇から、火皿いっぱいの炭火と・・・かおりの高い香とを取り、垂れ幕の内側に持って入り・・香から出る雲があかしの箱の上の『あがないのふた』をおおうようにする。彼らが死ぬことのないためである」と記されます。

つまり、彼らは聖別されていない自分の火皿を用い、大祭司が年に一度だけ至聖所に入るときの真似をやってみたということなのかもしれません。それは、モーセとアロンの権威に逆らうことであり、民全体の主への礼拝を導くという責任意識がまったくない身勝手な行為です。

 

とにかく、この日に、アロン自身ですら初めて大祭司としての任職を受け、モーセの指導に忠実に従って、自分の罪のためのいけにえをささげ、民のささげものを主にささげ、会見の天幕に入ることができたのです。

ところが、アロンのふたりの息子は、そのようなステップを軽蔑するかのように、主の前に近づきました。主がモーセを通して示してくださった礼拝を真っ向から否定するような行為が、最初から許されるならば、レビ記の規定全てが否定されることになりかねません。礼拝は、「(ヤハウェ)がモーセに命じられたとおり」でなければ受け入れられないのです。

 

それで、モーセは、主ご自身のことばをアロンに伝えます。主は、「わたしに近づく者によって、わたしは自分の聖を現し、すべての民の前でわたしは自分の栄光を現す」と仰せられているというのです。

これはつまり、神はご自身の「」を、モーセとともに近づいたアロンを通しては、民を聖め受け入れることとして現されたということと同時に、ナダブとアビフが近づいたときには、死のさばきとして現されたということです。

神がご自身の「」を現わし、またご自身の栄光を現わすということが、神に近づこうとする祭司を、ご自身の火で焼き尽くすこととして現されたということは、恐ろしい現実です。それは神が、ソドムとゴモラを硫黄の火で滅ぼしたことに通じます(創世記19:24,25)

 

   その後、モーセはアロンのおじの子たちに命じて、ふたりの死体を宿営の外に運び出させ、アロンと彼の残りの二人の子、エルアザルとイタマルには、神のさばきを受け入れ、取り乱すことなく静かに泣き悲しむことを命じ、その上で、祭司としての働きを続けるように命じます。

そして109節で、主はアロンに直接語りかけます。その最初のことばは不思議にも、「ぶどう酒や強い酒を飲んではならない」から始まり、「あなたも、あなたとともにいるあなたの子らも、会見の天幕に入ってゆくときには。それは、あなたがたが死ぬことがないためである」と続きます。

これを見ると、アロンのふたりの子らは、酒に酔った勢いで、「異なった火」を主にささげたのではないかと推測されます。

 

その上で、祭司のつとめを、「聖なるものと俗なるもの、また、汚れたものときよいものを区別する」こと、また、「主がモーセを通してイスラエル人に告げられたすべてのおきてを・・・教える」ことにあると言われます。その使命は何よりも、主の民を、偶像礼拝の影響を受けたこの世の文化の影響から守り、主の民の礼拝を導くことにありました。

ですから、アロンのふたりの上の子らを生かしておくことは、民全体を最初から堕落に導くことになり得たのです。それほどに、祭司の責任は重大でした。

新約の時代においても、ヤコブの手紙には、「多くの者が教師になってはいけません。ご承知のように、私たち教師は、格別きびしいさばきを受けるのです」と記されています(ヤコブ3:1)

 

旧約の民にとって、「神に近づく」ことは「いのちがけ」のことでした。それを前提にして、イエスは、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません(ヨハネ14:6)と言われました。

そして今、「イエスは、ご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのためにこの新しい生ける道をも設けてくださったのです」(ヘブル10:20)とあるように、私たちは、神の「聖さ」に「打たれる」心配なしに、イエスの血によって、大胆に、真心から、神に近づくことができます。

なお、それは同時に、イエスのみからである教会の交わりにおいてと言うこともできましょう。自分勝手な自家製礼拝では、神に受け入れられないことがあります。

 

   なお、1014-16節において初めて、「揺り動かすささげ物a wave offering)」の実際的な意味のことが分かるように記されます。

民がささげた「和解のいけのえ」の「胸と右のもも」の肉は、奉献物として主に向かって揺り動かされることによって(9:21)、主のものとされ聖別されますが、それが、主から再び祭司たちのもとに与えられ、しかも、それは祭司の息子たちばかりか「娘たち」も「きよいところで食べることができる」のです(10:14)

 

   その後、モーセは罪のためのいけにえのやぎが焼かれてしまっているのを発見し、その肉はアロンとその子らが聖所で食べなければならなかったと叱責しました。それは、罪の贖いの手続き大切な部分であったからです。

それに対して、アロンは、「罪のためのいけにえと全焼のいけにえ」を主の前にささげた当日に、自分の二人の子が、主に打たれて死んだという悲しみをここで初めて表現します。

そこには、主への恐れの気持ちがあったので、モーセもそれ以上追及せずに、「それでよい」としました(10:20)。大切なのは何よりも、主への恐れを持つことだからです。

  

   罪人が、聖なる神のみもとに近づくのは、いのちがけのことでした。しかし、レビ記の背景には、聖なる神が、汚れた民の真ん中に住みたいとご自身の方から願ってくださったという熱い思いがあるのです。そして、それは、罪人の代表者となろうとされるイエスの姿に見られます。

神との親密な交わりの中にこそ、真の幸いがあるからです。それは詩篇作者が、「あなたこそ、私の主。私の幸いは、あなたのほかにありません(詩篇16:2)と告白した通りです。

 

ただし、神は創造主であられ、私たちは被造物に過ぎません。人間の罪の根本は、自分を神として、神を非難し、人を振り回すことにあるということを忘れてはなりません。

幼い子が自分のわがままを親に対して押し通すことを許してしまうなら、それはその子を自滅に追いやるだけです。ときに親の断固とした態度が子供の真の成長を促すと同じように、神は自分勝手を押し通そうとしたアロンの子らを打つことによって、民との関係を守ろうとされたのです。

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2015年8月16日 (日)

ヨハネ9章24-41節「あなたの目は本当に見えていますか?」

                                                 2015816

  私の大学の友人は、「お前は弱い人を助ける尊い働きをしているね」と感心しつつ、笑いながら「俺も切羽詰ったら相談に行こうかな」と他人事のように言ってくれます。

彼らは無意識のうちにも、それなりの社会的立場を保っていることを自負して、この私自身も彼ら自身も「救い」を必要とし続けている弱い者だということを見ようとはしません。

実は、自分の目は見えているという人は、見るべきものを見ていない盲目な人なのかも知れません。

 

1. 「イエスは・・生まれつきの盲人を見られた・・すると見えるようになって」

 「イエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られ(1)ました。それは彼ひとりへの慈しみの眼差しでした。その盲人は、道端に座って人のあわれみにすがらなければ生きて行けませんでした。

しかし、弟子たちは、彼の前で、その痛みを見ることもなく、彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか・・」などと、驚くほど無神経な質問をします。それは、この人が神ののろいのもとにあるという見方です。

それに対してイエスは、神のみわざがこの人に現れるためですと、何と神の祝福を約束されたのです。この人はこれを聞いて喜びに満ちたことでしょう。今も、多くの障害を抱えた人々がこれによって慰めと希望を見出しています。

 

   その後、 イエスは、こう言ってから、地面につばきをして、そのつばきで泥を作られ・・その泥を盲人の目に塗って・・行って、シロアムの池で洗いなさい」(6,7)と命じられました。

これは、預言者エリシャがアラムの将軍ナアマンに使いをやって、ヨルダン川に行って七たびあなたの身を洗いなさい(Ⅱ列王5:10)と言ったことに匹敵します。ナアマンはこれを不合理と思い、一度は怒って帰ろうとしましたが、しもべのアドバイスにより、指示に従うことで癒されました。

同じようにこの盲人も、イエスに従うことで「見えるようになった(7)のです。

 

ところで、イエスが泥を作って彼の目をあけられたのは、安息日であった(14)とありますが、パリサイ人たちは、この人の証しを真剣に聞こうともせずに、その人は神から出たのではない。安息日を守らないからだ(16)と、盲人の目が開かれたという事実を無視した、不思議な論理を展開します。安息日に泥をこねることも、緊急以外の治療行為を行なうことも違反だからです。

そればかりか、彼らはもう一度この「盲目であった人」を呼び出して、神に栄光を帰しなさい。私たちはあの人が罪人であることを知っている」と詰問します(24)。彼らとしては、全能の神がこの盲人の目を癒してくださったのなら、それはイエスのおかげではなく、神ご自身の一方的なみわざであって、この人は、そこでイエスを神から遣わされた預言者と呼ぶ代わりに、ただ、神だけをあがめ、神に栄光を帰したら良いという意味だと思われます。

神に栄光を帰すことと、人に栄光を帰すことは相容れないと言われればその通りです。そして、イエスがどれほど大きなみわざをしようとも、十のことばの核心である安息日律法を破っているという時点で、すでにイエスは偽預言者、罪人であるというしるしになり得ます。

 

ただ、それは彼らの解釈であることを彼らは忘れています。彼らは安息日に行ってはならない労働行為を39のカテゴリーに分類して、ひとつひとつを厳密に守るように心がけていました。彼らは十のことばを聞くたびに、すぐにそれを39の労働行為をしないことと、勝手な解釈をしていました。

同じようなみことばの解釈をする人がいるかもしれません。神の教えをあまりにも短絡的にこの世の生活に適用しようとし過ぎるのです。

 

たとえば米国の福音派では、禁酒禁煙が生まれ変わったクリスチャンの当然の生き方と言われてきました。昔はハリウッドの映画を見ることも非難されたほどです。しかし、英国の有名なクリスチャンのCSルイスはいつも葉巻をくわえていました。宗教改革者ルターは、奥さんの作るビールを心から喜んでいました。

「クリスチャンなのに・・そんなことしていいの・・・」という中に、時代的偏見がある場合があります。もちろん、禁酒禁煙はとっても良いことです。しかしそれを絶対的な信仰者の基準とした途端、人はパリサイ人と同じになってしまいます。

 

しかし、この人は、「あの方が罪人かどうか、私は知りません。ただ一つのことだけ知っています。私は盲目であったのに、今は見えると言うことです」(25)と淡々述べました。

皮肉にも、彼らは、事実を誤認して「知っている」と言い張り、当の本人は、自分が体験し確信している事実だけを「知っている」と言いました。

 

そこでパリサイ人たちは、「あの人はおまえに何をしたのか。どのようにしてその目をあけたのか」(26節)と尋ねます。それに対し彼は、「もうお話ししたのですが、あなたがたは聞いてくれませんでした。なぜもう一度聞こうとするのです。あなたがたも、あの方の弟子になりたいのですか(9:27)と皮肉を込めつつも、彼らに真実を見ることを迫ります

実は、パリサイ人の中にも、「罪人である者が、どうしてこのようなしるしを行なうことができよう」(16)と言う人がいたにもかかわらず、彼らはそのような事実にさえも目を塞いでいたのです。

 

私たちの心も知らないうちに、何とも言えない、思い込みの偏見に覆われていることがないでしょうか。

 

2.「おまえは全く罪の中に生まれていながら、私たちを教えるのか」

パリサイ人たちは、彼をののしって、「おまえもあの者の弟子だ。しかし私たちはモーセの弟子だ。 私たちは、神がモーセにお話しになったことは知っている。しかし、あの者については、どこから来たのか知らないのだ(28,29)と言います。彼らは自分たちがモーセの弟子で、モーセを通して与えられた神の御教えは知っていると述べながら、イエスのことは、どこから来たのかを知らないと言います。

しかし、彼らは本当の意味でモーセのことを分かってはいませんでした。事実、イエスはかつて、「もし、あなたがたがモーセを信じているのなら、わたしを信じたはずです。モーセが書いたのはわたしのことだからです(5:46)と言っておられました。

 

イエスの時代の人々は、ローマ帝国との戦いに勝利できるような救い主を求めていましたが、モーセの書に記されている救いの物語は決して、そのように誰の目にもすぐに明らかになる救いではありませんでした。アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、ユダ、モーセすべてに共通することは、神は彼らをまず徹底的に砕き、彼らが自分の力では何もできないということを思い知らせて、その上で、神のみわざを示すという物語です。

しかも、出エジプト記の救いの物語は始まりに過ぎませんでした。彼らは約束の地で堕落してしまい、バビロン捕囚という悲劇を迎えます。しかもそれは、申命記32章のモーセの歌にもそれが警告されるとともに、そこからの回復が預言されます。

ですから、本当にモーセを知っているなら、救い主の現れを期待していたはずなのです。

 

当時のユダヤ人たちは、安息日律法を守ることに熱心でした。それは、自分たちが律法を守らなかったことによって国を失ったという反省がありました。そのことが何よりも明確に記されているのはエゼキエル2010-26節です。

しかし、それがやがて、「みんなが律法を守るなら国は栄えるはずなのに、律法違反者がいるから他国に虐げられている」などと非難し合うようになり、せっかくの神の御教えが互いをさばく基準になってしまいました。私たちも知らないうちに、神が既にもたらしてくださった救いを味わう前に、「もっと熱心に信心すれば、すべてが変わるはず・・・」という、ここに既にある救いを無視して、夢ばかりを追いかけてはいないでしょうか

 

エゼキエル2020節には、「安息日をきよく保て」と記されながら、その目的を、主は、「これをわたしとあなたがたとの間のしるしとし、わたしがあなたがたの神、主(ヤハウェ)であることを知れ」と言われます。つまり、主との交わりを深めることこそが、安息日の最大の目的であるのに、彼らはそれを、主の民を脅し、委縮させる基準としてしまったのです。

安息日のテーマは何よりも、全身全霊で主の救いを喜ぶことにあったはずなのです。

 

引き続き盲人だった人は、パリサイ人のことばに応えて、「これは、驚きました。あなたがたは、あの方がどこから来られたのか、ご存じないと言う。しかし、あの方は私の目をおあけになったのです(9:30)と現実を直視するようにと言い返します。

何と言おうとも、盲人の目を癒すというみわざは、人間のわざではあり得ないのに、彼らはそのことを見ようとしていないと、反対に、自分よりはるかに賢いと思われる宗教指導者に向かって言います。

そればかりか、その神学的な解釈を、驚くほど明確に、「神は、罪人の言うことはお聞きになりません。しかし、だれでも神を敬い、そのみこころを行うなら、神はその人の言うことを聞いてくださると、私たちは知っています。盲目に生まれついた者の目をあけた者があるなどとは、昔から聞いたこともありません。もしあの方が神から出ておられるのでなかったら、何もできないはずです(31-33)と述べます。

つまり、彼は、盲人の目を開けるというイエスの御業自体が、イエスが神から出ておられるということを証明していると言ったのです。

 

それに対し、パリサイ人たちは、「おまえは全く罪の中に生まれていながら、私たちを教えるのか」と言いました(34)。これは、この盲人だった人が、まさに神の「のろい」を受けたしるしであると解釈していたということを意味します。

彼らは、この人の目が見えるようになったことを喜ぶ代わりに、この人がそれまで味わってきた苦痛を軽蔑して、それを「罪の中に生きてきた」と断罪したのです。これほど、「人を人とも思わない」ような態度を、同じ聖書を読みながら持つことができたことが不思議なほどです。それほどに人の考え方は、無意識のうちに因果応報の価値観に縛られているのです。

これは、仏教的な輪廻転生の考え方という以前に、罪の中にいる人間の自己正当化の現れと言えましょう。パリサイ人たちは基本的にみな、裕福な家の生まれでした。彼らはその裕福さを神の祝福を受けていると考えるまでは良かったのですが、貧しい人々は、「神の呪いを受けている」と勝手に解釈しました。

そればかりか、心の奥底では、その原因を、神に対する自分たちの信仰によると、自分たちの信仰を誇っていました。反対に、貧しい人々の苦難は、彼らの不信仰に対する神のさばきと見たのです。豊かな人はますます自分の豊かさを誇り、貧しい人々はますます自分を卑下せざるを得なくなります

 

残念ながら、トマ・ピケティが「21世紀の資本」で鮮やかに証明しているように、貨幣経済の中では、大昔も今も、政府が何らかの対策を講じない限り、貧富の格差は広がるばかりなのです。古代の経済的格差は現代よりもはるかに大きなものでした。

そして、宗教指導者は、その単純な経済原理の中に、神の御手の介入という勝手な解釈を入れ、豊かな者は、神の愛を受けるに値する良い人間なので豊かになっている一方で、貧しい者は、その罪深さのゆえに貧しさという刑罰を受けていると考えました。しかし、それは屁理屈に過ぎません。

冷徹な経済原理として、資産には資産を生み出す力があります。単純に、資産家の子供であるというだけで、資産が資産を産むという恩恵を受け、反対に、貧しい家に生まれた人は、どんなに真面目に頑張っても、貧困からは抜け出すことは至難の業になります。

大地主は寝ていても小作が地代を支払ってくれます。しかし、土地も何もない人は、安息日にも、この盲人のように、物ごいをしなければ生きて行けなかったのです。

 

神の恵みは、何よりも、この冷酷な経済原理を打ち破る力があるはずなのに、当時の資産家の生まれの宗教指導者は、冷酷な経済原理の上に、神を貧富の格差の創造者にしてしまったのです。

事実、たとえば、つい二百年前の欧米では、多くのクリスチャンが奴隷制度を神の摂理と信じていたほどです。

 

そして、彼らがここで取った態度、それは自分たちに反抗する者を社会から締め出すという野蛮な行為です。そのことが、「彼を外に追い出した」という行為です(34)。自分たちの不合理な偏見を露呈する発言をした上で彼を外に追い出します。

パリサイ人は、自分たちの偏見とねたみにとらわれて、事実を見る」ことができませんでした。一方、生まれつき盲目であった人は、すべてをしっかりと「見ていたのでした。

 

3.「目の見えないものが見えるようになり、見える者が盲目となる」

   この人は、皮肉にも、目を開かれたことで居場所がなくなりましたが、「彼らが彼を追放したことを」聞いたイエスは、すぐに彼を見つけ出し」てくださいました。

まだその声しか知らなかった彼に、イエスは、「あなたは人の子を信じますか(35)と問い、ご自分が預言者以上の存在であることを示唆しました。「人の子」とは、ダニエル71314節に預言された救い主の呼び名で、その方は「天の雲に乗って」現れ、父なる神から「主権と光栄と力が与えられ」、全世界を服従させるはずでした。当時の人々は、そのような「人の子」の現れを期待していました。

この盲人も同じようにダニエル書が描く人の子を待ち望んでいたのです。それで、彼は、「主よ。その方はどなたでしょうか。私がその方を信じることができますように(36)と言います。彼は、まず、信じたいと願いながら、それがどなたかを教えて欲しいと願ったのです。

多くの人が、神を信じることができないのは、「信じたい」と思いもしないからです。この人のように、「信じたい」と思えば、そこに主のみわざが現されるのです。

 

そして37節で、イエスがあなたはその方を見たのです。あなたと話しているのがそれです」と言われますが、そこには、「あなたは、わたしが開いたその目で、預言された救い主を見ている」という意味が込められています。

目の前のイエスは普通の人と変わらない姿でしたが、彼は即座に、肉の目を超えたことを見ました。そして、「主よ。私は信じます(38)と言って、「イエスを礼拝し」ます。これは、復活後に十二弟子の一人のトマスが「私の主、私の神(20:28)と告白したことに匹敵します。まさに、肉の目が開かれた彼は、霊の目までも開かれ、神の真のご性質をイエスに見たのです。

主は彼ひとりに目を留め、今、彼を見つけ出してくださいました。イエスの神としてのご性質は、創造の力と同時に、ひとりを大切にする愛に見られます。彼はそれを実感できました。

 

  イエスは、この一連の出来事の意味を、「わたしはさばきのためにこの世に来ました。それは目の見えないものが見えるようになり、見える者が盲目となるためです(39)と説明しました。自分の目が見えないことを嘆いていた人の目は、どんどん見えるようにされました。

生まれつきの盲人の目が開かれることは、どんな預言者もできなかったことで、聖書で預言されていた、救い主の最大のしるしでした(イザヤ29:1835:5,42:7、詩篇146:8)。この人はそれが分かったのです(32)

 

イエスはかつてパリサイ人たちに向かって、「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです(8:12)と言われ、ここでもこの盲人に向かって、「わたしが世にいる間、わたしは世の光です(9:5)と言われました。

この盲人の両親は、会堂から追放されることを恐れて、イエスを信じることができませんでしたが、この人は、パリサイ人たちに向かって公然とイエスが神から遣わされた方に違いないということを、彼らを慌てさせるほどに明言し、会堂から追放されました。

彼はまさに、イエスへの信仰を告白することによって「いのちの光を持つ」ことを証しできたのです。

 

そこで、「パリサイ人の中でイエスとともにいた人々が、このことを聞いて」、イエスに、「私たちも盲目なのですか」と尋ねます(40)。それに対しイエスは、「もしあなたがたが盲目であったなら、あなたがたに罪はなかったでしょう。しかし、あなたがたは今、『私たちは目が見える』と言っています。あなたがたの罪は残るのです(41)と言われました。

聖書に精通していたはずの人々、「私たちは目が見える」と言い張っていたパリサイ人たちは、具体的な事実ばかりか、いのちをかけて守ろうとした聖書さえ見えなくなりました。まさに、「見える」と言う者の目が、どんどん見えなくなったのです。

パリサイ人たちは、みな当然ながら、ヘブル語原文で聖書を読むことができました。当時の信仰者は、モーセ五書などほとんど暗記していたはずです。そして、彼らとしては聖書が分かると、世界が分かると言っていたはずです。

しかし、自分が見えるようになったという人ほど、危ない人はいません。たとえば、私が神学校で学んでいた時、聖書を学べば学ぶほど、自分の通っている教会の矛盾が見えて来ました。それは他の神学生の場合もそうでした。私たちは生意気にも、それぞれ自分たちが通っている教会のリーダーたちの批判をするような会話をしていました。しかし、その後、みんな牧師となり、同じような過ちばかりを繰返しています。

そして、神学校時代に、自分たちがいかに教会の現実を見えていなかったか、またそればかりか、自分たちの罪の深さが見えていなかったかということを反省するようになっています。

 

中途半端な知識ほど危ないものはありません。ですからパウロは、自分の知識や霊性の高さを誇るコリント教会の信徒に向かって、「知識は人を高ぶらせ。愛は人の徳を高めます(Ⅰコリント8:1)と言いました。これは多くの英語訳では、Knowledge puffs up, but love builds up. と記しています。知識は人を増長させ、愛は交わりを築くからです。

パウロは続けて、「人がもし何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです」と記しています。愛の交わりを築けない知識ほど空しいものはありません。

 

聖書を学ぶことは本当に大切です。基本的に私たちの信仰は、聖書から生まれて来るからです。しかし、もしそこで、「このみことばを、あの愚かな間違いを繰り返す、あの人に教えてあげたい」などと思ったとたん、私たちはパリサイ人になっています。

信仰の成長とは、「自分が見えているようで、ほんとうは最も大切なことをまったく見えていない」ということに気づくことにあります。社会批判や教会批判を繰り返すようになった途端、そこにはパリサイ化の危機が訪れているかもしれません。

ですから、私たちは『平安の祈り』において、「この罪深い世を、私が願うようにではなく、あるがままに、主が受け止められたように受け止めさせてください」と祈ります。

 

  私たちはみな何らかの意味での障害者です。私も「見えていたと思っていた時は、全然見えていなかった」と反省しますが、それが分かるに従い、見えない私が、イエスの眼差しによってとらえられているということが見えて、不思議な感動を味わえます。

あなたにも、「自分がなお盲目であることが見えた」という体験があるかも知れませんが、「わたしは世の光です」という方がともにいてくださるのですから心配はありません。そして、この方を知っているということこそが、私は盲目であったのに、今は見える(25)という信仰告白ではないでしょうか。

 

   イエスの弟子たちも、パリサイ人たちも、この生まれつき盲目の人を、愛の眼差しで見ようとはしていませんでした。しかし、イエスもこの盲人も、愛において互いを見ていました。問われているのは「見る」姿勢です。

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2015年8月 9日 (日)

ヨハネ9章1-25節 「盲目に生まれたのは、罪のせいか?」

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 「健全なる精神は健全なる身体に宿る」ということわざは、ローマの詩人ユウェナリスの風刺詩集に由来します。本来は、精神の健全さが肉体に比例しない現実を見て、「健全なる精神が健全なる身体に宿るように」という「祈り」だったのに、日本では逆の意味になりました。それは、障害や病を忌み嫌う風土があるからかも知れません。

「五体不満足」の著者、乙武洋匡さんは、生まれつき両手両足がありません。彼は欧米では「障害をその人の特徴」と受け入れていると感心しながら、ある夜ふと「どうして僕は障害者なのだろう・・・そこには、きっと何か意味があるのではないだろうか・・何やっているんだ、自分は・・せっかく与えてもらった障害を生かしきれていない・・」と自問しました。

実は、このような前向きな発想を生み出すみなもとが本日の聖書箇所にあるのです。

 

1.「彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか」

 「イエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られ(1)ました。それは彼ひとりへの慈しみの眼差しでした。彼は、道端に座って人のあわれみにすがらなければ生きて行けませんでした。ところが、弟子たちは、彼の前で、その痛みを見ることもなく、「彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、その両親ですか」と、驚くほど無神経な質問をします(これでも「弟子」と呼べるのか・・・)。

実は、この質問にはそれなりの根拠があります。当時のユダヤ人たちの一部は、人間のたましいは、身体が存在する前から存在するという考えを持っていたようです。事実、当時多くの人々に読まれていた旧約聖書外典「知恵の書」8:19-20には、「私は気立ての良い若者で、善良なたましいに恵まれていた。いやむしろ、善良だったので,私は清い体に入った」という記述があります。この考え方によると、この盲人のたましいは、もともと罪深かったので、盲目の身体にしか宿ることができなかったと解釈することもできるのです。

また、彼が盲目になったのは両親の罪だというのは、あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし(出エジ20:5)という有名な十戒のみことばを根拠にしています。ただし、これは、ある人が障害や病気を持っている場合の理由を説明した箇所ではありませんから、文脈無視もはなはだしい聖書の乱用です。

 

   人は、確かに、不摂生が原因で病にかかったり、不注意で事故に会うこともありますが、多くのわざわいは、当人の責任を超えたところで起こっています。聖書はその原因を、何よりも、アダムとエバが神に逆らってエデンの園から追い出されたことから説明します。ですから、イエスは、「アダムが罪を犯したからです」と答えても良かったかもしれません。

しかし、イエスは、「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです」(3)と不思議な答えをされました。これは、弟子たちの疑問への答えというより、問い自体を見直させるものです。

彼らは、この人が特別に神ののろいを受けていると思い、その原因を尋ねたのですが、イエスは反対に、この人が今まさに、神の祝福を受けようとしていると言われ、その思いを、因果応報的な発想から自由にし、その目を過去から将来に向けさせようとされました。

実際、多くの宗教は、わざわいの原因を過去に求め、それを断ち切ることによって幸せになれると説きますが、イエスはわざわい自体を聖別し、祝福の原因と変えてくださったのです

ある人が特別に悲惨な目に会っているとしても、それは彼がアダムの子孫の代表者として、また、私たちの代表者として苦しんでいると考えることができます。その人が特別に「のろわれている」のでは決してありません。神はその人を愛し、ご自身の栄光を現したいと願っておられるのです。

 

この盲人は、イエスがここで、神のみわざがこの人に現れるためですと言われたのを聞いて不思議な感動を覚えたことでしょう。今も、多くの障害を抱えた人々がこれによって慰めと希望を見出しています。

私たちも何かのわざわいを見たとき、つい、「どうして、こんなことになったのか」と原因をすぐに考える癖がついています。確かに、「原因と結果」の関係は日常生活では本当に大切です。不摂生をすると病気になる確率が高くなりますし、勉強しなければ成績も上がりません。仕事に真面目に取り組まなければ、成果を出すことができません。

 

私たちは、そる意味で、そのような因果律を耳にタコができるほど聞かされています。しかし、それでは、どこに、神のあわれみのご支配があるのでしょう。創造主の存在をまったく無視したって同じことが言えます。ですから、原因結果の議論は、人を励ます力があるようでありながら、基本的に、無神論に行き着くのです。

しかも、この生まれつきの盲人のような方にとっては、ただでさえ苦しい人生に、「神ののろいを受けているのでは・・」という人の力では何ともしがたい絶望感を生み出させます。

それに対して、イエスのことばは、原因を問わせる代わりに、神がこの人の中に、新しい創造のわざを始めることができるという希望を生み出したのです。

 

わざわいの原因を探ることもときに大切ですが、何よりも大切なのは、それが、神の栄光を現わす機会になるということを知ることです。

イザヤ書で、主はそのことを、先の事を思い出すな。昔の事を思い巡らすな。見よ、わたしは新しい事を行う。今、もうそれが芽生えている。それをあなたがたは知らないのか。確かに、荒野に道を、荒地に川をわたしは設ける」(43:18、19)と語っておられます。わざわいは「新しいこと」が始まる出発点です。

   

2.「私たちは、わたしを遣わした方のわざを・・行なわなければなりません」

その上で、イエスは「私たちは、わたしを遣わした方のわざを・・行なわなければなりません(4)と、この人を含めたすべての人間に与えられた責任を述べます。それは、わたしを遣わした方のわざを、昼の間に行う」ことです。

それは、イエスご自身が、あなたがたが、神が遣わした者を信じること、それが神のわざです(6:29)と言われたように、イエスを神から遣わされた救い主として信頼する歩みを、今ここで、主が十字架にかけられる前に始めることです。

 

その上で、イエスは、この光の見えない盲人に語りかけるように、「わたしが世にいる間、わたしは世の光です(9:5)と、ご自身こそが彼に光を見せる救い主であると宣言したのです。

ここでイエスは私たちということばにさりげなくこの人を含め、神の「わざ」が表わされるため、彼にもなすべき「わざがあるとチャレンジしながら、光の見えないこの人に、ご自身に信頼して光を受けるように招いておられます。

そして、「イエスは、こう言ってから、地面につばきをして、そのつばきで泥を作られ・・その泥を盲人の目に塗って」から、「行って、シロアムの池で洗いなさいと命じられました(6,7)。これは、一見途方もなく不合理に思われる命令です。なぜわざわざ、その泥を盲人の目に塗り、目の不自由な人を歩かせるのでしょう。

 

これは、預言者エリシャがアラムの将軍ナアマンにヨルダン川に行って七たびあなたの身を洗いなさい(Ⅱ列王5:10)と言われたことに匹敵します。ナアマンは最初、それを愚かな命令と思いましたが、従者に説得され、従うことで癒されました。同じようにこの盲人も、イエスに従うことで見えるようになった(7)のです。

なお、ヨハネは、わざわざシロアムの池」の意味を遣わされた者と説明し、この池で洗うことを、神から遣わされたイエスへの信頼の行為だと示唆しています。それは、この人がイエスのことばに従うことが、「神が遣わした者を信じる」ことを意味したからです。

その結果として、すると見えるようになって、帰って行ったという不思議が実現しました。まさに、「神のわざがこの人に現された」のです。この人は、自分の目に突然ひんやりとした泥が塗られたとき、怒ってすぐに払い落とすこともできましたが、イエスの慈しみに満ちたことばにとらえられ、「従ってみたい」という思いが生まれたのです。その上で、イエスは、この人の信仰の応答を用いることで癒されたのです。

 

   愚かにも、弟子たちはこの盲人を神学論議の「ねた」にしましたが、イエスは、この盲人自身に目を留め、その責任能力を認め、信仰の応答を促しました。彼は、まだイエスについて何も知りませんでしたが、イエスのことばに深い愛を感じ取り、そのことばに「従ってみたい」という思いが与えられたのでしょう。

まさに、イエスのあわれみの力が、彼に信仰の応答を引き起こしたのです。大切なのは神学の理解よりも、応答する生き方です。

 

3.「ただ一つのことだけ知っています。私は盲目であったのに、今は見えると言うことです」

この盲人の目が開かれたことで、「これはすわって物ごいをしていた人ではないか」と驚く人々がいる一方で、「そうではない。ただその人に似ているだけだ」と言う人もいました。

しかし、彼はわたしがその人です(エゴー・エイミー)と大胆に答えます(9)。ここには、「この私こそ、神のみわざが現されたその人だ」という自負が見られます。

 

そして、そこにいる人々が、「それでは、あなたの目はどのようにしてあいたのですか」と質問したことに対して、イエスという方が、泥を作って、私の目に塗り、『シロアムの池に行って洗いなさい』と私に言われました。それで行って洗うと、見えるようになりましたと実際に起きたことを、淡々と、ただ自分の身に起きた事実を伝えました(10,11)

なお、この人の答えには、鋭い状況判断能力が確認されますから、彼はこの答えが波紋を広げることをも十分わかっていたはずですが、自分の身を守ろうという意図は見られません。

 

なお、人々はイエスの居場所を彼に尋ねますが。それに対して、彼はたったひとこと、「私は知りません」とのみ答えます。彼の答えは、本当に、余計な解釈を入れずに、事実のみを淡々と語っています。

 

案の定、まわりの人は彼を「パリサイ人たちのところに連れて」行きます(13)。なお、ここで初めて、ところで、イエスが泥を作って彼の目をあけられたのは、安息日であった」(14)と記されます。

当時は、「この癒しが一日遅れていたら、彼らは素直に信じられたのに・・」と思う人もいるかも知れません。しかし、イエスは敢えて安息日を選んだのではないでしょうか。それは、このわざが、この盲人に真の「安息」をもたらすものであり、ご自身こそが世界を真の安息に導く救い主であることを証しするためだったからです。

 

なお、泥を作って(6,11,14)と三回繰り返されますが、これは、神が人を土から造られ息を吹きかけられたことを思い起こさせます。この福音書は、すべてのものは、この方によって造られた(1:3)という宣言で始まりましたが、イエスはご自分の息を込めたつばで泥を作ることで、新しい創造を指し示したのではないでしょうか。

それにしても、「泥を作る」こともミシュナー(口伝律法)によると安息日に禁止された39の労働行為の一つでした。イエスは、ことばひとつで目を開くことができたはずですから、敢えて、彼らの人間的な安息日規定を破ろうとされたことが明らかです。

 

パリサイ人たちは、この人に「どのようにして見えるようになったかを尋ね」ます。彼は再び淡々と事実を、「あの方が私の目に泥を塗ってくださって、私が洗いました。私はいま見えるのです」と述べます(15)

ところが、「パリサイ人のある人々が」、「その人は神から出たのではない。安息日を守らないからだ」(16)と、盲人の目が開かれたという事実を無視した、不思議な論理を展開します。人は、しばしば、人を憎んだ上で、その根拠を探し出すものだと言われますが、これはその典型でしょう。

ただ同時に、そこで「ほかの者は」「罪人である者に、どうしてこのようなしるしを行なうことができよう」と、事実を直視することを勧めます。そして、「彼らの間に、分裂が起こった」と描かれます(16)。そのような中で、彼らは、自分たちの意見の分裂を直視する代わりに、この盲人であった人に、「あの人が目をあけてくれたことで、あの人を何だと思っているのか」と尋ねます。

それに対して、彼は、あの方は預言者です(17)と、たったひとこと明快に断言します。これは、イエスが神から遣わされた人だと認めることで、知識の無い彼としての最大限の信仰告白と言えましょう。

 

彼らはこの人の両親まで呼び出して、ほんとうに彼が生まれつき盲目であったのかを確かめます。ただそのとき彼らは、「どうしていま見えるのですか」と、両親にこの事実の解釈を求めます。それに対して、両親は、「どのようにしていま見えるのかは知りません。また、だれがあれの目をあけたのか知りません」と言いながら、同時に、「あれに聞いてください。あれはもうおとなです」と言い逃れします。

その理由が「ユダヤ人たちを恐れたからである。すでにユダヤ人たちは、イエスをキリストであると告白する者があれば、その者を会堂から追放すると決めていたからである」と記されます(22)。当時のユダヤ人にとって、「会堂からの追放」と言うのは、「村八分」よりも恐ろしいことです。追放された人は、もうその町に住むことができなくなります。

日本の村社会の中でもときに同じ恐怖が支配し、正直な意見を言えなくなることがあるかもしれません。私たちは、この交わりが、そのような恐怖に支配されることがないように、本当に注意深くある必要がありましょう。

 

そこで彼らはもう一度この人を呼び出して、神に栄光を帰しなさい。私たちはあの人が罪人であることを知っているのだ」と詰問します。

しかし、この人は、あの方が罪人かどうか、私は知りません。ただ一つのことだけ知っています。私は盲目であったのに、今は見えると言うことです(25)と淡々述べました。

皮肉にも、彼らは、事実を誤認して「知っている」と言い張り、当の本人は、自分が体験し確信している事実だけを「知っている」と言いました。私たちも、彼にようにただ事実のみを明確に証しできるようになるべきでしょう。

 

4. 私たちの人生に光をもたらす信仰

人はすべて、神のかたちに造られています。それは何よりも、神の語りかけに応答する者として創造されているという意味です。「責任」ということばは、英語でもドイツ語でも「応答する」から生まれています。

この盲人は「障害者」と称される人でしたが、神の御子の語りかけに応答したということにおいて、極めて「健康」な人と見ることができます。神は私たちにも常に語りかけ、応答するように招いておられます

そして、神の御子が人となって私たちの間に住まわれたのは、私たちのうちに神への応答を生み出すためでした。

 

たとい私たちが、神から見捨てられたような悲惨を味わうことがあったとしても、そこで、わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(詩篇22:1)と叫ばれたイエスに出会うことができます。そして、そのように「祈る」ということにおいて、その後の人生の意味が決定的に異なってきます。

どんなに幸福と見える人生にも、数多くの試練や心労があります。それを耐え難く忌まわしいものと見るか、神から授けられた成長の機会と見るかによって、その後の人生は百八十度違ってくるかも知れません。その感じ方の違いを生み出すのがイエスへの信仰であり、それ自体が最大の恵みです。

この盲人はみことばに従うことで、肉の目が開かれたばかりではなく、その霊の目までも十二弟子以上に開かれました。何よりも大切なのは、この信仰の応答です。

 

人は年を重ねる分だけ悲しみも重ねます。その原因を探っても、人を恨み、自分の過ちを恨み、悶々とした日々に至るだけかも知れません。私たちはまず、この世界がアダム以来すでに滅びの束縛(ローマ8:21)のもとにあるという事実を受け止める必要があります。イエスだけが、最終的に、すべての苦しみから解放してくださいます。

しかも、私たちはその時を待つことなく、既に信じる瞬間から、悲しみのただ中で平安を体験できます。それは、「私たちは、この望みによって救われている」(ローマ8:24)とある通りです。

ヒルティーというスイスの哲学者は「眠られぬ夜のために」で、いたずらにあなたを苦しめるために苦難が与えられたのではない。信じなさい、まことのいのちは悲しみの日に植えられることを(315日の黙想)と記しています。

この生まれつきの盲人のいのちは、すでに、悲しみの日々の中で植えられていました。イエスの弟子たちが、イエスをなかなか理解できなかったのに、この人がこれほどすばらしい応答ができたのはそのためです。それまでの人生の悲しみは、神のわざがこの人に現されるための備えであり、イエスに出会ったとき、それはすべて祝福に変えられたのです。

 

ファニー・クロスビーという米国の盲目の詩人は、今も多くの讃美歌によって人々の心に語りかけ続けています。代表作は「blessed assurance」「救い主イエスとともに行く身は」など、驚くほど数多くあります。

彼女は生まれてまもなく、目に何らかの問題が発生しました。まともな医者も見つけられないような田舎で、医者と自称する人が現れ、その目を治療しました。その誤った処置が、彼女の目を一生、盲目にしました。

 

ただ、彼女は95歳で召される直前、創造主が私に与えられた最大の祝福は、私の肉体の目が閉じられることを許されたことでした。主は私をご自身のみわざに用いようと創造し、そのために聖別してくださいました。私は「目が見える」ということを体験したことはありませんでしたから、盲目を損失と感じることはありませんでした。反対に、私は最もすばらしい夢、澄み切った目を、最高に美しい顔を、最高の景色を見続けることができました。視力を失ったことは私にとって何の損失でもありませんでした」と心から語っています。

 

彼女は、数多くの伝道集会で証しをしていますが、ある招かれた地で有名な作曲家と夕日の中で座っていました。ふたりは、神がほんとうに身近に感じられると感動を分ち合っていました。彼女は、目が見えなくても、その夕日の不思議なほどの美しさを感じることができました。

彼女は、神の栄光の御手が自分に伸ばされているのを感じ、恍惚感に満たされ次の詩をすぐに書きます。

 

「私は、あなたのものです。主よ。あなたの御声を聞きました。その声は私への愛を語っています。

しかし、私はもっと信仰の手を伸ばして、もっと、あなたの御そばに行くことを切に願っています。

(以下繰り返し)

祝福の主よ。もっと、もっと、私をみもとに近づけてください。

あなたが息を引き取られた十字架に近づけてください。

祝福の主よ。もっと、もっと、私をみもとに近づけてください。

貴い血を流してくださった、その御そばに」                                    

(聖歌591「恐れなく近よれと」原詩)

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2015年8月 2日 (日)

レビ記4章~7章「聖なる神の御前に招かれるために」 

                                                   201582

   私たちの礼拝では、必ず、「黙想」の時間を入れます。それは、主のみことばを聞く前に、主との交わりを隔てる「仕切り」を取り除く必要があるからです。

後ろめたい思いや不安を抱えたままでは、みことばに集中することはできません。私たちは黙想の中で、まず、自分自身のこころを神の御前に正直に開くことが求められています。

 

そのようなことを前提に、ルターは、「大胆に罪を犯せ。しかし、それよりもさらに大胆にキリストを信じ、キリストにおいて喜べ」という驚くべき逆説を言いました。ただ、それが誤解され、罪への居直りを容認し、ドイツの教会を世俗化させたという反省もあります。

そして、「キリストに従う」という勧めなしに罪の赦しを投げ売りするような「安価な恵み」の宣教こそは、現代の教会にとっての「許すべからざる宿敵」であると言わるようにさえなりました。

 

しかし、「聖くなりなさい!」ということばを聞けば聞くほど、自己嫌悪に圧倒されるような人は、どのように慰められることができるのでしょう?実際、「この教会が大切にしている聖さには自分はついてゆけない・・」と勝手に見切りをつける人がいないわけではありません。

どの教会でも、「聖さ」を大切にしながら、同時に、枠にはまりきらない人をどのように受け入れるかということで、葛藤し続けているのではないでしょうか。

 

1.「罪のためのいけにえ」-きよめのため  

   4章では、「いけにえの血」に、指を浸し、振りかけ、角に塗り、注ぐなどと、血生臭いことばが繰り返されますが、その趣旨は、「律法によれば、すべてのものは血によってきよめられる、と言ってよいでしょう。また、血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはないのです(ヘブル9:22)とまとめられます。

人は、罪に汚れた状態のままで、聖なる神の前に立てません。それで、神との親密な交わりを回復するための、指定された手続きが必要になりました。

 

そして、もし人が、主がするなと命じたすべてについてあやまって罪を犯し、その一つでも行なった場合」(4:2)の「きよめ」が述べられます。「あやまって」ということばは、「気づかずに」「意図せずに」とも訳すことができます。とにかく「知らなかった」という言い訳は通じません。それに関して「すべてについて」が問われ、罪の大きさの区別もありません。

そして、ここでは、「誰が罪を犯したのか?」によって、四種の購いの方法が述べられます。

 

第一は、「油注がれた祭司が罪を犯し、民に咎を及ぼす(3節私訳)場合です(4:3-12)。彼は民の代表ですから、その個人的な罪ですら、民全体に損害をもたらす可能性があります。そのような場合に、決してそれを放置せずに、最も高価な「傷のない若い雄牛」を連れて来て、罪の身代わりとするしるしとして牛の頭に手を置き、自分の手で殺すことが命じられます。

しかも、その「血」を、何と、会見の天幕の中の聖所に持って入り、至聖所を仕切る「垂れ幕の前に・・・七たび振りかけ」るばかりか、その前の「香の祭壇の角」にも塗ります。聖所に仕える身として罪を犯したのですから、聖所がきよめられる必要があるのです。牛の脂肪と腎臓などを「全焼のいけにえの祭壇の上で焼いて煙に」しますが(4:10)、残りの肉は、「宿営の外」の灰捨て場で焼ききり、食べることは許されません。

 

第二は「イスラエルの全会衆」が罪を犯した場合ですが(4:13-21)13節の終わりは、「主(ヤハウェ)がするなと命じたすべてのうち一つでも行うなら、咎ある者となる」と訳すべきと思われます。

手続きは上記の場合と基本的に同じですが、最初に「会衆の長老たち」が代表して牛の頭に手を置き、自分たちで「ほふる」必要があります。祭司は、雄牛の血を会見の天幕に持って入り、会見の天幕の中の「垂れ幕の前に・・七たび振りかけ」、また祭壇の角に塗ります。

20節では「こうして祭司は彼らのためにあがないをしなさい。彼らは赦される(4:20)と記されます。

 

   第三は「上に立つ者が罪を犯す」場合ですが(4:22-26)。ここでも最初の文章は、「主(ヤハウェ)がするなと命じたすべてのうち一つでもあやまって行うなら、咎ある者となる」と訳すべきでしょう。その場合のいけにえは「雄やぎ」です。

その血は、聖所の中ではなく、庭にある「全焼のいけにえの祭壇の角」に塗ります。彼は、聖所に入れませんから、きよめられる必要のあるのは、宿営の中の庭です。祭司は、脂肪などを祭壇で焼いて煙にしますが、26節でも、「祭司は、その人のために、その人の罪の贖いをしなさい。その人は赦される」と記されます。

 

第四は、「一般の人々のひとり」の場合です(4:27-35)。ここでも最初の文章は、「一つでも・・あやまって罪を犯すなら、咎ある者となると訳すべきでしょう。その際、「傷のない雌やぎ」、または「子羊」という二種類のいけにのうちから一つを選ぶことができます。

そしてその血は、庭の祭壇の角に塗られます。そして最後に再び、「祭司は、その人のために、その人が犯した罪の贖いをしなさい。その人は赦されると繰り返されます。

 

祭司の場合の罪は、祭司自身が「贖う」と表現することはできませんが、全会衆から各人の罪に至るまで、そこではまず、「咎ある者となる」と記された上で、祭司の「贖い」のわざによって、「赦される」と宣言されているのです。

この場合の「贖う」とは、ヘブル語のキッペルで、そこから「贖いのふた(カポレット)ということばも派生します。そこで課題となっているのは、主の前に咎ある者とされた者が、どのように神との交わりを回復できるかということです。

 

2.「咎ある者となる・・・その人は赦される」

  5章では、まず「証言しなければのろわれるという声を聞きながら・・証言しないなら」(5:1)という場合のことが描かれます。これは先に述べられた「あやまって」という過失ではなく、意識的に「なすべきことをしない」という罪です。この場合は、その帰結が、「咎を負わなければならない」と記されます。

 

そして次に、「彼の目からは隠れ」ている中で、「汚れた獣の死体」などの「すべて汚れたものに触れた」場合(2節)、「人を汚すものに触れた」場合(3節フランシスコ会訳)、「口で軽々しく・・誓う」場合(4節)のことが記されます。

3,4節は「後にそれに気づくなら」(同訳)ということばが加わりはしますが、ここでも、2,3,4節の最後のことばはすべて、「咎ある者となる」と訳すべきでしょう。これらは、「自分の不注意を後で気づく」というような場合で、「咎ある者となった場合、その人はそのことで罪を犯したことを告白する」(5:5フランシスコ会訳)と命じられます。

ここのテーマは、「咎を覚える」という良心の呵責の問題ではなく、神の命令を破ったかどうか自体が問われているということです。

 

その上で、「自分が犯した罪のために、償いとして・・子羊でも、やぎでも、雌一頭を、主(ヤハウェ)のもとに連れてきて、罪のためのいけにえにしなさい」(5:6)と命じられます。

ただその際、「羊を買う余裕がなければ・・」(5:7)、「山鳩二羽・・・さえも手に入れることができなければ」(5:11)という貧しい人への細やかな配慮も見られます。いつの世にも、お金の力で刑を逃れることができる人がいましたが、当時は僅かな小麦粉しかささげられない貧しい人も、同じ「赦し」を受ける道がありました。

そして、これらの箇所でも、「咎ある者となる」と繰り返されながら、「祭司はその人のために、その人の罪の贖いをしなさい」(5:6,10,13)、「その人は赦される」(5:10,13)と繰り返されます。

 

ただし、これら「罪のためのいけにえ」は、罪に対する刑罰では決してありません。ですから、罪の重さが問題にされるのではなく、どのような立場の人が、また、どのような経済力を持った人がということで区別されているのです。

そして、その目的は、神の前に受け入れられるという「きよめ」です。そのことが何よりも明確なのは、「汚れたものに触れた」(5:2)場合の「罪の贖い」のことが、「一般の人々のひとりが、主(ヤハウェ)がするなと命じたことの一つでも行い、あやまって罪を犯し、咎ある者となる場合」(4:27私訳)と基本的に同じになっていることです。つまり、たとえば、意図せずに、人を深く傷つけるような言動をしてしまった場合と、ぶたやからすなどの汚れた動物の死体に触れた場合のことが同列に論じられているのです。

神の幕屋は、神が汚れた民の真ん中に住んで、彼らをあらゆるわざわいから守り、約束の地へと導いてくださるしるしでした。そのためには、民が汚れたまま神の幕屋に近づくことがあってはならないのです。

私たちは、大切な人を自分の家にお泊めするときに、心を込めてお掃除をします。それと同じように、聖なる神を私たちの交わりの真ん中にお迎えするためには、神にとっての「汚れ」から自由になる必要があります。「罪のためのいけにえ」とは、神との交わりの回復のための「きよめの手続きなのです。

 

しかも、悪意による意図的な犯罪の場合には、赦しを受けることはできません。それは、「だれでもモーセの律法を無視する者は、二、三の証人のことばに基づいて、あわれみを受けることなく死刑に処せられます」(ヘブル10:28)と記されている通りです。

私たちは、「謝るなら、赦されて当然・・」などと、罪を軽く見過ぎてはいないでしょうか。神は、過失の罪にさえ、厳密ないけにえを定められました。イエスが中風の人に、「子よ・・あなたの罪は赦された」(マタイ9:2)と宣言された時、律法学者がそれを「神への冒涜」と受け止めたのは当然のことともいます。神の御子ご自身が、「罪のためのいけにえ」となる計画がなければ、それは言ってはならないことばでした。

 

3.「罪過のためのいけにえ」―「償(つぐな)いのいけにえ」

「ついで主(ヤハウェ)はモーセに告げて仰せられた」(5:14)は、この書の主題の転換点の表現で、ここから、「罪過のためのいけにえ」が述べられます。「罪過」は、「咎」とも訳され、結果責任が注目されます(先の「咎ある者」と同じ語根)。

その罪過のために」(5:15旧版)は、新改訳第三版では、「その償(つぐな)いのために」と正確に訳されており、「償いのいけにえ」とも呼ばれます。新共同訳やフランススコ会訳では、「賠償の献げ物」と訳されています。

 

なお、「不実なことを行い、あやまって主(ヤハウェ)の聖なるものに対して罪を犯したとき」(5:15)とは、新共同訳で「主にささげるべき奉納物のどれかを過ってささげず」と意訳されるように、規定のささげ物の不足を「償うことだと思われます。そのことが「彼は確かに主の前に償いの責めを負った」(5:19)とまとめられています。

 

特に、6章では、人の財産を侵害した場合の賠償が述べられ、現代に適用できる原則があります。それは、「かすめた品・・」の「元の物を償い、またこれに五分の一を加えなければならない」という原則です(6:4,5)。

つまり、同じ額を返しただけでは「償い」にならないということです。それは、被害者の気持ちへの慰めにもなります。

 

しかも、その上で、「傷のない雄羊一頭を罪過のためのいけにえとして祭司のところに連れて来なければならない」(6:6)と命じられます。人に対する罪は、同時に、創造主である神に対する罪でもあるからです。

その上で、「祭司は、主(ヤハウェ)の前で彼のために贖いをする・・・どのことについても赦される」(6:7)と明確に記されます。

 

預言者イザヤは、救い主が、「自分のいのちを罪過のためのいけにえとする」(53:10)と預言していますが、私たちは創造主の前に、償いきれないほどの負債を負っています。

私たちはイエスの十字架を覚えながら、主の祈りで、「私たちの負い目を赦してください」と祈るように教えられています。私たちはそれをただ口で言うのではなく、イスラエルの民が負い目を赦されるために何をしなければならなかったかを思い起こす必要があります。

 

なお、上記の箇所では「祭司は贖いをする・・その人は赦される」という表現が9回も繰り返されながら「赦し」の宣言が心の底に響くように記されています(4:20,26,31,35,5:10,13,16,18,6:7)。

つまり、これらの規定は、神が、赦しがたい人の罪や負い目を、なお赦したいと願い、そのための手続きを定めてくださったという意味があるのです。

 

4.「最も聖なるもの」「断ち切られる」

  6章8節から7章の終わりまでは、全会衆に対してではなく、アロンとその子ら」に向けての教えで、フランシスコ会訳はこの箇所のテーマを、「祭司の守るべき献げ物の規定」と記します。

最初に「全焼のいけにえ」について記され、これは「毎日絶やすことなく」(出エジ29:32)ささげる必要がありましたが、ここでは「火は絶えず祭壇の上で燃え続けさせなければならない」(6:9,13)と命じられます。これは民を、火で聖めるというしるしとしても理解されます。

 

  なお、興味深いのは、担当となった祭司は、「一晩中朝まで」、それを見守る必要があるばかりか、「全焼のいけにえの脂肪の灰」の処理に関して「祭壇のそばに置く」ときと、「宿営の外のきよい所に持ち出す」ときには、装束を変えるように命じられていたことです。何ごとも、主の命じられる方法で行う必要がありました。

 

14-18節には、「穀物のささげもの」に関してのことが記されます。まず、「記念の部分」を「主(ヤハウェ)へのなだめのかおり(a pleasing aroma to the Lord)」として焼いて煙にする」ことが命じられます(6:15)。

その際、穀物の「残った分」(6:16)は、祭司のパンとされますが、「それを会見の天幕の庭で食べなければならない」と命じられます。しかも、これは「最も聖なるもの」(6:17)と呼ばれるばかりか、「それに触れるものはみな、聖なるものとな」(6:18)とまで記されます。

汚れの移転はしばしば記されますが、「聖さ」の移転は極めて稀な記述です。

 

6章19-23節では、祭司の任職の際の穀物のささげ物のことが記されますが、その場合は、すべてを「完全に焼いて煙にしなければならない・・・これを食べてはならない」(6:22,23)と敢えて記されます。

 

24-30節では「罪のためのいけにえ」のことが記されます。4章22節から5章13節までは、その脂肪分以外の肉の処理に関しては記されていませんでしたが、ここでは、「罪のためのいけにえをささげる祭司はそれを食べなければならない。それは、聖なる所、会見の天幕の庭で・・」と命じられます(4:26)。

なお、この訳では「食べる」ことが命令されている感じがしますが、これは「食べることになっている」とも訳すことができ、強調点は誰がどのように、どこで食べるかという点にあります。ささげられたものは、会見の天幕の庭の中に留まり続ける必要があります。

また、「その肉に触れるものはみな、聖なるものとなる」(6:27)と18節と同じことが繰り返されます。

そして、「その血が少しでも着物の上にはねかえったときには…聖なる所であらわなければならない」とあるのは、ささげられたいけにえの血が、庭の外に持ち出されることがないためであり、また、「器」を通してさえ、聖別されたものの一部が外に持ち出されないようにと注意されます。

 

さらに、「罪のためのいけにえ」の肉が「最も聖なるものである」と記されます(6:25,29)。

なお、30節で「その血が会見の天幕に持って行かれたいけにえ」とは、祭司と会衆全体の罪のためのいけにえを指し(4:3-21)、その肉はすべて火で焼き尽くされる必要があり、祭司も食べることは許されません。

 

7章1-10節には「罪過(償い)のためのいけにえ」のこと等について記されますが、この中心はどのようにささげられ、だれがどこで食べるかということですが、それは「罪のためのいけにえ」の場合とまったく同じです(7:7)。

これらの記述では、先と同様に「それは最も聖なるものである」(7:1,7)が強調されます。

また、8節には全焼のいけのえの皮は祭司のものとなると記され、9,10節では穀物のささげ物も基本的にすべて祭司のものとなると記されます。

 

6章24節以降に描かれた、罪と罪過のためのいけのえの肉は、人の目には、人々の罪や罪過を負った汚れた物のようにも見えますが、神が受け入れられたので「最も聖なるもの」と呼ばれるのです。

私たちも、どんなに汚れていても、イエスに結び付けられているとき、「聖い、生きた供え物」(ローマ12:1)として受け入れていただけるのです。

 

なお、パウロは祭司たちが、ささげ物の分け前にあずかることに関して、「あなたがたは、宮に奉仕している者が宮のものを食べ、祭壇に仕える者が祭壇のものにあずかることを知らないのですか。同じように、主も、福音を宣べ伝える者が、福音の働きから生活のささえを得るように定めておられます」(Ⅰコリント9:13,14)と記しています。

 

7章11-36節には、「和解のいけにえ」(11節)のことの関して記されます。それは、「感謝のいけにえ」(12-15節)、また、「誓願あるいは進んでささげるささげ物」(16節)の三種類に分けられますが、ここでは祭司のものとなる部分、ささげた人のものとして期日を限定して食べることばかりが記されます。

なお、これはささげた本人が家族とともに、当日または翌日内に食べることが許される唯一のいけにえです。これについて、申命記では、「あなたがたの牛や羊の初子を、そこに携えて行きなさい。そのところであなたがたは家族とともに祝宴を張り、あなたの神、主が祝福してくださったすべての手のわざを喜び楽しみなさい」(12:6,7)と勧められます。

しかし、ここでは「喜ぶ」ことの勧めの代わりに、「人がその身に汚れがあるのに、主への和解のいけにえの肉を食べるなら、その者はその民から断ち切られる」(7:20)、脂肪や血を食べる者も「民から断ち切られる」(25,27節)と厳しい警告ばかりが四回も繰り返されます(7:20,21,25,27)。

それはレビ記のテーマが、神の「聖さ」を覚え、その聖さにあずかることだからでしょう。

 

パウロは後に、コリントでの食事の交わり(後の聖餐式)で、分ち合いを忘れて我先にと食べる人に対し、「みからだをわきまえないで、飲み食いするならば、その飲み食いが自分をさばくことになります」(11:29)と警告しましたが、そこでも「喜びの交わり」と「さばき」が対になっています。

ですから、私たちも、聖なる神の御前に招かれる恐れを感じることなしに、人知を超えた喜びや平安を味わうことはできないということを覚えたいものです。

 

28-34節では「和解のいけにえ」に関して、その「胸」と「右のもも」が祭司のものとなるということが記されます。そして、35,36節では、祭司たちが「主(ヤハウェ)への火によるささげ物のうちから、受ける分」と改めて強調され、彼らが幕屋の奉仕に専念できる体制を主ご自身が命じておられることが記されます。

37,38節では6章8節以降のまとめとも1章からの全体のまとめとも受けとめることができます。

 

後に預言者イザヤは、「見よ。主(ヤハウェ)の手が短くて救えないのではない。 その耳が重くて、聞こえないのではない。それは、あなたがたの咎が、あなたがたと神との仕切りとなり、 その罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたからだ」(59:1,2私訳)と記しながら、彼らの偽善的な礼拝を非難しました。

彼らは、たしかに目に見えるかたちでレビ記の教えに従って「いけにえをささげ」ていたのですが、その心は神から遠く離れていました。そして、祭司や指導者たちの堕落に心を痛めておられるご様子を、「こうして公正は退けられ、正義は遠く離れて立っている。それは、真実が広場でつまずき、正直は中に入ることもできないから。真実は失われてしまった。悪から離れる者も、そのとりこになっている」と描いています。

それと同時に、主の救いのご計画を、「主(ヤハウェ)はこれを見て、さばきのないのに心を痛められた。主は人のいないのを見、とりなす者のいないのに驚かれた。そこで、ご自分の御腕で救いをもたらし、その義を、ご自分のささえとされた」と記しておられます(59:14-16)。

 

神は、罪人たちの真ん中に住むために、彼らとの交わりの仕切りとなる「」や「罪過」を「赦す」ための方法を提示してくださいました。そこで何よりも大きな役割を担うのが、祭司の働きでした。

しかし、イスラエルの歴史では、祭司たち自身が誰よりも早く堕落しました。神は彼らに非常に重い責任を与えたのですが、彼らは自分たちの特権ばかりを主張するようになり、神と民との間をとりなすための「贖い」のみわざの意味の根本を忘れていました。

それで今度は、主ご自身が「とりなす者」を備えてくださいました。それが、主イエス・キリストです。主は、常に、ご自分の側から民に近づこうとしておられます。そこで大切なのは、私たちが謙虚に自分の罪を認め、主の救いのみわざに心を開くことです。

レビ記に、民との交わりを求める主の燃えるような熱い思いを読み取る必要があります。

 

私たちも、「どうせみんな罪人だし・・」と居直ってしまったり、また反対に、「こんな自分は教会に来る資格はない!」と絶望したりと、心が揺れることがないでしょうか?

そこに共通するのは、御子の十字架を過小評価していることです。創造主ご自身が犠牲となられたのですから、赦すことのできない罪はありません。神はご自身の圧倒的な聖さを見せながら、同時に、いつまでも罪から自由になれない私たちをみもとに招いておられます。

そして今、「私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所に入ることができるのです」(ヘブル10:19)と告白できるのです。

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