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2015年11月29日 (日)

ミカ4-6章「平和(シャローム)をもたらす救い主」

 20151129日 

  人間の歴史は、それぞれの国が自分たちの理想とする平和を実現しようと争いを繰り返してきているのではなでしょうか。平和を求めるがゆえに争うという皮肉があります。大切なのは自分たちに都合の良い平和ではなく、創造主ご自身にとっての平(シャローム)に憧れ、そのために生きることです。

そのような中で、改めて、救い主預言に注目し、「この方こそが彼らの平和となる」(5:5私訳)、「彼は、私たちをアッシリヤから救う」と言われる神の救いの意味をともに考えてみましょう。アッシリヤとは、横暴な支配者の代名詞です。それはイエスの時代はローマ帝国であり、また第二次大戦下の日本では軍閥でした。あなたの身近なところにも、横暴な人間がいるかもしれません。

 

イエスによる救いは、「今は、辛いけど、やがて天国では・・・」というものではなく、不条理に満ちた現実の世界のただ中での「生きる力」となります。

実は、イエスはご自分の民をローマ帝国の圧政から解放してくださったのです。その話を非現実的と拒絶したユダヤ人の国は独立戦争を起こし、ローマ帝国によって滅ぼされました。しかし、イエスの福音は、現実のローマ帝国の中に広まり、ついには帝国の支配者である皇帝をひざまずかせたのです。

 

1.「彼らはその剣を鋤に、槍をかまに打ち直し・・・二度と戦いのことを習わない」

預言者ミカの時代は、北王国イスラエル、南王国ユダともに経済的な繁栄を謳歌した全盛期の少し後の時代で、隣国のアッシリヤ帝国が勢力を拡大し、それに対する対応を巡って政治的な対立が起き、混乱していました。それは現代の日本の状況にも似ている面があります。

1-3章までで、主は両国それぞれに対しての厳しいさばきを宣告されます。ところが41-5節には、一転して、「終わり(のち)の日々」のシオンの回復の希望が記されます。特に、その1-3節の表現は、ほぼ同じものがイザヤ22-4節にも記されています。混乱の中にあるときこそ、救いのストーリーを大枠から見直し、歴史のゴールが「神の平和(シャローム)」の完成にあるという観点を思い起こす必要があります。

 

まず、諸国の民はエルサレムの神を嘲っていましたが、「その日々」には「(ヤハウェ)の家の山」は、様々な祭壇が置かれた「高き所」を見下ろす栄光に満ちた山として「そびえ立つ」というのです(4:1)。その結果、「国々の民はそこに流れて来る」と、世界中の人々が、新しいエルサレム神殿に引き寄せられてくる様子が描かれます。

それは、主の家の山は地理的にどの山より高くなるということよりも、世界中の人々にとっての憧れとなるという意味です。

 

そしてそこに、「多くの異邦の民が来て」とは、エルサレムの神が、全世界の人々にとっての神となることを意味し、そのときに彼らが言う言葉が、「さあ、主(ヤハウェ)の山、ヤコブの神の家に上ろう。主はご自分の道を・・教えてくださる。私たちはその小道を歩もう」と記されます(4:2)

つまり、人々を惹きつけるのは、神殿の荘厳さや輝きというよりも、主が教えてくださる「道」、主が示してくださる「小道(生き方)」を歩みたいと願うからだというのです。

 

そして、その理由が再び、「それは、シオンからみおしえが出、エルサレムから主(ヤハウェ)のことばが出るからだ」と描かれます(4:2)。「みおしえ」とはトーラーで、律法とも訳されます。また、「(ヤハウェ)のことば」も、「十のことば」を初めとする御教えです。

つまり、かつてイスラエルの民が捨ててしまった主の御教え、それを守ることができなくてさばきを受けた「主のみことば」を、世界中の人々が聞きたいと切望して、エルサレムに集まって来るというのです。

 

3節には、「主は多くの国々の民の間をさばき(治め)」とありますが、これは主が正義を持って世界を「治める」ことです。また「遠く離れた強い国々に、判決を下す」とは、アッシリヤやバビロンのような国々を従えることを意味します。その結果として、世界に平和が実現される様子が感動的に描かれます。

それが、「彼らはその剣を鋤に、その槍をかまに打ち直し、国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことを習わない」という表現です。つまり、「終わりの日々」には、神のご支配が明らかになるので、「剣」「槍」という戦いの道具が、「鋤」や「かま」という農耕具に打ち直されるのです。

それは、世界中から戦争の恐怖が無くなり、戦いの訓練もなくなるからです。今、私たちの世界では、たとい戦争がなくても、自分の身や権利を守るために、「戦いのことを習う」必要がありましたが、主の公正なさばきが全地を満たすとき、「戦う」という概念自体を忘れることができるというのです。

 

それが引き続き、「彼らはみな、おのおの自分のぶどうの木の下や、いちじくの木の下にすわり、彼らを脅かす者はいない」(4)と描かれます。彼らは財産を守る必要さえも感じなくなります。そして、それを保証するかのように、「なぜなら、万軍の主(ヤハウェ)の御口が告げられるから(私訳)と記されます。この世界では互いの支配権を巡って強さを競い合いますが、万軍の主」のご支配が目に見える形で明らかになると、争う必要がなくなります。

なお、5節は「たとい、すべての国々の民が、おのおの自分の神の名によって歩むことがあっても」と訳すことができます。つまり、今、多くの人々が偶像の神々を拝んでいたとしても、「しかし、私たちは、世々限りなく、私たちの神、主(ヤハウェ)の御名によって歩もう」と告白するのです。それは私たちが、主の約束が必ず実現すると信じているからです。

 

2.「エルサレムの娘の王国が帰って来る」

 467節では、「その日(単数)」という表現で、新しい世界の約束が、「(ヤハウェ)の御告げ」と言う宣言と共に、「わたしは足のなえた者を集め、追いやられた者、また、わたしが苦しめた者を寄せ集める。わたしは足のなえた者を、残りの者とし、遠くへ移された者を、強い国民とする。(ヤハウェ)はシオンの山で、今よりとこしえまで、彼らの王となると記されます。

使徒の働きにある「足のなえた者」の「いやし」こそ、このミカの預言の成就と言えましょう。

 

初代教会時代、ペテロとヨハネは、エルサレム神殿の「美しの門」で、「生まれつき足のなえた人」を癒しました。そのときペテロはこの乞食に向かって、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と言いました。するとこの人は「おどりあがってまっすぐに立ち、歩きだし」「神を賛美しつつ・・・、宮に入って行った」というのです(使徒3:1-8)

記事の中心は、使徒たちとともにこの足の癒された人が、権力者の脅しにも屈することなく、イエスを救い主としてあがめたことです。まさに、神から「追いやられた者」が集められ、「足のなえた者」が、「残りの者」として真の神の民とされ、「強い国民」とされました。

そしてこのことを通して何よりも、イエスがシオンの山で彼らの王となったことが明らかになりました。なぜなら、ペテロもヨハネも厳しい脅しを受けながら、ユダヤ人の最高議会の命令に従うよりも、イエスを王としてあがめることを明確にしたからです。

 

  48節の始まりは、「あなたに」と記され、それが「羊の群れのやぐら、シオンの娘の丘よ」と説明され、「以前の主権、エルサレムの娘の王国が帰って来る」と述べられます。

それは羊の群れを見守る「やぐら」、「シオンの娘」としての民を見守る「丘」に、「王」が帰って来ることです。これは、失われたと思われた神の国が回復する希望です。

 

410節では奇想天外な救いのご計画が、「身もだえし、もがき回れ、シオンの娘よ。子を産む女のように。なぜなら今、あなたは町を出て、野に宿り、バビロンにまで行くのだから。そこであなたは救われる。そこで主(ヤハウェ)が贖ってくださる、あなたを敵の手から」と描かれます。

それは将来的なバビロン捕囚という悲惨を通してエルサレムの民を、敵の手から贖い出してくださるというのです。「」とは、皮肉にも同胞の支配者です。それは民衆がミカの時代から、この世の権力、暴力支配の中で奴隷状態にあったからです。彼らを奴隷としていたのはイスラエルの支配者自身でした。そして、主は国を滅ぼすことによって、そのような抑圧者を一掃してくださるというのです。

 

 人は直線的な時間の観点でこの世界の動きを見ようとしますが、4章初めにあるように、主はまず歴史のゴールを示されます。それは神の平和(シャローム)が世界を満たし、全世界の民がイスラエルの神ヤハウェを礼拝するときです。そして、その始まりとして、主は、「足のなえた者」、この世の弱者を集めてキリストの教会を建てられます。

ただ、この世界では、強い者、賢い者が支配権を握り、人を奴隷化しています。神はイスラエルの民をバビロン捕囚という悲惨を通して建て直しました

同じように、日本の救いのために、神は様々な悲惨が起こるのを許されました。それは日本人の傲慢を砕くために必要なことでしたが、多くの人々はそれによってもなお、神の前にへりくだろうとはしていません。

目の前には、様々な苦しみや悲惨があります。それらは私たちが負うべき十字架かもしれません。しかし、それは光り輝く世界への入り口でもあります。主の十字架は悪の力に対する勝利の宣言だからです。

                                               

3.「この方こそが、平和となる・・・彼は、私たちをアッシリヤから救う」

5章初めでは、娘のようなひ弱な軍隊に、召集を呼びかけるしかない絶望的な状態が、また、エルサレムがアッシリヤの軍隊によって包囲される中で、イスラエルの王の頬が杖で打たれるという辱めを受ける様子が描かれます。しかし、それを通して、48節にあった「以前の主権、エルサレムの娘の王国が帰って来」るというのです。

 

それを実現する新しい王の誕生が、「ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから・・イスラエルの支配者になる者が出る」(5:2)と預言されます。

これは、マタイの福音書2章では東方の博士たちの訪問に驚いたヘロデ大王が学者たちを集めて「キリストはどこで生まれるのかと問いただした」ときに引用されます。その際、学者たちは、ヘロデが理解しやすいように若干の言い換えをしたと思われ、「ユダの地、ベツレヘム。あなたはユダを治める者たちの中で、決して一番小さくはない。わたしの民イスラエルを治める支配者があなたから出るのだから(6)と記されています。

ミカ書で、「ベツレヘム・エフラテ」とあるのは、当時、二つのベツレヘムがあったためです(ヨシュア19:15では北のゼブルンの支配地にも)。ダビデの出生に関しては、「ユダのベツレヘムのエフラテ人でエッサイという名の人の息子(Ⅰサムエル17:12)とあり、そこから地名が生まれたと思われます。

またミカ書で「最も小さい」と記されているのは町のサイズを示し、マタイで、「一番小さくはない」と記されているのは、小さな町であるにもかかわらず、小さな意味しか持たない町ではないという意味だと思われます。

 

   また、ミカでは続けて、「その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである」と記されていますが、それは主がダビデに、彼の王家の永遠性を約束されたことを指します(Ⅱサムエル7:16)

そして3節では、救い主の誕生まで、イスラエルは外国の支配下に置かれるということが示唆され、同時に、民が四方に散らされていても、この救い主のもとに集められるという意味のことが記されます。なお、新約では、ペンテコステの日に、世界各地から集まった三千人ほどの人々が弟子に加えられていますが、それこそこの預言の成就と解釈することができます。

 

引き続き、この救い主の働きが、「彼は立って、主(ヤハウェ)の力と、彼の神、主(ヤハウェ)の御名の威光によって群れを飼い、彼らは安らかに住まう。今や、彼の威力が地の果てまで及ぶからだ(5:4)と描かれます。

4章の初めでは、主(ヤハウェ)ご自身が全地に平和を実現すると約束され、その7節では、「主(ヤハウェ)はシオンの山で、今よりとこしえまで、彼らの王となる」と記されていましたが、ここでは救い主として誕生する方が、主(ヤハウェ)の支配をこの地上に目に見える形で現すと記され、主(ヤハウェ)と一体となっている王であられると描かれています。

 

不思議にも5節では、救い主が実現する平和のことが、「この方こそが彼らの平和となる(私訳)と記され、6節の終わりで、「彼は、私たちをアッシリヤから救う」と言い換えられます。

現代の誰も、イエスをアッシリヤ帝国の支配からの解放者としては理解しません。イエスは、アッシリヤ帝国滅亡後600年余りたって誕生しているからです。しかも、ここでは、そのプロセスで、「七人の牧者と八人の指導者」という地上の指導者が、救い主のもとで立てられ、アッシリヤの地とニムロデの地を軍事的な剣の力で治めると描かれます。ニムロデの地とはバビロン帝国の中心地を指します。

詩篇2篇では救い主の働きが、「あなたは鉄の杖で彼らを打ち砕き、焼き物の器のように粉々にする(9)と描かれ、黙示録では「ハルマゲドン(16:16)での戦いに勝利する方が、「神のことば」と呼ばれ、その「口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は鉄の杖をもって彼らを牧される」と記されます(19:13-15)

 

実は、預言された救い主は、二回に分けて現れることになったのです。最初は剣も鉄の杖も用いない方として現れ、世の終わりになってこの預言を文字通りに成就すると解釈できます。実際に、救い主は、一度目は人の罪を負って十字架にかかる方として現れ、二度目は、鉄の杖で神の敵を踏みにじる方として現れるのです。

それが示すことは、イエス・キリストは単に柔和で優しい方ではなく、地上的な力をもってこの地の敵を従える方であるということです。残念ながら多くの方々は、その点で救い主を誤解します。救い主は、この世の悲惨や争いを、涙を流しながら途方に暮れている方ではありません。

事実、ミカの預言から数十年後に、アッシリヤ帝国がエルサレムを包囲した時、ミカの預言を信じたヒゼキヤ王は、主に従うことでアッシリヤの攻撃を奇跡的に退けました(エレミヤ26:18,19)

 

この方こそが、平和となる・・・彼は、私たちをアッシリヤから救う」は、この地の横暴な権力者すべてに対する勝利として適用できます。

イエスが十字架で息を引き取ったとき、ローマの百人隊長は「この方はまことに神の子であった」と告白し、イエスにローマ皇帝と同じ権威を認めました。それを証しするように、主は死の力を打ち破って復活されました。

その後のキリスト者に剣の脅しが通じなくなったとき、ローマ皇帝自身がイエスを真の王と告白するようになります。私たちはどこかで、救い主のご支配をあまりにも浮世離れしたことと理解してはいないでしょうか。

 

4.「ヤコブの残りの者は・・・人に望みをおかず」

578節は諸外国の攻撃や圧政の中を生き延びた子孫に関しての約束です。その第一は、「ヤコブの残りの者は・・・主(ヤハウェ)から降りる露、青草に降り注ぐ夕立のよう」に、世界中に潤いをもたらします。それは「人に望みをおかず」、神に望みをかける者として世界の希望となるからです。

今、私たちが「世界中に潤いをもたらす」ことができるのです。第二は8,9節で、苦難を潜り抜けた「ヤコブ残りの者」が、ライオンのように強くされると約束され、また、「あなたの手を仇に向けて上げると、あなたの敵はみな、断ち滅ぼされる」と、主にある勝利が約束されます。

使徒パウロも、「主にあって、その大能の力によって強められなさい。悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身につけなさい(エペソ6:10,11)と記しています。事実、イエスが、「右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい」(マタイ5:39)と言われたのは、この世の横暴に泣き寝入りをする敗北主義の教えではなく、悪の力に勝利するための秘訣でした。それは神のご支配を信じているからこそできる勇気です。

 

51011節では、「その日」ということばとともに、41節の「終わりの日々」、46節の「その日」で約束されていた神の平和を、神ご自身が神の民の戦いの道具である「馬」や「戦車」をなくすことによって実現すると描かれています。

それはまた、人間的な力を誇る神の民を内側からきよめる神のさばきでもありました。神の平和は、そのさばきから始まるというのは。恐ろしいことでもありますが、ダビデ自身も詩篇207節で、「ある者はいくさ車を誇り、ある者は馬を誇る。しかし、私たちは私たちの神、主(ヤハウェ)の御名を誇ろう」と告白していたのです。

 

この預言から間もなく、ミカに励まされたヒゼキヤ王は、ただイスラエルの神に救いを求めました。すると、「主(ヤハウェ)の使いが出て行って、アッシリヤの陣営で、十八万五千人を打ち殺し」ます(イザヤ37:36)。神の民は、戦う必要さえありませんでした。

そればかりか、主はイスラエルの中から、「呪術師を断ち、占い師を・・なくする・・・刻んだ像と石の柱を断ち滅ぼす」(5:12,13)と言われますが、ヒゼキヤのもとでそれも行われます(Ⅱ歴代誌31)

 

ところでその後、ミカ667節でイスラエルの民の愚かな犠牲のいけにえを非難します。この時代は、北王国も南王国ユダも経済的繁栄をまだ享受できていました。彼らはその豊かさを用い、高価な一歳の子牛や幾千の雄羊、幾万の油の流れを、エルサレム神殿でささげていましたが、それは社会的な弱者から搾取したものでした。

 

それでミカは本書核心の教えとして、「主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主(ヤハウェ)は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行い、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか」(6:8)と告げます。

公義を行なう」とは、神の基準に従ってこの世界を治めることです。

誠実(原文「ヘセド」)を愛する」とは、真実な変わらない愛(ヘセド)を愛するという不思議な表現です。それは周りの反応に左右されずに神の眼差しを意識しながら神と人とに誠実を尽くすことです。

へりくだってあなたの神とともに歩む」とは、主の祈りの「みこころ・・」にあるように、神との対話の中で神の意志を自分の意志としながら日々生きることです。

 

イエスは、几帳面な生活ばかりに気を取られているパリサイ人を非難して、「わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは、はっか、いのんど、クミンなどの十分の一を納めているが、律法の中ではるかに重要なもの、正義とあわれみと誠実をおろそかにしているのです。これこそしなければならないことです。ただし、十分の一もおろそかにしてはいけません(マタイ23:13)と言われましたが、その背後にはこのミカのことばがありました。

 

この書では、「さあ、聞け(1:23:1,6:1)と繰り返されます。神への最高の愛の表現は、みことばに耳を傾けることです。もちろん、イエスが「十分の一もおろそかにしてはいけない」と言われたように、ささげものや奉仕は大切ですが、「私は自分の責任を果たすために日夜頑張っています」と言いながら、身近な人々の心の声にまったく耳が向いていない人がいるかもしれません。

事実、パリサイ人たちは、自分たちは神の前に誠実を尽くしていると思いながら、イエスを十字架にかけるように叫びました。神に聴くことと、隣人のことばに耳を傾けることは切り離せません。何よりも大切なのは、神の御思いに自分の心を向けながら、何が神の目に良いことなのかを慕い求めることです。

 

私たちは多くの成功物語を聞きます。私も、「お金と信仰」の中でで、この世の経済活動を軽蔑することなく、心の中に湧き起こって来た思いに将来を賭けてみる大胆さも大切であると説いてきました。周りに気遣いながら自分の情熱を殺すなど愚かなことだからです。

しかし、同時に、目先の成果に一喜一憂する近視眼的な生き方からも自由になる必要があります。「結果がすべて!」などという発想を、主は決して喜ばれません。主に創造された者としての個性を生かすことと、いつでもどこでも、主のみこころを第一として生きることには何の矛盾もありません。

 

救い主の誕生は、この世の権力システムをあざ笑うかのような貧しいものでした。しかし、それこそが、神の永遠のご計画だったのです。互いを押しのける競争ではなく、貧しくなる中に神の救いが実現したのです。

戦争を引き起こすのは、邪悪な人であるよりも、理想に燃えて、人々の心を世界の不条理に対する怒りに駆り立てる人です。直線的な、早急な問題解決を目指し、自分の正義を押し通すことができる人です。

しかし、それは人々の罪を負って十字架にかかられたイエスの生き方とは正反対です。ときが来たら、イエスがご自身の方法で、この地に平和を実現してくださいます。それは聖書の預言が成就し続けていることで保証されています。少なくも、ミカの預言はその直後のヒゼキヤ王に実現し、何よりもベツレヘムでのイエスの誕生に実現しています。

今何よりも求められているのは、「公義を行い、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩む」という置かれた場での地道な生き方です。

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2015年11月22日 (日)

レビ記26,27章「もう、おびえなくてもよい」

レビ記26章、27章「もう、おびえなくてもよい」

                                                       20151122

ある方が、イエスを知る前の自分を「いつも何かにおびえていた・・・」と言っておられました。しかし、今は、自分の将来を心配する代わりに、人のため、教会のため世界のために、「悩み苦しむ余裕」が生まれています。そこに着実に愛の交わりが広がっています。

あなたが今体験している「救い」とは何でしょうか?もちろん、誰にでも、悩みと葛藤のために夜も眠られないという時期が訪れることもあります。そのような時、自分の不信仰を責める代わりに、神は私たちの生き方に期待するがゆえに、困難な課題を与えておられると信じられるなら幸いです。

 

1.「わたしはあなたがたの間を歩もう」

  レビ記26章は、契約を守る者への「祝福」1-13節)と、破る者への「のろい(14-39)が記されます。当時の支配者と属国の契約文書でも、同じ形式があり、「のろい」の部が長くなるのが一般的でした。

ただ、ここでは40-45節で、何と、契約を破った者への希望が約束されます。それこそが、世の契約との決定的な違いです。

 

   1,2節はレビ記の核心でもあり、それは第一に、「自分のために偶像(空しいもの)を造ってはならない。また自分のために刻んだ像や石の柱を建ててはならない」と記されます。「自分のために」が繰り返されるのは、偶像礼拝の根本は自分の願望を神とすることだからです。たとえばイスラエルの民が、かつて金の子牛を作って拝んだのは、多産と繁栄という願望を神として表現したからです。

また続けての命令は、「あなたがたの地に、拝むための石像を立ててはならない」と訳すことができます。どこの国でも歴史的な偉人の像を立てる習慣がありますが、礼拝の対象となっていないならば許されます。たとえば、上野の西郷隆盛の銅像に目くじらを立てる必要はありません。

 

ここで何よりも大切なのは、私たち一人ひとりが、「神のかたちimage of God)」として、目に見えない神の愛のイメージを、目に見えるように現すために創造されているということを覚えることです。せっかく神が、一人ひとりをご自身の「かたち」としてユニークに創造してくださったのに、自分の勝手な理想の姿を作って、ありのままの人間の姿を、軽蔑してしまうこと、それこそ、創造主を悲しませることであるばかりか、この世に争いを生み出す原因となっています。

この最後に付加された、「わたしはヤハウェ、あなたがたの神であるから」ということばは、非常に重い意味があります。そこには、私たちがこのままで「神の民」とされているという特権と責任が伴っています。

 

第二は、「わたしの安息日を守り、わたしの聖所を恐れなければならない(26:2)です。それは、「わたしは主(ヤハウェ)である」と言われる方、すべての存在のみなもとである方の前に、時間と場所を聖別することです。礼拝規定が細々と記されているのは、人は基本的に、自分のイメージした神を、自分の好む方法で礼拝したいと思う傾向があるからです。

レビ記の核心は、神がこの地にまでおりて、私たちを御前に招いておられるということです。その際、私たちは、神が定めた方法によってしか神に近づくことができません。神が定めた礼拝の時間や場所を恐れる必要があります。

ただし、その際、私たちにとっての「聖所」とは、礼拝施設である前に、キリスト者の交わりではないでしょうか。それは、「あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられる・・もし、誰かが神の神殿をこわすなら、神がその人を滅ぼされます(Ⅰコリント3:16,17)と記されているからです。

キリスト者の交わりこそ新しい神殿です。そして、それゆえに、それを軽蔑し破壊する者は、神に滅ぼされると厳しく警告されています。

 

   そして、「もし、あなたがたがわたしの布告(規定)によって歩み、わたしの命令に注目し、それらを行なうなら」(26:3私訳)という優しい語りかけと共に、主の契約を守る者への祝福が以下の四点にまとめられ約束されます。

 

第一に、神は「その季節に従ってあなたがたに雨を与え(4)てくださると約束されます。約束の地は豊かで温暖ですから、雨さえ適当に降るなら、「満ち足りるまでパンを食べる(5)ことができます。

 

第二に、神は「その地に平和(シャローム)を与え」ます(6)。それは「あなたがたの五人は百人を追いかけ、あなたがたの百人は万人を追いかけ(8)と、神の助けによって二十倍、百倍の敵に立ち向かえるからです。

 

第三に、神は「多くの子供を与え・・増やし・・・契約を確かなものにする(9)と言われます。それは神がアブラハムの子孫を「地のちりのように」、天の星のように増やすと言われたことの成就を意味します(13:1615:5)

 

第四に、神は「わたしはあなたがたの間にわたしの住まいを建てよう(11)と言われます。レビ記は何よりも、神が一度は、金の子牛を作って拝んだ民を捨てると決意されたことを、再び思い直し、「わたしはあなたがたの間を歩もう(12)と約束された結果として生まれた教えです。

その究極の祝福の表現として、「わたしはあなたがたの神となり、あなたがたはわたしの民となる」(12節)とまとめられます。この表現は、黙示録213節では、私たちが招きいれられる「新しいエルサレム」の姿としても描かれます。

しかも、主は改めて、「わたしはヤハウェ、あなたがたの神」と言われ、出エジプトのことを思い起こさせながら、「あなたがたをまっすぐに立たせて歩ませた(13)と言われます。つまり、親が幼児を育てるように、神はイスラエルを産み、育て、立たせてくださったのです。これらの祝福の約束は、「絵に描いた餅」のようなものではなく、既に彼らが体験し続けたことの延長にあります。

 

2.吹き散らされる木の葉の音にさえ彼らは追い立てられ

   14節からは「のろい」の警告が記されますが、その条件は、「もし・・わたしに聞こうとせず、これらの命令すべてを行なわないなら、また、わたしの布告(規定)を拒み、あなたがたのたましいがわたしの定めを忌み嫌い、それによってわたしの命令を行なわず、わたしの契約を破るなら」というものです。

ここでは何よりも、私たちの聴く姿勢が問われています。神の愛に満ちた御教えを、真剣に受け止めない結果として、契約を破ることになるのです。今も、神の御教えを、裁きの基準としての「律法」と見る人々が後を絶ちません。それこそ「のろい」の入り口になります。

 

その第一は「わたしはあなたがたの上に恐怖(terror)を臨ませ・・心をすり減らさせる。あなたがたは種を蒔いてもむだになる・・・だれも追いかけて来ないのに・・逃げる」(17)です。つまり、神がご自身の御顔を背けられた結果は、恐怖心、焦燥感、無力感として表れるというのです。

ただし、「恐れがあるのは、罪を犯しているせいでは?」などと適用してはなりません。詩篇554,5節にもあるように、敬虔な信仰者も恐怖に圧倒されるからです。神が私たちに恐怖を感じさせるのは、「もし、これらのことの後でも・・わたしに聞かないなら(18)とあるように、私たちの心をご自身に向けさせるためです。

神経の超過敏の人もいます。それは神の賜物でもあります。自分の感受性を恥じる必要はありません。問われているのは、「恐れ」が私たちの心を神に向けさせているかどうかです。

 

  第二には、「これらのことの後でも・・わたしに聞かないなら・罪に対して七倍も重く懲らしめる(18)と警告され、先の祝福の逆が描かれます。まず、恵みの雨が降らなくなり「あなたがたの力は無駄に費やされ」(20節)ます。

 

そして第三に、さらにわたしに反抗して歩む・・なら・・・七倍も激しく・・うちたたく(21)と警告されます。それは神が「野の獣を放ち(22)、家畜と人口が急減することです。

 

第四に、「わたしの懲らしめを受け入れず・・反抗して歩むなら、わたしもまた、あなたがたに反抗して歩もう・・・罪に対して七倍も重く・・打とう」(2324)と警告されます。それは「あなたがたの上に剣を臨ませ」という外国の侵略です(25)。ここで初めて、「あなたがたは敵の手に落ちる(26)と記されます。また「パンのための棒を折る(26)とは神がパンを不足させるという意味で、その結果、十家族で一つのかまどを使って足りるほどにパンが不足し、「食べても、満ち足りない」という状態になります。

 

第五に、「これにもかかわらず、なおも・・わたしに聞かず・・反抗して歩むなら、わたしは怒ってあなたがたに反抗して歩み」と、これまでの表現を最上級にしながら、四度目の表現として、「七倍も重く・・懲らしめよう」と警告されます(2728)。その結果が、空腹のあまり親が子供を焼いて食べるという空前の悲劇です(29)。これはエルサレムがバビロンに包囲された中で起こります。

しかも「あなたがたの聖所を荒れ果てさせる(31)と言われますが、それは神が聖所から立ち去った結果です。

そして、神ご自身がその地を荒れ果てさせ、イスラエルの敵が唖然とするほどになると描かれます(32)。また、神ご自身がご自身の民を「国々の間に散らし、剣を抜いて・・あとを追う」とまで言われます。その結果が、再び「地は荒れ果て・・・町々は廃墟となる(33)と同じ表現が繰り返されます。

 

イスラエルの民はこれらの警告を聞きながら、繰り返し主に反抗し、すべての悲劇を自分の身に招きました。ダビデとソロモンのもとで豪華な神殿を建て、栄華を極めた王国は、その後ふたつに分かれ、北王国はアッシリヤに滅ぼされて民は諸国に追い散らされ、また栄光のエルサレム神殿は廃墟とされ、人々はバビロンに捕囚とされました。

 

   ところで、不思議にもこのさばきが、土地にとっては祝福となるという逆説が3435節の原文では、「そのとき、その地は安息を享受enjoyする。その地が荒れ果て、あなたがたが敵の国にいる間に。そのとき、その地は休み、その安息を享受する。地が荒れ果てている間中、地はその休みを取る。それは、あなたがたがそこに住んでいたとき、安息の年に休まなかった休みである」と記されます。

25章では七年目の安息年(サバティカル)が命じられていますが、地の休みを命じた神は、それを実行させることができます。つまり、彼らが受ける「のろい」は、神の命令に従って土地を休ませなかった報いであると同時に、それは地にとっての安息の享受となるというのです。

 

これは働き過ぎの人を、神が強制的に休ませることにも似ているでしょう。もちろん、これは働き盛りで病気になる人すべてに安易に当てはめてはいけませんが、目先の収穫ばかりを追い求める者への戒めとも言えます。

 

  そして、「あなたがたのちで生き残る者にも、彼らが敵の国にいる間、彼らの心の中におくびょうを送り込む。吹き散らされる木の葉の音にさえ彼らは追い立てられ・・追いかける者もいないのに倒れる・・・敵の前に立つこともできない(3637)と、先の、「五人は百人を、百人は万人を」という勇気と正反対の状態が描かれます。

 

  ここには神がご自身に逆らう者に、敢えて「恐怖を臨ませ」、それでも「聞かないなら・・七倍も重く懲らしめる」という趣旨のことばが繰り返され、最終的に、彼らから安住の地を奪うことによって、神の地に安息をもたらすという不思議なことが記されています。

それら全体を通して、神のさばきの背後に、「哀れみに胸を熱くする神」の熱い招きがあることが分かります。私たちが体験する恐怖の背後に、神の熱い招きがあります。

第二次大戦中、ユダヤ人を匿ってナチスの強制収容所に入れられながら生還したオランダ人の女性コーリー・テン・ブームは、「勇気とは祈られた恐れである(Mut ist Angst, die gebetet hat、カール・バルトのことば?英語ではCourage is fear that has said its prayers )と言いました。

恐れ」は恥ずべきことではなく、祈りを通して真の「勇気」の源泉となるというのです。

 

3.「わたしは彼らを退けず・・・」

   40-42節は難しい構文ですが、「もし、彼らが自分たちの咎と先祖たちの咎を告白するならーー彼らはわたしに不実なことを行ない、わたしに反抗して歩み、それによって、わたしも彼らに反抗して歩み、彼らを敵の国に送り込んだのであるがーー、そのとき、もし彼らの無割礼の心がへりくだり咎の償いをするならわたしはヤコブとの契約を思い起こそう。またイサクとの契約、またアブラハムとの契約を思い起こそう。そしてその地をも思い起こそう」と訳すことができます。

人は災いに会うと「神がおられるならどうして・・」と思うことがありますが、ここでは、彼らに及ぶ災いは、神ご自身が「彼らに反抗して歩み、彼らを敵の国に送り込んだ」結果であると予め語られます。それが事前に警告されていることによって、彼らは苦しみの中で神に立ち返ることができます

そのとき神も、信仰の父たちと土地との「契約」を「思い起こ」されます。それは、豪雨の後の虹のように、喜びの時が始まるしるしです。

 

そして43節では再び、「その地は・・安息を享受する」と記され、その理由が、「彼らは自分たちの咎の償いをしなければならない。実に彼らがわたしの定めを退け、彼らのたましいがわたしの布告(規定)忌み嫌ったからである」と記されます。人は誰も神のご計画に逆らうことができません。人の成功など野の花のようにはかないものです。

最後に神は、それにもかかわらず・・・わたしは彼らを退けず、忌みきらって彼らを絶ち滅ぼさず、彼らとのわたしの契約を破ることはない(44)と約束されます。その理由が、「わたしはヤハウェ、彼らの神である」と改めて記されます。

神の真実は、人の不真実によって無に帰するようなことはありません(ローマ3:3)。私たちがいつでもどこでも希望を持って生きられるのは、この「神の真実」を知っているからです。そして、イエス・キリストが私たちの罪を負って十字架にかかり、三日目によみがえって聖霊をお与えくださったことこそ、この約束の現われなのです。

 

4.主へのささげものと主に属するもの

レビ記27章は、フランシスコ会訳では「奉献物の買戻し」という表題がつけられています。神を礼拝する場を、聖く保つためには、多くのささげものが必要でした。これは礼拝を守るための極めて実際的な記述です。

 

2節はフランシスコ会訳では、「人がある人の評価額を支払うことで、その人をささげたことになる特別の誓願を立てるとき」と訳されています。「誓願」は、不妊のハンナが子の誕生を願って、生まれたサムエルを主にささげると約束したようなことを指します。ただ、通常の状態では、レビ人の奉仕で働き手が満たされるので、金銭をささげることが多く、その金額が、3-8節に記されています。

出エジプト記2132節では、奴隷が牛に突き殺された場合の賠償額が、男でも女でも30シェケルとあります。この4節では成人女性の評価額と同じです。それはイスカリオテのユダがイエスを売り渡した値段でもあります。20歳から60歳までの成人男性の評価額50シェケルよりも安いのは、ユダの目的がお金ではなかったからでしょう。

なお、60歳を超えると、15シェケルに急落するのには複雑な思いがします。ただ、レビ記1932節では、「老人の前では起立」が命じられており、老人蔑視ではありません。それにしても、5歳から20歳までの男性よりも低く見積もられたというのは、体力による評価であった記しでしょう。

 

9-15節では、家畜や家屋をささげる場合のことが記されます。その強調点は、一度ささげたものは主の「聖なるもの」となるということです。いけにえになり得る家畜の場合は、買い戻しができません。

汚れた家畜」の場合でも、お金にできますので、受け入れられますが、その場合は祭司がその価値を評価し、買い戻す場合はその評価額に五分の一を加える必要がありました。

家屋の場合も祭司が評価し、買い戻しは同じ条件で認められました。どちらにしても、誓願のささげものに、期待通りの結果が出ないからと言って、取り戻すことはできません。

 

16-25節は畑の一部をささげる場合のことですが、そこでは50年に一度のヨベルの年のことが大きな意味を持ちます。それによると、畑の真の所有権は主に属しますから、畑の価値はあくまでもそこに蒔く種の量で測られます。また、それはヨベルの年には、もとの持ち主のものに戻ることを前提に計算され、買い戻す場合はその評価額に五分の一を加える必要がありました。

ただし、ヨベルの年まで本人が買い戻さなければ、それは「聖絶された畑として主(ヤハウェ)の聖なるものとなり、祭司の所有地となる(20)と記されています。それは、土地がもともと主のものだからです。

22-24節では、他の人から買った畑をささげる場合のことが記されますが、ここでは、「ヨベルの年には、その畑は、その売り主であるその畑の所有主に返される」と、ヨベルの年の解放の原則が強調されます。

 

26-33節では誓願を立てる際の献げ物にできない三種類が述べられます。家畜の初子も、聖絶のものも、収穫の十分の一も、もともと主に属するものです。

そして、最後に、「地の十分の一は・・みな主のものである。それは主の聖なるものである」(27:30)と述べられます。また、「牛や羊の十分の一」をどのように選ぶかに関しては、「牧者の杖の下を十番目ごとに通るものが、主(ヤハウェ)の聖なるものとなる。その良い悪いを見てはならない・・それを買い戻すことはできない(3233)と記されます。私たちの場合も、収入の十分の一を計算する際、「これは、子供の将来の学費のため、これは老後の蓄えのため、これは会堂献金への指定としたい」などという条件を付けて、課税額から控除するような態度で聖別献金を計算してはなりません。

収入の十分の一は、自動的に主に聖別し、主が与えられた所属教会に献金するという姿勢がこの箇所からの帰結でしょう。なぜなら、収入の十分の一は最初から主のものであり、特別な誓願のために献げるという趣旨ではないからです。

ある教会では、十分の一は「献金」ではなく「返金」であり、献金は別枠で考えましょう、とまで指導されることがあるほどです。ですから、特別な働きのための献金とか、感謝の献げ物や交わりのための財源は、自分に任された十分の九の中から考えるべきでしょう。

 

ただし、十分の一献金は、これを果たさなければ「のろい」を招くような義務として考えるのも極めて不健全です。「私は主への義務を誠実に果たしています」などと自負している人の前に行くと、息が詰まる思いになることでしょう。それこそイエスが真っ向から非難したパリサイ人の姿でした。

マラキ310節で、主は、「わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ」と、驚くべき約束をしておられます。信仰生活の中で、主をためすようなことは、本来あってはならないことですが、この献金に関してだけは例外です。

実は、十分の一献金は、何よりも私たちの心がお金から自由になるための秘訣なのかと思います。それを自動的にできる人は、ほんとうに日々の必要が満たされるという感謝に生きています。それでも、献金を聖別する気持ちを保てない人は、どこか、いつも、恐れに囚われた生き方になるのかもしれません。

ご自分の信仰の成長を願うなら、献金ほど明確で簡単な手段はありません。イエスは、「あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです(マタイ6:21)と言われたからです。ただし、それを義務感で実行するなら、その原則は生きません。

 

真理は単純です。創造主を恐れて生きる者は祝福され、反抗する者は裁きを受け、どこにも居場所がなくなり、おびえながら生きなければならないのです。

この選択は、いつも私たちの目の前に置かれており、それには結果が伴います。ただし、取り返しのつかない失敗はありません。神は、ご自身に背く者への当然のさばきを御子に負わせられたからです。

私たちはもう、おびえる必要はありません。恐れに圧倒されるたびに神がそれを優しく受け止め、平安を与えてくださいます。いつでもどこでも大胆に、他の人や世界の問題までも引き受け、祈ることができます。

 

イエスは、ご自分を捨てて逃げ出した弟子たちをガリラヤに集め、「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます(マタイ28:20)と言われました。復活のイエスがともにおられるのですから何をも恐れる必要はありません。

私たちにとっての最終的な勝利は既に決まっているので、困難に立ち向かうことができるのです。

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2015年11月15日 (日)

レビ記24,25章

レビ記24,25章 「やり直しのきく人生」

                                                         20151115

  残念ながら、日本は、失敗者に厳しい社会であると言われます。そのような中である方が、キリスト教会で礼拝する恵みを、「どの顔して出てこられるのかと言われる心配もなく、昨日までのことが無かったかのように、神の前に出ることができる」と表現しました。

私たちはいろんな負の遺産を蓄積しながら生きていますが、神は常に新しいスタートの機会を与えてくださいます。今回は特に、「ヨベルの年」の教えのすばらしさを味わっていただきたいと思います。

 

1.「主の御名を冒涜する者は必ず殺されなければならない」

   23章と25章のテーマは、「時の聖別」と言えましょうが、それに挟まるように、幕屋で守るべき務めと、主の御名への冒涜へのさばきが記されています。

そこでの第一の命令は、「イスラエル人に命じて、燈火用の質の良い純粋なオリーブ油を持って来させよ」ということで、その目的が、「ともしびを絶えずともしておくため」と記されます(24:2)

 

そして第二の命令が、「アロンは会見の天幕の中、あかしの箱の垂れ幕の外側で、夕方から朝まで主(ヤハウェ)の前に絶えず、そのともしびを整えておかねばならない」と記されます(24:3)

そしてこの二つにかけるように、「これは・・代々守るべき永遠のおきてである」と厳しく念を押されます。この記述は、出エジプト記2720,21節と基本的に同じです。そして、そこにはなかったことばとして、「(アロン)は純金の燭台の上に、そのともしびを絶えず(ヤハウェ)の前に整えておかなければならない」と付け加えられます(24:4)。

 

Ⅰサムエル記3章では、少年サムエルが、老年になった祭司エリに代わってこの務めを果たし、そこで主のことばを聞いたことが記されています。そこでは、「神のともしびは、まだ消えていず(Ⅰサムエル3:3)と描かれながら、サムエルに祭司エリの家の滅亡が告げられ、その後まもなくして、契約の板を納めた「神の箱」がペリシテ人に奪われるという前代未聞の悲劇が起こります。

つまり、「契約の箱」の前で、夜通し「ともしびを整える」という務めを祭司が誠実に守ることが、主ご自身にイスラエルの民の真ん中に住まいいただくための前提だったのです。

 

神の民であり続けるためには、民の側にもなすべき責任があります。それは、当時は、最上のオリーブ油を備え続けることと、ともしびを絶やさないということでした。

それは、現代の私たちにとっては、「御霊を消してはなりません(Ⅰテサロニケ5:19)という勧めにつながるのではないでしょうか。それは、いつでもどこでも、「イエスは私の主です」と告白し続けることを意味します。イスラエルの民は本来、「国々の民の光」となるために召されました。そして今、私たちは、この貧しい肉体という「土の器」のままで、世界を照らす光となっています

 

   245-9節では、幕屋のパンに関する命令が記されます。まずイスラエルの民は、「小麦粉」で、「輪型のパン十二個を焼」いて、「主(ヤハウェ)の前の純金の机の上に」、六個ずつ重ねて、「二並びに置く」ことが命じられました。また、「それぞれの並びに純粋な乳香を添え(7)と命じられますが、これは二つの金の杯に入れられて、重ねられたそれぞれのパンの横に置かれたようです。それは「(ヤハウェ)への火によるささげ物」として、「パンの記念の部分」と共に、火で燃やし尽くされました。

これらは、安息日ごとに新しくされ、整えられました(8)これは十二部族からの献げ物の象徴ですが、同時に、主こそがすべてのパンのみなもとであることを覚えるためでした。

 

  なお、このパンは「記念の部分」は焼いて煙にされますが、基本的には、祭司たちが「聖なる所で食べる」とあるように、祭司の「受け取る永遠の分け前」とされました(9)。それは、主への奉仕に専念する者たちが、人々が主にささげたものの中から受け取って、自分の食べ物とするという意味がありました。

後に、ダビデはサウルから追われて逃げる途中に、飢えに苦しみましたが、神の幕屋に供えられたパンを祭司から受け取って食べさせてもらいました(Ⅰサムエル21:1-6)。主イエスは後に、この例を持ち出しながら、主の命令を本来の趣旨に立ち返って柔軟に適用することを勧めました。

なお、今イエスは、「わたしがいのちのパンです(ヨハネ6:35)と言っておられます。私たちは、基本的にみな、パンのために働くのではなく、主のみこころを行なうために働くように召されています。そして、働いたことの報酬としての「パン」は、主ご自身が私たちに与えてくださるものと解釈すべきなのです。

 

   2410節からは突然、「イスラエル人を母とし、エジプト人を父とする者が」、あるイスラエル人と、「宿営の中で争った」ときに、「御名を冒涜してのろった」という事件が記されます。人々は、この者をモーセのところに連れてきて、主の命令を待ちます。それに対し主(ヤハウェ)は、「あの、のろった者を宿営の外に連れ出し、それを聞いた者はすべてその頭の上に手を置き、全会衆はその者に石を投げて殺せ(14)と命じました。

そして、そこからイスラエルの民すべてに対する教訓として、「自分の神をのろう者はだれでも。その罪の罰を受ける。(ヤハウェ)の御名を冒涜する者は、必ず殺されなかればならない…在留異国人でも、この国に生まれた者でも(16)と記されます。

イスラエルは主(ヤハウェ)のご支配を世界に証しするために召されました。宿営の中で御名を冒涜することは、自分の存在を否定することに他なりません。しかも、これは律法を授けられた直後であり、子々孫々に影響を及ぼします。彼らは、冒涜者の頭の上に手を置き、その手で石を投げるという心の痛みを覚えつつ、神を恐れることを学んだのです。

 

   その上で17節からは、「人を打ち殺す者は、必ず殺される」から始まり、「もし人が隣人に傷を負わせるなら、その人は自分がしたと同じようにされなければならない」(19)という同害報復法とも言われる原則が述べられます。

その上で、「目には目、歯には歯(20)と記されます。ただし、これは裁判規定であり、私的な復讐を許容するものでありません。しかも、その目的は、罪に対する処罰に上限を定めることと、復讐の連鎖を防ぐことにありました。カインの六代目のレメクは、「カインに七倍の復讐があれば、レメクには七十七倍(創世記4:24)と豪語しましたが、古来、人はより大きな復讐を正当化することで、自分の身を守ろうとしていました。

しかもここでは続けて、「在留異国人にも、この国に生まれた者にも、ひとつのさばきをしなければならない(22)という「法の下の平等」の原則に焦点が合わされます。今から三千数百年前に、被害者の気持ちに寄り添った公平な裁判が命じられていたのです。

 

ちなみにイエスは、「『目には目で、歯には歯で』と言われたのをあなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬をも向けなさい・・・一ミリオン行けと強いるような者とは、いっしょに二ミリオン行きなさい」と言われました(マタイ5:38-41)。それは、当時のローマ帝国の暴力に、暴力で応答することへの戒めでした。

一見、イエスはモーセと真逆のことを言っているようにも見えますが、暴力や復讐の連鎖を止めて、今ここに平和を生み出すという点では同じ趣旨です。

 

24章全体で覚えるべきことは、「あなたがたの王、支配者はどなたですか?」という問いかけではないでしょうか。神はご自身に栄光を帰す者を「世の光」とし、パンを与えると約束してくださいます。しかし、神の御名を冒涜する者は、自分の存在基盤を自分で崩しています。

ただし、イエスはそんな罪人のためにも十字架にかかってくださいました。それを前提としてイエスは、「人はその犯すどんな罪も赦していただけます。また、神を汚すことを言っても、それはみな赦していただけます。しかし、聖霊をけがす者はだれでも、永遠に赦されず・・」(マルコ3:28,29)と言われました。つまり、人は、聖霊をけがして救いを拒絶しない限り、死刑に価するようなどんな重罪も赦されるというのです。

 

2.「地はわたしのものであるから。あなたがたはわたしのもとに寄留している異国人である」

   252節は、「わたしが与えようとしている地にあなたがたが入ったとき」から始まり、特に「わたしが与える」が強調されます。中心命令は、「その地は、主(ヤハウェ)の安息を守らなければならない」です。それは六年間は種を蒔き、収穫しても、「七年目は、地の全き休みの安息」として、「畑に種を蒔いたり・・・落ち穂から生えたもの」さえも「刈り入れてはならない」と厳しく命じられました。

6節は、「The Sabbath of the land shall provide food for you,(ESV)土地の安息はあなたがたに食べ物を与える」と訳すことができます。それは、その年に生産活動を一切休んでいても、奴隷にも雇い人にも居留者のためにも家畜にも、食べ物の必要が満たされるという意味だと思われます。

 

サバティカル」という英語があり、欧米の大学教授や牧師などは七年に一度の特別休暇が与えられますが、その起源がここにあります。一年間も土地を休ませるとその後の生産力が回復されます。教師や牧師を休ませると、新鮮なインスピレーションが生まれます。

それにしても、その間をどのようにつなぐのでしょう。これは飢えの危険を賭けた途方もない冒険です。だからこそ、「わたしが与える」という神の主権が最初に強調されました。私たちは、土地や仕事にばかり目が向かうからこそ休めなくなります。しかし、休息を命じた神こそが、パンの源なのです。

 

なお、申命記15章では七年の終わりごとに負債の免除とヘブル人の奴隷解放が命じられています。ですから、七年目は、土地を休ませるということばかりか、すべてのことをリセットしてやり直すという意味があったのです。

 

258節からは「ヨベルの年」の規定が記されます。それは、「安息の年を七たび・・数えた・・四十九年」目の「第七月の十日」、つまり「贖罪の日に」、「全土に角笛を鳴り響かせ・・・第五十年目を聖別し、国中のすべての住民に解放を宣言する(25:9,10)ことです。

贖罪の日」は、秋の収穫祭とも言える仮庵の祭りの五日前で、このときの「五十年目」としての「ヨベルの年」は、実質49年目の半ばから始まることになります。ただ、後の時代には、この月が新年の始まりとなり、現代のイスラエルでも「贖罪の日」の十日前から新年が始まっています。

 

なお「ヨベル」ということばは「角笛」に由来します。シナイ山に主(ヤハウェ)が下り、律法を与えてくださったとき「角笛」が鳴り響きました。それはエジプトの奴隷状態から「解放」され神の民とされた記念です。

その趣旨は、何よりも、「自分の所有地に帰り、それぞれ自分の家族のもとに帰らなければならない(10)という、神が先祖に与えた原初の相続地と自由な身分を回復させることにあります。七年に一度のリセットで不十分だったことを徹底的にやり直すという意味がありました。

経済活動の自由と共に貧富の格差は必然的に広がります。今も昔も、豊かな者はますます豊かになり、貧しい者はますます豊かになり、貧富の格差は世代を超えて拡大して行きます。そして、借金を抱えた人は、先祖から受け継いだ土地を売ったり、自分の息子や娘を奴隷に売ったりして、その日の糧を得なければならなくなります。

しかし、五十年に一度は、神がそれぞれの氏族に平等に土地を分けてくださった原点に立ち返ることができるというのです。しかも、この年は、この全面的なリセットのために、土地を完全に休ませることが命じられました。

 

この根底にある原則は、イスラエルの土地の真の所有者は、イスラエルの神ヤハウェご自身であり、民にはその土地の管理が任されていたに過ぎないということがあります。

ですからここでは、「彼があなたに売るのは収穫の回数だから」(25:16)と、土地の所有権の売買という発想が、神の主権を侵すものとして退けられ、主の主権を軽んじる者に、「あなたがたの神を恐れなさい。わたしはあなたがたの神、主(ヤハウェ)である(25:17)と宣言されます。

 

それにしても、このように土地を休ませることには、「飢え」の危険が生まれます。20節には、「もし、種を蒔かず、また収穫も集めないなら、私たちは七年目に何を食べればよいのか」という疑問が記されますが、これは七年目の安息年の不安を表現したものと言えましょう。

そして、21節で主が、「わたしは、六年目に・・三年間のための収穫を生じさせる」と言われるのは、ヨベルの年には、49年目と50年目の、二年間の休耕が命じられていることを前提としてのことばです。そして、22節の、「八年目に種を蒔くとき」とは、ヨベルの年が七年目の第七の月から始まることを前提にしてのことばで、八年目の第八の月にはヨベルの年が終わっているからです。

とにかくここでは、ヨベルの年を過ぎた九年目の収穫まで、六年目の収穫を食べ続けることができると途方も無い約束をしてくださいました。

 

23節は厳密には、「恒久的に土地を売ってはならない(フランシスコ会訳)と記されています。これはヨベルの年の所有権の回復を前提としてのことばです。そしてその根拠を主が改めて、「地はわたしのものであるから。あなたがたはわたしのもとに寄留している異国人である」と言われます。

そして、原文では、24節から初めて、「買い戻しの権利」ということばが登場します。それは、貧しさのために所有地を売らざるを得なくなった人の土地を買い戻す権利を認める規定ですが、たとい買い戻しの権利のある親類がいなくても、ヨベルの年を迎えると、無償で所有地を自分のものとして回復することができました。ただし、城壁の中にある住宅地は、原則、自由な売買が認められました。

 

これらの規定の背後には、私たちが、土地や財産や仕事以前に、それらすべてを与える主(ヤハウェ)をこそ仰ぎ見るべきという教えがあります。「地は主のもの」との教えから、私たちも「地上では旅人であり寄留者であることを告白し(ヘブル11:13)て、仕事の報酬に心を奪われるのではなく、仕事を与えてくださる主を見上げて生きるべきです。

 

3.「彼らは、わたしがエジプトの地から連れ出したわたしのしもべである」

   「もし、あなたの兄弟が・・」(25:35)とは、同族の者が貧しくなった場合のことです。「彼を在住異国人として扶養し」とは、その人を、一時的に寄留する客人かのようにもてなすことの勧めです。

また、「金を貸して利息をとってはならない。また食物を与えて利得をとってはならない(25:37)とは、同胞の貧しさに付け込むような取引を禁じるのが趣旨です。これは私たちクリスチャンの交わりにも適用されます。

初代教会では、「信じた者の群れは、心と思いをひとつにして、だれひとりその持ち物を自分のものと言わず、すべてを共有にしていた・・彼らの中には、ひとりも乏しい者がなかった(使徒4:3234)という、それぞれの主体性に基づく愛の交わりが実現していました。これは私有財産制を否定するものではなく、自分の豊かさを神の賜物と受け止め、同じ神の民に分かち合うことの勧めです。

 

そして、同胞が「あなたに身売りしても、彼を奴隷として仕えさせてはならない・・住み込みの雇い人としておらせ、ヨベルの年まであなたのもとで仕えるようにしなさい(25:39,40)と命じられます。そしてその根拠として、「彼らは、わたしがエジプトの地から連れ出した、わたしの奴隷だからである。彼らは奴隷の身分として売られてはならない(25:42)と記されます。

つまり、同胞を奴隷とすることが禁じられるとともに、ヨベルの年には、約束の地で最初に先祖に分配された状態を回復させ、過去の負債を帳消しにし、神の民として再出発するように命じられたのです。七年毎に同胞の奴隷が解放されることとは別に、ヨベルの年には、家族の最初の相続地からやり直すことができたのです。

 

   当時の奴隷制度は、飢えを回避するための必然性があり、異国人を奴隷にすることは認められていました。

また、イスラエルの民がこの地で、豊かな「在住異国人」に身を売ることもあり得ました(25:47-54)。その際でも、イスラエル人に限り、ヨベルの年には先祖の土地を返し、自由人とするように命じられました。その前の「買い戻し」の額は、ヨベルまでの年数で計算されました。

イスラエル人の所有権は神に属するので、労働力は売買できても、身分を売買することは神への主権侵害となったのです。イスラエルの地でのルールを決めるのは、ヤハウェだったからです。

 

その根拠を神は、「わたしにとって、イスラエル人はしもべ・・・わたしがエジプトの地から連れ出したわたしのしもべである(25:55)と最後に言われます。そして新約では「あなたがたは、代価をもって買われたのです。人間の奴隷となってはいけません(Ⅰコリント7:23)と言われます。

人のたましいを支配するように仕事を強制してもいけませんし、また自分のたましいを売るような仕事の仕方をしてもいけません。それぞれのたましいは神の宝物だからです。

 

  ところで、安息年やヨベルの年が、約束の地でどれだけ守られていたかは疑問です。少なくとも王政では不可能になりました。王を頂点としたピラミッド社会では、土地は恩賞として与えられ、少数の者が土地を所有し、多数の者が奴隷のように土地に縛られ、階級が固定されました。しかし、それは本来の神の意図ではありませんでした。

 

日本の戦後の高度成長の背景に、米国の占領軍による財閥解体や農地解放の恩恵があったと言われます。私の父の家は北海道の小作農でした。その状態が続いていたなら、私は大学にも入れなかったことでしょう。その政策の背後に、「ヨベルの年」の解放の原則が見られます。

ただし、日本では農地の売買自体が厳しく制限されたため零細農家が固定化され、農業の国際競争力が落ち続ける原因になりました。しかし、聖書では、ヨベルの年を前提とした土地や労働力の売買は認められていたのです。

しばしば、社会的弱者を徹底的に保護しようとする善意に満ちた政策が、官僚支配による不正と不効率を招きます。しかし、ヨベルの年の規定では、個々人の経済活動の自由を保証しながら、そこから必然的に生まれる貧富の格差を、定期的に無くすることができました。

現代的には、これは貧富の格差を、世代を超えて受け継がせないための、子供の教育の機会均等などの原則に適用できます。

 

ヨベルの年の教えから、西暦二千年を記念に発展途上国の債務免除が一部実行されました。金利負担で負債が負債を生むという悪循環から解放するためでした。多重債務者には「ゼロからの出発」は途方も無い恵みです。

 

イエスは、「私たちの負い目をお赦しください。私たちも私たちに負い目ある人を赦します」と祈るようにと命じられました。その基本は、負債の免除の祈りで、安息の年やヨベルの年の考え方を基にしています。

なお、「負い目」は、「罪」とも言い換えられます。罪が蓄積すると「のろい」を招きますが、それは莫大な借金と同じように、人間の力では取り除くことができません。それで神の御子がこの「のろい」を十字架で引き受けてくださったのです(ガラテヤ3:13)

今、私たちは「のろい」から「祝福」へと移されました。だからこそ、「私たちに負い目ある人」にも、ヨベルの年の解放を宣言するのです。そして、人の負債を許すことで、自分の負債が許されていることが確認できるのです。

 

人間的に見ると、私たちは誰も、親の影響や自分の過去から自由になることはできません。しかし、神は、どんな負の遺産も、将来の益に変えることがおできになられます。

神を愛し、人を愛する生き方の中では、どんな忌まわしい過去の傷も、神の愛を体験する恵みの泉と変えられ、そこから人の傷に寄り添う愛の力が湧き出るのです。

 

実際、人は、人生が順調なときには、人の悩みに「それは、こうしたらよいでしょう!」と助言します。しかし、それはほとんど役に立ちません。しかし、様々な苦しみを通して、生きることの難しさが身に染みてくるとき、苦しむ人の気持ちに寄り添うことが可能になります。

また、その中でこそ、イエス・キリストにある救いの恵みが腹の底から理解できるようになります。私たちはイエス・キリストの十字架にあって、この世の因果律から自由になることができるのです。

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2015年11月 8日 (日)

ヨハネ11章28-46節「死に勝利した者として、死に向かう」

ヨハネ1128-46節「死に勝利した者として、死に向かう」

                                           2015118

   世界中では4秒に一人が餓死、1秒に1.8人、一年間に5,500万人が死んでいると言われます。そのような中で、たった一人のラザロの死とよみがえりには何の意味があるのでしょう。

しかも、彼がその人生で成し遂げたことなどは何も記されていません。ここで強調されているのは家族や周囲の人が、彼の死を深く悲しんでいるということばかりです。しかし、だからこそ、この記事は私たちにとって深い慰めとなります。イエスがそんな無名のラザロの死に対して「涙を流された」。そして彼を生き返らせることができました。

神は常に、たったひとりに目を向けておられます。だから神の民はひとりのアブラハムの記事から始まります。たとえば1120日からの三日間のセレブレーション・オブ・ラブの伝道集会で、たったひとりの人しか決心に導かれなかったとしても、神の目には大きな喜びなのです。私たちはあまりにも統計的な数字に目を向けすぎているのではないでしょうか。

 

 イエスはマルタとマリヤの悲しみに寄り添い、彼女たちの心の声に耳を傾けてくださいました。そして、その悲しみをともに味わいながら、ラザロをよみがえらせます。私たちはここに、キリストにある「愛の交わり」が、「死の力」に打ち勝った物語を見ることができます。

聖書の物語は歴史的な事実に基づいてはいますが、私たちの心を生かすのは、何かの客観的なデータや科学的な証明ではなく、神が私たちと何も変わらない、たったひとりの人にご自身を現わしてくださったという物語です。神の物語こそが、私たちの心の奥底に響くのです。

 

1. マルタとマリヤ

 ユダヤ人はイエスを、神を冒涜する者として殺そうとしました。それで主と弟子たちは、一時ヨルダン川の東側に避難していました(10:40)。そこにベタニヤに住むマルタとマリヤから、その兄弟ラザロが病気であるとの知らせが届きました。その村はエルサレムの東側約3㎞のオリーブ山東側の斜面にあり、イエスはその家に何度か滞在したことがあり(ルカ10:38-42)、特に親しい関係にありました。

ところが、「イエスは、ラザロが病んでいることを聞かれたときも、そのおられた所になお二日とどまられた(6)と記されます。その後、イエスは、もう一度ユダヤに行こう(7)と弟子たちに言われましたが、弟子たちは、「先生。たった今ユダヤ人たちが、あなたを石打ちにしようとしていたのに、またそこにおいでになるのですか(8)と、その危険を訴えました。

とにかく、イエスがベタニヤに向かうことには大きな生命の危険があったという文脈を私たちは忘れてはなりません。

 

それにしても、イエスはラザロの死を弟子たちに伝えたとき、わたしは喜んでいます。あなたがのため、あなたがたが信じるために、わたしがその場に居合わせなかったことを」と、ラザロの死を明確に告げながらも、すぐにご自身の「喜び」を表現しておられます。人間的な悲劇が、神にあって「喜び」へと変えられます。

 

イエスがラザロの死を知ってベタニヤを訪ねたとき、マルタは村の外までイエスを迎えに行きました。それは貴人を迎える当然の礼儀でしたが、マリヤは家ですわって(20)いました。悲しみのあまり動くことができなかったからです。

ここにふたりの性格の違いを見ることができます。マルタは行動的な人で、悲しみの中でも責任をわきまえ、イエスと理性的な会話をすることができました。

彼女は、イエスが、「わたしは、よみがえりです。いのちです・・・」と言われ、「このことを信じますか」と問われたとき、マルタは、「はい、主よ。私は信じています。あなたこそがキリスト(救い主)であること、神の御子であること、この世に来られることになっている方であることを」と、三重の観点からイエスへの信仰告白、旧約の預言を成就する方であることを告白しました。ここに彼女の模範的な信仰告白を認めることができます。彼女は多くの人にとって頼もしい存在だったと思われます。

 

そして、ここでもマルタは、この会話の後、すぐに家に帰って行き、姉妹マリヤを呼びます。そこでマルタはマリヤに、「そっと言った」と敢えて記されます。これは「秘密に」とも訳せ、他の人には聞こえないような言い方です。このマルタの行動と話し方に、何とも言えない優しい愛情が見られます。

多くの人は、ルカ1038-42節の記事から、マルタが行動的なばかりで繊細さに欠けるように誤解しがちですが、彼女はここでマリヤの気持ちに優しく寄り添っていることが明らかです。

そこでマルタはマリヤに、「先生が見えています。あなたを呼んでおられます」と言います。その後のことが、「マリヤはそれを聞くと、すぐに立ち上がって、イエスのところに行った。さて、イエスは、まだ村に入らないで、マルタが出迎えた場所におられた」と描かれます。当時の集落は、基本的に、城壁に囲まれるかたちでできており、入り口には門と広場がありました。当然ながら、墓は、城壁の外にありますから、イエスはなるべく早く墓に向かうことを考えて、門の外に留まっていたのではないでしょうか。

 

2.「イエスは霊の憤りを覚え、心の動揺を感じ・・・涙を流された」

そして、続けてここでは、「マリヤとともに家にいて、彼女を慰めていたユダヤ人たちは、マリヤが急いで立ち上がって出て行くのを見て、マリヤが墓に泣きに行くのだろうと思い、彼女について行った(31)と記されます。

何人ものユダヤ人たちが、マリヤを慰めていたのです。マリヤは悲しみに圧倒されるとともに、人の悲しみにも敏感だったのでしょう。その豊かな感性で、日頃から多くの人との心の交わりを築いていたのだと思われます。

なお、マルタは他の人には聞こえないように、イエスのことばを伝えていたので、そこにいるユダヤ人たちは、マリヤがイエスに会いに行ったとは思わず、彼女が「墓に泣きに行くのだろうと思った」というのです。ここにマリヤの悲しみの大きさと、それに寄り添うユダヤ人たちとの心と心の交わりの豊かさが描かれているとも言えましょう。

 

マリヤは、イエスのおられた所に来て、お目にかかると、その足もとにひれ伏して」、「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」と言います(32節)。不思議にも、これは先にマルタがイエスに出会った時とまったく同じことばです(21)。たぶん、二人でそのように語り合っていたのでしょう。

それにしても、マリヤは、「その足もとにひれ伏し大声で泣き続けるというパニック状態にありました。

 

そのような中で、そこでイエスは、彼女が泣き、彼女といっしょに来たユダヤ人たちも泣いているのをご覧になると、霊の憤りを覚え、心の動揺を感じた(33)と描かれます。それを見たイエスも感情をあらわにしました。

霊の憤りを覚え(33)とは、鼻息を荒くして憤る様子です。心の動揺を感じてというのも、恐怖に心を騒がしているかのような様子で(12:27参照)、ゲッセマネの園の祈りに通じます。

私たちは、イエスはいつも冷静さを保っておられたと思いがちですが、そうではありません。最後の敵(Ⅰコリント15:26)と呼ばれますが、イエスはここでマリヤをこれほど悲しませる死の力」に対して憤りを感じ、心を騒がせられたのでしょう。

 

その上でイエスは、「彼をどこに置きましたか」と、ラザロの墓の場所を尋ねます。そこにいた人々は、「主よ。来てご覧ください」と言います。そして「ご覧ください」ということばを聞いた反応が、「イエスは涙を流された」と感動的に描写されます(35)。イエスはまさにこのことばでラザロの死の現実を目の当たりに思い浮かべたのでしょう。それは、静かに嘆き悲しむ様子です。

それを見たユダヤ人たちは、ご覧なさい。主はどんなに彼を愛しておられたことか(36)と言い、主の憤りや動揺や涙に「愛」を感じました。

私たちは自分が味わう感情自体を恥じる傾向がありますが、イエスはマリヤの感情をいっしょに味わってくださいました。イエスの感情表現は、彼がまさに私たちと同じ人間になって、私たちにとっての最後の敵である「死」と直面してくださる姿勢の現れです。

 

不思議なのは、マルタとマリヤは、イエスに会った時、まったく同じように、「主よ。もし、ここにいてくださったのなら・・」と言ったのですが、イエスはそれぞれに全く異なった応答をしました。

マルタに対しては、わたしは、よみがえりです。いのちです・・・」(25)と力強く語りましたが、マリヤの前では何と涙を流された」(35)という展開になります。それは、イエスが表面上のことばよりも、その心の奥底のことばに耳を傾けられたからでしょう。

 

この福音書は、「初めに、ことばがあった・・・すべてのものは、この方によって造られた・・・ことばは人となって、私たちの間に住まわれた」という、創造主の受肉の記事から始まりました。

それは、預言者イザヤが、この方のことを、「悲しみの人で、病を知っていた・・・まことに、彼が負ったのは私たちの病、担ったのは私たちの悲しみ」(53:3,4私訳)と描いていましたが、全宇宙の創造主が私たちと同じ「病」「悲しみ」を味わってくださったということを意味します。

しかも、それは創造主ご自身が私たちの悲しみを担うためであったというのです。 

 

3. 「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る」 

   ところがイエスの涙を見ても、別のユダヤ人は、盲人の目をあけたこの方が、あの人を死なせないでおくことはできなかったのか」と冷ややかに言っていました。そして、その後のことが、「そこでイエスは、またも心のうちに憤りを覚えながら、墓に来られた(38)と描かれます。それは、「死の力」に対する憤りであり、戦いの姿とも解釈することができます。

そして、墓の様子が、「墓はほら穴であって、石がそこに立てかけてあった」と描かれます。そこでイエスは、「主よ。来てご覧ください」と言ったユダヤ人たちに向かって、「その石を取りのけなさい」と命じたのだと思われます。まさか主は、女性のマルタに向かって石の移動を命じはしないでしょう。

 

ところが、そこで、「死んだ人の姉妹マルタは言った」という表現と共に、彼女のことばが、主よ。もう臭くなっておりましょう。四日になりますから(39)と記されます。いつものように気が利くマルタの姿が現れているとも言えますが、いつも細かい配慮ができる人は、ときに自分に問われてもいないことまで答えてしまいます。

確かに、死後四日もたつとラザロの身体は腐敗し始めているはずですが、彼女には、イエスがそんなこともわきまえていないと思えたのでしょうか。

彼女のことがここでそれは彼女が、信仰よりも常識の原則に動かされていることのしるしでした。だからこそ、彼女のことが、「死んだ人の姉妹」と敢えて記されているのかもしれません。

 

それで、イエスは、もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか」(40)と敢えて言われました。私は最初もし・・信じるならという表現に当惑しました。「もしあなたがわたしを信じないなら・・」という脅しを読み取ることもできるからです。

しかし、イエスは、彼女と同じ人間の立場に立たれ、彼女の信仰を励ますように、「(神をともに)信じるなら、神の栄光を見る」と言われたのではないでしょうか。

 

イエスのことばに圧倒された人々は、「石を取りのけ」ました。そこでイエスはその中を見る代わりに、目を上げて天の父に祈られました。

そのことばが、「父よ。わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。わたしは、あなたがいつもわたしの願いを聞いてくださることを知っておりました(4142)と記されます。それは、マルタの懸念とは異なり、四日たっても死体から腐敗臭がなかったからとも言えるのではないでしょうか。

 

その上で、「しかしわたしは、まわりにいる群衆のために、この人々が、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じるようになるために、こう申したのです(42)と敢えて付け加えます。それは、イエスと御父との絶対的な信頼関係を証しするものであり、回りにいる群集が・・信じるようになるためでもありました。

つまり、イエスは、今、マルタとまわりの人々の大祭司、代表者として祈りつつ、彼らの信仰を育もうとしておられるのです。

 

なお、マルタは先にイエスに今でも私は知っております。あなたが神にお求めになることは何でも、神はあなたにお与えになります(22)と告白しましたが、ここでのイエスの祈りのことば(41,42)はそれと何と似ていることでしょう。

実は、彼女の信仰告白は、自分のうちにある疑いを打ち消そうとする努力の裏返しとも言えます。イエスはそれを読み取られた上で、会話を導かれました。

そして、ここでも、彼女の心の奥底にあった不信仰に寄り添いながら、彼女が頭の上で理解していたことが心の奥底に落ちるように導かれたと理解できます。

 

 イエスは、その後、「大声で叫ばれ」、「ラザロよ。出て来なさい(43)と言われました。それは、まるで眠っている人の目を覚まさせるような表現であり、すでに父なる神がラザロを生きかえらせておられることを前提としたことばです。

すると」、それまで確かに死んでいた人が、手と足を長い布で巻かれたまま(44)、何と自分の力で出て来た」というのです。そこではさらに、「彼の顔は布切れで包まれていた」と描かれます。

 

  ここで不思議なことがあります。イエスは、父なる神に向かって、「腐敗した身体をもとの状態に戻してください」とも、「生命の息を、ふたたびお与えください」とも祈っていたとも記されていません。

ただ、イエスは、墓の前で、「父よ。わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します(41)と祈っておられました。ですから、これは、ラザロの身体が、まさに眠った状態」(13)と同じ状態に保たれているようにと祈っていたことが含まれているのではないでしょうか。

また、マルタがイエスに、「あなたが神にお求めになることは、何でも神はお与えになります(22)と告白した時に、イエスは、「あなたの兄弟はよみがえります」と答えていますが(23)、この時点でまさに、イエスはすでにご自分の祈りが、父なる神に届いていたことを確信していたということでしょう。

 

それを見て、イエスはさらに、「ほどいてやって、帰らせなさい」と言われます。それはマルタとマリヤの家に帰らせることを意味します。ラザロが死ぬ前の日常生活が取り戻されるというのです。その時マルタの疑いとマリヤの悲しみが完全にいやされました

それは、イエスがすでに「死の力」に打ち勝っておられること、また、ご自身に信頼する者に、来たるべき世の復活のいのちとしての「永遠のいのち」を既に与えておられることの力強い証しとなりました。

イエスは今も、頭の上でしか信じられない常識人に向かって、心の奥底にある疑いの気持ちに寄り添いつつ、もしあなたが信じるなら・・・」と語りかけ、私たちの信仰を成長させてくださいます。

 

4. 「イエスがなさったことを見た多くのユダヤ人が、イエスを信じた」

  その後、「そこで、マリヤのところに来ていて、イエスがなさったことを見た多くのユダヤ人が、イエスを信じた(45)と記されます。彼らはマリヤの悲しみに深く共感した人々でした。

そして彼らは、イエスが言っておられたように、イエスが天の父なる神から遣わされた方であり、父ある神はイエスの願いをいつも聞いてくださるということが分かりました。それはマルタの初めの信仰告白が、そこにいた人々に共有されたという意味です。

 

しかし同時に、そこには不気味なことが、「しかし、そのうちの幾人かは、パリサイ人たちのところに行って、イエスのなさったことを告げた(46)と記されます。ラザロの復活は意外な展開を引き起こしました。ユダヤ人の最高議会が召集され、イエスを「殺す」ことが決められ(53)、犯罪人として指名手配することになった(57)というのです。

人は、好意または憎しみの気持ちをあらかじめ持った上で、その理由付けを探し出すと言われますが、彼らもイエスを最初から信じないことに心を決めていました。彼らは、イエスが事前に巧妙な仕掛けを打ち合せていたに違いないと思ったことでしょう。彼らにとっての問題は、イエスが誰であるかより、多くの人々がイエスに従うようになったことです。

彼らの常識によれば、救い主を自称する人は、必ず民衆を導いてローマ帝国への革命運動を指導するはずでしたから、この動きを止めないと、ユダヤ人全体が滅亡に向かわせることになります。つまり、イエスのみわざがより偉大であるほど、彼らは事態を静観できなくなったということです。

 

   イエスは、ラザロひとりを生かすために、ご自身の十字架への道を決定付けました。何と計算に合わないことでしょう。しかし、それは同時に、すべての人を生かすための歩みでもありました。

イエスが、そのように喜んでご自身を犠牲にすることができたのは、御父への信頼において、死の力に打ち勝っておられたからです。

 

   イエスは、ラザロのもとを訪ねるのを二日間遅らせている間、父なる神に、彼のからだが、イエスのひとことで生き返れる状態に保たれることを祈っておられたことでしょう。しかし同時に、それがご自分を十字架刑に向かわせる歩みであることを知っていました。

ラザロをよみがえらせる神が、イエスが全世界の罪のために十字架に架かることを望んでおられるということを、祈りの中で改めて確信していたのではないでしょうか。トマスが、「私たちも行って、主とともに死のうではないか(16)と言ったのは、状況をよく見通していた言葉だったのです。

 

ただし、ラザロの復活は、イエスが既に、死に打ち勝っておられることを示すしるしです。イエスは今、ここで、「よみがえりであり、いのち」なのです。イエスは悲劇の主人公として十字架に架かるのではなく、死に打ち勝った勝利者として十字架に向かって行ったのです。

それは私たちにも同じように適用できます。私たちの中には、「イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が・・住んでおられ(ローマ8:11)、「栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられる(Ⅱコリント3:18)というその途上にあります。

私たちは既に勝利を約束されているからこそ、この世の矛盾と困難のただ中に向かって行くことができるのです。復活のイエスは、「父がわたしを遣わしたように、私もあなた方を遣わします」(20:21)と言われながら、ご自身の復活の御霊を与えて下さいました。

  

キリスト教会の正統的な三位一体論を守るのに多大な貢献をした4世紀のナジアンゾスのグレゴリオスは「ことば(ロゴス)は人()となった」という意味を、「ひとり子の神」が、「罪とのろいとなった」と言われているのと同じ意味であると思われると述べています(Ⅱコリ5:21、ガラテヤ3:13)

それは、主が、罪とのろいに変形されたのではなく、罪とのろいを引き受けたという意味です。なぜなら、イザヤ53章には、主のしもべが、「私たちの病と悲しみを担い(4)、また、私たちの「咎を担い」「罪を負う」(11,12)と記されているからです。

イエスは、ひとりのラザロを生かすために死に向かって行きましたが、それは私たちすべてに適用できます。なお、イザヤ53章のキリスト預言は、厳密には、5213節の、「見よ。わたしのしもべは 栄える。高められ、上げられ、はるかにあがめられる」(私訳)という復活宣言から始まっています。それはヨハネ11章で、「この病気は、死に向かうものではなく、神の栄光のためのものです」(4節私訳)ということばからラザロの復活が描かれているのと同じです。

神の御子が私たちと同じ肉体を持たれたのは、私たちを罪と死の支配から解放するためだったのです(ヘブル2:14)。

 

  マルティン・ルターは、「キリストは死につながれたり」という讃美歌の3、4番で次のように歌っています。

 

神の子キリスト 死のさばきを受く 死の力 もはや われらに及ばず・・・・くすしき戦い 死といのちにあり

 いのちは勝ちを得 死をのみ尽くしぬ  罪なき死こそ 死の力 砕く 死は死を呑みたり ハレルヤ」

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2015年11月 1日 (日)

ヨハネ11章1-27節「わたしは、よみがえりです。いのちです」

ヨハネ111-27節「わたしは、よみがえりです。いのちです。」

                                                 2015111

 20151021日は、30年前に公開された映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の日として話題になりました。映画の中では、過去を変えてその未来に戻り、変えられた現代を喜ぶという話しですが、この発想と違ったback to the futureがあるように思います。それは、「新しい天と新しい地」が、すでに実現したかのように、つまり、未来の視点から現代を見直すということです。

それは、「取り返しのつかないことが起こってしまった・・・もう、すべてが終わった」というようなことがあっても、新しい明日を創ることができる神に信頼して歩むということです。

 

今年の夏に関西の福音自由の高校生キャンプに招かれました。そのテーマはこの映画のタイトルをもじったback to the bibleでした。私は四千年前のヤコブの物語を必死に解き明かしながら、それをアナと雪の女王のLet it goに結びつけて、神にある未来の確かさを確信して、自分の狭い世界から飛び出す冒険に歩み出すようにと訴えました。

神が私たちとともにいてくださる」という霊的な現実は、未来も過去も超えた永遠の現実です。back to the bible から真のback to the future未来の夢を、今この時から生きるということができます。まだ見ていない神の平和(シャローム)を、既に実現したかのように受けとめることで、実際の毎日の生活が、結果的に目に見える形で変ってくるからです。

未来の私たちの復活は、今、ここに既に始まっているのを覚えたいと思います。その鍵は、「わたしは、よみがえりです。いのちです」と言われるイエスとの今ここでの交わりにあります。

 

1. 「この病気は死に向かうものではなく、神の栄光のためのものです」

  ユダヤ人はイエスを、神を冒涜する者として殺そうとしました。それで彼と弟子たちは、一時ヨルダン川の東側に避難していました(10:40)。そこにベタニヤに住むマルタとマリヤから、その兄弟ラザロが病気であるとの知らせが届きました。その村はエルサレムの東側約3㎞のオリーブ山東側の斜面にあり、イエスはその家に何度か滞在したことがあり(ルカ10:38-42)、特に親しい関係にありました。

ここでも後に12章で詳しく描かれる、主に高価な香油を塗ったマリヤの記事のことが簡単に述べられ、イエスとの親密な関係が示唆されています。

 

それにしても、「ベタニヤ」という村の名のヘブル語には、「ベイト・アニア(house of depression or misery貧しい者の家)」という意味があります。イエスはしばしば、その村に滞在し、病んでいる人、虐げられ絶望している人を助けたことでしょう。そしてマルタの家は、その働きの中心基地となっていたのだと思われます。

 

そこで彼女たちは、「主よ。ご覧ください。あなたが愛して(フィレオー)おられる者が病気です」との伝言を、伝えさせました。そこには必死の思いが込められていましたが、イエスはあわてるどころか、不思議にも、この病気は死に向かうものではなく、神の栄光のためのものです。それは、神の子がそれを通して栄光を受けるためです」(4節私訳)と言われました。それは逆説的に、主がこの病を人間の目には、死に向かうものであることを認識していたことを示唆します。

続く文章は、原文の語順では、「イエスは愛しておられた(アガパオー)マルタとその姉妹とラザロとを(5)と記されています。ところが、その後のことが、「そのようなわけで、イエスは、ラザロが病んでいることを聞かれたときも、そのおられた所になお二日とどまられた(6)と記されます。彼らをそれほどに愛しておられたのなら、すぐに行くべきとも思われますが、なお、二日も待っていたというのです。それは、イエスの行動が人間的な感情ではなく「神の時」に基づいておられたからです。

私たちは不安に駆りたてられるようにして動くことがあります。そんな時、「しかし、主よ。私は、あなたに信頼しています。私は告白します。『あなたこそ私の神です。私の時は、御手の中にあります』」(詩篇31:14)と告白させていただきたいものです。

 

イエスはその後、もう一度ユダヤに行こう(7)と弟子たちに言われましたが、弟子たちは、「先生。たった今ユダヤ人たちが、あなたを石打ちにしようとしていたのに、またそこにおいでになるのですか(8)と、その危険を訴えました。つまり、弟子の目には、ラザロがどれほど重篤な病でも、イエスがすぐに行なかったことの方が、合理的な判断と思えたのでした。

それに対し、イエスはなお不思議なことに、「昼間は十二時間あるでしょう。だれでも、昼間歩けば、つまずくことはありません。この世の光を見ているからです。しかし、夜歩けばつまずきます。光がその人のうちにないからです(9)と言われました。これは、ベタニヤに行くことが危険極まりない一方で、ラザロを見捨てるわけにもゆかず、この世的には、暗中模索の状況だったからです。しかし、だからこそ、不安な現実の代わりに「この世の光」であるイエスを「見る」歩みが必要です。

またそれは、イエスを離れては、その人の中には光がなく、光を持たずに夜に歩いて「つまずく」ようなものであるという意味です。私たちも友を助けたくても、それでは自分の身が持たないことが明らかと思え、どうしてよいか分からないということがあるかもしれません。そのときに、人間的な知恵だけに頼って判断することは、「夜歩く」ことと同じだというのです。

 

この書の初めでイエスは、すべての人を照らすそのまことの光(1:9)として紹介されましたが、彼は今、「光」として弟子たちの前におられます。彼は父なる神のみこころの時に十字架にかかる覚悟を決めておられましたが、その時まで、闇の力は、「光」であるイエスに危害を加えることはできません。

私たちも不安に圧倒されて立ちすくむことがあるかも知れません。しかし、恐れの中で、目の前の現実に翻弄される前に、「この世の光であられるイエスを見上げさせていただくなら、目の前の情景がまったく違って見えるのではないでしょうか。

どのような災いや苦しみの中でも、あなたこそ私の神です。私の時は、御手の中にあります』と告白することができます。すべてのことは、神の御許しの中で、私たちの訓練と成長のために起こっているのですから。

 

2. 「私たちの友、ラザロは眠っています」

  イエスはラザロが既に死んでいることを超自然的に悟られ、弟子たちに私たちの友、ラザロは眠っています。しかし、わたしは彼を眠りからさましに行くのです(11)と言われました。そこで弟子たちはイエスに、「主よ、眠っているのなら、彼は助かるでしょう」と応答します。

なぜ、このようなことをイエスに向かって語る必要があるのかとさえ思えますが、ここで、もしイエスが最初から、「ラザロは既に死んでいます」と明確に言ったとしたなら、弟子たちは、「それでは、生命の危険を冒してまで、エルサレム近郊の村にまで行く必要はなくなりました」と言って、改めてヨルダン川東側の地に留まり続けるように強く主張したことでしょう。

しかし、もしラザロが眠っているだけなら、危険を冒すだけの理由があるとも思えます。彼らはそのような気持ちを込めていたとも思われます。

 

そこで、この状況に対する解説として、「しかし、イエスは、ラザロの死のことを言われたのである。だが、彼らは眠った状態のことを言われたものと思った(13)と記されます。それは、弟子たちを安心させ、希望を持たせようとしたという以前に、ラザロのように、イエスに愛され、イエスを愛するという交わりにある者にとって、肉体的な「死」は、人生の終わりではなく、「眠った状態」と同じだからです。

同じように、パウロも、再臨を待ち望みながら先に死んだ人のことについて、眠った人々のことについては・・・知らないでいてもらいたくはありません。あなたがたが他の望みのない人々のように悲しみに沈むことのないためです・・・神は・・イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れてこられるはずです(Ⅰテサロニケ4:1314)と表現しています。

 

英語の「墓」を意味するcemeteryは、このギリシャ語の「眠り」(koimesis)から生まれており(ギリシャ語の墓はkoimeterion、ラテン語ではcoemeterium)、復活の希望があります。

事実、日本のお墓とは異なった明るさが欧米の墓にはあります。私たちの希望は、極楽浄土の教えのように、死んだ後でたましいだけが天国に引き上げら、それで終わるというものではありません。キリスト者にとっての「」は、目覚めを待つ希望に満ちた「眠り」なのです。私たちの死は、イエスにあって眠る状態です。それは、「死」と言うより「生」の連続と見られます。

 

ただし、イエスはここで、彼らの誤解を解くために今度ははっきりと、ラザロは死んだのです」と言われます。その上で原文の語順では、「わたしは喜んでいます。あなたがため、あなたがたが信じるために、わたしがその場に居合わせなかったことを」と記されます。ラザロの死を明確に告げながら、すぐにご自身の「喜び」を表現しておられます。人間的には主がその場にいなかったことは悲劇と思われましたが、それは弟子たちにとっては信仰の飛躍の機会とされるというかのようです。

そしてイエスは、短く、「さあ彼のところに行きましょう(15)と言いました。それは、ユダヤ人の迫害を恐れていた弟子たちの勇気を鼓舞するようにも聞こえたことでしょう。

 

そこでデドモ(ふたご)と呼ばれるトマスが、弟子の仲間に向かって、私たちも行って、主といっしょに死のうではないか」(16)と応答しました。彼の二百年前の独立運動の指導者ユダ・マカベオスとその兄弟たちは、死を恐れることなく、神殿を異邦人の冒涜からきよめるために戦いましたが、それを思い越したのかもしれません。

彼らに先立つ七人兄弟の殉教の記事が当時の人々に愛読されていました。旧約外典Ⅱマカベア79節には、豚肉を食べるようにシリアの王から強制され、拷問に耐えながら言った言葉が、「邪悪な者よ、あなたはこの世から我々の命を消そうとしているが、世界の王は、律法のために死ぬ我々を、永遠の新しい命へとよみがえらせてくださるのだ」と記されています。

主といっしょに死のう」と簡潔に言ったトマスの心には、このような当時の物語があったことでしょう。彼は終わりの日の復活を信じ、大義のために死ぬ覚悟ができていました。しかし、しばしば、「真理のために生命を賭ける」という人には、何とも言えない独りよがりの、危なさが付きまといます。

 

ところが、そこで衝撃的な事実が、「それで、イエスがおいでになってみると、ラザロは墓の中に入れられて四日もたっていた。ベタニヤはエルサレムに近く、15スタデイオンのところにあった」と記されます。

当時のユダヤ人たちは、死者のたましいは三日間、死体の周りをうろついた後に、四日目には立ち去り、それとともに肉体の腐敗が激しくなると理解していたとも言われます。とにかく、墓に入って「四日」というのは、完全に手遅れとなったという意味です。

一方、ベタニヤがエルサレムから15スタデイオンの距離に過ぎないというのは、エルサレムの宗教指導者の目と鼻の先で、生命の危険が果てしなく高いという意味があります。

なお、英語の競技場を意味するスダデイアムは短距離走の距離スタデ(約185m、複数形でスタデイオン)から生まれています。この距離を敢えて、エルサレムから30分の距離と訳す場合もあるほどに、距離の近さがイメージされます。

 

そしてここでは、その場の状況が、「大ぜいのユダヤ人がマルタとマリヤのところに来ていた。その兄弟のことについて慰めるためであった(19)と描かれます。ここにマルタの家が多くのユダヤ人から大切に思われていた様子が見られます。

そして、この大勢のユダヤ人たちがラザロの復活の目撃者となるとともに、そこから生まれる絶大な人気が、宗教指導者の不安を駆り立てることに向かいます。多くの人が集まるところには危険も伴うという示唆があるのかもしれません。

とにかくそこで、「マルタは、イエスが来られたと聞いて迎えに行った。マリヤは家ですわっていた(20)と記されます。ここに行動的なマルタと静かなマリヤの対照が描かれています。

 

そして、そこでマルタは、率直に、「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょう」と言います。そこには言外に、「今となってはもう手遅れです・・」という悲しみや、若干の不満の思いが込められていたのかもしれません。

それで、敢えて続けて、「今でも、私は知っております。あなたが神にお求めになることは何でも、神はあなたにお与えになります(22)と言ったのかもしれません。それにしても、「今でも」という言葉に、手遅れと言う嘆きを読み取ることもできます。

ただ同時に、それでも、イエスの来訪を心から喜び、主にあって何か新しいことを期待するという姿勢も見られます。私たちも、「もう、終わってしまった・・・これからは、何も期待しようがない・・・」と思えるような中で、なおも、何か、新しい神のみわざを期待することができます。

 

3. 「わたしはよみがえりです。いのちです」

ところが、それに対し、イエスは、あなたの兄弟はよみがえります(23)と言われました。それは、マルタの期待をはるかに超える解決でした。この時、マルタは私は、終りの日のよみがえりの時に、彼がよみがえることを知っています(24)と応答しました。

彼女がイメージしたのは、殉教を覚悟したトマスとは違い、より一般的な聖典であるダニエル1223節のようなみことばかと思われます。そこでは、「地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者が目をさます。ある者は永遠のいのちに、ある者はそしりと永遠の忌みに。思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる」と記されています。

またイザヤ書6513節以降では、「見よ。わたしのしもべたちは心の楽しみによって喜び歌う・・・わたしは新しい天と新しい地を創造する・・・だから、わたしの創造するものを、いついつまでも楽しみ喜べ(14,17,18)と終わりの日の祝福が述べられます。

それと同時に66章では、「シオンは、陣痛を起こすと同時に子らを産んだのだ・・・あなたがたの骨は若草のように生き返る(814)と、終わりの日の復活が示唆されています。その意味で、マルタの応答は、現代の多くのクリスチャンたちにも共通する内容だったとも言えましょう。

 

  それにしても、私たちにとって終りの日のよみがえり」は、あまりにもかけ離れたことに思え、それを知的に理解できても、現実の生活とは無縁のことのように思えます。

マルタも同じ気持ちだったでしょう。彼女にとっては、イエスの来訪は遅すぎたのです。目の前にある「死の力」は、あまりにも強力です。もう話しができないばかりか、肉体が腐敗して行くのです。終りの日の希望だけではそれに立ち向かうことができないのが現実でしょう。

 

   ですからイエスは、「わたしは、終りの日のラザロをよみがえらせて、新しいいのちを再び与えます」と言われずに、わたしは、よみがえりです。いのちです(25)と、今この時にイエスご自身に、よみがえりといのちがあることを強調されました。

イエスにとっての復活とは、信じるべき教理であるとか、未来の希望であるとかという以前に、ご自身の存在そのものであったのです。絶望しているマルタの目の前の方が「復活のいのち」そのものでした。

すべてのキリスト者には、すでに「復活のいのち」が宿っており、死からいのちに移っている」(5:24)のです。実は、永遠のいのちの中心的な意味は、死んでもたましいが生き続けるということではなく、「新しい天と新しい地」での「復活のいのち」を、今、既に、このときから生き始めるという意味なのです。ですから、それは来たるべき世のいのちとも訳すことができます。

私たちの「いのち」は、父なる神と御子イエスの愛の交わりの中に包まれ、しっかりと守られています。この平安に包まれるなら、右の頬を打たれても余裕を持って左の頬を出すことができますし、気持ちに余裕が生まれて、財産や地位や名誉への執着から自由になることができます。

 

   その上でイエスは、なおも、わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して(永遠には)死ぬことがありません(25,26)と言われました。

決して」ということばは厳密には「永遠に向かっては」と訳すことができ、肉体的な死を否定するというより、死の支配に永遠に服することはないという意味が込められています。それは、キリストにあるいのちが、死の力に打ち勝っていることを宣言するためです。

イエスはそれでさらにマルタに向かって、「このことを信じますか」と問われます。それに対しマルタは、「はい、主よ。私は信じています。あなたこそがキリスト(救い主)であること、神の御子であること、この世に来られることになっている方であることを」と、三重の観点からイエスへの信仰告白、旧約の預言を成就する方であることを告白しました。

それは、イエスにおいて、「新しい天と新しい地」が実現し始めているという告白です。

 

   その後イエスは、そのことが生きた現実であることを証しするために、イエスは、ラザロを死の眠りから目覚めさせられました。復活の「いのち」は、遠い将来の話しではなく、今既に始まっている「いのちだからです。

イエスのことばを、繰り返し心の奥底で味わって見ましょう。イエスご自身、「復活のいのち」を目の前に見ながら十字架の苦しみに向かって行かれました。今、主は既によみがえっておられます。その「復活のいのち」が、今、あなたのうちに宿っています。

私たちは、「死んだ後で、遠い将来のときに復活があるらしい」といった感覚から自由になって、肉体の死を飛び越えた歩みを始めることができます。もう、死の脅しに屈する必要はないのです。

  

私たちはこの世界に生きる限り、様々な問題に直面し、「こんなはずではなかった・・・。聖書を読んでいても、いざとなったら何の役にも立たなかった・・・」と思うことがあるでしょう。

私も長らく、「どうして自分はいつまでたっても迷いから抜け出せないのか・・・」と悩んでいました。しかし、科学者が宇宙の広がりや極小の原子構造の発見において、一つの発見の後にすぐに別の疑問が生まれるのと同じように、信仰も、その時その時に新しい発見があることこそが健全なのだと分かりました。なぜなら、すべての「迷い」は、振り返ってみると、必ず、「新しい平安」の始まりになっていたからです。

神の無限さは、宇宙や原子の無限さにまさりますが、神を知る歩みは、「もっともっと」という駆り立てではなく、ひとつの喜びから次の喜び、ある種の平安から次の平安と、まさに「栄光から栄光へと」、成長を続けるものです。

無限の神との交わりは、「もうこれですべてわかった!」ということはあり得ません。それは生きた信仰ではありません。

そのことを使徒パウロは、「私は、自分はすでに捕らえたなどとは考えてはいません。ただこの一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み(ピリピ3:13)と告白しています。

ひたむきに・・進み」とは「身を差し出して行く」自らを超出(エペクタシス)させてゆく」とも訳すことができます。それは、スキーのジャンプの前傾姿勢のようなもので、人間の目には不安定に見えます。しかし、「復活のいのち」に支えられているので墜落することはありません。

それは、「人生は♪紙飛行機♪愛を乗せて飛んでいるよ♪」とも言える、聖霊の働きに生かされる自由な人生です。

 

多くの人々は動じない心を求めていますが、それで、どうして復活のいのちを体験できるのでしょう。いや、それ以上に私たちは、イエスに習って、人間的には危険極まりない状況にも身を差し出すことさえ、ときに求められているのです。しかし、そこでこそ、「わたしは、よみがえりです。いのちです」と言われるイエスの宣言が心の底に響いて来ます。

人間にあっては「いのち」は「死」を介して、「正義」は「」を介して、「祝福」は「のろい」を介して、「」は「弱さ」を介して輝き出るのです。何かの困難や不安に直面するたびに、back to the futureならぬ、キリストの復活から始まった「新しい天と新しい地」の約束へと立ち返るきっかけとさせていただきましょう。

 

1031日は、ハロウィンの日というより、宗教改革記念日です。ハロウィンはカトリックの「諸聖人の日」の前夜(イヴ)に、ケルト文化の死者の霊との交流の祭りが重なったようですが、15171031日に、マルティン・ルターは、迷信に包まれた「諸聖人の日」を意識し、イエスの救いのみわざ自体に人々の目を向けさせました。

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