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2016年2月28日 (日)

ヨハネ12章9-26節「人の子が栄光を受けるその時」

ヨハネ129-26節「人の子が栄光を受けるその時」

                                                  2016225

  この社会には様々な不条理が満ちています。私たちはその解決を政治に求めがちです。確かに、テロとの戦いや隣国との対立感情、貧富の格差の解消など、多くの熱い政治の課題があります。

しかし、人間の歴史を振り返るとき、純粋な思いで始まった様々な運動が、権力を握ったとたん堕落を始めるということの繰り返しです。権力は必ず腐敗するという原則を忘れてはなりません。長期的に何よりも大切なのは、力による解決ではなく、ひとりひとりに愛の心が成長することなのです。

 

一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それはひとつのままです。しかし、もし死ねば豊かな実を結びます(ヨハネ12:24)は、多くの小説のテーマともなっている聖句です。私はこのみことばを最初、ドストエフスキーの長編小説、「カラマーゾフの兄弟」の扉で目にしました。

その主人公アリョーシャに向かって、間もなく息を引き取ろうとする長老ゾシマは、このみことばを引用しつつ、次のように語ります。

「おまえのことをこんなふうに考えているのです。この僧院の壁の外に出ても、修道僧として俗世で過ごすだろう。多くの敵を持つことになっても、その敵たちさえ、おまえを愛するようになる。人生は多くの不幸をおまえにもたらすが、それらの不幸によっておまえは幸せになり、人生を祝福し、ほかの人々にも人生を祝福させるようになる。これが何よりも大事なのです。おまえはそういう人間なのですよ」と。

 

多くの人々が、自分の問題の解決を求めてこの教会に足を踏み入れました。そして、問題が解決すると、去って行きました。「先生のおかげで助かりました・・」と、心からの感謝をされ、去って行かれながら、何度、複雑な気持ちを味わったことでしょう。ふと、「あなたの根本的な問題は何も解決していないよ・・・」と言ってやりたい衝動に駆られることがありますが、それでは後が続かなくなるので、微笑みながらお別れします。

またときには、問題が解決する見通しが立たないので、去って行かれる人もいました。

でも、本当に大切なのは、問題の解決よりも、それを通して、心の友の輪が広がることです。また問題のただ中に喜びを見出せるようになることです。そして、問題を抱えたことで、他の人の人生に痛みに共感できるようになり、絶望している人に希望を与えられることです。

私たちは繰り返し、問題解決ばかりを求める自己中心的な生き方に死ぬことによって、より豊かな実を結ぶことができるのです。

 

 イエスは、ご自分の十字架を指して、「人の子が栄光を受けるその時が来ました」(12:23)と言われました。人類史上最も忌み嫌われた死刑の場が、なぜ、「栄光を受ける時」と呼ばれるのでしょうか。

 

1.「ホサナ。祝福あれ…イスラエルの王に」

12章は、「イエスは過ぎ越しの祭りの六日前にベタニヤに来られた(1)という描写から始まります。それは、ご自身を過ぎ越しのいけにえの子羊として献げるための最後の旅でした。

その村はエルサレムから三キロメートルほどしか離れておらず、すでに指名手配されているイエスには、捕まえられるために出向くようなものでした。ユダヤ人の最高議会はラザロが死んで四日目によみがえったことを聞いたときから「イエスを殺すための計画を立てた(11:53)と記されていたからです。

 

人々はイエスのために、そこに晩餐を用意し」ましたが、これは十字架の六日前の土曜日(安息日)日没後だったと思われます。そこには死んで生きかえったラザロがともにいたので、大勢のユダヤ人の群れがこの家を取り囲んでいました。過ぎ越しの祭りには、世界中からユダヤ人がエルサレムに集まっていました。人々はラザロの復活をはじめとする奇跡を聞いて、イエスに注目していました。

そのような中で、「大ぜいのユダヤ人の群れが、イエスがそこにおられることを聞いて、やって来た。それはただイエスのためだけではなく、イエスによって死人の中からよみがえったラザロを見るためでもあった」(9)と記されます。

エルサレムに集まったユダヤ人たちはイエスの様々なみわざや教えを伝え聞いてイエスに注目してきたばかりか、死人の中からよみがえったというラザロにも興味を抱きました。

 

それに対し、「祭司長たちはラザロも殺そうと相談した。それは、彼のために多くのユダヤ人が去って行き、イエスを信じるようになったからである(1011)と記されます。

宗教指導者たちは、民衆のイエスに対する期待が、ローマ帝国に対する独立運動に結びつくと確信しました。それを是が非にでも止めなければ、ローマ人がイスラエルの自治権を完全に奪いる去ることになると信じていました。

 

   そのうちのどれだけの人がイエスを救い主と信じたかは分かりませんが、信じた人々に導かれるような形で、群集の心も動かされ、彼らはイエスのエルサレム入城を歓呼で迎えるようになりました。

そのことが「その翌日、祭りに来ていた大ぜいの人の群れは、イエスがエルサレムに来ようとしておられると聞いて、しゅろの木の枝を取って、出迎えのために出て行った」と描かれます(1213)

 

彼らは「大声で」、「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に」と「叫び」ました。「ホサナ」とは、もともとヘブル語の「ホシアナ」(さあ、お救いください)から派生したことばで、群衆のことばは詩篇1182526節から生まれています。

そこでは、「ああ、主(ヤハウェ)よ。どうぞ救ってください・・・主(ヤハウェ)の御名によって来る人に祝福があるように」と歌われ、その直後に、「(ヤハウェ)は神であられ、私たちに光を与えられた。枝を持って祭りの行列を組め、祭壇の角のところまで」と続きます。これが「しゅろの木の枝を取って、ホサナ」と叫ぶことにつながっているのだと思います。

 

しかも、興味深いのは、ここで群衆は、「イスラエルの王に」ということばを付け加えていることです。彼らは力強い軍事指導者としての王を求めていました。

その際、「しゅろの木の葉をかざし・・・賛美の歌をささげた」のは、その約二百年前の紀元前164年にエルサレム神殿をギリシャ人の偶像の神々の支配から解放したユダ・マカベオスによって始まった祭りを思い起こさせる情景です(旧約外典Ⅱマカバイ10:7)

そこから、「宮きよめの祭り」(10:22ハヌカ」ユダヤ暦キスレブ(太陽暦1112)25日から祝う)が生まれました。現代のクリスマスはそこから生まれたという解釈もあります。

ギリシャ人との戦いはその後も続きますが、紀元前142年のユダの兄シモンによるエルサレムへの勝利の入場を思い起こさせる情景に、「民は歓喜に満ちてしゅろの枝をかざし、竪琴、シンバル、十二弦を鳴らし、賛美の歌をうたいつつ要塞に入った」という記述があります(旧約外典Ⅰマカバイ13:51)

ホサナ。祝福あれ」と叫んでイエスのエルサレム入城を迎えた群衆は、その情景を再現しようとしたのだと思われます。彼らはそれによって、イエスがローマ帝国の支配からエルサレムを解放してくれることを期待したのです。

 

   ただし、興味深いのは、彼らがイエスを王として迎えるために歌った詩篇118篇ではその直前の22,23節には、「家を建てる者たちの捨てた石。それが礎の石になった。これは主(ヤハウェ)のなさったことだ。私たちの目には不思議なことである」と記されていることです。

つまり、イエスご自身は詩篇118篇の賛美が自分に向かれていることを受け止めながら。同時に、それは人々の期待するような一方向の勝利ではなく、一度、「人々から捨てられる」ということを前提として上での神が与える不思議な勝利であるということを知っておられたのです。

十字架を示唆する文脈を、人々は見落としていました。

 

2.「見よ。あなたの王が来られる。ろばの子に乗って」

  一方、イエスもそのような人々の期待を真正面から喜んでいるかのように、「イエスは、ろばの子を見つけて、それに乗られた」というのです。それは、「恐れるな。シオンの娘。見よ。あなたの王が来られる。ろばの子に乗って(15)と書かれた預言の成就でした。

これはゼカリヤ書99節に預言された平和を告げる王としての姿です。そこでは、「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる」と記された直後に、「この方は正しい方で、救いを賜り、柔和でろばに乗られる。それも雌ろばの子の子ろばに」と、「ろばの子」に乗ることの意味が説明されます。

それはかつて、ソロモンこそがダビデの後継者であったことを示すためにダビデの雌ろばに乗せてエルサレム入城をさせたという故事に基きます(Ⅰ列王1:33-35)

同時に「ろばの子」に乗るとは、「柔和」また「謙遜」のしるしでした。なぜなら、イスラエルの神ご自身が、「わたしは戦車をエフライムから、軍馬をエルサレムから絶やす。戦いの弓も断たれる」と約束しておられるからです。

 

つまり、父なる神ご自身が全地を直接に治めることになるので、戦いの道具としての馬も戦車も必要なくなるということの証しとして、「ろばの子」に乗ってエルサレムに入城するというのです。

そして、それによって逆説的に、「この方は諸国の民に平和(シャローム)を告げ」知らせることになると、続くゼカリヤ910節で約束されます。なぜなら、武力を持たないという行進自体が、神の目に見えるご支配を逆説的に明らかにすることになるからです。

そしてその結果が、「その支配は海から海へ、大川から地の果てに至る」と描かれ、キリストの支配が全世界に及びます(拙著「小預言書の福音」(PP328,329)

 

福音記者は、これらの人々の反応に関して、「初め、弟子たちにはこれらのことがわからなかった。しかし、イエスが栄光を受けられてから、これらのことがイエスについて書かれたことであって、人々がそのとおりにイエスに対して行ったことを、彼らは思い出した(16)と解説します。

イエスの弟子たちは、イエスの十字架と復活を目撃した後になって初めて、イエスご自身がゼカリヤ9章に記された柔和な王の姿を演じたということが分かりました。詩篇もゼカリヤ預言も当時の人々は誤解していました。

 

なお、このとき、これほど多くの人々がイエスを王として迎えたのは、「イエスがラザロを墓から呼び出し、死人の中からよみがえらせたときにイエスといっしょにいた大ぜいの人々は、そのことのあかしをした。そのために群衆もイエスを出迎えた。イエスがこのしるしを行われたことを聞いたからである(1718)と説明されます。

このとき、イエスは確かに救い主として入城されたのですが、彼らが期待したような意味での救い主ではありませんでした。ですから、このように日曜日にイエスを歓呼で向かえた民は、その週の金曜日には「十字架につけろ」と叫び出すのです。

彼らはこの時、確かにイエスを賛美していたつもりでした。弟子たちも命を賭けて戦うつもりでしたが、四日後には逃げ出しました。

 

ところが、このときの群衆の反応には、誰よりも、エルサレムの宗教指導者たちが慌てふためきました。そのことが、「そこで、パリサイ人たちは互い」、「どうしたのだ。何一つうまくいっていない。見なさい。世はあげてあの人のあとについて行ってしまった」と言い合ったと描かれています(19)

彼らはこれによってイエスへの殺害計画をより入念に進める必要があることを思い知らされました。

 

イエスはすべてを父なる神におゆだねして、すべての武力を捨て去った者としてエルサレムに入城しました。それなのにエルサレムの宗教指導者たちは、あらゆる悪知恵を使い、またローマ帝国の死刑制度を利用してイエスを死刑にすることへと必死に動き出すことになりました。

すべての人間的な知恵も力も捨て去ることの象徴としての、主イエスの「ろばの子」に乗ったエルサレム入城と、当時の宗教指導者たちの目的のためには手段を選ばないような謀略は何と対照的なことでしょう。

 

イエスはこのとき、「ろばの子」に乗って、人々の歓呼に迎えられながら、心は悲しみであったかもしれません。

弟子たちも民衆も、神のことばによってイエスをたたえ、イエスを王として迎えているつもりなのですが、彼らは詩篇118篇の文脈も、ゼカリヤ9章の文脈もまったく理解していませんでした。

 

私たちの賛美はどうでしょうか?人は、基本的に、目の前の問題を解決してくれる救い主を求めています。イエスの弟子たちだって基本的にはそのような人と同じ気持ちでした。

自分の目の前から問題が消えることを求めていたのであって、イエスの心の底の嘆きにはまったく無関心でした。

 

3 「人の子が栄光を受けるその時」とは?

   過ぎ越しの祭りを祝うためにエルサレムに「上って来た人々の中に、ギリシャ人が幾人かいた(20)と描かれています。彼らは、ユダヤ人が信じる神を唯一の創造主として礼拝するために来ていたにも関わらず、神殿の外庭までしか入れず、宗教指導者と交わることもできませんでした。

それで、十二弟子のひとりのピリポに向かって先生(21節原文では「ご主人)と呼びかけながらイエスへの対面を願います。彼は判断に迷いアンデレに相談した後、ふたりでイエスのもとに来ました(22)

 

  聖書では、終りの日に世界中の民がイスラエルの神の前にひれ伏すと預言されており、弟子たちは、イエスこそそれを成就する救い主だと期待していました。彼らはユダヤ人たちが歓呼の叫びをもってイエスをイスラエルの王として迎えるのを見ました。

そして、ソロモン王に会うためにシェバの女王がはるか南の国からやってきたように、今、ギリシャ人が主のもとに来ました。彼らはそれに誇りと喜びを感じていたことでしょう。

主はそんな気持ちを察し、直接質問に答える代わりに次のように語られます。

 

  イエスはまず人の子が栄光を受けるその時が来ました(23)と言いました。彼らは一瞬、ギリシャ人もイエスを王」として拝むことと理解し喜んだでしょうが、イエスはそれ以前に、イザヤ書5213節から始まる主のしもべの歌を思い起こしておられたのではないでしょうか。

そこではまず最初に、「見よ。わたしのしもべは栄える。彼は高められ、上げられ、非常に高くなる」と約束された上で、その上で、「彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた・・・彼は私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた」という受難が記されていました。

つまり、人の子が栄光を受ける時とは、まさに、預言された「主のしもべ」としての生き方をまっとうする時であられたのです。

 

それで、イエスは続けて、まことにまことに・・」と重々しく、一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます(24)と語ります。

「一粒の麦」は米と同じく、食料とともに種になり得ます。農民は、飢饉の時、種モミさえ食べてしまいたい誘惑に駆られます。しかし、それを地に植えるなら、当面の食料としては死にますが、そこから苗が育ち多くの実をならせます。麦としてのあり方を捨てることが、豊かな収穫の出発点なのです。

同じように、イエスの死は新しいいのちを生み出す種になるのです。イエスはこのみことばをイザヤ書5310節「彼を砕いて、痛めることは主(ヤハウェ)のみこころであった。もし彼が自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く子孫を見ることができ、主(ヤハウェ)のみこころは彼によって成し遂げられる)を背景に語られたことでしょう。

イエスはまさにイザヤ書53章の苦難のしもべの姿を生きようとされたのです。

 

   それは私たちの生き方をも指し示しますから、イエスは自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです(25)と説明を加えました。それは、自分を忘れて神と人とに仕えることで、かえって真実のいのちの喜びを味わい続けることができるという意味です。

ある人は、「惨めな人生を歩んでいる人はほとんど例外なく自己中心的な人である」と言っています。その人は、愛することの喜びを知らないからです。

ですからドストエフスキーは、「地獄とは何か」、それは「愛を渇望する炎の中で」、「もはや愛せないという苦しみ」と描きます。

 

またイエスは、わたしに仕えるというのなら、その人はわたしについて来なさい。わたしがいる所に、わたしに仕える者もいるべきです。もしわたしに仕えるなら、父はその人に報いてくださいます(26)と言われましたが、イエスについて行くとは、地に落ちる一粒の麦になることです。

自分を生かすためにイエスにすがるのではなく、自分の願いではなく主の願いに自分自身を明け渡すのです。

 

   イエスはご自分が十字架にかけられる時を指して、栄光を受けるときと言われました。私たちと同じ弱さに縛られた肉体を持っておられた方が、人間的な欲求に打ち勝って自分のいのちを明け渡すことができたということ自体が栄光でした。

しかも、それはこの世の闇、人間の罪の現実が際立って現わされたときでした。その真暗闇の中でイエスのいのちは輝き、死の力を呑み込んでいました

私は長い間分かりませんでしたが、十字架こそがこの地におけるイエスの玉座だったのです。そこには栄光の王(詩篇24)としての威厳が満ちていました。ローマの百人隊長はそれを進んで認めました。

 

  私たちはみな、だれしも、「無病息災、家内安全、商売繁盛」を心の底で求めたい者です。それ自体は心の素直な気持ちですから、それを神に求めることは間違っていません。

しかし、残念ながら、その願いがかない続けるということはあり得ません。また、それがかない続けると、人間は傲慢になり、かえって傍若無人に周りの人を傷つけることになりかねません。

大切なのは、常に、神の壮大なみこころに思いを馳せることです。それは神の平和(シャローム)がこの地に広がることに他なりません。この神のみこころを理解せずに、目先の政治を優先した人々が、絶え間のない争いを作りだしてきました。

残念ながらそれはときに、神の名を持ち出しての戦争の正当化にまでつながりました。主の御名によって戦いを正当化するとは、何という皮肉でしょう。

シャロームというみこころを忘れてはなりません。そして、それは、今ここにすでに実現している神の祝福を思い起こすことから、完成の期待へと向かうのです。

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2016年2月21日 (日)

ヨハネ11章47節~12章8節「ひとりの人が民の代わりに死ぬ」

ヨハネ11:47-128節「ひとりの人が民の代わりに死ぬ」

                                      2016221

  イエスはご自身のことを、「わたしは良い牧者です(10:11)と言われましたが、それはエゼキエル34章が預言する新しいイスラエルの王であるという意味でした。そこでは主(ヤハウェ)ご自身がご自分の羊を直接に世話し憩わせると約束しつつ、その方と一体として民を養う新しいダビデを立てると約束されていました。当時の人々にとって、それはイスラエルの民がローマ帝国の支配から解放され、新しいダビデ王国が誕生することを意味しました。

イエスが死んだラザロをよみがえらせたということは、イエスが預言された真の王であることの最大の証しになりました。それに対する対応は、イエスを真の王として認め服従するか、イエスを偽預言者として殺すかのどちらかしかあり得ないと思われました。

ある意味で、ローマ帝国との軍事衝突を必死に避けようとする現状の「平和を求める人々」がイエスを十字架に付けたとも言えましょう。真理を求めようとしない日和見的な平和主義者の危なさを思わされます。

 

1. ひとりの人が民の代わりに死んで、国民全体が滅びないほうが・・・得策であ

 イエスがラザロの死を知ってベタニヤを訪ねたとき、マリヤは、「お目にかかると、その足もとにひれ伏し」(32)大声で泣き続けていました。そこでイエスは、「霊の憤りを覚え、心の動揺を感じ(33)られたと描かれます。

主はマリヤをこれほど悲しませる死の力に対して憤りを感じ、心を騒がせられたのだと思われます。そしてその後のお墓の前でのことが、イエスは涙を流された」と驚くほど簡潔に描写されます(35)。それは、静かに嘆き悲しむ様子です。それを見たユダヤ人たちは、ご覧なさい。主はどんなに彼を愛しておられたことか(36)と言い、イエスの憤りや動揺や涙に「」を感じました。

イエスはマリヤの感情をいっしょに味わってくださいました。それは主がまさに私たちと同じ人間になって、最後の敵である「死」と直面してくださる姿勢の現れです。その後、イエスは大声で、ラザロよ。出て来なさい」(43)と言われました。すると、それまで確かに死んでいた人が、手と足を長い布で巻かれたまま(44)、何と自分の力で出て来たのです。それは、イエスがご自身に信頼する者に、来たるべき世のいのち「永遠のいのち」を既に与えておられることの力強い証しとなりました。

 

   ただラザロの復活は意外な展開を引き起こしました。ユダヤ人の最高議会が召集され、イエスを殺すことが決められ(53)、犯罪人として指名手配することになりました(57)

人は、好意または憎しみの気持ちをあらかじめ持った上で、その理由を探し出すと言われますが、彼らもイエスを最初から信じないことに心を決めていました。彼らは、イエスが事前に巧妙な仕掛けを打ち合せていたに違いないと思ったことでしょう。彼らにとっての問題は、イエスが誰であるかより、多くの人々がイエスに従うようになったことです。

そのことが48節で、「もし、あの人をこのまま放っておくなら、すべての人があの人を信じるようになる。そうなると、ローマ人がやって来てわれわれの土地も国民も奪い取ることになる」と記されています。彼らの常識によれば、救い主を自称する人は、必ず民衆を導いてローマ帝国への革命運動を指導するはずでしたから、この動きを止めないと、ユダヤ人全体が滅亡に向かわせることになります。つまり、イエスのみわざがより偉大であるほど、彼らは事態を静観できなくなったということです。

 

 「その年の大祭司であったカヤパ(49)という表現に皮肉があります。本来大祭司は、アロンの後継者が終身で勤めるものなのに、当時は、権力者の意向でたびたび変えられていたからです。ですから、カヤパは当然、ローマ帝国に協調する姿勢を貫く立場にありました。

しかも、いざとなったら聖書よりも実利を重んじるのでなければこの地位を保つことはできません。彼は、「あなたがたは全然何も分かっていないと語り出しましたが、このような言い方をするのは、身勝手な人間の特徴とも言えます。そして、ひとりの人が民の代わりに死んで、国民全体が滅びないほうが、あなたがたに得策である」(50)とは、まさに損得計算を優先させようと言うことで、本来の宗教家なら口に出せないことばです。

しかしそれは、彼の意図に反して、イエスがユダヤ人全体の救いのために死のうとしていることを預言する結果になりました。神は最も身勝手な人間の口を用いてさえご自身の計画を進められます。 

 

2.「贖罪の日」

大祭司カヤパはローマ帝国の軍事介入を避けるためには、イエスを「スケープ・ゴート」してすみやかに死んでもらうことが得策だと言い張りましたが、福音記者は、大祭司がそのように語ったのは、「イエスが国民のために死のうとしておられること、また、ただ国民のためだけでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死のうとしておられることを、預言したのである」(ヨハネ11:51,52)と解説しています。

まさにイエスはユダヤ人全体の、また「散らされている神の子たち」全体の「スケープ・ゴート」とされたのですが、それは同時に、イエスご自身が望まれたことであったというのです。

 

この背後には、レビ記16章の「贖罪の日」の教えがありました。その日には、「イスラエル人の会衆から・・・雄やぎ二頭を取り・・くじを引き、一つのくじは主(ヤハウェ)のため、一つのくじはアザゼルのためとする(16:5,8)と記されます。

そして主のくじに当たった一頭は「罪のためのいけにえ」とするように命じられており(16:9)、もう一頭は、「アザゼルとして荒野に放つためである(16:10)と記されます。

 

レビ記では続けて、先にくじで選ばれた、「民全体のための罪のためのいけにえのやぎの血」を、「垂れ幕の内側に持って入り・・それを『贖いのふた』の上と『贖いのふた』の前に振りかける」と記されます。その目的は、「イスラエル人の汚れと、そのそむき、すなわちそのすべての罪のために、聖所の贖いをする。彼らの汚れの中にある彼らとともにある会見の天幕にも、このようにしなければならない(16:16)とあるように、至聖所と幕屋全体が、汚れた民の中にあることによって汚されているので、それを「きよめる」必要があるという意味でした。

なお、この「贖いのふた」はギリシャ語ではヒラステリオンと訳され、ローマ325節では、「神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、『贖いのふた』として、公にお示しになりました」と訳すことができます。それは主がモーセに、「わたしはそこであなたと会見し・・・あなたに語ろう」(出エジ25:21)と言っておられた場です。

つまり、イエスはその十字架において、神がご自身を現わし語りかける場としての「贖いのふた()」となられたのです。大祭司が一年に一度、命がけで入った神との出会いの場に、今すべてのキリスト者が招き入れられています。

 

そして、会衆の全体の罪のためのいけにえの「雄やぎ」のもう一頭は、「アザゼルとして荒野に放つ」(16:10)ためのものでした。「アザゼル」とは、「やぎ」と「去らせる」の合成語だと言われ、英語ではしばしば「scapegoatスケープ・ゴート)」と訳されます。

そしてその際の手続きが、「アロンは生きているやぎの頭に両手を置き、イスラエル人のすべての咎と、すべてのそむきを、どんな罪であっても、これを全部それの上に告白し、これらをそのやぎの頭の上に置き、係りの者の手でこれを荒野に放つ。そのやぎは、彼らのすべての咎をその上に負って、不毛の地へ行く。彼はそのやぎを荒野に放つ」(16:22,23)と記されます。

ここで、「咎」「そむき」「罪」は、罪に関する三つの類語ですが、これによって彼らのすべての汚れが、このやぎに負わされ、宿営の外に出され、「宿営がきよめられる」という意味があります。これは、神がイスラエルの民の共同体をきよく保つために与えた方法でした。

 

イエスは自ら、このスケープ・ゴートになることを望まれました。「スケープ・ゴート」は組織全体を守るために一人にすべての罪をかぶせる政治技術とも解説されます。犠牲を負わされた人は、しばしば、ひとり寂しく死んで行かざるを得ません。

しかし、イエスの場合はこれを通して主が既に死の力に打ち勝っており、ご自身に従うすべての者に「永遠のいのち」を与えていることを保証してくださいました。

 

その後レビ記では、「罪のためのいけにえの雄牛と、罪のためのいけにえのやぎで、その血が贖いのために聖所に持って行かれたものは、宿営の外に持ち出し、その皮と肉と汚物を火で焼かなければならない」(16:27)と記されます。

イエスの十字架に関してヘブル書の著者は、「ご自分の血によって民を聖なるものとするために、門の外で苦しみを受けられた」(ヘブル13:12)と描きますが、それは主ご自身が「贖罪の日のいけにえ」となられたことを意味します。

ですから、私たちは、もはや動物のいけにえをささげる必要はありません。それは、「キリストは、すでに成就したすばらしい事がらの大祭司として来られ、手で造った物でない、言い替えれば、この造られた物とは違った、さらに偉大な、さらに完全な幕屋を通り、また、やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです」(ヘブル9:11,12)と記されている通りです。

 

イエスはレビ記の「贖罪の日」の記述を思い巡らしながら、ご自分が十字架で死ぬことで、神がご自身の民との和解を成し遂げてくださることを信じていました。主はご自分の死が、イスラエルの民を罪の支配から贖い出し、真の意味で世界の祝福の基としてのアブラハムの子孫とすることにつながると信じておられたのです。

私たちはしばしば、自分の悩みや葛藤から救い出してくれる方としての救い主を求めますが、それよりもはるかに大切なのは、神から与えられた使命に生きるということです。自分の幸せばかりを求める生き方は空しく醜いものです。私たちは主のために生き、また死ぬのです。

 

3非常に高価な、純粋なナルドの香油三百グラムを取って、イエスの足に塗った

ヨハネ1153節ではラザロの復活の結論として、「そこで彼らは、その日から、イエスを殺すための計画を立てた」と描かれます。イエスは、ラザロひとりを生かすために、ユダヤ人全体を敵にまわし、ご自身の十字架への道を決定付けたのです。何と計算に合わないことでしょう。

しかし、それは同時に、すべての人を「死の力」から解放するための歩みでもありました。イエスが、そのように喜んでご自身を犠牲にすることができたのは、御父への信頼において、死の力に打ち勝っておられたからです

続けて、「そのために、イエスはもはやユダヤ人たちの間を公然と歩くことをしないで、そこから荒野に近い地方に去り、エフライムという町に入り、弟子たちとともにそこに滞在された(11:54)と記されますが、エフライムという町がどこにあるかに関しては良くわかりません。

とにかく私たちと同じ繊細な心をお持ちのイエスは目の前に十字架があることを思い巡らしながら、静かな場を必要といました。

 

 5556節では、「さて、ユダヤ人の過越の祭りが間近であった。多くの人々が、身を清めるために、過越の祭りの前にいなかからエルサレムに上って来た。彼らはイエスを捜し、宮の中に立って、互いに、『あなたがたはどう思いますか。あの方は祭りに来られることはないでしょうか』と言い合った」と記されます。彼らはまだ興味本位の対応しかできていません。

一方、そのような中で、「祭司長、パリサイ人たちはイエスを捕らえるために、イエスがどこにいるかを知っている者は届け出なければならないという命令を出し(11:57)ます。イエスが捕らえられることは時間の問題になって来ています。

 

ところが、「イエスは過ぎ越しの祭りの六日前にベタニヤに来られ(12:1)たというのです。それは、ご自身を過ぎ越しのいけにえの子羊として献げるための最後の旅でした。その村はエルサレムから三キロメートルほどしか離れておらず、すでに指名手配されているイエスには、捕まえられるために出向くようなものでした。

人々はイエスのために、そこに晩餐を用意し」ましたが、これは十字架の六日前の土曜日(安息日)日没後だったと思われます。そこには死んで生きかえったラザロがともにいたので、大勢のユダヤ人の群れがこの家を取り囲んでいました。そして、働き者のマルタはいつものように給仕をしていました。

これは、マタイ266節やマルコ143節以降にも記されているライ病人シモンの家の記事と同じだと思われますが、ヨハネはラザロの復活の出来事と結びつけて描いています。

 

ところがその時、マリヤが何と非常に高価な、純粋なナルドの香油三百グラムを取って、イエスの足に塗った」(12:3)というのです。純粋なナルドの香油は極めて貴重なもので、ユダが指摘したように、これだけの量は、三百デナリ、つまり労働者の約一年分の収入に匹敵します。彼女はこれをイエスの頭から足まで注いだのだと思われますが、ここでは「イエスの足に塗り、彼女の髪の毛でイエスの足をぬぐったという部分に注目されています。

これほど高価なものを、拭う必要のあるほどに使うことなど前代未聞です。布切れに吸わせては無駄になりますので、彼女はとっさに、自分の髪の毛を使うことを思いつきました。当時の女性が、公衆の面前で自分の髪の毛をほどくこと自体大変な恥ずべき行為であり、しかもそのためには足下にひざまずく必要があります。それは恥も外聞も忘れた姿です。

 

すると家は香油のかおりでいっぱいになった(12:3)と敢えて記されているのは、これがもたらした衝撃の大きさを象徴します。イスカリオテ・ユダは即座にマリヤを責めました。一行の会計係の立場としてはもっともな意見とも思われますが、ここではいつも盗んでいたからである(12:6)と、彼が役職を利用して私腹を肥やしていたことが最大の動機だと説明されます。

本来、マリヤが自分のものをどのように使おうと自由なのですから、非難される理由はありません。イエスはすべてをご存知でありながら、そのままにしておきなさい(12:7)と優しくたしなめます。

イエスはユダを責める以上に、弟子たちに対して、マリヤがどれだけイエスのことを理解しているかを証しされました。マリヤはわたしの葬りの日のために・・」とは、マリヤがイエスの身にこれから何が起こるかを十分意識していたことを示します。

 

マリヤは、イエスがラザロをよみがえらせたことでユダヤ人の最高議会がイエスを殺す決断をしたことを知っていました。それはどれだけ彼女の心を痛めたことでしょうか。そして、感性の鋭いマリヤは、イエスが人間として味わっている寂しさや不安を痛いほど理解できました。

イエスは、後にゲッセマネの園で苦しみもだえて、切に祈られ・・汗が血のしずくのように落ちた(ルカ22:44)と描かれていますし、この福音記者も後にイエスご自身が今わたしの心は騒いでいる(12:27)と言われたことを記録しています。しかし、ここにいる誰一人、マリヤほどにイエスの心の痛みを理解した人はいませんでした。

 

   マリヤの行為をとんでもない無駄使いと思ったのはユダばかりではありませんでした。それでイエスは、あなたがたは・・」(12:8)と弟子たちすべてに対して言われました。貧しい人々とはいつもいっしょにいる・・」は示唆に富んだ表現です。

当時の宗教指導者も貧しい人々を助けはしましたが、彼らとは離れて生きていたからです。弟子たちがそのような貧しい人々との交わりの生活を始めたのはイエスに従った結果でした。

ところが今、主は十字架にかかろうとしておられるという意味を込めてわたしとはいつもいっしょにいるわけではないと言われました。イエスとの交わりには、「今この時を大切にしなければ・・」というタイミングがあるのです。私たちはいつも、目の前の問題を解決しようとしますが、貧しい人々同様、問題はなくなることはありません大切なのは、問題を抱えながら生き続けることです。

 

たとえば、私たちの交わりの中に苦しみを抱えた人がいつもいることには心が痛みますが、それは包容力の証しとも言えます。一見強そうな人ばかりが集まっている交わりは、かえって不健全です。昔から、伝道とは、「乞食が別の乞食に、あそこにいったら食べ物にありつけると紹介するようなものだ」と言われます。つまり、貧しい人々が自分の仲間を連れてきたくなるような交わりこそイエスが始めたもので、そこには貧しい人がいつもいっしょにいるのです。貧しい者が多いことが証しになります。

 

   イエスとの交わりに基づかない人助けは、泳げないのを忘れて人を助けるために海に飛び込むようなものです。マザーテレサの始めた修道会はどの慈善団体よりも多くの人々を助けていますが、朝の静かな礼拝こそ、すべての奉仕者が最も大切にする時です。

彼女は、「私たちは、静かに祈る時に多くのものを受ければ受けるほど、忙しく働くときに多くのものを与えることができるのです」と言いました。

マリヤは、イエスの御声を聞く時を何よりも大切にしました。そしてイエスのお気持ちを誰よりも深く理解し、主に最も喜ばれる奉仕をすることができました。それは人間的には無駄使いと見えましたが、時代を超えて世界中の人々への最高の証しとなりました。

家は香油のかおりでいっぱいになったとありますが、香油のかおりは、この狭い家から始まり、世界中のキリストにある家全体に広がったのです。

  

私たちはしばしば、自己防衛の気持ちが邪魔になって人の気持ちに寄り添うことができません。しかし、イエスは、何と自由だったことでしょう。イエスはラザロをよみがえらせることで、ご自分の十字架を決定づけました。それは、イエスが、「わたしは、よみがえりです。いのちですと言われたように、すでに死に打ち勝っているからこそできたことです。

イエスは、すでに死を超えた歩みを、御父との信頼関係の中で始めておられました。私たちも目先の平安とか目先の問題解決以前に、マリヤに倣って、イエスのこころの痛みに目を向ける必要があります。この世界では一つの問題の解決が次の問題を生み出します。問題を無くすこと以上に、問題のただ中で、誠実を全うする生き方こそが求められます。

 

ある人が、「安全と平和は意味が違う・・・日本以外のすべての国が血まみれになっていようが、日本が絶対にそれに巻き込まれない状態・・・それが安全だ!!」と言っています。現代の多くの日本人が求める「平和」は、この「安全」の理念と似ているような気がします

もちろん、だからと言って、時に独善的になりがちな超大国の戦争に巻き込まれるようなことがあってもなりません。

ただそれでも、私たちはイエスのみこころに思いをはせるとき、ときに誰もが非難するような行動、また人の犠牲になるような行動も取らざるを得ないことがあるかもしれません。大切なのはイエスとの交わりのうちに歩むことです。

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2016年2月 7日 (日)

民数記5-7章「主は私たちの交わりに真中に住まわれる」

         201626

仏教では「」を、私たちが受け入れ和解すべき人生の常と観て、死の中に安静と苦悩からの救いを見る傾向があります。一方、日本の神道では、「」を禊ぎ祓うべき「穢れ」と観ます。それは「生の破滅を防ぐ所以」と言われます。それは3500年前のモーセの影響を受けているのかもしれません。日本最古の書の古事記はたった1300年前に記されたに過ぎないからです。

聖書では、「」は滅ぼされるべき「最後の敵(Ⅰコリント15:26)と描かれます。そして「永遠のいのち」とは、「死は勝利にのまれた」ことのしるしです。

 

神こそが「いのち」の源であり、信仰とは、「いのち」の現れです。ドイツのキリスト教会を批判したニーチェは、「イスラエル王国の時代・・・ヤハウェは、力の意識の表現であり、それは喜びと希望の表現であった。人々はヤハウェに勝利と救いを期待していた。それは特にヤハウェが自然を支配し、民に必要な雨を降らせることを意味した・・・ところが、人々は神の概念を不自然なものに変えた・・・いのちの表現ではなく、道徳に…人間の想像力を根本的に悪化させるものに」と、後代の人々が、「いのち」の教えを、いのちのない道徳に作り変えたと非難しています。

そして、「高級な人間と呼ばれる牧師」こそは、実は、「いのちを否定し、誹謗し、損なわせることを職業としている者である」とさえ言っています。牧師の息子として生まれたニーチェがそのように言わざるを得なかった現実が、当時のキリスト教会にあったのでしょう。

その危険は、私たちの交わりの中にも生まれる恐れがあります。真の「いのち」を求める交わりとなりたいものです。

 

民数記には、イスラエルの民が、死」が支配する荒野を歩む際に、神が彼らにご自身の「いのち」を与えてくださる様子が描かれています。

また、荒野の生活で、人々が疑心暗鬼になることも前提としたうえで、人と人との「間」に「いのちの交わり」を生み出す知恵が描かれています。「いのち」のみなもとである主(ヤハウェ)が私たちの交わりの真ん中に住んでくださることで、私たちが「いのち」に満たされるのです。

 

1.「主の前に立たせなさい」

  神は不思議にも、「ツァラアトの者、漏出を病む者、死体によって身を汚している者をすべて宿営から追い出せ・・(5:1-3)と、三回も「追い出せ」ということばを繰り返します。ただし、これは永久追放ではありませんから、「送り出す」とか「外に置く」と訳した方が良いでしょう。

そのことはレビ記13-15章、21章などに詳しく記されていましたが、そこでは必ず「きよめ」の手続きが明確に記されていました。そこには「水をそのからだに浴びる」(レビ14:9)というプロセスがありましたが、それは現在の洗礼につながります。

 

しかも、「送り出す」ことの趣旨は、「わたしがその中に住む宿営を汚さないように(5:3)とあるように、神が示す「きよさ」を実現することにあります。この隔離の目的は、主ご自身が彼らの真ん中に住まれることによって、彼らを約束の地に連れ上るための基本的な準備でした。ツァラアトも漏出もいのちを損なう「」のしるしと見られたのかと思われます。

ところで、モラル(道徳)としてではなく儀式的な面での「汚れ」と「きよさ」を区別する尺度はどこにあるのでしょう。その鍵は、レビ記に繰り返される、「自分の身を聖別し、聖なる者となりなさい(レビ11:44)という命令にあります。それは神の「聖」に倣うことです。神は死とセックスから無縁であるので、神に近づくにあたって、それと距離を取る必要があるというのです。特に、「死」は、アダムの罪から始まっています。

私たちに食物律法や漏出を含む儀式的な「汚れ」の規定が効力を失ったのは、イエス・キリストが死の力に打ち勝ち、結婚関係をきよめ、性の交わりを聖めてくださったからです。私たちに何よりも求められていることは、「汚れ」から遠ざかること以上に、イエス・キリストに結びつくことです。

 

  それに続いて、「罪過(償い)のためのいけにえ(5:5-10)の規定が出てきますが、それは敵と戦う前に、本来味方どうしである、神と人、人と人との間の和解(平和)を実現している必要があるからです。

 

  その上で512節から31節まで、「妻が道をはずして夫に対して不信の罪を犯し・・そのことが彼女の夫の目に隠れている」場合の対処、つまり妻が不倫をした疑いがある時の対処です。現代はしばしば、探偵を雇って密かに調査しますが、ここでは問題を最初から神の御前に差し出すことが命じられます。

そこで「祭司は、その女を近寄らせ、主の前に立たせ・・・きよい水を土の器に取り、幕屋の床にあるちりを取ってその水に入れ(1617)た上で、祭司は次のように「女に誓わせ」ます。

道ならぬことをして汚れたことがなければ・・のろいをもたらす苦い水の影響を受けないように・・もし・・夫以外の男があなたと寝たのであれば・・あなたの民のうちにあって主(ヤハウェ)があなたをのろいとし誓いとされるように。またこののろいをもたらす水があなたの身体に入って腹をふくれさせ、ももをやせ衰えさせるように(19-22)

 

きよい水」は「いのち」を、「ちり」は「」を象徴すると思われ、どちらかを主が導かれるというのです。その女は、それに「アーメン、アーメン」と応答します。その後、祭司は「こののろいを書き物に書き、それを苦い水の中に洗い落と」して、その水を女に飲ませます(5:23,24)

もし、その女が夫に対して不信の罪を犯して身を汚していれば、のろいをもたらす水はその女の中に入って苦くなり、その腹はふくれ、そのももはやせ衰える。その女は、その民の間でのろいとなる。しかし、もし女が身を汚しておらず、きよければ、害を受けず、子を宿すようになる(5:27,28)と記されます。

ここでの「のろい」とは、「子を宿す」こととの対比からすれば「出産できない身体になる」ことを意味すると思われます。

一方、「苦い水」が害を与えず、無事に出産できていたら、生まれた子は不倫の子ではないということになります。何ともおおらかな判断とも言えましょう。これは、生まれた子が不倫の子ではないことを証明するための手続きのようにさえ見えます。

 

私たちはこの「苦い水」の効果を科学的に分析する必要も、まじないかのように軽蔑する必要もありません。この中心は、「主の前に立たせ」、誰も立証できないことを主が顕わにしてくださるように祈り、「誓わせる」ことです。それは、人の隠された罪をさばくのは、人ではなく主ご自身であるからです。

 

夫婦が互いを信頼できないなら、子供を人間不信に育て、社会全体に相互不信の種を撒き散らします。しかも、人の調査は、疑いを晴らす代わりに不信感を募らせたり、濡れ衣を着せることもあります。

ですから使徒パウロも「あなたがたは、主が来られるまでは、何についても、先走ったさばきをしてはいけません。主は、やみの中に隠れた事も明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます(Ⅰコリント4:5)と記します。

つまり、主ご自身が、ご自身のときにさばきをくだされることに信頼することこそ信仰者の姿勢です。人を赦すことができないのは、神の「さばき」を信じられない結果とも言えます。

確かに主は、「あなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、飲ませなさい」と、敵を愛するように命じておられますが、その直前には、「自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい」と勧められおり(ローマ12:19,20)、その根拠は、「復讐と報いとは、わたしのもの(申命記32:35)という主の宣言にあります。

 

2.「男または女が主(ヤハウェ)のものとして身を聖別する特別な誓い」

 61-21節では、「ナジル人の誓願を立てる場合(6:2)が記されます。「ナジル」の語源は「分離」で、女性を含む一般の民が一定期間、自分の意思で主の奉仕に身をささげることです。

 

ナジル人の代表はサムエルですが、その母ハンナは不妊の女として軽蔑されて悩みつつ、「万軍の主(ヤハウェ)よ。もし、あなたが、はしための悩みを省みて・・男の子をさずけてくださるなら、私はその子の一生を(ヤハウェ)におささげします。そして、その子の頭に、かみそりを当てません」と「誓願を立て」ました(Ⅰサムエル1:11)

一般的にこの「誓願」は、何らかの願いがかなえられたことへの感謝の応答として、一定期間、自分の身を主にささげることです。その期間は、第一に、「ぶどう酒や強い酒を断たなければならない・・・ぶどうの木から生じるものはすべて、種も皮も食べてはならない」(6:4)と命じられました。それはカナンの地ではお酒を初めとするぶどうの木からの産物が偶像の宮での礼拝の中心にあったからです。

また第二に、「頭にかみそりを当ててはならない・・髪の毛をのばしておかなければならない(6:5)と命じられました。これは髪の毛が伸びるということが「いのち」の象徴と見られたからでしょう。

第三に、死体に近づいてはならない。父、母・・が死んだ場合でも、彼らのために身を汚してはならない(6:6,7)と命じられました。死は汚れと見られたからです。

この三つの禁止命令にそむくと、神の「祝福」が「のろい」に変わりました。

 

ナジル人としての聖別の期間の間に、身近な人が亡くなった場合、それは「聖別された頭を汚した」(6:9)ということになり、七日目にもう一度「頭をそる」と同時に、いけにえをささげることによって、「死体によって招いた罪のために贖い(6:11)をすることによって、聖別の期間を再度やり直す必要があります。

私たちは、「罪」というと道徳的なものをイメージしますが、ここでは不可抗力にしても、「聖別が汚された(6:12)こと自体が「とされています。それほどに「聖別」ということばは重い意味を持っていました。

そして、「聖別の期間が満ちたとき」に、ささげものとともに、「会見の天幕の入り口で、聖別した頭をそり・・その髪の毛を取って、和解のいけにえの下にある火にくべる」(6:18)と命じられていました。そのように、聖別の期間が終わって初めて、全焼のいけにえ、罪のためのいけにえ、和解のいけにえをささげ、「聖別した髪の毛をそって」、「ぶどう酒を飲むことができ(6:20)たというのです。

 

しかし、それを破った悲劇が士師記13-16章に記されます。サムソンは、ナジル人として育てられながら、カナン人の女デリラへの恋のために、自分の髪が聖別されたものであり、切ってはならないものだという秘密を明かし、彼女のひざの上で眠っている間にその髪を切られてしまいます。

その結果、彼は力を失ってペリシテ人に捕らえられ、目をえぐり出されました。しかし、悔い改めてナジル人として髪を伸ばしたとき偶像の神殿を壊すほどの力を回復されたのでした。

 

新約にもナジル人の誓願が見られます。「パウロはひとつの誓願を立てていたので、ケンクレアで髪をそった(使徒18:18)と記されるのはナジル人となる期間の始まりを指し、その後エルサレムでヤコブから「あなたも彼らといっしょに身を清め、彼らが頭をそる費用を出してやりなさい(使徒21:24)と言われたのはその終わりを指すと思われます。

パウロは異邦人への伝道によって律法をないがしろにしていると批判を受けました。それで彼は証しのために敢えて律法に熱心なナジル人の姿を取ったのだと思われます。

 

キリスト者は新約の時代のナジル人とも言われ、「あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい(ローマ12:2)と命じられています。

私たちは無力でも、自分の身を神に献げるとき、サムソンやサムエルのように、神のために大きな働きをすることができます。それは、まず、ひとりで神の前に立ち、自分の意思で、神に自分の身をささげることから始まります。

 

3.「わたしは彼らを祝福しよう」

  624-26には「アロンの祝祷」と呼ばれる祈りが記されます。これはナジル人のような献身者への祝福ではなく、神が一方的にすべての民を祝福してくださるための祈りです。

三度の「主(ヤハウェ)」の御名には三位一体の主の祝福が表わされます。主(ヤハウェ)という名には、「わたしは、『わたしはある』という者である」という主ご自身の自己紹介の意味が込められています(出エジ3:14)。主こそがすべての始まり、すべての根源で、名前の付けようのない存在という意味があります。

主が最初にモーセにご自身を現された時、「ここに近づいてはいけない。あなたの足のくつを脱げ」と言われ、そのとき「モーセは神を仰ぎ見ることを恐れて、顔を隠し」ました(同3:5,6)。それは、人は神の招きによってしか御前に近づくことができず、そこで絶対的な服従を求められるという意味です。

ところが、圧倒的な恐怖をもたらす方が、「イスラエル人をこのように祝福して言いなさい」と優しく「アロンとその子ら」の祭司に最高の祈りの言葉を教えてくださいました。

またここには二度の「御顔」という表現によって、恐怖ではなく、神との生きた交わりが強調されます。

 

   第一は、「(ヤハウェ)があなたを祝福し、あなたを守られるように」との祈りです。「祝福」とは旧約では、多くの子供が生まれ、財産が増え、良い土地に住み、健康が守られるようなことを意味します。

また「守る」とは、「主は、あなたの足をよろけさせず、あなたを守る方はまどろむことはない・・主はすべてのわざわいから・・守り・・いのちを守られる」(詩篇121:7)とあるような創造主の永続的な心のこもったケアーです。

 

第二は「(ヤハウェ)が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように」という祈りです。本来、肉なる人間に主の御顔が照らされるなら、私たちは焼き滅ぼされてしまいかねない者です。しかし、ここでの「御顔を・・照らし」とは、「主があなたの永遠の光となり、あなたの嘆き悲しむ日が終わる(イザヤ60:20)とあるように、光の創造主ご自身の「御顔」が私たちをやさしく「照らして」くださることを意味します。

また「恵まれますように」とは、「あわれむ」「同情する」とも訳される創造主ご自身との生きた交わりを指します。

 

第三は「(ヤハウェ)が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように」という祈りです。「御顔を・・向け」とは、王である主が厳しい裁き主の顔ではなく、ひとりひとりに微笑みの眼差しを向けてくださるようにとの願いです。

また、「平安」とはヘブル語のシャロームです。これは戦いがない状態以上に、神からのすべての贈り物に満足している状態で、それを「与えてくださる」よう祈るのです。

三つの文章は徐々に長くなり、最後が「いのちの祝福が世界に満ち溢れる」という意味のシャロームで終わる美しい構造です。

 

しかもここには、祭司が主の御名で民のために祈るなら「わたしは彼らを祝福しよう」という約束が保障されています。つまり、礼拝の終わりの牧師の祝祷には、想像を絶する約束が伴っているのです。

 

7章の記事は、時間的には6章までの記事の一ヶ月前で、出エジプト記40章の幕屋の完成の直後のできごとです。

そこではまず、イスラエルの十二部族が、神の幕屋に仕えるレビ族の奉仕のための車や牛を提供します。ただし、契約の箱をはじめとする「聖なるものは・・肩に負う(7:9)ように命じられていました。

 

その上で、「祭壇に油が注がれる日」の、「祭壇奉献のための・・ささげもの」(7:10,11)の様子が詳しく描かれます。レビ記は時空を超えたいけにえの仕方が、民数記には現実にいけにえがどのようにささげられたかが描かれます。

それは、神が、逃亡奴隷とも言える集団を、荒野でいかに豊かに祝福しておられたかの証しでもあります。彼らは海を渡って救われ、荒野に入って間もなく、パンも肉もないとつぶやきましたが、実際はここでささげられるほどに豊かに穀物も家畜も与えられていました。

そして、このように豊かにささげる民を、神はさらに祝福し、また民はその恵みに感謝してなおささげるという好循環が起こります。

 

そして、12節から83節まで、部族ごとにまったく同じささげものが十二回繰り返されます。これを朗読で聞くとき、それぞれの部族は、自分たちの名が具体的に呼ばれ、具体的に応答する様子が実感されます。神の前では、「以下同文・・」という省略はありません。

それぞれの部族の規模は違っても、神はそれぞれを公平に扱い、同じ礼拝を求めます。神の恵みは、分け隔てがないばかりか、その恵みへの応答もいつも具体的な生きたできごとなのです。

また私たちはその恵みに対する応答を、「家族単位での礼拝」として現すことが求められています。

 

なお、そこで様々ないけにえ以前に、穀物のささげものが特に述べられているのは、イスラエルの十二部族がレビ族の生活を支えるという意味が込められていると思われます。

 

これらを合わせると、全焼のいけにえとして、「雄牛、雄羊、子羊」、罪のためのいけにえとして「雄やぎ」がそれぞれ12頭ずつ、また和解のいけにえとして「雄牛24頭、雄羊、雄やぎ、子羊が60頭ずつがささげられました。これは二十歳以上の軍務に着くことができる男子だけで60万人を超える大集団からのささげものですから、驚くべきいけにえの数とも言えません。

ただし、人間的には荒野をさまよう逃亡奴隷の集団ですから、決して小さな犠牲とも言えません。主がこれらのいけにえを命じ、彼らがそれに喜んで従ったという中に、天地万物の創造主が彼らの真ん中に住んでくださることの「祝福」が現されています。

 

そして、これらのささげものの後でモーセが会見の天幕に入ると、主(ヤハウェ)は、「あかしの箱の上にある『贖いのふた』mercy seatの二つのケルビムの間から」、親しく「彼に語られた」というのです(7:89)。それは、主が天からイスラエルの民と同じ地平にまで降りて来られ、具体的に彼らの真ん中に住んでくださったことの結果です。

ローマ人への手紙324節のフランシスコ会訳では、「神はこのキリストに血を流させ、信じる人のための『贖いの座mercy seat』として、彼を公に示されました」と訳されています。イエスの十字架とは、神がモーセに顔と顔とを合わせるように語ってくださった「贖いの座」にイエスご自身がなってくださったということです。

それで私たちは今、「大胆にまことの聖所に入ることができ…真心から神に近づく(ヘブル10:9,22)ことができるのです。神は今、私たちひとりひとりにモーセに語るように語りかけてくださるのです。

そして、私たちがそのような神の祝福を体験する時、人と人との関係にもシャロームが実現します。

 

人と人との関係には、しばしば疑心暗鬼がともない、せっかくの献身の思いを揺るがすのも人間です。「家族」こそ人を傷つける原点であることを承知の上で「神の家族」と呼ばれます。それは「主がそこにとこしえのいのちの祝福を命じた」(詩篇133:3)と言われるのは、「兄弟たちが一つになって共に住む」場だからです。

それは、「シオンの山々におりるヘルモンの露」として描かれます。イスラエルの夏は日照りが続きますが、ヘルモン山から運ばれてくる露が山々を潤し、作物を実らせてくれます。

「いのちのみなもと」である主ご自身が私たちの交わりの真ん中に住んでくださることの恵みを心から味わってみたいものです。それは神の赦しを体験することから始まり、「互いを赦し合う」という交わりのただ中に現されます。

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