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2017年7月16日 (日)

ヨハネ20:1-18「イエスのために泣き続けたマリヤへの祝福」

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  現代はポスト・モダンの時代と言われ、合理性重視の陰で人の心情が軽んじられてきたことへの反省が起きています。17世紀のパスカルは、「心情は、理性の知らない、それ自身の理性を持っている」(パンセ277)との名言を吐きました。

私は学生の頃、イエスの墓は空だったとの証明を聞いて、「私は理屈では信じません」と拒絶しました。しかし、米国留学中にイエスの愛が人の心を捉えている様子を見て、「信じたい!」という気になりました。

この箇所には、墓が空であったことへの信仰と、泣いてばかりいた女にイエスが現われ、その名を呼んだという心の出会いが記されています。そして、主は何よりも私たちの感情に寄り添い、感情を癒すことによって、私たちの人生に希望を生み出してくださいます。

人間が人口知能と根本的に異なるのは、「感情を持つ存在である」ということにあります。実は、私たちが思う以上に、世界は、理屈ではなく、感情によって動いています。そして、最も強力な感情は「恐怖」です。しかし、イエスの愛こそが、「全き愛は恐れを締め出します(Ⅰヨハネ4:18)とあるように、「恐怖感情」を越えさせます。

 

1. 「だれかが墓から主を取って行きました」

  「週の初めの日」とはカレンダーを変えた表現です。多くの人の感覚で、週の初めは月曜日です。しかし、キリストの復活を祝って、この日が休日となりました。しかも、これは聖書全体のストーリーに目を開かせます。

この福音書は最初に、キリストこそがすべての創造主であることを宣言し、その方が人となられたと描きます(1:3,14)。そして主は、十字架上で息を引き取られる直前に、「完了した(19:30)と宣言されました。これは、神が六日間で世界を創造され、七日目に「なさっていたわざの完成を告げられ・・すべてのわざを休まれた(創世記2:2)ことに匹敵します。この福音書は、主が十字架で殺されたのではなく、世界の王として、みわざを完成し、休まれたという面を強調します。

そして過越の安息日の翌日、墓を空にして復活しました。この「週の初めの日」は、世界の「新しい創造New Creation)」が始まった日です。

キリスト教会は、「安息日」を土曜日から日曜日に移したとも言えますが、しかし、それによって「安息日」の意味も変わったとも言えます。それは日々の労働から解放される日という以上に、復活のキリストにある「新しい創造」を思い起して感謝し、「安息日の休みは、神の民のためにまだ残っている(ヘブル4:9)とあるように、安息の完成、この世界が神の平和(シャーロム)に満たされる日待ち望んでいる日なのです。

 

   「マグダラのマリヤは、朝早くまだ暗いうちに、墓に来た(1)と描かれますが、他の福音書によると、少なくとも他に二人の女が一緒でした(マルコ16:1)。この書は、客観的な事実よりもパーソナルな出会いに注目するため、一人しか記されていないのだと思われます。

とにかく、ここでマリヤは、「墓から石が取り除けられているのを見た」のですが、それで、「走って」ペテロとヨハネのもとに来て、「だれかが墓から主を取って行きました」(2)と、飛躍した結論を知らせました。たぶん彼女は、ユダヤ人の指導者たちが、イエスの遺体を運び出して、公衆の前に「さらし」、イエスが「救い主」であるという希望を完全に断ち切ろうと画策したと思ったのでしょう。

マタイによる福音書では、イエスの墓を封印し、番兵を置いたのは、弟子たちがイエスの遺体を盗んで、復活という噂を広めることを防ぐためであったと説明されています(27:62-66)。とにかく、墓の封印が解かれていることは、弟子への迫害の初めと思っても当然でした。

 

その後のことが、それを聞いた「ふたりはいっしょに走ったが、もうひとりの弟子がペテロより早かったので、先に墓に着いた(4)と描かれているように、みなが恐怖に駆り立てられるように「走って」います。先に着いたヨハネは、墓の中に入るのを躊躇しますが、ペテロはすぐに中を確認します。

そこでは、「亜麻布が(平らに)置いてあって、イエスの頭に巻かれていた(包んでいた)布切れは・・離れた所に巻かれたままに(67)なっていました。これはイエスの身体だけが、包んでいたものからすっぽりと抜け出た様子を示しています。

そのとき、「もうひとりの弟子も入って来た。そして、見て、信じた(8)と記されています。使徒ヨハネが自分でこれを書いていることを前提にするなら、彼はイエスの復活を信じたと解釈するのが自然でしょう。

その直後に、「彼らは、イエスが死人の中からよみがえられなければならないという聖書を、まだ理解していなかったからである」(9)と記されているのは、彼が復活の意味を、聖書の必然的なストーリーの一部としての、神の真実、死の力に対する勝利、「新しい創造」としては理解できていなかったことを示します。人は、起こったことの意味が分かって初めて、心から納得できるからです。

たとえば、イザヤ53章の「主のしもべ」の歌は、5213節の「見よ。わたしのしもべは栄える。彼は高められ、上げられ、非常に高くなる」という復活預言から始まり、その勝利に至る過程として、「彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ(53:3)と苦難が描かれ、最後は、「彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする」と、彼の苦しみの意味の説明と、勝利の凱旋が描かれています。この歌は、イエスが繰り返し味わい、弟子たちにも分ち合っていたのですが、その意味は隠されたままでした。

 

ところが、「それで、弟子たちはまた自分のところに帰って行った(10)と記されます。それは彼らもイエスの復活の可能性を信じながらも、目先の恐怖に駆りたてられ、自分たちの身を隠そうとしたからでしょう。アリマタヤのヨセフやニコデモが、イエスの死後、自分の信仰を顕にしたことを見るなら、ユダヤ人の指導者が危機感を覚えて、何らかの対応をしても不思議はありません。

それにしても、亜麻布や頭を巻いた布切れがきれいに残されている現実は、イエスの復活を証明しているとしか思えないはずですが、彼らはまだそれを、聖書のストーリーの中から、神の救いの時代の到来とは見られていませんでした。

 

弟子たちは、空の墓」を、さらなる悲劇の始まりと見てしまいました。あなたも、目の前の出来事をすべて、そのようにただ悲観的にばかり見てはいないでしょうか。それは、この世の人の目には悪の勝利かもしれませんが、それこそ神の勝利の一過程ではないでしょうか。それを心から納得するなら、私たちは暗やみに光を見出すことができます。「新しい創造」はすでに「週の初めの日」に起こったからです。

 

 

2. 「マリヤ」「ラボニ」

  ところがマリヤは、その場を去ることができず、ただ「外で墓のところにたたずんで泣いていた(11)と描かれています。彼女は、「恐れ」に囚われて帰ろうと思う前に、イエスの身体が奪われたという思いに圧倒されていました。

それでも、「泣きながら・・墓の中をのぞき込んだ(11)のですが、そのとき「ふたりの御使いが見えた」と、衝撃的なことがまず記されます(12)。さらに、その状況が、原文の順番では、「白い衣をまとって。ひとりは頭のところに、ひとりは足のところに。イエスのからだが置かれていた場所に」と描かれます。それは、恐ろしいほどに、まばゆい光景だったはずです。

ところが彼女はそれを見て、恐怖に圧倒されてはいなかったかのようです。彼女は、ひたすら泣き続けていたのだと思われます。

 

御使いたちは彼女に、「なぜ、泣いているのですか(13)と尋ねます。それに対し彼女は、「だれかが私の主を取って行きました。どこに置いたのか、私には分からないのです」と答えます。

これは先の弟子たちへの報告の繰り返しと同じようでも、「私の主」と呼ぶ、熱い思いが強調されています。彼女の応答は不合理ですが、そこには、「イエスへの愛」があらゆる「恐れ」を超えた様子が見られます。

 

マリヤは、十字架で無残な死を遂げ、消えてしまった方を、なお「私の主」と告白し続けます。彼女は、ルカ82節では、「マグダラの女」と呼ばれ、「七つの悪霊を追い出していただいた」と記録されています。

マグダラとは、「塔」を意味し、ガリラヤ湖西岸の高い見張り塔のある漁師町でしたが、彼女が「マグダラの女」と呼ばれていたというのは、「新宿の女」と呼ばれることに似ているかもしれません。彼女は教会の伝承では、「罪深い女」の代表者かのように言われることがありますが、それは後代の推測に過ぎません。

何よりも明確なのは、彼女は「七つの悪霊」に憑かれていたということで、想像を絶する苦難の中から救い出された女性であるということです。彼女は誰よりも苦しんできたからこそ、誰よりもイエスを愛していました。彼女にとっては、自分の人生全体がイエスからの賜物と思われたことでしょう。

 

   「彼女はこう言ってから、うしろを振り向いた(14)と描かれますが、御使いと話していながら後ろを振り返るなどというのは、信じがたいことです。それほどに彼女はイエスの遺体を必死に探そうとしていたということかもしれませんし、圧倒されるような不思議な気配を感じたからかもしれません。

とにかく「彼女はイエスを見た」と、原文ではまた衝撃的な表現で記されます。しかし、彼女にはその方がイエスだとは分かりませんでした。たぶん、ひたすら泣き続けていたのでしょう。

それでイエスは彼女に、「なぜ泣いているのですか」と御使いと同じ質問をしながら、すぐに続けて、「だれを捜しているのですか」と尋ねました(15)

彼女は、不思議にも彼を「園の管理人だと思って」、「ご主人様(キュリエ)」と丁寧に呼びかけつつ、「あなたがあの方を運んだのでしたら、どこに置いたか言ってください。そうすれば私が引き取ります」と言います。園の管理人が、イエスの身体の布をはずして、どこかに運ぶなどと、どうして考えることができたのでしょう?しかも、彼女がひとりでそれを引き取るなどとは、不可能です。彼女は何と混乱していることでしょう!

ただし、それにしても、彼女がこのときのイエスを「園の管理人」であると思ったのは、意味深いことです。人の悲惨は、「エデンの園」から追放されたことから始まりましたが、今、ここに、混乱に満ちるばかりの私たちを、新しい「」に導いてくださる方が現れたとも解釈できるからです。

 

ここでイエスは、彼女がこれほどの熱い思いで「イエスを捜している」、その気持ちを喜ばれ、たったひとこと、その名を呼びます。これは「アリアム」というアラム語の発音そのままの記録です(16)。それは彼女を滅びの中から救い出し、生きる力を与え続けた、あの愛に満ちたなつかしい御声でした。それで十分でした。

彼女の目は開かれ、「ラボニ」と応答しました。これもマリヤのアラム語の発音がそのままです(ヘブル語では「ラビ」(マタイ26:49ユダの呼びかけ)と呼ぶのが普通でした)。

著者はこの驚くほどに短い会話を、ふたりの発音のそのままを記録し、その感動を私たちに伝えようとしています。ここにはことばを超えたパーソナルな心と心のふれあいがあります。救いはいつもパーソナルな現実だからです。

 

人生の中年期に愛する夫を失った方が、深い悲しみに打ちひしがれていました。僕はそのご主人に自分の心の葛藤を親密に分ち合っていました。彼女の悲しみがとても身近に感じられ、そこに泣いてばかりいたマリヤの姿が重なりました。それで彼女にこの箇所のメッセージをお送りしました。

彼女は、「だれを捜しているのですか」と、後ろから語りかけられるように感じました。その時、ご主人が最後に、「僕の人生のテーマは、神様との親密性、Intimacyだったと思うよ」と言われた言葉が心によみがえりました。空の墓を何度も覗き込んでは泣き続けるような気持ちが、空っぽの心を、復活のイエス様が満たしてくださるという思いに変えられました。

彼女はそれ以来、いろんなところで、深い悲しみを抱えた方に寄り添いながら、主の前に静まるという個人的な黙想会を開いておられます。悲しみが消えることはないしょう。しかし、そこでこそ感じられるイエスの臨在があります。「新しい創造」が始まっているからです。

 

  エデンの園では、蛇が、「神は、本当に言われたのですか」(3:1)と、神のみことばを自分の知恵で判断するように誘惑しました。それに対し、新しい時代の始まりの「園」で、イエスは知恵ではなく、パーソナルに名を呼ぶことからすべてを始められました。

神のようになることに憧れたエバは悲惨の基となり、ひたすらイエスご自身を求め続けたマリヤは、希望の基となりました。イエスは今も、ご自身を隠しながら、「何を」ではなく、「だれを捜しているのですか」と尋ねておられます。

私は長い間、知識や力を求め続けてきましたが、心の奥底にあったのは「愛への渇き」でした。それは世的な成功によってではなく、イエスご自身からの語りかけによって満たされるものでした。あなたの信仰もそのようなパーソナルな出会いから始まっています。それは主の福音が、目に見える生身の人を通して伝えられたからです。

 

3. 「わたしの兄弟たちのところに行って・・・告げなさい」

   このときマリヤは、イエスの御足にすがりついたのだと思われます。それで主は「わたしにすがり続けてはいけません(17節私訳)と言われました。そして、「わたしはまだ父のもとに上っていないからです」と言われ、彼女の心を天の父と、父から与えられた使命の方に向けさせました。

イエスは父から遣わされ、父のもとに帰って行かれますが、同じように私たちがこの地におかれているのは、神から与えられた使命を果たすためだからです。彼女は復活のイエスに出会って満足したままでいてはならなかったのです。

 

その上で主は、臆病な弟子たちを「わたしの兄弟たち」と呼び、彼女にご自分のことばを託し、ご自分を遣わされた方のことを、「わたしの父またあなたがたの父・・・」と呼びます。これは、イエスの父が、弟子たちの父でもあるという意味です。それこそ福音の核心です。

イエスはかつて、弟子たちを「わたしの友」と呼んで、ご自身の愛と信頼を表明しました(15:14,15)。ところがイエスは今、この失敗者としか見えない弟子たちを「兄弟」と呼び、ご自身の父を、「あなたがたの父」と紹介したのです。

三度にわたってイエスを否認したペテロを、わたしの弟」と呼んでおられます。それこそ、イエスが罪と死の力に勝利された「新しい創造」のシンボルです。

弟子たちは、自分の罪を悔いることによって、「神の子」とされたというより、イエスによって一方的に選び出され、親しく教えを受け、失敗を赦され、また、最後には、何の功績もないままで、イエスの弟と呼ばれ、イエスの父を「私の父」と呼ぶことができるようにされたのです。

 

ただ、これを弟子たちは、この無力なひとりの女から聞く必要があったという事実自体に深い意味があります。最初の女エバは、アダムを罪にひき入れましたが(Ⅰテモテ2:14)マグダラの女マリヤは、失敗者の使徒たちを生かす使徒とされました。それはマリヤの心がイエスへの愛でいっぱいだったからです。

この事実を通して、主は弟子たちに、ご自身が彼らの知恵でも力でもなく、を求めておられることを示しました。弟子たちは、この圧倒的な福音をマリヤから聞くことを通して、謙遜にされたことでしょう。

 

また、「わたしの神またあなたがたの神」とは、聖書全体を通しての「救い」の目的を表現します。神はモーセにイスラエルの民を救う目的を、「わたしはあなたがたを取ってわたしの民とし、わたしはあなたがたの神となる(出エジプト6:7)と言われました。

私たちの救いの目的も、「(ヤハウェ)は私たちの神(申命記6:4)と告白できるためです。その告白と、「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主(ヤハウェ)を愛しなさい(6:5)という命令は不可分でした。信仰とは、霊的洞察力とか教義の理解力である以前に、神へのなのです。

イエスが十字架で私たちの罪の身代わりになられたのは、ご自身の神を、「私たちの神」とするためでした。そして、イエスが伝えたいのは何よりもこの愛の交わりの連鎖であるからこそ、イエスへの愛以外の何も持っていないマリヤが最初の使徒として適任と思われたのでしょう。

  

私たちはみな、目の前のいやなことを避けたいという思いがあります。しかし、災いを避けることで平安を得ようとするなら、待っているのは、「孤独」という無限地獄です。

ドストエーフスキーは長老ゾシマの口を借りて「あなたは大きな悲しみを見るでしょう。しかし、その中で、あなたは幸せになるのです。これは最後のことばです。悲しみの中に幸せを探しなさい」と言い切りました。それは、人が、悲しみの中でこそ、本当の愛を発見できるからです。

イエスは弟子たちに自分たちの無力さ、卑怯さを自覚させることによって神の愛を教え、によって彼らの信仰を育まれました。そのためにマリヤの涙が用いられました。私たちにはマグダラのマリヤのような愛がないかもしれませんが、マザー・テレサの詩を味わいましょう。

 

神は いっぱいのものを 満たすことはできません。

神は 空っぽのものだけを 満たすことができるのです。

本当の貧しさを、神は 満たすことができるのです。

イエスの呼びかけに 「はい」と答えることは、空っぽであること、

あるいは 空っぽになることの 始まりです。

 

与えるために どれだけ持っているかではなく、どれだけ空っぽか が問題なのです。

そうすることで、私たちは人生において 十分に受け取ることができ、

私たちの中で イエスがご自分の人生を 生きられるようになるのです。

今日イエスは、あなたを通して 御父への完全な従順を もう一度生きたいのです。

そうさせてあげてください。

 

あなたが どう感じるかではなく、あなたの中でイエスが どう感じているかが問題なのです。

自我から目を離し、あなたが 何も持っていないことを 喜びなさい。

あなたが何者でもないことを、そして 何もできないことを 喜びなさい。」

 

私たちは自分のうちに愛がないこと、問題に対処する力がないことを、社会や親の責任にして自己弁護を繰り返すことがあるかもしれません。

しかし、「神の御前で嘆く」ことこそが、出発点になります。なぜならイエスは、「いま泣く者は幸いです。やがてあなたがたは笑うから」(ルカ6:21)と言われたからです。

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2017年7月 9日 (日)

ヨハネ19:31-42 「十字架から湧き出るいのちの泉」

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   私たちはみな人知れず傷つけられ、その傷跡から別の人を傷つける言動が生まれます。この世界を暗くしているのは、この罪の連鎖です。

しかし、イエスが十字架で、どのように血を流され、その傷跡から何が生まれたのか、を思い巡らすことを通して、そこに解決の鍵を見出すことができます。

  

1. 世の罪を取り除く過越の小羊として血を流された方

  「その日は備え日で」(19:31)あったという表現は、十字架刑の始まる直前の14節と、葬りの終わったときの42節と、ここの場面と三回も登場します。これは過越の祭りの「備え日」で、ユダヤ人たちは犠牲の子羊をほふりました。

バブテスマのヨハネはイエスを見て、「見よ。世の罪を取り除く神の小羊(1:29)と呼びましたが、「備え日」にイエスが十字架にかかられたことは、主が「過越の子羊」としてイスラエルに新しい「出エジプト」の救い、全世界に新しい時代をもたらす犠牲となられたことを意味します。

 

  「木につるされた死体」は、「その日のうちに埋葬しなければならない(申命記21:23)と命じられていたので、ユダヤ人たちは「すねを折って、それを取りのける処置をピラトに願い(19:31)ました。足が砕かれることで、全体重が手にかかり、肺を圧迫し窒息死に至ったようです。これは、息が絶えそうになっている者への残酷な一撃でした。

しかし、イエスの場合は「すでに死んでおられるのを認めたので、そのすねを折らなかった(33)と描かれています。これは例外であり、その意味が36節では、「彼の骨はひとつも砕かれないという「聖書のことばが成就するためであった」と解説されています。

これは詩篇34:20からの引用ですが、その文脈では、神が聖徒の叫びに耳を傾け、守り通して下さると約束されながら、「正しい者のわざわいは多い。しかし、主(ヤハウェ)はそのすべてから救い出してくださり、彼の骨のことごとくを守られ、その一つさえ砕かれることはないと記されていました(詩篇34:19,20私訳)

 

その詩はさらに「わざわいは悪者を殺し、正しい者を憎む者は罪に定められる。(ヤハウェ)はそのしもべのたましいを贖う方、主に身を避ける者は、だれも罪に定められない」と結論付けられています。確かに、イエスは死んだのですが、それは復活という最終的な救いを待つ一過程だったからです。 

 

   またこれは同時に、「過越しのいけにえ・・の骨を折ってはならない」(出エジ12:43-46)と記されていることの成就だとも考えられます。骨が折られては、イエスが過越の子羊として認められないからです。

 

なお、そこで、念のためなのか、主の死を確認したはずの「兵士のうちのひとりがイエスのわき腹を槍で突き刺した(34)と描かれます。しかし、この無神経な行為も、神の御手の中で起きており、「すると、ただちに血と水が出て来た」という不思議の引き金になりました。

水と血」が分離しつつともに出るのは、「死」のしるしとも言われますが、ここにはそれ以上の意味がありそうです。だからこそ、「それを目撃した者があかしをしているのである。そのあかしは真実である」と、敢えて記されます(35)

 

「血」については、「血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはない(ヘブル9:22)とあるほどに決定的なことなのに、具体的描写は聖書中ここ以外にはありません。しかも、生きていない者の血は無効です。しかし、主は「血を流して殺された」のではなく、十字架で「ユダヤ人の王」としての栄光を表わし、いのちを全うされたのです。

しかも、神の小羊キリストは、この書の初めにあるように、私たちの創造主であり、その身体は尊い神殿でした。そこから流れ出た「尊い血」だからこそ、どんな罪をも聖め、私たちを「先祖たちから伝わったむなしい生き方から贖い出す(Ⅰペテロ1:18,19)と言われる力となるのです。

 

2. 生ける水の川の源として、突き刺されたわき腹から、血と水を出された方

   しかも、イエスのわき腹が槍で突き刺されたことも、「聖書の別のところには」、「彼らは自分たちが突き刺した方を見る(37)とあるように、これはゼカリヤ書1210節の成就です。

そこでは、「わたしは、ダビデの家とエルサレムの住民の上に、あわれみと哀願の霊を注ぐ(私訳)。彼らは、自分たちが突き刺した者わたしを仰ぎ見、ひとり子を失って嘆くように、その者のために嘆き、初子を失って激しく泣くように・・・激しく泣くと記されています。

不思議なのは、ここで、「自分たちが突き刺した者」とは、「わたし」(ヤハウェ)であると記されていることです。つまり、ユダヤ人は神ご自身を突き刺す罪を犯したというのです。そして、彼らは「霊を注」がれた結果として、自分の罪への嘆きが生まれます。

ゼカリヤ書に描かれているのは、終わりの日に、エルサレムが神の敵によって包囲され絶体絶命の危機に瀕するということでした。そのときに神は、天からの火で敵を立ちどころに滅ぼす代わりに、エルサレムの民に、自分たちこそが神に遣わされた方を突き刺している者であるという、反省を起こさせるというのです。

 

   イエスの十字架から40年後のローマ軍によるエルサレム包囲は、武力闘争による独立を目指したユダヤ人勢力が招いたことでした。彼らは目の前の問題を力と力の対立の枠でしか考えられませんでした。ローマ帝国に反旗を翻す人も、ローマ帝国の攻撃を避けるためにイエスをスケープ・ゴートにした人も、神のご支配を見ることができていないという点では全く同じです。

つまり、目に見えない神のご支配に信頼できずに、問題を人間的に解決しようとする人々が、イエスを十字架につけたのです。

 

それは現代の政治でも、短絡的な問題解決を目指して、権力者を批判する人々にも、また、反対者を力で屈服させようとする、両方の勢力に見られる発想です。とにかく、イエスを救い主として歓喜して迎え入れた住民が、その五日後には、「イエスを十字架につけろ!」と、一斉に叫び出したという現実を忘れてはなりません。

そのときイエスの弟子たちも、神の支配を認めることができずに、逃げ惑うしかできませんでした。神の支配を認められない者たちすべてが、イエスを十字架にかけたのです。

 

   最初のペンテコステの日に、ペテロはエルサレムに住むユダヤ人たちに向かって、「あなたがたは、神の定めた計画と神の予知とによって引き渡されたこの方を、不法な者の手によって十字架につけて殺しました・・・・神が、今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけて殺したのです」(使徒2:22,23,36)と、イエスを十字架につけた張本人はユダヤ人自身であると悔い改めを迫りました。

それに対し、「人々はこれを聞いて心を刺され」、「ペテロとほかの使徒たちに」、「私たちはどうしたらよいのでしょうか」と尋ねたと記されています(2:37)。つまり、イエスが十字架にかけられたのは自分たちの責任であるという「嘆き」が起きたということが、ゼカリヤの預言の成就であったのであり、それは、イエスのわき腹から、「血と水が出て来た」ことと切り離せない関係にあるというのです。

 

そしてゼカリヤ書では引き続き、その日に、「罪と汚れをきよめるひとつの泉が開かれる(13:1)と記されます。それこそが、彼らに聖霊が注がれたということを意味します。彼らが自分たちの罪こそがイエスを十字架にかけたと認めることと、聖霊を受けることはセットになっていることです。

そしてゼカリヤ書ではこのことが引き続きエルサレムの完成の場面として、「エルサレムから湧き水が流れ出て・・東の海・・西の海に流れる(14:8)とも描かれます。

エゼキエルはそれを「水が神殿から流れ出て・・この川が流れ出て行く所はどこででも、そこに群がるあらゆる生物は生き・・その両岸にはあらゆる果樹が生長し・・実も絶えることがない(47:1-12)と預言しています。

そして、イエスはこれらを指しながら、「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っている通りに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる(ヨハネ7:38)と言われました。

 

私たちも自分たちの回りの権力者や私たちを振り回す人々を、自分の都合で憎んでいるとき、イエスを十字架にかけた人々の仲間となっています。この世界の問題の解決は、神がご自身の御子を十字架にかけなければならないほどに、複雑に入り組んでいるということを認める必要があります。

ゼカリヤ書によると、神は目の前の神の敵を滅ぼす代わりに、ご自身の御子を十字架にかけられるままにして、エルサレムの人々に「激しく泣く」という思いを与え、ゼカリヤ1211-14節では、「嘆き」の連鎖が神の民全体に広がって行くと預言されています。つまり、世界の癒しは、「嘆き」から始まるのです。

 

イエスを信じるとは、イエスが「与える水を飲む者」であると言われましたが(4:14)、その者は同時に、自分の罪がイエスを突き刺したことを認め、主のからだから流れ出た「血を飲(6:53)む者でもあり、それが心の中で泉と変えられるのです。

血も水も、いのちの象徴です。私たちはイエスから流れ出たいのちを受けて、罪の支配から贖い出され、心の奥底が生ける水の川が流れ出る泉とされるのです。それは、聖霊を受けることですが、神の霊はまず自分の罪への「嘆き」を生みます。その結果、真理を振りかざした戦いではなく、謙遜と柔和の霊に満たされた者として、世に平和をもたらすのです。

 

3. イエスを園の墓に葬ったヨセフとニコデモ

  そして、「そのあとで、イエスの弟子ではあったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していたアリマタヤのヨセフが、イエスのからだを取りかたづけたいとピラトに願った。それで、ピラトは許可を与えた。そこで彼は来て、イエスのからだを取り下ろした」(19:38)という不思議な展開が起きます。彼に関しては、最高議会の「有力な議員」であったとマルコの福音書1543節に記されています。

どの福音書においてもこのヨセフの登場は、イエスの埋葬の場面が初めてです。この福音書においては、124243節において、「指導者たちの中にもイエスを信じる者がたくさんいた。ただ、パリサイ人たちをはばかって、告白はしなかった。会堂から追放されないためであった。彼らは神からの栄誉よりも、人の栄誉を愛したからである」と記されていましたが、ここに登場するヨセフこそ、その代表者と言えましょう。

 

しかし、彼もイエスの十字架を仰ぎ見て、ゼカリヤ書に預言された「嘆く者」の一人となったのです。しかし、彼が有力な議員で、人々から尊敬を集め、このときまで自分の信仰を隠していたからこそ、総督ピラトも彼にイエスのからだの埋葬をヨセフに任せたとも言えましょう。

伝道者の書には、どれほど裕福で長生きしても、「幸いで満たされることなく、墓にも葬られなかったなら…死産の子のほうが彼よりはましだ」と記されているように、葬りは大切な儀礼と認められており、権力者の理解も得やすかったことです。ただ、どちらにしてもヨセフはこのときに自分の信仰を初めて公にしたと言えましょう。

 

   そして、ここではもう一人が登場し、「前に、夜イエスのところに来たニコデモも、没薬とアロエを混ぜ合わせたものをおよそ三十キログラムばかり持ってやって来た」(39)と描かれます。彼はヨセフとともに「イエスのからだを取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従って、それを香料といっしょに亜麻布で巻いた(40)のでした。

この大量の香料の量は、王を葬るときにふさわしいものです。これは、イエスが、人々から見捨てられたようでありながら、「ユダヤ人の王」にふさわしく葬られたことを意味します。

 

   しかも、その墓に関しては、「イエスが十字架につけられた場所に園があって、そこには、まだだれも葬られたことのない新しい墓があった。その日はユダヤ人の備え日であったため、墓が近かったので、彼らはイエスをそこに納めた(19:41,42)と記されます。

その墓は「十字架につけられた場所にあった園」なので、日が沈む前の備え日のうちに丁重に葬ることが可能になりました。また、マタイの福音書によると、ヨセフは「金持ち」であり、その墓は彼のもので、「岩を掘って造った・・新しい墓であった」と記されています(27:57,60)

この埋葬の時になって、目に見えない神の備えが明らかになって来ます。

 

   本来、十字架にかけられた人は、犯罪人ばかりの共同墓地に投げ捨てられました。しかし、それでは、「空の墓」がイエスの復活を証しするという準備になりはしません。しかもこれは、「主のしもべの歌」にある、「彼の墓は悪者どもとともにされるはずだったが、葬られたときは富む者と共にされた(イザヤ53:9私訳)という預言の成就と見ることができます。すべてに神の御手を見ることができるのです。

 

 ヨセフニコデモも、ユダヤ人の指導者であった(3:17:50)がために、仲間の目を憚って自分の信仰を公にできませんでした。しかし、イエスの王としての威厳に満ちた死を見たとき、勇気を持って行動する者と変えられたのでしょう。

彼らのその前までの行動は、弟子としては恥ずべきものではありましたが、もし以前からイエスに従っていたら、イエスの葬りを堂々と行うことはできなかったはずです。神の御前では、私たちの恥ずべき失敗でさえ益に変えられます

彼らは、いのちの泉がイエスから湧き出たことの直接的な結果として、その心に悔い改めと愛が生まれ、神のために働けたのです。

 

  イエスの身体は神によって守られましたが、そのわき腹を突き刺したのは私たちの罪です。しかし、その傷口から、罪の赦しの血と、いのちの水が湧き出ました。人の罪による傷跡がいのちをもたらす泉へと変えられたのです。

あなたも人の罪によって傷ついて来た結果、被害者意識で一杯になっているかも知れません。しかし、そうなるとその傷は悪臭を放ちます。自分も加害者になっていることが認められないと、罪の赦しの福音も心に届かないからです。では私たちはどのようにしたら良いのでしょう。

 

私たちは自分の葛藤を正直にそのままイエスの御前に持って行くことができます。自分の孤独感を、人に誤解される痛みを、謂れもない非難を受けている葛藤を、そのままイエスに打ち明けることができます。実際、詩篇にはそのような祈りが満ち満ちているからです。そしてそこで人としてのイエスも同じ葛藤を味わっていたことが分かります。私たちは自分の傷を通して、イエスが受けた不当な苦しみを理解することができるのです。

自分の苦しみを、イエスと同じ「神の子」とされた者としての特権として見直し、そこで神の愛を味わえるなら、かえって、自分がいかに罪深いかが分かり、同時に、その自分のすべての罪が赦されていることの感動が生まれます。

そこから、神に仕えるように隣人に仕えるという思いが湧き出ます。傷跡は、神のみわざを体験する場となり、「いのちの泉」へと変えられるのです。

 

最近上映されている、「ハクソー・リッジ」という第二次大戦の沖縄戦の中で起きた歴史的な事実を基にした映画があります。デズモンド・ドスという二等兵は決して武器を取って人を殺すことはしないという信仰上の確信を持っていました。彼は良心的兵役拒否を認められることができましたが、同時に、米国は自由のために戦っており、自分もその戦いの中に身を置いて米国市民としての責任を果たしたいと強く願っていました。

彼は前線において傷ついた兵士の手当てをする衛生兵になることを志願します。しかし、当時の軍隊では、自分で配属先を指定することも、武器を取れないと主張することも許されませんでした。彼は軍隊の中で散々な虐めに遭い、ついには軍法会議にまでかけられます。すべて、彼が武器を取らずに、前線で働きたいという、当時としては矛盾したことを願ったためです。

 

最終的に、彼の信仰的良心が認められ、沖縄戦の最激戦地ハクソー・リッジ(日本名:前田高地)に武器を持たない衛生兵として派遣されます。彼の部隊は150mの崖を上って、日本軍と戦いますが、驚くほど多くの犠牲を出し、高地からの撤退を余儀なくされます。

ところが彼は、その高地に単身で残って、日本軍の目を潜りながら、丸腰で負傷兵の手当てをし、崖から吊り下ろします。彼は、「主よ、どうか、あと一人・・」と祈りながら、負傷兵を捜し出し、銃弾を潜りながら、引きずり、丁寧に崖から吊り下ろし、ついにその数は75人にもなりました。しかもそこには二人の日本兵を含まれていました。

 

戦友たちの眼差しが称賛に変わり、彼は最後の攻撃の前に個人礼拝の時間が与えられ、部隊は彼の祈りが終わるまで、出撃を待つということまでしました。この攻撃は成功しますが、彼自身も最後に手榴弾で負傷しますが、彼はタンカで運ばれながら、他の怪我人を自分の代わりに載せるように強く願ったほどでした。

彼は最終的に、敵を殺した功績によってではなく、戦友の命を救った功績によって大統領から直々に勲章を受けます。しかし、彼は約十年前に亡くなる直前まで、自分が英雄視されることを拒否していたため、彼の物語は多くの人に知られないまま、ようやく最近になって、イエスを描いた映画「パッション」の監督メル・ギブソンによって映画化されました。残酷な場面が多い映画なので、推奨できない面があります。また当時の米国の風潮にも、日本人としては納得できない面があります。

 

ただ、デズモンドは敢えて人々から誤解され中傷されるという孤独の中に身を置きました。しかし、だからこそ、全能の神を身近に感じ、神も彼を通してご自身の栄光を現してくださいました。

皆さんの中にも、職場や身近な人間関係で、謂れのない非難を受け、孤立し、傷ついている方がいるかもしれません。しかし、それは神との生きた交わりを築く最高の機会とされるのです。

そこでこそ、イエスの十字架の苦しみを身近に感じ、同時に、イエスの救いが自分のためであったと実感できるようになります。最終的に、あなたが神と人に仕えるために味わった葛藤は、「生ける水の川」の「泉」となるのです。

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2017年7月 2日 (日)

士師記17章~21章「めいめいが自分の目に正しいことを行なう中での悲劇」

 201772日        

   キリスト教会の歴史を見ると、「主(ヤハウェ)の御名」を持ち出した「戦争」や「ご利益主義」が福音を歪めてきた現実が見られます。その原点が今日の士師記に見られます。

神の救いの目的が、この世界を神の平和(シャローム)で満たすことにあるという中心点を忘れるところから、その逸脱が始まります。

 

   現代は、理想や権威に懐疑的になっている時代で、それぞれの「心の声」を尊重することが求められています。ただ、そこには歓迎すべき点ばかりではなく、危険もあるのではないでしょうか。

めいめいが自分の目に正しいことを行なう中で」、明らかな悪が放置され、共同体が機能不全に陥るということがあります。それは約束の地に入り、豊かさを獲得できたイスラエルの民にとっての落とし穴でもありました。

  

1. 神の宮を自分の家の中に作ることの問題

17章以降には士師が登場しませんが、イスラエルの堕落の様子が生々しく描かれています。エフライムの山地に住むミカという人は、母の銀を盗みますが、母のかけたのろいのことばを聞き、あわててそれを返しました。

それで母は、のろいを打ち消す祝福を、主の御名によって祈り、その銀を(ヤハウェ)にささげました。このとき盗んだ銀千百枚は、デリラがサムソンを売った際に、ペリシテ人の各領主から受け取った金額と同額で、現在の銀価格では約百万円に相当するとも思われますが、10節でレビ人への年間の報酬が銀十枚であることを考えると、当時としては驚くほどの大金であったと思われます。

ところが、母はその銀の約五分の一を取って、「わが子のために」、「彫像と鋳像を造った」というのです(17:3,4)。しかし、これは主が忌み嫌われることで、彼女は息子の「祝福」を求めながら、「のろい」を招いていることに気づいていません。

そしてこのミカは、それで「神の宮」(17:5)を自分の家の中に造り、彼の息子祭司にしました。これも、「契約の箱」が置かれた幕屋を唯一の礼拝の場所とする神のみこころに真っ向から反します。

つまり、彼らは、(ヤハウェ)の御名を用いながら、主のみことばに聞こうとするのではなく自分たちだけの繁栄を祈り求めていたのです。これはカナンのバアル礼拝の習慣に毒された結果です。

 

このことが、「その頃、イスラエルには王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行なっていた」(17:6)と描かれます。

この家は約束の地の中心で、かなりの豊かさを享受していましたが、それは、「あなたが食べて、満ち足りるとき、あなたは気をつけて、あなたをエジプトの地、奴隷の家から連れ出された主を忘れないようにしなさい」(申命記6:11,12)と警告されていたことを思い起こさせます。

 

しかも、ここにユダのベツレヘム出身のレビ人が登場します。彼は自分の町での生活が成り立たなくなり、滞在する所を求めて旅に出たあげく、ミカの自家製礼拝の祭司となります。

これは社会全体が安息日の礼拝に集まって主を礼拝することを忘れ、レビ人の働きの場がなくなった結果と言えましょう。

 

そして、ミカは、「私は主(ヤハウェ)が私をしあわせにしてくださることをいま知った。レビ人を私の祭司に得たから」(17:13)と言いました。

何という皮肉でしょう。彼らは、「十のことば」の最初の四つの命令にことごとく反した罪を犯し、主ではなく富に仕え偶像を作って拝み主の御名をみだりにとなえ安息日を破っていながら、それにも関わらず、「主がわたしをしあわせにしてくださる」と喜んでいるのです。

 

ミカとその母は三度にわたって、「(ヤハウェ)の御名」を持ち出していますが(17:2,3,13)、みな明らかに、主のみこころに反する用い方です。彼らは、主の救いのご計画を知ろうともしていませんでした。

 

2.ダン族は、ミカの造った彫像を自分たちのために立てた

18章は、「そのころ、イスラエルには王がなかった」という記述から始まります。そして、あのサムソンの出身部族であるダン族が登場します。これはサムソンより前の時代だと思われます。

1節では、「相続地はその時まで彼らに割り当てられていなかった」と記されますが、これは彼らが割り当てられたエモリ人の地を支配することに失敗していたという意味として解釈できます(ヨシュア19:40-48、士師1:34

 

彼らは神から与えられた相続地を離れ、イスラエルの占領地の最北端に新しい土地を求めます。エフライムの南のダン族の根拠地から五人の偵察隊が派遣されますが、彼らはその途中でミカの家に立ち寄り、そこでこのレビ人の自家製祭司に出会い、自分たちの旅が成功するかどうかを、「神に伺ってください」と願います(18:5)

すると彼は、「安心して行きなさい。あなたがたのしている旅は、主(ヤハウェ)が認めておられます(18:6)と、期待通りの答えを出してくれました。これは確かに主のみこころとも解釈できますが(ヨシュア19:47)、偶像を通して「神に伺う」という方法自体が、許されることではありません。

 

その後、ダン族は、六百人の戦士の集団で北方の地を攻め取るために進軍している途中に、ミカの家に立ち寄り、このレビ人と彫像等を奪って行きます。その際、彼らはこのレビ人、「私たちのために父となり、また祭司となってください。あなたはひとりの家の祭司になるのと、イスラエルで部族または氏族の祭司となるのと、どちらがよいですか」と言い、彼もそれを聞いて、「心ははずんだ」と記されています(18:19,20)

これも、主への礼拝に関する教えを自分の御利益の手段と貶めていることで、両者とも主の御旨に真っ向から反しています。

なお、ミカは彼らの勢力に圧倒されて泣き寝入りしますが(18:26)、本来、「盗んではならない」という主の命令は、このような力による略奪を禁じる教えのはずでした。

 

そして、ダン族はライシュの占領に成功しますが、「平穏で安心しきっている民を襲い(18:27)という表現の中に、その「卑怯さ」が言外に非難されています。確かにここは約束の地の範囲内で、絶滅は主のみこころとも言えますが、それはもともと主がダン族に割り当てた地ではありませんでした。

どちらにしても、ここが長い間イスラエルの北の果ての地になります。そして彼らは「自分たちのための彫像を立て」(18:30)ます。しかもここで初めて、この偶像礼拝を導いたのはモーセ直系の祭司であると述べられます。そのことがさらに、この自家製礼拝に権威を授けます。

そして、その子孫は「国の捕囚の日まで・・祭司であった」と悲劇が示唆されます。後にダビデ王国が分かれた際、北王国初代の王ヤロブアムは、この地を、南のベテルにならぶ北の礼拝の中心にし、それが国の滅亡の導火線になります(Ⅰ列王記12:29)

 

そしてここでは彼らの堕落が、「こうして、神の宮がシロにあった間中、彼らはミカの造った彫像を自分たちのために立て(18:31)と締めくくられます。ヨシュアがシロに幕屋を置き(ヨシュア18:1)、サムエル登場の前にシロがペリシテ人に滅ぼされるまで、一時の例外を除き幕屋はシロにあったと思われますが、その間、ダン族はミカの作った鋳造を拝み続けていました。

とにかく、たったひとつの家の罪が、ひとつの部族全体を堕落させ、その偶像礼拝は拡大し、後にひとつの王国まで滅亡させることになるのです。

 

3. ベニヤミン族の罪と彼らへのさばき

続いて、「イスラエルに王がなかった時代のこと」(19:1)と、18章と同じ書き出しのもとに恐ろしい悲劇が記されます。「ひとりのレビ人」が、「ユダのベツレヘムからひとりの女をめとった」のですが、彼女は実家に逃げ帰ります。これは当時としてはあり得ないことでした。

それで夫は「ねんごろに話して彼女を引き戻すために」(19:3)、ベツレヘムに出かけます。娘の父は彼を喜んで迎えますが、娘との別れを惜しむあまりか、接待を重ねて彼らの出発を遅らせます。

それに対し、この夫は愚かにも、五日目の日が傾きだした時間になって妻を連れて出発し、途中でベニヤミンの町ギブアに泊まらざるを得なくなります。

 

そこで彼らを迎えてくれたのはエフライム出身の老人だけでした。すると夜になって、この町の「よこしまな者たち」が家を取り囲み、「あの男を引き出せ、あの男を知りたい」(19:22)と迫りました。

かつて、ソドムに住んでいたロトを御使いが訪ねた時に、ソドムの人々はロトの家を取り囲んで、「今夜おまえのところにやってきた男たちはどこにいるのか。ここに連れ出せ。彼らをよく知りたいのだ」と迫りましたが(19:5)、それと同じ堕落が見られたのです。その際、ロトは自分の娘たちを指し出すと言ってまで彼らを宥める必要がありました(御使いが守ってくれましたが・・)

そしてここでも、彼らを泊めた老人は、娘まで差し出すと言いますが、彼らが迫りくるので、このレビ人は、やむなく妻を差し出さざるを得なくなります。

 

そして、彼女はなぶり殺しに会います。ただ19:26-28節の記述を見ると、レビ人がこの女の身を心配している様子がまったく見えません。彼は彼女をまるで感情のない生き物かのように扱っています。かつて、この女が彼のもとから逃げ去った理由もこれで明らかになります。

ただ、「彼は自分の家に着くと…自分のそばめを十二の部分に切り分けて、イスラエルの国中に送ったというのです(19:29)。そこにも彼の冷酷さが現されますが、彼としてはそこで必死に「正義」を求めています。それはイスラエルでソドムと同じ罪が行なわれたという意味です。

それに応じて、この無残な死体を見た人々は、「イスラエル人がエジプトの地から上って来た日から今日まで、こんなことは起こったこともなければ、見たこともない。このことをよく考えて、相談をし、意見を述べよ」と互いに言い合います(19:30)

なお204-7節には、この「殺された女の夫」の報告が記されますが、そこには自分がギブアに泊るようになった経緯も、老人のもてなしも、自分がそばめを差し出したことも省かれたまま、ベニヤミンの悪ばかりを強調しています。

 

このレビ人の訴えに応じて、「イスラエル人はみな・・こぞってミツパの主(ヤハウェ)のところに集まった」(20:1)と記されます。彼らは北の果てのダンから南の果てのベエル・シェバ、ヨルダン川東のギルアデなどからミツパに集まりました。

ミツパは当時の幕屋が置かれていたベテル(27)のすぐ隣の町でした。これは時代的には、士師記の時代の初期の時代、1819章の前の時代のことだと思われます。それは幕屋がベテルに置かれていたことと、イスラエルの民の一致が保たれていたという点から判断できます。

 

どちらにしても、ここで注目すべきは「こぞって」ということばです。これは直訳で、「ひとりの人のように」と記されています。この同じ言葉が8節でも繰り返され、また11節でも「イスラエル人はみな団結し、こぞってその町に集まって来た」と描かれます。

彼らが、日頃の主への礼拝でひとりの人のようになっていたのならよかったのですが、スキャンダルをさばくことにおいて初めて一致したかのようです。

 

イスラエルの民は四十万人もの戦士ベニヤミンのギブアに向かわせ、「よこしまな者たちを渡せ。彼らを殺して、イスラエルから悪を除き去ろう(20:13)と迫りました。

しかし、ベニヤミン族は、仲間の悪を取り除く代わりに、他のイスラエルの全部族に戦いを挑んでしまいました。彼らの兵力は26,700人に過ぎませんでしたが、彼らには「左ききの精鋭が七百人」がいました。守る側の地の理もあって、ベニヤミンは初戦で大勝し、イスラエルは一回目に22,000人、二回目には18,000人もの戦死者を出します。

 

それで、彼らが全民こぞってベテルにのぼって行って、泣き、その所で主(ヤハウェ)の前にすわり、その日は、夕方まで断食をし、全焼のいけにえと和解のいけにえを主の前にささげ」ます(20:26)

そこで祭司ピネハスが、「私はまた、出て行って、私の兄弟ベニヤミン族と戦うべきでしょうか。それとも、やめるべきでしょうか(20:28)と尋ねます。

それに対し主は、「攻め上れ。あす、彼らをあなたの手に渡す」と答えられます。ただし、主は、決してベニヤミン族を絶滅させるようなことは命じておられません。

 

29節から36節前半はイスラエルの戦いを外から眺めるように描いたもので、36節後半から46節はその戦いを内側から、特に伏兵に注目したように描いたものです。35節のベニヤミンの25,100人の戦死者と、46節の25,000人の戦死者とは基本的に同じことを指しています。

36節後半以降はそのように大きな戦死者を生み出した戦いの様子が描かれていますが、18,000人の「力ある者たち」(20:44)という戦死は避けがたかったとしても、その後の追跡による5,000人と2000人を打ち殺したことは行き過ぎだったとも言えましょう。

また、特に48節に記されたベニヤミンの町々に火を放って絶滅させたことは、主の御旨に反する蛮行です。これは主の戦いではなく、最初の被害に対する激しい復讐戦となった証しです。

 

後にパウロは、「神のみこころに添った悲しみは、悔いのない救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします」と記します(Ⅱコリント7:10,11)。イスラエルの民は最初の戦いでベニヤミン族に敗北を喫してから、主の前で二度も「泣き」ましたが(20:23,26)、これは戦いの前になされるべきことでした。

ベニヤミン族もギブアでの蛮行を聞いたときにすぐに、その罪のために泣き、自分たちの中からその「悪を取り除く」ことをすぐにすべきでした。主の眼差しでこの世界を見ることが求められています。

 

4. ベニヤミン族を残すために払われた犠牲

その後、冷静になったイスラエルは、ベニヤミン族が絶滅することを避けようと、残されたリモンの岩に立てこもった六百人に妻を与える工夫をします。それは彼らが、自分たちの「娘をベニヤミンに嫁がせない」と誓っていたからでした(21:1)

また同時に彼らは、戦いに加わらない者を必ず殺すという「重い誓い」(21:5)までも立てていました。これらの誓いは人間的な思いから出たものですが、ふたつの誓いを一挙に果たすために、戦いに来なかったヨルダン川東のヤベシュ・ギルアデの住民を攻撃し、そこから四百人処女を連れて来て、ベニヤミン人に嫁がせます(21:12-14)

この戦いも処女の略奪も、主のみこころとは言えません。それは彼らが戦いへの士気を高めるための余計な誓いの結果に過ぎません。

 

ただそれでも二百人足りなかったので、それを「シロの娘たち」が、「主(ヤハウェ)の祭り」に踊りに来るときを狙って、略奪結婚をさせるという策を立てました(21:19-21)。これは、「主の祭り」が、カナン的な享楽の場になっていたことを利用したものです。

この事件は一人の女が「よこしまな者たち」に強姦され、殺されたというを裁くために始まりましたが、イスラエルの民は、シロの娘たちベニヤミンの男たちに「略奪(21:23)されるのを許すという別のを生み出すことで決着を付けたのです。何という皮肉でしょう。

 

彼らは、確かにひとつの悪をさばくために一致することができましたが、それによって、ひとつの部族を絶滅に近い状態に追い詰め、ひとつのヨルダン川東の同胞の町を滅ぼし、主への祭りにおいて略奪結婚を認めるというさらに大きな悪に手を染めてしまいました。

ひとつの悪が、別の悪を生み出し、それが雪だるまのように大きくなる様子が描かれています。そのことが、「イスラエルに王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行なっていた」(21:25)ためであると締めくくられます。

エデンの園での最初の罪は、神こそが自分たちの王であることを忘れ、自分を王の立場に置いて善悪の基準とすることでした。そこから夫婦喧嘩が始まり、兄弟殺しが生まれ、民族の争いへと広がってきました。「めいめいが正しいと思えることをする」ことは、個性を尊重するかのようで、自滅への道だったのです。

 

ところで神は、後に、この絶滅に瀕したベニヤミン族から、初代のイスラエルの王を立てました。そして、彼を通して、その後外国から攻められたヤベシュ・ギルアデの町を救います。そこに神の深いあわれみを見ることができます。

神は、悪を厳しくさばくと同時に、自業自得で傷ついた民をあわれみ、救いの御手を差し伸べてくださいます。

私たちもイスラエルと同じように、悪をさばくことにおいては「ひとりの人のように」一致できることがありますが、犯罪人や失敗者に手を差し伸べることでは協力することは困難です。それは、日頃から自分の世界を守ることばかりを考え、主の眼差しでこの世界を見ようとしていないからです。

 

「幻がなければ、民はほしいままにふるまう」(箴言29:18)とあるように、「めいめいの思い」以前に、主のご計画にこそ思いを潜めなければなりません。神の民の平和(シャローム)こそが目標です。

 

なお、「そのころ、イスラエルには王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行なっていた」(17:621:25)という繰り返し、また、「そのころ、イスラエルには王がなかった(18:119:1)という繰り返しの中に、この後、イスラエルの民がサムエルに向かって、「今、ほかのすべての国民のように、私たちをさばく王を立ててください」(Ⅰサムエル8:5)と願うようになったことへの導入を見ることができます。

国に権威の中心があることは、国民がまとまることができるための現実的な知恵です。しかし、ダビデの後の時代を見ると、人々は愚かな王によって苦しむことになったのです。また王政の導入によって、ヨベルの年の教えを初めとする民の平等を保つ様々な規定が実行できなくなりました。

これはあくまでも、イエス・キリストという真の王の支配を待ち望むことへの導入と理解すべきでしょう。地上の王を巡っての皮肉な現実を見る時に、王制は神のみこころかどうか、という二者択一的な白黒で判断できないことがわかります。

 

約束の地に入る前に、国の中でただひとつの礼拝の場だけを持つようにと厳しく命じられていました(申命記12)。遠くに住む民も、神の幕屋にまで旅をしてきて、ともに礼拝することで民の一致が生まれるはずでした。

同時に、幕屋に仕える祭司には、部族間の争いを調停するための、最高裁判所のような権利と責任がゆだねられていました(17:8-13)。それは、(ヤハウェ)こそが王であるという意味でした。

 

神は、この地上の不条理に悲しみの眼差しを向けつつ、同時に、人々がその苦しみの中から真の王である神の御子を求めるようになるようにと歴史を導いておられます。

その歴史のゴールは、一人ひとりが真心から神のみこころに従い、この地に神の平和(シャローム)が実現させることです。私たちは今、自分の「心の声」に耳を傾けながらも、同時に、聖霊の導きによってそれを修正される必要があります。

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