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2017年8月13日 (日)

ヨハネ20:19-31「信じない者を信じる者に変えて遣わしてくださるイエス」

                                  2017813

   昔、こんな話を聞きました。映画「ベンハー」の小説の原作者は、キリストの復活を否定する文書を書こうとして当時の状況を徹底的に調べた結果、反対に、キリストの復活を証拠立てる様々な事実に圧倒されて、キリストの物語を書くようになった・・・・と。

しかし、実際は、この作者のルー・ウォレスはアメリカの南北の戦争の将軍の一人で、あるときにキリスト教を否定する学者の話しに圧倒されて、何の反論もできなかったことに心を痛め、反対にキリストの物語を絡めた小説を書こうと、徹底的に当時の状況を調べることによって生きた信仰を持つようになったとのことです。

このように、ある一つの話しは、いろいろと歪められて伝えられるものです。その際、大切なのは、著者自身の物語の原点に立ち返ることです。

同時にこのような話には時代背景があります。以前は、人々の心が真理を科学的に証明するという方向に目が向かっていました。しかし、現代は、主体的な真実な人生の物語、ナラティブを求めるようになっています。

 

小説「ベンハー」は19世紀のアメリカで最も売れた小説です。それが人々の心を動かしたのは、ベンハーの主人公の葛藤と痛みが、作者ルー・ウォレス自身の戦争において不名誉な濡れ衣を着せられた痛みと、それがまた同時に、人々の罪を負って十字架にかかるキリストの物語が共鳴し合っているからです。聖書の物語は私たち自身の人生の物語と共鳴し合うときに、生きた証しとなります。

物語は英語でストーリーと言われますが、最近は、ナラティブという、語る人の視点からの物語としての理解が注目されるようになっています。たとえば、四つの福音書のキリストの物語は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネそれぞれの視点から記されたナラティブのような面があります。その違いは特に、復活の記事のそれぞれの視点の違いとして最も大きく表れています。

キリストの復活を歴史的事実として証明しても、それがあなた個人の人生の物語にどのように関係するのかが分からないと、その福音があなたを生かすことはできないかもしれません。キリストの復活をあなた自身のナラティブとしてお話しできるためには今日の物語があります。

 

1.  恐れる弟子たちご自身の傷跡を示しながら与えられた「平安」 

  「その日」(19)とは、「新しい時代の初めの日」です。それは世界の「新しい創造(New Creation)」が始まった日です。イエスは、既にマグダラのマリヤばかりか少なくとも他の二人の女たちに(ルカ24:10)、また、エマオ途上のふたりの弟子と、ペテロとに、ご自身を現しておられました(ルカ24:13-34)

つまり、復活の知らせが、弟子たちの間を駆け巡った結果、「その日の夕方」、彼らは一つの場所に集ることができていました。ただ、それにも関わらず、彼らはなお、「ユダヤ人を恐れて戸がしめてあった」(20:19)というのです。

 

マタイの記事によると、当時のユダヤ人の宗教指導者たちは、イエスの弟子たちがイエスの身体を盗み出して、イエスが「死人の中からよみがえった」と民衆を「惑わす」ことになるのを恐れて、ローマ総督ピラトにイエスの墓に番兵をつけてもらっていました(27:64,65)

その後、復活の朝、「番兵たちは、御使いを見て恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった」と記されています(28:4)。番兵たちは気を取り戻すと、イエスの墓を封印していた石が取り除けられたことを報告したことは間違いないでしょう。その話を聞いたユダヤ人の宗教指導者は、とにかくイエスの弟子たちがイエスの身体を盗んだというように解釈したことでしょう。

ですから、今、イエスの弟子たちに探索の手が向かう可能性が高くなりました。私たちの目からはイエスの復活は、喜びでしかありませんが、弟子たちにとっては、イエスを十字架にかけるように画策したユダヤ人指導者の手が、自分たちにも及んでくることにどう対処するかが喫緊の課題でした。

 

キリストの復活は弟子たちの世界を変える決定的な物語のはずです。ところが、それが弟子たち自身の人生の物語にまではなっていなかったため、彼らはなおも恐れに囚われていたとも言えましょう。

 

   ところがイエスは、そんな弟子たちの真中に突然立って、彼らの不信仰や臆病さを責める代わりに、「平安があなたがたにあるように(ヘブル語では:「シャローム・アレヘム」)と言われました。恐れにとらわれて、「戸をしめて」いたにも関わらず、復活のイエスは入って来ることができたというのです。それは、イエスの復活のからだが、それまでとは全く異なる性質のからだに変えられていたからです。

そして、主は、心を閉ざしていたあなたのうちにも入って、平安(シャローム)を与えて下さいました。確かにイエスは、「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは彼のところに入って・・・」(黙示3:20と言っておられますが、そこから、「あなたが心を開こうとしないから、イエスのことが分からないのだ・・・」などと自分や人を責めてはなりません。

このことばは、自己満足に浸って、「自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない」人に向けてのことばに過ぎません(3:17)。イエスは、恐れに満ちている人の心の中には、その壁を越えて入って来てくださる方なのです。 

 

その際、イエスは、「その手とわき腹を彼らに示され」(20)ました。手には大きな釘の跡わき腹には手を差し入れられるほどのの穴がありました。本来、栄光のからだは、「聖く傷のない」(エペソ5:22)はずですが、不思議にも、主は敢えてその傷跡を残しておられました。

弟子たちは、さらなるユダヤ人の攻撃を恐れていましたが、その傷跡は、槍の力も剣の力もイエスの前には何の意味もないことのしるしとなっていました。それを見た「弟子たちは、主を見て喜び」(20)ました。それは目の前にいるイエスが、真実に、十字架にかかられ、死の力に打ち勝たれた方であることの何よりの証拠となったからです。

弟子たちは、もう自分を守るために戸を堅く閉ざす必要がなくなったという意味での「平安」が与えられたのです。

 

2.弟子たちを矛盾に満ちた世に「遣わす」ための「平安」

 「イエスはもう一度」、「平安があなたがたにあるように(シャローム・アレヘム)と言われました(21)。この二つ目の「平安」は、患難に満ちた世に「派遣」されるための平安です。

その前提としてイエスは、「父がわたしを遣わしたように」と言われました。この「遣わす」(原文:アポストロー、大使として)を、イエスはこの書でご自分を神から遣わされた者として繰り返し紹介しています(17)。それはたとえば、「神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためです(3:17)などという表現です。

 

その上でイエスは、「わたしもあなたがたを遣わします(原文:ペンポー、先のことばより一般的)と言われました。主はこの動詞を用いて、父なる神を、「わたしを遣わした方」と繰り返し紹介しています(25)。それはたとえば、イエスが、「わたしを見る者は、わたしを遣わした方を見る(12:45)と言われて、ご自身と御父を一体の方として紹介するような場合です。

つまり、この福音書に関する限り、この二つの「遣わす」という原語のギリシャ語、アポストローとペンポーに特に際立った意味の違いを認めることはできません。

 

そして、これらの「遣わす」ということばこそ、この福音書のキーワードです。たとえば、「愛する」という動詞はこの書に16回ありますが(御父または御子が主語のケース)、それよりもはるかに多いからです。

これらによってイエスは、ご自分を通して父なる神を見るようにと私たちを招いておられます。そして、そのイエスが、私たちを世に遣わされるのは、世の人々が、私たちを通してイエスを見るようになるためなのです。イエスの生涯の秘訣は、この父なる神から遣わされた者としての生き方にあります。

同じように、キリスト者の生涯は、キリストにより遣わされた者としての生き方に他なりません。その点で、すべてのキリスト者は、例外なく、広い意味でのキリストの「使徒」(アポストロス)、または大使とされているのです。

 

その際、イエスは、「彼らに息を吹きかけて」、「聖霊を受けなさい」(22)と言われました。これは、「神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった」(創世記2:7)という創造のみわざを思い起こさせます。彼らは、今、御霊によって新しく生まれ、再創造された者として、この地でイエスの代理としての使命を果たすように召されたのです。

ところで、イエスは、「あなたがたを」という複数形で語っています。つまり、私たちはひとりで世に遣わされるのではなく、交わりのうちに生きる者として遣わされるのです。なお、イエスは、「あなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることをすべての人が認めるのです(13:35)と言われましたが、私たちはイエスのすばらしさを個人の働きによってではなく、愛の交わりで証しするのです。

 

その上で、イエスは、「あなたがたがだれかの罪を赦すなら・・・」(23)と、ご自身の教会に「罪の赦し」を与える権威を委ねました。「教会の外に救いはない」と言われる場合がありますが、これは教会の秘蹟というより、福音を宣べ、信じるように導き、交わりに受け入れることを示しています。

つまり、現実の教会が、罪人を受け入れなければ、それぞれの「罪はそのまま残り」、彼らは神のさばきに会うのです。だれも教会を素通りしては神の子供とされません。何という重大な使命を担っていることでしょうか。

 

神は、罪に満ちた世を愛されたために、ご自分の御子を世に遣わされました。そしてイエスは、閉ざされた私たちの心に「平安」を与えてくださいました。「平安」とは「平和」とも訳され、ヘブル語では同じ「シャローム」ということばです。

イエスが私たちをこの地に遣わされるのは、正義の戦いのためというより、この罪に満ちた世に、神の平和を実現するためなのです。その際、求められるのは、自分自身を主張することではなく、私たちを通して、私たちを遣わされたイエスご自身の姿が見られるようになることです。

  

3. 「トマス、十二弟子のひとりなのだが・・・」 

   ところで、復活のイエスが弟子たちにご自身を現された時、トマスはその場にいませんでした。そのことを記す24節は、原文で、「トマス、十二弟子のひとりなのだが・・」という不気味な表現で始まっています。これはあのイスカリオテのユダを紹介する書き出し方と基本的に同じです(6:71,12:4)

トマスは物事を暗く見る傾向があります。イエスがユダヤ人たちからいのちを狙われている中で、ラザロの死を悟られ、彼を「眠りからさましに行く」(11:11)と言われたとき、トマスは、「私たちも行って、主といっしょに死のうではないか」(11:16)と仲間に語りかけます。主が「光」について話したのに、彼は「闇」に目を奪われていました。

また、最後の晩餐で、イエスが「わたしの行く道はあなたがたも知っています(14:4)と十字架を示唆しつつ言われたとき、トマスは「主よ・・私たちには分かりません。どうして、その道が私たちに分かりましょう」と応答しました。イエスが彼らに自分で考えるように仕向けたにも関わらず、彼はいかなる曖昧さも許せないと迫ったのです。

彼はその場の雰囲気を読むことができない人です。それで、弟子たちの中でも浮いていたのかもしれません。彼がイエスの復活の日に同席していなかったのはそのためではないでしょうか。

 

そのようなトマスが弟子たちの交わりから離れていたのを、復活のイエスに出会った弟子たちが探したのかもしれません。彼らはトマスに、「私たちは主を見た」(25)と言いました。ところが彼は、半信半疑の様子を見せるならまだしも、その仲間の証しを真っ向から拒絶しました。

彼は、露骨に「釘の跡(ところ)ということばを繰り返し、それを「見る」だけでは不十分で、私の指」「差し入れ」てみなければ、また、主の「わき腹」にも、私の手を差し入れてみなければ、決して信じませんと言ったのです。無神経な表現で、人の証しも、自分の視覚さえも信じないと主張しました。これでは対話の余地もありません。

 

ところが、ほかの弟子たちは、こんな破壊的な言動を吐くトマスを受け入れています。これこそ、彼らがイエスから聖霊を受けたことの「実」と言えましょう。

ここで「八日の後に」(26)とは、当時の数え方で一週間後の日曜を指しますが、「弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた」からです。信仰が全くなければ疑いも生まれ得ませんが、彼が交わりの中に留まっていたことこそ信仰の現れだったとも言えるのではないでしょうか。

その際、イエスはまた、「戸が閉じられていた」にも関わらず、入ることができ、彼らの中に立って「平安があなたがたにあるように」と言われ(26)、ひとことも責めることなくトマスに語りかけます。

その際、主は、「釘」という表現を避けながらあなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。あなたの手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい」と優しく招きました(27)。主は、「・・差し入れてみなければ、決して信じません」という気持ちに寄り添われたのです。

事実、主は一週間前にも、彼らの会話やトマスの暴言を聞いておられました。戸がまた閉じられていたのは、トマスのことばで彼らの心が揺れていたのかも知れません。イエスはその様子を、忍耐をもって見守っておられたのです。

 

そして今、イエスはトマスに向かって、「信じない者にならないで、信じる者になりなさい」と付け加えられました。イエスは徹底的にトマスに寄り添いながら、同時に、見ずに信じるという信仰の回復を願われたのです。

これでトマスには十分でした。もう自分の指や手で傷跡の感触を感じる必要はありません。彼が心の底で求めていたのは、自分ではどうしようもない心の闇を受け入れてくれる愛だったのです。

 

トマスは、「私の主。私の神」と応答しました(28)。これこそ最高の信仰告白です。彼は、自分の罪と不信仰のすべてがイエスに知られ、受け入れられていたことが分かり、イエスご自身こそが「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」(出エジプト3:6)であり、その方が「私の主。私の神」となったと告白したのです。

私たちの信仰も、聖書の正しさが証明され、正当な教理が理解されれば良いというものではなく、「私の・・」という個人的な出会いが必要です。

なお、このトマスの信仰告白が、後の時代に、イエスは神であるということの最大の証拠のひとつとしてあげられるようになります。弟子たちの中で、救い難いほどに暗く、不信仰であったトマスの告白こそが、三位一体の神の神秘を証しすることになったのです。

 

4. 「あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るため」

  イエスは、トマスの不信仰を用いながら、不信仰な私たちを導こうとしておられます。トマスは、ラザロの死を聞いて、「熱く死ぬこと」ばかりを考えましたが、イエスは、そんな彼をも意識しつつ、「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る」(11:40)と言われました。

また、「・・どうして、その道が私たちに分かりましょう」との疑問に対し、永遠の真理のことば、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」(14:6)をもって答えられました。

そして、ここでは、不信仰な彼から「私の主、私の神」という信仰告白の模範を引き出しました。その上で、イエスは、「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです」(29)と言われました。

主は、彼を受け入れ、立ち直らせた後で、このような態度を取り続けることがないようにと警告されたのです。なぜなら、トマス以降の人は、天から特別に啓示された復活の主に出会ったパウロのような例外を除いて、「見ずに信じる者」とならなければならないからです。

 

その上で、この書の目的が、「イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため」(31)と記されます。トマスがいたからこそ、疑惑の泥沼の中で、もがいて沈みそうな人が救われ、「信じる者」とされ「イエスの御名によっていのちを得る」者とされたのです。

この後、トマスを含む十一人の弟子は、ガリラヤに行って、イエスの指示された山に上り、大宣教命令を授けられますが、この期に及んでなお、「ある者は疑った」(マタイ28:17)と記されています。これはこの地で私たちが、疑いから全く自由になることはないことを指し示しているのではないでしょうか。

トマスは疑いながらも交わりの中に留まっていました。私たちも自分の中に住むトマスを、また交わりの中にいるトマスを受け入れる必要があります。イエスはそのためにこそ、私たちに聖霊を与えてくださったのです。信仰はすべて聖霊のみわざです。

 

トマスは、交わりを壊す危険人物になりかねないにも関わらず、「トマスの不信仰は、マグダラのマリヤの信仰と同様に、多くの益をもたらした」と言えます。実際、多くの人は、模範よりも失敗者が立ち直るのを見ることで、慰めと励ましを受けるからです。

しかも、「正直な疑いの中には、信条を鵜呑みにしているよりも生きた信仰がある」というのも事実です。私自身、聖書を読みながら「これは作り話ではないか?」とか、「これらの間には明らかな矛盾がある!」とか、様々な疑問を感じつづけてきました。しかし、疑いをぶつけることで、隠された真理が見え、信仰が与えられ続けました。不信仰なトマスを受け入れたイエスが私を受け入れておられると分かったのです。

疑いを自分で鎮めようと頑張る必要はありません。私たちの信仰は、思い込みではありません。それは、イエスご自身が、私たちの心を変えてくださった結果なのです。

 

私にとってのキリストの復活は、どのような苦しみにも出口があること、どのような暗闇の中にも光を見られること、すべての労苦が無駄にならないということの保証です(Ⅰコリント15:58)

私は自分の知恵によってイエスを救い主として信じられるようになったわけではありません。福音を聞いても、主の弟子として生きることへの大きな不安がありました。しかし、あることを通して、不思議にそのような恐れが消え去りました。代わりに復活のキリストのうちにある希望が見えて来ました。

そして不思議に、イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、今、自分のうちに生きているということが分かるようになりました(ローマ8:11)。イエスに自分の不信仰を打ち明けるとそこに信仰が生まれ、絶望感を訴えると希望が生まれて来ました。恐れを打ち明けると勇気が与えられ、孤独を打ち明けるとイエスの慰めが見えるのです。

十字架と復活はセットで私たちの常識をひっくり返します。イエスご自身の生涯も、「ご自分の前に置かれた喜びのゆえに・・十字架を忍び(ヘブル12:2)と描かれています。復活の逆転の希望こそが、イエスの生涯の秘訣でした。

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2017年8月 6日 (日)

Ⅰサムエル1章~3章 「悩みから生まれた驚くべき救い」

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多くの人は、自分の心の平安(シャローム)を求めて、信仰に入ると言われます。それは、自分の回りに何が起きても、動じないように自分の心を制することができる方法とも言えましょう。

しかし、それは、使徒パウロと同時代のストア哲学者が教えていたことであり、また日本では、禅仏教の指導者が教えていたことでもあります。

聖書の神は、単純明快に、ご自身のことを、「わたしは、『わたしはある』というものである」と紹介されながら、「わたしは、あなたをこの矛盾に満ちた世に遣わす。わたしの平和をこの地に広げなさい」と命じておられます。たとい、身体が動かなくても、世界のために祈ることが求められています。

 

サムエル記第一と第二は本来ひとつの書で、預言者サムエルによるイスラエルの信仰復興とダビデ王国の確立への過程が描かれています。それは列王記ともセットとなるイスラエル王国史の記録です。興味深いのはこの書があるひとりの女性の極めて日常的な悩みの記述から始まっているという点です。

 

1. 「万軍の主(ヤハウェ)よ。もし、あなたが、はしための悩みを顧みて・・」

 サムエルは預言者であると同時に祭司でもあり、ダビデに王としての任職の油を注いだ人です。その働きはイエスに洗礼を授けたバプテスマのヨハネに匹敵します。

1章ではサムエルの誕生が描かれますが、その父エルカナはエフライムの家に属していました。祭司職はアロンの子孫の特権であり、エフライムの出身者が祭司になることなどあり得ないはずでしたが、その道を開いたのが母ハンナの祈りです。

 

当時は一夫多妻であり、彼女にはペニンナという「競争者(1:6「憎む」の別訳)がいました。彼女は夫から愛されながらも子供がいませんでした。これを著者は、「主(ヤハウェ)がハンナの胎を閉じておられたので」と繰り返します(1:5,6)

彼女はペニンナからあざけりを受け、心が痛む余り、シロにあった神の幕屋で礼拝したおり、(ヤハウェ)に祈って、激しく泣いた(1:10)のでした。これは、見ようによっては同じ夫をもつ妻同士の嫉妬心による争いに過ぎないかもしれませんが、当時、不妊の女は主の「のろい」を受けていると見られましたから、彼女の悩みは自分の存在自体が否定されていると思えるほどに深刻でした。

 

私たちそれぞれに固有の悩みがあり、多くは身近な人との関係から生まれます。しかも、そのようなことで苦しんでいること自体が人間として未熟であるしるし?と受けとめられることすらあります。

しかし、ダビデは「わが神、わが神。どうして私をお見捨てになったのですか」と訴えた詩篇22篇の中で、「まことに、主は悩む者の悩みをさげすむことなく、いとうことなく、御顔を隠されもしなかった。むしろ、彼が助けを叫び求めたとき、聞いてくださった」(24)と告白しています。

ハンナの悩みもある意味で低次元のここと受け止められかねないものですが、それこそが私たちにとっての祈りの模範となっているのです。

 

フーストン先生の本を訳しながら、聖書の福音がローマ帝国に広がりながら、当時のストア哲学の影響を受けて歪められる過程に改めて気づかされました。当時の教養人はストア哲学を学んでいました。その中心は、自分の人生にどんな不条理が起きようとも、それに心を惑わされずに、平常心を保つということです。「何ものにも驚かない、動じない心」が理想とされました。

しかし、そこでの神は運命を司る「共通観念」のようなもので、怒り、悲しむ感情を持つ神、人にパーソナルに語りかける神ではありません。このストア主義的な発想は、驚くほど同じように仏教の中にも流れています。

それぞれルーツはまったく違いますが、この世の不条理をあるがままに受け入れるというのは、人間にとっての最後の精神的な逃れ場になるということで、人間が考え出した最高の知恵と言えましょう。西洋でも東洋でも、このような考え方が教養人の常識となっているため、感情豊かに寄り添う聖書の神が見えなくなったと思われます。

 

聖書の神は、私たちの「悩みをさげすむことなく、いとうこと」のない方なのです。私たちが自分で自分の心に言い聞かせるのではなく、私たちの心の悩みや葛藤をお聴きになりたいと願っておられる愛の神なのです。

不信仰とは、心が動じ易いことではなく、神に打ち明けようとしないことなのです。

 

   11節の初めは、厳密には「誓願を誓願した」とも訳されることばです。彼女はまず、「万軍の主(ヤハウェ)」と呼びかけます。そこには、全世界の創造主であり、目の前の問題を解決できる圧倒的な力を持つ神という思いが込められています。

その上で、「もし、顧み、顧みてくださるなら」という動詞を重ねた表現で、自分を、「あなたのはしための悩みを」と呼びながら訴えています。この場合の「もし」とは、「もしも、私に翼があったなら・・」というような、はかない望みを訴えるものではなく、強い誓願とセットで使われることばです。ですから、これは、私の悩みをしっかりと見てくださいという必死の嘆願と言えます。

 

ハンナは続けて。主に向かって、「私を心に留めremember me、このはしためを忘れず(not forget)と言い換えます。しかも、自分を「あなたのはしため(奴隷)」と三回も呼んでいます。ここには、主の全能の力への信頼と、徹底的な謙遜さの両方が見られます。つまり、主が望みさえするなら不可能はなく、不妊の女と見られている自分にも「男の子が授けられ」ることができると信頼しているのです。

その上で、願いがかなうなら、そのときには自分の側からも神に向かって、具体的なささげものをすると約束するのが、誓願の基本です。そしてこの場合は、「その子の一生を主(ヤハウェ)におささげします。そして、その子の頭に、かみそりを当てません」と約束します。

彼女は何と、生まれた子をナジル人として、主にささげるとの誓願を立てたのです。これは、生まれた子を手放す約束をすることで、彼女の嘆願の理由が、子供を育てることよりも、不妊の女としての惨めな立場から解放されることにあったことを意味します。

 

   ここでは、「主がハンナの胎を閉じた」ことの結果として、彼女が辱めを受けて苦しみ、必死に主に嘆願し、生まれた子を主にささげるという誓願に結びつくという展開が見られます。つまり、主がハンナに苦しみを与えたのは、彼女に切実な祈りを引き起こさせ、祭司の家系以外から新たな祭司を生む道を開かせ、イスラエルを救うためでした。

主のみこころは、私たちが恥と苦しみの中で、主につぶやく代わりに、必死に嘆願することです。そして、そこから私たちの想像を超えた偉大な展開が生まれることでしょう。

 

2. 「主(ヤハウェ)は殺し、また生かし、よみに下し、また上げる・・・」

ハンナの祈りを見ていた祭司エリにとって、彼女がまるで酒に酔っているように見えたというのは興味深い記述です。切実な祈りは酩酊状態に似ているということだからです。それは、ただ主だけを見上げて、まわりのことを忘れている姿勢です。

それにしても、当時の男女関係の常識からしたら当然のことかも知れませんが、祭司エリが、彼女に寄り添おうともせずに、「いつまで酔っているのか。酔いをさましなさい」(1:14)と断罪したのには、悲しくなってしまいます。「人の気持ちを聞けない者は、神の御思いも聴こうとしない」とも言われますが、エリの家がこの後、神にさばかれるのも無理がないとも言えましょう。

 

それに対しハンナはひるむことなく、「いいえ、わが主よ(1:15原文)と、祭司を神の代理と認めたうえで、まず自分のことを、「私は心に悩みのある(霊が頑なになった)女です」と不思議な紹介をします。彼女は決して自分の敬虔さを紹介しているのはありません。

その上で、酔ってはいないということを弁明しながら、「私は主(ヤハウェ)の前に、私の心を注ぎだしていたのです・・・私はつのる憂いといらだちのため、今まで祈っていたのです」(1:15,16)と、自分の痛んだ心を主に「注ぎ出している」状況を知らせます。

 

それに対する祭司エリの応答は、まず、「安心して行きなさい(シャロームのうちに歩みなさい)というものでした。だからこそ、続くことばは、「イスラエルの神が、あなたの願ったその願いをかなえてくださいます(1:17)という「保証」として訳すことができます(英語ではその訳も多い)

ですから、その後、「彼女の顔は、もはや以前のようではなかった」(1:18)と、彼女の心に平安(シャローム)が生まれたのです。

 

私たちも、もし心に悩みがあるなら、それと真正面から向き合い、その「心を、主の前に注ぎだす」という祈りが必要です。そして、心の平安は、そのような必死の祈りの結果として与えられるものです。

 

その後、「主(ヤハウェ)は彼女を心に留められたremembered her(1:19)という表現とともに、サムエルの誕生が描かれます。ハンナはサムエルが乳離れするまで待ちますが、それは当時、三歳になるまでの期間を指したと思われます。「三つ子の魂百まで」と言われるように、その後の彼の偉大な働きの基礎は、この短期間にハンナから十分な愛情を注がれたことで築かれたといえましょう。

彼女の信仰からしたら、すぐに主の宮に上って感謝のいけにえを夫とともにささげたかったことでしょうが、彼女は、「その子の一生を主(ヤハウェ)におささげします」と約束したことに、子育ての焦点を合わせて、全力を注ぎました。なぜなら、母親の愛情をたっぷり受けていないと、この乳幼児期の基本的信頼が育まれないからです。

目に見えない神を信じられるためには、目に見える母は決して自分を裏切らないという意識が必要になるからです。もちろん、神は、聖霊によって、どんな惨めな育ち方をした人にも、基本的信頼の感覚をあとから与えることができはしますが・・・。

とにかくハンナの乳幼児教育には、「この子が(ヤハウェ)の御顔を拝し、いつまでも、そこにとどまるようになるまで」(1:22)という明確な目的意識がありました。

 

その後、「その子は幼かった」(1:24)にも関わらず、祭司エリに渡されます。その際、彼女は、「主(ヤハウェ)は私がお願いしたとおり、私の願いをかなえてくださいました。それで私もまた、この子を主にお渡しいたします」(1:28)と告白します。

祭司エリも、幼子サムエルを、主の賜物と受け止めたことでしょう。

 

そして、21-10節には、ハンナの主への讃美が記されています。そこで彼女はまず、「私はあなたの救いを喜ぶ」(2:1)と歌います。それは具体的には自分の「敵」であるペニンナの嘲りからの救いであり、「弱い者が力を帯び・・不妊の女が七人の子を産み」(2:4,5)という具体的なことでした。

それは、主にあって人の強さや弱さの逆転が起こることでした。つまり、主の救いとは、極めて現実的な出来事なのです。

 

そして、「主(ヤハウェ)は殺し、また生かし、よみに下し、また上げる。主は、貧しくし、また富ませ、低くし、また高くする」(2:6,7)と歌います。これはまさに、「わたしは、『わたしはある』という者である」(出エジ3:14)と表現される主の名前の由来を生き生きと表現したものです。つまり、主こそがすべての始まりであり、私たちは自分の働き以前に、何よりも主との関係を第一にしなければならないのです。

今までの短い箇所に、「(ウェ)という御名が頻繁に出てきます。極めて日常的な「憂いといらだち」を味わっていたハンナの背後に、日常生活のただなかで生きて働いておられる主のみわざが存在しているのです。

 

3. 「わたしは、わたしを尊ぶ者を尊ぶ。わたしをさげすむ者は軽んじられる」

 祭司エリのふたりの息子たちは、ハンナと対照的に、「よこしまな者で、(ヤハウエ)を知らず(2:12)と描かれます。彼らは、主へのいけにえとして、「人々が脂肪を焼いて煙にしないうちに、祭司の子(しもべ)はやって来て、いけにえをささげる人」に向かって、「祭司に、その焼く肉を渡しなさい。祭司は煮た肉は受け取りません。生の肉だけです」(2:15)と迫って肉を取り上げたというのです。

脂肪は全部、主(ヤハウェ)のものである」(レビ3:16)というみことばを軽んじ、「罪のためのいけにえ」に関して、「祭司たちのうち、男子はみな、これを食べることができる。これは最も聖なるものである(レビ6:29)と記されていることを自分の都合で解釈したのです。

 

後に、主は預言者ホセアを通して、祭司たちの堕落を、「彼らはわたしの民の罪を食い物にし、彼らの咎に望みをかけている(ホセア4:8)と厳しく非難しました。神の民が罪を犯した際に、神は彼らにいけにえをささげさせることによって、民との和解の道を備えてくださいました。それを取り次ぐのが祭司の働きで、祭司たちはその肉を、神の代理として食べるように命じられていました。しかしそれは、民が罪を犯していけにえを多く献げるほど、祭司に都合が良いことになりかねません。

残念ながら、堕落した宗教は、人々に罪の意識と、それに対する罰への恐れを掻き立てることで、豊かになって来ました。祭司エリの息子たちは、神が示した和解の道を利用して私腹を肥やしていたのです。

 

そのような中で、サムエルは「まだ幼い」段階から、祭司の栄光の式服である「エポデを身にまとい、主(ヤハウェ)の前に仕えてい」(2:18)ました。これはエリが息子たちを頼れなかったからです。

ハンナもサムエルを気遣い、主の幕屋に上るたびに、手作りの上着を持ってゆきました。そして、主もハンナを顧み、彼女はその後、三人の息子と二人の娘を産みます(2:21)。胎を閉じていたのは、主であったからです。

 

祭司エリは、「非常に年をとっていた」中で、自分の息子たちの堕落を耳にし、彼らが「会見の天幕の入り口で仕えている女たちと寝ている」というスキャンダルまで聞いていました(2:22)。エリは息子たちに向かって、「人がもし、ほかの人に対して罪を犯すと、神がその仲裁をしてくださる。だが、人が主(ヤハウェ)に対して罪を犯したら、だれが、その者のために仲裁に立とうか」という名言を述べます(2:25)

ここに神のあわれみと、イエス・キリストによる仲裁が示唆されているのは興味深いことです。しかし、エリの子たちはその諫言に耳を傾けようとはしません。そして、主のさばきが避けがたいものとして記されます。

 

ところがそこで、「少年サムエルはますます成長し、主(ヤハウェ)にも、人にも愛され」ます(2:26)エリの家の没落とサムエルの成長は何と対照的でしょう。

一方そこで、主は直接語る代わりに、「神の人」をエリに遣わして、神がエリの家にいかに大きな特権を与えたかを振り返らせ、「あなたは、わたしよりも自分の息子たちを重んじて・・・イスラエルのすべてのささげ物のうち最上の部分で自分たちを肥やそうとするのか」(2:29)と責めました。

神が人に何らかの特権を与えているとしたら、同時に、そこにはそれに見合った責任を果たすことが求められているからです。そして主は、わたしは、わたしを尊ぶ者を尊ぶ。わたしをさげすむ者は軽んじられる(2:30)と言い、彼の家への永遠の裁きを宣告されました。

 

 そして、「サムエルは、神の箱の安置されている主(ヤハウェ)の宮で寝ていた」(3:3)とあるように、目がかすんだエリは少年サムエルにつとめを任せていました。

出エジプト2720,21節には、神の幕屋の聖所の中では、祭司が夕方から朝まで、燭台の燈火を絶やさないように整えることが命じられていたからです。それはサムエルがエリの後継者として祭司の働きを勤めたことを意味します。

 

31節には、「そのころ、主(ヤハウェ)のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった」とありますが、これは士師記の混乱の時代に、本来は、主のことばや幻が必要であったことを示唆しています。しかし、主はエリの家を滅ぼすと決めておられたので、このような事態になっていたのだと思われます。

そのような中で、3節で何と、主はまだ少年に過ぎないサムエルに直接語りかけられました。彼はエリから呼ばれたと誤解し、エリのところに走って行って、「はい、ここにおります。私をお呼びになったので」と応答します(5)。しかも、このようなことが三度も続きました。ここにサムエルの素直さを読み取ることができます。

 

しかし、三度目にエリは、それが主の御声であると気づき、今度呼ばれたら、「主よ。お話しください。しもべは聞いております(3:9)と答えるよう指導します。

その後、四度目には(ヤハウェ)が来られ、そばに立って・・『サムエル、サムエル』と呼ばれ」(3:10)ます。主は辛抱強く語りかけられた上、最後にご自身で目の前に立たれました。それで彼は、「(ヤハウェ)」という呼びかけを省き、ただ「お話しください。(あなたの)しもべは聞いております」と答えます(3:10)

 

これらのプロセスで明らかになるのは、サムエル自身が主のみこころを求めたのではなく、主ご自身が辛抱強くサムエルに語りかけ続け、主のみ声を聞くにも先輩の指導が必要だったということです。

信仰は、自分のうちから湧くものではなく、主の主導権で示されるものだからです。信仰を自分の心の姿勢と考えるために、自分を責めている人が多すぎます。

 

そこで語られたことは、エリが子供たちを厳しく戒めなかった罪のために、この祭司の家を滅ぼすということでした。エリがそのことを少年サムエルから聞く必要があったということが何よりも驚くべきことです。主は、この時点ですでに、サムエルをエリの家全体に対する祭司のように扱っています。そしてそれは、すでに神の人が、23,36節で祭司エリに告げていたことでした。

エリは、自分の家に対するさばきのことばを、サムエルに正直に報告させますが、それに対して、「その方は主(ヤハウェ)だ。主がみこころにかなうことをなさいますように」(3:18)と謙遜に認めました。エリは、自分が主のさばきを受けるという苦しみを通して、主を恐れることを後継者サムエルに身をもって証ししました。

そしてこれを通して、「サムエルが主(ヤハウェ)の預言者に任じられた」(3:20)ことが、何と、全イスラエルに知られるようになったというのです。

これらの過程を通して、サムエルはまさに主の一方的な選びによって誕生し、また働きに召されたということが明らかになります。沈黙していた主は、今、サムエルを通して今イスラエルに語り始めます。

 

   救い主イエスは「ダビデの子」と呼ばれるほどに、ダビデ王朝は神の栄光のみわざの現れでした。そして、ダビデの登場の舞台を用意し、任職の油を注いだのはサムエルです。そして、そのサムエルは、ハンナというごく普通の女がいじめに会って悩んだその祈りの結果として誕生しました。

あなたの人生にあるごく日常的な悩みも、神が祈りと献身を教えるために敢えて与えているのかもしれません。信仰生活とは、イエスの御名によって、イエスの父なる神に向かって、「アバ、父」と親しく呼びかけることです(ローマ8:15)

いつも平安を味わっている人は、主に向かって「心を注ぎ出す(1:15)必要を感じません。求められていることは、何よりも、主に自分の悩みや葛藤を打ち明けることです。それがすべての出発点です。

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