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2017年10月29日 (日)

Ⅰサムエル22~24章 「恐れを祈りに変えたダビデ」

 20171029

   プロテスタント教会にとって、1031日はハロウィンの日ではなく、宗教改革記念日です。マルティン・ルターは五百年前のこの日に、ウィッテンベルグの城教会の門に、免罪符に抗議する95箇条の提題を張り出したと言われます。

ハロウインの起源は、「諸聖人の日」の前の晩、Hallow Eveに由来するとも言われますが、ルターは敢えて、異教的な習慣が入り込んだこの日を選んで抗議したとも言えます。彼は聖書が民衆に母国語で読まれるようにすると同時に、みことばを歌にして伝えようとしました。

 

あなたは「ダビデ」に何を連想するでしょう。家来の妻を奪って死に至らしめたとか、息子の葛藤に向き合えずに王位を奪われたということかもしれません。しかし、何よりも不思議なのは、それらの失敗が赤裸々に記録され、弁明の余地もない罪として描かれていることです。それを彼が望んだからで、彼ほど正直な人間はいないとも言えます。

そしてダビデの最高の遺産は、詩篇の祈りとそれを歌にしたことです。そこには人間が様々な場面で味わう多様な感情が驚くほど赤裸々に表現されています。その美しい祈りが生まれたのはサウル王に命を狙われ、逃げ惑っていた時でした。

第二次大戦の迫害を潜り抜けたある牧師は、「困難は祈りの母、試練は信仰の父」と口癖のように言われたとのことですが、私たちが切羽詰った状況に置かれた時こそ、私たちのうちに聖霊のみわざが顕著に現されます。

順風満帆な人生を望むのは人情ですが、創造主を身近に感じるためには、適度の困難と試練は不可欠です。そこに覚悟が決まると、災いを恐れながら生きる代わりに、失敗を恐れずに冒険する勇気が湧いて来ます。

 

1.ダビデのもとに人々が次々と集まる一方、味方をも敵にしてしまうサウル

ダビデは、ペリシテの町ガテで気が狂ったふりをし、命からがらベツレヘムへの道の中間点、「アドラムの洞穴に避難し」ました(22:1)。すると、「彼の兄弟たちや父の家の者はみな、これを聞いてダビデのところに下って来た」というのです。彼がイスラエルの王から追われる身となったからです。

彼はエッサイの八番目の息子、末っ子ですから(16:11)、「彼の兄弟たち」とはみな兄たちです。それは彼の将軍としての働きを兄たちも認めるようになっていたからでしょう。

そればかりか、「困窮して(迫害されて)いる者、負債のある者、不満(魂の痛み)のある者たちもみな、彼のところに集まって来たので、ダビデは彼らの長となった」と描かれます(22:2)。そこに集まった「四百人」とは男だけの数を指します。年功序列的な感覚を越えた集団で、彼の人格が信頼されていた証しとも言えます。

かつてサウルは、「民が私から離れ去って行こう」としているのを見て恐れ(13:11)主のみこころに反する行動を取りましたが、ひとりで逃亡したダビデのもとには次々と人が集ってきたというのは何とも不思議です。彼らは、損得を超越したダビデの生き方に共鳴した人々で、いのちがけで彼に仕えた三勇士もこのときに加わりました(Ⅱサムエル23:13)

 

14世紀の中国に生まれた「水滸伝」という創作物語に、108人の豪傑が梁山泊に集まって社会の不正と戦ったという話があります。

しかしこの「アドラムの洞穴」の記事はそれよりも2500年も古い歴史的事実の物語です。ただ権力からはみ出た有能な人材が集まるという物語の原型がここに見られます。

 

なお、ダビデはこのとき、年老いた両親を死海の対岸に住むモアブ王のもとに預けました。モアブ人はイスラエルと争うことが多かった民ですから、これは不思議です。しかしダビデの父エッサイはモアブの娘ルツの孫でした(ルツ4:17)。ダビデの家は、初めから当時の民族的常識の枠を超えた交わりを築いていたのです。

4節ではダビデが「要害にいる間」と記されますが、そこはモアブとの行き来が容易な死海の西の要害マサダを指しているとの見方があります。興味深いのはここに突然、「預言者ガド(29:5)という名が登場することです。彼は後にダビデが幕屋礼拝を復興した時の中心人物でⅡ歴代誌29:25では「王の先見者ガド」と紹介されています。たぶんサムエルのもとで訓練を受けた人なのでしょう。

ガドの進言によってユダの荒野に戻ったと記されていることに、ダビデの謙遜な性格が示唆されています。

 

一方、サウルは、「聞け、ベニヤミン人。エッサイの子が、おまえたち全員に畑やぶどう畑をくれたり・・するだろうか」と言います22:7。それは自分が同族を優遇してきたにも関わらず、息子ヨナタンがダビデと「契約を結んでも、だれも私の耳に入れない・・だれも私のことを思って心を痛めることをせず」(22:8)と、自己憐憫に浸るような泣きごとです。

そんな彼に擦り寄って来たのは、エドム人ドエグという神を恐れない者でした。彼は祭司アヒメレクがダビデにパンと剣を与えたことばかりを強調します。それを聞いたサウルは、祭司アヒメレクとその一族、また彼の町の「ノブにいる祭司たちを呼び寄せます(22:11)

サウルは一方的に、「おまえとエッサイの子は、なぜ私に謀反を企てるのか」と迫り(22:13)アヒメレクの弁明に耳を傾けようともせず、近衛兵たちに「近寄って、(ヤハウェ)の祭司たちを殺せ」と命じます(22:17)。そこで、「しかし王の家来たちは、主(ヤハウェ)の祭司たちに手を下して打ちかかろうとはしなかった」とあるのは、彼らが王よりも、主(ヤハウェ)を恐れたからでしょう。

そこでサウルはエドム人ドエグに「おまえが行って祭司たちに打ちかかれ」と命じます(22:18)。それで彼は「亜麻布のエポデを着ていた人を八十五人殺した」ばかりか、「祭司の町ノブを、男も女も、幼子も乳飲み子も、剣の刃で討った」というのです(22:18,19)

 

既に預言者サムエルを敵にしたサウルにとって、祭司アヒメレクの一族こそ頼りになるはずでした。しかし、この非道な振る舞いで、民衆の心はますます離れてゆきます。彼は「おくびょうの霊」(Ⅱテモテ1:7)に支配され、自分の王位を失うことを恐れるあまり、神と人とを敵に回しました。

彼は「不安の種」を消すことばかりに夢中になり、神から与えられた使命を忘れてしまいました。しかし、彼が向き合うべき相手は、ダビデではなく、彼を最初に王として立て、その後、彼を退けると言われた神ご自身であったのです。

 

この直後、アヒメレクの息子エブヤタルが一人逃れてダビデにこの悲劇を知らせました。ダビデは、私が、あなたの父の家の者全員の死を引き起こしたのだ」(22:22)と、まるで自分に責任があるかのように言います。確かに人間的にはそのようにも言えましょうが、神の前で責任を問われるのはサウルとエドム人ドエグに他なりません。

ダビデは何よりも、エブヤタルの気持ちに寄り添っているのです。そして彼に、「私と一緒にいなさい」と言ったばかりか、そうすれば「あなたは安全だ」とまで言い切ります(22:23)。それはダビデが主の守りを信頼しているからですが、同時に自分とエブヤタルを一体化しています。

 

そこに実際の首謀者ドエグへの怒りが生まれます。ダビデはサウルを主に油注がれた王と見ていましたから、サウルに一方的に偏った情報を伝え、祭司を殺すことに躊躇もしなかったドエグこそが、主のさばきを受けるべきと思いました。

ダビデはその「怒り」の気持ちを、詩篇52篇において、神への「祈り」として表現します。ダビデはそこで、「神を力とせず・・破滅のわざを勝ち誇る」者への神のさばきを歌いながら、自分を「神の家に生い茂るオリーブの木」と描き、「私は、世々限りなく、神の恵みにより頼む」と歌います(7,8)

ダビデは不安と怒りに圧倒される状況の中で、その気持ちを主に訴えることができました。栄光から地獄へと転がり落ちるサウルと、どん底から栄光へと導かれるダビデ、その両方の心が私たちにもあるのではないでしょうか。その違いは、不安の中で神と向き合っているのかという一点でした。

 

2.善意が実を結ばず、味方からも裏切られる中で

  ダビデは、アドラムの洞穴のすぐ南のユダの町、ケイラがペリシテ人の攻撃を受けていると知らせを受けます(23:1)。人間的にはダビデの側に助ける余裕はありませんし、その救援は王であるサウルの責任でもあります。しかし、ダビデは人間的な判断を下す前に、「主(ヤハウェ)に伺って」、「行って、このペリシテ人達を打つべきでしょうか」と尋ねます(23:2)。それに対し主は明確に、「行け、ペリシテ人を討ち、ケイラを救え」と言われます。

しかし、ダビデの部下は、「私たちは、ここユダにいてさえ恐れているのに・・・」と、その無謀さを訴えます。それで再びダビデが主に尋ねると、主から「わたしがペリシテ人をあなたの手にわたす」という保証を得ます。そしてダビデは出陣し、「ケイラの住民を救った」というのです(23:5)

 

ところが、それを聞いたサウルは、何とダビデをケイラの町ともども滅ぼそうと迫って来ました。それを知ったダビデは、神に今後の予測を尋ねます。主は彼の動機の真実さを見て、サウルが攻撃してくること、またケイラの者たちがダビデたちをサウルに「引き渡す」という明確な答えを示されました23:12

ダビデは自分が助けたこの町を力ずくで従える権利がありました。しかし、そうすればサウルの軍隊を迎え打ちながら、ケイラの住民に多大な犠牲を強いることが分かっていました。

それで「ダビデとその部下およそ六百人はすぐにケイラから出て行き、そここことさまよった」(23:13)というのです。それでサウルもケイラの町への攻撃をやめます。こうしてダビデは、何の報酬もなしに二度に渡ってケイラを救いました。

 

しかし、ダビデはこれによって居場所を失い、「サウルは、毎日ダビデを追い続けた」という事態になりました(23:14)。しかし、同時にそこには「神はダビデをサウルの手に渡されなかった」という主の守りがありました。

そのような中で彼は、詩篇63篇を作ったのではないでしょうか。その標題には、「ダビデがユダの荒野にいたときに」と描かれているからです。そこで彼は、「あなたの力と栄光を見るために こうして聖所であなたを仰ぎ見ています。あなたの恵み(ヘセド)は いのちにもまさる・・・まことに あなたは私の助けでした。御翼の陰で 私は喜び歌います」と記しています(237)

ダビデは神の御声を聞いてケイラを救い、また離れました。彼は荒野の中で、聖所にいるように神の御声を聞いていたのです。そこで彼は、また神の「恵み」(ヘセド)、つまり「契約に基づく真実の愛を」体験していたのです。

 

さらに「ダビデは、サウルが自分のいのちを狙って、出てきたのを見た(23:15)と描かれます。ダビデの心は「恐れ」に囚われたことでしょう。しかしそこで、「サウルの息子ヨナタンは、ホレシュのダビデのところに行って、神によってダビデを力づけた」というのです(23:16)。それは、ヨナタンとの契約の真実によって、神の真実を思い起す契機になったことでしょう。

そこでヨナタンは、「あなたこそ、イスラエルの王となり、私はあなたの次に立つ者となることでしょう」(23:17)と言いますが、人間的には彼のナイーブさが現れているとも言えます。二つの王家が並立することはありえないからです。

ただ、彼は「父サウルも、そうなることを確かに知っている」と言いつつ、父の葛藤にも思いを馳せます。サウルはダビデが王になることを恐れているから彼を追い詰め、ヨナタンはそれを知っているから彼を力づけています。同じ現実認識が、父と子をまったく異なった方向に動かすというのは何とも不思議です。そこに信仰が働くのです。

 

なお、ダビデはユダ族の中心地ヘブロンの南東に広がるジフの荒野に隠れていましたが、同族のジフ人が隠れ家をサウルに知らせます(23:19,20)

サウルもこれに乗じ、「さあ行って、さらに確かめてくれ・・私はあなたがたといっしょに行く。彼がこの地にいるなら、ユダのすべての分団のうちから彼を捜し出す」(23:23)と、ダビデをユダ族から分離させようとします。軍事力の圧倒的な差を見た人々はこぞってサウルの側に馳せ参じます。

詩篇54篇の標題にはこの状況を描いており、そこでダビデは、「あなたの力強いみわざによって 私を弁護してください・・横暴な者たちが 私のいのちを求めています。彼らは神を前にしていないのです・・・あなたの真実によって 彼らを滅ぼしてください」(1,3,5)と祈っています。

私たちの人生にも、敵側に属するはずの人が味方になり、自分の味方だと思った人々が敵になるということがあるかもしれません。だからこそ人の顔色を見て悩む代わりに、神により頼むことが大切です。

 

   ダビデがすぐその南のマオンの荒野を逃げていたとき、「サウルが山の一方の側を進み、ダビデとその部下は山のもう一方の側を進んだ」(23:26)という状況にまで追い詰められました。

しかしそのときペリシテ人がイスラエルに突入してきたとの知らせが届き、サウルは転じてペリシテ人を迎え撃ちに出てゆきます。この危機一髪だった地が、「仕切りの岩山」(23:28)と呼ばれます。

これは偶然ではなく、主が生きて働いておられることのしるしです。そのような中で、ダビデは神の「真実」を、身を持って体験しました。

 

3.恐れと怒りにとらわれたサウルの心を和らげることができたダビデの言動

  ダビデはその後、死海のほとりの要塞マサダの約10㎞余り北にある「エン・ゲディの要害に住んだ(23:29)と描かれます。サウルはペリシテ追撃作戦を一段落して、ダビデの居場所を聞くと、「イスラエル全体から三千人の精鋭を選り抜いて・・ダビデとその部下を捜しにでかけ」ます(24:2)

そしてサウルはある洞穴を見て、「用を足すため(直訳『足をおおうため』)にその中に入った」のですが、そのとき何と「ダビデと部下は、その洞穴の奥の方に座ってい」ました(24:3)

家来はダビデに、今日こそ、主(ヤハウェ)があなた様に、『見よ。わたしはあなたの敵をあなたの手に渡す・・』と言われた、その日ですと、サウルを殺すことを進言します(24:4)。彼は無防備な姿勢で屈み、その「上着」(王のマント)を広げていたからです。

 

しかし、ダビデは、その「裾を、こっそり切り取った」ことにとどめ、それに対してさえ「心を痛めた」ほどでした(24:4,5)。そして部下に向い、自分の命を狙うサウルのことを、「主(ウェ)に油注がれた方、私の主君」と呼び、彼に手を下すことは、彼を立てた主(ヤハウェ)に敵対することになるという趣旨のことを言って、「部下を説き伏せ、彼らがサウルに襲いかかるのを許さなかった」というのです(24:6)

これはサウルを殺す絶好の機会だったのは明らかで、主の導きとも解釈できましたが、ダビデは思いとどまりました。

 

   その上で彼は、サウルの後から洞穴を出て地にひれ伏し、王は根拠のない噂に振り回されていると切々と訴えます。それはサウルを直接に責める代わりに、彼の良心に訴える姿勢です。

ダビデは「主(ヤハウェ)が・・私の手にあなたをお渡しになったのに」(24:10)と、自分の側に彼を殺す機会があったという事実を見せます。そして、サウルをわが父よと呼び、「私の手にある・・上着の裾をよくご覧ください・・・それによって、私の手に悪もそむきもないことを、お分かりください」(24:11)と訴えます。そして「私はあなたに手をかけることはしません」(24:12)と断言し、イスラエルの王である者が、「死んだ犬・・一匹の蚤」のような自分を恐れる必要はないと訴えます(24:14)

そして、「どうか主(ヤハウェ)が、さばき人となって私とあなたの間をさばき・・・正しいさばきであなたの手から私を救ってくださいますように(24:15)と締めくくります。

 

   これに対して、サウルも「わが子ダビデよ」と呼びつつ「声をあげて泣いた」というのです(24:16)。まさにダビデのことばには、サウルを悪い霊から解放した「立琴」(16:23)と同じ効果がありました。人間的に見ると、このときダビデこそが大軍に取り囲まれ、サウルのひと言で命がなくなる状況でした。

しかし、サウルの心は驚くほど穏やかになり、「おまえは私より正しい。私に良くしてくれたのに、私はおまえに悪い仕打ちをした」(24:17)と反省しています。彼はさらに、「今日」のことに関しても、「主(ヤウェ)が私をおまえの手に渡されたのに、私を殺さなかった・・」とダビデに同意します。

そればかりか、万軍の主ご自身が、サウルではなくダビデ側に立っているという霊的な事実を認め、「主(ウェ)がおまえに幸いを与えられ・・・おまえの手によってイスラエル王国が確立することを、私は今、確かに知った」(24:19,20)とまで言います。そして、自分の家を根絶やしにしないことを、王であるサウルが何の立場もないダビデに懇願したというのです。それは、サウルが、現実を主の視点から見ることができるようになった結果と言えましょう。

 

サウルがダビデの命を狙うようになったのは、王位を奪われるという「恐れ」の故でした。しかし彼はそれを正直に認める代わりに、自分の力で競争者を排除しようとしました。

一方ダビデは、自分の恐れを正直に認め、主に訴えた結果、今、丸腰でサウルの前に身をさらしています。「恐れ」「祈り」に変えることによって、驚くほどの勇気が生まれたばかりか、恐れにとらわれたサウルの心をも和らげたのです。

 

   ダビデはこのときのことを詩篇57篇で歌っています。彼はまず自分が「洞穴」の中に身を隠している切羽詰った状況を、「滅びが過ぎ去るまで 御翼の陰に身を避けます(1)と、何とも美しく表現しました。

そして、神がサウルを自分の目の前に送って来たことを、「神は 天から助けを送って 私を救い」と表現し、サウルが三千人の精鋭を引き連れて自分に迫って来ていながら、ダビデの前に無防備な姿を顕にしたことを、「彼らは私の足を狙って網を仕掛け・・私の前に穴を掘り 自分でその中に落ちました」(6)と描いたことでしょう。強大な軍事力を誇っているときにこそ、油断してしまうからです。

8節でダビデは「私のたましいよ 目を覚ませ 琴よ 竪琴よ 目を覚ませと繰り返し、三度目は同じ動詞を用い、「私は暁を呼び覚まそうと自分の願望を歌います。彼はこのとき、竪琴を奏でるように言葉を選んでサウルの心を和らげ、神がダビデ王国を建てようとしていることに目を向けさせたからです。

 

現代の私たちにとって、キリストの十字架と復活によって、「暁」はすでに「呼び覚ま」されています。パウロは、「割礼」のような目に見える信仰のしるしにこだわっている人に対し、たったひとこと「大事なのは新しい創造です(ガラテヤ6:12と断言しました。

創造主なる聖霊が私をとらえ、混沌とした私と世界のうちにすでに「新しい創造」を始めてくださいました。その「しるし」に目を留め、神を賛美しましょう。

 

ダビデは、神への祈りを竪琴で奏で、歌いました。ルターは、「音楽は神のことばに次いで称賛に値するものである。音楽は、人間の心の動きの主人であり、支配者である」と記しています。

ルター自身も、サタンの攻撃を受け極度のうつ状態になった時、「神はわれらが堅き砦」という歌を作詞作曲することによって慰めを受けました。しばしばバッハは「音楽の父」と呼ばれますが、彼はルターこそがその名にふさわしいと言うことでしょう。なぜなら、一般会衆が歌う讃美歌は、ルターから始まり、多くの教会音楽はその讃美歌をアレンジすることから生まれているからです。

ダビデは、恐れの気持ちを、神への祈りとして表現し、しかもそれを神への賛美の歌としました。それこそ人の心を神へと導く聖霊のみわざでした。

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2017年10月22日 (日)

Ⅱコリント4章5節 「自分ではなくイエスを宣べ伝えるとは?」

                                       20171022

   私たちは関係の中に生かされています。ですから、いつも誰かのために生きることによってこそ、私たちが真に人間らしく生きられるとも言えます。

しかし、依存関係にならないため、人と人との距離感は大切です。あくまでも、「イエスのために」、人間の奴隷となることなく、人々に「仕える」生き方をするのです。

 

   同じ一神教でも、私たちの信仰はイスラム教と決定的に異なります。それは三位一体の神を信じていることです。それは分析の対象ではなく、祈りの中で体験される真理です。

私たちは、聖霊にとらえられ、「イエスを私の主」と告白することによって、イエスの父の子供としていただくことができます。私の前にイエスの父がおられ、私の傍らに兄としてのイエスがおられ、私の背後で聖霊が押し出してくれています。私が祈るとき、父、御子、御霊の神に取り囲まれているのです。

決して、イスラム教のように神に向かって自分の信仰をアピールする必要はありません。神は私がいのちがけで従順を貫くかを見ている「さばき主」ではなく、私の心を照らし、使命を与えて世に遣わし、私をご自身の愛で包んでおられる方なのです。

 

1.「私たちは自分自身を宣べ伝えているのではありません。救い主であるイエスを主であると」

   パウロは主の十字架前には、弟子ではなかったので、「使徒」の資格がないと言われました。そこで自分をイエスの使徒であると、弁明する必要に迫られていました。

しかし、パウロは自分が伝えた福音の圧倒的な素晴らしさは、コリントの人々が十字架に架けられた「イエスを主である」と告白できたこと自体に現わされていると説明し、彼らこそがパウロの資格を証明する「キリストの手紙」であると記しました(3:3)

 

   キリストとは日本語にすると「救い主」ですが、ヘブル語ではメシア(油注がれた者)と呼ばれ、この地上に「神の国」を実現する方のことを指しました。ユダヤ人たちは長らく異邦人の帝国の支配の下で苦しみ、救い主の到来を待ち望んでいました。そして3章では、キリストはシナイ山で与えられた「古い契約」に対し、「新しい契約」の時代をもたらしてくださる方であると紹介されていました。

新しい契約」とは、契約の内容が変わることではなく、神がご自身のことばを聖霊によって直接に私たちの「心に書き記す(エレミヤ31:33)ということでした。だからこそ、私たちはこのままで「キリストの手紙」とされているのです。旧約の時代には神のことばが上からの命令として、それを守らない者へのさばきの警告と共に記されていましたが、新約の時代には私たちの心の内側に優しく語られ、それを実行したくなるように語られるというのです。

 

   私は学生時代にアメリカに短期留学していた時にキャンパス・クルセードの「四つの法則」によって信仰に導かれました。その団体の信念は、福音は単純に伝達することができるというものでした。確かに、信じるきっかけとして福音が単純化されるのは良いことです。しかし、そこに留まり、世の人々の疑問にいかに効果的に答えられるかの訓練に終始するのも考え物です。

この書の33節の「キリストの手紙」という表現は、エレミヤ3131-33節を前提としていることは明らかです。また313-15節の「顔の覆い」「「心の覆い」という表現は出エジプト記3429-35節の記事を知っていなければわかりません。

パウロは、コリントの人々がそれらの旧約の記事を十分理解していることを前提としてこれを書いているのです。

 

今回、改めて、ロドニー・スタークが二十年余り前に記した「キリスト教とローマ帝国」(小さなメシア運動が帝国に広がった理由)という本をの内容をまとめてみました。そこでは、最初の福音はギリシャ語を話すヘレニズム化されたユダヤ人と、ギリシャ語の旧約聖書に親しんでいる異邦人を伝道の対象にしたと記されています。

確かに使徒の働き18章に描かれたパウロの伝道の様子は、まず「安息日ごとに」、ユダヤ人の「会堂」で論じたとあります。そして確かにユダヤ人の激しい反対を受けて、パウロは「私は異邦人のところに行く」と言うのですが、それは旧約聖書を読んでいる異邦人であると考えられます。なぜなら、当時のローマ帝国では地域ごとに異なった神々が崇められているという宗教的な混乱の中で、唯一の創造主がおられるという教えは、ギリシャ人にとっても魅力的だったからです。

ただ、問題は、ユダヤ人の厳しい食物の戒律に困惑せざるを得なく、それが大きな障害となっていました。しかし、パウロが、異邦人は豚肉やエビや血の残った牛肉を食べる習慣を保ったまま、その肉が偶像礼拝の場で売られたかなども敢えて深く詮索することを省いて食べても良いと、神の民となるための障害を除いたことは驚きだったのです。

 

つまり、パウロの福音が通じた相手は、旧約聖書の物語に心を惹かれながらも、様々な律法の規定が障害になって、信じたくても信じられないという人々であったのです。

私たちの回りにも、「この世界が唯一の神によって創造された」とか「イエスは弱い人々に寄り添ってくださった」という教えに興味を持っている人やミッションスクールの出身者が少なからずいます。そのような方々に、旧約聖書の物語の中から、イエスがどのような意味で「救い主」と認められたかを、分かり易く伝えられることに大きな意味があります。

 

イエスこそが主である」という教えは、当時のローマ帝国において、皇帝こそが「神の子」であると唱えられていた中で広がりました。そうしない者は社会のはみ出し者と見られました。しかし、心の底ではそれに納得できていませんでした。なぜなら、繰り返し人々を襲う原因不明の恐ろしい伝染病や、戦争、大地震、火災などに対して、皇帝は何の解決も与えられなかったからです。

しかし、イエスこそはすべての災いをその身に引き受け、それに苦しみながらもそれに勝利し、それを世界全体の益に変えることができる方です。イエスはどのような暗やみの中にも、真の「希望」をもたらすことができる方なのです。

また私たちは、イエスこそが肉体のいのちを越えた「永遠のいのち」を私たちに与え、この世界を平和に満ちた世界に変えることができる「王の王、主の主」であることを、確信を持って語ることができるからです。

 

なお44節では、キリストこそが「神のかたちであると記されていますが、創造の原点においては、「神のかたち」とはすべての人間を指した表現でした。実は、私たちもイエスと同じ「神のかたちであり、イエスこそが真の意味での「神のかたち」としての生き方を現わしてくださった方なのです。

ですから、イエスに従って生きることは、本当の意味で、人間らしく、また自分らしく生きることに他なりません。そしてそのように私たちが生きることができるようにと、ご自身の十字架で私たちの罪を赦し、その復活によって死の力に対する勝利を宣言してくださったのです。

イエスはご自身の十字架と復活によって、「新しい契約(3:6)の時代をもたらしてくださいました。ただし、イエスが現してくださった「神のかたち」とは、この世の不正や不条理をただちに無くする権力としてではなく、この世の暗闇のただ中で、真実な生き方を貫くという生き方でした。それは、何よりも死に至るまで、神と人とに仕え続けるという生き方を現わしています。

 

自分のうちに起きた変化を証しするのではなく、イエスを紹介することこそが宣教の核心です。そして、それはパウロが旧約聖書に関心のある人々の葛藤に寄り添って救い主の現れを提示したように、聖書の物語に何らかの関心を示している人々に、新しい時代の到来を知らせることです。

そして、その出発点とは、自分の話をする前に、人々の心の中にある真の渇きに耳を傾けることではないでしょうか。

 

2.「私たち自身は、イエスのために(ゆえに)あなたがたに仕えるしもべなのです。

   パウロは自分の使徒としての権威を弁明する代わりに、自分たちをあくまでも、コリントの人々に「仕えるしもべ」として紹介します。それは、彼らのために「四方八方から苦しめられ」「途方に暮れ、「迫害され」「倒され」ながら、「イエスの死を身に帯びている」ことを通して現されています(4:7-10)

人々のために苦しみを忍ぶ「しもべ」のような生き方こそが、「イエスのために」生きることであると描かれているのです。

 

   この世の人々は、自分がより豊かに、より幸せに、より影響力のある人間に成長できるために神を信じると考えがちです。もちろん、与えられた仕事を成功に導く責任がありますし、子育てにしても、教育にしても、良い結果が出るように最善を尽くすのは当然のことです。また、神から預けられたお金を正しく管理することも大切です。そして、私たちが神から与えられた恵み」を、神のみこころに添って管理し、その結果として、人々から信頼され、感謝され、豊かになれることは本当に喜ぶべきことです。

しかし、あなたが豊かになり、権力を持った時に、あなたとの親密な交わりを求めて来る人は、あなた自身よりも、あなたのお金や権力が目当てだったりすることもあります。彼らは富と力を偶像としているだけかもしれません。

 

忘れてはならないのは、すべての人を、何らかの病が、また災いが襲うということです。そして、最終的には、すべての人が、肉体的な死を迎えます。実は、病や災いの中でこそ、真の意味での「神のかたち」に創造された人間の素晴らしさが現されるのです。それは人の優しさ、誠実さとも言えましょう。

そして、どの人も心の底で、損得勘定を越えた真実な生き方や真の優しさに憧れています。ですから、キリストのうちにある生き方のすばらしさは、何よりも、「四方八方から苦しめられ」「途方に暮れ、「迫害され」「倒され」るような中でこそ、人々に証しされるのです。

ローマ帝国の中では、キリストの福音は、ローマ皇帝の権威に十分な感謝を現わさない異端的な教えと見られていました。ときには皇帝の気まぐれによって、人々の見世物として、ライオンと戦わされることすらありました。しかし、人々はそこで、キリストのうちに生かされる者のいのちの崇高さを見たのです。

当時のどんな哲学者も、苦痛や死に耐えながら人間の崇高さを失わないための知恵を教えていました。しかし、クリスチャンたちは、哲学者の本などを読むことなしに、当時の哲学者が説くような崇高な生き方を全うすることができました。それは、十字架の苦しみを忍ばれたキリストご自身が一人一人のクリスチャンの中に生きて、「神のかたち」としての生き方を全うさせてくださったからです。

西暦二百年にテルトゥリアヌスというクリスチャンのリーダーは、「キリスト教徒の血は、種子なのである」、殉教の血が流されるたびに、信者の数は倍増するからという現実を記しています。

 

   しかも、「イエスのために」と訳されていることばは、「イエスこそが私たちの主です」という意味からだと思われますが、原文は「because of Jesus(イエスのゆえに)と訳す方が自然のように思えます。つまり、イエスは目標であるよりは、私たちの宣教や働きの「原因」として描かれているのです。

そして、目標はあくまでも「神の栄光を知る(4:6)こと、または「神の栄光を知ることができるように」宣べ伝えることにあります。それは「この世の栄光」の逆説とも言えるものです。なぜなら、イエスはご自分が十字架にかけられることを、「人の子が栄光を受けるとき」(ヨハネ12:23)と言っておられたからです。

しかもイエスは、十字架にかけられることを指して、「わたしが地上から上げられるとき(12:32)と表現し、そこで左右に広がれた手を通して、「わたしはすべての人を自分のもとに引き寄せます」と言われたのです。

十字架は当時、最も恐ろしく、忌わしく、恥ずべき刑罰の代名詞でした。ところがそれは、「罪と死に対する勝利の記念碑」とされたのです。だからこそ、現代の多くの女性がこの忌まわしい死刑の道具を、愛のシンボルのアクセサリーとして身につけています。イエスはこの世の恐怖と嫌悪と恥のしるしを勝利の記念碑に変えてくださいました。

 

   私たちは、「イエスのゆえに」、この世の様々な困難な課題に立ち向かって行くことができます。ローマ帝国の支配下で、少なくとも紀元165年と251年の二回にわたって、帝国の人口の三分の一から四分の一もの人々を死に至らしめる疫病が流行りました。人々はその原因も対処法も分からず、感染したら、家族すら道端に放り出しました。自分への感染を恐れたからです。

しかし、クリスチャンたちは「イエスのゆえに」そのような病人に寄り添い、親身に解放しました。栄養と休養はすべての病に対する最大の特効薬ですが、不治の病が丁寧な看護で癒される時、それは同時に、感染症に対する免疫をつけています。

病を潜り抜けた人は、まさに、奇跡の人として、次から次と病人を助けて行きました。それは、たとい病気をうつされて、死ぬことになっても「永遠のいのち」が保証されているとの余裕から生まれた行為でした。

 

私たちは、「イエスのために」というより、「イエスのゆえに」、様々な痛みや病を、また困難を抱えた人の中に入って行くことができるのです。

その際、私たちは上から目線で人々に真理を語るのではなく、隣人にもまた子供にも、その悩みや葛藤を味わっていると同じ水準にまで降りて寄り添い、「泣いている者たちとともに泣きなさい」(ローマ12:15)という共感的な愛を実践するのです。

私たちは、「イエスのゆえに」、「イエスの力を受けている者」として、イエスが向かいたいと思われるところに遣わされて行くのです。

 

3.「私たちは、この宝を土の器の中に入れています」(4:7)

6節では、「神の栄光」「イエス・キリストの御顔にある」と描かれています。つまり、私たちはイエスを通して、人々が求める「この世の栄光」ではなく、「神の栄光を知る」のです。そして、それは、「闇の中から光が輝き出よ」と言われた神が、「私たちの心を照らしてくださった」結果だというのです。

パウロは深い葛藤を覚えた結果として、また真理の探究の結果として救い主のことが分かったというのではありません。しばしば、使徒の働き9章に「パウロの回心」という標題が付けられますが、この記録は、パウロが自分で方向転換したというより、「天からの光が彼の周りを照らし」、天のイエスがパウロに直接に語りかけて、ご自分の使徒として召されたという記録です。回心というより、イエスがパウロをとらえた記録です。

私たちの信仰も、光の創造主ご自身が一方的に私たちを選んで、「心を照らしてくださった」結果です。つまり、信仰とは、私たちのうちから生まれ出たものではなく、光を創造された神の一方的なみわざなのです。

 

なお、ここで、「輝き出よ」とか「照らし」と訳されていることばは、ランプの語源となるギリシャ語の動詞、ランポウです。つまり、聖霊を受けているすべての者には、心の中にランプの灯が灯されているのです。

 

そして、そのことが、「私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです(4:7)とさらに説明されます。なお、この「宝」とは、「キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かす」ということ自体を指しますが、それは名詞形ではなく、動詞形の「知識を輝かす」というダイナミックな働きを意味しています。

それこそ神の奇跡なのです。それは「聖霊の働き」に他なりません。3章、4章のテーマはそれを説明することにあるからです。そして聖霊の働きは、「苦しめられても窮しない」「途方に暮れても行き詰まらない」「迫害されても見捨てられない」「倒されても滅びない」という(4:8,9)、十字架の苦しみを忍ぶ力として現されています。そして、それらの苦難を通して「イエスのいのちが私たちの身に現れる(4:19)と記されています。

 

 「イエスは主です」(Ⅰコリント12:3)と告白する者の「土の器」の中には、「」の源である創造主なる聖霊が住んでおられます。コリントの人々は目に見える超自然的なことばかりを求めましたが、聖霊の働きは何よりも、私たちの「心を照らす」ことにあります。そしてそれはダイナミックな行動の原点になります。

 

ポール・トゥルニエは、戦後間もなくのスイスの教会を見ながら、「教会が、過半数は生気がなく、物悲しげで疲れた心の持ち主によって占められている」という現実に心を痛めました。

その原因は、教会が聖書の教えを道徳主義に歪めて、恩恵によるひろやかな解放を与える代わりに、過ちを犯し、神の罰を受けるのではないかという「抑圧的な不安」の重荷を与え続けてきた結果でないかと語っています。

 

ある女性は、古い伝統に縛られた田舎の町で育ちながら、この「抑圧的な不安」を味わっていました。彼女の中には、広い世界で活躍したいと思うのは傲慢であるという声が聞こえていました。そう思っていないと、思うようなことが果たせなかった場合、平静を保って晩年を迎えられないという不安がありました。彼女はその思いを私に相談してきました。

それに対して私は、「広い世界に出て行かずして、どうして謙遜を学べますか」と逆説的に励ましました。彼女はその時、心からの「解放」を味わったと言ってくれました。

 

人間の心の中で、願望は必ず不安と結びついています。ですから、不安を刺激すれば自動的に願望が抑圧されます。実際、多くの宗教は、不安を駆りたてて人の願望と行動を制御します。でも、それは、同時に、いのちの力をも抑圧させ、生気をも失わせます。

4世紀に正統的な三位一体論を守るために戦ったアタナシウスは、イエスが創造主であり、「いのち」そのものであるからこそ、十字架に架けられることによって、死の力を完全に根絶することができたと主張しました。さらに、「十字架は死に対する勝利であったこと、もはや死が力を発揮していないことは、キリストのすべての弟子たちの間で、死が意に介されず、皆が死を踏み越えていることによって明らかにされていた」と記しています。

そこに描かれたイエスの姿、またキリスト者の姿は、いのちの力に満ち溢れ、「いのちが死をのみ込む」というダイナミックなものでした。

聖霊を受けているとは、いのちの力が、私たちのうちに爆発的な力を生むことができることを示します。ただ、それは、この世的な勝利から勝利へというよりも、イエスの十字架の御跡に従う力として現されます。

 

  復活のイエスは、恐れ閉じこもっていた弟子たちに向かって、「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わされたように、わたしもあなたがたを遣わします(ヨハネ20:21)と言われました。私たちの肉体も心も「土の器」のようにもろく、弱いものですが、私たちのうちには創造主なる聖霊が与えられています。

ですから、私たちはイエスの代理大使としてイエスが生きられたように、生きることができるのです。私たちは、「イエスのゆえに」、不条理に満ちた世界に遣わされ、十字架に架けられたイエスの御顔に現わされた「神の栄光」を証しすることができるのです。それは、この世の「栄光」の観念を変える神の逆説です。

私たちに授けられた「宝」の豊かさは、死を乗り越えるいのちとして現されます。不安によって自分を抑圧せずに、大胆に困難に立ち向かう者こそが、キリストにあるいのちの輝きを体験することなのです。

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2017年10月15日 (日)

ヨハネ21:15-25 「あなたは、わたしに従いなさい」

                                            20171015

   日本では、「茶道」「華道」「書道」「剣道」「柔道」などのように特定の「道を究める」ことが大切にされます。それと同じように信仰の歩みを、クリスチャンとしての礼儀作法を身につけて「キリスト道」を究めるかのように、無意識に考えてしまっていることはないでしょうか。

しかし、イエスが私たち一人一人に問われるのは、「あなたはわたしを愛していますか」という問いと、「あなたは、わたしに従いなさい」という命令です。

しかもそこでの「愛し方」も「従い方」も千差万別で、一人一人極めてユニークなものです。私たちにとっての「キリストのうちにある生活」というのは、極めて個性的な生き方を意味します。

 

1. 「あなたはわたしを愛していますか・・・わたしの羊を飼いなさい」

イエスはペテロに三度、「あなたはわたしを愛していますか」と尋ねましたが、それは彼が三度、主の弟子であることを否認したからに他なりません。しかもペテロはイエスが厳しい尋問を受けている間、大祭司の家の中庭で炭火にあたりながら、「弟子ではない」と言ったのです(18:25)

ところが復活のイエスは、ガリラヤ湖のほとりでペテロや他の弟子たちのために「炭火」をおこして、魚を焼き、朝食の準備をしておられました(21:9)。ペテロは、そこで炭火にあたりながら、イエスからパンと魚を受け、自分のほんの少し前の失敗を思い起していたことでしょう。何よりも大切なのはこのような文脈の理解です。

 

かつて主はペテロの失敗を予告し、「わたしが行くところに、あなたはついて来る(従う)ことができません。しかし、後にはついて来ます(従います)(13:36)と言われました。それに対しペテロは、「主よ、なぜ、ついて行けない(従えない)のですか。あなたのためなら、いのちも捨てます」(13:37)と答えました。彼の問題は、イエスのおことばを真剣に理解しようとする代わりに、自分に限っては大丈夫だと強がったことにあります。

マタイの福音書によれば、そのときペテロは、「たとえ皆があなたにつまずいても、私は決してつまずきません(26:33)と、他の人との比較で自分の命懸けの覚悟を示しています。

それに対しイエスは、「わたしのためにいのちを捨てるのですか。まことに、まことに、あなたに言います。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言います(ヨハネ13:38)と言われたのでした。


   そして、今、弟子たちが「食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに」、個人的に「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たちが愛する以上に、わたしを愛していますか(21:15)と尋ねます。英語のほとんどの訳が、「do you love me more than these?と訳されているように、原文は「これら以上に」と言われているだけで意味がよくわかりません。今回の新改訳の改訂版では、他の弟子たちのイエスに対する愛との比較で、ペテロに尋ねたと解釈していますが、たしかにこの方が文脈に合っており誤解が生まれません。

イエスはここで明らかに、かつてペテロが、「私は他の弟子たちとは違う」と自分の勇気を誇っていたことを思い起こさせるように聞いているのです。それに対し、ペテロは、「はい、主よ。私があなたを愛していることは、あなたがご存知です」と控えめに答えます。

イエスが「愛しているか」と聞いたときのことばは、神の愛を表現する「アガパオー」でしたが、ペテロは、当時の一般的な兄弟愛を表現する「フィレオー」で答えます。そこにはかつて、「あなたのためにはいのちも捨てます」と言った強がりはありません。

また他の弟子と比較することもなく、「主よ、あなたはご存知です」ということばから自分の応答を始めています。この応答のことばに、謙遜にされたペテロの信仰が表現されています。

 

それに対し、イエスはペテロに、罪の赦しの宣言をする代わりに、「わたしの小羊を飼いなさい」という使命を確認します(21:15)。このことばは、二回目は「わたしの羊を牧しなさい」、三回目は「わたしの羊を飼いなさい」となっていますが、基本的に同じ意味です。

カトリック教会は、これを使徒ペテロにキリストの羊の群れを牧する責任が委ねられたと理解し、ローマ教皇はペテロの後継者としてその責任を受け継ぎ、各地の教会の司祭は、教皇の代理として神の羊の世話をすると考えます。

これはマタイ福音書161819節を、ペテロの上に教会が建てられ、彼とその後継者に「天の御国の鍵」が与えられていると解釈するのと同じです。しかし、そこでイエスは、ペテロの信仰告白を教会の基礎とすると言ったに過ぎません。

その「」に関することは、ヨハネ2023節で復活のイエスが弟子たち全員(私たちを含む)、「あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦されます。赦さずに残すなら、そのまま残ります」と言ったことと同じです。ここでも新しい新改訳がより意味を明らかにしています。

 

そして、そのような弟子たち全員に対する派遣のことばの前提として、イエスは「父がわたしを遣わされたように、わたしもあなたがたを遣わします(20:21)と言われ、そのためにイエスは弟子たちに「息を吹きかけて」、「聖霊を受けなさい」(20:22)と言われたのです。

父がイエスをこの地に送られたのはご自身の羊を牧させるためです。それはエゼキエル3423節で父なる神が、「わたしは、彼らを牧する一人の牧者、わたしのしもべダビデを起こす。彼は彼らを養い、その牧者となる」と言っておられたことの成就です。

その「一人の牧者」であるイエスが、弟子たちを世に派遣しているのです。そして、そのために、すべてのクリスチャンにイエスの代理としての働きのために聖霊が与えられたのです。

 

このイエスによる派遣は、教会組織の中である人を牧師職に任命するためではなく、キリスト者全員をこの世に遣わすという意味です。ですから、イエスのペテロに対する牧会命令はクリスチャンすべてに適用できるものです。

教会の牧師が、一般信徒を愚かな羊のように見立てて指導するのではありません。教会の牧師は、一人一人のクリスチャンが、自分の周りの人をお世話できるようにみことばを分ち合うのであり、牧会の最前線は、それぞれの職場であり、家庭であり、置かれている共同体なのです。

キリストの代理を特定の聖職者に限定し、彼らに「神の国の鍵」を預けたというカトリック的な教会観に惑わされてはいけません。それは、組織論としては合理的ですが、聖書の文脈に合っているとは到底思われません。

この文脈は、自分がキリストの弟子とされた原点を見失って、とんでもない過ちを犯した使徒ペテロを再び立たせるということにあります。それを教会組織論の話しにしてはなりません。

 

なお、カトリックでも東方教会系でも、使徒たちの伝承が聖書を生んだと解釈しますから、聖書と教会組織が矛盾するということを気にはしません(「雑誌「舟の右側」2017-10P18.参照)

それに対してプロテスタントは、伝承とか伝統、組織に対しての疑問から生まれています。事実、煉獄の教えやその苦しみが免罪符の購入で避けられるなどという、不合理な教えに対する抵抗がプロテスタントの原点です。

 

2、「あなたはご存知です。私があなたを愛していることは」「わたしに従いなさい」

イエスは今度、より単純に、「ヨハネの子シモン、あなたはわたしを愛していますか(アガパオー)」と尋ねます(16)。それに対し彼は、まったく先と同じことばで、「はい、主よ、あなたはご存知です。私があなたを愛している(フィレオー)ことは」と答えます(16節原文の語順)。ここでも先と同じことばのセットがあります。そしてイエスは若干ことばを変えて、「わたしの羊を牧しなさい」と言われます。

そしてペテロに「三度目も」「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛していますか」と尋ねますが、この場合は、先のペテロのことばに寄り添うようにフィレオーという言葉を用います。アガパオーとフィレオーの意味に差をつける必要がないとも言われますが、イエスがペテロのことばに寄り添ったということは注目すべきではないでしょうか。

イエスはペテロの愛し方でご自分を愛しているかを聞いてくださったのです。

 

ただ、ペテロは同じ質問が三度もなされたことに「心を痛めて」、イエスに「あなたはすべてをご存知です」と同じことばに「すべて」を加え、さらに別のことばで、「あなたは、知っておられます」と、自分の愛の不完全さを、イエスは心から熟知しておられることを示唆しながら、「私はあなたを愛しています(フィレオー)と答えます。

そしてそれに対し、イエスは一度目と二度目のことばを合成するように、「わたしの羊を飼いなさい」と命じられます。ペテロは、なぜ自分が三度も同じ質問をされたかをよく知っていました。それは三度イエスを知らないと言ったことばに対し、ペテロが三度、「私はあなたを愛します」と言うことができる機会を与えて、過去を乗り越えさせることを意味しました。

そればかりか、イエスは、「あなたを赦す」という代わりに、本来ペテロに与えていた使命を繰り返すことで、真の赦しを与えてくださったのです。なぜなら、失敗したにもかかわらず、先と同じ使命を与えることこそ真の赦しだからです。

多くの人が「赦す」ということばを真に受けられないのは、そこに、「失敗したあなたを、なお信頼して働きを任せる」という意味が込められていないときだからです。信頼こそ、赦しの最大の証しです。

 

イエスはさらにペテロに、「若いときには・・自分の望むところを歩きました」ということの比較で、「年をとると・・・ほかの人が・・(あなたの)望まないところに連れて行きます」(18)と言われます。そして、その意味が、「イエスは、ペテロがどのような死に方で神の栄光を現すかを示すために、こう言われたのである」と記されます(19)。つまり、神の栄光を現すとは、自分の生きたいように生きられることとは正反対のことだというのです。

ペテロが「あなたのためなら、いのちも捨てます」と言ったのは、嘘ではありませんでした。しかし、それは「私が望む栄光の現わし方であるなら、いのちを捨てる」という意味でした。それに対しイエスは、自分の不本意な生き方に従うことでこそ、ペテロは神の栄光を現すと言われたのです。

創造主のみこころではなく、自分の意志を絶対化することが、罪の根本だからです。

 

それでイエスは最後に、「わたしに従い(ついてき)なさい(19)と命じられました。ペテロは、「私は本当にみじめな人間です(ローマ7:24)と自覚できた時に初めて、心の底からイエスに従う者とされました。それと同じように、あなたも自分の弱さに気づかないうちは、イエスから、「あなたは今ついて来ることができません(13:36)と言われます。

そして、今ここで、そのとき続けて言われた、「しかし、後にはついてきます」ということばが成就するのです。なお、ペテロの場合は後に「逆さ十字架」に架けられて殉教したとも言い伝えられていますが、私たちもそれと殉教の死を遂げるというよりは、たといクリスチャンとして平安な生涯を全うできるとしても、自分の意志ではなくイエスに従うという原則は同じです。

 

事実、神の栄光の現わし方には千差万別がありますが、そこには同じ原則があります。そのことをイエスはかつて、「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおり、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになります」と言われました(7:37)。それをヨハネは、「イエスは、ご自分を信じる者が後になってから受けることになる御霊について、こう言われたのである(7:39)と解説を加えています。

人の心のうちには何とも言い難い「空虚感」があります。それは失ったエデンの園への憧れです。人生が順調なうちは気づかなくても、何らかの心の傷を受ける時、その深淵が顔を出します。しかし、パスカルも言っているように、この無限の深淵は、無限で不変な存在、すなわち神自身によってしか満たすことができません

それを、世の目に見えるもので誤魔化そうとする空しい試みからアルコールや薬物依存、ギャンブル依存、仕事依存、恋愛依存、摂食障害、家庭内暴力、引きこもり、自傷行為、もえつき、抑鬱、恨みや不安等の感情への囚われ等の障害が生まれます。

つまり、これらは、機能不全家族から生まれた、特別に傷ついた人の病である以前に、アダムの子孫である人間がすべて抱えている普遍的な問題の一部なのです。

 

イエスは、私たちの心にある無限の深淵が、「生ける水の川が流れ出る」ための「」となると言われました。もう「私の心は空っぽだ!」などと恥じる必要はありません。そこにイエスは御霊として住まわれ、そこからあふれ出る「生ける水」は、あなた自身ばかりか、まわりの世界をも生かすというのです。

依存症は「否認の病」と言われますが、「弱さ」を認められないからこそ泥沼にはまります。ペテロは自分の弱さを認め、それがイエスに知られていることを三度に渡って、「あなたはご存知です。私があなたを愛していることは」と言わせていただいて、真の意味でイエスに従う歩みへと入ることができました。

 

3. 「あなたに何の関わりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい」

   イエスは「わたしに従い(ついてき)なさい」と言われ、実際に歩き出し、ペテロが従いました。その時、「ペテロは振り向いて、イエスが愛された弟子がついて来る(従う)のを見た(20)というのです。それは著者ヨハネのことです。彼はペテロにではなくイエスに従ったのですが、ペテロは急に彼のことが気になったようです。

なお、ここで注目されるのは、彼が「この弟子は、夕食の席でイエスの胸元に寄りかかり、『主よ、あなたを裏切る者はだれですか』と言った者である」(20)という表現で紹介されたことです。それはヨハネが、他の弟子たちが聞くことができなかったことを大胆に聞けるほど、主の身近にいたことを示します。

ただ同時にここでは、彼自身も他の弟子のことが気になっていたということを現わしているとも言えましょう。弟子たちは互いに、「この人はどうなのですか?」と気にし合っていました。それにしても、このことを通して、イエスを裏切ったユダと他の弟子たちの違いに目が向けられます。

 

   ところでイエスは、「わたしの羊たちはわたしの声を聞き分けます・・・彼らはわたしについて(従って)来ます」(10:27)と言われました。つまり、「従う」とは、命令である以前に、主の「声を聞き分けた」ことの必然的な結果なのです。私たちも、心から尊敬する教師や最愛の人に出会ったなら、命じられなくても、ついて行きたいと思うのではないでしょうか。

しかし、イスカリオテのユダはイエスの声を、羊が羊飼いの声を聞き分けるようには、聞くことができませんでした。せっかく目をかけてもらいながら、主との交わりへの渇きを感じなかったからです。

私たちは、何が最も神に喜ばれる善い働きかと迷いますが、イエスは、神が遣わした者をあなたがたが信じること、それが神のわざです(6:29)と言われました。この書では、「信じる」ということばが数え切れないほど多く出てきますが、大部分は、何かの「教え」を信じるというより、「イエスご自身」を信頼することを意味します。

私たちはイエスのことばを聞いて、幸福になる方法のようなもの学ぶのではなく、イエスご自身という人格に出会い、その魅力にとらえられるのです。従う」という思いは、その結果として、心に必然的に湧き上がってくるものではないでしょうか。

 

 「ペテロは彼を見て、『主よ。この人はどうですか』とイエスに言った(21)というのは、ペテロのヨハネに対する競走意識の現れとも理解できますが、そのような解釈は私たちのうちにある競走意識の現れかも知れません。ペテロは、この前のイエスの質問に、「あなたはご存じです・・」と繰り返していたのですから、ヨハネと自分を比較する必要は感じなかったのではないでしょうか。

ここで、ペテロは、主に従うことが、自分にとって殉教を意味すると推測できたからこそ、ヨハネの将来を、親友として心配したとも解釈できます。しかし、イエスは、「わたしが来るまで彼が生きるように、わたしが望んだとしても、あなたに何の関わりがありますか(22)と言われました。

その後の歴史を見ると、ペテロは働き盛りに殉教の死を遂げ、ヨハネは長生きしてパトモスという島に流され、黙示録を記します。しかし、イエスはここで、「わたしが望んだとしてもという仮定法で話しながら、ご自身がペテロとヨハネに望むことは異なっており、それぞれの使命は、イエスが期待される人生を忠実に生きることであると思い起こさせているのです。

私たちは互いのことを心配し合いながら、結果的にイエスの期待を忘れ、人の期待に縛られてしまうことがあります。最近の母親は子供のことを心配し過ぎて、自立を邪魔する傾向があるとも言われます。それはときに夫との会話が成り立たない反動で、子供に注意が向かうためです。

真に見せる必要があるのは、あなたが主に従う姿勢です。同じように私たちも花婿であるイエスとの会話に心を配ることを忘れて、身近な人や子供の人生に割り込み、その成長の邪魔をしてはいけません。

 

イエスは、「あなたは、わたしに従いなさい」と命じられます。ここで、「あなたは」が、特に強調されています。誰ひとり、他者の人生を生きることはできません。自分で自分の問題を解決することさえできないのに、主との交わりを後回しにして、人を真の意味で助けることなどできないのです。

これは、私にも特に耳の痛いことばです。「人を愛している」ように見えたとしても、そこに「もっと私に注目し、愛して欲しい」という思いが隠されていることがあるからです。それは、人の愛を自分の愛で勝ち取り、自分のうちにある空虚さを埋めようとする依存症の行動パターンです。

私の心の穴を埋めるのは主ご自身です。そのために私は今、何もせずに、主の御前で沈黙することの大切さを痛感させられています。これは主が私個人に示してくださった方法です。あなたにも、独自の道があるのではないでしょうか?

 

ある教会でご老人が、教会での様々な問題で心を煩わせ、泣きながら祈っていたところ、イエスが不思議な形で、「どこを見ているのか。おまえは、わたしだけを見ていれば良いのだよ」と心に語りかけてくださったとのことです。それ以来、人のことばに振り回されて自分を見失うことなく、イエスだけを見上げて奉仕できるように変えられたと証ししておられました。

イエスは今も、様々な方法で、「あなたは、わたしに従いなさい」と語っておられます。そこには、あなた固有の従い方があります。私たちの内には創造主なる聖霊が宿っています。創造主ご自身があなたを通して神の栄光を現してくださいます。

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2017年10月 8日 (日)

Ⅰサムエル19-21章 「信仰と友情」

      2017108

   フーストン先生の本の原題は、「the Christian Life East and West(東洋と西洋でのクリスチャン生活)」ですが、そこで改めて感じたのは、人と人との関係の築かれ方の違いです。西洋とはギリシャ・ローマ文明の影響下にある文化圏ですが、その古典では、友情に関しての様々な物語や教えがあります。一方、東洋では、儒教文化の影響下で、個人と個人の友情よりも主従関係の絆で社会の秩序が守られるという価値観がありました。

聖書の文化はそのどちらをも超えていますが、私たちは無意識のうちに「タテ社会」の論理を軸に聖書を読み過ぎているかもしれません。ダビデとヨナタンの関係こそは、友情の模範です。それは王子と王の家臣の立場を超えた対等の信頼関係が見られます。しかも同時に、そこでは父への服従や家の束縛を超えた、人格と人格のふれ合いがあります。そしてそれこそダビデの詩篇の底に流れる信頼感なのかと思わされます。

なお、「逢うは別れの始め」というように彼らの友情もはかないものに見えたかもしれませんが、それはダビデのその後の歩みに決定的な意味を持っていたのではないでしょうか。たとい友と別れたとしても、信頼関係を築くことができたという恵みの体験が明日への力となるからです。

 

1.「ダビデは逃げ、のがれて・・・」

 ダビデの評判が高まるにつれ、サウルは彼を恐れ、ついに「ダビデを殺すことを、息子ヨナタンや家来の全部に告げ」(19:2)るに至ります。

「しかし、サウルの息子ヨナタンはダビデを非常に愛していた」ために、ダビデに身を隠すように勧めるとともに、父に向って、「彼が自分のいのちをかけて、ペリシテ人を打ったので、主(ヤハウェ)は大勝利をイスラエル全体にもたらしてくださったのです。あなたはそれを見て、喜ばれました」(19:5)と、サウルがダビデの勝利を主の勝利と喜んでいたことを思い起こさせました。

そのときサウルは、「主(ヤハウェ)は生きておられる。あれは殺されることはない」(19:6)と応答し、生ける主を恐れることを約束します。そして、このヨナタンのとりなしによって、ダビデは王宮に戻ることができました。

 

   ところがダビデがペリシテ人との戦いで戦果をあげると、「わざわいをもたらす、主(ヤハウェ)の霊(原文:「悪い、ヤハウェの霊」)がサウルに臨んだ」(19:9、参照16:14)というのです。

それはサウルの心を恐怖心で満たすもので、神が彼に「わざわいをもたらす」ためというより、ご自身のもとに立ち返らせようとの招きとも解釈できます。事実、私たちは恐怖心を抱くときにこそ、真剣に神を呼び求めるということがあるからです。

 

このときダビデは、少し前、槍で突き刺されそうになったにも関わらず(18:10)、再び「琴を手にして」サウルを慰めようとしました(19:9,10)。彼は自分の演奏がサウルから悪い霊を引き離すのに効果があったことを思いながら、命の危険を賭したのですが、サウルはまたも槍を向けました。

その心は癒しがたいほど神から離れていたからです。ここに、ダビデの心の真実とサウルの不真実の対比が際立たせられます。

 

そして、ここからダビデの長い逃亡生活が始まります。まずサウルはダビデが逃げた日の夜、「ダビデの家に使者たちを遣わし、彼を見張らせ、朝になって彼を殺そうとした(19:11)と記されます。

詩篇59の標題には、ほぼ同じことが記され、それに続いて、「わが神、私を敵から救い出してください・・私には咎がないのに、彼らは走り回り、身を構えているのです。どうか目をさまして、私を助けてください」という必死の祈りが記されます。

ただその時は、サウルの娘でダビデを愛して妻になったミカルが機転を利かせ、ダビデを窓から降ろし、難を逃れます。その体験を彼は「この私は、あなたの力を歌います。まことに、朝明けには、あなたの恵みを喜び歌います」(16)と歌っています。

不思議にも、このダビデの逃避行の始まりから、その体験が祈りと賛美の歌になり、それが永遠に人々の心に届くものとされているのです。


   続けて、「ダビデは逃げて、難を逃れ」(19:18)という表現とともに、自分に油を注いでくれたサムエルのもとに行ったことが記されます。そこは王宮から北に5キロも離れていない「ラマのナヨテ」という場所でした(19:18,19)。それは苦しみの中で神を自分の「隠れ場」また「避け所」とした姿勢を表します(詩篇91)

不思議なのはサウルが彼らのもとに追っ手を遣わすと、三度に渡って遣わされた使者が「預言した」というのです(19:20,21)。そればかりかサウル自身もそこに近づくと、「彼にも神の霊が臨み、彼は預言しながら歩いて、ラマのナヨテに着いた」と記されます

「預言」とは本来、神から与えられたことばを告げ知らせることですが、1810節でサウルが家の中で「狂いわめいた」と記されていることばも、原文は「預言した」と記されています。英語のNIVでも、「He was prophesying in his house」と訳されています。つまり、ここでの「預言」には、恍惚状態になって人の理解を超えた言葉を語るという意味が込められているようです。

 

その預言の意味は別として、ダビデがサムエルのもとを隠れ家としましたが、それはサウル王宮の目と鼻の先でした。

しかし、サムエルが預言者の一団を導いて神のみわざを歌っていたことによって、サウルですら恍惚状態になって、ダビデを捕えるために来たことを忘れてしまったという不思議が起きました。

 

そればかりか、サウルも「また着物を脱いで、サムエルの前で預言し、一昼夜の間、裸のまま倒れていた」(19:24)というのです。それを見て、人々は「サウルもまた、預言者のひとりなのか」と言いあいます。この表現は1011節にも登場しますが、そのときはサウルが王としての権威が確立される過程の中でのことばでした。

しかし、このときは王座を退けられた狂人としてのしるしとなったとも言えます。サウルはいつも人の目を恐れ、尊敬されることを願っていましたが、このとき彼に臨んだ神の霊は、それと逆の状態を起こしました。神はダビデを守るためにサウルの心を恍惚状態にしました。

この世の人生には、苦しみや悩みはつきものですが、神は不信仰な者に預言させることによってさえ、人を救うことができるのです。

 

2.「ヨナタンは自分を愛するほどに、ダビデを愛していた」

   ところでダビデは、自分がサウルから命を狙われる理由が納得できません。それで彼はヨナタンのもとに来て、「私がどんなことをし・・どんな咎があり、どんな罪を犯したので・・・」(20:1)と熱く尋ねます。ヨナタンはダビデに、「とんでもないことです。あなたが死ぬはずはありません。父は、事の大小を問わず、私の耳に入れずに何かをするようなことはありません(20:2)と答えます。

少なくともサウルは、息子のヨナタンから信頼されている良い父親であったようです。それに対し、ダビデは、サウルがヨナタンのダビデに対する思いを知っているからこそ事実を隠していると言いつつ、「主(ヤハウェ)とあなたに誓います。私と死との間には、ただ一歩の隔たりしかありません」(20:3)とその危機的状況を説明します。

それにヨナタンは、「あなたの言われる(原文「欲する」)ことは、何でも・・しましょう」(20:4)と、愛の模範の応答をします。

 

ダビデは、新月の祭りの大切な食事に、家臣でありながら欠席することで、それに対するサウルの反応をとおして、ヨナタンがサウルの真意を知ることができると提案します。ただその際ダビデは、「どうか、このしもべに真実(ヘセド)を尽くしてください。主(ヤハウェ)に誓って、しもべと契約を結んでくださったのですから」と訴えます(20:8)。それは親子の情を越えた判断を求めることです。

ただ、同時に、ヨナタンが父との会話を通してダビデの「咎」を認めるようになった場合には、「あなたが私を殺してください」(20:8)とまで願います。本来なら、そこでダビデの咎を見つけたとしても、それは誤解に基づくもののはずですから、「私に弁明の機会を与えてください」とでも言うべきところです。しかし、ダビデはヨナタンの公正な判断に信頼し、すべてを委ねているのです。それは、「あなたに殺されるなら、本望です」と言うようなものです。

 

   9節でヨナタンは、2節と同じように、「とんでもないことです」ということばから始め、「父があなたに害を加える決心をしていることが確かに分かったら、あなたに知らせないでおくはずはありません(20:9)と答えます。それは、ダビデに咎があるはずはないということを信じきっているという意味です。

そればかりか、サウルがダビデを害しようとするとき、「あなたを無事に逃がさなかったなら、主(ヤハウェ)がこのヨナタンを幾重にも罰せられるように」(20:13)と誓います。ここにおいてヨナタンは、ダビデとの契約を、親子の情に優先すると約束しているのです。これは東洋の儒教文化には相容れない観念と言えましょう。

 

しかもその際、ヨナタンは、「主(ヤハウェ)があなたとともにおられますように。主が父とともにおられたように」という不思議な祝福を述べます(20:13直訳)。それは、主がサウルとともにいた時代が過ぎ去ったことを示唆しています。

そればかりか15節では、「あなたの恵み(ヘセド)を私の家からとこしえに断たないでください。主(ヤハウェ)ダビデの敵を地の面からひとり残らず断たれるときにも」と言います。これは暗に、父サウルがダビデの敵として、主から滅ぼされることをも想定した表現とも言えます。

「恵み」とは「忠実な愛、変わらない愛」とも訳される言葉で、神の真実が人と人との関係に表されることを願うものです。その上で、「ヨナタンはダビデの家と契約を結んだ(20:16)と記されます。契約こそここの中心テーマです。

 

そこで、「(ヤハウェ)ダビデの敵に血の責めを問われますように」と祈られます。そこには、父サウルがダビデの敵となって、自滅することのないようにという必死の願いも込められています。そしてこれらをまとめるように、「ヨナタンは自分を愛するほどに、ダビデを愛していた」(20:17)と記されます。これこそ、ダビデとヨナタンの友情を描いたことばです。

日本の場合は、個人が「家」や集団の中に埋没しがちで、人と人との関係も、「義理」という互恵関係が中心になっているので、「友情はあまり重視されてきませんでした」とフーストン氏は指摘しています(P93)。しかも、儒教文化の影響もあり、対等な横の関係よりも、縦の関係の方が重視されがちです。韓国語ほどではないにしても、人と人とが会った時、どちらが目上の人かをとっさに判断し、言葉使いを変える必要があります。

しかし、私たちはキリストにある自由な人と人との関係をベースとした友情によって、この社会に対し、互いを束縛し合う義理を越えた関係を証しできます。

 

   ヨナタンはダビデに三本の矢を用いた印を約束します。彼はダビデに「あの事件の日に隠れた場所」(20:19)に隠れているように命じます。それは192節に述べられた場で、そのときヨナタンは父サウルを説得することができました。それは、ヨナタンがサウルの善意になお期待している証しとも言えます。

このことは、みながそろって食事をすべき新月祭の日を利用して行われます。サウルがダビデの不在の理由をヨナタンに尋ねるその会話を通して、サウルがダビデを本当に殺そうとしているかが分かり、それを野でどのように矢を放つかで知らせるというものでした。

ヨナタンが遠くに矢を放ち、それを、矢を集める少年にそのように告げたら、それはダビデが人目を忍んで必死に逃げるべきサインになるというのです。

 

ヨナタン新月祭の食事に集うと、二日目になってサウルはダビデの不在の理由をヨナタンに尋ねます。彼がダビデの弁明をすると、サウルは彼を、「この邪悪な気まぐれ女の息子め(20:30)と口汚くののしりながら、ダビデに「肩入れし、自分を辱め」ていることを非難します。

そして、「エッサイの子(ダビデ)がこの地上に生きているかぎり、おまえも、おまえの王位も確立されない」(20:31)と言いました。それは確かに政治的な意味では利害関係の事実ではあっても、ヨナタンには決して受け入れることのできない言葉です。

それに対してヨナタンが弁明すると、何と、「サウルは槍をヨナタンに投げつけて撃ち殺そうとした(20:33)というのです。そこには、ダビデに対する常軌を逸した憎しみが込められているのが明らかでした。

 

ヨナタンは「怒りに燃えて食卓から立ち上がり」(20:34)約束通りダビデにこのことを知らせに来ます。その際、彼が矢を集める少年に、「早く、急げ、立ち止まってはいけない(20:38)と命じたことばは、暗にダビデに向けて語られたと思われます。

しかし、ダビデはすぐに逃げる代わりに、一瞬の隙を捕らえて、今生の別れのときを持とうとします。彼は「地にひれふし、三度礼をし」て近づき、「ふたりは口づけして、抱き合って泣いた。ダビデはいっそう激しく泣いた」(20:41)とその情景が描かれます。

そのときヨナタンは、命がけでダビデを逃がす気持ちを込めて、「では、安心して行きなさい」(20:42)と別れを告げます。

 

3.「タテ社会の人間関係」を超えた人格と人格の友情を

ダビデは後にヨナタンの死を悼んで、「あなたの私への愛は、女の愛にもまさって、すばらしかった」(Ⅱサムエル1:26)と言います。最近の世は、男女の愛ばかりを称賛し、友情の価値を忘れているとも言われます。

日本の場合は、「タテ社会の人間関係」などと呼ばれるように、目上の者の恩情と目下の者の忠誠という関係が中心で、友情というと、同期入社とか学生時代の友人に限られるようにさえ思えます。しかし、本来の友情は、年齢や性別を超えて築かれ得るものです。

フーストン先生はキリスト者の関係は、すべてこの「友情」が基本であるべきで、それはイエスがご自分の弟子たちを、「しもべ」ではなく「友」と呼ばれたことに始まります(ヨハネ15:15)

また、私自身もみなさんの牧者であるよりも、「」でありたいと心から願っています。それは、ひょっとすると、日本の平均的な牧師象からすると、「面倒見が悪い牧師」と見えるかもしれません。しかし、自由教会の原則は、牧師職を何よりも聖書の教師と見ることに始まっているのです。

 

ただし、聖書的な友情は、決して淡白な人間関係というわけではありません。ダビデとヨナタンの関係は、「主(ヤハウェ)の御名によって誓った」(20:42)ものです。それは互いの家を守るために自分の命を賭けるという、真実な関係です。

イエスも「互いに愛し合うこと」を、「人が自分の友のためにいのちを捨てること」を目標とすると言われました(ヨハネ15:12,13)。ですから、真の友情とは、ふだんは互いのことに干渉もしないけれど、いざとなったら命がけで互いに助け合う関係と言えます。それは義理を越えた関係です。

 

この友情こそがダビデ王国の基礎となったと言えましょう。ダビデはこの後、様々な試練の中で、主との交わりを深め、詩篇という永遠の宝を残すことができましたが、その背後に、ヨナタンが自分の王位継承をあきらめ、肉親の情を犠牲にしてまでも、ダビデを守ったという真実の愛があったことを忘れてはなりません。

見えない神への愛は、見える人の愛によって育まれるという現実もあります。「ふたりはひとりよりもまさっている」(伝道者4:9)とは、結婚の勧めではなく、何よりも、友を持っていない人の悲惨を述べたことばでした。多くの人々は、結婚を願う以前に、真の友情を築くことをこそ願うべきではないでしょうか。

 

 ダビデはその後、当時の祭司職の人々の中心の町ノブを訪ね、祭司アヒメレクに対し自分が王から追われていることを隠しながら、パンを求めます(21:3)アヒメレクは、本来祭司にしか食べることが許されないはずの聖別されたパンを彼に与えます(21:4)

イエスは後に、これを柔軟な律法解釈の模範として引用します(マタイ12:3,4)神は、何よりもダビデの訴えに耳を傾けたいと願っておられたからです。

しかも、そこにはゴリヤテの剣が置いてあり、祭司はそれをも彼に与えました。残念ながら、サウルは後にアヒメレクがダビデに味方したことを理由にこの祭司の一族を殺します。そしてそれを告げ口したのは、7節の「エドム人ドエグ」でした。詩篇52には、彼に対するさばきの祈りと主に信頼する祝福が歌われています。

 

ところで、ラマにしても祭司の町ノブにしても、王宮から半径五キロぐらいの近距離でした。それで彼は今度、仇敵であるペリシテの町ガテに逃げます。すると町の王アキシュの家来たちは、「この人は、あの国の王ダビデではありませんか」(21:11)と、逃亡者を「あの国の王」とさえ呼びました。ダビデはペリシテの地においてさえも評判になっており、隠れることができる町は、どこにもなくなっていたのです。

そして今、勇士ダビデは、「おかしくなったかのようにふるまい、捕らえられて気が変になったふりをし・・門の扉に傷をつけたり、ひげによだれを垂らしたり」(21:13)します。アキシュはそれを見て、「私のところに気のふれた者が不足しているとでもいうのか」と皮肉を言いながら彼を逃がします。

彼は後に六百人の家来を連れてこの同じ王の下に身を寄せますが、このときほど孤独だった時期はなかったのではないでしょうか。

 

しかしダビデはこのとき詩篇34篇を記し、最も苦しかった時を思い起こして、「私はあらゆるときに主(ヤハウェ)をほめたたえる(1)と歌い、また、よだれを垂らして敵の目を欺いたことを振り返りながら、「主を仰ぎ見る者は輝く」(5)と歌い、また味方が誰もいなかった中でも「主の御使いは、主を恐れる者のまわりに陣を張り・・」と告白し、それをもとに「主のすばらしさを味わい、これを見つめよ」と訴えます(78)

 

ダビデは、主に信頼する姿勢においてヨナタンの心を捉えましたが、ヨナタンがダビデと友の契約を結び、その真実を示していなかったとしたらどうでしょう。はたして、ダビデがあれほどの不安な状況に耐えつつ、人間的な打算を超えてサウルへの復讐を思いとどまりながら、目に見えない神への正直な訴えと信頼の歌を残すことはできたでしょうか。ダビデの信仰の背後に、ヨナタンの友情があります

しかも、ダビデは人々から不条理な裏切りを受けるたびに、その悲しみを詩篇の歌として記して行きました。ヨナタンとの友情を楽しむ機会はほとんどないまま、別れて生きざるを得なくなります。

しかし、そこに信頼関係があったからこそ、その孤独感の中から、神への歌が生まれたとも言えましょう。ダビデの詩篇が悲しみの告白から、信頼への歌と変わる背景には、ヨナタンとの永遠の契約があったとも言えるかもしれません。

 

この後、ダビデのもとには次々と新しい仲間が加わります。それは敵の家の息子とさえ真実な交わりを築くことができたことの実とも言えましょう。神への信仰人との友情は輪のように循環しながら成長するものです。

私たち日本人は、ある特定の村社会の中に居場所を求め、安心を得ようとします。しかし、そこにはしばしば、私たちの良心の自由さえ奪う束縛が生まれがちです。イエスは私たち一人一人の心の自由を保証しながら、義理の関係を越えた、互いに命を捨て合える真の友情を与えようとしておられます。

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2017年10月 1日 (日)

Ⅰサムエル16-18章 「おびえるサウルと主にまっすぐなダビデ」

                                             2017101

「神経科学者たちは、恐怖こそが私たちの人間としての基礎的感情であり、脳の視床の下部で感じられると言います。多くの独裁者たちは卓越した力を身につけ、力の神として支配することを狙っています。しかし、そうすればするだけ、彼ら自身が恐怖にのみ込まれて行くのです」とフーストン氏は記しています(「キリストのうちにある生活」P67)

それは北朝鮮の独裁者の問題であり、同時にサウルの問題でした。  

 

今回の箇所に、「主(ヤハウェ)からの悪い霊」がサウルに恐怖心を起こしたと描かれています。何とも不可解ですが、サウルの生涯全体を見ようとするとき、彼はその神の霊のみわざの犠牲者とは言えないことが分かります。

一方、それと対照的なのがダビデです。彼は、主の霊によって、詩篇の歌を作り出して人を癒し、神の敵に勝利して行きました。

たとえば、詩篇55篇では、「聴いてください!神よ、この祈りを・・・私はうろたえ、うめき、わめくばかりです・・・私の心は奥底から悶え、死の恐怖に襲われています。恐れとおののきにとらわれ、戦慄に包まれました・・・ああ、鳩のような翼が私にあったなら、そうしたら、飛び去って休みを得ることができるのに・・・」(1-6節私訳)という美しい祈りの歌が記されます。

聖霊に導かれた彼の心が、自分の繊細な感情を完全に受け入れ、それを神との交わりの泉としているのです。

 

1. 「主(ヤハウェ)からの、わざわいの霊がサウルをおびえさせた」

イスラエル王国の初代王サウルは、自分が主の一方的な恵みによって選ばれ、立てられたことを忘れ、主を恐れるよりも民が離れることを恐れ(13:11)、主の御声よりも民の声に聞くことを優先しました(15:22,24)

サムエルはサウルに向かって、「あなたが(ヤハウェ)のことばを退けたので、(ヤハウェ)あなたをイスラエルの王位から退けた(15:26)と言いました。イスラエルの真の王は主(ヤハウェ)ご自身でしたから、最初に立てられた王が、主の命令に真っ向から背いていながら、反省もせずに自己弁護を繰り返すことは許されませんでした。

そして、サムエルは主の導きではありましたが、人々の前で自分がサウルを王として立てたという責任を感じていたからでしょうが、サウルのことで深く悲しんでいました(15:35)

 

そのような中で、主(ヤハウェ)はサムエルに、「いつまであなたはサウルのことで悲しんでいるのか」と言いつつ、改めて、「わたしは彼をイスラエルの王位から退けてい」と改めて断言されました(16:1)。それは、人の目からはサウルはまだイスラエルの王として権力を保っていましたが、神の目からはサウルはもはやイスラルの王ではなくなっているという意味です。

そして、主は、「ベツレヘム人エッサイ・・・の息子たちの中に、わたしのために王を見出したから」と言われます。それに対し、サムエルは、「どうして私が行けるでしょうか。サウルが聞いたら、私を殺すでしょう(16:2)と答えます。これは、人の目からはサウルの王権は強くなるばかりで、任職したサムエルですら命の危険にさらされていることを意味します。

 

サムエルがベツレヘムにやって来ると、「町の長老たちは身震いしながら」、「平和なことでおいでになったのですか」と尋ねます。それは、町の長老たちがサムエルとサウルの関係が、すでに切れているということを理解していたことを示唆します。

それに対し、サムエルは、「平和なことです。主(ヤハウェ)にいけにえをささげるために来ました(16:5)と言いながら、ベツレヘムの長老たちを、新しい王への油注ぎの場へと招きます。これは何とも不思議です。なぜなら、新しい王の任職ということは、ベツレヘムの長老たちが一番恐れるイスラエル民族同士の争いの原因にしかならないはずだからです。これは、長老たちが考える「平和」と、サムエルが考える「平和」の概念が違うことを示します。

聖書が描く「平和(シャローム)とは、戦争がないという以前に、神のご支配が地を満たすことに他ならないことだからです。平和を求めると言いながら、明らかな悪に譲歩して、問題の先送りをして、後の争いを激化させるという人間の歴史があります。当面の争いを作りだすようでも、それを経なければ真の平和が生まれないこともあります。

 

サムエルはエッサイの長男エリアブ「容貌や、背の高さ」(16:7)を見て、王にふさわしいと思いました。しかし、主は彼に、「わたしは・・人が見るようには見ない・・人はうわべを見るが、主(ウェ)は心を見ると言われます。

確かに、サウルは「イスラエル人の中で彼より美しい者はいなかった。彼は民のだれよりも、肩から上だけ高かった」(9:2)のでしたが、そのとき主は、「うわべ」を見たのではなく、滅びかかったベニヤミン族から選ぶということで、「人が見るようには見ない」ということを明らかにしておられました。

 

主は、今度は最大部族ユダの家から選びますが、ダビデは貧しいエッサイ家の八男、末子に過ぎず、父さえも「あれは今、羊の番をしています」(16:11)と食事の席に招かなかったほど「小さい者」でした。

しかし、彼は、「血色の良い顔で、目が美しく、姿もりっぱ」(16:12)という素質も見られました。そして、主はその彼を王として選び、彼の上に油を注がせます。

すると(ヤハウェ)の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った」(16:13)のですが、これはサウルの場合と同じでした(10:611:6)つまり、ふたりの王とも、主の一方的な選びによって、主のための王として立てられ、主の霊を受けて王として整えられたのです。

 

ところがここで、(ウェ)の霊はサウルを離れ、主からのわざわいの(原文『悪い』)霊が彼をおびえさせた」(16:14)と記されます。代表的な英語訳でも(NIVNRSJewish Bible)でも「an evil spirit from the LORD (主からの悪霊が)と訳されています。新共同訳でもフランシスコ会訳でも「主から来る悪霊」とか「主から遣わされた悪霊」と訳しています。

とにかく神がサウルを自滅させるために悪霊を送っているというのです。そしてその霊はサウルの心に「おびえ」、つまり、恐怖terrorを引き起こしているというのです。

 

家来はそれを「悪い神の霊」(16:1516原文)と呼び、著者も短く「神の霊」(16:23)とさえ呼びます。「悪い霊」が、「神の霊」と呼ばれるのは何とも不思議ですが、(ウェ)の霊」、つまり「聖霊」とは明確に区別されています。

実はこれはレビ記26章の預言、主は、「もし、あなたがたがわたしに聞き従わず・・わたしの契約を破るなら、わたしもまた・・あなたがたの上に恐怖を臨ませ・・心をすり減らさせる・・・だれも追いかけて来ないのに、なたがたは逃げる」(14-17)という警告が実現したものと言えます。

新約だけを読むと、悪霊の働きを神の敵とだけ見て、悪霊をおびえることがあるかもしれませんが、旧約では「わざわいも幸いも、いと高き方の御口から出る(哀歌3:38)と、主の絶対的な支配が何より強調されます。主のさばきの御手は、私たちに主だけを恐れるべきことを教え、みもとに招こうとする「愛」でもあります。

 

   これに対し家来は、「じょうずに立琴を弾く者を捜させてください。悪い(わざわいをもたらす)、神の霊があなたに臨むとき、その者が琴を弾けば、あなたは良くなられるでしょう」(16:16)という対処療法しか進言できませんでした。これは三千数百年前の音楽療法の起源とも言われます。

ただその際、ダビデは、琴がじょうずで勇士であり、戦士です・・・」(16:18)と不思議な紹介をされ、演奏の技術ばかりではなく、「主(ウェ)がこの人とともにおられる」ことのゆえに招かれているということを忘れてはなりません。

そして、不思議にも、彼が「立琴」(リラ)を演奏すると、「サウルは元気を回復して、良くなり、わざわいの(悪い)霊は彼から離れた」(16:23)というのです。なお、「立琴に合わせて・・なぞを解き明かそう」(詩篇49:4)とあるように、ダビデは同時に、主のみわざを歌ったのではないでしょうか。つまり、彼の賛美に合わせて、サウルの心が主に向けられた結果として、元気を回復できたということではないでしょうか。

悪霊は、主のご支配の下にあります。悪霊ではなく、主(ウェ)を恐れ、主を賛美することこそすべてのいやしの元です。

 

2. 主の戦いとして、ゴリヤテを打ち倒したダビデ 

ペリシテとイスラエルの軍隊が、エルサレムの西25キロぐらいにある谷をはさんで対峙したときのこと、ペリシテの巨人ゴリヤテ(身長286cm、鎧の重さ57kg)がイスラエルを軽蔑し、挑戦者を求めてきました。そして、「サウルとイスラエルのすべては・・意気消沈し、非常に恐れた」という状況が四十日間も続きます(17:11,16)

そのときダビデは、父の使いで、陣営の兄たちを訪ね、彼のあざけりの声を耳にして、「この割礼を受けていないペリシテ人は何者ですか。生ける神の陣をそしるとは」(17:26)と言います。ダビデは、目の前の出来事を、「人が見るようには」ではなく、主の視点から見ることができていました。

なお、長兄のエリアブの反応を見ると(17:28)、主が「彼を退けている」(16:7)と言われた理由がよくわかります。

 

これを伝え聞いたサウルはダビデを呼び寄せますが、ダビデは「あの男のために、だれも気を落としてはなりません。このしもべが行って、あのペリシテ人と戦います」(17:32)と言います。

そのときサウルは、「おまえはまだ若い・・・」(17:33)と言いますが、ダビデは、自分が獅子や熊の口から羊を救い出してきた体験を、「しもべは、獅子でも熊でも打ち殺しました」(17:36)と証しします。しかし、それは自分の力を自慢したようであっても、それを「生ける神」のみわざと認め、「獅子や熊の爪からしもべを救い出してくださった主(ヤハウェ)は、あのペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます(17:37)と断言しています。

 

サウルは自分の鎧と剣を貸しますが、ダビデはそれに慣れていないからと脱いでしまいます。そして、「自分の杖を手に取り、川から五つの滑らかな石を選んで、それを羊飼いの使う・・投石袋に入れ、石投げを手にし」、ゴリヤテに近づきます(17:40)

ゴリヤテはそれを嘲り、「自分の神々によってダビデを呪った」(17:43)というのです。それに対し、ダビデは、「私は、おまえがそしったイスラエルの戦陣の神、万軍の主(ヤハウェ)の御名によって、おまえに立ち向かう(17:45)と断言します。

事実、彼にとって「この戦いは(ウェ)の戦い(17:47)でした。そして彼は、「すばやく戦場を走って行き・・手を袋の中に入れて、石を一つ取り、石投げでそれを放って、ペリシテ人の額を撃った。石は額に食い込み、彼はうつぶせに地面に倒れた」というのです。

ここでダビデは、「石投げとひとつの石で、このペリシテ人・・を殺した」(17:50)と描かれます。現代の私たちにとっての「五つのなめらかな石」とは何でしょうか。それは、「御霊の与える剣である、神のことば」です(エペソ6:17)。それは当時としては、モーセ五書を意味しました。

 

   とにかくダビデの勝利をきっかけにしてペリシテ人が敗走しますが、それはかつてのヨナタンのときと同じように、「あなたがたのひとりだけで千人を追うことができる。あなたがたの神、(ヤハウェ)ご自身が・・・あなたがたのために戦われるからである」(ヨシュア23:10)という約束の真実を見ることができます。

 

   ところで、1755節~58節まで、三回にわたって、ダビデが「だれの子」であるかを尋ねる問いかけがあります。当時は、人のアイデンティティーを父の名を用いて表現したからです。

それにしても、かつて「サウルは彼を非常に愛し、ダビデはサウルの道具持ちとなった」(16:21)と記されていたので、それをここで改めて尋ねるというのは、何とも不思議です。

しかし、サウルはゴリヤテを殺す者に王の娘を与え特別待遇を与えると約束していましたから(17:25)、この期に及んで真剣にダビデの出生を正確に知ろうとしたのかもしれません。サウルは、本当の意味で、人を知ろうとはしていなかったのでしょう。

 

それにしても、サウルは、わざわいの霊でおびえると立琴を奏でる者を求め、ゴリヤテを見ると大きな報酬で勇士を募ろうとするように、場当たり的な解決しか考えません。彼は、目の前の問題ばかりを見て、琴を奏でて癒してくれる者を愛していたのであって、ダビデ自身を見てはいなかったとも言えましょう。

一方、音楽による癒しと大きな敵との戦いという対照的な必要に応えることができたのは、若いダビデだけでした。彼の心はまっすぐに主に向けられ、行動には一貫性がみられました。

同時に、これらの出来事は、サムエルがダビデに油を注いで以来、「主(ヤハウェ)の霊が・・ダビデの上に激しく下った(16:13)という文脈の中で理解する必要があります。ダビデの音楽にも戦いにも、主の霊のみわざが現れています。

 

3. サウルはダビデを恐れた

 「ダビデがサウルと語り終えたとき、ヨナタンの心はダビデの心に結びついた」(18:1)と描かれているのは、ふたりの戦い方が似ていたからでしょう。

しかも、「ヨナタンは、自分と同じほどにダビデを愛した」(18:1,3)ということばが繰り返され、その結果として、「ヨナタンはダビデと契約を結んだ」と記されます。これは互いのために命を捨て合うという真の友としての約束だと思われます。

そしてヨナタンは、自分の王子としての誇りの象徴の「上着」ばかりか、よろいかぶとなどの武具のすべてをダビデに与えます。

 

   一方、サウルはダビデを「戦士たちの長」として任じます(18:5)。しかし、女たちが、「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った」と歌っているのを聞くと、「非常に怒り・・ダビデを疑いの目で見るようになった」というのです(18:7-9)

そして、その翌日のことが、「悪い(わざわいをもたらす)、神の霊が激しくくだり、彼は家の中で狂いわめいた。ダビデは、いつものように、琴を手にしてひいたが・・・サウルは槍を投げつけた」(18:1011)というのです。それは、「ダビデを壁に突き刺してやろうと思った」からであると記されています。

そしてその直後に、「サウルはダビデを恐れた」と記されます。それこそ問題の本質です(18:12)。つまり、「悪い神の霊」というのは、「わざわい」をもたらすというよりも、恐怖感情を掻き立てるものなのです。

そして、その根拠が、「それは、主(ヤハウェ)がダビデとともにおられ、サウルを離れ去られたからである」と記されます。サウルを「悪い神の霊」が襲うのは、主がサウルを離れ去ったことの結果だったのです。

 

それでサウルはダビデを自分のもとから離し、彼を千人隊の長に」しますが、「(ヤハウェ)が彼とともにおられたので、ダビデは、行くところどこででも勝利を収め」ます(18:13,14)。その結果、「サウルは彼を恐れた」ということになります(18:15)

息子ヨナタンの姿勢と何と対照的でしょう。サウルは心の奥底でサムエルから告げられた主のさばきを恐れていたのかもしれませんが、それならば、彼が直面すべき相手はダビデではなく主ご自身でした。

サウルの「恐れ」の気持ちを駆り立てた「神の霊」は、「わざわい」をもたらすというよりも、恐怖を起こすことでご自身のもとに招く神のあわれみとも言えるのかもしれません。

 

サウルはその後、ダビデの勝利への報酬として上の娘メラブを妻として与えようとします。ただ、その動機が、ダビデを激しい戦いに追いやって、「自分の手を下さないで、ペリシテ人に手を下させよう、と思った(18:17)と記されます。

ここにサウルの救い難い卑しい気持ちを見ることができます。彼はいざとなると、この約束を反古にします。しかし、「娘ミカルはダビデを愛していた」ということを知ると(18:20)、王の婿として迎えるために、花嫁料の代わりに、「ペリシテ人の陽の皮(割礼によって切り取る男性性器の包皮の皮)百だけを望んでいる」(18:25)と、家来たちに伝えさせます。

その理由が再び、「サウルは、ダビデをペリシテ人の手で倒そうと考えていた」と記されます(18:25)。神のかたちに創造された人間であるならば、娘の幸せを望んで当然のはずなのに、サウルは娘を利用して、娘が愛したダビデを死に追いやろうとしているのです。何という心の暗やみでしょう。

しかし、主はダビデとともにおられたので、彼はその法外な要求の二倍をすぐに果たします。それで、「サウルは娘ミカルを妻としてダビデに与え」ます(18:27)

 

その結果、「サウルは、主(ヤハウェ)がダビデとともにおられ・・娘ミカルがダビデを愛しているのを、また、知った。それで・・ますますダビデを恐れた。サウルはいつまでもダビデの敵となった(18:28,29)というのです。

サウルはダビデを恐れ、彼の敵となったのですが、その理由は、ダビデの勝利と娘ミカルの愛がダビデの立場をなお強くするからです。そこにあるのは王であり父であることを忘れた、「ねたみ」に過ぎません。そのようになったのは、サウルが最初に、主の代わりに人を恐れ、神を敵にまわしたことの結果でした。

30節は、ダビデの度重なる勝利のゆえに、「彼の名は大いに尊ばれた」と閉じられます。本来、王の婿となったものの名声は、王の権威を強めるはずのものです。しかも、サウルの息子のヨナタンは、ダビデの親友となっていました。ですから、ダビデの繁栄は、サウルの息子と娘双方にとっての喜びであり、王家を安定させる要因となるはずでした。

神のかたち」に創造された人間は、すべて、愛の交わりのうちで平安(シャローム)を体験できるはずで、そこに人としての幸せがあったはずなのです。

 

ところがサウルは、神から退けられた王位にしがみつこうとして、味方になるはずの人を敵としてしまいました。そのすべての原因は、「恐れ」だったのです。しかし、恐れを力で解決しようとして、ますます恐れに囚われて行きます。

後に使徒ヨハネは、「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します(Ⅰヨハネ4:18)と記しています。サウルは肉親の愛すら軽蔑し、恐れにますます囚われて行きます。しかし、神の霊が、彼に「恐れ」を掻き立てたのは、神の愛に立ち返るようにという招きでもあり得たのです。

 

サウルは、「主(ヤハウェ)からの」悪い霊によって「おびえ」、自滅への道を進みます。私たちがダビデと同じ「(ウェ)の霊」を受けたのは、「恐れ」を通して、神と人との愛の交わりが築かれるためです。

「イエス、あなたのもとへ私は、このままの姿で来よう」というドイツの歌があります。イエスは私たちの葛藤や醜い思いのすべてをご存知で、それを赦すために十字架にかかってくださいました。私たちはもう、自分を取り繕って、人の信頼を勝ち得ようなどとあがく必要はありません。

サウルが神の愛を失ったのは、人の愛を得ようと、自分を取り繕って、神の前に正直になることができなかったためです。神の前に正直になることと、人の前で正直になることは切り離せない関係にあります。

そして、「神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です(Ⅱテモテ1:7)とあるように、私たちはサウルを怯えさせた霊ではなく、ダビデを神と人への愛に動かしたと同じ(ヤハウェ)の御霊を受けているのです。

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