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2017年12月10日 (日)

Ⅱサムエル記5章4節~7章19節「ダビデからキリストへ」

                             20171210

   私たちはクリスマスのたびに、「闇の中を歩んでいた民は 大きな光を見る」(イザヤ9:2)と読みながら、神の民が「救い主」の到来を待ち続けていたと語ります。ここには逆説が込められています。それは闇のただ中に置かれ続けながら、そこで希望の「」を見続けるという意味です。

当時のユダヤ人はローマ帝国からの独立を実現する「救い主」を待ち望んでいましたが、イエスは政治や軍事による独立運動を真っ向から批判し、「あなたの右の頬を打つような者には左の頬をも向けなさい・・あなたに一マイル行くように強いる者があれば、一緒に二マイル行きなさい」と言われました(マタイ5:39,41)。そして政治的な独立運動がかえって国を滅ぼす方向に向かっていることを嘆かれて、「(ああ)エルサレム、エルサレム・・・見よ。おまえたちの家は、荒れ果てたままに見捨てられる」と言われました(マタイ23:37)。そして、それから四十年後にエルサレムと神殿は廃墟にされました。

現代にまで続くエルサレムの問題の根本は、当時のユダヤ人がそれに耳を貸さずに、ローマ軍を呼び寄せ、国を滅亡させたことにあります。

 

当時の人々は救い主を「ダビデの子」と呼んでいましたが、それは軍事的な指導者以前に、問題を抱えながら神に祈り続けた指導者とも見ることができましょう。ダビデは軍事指導者である前に、人々の心を神への賛美に導いた指導者だったのです。それが詩篇として教会の宝とされています。

多くの方々の悲惨な話を聞きながら、何の解決も提示できず、ただダビデが絶望的な状況下で書いた、「私は深い泥沼に沈み 足がかりもありません。私は大水の底に陥り 奔流が私を押し流しています。私は叫んで疲れ果て・・目も衰え果てました(詩篇69:2,3)ということばとともに祈ると、多くの方々は「闇の中に 光を見る」ような反応を示してくださいます。

それは、自分の絶望感が、神に知られているという安心感から生まれるものです。つまり、神の救いは、ダビデがこの地の闇の葛藤の中で体験したように、今ここに成就し続けているという意味です。

 

1.「ダビデは、主(ヤハウェ)が自分を・・・王として堅く立て・・・王国を高めてくださったことを知った」

イスラエルの全部族は、ユダ部族の中心都市ヘブロンにいたダビデのもとに来て、彼をイスラエルの王としました。その後のことが、ダビデは、「エルサレムで三十三年イスラエルとユダの全体を治めた」5:5と記されます。

彼が全イスラエルの王に即位したのはヘブロンにおいてのことでした。しかし、このときのエルサレムには、イスラエルに囲まれながらも、その地の先住民エブス人が住んでいました。

 

エルサレムはベニヤミン族とユダ族の両方に割り当てられた地でしたが、両者ともにそれを完全征服はできないまま(士師1:8,21)、士師記19章の時代には、「エブス」と呼ばれ、「イスラエル人ではない異国人の町」と見られています10-12節)

ベニヤミン族出身のサウルが王となっても、エルサレムはエブス人の町であり続け、彼らは誇りを持ってこの町を守っていたことでしょう。その思いが、彼らのダビデに対する、「目の見えない者どもや足の萎えた者どもでさえも、おまえを追い出せる」という表現になっているのだと思われます(5:6)。それはこの町がいかに難攻不落の要塞と化していたかを現わしたことばでした。

 

しかし、ダビデは「水汲みの地下道を通って(5:8)、エルサレムの城壁の中に入り込みました。エルサレムの水源は城壁の西側にあるギホンの泉でしたが、町が包囲された時に水を汲むのが困難になるために、当時から非常用の水汲みの地下道が約50m掘られていました。それは後のヒゼキヤが南に向けて掘ったものとは異なります。この地下道は、城壁内に入ると約15mのロッククライミング的な縦穴になっていました。たぶんそこを勇猛果敢によじ登って城壁を内側からこじ開けたのがヨアブの軍だと思われます(Ⅰ歴代誌11:6)

なお最初のヨシュアによる作戦の時は、「エルサレムの住民エブス人を、ユダ族は追い払うことができなかった。エブス人はユダ族とともにエルサレムに住んだ」(ヨシュア15:63)と記されていました。それから数百年後にユダ族ダビデによって完全な征服が成し遂げられたとも解釈できます。

 

このとき確かにダビデはエブス人の嘲りのことばに対して、「足の萎えた者どもや目の見えない者どもを討て」と目の敵にしたのですが、より大きな視点からすれば、「目の見えない者や足の萎えた者は王宮に入ってはならない」ということばは(5:8)不完全さとの妥協という過去との決別を意味したとも言えます。

そして、この町は「ダビデの町」と呼ばれます(5:9)。その後半は、「ダビデは一周するミロ(城壁テラス)の内側に町を築いた」と訳した方が良いかもしれません。とにかくここの中心テーマは「ダビデはこの要害に住み」、「ダビデは町を築いた」という点にあります。

彼はユダ族の割り当て地の北の果て、ベニヤミン族にも割り当てられた最高の立地条件の場所に、イスラエルの首都を定めたのでした。

そして10節では、「ダビデはますます大いなる者」」となったことが記されますが、その次の文章は、「それは万軍の神、主(ヤハウェ)が彼とともにおられたから」と訳した方が良いかもしれません。これは、サウルが王座について間もなく、ダビデサムエルから油注ぎを受けて、「主の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った・・・(ヤハウェ)が彼とともにおられます」(前書16:13,18)と記されていた、その文脈の中でのことです。

 

そしてダビデは何と、イスラエルの北端と境を接する有力な貿易都市国家ツロの王ヒラムから貴重な「杉材」や職人の供給を受け、「彼らは・王宮を建てた」というのです(5:11)。ツロとの友好関係はその後の王国の大きな支えになります。そればかりか、ダビデの家族もますます増えてゆきました。

なおそこに、「ダビデは、(ヤハウェ)自分をイスラエルの王として堅く立て・・・自分の王国を高めてくださったことを知った(5:12)と記されますが、彼はすべてが、自分の力ではなく、主のみわざだと「知った」のです。

 

ところが、ダビデの支配が確立すると、地中海岸を支配していたペリシテ人が慌てて攻め上ってきました。彼らはサウルが健在のときには、イスラエルを分断するためにダビデを保護していましたが、彼がイスラエルを統一するやいないや敵となりました。ダビデは、昨日の味方と戦う羽目になり、恐れを抱いたことでしょう。

それで彼は、「主(ヤハウェ)に伺った」のですが、主はすぐに必ず、ペリシテ人をあなたの手に渡すと保証してくださいました(5:19)。ダビデはエルサレム南西部の「レファイムの谷間」で彼らを迎え撃ち、二度に渡って大勝します。

特に二回目は、彼が主に伺うと、主はペリシテ人の背後に回り込むようにとの作戦を与え、主ご自身が「ペリシテ人の陣営を討つために、あなたより先に出ている」と保証してくださいました。

その後、それをまとめるように、「ダビデは(ヤハウェ)が彼に命じたとおりにし、ゲバからゲゼルに至るまでのペリシテ人を打った」(5:25)と、これが主ご自身の勝利であったと記されます。ゲバとはエルサレム北北西約10㎞にある町、ゲゼルとはエルサレムの西約30㎞にある町で、これによってベニヤミンからエフライム南部までの割り当て地を奪い返すことができたことになります。

このときペリシテ軍は二度目の戦いでは背後から攻められ、もと来た道を退却することができず、北に迂回しながら、かろうじて自分の領地に帰ることができただけです。これはイスラエルにとっての決定的な勝利となりました。

あなたは、人の力ばかりを見て、自分を生かし用いてくださる方がどなたかを忘れてはいないでしょうか。すべてのことを主との交わりの中で、主に祈りつつ成し遂げようとすることこそ、信仰生活の基礎です。

それは、「あなたのわざを主(ヤハウェ)にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画は堅く立つ」(箴言16:3)と記されている通りです。私たちはどんなことでも、恥じることなく主に祈ることで、委ねることができます。

 

2.「私は主(ヤハウェ)の前で喜び踊る」 『主(ヤハウェ)こそが王であるから』

ダビデはその後、長い年月にわたり放置されていた「神の箱」「ユダのバアラ」(6:2)からエルサレムに運ぼうとします。この「神の箱」は、イスラエルがサムエルとサウルによって治められていた期間、人々から顧みられてはいませんでした(前書7:2)

ただ、それは主ご自身によるさばきでもありました。主は、預言者サムエルが少年だった頃、祭司エリとその家族を滅ぼし、「神の箱」をペリシテ人の手に奪われるままに任せて、幕屋礼拝を停止させました。主は、その後「神の箱」をイスラエルに戻されましたが、サムエルにさえも幕屋での礼拝を復興させようと命じはしませんでした。

それはイスラエルに、何よりも「主に聴く」という信仰の原点に立ち返らせるためでした。そのような闇の中で、ダビデは様々な試練を通して、主との交わりを築くことを学びました。それはモーセの場合と同じようなプロセスでした。そして今、晴れて幕屋礼拝を復興できるようになったのです。

なお「神の箱」「アビナダブの家から移した」(6:3)とあるように、「ユダのバアラ」とはエルサレムから西に約12km下った「キルヤテ・エアリム」(前書7:2)のことです。

 

そのことのゆえに、「ダビデとイスラエル全家は」、あらゆる楽器を使い、「主(ヤハウェ)の前で・・・喜び踊った」(6:5)のです。ところが、「ナコンの打ち場」まで来たとき、牛が荷車をひっくり返しそうになったので、「ウザは神の箱に手を伸ばして、それをつかんだ・・・すると(ヤハウェ)の怒りがウザに向って燃え上がり・・彼をその場で打たれた・・彼は・・神の箱の傍らで死んだ(6:6,7)という悲劇が起きました。

ここで何よりも問題なのは、「神の箱」をまるで荷物かのように車に載せたこと自体でした。それは律法に反します。

 

神はかつて「神の箱」をペリシテの地から戻すために牛に車を引かせましたが、それを神の民が真似てはなりません。それは、「聖なるもの」と呼ばれ、アロンの子たちがじゅごんの皮で覆いをかけ、かつぎ棒を通し、レビ人のケハテ族がその箱に触れることも見ることもないまま担う」ように命じられていました。

その理由が聖なるもの触れて死ぬことのないようにするため」と記されていました(民数記4:15)

 

ですから、ウザに対する「主の怒り」は、ダビデを含めこれに携わったすべての者に向い得るものでもありました。それでダビデはこれを、(ヤハウェ)箱」と恐れを込めて呼びかえ、「どうして・・・お迎えできるだろうか」と恐れました(6:9)

かつてイスラエルの民が、「(ヤハウェ)の契約の箱を…持って来よう。そうすれば、その箱が・・われわれを敵の手から救うだろう」(前書4:3)と言って、神の箱を偶像のように扱ったときは、それをペリシテ人に奪われるままになさいましたが、その反対の恐怖の事態が起きたのです。

 

しかし、「主(ヤハウェ)の箱」が留まった家が祝福されたことを聞いたとき、ダビデは再びこれをエルサレムに運び入れることにしました。今回は、民数記に忠実にそれをレビ人に担がせ(Ⅰ歴代15:2)、その上、最初の六歩を進むたびごとに、「肥えた牛をいけにえとして献げ」ました(6:13)。そして、ダビデも主(ヤハウェ)の前で、ごく簡素な祭司の服を着て、「力の限り跳ね回った」のでした(6:14)

そしてイスラエルの全家も歓声をあげ、角笛を吹き鳴らす中(6:15)「主(ヤハウェ)の箱」は、ダビデの町に仮に設置された「天幕」の中に安置されます。そして、「ダビデは主の前に、全焼のささげ物と交わりのいけにえを献げ」ます(6:17)

これによって申命記12章にあった「主が御名を置くために選ぶ場所」、イスラエルにおける唯一の礼拝場所がエルサレムとなったのです。これは主の契約の箱が、シナイ山を離れて長い年月を経てついに目的地に達したこと、主ご自身が約束の地の真ん中に住まわれるようになったことを意味します。

 

しかし、サウルの娘のミカルには、その重大性が分らず、「ダビデが主(ヤハウェ)の前で跳ねたり踊ったりしているのを見て、心の中で彼を蔑んだ(6:16)ばかりか、「イスラエルの王は、きょう、ほんとうに威厳がございましたね・・・自分の家来の女奴隷の目の前で裸になられて」(6:20)と皮肉を言いました。彼女は、ダビデが王の威厳を忘れている姿が、まるで裸になっているのと同じだと言ったのです。

 

それに対しダビデは、自分の踊りは人々に見せるものではなく、私を選んで(ヤハウェ)の民イスラエルの君主に任じられた(ヤハウェ)の前」(6:21)に献げられたものだと言います。ここでの「君主(prince)には、真の王はイスラエルの神ヤハウェであり、自分はその「代理」に過ぎないとの意味が込められています。

かつてサウルは人々の前で自分の面目を保つことばかりに夢中になり、主の前に遜ることができずに自滅しました。しかしダビデは、「私は主(ヤハウェ)の前で喜び踊る」と言い、それは自分の目にさえ卑しく見えることになったとしても、結果的に、「女奴隷たちに敬われる」(6:22)と言いました。

後にダビデは、詩篇96篇で「主(ヤハウェ)に歌え・・栄光と力を主(ヤハウェ)に帰せよ・・国々の中で言え。『(ヤハウェ)は王である』・・主は・・真実をもって諸国の民をさばかれると歌いました。ダビデの踊りは、それを身体全体で表現しようとしたものでした。

あなたにも同じことが問われています。それは、「あなたは誰を恐れ、誰に向って生きようとしているのか?」また、「あなたは誰の目を意識して生きているのか?」という問いです。

 

3. 「わたしが、あなたのために家を建てる」

そして、「王が自分の家に住んでいたときのことである。(ヤハウェ)、周囲のすべての敵から彼を守り、安息を与えておられた」(7:1)という安定が実現した中で、ダビデは、「この私が杉材の家に住んでいるのに、神の箱は天幕の中に宿っている」(7:2)と、この状況をあまりに畏れ多いと感じ、神の箱をお入れする恒久的な神殿を建設したいと預言者ナタンに言います。

ナタンは最初、それに賛同しますが、主は彼を通してダビデに、「あなたがわたしのためにわたしの住む家を建てようというのか」(7:5)と問いかけ、被造物の分際で創造主のために家を建ててあげようという発想の滑稽さをたしなめます。

これは大邸宅に住んでいる子供が、家の中に自分だけの小屋を建てて喜び、親にも作ってあげたいと願うようなものかも知れません。ただし、それは愚かしくもありますが、同時に微笑ましい情景でもあります。

 

それで、主はダビデに、わたしはあなたを、羊の群れを追う牧場から取り、わが民イスラエルの君主とした・・・わが民・・のために、わたしは一つの場所を定め、民を住まわせてきた・・・こうして、わたしはあなたにすべての敵からの安息を与えたのである。主(ヤハウェ)はあなたに告げる。(ヤハウェ)あなたのために一つの家を造る、と。・・・わたしはあなたの身から出る世継ぎの子をあなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる・・・あなたの家と・・王国とは、わたしの前にとこしえまでも確かなものとなり、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ」(7:8,10,11,12,16)と言われました。

5節から16節の主のおことばには、23もの一人称の動詞形がくりかえされ、「おまえの働きではなく、わたしが・・、わたしは・・・、わたしが・・・」と強調されます。

それをダビデはひとことで、「イスラエルの神、万軍の主(ヤハウェ)・・・はこのしもべの耳を開き・・『わたしがあなたのために一つの家を建てる』と言われました」とまとめました(7:27)

 

さらに主はここで、ダビデの身から出る世継の子の働きと主のみわざの対比を、「彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえまでも堅く立てる」(7:13)と言われました。これはダビデの子ソロモンによる神殿建設であるとともに、ダビデの子である救い主による神殿の完成と、その王座の確立を約束したことと理解できます。

さらに主は、「わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる・・・わたしの恵みは、わたしが・・・サウルからそれを取り去ったように、彼から取り去られることはない」(7:14,15)という親密な交わりを保証されました。この全体がダビデ契約と呼ばれます。

 

これを聞いたダビデは、「主、主(ヤハウェ)よ。私は何者でしょうか。私の家はいったい何なのでしょうか。あなたが私をここまで私を導いてくださったとは。主、主(ヤハウェ)よ。このことがなお、あなたの御目には小さなことでしたのに・・・」(7:1819)と答えます。

これは詩篇8篇の原型ですが、「これが人に対するみおしえなのでしょうか」と言われるのは、私たちすべてに適用される原則であるからという意味です。

 

私たちはどこか心の底で、「もっと信仰深くなり、もっと良い働きができたら、神は私を喜び、ご褒美をくださる・・・」と考えてはいないでしょうか。そして、自分の不信仰や罪深さに直面させられると失望し、「私は愛されるにふさわしくない・・・」と落ち込んでしまいます。しかし、神の救いは、常に、主ご自身が私たちを「心に留められ・・顧みてくださる(詩篇8:4)という神の一方的な眼差しから始まっているのです。神は、愛されるに値しない者を選んで、愛するに値する者へと造り変えてくださいます

何よりも大切なのは、あなたが神に向かって何かをすることではなく、神があなたのために、またあなたを通して何かをしてくださるという「神の主権」を、また決して裏切ることのない神の真実な愛を覚えることです。パウロはそこに生まれる逆説を、「罪の増し加わるところに、恵みも満ちあふれました」(ローマ5:20)と語りました。

 

ダビデの四百数十年後に、イスラエル王国もエルサレム神殿もこの地上から消えます。それは、イスラエルの民が、偶像礼拝に走り、神の民として生きることをやめたことへのさばきでした。では、神の約束は、人々の罪によって無に帰してしまうのでしょうか。

それについて、エルサレムと崩壊を預言した預言者エレミヤは、「主(ヤハウェ)はこう言われる。もしもあなたがたが、昼と結んだわたしの契約と、夜と結んだわたしの契約を破ることができ、昼と夜が、定まった時に来ないようにすることができるのであれば、わたしのしもべダビデと結んだわたしの契約も破られ、ダビデには、その王座に就く子がいなくなり・・」(33:19-21)と、逆説を用いて、希望に満ちた主のことばを取り次ぎました。

決まった時間に日が昇り、季節が巡ってくるのは、主が大洪水の後にノアと結んだ契約の故であり、いわゆる「自然」ではなく、神のみわざです。それと同じように、ダビデに対する契約は守られ、ダビデの子イエスによって成就するのです。

 

ダビデの後継者のソロモンは、主の神殿を建てました。そして、主は父が子を教えるようにソロモンに知恵を与えました。しかし、そのソロモン自身が、主に背き始め、彼の後継者たちも主に背きます。ですから、ソロモンは真の意味でのダビデの「世継ぎの子」とはなり得ませんでした

ですから、これから千年後に、イエスが「ダビデの子」として立てられ、私たちすべての罪を贖うための十字架にかかって永遠の神殿を完成し、死人の中からよみがえることによってサタンの力に勝利してくださったのです。そして主は、今、王の王、主の主として全世界を支配しておられます。それこそダビデ契約の成就です。

 

地上的な意味でのダビデ王国はその後滅びますが、彼が主に向って人目をはばからず踊り、高らかに歌い、主への正直な祈りを残したという主への礼拝の姿勢は今も教会に受け継がれています。

モーセは、主(ヤハウェ)がどのような方かを教え、ダビデは私たちに、主に向って心を注ぎだして祈り、賛美することを教えてくれました。

そして、神の御子イエスは敢えてダビデが記した祈りのことばを御父との交わりに用いられました。私たちはそのイエスの祈りを自分の祈りとしながら、闇の中に光を見るのです。

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