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2017年12月31日 (日)

イザヤ11章1-10節 「平和の完成という希望に生きる」

                                  20171231日 

   50年前の日本と現在の違いは、「」にあるのかもしれません。当時の夢は愚かしいものだったかもしれませんが、アウシュビッツ収容所を生き延びたユダヤ人精神科医のフランクルは、「ひとつの未来を信じることができなかった人間は収容所で滅亡していった。未来を失うと共に彼はそのよりどころを失い、内的に崩壊し身体的にも心理的にも転落した」と語っています。

そして、「繊細な性質の人間がしばしば、頑丈な身体の人間よりも、収容所の生活をよりよく耐え得たと・・なぜなら、彼らにとっては、恐ろしい周囲の世界から精神の自由と内的な豊かさへと逃れる道が開かれていたからである」とも語っています。 

 

どのような夢であれ、心の中にいつも夢を持っている人は、逆境の中でも自分を保つことができます。ユダヤ人の何よりのたくましさは、イザヤ書などを通して、時代が絶望的に見えるほど、かえって神の救いが近いことを確信できたことにあります。

二年余り前に上映された映画「杉原千畝」では、ユダヤ人がシベリア鉄道、日本経由で他国に亡命するための命のビザの発行が描かれていました。そこで印象的だったのは、彼らが福井県の敦賀湾を前に、「ハティクバ(希望)」という歌を合唱している姿でした。

 

ユダヤ人たちはナチスの強制収容所の中でさえこれを歌っていました。歌詞は、「心の中に、その中に、ユダヤの魂が恋い焦がれる限り、前に、東の果てに、まなざしはシオンに注がれる。私たちの希望は今も失われることはない、二千年の希望が。私たちの地において、シオンの地とエルサレムにおいて、自由な民となることに」というものです。

これは現代のイスラエル国歌になっています。目の前の状況がどれほど悲惨でも、失望に変わることのない、永遠の夢を持ち続けることができる人は何と幸いでしょう。

 

1.「ひとりのみどり子が、私たちのために生まれ・・・永遠の父、平和の君』と呼ばれる」

 暗闇の中で神の救いを待ち望む預言者イザヤは、「私は主(ヤハウェ)を待ち望む。ヤコブの家から御顔を隠しておられる方を。私はこの方に望みを置く」(8:17)と告白します。それは、主が今、イスラエルにわざわいをもたらそうとしていることを知っていながら、なお、この方に望みをかけるという意味です。

私たちも、主が「御顔を隠しておられる」としか思えないような苦しみと孤独の中でも、なお、「この方に望みをかける」ことができます。そして、そのような信仰者の歩みの後には、なお多くの神の子たちが従うようになります。

つまり、キリストにあっては、絶望が望みに、孤独が交わりに、苦しみが喜びに変えられるのです。それは幻想ではなく、キリスト者の確信です。私たちの「救い」は、「望み」として現わされます。

 

   そのような中で、821節から91節は一つのまとまりで、紀元前七百数十年頃のアッシリア帝国によってもたらされる苦しみの時代を指すと解釈できます。そこで、「ゼブルンの地とナフタリの地は辱めを受けたが、後には・・・栄誉を受ける」(9:1)と記されます。

これはイズレエル平原からガリラヤ湖西岸に広がる肥沃な地、後にガリラヤ地方と呼ばれ、アッシリアによって異邦人の地とされてしまった絶望の地さえも、「栄誉を受ける」という約束です。つまり、救い主は自業自得で絶望に陥った人々に光を見させてくださるのです。

そしてそのことが、クリスマスによく引用される、「闇の中を歩んでいた民は、大きな光を見る」(9:2)という美しい預言として表現されます。さらにそれが、「あなたはその国民を増やし、その喜びを増し加えられる・・」(9:3)と描かれます。繁栄の時代の到来が当時の人々の感覚で記されるのです。

 

 それを実現する救い主の出現が、ひとりのみどり子が、私たちのために生まれる(9:6)と預言されます。これは714節の「インマヌエル」の誕生を指します。両者に共通するのは、救い主は赤ちゃんとして生まれるので、救いの実現には時間がかかるということです。当時の人々は、救い主の登場と共にすべての問題が解決すると期待しましたが、神のご計画はそうではありません。

そして救い主が、『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる」と記されます。「永遠の父」と呼ばれるのは、この方が信頼できる権威者であるという意味です。

また何よりもこの方が、「平和の君」と呼ばれるのは、イエスこそがこの世界に最終的な平和をもたらすという意味です。そのことがイザヤ書11章に記されます。

 

その神の国の成長の様子が、「その主権は増し加わり、その平和は限りなく」(9:7)と描かれます。そして、それをもたらす救い主は、「ダビデの王座に就いて」と描かれ、今滅亡しようとしているダビデ王国が立て直されることとして表現されます。

そして最後に、「万軍の主(ヤハウェ)の熱心がこれを成し遂げる」と、それが父なる神の断固たる意思であることが改めて強調されます。救いはこの地に実現します。

 

私たちの世界は今、平和の完成の途上にあります。ですから私たちはいつでもどこでもそれを意識しながら生きる必要があります。人生には、神が御顔を隠しておられるようにしか思えないことがあります。しかし、それはイエスご自身が歩まれた道であり、すべての時代のキリスト者が体験してきたことでした。

御顔を隠していると思われる主に、なお信頼し続けていることがキリスト者の不思議です。それは一人ひとりが預言者イザヤのように、神にとらえられ、そこで生きる意味と喜びを見出し続けているからです。

 

2.アッシリアへのさばき10:5-19と、イスラエルの残りの者の回復(10:20-34)

   アッシリアは、神の道具としての「怒りのむち」「憤りの杖」(10:5)に過ぎないと記されます。それを具体的に神ご自身が、「わたしは、これを神を敬わない民に送り・・・民を襲えと、これに命じる・・・分捕らせ・・奪わせ・・踏みにじらせる」と言わると描かれます(10:6)。まるで神が広域暴力団を動かしたかのようです。

それに対し、「しかし、彼自身は・・・そうとは思わず、彼の心もそうとは考えない。彼の心にあるのは滅ぼすこと・・断ち滅ぼすことだ」(10:7)とあるように、アッシリア自身は破壊自体を喜んでいるというのです。

 

  それに対して、主は偶像礼拝を行うエルサレムをさばくためにアッシリアを用いた後になって初めて、「その高ぶる目の輝きを罰せられる」(10:12)というのです。それは彼が、「私は自分の手の力でやった。私の知恵でやった・・・全能者のように住民をおとしめた」(10:13)と、自分を神の立場に置いているからです。

それに対して、主ご自身が今度はその当のアッシリア自体を「滅ぼし尽くす」と言われます(10:18)

そして、「その日になると、イスラエルの残りの者、ヤコブの家の逃れの者は・・・イスラエルの聖なる方、主(ヤハウェ)に真実をもって頼る。残りの者、ヤコブの残りの者は、力ある神に立ち返る(10:2021)と記されます。

残念ながら、彼らは国を失って初めて、自分の愚かさを反省し、神に立ち返るのです。ただし、「たとえ・・イスラエルが海の砂のようであっても、その中の残りの者だけが帰って来る(10:22)と、主は、海辺の砂のように増え広がったアブラハムの子孫の、ごく一部しか救われないと語っておられます。

しかも、「すでに定められた全滅を・・・」(10:23)とは、神のさばきの計画は翻る可能性のない所まで来ており、「残りの者」の救いも、神のさばきが全うされた後に、初めて起こるというのです。

 

ただし、そのことの故にかえって、「シオンに住むわたしの民よ。アッシリアを恐れるな(10:24)と語られます。それは歴史を動かしているのが超大国ではなく、イスラエルの神ご自身であるからです。

「もうほんの少しでわたしの憤りは終わり、わたしの怒りは彼らを滅ぼしてしまうからだ(10:25)とは、主がアッシリアを用いてご自身の憤りを表した後には、その道具として用いられたアッシリア自身が滅ぼされるという意味です。

 

   つまり、エルサレムにとって、滅びが迫っているとしか見えない状況は、救いが近づいているしるしに他ならないというのです。目の前の危機が、神のさばきによるものならば、それが全うされることによって初めて、新しい時代が出現するからです。

イエスの十字架は、私たちの罪に対する神の厳しいさばきでしたが、それを通して、死の力が打ち破られ、「新しい創造」が始まったのです。たとえ自業自得で苦しむとしても、そこで主を見上げるならすべてが変わります。

パウロは、「夜は深まり、昼は近づいて来ました(ローマ13:12)と言いました。暗闇が増し加わると見えることは、光が近づいているしるしなのです。

 

3.救い主が実現する平和(シャローム) (11)

11章では、クリスマス預言と新天新地の預言がセットになっています。つまり、二千年前のキリストの降誕は、全世界が新しくされることの保証なのです。

「エッサイの根株から新芽が生え」とありますが、エッサイはダビデの父です。ダビデの根株ではなく、「エッサイの根株」と呼ぶ中に、救い主の誕生の貧しさが示唆されています。ダビデ王家は堕落の一途をたどりバビロン捕囚で断絶したように見えましたが、その家系は守られ、ダビデに劣ることのない理想の王が、その同じ根元から生まれるというのです。

 

   救い主は、人々の注目を集めずひっそりと生まれますが、「その上に(ヤハウェ)の霊がとどまる」というのです。そしてそれは、イエスがヨルダン川でバプテスマを受けたとき、「聖霊が、鳩のような形をして、イエスの上に降って来られた」(ルカ3:22)ことで成就しました。

そして主は公の働きを、ユダヤ人の会堂で、「主の霊がわたしの上にある」(ルカ4:18)とイザヤ61章1節を引用して宣言することから始められました。

 

ここでは、その御霊が理想的な王としての働きを三つの観点から可能にすると描かれます(11:2)「知恵と悟りの霊」とは、3,4節にあるような、正しいさばき、公正な判決を下すためのものです。

また、「思慮と力の霊」とは、4節にあるように、外の敵と、内側の敵に適正に対処する計画力と実行力を意味します。口先だけの約束ではなく、その口から出ることばが必ず結果を生み出すような王となるのです。

三番目は「主を恐れる、知識の霊」と記されますが、これは理想の王が、日々主との豊かな交わりのうちに生きながら、その生涯を通して父なる神のみこころに従順であり続ける姿を示します。

そして、この理想の王は、「正義がその腰の帯となり、真実がその胴の帯となる」(11:5)とあるように、帯をしっかりとしめて働きをまっとうし、正義と真実で世界を治め、この地に理想の世界をもたらすというのです。

 

ところで神は、エデンの園という理想的な環境を造り、その管理をアダムに任せましたが、彼は神に従う代わりに自分を神とし、この地に荒廃をもたらしました。そしてアブラハムの子孫たちも「乳と蜜の流れる」豊かな約束の地を治めることに失敗しました。

そこで神である方ご自身が人となり、自らこの地に平和をもたらしてくださるのです。神の救いのご計画は、すべての造られたものを対象としています。

 

第一のダビデはアダムの子孫としての弱さを持っていたため、自らの失敗でエルサレムの平和を壊したばかりか、彼の子孫はますます堕落し、エルサレムに混乱をもたらします。

しかし6節からは、第二のダビデの手によって、第一のダビデの実現できなかった平和が全世界にもたらされると語られます。

 

   「狼は小羊とともに宿り、豹は子やぎとともに伏し、子牛、若獅子、肥えた家畜がともにいて(11:6)とは、食べる側と食べられる側の関係が変わることです。新しい世界においては弱肉強食がなくなりすべての動物が平和のうちに生活できるというのです。

小さい子供がこれを追って行く(導く)」とは、エデンの園で人がすべての動物に名をつけたように、人が「すべての生き物を支配(創世記1:28)するという関係が回復されることです。

そして、「雌牛と熊は草をはみ、その子らはともに伏し、獅子も牛のように藁を食う(11:7)とあるのも、エデンの園の平和の回復です。かつての園には、すべての栄養を満たした植物が育っていました。しかし、アダムの罪によって地が呪われたものとなり、肉食が生まれたのです。

それに対し、神が遣わしてくださる救い主は、原初の平和(シャローム)を永遠に回復してくださるというのです。

 

「乳飲み子」「乳離れした子」が、コブラまむしのような毒蛇と遊ぶことができるというのは(11:8)「女の子孫」「蛇の子孫」との間の敵意(創世記3:15)が取り去られ、「蛇」がサタンの手先になる以前の状態に回復することです。

「わたしの聖なる山」(11:9)とは、エルサレム神殿のあるシオンの山を指しますが、そこが、栄光に満ちた理想の王が全世界を治めることの「平和(シャローム)の象徴になるというのです。

 

現在のエルサレムが民族どうしの争いの象徴になったのは、それぞれが異なった神のイメージを作り上げてしまった結果です。しかし、完成の日には、「主(ヤハウェ)を知ることが、海をおおう水のように、地に満ちる」ので、宗教戦争はなくなります。

預言者エレミヤは、この終わりの日のことを、神がご自身の律法を人々の心の中に書き記し、もはや主を知れ」と互いに教える必要もなくなると預言しています(エレミヤ31:3334)。ペンテコステの日に御霊が下って、諸言語の人が一致できたのはこの預言の成就です。

 

   そして、「その日、エッサイの根は、国々の民の旗として立ち、国々は彼を求め、彼の憩う所は栄光に輝く」(11:10)とは、このような神の平和(シャローム)は、イエスが世界中で「全地の王」、「」としてあがめられることによって実現するという意味です。

私たちは既にその世界に一歩足を踏み入れています。

 

   私たちに対しては今、「約束の聖霊によって証印を押されました。聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です」(エペソ1:13,14)と語られています。今、何と私たちのうちに、キリストご自身を導いたと同じ聖霊ご自身が住んでおられます。これこそが最大の奇跡です。

それゆえ、キリストが王であられたと同じように、私たち一人ひとりも、小さなキリストとしてこの世に平和を実現するために労することができます。

 

19638月にマルティン・ルーサー・キングは、「I have a dream」という有名な演説を行いました。そこで彼は、白人と黒人との平和を、「狼は子羊とともに・・・」のレトリックを用いて、

「私にはがある。それはいつの日かジョージア州の赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫とかつての奴隷主の子孫が、ともに兄弟愛のテーブルにつくことができることである・・・

私にはがある。それは、いつの日か私の幼い4人の子供たちが、彼らの肌の色によってではなく、人格の深さによって評価される国に住めるようになることである・・・

私にはがある。それは悪意に満ちた民主主義者に牛耳られているアラバマ州で、いつの日か幼い黒人の男の子と女の子白人の男の子と女の子と手をつなぎ、兄弟姉妹として歩けるようになることである・・・」と。

そして、そのがアメリカ人を動かし、その45年後に黒人と白人の間に生まれた人が、米国の大統領に就任したのです。ここに聖書の夢が歴史を動かす現実が見られます。

 

4.「見よ。わたしは新しい天と新しい地を創造する」

12章は1章以降の結論部分で、礼拝の頌栄の部分に相当します。1-11章には、神がイスラエルに下そうとした恐ろしいさばきと、それを通して実現する神の平和が繰り返し預言されています。

「その日」(1)とは、11章の神の救いが完成する日です。そして主の救いは、「あなたがたは喜びながら水を汲む。救いの泉からと表現されます(12:3)。エルサレムは山の上にあり、城壁の中に泉がなかったからです。

 

たとえば後の時代に、仮庵の祭りの最中、祭司たちは七日間の間、毎日、シロアムの池から水を汲み、約1kmの道を上り、神殿の祭壇に水を注ぎましたが、その際、このイザヤ書12章が全会衆によって朗誦されました。

マイム・マイムという有名なフォークダンスがありますが、これは3節のヘブル語をそのまま歌ったもので、「ウシャブテム(あなたがたは汲む)マイム(水を)ベッサソン(喜びながら)ミマア-ネイ泉から)ハイェシュア救い:ヨシュア:イエスの)、マイム マイム マイム マイム()、ホマイム(その水)ベッサソン(喜びながら)」と歌われます。

このフォークダンスは、不思議に、日本の戦後の教育に取り入れられました。私たちは、この歌が表す希望を世に証しする責任があります。

5節では、主の救いのみわざを覚え、「歌え!主(ヤハウェ)を。主がなさったすばらしいことが全世界で知られるように(私訳)と命じられているからです。

 

そしてイエスは、その仮庵の祭りの最終日になって、神殿の真ん中に立って大声で、「誰でも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおり、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになります」(ヨハネ7:3738と驚くべきことを言われたのです。

イエスを信じるすべての人の心の奥底には、既にこの「生ける水の川」の「」が与えられています。私たちはしばしば、この世的な恐れに囚われ、またこの世的な発想に縛られて、この泉に自分で蓋をして、流れ出ないようにしてはいないでしょうか。

心を開きさえしたら「生ける水の川」が流れ出るのです。

 

そのような中で主は、イザヤ65章17節以降で、「見よ。わたしは新しい天と新しい地を創造する」と宣言されながら「わたしが創造するものを、いついつまでも楽しみ喜べ」と言われ、新しい世界のことが「狼と子羊はともに草をはみ、獅子は牛のように藁を食べ」(65:25)という平和の実現として約束されています。

しかも、そこではそれに先立って、「彼らは家を建てて住み、ぶどう畑を作って、その実を食べる…彼らは無駄に労することもなく…彼らが呼ばないうちに、わたしは答え、彼らがまだ語っているうちにわたしは聞く」(65:21-24)と、地上の生活における祝福が約束されています。

私たちはエデンの園のような世界で生ける神との生きた交わりを喜ぶことができるのです。そして、私たちはそのような「新しい天と新しい地」の民に既にされていることの喜びを今から味わいながら、この地に遣わされて行くのです。

 

預言者イザヤは、アッシリア帝国の最盛期に、エルサレムが存亡の危機に晒されるただ中で、神の救いの御計画が進んでいると語りました。目の前にはしかありませんが、そこでなお「希望」を抱くことの勧めでした。

同じように私たちの時代に実現したキリスト預言も、目の前の「暗闇」をすぐに無くすことではなく、闇のただ中に神の救いの光を見るという希望にあります。希望の確実さこそ救いの本質です。

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2017年12月28日 (木)

ルカ2章1ー19節 「飼い葉桶こそ、救い主のしるし」 

ルカ2章1ー19節 「飼い葉桶こそ、救い主のしるし」 

                                             2017年12月24日

 「あればあるほど、不足を感じる」ものこそ、お金と信用と力ではないでしょうか。事実、ある程度のお金を手に持つと次から次とやりたいことが生まれます。それは自己中心の罠である前に、社会の役に立ちたいと思う人にこそ起きる現実とも言えます。貧しい人にパンと住まいを提供したいと熱い情念を持ったら、いくらお金があっても足りませんし、信用と力を持っていないと人々の協力も得られません。

一方で、人は、お金がないと生きて行けませんし、信用がないと孤独になり、力がないと人に振り回されるばかりです。それらはあまりにも大切なものだからこそ、神の代わりになってしまうのではないでしょうか。

お金と信用と力は、イエスが荒野で悪魔の誘惑を受けたときの、石がパンに変わるように命じること、神殿から飛び降りるパーフォーマンス、悪魔を拝んで世の支配権を受けることの誘惑に相当します。

 

その背景にある真理は、創造主である神が私とともにいてくださるなら、本当に必要なお金も信用も力も与えられるということです。

救い主の誕生の「しるし」として「飼い葉桶」ということばがこの箇所に三度も登場します。飼い葉桶の貧しさこそ「救い主のしるし」でした。それは人間的には悲惨ですが、必要はすべて満たされ、そこに神の栄光が溢れていました。神の栄光は人の想像を超えた現実だったからです。

 

1。皇帝アウグストの勅令と、ダビデの子のヨセフ ー権力者と被支配者の対比―

 「そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストゥスから出た(2:1)とありますが、この「アウグストゥス」は、ローマ共和国の内戦を終結させ、初代皇帝として紀元前27年~紀元14年の約40年間もの間君臨し、約200年間もの長きに渡る平和を、全ヨーロッパからシリア、エジプト、地中海世界全域に実現した、歴史上最も偉大な政治指導者のひとりと見ることができます。

その皇帝が、その広大な支配地全域にわたる「住民登録」を命じたというのです。それは課税するための調査でした。

 

これは時期的には、「キリニウスがシリアの総督であったときの、最初の住民登録であった(2:2)とありますが、ヨセフスによるとキリニウスは紀元6,7年にシリアの総督で、紀元6年に住民登録を実施し、その際に起きた暴動が使徒の働き5章37節では、「住民登録の時に、ガリラヤ人のユダが立ち上がり、民をそそのかして反乱を越しました」と描かれていると思われます。

しかし、このキリスト降誕の際の住民登録は、それより前にキリニウスが何らかの形でシリアの支配を任されていたときのことを指しています。なぜなら、イエスの誕生は、紀元前4年にヘロデ大王が死ぬ少し前のことで、紀元前6年頃とも計算できるからです。

現在の西暦は、ずっと後に、キリストの降誕の翌年を「主の年(Anno Domini)」の元年として計算したものですが、のちに誤差が明らかになってしまいました。紀元前はBefore Christ(キリスト以前)と呼ばれますので、この誤差が生まれてしまったことは残念なことです。

人間的に考えたらローマ皇帝アウグストゥスの即位の年こそ新しい時代の始まりと見て、それを起点にカレンダーを作っても良いほどです。

とにかく、当時の絶対権力者の命令により、「人々はみな、登録のために、それぞれ自分の町に向かって行った(2:2)のですが、その結果、「ヨセフも、ダビデの家に属し、その血筋でもあったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身重になっていた、いいなずけの妻マリアとともに登録するためであった」という事態が起きます(2:4,5)

ヨセフが臨月を迎えるマリアを伴って、イスラエル北部から南部まで、ただ「登録するため」だけのために歩かなければなりませんでした。その道程は、ガリラヤ湖西方の村ナザレから南東に向かい、ヨルダン川を渡って南下し、またエリコのあたりからまた川を渡って、高低差1,200m近い険しい道をエルサレムに向かって上り、さらに南のベツレヘムに向かうというものです。

これは一週間もかかったかも知れない遠い道のりです。それは、すべてヨセフがダビデの家系に属していたからですが、それは苦しみの原因になったばかりでした。

 

それにしても、遠いローマの豪華な宮殿で、多くの人にかしずかれながら出された皇帝の命令が、マリアとヨセフをこのような苦しく危険な旅へと追いやりました。

人に振り回されて生きるのが好きな人はいないはずですが、救い主の誕生は、ひ弱な、振り回される側に生きる人の物語から始まっています。

 

先のザカリヤの賛歌では、神がもたらす「救い」に関して、「主は・・ご自分の聖なる契約を覚えておられた。私たちの父アブラハムに誓われた誓いを」と記されていました(1:72,73)つまり、アブラハム契約の成就こそが「救い」なのです。そして「契約」の内容が、「主は私たちを敵の手から救い出し恐れなく主に仕えるようにしてくださる」と記されます(1:74)

なお、「敵の手からの救い」とは、アブラハム契約で「あなたの子孫を大いに祝福し・・あなたの子孫は敵の門を勝ち取る」と約束されたことと同じです(創世記22:17)。ただそこではそれに続いて、「あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受ける」と約束されていました。

つまり、先にも述べたように、目先の救いは「」との関係で描かれますが、その目的は、当時の戦争のように「敵を奴隷として、私たちに仕えさせるようにする」ことではなく、私たち自身が「恐れなく主に仕えられる」ようになることで、地のすべての国々に祝福を取り次ぐことにあったのです。

 

そして続く75節では、「主に仕える」という生き方が、「私たちの日々の生活において、主の御前で、敬虔に(聖く)、正しく(真実に)」と描かれます。これは「主に仕える」生活の「聖さ」や「真実さ」を通して、地のすべての国々」の民に祝福を取り次ぐことを意味します。それはマリアとヨセフの生き方そのものだったことでしょう。

当時のユダヤ人の価値観からすれば、税金を集めるために無理な住民登録を強いるローマ皇帝はイスラエルの敵に他なりません。事実、先に述べたように、イエスの誕生から約10年あまり後に行われた住民登録の際には、ガリラヤに暴動が起きました。

ところがこの二人は、黙々と、自分の目の前にある務めを果たし続けていました。彼らは、イスラエルの真の敵はローマ皇帝ではなく、その背後で「死の恐怖によって(ヘブル2:14)人々を隷属させる、サタンであるということが分かっていたことでしょう。

 

2.救い主の誕生の貧しさのシンボルの飼い葉桶―神の不在感と臨在感の対比―

その上で、この福音書では、イエスの誕生という重大なことが、驚くほど簡潔に、「ところが、彼らがそこにいる間に、マリアは月が満ちて、男子の初子を産んだ。そして、その子を布にくるんで飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである(2:6,7)と記されています。

それは、彼らがベツレヘムに既に一定の期間滞在していながら、誰からも助けてもらえなかったことを示唆しています。

 

ベツレヘムは小さな村でしたが、ダビデの生まれ故郷だったので住民登録をする必要のある人が非常に多く、村の収容能力をはるかに超えた人が集まっていました。人々は自分の身を守るのに精一杯でした。それにしても、マリアは初産であり、大工のヨセフにはお産の手伝いなど、想像もつかない世界です。

そのような中、「布にくるんで飼い葉桶に寝かせた」のは、マリア自身であるかのように描かれています。それは出産を助けてくれる人が誰もいなかったことを示しています。

また、「飼い葉桶」が、屋根のある「家畜小屋」の中にあったとも記されていません。昔の人は、それは町はずれの洞穴の中だった推測しています。

実は、何よりもここで強調されているのは、「宿屋には彼らのいる場所がなかったからである」という一点です。なお、当時の豊かな人々は、親類や紹介された家に泊めてもらうのが普通でした。ところが、彼らは、「貧しい人が泊まる宿屋にさえ、居場所がなかった」と言われているのです。

 

マリアは誰の目にも出産間近と見えたことでしょう。それなのに、何日もの間、その粗末な宿にさえ入れてもらえませんでした。それは、神の御子が世界の創造主で、すべてを支配しておられる方であるはずなのに、「いる場所がない」という人の仲間になってくださったことを意味します。

マリアとヨセフは、切実に助けを必要としていたときに、何も得られませんでした。彼らは神から見捨てられているかのような不安を味わったのかもしれません。ただ、同時に、マリアは、自分が神様から特別に目を留めていただいている者であること、また自分のうちに宿っている胎児が、救い主であることを知っていました。

 

実は、神を遠く感じることと、神を身近に感じることは、意外にも、紙一重な体験なのではないでしょうか。それどころか、そこには、目に見える人の助けがないという共通点が見られます。これは、神を身近に感じたいと思う者は、常に、孤独と不安に耐える覚悟が必要だということを意味します。

マリアとヨセフは、不安を神に訴えながら、すべてを支配しておられる神に信頼して、その瞬間を精一杯生きたのではないでしょうか。しかも、彼らは不安の中に一歩一歩、足を踏み入れる中で、神の助けを体験しました。

 

最近のヒーリングブームの中で、毎日のように天からの声を聞くことができるという人がいるようですが、そんな教えは、人間の知性や判断力を劣化させるだけです。マリアもヨセフも、たった一度しか、神からの明確なお告げを聞いていません。それで十分でした。

後はただ、目の前に起こる出来事に一つひとつ誠実に対処することで、救い主の誕生という最高の神のみわざに参画することができたのです。

 

3。野宿で夜番をしていた羊飼いに現された神の栄光ー高さと低さの対比ー

   ところが、そのイエスの誕生のとき、そこから離れた野原で、「羊飼いたちが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていた」ところに、主の使いが現れ、「主の栄光が回りを照らした」という不思議が描かれます(2:8,9)

当時の人々は、ローマ帝国の支配のもとで苦しみながら、この「主(ヤハウェ)の栄光」が戻って来るときを待ち焦がれていました。ところが、それは、信仰の中心のエルサレム神殿ではなく、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っている、貧しい日雇い労務者のような羊飼いに現れたのです。

 

羊飼いたちは、「非常に恐れた」のですが、御使いは彼らに、「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます」と、彼らを民全体の代表者として選んでメッセージを託すと言っています(2:9,10)。ここには、彼らが選ばれた理由は何も記されていません。敢えて言うと、彼らは貧しかったからこそ選ばれたのかも知れません。

しばしば、豊かな人は、いつもスケジュールが忙しく組まれています。予定外のことが起こると、それがどんなにすばらしいことでも、柔軟に対応することができません。心を忙しくしすぎていると、神の語りかけを聞くことができなくなります。

 

そして、羊飼いたちに伝えられたメッセージは、「あなたがたのために今日、救い主がお生まれになりました。この方こそ、メサイヤ(油注がれた方)であり、主です。それはダビデの町でのことです(2:11私訳)というものです。これは、イスラエルの最盛期を築いたダビデ王国を再興し、完成に導く「ダビデの子」、「新しい王」の誕生を指します。

当時の人々は、そのような「救い主」が現れて、イスラエルを平和と繁栄に導いてくださることを期待していました。それは当時の感覚では、イスラエル王国を独立に導く軍事的な指導者のはずでした。ただ、その本質的な意味が、既にマリアに告げられており、またバプテスマのヨハネの父ザカリヤもその賛歌で、「救いの角」の現われとして預言されていたことでもあります(1:68,69)

 

そればかりか、御使いは、「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです(2:12)と言いました。つまり、この羊飼いたちに示された、救い主の「しるし」とは、まばゆい輝きではなく、何と、「布にくるまって飼い葉桶に寝ている」という貧しさそのものだったのです。それが本来あり得ないことだからこそ「しるし」となったのです。

現代のクリスマスは「飼い葉桶」を忘れてはいないでしょうか。しかし、イザヤは、イスラエルを救う「主のしもべ」の姿を、「彼は主の前に、ひこばえ(孫生え:木の脇芽)のように生え出た。砂漠の地からでた根のように。彼には見るべき姿も輝きもなく、私たちが慕うような見栄えもない。彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた(53:2,3)と預言していました。

実は、「飼い葉桶」こそが、「人々からのけ者にされ」という姿のシンボルだったのです。これは想像を絶する不思議でしたが、それこそ預言の成就でした。

 

そして原文では、「飼い葉桶」ということばに続いて、「すると突然、その御使いと一緒に、おびただしい数の天の軍勢が現れて、神を賛美した」(2:13)と、地の貧しさと対照的な、天の栄光が垣間見せられます。

これは、歴史上のどんな偉大な預言者も聞けなかったような天の軍勢による最高の賛美でした。

 

賛美のことばの「いと高き所で、栄光が神にあるように」(2:14)とは、「栄光が、いと高き所に、神にあるように」という祈りです。この世界の悲惨は、人が神を忘れ、互いが自分を神とした所から始まりました。

戦争は、正義と正義がぶつかり合うものです。ですから、平和運動という名の争いも生まれます。「私は平和のために戦う!」と叫びながら、身近な人々を裁いていることもあります。

あなたはどうでしょうか。神が創造主として本当の意味であがめられるなら、互いの意見をもっと謙遜に聞くことができるはずです。

 

また、続けて、「地の上で、平和が みこころにかなう人々にあるように」と歌われました。私は昔、「みこころにかなう人々」のひとりになってみたいと思って頑張ったことがあります。しかし、いくら頑張ってもきりがありません。休もうとすると、「そんなことやっていて良いのか?」という声が内側に響いてきたものです。

そんな私に、イエスは、「心の貧しい者は幸いです」(マタイ5:3)と言ってくださいました。様々な失敗をして落ち込んでいるときに、ふと、そのような語りかけを聞くことができ、ほっとしたことがあります。

 

実際ここでは、「みこころにかなう人々」とは、エルサレム神殿の宗教指導者ではなく、毎日の糧をやっとの思いで手に入れている社会の最下層の人々、羊飼いたちのことでした。実はこのことばは、「みこころが向けられた人」または「神の喜びとする人々」とも訳すこともできます。

あなたは、神のあわれみの眼差しが注がれた結果として、神を礼拝する人となっているのです。しかも、神のみこころの中心とは、ご自身に背く人々を「世」と呼びつつ、「そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された(ヨハネ3:16)ということにあります。

私たちが神のあわれみと愛を心の底から味わうなら、隣人に対して優しくなることができます。その人は、自分の力で真理を会得したなどと思いはしません。すべてが神の一方的な恵みであると分っています。地の平和は、神のあわれみのみこころを知った人によって、もたらされるのです。

 

4。「マリアは・・・すべて心に納めて、思いを巡らしていた」ー貧しさと豊かさの対比ー 

羊飼いたちは、御使いたちが見えなくなるやいなや、「急いで行って、マリヤとヨセフと飼い葉桶に寝ておられるみどりごとを捜し当て」(2:16)ました。

そして「羊飼いたちは、この幼子について自分たちに告げられたことを知らせた(2:17)とありますが、それを「聞いた人たち」とは、羊飼いが、「飼い葉桶に寝ているみどりごは、どこにいるのか・・」と聞き回っているのを聞いて、ついてきた人々だと思われます。

それにしても彼らは、「救い主と呼ばれる方の誕生が どうしてこれほど貧しく惨めなのか?」と混乱したことでしょう。そこにいたのは、「飼い葉おけに寝ておられるみどりご」と、貧しい夫婦だけだったからです。 

 

私たちも、「主の栄光」に関しては、それを伝え聞くことはできても、それを実生活の中で味わうことはほとんどありません。理想とはかけ離れた惨めさしか見えないということさえあります。

しかし、マリアは羊飼いから聞いたことを、「これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた」(2:19)と描かれています。彼女は、その夜、暗い洞穴の中で、ヨセフだけを頼りに、産みの苦しみを味わっていましたが、今、羊飼いから、「主の栄光」が現れたことを伝え聞きながら、目の前の惨めな現実の背後に、不思議な神の御計画があったのだと「思いを巡らし」、それによって深い慰めを受けていたのではないでしょうか。

マリアとヨセフが人々から相手にされずに、神を遠く感じざるを得なかったとき、神はもっとも身近にいてくださいました。それをマリアは、羊飼いたちのことばを通して確信できたのです。

しかも、それが分かったのは、危機的な状況が過ぎ去った後でした。多くの場合にも、恵みは、後になって分かるものなのです。

 

私たちも、「主の栄光の現れ」は間接的にしか聞けないとしても、みことばを心に納め、思いを巡らすときに、目の前の現実が、まったく異なった角度から見えるようになることでしょう。

私たち一人ひとりが、数え切れないほどの様々な神の恵みを受けて、生かされてきたのです。どうか、それらを「心に納めて、思いを巡らして」いただきたいと思います。

イエスを産んだマリアは、天使たちの荘厳な美しい調べを、直接に聞くことができませんでしたが、それを貧しい羊飼いから伝え聞くことで、神のあわれみが「飼い葉桶」の中に注がれていたことを知ることができました。

同じように私たちも神の救いのご計画の全体像の中で、自分の人生全体を神からの贈り物として受け止めるとき、神からの使命をも自覚できます。

 

「神に栄光、地に平和!」とのことばこそが天使の賛美の核心でした。救い主の誕生のためには、実はすべてが満たされていました。誰の助けがなくても、「飼い葉桶」がありました。マリアとヨセフはまだ若く必要な力がありました。そしてイエスの誕生の直後に、羊飼いたちの訪問があり、それを契機に人々の眼差しは変わり、必要はすべて満たされたことでしょう。

マリアとヨセフは何の助けもないようでも、神に見守られ、すべての必要が満たされていました。私たちが味わう貧しさや孤独感、無力感もすべて神のみ御手の中にあります。「飼い葉桶」の貧しさは、主が貧しさのただ中にともにおられるというしるしです。

 

世界で初めのクリスマスを、聖書は、不思議なほどに、素朴に描くことで、かえってそこに神の物語を見させようとしています。

ドイツではこの時期、宗教改革者マルティン・ルター作の素朴な讃美歌「天より来りて」が至る所で聞かれます。これは1534年に五番目の子が生まれて間もなく、何の贈り物も買えない貧しさの中で、子供たちへの最高の贈り物として作られ、全世界で歌われるようになったものです。

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2017年12月19日 (火)

ルカ1章「アブラハム契約を成就する救い主」

 20171217

世界銀行のデータによれば、日本の年間起業率はOECD諸国のなかで最下位とのことです。国際的起業家調査では、日本の1864歳の人口のうち、起業活動を積極的に行っているのはたった1.9%という結果が出ているそうです。一方、現在アメリカでは8人に1人(11.9%)が起業活動に従事しているとのことです。

世界の自動車産業の父とも呼ばれるヘンリー・フォードは何度も失敗しながら、「失敗は、より賢くやり直すためのチャンスに過ぎない」と言いましたが、日本では失敗は一族郎党に及ぶ不名誉と見られがちです。その背景に、主にある冒険を称賛する文化と、目立つことを避け、村社会の調和を大切にする文化の違いがあるのかもしれません。

旧約聖書の物語はイスラエルの不従順と失敗の歴史です。しかし、主はアブラハムとの契約のゆえに、イスラエルを自業自得の破滅から何度も救い出し、最後にイスラエルに救い主を送り、新しい神の民を創造し、神の民を世界中に広げてくださいました。

聖書には、神の永遠の救いのみわざが記されています。それがわかる時、失敗への恐れから解放され、主からの招きに応じて、明日に向かって冒険の歩みをする勇気が湧いてきます。その鍵はアブラハム契約です。

 

1. 「彼はエリヤの霊と力で、主に先立って歩みます

なぜルカは、イエスの誕生に先立って、バプテスマのヨハネの誕生の経緯を、神殿での祈りから始めて詳しく描いているのでしょう?それは多くの人がここにサムエルの誕生との類似を見ることができるためでした。

ヨハネの母「エリサベツが不妊だった」ように(7節)、サムエルの母ハンナも不妊で悩み、主の宮で祈っていました。その後サムエルはダビデに油を注いで王に任じました。ヨハネはイエスにバプテスマを授けますが、それはイエスをダビデの子として油注ぎをする意味があります。

そしてダビデの子となったイエスは、エルサレム神殿の滅亡を告げ、十字架と復活によって新しい霊的な神殿を建てられます。

 

そして、今、私たちも、その新しい霊的なダビデ王国の民とされています。その始まりは、主の宮での礼拝でした。あなたの人生にも様々な悲しみが起こるでしょう。

しかし、キリストの王国はすでに始まっています。あなたの人生のゴールは喜びに満ちています。王国は今、完成に向かっているのですから。

 

 ザカリヤは、「主の神殿に入って香をたく」(9節)務めに着きましたが、そこは、神殿の至聖所を仕切る幕の前で、祭司一人だけが入ることの許された場でした。主は、旧約の最後の預言者マラキ以来、沈黙を続けておられました。

しかも、この神殿は、外見は豪華でも、肝心の十戒の「石の板」が失われたままで、主の栄光は見られません。つまり、忠実に祈り、奉仕し続けても、その反応がまったく見えないのです。

 

ところが、その歴史を変えることが起きます。主の使いがザカリヤが奉仕中の「香の祭壇の右に立ち」(11節)「あなたの願いが聞き入れられた」(13節)と言います。それは息子の誕生という個人的な願いであるとともに、その子が「イスラエルの子らの多くを、彼らの神である主に立ち返らせ」るというのです(16節)

そして、「彼はエリヤの霊と力で、主に先立って歩みます」(17節)と言われます。旧約最後の預言者マラキ書で、主は「わたしは、主の大いなる恐ろしい日が来る前に、預言者エリヤを遣わす。彼は父の心を子に向けさせ」(4:5,6)と言われましたが、それがここで引用されます。

ヨハネこそが新しいエリヤであり、彼は「不従順な者たちを義人の思いに立ち返らせて、主のために、整えられた民を用意」するのです(17節)

 

もともとマラキ書は、「神に仕えるのは無駄だ・・悪を行っても栄え、神を試みても罰を免れる(3:15)と言って、主を礼拝することの空しさを心の中で感じていた当時の人々に向けて記されています。

それに対しマラキは、主に従順に「十分の一」の献金を初めとする教えを誠実に実行することに、正当な報いが与えられると告げます。その結果、「すべての国々は、あなたがたを幸せ者と言うようになる。あなたがたが喜びの地となるからだ」という祝福が実現するというのです(同3:12)

つまり、イスラエルが主に忠実に仕えることによって、まわりの国々がイスラエルを「神の国」と認めるようになるというのが預言の核心でした。そして、これから生まれるヨハネも、そのように「主に仕える」ことの祝福を証しする預言者となるのでした。

 

   ところがザカリヤは、それをそのまま信じることができませんでした。御使いは自分の名をガブリエルと紹介し、彼にヨハネの誕生まで、「口がきけなくなり、話せなくなります」(20節)と告げます。

彼には、人々にこの驚くべき神の救いのご計画を知らせる使命がありましたが、その準備ができていませんでした。

 

   妻のエリサベツもみごもって「五ヶ月の間引きこもり」ます(24節)。夫は口がきけませんから、彼女は一人で主の御前に静まり、身に起こったことに思いを巡らしたことでしょう。その結果、自分のことばで、「主は今このようにして私に目を留め、人々の間から私の恥を取り除いてくださいました」(25節)と言いました。これは、サムエルの母ハンナを思い起こさせる告白です。

彼女たちは、「不妊の女」と呼ばれ、人々から馬鹿にされていることに、何よりも心を痛めていました。主は、それぞれの心の痛みを決して軽蔑されることはありません。彼女たちのすばらしさは、主の御前に自分の心の痛みを訴え続けたということにあります。

そして、彼女たちの極めて個人的な心の痛みとイスラエルの痛みは、主の前でひとつになっています。自分の痛みを正直に受け止め、主に訴えることは、世界全体の救いにつながっているのです。

 

2.「主はそのしもべイスラエルを助けてくださいました、アブラハムに語られたとおりに」

  「その六カ月目に、御使いガブリエル」が再び処女マリアに現われ、「恐れることはありません・・・あなたはみごもって、男の子を産みます(263031)と告げます。しかし、これは恐怖です。彼女はヨセフと婚約していましたから、妊娠は石打の刑に相当する罪を犯した結果と見られます。

ところが彼女は、ただ御使いが語る言葉にじっと耳を傾け続けます。すると御使いは、「その名をイエス(ヨシュア)とつけなさい。その子は大いなる者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また神である主は、彼にその父ダビデの王位をお与えになります。彼はとこしえにヤコブの家を治め、その支配に終わりはありません(31-33)と途方もないことを言います。

ヨシュアがかつてイスラエルを約束の地に導き入れたように、イエスは人々を新しい「神の国」に招き入れ、永遠に続く「新しいダビデ王国」が誕生するというのです。

マリアは国の現状に心を痛めていました。外国人の支配のもと、暴力と不正がまかり通り、人々は貧困に喘いでいました。ですから、彼女は救い主が来られるのを待ち望んでいました。しかし、その救い主が、自分の身を通して生まれるということになるなら、「どうか別の人を選んで下さい」と言ったとしても当然かも知れません。

 

   しかし、マリアは、「どうしてそのようなことが起こるのでしょう。私は男の人を知りませんのに(34)と答えました。彼女の関心は、自分の身の安全を守ることではなく、まだ処女である自分から、どのようにして子供が生まれることが可能になるかということにありました。

御使いは聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます」(35)と答えました。つまり、全能の神の霊、聖霊が彼女の上に下ることによって、彼女は、何と、処女のまま子供を生むことになるというのです。そして、「それゆえ生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます」とあるように、生まれる子の本当の父は、神ご自身なのです。

 

そして、「神にとって不可能なことは何もありません(37)と言われます。もし、真実にこのことばを腹の底で受けとめるなら、人生は決定的に変わるはずです。多くの人々は、自分の身の安全を優先するあまり、神のご計画に対して自分の心を閉ざすからです。

神は、人をロボットのようには造られませんでしたから、まず自分の心を開かなければ、私たちを通してみわざをなそうとはなさいません。問題は、神が無力なのではなく、あなた自身が、神のみわざを小さくする方向に心を狭めていることにあるのです。

 

 マリアの応答の最初は、「ご覧ください。私は主のはしため(奴隷)です(38)でした。人は自分の願望をかなえてくれる神を求めてしまいがちですが、それは自分を主人の立場に置くことになりかねません。

その上でマリアが述べた、「どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように」こそ究極の祈りの模範です。英国で普及しているNKJV訳では、「Let it be to me according to your word」と訳されています。ビートルズの「Let it be」は、「自分の計らいを捨て、あるがままに任せる」という意味ですが、このことばは、単なる受け身ではなく、自分自身を差し出すという大胆な姿勢です。

キリストは、この祈りの応答を通して、人となられました。そしてエリサベツはマリアを「私の主の母(43)と呼びました。つまりマリアは、自分を「主のはしため」として差し出した結果、「主の母」となったのです。私たちも自分を「主のしもべ」として差し出すなら、神は私たちを通して、思いを超えた働きをなしてくださるのです。

 

  46-55節は、マグニフィカートと呼ばれるマリアの賛歌です。彼女は「私のたましいは」「私の霊は(46,47)と、全身全霊で神を「あがめ(マグニファイし)」ます。そこには自分が救い主の母になるという気負いはありません。

彼女は「(主は)この卑しいはしために目を留めてくださった(48)という点にのみ心を向けます。そしてその後の様々な困難を覚悟しながらも、最終的な祝福を信じ「今から後、どの時代の人々も、私を幸いな者と思うでしょう」という希望を告白します。その根拠は、「力ある方が、私に大きなことをしてくださった(49)からです。

そして続けて「主の力」、「主の聖さ」、「主のあわれみ」に目を向けつつ(49,50)、「主は・・高ぶる者を追い散らされ・・低い者を高く引き上げ・・飢えた者を良いもので満ち足らせ、富むものを・・追い返され」と神にある逆転を歌っています。その神のみわざに身を差し出せば良いのです。

 

   しかもマリアは、「(主は)そのしもべイスラエルを助けてくださいました」とまず断言します。それは主が自分の産む子を通してダビデ王国の祝福を再興してくださると信じたからです。しかもそれは、「主があわれみを忘れず、私たちの父祖たち、アブラハムとその子孫たちに、永遠に語られたとおりを行う」からです(54,55節私訳)

ここにある、主が「アブラハムとその子孫たちに語られた」ことの中心は、「あなたの子孫を大いに祝福し・・空の星、海辺の砂のように大いに増す。あなたの子孫は敵の門を勝ち取る。あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる(創世記22:17,18)ということにあります。

 

それは目に見えるダビデ王国をさらに超えた「神の国」の実現を意味します。当時のユダヤ人はローマ帝国からの独立を待ち望んでいましたが、アブラハム契約の核心は、ローマ帝国の支配者たちが、アブラハムの子孫の前にひざまずき、それによって祝福を受けるということを意味します。

ダビデ王国の再興という小さなものではなく、イスラエルを通して異邦人がイスラエルの神をあがめるようになることなのです。そして、それはこの三百年後に、ローマ皇帝がイエスを真の王と認めたことによって実現しました。

マリアの賛歌に記された主の救いのご計画は、目に見えるダビデ王国の復興を超えたこと、「地のすべての部族は、あなたによって祝福される(創世記12:3)という「永遠の」アブラハム契約に立ち返るものでした。

 

3.「主は私たちを敵の手から救い出し、恐れなく主に仕えるようにしてくださる」

   「さて月が満ちて、エリサベツは男の子を産んだ(57)と報じられます。人々は生まれる子が父の後を継ぐ祭司として同じ名を受け継ぐと期待していましたが、母は意外にも「ヨハネ」という名を主張しました。それはヘブル語で「ヨハナン」(主は恵み深い)で、珍しい名ではありません。しかし、「あなたの親族にはそのような名の人は一人もいません(61)と言われたように、家の枠組みを超えた名前でした。

それで、ザカリヤの意見を聞いたところ、彼も「その子の名はヨハネ書いたので、人々はみな驚きました。それは御使いガブリエルから告げられた名に従ったことでしたから(13)、「ただちにザカリヤの口が開かれ、舌が解かれ、ものが言えるようになって神をほめたたえた」(64)のでした。

しかも生まれる子の名前をあらかじめ告げられることは、サムソンやサムエルの場合でさえ無かったことでした。それで人々は「いったいこの子は何になるのでしょうか(66)と言います。両親とも「神の前に正しい人(6)であり、神殿での働きに忠実でしたから、人々はこの子を通して神の栄光が神殿に戻って来ることを期待したことでしょう。

 

68節から79節は、「ザカリヤの賛歌」または、最初の「ほむべきかな」のラテン語から「ベネディクトス」と呼ばれます。これはザカリヤが、「聖霊に満たされて預言した(67)ものです。その中心は、「イスラエルの神、主が」、「その御民を顧みて、購いをなし」ということにあります(68)

顧み」とは「訪問」を意味し、「贖い」とは代価を払って人を奴隷状態から解放することです。それは当時としては、イスラエルから離れておられた神である、「(ヤハウェ)がシオンに戻られ・・・聖なる御腕を現わされ」(イザヤ52:89)、イスラエルを外国の奴隷状態から解放することを意味しました。それはかつてイスラエルがエジプトの奴隷状態から解放され、約束の地に導かれ、ダビデのもとで繁栄したのと同じ状態を回復することと思われました。

 

そのために「ダビデの家」に「救いの角(69)が立てられます。「角」は、力と勇気の象徴で、ダビデの家系から力強い指導者が現れ「救い」を実現してくださることを意味します。そのことはサムエルやイザヤなどのすべての「聖なる預言者」を通して語られていたことでした(70)

しかもその「救い」とは、イスラエルの「敵」、すなわち、「私たちを憎むすべての者の手から」の解放として描かれます(71)。そして、「主は私たちの父祖たちにあわれみを施し(72)の「あわれみ」とは先のマリアの賛歌の「主はあわれみを忘れずに(覚えておられ)(54)という時のことばと同じで、ここでは「ご自身の聖なる契約を覚えておられた」と言い変えられます。つまり、「あわれみを忘れない」ことと「契約を覚えておられる」ことは同じことを意味しているのです。

そしてその「契約」が、「私たちの父アブラハムに誓われた誓い」と言い変えられます。ここにアブラハム契約が、主が「誓われた誓い」と呼ばれているのは興味深いことです。神の救いのご計画とは、アブラハム契約を成就するということに他なりません。それはマリアの賛歌の場合と同じです。

 

そして「契約」の内容が、「主は私たちを敵の手から救い出し、恐れなく主に仕えるようにしてくださる」と記されます(74)。「敵の手からの救い」とは、先に引用したアブラハム契約で「あなたの子孫を大いに祝福し・・あなたの子孫は敵の門を勝ち取る」と約束されたことと同じです。

それに続いてそこでは、「あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受ける」と約束されていました。つまり、先にも述べたように、目先の救いは「」との関係で描かれますが、その目的は、当時の戦争のように「敵を奴隷として、私たちに仕えさせるようにする」ことではなく、私たち自身が「恐れなく主に仕えられる」ようになることで、地のすべての国々に祝福を取り次ぐことにあったのです。

そしてこの75節では、「主に仕える」という生き方が、「私たちの日々の生活において、主の御前で、敬虔に(聖く)、正しく(真実に)」と描かれます。これは、「主に仕える」生活の「聖さ」や「真実さ」を通して、「地のすべての国々」の民に祝福を取り次ぐことを意味します。

実際、初代、古代教会においては、敵の脅しに屈しないキリスト者の勇気や、互いに愛し合う姿、交わりに社会的弱者を招き入れつつ、性的な純潔を守るという聖さに人々は引き寄せられて、次から次と信者の数、すなわち、アブラハムの子孫が増えて行ったのです。

アブラハム契約の目的はすべての国々の祝福の源となることなのに、当時のユダヤ人は敵を服従させることしか見えていませんでした。

 

主の救いは「敵の手から」のものと描かれますが、私たちの「」とは、外国人ではなく、人々を偶像礼拝に駆り立てるサタンの力です。当時の王国は、「剣」で人を脅し服従させていましたが、その背後には、「死の力を持つ者、すなわち悪魔」がいました。

イエスの救いはこの悪魔による「死の恐怖」からの解放としても描かれます。それはヘブル人への手紙21415節に、「そういうわけで、子たちがみな血と肉とを持っているので、イエスもまた同じように、それらのものをお持ちになりました。それは、死の力を持つ者、すなわち悪魔をご自分の死によって滅ぼし、死の恐怖によって一生涯奴隷としてつながれていた人々を解放するためでした」と記されているとおりです。

ここに、主の十字架が、サタンによる死の脅しの力に対する勝利であった描かれています。事実、ローマ帝国の中にクリスチャンが急速に増えて行ったのは、初代教会の信者たちが、死の脅しに屈することなく、人々に祝福を取り次いだ結果でした。

 

先に、「(ヤハウェ)がシオンに戻られ・・・聖なる御腕を現わされ」(イザヤ52:89)たという預言を引用しましたが、そこで「主の御腕は」「蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた」という苦難のしもべに現わされると預言されていました(53:3)。そして、その方がそのような惨めな姿となられたのは、「私たちの病を負い、私たちの痛みを担った・・・主(ヤハウェ)は私たちすべてのものの咎を彼に負わせた」結果であったというのです(53:4)

そして、このルカでは続けて、バプテスマのヨハネの働きに関して、「罪の赦しによる救いについて、神の民に知識を与えるからである(77)と記されます。神殿での祈りから生まれたヨハネは、人々の心を神に立ち返らせるために、神殿でのいけにえではなく、ヨルダン川でバプテスマを施しました。それは、神殿の否定ではなく、ヨルダン川を渡らせて約束の地に導き、ダビデ王国を立ててくださったアブラハム契約の原点に立ち返らせる働きでした。

ダビデが築いた王国の本質とは、「敬虔に、正しく、すべての日々において、主に仕える」自由にあったからです(75)。そのための前提こそ「罪の赦しによる救い」だったのです。昔のイスラエルの民が外国人の奴隷状態に落ちたのは、彼らの罪が原因でした。

バプテスマのヨハネは、イスラエルに真の罪の赦しの道を指し示して、イスラエルを真のアブラハムの子孫へと立ち返らせ、イスラエルを通して世界中の人々が神の民となる道を開いたのです。そして、イエスの弟子の集団こそ、真のイスラエルでした。そこから神の民が世界中に広がったのです。

 

この歌の最後では、「曙の光が・・訪れ、暗闇と死の陰に住んでいた者たちを照らし、私たちの足を平和の道に導く(78)と歌われます。私たちに与えられた「救い」とは、目の前から「暗闇と死の陰」がなくなることではなく、イエスにあって新しい時代が到来したという確信にあります。

それは「曙の光」が既に照り始め、アブラハム契約の完全な成就へと導かれているとの確信に満たされ、自分を守るために戦う代わりに、自分の損得勘定を超えた平和の器として生きることが出来るようになることを現わしているのです。

 

イエスの時代のユダヤ人たちは、ローマ帝国の支配から独立したダビデ王国の実現を待ち望んでいました。しかし、聖書が描くダビデ王国とは、地上的な権力の支配というのではなく、矛盾のただなかで、敬虔に、正しく主に仕える人々の集まる、主を礼拝する「神の国」でした。

そして、主を礼拝するとは、主が最終的にこの世界を平和に満ちた世界へと変えてくださるという確信を深めることでもあります。私たちの目の前にはいろんな不安材料がありますが、主は、一歩一歩私たちを導いていてくださいます。それは主が「アブラハムに誓われた誓い」を守り通してくださるという、聖書の物語の中に見ることができます。

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2017年12月10日 (日)

Ⅱサムエル記5章4節~7章19節「ダビデからキリストへ」

                             20171210

   私たちはクリスマスのたびに、「闇の中を歩んでいた民は 大きな光を見る」(イザヤ9:2)と読みながら、神の民が「救い主」の到来を待ち続けていたと語ります。ここには逆説が込められています。それは闇のただ中に置かれ続けながら、そこで希望の「」を見続けるという意味です。

当時のユダヤ人はローマ帝国からの独立を実現する「救い主」を待ち望んでいましたが、イエスは政治や軍事による独立運動を真っ向から批判し、「あなたの右の頬を打つような者には左の頬をも向けなさい・・あなたに一マイル行くように強いる者があれば、一緒に二マイル行きなさい」と言われました(マタイ5:39,41)。そして政治的な独立運動がかえって国を滅ぼす方向に向かっていることを嘆かれて、「(ああ)エルサレム、エルサレム・・・見よ。おまえたちの家は、荒れ果てたままに見捨てられる」と言われました(マタイ23:37)。そして、それから四十年後にエルサレムと神殿は廃墟にされました。

現代にまで続くエルサレムの問題の根本は、当時のユダヤ人がそれに耳を貸さずに、ローマ軍を呼び寄せ、国を滅亡させたことにあります。

 

当時の人々は救い主を「ダビデの子」と呼んでいましたが、それは軍事的な指導者以前に、問題を抱えながら神に祈り続けた指導者とも見ることができましょう。ダビデは軍事指導者である前に、人々の心を神への賛美に導いた指導者だったのです。それが詩篇として教会の宝とされています。

多くの方々の悲惨な話を聞きながら、何の解決も提示できず、ただダビデが絶望的な状況下で書いた、「私は深い泥沼に沈み 足がかりもありません。私は大水の底に陥り 奔流が私を押し流しています。私は叫んで疲れ果て・・目も衰え果てました(詩篇69:2,3)ということばとともに祈ると、多くの方々は「闇の中に 光を見る」ような反応を示してくださいます。

それは、自分の絶望感が、神に知られているという安心感から生まれるものです。つまり、神の救いは、ダビデがこの地の闇の葛藤の中で体験したように、今ここに成就し続けているという意味です。

 

1.「ダビデは、主(ヤハウェ)が自分を・・・王として堅く立て・・・王国を高めてくださったことを知った」

イスラエルの全部族は、ユダ部族の中心都市ヘブロンにいたダビデのもとに来て、彼をイスラエルの王としました。その後のことが、ダビデは、「エルサレムで三十三年イスラエルとユダの全体を治めた」5:5と記されます。

彼が全イスラエルの王に即位したのはヘブロンにおいてのことでした。しかし、このときのエルサレムには、イスラエルに囲まれながらも、その地の先住民エブス人が住んでいました。

 

エルサレムはベニヤミン族とユダ族の両方に割り当てられた地でしたが、両者ともにそれを完全征服はできないまま(士師1:8,21)、士師記19章の時代には、「エブス」と呼ばれ、「イスラエル人ではない異国人の町」と見られています10-12節)

ベニヤミン族出身のサウルが王となっても、エルサレムはエブス人の町であり続け、彼らは誇りを持ってこの町を守っていたことでしょう。その思いが、彼らのダビデに対する、「目の見えない者どもや足の萎えた者どもでさえも、おまえを追い出せる」という表現になっているのだと思われます(5:6)。それはこの町がいかに難攻不落の要塞と化していたかを現わしたことばでした。

 

しかし、ダビデは「水汲みの地下道を通って(5:8)、エルサレムの城壁の中に入り込みました。エルサレムの水源は城壁の西側にあるギホンの泉でしたが、町が包囲された時に水を汲むのが困難になるために、当時から非常用の水汲みの地下道が約50m掘られていました。それは後のヒゼキヤが南に向けて掘ったものとは異なります。この地下道は、城壁内に入ると約15mのロッククライミング的な縦穴になっていました。たぶんそこを勇猛果敢によじ登って城壁を内側からこじ開けたのがヨアブの軍だと思われます(Ⅰ歴代誌11:6)

なお最初のヨシュアによる作戦の時は、「エルサレムの住民エブス人を、ユダ族は追い払うことができなかった。エブス人はユダ族とともにエルサレムに住んだ」(ヨシュア15:63)と記されていました。それから数百年後にユダ族ダビデによって完全な征服が成し遂げられたとも解釈できます。

 

このとき確かにダビデはエブス人の嘲りのことばに対して、「足の萎えた者どもや目の見えない者どもを討て」と目の敵にしたのですが、より大きな視点からすれば、「目の見えない者や足の萎えた者は王宮に入ってはならない」ということばは(5:8)不完全さとの妥協という過去との決別を意味したとも言えます。

そして、この町は「ダビデの町」と呼ばれます(5:9)。その後半は、「ダビデは一周するミロ(城壁テラス)の内側に町を築いた」と訳した方が良いかもしれません。とにかくここの中心テーマは「ダビデはこの要害に住み」、「ダビデは町を築いた」という点にあります。

彼はユダ族の割り当て地の北の果て、ベニヤミン族にも割り当てられた最高の立地条件の場所に、イスラエルの首都を定めたのでした。

そして10節では、「ダビデはますます大いなる者」」となったことが記されますが、その次の文章は、「それは万軍の神、主(ヤハウェ)が彼とともにおられたから」と訳した方が良いかもしれません。これは、サウルが王座について間もなく、ダビデサムエルから油注ぎを受けて、「主の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った・・・(ヤハウェ)が彼とともにおられます」(前書16:13,18)と記されていた、その文脈の中でのことです。

 

そしてダビデは何と、イスラエルの北端と境を接する有力な貿易都市国家ツロの王ヒラムから貴重な「杉材」や職人の供給を受け、「彼らは・王宮を建てた」というのです(5:11)。ツロとの友好関係はその後の王国の大きな支えになります。そればかりか、ダビデの家族もますます増えてゆきました。

なおそこに、「ダビデは、(ヤハウェ)自分をイスラエルの王として堅く立て・・・自分の王国を高めてくださったことを知った(5:12)と記されますが、彼はすべてが、自分の力ではなく、主のみわざだと「知った」のです。

 

ところが、ダビデの支配が確立すると、地中海岸を支配していたペリシテ人が慌てて攻め上ってきました。彼らはサウルが健在のときには、イスラエルを分断するためにダビデを保護していましたが、彼がイスラエルを統一するやいないや敵となりました。ダビデは、昨日の味方と戦う羽目になり、恐れを抱いたことでしょう。

それで彼は、「主(ヤハウェ)に伺った」のですが、主はすぐに必ず、ペリシテ人をあなたの手に渡すと保証してくださいました(5:19)。ダビデはエルサレム南西部の「レファイムの谷間」で彼らを迎え撃ち、二度に渡って大勝します。

特に二回目は、彼が主に伺うと、主はペリシテ人の背後に回り込むようにとの作戦を与え、主ご自身が「ペリシテ人の陣営を討つために、あなたより先に出ている」と保証してくださいました。

その後、それをまとめるように、「ダビデは(ヤハウェ)が彼に命じたとおりにし、ゲバからゲゼルに至るまでのペリシテ人を打った」(5:25)と、これが主ご自身の勝利であったと記されます。ゲバとはエルサレム北北西約10㎞にある町、ゲゼルとはエルサレムの西約30㎞にある町で、これによってベニヤミンからエフライム南部までの割り当て地を奪い返すことができたことになります。

このときペリシテ軍は二度目の戦いでは背後から攻められ、もと来た道を退却することができず、北に迂回しながら、かろうじて自分の領地に帰ることができただけです。これはイスラエルにとっての決定的な勝利となりました。

あなたは、人の力ばかりを見て、自分を生かし用いてくださる方がどなたかを忘れてはいないでしょうか。すべてのことを主との交わりの中で、主に祈りつつ成し遂げようとすることこそ、信仰生活の基礎です。

それは、「あなたのわざを主(ヤハウェ)にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画は堅く立つ」(箴言16:3)と記されている通りです。私たちはどんなことでも、恥じることなく主に祈ることで、委ねることができます。

 

2.「私は主(ヤハウェ)の前で喜び踊る」 『主(ヤハウェ)こそが王であるから』

ダビデはその後、長い年月にわたり放置されていた「神の箱」「ユダのバアラ」(6:2)からエルサレムに運ぼうとします。この「神の箱」は、イスラエルがサムエルとサウルによって治められていた期間、人々から顧みられてはいませんでした(前書7:2)

ただ、それは主ご自身によるさばきでもありました。主は、預言者サムエルが少年だった頃、祭司エリとその家族を滅ぼし、「神の箱」をペリシテ人の手に奪われるままに任せて、幕屋礼拝を停止させました。主は、その後「神の箱」をイスラエルに戻されましたが、サムエルにさえも幕屋での礼拝を復興させようと命じはしませんでした。

それはイスラエルに、何よりも「主に聴く」という信仰の原点に立ち返らせるためでした。そのような闇の中で、ダビデは様々な試練を通して、主との交わりを築くことを学びました。それはモーセの場合と同じようなプロセスでした。そして今、晴れて幕屋礼拝を復興できるようになったのです。

なお「神の箱」「アビナダブの家から移した」(6:3)とあるように、「ユダのバアラ」とはエルサレムから西に約12km下った「キルヤテ・エアリム」(前書7:2)のことです。

 

そのことのゆえに、「ダビデとイスラエル全家は」、あらゆる楽器を使い、「主(ヤハウェ)の前で・・・喜び踊った」(6:5)のです。ところが、「ナコンの打ち場」まで来たとき、牛が荷車をひっくり返しそうになったので、「ウザは神の箱に手を伸ばして、それをつかんだ・・・すると(ヤハウェ)の怒りがウザに向って燃え上がり・・彼をその場で打たれた・・彼は・・神の箱の傍らで死んだ(6:6,7)という悲劇が起きました。

ここで何よりも問題なのは、「神の箱」をまるで荷物かのように車に載せたこと自体でした。それは律法に反します。

 

神はかつて「神の箱」をペリシテの地から戻すために牛に車を引かせましたが、それを神の民が真似てはなりません。それは、「聖なるもの」と呼ばれ、アロンの子たちがじゅごんの皮で覆いをかけ、かつぎ棒を通し、レビ人のケハテ族がその箱に触れることも見ることもないまま担う」ように命じられていました。

その理由が聖なるもの触れて死ぬことのないようにするため」と記されていました(民数記4:15)

 

ですから、ウザに対する「主の怒り」は、ダビデを含めこれに携わったすべての者に向い得るものでもありました。それでダビデはこれを、(ヤハウェ)箱」と恐れを込めて呼びかえ、「どうして・・・お迎えできるだろうか」と恐れました(6:9)

かつてイスラエルの民が、「(ヤハウェ)の契約の箱を…持って来よう。そうすれば、その箱が・・われわれを敵の手から救うだろう」(前書4:3)と言って、神の箱を偶像のように扱ったときは、それをペリシテ人に奪われるままになさいましたが、その反対の恐怖の事態が起きたのです。

 

しかし、「主(ヤハウェ)の箱」が留まった家が祝福されたことを聞いたとき、ダビデは再びこれをエルサレムに運び入れることにしました。今回は、民数記に忠実にそれをレビ人に担がせ(Ⅰ歴代15:2)、その上、最初の六歩を進むたびごとに、「肥えた牛をいけにえとして献げ」ました(6:13)。そして、ダビデも主(ヤハウェ)の前で、ごく簡素な祭司の服を着て、「力の限り跳ね回った」のでした(6:14)

そしてイスラエルの全家も歓声をあげ、角笛を吹き鳴らす中(6:15)「主(ヤハウェ)の箱」は、ダビデの町に仮に設置された「天幕」の中に安置されます。そして、「ダビデは主の前に、全焼のささげ物と交わりのいけにえを献げ」ます(6:17)

これによって申命記12章にあった「主が御名を置くために選ぶ場所」、イスラエルにおける唯一の礼拝場所がエルサレムとなったのです。これは主の契約の箱が、シナイ山を離れて長い年月を経てついに目的地に達したこと、主ご自身が約束の地の真ん中に住まわれるようになったことを意味します。

 

しかし、サウルの娘のミカルには、その重大性が分らず、「ダビデが主(ヤハウェ)の前で跳ねたり踊ったりしているのを見て、心の中で彼を蔑んだ(6:16)ばかりか、「イスラエルの王は、きょう、ほんとうに威厳がございましたね・・・自分の家来の女奴隷の目の前で裸になられて」(6:20)と皮肉を言いました。彼女は、ダビデが王の威厳を忘れている姿が、まるで裸になっているのと同じだと言ったのです。

 

それに対しダビデは、自分の踊りは人々に見せるものではなく、私を選んで(ヤハウェ)の民イスラエルの君主に任じられた(ヤハウェ)の前」(6:21)に献げられたものだと言います。ここでの「君主(prince)には、真の王はイスラエルの神ヤハウェであり、自分はその「代理」に過ぎないとの意味が込められています。

かつてサウルは人々の前で自分の面目を保つことばかりに夢中になり、主の前に遜ることができずに自滅しました。しかしダビデは、「私は主(ヤハウェ)の前で喜び踊る」と言い、それは自分の目にさえ卑しく見えることになったとしても、結果的に、「女奴隷たちに敬われる」(6:22)と言いました。

後にダビデは、詩篇96篇で「主(ヤハウェ)に歌え・・栄光と力を主(ヤハウェ)に帰せよ・・国々の中で言え。『(ヤハウェ)は王である』・・主は・・真実をもって諸国の民をさばかれると歌いました。ダビデの踊りは、それを身体全体で表現しようとしたものでした。

あなたにも同じことが問われています。それは、「あなたは誰を恐れ、誰に向って生きようとしているのか?」また、「あなたは誰の目を意識して生きているのか?」という問いです。

 

3. 「わたしが、あなたのために家を建てる」

そして、「王が自分の家に住んでいたときのことである。(ヤハウェ)、周囲のすべての敵から彼を守り、安息を与えておられた」(7:1)という安定が実現した中で、ダビデは、「この私が杉材の家に住んでいるのに、神の箱は天幕の中に宿っている」(7:2)と、この状況をあまりに畏れ多いと感じ、神の箱をお入れする恒久的な神殿を建設したいと預言者ナタンに言います。

ナタンは最初、それに賛同しますが、主は彼を通してダビデに、「あなたがわたしのためにわたしの住む家を建てようというのか」(7:5)と問いかけ、被造物の分際で創造主のために家を建ててあげようという発想の滑稽さをたしなめます。

これは大邸宅に住んでいる子供が、家の中に自分だけの小屋を建てて喜び、親にも作ってあげたいと願うようなものかも知れません。ただし、それは愚かしくもありますが、同時に微笑ましい情景でもあります。

 

それで、主はダビデに、わたしはあなたを、羊の群れを追う牧場から取り、わが民イスラエルの君主とした・・・わが民・・のために、わたしは一つの場所を定め、民を住まわせてきた・・・こうして、わたしはあなたにすべての敵からの安息を与えたのである。主(ヤハウェ)はあなたに告げる。(ヤハウェ)あなたのために一つの家を造る、と。・・・わたしはあなたの身から出る世継ぎの子をあなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる・・・あなたの家と・・王国とは、わたしの前にとこしえまでも確かなものとなり、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ」(7:8,10,11,12,16)と言われました。

5節から16節の主のおことばには、23もの一人称の動詞形がくりかえされ、「おまえの働きではなく、わたしが・・、わたしは・・・、わたしが・・・」と強調されます。

それをダビデはひとことで、「イスラエルの神、万軍の主(ヤハウェ)・・・はこのしもべの耳を開き・・『わたしがあなたのために一つの家を建てる』と言われました」とまとめました(7:27)

 

さらに主はここで、ダビデの身から出る世継の子の働きと主のみわざの対比を、「彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえまでも堅く立てる」(7:13)と言われました。これはダビデの子ソロモンによる神殿建設であるとともに、ダビデの子である救い主による神殿の完成と、その王座の確立を約束したことと理解できます。

さらに主は、「わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる・・・わたしの恵みは、わたしが・・・サウルからそれを取り去ったように、彼から取り去られることはない」(7:14,15)という親密な交わりを保証されました。この全体がダビデ契約と呼ばれます。

 

これを聞いたダビデは、「主、主(ヤハウェ)よ。私は何者でしょうか。私の家はいったい何なのでしょうか。あなたが私をここまで私を導いてくださったとは。主、主(ヤハウェ)よ。このことがなお、あなたの御目には小さなことでしたのに・・・」(7:1819)と答えます。

これは詩篇8篇の原型ですが、「これが人に対するみおしえなのでしょうか」と言われるのは、私たちすべてに適用される原則であるからという意味です。

 

私たちはどこか心の底で、「もっと信仰深くなり、もっと良い働きができたら、神は私を喜び、ご褒美をくださる・・・」と考えてはいないでしょうか。そして、自分の不信仰や罪深さに直面させられると失望し、「私は愛されるにふさわしくない・・・」と落ち込んでしまいます。しかし、神の救いは、常に、主ご自身が私たちを「心に留められ・・顧みてくださる(詩篇8:4)という神の一方的な眼差しから始まっているのです。神は、愛されるに値しない者を選んで、愛するに値する者へと造り変えてくださいます

何よりも大切なのは、あなたが神に向かって何かをすることではなく、神があなたのために、またあなたを通して何かをしてくださるという「神の主権」を、また決して裏切ることのない神の真実な愛を覚えることです。パウロはそこに生まれる逆説を、「罪の増し加わるところに、恵みも満ちあふれました」(ローマ5:20)と語りました。

 

ダビデの四百数十年後に、イスラエル王国もエルサレム神殿もこの地上から消えます。それは、イスラエルの民が、偶像礼拝に走り、神の民として生きることをやめたことへのさばきでした。では、神の約束は、人々の罪によって無に帰してしまうのでしょうか。

それについて、エルサレムと崩壊を預言した預言者エレミヤは、「主(ヤハウェ)はこう言われる。もしもあなたがたが、昼と結んだわたしの契約と、夜と結んだわたしの契約を破ることができ、昼と夜が、定まった時に来ないようにすることができるのであれば、わたしのしもべダビデと結んだわたしの契約も破られ、ダビデには、その王座に就く子がいなくなり・・」(33:19-21)と、逆説を用いて、希望に満ちた主のことばを取り次ぎました。

決まった時間に日が昇り、季節が巡ってくるのは、主が大洪水の後にノアと結んだ契約の故であり、いわゆる「自然」ではなく、神のみわざです。それと同じように、ダビデに対する契約は守られ、ダビデの子イエスによって成就するのです。

 

ダビデの後継者のソロモンは、主の神殿を建てました。そして、主は父が子を教えるようにソロモンに知恵を与えました。しかし、そのソロモン自身が、主に背き始め、彼の後継者たちも主に背きます。ですから、ソロモンは真の意味でのダビデの「世継ぎの子」とはなり得ませんでした

ですから、これから千年後に、イエスが「ダビデの子」として立てられ、私たちすべての罪を贖うための十字架にかかって永遠の神殿を完成し、死人の中からよみがえることによってサタンの力に勝利してくださったのです。そして主は、今、王の王、主の主として全世界を支配しておられます。それこそダビデ契約の成就です。

 

地上的な意味でのダビデ王国はその後滅びますが、彼が主に向って人目をはばからず踊り、高らかに歌い、主への正直な祈りを残したという主への礼拝の姿勢は今も教会に受け継がれています。

モーセは、主(ヤハウェ)がどのような方かを教え、ダビデは私たちに、主に向って心を注ぎだして祈り、賛美することを教えてくれました。

そして、神の御子イエスは敢えてダビデが記した祈りのことばを御父との交わりに用いられました。私たちはそのイエスの祈りを自分の祈りとしながら、闇の中に光を見るのです。

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2017年12月 3日 (日)

Ⅱサムエル1章~5章5節 「神の時が満ちるのを待つ」

 2017123

  あなたの前に、「目の上のたんこぶ」のような人がいないでしょうか。ダビデは、サムエルから王としての任職の油注ぎを受けたとき、「紅顔の美少年」でした。彼が強くなるにつれ、サウルからの迫害が激しくなり、彼はその状況に十数年間は耐えたと思われます。

サウルが死んだときダビデは30歳でしたが、その後、彼は将軍ヨアブの乱暴に心を痛めながら生涯を全うします。しかし、彼らがいなければダビデが最高の王として尊敬され、イエスが「ダビデの子」と呼ばれるようにもならなかったでしょう。

つまり、不都合な人を目の前に置かれるのも、解決を与えるのも神なのです。私たちのために神の「時が満ちて」救い主が誕生しましたが、この世界は問題が絶えることはありません。それはダビデの場合と同じです。

 

1.「イスラエルの娘らよ。サウルのために泣け」

サウルがガリラヤ湖南西約30kmにあるギルボア山でペリシテ軍と戦って重傷を負い、自害したとき、ダビデはそこから南に三日もかかるペリシテの地ツィケラグにいました。彼はサウルの追撃から逃れて、ペリシテ王の保護下にあったからです。

彼は危うくペリシテ軍に従ってイスラエルと戦わなければならないところでしたが、神のあわれみによって、この間に南のアマレク人に大勝利を納め、帰って来たところでした。

そのようなとき、ひとりのアマレク人がサウルの死を知らせに来ました。それによると、「サウルは自分の槍にもたれ」ながら、「さあ、近寄って、私を殺してくれ。激しいけいれんが起こっているが、息はまだ十分あるから」とこのアマレク人に願ったというのです(1:6,9)

それで彼は、「私は近寄って、あの方を殺しました(1:10)と言いましたが、たぶんダビデには彼の嘘がすぐに分かったことでしょう。サウルは何よりも自分の名誉を大切にしましたから、負傷を負って「死にきれない」からということで、彼が軽蔑するアマレク人に「殺してくれ」とは願うことはないはずです。

アマレク人は、自分が軍の規律を犯して王を殺した反逆者にならないように、しかも、自分がダビデの敵の王の息の根を止めたということで、恩賞をもらえると計算していたのでしょう。それは前書の3145節ではサウルは自分で剣の上に倒れ込み、道具持ちもサウルの死を確認したうえで自害したという記事と矛盾することは読者にもすぐわかります。

 

しかも、彼はその証拠として、サウルの死体から、王冠腕輪を奪い取ってきて、ダビデを王と仰ぐかのようにそれを差し出しました。ダビデは彼の卑しい心をすぐに見抜き、それを心から嫌悪したことでしょう。

しかもダビデはサウルの死の知らせを喜ぶどころか、自分の衣を裂いて、サウルのため、その子ヨナタンのため、また主(ヤハウェ)の民のため、イスラエルの家のために悼み悲しんで泣き、夕方まで断食し」(1:12)ました。

その上でダビデはこのアマレク人に向かって、「(ヤハウェ)に油注がれた方に手を下して殺すのを恐れなかったとは、どうしたことか」と言って即座に死刑を宣告しました(1:14,15)。ダビデにはサウルの死の真相は分かりはしませんが、このアマレク人がダビデに嘘を言っていることと、サウル王の息の根を止めることを恐れ」ようともしなかった(1:14)ということだけは明確になったからです。

 

その上で、ダビデはサウルとヨナタンのための「哀歌」を作り、それを「ユダの子ら」に教えるようにさえ命じました(1:18)。その始まりのことばは原文では、「おまえの誉れ、イスラエルよ(1:19)ということばで始め、サウルへの個人的な思い以前に、イスラエルの君主が殺されたということ自体を悲しむように促します。

これをガテに告げるな(1:20)とあるのは、自分がかつてガテの王アキシュのもとに身を寄せていたからです(前書27:2)それはペリシテの町ガテにとっては大きな喜びであっても、ダビデにとっては悲しみだからです。

そして、20節では「ペリシテ人の娘らを喜ばせないために。無割礼の者の娘らが喜び踊ることがないために」と言いながら、イスラエルの民の一部としてサウルの死を悲しむことを歌います。

そして21節の終わりになって初めて、「サウルの盾に油も塗られなかった」という表現でサウルの名を登場させます。しかもそこには、「盾に油を塗る」という当然の作業がなされなかったと言いつつ、「油注がれた」はずの王が、主のさばきによって死んだことを示唆しています。その表現の優しさに感心させられます。

その上で23節では、「サウルもヨナタンも、愛される、立派な人だった」と、「二人」の結びつき自体をたたえます。ダビデにとってはヨナタンの死が何よりも悲しみなのですが、イスラエルの視点からは王がペリシテ人との戦いで死んだこと自体が悲劇だからです。

そして24節では初めて直接的に、「イスラエルの娘たちよ。サウルのために泣け」と訴えられます。これは先の「ペリシテ人の娘」との対比で述べられることですが、ダビデは自分よりもイスラエルの民の立場からサウウの死を悲しむように表現します。それは彼がイスラエルに統一と繁栄をもたらしたということを評価し、彼の名誉を守るためでした(1:24)

 

ただ、この歌の最期は、やはりヨナタンの死に関して、「あなたのために私はいたく悲しむ」と心から表現し、「あなたの私への愛は、女の愛にもまさって、すばらしかった。ああ勇士たちは倒れた」(1:26)とこの哀歌の最大のテーマは、サウルの死以前にヨナタンの死に向けて記したことを明らかにします。

ここにダビデの揺れる心が微妙に描かれているとも言えましょう。事実、ダビデはかつて、アビシャイがサウルを一刺しにしようとしたとき、「主(ヤハウェ)は生きておられる。主(ヤハウェ)は、必ず彼(サウル)を打たれる。時が来て死ぬか、戦いに下ったときに滅びるかだ」(前書26:10)と、サウルの最期を冷たく断言しました。

また、詩篇18篇などで、ダビデは自分がサウルの手から救われたことを喜び、「主の怒り」がサウルに向けられていることを歌っています。

つまり、ダビデは、サウルに対する主のさばきを喜ぶとともに、サウルがペリシテ人の手にかかったことを悼み悲しんでいるのです。ダビデは多くの詩を記していますが、そこには彼の揺れる気持ち、矛盾とも思える感情が描かれています。

私たちも身近な人に、また身近な権威者にそのような相矛盾する気持ちを抱くことがあるのではないでしょうか。私たちはそれを自分で整理しようとしますが、ダビデは両面の気持ちを正直に神に訴えて、神にさばきを任せているのです。

 

2.「そこへユダの人々がやって来て、ダビデに油をそそいでユダの家の王とした」

   ダビデは主(ヤハウェ)に、同族ユダの一つの町に上って行くべきかを尋ねます。それは彼がまだペリシテの地への亡命者の立場のままだったからです。

多くのユダ族は少し前までサウルを恐れてダビデを支持していませんでした。しかし、主の不思議な摂理の御手の中で、ダビデはサウルがペリシテ人に決定的な敗北を喫するのと機を同じくしてアマレクの略奪隊から奪ったものをユダの町々に送り届けることができていました。

このような中で主はダビデに、彼の生まれ故郷のベツレヘムではなく、イスラエルの族長アブラハムの墓がある中心都市、ヘブロンに上るように命じます。それはダビデを名実共にイスラエルの王とするという神の意思の現れでした。それで、ダビデは家族と共にヘブロンへ移住します。

 

すると、「ユダの人々がやって来て、そこでダビデに油を注ぎ、ユダの家の王とした」(2:4)というのです。ユダの人々はサウルがいなくなった今、態度をガラリと変えてダビデを王として立てました。

人の心は自分の身の安全を第一に動くからです。ダビデもそれをあっさりと受け入れます。彼はペリシテの地に下りながらも、ユダの町々に贈り物を届けたのは、この時期を待っていたからです。

ただし、彼が王として公に認められたのは、既に預言者サムエルを通して神ご自身からの油注ぎをひそかに受けていた(前書16:13)ことの結果です。主はダビデを王として選んでおられたからこそ、ダビデに厳しい試練を与え、彼がイスラエルの王にふさわしい器へと成長できるように導かれたのです。

私たちも、「なぜ自分ばかりこんな苦しみに会うのか?」と思うことがあるかもしれませんが、それは神の期待の現われかも知れません。

 

   ただ、この時点ではイスラエルの他の十一部族はダビデを王として受け入れていません。それでダビデはまず、サウロを心から慕っていたヨルダン川東部のヤベシュ・ギルアデの人々に使いを送り、彼らがサウルの遺体を敵から奪い丁重に葬ったことを称賛しつつ、自分を後継者として認めるよう説得を試みます(2:5-7)

ところが、サウルの父の弟の子で、サウルの将軍であったアブネル(前書14:50)は、サウルの四男イシュ・ボシェテを、その十数キロ南の町マハナイムで、ユダ族以外の全イスラエルの王として立てます。

その町はかつてヤコブがヤボク川を渡った場所で(創世記32:2,22)、ヨルダン川東の奥まった場所です。それは新しい王国がペリシテ人との戦いを避けることしか考えていなかったしるしです。同時にこれによってダビデはヤベシュ・ギルアデを味方にすることは地理的に難しくなりました。

なお、先にサウルとともに三人の息子の死が記されていましたが(前書31:26)、Ⅰ歴代誌9:39にはサウルに四人の息子が生まれたことが記されており、そこでのエシュ・バアルがこのイシュ・ボシェテの元の名だと思われます。

 

その結果、イスラエルに内戦が勃発します。最初に軍を動かしたのはアブネルで、彼はヨルダン川東側の拠点マハナイムからベニヤミンの町ギブオンに向かいました(2:13)。それはエルサレム北西約十キロに位置する町で、アブネルはダビデの勢力が北上して自分たちの本来の根拠地を支配することに歯止めをかけたかったのかと思われます。

そしてこのときからダビデの将軍としてヨアブが前面に出てきます。彼は、ダビデの姉ツェルヤの子でした(Ⅰ歴代誌2:16。アブネルは最初から戦いを最小限に納めたいと思ったのか、両陣営から十二人ずつの若者を出して戦わせます。しかし、それが両陣営の全面戦争に拡大し、ヨアブはアブネルの軍隊を圧倒します(2:17)

アブネルは退却しますが、ヨアブの弟アサエルは、足が速かったため彼を深追いし、アブネルがヨアブの弟を殺したくはないと言ったのを無視したために殺されます(2:23)

その後、アブネルのもとにベニヤミン人たちが集まって来たのを契機に、アブネルはヨアブに休戦を呼びかけます。ヨアブはアブネルの軍が体制を整え直したのを見て、その呼びかけに応じます。これらの戦を見るとアブネルには戦いを激化させたくないという意志が見られます。

 

その後も、両家の間には、戦いが長く続きますが、「ダビデはますます強くなり、サウルの家はますます弱くなった」(3:1)と描かれます。

そして、ダビデにはヘブロンで六人の息子たちが生まれますが、すべてが異なった妻から生まれています(3:2-5)。これは後のダビデ家内の争いの原因になります。

 

  ダビデは三十歳になるまでサウルに追われ続け、解放されてユダの王になっても、喜びは束の間で、今度は同胞イスラエルとの内戦に直面しなければなりませんでした。まさに「一難去ってまた一難」という人生です。

しかし、彼は試練のたびに神との交わりを深め、多くの詩篇を私たちへの遺産として残すことができました。「この問題さえなくなれば、平安を味わえるに・・」という発想に生き、「今ここ」に生きて働いておられる神を見上げることができなければ、人はいつも欲求不満になることでしょう。

 

3.主(ヤハウェ)が、悪を行なう者には、その悪にしたがって報いてくださるように

 サウルの子イシュ・ボシェテをイスラエルの王に立てたのは将軍アブネルでしたから、二人の関係は微妙でした。あるときアブネルがサウルのそばめリツパと通じましたが、それは彼自身が王にとって代わろうとしたと受け止められない行為でした。

イシュ・ボシェテがそれを問いただすと、アブネルは激しく怒り、この二人の関係は壊れました。アブネルとしてはサウルの家に「真実を尽くして」(3:8)いるつもりなのに、一人の女のことで自分の忠誠を疑われたということが憤懣やる方なかったのでしょう。

彼は突然、「(ヤハウェ)がダビデに誓われたとおりのこと(3:9)ということばで、ダビデを全イスラエルの王とするのが、主のみこころであると言います。

それが分かっているなら、最初からそのようにすべきであったのでしょうが、彼はこれまで目先の都合に従って断固とした態度を取れなかったのかも知れません。それが今までの戦いの姿勢に現わされていました。状況に左右されて、すぐに言動が変わるのはサウルに似ています。

 

そしてアブネルダビデのもとに使いを送り、「私と契約を結んでください。ご覧ください。私は全イスラエルをあなたに移すのに協力します」(3:12)と告げます。

このような裏切りをすぐに受け入れることは危険ですから、ダビデは一つの条件を出します。それが、「あなたが私に会いに来るときは、まずサウルの娘ミカルを連れて来ること」というものです(3:13)

ミカルは、サウルがかつてダビデに与え、取り戻して別の夫に娶らせた娘ですから、彼女を迎えることでサウルの娘婿の立場を回復し、後継者としての権威を示すことができます。イシュ・ボシェテは、アブネルの言うままに王命を発し、ミカルをその夫から引き離します。

このとき「夫は泣きながら」ミカルの後についてきますが(3:16)、それはふたりが愛し合っていたしるしでしょう。ミカルも自分が政治の道具にされていることを深く悲しんだことでしょう。

ミカルは後にダビデを心の中でさげすんだと記録されますが(6:16)、彼女にもそれなりの葛藤があったのです。また、リツパの悲劇は21章で記されますが、ふたりの女性は、ダビデ王家の影の犠牲者と言えましょう。

 

 アブネルイスラエルの長老たちに向かい、「あなたがたは、かねてから、ダビデを自分たちの王とすることを願っていた(3:17)と言いつつ、主がダビデを用いてイスラエルをペリシテ人の手から救うという主のことばを伝えますが、それは本来、主がサウルを王に任じたときのことば(前書9:16)18節はアブネルの創作した主のみこころとも言えます。

彼は主の御名をあまりにも軽々しく用います。まさに自分の変節を正当化するために主のみこころを持ち出しているとも言えます。

その後、アブネルはサウルを生んだベニヤミン族も特別に説得した上で、ダビデに自分の功績をアピールします。ダビデも彼を歓待した後に、彼を「全イスラエルを」ダビデのもとに集め、従わせる「契約」の仲介者として送り出します(3:21)

 

   ところがダビデの将軍ヨアブが戦いから帰ったとき、ダビデがアブネルを簡単に信用したことを非難します(3:24,25)。そして、ヨアブはアブネルを連れ戻させ、「彼とひそかに話そうと、彼を門の内側に連れ込み、そこで彼の下腹を刺した(3:27)と、彼の死があまりにもあっけなく描かれます。

それによってヨアブは弟への復讐を果たしたと記されますが、彼はアブネルをダビデ王家における自分の競争者と見て、排除しようとしたのかも知れません。それにしても、アブネルの不注意さがサウルに似ているとも思えます。 

 

ダビデはそのことを聞くと、ヨアブを真っ向から非難する代わりに、アブネルの死を悼み悲しむように命令を発し、彼を丁重に葬ると共に、歌を作って悲しみ歌い、断食までしました(3:31-35)。その結果、全イスラエルは・・アブネルを殺したのは、王から出たことではないことを知った(3:37)というのです。

そしてダビデは、「この私は油注がれた王であるが、今日の私は無力だ。ツェルヤの子であるこれらの者たちは(ヨアブとその兄弟)私にとっては手ごわすぎる。主(ヤハウェ)が、悪を行なう者に、その悪にしたがって報いてくださるように」(3:38)と言います。

しかし、ダビデは、そんなヨアブを最後まで将軍として立て続け、彼の才能を生かし続けることができました。それこそ彼の王として懐の深さです。

神はあなたのそばに、手ごわすぎる人を置かれることがありますが、その人との関係を保てるかが成功の鍵かもしれません。

 

その後、イシュ・ボシェテはアブネルの死を聞いて「気力を失った」ばかりか、「全イスラエルもおじ惑った」というのです(4:1)。それは、ペリシテ軍に対する大敗北以降、有能な軍事指導者がいなくなってしまったからです。

そしてついにイシュ・ボシェテは、ベニヤミンに属するふたりの在留異国人の略奪隊の隊長たちから、昼寝をしている間に命を奪われます(4:5,6)

彼らはその首をもってダビデを訪ね、褒賞を期待したのでしょうが、ダビデは、「主(ヤハウェ)は生きておられる。主は私のたましいを、あらゆる苦難から贖い出してくださった(4:9)と述べます。それは、自分のこれまでの戦いは、主の戦いであって、そこで自分たちに求められていたのは、ただ、誠実さであったという深い意味が込められています。

それに対し、彼らの行為は、不誠実の見本のようなものです。それでダビデは、このふたりの手足を切り離し、木につるしてさらしものにします。そして彼は、イシュ・ボシェテの首アブネルと共に丁重に葬ります。

 

これらすべてを通して、ダビデの敵は、互いに争いあって自滅したという結果が明らかになります。私たちも自分の力で悪と戦おうと必死にならなくても、神が神の民の敵を自滅へと導いてくださいます。

 

その後、「イスラエルの全部族は、ヘブロンのダビデのもとに来て・・・ダビデに油を注いでイスラエルの王とします」5:1-3。その際、彼らはまずダビデのサウルの将軍としての功績を思い起します。

その後、主(ヤハウエ)の御名を持ち出し、「(ヤハウェ)はあなたに言われました。『あなたがわたしの民イスラエルを牧し・・君主となる』」と、自分たちが伝え聞いた主のことばを引用しますが、これは同時に、イスラエルの神、主はダビデに個人的に語っておられるという事実を受け止めることを意味します。

確かにそこにあったのは政治的な判断ですが、彼らは確かに主とダビデの親密な関係を認め、ダビデを全イスラエルの王として油注いだのでした。

それは彼が既に「ユダの家の王(2:4)とされことに対抗する意味もありました。イスラエルの人々は、今、まるでユダの家と競い合うように、ダビデを自分たちの王に立てたのです。

 

ダビデの敵は互いに滅ぼしあって自滅します。それはヨアブも例外ではなく、ソロモンのもとで自滅します。

私たちはみな平和を求めます。しかし、平和という理想のために戦ってきたのが人間の歴史であり、自分の都合、自分の利害で動きながらそれを正当化するのは人間の常です。そのような人々を受け入れ、敢えてその矛盾を指摘せずに、さばきを主にゆだね、関係を平和に保つ知恵を持つことも大切ではないでしょうか。

使徒パウロは後に、「自分に関することについては、できる限り、すべての人と平和を保ちなさい」と記していますが、それは不思議にも、「自分で復讐してはいけません。神の怒りにゆだねなさい」という勧めとセットになっています(ローマ12:1819)

ダビデの偉大さは、サウルから追われても、ヨアブから自分の王としての権威が侵害されても、その問題の解決を主にゆだね、最後には、「(ヤハウェ)は生きておられる。主は私のたましいを、あらゆる苦難から贖い出してくださった」(4:9)と告白したことです。

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