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2018年2月25日 (日)

エペソ2章11-22節 「神の家族としての成長」

                                    2018年2月25日

 初代教会の成長は、食事を共にする交わりの広がりとして描かれています。使徒ペテロは主の導きでローマの百人隊長コルネリウスの家で一緒に食事をしましたが、それが最初は仲間から非難されました(使徒11:2,3)。コリントの教会では貧しい信徒が豊かな人と同じ食事に預かるべきということから聖餐式の教えが記されます(Ⅰコリント11章)。ローマ人の手紙では、「野菜しか食べない人」を受け入れるようにと敢えて命じられていました(14:2,3)

神との和解が異なった民族や階級を超えた食事の交わりの広がりとして描かれているのです。私たちの教会に初めて来られた方が、食事に感心してくださることがあります。

私たちは「信仰」をあまりにも個人的な成長の視点からばかり見てはいないでしょうか。そして、「教会」とは、聖書を学ぶ集会所という以前に、食事を共にする神の家族の交わり(コイノニア)として描かれているのです。

 

1. 「キリストの血によって近い者となりました」

私たちに与えられた救いは、「あわれみ豊かな神は・・・背き(罪過)の中に死んでいた私たちを、キリストとともに生かしてくださいました・・・神はまた、キリスト・イエスにあって、私たちをともによみがえらせともに天上に座らせてくださいました」(2:4-6)と記されます。

これは死後に天国で実現することの保証?というよりも、私たちがすでに「キリストのうちにある者」とされているという観点からは既に実現していることと強調したものです。キリストのうちに起こった復活と昇天とご支配は、「キリストのからだ(1:23)の一部とされている者たちにも既に実現していると考えることができるからです。

しかも、それは個々人としてというより、「信仰者の共同体」に与えられた「救い」です。私たちは全世界の「」である「キリストのからだ」として、それぞれの賜物を生かし合い、この世界に神の愛を見えるように現わして行く責任があるのです。

 

そのことが2章10節では、「実に、私たちは神の作品であって、良い行い(複数)をするためにキリスト・イエスにあって造られたのです(2:10)と描かれています。

「作品」のギリシャ語は「ポイエマ」で、英語の「ポエム(詩)」の起源とも解釈できます。それは神の栄光を「イメージさせることば(擬音語)」とも訳せます。たとえば、「春の小川は さらさら行くよ」という詩の「さらさら」とは、小川の流れをイメージさせる詩的表現です。

同じように、信仰者の共同体が神を何らかのかたちでイメージさせるというのです。そこであなたが他の人と違っているからこそ、その欠けを補い、また新たな気づきを与えることができます。

私たちは世界的な「キリストのからだ」の一部の共同体として、どのようなポエムを奏でているかが問われています。

 

その上でパウロは、「ですから、思い出してください。あなたがたはかつて、肉においては異邦人でした。人の手で肉に施された、いわゆる「割礼」を持つ人々からは、無割礼の者と呼ばれ、そのころは、キリストから遠く離れ、イスラエルの民から除外され、約束の契約については他国人であり、この世にあって望みもなく、神もない者たちでした(2:11、12)と、エペソの教会の人々がどのような状態から救い出されたかに目を向けさせます。

イスラエルの民はアブラハムの子孫ですが、神は彼らをご自身の民として受け入れるしるしとして、男子の性器の包皮を切り取る割礼を命じられました。神が彼らを選ばれたのは、彼らを通してご自身のことを世界に知らせるためでしたが、彼らは自分たちの「肉において」の出生を誇り、異邦人たちを「無割礼の者」と呼び、軽蔑しました。

確かに、エゼキエル34章20-31節などに記される救い主は、イスラエルの真の牧者、新しいダビデとして描かれており、救い主はイスラエル民族のために現れると期待されていました。

ですから当時の異邦人は、まず「割礼」を受け、食物律法などの様々な規定を守ってユダヤ人になるという過程を経て初めて「救い主」に出会うことができると想定されていたのです。

 

ところが、ここでは突然、「しかし、かつては遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスにあってキリストの血によって近い者となりました(2:13)という不思議な議論の展開が見られます。

この書のキー・ワードは「キリストにあって」です。キリストはイスラエルの理想の王ダビデをはるかに上回る、この世界を父なる神とともに創造された神の御子です。そして人となられたイエスは、異邦人の罪をもご自身の身に背負って十字架にかかってくださいました。

その一方的な愛による、「キリストの血によって(にあって)」、本来、「遠く離れていた」と思われていた異邦人も、神に「近い者とされた」というのです。

 

ヘブル人への手紙9章では、神がイスラエルの民の真ん中に住むための幕屋のことが描かれ、大祭司が年に一度、いけにえの血を携えて至聖所に入ることとの対比で、「キリストは・・大祭司として来られ…この被造世界の物でない…完全な幕屋を通り・・ご自分の血によって、ただ一度だけ聖所に入り、永遠の贖いを成し遂げられました・・・キリストは、本物の模型にすぎない、人の手で作られた聖所に入られたのではなく、天そのものに入られたのです(11,12,24節)と記されています。

当時の人々は目に見える神殿の完成を待ち望んでいましたが、それは本物の模型に過ぎませんでした。当時の人々はヘロデが大拡張工事を行った神殿に神の栄光が戻ってくることを待ち望んでいましたが、キリストが十字架で血を流されたとき、神殿の幕屋が上から下に真っ二つに裂け、地上の神殿の完成を飛び越えて、天の聖所への道が開かれたのです。それが、「キリストの血によって近い者となりました」という意味です。

 

この箇所のテーマは、異邦人に閉ざされていた神殿が壊されて、キリストの十字架と復活によって新しい天の神殿が築かれたということです。それは、イエスご自身が、「この神殿を壊してみなさい。わたしは、三日でそれをよみがえらせる」と言われた通りです(ヨハネ2:19)

そして終わりの日には、この天の神殿が「新しいエルサレム」として天から降ってきます(黙示21:2)。つまり、地上の神殿は不要になったのです。

 

2.「キリストは、このふたつをご自身においてひとりの新しい人間として創造し」

そして、「実に、キリストこそ私たちの平和です(2:14)とは、「心の平和」というより、ユダヤ人と異邦人という「二つのものを一つにし、ご自分の肉において、敵意を生み出す隔ての壁を打ち壊し、様々な規定から成る戒めの律法を廃棄され」たことを意味します(2:14、15下線部私訳)。

当時の神殿には、異邦人とイスラエルの民を隔てる厚い壁があり、どれほど熱心にイスラエルの神を求める人でも、異邦人である限り、いけにえを献げる中庭に入ることは許されませんでした。

その隔ての壁には、「いかなる外国人もこれより先に入るなら、死刑に処せられる」と記されていました。しかし、キリストがご自分の血によって天の神殿に入られた結果として、目に見える神殿の「隔ての壁」を「打ち壊し」たという不思議が実現したのです。

 

その際、イエスがわたしが律法や預言者を廃棄するために来た、と思ってはなりません。廃棄するためではなく、成就するために来たのです(マタイ5:17)と言われたこととの整合性を考える必要があります。

ここでは、律法全般を「廃棄する」というのではなく、「様々な規定のうちにある戒めの律法」を「廃棄されました」と敢えて記されています。それは、「敵意を生み出す隔ての壁」として機能していた律法のことで、特にユダヤ人を他の偶像礼拝の民から区別するために食物律法に代表されるものでした。

たとえばレビ記には、ユダヤ人が食べることを許されないこと細かな動物のリストがありました。それは豚、らくだ、うさぎの肉、たこやえびです。これらはすべて食用に禁じられているという以前に、神へのいけにえとして用いることが許されない生き物でした。つまり、ユダヤ人を神の民として受け入れるための規定が、汚れた動物を食べる異邦人に対する「敵意」となっていたのです。

しかし、イエスは「ご自分の肉において」神殿を完成し、神殿に関わる「戒めの律法」を不要にし、異邦人がともにイスラエルの神を礼拝できるようにしてくださいました。それは本来の律法の目的、「地のすべての部族を、アブラハムの子孫によって祝福する」ということを成就することです。つまり、律法の成就の結果として、部分規定が不要になったのです。

 

その神秘が、「こうしてキリストは、この二つをご自身においてひとりの新しい人間として創造し、それによって平和を実現し、両者を一つのからだとして神と和解させてくださいました。それは十字架を通してであり、ご自身にあって敵意を滅ぼされたのです(2:15、16私訳)と描かれます。

14節での「敵意を生み出す隔ての壁を打ち壊し」という表現が、ここではさらに、「敵意を滅ぼされた」と記されています。つまり、十字架は、「敵意」を廃棄し、葬り去るためのものなのです。

 

しかもここで何よりも強調されるのは、キリストがユダヤ人と異邦人を、「ひとりの新しい人間として創造」してくださったということです。それは、「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です(Ⅱコリント5:17)と記されてことに通じます。

同時にここでは、個人が「新しい人間」になるというより、異なった背景を持つ者が組み合わされるという面が強調されています。多くの日本人は、クリスチャンとして生きることを、聖人君子を目指す生き方、誰からも尊敬される人になることかのように誤解しています。しかし、十字架の目的は、何よりも、「隔ての壁を打ち壊し」「敵意を滅ぼす」ことにあったのです。

しかも、「新しい人間」として「創造される」とは、ユダヤ人と異邦人が一つになることができることを何よりも意味していました。つまり、まったく異なった背景を持つ人々が、互いを「キリストのうちにある者」として喜び合えることこそが、「新しい創造」の何よりの意味なのです。

つまり、私たちが目指すべき成長とは、個人の人格的な成長以前に、神の民としての「愛の交わり」としての成長なのです。「救いの実」は、何よりも、人と人との和解に現わされるはずなのです。

 

一つの組織の力は、そこにどれだけ異なった能力や発想を保ちながら、しかも互いに協力し合えるということに現わされます。多様性の中にある一致こそが、キリスト者の共同体の魅力です。

私たちが、この教会で互いの存在を喜び、祈り合うことができることは、この世界を作り変える原動力になるのです。

 

3.「もはや他国人でも寄留者でもなく、今は・・・神の家族なのです」

 「そして、キリストは来て福音を伝えられました。それは、遠くにいたあなたがたへの平和、また近くにいた人々への平和でもあります。それはこの方を通して私たちは御父に近づくことができるからです。両者が一つの御霊においてです」(2:17、18私訳)とは不思議な表現です。

これは、キリストご自身がエペソの異邦人にも、エルサレムのユダヤ人にも、そのままで父なる神に近づくことができるという「平和」の福音を伝えてくださったということで、それは両者が「一つの御霊」を受けているからだというのです。

 

しかも現実に、「遠くにいたあなたがた」に福音を述べ伝えたのはパウロ自身ですが、彼はここで、十字架にかかり、よみがえってくださったキリストご自身がエペソまで来て和解の福音を伝えてくださったと言っています。それはパウロが、すでに「キリストのうちにある者」とされ、また彼のうちにキリストご自身が住んでおられるからです。

パウロは自分の宣教の働きを、「私たちはキリストに代わる使節なのです」(Ⅱコリント5:20)と表現しています。そこでは、キリストご自身がパウロを通して、神の和解を受け入れるように懇願しているかのようだと描かれています。

そして、「近くにいた人たち」とはユダヤ人を指します。それは彼らが救い主を待ち望んでいたからです。

その上で、異邦人とユダヤ人がまったく同じように父なる神に近づくということを、それぞれに「平和」ということばを重ねて表現したのです。イエスは十字架でご自身の手を広げておられます。それはユダヤ人と異邦人とを共に神の民として受け入れようとする招きでもあります。

 

しかも、パウロはそれを「両者が一つの御霊においてです」(2:18)と記します。使徒の働き10章では、ペテロがローマ軍の百人隊長コルネリウスの家を訪ねた時のことが記されています。

そこで無割礼の異邦人が神の民として受け入れられるための決定的なしるしとなったことが、異邦人にも聖霊の賜物が注がれたことに驚いた。彼らが異言を語り、神を賛美するのを聞いたからである」(45、46節)と記されていました。

それを前提にペテロは、「神が、私たちが主イエス・キリストを信じたときに私たちにくださったのと同じ賜物を、彼らにもお授けになったのなら、どうして私などが、神のなさることを妨げることができるでしょうか」(同11:17)と言っています。

私たちは、みな、同じ御霊の働きによって神の民とされました。神が受け入れ、ご自身の御霊を授けてくださった人を、食事の交わりから除外することは許されません。

 

「こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国の民(直訳では「同じ市民(fellow citizens)」であり、神の家族なのです。使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられていて、キリスト・イエスご自身がその要の石です」(2:19、20)とは、エペソの教会に集っているギリシャ人がエルサレムの使徒たちと同じ神の民とされたという意味があります。

「他国人」や「寄留者」のことを以前の日本の空港の案内ではalien(エイリアン)と記していましたが、響きが悪いのでforeignerに変更したとのことです。またドイツ語の「外国人」には、ときに侮蔑的な響きが込められることがありますが、私はドイツの福音自由教会の入会申請書の最初にこのことばが記されているのを見て、自分が名実ともに神の家族の一員にしていただけるという不思議な感動が生まれました。

ドイツ語には家族や友人の間では互いを Du で呼び合い、仕事の関係では Sie で呼び合うという使い分けがあります。これは上下関係での使い分けではなく、仲間うちか、仕事上の付き合いかという区別です。ですから、神に向かっての祈りは必ず Du という呼びかけで始まります。これは家族とされたことのしるしです。

そして、クリスチャンであるとの自覚を持った人どうしの間では、初対面の人でも Du で呼び合います。しかし、職場では、親しい同僚は例外として、毎日顔を合わせている人どうしでも、直属の部下に対してでも Sie と呼びかけます。

 

残念ながら、日本ではこの関係は逆になりがちです。職場では、「俺、お前」で呼び合いながら、教会に来ると互いに遠慮しあって丁寧な言葉遣いになりがちです。しかし、私たちクリスチャンは神の家族の一員とされたのですから、もっと親しみを込めて呼び合い、教会でこそ「神の家族」を実感できるのが理想です。

当教会の入会申請書はフランクフルト福音自由教会を真似たもので、教会員になる申請をするとき、これからはあらゆる背景の違いを超えて、互いを家族の一員として見るという約束をしています。

それは聖書では、キリストにあるバプテスマを受けたときに確認することです。私たちはどのような国籍、どのような出生の経緯があるにしても、イエスをキリスト(救い主)と信じることによって、「アブラハムの子孫」(ガラテヤ3:7)とされているのです。

そこでは、「ユダヤ人もギリシャ人もなく、奴隷も自由人もなく、男と女もありません。あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです」(ガラテヤ3:28)と言われます。

 

そこでさらに、「使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられていて」と記されます。私たちは、一人ひとり確かに、神によって永遠のご計画の中で、神の民とされるように選ばれたのですが、それは決して、一人ひとりが互いとまったく無関係に天国に入れられるというような概念ではありません。

異邦人はそれぞれ、肉の上でのアブラハムの子孫であるイスラエルに接木された存在なのです(ローマ11:17)。簡単に言うと、旧約の歴史を軽蔑したクリスチャンというのはありえないのです。イエスはあくまでも旧約聖書に預言された救い主であり、旧約を飛び越えて救い主がどのようなお方かを理解することはできません。

 

   「この方にあって、建物の全体が組み合わされ、そして主にある聖なる宮へと成長しますこの方にあって、あなたがたもまた、ともに築き上げられ、御霊にあって、神の御住まいとなります」(2:21、22)という記述は、キリストのみからだである教会としての成長と完成へのプロセスを描いたものです。

多くの人々は、クリスチャンとしての信仰の成長を、あまりにも個人的な次元で考えてはいないでしょうか。しかし、ここでの成長とは、人と人とが「ともに組み合わされ・・・ともに築き上げられる」ことを指しています。それは時間のかかる面倒なプロセスです。

人によっては、家族関係の中で深い心の傷を負ってきたという面もあるのですから、親しみを求めるからと言って、すぐに相手の心の中に土足で入り込むようなことをしてはなりません。

しかし、同時に、いつまでたっても他人行儀な関係というのは、真の家族としては未成熟です。私たちは、互いの感性や互いの距離感を尊重しながらも、家族としての親密さをともに求めるべきでしょう。

 

この少し前に、ヘロデ大王は、大理石を組み合わせた壮麗な神殿の拡張工事をしていました。その神殿は、「神の家」と呼ばれ、神がこの地において住まわれる家と見られていました。

しかし、パウロはここで、全世界のキリスト者の交わりこそが「神の御住まいであると言ったのです。それは一つひとつの独立した教会組織の集合体ではなく、全世界の信仰者によって構成される唯一の目に見えない公堂の教会を指した表現です。

私たちは、地上の教会組織にばかり目を向けてはなりません。組織を超えたキリスト者のつながりを決して忘れてはなりません。使徒信条では、「われは聖なる公同の教会を信ず」と告白されますが、「公同」とはラテン語でカトリックと呼ばれます。それは本来、固有名詞ではなく、普遍性を表現することばです。自分たちの教会の都合ばかりを優先するような発想は、このみことばに反することです。

 

   異なった言語、異なった慣習の人々が、ともに同じ主を礼拝できるというのは福音の力の最大の証しです。初代教会の成長の原動力は、まさに民族の和解、敵対する階級間の和解、男女の和解にありました。それは今もここで起こっています。

その鍵はキリストの十字架です。人が十字架を信じることができるのは、同じ御霊の働きが一人ひとりの中に現されているからです。人と人との和解こそ、福音の実です。

そして、教会は和解によって成長してきました。私たちは無意識に、教会の成長をあまりにもこの世的な枠で計るようになってはいないでしょうか。キリストにある和解を世に証しすることが教会の使命なのです。

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2018年2月18日 (日)

Ⅱサムエル13章20節~15章18節「ダビデの沈黙が生んだ悲劇」

                                         2018218日          

   あなたの父親、またあなたの夫が、肝心のときに黙り込んでしまって、責任を果たそうとしないということがないでしょうか。そんなとき人は、「男らしくない!」と非難しますが、実は、それは、「ああ、彼は男なんだな。アダムの子孫なんだな・・」と言うことができるかもしれません。

食べてはならないと言われた木の実を最初に取って食べたのは女でした。しかし、そのときいっしょにいたはずのアダムは、沈黙したままでした。もし問われたとしたら必死に答えようとしたことでしょうが、介入すべき時に傍観者となってしまうという性質があります。それは「アダムの沈黙」と呼ばれます。

そして、女の勧めにしたがって自分も食べたあげく、後で、「この女が・・」と責任を回避しました。その同じ姿をダビデも危機の中で繰り返します。

 

   ダビデは権力の絶頂期に、忠実な家来の妻を奪ったあげく、彼を計略にかけて死に至らしめ、自分は家臣思いの敬虔な王のふりをしていました。それに対する神のさばきは、「見よ。わたしはあなたの家の中から、あなたの上にわざわいを引き起こす(12:11)でした。それは、神が直接に罰の災いを引き起こすというのではなく、ダビデの家の問題を放置し助けの御手を伸ばさないということだと思われます。

それはパウロも、「神の怒り」の現われを、「神は、彼らをその心の欲望のままに汚れに引き渡され・・・恥ずべき情欲に引き渡され・・・無価値な思いに引き渡され(ローマ1:24,26,28)と表現したのと同じです。「神の怒り」が「神の沈黙」として現れ、人が互いに傷つけ合い、自滅に向かうままに放置することが、「引き渡され」と表現されます。

本日の箇所にはダビデの三男アブサロムの謀反に至る11年間のことが記されています。そこには何の神のみわざも記されていません。これらすべての災いの原因は、神ではなく、人にあることが明らかです。しかも、ダビデ自身の対応のまずさが問題を拡大させています。

 

1.子供同士の殺し合いの原因を作ったダビデの沈黙

   ダビデの長子アムノンは腹違いの妹のタマルに「恋をし」「苦しんで病気になるほど」でしたが(13:12)、従兄弟のヨナダブの策略に従い、ダビデを巻き込んでタマルがひとりで自分の世話をしてくれる状況を作り出しました。アムノンは彼女を強姦したあげく、すぐ憎しみに駆られて家の外に追い出してしまいした。それは彼女の全人格を否定し、生きながら葬り去るという蛮行でした。

それを聞いた彼女の実の兄のアブサロムは、「今は、黙っていなさい。彼はおまえの兄なのだ。このことで心配しなくてもよい(13:20)と言いました。そこには、「これは家族全体の恥であり、王家の信頼を揺るがす一大事だ。父ダビデの対処に期待しよう・・・」という思いが込められていたのかもしれません。どちらにしても、アブサロムタマルの苦しみを自分のものとして受け止めるので「心配しなくてもよい」という意味だと思われます。

 

ところが、「ダビデ王は、事の一部始終を聞いて激しく怒った(13:21)とは記されていますが、具体的には何のさばきも下しはしませんでした。死海文書やギリシャ語七十人訳には、「彼は自分の息子アムノンを罰しなかった。ダビデは彼を愛していたからである。彼に最初に生まれた子だったから」という付加があります。これはダビデの心理を適確に言い表したものと言えましょう。

彼は類稀な豊かな感性を持ち、母親的な情の厚さがありました。そればかりか、自分の忌まわしい罪を思うと、息子を厳しくさばく勇気を持つことができなかったのでしょう。

確かに彼は、戦いに直面した際は極めて男らしく振舞いましたが、あまりに想定外のことが起こる中で、男の典型的な弱さも表わしたと言えないでしょうか。それは、理解できない事に直面する代わりに、逃げようとする心理的な構えです。これはあなたの父親やあなたの夫だけの問題ではありません。

多くの男性は、自分が置かれた環境を把握しているということに安心を得ようとします。そのため、自分が理解できないことが起こると沈黙してしまいます。それが次の問題を生みます。これは「アダムの沈黙」と呼ばれ、自分の弱さを隠すひとつの逃避行動です。

多くの女性はそれに唖然とし、非難しますが、アダムもダビデも同じだったことを思うなら少しは優しくなれるでしょうか。

 

   1322節は、「アブサロムはアムノンに何も語ろうとしなかった。その悪に関しても、まして、良いなどとも・・」と訳すことができます。心の底から怒っていると、それを言語化することはできなくなるのではないでしょうか。

しかも、アブサロムは父ダビデが沈黙を守っているのを見て、妹のために自分でアムノンに復讐することを思い巡らしていたのでしょう。彼の沈黙は、怒りを隠す手段でもありました。

 

そして、それから「満二年たって(13:23)、アブサロムは復讐を実行に移します。彼は父ダビデの心から、この事件に対する怒りが和らぐことを苦々しく思いながら、それを利用しました。

彼は「羊の毛の刈り取りの祝い」という羊飼いにとっての最大の祭りにかこつけて、父を祝宴に招きたいと熱心に誘います。彼は王が来ることはないと分かっていたことでしょう。それは長男アムノンが父の代理として来るという名目を作るためで、「それがかなわないなら、アムノンを・・」と大胆に願います(13:26私訳)。それに対し、ダビデが「なぜ、彼が・・」と尋ねたのは、アブサロムの復讐の可能性を見たからでしょう。

しかし、「アブサロムがしきりに勧めたので、王は・・・息子たち全員を・・行かせた」というのです(13:27)。それはアムノンの安全を守るための配慮だったかもしれませんが、それはアブサロムが最初から願っていたとおりのことでもありました(13:23)

ここで残念なのは、かつてアムノンタマルを自分のところに来させるのにダビデを用いたように、アブサロムも父を用いてアムノンを自分のところに来させたことです。ダビデが安易にタマルアムノンのもとに送ったことが事件の契機になりましたが、アブサロムがアムノンへの復讐を果たすことに父ダビデを巻き込んだということに、父に対する怒りの思いが込められていたのかもしれません。

それにしても、ダビデの息子たちへの愛情が、騙され易さに通じるというのも何とも悲しいことです。

 

アムノンは他の兄弟たちも一緒であることに安心し、祝宴で酔って上機嫌になりましたが、そのすきにアブサロムの家臣たちが一斉にアムノンに打ってかかり、彼を殺しました。他の王子たちは逃げましたが、王のもとには王子たち全員が殺されたとの知らせがありました。

その際、事の経緯を把握していたのは、かつてアムノンに悪知恵を授けたヨナダブでした(13:30-33)。彼はこの期に及んで、アブサロムの気持ちを、「アムノンが妹のタマルを辱めた日から、胸に抱いていたことです(13:32)と言いますが、それは自分が最初にアムノンをそそのかしたという罪に、王の目が向かうことを避けるためであったのかもしれません。

しかし、それ以上にこのことばを通して、父ダビデがタマルの痛みもアブサロムの憎しみも残念ながらまったく理解していないという、「父親失格!」の現実が露わにされています。そしてダビデができたことは、長子の死の知らせを聞いて「非常に激しく泣いた」ということだけでした(13:36)

 

2. アブサロムへの思いを表現できなかったダビデの沈黙

  アブサロムは殺人者として母の実家に逃げます。母はガリラヤ湖の東に広がるゲシュルという同盟国の王女でした(3:3)。アブサロムは当時の人々の応援を得やすい最高の血筋を持っていました。

そして、彼は「三年の間そこにいた(13:38)というのです。その間、ダビデの気持ちが徐々に変化します。

 

1339節と141節は、様々な翻訳の可能性がありますが、「ダビデ王はアブサロムに立ち向かうことをやめた。アムノンの死に関し、自分の心を慰めたからである。ツェルヤの子ヨアブは、王の心がアブサロムの上にあるのを知った」と訳すこともできます(以前の新改訳は「ヨアブは、王がアブシャロムに敵意を抱いているのに気づいた」と訳したが、2017版では「心が・・向いている」と訳している)。

要するに、ダビデの心は三年の歳月を経て、アブサロムに対するあわれみで一杯になったのです。そうでなければ、ヨアブのように現実的な人間がアブサロムを呼び寄せることに尽力するわけがありません。王が敵意を抱く王子に肩入れすることは危険極まりないからです。

同時にアブサロムがゲシュルという国にいて、ダビデから疎まれていると感じることが、ゲシュルとの同盟関係を危うくする可能性があると見たのかもしれません。なぜなら、すぐその向こうの大国シリア(アラム)はいつ敵対的になるか分からないからです。

 

   それにしてもヨアブは、直言することを避け、自分のふるさとの近くのテコアの女を呼んで、真に迫った芝居をさせます。それは、自分にふたりの息子があったが、「だれもふたりを仲裁する者がなかったので、ひとりが相手を打ち殺してしまい」(14:6)、親族全体が、残された息子の命を求めるというものでした。

ダビデは、即座に、その兄弟殺しの息子の命を守る命令を下すと約束しました。この原則はすぐにアブサロムにも適用できるもので、王は、意図せずに、彼の命を守ると宣言したことになります。

彼女は、一歩進んで、「神はいのちを取り去らず、追放されている者が追放されたままにならないように、ご計画を立ててくださいます(14:14)と大胆に詰め寄ります。それは自分の息子を追放の地から呼び寄せるために王命が発せられることと、アブサロムの帰還を許す王命が発せられることを重ねることです。

このときに至ってダビデは、これがみな「ヨアブの指図による」ものと悟ります(14:19)。王はヨアブから直接言われれば、「殺人者を安易に赦すことはできない・・・」と返答せざるを得なかったと思われますから、彼がとった方法を苦々しく思いながらも、アブサロムを呼び戻す口実が成り立ったことを心から喜んだことでしょう。

 

ただ、ここでダビデは不思議にも、エルサレムに戻ったアブサロムに、「あれは自分の家に行ってもらおう。私の顔を見ることはならぬ(14:24)と、法を司る王としての立場からのみ語ります。それは殺人という罪へのけじめのつもりだったのでしょうが、それと父親としての喜びを素直に伝えることとは矛盾しないはずです。

彼は息子への愛を示しながら、同時に自分の葛藤を表現することだってできたはずです。しかし、アダムの子孫である男は自分の悩んでいる姿を見せることを躊躇する傾向があります。

確かにダビデはかつて王としての威厳など忘れて、神を人々の前で喜び歌っていました。ところが、家族の危機の中では突然、心の自由を失ったかのようです。それはダビデ自身、これが自分の身から出たさびであると自覚しているからこそ、ますます無能な頑固親父(おやじ)になってしまったとも言えましょう。

 

3.イスラエルの各部族の信頼を失ったダビデの沈黙

   ここで、「さて、イスラエルのどこにも、アブサロムほど、その美しさをほめはやされた者はいなかった。足の裏から頭の頂まで、彼には非の打ちどころがなかった(14:25)と記されます。かつてサウルも、「イスラエル人の中で彼より美しい者はいなかった(Ⅰサムエル9:2)と言われており、そこに共通する危険が示唆されているとも言えましょう。

確かにダビデも、「目が美しく、姿も立派だった(16:12)と描かれており、見栄えは当時の王としての大切な資質と見られていました。ただ同時にダビデはエッサイの八番目の息子で、「羊の番をしている」中から呼び寄せられたと記されているように、社会的な注目を集める者ではありませんでした。

人の評価を受けすぎる人は、それを気にしすぎる誘惑にさらされる傾向があります。そして、人の評価を求める思いと、人と人との親密さへの渇きは切り離せない関係があります。

 

それに続いて1428節では、「アブサロムは二年間エルサレムに住んでいたが、王の顔を見ることはなかった」と記されます。彼はヨアブの仲介を望みますが、無視されます。ついにヨアブの畑に火をつけてまで、彼を自分のもとに呼び寄せ、こんな不安な状況に耐えられないことを伝えます。

その際、アブサロムは、「今、私は王の顔を拝したい。もし私に咎があるなら、王に殺されても構わない(14:32)とまで訴えます。それは、「無視されるよりは、怒りを買って殺される方がまだ耐えられる・・」という思いです。それは、アブサロムの心に強くあった「親密さへの渇き」から生まれる葛藤であったとも言えましょう。

 

ここに至って初めて、王は彼を呼び寄せ、「口づけした」と記されます(14:33)。それは公に彼を赦すと宣言することでしたが、アブサロムが切に求めていた心の交流はまったくありませんでした。

ダビデは父親としての熱い情を隠し続けています。アブサロムもダビデの心の葛藤を理解できません。彼は、「私は、父から疎んじられ、憎まれている・・・」としか思えなかったことでしょう。

ダビデは詩篇の祈りの中では、驚くほど豊かな感情表現を記録しています。しかし、息子の前では自分の心の葛藤を表現することはできませんでした。これもアダムの沈黙の延長線上にあります。男性心理の複雑さを思わされます。

 

   アブサロムは、これを契機にエルサレムで目立った動きをします。「自分のために戦車と馬、それに自分の前を走る者五十人を手に入れた(15:1)とは、戦いへの備えではなく、王位継承者としての威厳をアピールするためです。それは彼の見栄えの良さと合わさって効果がありました。

しかも、朝早く、門に通じる道のそばに立って、王に訴えに来たひとりひとりを呼び、「王の側にはあなたのことを聞いてくれる者はいない(15:3)と言います。これは彼の素直な気持ちでしょう。「息子をここまで無視する王が、イスラエルの小さな部族に気を配ることなどできはしない」と確信していたことでしょう。

なお、彼はさらに大胆に、「だれか私をこの国のさばき人に立ててくれないだろうか(15:4)と言いますが、彼は、「王」ということばを避けながら、自分の野心をあらわにします。しかし、これは、彼が公にダビデの後継者として立てられるなら、できることでもありますから、まだ反乱罪の対象にはなりません。たぶん、ダビデの目からは、彼が王位継承者レースを勝手に先走っている程度にしか見えなかったのかも知れません。

それらの行動をまとめるように、「アブサロムはイスラエルの人々の心を盗んだ(15:6)と描かれます。これは驚くべき表現です。「親密さへの渇き」を抱えた人は、時にこのような行動をとってしまいます。

他人の不安や孤独感に寄り添うように振舞いながら、その人の周りの人の無関心を批判し、「私はあなたの気持ちが分かる」と言うのは「心を盗む」行為と言えます。それは人と人との関係を分断して、人の心を自分に引き寄せようとすることだからです。そのような「心泥棒」の誘惑が自分や人の中にあることを忘れてはなりません。

 

それにしても、アブサロムは「四年」の歳月をかけて「イスラエル人の心を盗み」続けました(15:6,7)。そして、イスラエルの全部族にひそかに使いを送りながら、かつてダビデが王として立てられたヘブロンでの即位劇を準備します。

彼はダビデを欺き、招いた二百人にさえも何をするかを隠したままでした。ただ、「アブサロムがヘブロンで王になった(15:10)という知らせがイスラエルの全部族にいっせいに駆け巡るように工作したのです。

人々は、予期しないことが起きると、冷静な判断能力を失います。しかも、アブサロムはいけにえを献げている間に、「ダビデの助言者(議官、顧問)ギロ人アヒトフェル(15:12)までをも呼び寄せます。彼はエリアムの父(23:34)エリアムはウリヤの妻だったバテ・シェバの父でした(11:3)から、バテ・シェバの祖父、ソロモンの曽祖父がアブサロムを応援することになったということになります。

人々は、そこに流れの変化を見たことでしょう。事情の知らない二百人に関しては、周りの目からはこのクーデターの賛同者としか見られません。たぶん、皆が列車に乗り遅れたら大変というような気持ちでアブサロムの側に付いて行ったことでしょう。

ダビデは、この事情を聞くや否や、神の「都」を戦場にしないためにエルサレムから逃げ出すことを決意します(15:14)。彼はサウル時代から逃げ上手でした。

 

不思議なのは、アブサロムは自分の手勢の軍事力もほとんど持たないまま、人々の支持を集めることができたということです。それは、ダビデが人々の信頼を失っていたことのしるしとも言えましょう。

彼は最も信頼していたはずの助言者アヒトフェルからも見限られていました。これは、ダビデがアブサロムに対するのと同じような煮え切らない態度を人々にも取っていたことを示唆します。国中が、彼の王としての統治能力、判断力を疑うようになっていたのでしょう。

まるでこの反乱に至る11年間、ダビデはうつ状態に陥って、家の中に引きこもっていたかのようです。それらすべてが、ウリヤの妻バテ・シェバへの欲情から始まりました。彼は、確かに詩篇51編のような模範的な祈りをささげながらも、その心は神の赦しを信じる気持ちと、信じられない気持ちの間を揺れていたのではないでしょうか。

アムノンの強姦、アブサロムによる殺人、そしてついには彼の謀反、これら一連の悲劇の中で、ダビデは、神の沈黙に苦しみ続けていたのだと思われます。

その期間は、ダビデがエルサレムで王となっていた33年間の三分の一もの長期に及びました。これはすべての信仰者にとっての避けがたい現実なのかもしれません。

 

詩篇38篇では、ダビデがこの時期に自分が味わった葛藤を赤裸々に、何の言い訳もなしに以下のように記しているのだと思われます。

私の咎が・・・重過ぎる重荷のようになっています・・それは私の愚かさのせいです‥・私は衰え果て、ひどく砕かれ、心の乱れによって、うめいています・・

愛する者や友も 私の災難から目を背けて立ち、私の近親者も 遠く離れて立っています。私のいのちを狙う者は 罠をしかけ、わざわいを求める者は私の破滅を告げ、裏切りを一日中思い巡らしています・・・

しかし、この私は・・・聞くことができない者、口で抗議できない者のようになりました(4,58,11,12,14節私訳)

 

ただそこでは、自分の沈黙の理由を「それは、主(ヤハウェ)よ。あなたを私は待ち望んでいるからです・・あなたは答えてくださいます(15)と記しています。ダビデが肝心の場で沈黙していたのは、神への期待の表れであったというのです。

それが正しい行動だったかはわかりません。もっと彼がアブサロムに正直に賢く振舞っていたら、彼の謀反を招くこともなかったように思えます。しかし、多くの人は、「こうしたほうが良い・・・」と分かっていても、そのようにはできない弱さを抱えているのではないでしょうか。

 

ダビデの弱さは反面教師であると同時に、自己嫌悪に陥る人にとっての慰めともなります。史上最高の王として尊敬される人にもこれほどの陰があったのですから。それは、彼が神の一方的なあわれみなしには生きられなかったという証しです。

そして、神は彼をこのどん底から引き上げてくださいました。それはあなたにも起きています。自業自得の苦しみの中で、神の救いを待ち望むことこそが信仰です。

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2018年2月11日 (日)

伝道者の書7章1-24節「正しすぎてはならないーLet it be」

             2018211

 15年ほど前のことですが、二十台の若さで天に召されたある女性の葬儀を司式させていただいたとき、私は、「彼女の死になんの解釈を加えずに、ただこの現実をそのまま悲しみ、彼女の思い出を宝物にしましょう・・」という趣旨のことを話させていただきました。

その後、ご遺体をお花で飾るときに、友人の奏楽者が、教会の礼拝では弾くことのない曲、ビートルズのLet it beを静かに演奏し続けました。私は一瞬、驚きながらも、「これほどこの場にふさわしい曲はない・・」と感動し、今もそれが心に残っています。Let it beには「そのままに」という意味があるからです。

作者のポール・マッカートニーは、14歳のときマリアという名の母を亡くしています。そして、ビートルズが絶頂期を迎えた後、彼に大きなストレスがたまっていたとき、夢の中に彼女が現れ、「Let it be(そのままに)」と語りかけてくれたとのことです。

これは聖母マリアからの知恵のことばとも解釈されることがあるようですが、私にとっては、困難のただ中で、心が混乱しているときに、神が生身の人間を通して教えてくれた知恵のことばとして響いてきます。

 

私たちは大きな困難に直面したとき、すぐに原因を突き止めようとしますが、それはしばしば、怒りや恨みや自己嫌悪を加速させるだけです。あるときも、見知らぬ他人の過失と思われることで家内が肩を怪我したとき、本当に苛立ってしまいました。そのとき、Let it beの奏楽者が、男性用のエプロンをプレゼントしてくれました。それは、家事を楽しむようにとのジョークに満ちた励ましでした。

私たちが困難に直面したとき、問うべきことは、「Why(なぜ)」よりも、「How(どうする)」ではないでしょうか。起こったことの意味は、わかるまで、Let it be(そのまま)にするのが最善です。

必要なのは、変えられない過去を受け入れながら、今、このときをどのように生きるかを問い続けることです。災いのときも、神のご支配の中にあるからです。

 

1.「苛立(いらだ)つことは笑うことにまさる。暗い顔は心を良くする let it be」

 「名声は香油にまさり(1節)とは、香油に象徴される富よりも、人としての高潔さに価値があるという意味で、これは世の常識です。

ただ常識に逆らうかのように、「死の日は生まれる日にまさる。喪中の家に行くのは、祝宴の家に行くのにまさる(2節)と記されます。それは、「そこにはすべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになる」からです。これは、意表をつくアイロニーです。

3章18-22節では、「人の子も獣も同じように息(霊)を失って死んで行き、土のちりに帰る」と記されていました。

 

苛立つことは笑うことにまさる。暗い顔は心を良くする」(3節)というのもアイロニーですが、日頃からつぶやくことの多い私には大きな慰めです。ある歯科医院で受診中、そこの助手さんから、「牧師さんならもっと微笑んでくださらないの・・」などと言われ、落ち込んでしまいました。

私は、「人の痛みに寄り添い、この世の不条理に苛立っている人に共感していれば、無愛想になるのも仕方がない・・」と自分を慰めました。

しかし、ここでは、自分の苛立ちや暗い顔」をそのままに(Let it be)にしておくとき、神ご自身が私たちのうちに働き、「心を良く」してくださると約束されているように思えます。自分の力で取り繕おうとすることは、神のみわざに対して心を閉じることになります。

イエスも、「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから・・・義に飢え渇く者は幸いです。その人たちは満ち足りるから(マタイ5:4,6)と言われました。

 

さらに、「知恵ある者の心は喪中の家にあり、愚か者の心は快楽の家にある(4節)と記されますが、これは、この世の楽しさばかりを求める者に対する警告です。しかも、「知恵ある者の叱責を聴くのは、愚か者の歌を聴くのにまさる」(5節)とあるように、耳に心地良いことばよりも、愛の伴った叱責をこそ、私たちは聴くべきでしょう。

その上で、「愚か者の笑い」は、「なべの下のいばらがはじける音のよう」であると皮肉を込めて描かれます。陽気さばかりを求めることが、「これもまた、空しい」と言わざるを得ません。

 

知恵ある者でも、虐げられれば狂い、賄賂によって心を滅ぼす(7節)とは、人の心の脆さを言い表したものです。自分の心の強さを過信することは危険です。

その上で、「事の終わりは、その初めにまさり、気が長いことは気位が高いことにまさる(8節)と記されます。これは忍耐の大切さを説くものです。

ここで「気が長い」とは、「気短に苛立つ(9節)ことがない心の状態を指します。続く「苛立ちは愚か者の胸に宿る」という表現は、3節に矛盾するように見えますが、ここでは「苛立ち」が一時的ではなく、永続的に「宿る」ことの愚かさが指摘されています。それも神のみわざに心が閉ざされた状態です。

なおここで、「気が長い」「気位が高い」「気短」の「」とは原文で「」ということばが用いられています。ESV訳では the patient in spirit, the proud in spirit, quick in your spirit と訳されています。興味深いのは、「霊」の「高い(中立的なことば)ことが評価されずに、「長い」ことの方が「良い」とされていることです。

イエスはこれをもとに、「(霊)の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから(マタイ5:3)と言われたのかもしれません。「気位(霊)が高い」と、その場を取り繕って、神にすがることができません。人生は、終わりになるまで評価を下すことはできません。

霊性」の「高さ」を意識する代わりに、自分の心の弱さや貧しさを正直に認め神の霊が、私たちの「」を支配することができるように、心を開き続けることが大切です。              

 

2.「幸せの時には幸せを味わえ。災いの時には、(神のみわざに)目を留めよ」

どの時代においても過去を懐かしみながら、「昔のほうが今より良かったのはどうしてか?(10節)などと問いかけることがありますが、著者は、「このように問うのは、知恵によるのではない」と、その問いの愚かさを指摘します。

人は、「私の人生は順調に行くはずだったのに・・・」と思えば思うほど、周りの人への恨みが生まれ、孤独を招いてしまいます。しかし、人生の困難は、何かのたたりというよりも、神からの期待の大きさのしるしとさえ言えましょう。

そして、「知恵は遺産と同じように良いもの。それは日を見る者に益をもたらす(11節)と記されている「知恵」の基本とは、そのような神のご支配を知ることにあります。

 

また「金銭が避け所になるように、知恵も避け所になるが(12節)とは、「金銭」には私たちを飢えや苦しみから守る力があるのと同じように、「知恵」は私たちを守ることができるという意味です。

ただ、「金銭」は、しばしば、私たちの心を窒息させるように働きます。それに対し、「知識が益になるのは、知恵がその持ち主を生かすことにある」というように「その持ち主を生かす」という面が強調されています。

そして、「知恵に生かされる」生き方の基本は、「神のみわざに目を留めよ」(13節)という勧めに要約されます。ただ同時に、「神が曲げたものを、誰がまっすぐにできよう」と不思議なことが記されます。これは、神が私たちの人生に試練を与えようとしておられるときに、それを避けることは誰にもできないという意味です。

 

「幸せな時には幸せを味わえ」(14節)とは、人生には、必ず苦しみの時が来るのが明らかだからこそ、束の間の幸せを心から享受するようにという勧めです。命をかけてヒトラーと戦って殉教したディートリッヒ・ボンヘッファーは、「力の源は、感謝に満ちた思い出である」と言っていますが、幸せを味わうことは、この世の困難に直面する最大のエネルギーになります。

もちろん、その際、神を忘れて傲慢になってしまう危険を忘れてはなりませんが、「傲慢にならないように・・・」などと、幸せを味わうことにブレーキをかけるのは本末転倒です。

 

そして、これとセットに、「災いの時には、目を留めよ」と記されていますが、これは先の「神のみわざに目を留めよ」と同じ動詞です。人はみな、逆境のとき、物事を必要以上に悪く見る傾向がありますが、文脈から明らかなように「災い」は神の罰ではなく、私たちの思いを超えた「神のみわざ」、「神が曲げたもの」です。そのことに、「目を留め」、なお神に期待することが勧められているのです。

なお、ここは、「順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ」(新改訳第3版)と訳されていましたが、それでは、「なぜこのような災いにあったのかを反省せよ」という意味に誤解される可能性があります。

ある方は、苦しみのただ中にあった時、そのように言われ、かえって傷口に塩を塗られるような気持ちを味わったとのことです。しかし、「災いの時」こそ、「神のみわざに目を留め」、将来に期待することが何よりも大切なのです。

 

それを前提に、「これもあれも神のなさること(14節)と記されます。これは、「わざわいも幸いも、いと高き方の御口から出るのではないか」(哀歌3:38)と同じ意味です。

また、ここでは続けて、「このため人は後の事を見極めることができない」と記されます。これは、未来を自分で掌握しようとする努力をあきらめることの勧めと言えましょう。

新約でも、「あなたがたには、明日のことは分かりません(ヤコブ4:14)と断言されます。自分で自分の未来を切り開こうとする責任感は大切ですが、それよりもはるかに大切なのは、私たちの未来を支配しておられる方、「すべてのことを働かせて益とする」ことがおできになる方に信頼することです(ローマ8:28別訳)。天地万物の創造主にとって、制御不能(out of control)なことはないからです。

 

イエスは、「雀の一羽でさえ、あなたがたの父の許しなしに地に落ちることはありません。あなたがたの髪の毛さえも、みな数えられています。ですから恐れてはいけません。あなたがたは、多くの雀よりも価値があるのです(マタイ10:29-31)と言われました。人が雀に勝っているのは、自分の弱さを自覚し、神に祈ることができることにあります。

戦時中を通り抜けた福音伝道教団太田教会牧師の小澤薫師は、日頃から、「困難は祈りの母、試練は信仰の父」と常に語っておられたとのことですが、すべてのことを、神の御手の中にあることと捉え、祈ってゆくときに、困難も試練も、私たちの成長に豊かに用いられます。

 

私たちの人生には、順境の日逆境の日の繰り返しが必ずあります。「逆境の日」には、「なぜ」という「反省」ではなく、「これもあれも神のなさること」と、現実をそのまま(Let it be)に受け止め、そこで神から問われていること、つまり、今、対処すべきことに心を集中すべきでしょう。

先のイエスのことばの前には、「からだを殺しても、たましいを殺せない者たちを恐れてはいけません。むしろ、たましいもからだもゲヘナで滅ぼすことができる方を恐れなさい」(マタイ10:28)と記されていますが、いつでもどこでも、神の目を意識して生きることが大切なのです。

しかも、そのとき、どのような災いの中にも、神がそれに合わせて数多くの恵みを与えていてくださることが見えてきます。「神は真実な方です」とあるように、神は私たちが試練に耐えることができるように、「試練とともに脱出の道も備えて」いてくださるからです(Ⅰコリント10:13)

 

3.「正しすぎてはならない・・悪すぎてもいけない  神を恐れる者は・・」

   著者は、「この空しい日々の中で、すべてを見てきた。正しい人が正しいのに滅び悪者が悪いのに長生きすることがある(15節)というこの世の不条理に目を留めます。これはこの書で繰り返されているテーマでもあります。

しかし、ここでは、「正しすぎてはならない。知恵がありすぎてはならない。なぜ自分を滅ぼすのか」(16節)という不思議な展開になります。

聖書には、「主の御教えを守るなら、あなたは幸せになる」という趣旨のことが繰り返し書いてあります。これは本来、主を愛していること自体の中に幸せがあるという意味ですが、しばしば、「私たちの側に正義があれば、幸せになれる」という因果応報の教えと混同されてきました。

 

ところが、人は、悪人であるほど自分の正当性を主張するという逆説もあります。20世紀初頭の米国暗黒街の帝王アル・カポネは逮捕された時、「俺は働き盛りの大半を、世のため人のために尽くしてきたのに・・・」と、自分の慈善事業が認められなかったかのように嘆いたとのことです。そこにあるのは、自分の正当性を主張することで、自分の人生を把握していたいという思いではないでしょうか。

しかしそれは、神ではなく自分を善悪の基準とした最初の人間アダムの罪そのものです。アダムは、神から、「あなたは、食べてはならない、とわたしが命じた木から食べたのか」と問われただけで、「私のそばにいるようにとあなたが与えてくださったこの女が、あの木から取って私にくれたので・・」と、神と妻とを非難しました(創世記3:11,12)

残念ながら、今も、「あなたのせいで・・・」と罵り合う夫婦喧嘩がどの家でも同じパターンで続いています。「私は正しい。あなたは悪い」と徹底的に主張し合うなら、結婚関係は必ず破綻します。家族を失ってから、「私は何を得るために、自分の正当性を主張したのか・・・」と反省しても遅すぎます。

 

これは、すべての人と人との関係、また国と国との関係にも適用できる原則です。私の学生時代は、学生運動が急速にしぼんでゆく時期でした。全学連と呼ばれた運動は、互いの正義を主張しながら分裂に分裂を重ね、自滅して行き、私はそれを白けた目で見ていました。

ですから、私は聖書の教えを聞いても、「また空しく正義を主張する集まりか・・」と警戒していました。しかし、米国留学中に多くのクリスチャンの謙遜な姿勢に触れて、見方を改めることができました。あるひとりの若い輝いた女性が、自分の弱さを率直に認めながら、真心から、「私はイエス様なしには生きてゆけない・・・」と言っているのを聞いたとき、そこに彼女を生かしておられるイエスを認めざるを得なくなりました。

同時に、私はそこに浄土真宗の開祖、親鸞の告白に通じるものを感じました。そこには自分の正当性を主張して戦うような姿勢はまったくなかったからです。

それでも、以前の米国ブッシュ政権下で、9・11自爆テロへの報復作戦の呼び名が、当初は「無限の正義作戦」と名付けられました。それがイスラム教学者から批判され、「不朽の自由作戦」と名称が変わったとのことですが、イラク戦争などを見ると「無限の正義」ということばに隠された偽善を思わされ、多くの日本人が不安を感じるのもわかります。

しかし、聖書では最初から、自分の正義を主張することこそが罪の始まりであると記されています。本来、人は、絶対的な神の前では、自分の無知と無力を心から認め、謙遜になることができるはずなのです。人の罪が、本来人を謙遜にするはずの信仰さえ、争いの原因としてしまうという現実がある中で、「正しすぎてはならない」という教えの鋭さに目が開かれます。

 

また、「知恵がありすぎる」というのも大きな落とし穴です。ソロモン王は、この世の誰よりも知恵がありましたが、妻をたくさん持ちすぎて、妻たちの偶像礼拝に付き合い、神からの警告にも耳を傾けなくなってしまいました。自分こそ知者だと思う人は、神にも人にも聞くことができなくなります

ですから、「正しすぎる」ことも「知恵がありすぎる」ことも、神と人のありがたさを忘れさせるきっかけになってしまい、人に滅びをもたらすのです。

それと同時に、1章18節でも、「実に、知恵が多くなれば苛立つことも多くなり、知識が増せば悲しみも増す」と記されていたように、知恵や知識が、心の幸せの基盤とも言い切れません。

 

ただし、同時に、「悪すぎてもいけない。愚かであってもならない。なぜ、その時でもないのに死ぬのか」(17節)とも言われます。これは、悪や愚かさに居直ることの危険です。「どうせ、私は・・・」などと言って成長することを諦めるなら、生きがいもなくなります。

また、「神のかたち」に造られたすべての人には、良心があり、悪いことをしたら心が痛みます。しかし、悪いことをし過ぎると、それも感じなくなります。それは私たちが生ける屍になった悲惨な状態です。

 

また「愚かであってもならない」とは、人はすべて創造主からの贈り物としての固有の才能が与えられており、それを生かし成長させる責任があるからです。私たちの人生は自転車に似ているのかも知れません。適度に走っていて初めてバランスがとれます。成長をあきらめたとき、生きる気力もなくなります。そのとき、私たちはまっすぐに歩くこともままならなくなるでしょう。

 

一つをつかみ、もう一つを手放さないがよい。神を恐れる者は、すべてをくぐり抜ける(18節)とは、「・・すぎてはいけない」というこのふたつの真理を同時に大切にすることの勧めです。

自分のうちにアダム以来の罪深さや愚かさがあること自覚することと同時に、自分が「神のかたち」に創造された「高価で尊い」存在であるということの両方をいつも忘れてはなりません。この両方を覚えることが、「神を恐れる」ことです。

そして、「神を恐れる者」の人生を、神は守り通してくださいます。そして、「知恵は知恵ある者を、町の中の十人の権力者よりも強くする。善いことだけを行って罪を犯すことがないような正しい人間は、この地に誰もいないのだから(19,20節)と描かれるのは、知恵の本質が何よりも、自分の限界を認識することにあるからだと思われます。

実際、自分の罪と尊厳の両方を知っている人は、人との協力関係をうまく築くことができます。なぜなら、そのような人は、他の人に向かって自分の正当性を必死に主張する必要を感じませんし、相手の置かれている状況や相手の弱さを優しい眼差しで見ることができるからです。 

 

人の語るすべての言葉に心を留めようとしてはならない。あなたのしもべが、あなたを呪うのを聞かないで済むために。あなた自身も、他の人々を呪ったことが何度もあることを心で知っているからだ(21,22節)というのも人間関係を築く上での大切な知恵です。

人は誰でも、困難に直面した時、それを他人のせいにし、人を責めたくなるものです。人は、そうしないでは自分が成り立たないような気持ちに追い込まれている結果として、「人を呪う」ようなことまでするのですから、それを真に受ける必要もありません。

 

 ところで著者は、このような人生の真理を、「知恵によって試し」ながら、さらに自分に、「知恵ある者になりたい」と言ってみました。しかし、「それは私の遠く及ばないこと」であったと分かり、「すべて存在するものは」、自分の理解の範囲を超えて「遠く、非常に深い」もので、「誰がそれを見極めることができよう」と言わざるを得なくなりました(23,24節)

後に哲学の父ソクラテスも、自分の無知を知ることこそ、知を愛する(フィロソフィア「哲学」)ことに他ならないと説いています。それこそ真に神を恐れることに通じます。

 

私たちは、自分で自分を元気づけ、自分の知恵で自分の世界を安定させようとします。しかし、世界は自分の期待通りには動きません。私たちに第一に求められているのは、自分が状況を把握しようとする前に、すべてのことを把握しておられる神に信頼することです。

目の前に起きることを敢えて自分の視点から解釈しようとするのではなく、そのままに(Let it be)して、それらすべてを支配しておられる神を見上げることこそ信仰です。

 

私の中には、いつも、世界を解釈する枠を自分で持っていたいという強い欲求があります。しかし、枠が強すぎると、神のみわざが見えなくなるということがわかってきました。そのような中で、「正しすぎてはならない。知恵がありすぎてはならない」という真理が迫ってきました。

イエス・キリストが私たちに与えてくださった救いは、奇想天外なものです。私たちが自分を正当化しなくて済むように、まず、罪の赦しを、ご自分の血によって提供してくださいました。しかも、それによって究極の敵である死の力を滅ぼし、死の恐れからさえも解放してくださいました。

人生には多くの障害物が横たわっていますが、それをそのまま(Let it be)にしてイエスを仰ぎ見るなら、それらすべてが違って見えてくるでしょう。

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2018年2月 4日 (日)

Ⅱサムエル7章~10章 「神の真実とダビデの真実」

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悪いと分かっていることに手を出してしまうことを、「つい、魔が差してしまって・・」と言われます。これを英語にすると、tempted by an evil spirit(悪霊に誘惑されて)と訳されるようですが、日本語の微妙なニュアンスを現わしているとは言えません。「どうして、あの真面目な人が・・・」と言われるほど理由がわからないときに用いられる表現です。

実は、過ちは誰でも犯すものとも言えます。それ以上に、聖書で問われているのは、過ちを犯したときの対応の仕方に、その人の根本的な問題が現れるということです。

 

今回の悪人の代表者はダビデですが、この罪に身を任せた理由は説明されていません。それよりも、罪を隠蔽しようとした卑劣さの方が明らかに問われています。

彼は後に詩篇19篇で「このしもべの高慢を抑え、支配させないでください。それで私は完全にされ、重い罪からきよめられます」(私訳)と祈っています。それは彼の反省から生まれているのだと思われます。

10章までのダビデは誰よりも謙遜でしたが、そのような人でも様々な成功を味わい、権力を握ると、驚くほど高慢になってしまったのでしょう。

 

しかも、ここでのダビデの罪には、アダムの罪の繰り返しを見ることができます、これは私たちの誰もが犯し得る罪であり、全人類の罪のパターンの根本を見ることができるとも言えるかもしれません。

 

1.ダビデが犯した罪―天使になろうとして悪魔になるー

ダビデはヨルダン川東のアンモン人との平和を望みながら、戦争になりました。ただその結果、主がアブラハムに約束されたユーフラテス川に至る広大な土地がダビデに服従しました(10:19)

その際、「アンモン人はアラム人が逃げるのを見ると、アビシャイ(ヨアブの弟)の前から逃げて町に入った(10:14)と記されていますが、この「町」とはアンモンの首都ラバです。ラバは、昔は「アンモンのラバト」と呼ばれ、現在はアンマンと呼ばれ、ヨルダン王国の首都となっています。

11章の戦いは、城壁都市ラバに籠ったアンモン人を屈服させる掃討作戦です。それにしても、1節では、王たちが出陣する時期・・・ダビデはエルサレムにとどまっていた」という対比が強調されています。「出陣する時期」に、「とどまっていた」というのです。

ダビデはヨアブとイスラエル全軍を戦いに出しながら、自分はエルサレムにとどまり、昼寝を貪るような生活をしていました。彼にとってすべてが順風満帆と思え、心の中から「恐れ」が消えていました。

 

不思議にダビデに何の心の葛藤もなかったかのように「ある夕暮れ時、ダビデが床から起き上がり、王宮の屋上を歩いていると、一人の女が、からだを洗っているのが屋上から見えた。その女は非常に美しかった」(11:2)と描かれます。

王宮は城壁で囲まれた町の一番高い部分にあり、屋上からは町全体を見下ろすことができました。ダビデはこの女が家来の妻であることを承知の上で、「使いの者を送って、その女を召し入れた」(11:3)と簡単に記されます。

彼をこの姦淫の罪に駆り立てた唯一の動機は、彼女の「美しさ」にあったようです。しかも、彼女が水浴びは、「月のものの汚れから身を聖別していた(11:4)とあるように、女性の通常の「七日間」の「月のさわりの状態」からのきよめの儀式でした(レビ15:19-24)。彼女には王の命令に逆らう余地はありません。

ダビデも王としての権力を使うことの緊張感を失っていたかのようです。彼はこれがどのような結果を生むかを何も考えなかったかのようですが、この時期に彼女が妊娠することになるのは当然の帰結とも言えましょう。彼女の名はバテ・シェバで、その夫は異邦人である「ヒッタイト人ウリヤ」でした。彼はヨアブにしたがってアンモン人掃討作戦に出征していました。

 

彼女の妊娠の知らせを聞いたダビデは慌てて偽装工作を思いつきます。なぜなら、彼は、神を恐れ、家来を大切にするということで信頼されていたからです。それでウリヤを前線から呼び寄せました。それはウリヤを妻のもとに帰らせて夜をともに過ごさせ、生まれた子が彼の子であるかのように見せるためでした。

ところが彼は、「王宮の門のあたりで、自分の主人の家来たちと一緒に眠り、自分の家に帰らなかった」というのです(11:9)。ダビデはそのようすを聞いて、ウリヤに「なぜ、自分の家に帰らなかったのか」と尋ねます(11:10)

それに対しウリヤは、「主人ヨアブも」、その「家来」である戦友たちも、「戦場で野営」しているという中で、自分だけが「家に帰り、食べたり飲んだりして、妻と寝るということができるでしょうか」と答えます(11:11)

そこには戦友の痛みへの共感があったことは当然ですが、戦いの最中は、「女たちから遠ざかる」という律法に従うためでもありました(Ⅰサムエル21:5、申命記23:5

しかもその際、彼は「神の箱も、イスラエルも、ユダも仮庵に住み」(11:11)という表現を使います。まるでこの外国人の方が、神の箱と国の行く末を案じているかのようで、安逸を貪っていたダビデとの対比が際立って描かれます。

 

ダビデはそれでも諦めずに、ウリヤを食事に招いて酔わせますが、彼は妻のもとに行こうとしませんでした。それでダビデはヨアブへの手紙をしたためウリヤに持たせます。

そこには「ウリヤを激戦の真正面に出し、彼を残してあなたがたは退き、彼が打たれて死ぬようにせよ」(11:15)と記されていました。ウリヤは、国のことを思い、妻と一夜を過したい思いを抑えて、王の書状を自分の主君ヨアブに命がけで届けましたが、そこには自分を死に至らしめる卑劣な策略が記されていました。何という裏切り行為でしょう。

ヨアブも、ダビデに恭順を示したアブネルを欺いて殺したような人間ですから、王の命令をひそかに実行することに躊躇しませんでした。ヨアブは「戦いの一部始終をダビデに報告」するにあたって、王との想定問答まで指示し、「あなたの家来、ヒッタイト人ウリヤも死にました」ということばが自然に出てくるように伝言を託します(11:18-21)

この使者は王に向かって、「城壁の上から射手たちが・・・矢を射かけ、王の家来たちが死にあなたの家来、ヒッタイト人ウリヤも死にました」と伝えます(11:24)。使者は、ウリヤの死ばかりか、「王の家来たち」の「死」をも敢えて強調しています。ウリヤを死に至らしめるために、城壁に近づきすぎるという戦略を、ヨアブが取らざるを得なくなったことへの皮肉が込められています。

 

それを聞いたダビデはヨアブに、「このことに心を痛めるな(11:25)と伝えますが、まるでダビデが自分に言い聞かせているかのようです。

その後、ウリヤの妻「自分の主人のために痛み悲しんだ」のですが、「喪が明けると、ダビデは・・・彼女を自分の家に迎え入れ」ます(11:2627)。これは、家来の未亡人にあわれみを施す王のような態度です。そして「彼女は彼の妻となり、彼のために息子を産んだ(11:27)と記されます。つまりダビデは約一年近くの間、家来を大切にする敬虔な王であるかのように振舞っていたのです。

しかし、裏では、ヨアブよりもはるかに非道なことを行なっていました。ヨアブは復讐心からから行動しましたが、ダビデは自分の評判を守るだけのために、何の恨みもない人の、その誠実さをまるで逆手に利用するかのようにして殺してしまったのです。これほどの偽善、卑怯さがあるでしょうか。

 

17世紀のフランスの天才パスカルは、「人間は、天使でもけだものでもない。そして不幸なことには、天使のまねをしようと思うと、けだものになってしまう(パスカル・パンセ359)と言いました。確かにこれは明らかな悪人よりも、善良に見える人の方が、恐ろしい罪を犯し得ることの実例ともいえましょう。

歴史上、ダビデほどに神を恐れ、人に誠実を尽くし続けた王はいません。しかし、そこに落とし穴があったのです。

 

2. 主はダビデを立ち返らせるために預言者ナタンを遣わされた。

11章は、「ダビデが行ったことは主のみこころを損なった」ということばで終わります。そして、主(ヤハウェ)は一年近くもの間、ダビデが自分の罪を告白してくるのを待っておられ、その上で、預言者「ナタンをダビデのところに遣わされ」ます(12:1)主ご自身が交わりの回復を計られたのです。

自分を神のようにしたアダム以来、人の何よりの問題とは、自分の罪を認められなくなったということです。よく「あなたが謝罪したら赦してあげるのに・・」と迫る人がいますが、それは人の心を分っていない人かもしれません。

 

ナタンは神からの知恵によって、他の人のことを相談するような雰囲気でたとえを話します(12:1-4)。ある貧しい人が、唯一の財産として一匹の雌の子羊を持っており、娘のように大切に育てていました。

ところが、「一人の旅人が、富んでいる人のところにやって来」たとき、「彼は・・旅人のために、自分の羊や牛の群れから取って調理するのを惜しみ、貧しい人の雌の子羊を奪い取り」、調理して客をもてなしたというのです(12:4)

富んでいる人は、自分の体面を保つだけのために貧しい人の宝物を力ずくで取り上げたのです。

それを聞いたダビデは、「主(ヤハウェ)は生きておられる。そんなことをした男は死に値する(12:5)と怒りを燃やします。それを聞いてナタンは、「あなたがその男です」と断言しました(12:7)

 

その際、主は、ダビデにどれだけ多くのものを与えたかを思い起こさせながらも、「それでも少ないというのなら、わたしはあなたにもっと多くのものを増し加えたであろう」(12:8)とまで言います。主は、不思議に、ダビデの心の中にある欲望ではなく「主(ヤハウェ)のことばをさげすみ、わたしの目に悪を行なった」(12:9)こと自体を問題にします。

そしてその罪を、「あなたはヒッタイト人ウリヤを剣で殺し、彼の妻を奪って自分の妻とした」と指摘します(12:9)。ここで何よりも非難されているのは、多くの人のような欲望に負けたことではなく、自分の評判を守るためにウリヤを死に至らしめ、家来の妻を憐れむふりをしたという、権力者の横暴と偽善です。

権力は人を酔わせます。しかも、一度手にすると離せなくなります。だからこそダビデは評判を気にしたのでしょう。

彼が情欲に負けたという出発点よりも、ウリヤに対する横暴が問題なのです。その根本が、「主を恐れる」代わりに、「主をさげんすだ」(12:10)こととして描かれています。

 

ダビデの罪は、殺人、姦淫、盗み、偽証、むさぼりと、十戒の後半のすべてに反しますが、その根本には、「人を人とも思わない」という傲慢さがありました。彼にとってのウリヤの命、その巻き沿いをくった家来たちの命は、あまりにも軽いものでした。

イエスは、模範的な生き方を誇ったパリサイ人たちに同じ問題を見て、「偽善者」と非難しました。そして主は十戒の後半をまとめて、「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」と言われました(マタイ22:39、レビ19:18)。それは、隣人の存在を自分自身ように大切に思うということです。

あなたもときに、「あの人のせいで、自分の評判に傷がつきそうだ。あの人がいなかったら自分は安心していられるのに・・・」と思って、心の中で人を殺しているようなことがないでしょうか。

 

ダビデはこのとき、「主(ヤハウェ)は王である」(詩篇96:10)という自分の王権の原点を忘れ、地上の他の横暴な王と同じ存在に成り下がっていました。

これに対して、真の王である主は、「今や剣は、いつまでもあなたの家から離れない・・・わたしはあなたの家の中から、あなたの上にわざわいを引き起こす。あなたの妻たちを・・目の前で奪い取り・・隣人に与える」(12:1011)というさばきを宣告されます。これは、子供たちが殺し合い、息子アブサロムがダビデに謀反を起こすという一連の悲劇を予告したものです。

 

たしかにダビデが、「私は主(ヤハウェ)の前に罪ある者です」(12:13)と告白したとき、ナタンはすぐに、「主(ヤハウェ)も、あなたの罪を取り去ってくださった」(12:13)と宣言しました。それは、主がダビデを赦すために彼の罪を指摘していたという経緯があったからです。

ただ続いて、「あなたは死なない。しかし、あなたはこのことによって、主(ヤハウェ)の敵に大いに侮りの心を起こさせたので、あなたに生まれる息子は必ず死ぬ(12:13,14)と、「死なない」「必ず死ぬ」という表現をセットに、生まれて間もない子がダビデの身代わりになると宣告されます。

なお、ここで多くの訳は、筆記者が恐れ多い表現を避けるために「主の敵」ということばを挿入したと理解し、ダビデの罪を、「(ヤハウェ)をひどく侮辱した」ことと記します。

 

そして、(ヤハウェ)その打たれ、病気にします。しかし、「ダビデは、その子のために神に願い求め…断食をして引きこもり、一晩中、地に伏し(12:16)続けます。そして「七日目にその子は死んだ」と記されます(12:18)。彼はそれを聞くと、「地から起き上がり、身体を洗って身に油を塗り、衣を替えて主(ヤハウェ)の家に入り、礼拝をした」というのです12:20

その後、ダビデが食事を取ると、家来たちが不思議に思いますが、ダビデは、「もしかすると主(ヤハウェ)が私をあわれんでくださり、あの子が生きるかもしれない、と思った」(12:22)と答えます。

ここにダビデの祈りの姿勢を見ることができます。彼は、主のさばきを聞きながらも、主がみこころを変えてくださる可能性があると期待し、徹底的に主にすがり続けました。

 

その後、「ダビデは妻バテ・シェバを慰め・・・彼女が男の子を産み、彼はその子をソロモンと名づけた」(12:24)と記されます。不思議にも、(ヤハウェ)は彼を愛されたので・・・その名をエディデヤ(主に愛された者)と名づけさせた」(12:25)と記されています。

主はダビデの深い悲しみを見て、この関係から生まれた次の子を、豊かに祝福されたからです。つまり、ダビデの七日間の断食の祈りは無駄ではなかったのです。

主は、不倫から始まった関係を正式な結婚として認めたばかりか、それを救い主の系図に入れました。それは主が、どんな忌まわしい罪さえ、恵みのきっかけに変えることができることを意味します。

 

3.ダビデの罪の結果が息子たちの姦淫と殺人に現れる。

   ところがこの間に、戦いの方は予想通りに勝利を収めようとしていました。そのとき将軍ヨアブは、最終的な勝利の栄誉を自分が受け取ってしまってはまずいと、ダビデに最終的な詰めを委ねます。

この点では、ダビデの支配権は順調に強化されており、彼の罪の結果はどこにも現れていないかのようです。

 

しかし、一方で、「神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります(ガラテヤ6:7)という現実もあります。そして、家庭の罪は、家庭に問題を起こします。

彼の長男アムノンは、腹違いの妹のタマルを恋い焦がれます。その理由は、彼女が「美しい」とともに「処女であって・・何かをするということはとてもできないと思われたから」と記されます(13:1,2)。そのために彼は「苦しんで、病気になるほどであった」というのです。ここに、恋の心理が巧みに描写されています。

 

その後アムノンは、悪い友人の勧めにしたがって、仮病を使ってダビデを呼び寄せ、自分の看護のためにタマルを自分のもとに遣わすように願います。

アムノンはタマルをだまして寝室に呼び寄せ、タマルに迫ります。彼女は「イスラエルではこんなことはしません」と拒絶します(13:12)。それはレビ記189節で明確に禁じられている関係でした。

しかし、アムノンは「力づくで、彼女を辱め」(13:14)ました。

 

アムノンダビデに似ています。ダビデがバテ・シェバの美しさに惹かれたように、タマルの美しさに惹かれ、主の御教えを軽んじて、強引に自分のものにします。ダビデはウリヤをだまして死に至らしめましたが、アムノンダビデを騙して、家庭を壊し、タマルを社会的に殺します。

アムノンはどうしてダビデを騙せたのかと不思議ですが、ダビデが神を軽んじたように、アムノンは父を軽んじたのです。

 

そればかりか、目的を果たしたアムノンは、「激しい憎しみにかられて、彼女を嫌った。その憎しみは、彼が抱いた恋よりも大きかった」(13:15)というのです。それは先の罪よりもなおひどく彼女を傷つけました。

処女を奪った者は、その責任を一生取り続けるのが神のみこころだからです(出エジ22:16)。父の姦淫の罪を長男は真似ましたが、父とは違い犯した相手の責任を取ろうとはしませんでした。

その結果が、「タマルは頭に灰をかぶり、身に着けていたあや織の長服を引き裂き、手を頭において、泣き叫びながら歩いて行った(13:19)と描かれます。当時の社会においては、彼女はもう死んだ者とされてしまいました。

ダビデはウリヤを死に至らしめ、アムノンは自分の欲望のためにタマルの一生を抹殺したのです。

 

その後、タマルの実の兄アブサロムがアムノンに復讐を果たします。父の姦淫と殺人の罪を、ふたりの息子がそれぞれ受け継ぎ、さらに罪深い方法で実行してしまいました。それは主がダビデに、「わたしはあなたの家の中から、あなたの上にわざわいを引き起こす」12:11と言われた通りでした。これはダビデが蒔いた種です。

私たちは「罪の赦し」を、過去を消し去り、忘れ去ることだと誤解してはいないでしょうか。ダビデの罪は確かに赦されましたが、その罪の結果は、子供たちに現れ、ダビデはやがては自分がエルサレムから一時的に逃げ出さざるを得ないというところまで追いやられるのです。

 

ある人は、つくづく「確かに私は、自分の罪が赦されたことの恵みを誰よりも深く味わっているかもしれないけれど、誰にも決して、自分と同じような歩みをして欲しいとは思わない。自分が蒔いた種刈り取ることは、本当に大変だから・・・」と言っておられました。

ただし、それでも、罪の赦しは圧倒的な恵みです。それは罪の結果を刈り取る過程で、神がいつもともにいて、ひとつひとつのことを益に変えてくださるからです。神が自分に向って微笑んでおられると感じられることは、明日に向って歩む何よりの力となります。

様々な人生の試練を、神とともに乗り越えられることと、一人で立ち向かわざるを得ないのとでは天地の差があります。インマヌエル(神は私たちとともにおられる)の偉大さを改めて覚えましょう!

 

   ダビデの罪は、誰よりも卑劣で、その後の家族の悲惨も目を覆いたくなるような恐ろしいものでした。しかし、ダビデは、それらすべてを後のために公表し、それを歌にまでしたというのは驚くべきことです。

 

詩篇51篇の標題には、この罪のことが明記されていますが、そこでは、「ご覧ください。私は咎ある者として生まれ 罪ある者として 母は私を身ごもりました(5)という告白があります。

彼は自分の罪を弁明しているようでありながら、自分はアダムの子孫として、「自分を神とする」という根本的な罪のゆえに、一つの過ちから、忠実な家臣を殺すことにまで至ったと認めているのです。

だからこそ、自分を変えることができるのは、聖霊の働きに他ならないという意味で、10-12節で、「揺るがない霊」「聖なる御霊」「仕えることを喜ぶ(自由の)」のみわざへの期待が歌われます。これこそ旧約における最大の聖霊預言の一つです。

そして、その結果を、「私は背く者たちに あなたの道を教えます。罪人たちは あなたのもとに帰るでしょう(13)と歌っています。ダビデの罪は卑劣極まりないものです。しかし、それがこのような歌として記されることによって、どんな悪人でも神のもとに立ち返るという道が開かれているのです。

 

ダビデの罪の赦しは、主が「わたしは彼の王国の王座をとこしえまでも堅く立てる(Ⅱサムエル7:13)と約束されたことに基づきます。そしてダビデの子であるイエスが、私たちすべての罪を負って十字架にかかり、このままの私たちを神の子供としてくださいました。

ダビデの罪が、逆説的に私たちにとっての慰めと希望を生み、ダビデの子の十字架のみわざが、私たちを罪の支配から解放してくださったのです。

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