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2018年7月22日 (日)

詩篇92篇 「あなたの御手のわざを 私は喜び歌います」

                                             2018722

 「機械の一時停止ボタンを押すと、機械は停止する。しかし、人間の一時停止ボタンを押すと、人間はスタートするんだ」と、世界的企業に倫理とリーダーシップを助言しているダブ・サイドマン氏が説いているとのことです。

続けて、「つまり、じっくり考え始め、思い込みを洗い直し始め、なにが可能であるかについて考えを組み立て始める。もっとも重要なのは、心の底に根付いている信念と、ふたたび結びつき始めることだ。そうなったときに人は、より優れた道をあらたに想像しはじめる」と記しています。

そして、「だが、もっとも肝心なのは、『一時停止の時になにをやるかだ』、19世紀の米国の思想家のラルフ・エマーソンが『立ち止まるたびに、私は使命を聞く』と言ったことを引用しています。

私たちの心の底に根付く信念とは、天地万物の創造主ご自身から啓示された、神のご支配の現実かと思います。「安息日を守る」こととは、一週間に一度、神の御前に静まり、自分を駆り立てているこの世のプレッシャーから自由になるときです。(「遅刻してくれてありがとう」からの引用)

 

   世界は2007年から加速度的に変わり始めたと言われます。その年に初めに、i-phoneが発売されました。その後、世界のコミュニケーション手段は驚くべき変化を遂げ、今や、技術の発展に、人間の適応力が追い付かない状況になっています。しかし、そんなときこそ、人は何のために生き、何に向かって生きるのかという原点に立ち返るべきでしょう。

厳格なユダヤ教徒は、安息日にテレビも見ませんしi-phoneを触るようなことは決してしません。出エジプト記353節に「安息日には、あなたがたの住まいのどこであっても、火をたいてはならない」と記されていますが、それを電気の使用に適用して考えるからです。それでも困る場合は、安息日用のランプなどがあります。

もちろん、食事のための煮炊きや洗濯などは絶対にありえません。それは明確な労働だからです。それが仲間の間でも共有される原則となるとき、社会が変わり始めます。

多くのヨーロッパ諸国では日曜日は基本的に店が閉まっています。日本では、スポーツクラブでさえ24時間営業に変わってきています。私たちは立ち止まって、再スタートする必要があります。

 

1.「安息日を守って、これを聖なるものとせよ。」

 この詩には「安息日のための歌」という標題がついていますが、これはヘブル語聖書ではただひとつのものです。伝統的には、週の初めから24,48,82,94,81,93,92篇という順番で読まれたとも言われます。

週の初めの日が24篇の始まりの創造賛歌、「地とそこに満ちているもの 世界とその中に住んでいるもの それは主(ヤハウェ)のもの。主が 海に地の基を据え 川の上に それを堅く立てられたからだ」から始まっています。

そして、四日目の中日は94篇で、神の公平なさばきへの訴えが、「復讐の神 主(ヤハウェ)よ 復讐の神よ 光を放ってください 地をさばく方よ 立ち上がってください。高ぶる者に報復してください。主(ヤハウェ)よ いつまでですか 悪しき者が いつまでですか 悪しき者が勝ち誇るのは」と歌われます。

そして、安息日の前日には詩篇93篇によって主のご支配が、「(ヤハウェ)こそ王です。威光をまとっておられます・・・まことに 世界は堅く据えられ揺るぎません あなたの御座は いにしえから堅く立ち」と歌われます。

このような流れの中のクライマックスとして92篇を理解するとこの詩はより味わい深いものになります。

 

   ユダヤ人の伝承の中では、「ユダヤ人が安息日を守ったというよりは、安息日がユダヤ人を守ってくれたのである“More than the Jews have kept the Sabbath, the Sabbath has kept the Jews.”」と言われます。ユダヤ人たちは約二千年前に世界中に散らされ、それぞれの置かれた国のことばで生きてきましたが、安息日の礼拝はヘブル語でなされてきました。安息日は、すべてのユダヤ人が日常の仕事を離れて、家族がともに集まって、主のみわざを歌い、心から喜びました。それによって彼らはユダヤ人としてのアイデンティティーとことばを守り続け、今から、七十年前に、ヘブル語を国語とする国が誕生しました。

これは世界の不思議です。残念ながら、ヨーロッパのキリスト教国ではユダヤ人が迫害され続けてきました。その反動で、現代のアメリカではユダヤ人が優遇されすぎているという見方もあるようです。

しかし私たちは、神の啓示がまずアブラハム民であるイスラエルの民になされ、私たち異邦人がそこに接ぎ木されたという歴史を忘れてはなりません。ユダヤ人の歴史を軽蔑する者は、神のみわざを軽蔑することになりかねません。

 

   ユダヤ人の安息日律法の解釈の行き過ぎは、イエスご自身が批判しておられますが、キリスト教会の伝統ではそれが別の極端を生んだ面があるかもしれません。安息日は神の御教えの最もユニークなものですが、ユダヤ人の安息日の過ごし方を見ると、私たちは、常に休みなく、駆り立てられるように働き、何かを成し遂げようとする現代の世俗文化の行き過ぎを反省することができるのではないでしょうか。

安息日の教えは、「十のことば」のまさに真ん中に位置し、出エジプト記20章では次のように記されています。

 

   「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。六日間働いて、あなたのすべての仕事をせよ。七日目は、あなたの神、主(ヤハウェ)の安息である。あなたはいかなる仕事もしてはならない。あなたも、あなたの息子や娘も、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、またあなたの町囲みの中にいる寄留者も。

それは(ヤハウェ)が六日間で、天と地と海、またそれらの中のすべてのものを造り、七日目に休んだからである。それゆえ、主(ヤハウェ)は安息日を祝福し、これを聖なるものとした」(8-11節)

 

 ここでは、安息日を守るべき理由が、「(ヤハウェ)が六日間で・・すべてのものを造り、七日目に休んだから」という不思議な理由が記されます。それは、何よりも、人が「神のかたち」「神の似姿」に創造されたので、神のリズムの中で生きるべきという教えです。つまり、人間らしく生きるためには、週に一度の休日が必要なのです。

しかも、そこには今から三千年前の世界の「奴隷」をも含まれています。なお、そこではさらに「家畜」も休ませるように命じられています。この規定に従うなら、牛乳も卵も、コレステロールの少ないものになっていることでしょう。家畜を機械のように扱う文化が、人間を「社畜」(会社の奴隷)にしてしまいます。

 

   ところで安息日の教えは申命記版の「十のことば」では次のように記されています。

「安息日を守って、これを聖なるものとせよ。あなたの神、主(ヤハウェ)が命じたとおりに。六日間働いて、あなたのすべての仕事をせよ。七日目は、あなたの神、主(ヤハウェ)の安息である。あなたはいかなる仕事もしてはならない。あなたも、あなたの息子や娘も、それにあなたの男奴隷や女奴隷、牛、ろば、いかなる家畜も、また、あなたの町囲みの中にいる寄留者も、そうすれば、あなたの男奴隷や女奴隷が、あなたと同じように休むことができる。

あなたは自分がエジプトの地で奴隷であったこと、そして、あなたの神、主(ヤハウェ)が力強い御手と伸ばされた御腕をもって、あなたをそこから導き出したことを覚えていなければならない。それゆえ、あなたの神、主(ヤハウェ)は安息日を守るよう、あなたに命じたのである」(5:12-16)

 

申命記版は出エジプト版よりも五割余りも長いのに、神による創造のみわざが省かれている一方で、家畜の具体名が「牛」「ろば」と記され、「男奴隷や女奴隷」ということばが二回繰り返され、彼らが「あなたと同じように休むことができる」と強調されます。そして、主の御わざが、エジプトでの奴隷状態からの解放として描かれます。

つまり、出エジプト版では「(ヤハウェ)が・・七日目に休んだ」ことに倣うように命じられる一方で、申命記版では、奴隷状態からの「救い」が強調され、それを奴隷や家畜に適用することが求められているのです。

イエスが敢えて安息日を選んで、38年間も病気で歩けなかった人や、生まれつき盲目の人を癒されたのは、安息日を真の「喜びの日」「栄えある日」(イザヤ58:13)として回復するためだったのです。

そして、詩篇92篇は、申命記版の安息日の教えをよりよく反映しているものと言えましょう。

 

2.「麗しいことよ 主(ヤハウェ)に感謝すること 御名をほめ歌うこと」

詩篇92篇の冒頭のことばは、「麗しいことよ」または「良いことです」という描写から始まりますが、それは1-3節全体を指してのことです。神の目に何よりも「麗しい」ことは、「(ヤハウェ)に感謝」し、主の「御名をほめ歌う」こと、また主のご性質である、「慈愛(ヘセド、恵み、契約の愛)」と「真実(エメット)」を、「十弦の琴」や「竪琴の調べにのせて歌いながら」、「朝に」また「夜ごとに」、「宣べ伝える」ことであるというのです。

敬虔なユダヤ人は、「安息日」には、電車にも乗らず、旅行もせず、買い物もせず、料理もせず、勉強もせず、筆記用具を持ちあることさえしません。ただ、前日に用意された食事を家族や友人、貧しい人を迎えて、友に喜び、また歩いてゆける近くの会堂に集まって、ともに主を礼拝します。

その中で、彼らが積極的にすることは、楽器を奏でて、主に感謝し、主がどのような方であることを歌いながら、互いに宣べ伝えることです。

 

そして、その理由を改めて、「それは私を喜ばせてくださったから」と言いながら、「喜び」の原因を、「(ヤハウェ)よ、あなたがのなさったことで」と述べます。これは、私に対しての個人的な働き以上に、出エジプトの救いから始まるすべての主の働きを指すと思われます。

イスラエルの民は、歴史上の神のみわざを、自分自身に対するみわざと受け止め感謝します。それは私たちにとっては、イエスの十字架と復活です

続けて、「あなたの御手のわざを 私は喜び歌います」と記されます。これは、天地万物を創造された神のみわざから、歴史上のすべての神のみわざに当てはまると解釈できましょう。とにかく、イスラエルの安息日になされる民の働きは、日常的な仕事でも、お勉強でもなく、「御手のわざを・・喜び歌う(4)ことなのです。

私たちは日々の生活の中で、何か自分が達成したものを喜び、誇りがちですが、主にとって最も「麗しい」ことは、様々な楽器を奏でながら、主ご自身を、主のみわざを喜び歌うことなのです。私たちはこの世の常識から自由になり、真に神にとって「麗しいこと」が何なのかを繰り返し考え直す必要がありましょう。

 

著者は引き続き、「何と偉大なことでしょう 主(ヤハウェ)よ、あなたのみわざは」(5)と、主を賛美しますが、これは4節bの「御手のわざ」を受けての賛美です。そこには天地創造のみわざから歴史に現わされたすべての「みわざ」が含まれていると思われます。

そして続けて、「あなたの御思い(構想 designs)は あまりにも深いのです」と告白されますが、それは宇宙や地球環境の不思議から、神がひとりのアブラハムから神の民を創造しようとされたすべてに関わります。

そして6節では、「粗野(無思慮、鈍感)な者は知らず 愚か者には これが分かりません」と描かれますが、これはこの世の多くの人々の現実です。人はしばしば、目の前の課題や、仕事や人間関係ばかりに目が向かって、この世界が神の不思議で満ちていることを忘れてしまいがちです。朝起きて、日が昇っていて、花が咲いていて、空気や水の心配もせずに、電車に乗って職場に向かったり、水道の蛇口を空けたらすぐに水が出てくるということ自体が、神の圧倒的な恵みであることを私たちは忘れがちです。

この社会では、粗野(無思慮、鈍感)な者」である方が、傷つかずに済む?かもしれませんが、それでは神と人との真の心の交わりは生まれません。この世的には知性が高いように見えても、「すべてのことが当たり前ではない・・」ことに気づかない者は、「愚か者」に過ぎません。

 

   引き続き7節では、「悪い者が 青草のように萌え出で 不法を行う者が みな花を咲かせているときも それは ただ 永久に滅ぼされるためです」と記されますが、それは私たちの周りにしばしば起こる不条理に対する解決です。

私たちは「正直者がバカを見る」という現実や、誠実さよりも、交渉力で成功をつかんできた人々を見て、人の気持ちを気遣って損をしてしまう自分を責めることすらあるかもしれません。しかし、神は不誠実な者を、時が来たら必ずさばいてくださいます。彼らの生涯は、驚くほどはかないものです。

なお、私たちは神の公平なさばきが見えないとき、たとえば詩篇94篇などを用いて、神に自分の気持ちを訴えることが許されています。天国地獄という死後のさばき以前に、この地での正義の実現を求めることができます。

  

3.「主(ヤハウェ)は真っ直ぐな方 私の岩 その方には 偽りがない」

 8節のあなたは 主(ヤハウェ)よ 永遠に いと高き所におられますという告白こそは、この詩の中心点です。それは続く93篇でより詳しく描かれています。神は、この世界を超えた、はるかに高い「御座」からこの世界のすべてを支配しておられます。

私たちは、「神が全世界を治めておられるなら、なぜこのような異常気象や自然災害が起きるのか?」と思いがちですが、火山活動で生まれた日本列島の上で、ほとんどの日々を平穏のうちに暮らしていること自体が不思議とも言えます。

たとえば創世記の記事よりもはるかに新しい日本の古事記においては「伊邪那美神は、火の神を生みたまいしに因りて、遂に神避りたまいき」と描かれますが、これは、伊邪那岐、伊邪那美の夫婦神が日本列島を生み出した最後に、火山を産んで、伊邪那美は自分が生んだ火の神によって火傷して、黄泉の国に行ったという神話です。つまり、火山活動は、神々にも制御できないばかりか、神をも死に至らしめるものと見られているのです。

それに対し、古事記の二千年近くも前に記されたこの詩篇では、神がこの世界の天変地異をはるか上から支配し、それによってご自分が傷つくこともないないばかりか、ときおりの自然災害によって、すべてが平穏に守られているのが当たり前ではないことを時折示し、すべてを支配するご自身の力を私たちに見せておられると記されています。

 

9節は、先の7節に対応し、神の敵が、目の前で、「」たちどころに「滅びる」ようす、また「不法を行う者」が、徒党を組んで横暴を働いているようでも「みな散らされます」と、さばきの確かさが宣言されます。

 

1011節は4-6節に対応します。そこでは、神のご支配に信頼する「」の力の象徴である「角」を「野牛」の角のように高く上げ、「みずみずしい油」が「私」に注がれたことを喜んでいます。これらの箇所では「」という個人的な視点が強調されます。

著者は、目の前に自分に計略を謀り、追い落とそうとする者の敗北のようすを心の目で「眺め」、徒党を組んで自分に攻撃を仕掛けようと迫って来る「悪人ども」が、神によって「散らされる」ようすを「聞き」ながら、神にあって平安を保つことができています。これらの箇所を通して、神の救いのみわざは今ここで、現実的に、自分の感覚で味わうことができると強調されています。

 

12-15節の表現は1-3節に対応します。そこでのテーマは、神の「慈愛(ヘセド:変わらない契約の愛)」と「真実(エメット:アーメンと同根のことば)」でした。それに感謝し、賛美する者が、神の目に「正しい者」と見られ、その人の人生が祝福される様子が、「正しい者は なつめ椰子(やし)の木のように萌え出で レバノンの杉のように育ちます。主(ヤハウェ)の家に植えられた者たちは 私たちの神の大庭で 花を咲かせます。年老いてもなお 実を実らせ 青々と 生い茂ります」と描かれます。

ある宣教師は、自分の働きは終わったと思って年金生活に入ろうと思っていた矢先に、日本の教会の英語部の働きへと招かれ、このみことばによって、主の導きを確信したと言っておられました。この世界では、65歳で定年を迎えることが一般的ですが、福音の宣教の働きのためへの召しには、定年はありません。

ここでの「なつめ椰子」とは中東地域では最も古くから栽培されていた食べ物で、その実のデーツは遊牧民にとっての主食でもありました。聖書に登場する「いのちの木」とは「なつめ椰子」ではないかと言われるほど、生命力が豊かです。また「レバノンの杉」も非常に高く伸び、良質の木材として神殿にも思いられました。

そして、「(ヤハウェ)の家に植えられた者たち」とは、神の民の全体の誕生を指しますが、彼らが「私たちの神の大庭で 花を咲かせる」とは、神の民が自分たちの子孫の繁栄を喜ぶ様子を描いたものです。

そして、私たちは年齢を重ねるとともに、体力が落ち、判断力も鈍くなり、肌もカサカサしてきますが、ここでは神に信頼する者が、神からの力を受けて、「年老いてもなお 実を実らせ 青々と生い茂ります」と、神にある生命力の豊かさが描かれます。

 

15節は「それは、『主(ヤハウェ)は 真っ直ぐな方 私の岩 その方には 偽りがない』と告げるためです」と訳せます。新改訳の「正しい方」とは「真っ直ぐな方」とも訳せ、神の公平なさばきの「真っ直ぐ」さを描いています。

私たちは、誠実な生き方が評価されず、神に逆らう者がこの世で繁栄するようすを見て、「教会の礼拝に出席しても、時間の無駄にすぎないと思えることがありますが、神はものごとを「真っ直ぐ」に見てくださる方です。

しかも、神は私たちがより頼むべき堅い「」のようなお方で、「その方には偽りがない」と、私たちも心から認めることができる方です。神のご支配の現実は、やがてすべての人の目に明らかになります。そこには一貫性があり、目の前の状況によって、みこころが変わるというようなことはありません。

 

私たちは安息日を守ることによって、「神のかたち」としての生き方に立ち返ることができます。自分も人も、神の最高傑作であり、同時に、非常に傷つきやすく、壊れやすい繊細な生き物であるという原点に立ち返ることができます。

私たちはだれも、自分ひとりで生きて行くことはできません。神の愛のご支配の中で、互いに助け合いながら生きるように召されているのです。私たちは安息日のたびごとに、神の創造のみわざとイエス・キリストによる贖いのみわざに立ち返ります。それを通して、この十年間にどれだけ世界が変わったかを見ながらも、「神のかたち」としての人間の心の渇きや心の満足が、四千年間にわたって、基本的に何も変わってはいないことに気づかされます。

日の下に、新しいことは何もない(伝道者1:9)と言われた原則が今も生きています。新しいことばかりに目を向けずに、「神のかたち」として創造された人間としての、最も人間らしい生き方とは何なのかということに安息日ごとに立ち返ることができれば幸いです。

 

イエスは安息日を守ることに熱心なあまり人を苦しめているパリサイ人に向かって、「安息日は人のために設けられたのです。人が安息日のために造られたのではありません。ですから、人の子は安息日にも主です(マルコ2:27,28)と言われました。

現代の多くのクリスチャンは、安息日をあまりにも軽視し過ぎて、この世のリズムに呑み込まれ、「地の塩、世の光」としてのユニークさを忘れているように思えます。

安息日を守ることが私たちに様々な不自由を生み出すのではなく、安息日を守ることで真の人間性を回復することができるという観点から、安息日の創造的な守り方を考えてみてはいかがでしょう。

それは、何よりもイエスの視点からこの世界と周りの人々を見ることから始まります。イエスこそが「安息日の主」なのですから。

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2018年7月15日 (日)

Ⅰ列王記15章~17章 「生ける神との愛の交わり」

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   私たちが抱く「悪しき者」と「正しい人」のイメージは、聖書が描く基準とは異なります。新共同訳聖書では、それを「主に逆らう者」と「主に従う人」と敢えて解説を加えた訳にしています。また「ねたみ」を「熱情」と訳し直したりもしています。

それを通して、初めて聖書を読む人も、旧約の神に誤解を抱くことがないようにと配慮しているのでしょうが、解説を加えすぎると原文の響きを壊してしまいます。それよりも私たちは聖書を読みながら、聖書が描く「悪しき者」や「正しい人」のイメージを理解する方が大切とも言えます。

 

聖書は、神からのラブレターとも言えます。雅歌867節では、「愛は死のように強く、ねたみはよみのように激しい・・その炎は火の炎、すさまじい炎です。大水もその愛を消すことはできません」と記されています。

今日の箇所には、主がイスラエルの王をさばく理由が、「(ヤハウェ)の怒りを引き起こした」という不思議な表現が6回も繰り返されます15:30,16:2,7,13,26,33。その根本は、彼らが愚かにも、主の「ねたみの炎」を掻き立てたことによります。主の「ねたみ」は、主の燃えるような「愛」とセットになっています。

聖書はこの世の道徳の教科書ではありません。それは神ご自身と神の民との愛の物語です。これが分からないと、聖書を理解することができません。聖書は、何よりも、主(ヤハウェ)ねたみを教えているのですから。

 

1.「アサの心は一生涯、主(ヤハウェ)と一つになっていた」

   神はヤロブアムに北の十部族を支配させましたが、ヤロブアムは、ソロモンの子レハブアムの死後約5年間生きながらえます。その間、南のユダ王国ではレハブアムの子アビヤム「エルサレムで3年間、王」(15:2)となります。

彼のは「マアカ」で、アブサロムの孫だったと思われます(Ⅱ歴代誌13:2ではアビヤムの母はギルアデ出身のウリエルの娘のミカヤ《マアカ》となっている。「」とは家系図の先祖の子の後の世代をも指す)。これは、ダビデに反旗を翻した者の子孫でさえ神のあわれみを受けたしるしとして理解できます。

 

しかし、アビヤム「父(レハブアム)が行ったあらゆる罪のうちを歩み、彼の心は父祖ダビデの心のようには、彼の神、主(ヤハウェ)と全く一つにはなっていなかった」(15:3)と、その信仰がダビデと対比されます。そればかりか、「ダビデに免じて、彼の神、主(ヤハウェ)は、彼のためにエルサレムに一つのともしびを与えて・・・エルサレムを堅く立てられた」と記されます(15:4)。エルサレムが神の都として続くのは、ダビデのおかげだというのです。

しかし、それにしても、「ダビデは・・・ヒッタイト人ウリヤのことのほかは、一生の間、主が命じられたすべてのことからそれなかったから」(15:5)と記されるのは不思議です。彼は長男アムノンが異母妹タマルを強姦したときも、アブサロムアムノンに復讐したときも、またその後も、父としての対応を誤っていました。息子アブサロムの反乱は彼が蒔いた種です。その上、晩年には人口調査によって神の怒りを買い、三日間に七万人をも死に至らしめました。

その彼の心が「主(ヤハウェ)と一つ」(15:3,11:4と同じ表現)と描かれているところに、神の視点が人と異なっていることを示しています。主がダビデを喜んでいるのは、彼の高潔さや才能以前に、彼の詩篇にあるように、(ヤハウェ)との交わりを最優先したことにあります。

 

一方、アビヤムはⅡ歴代誌13章によれば、北のヤロブアムに大勝利を収め、ユダ王国の繁栄を回復した人間的には有能な王ですが、ここでは彼の功績ではなく、「ダビデに免じて(のゆえに)(15:4)と述べられます。

主は「十のことば」「わたしは、ねたみの神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施す」(20:5,6)と言われました。北王国の王家の頻繁な交代と、ダビデ王家の存続の対比を理解する鍵は、このみことばにあります。

 

アビヤムは勢力を増し加えましたが、在位三年で死に、その子アサが王位につきます。彼の支配は41年間にも及び、「アサは父祖ダビデのように、主(ヤハウェ)の目にかなうことを行なった・・・アサの心は一生涯、主(ヤハウェ)とともにあり、全きものであった(直訳「主(ヤハウェ)とひとつであった」)(15:1014)とまで記されます。

それは彼が「神殿男娼を国から追放し、先祖たちが作った偶像をことごとく取り除いた」ばかりか、自分の「祖母」に相当するマアカが、何と、「アシュラのために憎むべき像を造ったので、彼女を皇太后の位から退けた」(15:12,13)からです。

イエスも「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません」(マタイ10:37)と言われ、主への愛は肉親への愛にまさるべきことを教えておられます。

 

なお、「アサとイスラエルの王バアシャとの間には、彼らが生きている間、争いがあった」とありますが、あるときバアシャはエルサレムの北9kmのラマを築くほどに迫ってきました(15:16,17)。アサはイスラエルのさらに北のアラムに大量の金銀を贈って同盟を結び、北から攻撃させるようにはかります。それが功を奏し、アサは支配地を北に広げることができました。

ただこれは歴代誌では、外国の力に頼ったことは神のみこころに反したと、非難されて描かれています。そして、彼の晩年に「両足とも病気になった」(15:23)のは、それを忠告した予見者を怒って「牢獄につないだ」(Ⅱ歴代16:10)ことの報いであると示唆されます。

ただし、そのような愚かさにも関わらず、彼は偶像礼拝には一切加担しませんでした。ですから、彼の失敗を記している歴代誌の記者さえも、「アサの心は生涯、全きものであった」(Ⅱ歴代15:17)とさえ描いています。

 

ダビデアサもその過ちにも関わらず、「その心は、主(ヤハウェ)とひとつ(平和<シャローム>)になっていた」と描かれます。一方、アビヤムその軍事的、政治的な成功にも関わらず、「あらゆる罪のうちを歩み(15:3)と描かれています。聖書の基準とこの世の道徳は異なります。

私たちは数々の失敗を繰り返しますが、他の神々により頼まず、イエスの御名によって父なる神にすがり続ける限り、「全きもの」と見ていただくことができるのです。なぜなら、主は、何よりも私たちとの愛の交わりを築くことを求めておられるからです。

 

2. 「主のことばのとおりであった」

   北王国ではヤロブアムの死後、その「子ナダブがイスラエルの王となり」ますが、「彼は主(ヤハウェ)の目に悪であることを行い、彼の父の道に歩み」ます(15:2526)。それでイッサカル族出身のバアシャが謀反を企て、代わって王となります。彼はヤロブアムに属する者を「一人も残さず、根絶やし」にしますが、それは(ヤハウェ)・・アヒヤを通して言われたことばのとおりでした(15:29)

その理由が、「これはヤロブアムが犯した罪のゆえ、またイスラエルに犯させた罪のゆえであり、彼が引き起こしたイスラエルの神、主(ヤハウェ)の怒りによるものであった」と記されます。これは、「金の子牛」を作って、「もうエルサレムに上る必要はない」と言って、人々にそれらを拝ませたためです(12:28)。偶像礼拝がいかに神を怒らせるかが分かります。

 

 バアシャの治世は24年に及びますが、ヤロブアムをさばくために用いられた彼も、皮肉にも、「ヤロブアムの道に歩み」(15:34)と描かれます。それは自分の国の民がエルサレムに礼拝に行くことのないように、民に「金の子牛」を拝ませ続けたということでした。それは政治的には唯一の選択肢と見えたことでしょうが、神がなぜバアシャを王として立てたかという根本的な理由を忘れた行為でした。

それで主は彼に、「(預言者)エフー」を通して、わたしは、あなたをちりから引き上げ、わたしの民イスラエルの君主としたが、あなたはヤロブアムの道に歩み、わたしの民イスラエルに罪を犯させ、その罪によってわたしの怒りを引き起こした」(16:12)と言いつつ、その家をヤロブアムの家と同様に根絶やしにすると警告されます。

わたしの怒りを引き起こした」ということばは、「わたしを怒らせた」というのが直訳です。しばしば、旧約の神の激しい「怒り」の姿が、あわれみに満ちた神のイメージと相反するように不思議に思われますが、主は決して、「怒りたくて怒っている」わけではありません。偶像を作って、神の民に拝ませることは、イスラエルの贖い主である神にとって、ご自身との愛の交わりを破壊する、最も忌まわしい反逆行為なのです。

神の怒りの背後には、ご自身の民との愛の交わりを求める、燃えるような「ねたみ」を伴う熱い愛が隠されているのです。

 

そして、バアシャの子エラが王位に着いて二年後、戦車隊の半分の長であるジムリが謀反を企て、「バアシャの全家を打ち・・・一人も残さなかった・・・全家を根絶やしにした・・・預言者エフーを通してバアシャに言われた(ヤハウェ)のことばの通りであった」(16:12)とヤロブアム家の最後と同様に描かれます。

 

ただジムリの王位は七日間に留まります。その際、ペリシテに対し陣を敷いていたイスラエル軍は、ジムリの謀反に対抗するように、「その陣営で将軍オムリをイスラエルの王とし」(16:16)ます。

オムリはジムリを滅ぼしますが、その理由も「ヤロブアムの道に歩んだその罪のゆえであり、イスラエルに罪を犯させた彼の罪のゆえであった」と描かれます(16:19)。一連のことは軍人の勢力争いで王が交代し続けているだけのようですが、それぞれの王を短命に終わらせたのは、(ヤハウェ)ご自身の「怒り」であったのです。

 

 オムリはイスラエルの分派を抑え、その在位は12年間に及び(16:23)、シェケムの北西10kmあまりの山に新しい町サマリヤを建てます。

これはダビデのエルサレム建設に相当しますが、「オムリは・・彼以前のだれよりも悪いことをした。彼は・・ヤロブアムのすべての道に歩み、イスラエルに罪を犯させ、彼らの空しい神々によってイスラエルの神、主(ヤハウェ)の怒りを引き起こした」(16:25,26)と、堕落の激化が描かれます。

 

オムリの死後、その「子アハブ」が王となり、22年間イスラエルを治めますが、「彼にとっては・・ヤロブアムの罪のうちを歩むことは軽いことであった」(16:29-31)と皮肉を込めて、史上最悪の王となった様子が描かれます。彼はヤロブアムから七代目の王です。

たった35年間の間に、ヤロブアム、バアシャ、ジムリと三つの王家が滅んだのです。しかし、その間、ユダではアサが王であり続けることができました。

 

   しかも、アハブシドン人の王女「イゼベルを妻とし、行ってバアルに仕え、それを拝んだ・・サマリヤにバアルのために祭壇を築いた・・・アシュラ像も造った」と、彼が「(ヤハウェ)の怒りを引き起こす」様子が描かれます(17:33)

ヤロブアムは別の神々を神の民に拝ませたわけではなく、「あなたをエジプトから連れ上った神」を、目に見えるように、「金の子牛」として表現し、それを拝ませたことが、神の激しい怒りを招いたのでした。

ところが、アハブは、イスラエルをエジプトから連れ上った贖い主である神を嘲るかのように、カナンの人々が拝んでいた別の神のための祭壇を作り、民にそれを拝ませたというのです。これはヤロブアムの罪が「軽いこと」に見えるほどの神への反逆行為です。

ヤロブアムの罪が、イスラエルの民に浮気を教えることであれば、アハブの罪は、民に夫を捨てさせ、別の夫に結びつける、決定的な家族の破壊行為です。

なお、バアルは男神アシュラは女神であり、ツロやシドンの地中海岸の町々で礼拝されていました。

 

なおこの時代に、べテル人ヒエルエリコの町を再建したことで、「その礎を据えたとき長子‥を失い、門を建てたとき末の子・・を失った」と描かれますが、これはまさに、「ヨシュアを通して語られた(ヤハウェ)のことばの通りであった(16:34)と記されます。それはヤロブアムの家、バアシャの家に対するさばきの場合と同じ表現です。

つまり、主のさばきの警告は、必ず成就すること、主に逆らって保たれる家はどこもないということが強調されています。

なお、都市の建設は、人間の力と知恵を神とする行為につながることがあります。これは、バアルを拝む代わりに、人間の知恵、力、富を神として拝むことに通じます。

 

3.「あなたが神の人であり、あなたの口にある主(ヤハウェ)のことばが真実である」

 アハブがイスラエルをバアル礼拝の国に引き入れているとき、(ヤハウェ)ヨルダン川東側ギルアデの地ティシュベから預言者エリヤを起こし「イスラエルの神、主(ヤハウェ)は生きておられる・・・ここ数年の間、露も降りず、雨も降らない」(17:1)と言わせます。

バアルは雨を降らし豊穣をもたらす神でしたから、これは(ヤハウェ)がバアルの力を抑えるという意味があります。乾季は、バアルが「死」を支配する神、「モ-トゥ」()に服さざるを得ないときと言われていましたから、エリヤのことばには、(ヤハウェ)だけが唯一「生きて」、すべてを支配しておられる神であるとの意味があります。

その後、エリヤ「主(ヤハウェ)のことば」によって、ヨルダン川東のケリテ川のほとりに身を隠します。そこで彼は「川から水を飲んだ」のですが、カラスが「」と「夕方」に「パンと肉」を運んできました(17:6)。カラスは忌むべき鳥の代表(レビ11:15)ですから、これは主(ヤハウェ)の支配が及ばないものはないことの証しです。多神教の神々に役割分担があるとのとは対照的です。

 

 ケリテ川の水が枯れたとき、主は、イスラエルの正反対、ツロとシドンの間の小さな町、ツァレファテに行くように命じました。その領域は、イゼベルの出身地、バアル礼拝の中心地です。

その際、主は、「わたしはそこの一人のやもめに命じて、あなたを養うようにしている」(17:9)と言われます。彼がその町に着くと、「薪を拾い集めている一人のやもめ」がいました(17:10)

エリヤは彼女に「ほんの少しの水」「一口のパン」を求めます(17:10,11)それに対して彼女は、不思議にもエリヤの神を認めるように言いながら、「あなたの神、(ヤハウェ)は生きておられます。私には焼いたパンがありません。ただ、かめの中に一握りの粉と、壺の中にほんの少しの油があるだけです。ご覧の通り、二、三本の薪を集め、帰って行って、私と私の息子のためにそれを調理し、それを食べて死のうとしているのです」17:12と答えます。

ここでの、「あなたの神は生きておられ・・私と私の息子は死ぬ・・」とは、信仰告白というより絶望に満ちた訴えです。

 

しかし、エリヤは、「恐れてはいけません・・・まず、私のためにそれで小さなパン菓子を作り・・持って来なさい」(17:13)と命じます。何とも身勝手なことばのようですが、彼はそこで、「主(ヤハウェ)が地の上に雨を降らせる日までは、そのかめの粉は尽きず、その壺の油はなくならない」(17:14)と保証します。

そして、「彼女は行って、エリヤのことばのとおりにした」ところ、息子ばかりか「彼女の家族も、長い間それを食べた。エリヤを通して言われた(ヤハウェ)のことばのとおり、かめの粉は尽きず、壺の油はなくならなかった(17:15,16)と描かれます。

 

  力を誇ったイスラエルの数々の王家は、(ヤハウェ)のことばのとおり、全家が根絶やしにされました。しかし、主のことばに信頼した異教の地のやもめは家族全員が救われました。王家を支配する主は、異教の地の貧しいやもめにさえも目を留めて、主のことばの真実を示してくださいました。

ただ、その後、彼女の息子が、重い病気にかかり、息を引き取ります。彼女は混乱し、「神の人よ・・・あなたは私の咎を思い起こさせ、私の息子を死なせるために来られたのですか」(17:18)と訴えます。彼女は、死の神ではなく、生ける神、主(ヤハウェ)が、人の死を支配することを認めつつも、息子の死は、エリヤが神に「私の咎を思い起こさせ」結果であると非難しました。それは彼が家に来たせいで、彼女の罪が神の目に留まったという八つ当たりです。

これに対し彼はすぐにその子を、屋上部屋の自分の寝台に横たえ、「私の神、主(ヤハウェ)よ。私が世話になっている、このやもめにさえもわざわいを下して、彼女の息子を死なせるのですか」(17:20)と、彼女に似た率直な祈りをささげます。

その上で、「彼は三度その子の上に身を伏せて、主(ヤハウェ)に叫んで」「この子のいのち()をこの子のうちに戻してください」と訴えます(17:21)。すると、「主(ヤハウェ)はエリヤの願いを聞かれたので・・・その子は生き返った」(17:22)と描かれます。

後にイエスの兄弟ヤコブは、「正しい人の祈りは、働くと大きな力があります」(ヤコブ5:17)と記しますが、そこで描かれた「正しい人」の代表とはエリヤでした。キリストつながる私たちも、「運命として諦めよう・・」などと言わずに、すべてを全能の神に訴えることができます。

摂理と運命とは異なります。摂理は自分の気持ちを正直に神に訴える中から明らかにされる神のご計画です。祈り手の主体性は極めて大切です。実際、この女はこれを通してエリヤに向い、「あなたが神の人であり、あなたの口にある主(ヤハウェ)のことばが真実であることを知りました」(17:14)と告白します。

 

エルサレム神殿は、「主(ヤハウェ)が生きておられ、主がともにおられる」ことのシンボルでした。しかし、北王国はそれを否定しました。それで主は、真の神殿がない北王国イスラエルに預言者エリヤを立て、「主が生きておられ、主がともにおられる」ことの意味を証しされたのです。

その意味で彼の働きは異例です。エレミヤなどは「涙の預言者」と呼ばれるほど、無力に見られましたが、ともに神の「しもべ」なのです。

 

   イスラエル王家の歴史は、主がご自身の民を「ねたむほどに慕っておられる(ヤコブ4:5)ことのしるしです。「主(ヤハウェ)の怒り」は主の燃えるような愛の一面に過ぎません。ただ、王家の歴史に神の愛を見ることは容易ではありません。そこで神は、どこにでもいそうな貧しいやもめを通してご自身のみことばの真実を証ししてくださいました。

かつてハワイのモロカイ島にハンセン氏病者が隔離されていた時、神父ダミアンは単身そこに乗り込み、やがて多くのシスターがそれに従いました。米国の文豪スティーブンソンは、その島を訪ね、次のような詩を残しました。

「ライの惨ましさを一目見れば、愚かな人々は神の存在を否定しよう。しかし、看護するシスターの姿を見れば、愚かな人さえ、沈黙のうちに神を拝むであろう」と。

神の救いのみわざは「かめの粉は尽きず、壺の油はなくならなかった」という日常生活の不思議の中に現わされるのです。

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2018年7月 8日 (日)

エペソ6章10-24節 「悪魔の策略に対して堅く立つ」

                                            201878

戦争は悪ですが、人生に戦いはつきものです。日本のサッカーチームがイエローカードの少なさで決勝トーナメントに進むことができ、ベルギーとの戦いで放ったあの二本の美しいシュートには、日本人の誰もが歓喜したことでしょう。

「キリストのうちにある生活」をサタンとの戦いとして描く本日の箇所は、多くの人に違和感を覚えさせられるかもしれません。しかし、これこそ私たちが直面する信仰生活の現実です。

 

1.「私たちの格闘は血肉に対するものではなく・・・」

パウロは手紙の終わりに当たって、「終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい」(6:10)と言いました。命令の中心は、「強くなりなさい」ではなく、「主にあって強められなさい」です。

しかもその「大能の力」とは、1章19-22節に記されていた「キリストを死者の中からよみがえらせ、天上でご自分の右の座につかせて・・・すべてのものをキリストの足の下に従わせ」た「神のすぐれた力」のことです。

十字架にかけられたイエスを「王たちの王、主たちの主(黙示録19:16)とした神の力が、私たちのうちに働いているのです。それを「心の目」で見られるようになるということが、パウロが願った「知恵と啓示の御霊」の働きでした(1:17、18)。私たちはパウロが祈っているような信仰の成長を望んでいるでしょうか?

 

その上で、「悪魔の策略に対して堅く立つことができるように、神のすべての武具を身に着けなさい。私たちの格闘は血肉に対するものではなく、支配、力、この暗闇の世界の支配者たち、また天上にいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、一切を成し遂げて堅く立つことができるように神のすべての武具をとりなさい」6:11-13)と記されます。

不思議なのは、2章1-5節では、私たちが「空中の権威を持つ支配者」のもとから「救われた」と記されながら、ここでは「暗闇の世界の支配者たち、天上にいるもろもろの悪霊」との戦いが続いていると記されていることです。

そこでしばしば説明として用いられるのが、第二次世界大戦におけるノルマンディ―上陸作戦と最終的なナチスドイツの降伏との関係です。米国の立場から言えば、ノルマンディー上陸作戦の成功で、ドイツの敗北は決定的になったと言えますが、実は、驚くべき多くの犠牲者が生まれたのはその後の戦いでした。それは日本でいえば、戦争の敗北が決定的となったあとに沖縄戦、主要都市の大空襲、原爆投下と続いたことに似ています。

サタンは、戦争の帰趨が決まったことを隠すことで、また神の支配に生きることの空しさを宣伝することで、人々に無駄な血を流させようとします。しかし、サタンに対するキリストの勝利は、十字架と復活で確定したというのが、新約の福音の核心にあります。「信仰」とはそれを「心の目」で見続けることです。

 

なお、私たちの「格闘」が「血肉」に対するものであれば、人間の能力によって対処できますが、私たちを攻撃する者は、どうあがいても抗しがたい「支配」であり、また目に見える様々な報酬や災いをもたらす「力」または「権威」です。それはまた「暗やみの世界の支配者たち」であり、「諸々の天にいる悪霊たちに対するもの」です。

つまり、私たちは、人間的には、決して対抗できない敵として戦っているのです。大塚野百合さんはルターの有名な讃美歌の日本語訳に関し、讃美歌267番では、「よみの長も など恐るべき」、聖歌では、「くらきのおさ、秘術を尽くし攻めきたるも など恐るべき」と訳していることに関し、「日本の教会は、ルターのように悪魔の恐ろしさを感じていなかったのではないでしょうか」と憂慮を示しながら、ヘンリ・ナウエンが、「神があなたを召しておられると感じれば感じるほど、あなたは自分の魂の中に、神とサタンとの宇宙的規模の戦いがなされていることに気付くのです」と記したことばを引用しています。

ちなみに、この部分を私は、「古き悪魔 知恵を尽くし 攻め来たれば 地のたれもが かなうこと得じ」と原文に忠実に訳しましたが、それではサタンの勝利を歌うように感じられると言われ、修正したという経緯があります。

 

またここでは「悪魔の策略」「邪悪な日に際して対抗できるように」とありますが、悪魔は人の心に幻影を見せたり、脅したりすることによって、私たちが主に従うことを諦めるようにと妨害します。悪魔は自分を隠しながら巧妙に私たちの心に信仰に関しての誤解を植え付けようとします。

世界最大級の宣教団体OMFの創始者ハドソン・テーラーは、ほとんど何の経済的保証もない中で、ただ主に信頼し、働き続けたような人でした。しかし、彼は記しています。「私は、祈り、苦しみ、断食し、努力し、決意をし、もっと忠実に聖書を読み、黙想するために、より多くの時間を求めた。しかし、すべては無駄だった。毎日、ほとんど毎時間、罪の自覚に私は押し付けられていた・・主は真実に強くあられるが、私は弱い。根や幹に豊かな栄養があることは十分知っているが、実際にそれをどのようにして私の小さな枝に受けることができるかが問題だったのだ」と。

そんな絶望の時、友からの手紙が届き、そこに「信仰を強められるため、どうしたら良いのだろう。それは信仰を求めて努力するのではなく、忠実なお方によりかかることだ」と記されていました。

その時彼は、「私にはすべてが分かった。『私たちが真実でなくても、キリストは常に真実である』(Ⅱテモテ2:13)。私は主を仰ぎ、『決して・・あなたを見捨てない』(ヘブル13:5)と言われる主を見た!」と感動を味わい、「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられる」(ガラテヤ2:20)という信仰の事実の中に憩うことができたのです。

信仰の始まりは、何よりもキリストの愛の語りかけに心を開き、やすらぎ憩うことです。

 

確かに主は、「わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です・・・わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないのです」と言われました(ヨハネ15:5)。ところが、残念ながら多くのクリスチャンも、自分の力で実を結ぼうと必死になってはいないでしょうか。

ぶどうの枝は、木から養分を受けようと必死になりはしません。ただ、枝を通して実をならせようとする木の力に、身を任せているだけなのです。

 

2.「堅く立ちなさい・・・どんなときにも御霊によって祈りなさい」

  6章11,13節では、神のすべての武具を身につけなさい・・・神のすべての武具を取りなさい」と繰り返されますが、その目的は、「堅く立つことができるように・・・対抗できるように・・・堅く立つことができるように」という点にあります。中心は、サタンの攻撃に屈して退却することのないように堅く立つために、神の武具を着けることです。

ダビデとゴリヤテとの戦いの際に、ダビデはサウル王からもらったよろいを脱ぎ捨てました。それは彼の体には重すぎたからです。人の成功談を聞きながら、お仕着せの武具などを身に着けようとしてはいけません。「あのようなクリスチャンになりたい・・・」などという憧れが、神を見えなくする場合もあるのです。

しかも、続く文脈での中心的な命令は、「そして、堅く立ちなさい」(6:14)です。それに四つの分詞形が続きます。これは、私たちが「しっかりと立つ」ことができなければサタンとの戦いに勝つことはできないのですが、そのために神の武具をどのように身に着けるかが次の四つの観点から記されています。

 

第一は、「腰には真理の帯を締め」ながら「立つ」です。重い物を持ったり、労働する時、しっかりと腰に帯を締める必要があります。「真理」とは「まこと」とも言われます。イエスは、「わたしが真理です」と言われました。私たちはイエスをその身に着ているのです。

第二は、「胸には正義の胸当てを着け」ながら「立つ」ことですが、胸当てはサタンの攻撃を防ぎます。「正義」とは自分自身の正義ではなく、「神の正義」です。それは神がご自身の子に対して尽くしてくださる正義です。サタンは私たちを失望させるようなことばを常にぶつけてきます。たとえば、「おまえはそれでもクリスチャンなのか?おまえは何も変わっていないではないか・・・。おまえの通っている教会には、つまらない人間ばかりがいるではないか・・・」などと、今までの信仰生活が無駄だったようなことを言って、私たちを神と神の教会から引き離そうとします。

第三は、「足には平和の福音の備えをはきなさい」(6:15)とありますが、「平和の福音」とは、神がこの地に平和(シャローム)を完成してくださるという「希望の知らせ」です。それはイザヤ52章7節にあるように、争いと混乱に満ちた世界で、神の救いが近いことを告げ知らせ、神により頼むことの幸いを告げる足のことです。

第四は、「これらすべてのものの上に、信仰の盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢をすべて消すことができます」(6:16)とありますが、これは扉のようなものを自分の前に立てて、その後ろに身を隠すためのもので、その目的は、飛んできた「火矢を」、「盾」に刺さったままにして「消す」ことにあります。

「信仰」とは何よりも、神の約束に対する信頼です。それは、目の前の現実が期待通りにならない中での希望です。ここで記されている悪魔の「火矢」とは、根拠のない楽観的で安易な望みであり、現実の厳しさを忘れさせ夢に逃避させるような淡い期待です「大盾」の後ろに隠れ続けることは「忍耐」が必要です。自分で火矢を消すこともできません。それが燃え尽きるのを待つしかないのです。

同じように人生には、ただじっと身を潜めて嵐が過ぎ去るのを待つしかないときがあります。それを可能にしてくれるのが神の真実に頼る信仰です。

 

6章17節は、厳密には、「救いのかぶとを受け取りなさい。また、御霊の剣である神のことばを」と記されています。そこでは、「受け取りなさい」という本動詞が記されており、ここから「祈り」に結びつく新しい展開が始まっているのだと思われます。

まず、「かぶと」は私たちの頭を守るものですが、それは「救い」が私たちのうちにすでに始まり、完成に向かっていることを確信されるものです。また「御霊の剣、すなわち神のことばを取りなさい」(6:17)とありますが、みことばこそがサタンに対する唯一の攻撃の武器です。

しかも、それは御霊によって与えられるものです。マルティン・ルターの「神はわれらが堅き砦」の歌詞に、「悪魔世に満ちて よしおどすとも などて恐るべき 神ともにいます この世の君 ほえたけりて 迫り来とも 主のみことば これに打ち勝つ」(私訳)とありますが、この最後の原歌詞は「たったひとつのみことばが彼を押し倒すことができる」です。

あなたにも、ひとつのみことばによってサタンに勝利した記憶が無いでしょうか。

 

「御霊の剣」としてのたったひとつのみことばというのは、人によって違います。ルターにとっては、それは「神の義」でした。神がご自身の一方的な恵みで自分を義としてくださるということがわかったからこそ、彼は当時のカトリックの束縛と圧制から自由になり、その誤った教えと戦うことができました。

あなたの場合にも、創造主に立ち返ることができたみことばがあることでしょう。それを味わうことが大切です。

 

   ところで、18節の中心は、「どんなときにも御霊によって祈りなさい」ですが、これは直接的には「救いのかぶとと御霊の剣を受け取りなさいという主動詞を修飾すると同時に、間接的には、14節の「堅く立ちなさい」を修飾する分詞です。

つまり、「祈り」こそ、サタンの力に対抗する生き方の核心なのです。最近、「私はお祈りをしなくなった・・・」ということがあったとしたら、まさにサタンの思う壺です。

 

しかも、「あらゆる祈りと願いによって」とありますが、これは様々な祈りのパターン、口頭の祈り、黙想の祈り、観想の祈り、忘我的な祈りを含むのかとしれません。口頭の祈りでも、嘆願もあれば、主の祈り、平和の祈りなどがあります。これらの祈りがすべて、御霊によってなされる必要があります。

そのためにはまず自分の内側に抑圧されている思いに霊の耳を開きながら、「御霊ご自身が、ことばにならないうめきをもって、とりなしてくださる」(ローマ8:26)という御霊の導きの世界に心を開く必要があります。それは、時間のかかるプロセスです。

その上で、「そのために、目をさまして」という訴えがなされ、そこに「忍耐の限りを尽くし」という継続性「すべての聖徒のために」という広がりに目を向けるように勧められています。

 

ここにある四つの「すべて」に目を向ける必要があります。それは、「すべての(あらゆる)祈り」「すべての(どんな)ときにも」「すべての忍耐(の限りを尽くし)」「すべての聖徒のため」です。ここに私たちにとっての祈りの方法、時間、献身、対象の広がりが強調されています。

若い信仰者は自分のことしか祈れないかもしれません。しかし、いつまでたっても自分の身の回りのことしか祈れないとしたら、その人は、自分がキリストの愛に生きているかどうかを反省すべきでしょう。

私たちは自分の家族、友人、職場ばかりか、政府のため、また世界のためにも祈るように召されています。あなたの祈りは、あなたの世界の広がりを示します。

 

3.「鎖につながれた大使として、福音の奥義を大胆に知らせる」

 「どんなときにも御霊によって祈りなさい」(6:18)を修飾するように、パウロは「私のためにも」(6:19)と付け加えます。その内容は、「私が口を開くときに語るべきことばが与えられて、福音の奥義を大胆に知らせることができるように」というものです。

そればかりか、「私は鎖につながれながらも使節(大使)の務めを果たしています・・・語るべきことを大胆に語れるように」(6:20)と付け加えられています。パウロは「福音の奥義」「知らせる」ために「大使とされている」ことを告げていますが、それは「鎖につながれて」という不思議な状態に置かれたままでの使命です。

彼はやがて当時の世界の支配者であるローマ皇帝の前に立とうとしています。彼はそこで裁判を受けるのですが、彼は自分の無実が証明されるようにというのではなく、「語るべきことばが与えられ・・・語るべきことを大胆に語ることができるように」と祈ってほしいと願っています。

大使の役割は、自分自身の立場を守ることではなく、自分を遣わした方の意思を伝えることにあります。

 

 一般的な「大使」は、国を代表する威厳をもって、派遣された国の支配者に語ります。しかしパウロの場合は、鎖につながれることを通して、「キリストを死者の中からよみがえらせ」た「大能の力」が証しされたのです。

パウロのことばが多くの異邦人に届いたのも、彼が自分の身を捨てていたその勇気が感動を与えたからとも言えます。というより、彼は自分のいのちがすでにキリストのうちにあって決して失われることがないように守られているという安心感をもとにして、福音のためにいのちを賭けることができたのです。

 

それにしても、人間的には、パウロの働きがなければキリスト教はユダヤ教の一分派に過ぎない立場に留まっていたとも考えられます。まさに彼はキリストにあってサタンに勝利したのです。

その秘訣は、彼が「神のすべての武具を身に着け」ていたからですが、この描写は彼がイザヤ59章15節後半から21節までの預言がキリストによって成就し、自分がその大使として世界に遣わされたという自覚から生まれているものです。

イザヤ59章は冒頭から、「神の愛」をこの地に証しするために選ばれたイスラエル自身が、邪悪、不正、不義、暴虐にまみれ、まさに「空中の権威を持つ支配者」の霊に従っている絶望的な状況が描かれ、それに対して神が「ご自分の御腕で救いをもたらし」と描かれます。

そこでの描写が、主は「ご自分の義を支えとされた。主は義をよろいのように着て、救いのかぶとを頭にかぶり、復讐の衣を身にまとい、ねたみを外套として身をおおわれた」というものでした(16,17節)

そして、パウロは主のさばきの部分を省いて、前半の部分の描写を膨らまし、それをキリスト者の生き方に当てはめます。これはまさに、キリスト者が神から遣わされた大使として、サタンとの戦いに最前線に立たせられるということを意味します。神の最終的な復讐は、神ご自身がなされるのですが、私たちは世界に神の真実を告げ知らせる責任があるのです。

 

続く59章21節では、「これは、彼らと結ぶわたしの契約である…あなたの上にあるわたしの霊、わたしがあなたの上に置いたわたしのことばは・・・今よりとこしえに離れない」と記されます。つまり、神はご自身の霊とご自身のことばを通して、ご自身の計画を進めてくださるのです。

そしてパウロはその自覚のもとに当時の世界の支配者であるローマ皇帝のちんこの前に立とうとしていました。私たちの使命は、自分の力でサタンの勢力と戦うことではありません。残念ながら私たちは、この地で様々な不条理な暴虐の下に置かれることがあります。その中でただ、主の「義のよろい」「救いのかぶと」「御霊の剣、すなわち神のことば」の確かさを証しするのです。

サタンの最終的に滅ぼすのは神の責任ですが、私たちの責任はこの地で、サタンの脅しに屈する必要がないこと、サタンの攻撃が「キリストのうちにある者」に対しては既に無力化されていることを証しするのです。サタンが放つ火矢は、信仰の盾に刺さって、ただ燃え尽きて行くだけです。そして、このようにサタンの誘惑と脅しが無力化されることで、パウロを通して神の福音は世界に広まったのです。

 

   パウロにとって、御霊の剣としての「神のことば」は、彼自身の能力や知恵によってではなく、人々の祈りによって用いられるものでした。そして、彼は自分とエペソの信徒のとの交わりを深めるためにティキコを遣わします。そして、その最大の目的は、自分のために祈ってもらうことと同時に、エペソの人々がパウロの様子を聞いて「心に励ましを受ける」ためでした。それは、彼らがパウロのうちになされている神の恵みのみわざを聞くことができるからです。

そして、パウロは最後に、エペソの人々への祝福として、「平和」と「信仰に伴う愛」が豊かに注がれるようにと祈っています。しかも、神の「恵み」が注がれる対象に関して、「私たちの主イエス・キリストを愛する者たち、朽ちることのない愛をもって」という制限がついています。

パウロは、コリント第一の手紙の末尾では、「主を愛さない者はみな、のろわれよ」とさえ祈っています(Ⅰコリント16:22)。ただし、キリストへの愛は自分の内側から自然に生まれるものではなく、愛のキャッチボールのような信仰生活の現実の結果です。

キリストの愛を確信すればするほど、キリストへの愛が生まれ、それがまた、神の恵みを招く力となります。私たちもそのような愛の交わりの広がりにいつも目を向けたいものです。

 

宗教改革者マルティン・ルターは改革に着手して十年後、精神的にも肉体的にも瀕死の状態になりました。彼はその時、詩篇46篇に慰められ、讃美歌「神はわれらが堅き砦」を記しました。これは宗教改革の進軍歌とも呼ばれますが、実際は、祈りの歌です。

そこではサタン勢力の圧倒的強さと私たちの無力さの対比が描かれ、私たちに「代わって」(「共に」ではない!) 戦ってくださる万軍の主キリストへの信頼が歌われます。

この世の人に対し、肉の力によって戦う者は、人の奴隷になってしまいます。より強い人の助けに頼らざるを得なくなるからです。サタンは、人を自分の土俵に入れて戦わせ、自分の手下を増やそうと常に画策しています。しかし、私たちは祈ることによって、彼らを、神の前に立たせることができるのです。

私たちのうちに働いている「神の大能の力」また「神のすべての武具」と圧倒的な強さは、危機状態の中で明らかにされます。この世の権力者の背後にいるサタンの力が無力化されたことが明らかにされるからです。

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2018年7月 1日 (日)

Ⅰ列王記12章~14章 「真の王を忘れたイスラエルの悲劇」

                                             201871

  私たちの心の奥底には、「自分の人生を思い通りに生きていたい」という願望があります。ところが人生はそのようにはなりません。そこで私たちは災いの原因となる人を恨んだり、自分の非力さを悲しんだりします。

確かにこの世界では、力を持っていることが、様々な災いを避け、幸せを味わうために大いに役立つように思われます。しかし、「主(ヤハウェ)に帰せよ、栄光と力を。主(ヤハウェ)に帰せよ。御名の栄光を・・・主(ヤハウェ)こそが王である」(詩篇96:10私訳)という原点を忘れると、力は麻薬のように、人の心を蝕んでしまいます。

  

1.イスラエルの真の王はどなたか

  ソロモンの生涯をひと言で表わすと、「ソロモンは(ヤハウェ)を愛し、父ダビデの掟に歩んでいた3:3という生活から、「ソロモン王は、ファラオの娘のほかに多くの異国人の女を愛した・・・彼には、七百人の王妃としての妻と、三百人の側女がいた。その妻たちが彼の心を転じた(11:1,3)という状態への堕落です。彼はそれぞれの妻たちのためにエルサレム神殿の東のオリーブ山に別々の「高き所」を築きました(11:7)

 

それに対する主の反応が、「(ヤハウェ)はソロモンに怒りを発せられた。それは彼の心がイスラエルの神、主(ヤハウェ)から離れたからである」と描かれます(11:9)。そればかりか主は、「わたしは王国をあなたから引き裂いて、あなたの家来に与える」(11:11)と言われました。

そして主は、ヨセフの子エフライム族のヤロブアム立てます。彼は、皮肉にも、ソロモンが「ダビデの町の破れ口をふさぐ」際に用いた指導者で「手腕家であり・・・ヨセフの家のすべての役務を管理する」者に引き立てられました(11:27,28)

そして、主は預言者アヒヤヤロブアムのもとに遣わし、「ソロモンの手から王国を引き裂き、十部族をあなたに与える」と約束されます(11:31)。そして、彼はソロモンが死ぬまでエジプトの王シシャクのもとに身を寄せました。

 

ソロモンの子レハブアムは、ヨセフの家の中心地シェケムで全イスラエルの前で王として即位します。その際、亡命中のヤロブアムがイスラエルの人々によって呼び寄せられ、民の代表者として立てられます。彼はレハブアムに対し、「過酷な労働と重いくびきを軽くしてください。そうすれば、私たちはあなたに仕えます」(12:4)と訴えます。

それを聞いて、ソロモンに仕えていた長老たちはその要求を受け入れるように勧め、「今日、もしあなたがこの民のしもべとなって彼らに仕え、彼らに答えて親切なことばをかけてやるなら、彼らはいつまでもあなたのしもべとなるでしょう」と言います(12:7)。これは聖書が命じる王の道で、民の従順を望むなら、まず支配者の側が「しもべ」として仕える道の模範を示すべきという意味です。

 

ただ、王に向かって「しもべ」となるようにということばはレハブアムの心には届きませんでした。人は、自分が進んで「しもべ」となることができるためには、自分自身が創造主または肉の父から特別に愛されているという確信が必要なのです。

しかし、ソロモンには1,000人の妻たちがいたと記されていますから、レハブアムには驚くほど多くの兄弟がいて、父の愛を十分に受けることができなかったに違いありません。

 

一方、レハブアムに仕えている若者たちは、「くびきをもっと重くし・・」、鞭の代わりに「さそりで懲らしめよう」と言うように勧めます(12:10,11)。そして王は三日目にイスラエルの民に向って若者たちの助言通り、「民に厳しく答え」てしまいます(12:13)

それはかつてエジプトの王ファラオが、苦役に悩むイスラエルに答えたのと同じように、力によって民を抑えることでヤロブアムの指導力を削ぎ、反抗する気力をなくそうとする政策でした。それは当時の王国の常識とも言える支配の方法でした。

 

しかし、イスラエルの王制は神が立てたもので、諸国の常識とは違い、王の責任は何よりも民に「仕える」というものでした。そこにレハブアムの信仰の未熟さが見られます。

ただし、ここではその理由が彼の愚かさの故というより、「かつて主(ヤハウェ)がシロ人アヒヤを通して・・ヤロブアムにお告げになった約束を実現しようと、(ヤハウェ)がそうしむけられたからである」(12:15)と記されます。

 

そして、「全イスラエルは、王が自分たちに耳を貸さないのを見て取って」、王に向かい、「ダビデのうちには、われわれのためのどんな割り当て地があろうか」と言って、「自分たちの天幕に帰って行った」12:16と記されます。これはかつて、ダビデがアブサロムの反乱を鎮めたのち、イスラエルの民が彼に言ったことばと同じで、ユダとイスラエルの分裂の根の深さを象徴した表現です。

そして彼らは、「ヤロブアム・・・を全イスラエルの王」とします(12:20)。その後、レハブアムは王位を自分のもとに回復しようと、ユダ全家とベニヤミン両部族の精鋭18万人を召集して北に攻め入ろうとします。しかし、主が神の人シェマヤを遣わし、「あなたがたの兄弟であるイスラエルの人々と戦ってはならない・・・わたしが、こうなるようにしむけたのだから」(12:24)と語ります。そしてその際、彼らは主のことばに聞き従い、軍隊を引っ込めます。

 

 

なおその後、レハブアムのことが記されるのは1421節です。彼が王になったのは41で、その失敗は「若気の至り」とは言えません。また彼の母はアンモン人でソロモンが偶像礼拝を助けた外国人の妻の一人でした。

そして続けて、「ユダの人々は主(ヤハウェ)の目に悪であることを行い・・・主のねたみを引き起こした」(14:22)と、王ばかりか、民全体がカナンの風習をまねたことが記されます。

そしてレホブアム王の第五年にエジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上って来て、「主(ヤハウェ)の宮の財宝と王宮の財宝を奪い取った。彼は何もかも奪い取った。ソロモンが作った金の盾もすべて奪い取った」(14:26)と記されます。

 

ソロモンの時代には、まるで世界中の金がエルサレムに流れ込んでくるように描かれていました。しかし、それらの財宝も金の武具もすべて、エジプトの王に奪われてしまったというのです。

皮肉にも、かつてソロモンが友好を保とうとしたエジプトの王は、その陰でヤロブアムを匿い(11:40)、反乱を援助していたのです。レハブアムが主のことばにすなおに従って、北に向かおうとした軍隊を引き上げたのも、南のエジプトからの攻撃の可能性が見えていたからでしょう。

なお、このシシャクとは紀元前945-924年にエジプトを支配した王で、エジプトではシェションク1世と呼ばれ、衰退していた王国に繁栄を取り戻し、紀元前925年にイスラエル北部の肥沃なイズレエル平原に攻め入って、その中心都市メギドに自分の記念碑を建てたという記録がエジプトに残っています。

そこにエルサレム攻撃の記録がないのは、レハブアムが、ソロモンが大量に貯め込んでいた黄金を貢物として徹底的に納めることで独立を保ったということだと思われます。シシャクの前の王朝はエジプトの南部の祭祀都市テーベを中心とした祭祀政権で、軍事力は極めて弱かったと思われ、歴史的にはそのような権力の空白の中でソロモンが繁栄を謳歌できたと言えます。

 

彼らは、神に操られているのではなく、自分の利益のために主体的に行動しており、分裂と争いを招いているのは人間の罪です。イスラエルの二大勢力ヨセフの家とユダ族は主導権争いを続けてきました。またエジプトがパレスチナに分裂を引き起こしつつ、この地への支配権を確保しようとする構造は現代にも見られます。しかし、聖書はそれらの背後に、神のご支配があることを繰り返し語ります。

あくまでもイスラエル王国の分裂の根本的な原因は、王と民の偶像礼拝に対する神のさばきとして描かれているのです。そして私たちもこの世界を、力と力の衝突としてしか見ない傾向があります。

そのとき、私たちの「」は、この世の権力であって、神とはなっていません。しかし私たちは、いつでもどこでも、「主(ヤハウェ)こそが王である」と宣言することが求められています(96:10)王である主こそが真の平和をもたらしてくださるからです。

 

2.変わることのない神のみこころ

   一方、ヤロブアムは自分が主ご自身によって王として立てられたという経緯を忘れて、サウルと同じように民の心を自分に向けるのに必死になります。彼は、「この民が、エルサレムにある主(ヤハウェ)の宮でいけにえを献げるために上ることになっているなら、この民の心は、彼らの主君、ユダの王レハブアムに再び帰り、私を殺し・・」(12:27)と想像を膨らませてしまいます。

そして王は相談して金の子牛を二つ造り」、民に向って、「もうエルサレムに上る必要はない。イスラエルよ。ここに、あなたをエジプトから連れ上った、あなたの神々がおられる(12:38)と宣言しました。その際、この「イスラエルよ・・」以降のことばは、モーセの兄アロンが金の子牛を作ったときに言ったことばとほとんど同じです(32:4,8)。違いは、かつて一つだったものを二つ造り、南のベテルと北のダンにそれぞれ置いたことです。

そしてヤロブアムは「自分で勝手に考え出した月」(12:33)に、エルサレムでの仮庵の祭りに匹敵する祭りを祝いました。しかし、主への礼拝は人が勝手に考え出すものではなく、主ご自身が定められるものです。彼は、主がかつて、金の子牛を礼拝した民を滅ぼそうとしたこと、また首謀者の三千人が一日のうちに殺されることで御怒りがようやく収まったことなどを忘れています。彼は、神がかつてその罪を赦されたという結果だけを見たのではないでしょうか。

 

   ヤロブアムは自分が反乱の首謀者である前に、神ご自身によって立てられた十部族の王であることを思い起こすべきでした。主ご自身が彼に、「わたしのしもべダビデが行ったように、わたしの目にかなうことを行うなら、わたしはあなたとともにいて、わたしがダビデのために建てたように、確かな家をあなたのために建て、イスラエルをあなたに与える(11:38)と言われたことを思い起こすべきでした。

ヤロブアムは、ダビデの家に対する反乱者であるよりは、霊的な意味でダビデの真の後継者になるように期待されていたのです。神はヤロブアムを立てることによって、ダビデの肉の子孫を謙遜にさせ、ある意味で二つに分かれた国が、主に仕えることにおいて良い意味での模範を競って示し合うことを期待したのかもしれません。ヤロブアムはそのような神のご期待に心を向けることなく、人心を捕らえることばかりに必死になりました。

 

 

   その後、「一人の神の人が、(ヤハウェ)の命令によってユダからベテルにやって来た」(13:1)と描かれます。そこで「ヤロブアムは香をたくために祭壇のそばに立って」いましたが、「神の人」は、「祭壇よ、祭壇よ、主(ヤハウエ)はこう言われる。『見よ、一人の男の子がダビデの家に生まれる。その名はヨシヤ。彼はおまえの上で香をたく高き所の祭司たちを、いけにえとしておまえの上に献げ、人の骨がおまえの上で焼かれる』」と途方もないことを預言します(13:3)

それはダビデの子孫がこの地を支配することを意味し、約三百年後に成就します(Ⅱ列王記23:15,16,20)ヤロブアムはその人を捕らえるように命じますが、「彼に向けて伸ばしていた手はしなび、戻すことができなくなった」ばかりか、「祭壇は裂け、灰は祭壇からこぼれ出た」というのです(13:4,5)

それで王はあわてて、あなたの神、主(ヤハウェ)お願いして、私のために祈ってください」(13:6)と言います。主はこの願いを聞かれたので、王はこの人をもてなそうとします。しかし、彼は(ヤハウェ)の命令によって」(13:9)ここではパンも食べず、水も飲まず、もと来た道を戻ることもしないと答えます。

 

ただ、ベテルの「一人の年老いた預言者」(13:11)が、この人を追いかけ、主が別の命令を下さったと騙し、彼を戻させて家に迎え、パンと水でもてなします。そのとき主のことばがこの老預言者に下り、「神の人」へのさばきが宣告されます。それは、この「神の人」が「(ヤハウェ)のことばに背き・・パンを食べ、水を飲んだので、あなたの亡骸は、あなたの先祖の墓には入らない」というものでした(13:21,22)

彼を騙した老預言者が、騙された「神の人」にさばきを宣告するというのは途方もない不条理です。騙された人よりも騙した方がさばきを受けるべきだと思いますが、「神の人」にはそれだけ重い責任が問われていたのです。

 

そしてこの「神の人」は、帰り道で獅子に襲われて死にます。ただ獅子は死体のそばに立ったまま、その死体を食べてはいませんでした(13:24,28)。しかも、獅子はろばを襲うことはなく、ろばは、そこに立ったままでした。

老預言者は、その遺体を持ち帰り、彼の死を悼み悲しみ、丁重に葬ります。それによって、この「神の人」が語ったベテルの祭壇の滅亡の預言は「必ず成就する」ということが確認されました(13:32)。これらの不思議が起きたにも関わらず、ヤロブアムは悔い改めようとしませんでした(13:33)

 

なおその際、老預言者は自分の息子に、「私が死んだら、あの神の人を葬った墓に私を葬り、あの人のそばに私の骨を納めてくれ」(13:31)と命じました。このような経緯からこの「神の人」の墓は石碑とともに後代まで大切に守られ続けました。そして、ヤロブアムが建てた北王国イスラエルはこれから約200年余り後にアッシリヤ帝国によって滅ぼされます。

その際エルサレムはヒゼキヤ王のもとで奇跡的に独立を保ちますが、その曾孫のヨシヤがべテルに入り、この石碑を発見します。つまり、「神の人」の死はあまりにも不条理であるように見えますが、その事実とともに彼の預言の内容がのちの時代まで残され、べテルに対する預言が文字通り成就したということが明らかにされたのです。彼の死は無駄にはなりませんでした。

 

多くの人はこの悲劇に戸惑いを感じますが、物語の中心は、「主(ヤハウェ)の命令」または「(ヤハウェ)のことば」です(13章には「主の・・」という表現が12回登場)。老預言者と同様にヤロブアムも新たな「(ヤハウェ)の命令」が与えられたと言ったことでしょう。しかし、それは彼にとっては、「北の十部族がダビデ王国から独立し続けるためには、新しい礼拝の場を設けることは、『しょうがない』こと」と思えたからに過ぎません。

しかし、「しょうがない」で原則を変えてはなりません。聖書では、イスラエルにおける神の聖所は一箇所だけであり、どのような遠隔地からもそこに来ることを命じられています(申命記12章)。また、「金の子牛」のような偶像を作って拝むことを固く禁じられています。この老預言者は、ヤロブアムが始めた礼拝にとまどいながら、「主のことば」の真実性を確かめたかったのかもしれません。

しかしイエスは後に、「天地が消え去る(過ぎ去る)まで、律法の中の一点一画も決して消え去る(過ぎ去る)ことはありません。すべてが実現します」(マタイ5:18)と言われたように、新たな神のことばが先のことばを否定することなくすべてが成就します。

 

3.未来のことを知ろうとして、神のさばきを聞くことになるという悲劇

   その後、ヤロブアムは、自分の息子が重い病に罹ったとき、妻を変装させて、預言者アヒヤを訪ねさせます(14:1,2)アヒヤはかつて、ヤロブアムが北の十部族の王となること、また彼がダビデの道に歩むなら、主が彼とともにいて、彼の王家をダビデのように長く続かせる11:38という神の約束を告げていました。

そして今、ヤロブアムは自分が神の怒りを買っていることを知っており、それが息子の病として表れたと思ったのでしょう。ただ、それにも関わらず、現実の政治情勢を見ると、エルサレム神殿での礼拝を民に許容することは決してできないと思われたことでしょう。

切羽詰った彼は、かつて、サウルが霊媒師を通してでも死んだサムエルのことばを聞きたいと願ったように、預言者アヒヤのことばを聞くことを切望します。彼は自分がアヒヤの失望を買っていることを知っていますから、敢えて妻に変装させて訪ねさせます。

 

そのとき、主は、目が見えなくなっていたアヒヤに、ヤロブアムの妻の来訪のことと、彼女に語るべきことばを伝えます。そして、アヒヤは彼女にヤロブアムへの神のことばを授けます。それは、神ご自身が彼を「高く上げ」、「イスラエルを治める君主とし、ダビデの家から王国を引き裂いて・・与えたということを思い起こさせ、それにも関わらず彼が主の恵みと主からの使命を忘れて、主を「うしろに捨て去った」ことを非難したものです(14:7-9)

これはかつてサムエルがサウルを責めたことばに似ています(Ⅰサムエル15:17-19)。そしてサウルがかつて死んだサムエルを呼び寄せて自分の家の滅亡を聞いたように(同28:17,19、ここでもヤロブアムは悔い改めないまま将来のことだけ知ろうと願った結果、「ヤロブアムに属する者は、町で死ぬなら犬がこれを食らい、野で死ぬなら空の鳥がこれを食らう」(14:11)という悲惨な預言のことばを聞く羽目になります。

しかも、彼の息子のことに関しては、母である彼女に向って、「あなたの足が町に入るとき、その子は死にます」(14:13)と驚くほど非情な宣告がなされます。ただ、その死は彼の家の中で最も幸いなものとも告げられます。

そして、最後に、(ヤハウェ)はご自分のためにイスラエルの上に一人の王を起こされ・・彼はその日、いや今にも、ヤロブアムの家を断ち滅ぼします」(14:14)と告げさせます。事実、これからまもなくイッサカル族出身のバアシャがヤロブアムの息子の家を断ち滅ぼしイスラエルの王となります(15:27-29)

 

なお、「ヤロブアムが王であった期間は二十二年であった14:20と記されていますが、これは紀元前930年~910年の時期だと思われます。

Ⅱ歴代誌13章にはヤロブアム王の第十八年にレハブアムの子のアヒヤがエルサレムで王となって、北王国に攻め込んできたと描かれています。その際ヤロブアムは大敗北を喫します。そして、「(ヤハウェ)が彼を打たれたので、彼は死んだ(20)と簡潔に記されます。

 

サウルもヤロブアムも将来が不安になり、主のみこころを求めました。しかし、主のみこころは既に十分に明らかでした。彼らは、主の御前にへりくだり、罪を悔い改めるべきだったのです。残念ながら今も、将来への不安を抱いて占いにも似たような形で主のみこころを求める人がいます。しかし彼らは、既に明らかなみこころに従おうとはしていません。

今ここで、神と隣人を愛することを第一にしようとしないで、未来のことを知ろうとしても無駄です。それどころか、未来を知ろうともがくことが、かえって神のさばきを近づけるという自滅への道となることがあります。それは、「神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、刈り取りもすることになります・・失望せずに善を行いましょう(ガラテヤ6:7,9)と記されているとおりです。

 

   ダビデは、神の契約の箱をエルサレムに運び入れるとき、喜びの声を上げ、踊りながら、「国々の中で語れ。『主(ヤハウェ)は王である』。それゆえ世界は堅く建てられ、揺るぐことはない。やがて主は、公正をもって、人々をさばかれる」(詩篇96:10)と歌いました(Ⅰ歴代誌16章参照)

ダビデが祝福された源はこの告白にあります。それを忘れたイスラエルの世界は揺らぎ、自分たちが神のさばきの対象となってしまいました。私たちの回りには、いろいろな気遣うべき課題が山ほどありますが、イエスは私たちに、「あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。しかし、必要なことは、一つだけです」(ルカ10:42)と言われます。

神のみことばに真剣に耳を傾ける者こそが、人生の様々な嵐の中で、平安を保つことができるのです。

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