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2018年10月21日 (日)

Ⅰテモテ1:18-2:7「すべての人の救いを望む神」

                                      20181021

   福音自由教会の信仰告白には、極めて保守的で排他的に見える部分と、非常に幅の広い自由なところがあります。聖書を誤りのない神のことばと信じることは、この世の価値観と衝突することがありますが、私たちは安易な妥協はしません。

しかし、同時に、イエスを自分の救い主として受け入れている人は、どんな背景を持つ人でも受け入れます。ある意味で枠にはまらない人だからこそ、枠にはまらない人に、主の救いを証しできるからです。改めて、「すべての人の救いを望む神」にある多様性を考えてみましょう。

 

1.「きよい心と健全な良心と偽りのない信仰から生まれる愛」

   この手紙は「牧会書簡」と呼ばれ、人々をどのように導き、教会を形成するかに関しての具体的な教えが記されています。もともとパウロが自分の働きの後継者であるテモテに個人的に書いた手紙です。書かれた時期はパウロがローマ皇帝に上訴して、解放された直後だと思われます。それは紀元62-64年ごろ、二回目に囚われて死刑にされる数年前のことでしょう。まさにパウロの最後の教えです。

テモテに関しては、「あなたは年が若いからといって、だれにも軽く見られないようにしなさい(4:12)と敢えて記されていますから、このとき30代前半だったかと思われます。パウロは彼を第二回目の伝道旅行の初めに見出しました。彼の祖母ロイス、母のユニケから「偽りのない信仰」を受け継ぎましたが(Ⅱテモテ1:5)、父はギリシャ人でした。ただ、その背景は、ギリシャ人に福音を伝えるために豊かに生かされたことでしょう。

 

   テモテはエペソ教会の牧会を任されていましたが、そこには「偽教師」の影響がありました。その「違った教え(1:3)の内容は正確には分かりませんが、「果てしない作り話と系図に心を寄せ」させるもの、また「むなしい議論に迷い込」ませ、モーセの律法をゆがめて教えていたのだと思われます。

それに対し、正しい教えは何よりも「」を目指させるもので、それは「きよい心と健全な良心と偽りのない信仰から生まれる」と記されています1:5。つまり、「違った教え」の特徴は、日々の生活の中に、「愛」を生み出すことがないという生活に根差した基準が記されているのです。

なおそれを生み出す「きよい心」とは透明度の高い心とも言えます。

また「健全な良心」とは、「正しく機能する心の痛みの機能」とも言え、悪事を行ったときに健全に反省できる心の作用を指します。これは自分の罪に居直って、周りの人を非難ばかりする心と対照的です。

また、「偽りのない信仰」とは偽善とか見せかけの信仰と対照的なものと言えましょう。

 

なお、18-10節では、「律法」を「適切に用いる」ことが記されていますが、その目的は、価値観が多様化する中で、すべて「真実の愛」に背く生き方を指摘することにあります。ここに記されていることは当然の普遍的な道徳の規準のように思えますが、現代の話題になっていることもあります。

たとえばここでは、「男色をする者(1:10)が否定されていますが、ホモ・セックスは大昔からどの国にもあったことで、権力者もしばしば行っており、暗黙のうちに認められていた行為とも言えます。それが、どうして「」なのかという疑問に関しては、私たちは単純に、それは創造主の教えに反するからとしか言いようがありません。

ただそのような言い方は、創造主を信じない人には通じないことですので、この世の法律論議とか人権論議においては、創造主の存在を前提とできませんので、議論の仕方には注意が必要です。

 

   パウロは自分がかつてクリスチャンを迫害する者であったことを113節において、「私は以前には、神を冒涜する者、迫害する者、暴力をふるう者でした」と反省しています。

ただ同時にそれを前提に15節では、多くの人々に希望を与え続けた福音として、「『キリスト・イエスは罪人を救うために世に来られた』ということばは真実であり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです」と記しています。

これは罪の自覚と並行する告白であり、これこそ私たちにとっても信仰の核心です。

 

そのように導いてくださった神のみわざをパウロは引き続き、「しかし、私はあわれみを受けました。それは、キリスト・イエスがこの上ない寛容をまず私に示し、私を、ご自分を信じて永遠のいのちを得ることになる人々の先例にするためでした(1:16)と記しています。私たちが信仰に導かれたのも、同じ理由によっています。

なお、「永遠のいのち」とは、現在の不自由ないのちが永遠に続くことではなく、「新しい天と新しい地」において実現する、復活後のいのちを、今このときから味わうことができることを意味します。それは何よりも、日々の祈りの生活の中で「神の子」とされていることの祝福を味わうことです。

それは、獲得したものではなく、一方的に与えられたものですから、その恵みに身を任せるという姿勢が大切です。

 

2.「彼らをサタンに引き渡しました」

それらを前提として使徒パウロは、このとき若いテモテに「私の子テモテよ(1:18)と呼びかけながら、「立派に戦い抜く」ことを命じます。テモテは若いことや、その生い立ちから、断固たる姿勢を取りにくかったからなのかもしれませんが、安易な妥協は信者全体に悪い影響を及ぼすと思われました。

パウロはそのために何よりも、「信仰と健全な良心を保つ」ことを勧めます。1819節の文章は解釈が難しい面がありますが、3-5節を前提とすると意味は明らかです。それは「きよい心と健全な良心と偽りのない信仰」に反する「違った教えを説く」ことに対する霊的な戦いです。そして、その戦いを回避しようとすると「信仰の破船にあう」ことになります(1:19)

 

たとえば最近話題になっているのはLGBTの問題です。残念ながらそれが人権の問題として論じられていますが、それ以前に私たちは聖書が描く家庭(ファミリー)とは何かという観点から論じる必要があります。健全な子供が育つためには父と母が互いに愛し合う関係が何よりも大切です。そのために聖書は、結婚以外のすべての性的な交わりを避けるようにと勧めています。

それは、子孫を残すために一夫多妻を認める家中心の文化にも対抗する教えでもあります。

 

特にここでは「健全な良心」ということばに焦点が合わされます。私たちは唯一の神に創造された者として、ある程度の価値観を共有しています。それに反した行為をしたとき、良心の呵責を感じるというのが健全な良心の作用です。

たとえば、「万引き家族」という映画がありましたが、そこで大人が子供に向かって「俺には万引き以外の何も教えるものがない」という趣旨のことばがありました。それはとても残念なことです。万引きをしても心が痛まなくなるということは、「良心が麻痺すること」だからです。

しかし、そこには別の逆説がありました。「万引き家族」には、互いを本当の意味で大切に思い支え合う「いたわりあい」の「」がありました。それは、少しでも裕福になることを求めて、子供の人格を軽んじる人々への警告の映画でもありました。それは別の意味で、良心が麻痺してしまっている社会の現実を指していました。

 

私たちにはみな、生まれながらどこかある種の社会の基準から外れているところがあります。ですから、性同一性障害を始めとして、生まれながらの生き難さを抱えている人に、優しい目を注ぐ必要があります。神の目には、レズやゲイよりも、はるかに恐ろしい罪があります。それはお金のために人を人とも思わない生き方です。

しかし、だからと言って、「万引き家族こそが真の家族である」などとは言えないのと同じように、男同士の結婚や女同士の結婚を、安易に正当化してはいけないのかと思います。それに対し私たちは、「それは聖書の描く家族の姿とは異なると思います」と、優しく言い続けることが必要でしょう。

ただ、聖書を神のことばと信じない自由も、大切な基本的な人権でもあります。ですから、私たちはLGBTが人権の問題として議論されているとき、その同じ土台で議論をしないように注意する必要があります。

 

ただ、ここで大きな議論になるのが、パウロが「信仰の破船にあった」人の代表として、具体的に「ヒメナイとアレキサンドロ」という名をあげ、「彼らをサタンに引き渡しました」と記していることです(1:19,20)

ただこれは人を「地獄に落とす」ことではありません。同じ表現がⅠコリント5:5に登場します。そこでは、「淫らな行い」を正当化していることが非難され、特に「父の妻を妻にしている」ような者を、「その肉が滅ぼされるようにサタンに引き渡したのです。それによって彼の霊が主の日に救われるためです」と記されます。つまり、それは、その人に罪の重さを自覚させることによって、麻痺した良心を健全に回復させ、反省を促し、それによって救いに導くことを指しています。

それは具体的には、教会戒規を指します。それは聖餐式に預かることを停止させる陪餐停止や、また教会員名簿から「除名する」ことなどとして現わされます。

 

なお、私たち福音派の教会では、「聖書をその原典において誤りのない神のことばと信じる」と告白しています。ですから、聖書は時代遅れの書物で、現代の善悪の基準には用いることができないと公然と主張する人は、聖餐式に預かっていただくこともできませんし、洗礼を授けることも、教会員として受け入れることもできません。

ただそれにしても、主を礼拝することを平然と軽んじる人や、互いに愛し合うことを否定する人などは、戒規の対象にしようもありませんが、神の目には大変な罪人であると言えます。

 

一方で、同性愛行為を止められないけれども、主との交わりを求めて礼拝に来たいと願う人を、教会は決して排除してはなりません。

また、「私は肉体的には男性ですが、心は女性です」と悩みながら、それに対する解決として女装している人をも、私たちは排除してはいけないはずです。

なぜなら、イエスも明らかな売春婦と思われる人が、「イエスの足もとに近寄り、泣きながらイエスの足を涙でぬらし始め、髪の毛でぬぐう」という行為に身を任せたからです(ルカ7:38)。イエスは彼女の行為に関して、「この人は多くの罪を赦されています。彼女は多く愛したのですから(7:47)と、かえってその信仰を称賛されました。

 

ただ、「キリスト教は愛の教えであるから、同性愛を否定するほうがおかしい。同性愛は神に喜ばれている。自分の肉体的な性に違和感を覚えるなら、性転換手術を行うことを神は喜んでくださる」など積極的に主張する人がいたら、そのような人を教会員として受け入れることはできません。

しかし、同時に、そのような方は、「信仰は個人の心の問題だから、みんなが集まる礼拝に来る必要など、まったくない」などという人よりも、罪のレベルが軽いのかもしれません。聖書の教えの第一は、「心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして、あなたの神、主(ヤハウェ)を愛しなさい」(申命記6:5)だからです。

 

多くの教会は、聖書が語る罪を犯しながらも、反省の心をもって神を求める人を決して礼拝から排除はしません。しかし、罪に居直って、自分を正当化し、聖書の教えを自分の都合の良いように解釈し、それを宣伝する人を私たちは受け入れることはできません。

ときに、福音自由教会のことを、「福音不自由教会」などと嘲る人がいますが、私たちは聖書信仰に関しては極めて保守的な流れであることは初代教会の流れに従っているだけです。

 

3.「すべての人が救われることを望む救い主である神」

   212節には、原文の語順では、「そこで、私は勧めます、すべてにまさって。  願い、祈り、とりなし、感謝をささげなさい、すべての人たちのために。  王たちと高い地位にあるすべての人のために。それは、平安で落ち着いた生活を私たちが送るためです。それはいつも、敬虔で品位を保ちながらのことです」と記されています。

私たちの礼拝では、政治指導者に神の知恵が与えられるようにといつも祈っていますが、それはこのみことばに従ってのことです。それは、現政権を、神のみこころに反する横暴な政権だと思っていたとしても、なすべき務めです。

この背景には、エレミヤ294-7節で、エルサレムを滅ぼし、ユダヤ人を捕囚の民としたバビロン帝国に関して、主が、「その町の平安を求め、その町のために主(ヤハウェ)に祈れ、その町の平安によって、あなたがたは平安を得ることになるのだから」と記されていることがあります。

敵の国の平安(シャローム)を求めることが、神の民にとっての平安に結びつくというのです。

 

234節ではさらに、「それは良いことであり、受け入れられることです、御前において、私たちの救い主であり神である方」と記され、「その方は、すべての人のために望んでおられます。 救われること、また、真理を知るようになることを・・」と続きます。

つまり、神は、異教徒や、異教の支配者を含むすべての人の「救い」のために「祈る」ことを求めておられるというのです。

これは、当時のユダヤ人たちがしばしば異教徒に対する「神のさばき」が行われることを願ったのと正反対です。また、イエスの時代のユダヤ人は、ローマ帝国に神のさばきが下され、目に見えるダビデ王国が再建されることを願っていました。

しかし、イエスはローマ帝国の兵士の中に、「一ミリオン1,500m行くように強いる者がいれば、一緒に二ミリオン行きなさい」と命じられました(マタイ5:41)。これは、ローマ軍に奉仕することの勧めに他なりません。

 

256節では、「神は唯一です。神と人との間の仲介者も唯一であり、それは人としてのキリスト・イエスです。キリストはすべての人の贖いの代価として、ご自分を与えてくださいました。これは、定められたときになされた証しです」と記されます。

この背後には、イザヤ1920節があると思われ、その七十人訳では、「それはエジプトの地で、主(ヤハウェ)の時代のためのしるしとなり、証しとなる。彼らが虐げられて主(ヤハウェ)に叫ぶと、主は彼らのために彼らを救う人間を送られる。その方はさばきつつ、彼らを救う」と記されています。

人としてのキリスト(救い主)」という表現はここに由来すると思われます。神ご自身が「救い主」なのですが、その神が「神と人との仲介者」として、御子を人の姿でこの世に送ってくださいました。それは私たちを奴隷状態から「贖う」ためでした。「贖い」の原型は出エジプトです。

イエスは新しい「神の子羊」として、富と権力の連合王国である大バビロンの支配から解放してくださいます。それは初代教会においては、クリスチャンがローマ帝国の支配下で苦しみながら、同時に、ローマ帝国の剣の脅しから自由になっている姿として現わされました。

奴隷は、死の脅しを恐れながら、自分の意思を殺して生きますが、キリストの死によって「死の恐怖」から「解放」された者には「脅し」の力は通用しません(ヘブル2:14,15)

クリスチャンがそれでも人に仕える生き方を何よりも大切にするのは、それがキリストに倣う道だからに他なりません。私たちはキリストにある自由人として、神の平和の実現のために互いに仕え合うのです。

 

イスラエルの神こそがこの世界全体にとっての「救い主」であられました。そして、イエスの弟子たちは、ローマ帝国の平安のために祈りました。どれほど迫害されても、ローマ皇帝の平安のために祈りました。

その結果、イエスから約280年後の紀元312年、コンスタンティヌスは夢でキリストのしるしの二文字を見て、「このしるしにより勝利をおさめよ」とのお告げを受けて、それを軍旗として競争者に打ち勝ち、ローマ帝国の唯一の皇帝になります。

彼はキリスト教徒が、ローマ皇帝を神として拝むことには命がけで逆らいながらも、彼らがローマ皇帝の平安(シャローム)を求めて祈っていることを知り、クリスチャンを改宗させるよりは彼らを味方にした方が、帝国が安定するということに気づいたのです。

彼の信仰はその打算から始まったとも言われます。それは、皇帝ディオクレチアヌスによる大迫害の直後の大転換でした。

 

福音自由教会の教会形成の原則に、「信者のみ、しかし、すべての信者Believers only but all believers)」という原則があります。

それは、教会員となる資格に、イエスを救い主として受け入れたという明確な信仰告白がなければならないという厳しい原則と同時に、イエスを救い主として信じる人であれば、その人が幼児洗礼を肯定する人でも、それを否定する人でも、天皇を敬う人でも、天皇制を否定する人でも、大富豪であってもホームレスであっても、二重の選びを強調するカルバン主義者であっても、自由意思を尊重するアルミニウス主義者であっても、カトリックとの協力を大切にする人でも、それを否定する人でもあっても受け入れることを意味します。

そこからより多くの人々に届く福音の豊かさが発信されます。

 

プロテスタント教会の歴史は、聖書解釈を巡って分裂に次ぐ分裂を重ねてきました。しかし、その一方で、すべての国民を自動的にクリスチャンとみなすというような、個人の信仰の自由を否定するようなことをしてきました。

それに対して、福音自由の父祖は、人は、イエスを救い主として、主体的に、自分の意志で告白する必要があるということを主張し、聖餐式の際には、イエスの復活を文字通りに信じ、イエスを公の場でも救い主として認めていない人は、聖餐式に預からせないということを明確にしました。そのため、すべての国民に幼児洗礼を授け、すべての国民をクリスチャンとみなすという国教会から破門されました。

しかし、それこそが初代教会の原則だったと言えましょう。カトリックの「ミサ」という名は「解散、退出」に由来し、聖餐式が始まる前に、「求道者はこの場から去ってください(イテ・ミサ)」と述べたことから始まったと言われます。

誰が信者で、誰が未信者であるかには極めて明確な違いがありました。たとえば、「主の祈り」は、洗礼を受けて初めて口で唱えることが許されるというものであったとも言い伝えられています。

 

使徒の働き51213節では「皆は心を一つにしてソロモンの回廊にいた。ほかの人たちはだれもあえて彼らの仲間に加わろうとしなかったが、民は彼らを尊敬していた」と記されています。

つまり、「心をひとつにして宮に集まり、家々でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにする(2:46)という信者の交わりを未信者の方々は遠巻きに眺め、しかも信者の交わりに尊敬の思いを抱いていたというのです。「信者どうしが互いに愛し合うこと」こそが、この世の人々を引き寄せる最大の「伝道」になっていました。

 

様々な異なった背景をもった人々が政治信条の違いや聖書解釈に関しての歴史的な論争のどれに属するかを超えて、イエスを主と告白することのみにおいて互いに愛し合うことができるという不思議こそ、まわりの未信者の方々を寄せ付ける魅力になります。

その際、大切なことは、歴史的に見解の相違が認められてきたことに関しては目くじらを立てて論争しないということです。私たちはそれぞれ違いがあるからこそ、社会の異なった立場の人や異なった政治思想、異なった背景の人に届くことができます。

この世から明確に分離しつつ、同時に、信者どうしの多様性を何よりも尊重するというバランスを求めましょう。

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2018年10月14日 (日)

Ⅱ列王記11-13章「主(ヤハウェ)の真実に信頼せよ」

                                            20181014

  今、ディボーション誌Mannaで詩篇の解説を書き続けています。ちょうど115篇まで書いてきてそれに感動しています。

(ヤハウェ)に信頼せよ(115:9)ということばは、「主(ヤハウェ)期待せよ」と訳すこともできます。詩篇全体を通して、神が私たちの歩みを真実に導いていてくださることが歌われています。

 

旧約聖書に描かれた残酷な物語に私たちは眉をひそめます。しかし、それは今から三千年前の民族と民族の殺し合いが当たり前だった時代の物語です。私たちはそこに、神の民として選ばれながら、自分の身勝手な願望に囚われて神に反抗する者に対し、神が忍耐に忍耐を重ねてご自身の真実を守り通される葛藤を見ることができます。

聖書は「神の真実」の物語です。私たちはそれに信頼し、神に期待し続けるか、自分の目先の願望から生まれた計画に身を任せるかの選択が問われています。私たちの人生は、神の真実に信頼するか、自分の願望から生まれた偶像に頼るかの選択の連続です。

 

1. 「主はダビデとその子孫に常にともしびを与えると彼に約束された」

  北王国イスラエルにバアル礼拝を持ち込んだアハブ王とその妻イゼベルの影響力は南王国ユダにも及びます。それはユダの王ヨシャファテが「(ヤハウェ)の目にかなうことを行った(Ⅰ列王22:43)と高く評価される一方で、「アハブと姻戚関係に入り(Ⅱ歴代18:1)、息子ヨラムの妻に彼らの娘アタルヤを迎えたからです。

神は先見者を彼に遣わしその外交政策を責め、「悪者を助け、(ヤハウェ)を憎む者を愛するというのですか。このことのゆえに、あなたの上に、(ヤハウェ)の前から怒りが下ります」と警告しました(同19:2

 

その後ユダのヨラムについての記述が、皮肉にも、「彼はアハブの家の者がしたように、(北王国)イスラエルの王たちの道に歩んだ、アハブの娘が彼の妻だったからである。彼は主(ヤハウェ)の目に悪であることを行った(8:18)と描かれます。

そして、ヨラムの子アハズヤは、北王国を訪問中に将軍エフーに殺されました。エフーはアハブ家を滅ぼすために神に立てられた器でした。それを聞いたアハズヤの母アタルヤは、何と、ユダの王族をことごとく滅ぼします(11:1)それは北で息絶えたアハブ家を南王国ユダに復興するためだったかと思われます。つまり、ユダ王国をイゼベルの娘アタルヤが乗っ取ったのです。

 

このような例は歴史上しばしば起きています。その約二千年後の日本でも、源頼朝の妻、北条政子は鎌倉幕府を乗っ取ったと言われることがあります。歴史上、多くの英雄が女性の影響力を軽んじて後世に問題を残しています。

それゆえ、箴言の結論は、「しっかりした妻をだれが見つけられるだろう。彼女の値うちは真珠よりもはるかに尊い・・・麗しさは偽り、美しさは空しい。しかし、(ヤハウェ)を恐れる女はほめたたえられる」(31:10,30)となっています。女性の信仰こそ、家の霊的基礎となるからです。

 

しかし、悪女アタルヤの圧制の中で、たった一人のアハズヤの息子ヨアシュが、ヨラム王の娘エホシェバによって助け出され、六年間もの間、主(ヤハウェ)の宮の中に匿われます。これは幼子モーセのいのちがエジプトの王パロの娘によって守られたことに似ています。そこに神の御手が働いています。

 

なお歴代誌によるとエホシェバの夫は祭司エホヤダ(Ⅱ歴代22:11)、七年目にユダ全土からレビ人を集め(参照Ⅱ歴代23:1-11)、主の宮での奉仕ばかりか、王の護衛の任務につかせました。そして祭司エホヤダは「王の子を連れ出し、王冠をかぶらせ、さとしの書を渡し・・・彼に油をそそぎ」(11:12)ました。王冠とモーセの律法がセットにされたのです。それは王の第一の使命が、主の御教えに従うことにあるということを示すためです。その際、「人々は・・・手をたたいて『王様万歳』と叫んだ」と描かれ、人々の心は一気にアタルヤからヨアシュに移り、アタルヤは王宮で殺されました。

その後、祭司エホヤダは、「主(ヤハウェ)と、王および民との間で、彼らが(ヤハウェ)の民となるという契約を結ばせ、王と民との間でも契約を結ばせた」(11:17)というのです。これは主の律法をもって国を治めるという神の民の原点に立ち返ることでした。そして、人々はバアルの祭壇と像を徹底的に壊しました。このとき王に立てられたヨアシュは七歳でした。

 

以前、ヨラムがアタルヤを娶ってユダ王国にバアル礼拝を持ち込んだとき、「主(ヤハウェ)は、そのしもべダビデに免じて、ユダを滅ぼすことを望まれなかった。主はダビデとその子孫に常にともしびを与えると彼に約束されたからである」(8:19)と記されていました。ダビデの血筋の者がアタルヤによって皆殺しにされたと思われたとき、人々は主の真実を疑ってしまったことでしょう。しかし、主は、人の手を通して、たった一人のダビデの血筋を保っておられ、ご自身のときに彼を王として立てられました。まさに幼子が横暴な権力者を打ち破ったのです。

イエスの誕生も、ときの権力者ヘロデによる幼児虐殺と結びついています。私たちは、「神がおられるなら、なぜ、このような不条理が起きるのか・・・」と思うことがあるかもしれません。しかし、神のご支配の現実は、悪が完全な勝利を治めることはないということの中にこそ見られます。神はどのようなときにも、小さな「ともしび」を残しておられます。そして、神の大逆転は必ず起きるのです。

 

2.「ヨアシュは、祭司エホヤダが彼を教えた間、いつも主(ヤハウェ)の目にかなうことを行った」

ヨアシュの王位は、ダビデやソロモンと同じ四十年間も続きました。しかし、彼の権力は極めて限られたものでもありました。それは、「ヨアシュは、祭司エホヤダが彼を教えた間、いつも主(ヤハウェ)の目にかなうことを行った」(12:2)という表現の中にあります。

人々の目は祭司エホヤダの方に向けられていたのだと思われます。そのため、王が主の宮の修理を祭司たちに命じても、それはほとんど無視されました。エホヤダもヨアシュを王として厳しく指導しながら、身内に対しては甘くなっていたのかもしれません。

 

それで、ヨアシュは在位23年目の三十歳のとき、王権を発揮して祭司エホヤダに迫り、祭司たちが、民からささげられたお金を自分のためではなく、主の宮の修理のために使うようにさせました。集められたお金の計算を大祭司と並んで「王の書記」が行う仕組みに変え(12:10)、お金も主の宮の工事の監督者に直接に渡るようにしました。

日本で言えば、郵政民営化によって、郵便局を通して集められたお金が財政投融資資金として政治家の裁量に任せられるような仕組みを廃止し、透明化したようなものです。

 

ただし、「祭司たちは・・・神殿の破損の修理に責任を持たない(12:8)というシステムを確立することは、別の問題を生みます。それは郵政の民営化が別の問題を起こしたのと同じです。

本来、彼らは自分の身を削ってでも、主の神殿の修理のために金銀を拠出することが期待されていました。主の宮の破損修理のためのお金が公正に扱われたのはよいことですが(12:15)、主(ヤハウェ)の宮の金や銀の用具が新たにされるということにまではなりませんでした(12:13)

それは本来、祭司たちが自主的になすべきことだったのだと思われますが、祭司たちは、主の宮のささげものからの正当なものを受け取って生活するだけになります。つまり、かつてダビデ家を守るためにいのちをかけた祭司たちが、与えられた責任だけを果たすという官僚化の道をたどることになったのです。

つまり、ヨアシュの改革運動は、真の意味での神殿復興につながりませんでした。それは祭司たちの意識改革を生まず、彼らをかえって保守化しただけになりました。この世での一つの問題解決が、必ず別の問題を引き起こすことの良い例とも言えましょう。

 

ここに政治権力と祭司たちの働きの軋轢を見ることができます。ヨアシュエホヤダの間に緊張関係が生まれたのは当然の流れと言えましょう。ヨアシュの信仰はエホヤダによって育まれましたが、彼が成長するにつれ、王である自分よりも祭司エホヤダが権威を発揮していることに不快感を持ったことでしょう。

ですから、彼が主の宮の工事に熱心だったのはエホヤダへの対抗意識だったかもしれません。なぜなら、エホヤダの死後、あれほど神に熱心だったはずのヨアシュが神に反抗するようになるからです。

 

今も、信仰が、親への対抗意識として現れることがあるかもしれません。そのような場合、非常に信仰に熱心だった人が、状況が変わると驚くほど簡単に、神に背くというようなことになりかねません。

パウロは、コリント教会の人々の高慢な姿勢をたしなめて、「立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい」(Ⅰコリント10:12)と記していますが、ヨアシュはすべてが順調に進む中で、自分が神の一方的なあわれみによって立たせていただいているという原点を忘れてしまったのかもしれません。

私たちの信仰は、神からの賜物です。信仰の熱心さが、隠された劣等感の現われという場合があります。しかし、本来の自分の心の中には神に喜ばれる信仰などないことを心から認めるとき、そこに神のみわざが現されます。

 

祭司エホヤダは百三十歳まで生きましたが、歴代誌によると、彼の死後、悲劇がユダ王国を襲います。何と、「ユダの首長たちが来て」が、王に進言し、彼らは父祖の神、主(ヤハウェ)の宮を捨て、アシュラと偶像に仕えた・・預言者たちは彼らを戒めたが、彼らは耳を貸さなかった」という背教がおきてしまいました(Ⅱ歴代24:17-19)

そればかりか、ヨアシュエホヤダの息子ゼカリヤを主の宮の庭で殺してしまいます(同24:22。彼は、自分を王に立てたのが、人間ではなく、主ご自身であったことを忘れてしまいました。これはサウルが王位から退けられた経緯と基本的に同じです。

ダビデは生涯、自分を立てた方が「主(ヤハウェ)ご自身であることを覚えていましたが、ヨアシュはサウルのように「人」を見てしまいました。

 

「そのとき、アラムの王ハザエルが上って来て・・・エルサレムを目指して攻め上った」(12:17)と描かれていますが、それはこのような背景の中で、主が下したさばきでした。

ところが、このときになってもヨアシュは、主の前にへりくだる前に、人間的な解決に走りました。彼は自身がかつて熱心に集め、整えた「(ヤハウェ)と王宮の宝物蔵にあるすべての金を取って、アラムの王ハザエルに送った(12:18)というのです。

ハザエルも主ご自身がエリシャを通して立てた敵の王でした。ヨアシュは、そのような主のご支配の現実を見ていませんでした。

しかし、人間的な力に頼る者は、同じ人間の力によって裏切られます「ヨアシュの家来たちは立ち上がって謀反を起こし・・・ヨアシュを・・打ち殺した」というのです(12:20)。彼らはヨアシュが王のままでは国が持たないと思ったのでしょう。ヨアシュを殺して、彼の息子を王に立てました。

 

神のあわれみによって奇跡的に立てられた王が、家来の謀反によってあっけなく息絶えました。幼い頃の彼を見た者は神のみわざを心からあがめたことでしょうが、その最後は悲惨です。何ともやりきれない気持ちになります。必死に自分の力で道を開こうとした結果、その無力さが軽蔑されたのです。

残念ながら、王を王とも思わない心アタルヤのクーデター以来、人々の心に蔓延してしまったのでしょう。

 

ダビデは、サウルがどんな理不尽な理由で彼を追い詰めても、また彼にサウルを殺すチャンスが来たときも、「主(ヤハウェ)に油注がれた方に手を下して、だれが罰を免れるだろうか(Ⅰサムエル26:9)と家来を諌めていました。しかし、ヨアシュは自分を立ててくださった主ご自身を忘れることによって「神の国」をこの世の国と同じ支配構造に変えてしまったのです。

この世では、力のない者は軽く見られます。それが人を権力闘争に駆り立てます。しかし、私たちはダビデのように、愛と信頼の種を蒔き続けるべきでしょう。

力に頼る者は、力によって裏切られます。しかし、「私たちの主・・は、幼子たち 乳飲み子たちの口を通して‥御力を打ち立てられました」(詩篇8:1,2)と言われる方です。この方に信頼する者は、この世的な意味での力をどんなに失っても、たとえ幼子のように無力になっても、主ご自身によって守られ続けます。

 

3.「あなたは五回も六回も打つべきだった」

   ヨアシュの在位23年のときに、北王国ではエフーの子エホアハズが王となります。そこで、「彼は主(ヤハウェ)の目の前に悪であることを行い・・・(ヤハウェ)の怒りがイスラエルに向かって燃え上がり、主(ヤハウェ)は彼らをアラムの王アザエル・・と子ベン・ハダトの手に絶えず渡しておられた」と描かれます(13:2,3)

 

ただ、そのような中で、「エホアハズが(ヤハウェ)に願ったので、主(ヤハウェ)はこれを聞き入れられた・・・イスラエルが虐げられているのをご覧になったからである」と記されます(13:4)

なおここでは「(ヤハウェ)がイスラエルに一人の救う者を与えられたので、彼らはアラムの支配を脱した」と描かれます(13:5)。この「救う者」が誰かは諸説ありますが、アラムの北のアッシリアの王が北から迫って来ていたので、アラムに南のイスラエルを攻める余裕がなくなったという解釈が魅力的に思えます。

 

これらの構図は、士師記にあったもので、「主の燃える怒り」は、人を悔い改めと祈りに導くための「主の愛の招き」でもありました。これは親が子を愛するがゆえに厳しく叱ることに似ています。

しかし、一息つかせてくれたアッシリアがイスラエルを滅ぼすことになるのですから、そこに警告も含まれています。

 

それにしても、主のさばきによって容赦なく死ぬ人もいる中で、主はエフーの子に特別に寛大に思えます。それは、主がかつてエフーに、「あなたの子孫は四代目まで、イスラエルの王座に就く」(10:30)と約束されたことの結果でした。ですから、これはエホアアズの悔い改めを主が喜ばれたというより、主ご自身が彼に祈りを起こさせようと熱く迫っているとも解釈できます。

ところが、彼らはそれまでの偶像礼拝から離れようとしませんでした。それで、主はアラムを通してイスラエルを苦しめ続け、「エホアハズには騎兵五十、戦車十、歩兵一万の軍隊しか残されていなかった」という状態にまで落ちぶれました(13:7)

 

エホアハズの王位は17年間でした(13:1)。そしてユダの王ヨアシュの第37年に、エホアハズの子が王になりますが、彼の名もヨアシュでした(13:10)。彼も「(ヤハウェ)の目に悪であることを行い」、主のさばきとしてのアラムの攻撃に悩みましたが、苦しみの中でエリシャの助けを求め、「死の病をわずらっていた」彼のもとを訪ね、「泣き伏して」、「わが父。わが父。イスラエルの戦車と騎兵たち」と叫びました(13:14)

それは、かつて、主の軍隊がエリシャを取り囲んで、アラムの軍隊を盲目にしたことを思い起こさせることばのように思えます。それにしても、彼は苦しみの中で、真心から主に立ち返ったのでしょうか?彼のことばを見る限り、彼は主ご自身よりも、エリシャの不思議な力のほうに気が引かれたように思われます。

 

ヨアシュはエリシャの指示に従い、東側の窓を開けて矢を放ちます。それに対してエリシャは(ヤハウェ)の勝利の矢。アラムに対する勝利の矢。あなたはアフェクでアラムを打ち、これを絶ち滅ぼすと言いました(13:17)。エリシャは、「主(ヤハウェ)の勝利」ということばを強調して、王の心を主に向けさせようとしています。

その上で、彼は王に矢をとらせ、「それで地面を打ちなさい」と命じます。しかし、王が三度しか打たなかったとき、あなたは五回も六回も打つべきだった。そうすれば、あなたはアラムを打って、絶ち滅ぼすことになっただろう。しかし、今は三回だけアラムを打つことになる」と言いました(13:19)

これは、「これを絶ち滅ぼす」と約束されたことばが、ヨアシュの信仰の不徹底によって弱められたことを意味します。

この北王国イスラエルのヨアシュも、エフーの孫であり、主がエフーに約束したことのゆえに主のあわれみを受けているのです。彼はその「主のあわれみ」にもっと徹底してすがるべきだったのです。

 

その後に、「こうして、エリシャは死んで葬られた」という記事とともに、死んで葬られたはずの人が「エリシャの骨に触れるや、その人は生き返り、自分の足で立ち上がった」という不思議が記されます(13:20,21)。これは、滅びに向かっていたイスラエルの民全体が、エリシャの死に臨んで、「生き返り・・立ち上がるべき」だったことを示唆していたというべきでしょう。

これは、イエスが十字架で息絶えたとき、「墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる人々のからだが生き返った。彼らはイエスの復活の後で、墓から出て来て聖なる都に入り、多くの人に現れた(27:52)という不思議に通じます。これは、エリシャがイエスの先駆けとして、その死に至っても、神のいのちで満たされていたというしるしとも言えます。

 

その上で、イスラエルがなおも、主によって立てられたアラムの王ハザエルから苦しめられる様子が描かれます。しかし、そこで、(ヤハウェ)は、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約のゆえに、彼らを恵み、あわれみ、顧みて、彼らを滅ぼし尽くすことは望まず、今日まで、御顔を背けて彼らを捨て去ることはなされなかった」(13:23)と記されます。

そして、その後のことが、エリシャが語ったように、「ヨアシュは三度彼(アラムの王)を打ち破って、イスラエルの町々を取り返した」と描かれます13:25。つまり、主が、滅ぼすに値する民になお忍耐深くあわれまれるのは、ご自身の契約への真実さのゆえということができます。

 

それにしてもヤロブアムがベテルとダンに据えた「金の子牛(Ⅰ列王12:28)を拝み続けたイスラエルの民を、ここで「(ヤハウェ)は恵み(偏愛し)、あわれみ、顧みた」と描かれていることは感動的です。彼らは自分で主(ヤハウェ)の民であることを捨ててしまっていたからです。

そして特別に愛する理由が「アブラハム、イサク、ヤコブとの契約のゆえに」と記されています。それこそが聖書全体を貫く神の真実の物語です。

 

旧約の歴史は、まさに神の真実の現れです。それは、神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます」(Ⅰコリント10:13)と記されている通りです。

ダビデ王家が断ち滅ぼされそうなとき、主はヨアシュを守り抜きました。それは、主(ヤハウェ)がダビデに、「あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ」(Ⅱサムエル7:16)と約束されたからでした。それが後のダビデの子のイエスによる「救い」のみわざにつながります。

 

コリント書では続いて、「ですから、私の愛する者たちよ、偶像礼拝を避けなさい(14)と記されます。「偶像礼拝」とは、誰が責任者なのかを誤って認識することであると言われます。

それは「神の真実」を忘れ、自分の不安や願望から生まれた計画を絶対化することでもあります。そうすることによって、「立っていると思う者が、倒れてしまう」のです。

私たちは自業自得の罪で、様々な試練に会います。しかし、神は救いようのないほどに堕落した北王国イスラエルに真実を尽くすことによって、ご自身の愛を現わし続けられました。それは神の民を最後の瞬間まで真の悔い改めに導こうとする神のあわれみでした。

私たちにも「神の真実」が示され続けており、それに応答して生きるか、無視して生きるかが問われています。

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2018年10月 7日 (日)

ヘブル2:1-9節 「こんなにすばらしい救いーAmazing Grace」

                                          2018107

 「奴隷商人から神の僕に」という物語が「百万人の福音」に連載され、91歳の母がそれを楽しみに読んでいます。「母が読んでいるのに、僕が読まないわけには・・・」と21回目になってから遡って読みだしました。私たちはだれも、自分の信仰心によって神を求めたのではなく、神が私たちを求めてくれた結果、霊の目が開かれて行きます。

それは、このように「何を読むか」、「何に対して心を集中させるか」ということのすべてに及びます。「こんなにすばらしい救いAmazing Grace」こそが、私たちの人生のすべての源です。それを「ないがしろにする」ことこそが滅びを招きますが、そんなサタンの奴隷状態にある人をも、神は見出し、私たちを新たな奴隷解放の働きへと時間をかけて導いてくださいます。

 

1.「こんなに素晴らしい救いをないがしろにした場合」

   21節は、まず、「こういうわけで、私たちは聞いたことを、ますますしっかりと心に留める必要があります」と記されます。それは、1章に記されていたことを指します。そうしないと「押し流されてしまう」ことになるからです。

1章では、神の「御子」がこの世界の真の王として、世界を完成に導くと記されています。様々な詩篇に、キリストの復活、王としての支配、再創造の働きが示唆されていました。

 

世界で最も愛されている讃美歌Amazing Grace」の作者ジョン・ニュートンは、1725年に英国のロンドンで生まれました。彼の母は敬虔な信仰者で、6歳になるまでにあらゆる聖書の話を読み聞かせ、様々な聖句を暗唱させました。彼は3歳で読み書きを覚え、4歳で英語の本を普通に読み、6歳でラテン語の基礎を習得しました。

しかし、彼が7歳を迎える直前に母は病のために死んでしまいます。父親は船乗りで家にいないことがほとんどだったため、病弱な母が自分の命の短さを悟って、必死にジョンに聖書教育を施したのでしょう。

ただ、父親が翌年に再婚すると、ジョンは父を忌み嫌うようになり、性格もどんどん歪んで行きました。彼にとっての信仰は、地獄のさばきを回避するための手段に過ぎなくなります。そのうち彼は自分が学んできた聖書知識を用いて、神を冒涜するようにまで堕落します。父親の庇護のもとに船乗りになりますが、父親を嫌っていたため、自暴自棄な行動で身を落とし、アフリカ人をアメリカに奴隷として売ることで生計を立てるようになります。

彼にとっての神は、「人間をきまぐれに苦しめたり、迷わせたりしたあげくに地獄に投げ込んで面白がるペテン師」のような存在でした。

 

ジョンは十字架で死んだキリストが復活し、「王の王、主の主」として、今も生きて働いておられることが見えないために、刹那的な快楽に「押し流されて」しまい、「信仰の破船(Ⅰテモテ1:19)に会ってしまったのです。

しかし、彼が23歳の時、彼の乗っていた船が激しい嵐の中で難破しそうになる中で、絶望の中で、ふと、昔、母から教わった、「主よ、私たちをあわれんでください」という祈りが口から出てきました。それは自分でも驚くほどでした。

そのとき、不思議な主の臨在を感じ、主ご自身が自分に、「恐れることはない。わたしの手は、すべての災いの中からあなたを助け出し、昼も夜もこれを守るだろう」と、力強く、優しく語りかけてくださっている声が、心の底に響いてきました。それと同時に、波に「押し流されないように」と自分の身体を排水ポンプに縛り付けながら、必死に水を汲みだし続けました。

 

そのとき以前教わった、「一度真理を知った後に、真理に背いてしまった者は、処罰を逃れることができない」という教えが心に浮かび、恐怖に満たされます。

それと同じことがここで、「御使いたちを通して語られたみことばに効力があり、すべての違反と不従順が当然の処罰を受けたのなら、こんなにすばらしい救いをないがしろにした場合、私たちはどうして処罰を逃れることができるでしょう」と記されます(23)

申命記331-4節では、主が御使いたちを伴って、モーセを通して語ったようすが描かれています。また使徒の働き753節では、ステパノがユダヤ人たちに向かって、「あなたがたは御使いたちを通して律法を受けたのに、それを守らなかったのです」と語り、彼らを責めています。

ですからこの箇所は、イスラエルの民がモーセの律法を守らなかったために、国も神殿も失い、バビロン帝国の捕囚とされた悲劇を、戒めとさせる勧めだと考えるべきでしょう。ここでは、モーセ律法自体が神の救いのみわざであったことを前提に、それよりも「さらにすばらしい救いを無視する」(私訳)ことの恐ろしさが警告されているのです。それを「無視する者」には永遠の「滅び」が待っているというのです。

 

ジョンはこの警告を思い出したとき、まるで「わたりカラスが泣くように」祈ったと記しています。それは神への信頼の告白などではありませんでしたが、神がそれを聞いてくださっているように感じました。

彼はそれまで自分が嘲っていたイエスの生涯を思い起こしました。イエスは必死にすがりつく者を退けませんでした。

ジョンはまた、「天の父はご自分に求める者に聖霊を与えてくださいます」(ルカ11:13)というみことばを思い起こしていました。自分の意志とは無関係に、主の助けを呼び求める祈りが自分の口から出て以来、何か不思議な変化が生まれていたからです。

彼はまだ、聖書の啓示が真実かどうかは分かりませんでしたが、同時に、「神のみこころを行おう」とする意思のないものにそれは分からないということも、ヨハネ717節のみことばが思い出される中で示され、聖書を学ぼうと思わされました。

 

この回心の出来事はまさに、「この救いは、初めに主によって語られ、それを聞いた人たちが確かなものとして私たちに示したものです。そのうえ神も、しるしと不思議と様々な力あるわざにより、また、みこころにしたがって聖霊が分け与えてくださる賜物によって、救いを証ししてくださいました」(34)と記されているとおりのことと言えましょう。

ジョンは、イエスの生涯と十字架の苦難をまったく違う角度から見るようになりました。また、自分を心から愛してくれた母がそれをどれだけ「確かなもの」として示してくれたかが思い起こされ、今、不思議な聖霊のみわざをとおして「救い」が証しされていました。

 

ジョンは父親を憎んでいたため、父が彼のためにしてくれた様々な配慮を、意地悪かのようにしか見えていませんでした。しかし、この後、父が自分のことをどれだけ心配していたかということが見えてきました。不思議に、肉の父の愛を知ることと神の愛を知ることが重なって進んで行きました。

彼はこの苦難から救われた後、一艘の船を任される船長に抜擢され、また17歳の時から恋焦がれていたメアリーとの結婚が許されました。ただ、彼が任された働きは、それまでと同じ奴隷売買の仕事でした。

彼は奴隷船の船長として、その後6年間も働きます。妻のメアリーは、ジョンがその仕事から離れることを望みつつ、ただ、航海の間、聖書だけは読み続けるようにと約束させます。

そのようなことを経たあるとき、航海から帰って愛する妻とお茶を飲んでいると、突然、意識が消えて倒れます。彼はそれまで奴隷売買を単なるビジネスとしてとらえ、不法を行っていると感じたことはほとんどなかったとさえ記しています。しかし、この発作を機に、船乗りの仕事を辞め、税関職員の働きに着きます。

そしてその後、ヘブル語やギリシャ語の学びを自分でしながら1758年、回心から10年後に英国国教会の司祭に志願し、六年たって受け入れられます。それは、彼が正規の教育をそれまでほとんど受けて来なかったからです。

 

2.「人とは何ものなのでしょう」

   25節と8bには対比が見られます。まず、「神は・・来たるべき世を、御使いたちに従わせたのではない」と記され、詩篇8篇から、人間に対する神のご計画を語った後、「神は万物を人の下に置かれた・・・それなのに、今なお私たちは、すべてのものが人の下に置かれているのを見てはいませんと記されます。

つまり、この世界のすべてのものである「万物」は、人に従うように、「人の下」に置かれたはずなのに、それが実現してはいない。しかし、それは「来たるべき世」で実現するというのです。

 

創世記126節では、人が「神のかたち」また「神の似姿」に創造されたのは、人が「地のすべてのものを支配する」ことができるためでした。それは、「すべての生き物」を人間の奴隷のように従わせることではなく、それぞれが平和のうちに生きることができるように、守り育むことでした。

それは一人ひとりの人間に、この地上での使命を思い起こさせるみことばですが、この25節では、この世界を最終的に平和のうちに治めさせる使命は、御使いではなく、人間に与えられていると語ったものです。

 

ジョン・ニュートンは、神の驚くべき恵み(Amazing grace)を語る牧師として有名になって行きますが、奴隷貿易廃止法案の成立のための運動に加わるのは、回心から38年後、また牧師の任職を受けて22年もが経過した1786年のことでした。

ジョンを心から尊敬していた若い国会議員のウィリアム・ウィルバーフォースは、ジョンが奴隷貿易に関わっていたことを知って、協力を求めてきました。ジョンはそのとき、自分の忌まわしい過去の所業を明るみにさらけ出すことへの恐れを感じました。

しかしすぐに、「神は、奴隷貿易の廃止という使命に参与させるために、私を今まで多くの危険から守り導いてくださった」と示されます。妻のメアリーも、牧師を首になってもいいから、この運動に加わるようにと励ましました。

この法案が英国議会で可決されるのは20年後の1807年ですが、ジョンは法案可決の9か月後に天の神のもとに召されて行きます。そこに神の驚くべき摂理を見ることができるように思えます。

 

267節で詩篇8篇が引用されます。これはダビデがイスラエルの王とされ、王家が永遠に続くと約束された時、「神、主(ヤハウェ)よ。私は何者でしょうか。私の家はいったい何なのでしょうか。あなたが私をここまで導いてくださったとは。神よ。このことがあなたの御目には小さなことでしたのに・・・あなたは私をすぐれた者として見てくださいます(Ⅰ歴代誌17:16,17)と感謝した祈りから生まれています。

要するに、ここでの、「人とは何ものなのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。人の子とはいったい何ものなのでしょう。あなたがこれを顧みてくださるとは」との問いかけは、神が自分にしかできない固有の使命を与えていることとセットなのです。

ただし、「あなたは、人を御使いよりもわずかの間低い者とし」との箇所は、ヘブル語原文では、「あなたは彼を、神よりわずかに低いものとされて」と記されます。この書では、現在の世界が「御使いの下に置かれ」ているかのように見える一方で、「来たるべき世界が・・・人の下に置かれる」という文脈の中で、このように記されたのでしょう。

そこには、現在の人間の姿があまりにも非力で愚かに見えるという現実の中で、神は既に「救いを受け継ぐ人々(1:14)に、既に「栄光と誉れの冠を」約束しておられるという希望を見させる熱い思いが込められています。

 

ジョン・ニュートンは、自分の回心とパウロの回心とを重ねて証しします。パウロはクリスチャンを迫害するためにダマスコに向かう途上で神に捕らえられました。別にそれまで真剣にイエスのことを求めようとしたわけではありません。同じようにジョンも、自分の意志でイエスを求めていたわけではありませんでした。

信仰はすべて、自分の求道の思い以前に、神の目に留められることから始まるのです。そのことをジョンは、1779年の名作Amazing Graceの歌で「見出された恵み」を次のように描いています。

 

驚くべき恵み この響きは何と甘いことだろう。こんな、ならず者を救ってくださったとは。

 私はかつて失われていた。しかし、今は見出された。私は盲目であったが、今は見える

 

私たちは自分で神を見出したのではなく、神に見出されて見えるようにされたのです。しかも、私がいかに神に逆らった「ならず者」であるかを意識することは、圧倒的な恵みを理解する契機なのです。

しかも、私の命が守られて来たことが、神の一方的な恵みであることを、3番で次のように歌います。

 

何と多くの危険と苦難と罠の中を私はすでに潜り抜けてきたことか。

 この恵みこそが私をここまで安全に導いてくれた。恵みが私を永遠の家へと導いてくれる

 

ジョンは自分が何度もの生命の危険から守られたことを、圧倒的な神の恵みであると深く自覚していました。実は、奴隷貿易の仕事自体が、恐ろしい危険と隣合わせでした。しかも、この働きに関わること自体が、人間性を徹底的に堕落させていました。

ジョンは、自分が「死」と永遠の「のろい」の罠から救い出されたのは神の圧倒的な恵みに他ならないと深く自覚していました。しかし、自分が奴隷貿易の「のろい」から救い出された理由が、奴隷を解放する働き着くためであったことを自覚するのは60歳を超えてからのことでした。しかし、それは英国での世論の転換点でもあり、神の時でもありました。

 

3.「神の恵みによって、すべての人のために死を味わうため」

ヘブル書の著者は、この詩篇8篇をキリスト預言としても引用しています。78節の「」ということばは原文ではすべて「」という代名詞で記されています。

今回の「新改訳2017」で、この箇所の「」の代わりに「」と訳したのは、詩篇8篇をキリスト預言として引用する前に、すべての人間に当てはめて、人間には、御使いにまさる「使命」が与えられているということを自覚できるようにするためでした。

 

どちらにしても、ここでの「」という代名詞は、6節の「人」または「人の子」を指すことばで、そこに大きな意味が込められています。ギリシャ語の「人の子」ということばは、しばしば、イエスを示唆しています。

当時の信者たちは、イエスご自身が、「人の子は多くの苦しみを受け、長老たち、祭司長たち、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日目によみがえられなければならない(マルコ8:31)と言われたことを思い起こしたことでしょう。

また、イエスが最高議会で裁判を受けたとき、「あなたがたは、人の子が力ある方の右の座に着き、そして天の雲とともに来るのを見ることになります(14:62)といわれたことばを思い起こしたことでしょう。

それは、「人の子」の苦難と栄光との、両方を示唆することばです。

 

それをもとに89節は、「それなのに、今なお私たちは、すべてのものが『人の子』の下に置かれているのを観察できてはいません。ただ、御使いよりもわずかの間、低くされた方のことは確かに見ています。すなわちイエスのことです。

その方は死の苦しみを通して、栄光と誉れの冠を受けられました。それは、神の恵みによってすべての人のために死を味わうためでした」と訳すことができます。

 

イエスがすべての人のために「死を味わう」ことは、すべてのものをご自身の支配の下に置くという目的のためでした。不思議にも、それによって万物に対するイエスのご支配がすべての人に明らかにされるというのです。それは、私たちの肉の目には、イエスの支配がまだ確定しているようには見えていなくても、すでにイエスの復活によって明らかにされたと言えるからです。

イエスの死によって、「来たるべき世」は、すでに私たちのもとに引き寄せられました。私たちは「来たるべき世のいのち」を、今から味わうことができています。主は私たちの代表の真の人として、私たちの前を歩んでくださいました。

 

詩篇8篇は私たちの一人ひとりが神の目に高価で尊い存在であり、一人ひとりに「この地を治める」という固有の使命が与えられていることを明らかにする歌です。

私たちはアダムの子孫として、それをなかなか自覚できない現実があります。しかし、イエスを見るときに、私たちはどのように生きるべきかが示されます。私たちはみな、神の不思議なご計画の中で生かされ、使命が与えられています。

 

なお、ヘブル書の著者は、イエスの死の目的を、人を「死の奴隷状態から解放するため」と描きます。それは21415節でイエスが私たちと同じ「血と肉」を持つ人間となられたのは、「死の力を持つ者、すなわち、悪魔をご自分の死によって滅ぼし、死の恐怖によって、一生涯奴隷としてつながれていた人々を解放するためでした」と記されているとおりです。

ここではイエスの十字架が、奴隷解放のためとして描かれています。ジョン・ニュートンは皮肉にも、神の救いにあずかったあとも奴隷売買によって生計を立てていました。それは残念ながら、彼がAmazing Graceを作詞する3年前に記された米国の独立宣言でも明らかでした。

そこで、「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられていると宣言されましたが、そのときの「すべての人間」の中には、黒人奴隷は含まれてはいませんでした。

ジョンの良心が麻痺していたという以前に、当時の多数のクリスチャンの聖書の読み方が、かなり偏っていたのです。彼らは、奴隷を人間として認めていたとしても、「放っておいたら地獄に落ちるしかなかった哀れな黒人に福音を伝え、天国の保証を与えてあげるという恵みを施してあげた・・・」かのように考えていました。

 

幸いにも、ジョン・ニュートンは晩年に奴隷売買禁止運動に加わることができましたが、それは彼を尊敬するウィルバーフォースという若い国会議員に誘われたからに過ぎません。

ジョンは奴隷売買に携わったことを深く後悔してはいましたが、それを禁止する法律を作ろうなどとは思いもよりませんでした。しかも、彼がそれから足を洗えたのは、神が彼を、妻とのお茶の時間に失神させたからです。

彼が神に救いを求めたのは、乗った船が沈みそうになったからです。しかもその時、神に祈ったのは、6歳まで熱い聖書教育を施した母のおかげです。ジョンが何度も道を外しながら船長にまでなったのは、評判の良い父親が自分の様々な友人に便宜を図るように願っていた結果にすぎません。

また彼は自分が牧師を目指すようになったのは、亡き母の意志であったからとさえ記しています。そのように見てくると、彼の人生の歩みはすべて、神の圧倒的な恵みAmazing Graceに包まれていたと言えましょう。

 

しかし、私たちの人生も同じではないでしょうか。確かに様々な困難がありますが、それでも生かされてきました。それはその試練を通して、あなた固有の使命を気づかせるためではないでしょうか。

私たちの「救い」は、神があなたをご自身の働きのために「召し出された」結果です。それはこの地を治めるすべての働きに適用できます。

それは見過ごしてしまうような小さな働きから始まるかもしれません。あなたが使命を捜すのではなく、使命があなたを捜しています。大切なのはそれに心を開くことです。

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